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取り返しのつかない「幸せな時間」を焼き付ける青春映画に。
『きみの鳥はうたえる』三宅唱監督インタビュー
 
柄本佑、石橋静河、染谷将太と、今一番スクリーンで輝く3人を主人公に、北海道・函館で2度とはこない特別な夏を過ごした大人の青春映画『きみの鳥はうたえる』が、9月22日(土)よりテアトル梅田、シネマート心斎橋、京都シネマ、イオンシネマ京都桂川、元町映画館、10月27日(土)よりシネ・ピピア他全国順次公開される。
 
監督は、北海道出身で、劇場デビュー作『Playback』が国内外で高い評価を受けた三宅唱。
今まで映画化されてきた佐藤泰志原作の函館三部作(『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』)は、佐藤泰志が生きた昭和時代の雰囲気を色濃く残していた。だが、佐藤泰志の初期作品である「きみの鳥はうたえる」を平成の時代の青春映画に昇華させ、映画ならではの魅力を放っている。『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』で鮮烈なデビューを果たした石橋静河が等身大の魅力を見せながら、男たちの間を彷徨うヒロインを演じている他、物語の核となる「僕」を演じる柄本佑、「僕」とルームシェアをする静雄を演じる染谷将太の3人が、友達と恋人の境界線がないような塊となって、夏の夜を彩る蛍のように、豊かな輝きを見せるのだ。
 
本作の三宅唱監督に、佐藤泰志作品を映画化するにあたっての思いや、映画の狙いについてお話を伺った。
 

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■佐藤泰志さんが30代の作品に親近感。原作の心臓みたいなものに辿り着く。

――――オファーを受けた時の経緯は?
三宅:函館シネマアイリスの菅原和博さんから、僕が北海道出身であるということだけでなく、「『きみの鳥はうたえる』の主人公に近い年齢の人にこの物語を撮ってほしいから、君に頼んだ」と出会った日に言われました。うれしいと同時に、大変な話が来たなという印象もあったのですが、佐藤泰志さんが「きみの鳥はうたえる」を書いた年齢も30代前半で、オファーを受けた時には僕とほぼ同年齢だったのです。親近感が湧きましたし、実際に小説を読むと、今の時代に通じる普遍的なものを見出すことができました。
 
――――佐藤さんの小説は今までも読んでいたのですか?
三宅:今回読むのが初めてでした。それまでは社会や人生の暗い部分を真摯に見つめる作家というイメージがありましたが、この作品を読むと、恋をしたり、遊んだり、お酒を飲んだり、生きる喜びも同じぐらい真摯に見つめている作家だと思いました。
 
――――今まで映画化されてきた函館三部作と比べると、今回は佐藤泰志の世界観を平成の時代に置き換えて描いているという感じを強く抱きました。東京が舞台の作品を函館にするなど、若干設定も異なっているようですが、佐藤泰志の世界観をどう構築して行ったのですか?
三宅:原作には佐藤さん独自の文体やムードがあり、そこに浸る気持ち良さがあります。ただ、繰り返し読んでいくうちに、作品の心臓みたいなものがあるのです。今回はそこに辿り着けたのではないかと思っています。オファーを受けた時点で函館を舞台にすることは決まっていたのですが、中途半端に原作と同じ時代に設定するのではなく、完全に現在の話にしました。それで面白い映画にすることができれば、佐藤さんの小説に普遍性があるという証明にもなりますし、とにかく彼ら3人が過ごしている時間のあり方を丁寧に捉えていけば、きっと見応えのある映画になるという確信がありました。
 

 

■柄本佑、石橋静河、染谷将太の3人で作ることが一番大事だった。

――――男2人に女1人という設定は、青春映画の王道のように見えますが、比較的やりやすかったのでしょうか?
三宅:男2人に女1人が主人公という設定の映画で名画はいくらでもありますから、それを意識したら映画なんて撮れないぐらい、やりづらいとも言えます。でもそれはあくまでも構図の話で、演じる役者が違えば、感じるものは全然違います。僕はこの3人(柄本佑、石橋静河、染谷将太)で作るということが一番大事でした。
 
――――キャスティングはどのように行ったのですか? 
三宅:初めて原作を読んだときに、佑くんの顔が浮かんで、ふと染谷くんの顔が浮かんで、その二人を当てはめながら作品を読んでいくと、すごくワクワクできたんです。石橋さんにはその後にお会いしたのですが、会ったその日には、石橋さんが佐知子を演じてくれたら、きっといい映画になるだろうと直感しました。
 
 

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■取り返しがつかない「本当に幸せな時間」を表現するために、友達、好きな人といる時間の喜び、楽しさのエネルギーを徹底的に撮る。

――――『きみの鳥はうたえる』の原作を読んで、一番映画でやってみたいと思ったのはどんなことですか?
三宅:よく悪いことが起こると「取り返しがつかない」と言いますが、原作を読んだ時に、一番感じたのが、幸せの感覚も取り返しがつかないものなのだということ。「あの時は本当に楽しかったんだ」とか、「本当に幸せな時間だったんだ」と後から感じることって、たまに人生であるかと思います。でもそれは2度と起きない。それを映画で表現するためには、友達といる時間の喜びや、好きな人と一緒にいる時間の喜び、あるいは音楽を聴いている時の楽しさのエネルギーを徹底的に撮る。それが今回一番やりたいことでした。それが皆さんの中にも広がって、映画を見終わった時にかけがえのないものだと感じてもらえたら、何よりですね。
 
――――映画のエンディングは原作をアレンジしているのですか?
三宅:映画の終わり方は、原作とは全然違います。ただ共通しているのは、取り返しがつかないことが起きた、ということでしょうか。映画のラストには、絶望もあれば、愛を伝えられた高揚感もある。色々な感情が去来しているシーンで、言葉では言い表すことのでできない、映画でしか見ることができないような表情だと思います。きっと映画を見たお客様も「これは何なんだろう」と、この映画を見なければ味わえない感情になれたらうれしいですね。映画が終わった後もその感情を自分の中で反芻したり、一緒に見た友達や恋人と色々な話ができるのではないかと思います。
 
 
 
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■映画のキーワードは「誠実さ」。でも周りが求める通りの誠実な対応ができる男はいない。

――――石橋静河さん演じる佐和子は、僕と静雄の間を行き来するだけでなく、バイト場の店長とも不倫をしている設定ですが、男好きなキャラクターという雰囲気ではなく、自然体なのが印象的でした。
三宅:原作でもそうですが、この映画では「誠実さ」がキーワードです。確かに佐知子はひと夏の間に3人の男と関係を持つという、とんでもないモテ期が到来しています。ただそれはたまたま3人が同時に佐知子に向いたからであり、佐知子はなんとかそれぞれに対して誠実に向き合い、(店長に対しては)別れようとしていました。石橋さんも誠実さを一番大事にして演じてくれました。撮影しながら面白いと感じたのが、隣に柄本君が演じる僕がいる時と、染谷君が演じる静雄がいる時では、佐知子の顔が全然違って見えること。自分を取り繕うのではなく、とにかく相手と一緒にいることで佐知子は変化しますし、もっと言えば映画の撮り始めと、撮り終わる頃でもどんどん変化をしていたなと思っていました。
 
――――一方、主人公の「僕」はフラフラした男ですね。
三宅:本当に何を考えているのか分からない男です。佐知子に惹かれているんだけれど、態度に見せないようにもしている。
 
――――三宅監督に近い感じですか?
三宅:ハハハ!正直周りには「(「僕」の性格は三宅監督に)近い」と言われます。僕はそうではないと言いたい!でもみんなあると思いますよ、「僕」みたいな中途半端な感じは。そんなに周りが求める通りの誠実な対応ができる男はいないですよ。自分が誠実だと思っているのに、周りには伝わらないということが、映画を撮っている最中でもありました。シナリオを書いている時は「僕」は誠実だと思っていたのですが、編集をしている時に「こいつ、バカだなー」と思ったりもしました(笑)。
 
――――そんなフラフラした「僕」のことを、佐知子はしっかりと見ていました。それがつまり、相手に対して誠実であるということなんですね。
三宅:どのキャラクターもそうなのですが、相手のことをよく見るんです。もしかしたら演技をするということが、相手をよく見ることなのかもしれません。自分のことより相手を観察することから人間関係を出発させる人たちの物語だと思っていますし、そういうものを撮るのは、本当に楽しいですね。
 
――――オープニングのショットが、函館の山から見下ろす観光名所的な夜景ではなく、ふもとから山を見上げる夜景になっていましたが、地元、つまりは佐知子たちが見つめる夜景というニュアンスなのでしょうか?
三宅:僕も北海道出身ではありますが、函館が地元ではないので、函館の山から見下ろす観光客の目線しかなかったのですが、函館で色々な人と話をすると、実は函館には地元民が愛する「裏夜景」があると教えてもらったんです。函館山の裏側から山の方を向いて見る夜景スポットを地元の人はたくさん知っていて、その会話から発見したカメラポジションでした。各地で映画を作る時にも、いわゆる観光名所ではなく、地元の人が勧めるビュースポットを知ることができるのは楽しいですね。
 
 
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■石橋静河演じる佐知子が気持ちよさそうに踊るシーンは、撮っていて一番楽しかった。

――――3人が夜にクラブに繰り出して踊ったり、カラオケで歌うシーンは、この映画の中でもかけがえのない青春を体現する名シーンです。バレーダンサーでもある石橋さんのしなやかな踊りも披露しています。また、昭和の名曲、杏里の「オリビアを聴きながら」をボサノバ風にアレンジしたバージョンで歌っているのも魅力的でしたが、なぜこの曲を選んだのですか?
三宅:何を歌おうかと考え、僕と石橋さんそれぞれ5曲ずつぐらい、良さそうな曲を持ち寄ったんです。実際にそれらの曲をカラオケで歌って選んだのが「オリビアを聴きながら」の別バージョンで、石橋さんの十八番の曲だそうです。この映画は佐知子がのびのびと自由に振る舞うのがとても重要なので、石橋さんがやりやすい曲がいいなと思いましたし、いざじっくりと歌詞を聞きこむと、この物語を象徴しているんですよね。出会った頃はこんな日が来るとは・・・と、本当に恋をしたことのある人なら誰でもそうですよね。ダンスシーンも石橋さんは本当に気持ちよさそうに踊ってくれ、撮っていて一番楽しいシーンでした。
 
 
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■人間のダメなところが愛おしいということを伝えたい。

――――本当に3人のセッションのようなシーンの数々が、青春映画の心地よさと切なさを体現していました。
三宅:柄本君、染谷君、石橋さん、3人ともこの映画をとても大事にしてくれていますし、僕もまた一緒に仕事をしたいと思います。青春って元々論理立っているものではなく、色々と矛盾しているものがせめぎ合っているのが青春の時間なので、その時々のシーンに僕自身も体ごとぶつかりながら誠実に反応していれば、その時にしか撮れないものを撮れるのではないか。そう思って、割と無我夢中でやっていましたね。
 
僕は、人間のチャーミングなところを見たいんです。映画を見て、キャラクターや役者を好きになりたいし、好きになってもらいたい。だから、人間のダメなところも出して、それが愛おしいということを伝えたい。僕にとってはそういう瞬間だらけの映画です。
俳優さんとの仕事も、一期一会ですし、特に青春映画は同じ俳優で何度も撮れるものではありません。だから一回きりと思って臨んでいます。ずっと見ていると、どの瞬間も一度きりです。それを記録できるのが映画だと思っています。
(江口由美)
 

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<作品情報>
『きみの鳥はうたえる』(2018年 日本 106分) 
監督:三宅唱
原作:佐藤泰志
出演:柄本佑、石橋静河、染谷将太、渡辺真起子、萩原聖人他 
2018年9月22日(土)~テアトル梅田、シネマート心斎橋、京都シネマ、イオンシネマ京都桂川、元町映画館、10月27日(土)~シネ・ピピア他全国順次公開
公式サイト⇒http://kiminotori.com/
(C) HAKODATE CINEMA IRIS

 

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ペンギン博士が皇帝ペンギンの魅力に迫る!
『皇帝ペンギン ただいま』監修上田一生さんインタビュー
 
アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞し、世界で2500万人が観た奇跡のドキュメンタリー映画『皇帝ペンギン』(05)から12年。リュック・ジャケ監督が4Kカメラとドローンを駆使し皇帝ペンギンの過酷な子育てやヒナの赤ちゃんペンギンが成長する姿を描いた最新作『皇帝ペンギン ただいま』が、8月25日(土)よりシネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、9月1日(土)より京都シネマ他全国順次公開される。
 
真っ白の銀世界だった前作の南極とは違い、温暖化の影響が感じられる過酷な環境で、ペンギンのなかで一番大きい皇帝ペンギンの気高い姿が美しい映像で映し出される。皇帝ペンギンのコロニーでは繁殖期の後、オスたちが体を寄せ合い、命がけで卵を守る様子や、生まれたてのヒナが、薄いグレーのフワフワな羽毛で覆われた若いペンギンに成長し、初めて海に潜るまでにも密着。神秘的な南極の海の中では、ヒュンヒュンと泳ぐ皇帝ペンギンの華麗な姿をカメラで収めることに成功、前作以上に迫力ある映像で、今の南極大陸とそこで生きる皇帝ペンギンたちの力強い姿を映し出している。特に今回は、43歳という年長のオスペンギンにスポットを当て、ベテランならではの知恵や、子育てにも注目したい。
 
リュック・ジャケ監督と親交が深く、フランス版、日本版の監修を務めた、ペンギン博士こと上田一生さんに、本作の見どころや、ペンギンたちの知られざる一面を伺った。
 

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■皇帝ペンギンはとてもフレンドリー、コンタクトコールで人間とコミュニケーション

―――まず最初に、ペンギン博士の上田さんにとって、皇帝ペンギンの魅力とは?
上田:1つめは、彼らがとてもフレンドリーだということです。リュック・ジャケ監督のような越冬経験はありませんが、私は3回南極に行き、皇帝ペンギンと会うことができました。南極大陸で直立二足歩行をするのはペンギンしかいませんから、そこに我々のような人間が行くと、彼らは「ヘンなペンギンがいる」と思う訳です。300mぐらい向こうから私たちを見つけると、「ア!(おーい!)」とコンタクトコール(挨拶)で声をかけてきたので、私たちも「ア!」と呼び返してコミュニケーションを試みました。最終的には50cmぐらいまで近寄ると、10数羽に囲まれ、私の靴紐を解こうとしたり、カバンを引っ張ったり。本当に好奇心が旺盛で、すごく面白いですね。
 
2つめは、科学的に言えば、皇帝ペンギンは「地球上で最も寒い南極の冬に子育てをする唯一の大型脊椎動物」であり、皇帝ペンギン以外に、あんな極寒の中、大変な子育てをする動物はいない。そこも魅力ですね。そして、3つめはまた、皇帝ペンギンは現時点で判明しているだけで、600m潜ることができ、また最大28分息継ぎせずに潜っていられます。人間の場合は一旦潜ったら減圧をしながらゆっくり上がってこないと体に問題が生じますが、皇帝ペンギンは2分ぐらいでそこまで潜り、また2分ぐらいで戻ってくるのです。まだまだ謎に満ちた海を、我が物顔で動き回ることができる皇帝ペンギン。なぜ?と思うことがたくさんあるのも魅力的なのです。
 
 
 
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■地球上で最も寒い南極の冬に子育てをする、皇帝ペンギンの生存戦略 

―――ペンギンの子育ては、人間をはじめとする多くの哺乳類と違い、メスが食料調達の旅に出て、オスが卵を守り、温めているのが面白いですね。

 

上田:鳥類の過半数がオスとメスの共同で子育てをします。ペンギンの場合もほぼ平等ですね。この皇帝ペンギンだけが例外です。「地球上で最も寒い南極の冬に子育てをする」ところに原因があるのですが、体が大きいのでヒナが巣立った直後に大量のエサが必要になります。南極の冬から夏に変わる2〜3週間という本当に短い期間、海にイカや彼らの食料となる魚類が大量発生するのです。その時にヒナを巣立たせるために逆算して繁殖するのが、皇帝ペンギンの生存戦略ですね。
 
実はペンギンのメスは自分の体重における卵の重さの比重が大きく、重い卵を産んだ直後は、もうヘロヘロなのです。まだ余裕のあるオスに卵を託し、メスはその体を引きずって片道120キロも歩いて海に戻り、アザラシなどの外敵から身を守りながらなんとか海で食料を確保して、また120キロ歩いて帰ってくる。一方、オスは3ヶ月近く絶食して体重が半分ぐらいに減りますが、ずっと同じ場所にいる訳で、どちらも本当に大変な子育てだと思います。協力しなければ、なし得ないですね。
 
―――今回は43歳のペンギン界では長老のオスにフォーカスし、長老ならではの生き様を映し出しています。フランスの研究所でタグを付けて観察していることから年齢が割り出せるとのことですが、他に皇帝ペンギンの年を見分ける方法はあるのでしょうか?
上田:ペンギンの個体識別はとても難しく、実はペンギン自身も無理なのです。ペンギンは人間よりも非常に耳の聞こえる範囲が広く、またとても記憶力が良いので、ペンギンは声や鳴き方で家族や子どもと全てのコミュニケーションを取っています。
 
人間が識別する場合は、ペンギンの腕にタグとなるフリッパーバンドを付けたり、ペンギンの胸の筋肉にマイクロチップを埋め込んだりしています。それらを定期的に読み込み、長期観察しているのです。今まで観察されているペンギンのコロニーで最長が60年弱ですから、実際には60歳以上のペンギンがいるかもしれません。今回のフランス、デュモン・デュルヴィル基地は約100年の歴史があるのですが、46〜47年前からタグを付け始め、今回のように確実に43歳というペンギンが何羽かいたそうです。そのペンギンたちをジャケ監督がずっと追い続けた訳です。
 
実は、タグ以外にも年長者を判別する方法があります。今回は4K映像なので、カメラが皇帝ペンギンに寄った時に見ていただきたいのですが、若いペンギンはクチバシがツヤツヤしていますが、年寄りは筋が入っています。後は目です。ペンギンもやはり白内障になります。逆にヒナの目はキラキラ輝いています。そこは人間と同じですね。
 
 
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■皇帝ペンギンは年長者の方が行動範囲が広く、好奇心が旺盛

―――なるほど、皆同じように見えた皇帝ペンギンたちですが、パーツをしっかり見ると違いが分かるんですね。ルックス以外に、行動面で長老ならではの知恵や振る舞いが感じられる場面はありましたか?
上田:ペンギンの世界にボスはいませんが、劇中で海に行きたいけれど、氷が変わって行けなくなってしまったという時に、偵察を買って出るシーンがあります。確かに年長者はそういうことをやりますし、年長者の方が行動範囲は広くなるのです。若い個体は活発なのですが、新しいことに出会うとフリーズしてしまう。年長者は好奇心旺盛で、そういう場合でも活路を見出そうとします。また、オスたちが寄り合って、卵を抱いている時にブリザード(嵐)がくるシーンがありますが、ハドリングしているときに転んでしまうのは若いペンギンです。年寄りはうまくいい位置をキープし、体勢を保つわけです。そこは生活の知恵ですね。
 
 
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■南極圏内で雨が降っている証拠(氷の形)が、初めて映る

―――白銀の世界だった前作と比べ、今回は南極大陸でも茶色い土っぽい場所も見られました。皇帝ペンギンを取り巻く環境はかなり厳しくなっていることが映像から読み取れますね。
上田:南極は火山活動が活発な場所なので、夏は海岸部に黒い露岩地帯が昔からできています。特に今回撮影したオアモックはデュモン・デュルヴィル基地のそばで、ロス海という南極で一番大きな湾の西の方に位置しており、夏には波打ち際に岩が出てきて、アデリーペンギンがその時期に繁殖しています。ただ、今回はご指摘の通り、それ以外に茶色い部分が出てきており、ジャケ監督は映像の端々に中にそういう映像を入れています。
 
もう一つ、温暖化の影響を見て取れるのが氷の形です。南極の氷の断面はギザギザなのですが、ベネチアンガラスのようにツルツルで丸いものが写っていたのです。それは、南極に雨が降ったことを示しています。つまり、ギザギザの氷の上に雨が降り、一旦溶けた表面がもう一度固まったのです。そういう場所を皇帝ペンギンが苦労して歩いているところを、ジャケ監督はしっかり撮っています。
 
南極大陸は巨大なエイに例えられ、尻尾の部分が南米大陸の方に伸びています。南極半島ではこの20年間毎年夏はほぼ雨が降る状態なのです。その中で南極圏は南緯66度33分以南を指すのですが、今まで南極圏内で雨は観測されていなかった。それにもかかわらず、南極圏内で雨が降った証拠が映っている訳です。温暖化の影響を危惧するのはもちろんですが、もっと深刻なのは皇帝ペンギンのヒナです。フワフワの羽毛なので、雪だと振り払えても、雨に濡れると体にベチャッとくっついてしまい、そのまま体温や体力が奪われ、死に至ってしまいます。ジャケ監督だけでなく、ペンギン研究者たちも、今後50年で皇帝ペンギンが絶滅するかもしれないという警鐘を鳴らしていると捉えています。そこを大きく取り上げることはジャケ監督の本意ではないのですが、見逃してはいけないポイントであることは確かです。
 
 
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■前作にはない多彩な視点と、細かい羽毛の様子もわかる4K映像

―――ありがとうございました。最後にフランス版、日本版と両方の監修をされた上田さんから見た、本作のテーマ(見どころ)を教えてください。
上田:1つめは非常に多彩な視点であるということ。南極ではヘリコプターを飛ばしてペンギン撮影をすることは禁じられているのですが、今回はドローン撮影、100mのディープダイビング(水中撮影)と多角的に捉えることに成功しています。2つめは温暖化による環境の変化です。先ほどお話ししたように、雨による氷面の変化を捉えています。3つめは43歳という高齢個体にフォーカスしているということ。そして、4つめは4Kで微細な映像が駆使されています。細かい羽毛の様子から、年長者のクチバシの筋まで確認いただけると思います。
(江口由美)
 

<作品情報>
『皇帝ペンギン ただいま』(2017年 フランス 85 分)“L’empereur”
監督:リュック・ジャケ 
フランス語ナレーション:ランベール・ウィルソン
日本語版ナレーション:草刈正雄
協力:上田一生、サンマーク出版
配給:ハピネット
公式サイト⇒http://penguin-tadaima.com/
8月25日(土)全国ロードショー
大阪:シネ・リーブル梅田、ユナイテッド・シネマ岸和田
兵庫:シネ・リーブル神戸
奈良:ユナイテッド・シネマ橿原
滋賀:ユナイテッド・シネマ大津
9月1日(土)~ 京都シネマ
9月14日(金)~ ユナイテッド・シネマ枚方
9月21日(金)~ 109シネマズ大阪エキスポシティ
 
© BONNE PIOCHE CINEMA – PAPRIKA FILMS - 2016 - Photo : © Daisy Gilardini
 
※上田一生さんが監修を務めた本作公開記念ブック「世界一おもしろいペンギンのひみつ~もしもペンギンの赤ちゃんが絵日記をかいたら~」(サンマーク出版)も現在絶賛発売中。

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風に乗って、風鈴のように軽やかな音が流れる中、仲の良い兄弟がたわいないおしゃべりをしている。「初めてブータン映画を見る」という私の気負いはいつの間にか消え失せ、自然とこの兄弟、ゲンボとタシの物語に心を奪われた。ブータン映画で初めて海外配給されるドキュメンタリー映画『ゲンボとタシの夢見るブータン』が、8月18日(土)よりポレポレ東中野、8月25日(土)より第七藝術劇場、9月1日(土)より出町座、今秋元町映画館にて劇場公開される。

 

 

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ブータンの国宝級チャカル・ラカン(寺院)の長男、ゲンボはサッカーが大好きな少年。年子の妹、タシは自分のことを男の子と思い、兄ゲンボとサッカーに明け暮れている。ゲンボの父、テンジンはゲンボにはラマになるための教育をしっかり受けさせ、代々受け継いできたチャカル・ラカンを継いでほしいと願っているが、ゲンボの母ププ・ラモは高校で英語を勉強し、将来に生かして欲しいと意見は食い違っている。まるでブータンの縮図のような一家の様子を通じて、様々な問題点を浮き彫りにすると共に、青春真っ只中のゲンボとタシが試行錯誤しながら、夢を見つけようとする様子を瑞々しく映し出す。「幸せの国」という漠然としたイメージが先行しているブータンの祭りや音楽、風習など、なかなか目にすることのない真の姿を楽しめる作品だ。

 

本作配給のサニーフィルム有田さんは「アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭で40本ぐらい見ましたが、その中ですごく優しい気持ちになった映画です。社会的な問題に迫り、考えるドキュメンタリーも必要ですが、ただ優しくなれるドキュメンタリもいいのではないか。映画祭で3回見て、やはり日本で紹介したいと強く思った作品です」と、その魅力を語ってくださった。家族の問題に肉薄しながら、見事な青春ドキュメンタリーを共同監督したブータン出身のアルム・バッタライさん、ハンガリー出身のドロッチャ・ズルボーさんにお話を伺った。

 


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「ブータンの若者や近代化」をテーマにした作品を目指した(ドロッチャ)

―――ブータンの仏教を拠り所とする伝統的な行事や、それを司るチャカル・ラマの父の果たす役割の大きさがわかると同時に、インターネットで世界と繋がり、サッカーやゲームに興じる若者たちの現代的な姿もよく理解できました。まず、制作の経緯を教えてください。

ドロッチャ:アルムとは若手ドキュメンタリー制作者育成プログラム(ドック・ノマッド)で出会い、よくチームを組んで作品を作っていました。卒業後は、お互いに初となるドキュメンタリー作品を共同制作しようと決めていたのです。そもそも、ブータンに関するドキュメンタリーは世の中にあまりなかったですし、ブータンのドキュメンタリー作家も世界に紹介されていなかったので、ブータンのテレビ局でドキュメンタリー制作の経験を持つアルムと一緒に、ブータンで撮影することにしました。元々、私たちは出会う前から若者をテーマにした作品を作っていたので、今回もブータンの若者や近代化をテーマにした作品を作りたいと漠然と考えていました。

 

 

―――ゲンボとタシをはじめとする一家とは、どのように出会ったのですか?

ドロッチャ:リサーチを進める過程で、ブータンで初めて女子サッカー代表チームを作ることになり、その選考会が開催されるという情報を得ました。サッカー選手になるというのは、現代の子どもたちの夢ですから、新しい時代のブータンを切り取れるのではないか。そう考えて取材に行った時、出会ったのがタシでした。とても個性的ですぐにタシに魅力を感じ、彼女を撮ろうと決めたのです。サッカーを通して見据える近代化を、タシという個人に密着することで映し出せるのではないか。ブータンの移り行く時代を、個人を通じて表現したいと思い、タシの取材を重ねていきました。

 

 

タシの一家がブータンの縮図のように見えた(ドロッチャ)

―――なるほど。映画を見ていると、寺院の継承問題や父テンジンの日常が多く映し出されていたので、先に寺院を取材したのかと思っていました。最初に出会ったのはタシだったのですね。

ドロッチャ:ある日タシが、彼女のチャカル・ラカン(寺院)の実家に私たちを連れて行ってくれたのですが、それが大きなターニングポイントになりました。父、テンジンとの出会いがあり、映画でもそうですが、仮面や(ブータンでは祭りで必ず使われる)男性根についても延々と説明してくれました。そのチャカル・ラカンが千年の歴史があることも衝撃的でしたし、優しい兄ゲンボがいることや、テンジンがトランスジェンダーのタシを仏教的解釈で一生懸命理解しようとしている愛も感じました。家族のつながりやゲンボのチャカル・ラカン継承問題など、全ての家族関係の問題がそこにあり、かつ、ブータン自身が抱えている近代化や葛藤も垣間見えました。まるでタシの一家がブータンの縮図のように見えたのです。そこから、タシ個人だけにフォーカスするのではなく、家族全体を描こうと決めました。

 

 

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ゲンボとタシのとても美しい兄妹関係(アルム)

―――ゲンボとタシは、年子のせいもあってか、とても仲のいい兄弟で、双子のようにお互いを強く必要としているように感じました。取材を通じて、二人の絆について感じたことは?

アルム:本当に仲がいいですね。ゲンボが継承問題に直面する前から、二人を見ていましたが、とにかくゲンボはタシに対して本当に優しくて、タシもゲンボを自分の中のアイドルのように慕っています。ブータンは仲の良い兄妹が多いですが、あそこまで親密な兄妹はなかなかいません。二人の関係性だけでなく、個性の違いも非常に興味深いです。例えばタシはラフなところもあれば、強気にでることがありますが、それは自分のセンシティブなところを隠すためにやっているのです。ゲンボは、そういうタシのことを分かって受け止めている。本当に二人の関係は美しかったです。

 

 

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ブータンでは全体的にLGBTに対する差別はないが、テンジンの「前世が男の子だった」という解釈は、仏教と共に生きる彼特有のもの(アルム)

―――タシのようなトランスジェンダーは通常、性同一性障害と親も認識してしまいがちですが、父テンジンは「前世が男の子だった」と理解し、家族もすんなり受け入れているのが新鮮でした。これは寺院の家だから特別なのでしょうか。それとも、ブータンではそのような考え方が一般的なのでしょうか。

アルム:「前世が男の子だった」という解釈は、ブータンでも一般的ではないと思います。ブータンでは、全体的にLGBTに対する差別がありません。自分が性同一性障害だとカミングアウトするようになったのは、ここ10年ぐらいの話です。やはりテンジンの解釈は独特で、1000年続くチャカル・ラカンを継承し、仏教と共に生きているので、世界の見方や、彼自身の人生の価値観は仏教の教えのもとにあります。娘が性同一性障害であることへの解釈はスピリチュアルな人生を送っているテンジン特有のものでしょう。

 

 

 

―――タシはどれだけ自分を男の子と思って生きてきても、身体が女性らしくなっていく時期です。取材をしていて、彼女の葛藤を感じることはありましたか?

 

ドロッチャ:タシは家の中にいるときは、理解者がいる安全な場所ですから、居心地が良さそうに過ごしているのですが、外に出ると恥ずかしがって静かになる瞬間もありました。村の祭りで弓矢をするシーンがありますが、村の人に茶化されると静かになってしまう一面もあり、性に対する葛藤を持っている証拠だと思います。父親には反抗的な態度を取ったり、母親には強い主張をする性格ですが、学校でタシのジェンダーに絡む話題になると、口ごもってしまうこともありました。体の変化に関してタシの行動を見て感じたことは、タシは常に男物の服を着て、女性の身体を強調するような服は着なかった。むしろ、自分の身体を隠すような洋服を着ていましたね。

 

 

―――ゲンボは優しく、多趣味で、父のお手伝いもよくする好青年です。母と父の意見の狭間で、非常に厳しい立場ですが、取材をすることで、より彼の映画における比重が増していったのですか?

ドロッチャ:ゲンボの継承問題を知るまでは、タシの個性(トランスジェンダー)を中心に据えていましたが、継承問題の方が、より普遍性があります。タシにとって、例えば人生のパートナーはどうするのかなど、本当に自分の個性の問題に直面するのは20代以降で、もう少し先の話になると思うのです。一方、ゲンボの継承問題は、僧侶学校への入学などを考えると早急な決断が必要な事柄で、より切迫した問題でした。いずれにせよ、子どもの運命をテーマとして入れたいと考えていましたが、その中で自然とゲンボの比重が増していったのは緊急性があったことが大きかったです。

 

 

一緒に暮らす中で見えてきたことを、意図的に問題提起するシーンとしてインタビュー映像に落とし込む(アルム)

ドキュメンタリーでは、撮る側と撮られる側の関係が非常に重要。初期のインタビューで、こちらからも考えを伝え、被写体の考え方を掴む(ドロッチャ)

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―――中にはカメラを正面から据え、親子の言いにくい対話をむしろ促す結果になったようにも見て取れました。実際に、どんなシナリオを作ったのですか?

アルム:ゲンボとタシの一家とは衣食住を共にし、とても長い時間一緒に過ごしました。彼らの生活を見ていると、毎日が同じリズムで、大体次に何をするかとか、父テンジンが何を言うかが読めてくるのです。テンジンがゲンボに言うことも大体同じことを、いつも1時間ぐらい繰り返し話していました。ドキュメンタリーは意図的に問題提起をするようなシーンを作らなくてはなりませんから、敢えてカメラの前に座ってもらい、ゲンボの未来についてどう思うか質問してみました。何を話すか分かっていましたが、改めてカメラの前で話してもらうことで、より明確に問題提起をするシーンが撮れたと思います。

 

ドロッチャ:ドキュメンタリーでは、撮る側と撮られる側の関係が非常に重要です。こちらが被写体の人を理解することも重要ですが、被写体の人にも撮影者を理解してもらわなければいけません。相互理解をするために、ただ一方的に観察するだけではなく、インタビューをすることが必要でした。テンジンがアサラ(仮面)を紹介してくれるシーンは、最初に撮ったインタビューですが、それを通じて、自分たちが何を聞きたいか、どういう人間なのかを伝えていきました。また、インタビューをする中で、被写体の特性や考えを掴むようにしています。

 

 

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一家で一人出家させる伝統があったブータン、今は親も子どもを学校に行かせて英語教育をさせたいと思っている(アルム)

―――実際に僧侶育成学校に見学に行った時、学校の先生方の言葉がブータンだけでなく、世界の後継者問題の源を言い表していました。建物の割に、生徒が少なく閑散とした印象でしたが、取材をしての感想は?

アルム:昔のブータンでは、一家の中で必ず一人は出家させる伝統がありましたが、今は全く違います。全ての親は学校に行かせて、英語教育をさせたいと思っています。僧侶育成学校の生徒が少なかったのは、大体予想通りでした。テンジンは仏教と共に生きることが尊敬される世代でしたが、チャカル・ラカンの取り仕切りが忙しく、育成学校に行けなかったので、ラマ(高僧)にはなれなかったのです。彼が継承しているチャカル・ラカンは国宝級の歴史のあるお寺で、次世代の後継がどういうランクの人間であるかが非常に問われるらしいのです。テンジンは自分がラマになれず、劣等感を抱いたからこそ、息子のゲンボは必ず出家させ、偉くなって、家族の遺産を継いでもらいたいと願っています。そのような状況の中で、育成校へ見学に行き、そこの先生に「いまの時代、自分の息子を無理矢理僧にさせることはない」と言われて、テンジンは相当落胆していました。見ているこちらも、ちょっと悲しくなりましたね。

 

助け合わないと成り立たない「ドック・ノマッド」で、多文化主義や相互理解を体得。ドキュメンタリー制作に生かす(ドロッチャ)

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―――お二人はドック・ノマッドの第1期生ですが、そのカリキュラムの特徴や、そこで学んだことが今回の映画制作にどのように生かされたのか、教えてください。

ドロッチャ:他にはないシステムだったと思います。第1期生は24カ国から24人の生徒が集まり、各セミスターごと大家族が旅をするように、ヨーロッパのカ国の拠点を巡り、ドキュメンタリー理論を学びました。異国で、様々なバックグラウンドの人と一緒に、毎月ドキュメンタリー短編を制作しなくてはならず、本当に大変でした。必然的に家族のようになるだけではなく、助け合わないと成り立ちません。自然と一人一人の中に多文化主義が生まれ、他者性や多様性に敏感になっていきました。それぞれが考えていることや主張を自分に反映させ、相互理解をすることができるようになったのです。学校ではアルムとよく組んで映画を作っていたので、相互理解することや、現実を認めること、多文化主義であることがこの映画につながっていると思います。

 

 

ボリウッドコピーのような劇映画がメインのブータン映画産業(アルム)

―――ブータン映画産業、ドキュメンタリー映画の現状について教えてください。

アルム:映画産業自体が、ブータンでは非常に新しいものです。ドキュメンタリーは90年代に1~2本作られることはありましたが、世界で公開されることはありませんでした。映画業界ができあがっていったのは2000年代に入ってからです。主にブータンで制作される映画は、ボリウッドスタイルのものが多く、ストーリー的にはまだレベルが高いとは言えません。マーケットが非常に小さく、ドキュメンタリーファンはまだいないですが、ボリウッドコピーではない作品として、今後興味を持たれるかもしれません。インディペンデント映画も年に1、2本ぐらいで、ドキュメンタリーは皆無です。女性監督で一人、ドキュメンタリーを撮っている人はいるのですが、海外の映画祭や、公開されるまでには至っていません。劇場に関していえば、インディペンデントの映画を上映するような映画館もブータンにはありません。映像系の会社では、ブータンで国営のテレビ局はありますが、インディペンデント映画をサポートする公共のファンドや支援団体は皆無です。

 

 

―――最後に、ドロッチャさんが今回取材を通して、ブータンやブータン人について感じたことは?

ドロッチャ:私の親友はブータン人(アルムさん)です。ブータンの人たちは本当に親しみやすく、優しいです。きっとそれは自然や宗教と共に暮らしていることも影響しているでしょうし、人口が少ないので、近代都市にありがちなストレスがなく、皆豊かな感じがしました。町の雰囲気がとてもよかったです。ブータンだけでなく、アジアに行くこと自体が初めてだったので、そこで見たこと、感じたこと全てが印象深く残っていて、貴重な記憶です。一生忘れられないと思います。

(江口由美)

 


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<作品情報>

『ゲンボとタシの夢見るブータン』“THE NEXT GUARDIAN

2017年 ブータン・ハンガリー 74分)

監督:アルム・バッタライ、ドロッチャ・ズルボー

818日(土)よりポレポレ東中野、825日(土)より第七藝術劇場、91日(土)より出町座、今秋元町映画館にて公開

公式サイトhttps://www.gembototashi.com/

(C) ECLIPSEFILM / SOUND PICTURES / KRO-NCRV

 

 

kodomo-di-550-1.jpg『子どもが教えてくれたこと』アンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン監督インタビュー

 

今という瞬間を楽しんでポジティブに生きる子ども達の姿が胸を打つドキュメンタリー

 

重い病気を抱えた5人の子ども達の日常をとらえたドキュメンタリー映画。アンブルは、お芝居をすることが大好きで、肺動脈性肺高血圧症を患う9歳の活発な女の子。8歳のテュデュアルは神経芽腫を患い、花を育てたり、土いじりが大好き。カミーユは、サッカーが大好きで、骨髄の神経芽腫を患う5歳の男の子。イマドは、腎不全で透析に通う、アルジェリアから治療のために移住してきた7歳の男の子。シャルルは、表皮水疱症という肌が弱い病気の、絵が好きな8歳の男の子。


kodomo.jpgそれぞれ異なる場所で、病状も違う子ども達が、学校や病院や家で、家族や友達と元気に過ごす姿をとらえる。子ども達の目線で撮られた自然体の表情がすばらしい。病いと向き合い、治療しながらの毎日の中で、輝かんばかりの笑顔、力いっぱい生きる姿に勇気づけられる。「ぼくの皮膚は、チョウの羽みたいに弱い」という詩のような言葉や、通院に付き添う親をさりげなく気遣う言葉、「病気だからって不幸なわけじゃない」、「愛してくれる人たちがいれば幸せ」という哲学的な言葉の数々に、子ども達が背負ってきたものの重みを感じるとともに、どこまでもポジティブで、前向きな思いに心奪われる。


日本での一般公開を前に、キャンペーンで来日されたアンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン監督にインタビューした。邦題の『子どもが教えてくれたこと』は、原題(※注参照)とは全く違うけれども、すばらしいタイトルだと賞賛。監督はご自分の娘を二人、幼くして病気で亡くされていて、この映画を観て、5人の子ども達と友達になってくれたら嬉しいと語る。病気ではなく、“生”を何度も強調された監督から発せられた言葉は、どれも情熱的で、5人の子ども達への、映画への熱い思いが伝わった。


 【子ども達との出会い】

―――子ども達は、すごく生き生きした表情を見せてくれていましたね。
子ども達の生きる力です。子ども達はいつも人生を謳歌しています。病気の子どもでも、健常の子どもでも、一生懸命生きていることに変わりはないところを観てほしい。今、そのときを生きる力を持っているということです。大人がこんな重い病気であることを知らされたら、意気消沈して立ち上がれなくなり、生きられなくなってしまう。でも、子どもはそうではありません。たとえ重い病気にかかっても、前向きに生きていくことに何ら支障はないのです。


―――この5人を選んだきっかけは?いろんな子ども達に会ったのですか?
ほかの候補があって、選んだわけではなく、映画に出てくる5人の子ども達にしか、私は会っていません。子ども達に会う前の準備段階では時間をかけて、ドクターや、病気の子ども達を支えている協会の方々に会って、自分がやりたいことを伝えました。


―――監督のお嬢さんの死がきっかけで、撮影を始められたということでしょうか?
違います。亡くなったということよりも、“生きていた私の娘”が、こういう作品をつくるきっかけになりました。“娘の人生”がきっかけと思っています。


―――病気に焦点を当てるのではなく、まさにその子の人生そのものを撮ったということですか?
この子たちの生きている姿が、映画のテーマです。この子たちは、病気を持っていますから、その人生を写しとれば、必ず治療シーンは入ってきます。でも、病気がテーマではありません。


―――5人に会った時の第一印象は?
準備段階で、ドクターや協会の方から、5人のことについて色々な情報を教えてもらっていたので、私はこの子たちのことをよく知っていました。だから、この子たちなら大丈夫だろうという自分の中の確信を、実際に会ってみて、確認できたのです。


―――初めて子ども達に会って、カメラを回し始めるまで、どれくらい時間がかかりましたか?
1時間あるいは1日くらいでした(笑)。子ども達は、とても自発的で、すぐに間髪入れず反応します。OKであれば、むしろ「なぜすぐやらないの?」という反応でした。


kodomo-500-2.jpg―――だからこそ自然な笑顔ができたのですね。
やり直しは一切ありません。本当に子ども達の思いどおり、話したいようにやってもらって、そのまま写しました。


―――子どもが自分の病気を説明するシーンがありますが、どのように撮られたのですか?
シナリオは一切ありません。子ども達が語っているだけで、自然に語れたのがあのシーンです。撮影の予定表もなく、子ども達が自分で決めていきました。


―――完成した映画を、子ども達や家族の方々に観てもらった感想は?
すごく満足して、誇りに思ってくれました。この映画を観るまでは、5人の子ども達はお互いに会ったことがなかったのですが、映画が完成して観てもらった日に、初めて会ってもらって、「アンプルちゃん、可愛いね」(笑)とか、イマドがシャルルのところに行って「こんにちは、君がシャルル、お友達だね」と言って抱き合って、映画の中で分かち合ったものを見つけたり、皆で感動していました。


―――今も、子ども達の治療は続いているのですか?
この映画をつくった者としては、この映画に映っている、撮影した時のままの姿を分け合って感動してほしいと思います。その後どうなったかはあまり語りたくありません。

 


【撮影。そして編集】

kodomo-di-240-1.jpg―――カメラマンが5人ということですが、撮影はどんなふうに進めたのですか?
撮影に使ったカメラは1台だけです。当初、予定していたカメラマンが病気になってしまい、代わりを探したところ、通しでやってくれる方が見つからず、5人の方に交替でやってもらいました。一人の子に一人のカメラマンがつくという形ではありません。


―――編集に5か月かかったということですが、どんなふうにシーンを選んでいったのですか?
撮影時間は110時間ぐらいで、それを80分に仕上げました。できあがった映画を観たお客さんが、私が子ども達に出会ったように、出会えるかどうかを大切に、シーンを残しました。たとえば、シンプルで見逃すようなシーンですが、テュデュアルは植物や植木が大好きで、彼が植物の葉を優しく触っている姿は、私が初めて彼に出会った時の貴重なシーンなので、最後まで残しました。


―――シーンの並べ方は?
時系列で並べたわけでも、オムニバスでもありません。全部混ざった形で、子ども達5人が、それぞれ違うところで生きている姿、人生を観てもらい、受け止めてもらって、5人の子ども達に出会ったという印象を持ってもらえるように編集しました。

 


【病気と向き合うこと】

―――日本では、重い病気の場合、大人でも告知しないことがありますが、5人の子ども達は自分の病気のことをしっかり理解していて、驚かされました。フランスでは当たり前のことですか?
フランスでは、大人については、本人への病気の告知は当然で、慣例になっています。最近は、子どもであっても、きちんと本人に告知するのが、フランスの常識になってきています。病気を抱えて生きていくのは本人ですから、本人に告知することは当たり前ですね。


―――日本の子どもよりも成熟しているように感じました。
成熟しているということではありません。あの子ども達には、事実を話していいと伝えました。それをやらせたら、子ども達は、ああいうふうにふるまえる力をもっています。たとえば、子ども達に同じことを言えば、同じように反応すると思います。だから、こういう映画を皆に観てもらって、シェアしてほしいと思います。


―――子どもはこういうものだと、大人が決めつけて見てしまっているのですね。
子どもは何も知らなくて、教えてやらなければならない、学ばなければならないと、大人は思い込んでいます。でも、子ども達は、知識ではなく、知性の“知”みたいなものを本来持っていることを理解すべきです。

 


【子ども達の家族】

―――子ども達の両親は、映画の撮影にすぐ同意してくれましたか?
ご家族の方からは、それぞれすぐにお返事をいただきました。メディアとかマスコミに慣れていないのに、すぐ快諾してくれて驚いたくらいです。きっと、自分達の子どもが生きている姿を皆と分かち合いたいという気持ちを持っておられたからではないかと思います。私が、病気の子ども達のドキュメンタリー映画をつくりたいと言っていたら、それほど快諾してもらえなかったと思います。病気だけれども、懸命に生きている姿を見せたいという提案がよかったんじゃないでしょうか。


kodomo-500-1.jpg―――病気の子どもだと、ついまわりの大人が何でもしてあげたり、行動も制限しがちになると思いますが、映画の中の子ども達は、演劇に挑戦したり、まわりの大人達が自由な行動を認めていますね。
子ども達を信じることは難しいですが、とても大事なことです。アンブルは、心臓の重度の病気で、スポーツをしてはいけません。でも、彼女は、長く生きることをあまり重要視しておらず、少しくらいスポーツもやらせて、と言います。運動したらリスクのある病気なので、母親としてはすごく辛い立場です。でも、母親は子どもを信じています。禁止するよりは、子どもにスポーツをする満足感を与えてやりたい、そのほうが娘も嬉しいだろうと母親も感じています。


―――かなり覚悟の要ることですね。
子どもを守りたいのが母親としての本能ですから、母親自身が成熟した女性にならないと、そういう接し方はできないでしょう。親は、子どもの代わりに生きることはできません。親にできることは、子どもと一緒に伴走すること、そばにいることです。それがわかるようになるのは、子どもをとおして母親自身も成熟するということです。

 


【フランスの観客の反応】

―――フランスの観客の反応はどうでしたか?
大成功でした。子ども達が自由に語っているところを撮っているドキュメンタリー映画はこれまでなかったですし、子ども達に直接しゃべらせたところに誠実さを感じてもらえたのではないでしょうか。


―――子ども達の正直な言葉が観客に伝わったということですか?
自分も子どもの頃、こういうものを持っていたなあと思い出したり、心の琴線に触れるものがあったのではないでしょうか。大人になると、子どものような自然な生き方ができなくなってしまいます。また子どもの頃に戻って、そういう生き方をしたい、そんな気持ちを、この5人の子達が後押ししてくれる気がします。


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<作品情報>

『子どもが教えてくれたこと』

・(2016年 フランス 1時間20分)
・原題:Et Les Mistrals Gagnants
・監督・脚本:アンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン
・出演:アンブル、カミーユ、イマド、シャルル、テュデュアル
・公式サイト⇒ http://kodomo-oshiete.com/

・(C)Incognita Films - TF1 Droits Audiovisuels

・7月14日(土)~シネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、7月21日(土)~京都シネマ、近日上映 シネ・ピピア

 


※注:原題の『Et Les Mistrals Gagnants』は、「ミストラル・ガニャン」(Mistral gagnant)というフランスの歌手ルノーの歌にちなんでつけられたタイトル。この歌は劇中でも流れ、人生への慈しみあふれた歌詞とメロディに胸が熱くなります。(ミストラル・ガニャンとは、かつてフランスの駄菓子屋で売っていた砂糖菓子の商品名です。)


(伊藤 久美子)

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水墨画のようなタッチの線が、ある時は水に、ある時は少女となって、スクリーンの中を疾走する。シンプルなのに力強く、余白が多いからこそ豊かな想像を膨らませることができる。アヌシー国際アニメーション映画祭審査員賞、最優秀フランス作品賞のダブル受賞を果たした、セバスチャン・ローデンバック監督の初長編アニメーション映画『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』が818日よりユーロスペース、8月25日よりシネ・リーブル梅田、名古屋シネマテーク、今秋京都シネマ、元町映画館他全国順次公開される。

 

グリム童話に初版から収録されている民話「手なしむすめ」を新たによみがえらせた本作。ヒロインの少女は、悪魔の企みで実の父親に手を切り落とされ、その後王子と結婚したものの城を追われる羽目となる。苦難の連続にも屈せず我が子と共に、誰の助けも借りずに生きる少女のたくましさは、世代を超えて共感を呼ぶことだろう。従来にはない作画技法(クリプトキノグラフィー)を用い、たった一人で作画を担当。アナイス・ドゥムースティエ(『彼は秘密の女ともだち』)ら俳優陣の声の迫力もあいまって、とても力強く勇気付けられる作品に仕上がっている。まさにこの夏必見のアニメーションだ。

 

ワークショップやキャンペーンのため来日したセバスチャン・ローデンバック監督に、作品についてお話を伺った。

 


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―――まずはアニメの本場、日本で劇場公開されることについて、感想を教えてください。

ローデンバック監督:この作品が日本で劇場公開できることは、とても幸運だと感じています。映画にとってもそうですし、日本の観客の皆さんの反応がとても興味深いのです。日本人は、アニメの教養をお持ちで、文化に裏付けられた教養も兼ね備えています。おそらく世界の中で、日本が唯一、絵画と同じように、デッサンを、色を塗った絵画と同じ価値で扱っている国だと思います。そしてアニメーションが独特の文体を持った表現方法であり、全ての観客層に向けられた独特の表現方法であると見なされている唯一の国だとも思っています。日本での劇場公開が待ちきれません。

 

高畑勲監督をはじめ、私が尊敬する作家とは、いろいろな手法を試し、同じことを繰り返さない監督。

―――アニメーション監督の中で、高畑監督を最も尊敬しているそうですが、高畑監督作品との出会いや、受けた影響について教えてください。また、他に影響を受けたアーティストは?

ローデンバック監督:高畑勲監督は偉大なアニメーション作家であり、偉大なアーティストだと思っています。それと同時に偉大な冒険家、そして探求を続ける方だと思います。高畑監督は決して同じことを2度と繰り返しませんし、同じ作品を2度と作らなかった。私が初めて出会った高畑監督作品は、子どもの頃に見た「アルプスの少女ハイジ」でした。ハイジは商業的なアニメーションシリーズでしたが、非常に美しい、美を追求した作品です。登場人物も人間的で美しい。きっと高畑監督ご本人に似ているキャラクターなのではないかと思いますし、そういう人間的なものは高畑監督作品全てに共通して感じられます。私が尊敬する作家とは、いろいろな手法を試し、同じことを繰り返さない監督、つまり一度やったことの延長線上で次の作品を作るような監督ではないということです。高畑監督の他には、スタンリー・キューブリック、アラン・カヴァリエ、ピーター・ワトキンズなどからも影響を受けていると言えるでしょう。

 

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線と色しかない画面上の少女、小さな身振りを通して“生きている”ことを表現する。

―――ミニマムな描写の中、少女の営みがリアルに描写されていますが、具体的に描いた狙いは?

ローデンバック監督:少女は前半に手を切られてしまうので、自分一人で物事ができなくなってしまい、自立性が奪われてしまいます。それまでの物語の冒頭部では、彼女が自分の手でできる作業をあらゆる方向から描いています。例えば、自分の手を使って木登りをしますし、綿から糸を紡いで、布を織り、ハンモックも作ります。また自分の手で、器も作っています。彼女の体を使った行動というものが、物語の中心を成していきます。ですから私はこの少女をイキイキとした生命力のある人物として描かなくてはなりませんでした。一方で、実際にそこで描かれている彼女に、生命はないのです。彼女には線と色しかないのですから。画面上で生命を与えるために小さな身振りを描くことにしました。彼女は小さな身振りを通して生きているのです。逆にいえば、現実を画面に模写することで、生きている訳ではないのです。

 

ある意味、王女になるより、「息子と自然の中でウンチをする方が素晴らしい」と言いたかった。

―――出産後にお乳が吹き出たり、人間の生理的現象がアニメで描かれるのも新鮮でしたが、そのような描写の意図は?

ローデンバック監督:彼女の肉体が映画の中心にあり、肉体を通し、そして自然との関わりの中で、少女の存在を具体的に描く必要がありました。また同時に、この映画はこの少女が王女である前に、少女である方がいいということを描きたい作品でもあります。王女は社会の中で、ある種のランクに位置付けられる女性の表層でしかありません。しばしば社会は、全ての女性が王女でなければならないと見なしがちです。また、子どもたちに向かってもそのように語ってしまいがちです。ですから私はある意味、王女になるよりも、自分の息子と自然の中でウンチをする方が素晴らしいことだと言いたかった。その方が、もっと普通のことなのだと思います。

 

―――水は聖なる物、生きる源の象徴であるようでもあり、意思を持って動いている存在のように見えました。冒頭も水の流れから始まりますが、水を描くことに込めた思いは?

ローデンバック監督:実は原作のグリム童話では水車ではなく、風車でした。私にとって粉挽き小屋が水車なのはとても重要なことでした。この物語を、“水”を通して描きたかったですし、水はとても女性的な要素があるからです。また、常に動き続けるものであり、“水”が映画全体の構造を貫く脊髄になる。そして少女が辿る軌跡を描くものでもあると思っていました。

 

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自分自身の手と道具を使い、一人で作品を作り上げたことは、少女が最後に自分自身の庭を作り上げたのと共通している。

―――昨日のトークで少女が自分の手を再び獲得する理由についてのお話もありましたが、監督自身の境遇とどう重なっているのですか。

ローデンバック監督:この作品を見ていくと、彼女が必ずしも自分の手を必要とはしていないことが分かります。自分の手がなくても生きていける。彼女は「生き残らなければいけない」という生の衝動に駆られて、再び自分の手を生やしてしまうのです。つまり、王子が自分の息子を殺すのではないかと思ったときに、自分の息子を救おうとして、再び自分の手を取り戻す訳です。私が自分自身の手と道具を使い、自分一人で作品を作り上げたということは、彼女が作品の中で最後に自分自身の庭を作り上げたということと共通していると思います。

 

―――何枚ものレイヤーを重ねている背景も非常に美しかったです。人物は一キャラクターを単色で描いているそうですが、背景も同じ方法ですか?

ローデンバック監督:基本的には人物と同じように、背景も白い紙に黒字で描き、その紙を重ね合わせて背景となる画面を作ります。一つの層は一色でできており、単色の層を重ね合わせ、一枚の背景を作っています。人物の動きを単純な方法で早いスピードで動かしていたのと同様に、背景画も単色のものを重ねて、複雑なものに仕上げています。

 

 

アナイス・ドゥムースティエさんの吐息の録音で、ようやく「今、少女が存在している」と実感。 

―――少女の声を演じたアナイス・ドゥムースティエさんが素晴らしかったですが、キャスティングの経緯や、現場でのエピソードを教えてください。

ローデンバック監督:声の録音は作品制作の最後の方で行いました。自分で作ったキャラクターなので、私はとてもよく理解しているのだけれど、その少女に合った声を見つけるのは簡単ではありませんでした。アナイスが最初に少女の吐息を録音したのですが、その吐息を聞いた時、ようやく「今、少女が存在している」と思いました。本当に素晴らしかったです。神秘的で、マジックのような瞬間でした。アナイスが出産シーンを録音した時は、本人も妊娠していて、しかもかなり出産時期が近かったのです。この出産シーンの声を本当に演じられるかとアナイスに訊ねると、それでもやると言ってくれました。予定日は数週間後だったのですが、実際に出産したのは録音した5日後でした。出産シーンの録音をすることで、自分の出産の準備になったのかもしれません。

 

 

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宗教の中の悪魔ではなく、世界のあらゆる場所に偏在している存在として悪魔を描く。

―――様々に姿形を変える悪魔役は、フィリップ・ローデンバックさんの声も相まって迫力がありました。おとぎ話には欠かせないこの役を描く際に、心がけたことは?

ローデンバック監督:悪魔というのは絶対的な悪です。一方で、キリスト教的文化の中の悪魔は描きたくなかった。私にとって悪魔は世界のあらゆる場所に偏在しているものとして描きたいと思っていました。悪魔があらゆるものに姿を変える。そのように描きたかったので、声に関しては、一言聞いただけで悪魔だと分かる声が必要でした。フィリップ・ローデンバックさんの声は悪魔らしくて素晴らしかったので、様々な動物に彼の声を乗せていきました。とりわけフィリップの声で子どもを演じたときは、通常の子どもとは相対するような存在感で素晴らしかったと思います。

 

―――エンディングで「Wild Girl」という英語の曲が使われ、とてもインパクトがありましたが、起用の理由は?

ローデンバック監督:エンディング曲は自分で作詞作曲しました。グリム童話の原作「手なしむすめ」は、アメリカの精神分析学者クラリッサ・ピンコラ エステスの著書、「狼と駆ける女たち」と題された本の中で分析されています。そこでは、自然の中で野生的に生きている女性が描かれたいくつかの童話、民話が登場するのですが、歌のタイトル「Wild Girl」は、その本で描かれている女性を参考にしています。

 

 

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自分の運命を勝ち取るためには、誰しも自分自身の時間、空間が必要。

―――どんな逆境にも負けず、貪欲に生きようとする少女の物語だと思いますが、この作品を生きづらい現代に蘇らせる意義は?

ローデンバック監督:この童話を最初に読んだ時、非常に現代的だと思いました。主人公が物事を学んでいく物語だからです。最初、少女は外側からの抑圧の中で生きています。粉挽き小屋にいるときは父親からの抑圧、お城にいるときは王子の存在がありました。少女が自分の運命を勝ち取るために、自分自身の時間や空間が必要で、彼女はそれを得ようとしました。私は彼女が獲得してきたことは、全ての人間にとって必要なものだと思います。誰もが自分自身の場所、空間を必要としています。現代において、それぞれの時間や空間を得るため、周りの努力が不足しているように感じられます。この物語で素晴らしいと思うのは、他人と離れて、自分一人で生きなければいけないことを語っているところだと思います。そして、自分自身の空間を見つけると、世界の中で、正しい方法で生きることを獲得できると語っているのです。


(文:江口由美 写真、取材協力:松村厚)

 

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取材当日は西日本豪雨のため私自身が取材に伺えず、関西宣伝の松村氏に取材を代行いただきました。取材者不在の中、こちらが用意した質問に答えていただいたセバスチャン・ローデンバック監督に、心から感謝申し上げます。


<作品情報>

『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』“Le Jeune fille sans mains”(2016年 フランス 80分)

<監督>セバスチャン・ローデンバック

<声の出演>アナイス・ドゥムースティエ、ジェレミー・エルカイム、フィリップ・ローデンバック、サッシャ・ブルド、オリヴィエ・ブローチェ、フランソワーズ・ルブラン

2018818日(土)~ユーロスペース、8月25日(土)~シネ・リーブル梅田、名古屋シネマテーク、今秋京都シネマ、元町映画館他全国順次公開

公式サイトhttp://newdeer.net/girl/

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大好きな故郷・渋川市は「帰る」場所
『榎田貿易堂』主演、渋川清彦さんインタビュー
 
『菊とギロチン』『ルームロンダリング』をはじめ、今年だけでも出演作多数で圧倒的な存在感をみせる俳優、渋川清彦と、『荒川アンダーザブリッジ』シリーズをはじめ、最新作『虹色デイズ』が7月公開となる飯塚健監督。群馬県渋川市出身の同郷コンビによるコミカルな大人の群像劇『榎田貿易堂』が、6月9日(土)から新宿武蔵野館で絶賛公開中だ。
(6月16日(土)シネマテークたかさき、テアトル梅田、今夏~元町映画館、出町座他全国順次公開)
 
ゴミ以外なら何でも扱うことが信条のリサイクルショップ「榎田貿易堂」の店長、榎田洋二郎(渋川清彦)と、彼のもとに集まる人妻のアルバイト・千秋(伊藤沙莉)、仕事が早くてクールな青年、清春(森岡龍)、終活中で熱愛中の客・ヨーコ(余貴美子)、東京から出戻り、今は実家の旅館を手伝う自称スーパーチーフ助監督・丈(滝藤賢一)。たわいもない日常が続くと思われたが、ある日店の看板の一部が落下し、洋二郎はすごいことが起きる予兆を感じる。少しずつ動き出すそれぞれの運命と、それぞれの選択は…。
群馬県を舞台にしたオリジナル脚本による地域映画は、あっと驚き、最後はしみじみとする心憎い作品に仕上がっている。
 
本作の主演、渋川清彦さんに、故郷・渋川市で撮影した本作について、お話を伺った。
 

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■大好きな渥美清さんに重なる芸名「渋川清彦」

――――故郷の名前を芸名にするのは勇気が要ると思うのですが、モデルデビューした時の芸名「KEE」から「渋川清彦」に変えた時はどんな心境でしたか?
渋川:勇気は全く要らなかったですね。30歳になるのを機に芸名を変えようとしたとき、本名(田中)は普通だし、他にコレという名前もなかった。それなら「渋川」でいいじゃないかと。当時、渥美清さんに心酔していたのですが、渥美さんも苗字と名前に「さんずいへん」が付いているので、「渋川清彦」にすれば苗字、名前共に「さんずいへん」が付いていいなと思ったのです。渥美さんに重ねた感じですね。 
 
――――なるほど。以前のインタビューでも渥美清さんが好きとおっしゃっていましたが、ここで繋がるとは思いませんでした。

 

渋川:当時初めて『男はつらいよ』を観て、渥美さんの存在やお芝居、全てに魅力を感じてました。そういう時の熱は大きいですよね。
 

■高校の後輩、飯塚監督との初タッグ。

――――今回は渋川市で映画を作るということで、渋川さんと同じく、渋川市出身の飯塚監督との初タッグですが、面識はあったのですか?
渋川:お互いに存在を知ってはいたのですが、群馬県で撮った作品『お盆の弟』のプロデューサーだった狩野さんが、今回も声を掛けて頂き、飯塚監督と引き合わせてくれました。
 
――――本作はありそうで、なかなかない、いい意味で風変わりな大人の群像劇ですね。
渋川:そうですね。飯塚監督は助監督経験がなく、自分自身で勉強してここまでやってきた人。努力家ですね。飯塚監督は脚本も書いています。今まで様々な制約があったみたいですが、今回はそれが全くなかった。本人は自称「一字一句野郎」で、脚本通りに台詞を言わせていたそうですが、今回はそこまでしなくてもいいと考え、今までの演出を変えようとしていたみたいです。「辞めるとは言わないでくれ。進むと言ってくれ」と丈役の滝藤さんが言っているのが、まさに映画のテーマですね。
 
 
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■渋川市で昔から知っていた場所、気になる場所を映画のロケ地に。

――――原案段階で、渋川さんもアイデアを出されたのですか?
渋川:最初に大まかな話を監督が書いてきて、そこに面白そうなものということで、僕が昔から知っている珍宝館が映画に出たら面白いんじゃないかと提案すると、飯塚監督もそれに繋がる話を書いてくれました。なかなか、珍宝館が映画に出ることはないですからね。
 
――――全体的に、昭和の匂いが色濃く残っている町という印象を受けましたし、地域映画としては、攻めているなと感じます。
渋川:渋川市としては、中心部の新しい建物が建っている場所を映してほしいと思っていたかもしれませんし、「渋川市全面協力」となると珍宝館はさすがに出せない。そこは、フィルムコミッションの方が柔軟に対応してくれ、今の形で完成させることができました。せっかく渋川市で撮影したので、協力してくれた地元ボランティアの方や、近所の方を集めて無料上映会をしたときは、僕の親も親戚も来ましたし、高校の同級生やら、高齢者の方も含めて300人集まりました。市長、副市長までいらして、皆で珍宝館のシーンも観たんですよ(笑)。30年前からずっと変わらない名物館長がいて、上映会でも花束を頂きました。館長は「私はずっと美術館だと思ってやっているの」とおっしゃっていて、展示されている置物や春画も、きちんと展示品用の光で、いわゆるいやらしい光を当てていないんです。
 
――――個性的といえば、何といっても「榎田貿易堂」の舞台となったお店が、懐かしい物に溢れ、とてもいい雰囲気でしたね。
渋川:車でいつも通り過ぎながら、この店は何だろう?と思っていました。店が開いているのを見たことがなくて。実は営業時間が日曜の12時から15時までだけだったのです。僕とプロデューサーで営業時間中にロケ場所としてお借りできるかをお願いしに行き、平日は好きに使っていいよと快諾してくださいました。江戸時代の籠もあったし、本当に色々なものがあって、店内で映っているものはほぼお店のものです。脚本をもらった時点でなんでも屋という設定だったので、僕の中ではこの店だとピンときました。
 
 
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■何でも面白がってくれる大女優、余貴美子さん。

――――今作は、伊藤沙莉、片岡礼子、余貴美子という幅広い世代の女優陣が、女性の性欲をコミカルに体現しているのも特徴的ですが、現場ではどんな様子でしたか?
渋川:余さんは現場でも気さくな方で、楽しかったですよ。何でも面白がってくれ、とても柔軟な方だと思いました。あれだけのキャリアがあって、あそこまでやってくれる女優さんはなかなかいない。きっと今まで飯塚監督の作品に出演され、監督の面白さを分かっているので、今回も出演されたのだと思います。珍宝館館長は挨拶代わりに男性の股間を触るのですが、撮影で一緒に訪れた時、余さんも僕らと同様に触られていたので、強烈な思い出になっていると思います。片岡さんは、とても真面目で全力で演じる方なので、今回の役柄はすごく合っていると思います。
 

■撮影後は飲みに誘って、台本持参で台詞合わせ。

――――物語の核となるのは、なんでも屋「榎田貿易堂」の日常で、店主の榎田洋二郎とバイトの清春、千秋の掛け合いも見どころです。森岡龍さん、伊藤沙莉さんとどのように台詞合わせをしていったのですか?
渋川:時間が合う時に、森岡君、伊藤さんと飲みに行き、一応台本持ってきてねという感じで、飲みながら「ちょっと台詞、合わせてみない?」と。台詞がカラダに入っていたら酔っぱらっていても言えるから、それできちんと言えたら少々何があっても大丈夫だろうと試していました。
 
――――撮影の後、キャストを飲みに誘ってコミュニケーションを深めるのは、お手本になる先輩がいたのですか?
渋川:昔の映画俳優の皆さんはよく飲みに行かれていたらしいですからね。先日、初めて石橋蓮司さんと共演させて頂いたのですが、70代半ばでも本当にお元気で、飲みもタバコもやるので、カッコいいですよ。そんな諸先輩を真似ながらやっている部分はあります。
 

■故郷に「帰る」と「戻る」ではニュアンスが違う。

――――それぞれの過去に向き合う後半は、紆余曲折を経た大人だからこそ言える味わい深い台詞が多かったですが、渋川さんが好きな台詞はありますか?
渋川:旅館の女将役の根岸季衣さんと、今は家業を手伝っている息子・丈役の滝藤君のやりとりで、「あんた、いつ東京に帰るの?」と聞かれた息子が、「帰るか…。帰ってきてるんだけどな」みたいな事を言っています。僕も実家の群馬、渋川市が好きなので、東京から群馬に行くときは、「帰る」と言うんです。群馬から東京に行くときは、「戻る」という言い方を意識的にしています。だから滝藤君の台詞には共感できます。普通はあまりその違いを気にしないけど、「帰る」と「戻る」はニュアンスが違いますから。
 
――――どちらをホームと思うかで言い方が違ってきますね。『AMY SAID エイミー・セッド』のインタビューで三浦誠己さんが「KEE(渋川)さんは、『俺、やっぱ俳優やめて、群馬で畑するべ』と言いそう」とおっしゃっていたのが納得できます。本当に故郷がお好きなんですね。
渋川:離れているから余計にそう思うのかもしれません。時間があるときは、月1度ぐらい帰っています。息子がまだ小さいので一緒に帰ることもありますし、一人の時は高速バスで帰ると2時間半ぐらいで帰れます。電車で移動する時も、車窓からの風景を眺めるのが好きで、やっぱり田舎が好きなんですね。
 
――――渋川市での撮影は、他の場所で撮影するのとは違う感慨がありましたか?
渋川:今回は休みなしで9日間程撮影しましたが、楽しかったですよ。主演ということで、ちょっとプレッシャーもありましたけど、地元で映画の撮影というのは不思議な気分で、いい時間でした。それこそドイツ(ニッポンコネクション)での上映で「ドイツで故郷・渋川の景色が映っているんだ」と思うと、感無量でした。
 
――――今回は群像劇なので、主演の洋二郎はアイコン的存在ではあるけれど、個性的なメンバーを受けるような役割でしたね。
渋川:一人でガッツリとした主役だと出番も台詞も多くて大変ですし、そういう点では今回台詞が多かったけど、皆同じぐらいありましたから。それぞれのキャラクターが立っている映画の方が僕は好きですね。
 

■飯塚監督から出た続編話、洋二郎が主人公でなくてもいい。

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――――今回初タッグを組んだ飯塚監督と実際に仕事をしての感触はいかがでしたか?
渋川:飯塚監督は高校の後輩なので、先輩の僕としてはもっと突っ込んでいじりたいのですが、それをさせない空気がある(笑)。だけどそれを含めての飯塚監督なので、急がず少しずつでも一緒にやっていけたらと思っています。
 
――――続編をやりたいという話も出ているそうですね。
渋川:現場でも話していたのですが、次は僕(榎田洋二郎)が主人公じゃなくてもいいんですよ。森岡龍が演じている清春の実家が新潟なので、例えば清春の親が危篤になって、みんなで新潟に行こうという話でも一つ映画ができるじゃないですか。伊藤沙莉演じる千秋の夫婦問題にこちらがチャチャを入れても、一つのストーリーができるでしょう。ドイツの映画祭から帰る時、空港で二人でビールを飲んだのですが、飯塚監督は「いやぁ、これは(続編を)やりたいですね」と真剣に言っていました。やはり、ドイツでの反応が良かったこともあるでしょうね。
 
――――最後に、映画のテーマ「辞める」にちなんで、渋川さんご自身、今までの俳優人生の中で、「辞めたい」と思ったことはありましたか?
渋川:自分から辞めたいと思ったこと一度もないですね。どこかでダメな時がくるのかなと思うことがあっても、いつもなんとかなるかなと思うんです。だけど故郷がどうしても恋しくなったら、その時はまた考えますけどね(笑)
(江口由美)
 

<作品情報>
『榎田貿易堂』(2017年 日本 1時間50分) 
監督・脚本・編集:飯塚健
出演:渋川清彦、森岡龍、伊藤沙莉、滝藤賢一、片岡礼子、根岸季衣、余貴美子他
2018年6月9日(土)~新宿武蔵野館、6月16日(土)~シネマテークたかさき、テアトル梅田、今夏~元町映画館、出町座他全国順次公開
 (C) 2017映画「榎田貿易堂」製作委員会
 

yuzuriha-550.jpg『ゆずりは』滝川広志(コロッケ改め) 会見

(2018年6月5日(火)大阪・天王寺アポロシアターにて)


本名・滝川広志に名前を変えて臨んだ映画『ゆずりは』は、(元)コロッケの「芝居をしない芝居」の熱さが滲み出た“注目作”だ。先日、大阪・天王寺のアポロシネマで合同会見に臨んだ役者・滝川は「役の水島は動きの少ない、自分ではあり得ない人、だから役づくりのために(撮入の)1~2日前から3週間、現場近くのホテルに泊まり込んだ」という。


「(コロッケと)バレないように、帽子かぶったりした。読売テレビ系“お笑いスター誕生”から芸人やってきたけど、動きのない“葬儀屋”は自分の対極にある役。選ばれた時に“ボクじゃないんじゃないか”と。どっきりカメラだと思ったもの。ふざけないで、いつどこからカメラが出てくるの、だった。撮影前は怖い思いが先だった」。


yuzuriha-500-2.jpgこの葬儀屋に新入社員・高梨歩(柾木玲弥)入ってきて、滝川演じるベテラン水島から教育を受けるところが見どころに。若い役者との競演になったが、滝川は「新入社員が主役に見えたら、それでいいと思った」という。


――役者コロッケ」について?
「(自分は)よくよく人の前に出るタイプだなあと思う。38年間、それでやってきた。この映画では大きい声も出さない。エキストラが“コロッケさん、どこ?”って聞いたぐらい。これでいいんだ、と」。いつもは偉そうにしている役が多いけど、水島はどこにでもいるおっちゃん。もともと主役やりたい、と思っていないし、3~4番手で十分なんです」。


――役に抵抗はなかった?
  「プロデューサーさんから(この役を)頂いたようです。水島はコロッケさんで、と。最初はやれるかな? でした」。映画見たらハマっている。「舞台と映画は違いますね。舞台では“余計なこと”をするのが仕事。この映画では“部長”と呼ばれて、ただ振り返るだけ。この振り向き方ひとつで(人間が)分かる。ちょっとやってみましょうか。動き過ぎたら“コロッケ”が見えてしまうから。すごく大変でした。面白い水島部長はいくらでもやり方がある。人前で泣かない、笑わない。昔の日本人にはけっこうこんな人が多い」。


yuzuriha-500-1.jpg――役づくりは?
「何もしないこと」が何よりも大変だったという。「役を作り込む時はその役に入り込むから。こんなに“何もしない”のではストレスたまりまくりですよ。役者なら当たり前ですけどね。今回は笑ってない。笑ったら(新入り)高梨を認めたことになる。水島はドキュメンタリーの一種ですね。続編の話は今のところない、けど出来たらやりたい」。

「今回は、まず(テンション高くない)水島の声を決めた。揺れ動く自分がいた。演技ひとつで台無しになったりすることがよく分かった」。「最初に動かなくていい」と言われた。それがよく分からなかったが、芝居をしなくても、出てきただけで存在感十分。こんな映画は珍しい。「水戸黄門で言えば角さんと言ったところですかね。昔の映画ならこういう役者さんはたくさんいました」。


――新たな名前で「新境地」を開いた?
「これから頂く仕事で、“ゆずりは”見て“邪魔にならないんだ”と思ってもらえそう。やっぱり続編やりたいなあ」。


◆滝川広志(コロッケ)
1960年3月13日熊本県生まれ。1980年8月読売テレビ系「お笑いスター誕生」でデビュー。東京・明治座、大阪・新歌舞伎座など大劇場で座長公演を務め、モノマネレパートリーは300種以上に及ぶ。中国、韓国など海外公演でも成功している。2014年文化庁長官表彰、2016年日本芸能大賞など受賞。


『ゆずりは』

yuzuriha-pos.jpg“ゆずりは”1年を通じて緑の葉を絶やさない“常緑樹”、親から子へ、子から孫へと受け継がれていく「命のバトン」のことという。映画の舞台は葬儀社。そこに長年勤めるベテラン職員・水島(コロッケ=滝川広志)が主役という地味な映画だが“お笑いの人”コロッケが本名に変えて出演した映画は、本人の意気込み通り、滝川が一度も笑うことなく、見事な存在感を見せ、「死とは何か」「生きることの意義とは」を感じさせて説得力ある映画になった。役者コロッケを知らない人も、この一作で「映画」で名を残すと思わせる。


葬儀社が主な舞台(新谷亜貴子原作)だから、すべて「死」と葬儀にまつわる物語。だが、映画に登場する葬儀は多くない。いつも沈着冷静な水島が、社長からピアスの若者の採用を依頼される。無神経でがさつな青年・高梨(柾木玲弥)に職場のほとんどが反対したが、水島には感じるものがあり「私が教育する」あえて引き受ける。


彼の最初の仕事は盲目の夫を亡くした妻。なぜか、喪主から「ぜひ高梨さんに」と頼まれる。水島から「葬儀中は絶対泣くな」と言われていたことも忘れておいおい泣く。「亡き夫が好きだった薔薇」が赤だったに違いないと、モノクロ写真をすべて赤い薔薇にして喪主を感動させる。


yuzuriha-500-3.jpg次の仕事は「いじめから飛び降り自殺した」女子高生。実は水島も妻を自殺で亡くして以来、深く傷ついていた。だがプロの葬儀屋・水島は、高梨らの心配をよそに「私がやります」と告げる…。だが高梨は葬儀中、参列者の同級生たちが騒いでいるのにたまりかね、声を荒らげて「出ていけ」とたしなめてしまう。葬儀社人にあってはならない行為だった。だが、高梨の“一喝”は水島にも自分のことのように思ったに違いない。


映画はまるでミステリーのように、数々の“秘密”が散りばめられており、最後の章ですべてが明らかになるという見事な展開を見せる、推理小説風の隠し味も秀逸。そんなテクニックよりも、人間存在の本質に迫った“異色の作品”。久しぶりにじっくり見入ってしまう“感動作”であった。


■2018年 日本 1時間51分
■出演:滝川広志、柾木玲弥、勝部演之、原田佳奈、高林由紀子、島かおり
■監督:加門幾生
■原作:新谷亜貴子
■コピーライト:(C)「ゆずりは」製作委員会
公式サイト: http://eiga-yuzuriha.jp/

公開日:2018年6月16日(土)~第七藝術劇場、神戸国際松竹、他イオンシネマ系など全国順次公開


(安永 五郎)

 

 

nomitori-di-500-1.jpg“人たらし”監督の演出術とは?『のみとり侍』鶴橋康夫監督インタビュー

(2018年4月27日(金)大阪市内にて)

 

「作品を語るのと同じくらい、相手の気持ちを聴くのが好き」
鶴橋康夫監督の新作は、江戸庶民の人情の機微に触れる艶笑痛快時代劇


阿部寛が、五色幕のようなど派手な衣装を着流し、江戸の街を颯爽と闊歩するのみとり侍』。生真面目すぎる性格がたたって左遷された元エリート侍を、「阿部さんは、真面目にやればやるほど哀愁と滑稽さが出てくる」と、ずばり特徴を捉えた監督の期待に応えて、痛快に熱演。その監督とは、TVドラマや映画『愛の流刑地』『後妻業の女』などの演出で、日常の中に潜む“恐怖”を人生観や時代性から滲み出る“おかしみ”をドラマチックに表現する鶴橋康夫監督である。ベテラン俳優たちは勿論、初めて鶴橋組に参加するキャストやスタッフからも絶大な人望を集め、物語の人物像にも親しみと愛着を感じさせる。


そんな鶴橋康夫監督に、映画の見所やキャストの魅力を訊ねると共に、監督自身の“人たらし”術についても迫ってみたいと思う。


nomitori-550.jpg―― 脚本も手掛けた「のみとり侍」という物語について?
江戸時代にこんな職業があったのか!? と驚くような題材を集めた小松重男さん原作の短編集から、三篇をひとつにまとめてみました。不測の事態に陥り、人情深い町人に助けられながらも正義を貫こうと奮闘する侍たちの生き様がテーマです。

主君の逆鱗に触れ、「猫の蚤とり」(女性に奉仕する裏稼業)を仰せつかった寛之進(阿部寛)を主役に、女にかけては手練手管の恐妻家の清兵衛(豊川悦司)や、無償で読み書きを教える清貧の友之介(斎藤工)と、3人の不遇の元侍たちが同じ時代で奮闘する姿を描いてみました。


―― キャスティングについて?
原作を読み終える頃には、大体のキャスティングは決まっていました。後は、俳優たちの顔を思い浮かべながら当て書きし、現場では雑談の中で役柄のヒントとなるようなことを話していました。


nomitori-making-1.jpg―― 阿部寛さんについて?
阿部寛さんは、どこかでコメディをやりたがっていたようですが、それは間違いだと思いました。既に、真面目にやればやるほど哀愁と滑稽さが滲み出てくる年齢にきていて、ちょっとしたヒントでも一気に様相が変わる伸び代を持っています。芝居熱心で、とにかく芝居が巧い。一生懸命やればやるほど、哀愁が滲み出て色気に繋がるんです。そんな阿部さんの特徴が毅然としたラストに活きてきたのです。


―― 豊川悦司さんについて?
豊川悦司さんは、私に忖度した芝居をしてくれます(笑)。こうすれば監督が喜ぶのでは…もう任せていても安心できる俳優さんです。鰻屋で寛之進と清兵衛が会話するシーンでは、阿部さんも豊川さんもお互いの芝居の邪魔にならないような反応を見せて、僕はその少年のようなチャーミングさが可笑しくて仕方なかったです。


nomitori-500-4.jpg―― 風間杜夫さんと大竹しのぶさんは、右往左往する元侍たちを鼓舞するような威勢の良さを見せていましたね?
お二人とは40年来の付き合いで、気風の良さと色気があります。イナセな人情家の江戸っ子の代表みたいな存在になりました。


nomitori-500-7_r1_c1.jpg―― 大竹しのぶさんや寺島しのぶさんに負けない猛女ぶりをハツラツと演じていた前田敦子さんについては?
ある授賞式で初めて会った時に、「これ位まで脱げるかね?」とバストアップの位置に腕を置いて訊いたら、「ウソだろう!? アッちゃんにそんなこと訊くなんて」ってな感じで、周りが固まっちゃいました(笑)。でも、その時の受け答えが実に男っぽくて、そういう思考回路を持っている人は色気があり、意外と慎ましやかだったりするのではと思いました。

スタジオにはいつも1番乗り、ひとりポツンと坐っているんです。今どきの女優さんにしては珍しく距離感のある人だなと思いました。「休みの日はどうしているの?」と訊くと、「アウトドア派じゃないので、家で本を読んだりDVDを見たりしています」。その話し方が妙に雰囲気があり、これは凄い女優さんになるなと予感しました。


―― 前田敦子さんと豊川悦司さんとの“絡み”のシーンは?
あのシーンは1カットで撮ったのですが、1回戦でOK!さすが度胸がある!豊川さんのリードも良かったのですが、「アッちゃんは、体も柔らかくてしなやか、大竹さん相手にする時とは随分違う!」と豊川さんも喜んでました(笑)。

 

nomitori-500-8.jpg―― 斎藤工さんについて?
斎藤さんとはTV対談で初めて会って、その知的な風貌に惹かれてオファー。彼の初監督作『blank13』を観て、誰かに未来を託さなければと思いました。阿部さんも豊川さんも斎藤さんも背が高くて、3人の侍たちを「ハンサムタワー」と呼んでました(笑)。


―― キャストとキャラクターがとてもマッチしていましたが、「人」の見方について?
僕は初めて会う人には、飲み会などでの雑談で出身地や家族構成などを訊きます。その人がどこでどんな育ち方をして、どんな人生観を持って生きてきたのか…作品を語るのと同じくらい、相手の気持ちを聴くのが好きなんです。


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鶴橋康夫監督の魅力は、「聴き上手な“人たらし”」にあるようだ。初対面でもソフトな話し方で懐深く受け入れ、相手の心の内を開かせる。とかく年齢を重ねると自分の意見を押し付けがちだが、むしろ相手に考える空間を創り出すのが巧いのではないか。そして、「笑い」の絶えない和やかな雰囲気にすっかり魅了されてしまう。


「不測な事態に陥った時の生き方」を、艶笑喜劇を見せながら勧善懲悪調で締める。生真面目な阿部寛ならではの寛之進は、困惑の連続でもいざという時には武士力を発揮させて、一気呵成に正義を貫くお白洲のシーンへと至る。「映画は〈1対0〉の投手戦!」という監督のこだわりと映画愛の詰まった作品。かなりメリハリの効いた、新しい時代劇の誕生である。

 
 


『のみとり侍』

~エリート侍が“のみとり”稼業に!?~
 

nomitori-pos.jpg【物語】
老中・田沼意次が権勢をふるう江戸時代の中頃。越後長岡藩の勘定方で重役を担っていた小林寛之進(阿部寛)は、生真面目すぎる性格がたたって主君の逆鱗に触れ、「猫の蚤とり」を仰せつかる。「猫の蚤とり」が何たるかも知らず、その稼業の親分である甚兵衛夫婦(風間杜夫と大竹しのぶ)を訪ね、女性たちに奉仕する裏稼業に奮闘することとなる。


武士の面子も男としてのメンツも打ち砕かれた寛之進が、亡き妻に生き写しのおみね(寺島しのぶ)や恐妻家の清兵衛(豊川悦司)に寝技の手ほどきを受けながら、清廉潔白ゆえに困窮する友之介(斎藤工)や甚兵衛夫婦などの江戸庶民の人情に支えられて、時代の荒波を越えていく。

 

■2018年 日本 1時間50分
■原作:小松重男「蚤とり侍」(光文社文庫刊)
■監督・脚本:鶴橋康夫
■出演:阿部寛 寺島しのぶ 豊川悦司 斎藤工 風間杜夫 大竹しのぶ 前田敦子 松重豊 桂文枝
公式サイト⇒ http://nomitori.jp/
■コピーライト: ©2018「のみとり侍」製作委員会

全国東宝系にて絶賛公開中!
 


(河田 真喜子)

4gatuyume-Di-550.jpg『四月の永い夢』中川龍太郎監督インタビュー


~映画と詩と人生と…~



4gatuyume-pos_r1_c1.jpg27歳(映画祭当時)にしてモスクワ国際映画祭で、国際映画批評家連盟賞、ロシア映画批評家連盟特別表彰のダブル受賞という快挙を遂げた中川龍太郎監督。受賞作『四月の永い夢』の公開が5月12日から始まり、公開翌日、全国各地の映画館を駆け回っている監督に、ギャガ(株)西日本配給支社の試写室でお話をうかがうことができました。


3年前に恋人健太郎を亡くした、元音楽教師初海のもとに、健太郎からの一通の手紙が届きます。かつての教え子楓との再会、染色工場で働く手ぬぐい職人の志熊からの告白、健太郎の母が暮らす富山への旅と、止まっていた時がゆっくりと動き始めるさまをゆったりとしたカメラで静かに描いた作品です。


ファンミーティングでも、初海の旅する車窓の風景について質問があったり、かなり細かいところまで丁寧に観てくださり、とてもいい反応でしたと語る監督。映画を中心にいろいろ興味深いお話をうかがえましたので、ご紹介します。


【画面づくりについて】

Q:ワンカットワンカットが絵画のように美しいです。どうやって絵づくりされたのですか?

監督:低予算の映画なので、現場で時間をかけるのは難しく、ロケハンに時間をかけました。僕と同い年で、初めて組んだカメラマンでしたので、現場でもめないよう、ロケハンでさんざん意見を戦わせ、話し合いました。


夏祭りの帰りに初海と志熊が並んで歩いていくシーンのバックにある提灯は映画のために作りこんだものです。色も黄色っぽい光にしたくて、染物工場では薄青い光、その後、初海が一人で歩くところは、その気分をひきずっているので、青っぽい光を基調にしました。


4gatuyume-500-4.jpgQ:染物工場で、色とりどりの手ぬぐいが天井から吊り下げられ、微かに揺れているシーンがとても幻想的でした。影響を受けた映画監督がいらっしゃったら、あわせて教えてください。

監督:このシーンは、小栗康平監督の『埋もれ木』(2005年)をイメージしています。僕達の能力では全然そこまで到達していませんが、現実の世界を描いているのにファンタジーっぽいというコンセプトに挑戦しました。


小さい頃、夜中にケーブルテレビで『埋もれ木』が放映されていて、うとうとしている時の夢うつつの感じと、映画の夢うつつの感じが共鳴して、本当に自分がその映画の中にいるんじゃないかと感じたことがありました。幼かったせいだとは思いますが、そんなふうに、子どもが夜中にこの映画をテレビで観た時、そういう印象に残る画面にしたいと思って、撮りました。

本作のカメラマンには、事前に市川準監督の『BU・SU』(1987年)と『大阪物語』(1999年)も観てもらいました。
 


【昭和を感じさせる生活風景】

Q:初海の部屋は、畳で、テレビがなく、ラジカセやボタン式の扇風機があったり、古い日本を感じさせるレトロな物であふれていますね。

監督:あの部屋の美術は、初海の好みです。美意識が高いと突き詰めれば突き詰めるほど、内向的、自閉的になっていきます。そういう外に一歩出れそうで出れない初海の精神性を表象するために、古い物やおしゃれなレトロな物を全面に出した部屋づくりにしました。こだわりが強くて、外とうまく適応できない人格ですね。こういう古いものを集めること自体、とても大変なことだと思うのですが(笑)。


【死について】

Q:恋人の健太郎の死の理由について、劇中ではほとんど描かれていませんね。そのわけは?

4gatuyume-Di-240-3.jpgもう一つの理由は、生まれる行為はパブリックな行為だと思うんです。人間は一人じゃ生まれません。生まれる時は、少なくとも男女という関係性の中で生まれます。死ぬ時は、たくさんの人に囲まれていても、死ぬのは一人です。だから、死ぬっていうのはプライベートな行為で、理由をつけるということはできないと思います。


北野武監督が、孤独死という言葉はすごく下品な言葉だと言われていて、一人で死んで野ざらしになったとしても、孤独だったかどうかはわかりません。僕もそうだなと思います。自殺した人が悲しいとは限りません。死んだ人間の最もプライベートな“死ぬ”という行為について、他人が、生きている人間が、とやかく言うべきではない、ずっとそう思っていて、僕も実際、親友が自殺した理由についてわかりません。類推はできますが、類推してつくったところで、それを彼に当てはめることは、彼に対して失礼な気がして、本作ではこういう形にしている面もあります。


4gatuyume-500-3.jpg【失うことについて】

Q:健太郎の母親役、高橋恵子さんの「人生って失っていくことなんじゃないかなって思うようになった。失い続ける中で、その度に本当の自分自身を発見していくしかないんじゃないかなって…」というセリフがすごく心に残りました。これは脚本を書いている中で思い浮かんだ言葉ですか?

監督:あのセリフだけは、自分とは離れたリアリティから出てくる台詞にしたくて、二十歳代の人間に先輩が諭す台詞だから、その台詞まで自分でつくってしまうと、自分で自分を説教しているみたいになって嘘くさくなると思ったので、こうなりたいなと思っている人の言葉を引用してつくりました。『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014年)のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督と押井守監督の言葉を合体させてつくりました。この言葉を若い人が受けるという形にしたいなと。どの言葉をどう混ぜたかは、記憶が定かではないですが、アレハンドロ監督は息子さんを亡くされています。

 
実際この言葉は、自分の実体験としてもすごく納得感のある言葉です。学生時代が終わって社会に出る時に、一番親しい友人を亡くしました。彼を超える友情を、これから人生の中で新しく結べるか不安で、そんな時に、前作『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(2015年)を完成する中で、出演してくれた太賀さんや小林竜樹さんと出会い、深い友情を築けました。人生って失うことでしか気付けないこともあるし、自分の心を豊かにする肥料になったり、暗いことでも残された生命にとっては輝きをもたらすこともあります。そういう実感はあったので、このセリフを使わせてもらいました。
 


【映画と詩について】

Q:監督は学生時代から詩人として活躍されていますが、詩と映画という表現手法についてどうお考えですか?

4gatuyume-Di-240-1.jpg監督:小説と映画よりも、詩と映画の方が似ていると思っています。小説は、心情描写であり、長い物語を語ります。映画は、2時間位の長さの中で語るには、結構短いです。


一つの絵、たとえば、本作でいえば、桜と菜の花の中で、喪服を着た女性が立っている映像があります。寂しげな表情でも、すごく生命力のあふれた世界の中に立っていれば、観客は自分で想像を広げるじゃないですか。それをやるには、一枚の絵で十分なんです。詩も同じで、一、二行で、あとは余白です。強いパワーワードと、そこから広がる世界観で、想像力を喚起させるもの。伝えるのではなく、想像力を刺激するのが映画や詩の力だと思います。


【初海の教え子、楓について】

Q:明るくてたくましい楓は、初海が変わっていくのを後押しするような存在ですね。恋人からDVされていたという設定なのでしょうか?

監督:楓というキャラクターは、当初、初海の腹違いの姉妹という設定でした。会ったことのない妹が訪ねてくる設定にしていたのですが、それだと3時間以上になり、短くするために設定を変えました。


初海も楓も、異性とのコミュニケーションということに関して、全く違う意味での不全感を感じています。どうやって男性とコミュニケーションをとるのか、となった時、初海は男性に対して距離が遠過ぎますし、楓は近過ぎます。楓と恋人との関係は、DVというよりも強依存です。DVというにはひ弱な感じの男でしょう(笑)。これは二人にとって共通の父親の不在からくるものとして描こうとしたのですが、その部分は映画をつくる中で削りました。


4gatuyume-500-2.jpgQ:楓は、夏祭りではしゃいだり、バーで歌手として歌ったり、立ち直りが早いですね。

監督:一つのことにとらわれすぎず、どんどん変えながら生きていける楓の生命力が、初海の人生のあの時期には必要なもの、として描きました。


Q:楓と初海の関係のように、前作でも、主人公がまわりの人の影響を受けて少しずつ変わっていきますね。

監督:前作も本作もエッセイみたいな映画にしたいと思っていました。

人間が成長した瞬間、たとえば、受験で合格する話をつくった時、普通は、受験以外のことは描かず、受験にまつわるエピソード、家族や予備校の先生や友人を描きます。でも、そうではなくて、そこに到達するには、実は、物語的には関係のない要素が非常に大きな影響を与えていたという考え方でつくりました。楓の話が恋人の死とどう結びつくのか、物語的には、つながりづらく見えても、僕は関係があると思うし、そのさまを詩のように撮りたいと思ったんです。


ある問題が解決する時って、たまたま天気がよかったからとか、風が気持ちよかったからとか、それまで何年も悩んでいたことが、たまたますれちがった人といいコミュニケーションがとれたとか、何かのきっかけで解決してしまうことがあります。直線的でない要素がいっぱいあって、そうやって人生は変わっていくという気がします。そういういろいろな要素を、物語のために切り落としてつくるのではなく、ゆるく残しながら作品をつくりたいと思いました。


4gatuyume-550.jpg【カメラについて】

Q:桜の花の下に立つ初海をとらえたカメラが静かに後退していく映像がとても美しく、心に残りました。こうしたカメラの動きは、劇中で3回ほど繰り返されますね。

監督:カメラは後退していますが、初海の世界はむしろ広がっていく。すごく狭い視野の中で生きていたけれど、開けていくイメージとして、後ろが広がっていくカットを撮りました。


3回目の山の中のシーンだけは、初海がアップになりながらも背景が遠ざかっていて、カメラを近づけながらズームアウトする“めまいショット”というヒッチコックの手法です。ピントの合っているところの大きさは変わらないけど、後ろだけ引いている。こんな古い手法を今さらドヤ顔してやる監督なんていなくて、ださいとは思ったのですが、やってみようと思いました。彼女の心情と見えている世界が変わったから、最後だけに使いました。


【今後について】

Q:前作、本作と監督自身が脚本も手がけられたオリジナル作品でしたが、今後はどうですか?

4gatuyume-Di-240-4.jpg監督:オリジナルかどうかというより、映画という文脈に置き換えられているかどうかです。『砂の器』も映画の世界になっているからこそ、原作があってもオリジナルと言っていいくらいだと思います。映画とは何か、というのは難しいですが、映画というメディアでやるところまで、置き換えて翻訳できるものであれば、原作があっても少女漫画でもいいと思います。今も原作ものの企画を一つ進めているところです。


自分自身、ネタもかぶってきているので、新しいものに挑戦する必要は感じています。人が死なない映画とか、古びたそば屋が出てこないとか(笑)、自分にルールを課す必要はあるかなと思っています。といいながら、今、進めている企画の一つは銭湯の建て直しなんですが(笑)。


やはりいい脚本じゃないといい映画にならないと思います。脚本を書く力が未熟すぎて足りないので、これから、いろんな脚本家とコラボをやりたくて、他の脚本家に自分が書いたものを直してもらうとか、書いてもらったものを自分が直すとか、書いてもらったのをそのまま撮るか、いろいろな方法を全部試してみたいと思います。それが、自分が脚本家として成長する糧にもなると思うのです。



4gatuyume-Di-240-2.jpg笑いを交えながら、明るく饒舌に語ってくれた中川監督のお話は、生と死、詩と映画まで、広範囲に及び、二十代とは思えないほど味わい深く、とても充実した時間でした。映画館に足を運び、人生の余った時間に観てもらうからには、映画のどこかに希望やあこがれがほしい、あこがれられる世界を描きたいと語る中川監督。今、3つの企画が進んでいるそうで、これからの活躍が楽しみです。


ここで紹介した台詞をはじめ、円熟した俳優さん達の織りなすドラマは、心の底に深くしみこみ、映画を観終わった後も、心の扉を開ければ、この映画の世界が静かに広がっているような、静かで深い余韻が残る作品になっています。初海を演じた朝倉あきさんの清楚なたたずまいも魅力的で、ほっこり微笑んだ顔がすてきです。ぜひ映画館の暗闇の中で出会ってください。


(伊藤 久美子)


『四月の永い夢』

・(2017年 日本 1時間33分)
・監督・脚本:中川龍太郎
・出演:朝倉あき、三浦貴大、川崎ゆり子、高橋由美子、青柳文子、森次晃嗣、志賀廣太郎、高橋惠子
2018年5月12日(土)~シネ・ヌーヴォ、元町映画館、出町座
公式サイト: http://tokyonewcinema.com/works/summer-blooms/
・コピーライト:(C)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema

 

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津波が繋いだ縁。全編インドネシアロケの合作映画で描きたかったことは?
『海を駆ける』深田晃司監督インタビュー
 
インドネシア、スマトラ島北端のバンダ・アチェを舞台に、日本・インドネシアのキャストが集結した深田晃司監督最新作『海を駆ける』が、5月26日(土)からテアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、MOVIX京都他で全国ロードショーされる。
海辺に突然現れた意識不明の男、ラウ(ディーン・フジオカ)の正体を探る一方、アチェに移住した貴子(鶴田真由)の息子タカシ(太賀)、日本から訪れた親戚のサチコ(阿部純子)、タカシの同級生クリス(アディパティ・ドルケン)、クリスの幼馴染でジャーナリスト志望のイルマ(セカール・サリ)の4人の群像劇が重なる。ラウの周りで起きる不思議な出来事、そして驚愕のラストと、深田流ファンタジーは最後まで目が離せない。
本作の深田晃司監督に着想のきっかけや、インドネシアキャストとの撮影、日本=インドネシア合作映画で描きたかったことについてお話を伺った。
 

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■津波の被害は日本だけではない。受け止め方も違うと気づいたバンダ・アチェのシンポジウム。

――――今回は日本とインドネシアの合作映画ですが、どのようなきっかけで実現したのですか?
深田監督:2011年12月に京都大学とインドネシア バンダ・アチェのシアクアラ大学が共同で、津波と防災に関するシンポジウムを開催しました。バンダ・アチェは2004年に起きたスマトラ沖地震による津波の被害を被った場所で、東日本大震災による津波の知見を共有する目的で行われたのです。京都大学で混成アジア映画研究会を主催されている山本博之先生が、私の作品『歓待』(10)を気に入って下さったことから、声をかけていただき、記録係としてバンダ・アチェに同行しました。
 
2011年に東日本大震災で津波が起こったとき、津波が全てを飲み込むような映像は信じられませんでしたし、多くの日本人が何か足元から覆されるような衝撃を受けたと思います。一方、バンダ・アチェで2004年に地震や津波が起き、その映像をニュースで見た時、きっと自分は驚いてはいたと思うのだけど、外国のたくさんあるニュースの一つとして消費したに過ぎず、日本で起きた津波のようには実感してはいなかったのです。でも、津波の被害は日本だけのものではないし、日本人だけが被害に遭った訳ではない。バンダ・アチェで、そのことに気付かされた経験が、非常に強く心に残りました。もう一つは、津波に対する受け止め方です。津波の被害に遭った日本人とインドネシア人とでは大きな違いがあるように思えた。そのことも、印象に残りました。
 
 

■『ほとりの朔子』の発展形をイメージ。朔子はインドネシアを遠くの地と感じていたが、今度はサチコがインドネシアに行く話にしようと考えた。

――――『ほとりの朔子』(13)で共演した鶴田さんと太賀さんが、本作で再共演しています。特に鶴田さんはインドネシア地域研究家という役柄だったので、本作との繋がりを感じますが、『ほとりの朔子』を作った頃から、いつかはインドネシアで映画を撮りたいという気持ちがあったのですか?
深田監督:(気持ちは)ありましたね。最初は、東日本大震災の経験をした日本人がバンダ・アチェに行くと、どんな景色が見えるのかと空想しました。どちらかといえば『ヒロシマ・モナムール』のような、いわば原爆という歴史的な大惨事が起きた場所にフランス人の女性が訪れ、現地の人と恋に落ちるという物語のインドネシア版ができればと思っていました。そんな妄想を重ねながら、一方で『ほとりの朔子』を制作、公開し、2014年1月に日活のプロデューサーとのミーティングで日本人が外国に行く映画を作りたいという話が持ち上がったので、すかさずインドネシアのバンダ・アチェを候補に挙げ、GOサインが出たのです。既に『ほとりの朔子』を作った後ですから、どこかでその発展形をイメージしはじめていました。朔子にとって、叔母の海希江が訪れていたインドネシアはどこか遠くの地というぼんやりしたイメージでした。今度は阿部純子さん演じる女子大生のサチコがインドネシアに行く話にしようと考えていきました。
 
 
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■ラウのイメージは、マーク・トゥエイン「不思議な少年」の美しい少年44号。

――――本作の鍵となるラウという存在は、自然に宿る神のようにも映りました。最初からファーストシーンが浮かんでいたそうですが、どのようにラウのイメージを膨らませていったのですか?
深田監督:インドネシアの話を書こうと思った時、「海から出てきてバタッと倒れる記憶喪失の男」というシーンからスタートしました。そこに日本からインドネシアに来る若者や、現地の若者が登場し、彼らの恋愛模様と同時並行して描くプランになりました。実はイメージとして、「トム・ソーヤの冒険」などアメリカ的楽天主義の小説で有名なマーク・トゥエインが、人間の存在に対してペシミスト(悲観主義)になる晩年に書いた「不思議な少年」がありました。人間社会に44号と名乗る美しい少年が現れて働き始めるが、最終的には人間の価値観を相対化し、疑念を投げかけて去っていく。ラウも、人間の価値観を相対化する存在と捉えられますし、むしろ自然そのもので、植物のようにニコニコとそこに立っていたり、意図も目的もなく人を助けることもあれば、でたらめに人を殺すこともあるという存在にしようと思いました。
 
 

■世俗離れした美しさと多国籍なプロフィールのディーン・フジオカなら、ラウのミステリアスさを演じられると確信。

――――ラウ役にディーン・フジオカさんのオファーを考えたのは、どの段階ですか?
深田監督:最初は「不思議な少年」のイメージがあったので、20代前後をイメージしていたのですが、なかなかピタリとくる人が見つかりませんでした。少し浮世離れしたような感じが出せる人を探していると、日活のプロデューサーをはじめ、周りの複数の方からディーン・フジオカさんの名前が挙がったのです。ちょうど朝ドラの「あさが来た」でディーンさんがブレイクされていた頃でした。経歴を拝見すると、生まれは日本ですが、香港や台湾でキャリアを重ね、ジャカルタをベースにしながら今は日本で活躍されているという多国籍のプロフィールがラウのミステリアスさを後押ししてくれると思いました。あとは世俗離れした美しさ。この人にお願いしようという気持ちに迷いはありませんでした。
 
――――ディーンさんは日本人キャストの中で、誰よりもインドネシア語が堪能だと思うのですが、そんなディーンさんにインドネシア語をほとんどしゃべらせない脚本にしたのは、ある意味勇気がありますね。
深田監督:ディーンさんはインドネシア語、日本語、中国語、英語がしゃべれますから、とにかくしゃべるシーンを作ろうという誘惑は、すごくありました(笑)でもラウをしゃべらせすぎると、どんどん人間臭くなってしまうので、ぐっとこらえて減らしました。記者会見で、中国語の記者に、中国語でラウが答えるというシーンも考えたのですが、いかにもディーンさんが語学堪能だから入れたシーンに見えそうだったのでボツにしました。
 
――――台詞が少ないことで、ディーンさんが持つ雰囲気と相まって、ラウ独特の存在感が浮かび上がっていますね。
深田監督:若者たちの人間ドラマの中で、だんだんラウという存在が大きくなり、最後一気に別の存在として立ち上がるイメージになればと考えて書きました。最初は全員が主人公のつもりで書いていましたが、やはりディーンさんの存在感は大きいですからね。
 
――――ラウは何者なのかという問題提起の一方で、人種を越えた青春群像劇も見ごたえがありました。インドネシア人キャスト、セカール・サリさん、アディパティ・ドルケンさん(大阪アジアン映画祭2018上映作、『ひとりじめ』主演俳優)について、教えてください。
深田監督:インドネシアのエドウィン監督作品をずっとプロデュースされているメイスケ・タウリシアさんに、現地プロデュースをお願いし、何人か候補を挙げていただいた中セカール・サリさんとアディパディ・ドルケンさんに、シナハンでジャカルタに行くタイミングでお会いし、決めました。それにしても、アディパティ君があんなに人気者とは、撮影を始めるまで知りませんでした。Twitterでもフォロワーが50万人程いますし、Youtubeにアップされている予告編(日本語)のコメント欄も、アディパティ君ファンのインドネシア語コメントで埋まっていますから(笑)。
 
 
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■インドネシアの菅田将暉こと、アディパティ・ドルケンは人気者だがとても気さく。撮影中もスタッフと俳優の距離が近く、気持ち良かった。

――――インドネシアでもアディパティさんの出演映画最新作として注目されているようですね。
深田監督:そうですね。帰りのタクシーでも若いインドネシア人男子の看板を見て「全部アディパティ君に見えるね~」なんて冗談半分で言うと、実は本当にアディパティ君がイメージキャラクターの携帯電話の広告だったとか。日本で言えば、菅田将暉さん並の人気者です。しかも本当に気さくなんです。日本が見習いたいと思う部分で、今回気持ちよく撮影できた理由の一つが、スタッフと俳優の距離が近いこと。我々スタッフが打合せをしている部屋の隅で、俳優たちが集まって同じ空間にいるんです。インドネシア人の俳優も日本人の俳優もスタッフと一緒にご飯を食べたり、リハーサルをしたりするので、スタッフも俳優たちを芸能人扱いしない。両者の垣根が低くて気持ちよかったです。セカール・サリさんも既に国際的な場で活躍されているので、本当にいいキャストに出演してもらえたと思っています。
 
 

■順応性が高い太賀の演技に、現地の人も「インドネシア人に見える」とお墨付き。

――――タカシ役の太賀さんも、インドネシア語を本当に自然に話し、いつもの飄々とした雰囲気で、アディパティさんともいいコンビぶりでした。
深田監督:太賀君は現地の人が見ても、インドネシア人に見えるとお墨付きをもらいました。現地の方が見て驚くのは、言葉やちょっとした仕草がインドネシアの若者そのものだそうです。一番良かったのは、太賀君と阿部純子さん、セカール・サリさん、アディパティ君が、出会ったその日からすごく仲良くなったことですね。太賀君と阿部さんはリハーサルのために、クランクインの1週間前に現地入りしたのですが、リハーサルの時はもちろん、撮影後もご飯を食べに行ったり、買い物に行ったり、本当にいい雰囲気でした。太賀君は順応性が高いので、こう演じようと凝り固まるのではなく、共演者の演技を受けて、それに反応するのがとても上手い俳優です。今回アディパディ君とは大学のクラスメイトで仲の良い二人という設定でしたが、自然に表現できていたと思います。
 
 
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■日本人として生まれ育ち、インドネシアに向き合う視点で、両国の関わりを提示する。

――――ドキュメンタリー的要素として、占領時に日本兵から教わった歌を歌ったり、津波の傷跡を映し出すなど、インドネシアの歴史と日本の繋がりに気付きを与えるシーンが挿入されているのも印象的です。
深田監督:日本人としてインドネシアに向き合うことになるので、普遍的な映画を作ろうとしてはいても難しい。かといって、普遍的になることが、あたかも自分がインドネシア人のように振る舞うことだとすれば、それは少し違うと思うのです。大事なのは作り手の視点なので、日本人として生まれ育ち、そしてインドネシアに向き合うという視点を絶対踏み外してはいけない。その視点でみると、日本とインドネシアの関わり方には色々な発見がある訳です。戦争中、日本が占領下に置いていた時代があり、ODA(政府開発援助)として支援をしていた一方で、その支援の歪みもある。今は津波で両方が繋がっている。インドネシアは親日国というイメージが強く、実際、現地では日本に親しみを感じてくれています。でも、日本は加害国なので、加害国と被害国という関係は消えません。占領されていた時代に日本軍に強制労働させられ、いまだに日本に対して恐怖感を抱いている人もいるのです。政治的メッセージを発している訳ではないので、親しみを込めて日本の軍歌を歌うおじいさんや、強制労働をさせられたことを歌うおじいさんを並べて描くことで、あとは観客に受け取り方を委ねるようにしています。
 
 

■大きな自然の営み(ラウ)と、たわいもない若者たちの人間らしい営みを対比して描く。

――――深田監督の一貫したテーマと思える不条理を、今回はファンタジーで表現したように見えますが、映画全体を通して描こうとしたことは?
深田監督:全体を通した一番大きなモチーフは自然であり、世界の不条理だと思います。ラウという存在が一番の鍵です。彼はたまたま、人間の恰好をして現れ、気まぐれに散歩をして去っていく存在です。大きな災害があると、人間はそれに意味やメッセージを汲み取ってしまいます。「なぜ自分だけ生き残ってしまったのだろう」とか、「これは天罰だ」等、良し悪しは別として、そのように考えてしまうのはある意味人間らしいことです。でも自然は、それこそ残酷かもしれませんが、何の意図も、目的も、意味もなく、ちょっとした偶然によって人間に恵みをもたらしもすれば、一方で災害を引き起こし、人間を死なせてしまう。ラウもそういう自然と同じ存在にしたかった。大きな自然の営み(ラウ)と、たわいもない若者たちの人間らしい営みを対比して描く。それが『海を駆ける』でやりたかったことです。
 
――――日本=インドネシア合作で、スタッフもキャストもインドネシアの方と混合での映画作りでしたが、今後この経験をどのように活かしていきたいですか?
深田監督:異文化の人と映画を作るのは面白いです。自分の狭い世界観を打ち崩してくれます。単に資金的に合作にするのではなく、多くの異文化の人と映画を作ることを今後もやっていきたいですし、またインドネシアで映画を撮りたいですね。一番良かったのはスタッフです。本当に優秀だし、怒鳴り声の全くない現場というのはとても気持ちよく、日本も見習うべきだと思いました。
(江口由美)
 

<作品情報>
『海を駆ける』(2018年 日本・フランス・インドネシア 1時間47分) 
監督・脚本・編集:深田晃司
出演:ディーン・フジオカ、太賀、阿部純子、アディパティ・ドルケン、セカール・サリ、鶴田真由 他
2018年5月26日(土)~テアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、MOVIX京都他全国ロードショー
公式サイト⇒http://umikake.jp/ 
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