レポートインタビュー、記者会見、舞台挨拶、キャンペーンのレポートをお届けします。

2013年10月アーカイブ

dakota-550.jpg日英交流400周年記念作品『飛べ!ダコタ』油谷誠至監督インタビュー

 

(2013年 日本 1時間49分)

監督:油谷誠至  音楽:宇崎竜童
出演:比嘉愛美、窪田正孝、洞口依子、中村久美、芳本美代子、蛍雪次郎、園ゆきよ、マーク・チネリー、ディーン・ニューコム、綾田俊樹、ベンガル、柄本明

2013年10月5日(土)~シネマスクエアとうきゅう、塚口サンサン劇場、10月19日(土)~布施ラインシネマ、11月2日(土)~十三セブンシアター、京都みなみ会館、他全国順次公開

★作品紹介⇒ こちら 

★公式サイト⇒ http://www.tobedakota.com/

 (C)「飛べ!ダコタ」製作委員会


 

~佐渡の人々が教えてくれた日本人の真心~

dakota-3.jpg今から67年前、佐渡島でj実際にあったお話。終戦間もない冬、佐渡島の小さな村にイギリス軍の要人輸送機《ダコタ》が不時着し、難儀しているイギリス人を助けようと村をあげて協力した。さらに、再びダコタを飛び立たせようと浜辺に滑走路まで造ったという。厳しい冬の佐渡の海を背景に、村人とイギリス人が戦争という辛い過去と言葉の壁を超り越えて絆を深める様子を、芸達者な演技陣により人情深く描かれた感動作である。

戦争が終わったとはいえ、ついこの間まで敵国として戦ったイギリス軍である。村人の中には家族が戦死したり傷付いたりした者もいる。複雑な感情を胸に、イギリス人を助けた村人たちの無償の行為は今まで知られることはなかった。だが、当時整備士をしていたイギリス兵の息子が、今は亡き父親の「この地で大変お世話になった。もう一度佐渡へ行きたい。」という思いを告げに佐渡を訪れたことから、「国境を越えた絆を風化させてはならない」とこの映画の製作が始まった。

『飛べ!ダコタ』が初監督作となる油谷誠至監督(59歳)。厳冬の佐渡島で、少ない製作費の下、それこそ劇中のイギリス人のように佐渡の人々に助けられながらの撮影だったようだ。こうして苦労しながら撮ったからこそ、作品に思いやりや優しさが滲み出ているのであろう。油谷監督に、作品に込めた思いやオールロケを敢行した現場の様子などを伺った。

 


 

【油谷誠至監督プロフィール】

 dakota-s3.jpg1954年広島県出身。フリーの助監督として、五社英雄、松尾昭典、実相寺明雄などの下で活躍後、88年より総合ビジョンにて深町幸男監督に師事。89年山田太一脚本の連続ドラマ「夢に見た日々」で監督デビュー。04年「牡丹と薔薇」では、昼ドラ・ブームの火付け役となった。主な作品に、「母親失格」(07)「Xmasの奇跡」(09)などの東海テレビの昼帯ドラマ、二時間ドラマ「救急救命センター」シリーズ(00~)月曜ドラマスペシャル500回記念作で矢沢永吉主演ドラマ「雨に眠れ」(00)がある。本作で、初の映画監督に取り組む。
 


◆ 映画に込めた思い


 

――― 製作のキッカケは?
知り合いが佐渡のフィルムコミッションからこの話を聞いて、TV向けに情報発信したら、映画プロデューサーの耳に入り、偶然私にこの企画を持ちかけられた。

――― 初監督作品ですが、この話を初めて聞いた印象は?どこに焦点を当てて映画化しようと思ったのですか?
このような美談をそのまま伝えても薄っぺらくなってしまう。それならTVのドキュメンタリーで十分。今までに自分の中でいろいろ考えていたことがあり、それをこの話の中に盛り込めるのではと思って、脚本作りに手間をかけた。

――― 今回3人で脚本を手掛けていますが、盛り込もうと思った事とは?
  
dakota-2.jpg2つあって、1つは日本人が持っている国民性を再認識すること。歴史が育んだ日本人の文化は戦後間もない頃までは残っていた。その後、民主主義が入って来て物質中心の社会が拡がり現在に至っている。それが戦後の在り様だと思うので、それを悲観的には考えてはいない。戦後の頃まではあった日本人の心は、今もひとりひとりが持っている。外見がいくら変わっても、祖父母や両親から受け継いだ日本人のDNAは変わらない。この映画がそうした日本人が持っている美徳を再認識するいい機会になればと思う。

もう一つは反戦。終戦直後の日本を舞台に、女性の目を通して戦争の悲惨さを描ければ、戦争で得るものなど何一つないんだと理解してもらえるのではないかと思った。この二つをダコタの実話の中に盛り込めんで映画化した。

――― そうした明確な意図があるからこそ分かりやすい映画に仕上がっていると思う。真っ先に「おもてなし」という言葉を思い浮かべたが?
日本人は傷付いた人を助けるという思いやりの気持ちや慈悲の心を持っている。それが「おもてなし」という形で表現され、日本人の美徳という評価に繋がったのだと思う。

――― そういう気持ちが薄れてきているのでは?
個人主義、物質主義、何でも人や社会のせいにする責任転嫁、また自由=権利主張、それには責任が付いてまわるという認識が薄れてきている。でもすべてが悲観的なものばかりではなく、心のどこかに日本人が継承してきた思いやりの気持ちを持っているはず。この映画がその琴線に触れてくれればいいなと思う。

 


◆ 撮影現場について


 

dakota-s2.jpg――― 佐渡の皆さんも、自分たちの歴史を映画化してくれて嬉しかったでしょうね?
全島を挙げて協力してくれた。寒い中、婦人会や町内会の皆さんが、公民館などで温かい炊き出しをしてくれて、本当にありがたかった。寒い時は最高ですよ。とても感謝している。

――― 佐渡でのプレミア試写は如何でしたか?
8000人ぐらいの方が見て下さり、とても喜んで頂いた。それに、これは佐渡だけではなく、日本のどこででも共通するテーマだと言われた。

――― 周りの期待や初監督作ということで緊張は?
今回のスタッフの平均年齢は60歳。全部今村昌平監督の『うなぎ』や『カンゾウ先生』などのスタッフばかりだった。みんな私が20歳代に助監督をしていた時代の仲間たち。私は30歳位でテレビの世界へ行ったが、他の人はそのまま映画の世界で活躍されてきた。松竹の時に知り合った仲間ばかりだったので緊張しなかった。

――― 日本人なら誰でも共感できる内容で、低迷する邦画界の希望にもなりました。
観客がいい映画を求めるか、作り手がいい映画作りに努めるか、コロンブスの卵みたいな問題。NHKドラマ部門で、『夢千代日記』の深町幸男さんが僕を監督にしてくれて、その後山田太一さんらと一緒に仕事をしてきた。助監督の仲間はその後Vシネマの方へ進み、バイオレンスやエロやホラーなどを作っていたが、僕はTVで人間ドラマを中心にやってきたので、それが良かったと思う。TVドラマを撮っていても、人間性や心情面を重視したドラマ作りをしてきた。

――― やはり視点が違いますね?ところで、少ない製作費だったようですが?
最初の2億5千万円という予算では製作会社が資金を集められずに頓挫してしまった。それでも、佐渡の人たちが是非作って欲しいという気持ちが強く、資金は佐渡の方で用意して下さることに。結果、1億5千万円で撮ることになり、スタッフの給料減らしたり、宿泊費や食事代、交通費など、あらゆることを節約して、何とか完成することが出来た。

――― ダコタは本物の飛行機を使った?これだけでも相当費用がかかったのでは?
 どうしても本物のダコタを使いたかった。分解、輸送、組立と、ダコタだけで3000万円かかった。本来もっと費用がかかるものを、今村組のスタッフだから節約現場には慣れていて、自炊でも何でも自分たちでやる。そういう姿勢が佐渡の皆さんの共感を得て、いろいろ協力してくださった。

――― まさに映画の中の高千村の人々とイギリス軍との関係と同じですね?そういう交流があったからこそ、人情味溢れる作品に仕上がったのでしょう。
製作するのに精いっぱいで、宣伝費を残せなかったのが残念!(笑)

dakota-6.jpg――― 素晴らしい映像でしたが、厳冬での撮影は大変だったのでは?
佐渡の“シベリアおろし”には驚いた。1日のうちでも天候はころころ変わり、暗くて重い雲に覆われ、雪と強風にあおられる厳しい現場だった。

――― 撮影の時期は?
1月~2月にかけて2回に分けて撮影。室内のシーンもオール佐渡ロケ。撮影終了して我々が引き上げてからも、小松原茂キャメラマンは一人残って、ベストショットを撮り続けていた。お陰で佐渡の素晴らしい風景を盛り込むことができた。

 


◆ キャストや作風について


 

――― キャスティングは?
比嘉君とは初めての仕事ですが、他の皆さんはTVドラマからの仲間。柄本明をはじめ劇団東京乾電池のメンバーをはじめ個性的なキャストがそろった。柄本明さんと奥さんの角替和枝さんが共演したのは初めてなのでは?

――― 戦争責任についての重要なシーンを二人に語らせていますね?

そう、「天子様もおらたちも騙された」と言う村のおばちゃん(角替和枝)に対し、「騙されたんじゃない!騙されたと思っている内は、いつまで経っても次の戦争も止められん!」と村長(柄本明)が激昂する重要なシーン。

dakota-5.jpg――― 息子の戦死の知らせを受けて慟哭する洞口依子さんの演技は真に迫っていましたね?
皆さんそう仰って下さる。洞口君とは何回か一緒に仕事をしてきたが、今回の母親役は「女性の姿を通して反戦を語る」という重要な役柄を、迫真の演技で表現してくれた。

――― 銃後の人々を描いているが、戦争で傷付いたことには変わりないですね?
その通りです。窪田君や洞口君が演じた人たちは当時はどこにでも居た人々。生還した人々もまた生きるために必死だった厳しい時代に、外国の人にこれ程親切にできる精神は素晴らしいと思う。

――― 人物描写が丁寧ですね?
テレビの仕事をしているとある程度の職人にはなれる。限られた時間で、そのキャラクターを印象付ける事には慣れている。そういう執念は若い頃から鍛えられてきた。

――― 若い映画監督について?
自分の思いも必要だが、それを観客に伝える技術を、様々な経験を積んでもっと研いてほしい。

――― ご自身の作風について?
木下恵介監督の『二十四の瞳』や『喜びも悲しみも』のような、どちらかというと分かりやすく感動的な作風に近いかなと思う。

――― 木下恵介監督のファンでしたか?
いえ、私は若い頃から溝口健二監督が好きでしたが、私にはあれほど女性を執念深く撮れない。今では成瀬巳喜男が好きになってきた。特に『乱れる』は凄い!

――― 女性の内面をスリリングに描いて惹き付けられますね?
男のダメさ加減もしっかり描いて、その対称的な構図が面白い。それに、名監督の作品に共通する特徴は、「品性」。テーマにしても、描写にしても、品のない映画は人の心に残らないと思う。

 


 

最後は映画談議に花が咲いて、インタビューを忘れて“映画ファントーク”となってしまった。油谷誠至監督は59歳で長編映画監督デビューとなったが、それまで培った経験と幅広い人脈、そして人を見つめる確かな目、さらには日本映画界の巨匠たちに共通する「品性」をわきまえた信頼できる監督だと感じた。このような監督にこそ、日本人が自信を取り戻せるような映画をもっと撮ってほしいと思う。今後さらなる活躍の場が広がることを心から願う。

 

11月2日(土)~29(金)、大阪は十三・セブンシアターでも公開されることになりました。ゆるゆるのご当地映画と違い、史実を基に、普遍的テーマと明確な作り手の意図が映像に盛り込まれ、また俳優陣の的確な演技力によって引き締まった作品に仕上がっています。全国に上映の輪が広がって、一人でも多くの方に見て頂きたいと、心からそう思える映画です。お友達やご家族と、ご覧頂きたいです。

(河田 真喜子)

HOMESICK-550.jpg『HOMESICK』廣原暁監督インタビュー

(2012年 日本 1時間38分)

監督・脚本:廣原暁

出演:郭智博、金田悠希、舩崎飛翼、本間翔、奥田恵梨華

10月26日(土) ~第七藝術劇場、11月2日(土)~元町映画館、12月~京都シネマ

公式サイト⇒http://homesick-movie.com/

(C) PFFパートナーズ / 東宝


 

~自分の居場所を探す若者たち~

HOMESICK-2.jpg家族は離れ離れで、取壊し間近の古びた実家で、ひとり暮らしをしていた30歳の健二。失業して、無気力になり、ひきこもりになりかけた矢先、3人のちびっこたちが家に乱入してくる。突然の訪問者に戸惑い、怒ったりしながらも、いつしか童心にかえって、毎日訪ねてくる子どもたちと一緒に、夢中になって遊んでいる健二。ダンボールで恐竜をつくったり、楽しい夏休みが始まる。3人のうち母がいない少年ころ助と夕飯を食べたり、健二は仲良しになっていくが…。

PFF(ぴあフィルムフェスティバル)スカラシップを獲得し、本作で劇場公開デビューを果たした廣原暁(ひろはら さとる)監督。東京藝術大学大学院を修了し、これからますますの活躍が期待される若手監督の一人。映画の宣伝のために来阪された廣原監督に、映画づくりについて興味深いお話をうかがいましたので、ご紹介します。

 


◆子どもたちについて


 HOMESICK-s3.jpg―――ちびっこ3人組の子どもたちが実に生き生きとしていて、すばらしかったです。

100人以上の候補者の中からオーディションで絞った十数人に遊んでもらい、その様子を観察して選びました。ころ助役の金田悠希君はいい目をしていて、最初会った瞬間に「いいな、この顔を撮りたい」と思いました。ヤタロー役の舩崎飛翼君は、最近見ない昭和っぽい顔、オッチ役の本間翔君は変化球みたいな少し変わった子でおもしろかったです。

―――水鉄砲を使うというアイデアはどこから出てきたのですか?

子どもたちとこの家で何をやったらおもしろいか考えました。アクションをやりたくて、子ども達と撃ち合うというのをやりたくてやってみました。子ども3人対1人なので、健二には大きい水鉄砲を持たせ、それは子どもの頃使っていたという設定にしました。

―――相米慎二監督の『夏の庭The Friends』(’94年)も閉じこもっていた老人と3人の少年との出会いを描いていて、どこか似てるなと思いました。

相米監督の作品は好きですが、『夏の庭~』は観てなくて、脚本を書いている時に、人に言われて観ました。まねするつもりは全くなく、『ションベン・ライダー』(’83年)とかの自由な感じ、爽快さがすごく好きです。僕は、黒沢清監督の『ニンゲン合格』(1999年)が大好きで、ああいう映画を撮りたいと思ったのが、出発点です。家族が出てくるけれども、父も母も、親としての役割を終え、個人として生きているところや、主人公役の西島秀俊さんが10年間眠り続け、目覚めて同級生に会っても、何も変わっていない。多少変わったところはあっても、全然成長してないところとか、皆そうだよなあ、それが真実だなと思いました。そういうところに影響を受けたと思います。ベースは子どもで、いろいろ無理したり、頑張っちゃったりしながら大人になっていくというふうに思っています。

―――ダンボールで恐竜をつくるシーンがすごくおもしろいです。

ただ遊ぶだけでなくて、皆で何かひとつのことを成し遂げたいというのがありました。自由に色を塗ってと皆に言ったのですが、あの時の皆の顔は本当に真剣で、まじめに働いてるなと思い、子どもたちも郭さんも、それがよかったですね。カメラもどんどん自由に撮っていきました。健二役の郭智博さんは塗装職人という設定なので、いろいろ子どもたちに教えてあげるというのもありましたが、皆で、ここはこの色にしようと話し合ったりして、本当に真剣にやっていました。仕事とか労働って、ああいうものであってほしいなと思いました。全然お金にも何にもならないのですが、仕事してるなという感覚があのシーンにはあって、いいなと思いました。

―――あのシーンで流れるトクマルシューゴさんの音楽がぴったりでしたね。

トクマルさんの音楽は、前からずっと好きで、今回も脚本を書いている時から「Lahaha」という曲は使いたいと決めていました。すごくポップで、いろんな楽器を使っていて、おもしろいけど、どこか切実な感じもあって、そういうトクマルさんの音楽みたいな映画にしたいと思っていました。トクマルさんに脚本を読んでもらって、会って、何曲か使わせてほしいとお願いしたら、OKしてもらえて、アレンジしてもらったり、音楽もやってもらいました。映画のテーマは何ですかと聞かれたら、この曲ですといいたいぐらいに、聞きながら脚本を書いていましたので、切り離せない存在です。

HOMESICK-6.jpg―――子どもたちへの演出はどんなふうにされたのですか?

撮影までの期間は、毎週集まって遊んだりして、役を遊びの中で意識してもらったりはしていました。現場では、「よーいどん」といった感じでしたが、どんなに楽しくても、自分の役割みたいなのは意識してもらい、その中でどれだけ楽しいことをするかというのを皆で考えてやってくれたのがよかったです。3人集まるとおもしろくて、それぞれ勝手に動き始めたり、即興みたいなのも始まります。家まで走っていくシーンも、誰が一番速く家に入れるかといったゲームにして、やってもらったりしていました。いつも、何かやってくれそうと思いながら、楽しみにしていました。

―――撮影中、子どもたちと過ごす中で、何か感じたことはありますか?

子どもたちとやっていて感じたのは、何もない場所を特別の場所に、楽しい遊び場に変える力があるということです。脚本を書いている時に震災があって、避難所の映像がテレビで流れ、そこで子どもたちは楽しそうに遊んでいました。そういう力ってすごいと思いましたが、それは今回、撮りながら感じたことで、それがこの映画におけるひとつの希望なのかもしれません。どこだって特別な遊び場に変えられるのだとしたら、自分のいる場所になんか、こだわらなくてもいい。このことは、映画を撮って完成させ上映していく中で、僕自身やっとわかったことですね。だからこそ健二は、最後に家の鍵を返すことができたと感じてもらえたらいいなと思います。

水族館かどこかわからないようなところで、いるかが泳いている映像が上映され、健二がころ助を肩車して遊んでいるシーンがあります。退屈な日常を少し楽しく変えてみせるということは、子どもたちが健二に教えてくれたことではありますが、逆に、健二が子どもたちに伝えることができたことでもあると思って、撮りました。

 


◆主人公の健二について


 

HOMESICK-s2.jpg―――失業して自由なのに、自分が何をしたいのかわからず、一か所に居続けるという健二の設定がおもしろいですね。

健二の人間像は、特にはっきりとはなくて、「ある家にとどまり続ける」という設定が、まずありました。そこで何が起きたらおもしろいか考えていくうちに、子どもならずかずかと家に入っていけるし、主人公が何もする気がなくても、いろんなことを巻き起こすことができるということで、子どもたちが出てきました。主人公に、何か特別な性格みたいなことを決めたわけではなく、どこか受身な人物、何を考えているかよくわからないような人物、脚本を書いている僕自身にもよくわからないような人物で(笑)、どうしようと思っていたのですが、実際に何人かの俳優さんに会って、郭智博さんにお会いした時、この人、何を考えているかよくわからないと思って、それで健二役をお願いしました。何を考えているかはわからないけれど切実さは感じる、何か秘密を持っていそうな感じがして、それは俳優としてすごく魅力だと思いました。

―――健二役の郭さんへの演出は?

郭さんとは、撮影前に何度か会ってお話しましたが、現場では、具体的な動きも含め、そんなに細かく言わなかったです。難しい演出をした記憶はありません。撮影前に心配だったのは、郭さんは、一人で映る場面は、きっとうまくできるだろうと思っていたのですが、子どもたちと大声を出してはしゃいだり、むきになってやったりするのができるかなと不安でしたが、いざ現場に入ってみたら、わりと一緒になって遊んでくれてた感じで、なんの不安もなかったです。

―――健二の昔の同級生ののぞみは、健二に向かって「人間の屑」と言ったり、かなりきつい性格ですね。

健二を見ていて、むかつく人は絶対いるだろうと思い、そういう視点は欠かせないと思いましたので、のぞみを演じた奥田恵梨華さんにやってもらいました。

 


◆ロケーションと脚本について


 

 ―――黒沢清監督の『ニンゲン合格』に感動して、家族のドラマとして本作が撮られたとのことですが、黒沢監督からは大学院でも師事されて、何か影響を受けましたか?

HOMESICK-4.jpg黒沢監督は場所の構造をとてもうまく使って、物語に取り込んでいくと感じるので、台所の窓から映すのはうまく使いたいと思いました。撮影の準備をしている時、家の裏庭に、近所の子ども達が秘密基地をつくっていて、それを台所の窓から見ると、とてもおもしろい感じだったので、脚本にはなかったのですが、健二がダンボールでつくった恐竜を運んでいく姿を、台所の窓から撮ることを思いつきました。この家は、大きくて、庭のつくりとかも変わっていて、そういう映画としておもしろい装置というのは使わずにはいられませんでした。そういう装置が物語を生み出していくわけで、単純に楽しんで撮っていました。撮り方だけでなく、動き方もいろいろ自由にできたので、子ども達もわりとこんなふうに動きたいと言って、楽しみながらやっていました。

―――現場で、脚本はかなり変わったのですか?

脚本を書いていくうちでも、撮っていく中でも、変わっていきました。自分の思ったとおりの物語にしたいとは、はじめから思ってなくて、最初、主人公は死んでしまう設定でした。あの家がロケ地に決まった時、ここで何ができるんだろうと考え、壁に落書きすることや、台所から映したりいろいろ思いつきました。本当は、脚本と撮影という境界をあまりつくりたくないんです。常に物語が生まれていくというのが一番の理想です。準備のため、スタッフを説得するため、仕方なく脚本を書かなきゃいけないのですが、本当の理想は、脚本を書くのは、企画・撮影段階から編集段階までずっと全部だと思いたいんです。

 


◆撮影について


HOMESICK-3.jpg―――家の中では、カメラを固定して撮るシーンが多かったように思いますが、どうですか?

部屋を撮るというか、状況や空間を撮りたいと思っていたので、主人公がいてもいなくても関係ないという感覚で撮っていましたので、映画の最初の方では、主人公がいないシーンを幾つか撮っています。そこにいろんな人が入ってきて、何かが動いたり始まったりして、アクションが生まれていく…、カメラもそれにあわせて動いていく、というところがうまくいけばいいと思いました。

―――健二が台所で食事したりするのを、少し離れたところから、いつも同じ構図で撮っているのは?

撮る対象にあまり寄りたくないというのがあります。これを見せるというのを決めずに、舞台のように撮りたい、映像的な工夫をなるべく排除して撮りたいという意識があります。全部じゃないですが。特に、今回は家の話だったので、家という場所は、人がいてもいなくてもそこにあるものとして撮りたかったのです。映っている時間だけではなく、映っていない過去や未来もそこにはあるという感覚にならないかなと思ってやっていました。

 


◆印象的なシーンについて


 

HOMESICK-s550.jpg―――ラストシーン近くの、健二が花火を見るシーン、余韻があってよかったです。

脚本には、自転車に乗って去っていくとしか書いてなくて、どうしようと思いました。主人公のラストだし、どう去っていくか、フレームアウトが微妙だなと考え、いろんなロケ地を見ていく中で、目の前に空き地がある、あの場所を見つけました。空き地で若者たちが花火しているのを、映画の最後で健二が見ているというのがいいなと思いました。でも、その空き地が花火禁止で入れないといわれ、どこか遠くを見てほしいというのがあって、最後、健二が遠くを見て去っていくということで、打ち上げ花火を見ている―花火の映像は合成なんですが―というのを入れました。

―――夕方、風船が飛んでいくロングショットの長回しがよかったです。

奥の団地を見せたかったんです。風船が飛んでいく映像は全部で4回ほど撮ったのですが、最後のカットで、風船がひっかかってしまい、そのせいで1本ずつ飛んでいきました。それが逆にすごくきれいだったので、その映像を使いました。バックに映っている団地は、今、ころ助が住んでいて、かつては健二が住んでいたところで、帰り道という設定です。

―――最後に、ころ助が団地の自分の家に帰っていく表情が印象的でした。

健二がタイムスリップしているような感覚がほしかったんです。ころ助自身も、健二を見ていて、いつか僕も大人になるんだということを感じている、何かがそこで受け継がれるというような感覚がありました。皆で家で遊んで、わいわいやった後に、ころ助と健二がどういう関係を結び、最後、健二がどう去っていくのかというところは、悩みましたし、一番大事なところだと思ってつくりました。

 


 

HOMESICK-5.jpgとにかく子どもたちがよく走る。すごい勢いで坂道を、商店街を走っていく。そのエネルギーに健二もいつのまにか感化される。水鉄砲、ダンボールで作った恐竜トリケラトプス、風船、健二ところ助の二人乗りする自転車と、魅力的なイメージにあふれている。めいっぱい遊び、遊びを通じて、魂がつながる。何がやりたいのかわからず、居場所を探し続けていた健二が、子どもたちと過ごしたひと夏を通じて、何かをつかむ。それは、明快なものではなく、曖昧でしかなくても、これから生きていく自信につながるもの。一か所に留まろうと、あちこち飛び回ろうと、自分の居場所は今ここにあると思えることが、どれだけ、生きていく支えになることか…。

健二のとらえどころのない存在感、ころ助のさみしそうな表情が、言葉にならない思いを伝え、観る者の心を引き寄せる。「大人になるって、寂しいこと?それとも、楽しいこと?」映画は、明快な答を用意することはない。でも、ラストシーンの、原っぱで遊んでいる子どもたちをとらえたロングショットのすてきさが、そっと答を教えてくれるようで、バックに流れるトクマルシューゴの軽快な音楽に導かれ、不思議な世界にたぐり寄せられる。

セリフや言葉でなく、映像や動きで伝えようとする監督のセンスが随所に光り、深い余韻の残る作品になった。監督からじかにお話をうかがい、ロケーションや俳優さんたちのたたずまい、撮影現場の熱気から、随時インスピレーションを受け、映画が立ち上がっていく過程を垣間見たような気がする。若いスタッフたちの力が決してプロにひけをとらないことを証明したくて、同世代の人たちでつくりあげたそうだ。映画が、数多くのスタッフたちの力を結集してつくった総合芸術であることを実感した。1度観ただけでは味わい尽くせない魅力に満ちた世界。ぜひスクリーンで味わってほしい。

(伊藤 久美子)

kujikenaide-s550.jpgいつでも人生これから!『くじけないで』“親子”記者会見

ゲスト:八千草薫(81歳)、武田鉄矢(64歳)、深川栄洋監督(37歳)
2013年10月11日(金)(ウェスティンホテル大阪にて)

(2013年 日本 2時間8分)
原作:柴田トヨ 「くじけないで」「百歳」(飛鳥新社刊)
監督・脚本: 深川栄洋 『60歳のラブレター』『神様のカルテ』
出演:八千草薫、武田鉄矢、伊藤蘭、檀れい、芦田愛菜、上地雄輔、ピエール瀧、鈴木瑞穂

  

2013年11月16日(土)~全国ロードショー

  

公式サイト⇒ http://kujikenaide.jp
(C)2013「くじけないで」製作委員会

 


 

 

~90歳を過ぎて輝きを増したトヨさんの人生~

 

  

kujikenaide-1.jpg 八千草薫58年ぶりの主演映画『くじけないで』は、90歳を過ぎてから詩を書き始めた柴田トヨさんの物語。激動の時代を生きてきたトヨさんからの慈愛に満ちた言葉の贈り物は、忘れてしまった思い出や、失ってしまった感情を呼び起こし、心に優しさと潤いをもたらしてくれる。

 トヨさんの若い頃を檀れいが、子供の頃を芦田愛菜が演じている。明治、大正、昭和の激動期を生き抜いたひとりの女性の生き様を、八千草薫のたおやかさで穏やかに優しく描いて心に沁みる。定職にも就かず、短気で競馬好きで子供のような性格のトヨさんの一人息子:健一を武田鉄矢が頼りなく演じ笑いを誘う。健一のしっかり者の女房:静子に伊藤欄が扮し、老いたトヨさんと健一を支える。

 

kujikenaide-s2.jpg 11月16日の公開を前に、八千草薫、武田鉄矢、深川栄洋監督の記者会見が大阪市内で行われた。主演映画こそ58年ぶりだが、TVドラマや映画出演は多く、特に近年映画での活躍が目立ってきている八千草薫。80歳を過ぎて、50代後半から100歳近くまでを演じ分けるのは肉体的にもきついものがあったと思うが、それを感じさせない繊細な演技に、改めて大女優のキャリアを感じさせた。そんな立派な母親に付いてきた(?)という感じの武田鉄矢だったが、柴田トヨさんの詩にある「いつでも人生これから!」というメッセージをしっかりと伝えてくれた。また、常に八千草薫を気遣う深川栄洋監督の様子から、まるで三世代親子が会見しているようだった。

 


 

(最初のご挨拶)称略)
 kujikenaide-yachigusa1.jpg八千草:本日はおいでくださりありがとうございます。5月に撮影が終わり何ケ月か経ちましたが、その時の想いがずっと残っています。
武田:久しぶりに取り組んだ映画です。静かな物語が進行する中で自分に演じられるものに挑戦した映画でもあります。八千草さんはファイト満々で、いろんなことを勉強させて頂きました。
深川監督:この映画は詩集が原作になった珍しい映画で、初めてやる作業でしたが、とても楽しかったです。詩から誕生した映画はとても意味深いと思いますので、是非劇場でご確認ください。

――― 柴田トヨを演じるにあたり難しかったところは?
八千草:
最初90歳過ぎた役は無理かなと思いました。でも、トヨさんの詩を繰り返し読んでいる内にやっぱりトヨさんは素敵な方だと思えて、また登場人物すべてが愛情深く、温かくて、今の世の中こんな気持ちになれることは少なくなってきたので、これは出演しなければと思ったのです。自然に年老いて見せることが難しかったですね。息子が詩を書くことを勧めてくれるまでは何もすることがなかったので辛かったのですが、詩を書き始めてからは楽しかったです。私にとっても、とてもありがたい経験でした。

――― 息子の健一役は、母親に心配かけたり、周りに迷惑をかけたりする役でしたが、特に気を付けた部分は?
武田:
健一は庶民的で砂粒みたいな人。その人の手触り、戸惑い、怒り、楽しみと、小さな人が抱く様々なものをどう演じるか……今は大きなことを言うのが流行っているのか、大義を掲げている時代ですが、今日どうやって食べるのか、母親をどうやって喜ばせるのかと、小さなことに悩む人を表現するのが難しかったです。

kujikenaide-fukagawa2.jpg――― 初めて脚本も担当されましたが?
深川監督:
ゼロから書いたのは初めてです。客観性が持てなくなるので止めた方がいいと思ったのですが、この映画の構成が頭にパッと浮かんできたので、これは自分でやるしかないかなと。そのため、スタッフを違う方向へ導いてしまったり、役者さんを苦しめたり、皆さんにご迷惑をかけることになったのですが、どうしても自分の手で作りたかったのです。それが正解かどうかは、これからご覧になる方が決めて下さることでしょう。

――― 様々な映画を撮ってこられて、今までとは違うと感じることは?
深川監督:
自分の知らない世代の映画を作るのは『60歳のラブレター』で経験済みですが、私の祖父母や両親などに訊きながらゼロから書いていると、柴田家を描きつつも、いつの間にか深川家のお話になっていきました。この映画を家族が見て、「恥ずかしくて見ておられん」と言ってました(笑)。

――― キャスティングについて?
深川監督:
トヨさん自身は、八千草薫さんのファンで、『相棒』が好きと聞いていましたが、詩のイメージから可愛らしく観音様のような八千草さんしかいないと思いました。本当に受けて頂いて良かった! 武田さんは、何もいいところのない小学生のような健一の役をやれる人と言えば、武田さんが浮かんできたのです。瞬発力を持ったエネルギーの塊のような役を武田さんに演じて頂ければと。まるで動物園で面白い動物を見ているような感覚で、物語にいろんな楽しみが生まれてくるのではと思いました(笑)。

kujikenaide-yachigusa3.jpg――― 58年ぶりの主演映画ですが?
八千草:
それはあまり意識していませんでした。『蝶々夫人』が終わってから結婚して女優を辞めようと思っていたら、菊田和夫先生が、外国の女優さんは結婚しても女優業を続けていると言われ、TVドラマに出演したり、最近では映画に出演することが多くなりました。ゆっくりとした仕事が好きなものですから、今回も深川監督は「こうしなさい」というような言い方ではなく、いろんな言葉を返して頂きました。もっともっとお話を伺いたいと思うような楽しいお仕事でした。

――― トヨさんの詩の魅力について?
八千草:
トヨさんの詩で、「あたし本当は…」と始まるところあります。人間は長く生きていると、「本当は…」と言って何も言えなくなることがあります。苦しいことや悲しいことを明るく変えてしまう特徴が好きです。「息子が夫とそっくりの顔でテレビを見ている、何だか得した気分」などと、明るくさせて下さる詩です。

kujikenaide-takeda1.jpg――― 60歳を過ぎて、アイドルのプロデュースを始められたが、いくつになってもやることは?
武田:
どんな額縁を持って世界を見るかが大切だと思います。私は最近フライングフィッシュを始めたのですが、これがまた下手くそで全く釣れません。6回釣りに行って、1匹も釣れない! 周りはみんな釣れているのに、自分だけが釣れないなんて…1? 終いには私の近くで魚を放流して下さったのですが、それでも釣れない! もう皆さん大爆笑でしたよ。ひとり下手がいることでこれ程皆さんを楽しませられるのか…世の中上手な人ばかりじゃ面白くない、下手な奴もいるから面白い。老いも若きもいろんな人がいるから面白い、とつくづく思いました。新しい事を始めるのに遅すぎるということはないと思います。

――― 最近のネット炎上については?
武田:
ネットには全く興味がありませんね。最近「恨み」に関連する言葉多くなってきましたね。柴田トヨさんの詩をオススメします。人を傷付けないよう、思いやりのある言葉を使い分ける必要がありますね。

(最後に)
八千草:
武田さんの仰る通りです。この映画は、息子やお嫁さんや夫や両親と、家族がいっぱい出てきます。みんなの思いやりを強く感じました。家族は一番安心できて、心を許してもらえるところだと思います。是非多くの方に見て頂きたいと思います。よろしくお願いいたします。

 


 

kujikenaide-yachigusa2.jpg いつになくスローテンポ!? 武田鉄矢さんも深川栄洋監督もMCも、皆が八千草薫さんのたおやかなテンポに合わせるかのように、ゆったりと、穏やかに、ひとつひとつ言葉を選びながら話していた。「いつでも人生これから」と謳った柴田トヨさんは 今年の1月、映画の完成を待たずに101歳で亡くなられた。トヨさんも“美人さん”だったようだが、日本人が一番“大和なでしこ”と思う女優:八千草薫さんに演じてもらってさぞかし喜んでおられることだろう。(ちなみに、“日本男子”と思う男優は高倉健だそうだ) 80歳を超えても優しい微笑みを絶やさず、慈愛に満ちた眼差しで周囲を和ませる八千草薫さんは、まるで観音様のようだった。(拝)

(河田 真喜子)

 

pecoros-okano1.jpg『ペコロスの母に会いに行く』原作者岡野雄一さんインタビュー
(2013年 日本 1時間53分)
監督:森崎東
原作:岡野雄一 『ペコロスの母に会いに行く』西日本新聞社
出演:岩松了、赤木春恵、原田貴和子、加瀬亮、竹中直人、大和田健介、松本若菜、原田知世、宇崎竜童、温水洋一他

★作品紹介はこちら 

★公式サイト→http://pecoross.jp/

2013年11月16日(土)~新宿武蔵野館、ユーロスペース、梅田ガーデンシネマ、シネマート心斎橋、京都シネマ他全国ロードショー
(C) 2013『ペコロスの母に会いに行く』製作委員会

 


 

~認知症の母の瞳に映る若き日の思い出。男やもめ、笑いと涙の介護日記~

「ボケるとも、悪い事ばかりじゃなかかもしれん」
生まれ故郷の長崎で、認知症の母を介護しながら介護エピソードを4コマ漫画で書き綴り、
2度の自主出版の後、西日本新聞社から発行した『ペコロスの母に会いに行く』が大反響を呼んだフリーライター、漫画家の岡野雄一さん。この実話を、『生きているうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』、『ニワトリはハダシだ』の名匠森崎東監督が映画化。監督のもと、同じく長崎県出身の岩松了、原田貴和子や89歳で初めて主演を務める赤木春恵、そして日本映画界を代表する名スタッフが集結し、岡野親子の可笑しくも切ない介護の日々を綴る、感動的な人情喜劇が誕生した。

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岩松了演じる主人公ゆういちと、赤木春恵演じる認知症の母みつえとの日常のエピソードがユーモラスに綴られ、従来の認知症を題材とした映画とは一線を画す。息子が介護するのも新鮮ならば、みつえが亡くなった夫(加瀬亮)をはじめ、自分が子育てに奮闘していた若き日のことを思い出し、みつえの歩んできた人生も描かれていく。若き日のみつえを演じたのは久しぶりの映画出演となる原田貴和子。戦後、酒癖の悪かった夫のもとで必死に生きてきた母親を熱演し、原作とは違った映画ならではの見せ場を作り上げていく。全編長崎ロケで、坂の多い、ちんちん電車の走る街の風景や、長崎の風物詩である「ランタンフェスティバル」が映し出され、郷愁を呼ぶことだろう。観終わったとき長崎弁の心地よさと、母の認知症と対峙することで、過去の自分に戻った母親の姿に自分の子供の頃を重ねた主人公ゆういちの気持ちが、じんわりとからだを包む。

本作の原作者であり、主人公ゆういちのモデルである岡野雄一さんに、原作ができるまでの経緯や、認知症の母親と対峙することで見えてきたこと、そして映画化された本作への想いについて、お話を伺った。

 



―――40歳で長崎に戻られてから、お仕事のかたわらマンガを描き続けてきて、自主出版ののち、今これだけ『ペコロスの母に会いにいく』がヒットした要因は何だと思いますか?
時代に合ったとしか言いようがないですね。昔だったら売れなかったし、今だからヒットしたのです。団塊の世代は親が生きるか死ぬかの時期で、私のような介護パターンが多いんですよ。読書カードを見てもほぼ同じ世代で、40代後半から60代にかけての女性が多いです。親を看ているのは女性の方が圧倒的に多いのでしょう。「介護はこんなに甘いものではないんだけど」と断りながらも、介護をがんばって疲れたり、余裕がなくなったときに、この本を見てほっとするというお声が多いです。シビアさから目をそらす時間がほしいというときにこの本を見てくださるようですね。

 

―――お母様が認知症を発症されてから、岡野さんがマンガを書き始めるまで、さまざまな葛藤があったのではないですか?
pecoros-2.jpg母は、百姓の娘で10人兄弟の長女で典型的なしっかり者で、常に父の後ろにいる印象でした。家計をしっかり守り、世間的にもきっちりした家庭を作るというところから解放されてボケていく感じがしました。よその家の花壇に入って植木鉢を全部持ってきたり、現実にはどんどん汚れたままになっていくんです。介護するのが娘だったら、もっときちんと汚れにも対処するのでしょうが、僕はある程度のところで会社に行かなければならないので、折り合いをつけてやっていました。家の中もだんだん臭くなってきましたが、その時はまだ、時間はかかっても一人でお風呂に入れるぐらいのボケでとどまっていたんです。
でもだんだん「火事が怖い」等と近所から言われ、苦になる部分や、施設に入れることを決めても親戚から「え~母親ば施設に入れるとや?」と言われたりしました。8年前でもまだそんな風潮だったんですね。こうやって映画に取り上げていただいて「まあよかったのか」と思うようになったのですが、今だに後ろめたいところはあります。後ろめたさがありながらというのが、正解なのかなと思います。マンガにするという作業は面白い風に解釈して、8コマ目で落とすという作業ですから、自分の精神的にも良かったですね。

 

pecoros-pos.jpg―――映画は原作に忠実にエピソードを盛り込んでいますね。 
ここまで忠実に描かなくてもいいのにというぐらいですね。でもそれは途中までで、そこからは映画独自の世界に入っていくので、そこがいい映画の特徴だし、この映画の醍醐味だと思いました。

―――度々物語で笑いを誘う「ハゲ」ですが、岩松さんのハゲぶりは見事でした。
僕は岩松さんのインテリっぽい白髪の感じが好きなのですが、原作が原作だけにカツラをつけていただきました。3時間かけてカツラをつけ、撮影が終わって外すのにも2時間かかったそうです。本当はとにかくかっこいいのですが、役作りのためよく僕と飲んでくださったんです。私が出張のときも「君の行きつけのところで飲んでいるから」と連絡を下さって、遅い時間から何回か飲んだりしました。やはり役作りする前と後では全然違っていたので、撮り直したシーンもあったそうです。

 

―――赤木さんの母役も見事に認知症の症状の進行を演じ分けていましたね。
赤木さんはご自身も現在車いすで生活をされているので、長いセリフは無理だとのことだったのですが、私の母も車いすなので、リアル感がありますね。脳梗塞で入院してから、認知症が進行してグループホームに入所する頃までの様子を上手く演じていただいています。今、母は生きているのがやっとの状態なので、この映画を見せたいけれど、もう映画を観ても、分からないでしょう。それでも見せたいですね。

 

―――加瀬亮が演じたお父さんは、岡野さんのお父さんの事実をかなり反映しているのでしょうか?
pecoros-okano2.jpg父はすごく酒に弱かったんですよ。精神安定剤のような感じで短歌を始めたのですが「いつの頃からか自分は精神を病んでいる」という歌があるように、いつも追いつめられているような感じで、定時以前に父がガクガク震えながら帰ってきて、「電信柱の影におるけん」と隠れたりしていました。
日本酒は大好きで、「三杯目から砂糖水に変わる」と言っていました。砂糖水に変わった瞬間から暴れ始めるらしく、一番被害を受けたのは母でした。僕が覚えているだけでも何度か実家に帰っていますが、結婚していない妹がたくさんいるので、長女が失敗して帰ってきたとなったら世間体がよくないと帰らされるのです。父が「一緒に死んでくれ」と言って、包丁を持って母を追いかけまわしていたちょうどその時期に、僕は長崎を出ました。このままいたら自分もおかしくなるし、父の血が自分に流れていると実感する瞬間があって、東京へ出てきたのですが、一番父がひどいときに母をおいて出てきた申し訳なさがずっと心の中にあるんです。

40歳で離婚して長崎へ戻ってきたのも、そういう過去をもう一度やり直すという気持ちがどこかであったと思います。こうやって取材を受けてうれしいのは、そうだったんだと、もう一度自分を振り返ることができたことですね。

 

―――若い頃、辛い目に遭わされたお母様ですが、認知症になってから「帰ってきてほしい」とご主人の帰りを待ちわびている姿に、夫婦の絆を感じますね。
子供心には母が弱者に見え、父がひどい男という簡単な見方しかできていませんでしたが、自分が父の年に近づいてみると、実は母の方が強かったということが分かってくるんですよ。母は父が弱い男と分かって、叩かれていたりします。母が認知症になり始めた頃、父のことを聞くと「とにかく弱いけど、いい人だった」とよく言っていました。シナリオライターの阿久根君にも、「あれだけ酒で叩かれた妻がなぜ酒を買いに行って用意して待っているのか」と聞かれました。そのとき監督も一緒にいたのですが、まずそのころは世間体が強くて、それに合わせていたことや、父がちゃんとお金を稼いできてくれていたこと、父が弱いということも分かっていて、その上で酒を買いに行っている。今と違うそのころの男と女の愛情や、主人をたてるというところがあったんでしょうね。

 

―――映画ができて一番思ったことは?
いい映画のもっている高揚感や、高いところに持っていってくれるところをこの映画が持っていたのが、すごくうれしかったですね。いい映画ができたという実感がうれしかったです。

 

―――「昔に戻っていく」ことがテーマなっていますが、この作品によって認知症に対するマイナスイメージを払拭しているのでは?
面白いことに、森崎監督は「記憶は愛だ」がテーマなんですよ。私の本にある「忘れるのも悪いことばかりではない」という言葉とは相反するので、どうなるのかと思っていましたが、両方ともきちんと融合したラストになっていました。しかも、いい感じに楽観的でしたね。

 

―――どんな人に見ていただきたいですか?
同年輩の人たちは何回か見る人も多いと思いますが、もっと幅広い年代や若い人たちにも見ていただきたいです。たぶん、若い人も見て面白いと感じる人が多いのではないでしょうか。
(江口由美)

shundou-s550.jpg『蠢動-しゅんどう-』三上康雄監督インタビュー
(2013年 日本 1時間42分)
監督・脚本:三上康雄
出演:平岳大、若林豪、目黒祐樹、中原丈雄、さとう玉緒、栗塚旭、脇坂智史
2013年10月19日(土)~有楽町スバル座、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ鳳、ユナイテッド・シネマ岸和田、TOHOシネマズ西宮OS、TOHOシネマズ二条、ユナイテッド・シネマ大津他、全国34館ロードショー、今冬~元町映画館、シネピピア他全国55館順次公開(館数は10/8現在)
公式サイト⇒
http://www.shundou.jp/
(C) 2013 株式会社 三上康雄事務所


「観たい時代劇映画がないから、自分で創る」と私財を投げ打って、30年以上前に16ミリで監督した自作をリメイクしたという三上康雄監督入魂の時代劇『蠢動-しゅんどう-』。武士道がテーマとなっている本作では、現代社会と同じようにそれぞれの立場の正義や忠義を貫く男たちの苦悩が描かれる。若林豪演じる城代家老の荒木は、「藩のため、民のため」を行動規範に、公儀から睨まれることのないよう腐心し、平岳大演じる主人公の剣術師範原田は、藩士の面々に剣術を教える先生で、家老の娘婿として家老の命令に忠実な任務を遂行する。そして、原田が目をかけている弟子の香川は、藩のため殉死した父のようになるまいと自分を守るため泥臭い戦法もいとわない一匹狼のような気質を持ち合わせた藩士だ。

 

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戦のない平和な時代の武士の質素な日常や稽古ぶりをたっぷり見せる一方、城中での政治的密談や、公儀への対応に妙案が浮かばない焦りが高じる様子をじわりじわりと見せつけ、前半の「静」の部分で後半に向けての布石を黙々と打っていく。やや物語の核心に迫るが、後半は教え子を殺す命を受けた原田たちと香川との決闘ぶりが勇ましい太鼓の音に乗って繰り広げられる。真っ白な雪の中で繰り広げられる殺陣シーンは、「これぞ時代劇」の醍醐味を感じることだろう。原田の苦渋の決断や香川の運命、そして藩の運命など、最後まで興味は尽きない。

長年の想いを実現させ、時代劇を知り尽くしたスタッフと共に渾身作を撮りあげた三上康雄監督に、時代劇の醍醐味や、本作で描きたかったテーマについてお話を伺った。

 


 

―――平成の時代劇に物足りないと感じるのはどういった点でしょうか?また、逆に本格時代劇に必要な要素とは何だとお考えですか?
まず僕が思っているのは、時代劇は時代劇でしかできないものを作るべきだということです。『蠢動-しゅんどう-』は現代ではできない話です。僕は剣道、殺陣や居合もしていますから、斬り合いをどうしても取り入れたかったのです。平成の時代劇は、ちょんまげを付けた現代劇のように見えます。僕の好きな『切腹』『上意討ち』『仇討』という作品は、どんなことがあっても時代劇なんですよ。『蠢動-しゅんどう-』もその時代に同じことがあったかもしれないと思える点がとてもリアルなのです。事柄がリアルであり、衣装やカツラ、色や音などをリアルにすれば、時代劇の世界にみなさんが入り込んでいただけるのではないかと思っています。そして、それが「僕自身が観たい時代劇映画」です。

 

―――82年に自主映画で製作された『蠢動』を、その後社会人経験を経た後に、自らリメイクされた訳ですが、ポイントを置いた点は?
shundou-3.jpg82年当時は23歳でしたが、その後30数年間生きてきて、それぞれの立場を経験している訳です。香川の立場を経験すれば、師範の原田の立場も経験していますし、現代で言えば社長室長にあたる舟瀬の立場、社長にあたる荒木などそれぞれの立場が僕には分かるのです。立場の中の正義があるはずですから、今回はそれをうまく脚本に書き込めたのではないかと思います。そして、それぞれの立場の正義を映画として創りあげられたと思っています。

 

―――本作のクライマックスとなる雪上の斬り合いのシーンは撮影の大変さや、斬り合いの後の血をどう見せるか(本作ではほとんど血の跡がなかった)など、リスクが高かったと思いますが、あえてチャレンジした理由は?
斬られた後、血が流れなかったとのご指摘もありますが、基本的に血が飛ぶのは頸動脈しかないので、本来着物を斬ったら血が滲むぐらいがリアルな状態です。着物を斬るシーンを入れようとするとカット割りをしなくてはいけませんが、その部分のリアルが大事か、長回しのリアルが大事かの選択が必要でした。僕はやはり長回しでリアルに撮影したかったのです。その代わり、音を派手にして痛さを演出しました。「色は地味に、音は派手に」ですね。

 

―――雪の中、香川を追って原田らが走り出すあたりからの太鼓の音は、非常に迫力があり効果的でしたね。
shundou-s1.jpg最初の『蠢動-しゅんどう-』というタイトルが出て、後半走り出すまで70分間は音楽を入れていません。音楽を入れたいところもあるのですが、走り出すところで爆発的なインパクトを与えなくてはいけないと思い、すごく我慢しました。テレビ映画ではないので、最後まで観ていただいて「良かった」と思っていただけるような作りにしています。走るシーンの太鼓ですが、香川の走りと原田の走りでは、太鼓の音色を変えています。討っ手が走るときは、太鼓の数を増やしたりしています。斬り合いのところの香川の太鼓に関しては、「香川の鼓動と同じように叩いてくれ」と頼みました。実際に録音するときは、映像を観ながら叩いてもらいました。最近の時代劇は、間に斬られる役のインサートが入り興ざめしてしまうので、ずっと香川をカメラで追うようにしました。カットが割れないので撮影は大変なのですが、そこはこだわって2台のカメラを使って撮っています。

 

―――他に雪の中での撮影で、苦労した点は?
雪の中の撮影なので、撮り直しが効きません。まっさらの雪に足跡を付けていますから、リハーサルはそれまでに行っています。あのシーンを撮影するために、半年間殺陣の訓練をして、何があっても動けるようにしました。だから、斬られ役ではなく皆斬り役で、互いに向かっていっているわけです。

 

―――主演の平さんの存在感が素晴らしかったですが、平さん起用の理由は?
shundou-1.jpg今回、原田役に誰をキャスティングするかが一番重要でした。平さんは大河ドラマ『江』に出演されているのを拝見して感動し、是非とオファーしました。この『蠢動-しゅんどう-』を撮るまでに30数年間ブランクがありましたが、ここに至るまでも、その時々に想像でキャスティングをしていました。15年くらい前は、渡辺謙さんが原田に適任と思ったりしましたが、今の渡辺謙さんは年齢的に違うんです。今はやはり平さんが一番ですね。現場でも寡黙な方で、原田のイメージにぴったりでした。

 

 

―――前半の武家屋敷でのやりとりのシーンは、現代の会社社会と合い通じる人間関係の難しさを感じました。 
会社よりも藩は厳しいですよ。会社は辞めることができますが、脱藩はできません。武士は数パーセントの選ばれた人たちなのですが、その中で様々なキャラクターはいます。特に原田の立場はどうしょうもないですよね。エンドロール後、登場人物たちがどうなるのかと観た方に聞かれることもありますが、それはみなさんで考えていただきたいのです。続『蠢動-しゅんどう-』はありませんが、彼らは生きていかなければならないことは確かです。ですから、原田のアップ、舟瀬のアップ、由紀のアップ、香川のアップとそれぞれアップで映像は終わっています。そうやって観客に投げかけてしまう映画も最近は少ないのではないでしょうか。

 

―――タイトル『蠢動-しゅんどう-』に込めた意味は?
その人にとって人生は激動なはずですが、大局的にみれば「蠢動」だと思うのです。ちょっと上から見て比喩した表現ですね。82年に20代で作ったときからそう思っていましたが、より深くやりたいと思って今回作りました。俳優さんたちが息吹を与えてくれたので、面白い群像劇になったと思います。

 

―――登場人物それぞれの立場が、切実に迫ってきますね。
俳優さんたちも自分の役が「正義」と思ってくれています。若林さんは撮影のインタビューで、自身が演じた荒木を「男の中の男です」とおっしゃっていますし、栗塚さんも西崎を「正義を一番に遂行する役」とおっしゃっていて、皆さん、そう思っているんですよ。舟瀬を演じる中原さんのポジションが一番大変でしたね。悪役になってはいけないし、インテリジェントプロフェッショナルという設定にして、中原さんと舟瀬の役作りをしていきました。『蠢動-しゅんどう-』は最初、ストーリーや殺陣を追うので精一杯だと思いますが、僕の大好きなスタンリー・キューブリック監督が『2001年宇宙の旅』のときに、「1回観て分かるようなら、この映画を作った意味がない」とおっしゃったように、2回、3回観てもらえれば『蠢動-しゅんどう-』のより深い面白さを見つけていただけると思います。劇場用映画として創りましたので、必ず劇場の大きなスクリーンと5.1chの重低音を体感してもらいたいです。
(江口 由美)

 

R100-s550.jpgSMネタQ&Aトークに爆笑!『R100』松本人志監督、大森南朋舞台挨拶&ティーチイン  (13.10.5 梅田ブルク7)
登壇者:松本人志監督、大森南朋 MC:倉本美津留
(2R100-1.jpg013年 日本 1時間40分)
監督:松本人志
出演:大森南朋 、大地真央、寺島しのぶ、片桐はいり、佐藤江梨子、冨永愛、渡辺直美、松尾スズキ、前田吟、渡部篤郎他
2013年10月5日(土)~新宿バルト9、梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、OSシネマズミント神戸、MOVIX京都他全国ロードショー
公式サイト→http://www.r-100.com/
(C) 吉本興業株式会社

 

~「『そして父になる』と『そして父、Mになる』の二部構成で観て!」 松本人志監督、大ヒット舞台挨拶も舌好調!~

 

 日本での公開に先立ちワールドプレミア上映されたトロント国際映画祭では賛否両論を巻き起こし、劇場公開前から話題沸騰の松本人志監督最新作『R100』。大森南朋演じるサラリーマン片山が謎のSMクラブ「ボンデージ」に入会したことから繰り広げらる女王様にいたぶられる非日常と、日常生活にまで浸食し、更に予測不可の事態に巻き込まれていく様子を独特の映像美で描く。まさに全く新しいエンターテイメントだ。


R100-550-2.jpg 趣向を凝らしたSMの数々を披露する「女王様」を演じるのは、大地真央、寺島しのぶ、片桐はいり、佐藤江梨子、冨永愛、渡辺直美といったゴージャスな面々。快感を超えた恐怖まで感じる片山が、ドMを極めた先にどのような境地に達するのか。物語は、最後まで観る者の想像を裏切り続ける。

R100-2.jpg 公開初日に行われた地元大阪での大ヒット舞台挨拶&ティーチインでは、松本人志監督と主演の大森南朋さんが登壇。MC倉本美津留さんによる「ゲストのお二人がどんな質問にも答えます。松本監督はジョニー・デップよりもNGが少ない方ですから」という呼びかけに次々と質問の手が上がり、観客を交えての『R100』トークは大いに盛り上がった。普通のティーチインよりどこか親密で、SMというプライベートな趣向をあっけらかんと語り尽くす公開SM談義のようなユニークさが印象的だった。このティーチインの模様をご紹介したい。

 


(最初のご挨拶)
松本:どうだったでしょうか?コメディー映画ではないのですが、人それぞれ楽しむところや、ひょっとしたら笑いのこぼれるところがあるのではないかと思っています。みなさんのリアクションを見ることができなかったのですが、「割と良かったんじゃないかな」とよく分からない通行人が言っていました。
MC:それはスタッフの人ですね。それでは大森さん、お願いします。
大森:大森南朋です。今回は宣伝もたくさんやらせていただいたので、お客様がいっぱい入ってくれるとうれしいなと思っています。(自身が演じた)あの姿を見られてうれしいのかな?(会場、笑)とにかく、今日は大阪に来ることができてよかったです。今日はよろしくお願いいたします。

 

R100-matsu-1.jpg―――映画面白かったです。相方の浜田さんは映画には起用しないのですか?
松本:毎回のように聞かれて、ずっと「ありえない」と言い続けてきたのですが、最近それも言い疲れ、一周回って「逆に出演してもいいのではないか」と思ったりもしていますが、なかなかギャラが高いので、事務所をうまく通してやらないと、事務所が厳しいですから。
大森:僕はそういう(浜田さんがいる)現場を見てみたいですけどね。
松本:浜田を緑に塗って、実写版『シュレック』をやらせたらと(場内大爆笑)

―――とても変わった映画で楽しく拝見しました。松本さん自身はテレビやラジオでご自身がMだと公言されていますが、今回の映画は自身の願望がアイデアのもとだったのでしょうか?
松本:(映画で描かれているようなことを)されたいとまでは思いませんが、されてもいいかな。
大森:僕は普段したことのない経験をさせていただき、現場で縛られながら「監督はこういうことをされたいのかな」と思ったりしました。さすがに直接監督に聞くことはできませんでしたが。プロの縛り師が待機して、少しゆるめにしてくださったり、寄りで撮るときはきつめに締めたりしてもらいました。

 

R100-Omori-1.jpg―――松本さんや大森さんの父親もMですか?
大森:父親(麿赤児)がMやSと考えたことはないですが、MもSも越えている父なので、両方お持ちではないかと思います。
松本:僕は小学校高学年のときに親父のタンスからSMの本を見つけたことがあります。読んでいるとずっと縛られている女の人ばかりで、完全に親父はSだと思いました。他にも「あれは何だったんだろう」と思った経験があります。母親と和気藹々と団らんしていたときに「人志、お父さんはすごく噛んでくるんやで」と言われ、そのときは意味が分からなくて「お母ちゃんが悪いことしたから?」と聞くと、「いや、そういう意味じゃないねん。そのうち分かるわ」と。そんなことをなぜ僕に言ったのかいまだに分かりませんが、親父は相当なSだったと僕は思います。

 

―――私は大学生で、まだ自分がSかMかが分からないのですが、自分がSやMだと気づいたのはいつ頃ですか?
大森:役者は監督の指示を受けて動いているので、そういう意味ではMではないかと思います。仕事をしていて気付かされたところもありますね。
松本:本当に高校ぐらいのときだとよく分からないですね。自分はSかなと思っていたのですが、この仕事を選んでコンビを組んでお笑いをやっていくと、だんだんとボケ役がMとなっていくのは仕方がないかなと。笑いを追求していくときに、ツッコミ役はどんどん「もっとやれ!」と駆り立ててくるし、ボケ役は追い込まれた中からアウトプットするというところがあって、気が付くと相方の浜田はSとなり、僕はどんどんMになっていきました。もともと持っていたものなのか僕はよく分からないのです。
職業や相手によってもSやMは変わる部分があって、映画を撮っているとやはりSじゃないと役者さんに指示をだすのは難しいです。監督はSではないとダメで、編集するときはMになっているというか、悩んで自分で首を絞めているという仕事かなと思います。

 

R100-matsu-2.jpg―――主人公の家をみていると昭和テイストを感じました。バロムワンやレインボーマンの影響を受けているような女王様や、劇中流れるダウン・タウン・ブギウギ・バンドの『サクセス』などは、松本さんの思い出から盛り込まれているのでしょうか?
松本:映画監督をするということは、自分の内面、自分のワガママや自分の経験したもの、考えを出していかなければいけません。どうしても子供の頃の体験が知らず知らずのうちに出ているし、それを隠すつもりもないので、僕の思い出から来ているのでしょうね。
「この映画は懐かしい感じがした」とおっしゃっていただきましたが、そもそもこれが僕の好きなテイストであることと、この映画はパロディーではなく、むしろシリアスな怖い緊張感があります。その感じを出すために、ちょっと昔のイメージが必要でした。少なくともこの映画に関しては、携帯電話やパソコンが出てくると緊張感がなくなると思ったのです。
車が疾走するシーンのBGM用には2曲候補があり、もう一つが『身も心も』という同じくダウン・タウン・ブギウギ・バンドの曲でした。だからといってコンビ名を「ダウンタウン」にした訳でもないのですが、どこか惹かれるものがあるのでしょうね。

 

R100-Omori-2.jpgMC:大森さんは様々な映画に出演されていますが、監督松本人志は他の監督と比べていかがですか?
大森:存在感というか、監督が一番上に立って、スタッフや役者が皆同じ方向を向いて、一つの作品を作ろうとする。監督が悩めば、スタッフや役者もちょっと待ったりする。すごくいい空気というか、巨匠の空気がありました。
松本:マジですか?巨匠の風味が!?
MC:じゃあ、今日から巨匠の空気と呼びましょう!
松本:あまりいい感じじゃないですね(会場、笑)。

 

R100-s2.jpgMC:それでは最後のご挨拶をお願いします。
大森:今日は皆様ご足労いただき、ありがとうございました。初日、ついに来ました。みなさん、初日に見ちゃった人はお友達にちゃんとこの映画を観るように紹介してください。「あいつがあんなひどいことになってたぞ」と。よろしくお願いします。
松本:この映画を観て、友達にどうだったって聞かれたら、「嵐ががんばっていた」「嵐、パンツ一丁で走り回ってたよ」って言うと、ダマされて見に来る人もいるでしょう。嘘じゃないですから(笑)。『そして父になる』を観て、それから『そして父、Mになる』を観る二部構成と考えていただければ、抱き合わせでいけるのではないかと思っております(会場爆笑)。これからも機会があれば、新しいことにどんどん挑戦していきますし、一人ぐらいこんなおかしな監督がいてもいいのかなと思っておりますので、もし応援していただけるなら、次回作があるかもしれません。よろしくお願いします。

 


 

ティーチイン後に行われたマスコミによるフォトセッション時には、会場から「松ちゃん、面白かった!」「R100Ⅱはあるんですか?」と次々に声がかかり、「写真を撮られているときにこんなに話かけられるのもあまりない!」と松本監督が驚いた一幕も。大阪の観客に暖かく迎え入れられた舞台挨拶&トークショー、最後の挨拶で松本監督の目にうっすらと涙が浮かんでいたように見えた。従来から「SとM」の世界観にこだわり続けてきた松本監督が振り切った作品を目指して作り上げた『R100』。鑑賞した後、話したくなるネタも満載だ。(江口由美)

yoakemae-s550.jpg『夜明け前、朝焼け中』馬場良馬 平田裕一郎 高崎翔太、窪田将治監督インタビュー
yoakemae-1.jpg(2013年 日本 1時間30分)
監督・脚本・編集:窪田将治
出演:馬場良馬、八神蓮、平田裕一郎、高崎翔太、肘井美佳、草野康太、川野直輝他
2013年11月2日(土)~新宿バルト9、11月16日(土)~梅田ブルク7(1週間限定公開)他全国順次公開
公式サイト⇒
http://www.faith-pictures.com/
(C)2013「夜明け前 朝焼け中」製作委員会

馬場:この作品がみんなで「朝焼けに向かっていく」きっかけの一つとしてあればいいな。
平田:本当に終わったあと笑顔になれている作品。
高崎:何も考えないで観て、展開することを一つ一つ感じてほしい。

びっくりするぐらいイケメン揃い!爽やか青春ストーリーかと思いきや、すっきり気分になれるのはオープニングとエンディングだけで、あとは微妙な空気が支配するひと癖もふた癖もある異色群像劇、『夜明け前、朝焼け中』が11月2日(土)より新宿バルト9、11月16日(土)より梅田ブルク7で公開される。

yoakemae-2.jpg監督は、前作『僕の中のオトコの娘』で、女装を楽しむ男子、女装娘(じょそこ)をテーマにマイノリティーの世界で自分らしさを取り戻す異色青春ストーリーを描いた窪田将治。今作では結成10年をなんとしても成功させたい、売れない劇団「フラッシュバック」のメンバーのすれ違いや葛藤をリアルに盛り込みながら、とんでもない事件に巻き込まれ、一世一代の大芝居を打つ様子をオール若手キャストで描いている。

yoakemae-3.jpg『CRAZY-ISM クレイジズム』(11)に続き、窪田作品二度目の主演を務める馬場良馬をはじめ、八神蓮、平田裕一郎、高崎翔太とミュージカル『テニスの王子様』で女性に大人気の若手俳優陣が分裂寸前の劇団員をそれぞれの持ち味で熱演。窪田組常連俳優の草野康太、川野直輝が『僕の中のオトコの娘』とは全く違う、意外性のある役どころで物語に独特の間やユーモアを加えている。

公開に先がけて9月28日に大阪で開催された完成試写会&トークイベントでは、女性ファンが大集結!残暑厳しい大阪が更なる熱気に包まれた。トークイベント登壇前に控室にて馬場良馬 平田裕一郎 高崎翔太、窪田将治監督に独占インタビューを敢行。楽屋トークのようなにぎやかな雰囲気の中、本作の撮影秘話や見どころを語ってもらった。


━━━前作はマイノリティーへの応援歌ということで、女装娘をテーマにした作品でしたが、本作企画の狙いやテーマは?
 yoakemae_kubota-s1.jpg窪田将治監督(以下監督):今回は僕自身もそうですが、「追い込まれないと、人間なかなかやらないよね」というところからスタートしました。本当はコツコツやっていかないと、上手くいかないのだけれど、本作の登場人物たちは「なあなあ」でやっていて、「もっとちゃんとやらないといけないよ」というのが一つのテーマとしてあります。

出演している役者も、今回は皆若い役者ばかりで、僕と同い年の草野さんが一番上なんです。「一緒にコツコツやっていこう」という、若手に対してだけでなく、作り手や自分に対する戒めに近いですね。『夜明け前、朝焼け中』というタイトルも、「日が昇るのか昇らないのか分からないけれど、一歩ずつやるしかない」というところに重きを置いています。今回の脚本は、人生でもっとも短い期間で書いているんですよ。

 

━━━具体的にはどれぐらいで書き上げたのですか?
監督:5日間です。もう5日間で書くことは二度とないと思います(笑)やりたいことがはっきり決まっていて、中盤から全く違う話にしようと決めていたので、あとは逆算だけだったから早く書けたのでしょう。

 

yoakemae_baba-s1.jpg━━━この脚本を初めて読まれたときの感想は?
馬場:僕も役者をやっているので、泰介が感じている葛藤がよく分かりました。泰介自身30歳で僕と同じなので、台本を読んでいて自分に問いかけられている部分が大きかったです。そういった意味では、今の僕にしかできない役だなと思ったし、今現在の僕がやりたいと思っている役で、いつも以上にワクワクと興奮しました。

 

 


yoakemae_takasaki-s1.jpg高崎:途中で構成がガラッと変わるところがワクワクしましたし、実際に演じた後に観ても同じ気持ちになりました。(バラバラだった劇団員が)団結して本番中にトラブルが起こるというのが普通の台本だと思っていたら、この作品は途中でガラッと変わるので、ああいう形もあるのかと思いましたね。
平田:何のストレスもなく、謎解きのような「どうなるんだろう」というところもさっと読めたのですが、後で残るんですよね。普通のリアルな僕たちが役者として演じているところも、ワクワクして読めました。演じていても楽しかったし、できあがった作品を観ても楽しかったです。先ほど監督が5日間で書いたと聞いて、ビックリしました。

 

━━━窪田組常連俳優陣のキワモノぶりも楽しかったです。特に合宿所の管理人役をされた草野さんは、実は黒幕だったり、何か中盤の事件に絡んでくるのかと思いきや、ただの変わり者の管理人で終わっていましたね。 
監督:最初は劇団員が現場を撮られたテープを取り戻そうと合宿所から帰った後に、草野さん演じる合宿所のおじさんが、ヤクザ事務所へ「おまえら、掘り起こしてたぞ、あいつ」と電話するのを入れようかと思ったんです。でも、それはちょっと狙いすぎの気がして、逆に「結局いなくても別によかった」という感じが面白いのではと感じて今の形にしました。草野さんはそういう「いなくても別にいい」役も得意ですから。

 

yoakemae_baba-s2.jpg━━━馬場さんは、ずっとストレスを抱えて葛藤する、笑うシーンのほどんどない役でしたが、そういう役は珍しいのでは?
馬場:特に今回は男性キャストが元々顔見知りの人が多かったんです。僕一人その中でぶすっとしてなければいけなかったので、撮影中も少し距離感がありました。特に車の運転をしているシーンで、僕はぶすっとした顔で実際に運転をしているのですが、後部座席ではいつカメラが回っているか分からないので常に盛り上がっていて、「もうやめてくれ~っ」て気持ちになったことはありました(笑)でも基本は楽しかったですね。

 

━━━本作で窪田監督作品に主演するのは2度目ですが、窪田組の印象は?
馬場:初めて主演をさせていただいた『CRAZY-ISM クレイジズム』で、窪田監督と初めてお仕事をさせていただきました。「ちゃんと芝居をする」ことを初めて頭で理解させてくれた方だったので、僕にとって芝居の恩師みたいなものであり、揺るぎないです。だから『僕の中のオトコの娘』の時も、窪田監督にお願いしてチョイ役で出していただきましたが、それぐらい慕っています。窪田監督は愛があり、お芝居以外の人間的なことや大人としての振る舞いも教えてくださるので、そういった意味でも人生の大先輩で師匠ですね。早く師匠に恩返しができればいいなと思っています。

 

yoakemae_takasaki-s2.jpg━━━高崎さんは、男性キャラクターの中で一番年下でありながら、一番成長していく役でしたが、役作りはどのようにされましたか?
高崎:成長する役なので、映画一本を通してのテンションの変わり方に気をつけて演じました。テンションの移り変わりがすごく繊細なので、考えていることがうまくできなくて、へこんだりもしました。等身大で演じた感はありますね。

 

 

 

 

━━━平田さんは劇団きっての色男で、女の子に言い寄られると断れない、優柔不断男子を演じましたが、ご自身の役をどう感じましたか? 
yoakemae_hirata-s2.jpg平田:今の子たちってあんな感じがしませんか?悪気もなく二股をかけたり、誘われると断れなかったり。ふわっとした感じだけれど、お芝居が好きで10年やめないで続けていたり。看板女優と付き合っているけれど、そちらにはバレないように別の女優と付き合うわけで、女たらしというか、なんかすごいですよね(笑)。もともと(劇団員男子役の)4人は知り合いだったので、(高崎)翔太は一番年下だけど締めるところは締めてくれるし、馬場さんはやはりリーダーらしく締めてくれるし、王子(八神漣)はふわふわしていて、僕はマイペースなので、コンビネーションとしては良かったです。
馬場:窪田組はみんな気を遣ってくださるので、毎回現場の雰囲気はいいのですが、特に今回は劇団の合宿という設定で、山梨で泊まり込みで撮影をしていたので、そういう意味では本当の合宿みたな感じで取り組め、すごく一体感があったと思いますね。

 

━━━一番好きなシーンはどこですか?
 yoakemae_hirata-s1.jpg馬場:(高崎)翔太演じる圭吾に自分の今置かれている状況をカミングアウトするシーンがあります。「俺ももう30歳だし、先がない」と言っているところは、もちろん泰介として演じてはいるのですが、僕にとってもリアルな瞬間で、あそこはすごく演じていて気持ち良かったです。自分の気持ちの中でもすっと入ったお芝居で、印象的でした。僕も30歳目前で「これからどうしよう」と考えはじめることがありますからね。
高崎:劇団が一度団結を取り戻した後の切り替えが、やはりワクワクしましたね。何が起こるか、くるぞ、くるぞといった感じが好きですね。
平田:僕は雪の中でキャッチボールをしているシーンが好きです。後々思うと、キャッチボールしている人たち皆の心情が少しずつ出ている気がします。「台本が出来ていないから(稽古できないのは)仕方ないじゃないか」というのも本心だし、周りの人たちも「皆がやるなら・・・」と思っている。泰介が「ちゃんとやろう」と言っている気持ちも分かるけれど、俺らに言うなよという感じですよね。寂れた体育館の裏で、真っ白な雪の中というシチュエーションも好きでしたね。

 

━━━最後に、一言ずつメッセージをお願いします。
監督:逆説的な感じですが、「コツコツ、ちゃんとやった方がいいよ」ということが一つのメッセージです。とは言っても、追い込まれた人間は何でもできるから、「本当にやる人間はやるので、そんなに心配をすることはないよ」という部分もあります。この作品を観て笑ってもらえばうれしいし、スカッとしてもらってもうれしいです。僕の作品をご存じの方には、「いつも血がドバドバ出るけれど、今回はそうでもないよ」と言いたいですね。
 yoakemae-s2.jpg馬場:泰介は30歳手前で色々と悩んでいますが、この社会、特に恵まれている日本だからこそ何かもがいてやりたいけれど、今の現状に満足してしまう。そんな風に大小かかわらず、誰しも抱えている問題を描いているのかなと思います。この映画を観て、やる気になったり、何かのきっかけになればいいですね。みんなが「朝焼けに向かっていく」きっかけの一つとして、この作品があればいいなと、すごく思います。
高崎:何も考えずに観てほしいなと思います。そこで展開していくことを、一つ一つ感じとってくれたら、最後はスカッとすると思います。その後に思い返してみると、「最初はあんなにドロドロしてたな」とか「ピンチもあったな」とか「でも頑張ったな」と、何か感じてもらえたらうれしいですね。
平田:本当に終わったあと笑顔になれている作品だと思います。
(江口由美)

natali-t550.jpg『わたしはロランス』出演女優、ナタリー・バイ トーク<フランス映画祭2013>

(Laurence Anyways  2012 年 カナダ=フランス 168分 )
監督:グザヴィエ・ドラン
出演:メルヴィル・プポー、スザンヌ・クレマン、ナタリー・バイ 他
2013年秋、全国順次公開
公式サイト⇒ 
http://www.uplink.co.jp/laurence/

2012年カンヌ映画祭 ある視点部門正式出品 最優秀女優賞受賞
2012年 トロント国際映画祭 最優秀カナダ映画賞受賞

 



〜モントリオールで繰り広げられる、性別を超越した愛の物語〜

わたしはフロランス-550.jpg

 「ロランス・アリア、あなたは何を求めているの?」
 その問いに主人公は答える。「私が発する言葉を理解し、同じ言葉を話す人を探すこと」

わたしはフロランス-2.jpg  30歳の誕生日を迎えた国語教師のロランス(メルヴィル・プポー)は、美しい恋人フレッド(スザンヌ・クレマン)に打ち明ける。「僕は女になりたい。この体は偽りなんだ」。驚き、怒り、ロランスを激しく非難するフレッドだったが、ロランスの最大の理解者となる決心をする。メイクをし、スカートをまとい、女性としての生活を始めた後も、ロランスはフレッドを愛し、フレッドもロランスの恋人として生活するが、周囲の嫌悪感と好奇に満ちた視線が二人をむしばみ、フレッドはうつ状態に陥ってしまう。

わたしはフロランス-4.jpg  数年後。他の男性と結婚し、一児の母となったフレッドのもとにある日、1冊の詩集が送られる。そこには、変わることのないフレッドへの思いが、ロランスの言葉によって紡がれていた。フレッドは、封印してきた思いを解き、1通の手紙をロランスに送るが…… フレッドを演じるスザンヌ・クレマンは、2012年カンヌ国際映画祭のある視点部門において、最優秀女優賞に輝いた。

 監督は、カナダ、モントリオール出身のグザヴィエ・ドラン。本作の撮影中に23歳の誕生日を迎えた。「生き急いでいる」かのような勢いで撮影された本作品には、ドラン自身の少年時代の体験、愛する映画へのオマージュ、母への思いが凝縮されている。

  心身ともに傷つき、無防備に泣きじゃくるロランスが電話をかけた相手は恋人ではなく、母親のジュリエンヌ(ナタリー・バイ)だった。本編を通して語られるもうひとつのテーマ「親子(母娘)の愛」もまた、もどかしくもいとおしい。(田中 明花)


 映画上映終了後、本年映画祭の団長であり、本作で主人公ロランスの母親を演じたナタリー・バイさんが登壇。笑いのある和やかな雰囲気で、観客とトークを交えた。
 
まず、ユニフランス・フィルムズ東京支局長、バレリ=アンヌ・クリステンさんから質問があった。

natali-t1.jpg―――主人公の母親の役作りはどのように?
母親のジュリエンヌについては、シナリオに細かくしっかりと描かれていました。私からの質問にも、ドラン監督はシンプルに明確に答えてくれました。この作品がドラン監督にとって第3作となりますが、彼は前作(2作品)でも母親との関係を描いているので、それらも参考になりました。私が解釈するジュリエンヌは、夢や希望を持っていたけれど、必ずしも自分の望みどおりにいかなかった女性です。夫との生活は満たされず、息子もまた性別の悩みを抱えて苦しみ、それを見ている自分も苦しむ。しかし、息子が女性として生きることを受け入れるようになっていくと、ジュリエンヌにも変化があらわれてきます。そこに感動を覚えました。

 

 

 (その後、観客からも多く質問が寄せられた。)

わたしはフロランス-5.jpg――― 若手のドラン監督とのお仕事はいかがでしたか?
ドラン監督は、監督だけでなく、シナリオを書き、衣装も担当しました。前作では俳優としても出演する、小さな天才です。俳優たちへの指導も非常に上手く、撮影チームとの関係もよかった。才能溢れる天才肌の方ですから、撮影のときは気まぐれがあるのではないかと思っていましたが、そんなことはなく、とても気持ちよく撮影を終えました。次回オファーをいただいたらぜひOKしたい監督ですね。 

 
――― ドラン監督のような若手を世界に送り出す大きな力が、フランス映画にはあると思います。フランス映画の強みは何でしょう?
フランスは、多様な映画をみることができる国です。日本、アフリカ、インド、台湾、オーストラリア…… さまざまな国から届けられる映画が、フランス人の映画生活を楽しませてくれます。監督たちもこのような環境の中で、自分の作品をつくるので、その結果、フランス映画は多様性に溢れています。それが他の国の人たちにも好まれるのだと思います。

natali-t3.jpg――― 私にも主人公と同じようなトランスセクシャルの友人がいます。日本ではこのような問題(セクシャルマイノリティ、LGBT)に対してまだ閉鎖的ですが、フランスではどうなのでしょうか? ナタリーさん自身のお考えも聞かせてください。
少しずつ変わってはきていますが、フランスでもまだ多くの人にとって恥ずべき話題のようです。私にもゲイの友人がいますが、両親とはそのことについて語らないそうです。実情を知る人がもっと増え、当人も周りの人もそのことを語りやすくなってほしいと思います。
私がこの映画で初めて知ったのは、性転換をした後もロランスのように、性的な趣向は変わらないことがあるということです。ロランスは女性となりましたが、その後も同じ女性を愛し続けました。

 

わたしはフロランス-3.jpg――― 主演のお二人との印象的なエピソードを教えてください。
髪の毛が長く、メイクしたメルヴィルが私に近づいてきたときは、かなり動揺してしまいました!また、足や腕の毛を全部剃ってしまったので、とても痒かったようで、メルヴィルがよく体を掻いている姿をみました。
スザンヌに関しては、監督から「普通ではない」感じを要求され髪をパンク風にしたりと、それを受け入れるのに戸惑っていたようですね。80年代のコスチュームは、ちょっと変な感じがしたものの、一緒に撮影していくうちに、ドラン監督の情熱が伝わり、細かいことを気にせずに幸せな気持ちで撮影できるようになったようです。