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自然豊かな屋久島を舞台に、東京から有名吹奏楽団を招いたはずが、実はアマチュア楽団だったことから巻き起こる騒動と担当者の成長を描くコメディー『東京ウィンドオーケストラ』が、2月18日(土)から京都シネマ、元町映画館、25日(土)からテアトル梅田にて公開される。
 
『滝を見に行く』(沖田修一監督)、『恋人たち』(橋口亮輔監督)に続く松竹ブロードキャスティングオリジナル映画製作プロジェクト第3弾に抜擢されたのは、本作が商業映画デビュー作となる新鋭坂下雄一郎監督。主演樋口役には、本作が初主演となる中西美帆(『喰女-クイメー』)を起用、監督も主演女優もフレッシュならば、ワークショップを経て選ばれたキャリア、年齢に幅のある楽団員役の面々も個性的だ。
 
 
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島で日々事務仕事をしながら、変化のない日々に倦怠感たっぷりだった樋口が、図らずしも自らが招いてしまった大トラブルを前に、どんどん変貌していく様が痛快。一方、招かれたものの様子がおかしいことに気付いた楽団の動揺やドタバタ劇は、団体ならではの“ゾロゾロ感”がコミカルさを誘う。楽団を招くのが夢だった感激屋の橘(小市慢太郎)や、音楽オンチで不倫相手でもある上司、田辺(松木大輔)など、樋口と共に騒動に巻き込まれていく同僚の慌てぶりが更なる笑いを呼ぶのだ。
 
本作の坂下雄一郎監督と主演の中西美帆さんに、不機嫌キャラ樋口の誕生秘話や、坂下流コメディーへのこだわりについてお話を伺った。
 

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■コメディーの王道を。『迷子の警察音楽隊』や『バグズ・ライフ』に着想を得たオリジナル脚本。

―――本作のオファーがきた経緯は?
坂下監督:プロデューサーと面識はなかったのですが、前作を観ていただいたそうで突然連絡をいただき、当プロジェクト(松竹ブロードキャスティングオリジナル映画製作プロジェクト第3弾)のことをお話いただきました。当時は第1弾の『滝を見に行く』が公開されたぐらいの時期で、第2弾の『恋人たち』は撮影すらしていなかったので、正直よく分からなかったですし、ワークショップもやったことがなく、想像がつかなかったです。でもお話をいただけるのはありがたいことですし、断る理由もないので、お引き受けすることにしました。
 
―――物語の着想はどこから得たのですか?
坂下監督:僕は今までコメディーっぽい作品が多く、プロデューサーもそれを観てくださっていたので、自然とコメディーの方向になり、ゼロから作っていきました。最初に作ったプロットは「ちょっとこれは・・・」と言われ、自由に作っていいという話だったのにと思いましたが、確かに今考えるとやらない方が良かったです。ワークショップの話にしようと思っていたので、あまりにも題材が近すぎました(笑)。そこからは、なるべく王道っぽい、昔からあるようなものを誠実に作ろうと方向変換し、色々考えていきました。
 
―――コメディーということで笑いを意識されたのですか?
坂下監督:構造や関係性を意識しました。コメディーの王道の一つとして「何かを偽る」というプロットがあり、それをやろう。オーディションで10人ぐらいを集めるという話だったので、10人集めて何ができるか。演奏でもしてみようかと、ほかの作品を参考にしつつ考えていきました。
 
―――具体的にどんな映画からインスピレーションを得たのですか?
坂下監督:ビジュアル的に皆同じ制服を着ているという設定は『迷子の警察音楽隊』からインスピレーションを得ましたが、大もとはピクサーの『バグズ・ライフ』ですね。身分を偽るという意味では『ギャラクシー・クエスト』や『サボテン・ブラザース』。撮り方に関しては『プライドと偏見』を繰り返し見ながら、カット割りを考えました。基本会話中心の映画なのですが、すごくカット割りが上手いのです。
 
―――屋久島をロケ地にしようと最初から決めていたのですか?
坂下監督:最初は単に地方でと考えていましたが、島だと主人公のどこにも行けない感じが出ていいなと思いました。屋久島にしたのは、実際に訪れ、役場の人にお話を聞く機会があったとき、ホールを借りることにも非常に寛大な対応をして頂き、またエキストラの人もたくさん来ていただけることが決め手になりました。島の風景も、中央が山で、三角錐みたいな形状なので、外のシーンを撮ると、バックは山の緑か海という状況が面白いと思ったのです。
 

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■不機嫌キャラ樋口の演出は、「棒読みでお願いします。感情を抑えて」

―――中西さんは、今回初主演ですが、オファーされた時の様子は?
中西:喫茶店で私はマネージャーと、監督は二人のプロデューサーと一緒の状態で小一時間ほど世間話をしただけたったので、オーディションというよりはお見合いみたいな感じでした(笑)。その後主演が決まったという連絡をいただいたときは、実感が全然湧かなかったです。この企画の第1弾、第2弾は当時映画界でも話題になっていたので、第3弾の主演を私がいただいていいのかと思ったりもしました。楽団のメンバーとは本読みの時に初めてお会いしたのですが、皆さんはワークショップを経て団結されている中、私一人が初対面状態だったので、最初は緊張しましたね。
 
―――中西さん演じる町役場職員の樋口は不機嫌キャラですが、元々は朝ドラのようなさわやかキャラだったそうですね。
坂下監督:本読みの段階で、あまり面白くなかったので、そこから試行錯誤が始まりました。不機嫌キャラにして100%面白いという確信は持てなかったのですが、それでもこちらの方がいいと信じてやっていきました。
中西:私も朝ドラヒロインのイメージでキャスティングされ、そのイメージで脚本を読んでいたので、変わったことへの戸惑いはありました。でも今までおとなしそうとか、いい子という決まったイメージの役が多かったので、初主演の作品でここまで今までガラリと雰囲気が変わる役を演じることができたのは、役者としてはターニングポイントになる作品となり、すごく良かったと思います。
 
―――喜怒哀楽を表現しない役で、演じる上で難しかったのでは?
中西:普段の私は本当に喜怒哀楽が激しいし、よく笑うのですが、樋口は日本一の楽団にオファーしたつもりが、間違った楽団を招いてしまったと気づいた時、落ち込むのではなく、むしろ逆ギレ気味になります。窮地でもあまり動揺しないのはどんな風なのだろうと考えていたのですが、途中で監督が「樋口役は自分を投影している」と話して下さったので、そうか監督を見ておけばいいんだと。全然動揺せず、「あ、はい。別に」という風なので、そういう感じか!と腑に落ちました。
 

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■個性豊かなキャラクターの中でキャラ立ちした、樋口の冷めた目線。

―――樋口が表情に出さない分、橘や田辺の喜怒哀楽が際だっていました。主役として周りの演者に対する受けの芝居も見所ですね。
中西:こんなにも感情を出さない演技をしていて、周りの楽団員や上司の橘、不倫相手の田辺など、とても個性豊かなキャラクターの中で埋もれるのではないかと心配していたのです。撮影中盤ぐらいに、監督が真顔で、「初号でエンドロールに中西さんではなく楽団員の名前が一番上だったらどうしますか?」と、私が心配しているのに、追い打ちをかけるような言葉をかけられた時は、本当に落ち込みました。今は監督が冗談を真顔で言う方だと分かってるので、あれは冗談だったと思えるのですが。
 
―――その言葉に奮起したのですか?
中西:奮起しようとしたら、翌日の現場で「棒読みでお願いします。感情を抑えて」とずっと言われたので、感情を出すことはできなかったんです。
坂下監督:コミュニケーションを取るためにと、助監督と中西さんと4人で食事のセッティングしてくれたみたいなのですが、僕は、突然呼び出されて、なぜ中西さんと食事を一緒にしているのか、その意向に気づかなくて。
中西:結局コミュニケーションを取ることもなく、追い打ちをかける言葉が出てきて(笑)。でも出来上がった映画を観てみると、周りがとても個性的な分、樋口がずっと冷めた目で状況を見ているのがある意味キャラ立ちしているんです。やはり、初主演だったので現場では必死で、周りが見えていない部分もあったのかなと後から反省しました。

 

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■編集で変えられない「台詞のスピード」を大事に。

―――セリフは多くないですが、登場人物たちの会話の間やテンポが緻密に計算されていました。
中西:落語の「間」に近いかもしれません。楽団が偽物だと分かった後、ホールの客席で、樋口が楽団員を問いつめるシーンでは、指揮者の言葉に被さるようにセリフを言っていました。監督からは「早口で」「間を詰めて」と言われたのが印象的でした。演じている時は、なぜ早口なのかと思っていましたが、作品を見ると樋口の面倒くさい感じがより引き立った気がします。監督からは「楽団員をゴミだと思ってください」とも言われたのですが、ゴミに対して、さっさとその仕事を終わらせたいという面倒くささにも繋がったのではないかと。
坂下監督:間は後の編集で何とかなる。後から変えられると思うのですが、セリフのスピード感は変えられない。間を詰めてもゆったりしゃべっていると、そこは詰められないので、早口で話してもらい、なんとなく出来上がりを想定しながら修正もできるように考えて撮りましたね。
 

■キャスト、スタッフ全員が愛している作品。真逆のキャラクターを演じる楽しさに気付いた。

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―――できあがった作品を見た印象は?
中西:完成した作品を見て、すごくかわいらしい映画だなと思いました。沖田監督(『滝を見に行く』)のコメントにもあるように「大人なのに、楽団員が子どものようだ」と。劇的な変化を描いているのではなく、日常のおかしみを描いた作品で、樋口も前半はふてぶてしくてイヤな女性に見えますが「後半すごく愛おしく見えた」という感想をたくさんいただきました。私も樋口詩織という役がとても愛おしくて、終わってからも寂しいし、なかなか忘れられない存在になりました。役者にとっての初主演作品だからといって、必ずしも全員がこのように自分の役や自分の作品を好きになるものではないでしょう。
 
―――作品にも役にも惚れ込まれたようですね。
中西:私だけではなく、楽団員役の方たちもこの作品を愛していて、東京公開時は毎日劇場ロビーに出向いています。私もキャンペーン以外は劇場に顔を出していますし、本当に一人でも多くの人に観てもらいたいと皆心の底から思っています。小さな規模の映画ですが、その中に私たちキャストやスタッフ、この映画に関わってくださった皆さんの思いと夢が詰まっています。観て下さる人に必ず伝わると思っています。
 
―――樋口役を演じて、役者としての引き出しが増えたと思いますが、今後どんな役を演じていきたいですか? 
中西:自分とは間逆のキャラクターを演じる方が楽しいということに気づかされた現場でした。役者は基本待つことが仕事。辛さ9割ですが、残りの1割は普通の仕事では味わえない幸福感があります。色々な人の人生を演じることができる仕事だから、辛くても頑張ろうと思えます。一回一回が勝負なので、悔いのないように、これが最後かもしれないという気持ちで常に望まなければいけない。定年も退職もないのが俳優という仕事ですから、自覚と覚悟があるか、最終的に演じることが好きかどうかだと思います。
(江口由美)
 

<作品情報>
『東京ウィンドオーケストラ』(2016年 日本 1時間15分)
監督:坂下雄一郎 
出演:中西美帆、小市慢太郎、松木大輔、星野恵亮、遠藤隆太、及川莉乃、水野小論、嘉瀬興一郎、近藤フク、青柳信孝、川瀬絵梨、松本行央、武田祐一 
2017年2月18日(土)~京都シネマ、元町映画館、25日(土)~テアトル梅田他全国順次公開
公式サイト⇒http://tokyowo.jp/
(C) 松竹ブロードキャスティング
 

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~小芝風花(『魔女の宅急便』)×香川京子の新旧ヒロインが贈る、ズレズレ女子の成長物語~

 
史跡や自然の豊かな奈良県葛城地域を舞台に、周りとズレているために仕事やコミュニケーションがうまくいかない新米司書の成長を描くヒューマンストーリー『天使のいる図書館』が、2月11日(土)からTOHOシネマズ橿原、イオンシネマ西大和、18日(土)から大阪ステーションシティシネマ、シネマート心斎橋にて公開される。
 
監督は、『リュウグウノツカイ』(14)でゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター・コンペティション部門「北海道知事賞」を受賞、『桜の雨』(16)で合唱を通して成長する高校生たちを瑞々しく描いた奈良県出身の新鋭ウエダアツシ。『魔女の宅急便』以来の主演作となる小芝風花をヒロイン、さくらに、巨匠たちに愛され、今も現役の大女優・香川京子を、さくらが図書館で出会い大きく心動かされていく女性・礼子に配し、世代を超えた友情と、時を越えた愛の詰まった優しい物語に仕立て上げた。
 
 
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周りとズレているさくらのコミカルなキャラクター造詣や、忘れられない人を胸に抱き続ける礼子の人生が滲み出る演技など、両女優の演技に惹き込まれる本作。図書館を舞台にしているだけあり、司書の仕事ぶりや図書館の日常だけでなく、名書『天の夕顔』(中川与一著)に重なるエピソードや、『海辺のカフカ』(村上春樹著)の主人公を彷彿とさせるような謎めいた青年(横浜流星)も登場。本好き、図書館好きの楽しめるツボが満載だ。また、奈良県民の日常が垣間見える細やかなエピソードも随所に盛り込まれているのも見どころだ。
 
本作のウエダアツシ監督に、小芝風花×香川京子の新旧ヒロインを起用した理由や、撮影での印象的なエピソード、本作の見どころについてお話を伺った。
 

■『ミツコ感覚』山内ケンジ監督の「フィクションでリアリティを突き詰める」演出法に影響を受ける

―――ウエダ監督は、映画は独学で撮り方を身に付けてこられたとのことですが、映画監督を目指したきっかけや経緯を教えてください。
ウエダ監督:大学は経済学部でしたが、この4年間で何かしら掴みたいと思っていました。当時は楳図かずおや手塚治虫にはまっていたので、漫画家になれなくても、自分で面白いお話を書きたいという欲求が芽生えていたのです。その頃、同級生から映画研究会の上映会に誘われ、映画は観るものと思いこんでいたのに作れることを知り、「僕でもできるかもしれない」と2年生から映画研究会に所属しました。そこからは映画ばかり撮る生活でしたね。その後関西で情報誌の編集をしていたのですが、東京事務所から「昔映画を撮っていたらしいな」と声をかけてもらい、映画関係の記者会見、インタビュー動画や出版社が作るWEBシネマのメイキング、出版物につけるDVD映像を手がけるようになりました。誰に教えてもらった訳でもありませんが、仕事をしながら映像のノウハウを身につけました。演出もメイキングで映画現場に入ったときに、監督の手法を学んでいきましたね。 
 
―――演出で一番参考にしている監督は? 
ウエダ監督:DVD特典映像のディレクションをしたのが山内ケンジ監督の『ミツコ感覚』で、監督インタビューも撮らせてもらいました。アドリブかと思うようなリアリティのあるお芝居ですが、脚本を見ると全てきちんと書かれているんです。わざと言い間違いをする台詞まであり、フィクションできちんとリアリティを突き詰めているところは影響をすごく受けましたね。 
 
 
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■小芝風花へのお題は、「コメディーで通用する女優に」「香川さんとの共演から学んで」

―――『天使のいる図書館』というタイトルから想像すると、気持ちの良い地域映画のように思えましたが、作品を観ると、小芝風花さん演じるさくらのキャラクターがかなり個性的で驚きました。コメディエンヌの素質がありますね。 
ウエダ監督:角川映画を観ていた世代なので、自分の作品のヒロインには羽ばたいてほしい。時間は限られていましたが、色々なアイデアを小芝さんと出し合いながら、キャラクターを作り込んでいきました。小芝さんが、新垣結衣さんみたいなコメディエンヌが似合う女優になってくれればうれしいですし、関西弁がしゃべれるので、大阪でも活躍してほしいですね。
 
―――小芝さんと初対面時の印象は? 
ウエダ監督:『魔女の宅急便』を初めて観たときは、お芝居以上に伝わる懸命さ、観ている側に芝居を越えて訴えかけてくる純粋さみたいなものを感じました。それは、主演女優の素質です。実際にお会いすると、お芝居がしたくてたまらない時期の人だという印象がありました。今回、小芝さんがさくらを演じるにあたって、2つのお題を出しました。一つは、彼女は今までまじめな役が多かったそうですが、僕は絶対にコメディーに向いていると思うので、コメディーで通用する女優になってほしい、挑戦してほしいということ。もう一つは、香川京子さんとの共演は、僕にとっても小芝さんにとっても勉強になることがたくさんある。 学んでほしいということでした。
 
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■監督人生、この作品で終わってもいいと思えるぐらい感動的な香川京子の出演と、『夜明けの歌』採用秘話

―――さくらが図書館で出会い、心を通わせていく老婦人礼子役、香川京子さんの存在感が物語を豊かにしていますね。 
ウエダ監督:僕が香川京子さんの大ファンだったので、出演していただけるのならと、オファーさせていただきました。ずっと香川さんの作品を拝見していましたし、撮影前にも25本ぐらいは見直しました。成瀬巳喜男監督の『おかあさん』や、今井正監督の『ひめゆりの塔』は特に好きな作品です。 
 
―――礼子のエピソードの中で、中河与一の小説『天の夕顔』が大きな役割を果たします。まさに小説のヒロインの晩年の姿は礼子演じる香川京子さんと重なりました。 
ウエダ監督:今でもすっとした佇まいをされていて、お美しいですし、僕の中では「スクリーンの中の人」なので、初めてお会いしたときは、同じ空間にいるんだと感激しました。日本映画界で伝説の女優ですから。溝口、小津、成瀬、黒澤という4人の巨匠と仕事をされ、今現役の女優は香川さんしかいらっしゃらないのではないでしょうか。そんな方が僕の作品に、しかも僕の生まれ育った奈良県まで来てくださったのですから、僕の監督人生、この作品で終わってもいいと思えるぐらい、感動的なことでした。  
 
―――香川さんには、どんな演出をされたのですか? 
ウエダ監督:「お任せされるより、ご指摘いただいた方がいい」とおっしゃっていただいたので、こちらから色々とご提案させていただきました。例えば、劇中で礼子が『夜明けの歌』を歌うシーンがありますが、実は脚本にはなかったのです。撮影前に香川さんの出演作を観たり、調べものをしていたときに、2年ぐらい前に香川さんが出演されたテレビ番組「サワコの朝」で歌を紹介するコーナーがありました。そこで思い出の歌として挙げておられたのが、この『夜明けの歌』。歌詞の内容も礼子のことを歌っているような、「悲しみに暮れている女性が、前を向いて生きていこうとしている」ものでした。僕の中では、『ひめゆりの塔』のように香川さんは劇中で歌っているイメージがあったので、本読みの時に、劇中で『夜明けの歌』を歌っていただけないかとお願いしました。香川さんも喜んでいただいて、「練習してきます」とおっしゃってくださり、あのシーンが出来たのです。 
 
―――香川さんと小芝さんは共演シーンが多かったですが、現場ではどのような感じでしたか? 
ウエダ監督:小芝さんは役柄もそうですが、物怖じしない人でしたね。前半はあの大女優の香川さんに対してすごく無礼ですが(笑)、そこは役柄として遠慮なくやっていただきました。二日目ぐらいから二人のシーンを撮りましたが、最初から安心して観ていられましたし、小芝さんも長セリフをすぐに覚えてくれたので、撮影期間が限られた中プラスアルファの演出も色々できました。大変なことをやらせたかったので、突然左利きに変えてみたりもしましたね。
 

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■「映画女優の中で引き継がれていくものがある」と感じた香川×小芝の撮影エピソード

―――お二人のシーンで、特に印象に残ったエピソードは?
ウエダ監督:最後、すすきの原で、さくらが泣くシーンがあるのですが、小芝さんは気持ちがなかなか入らず、苦労していました。日没も近づき、リテイクしてもダメで、しばらく時間を置くことにしたのですが、その時に小芝さんの隣で、香川さんが自分の台詞を小さな声でやさしく呟き続けてくださったのです。撮影中に香川さんから、「役者には浮き沈みがある」というお話を伺っていたので、小芝さんのためにずっとそれをやって下さっている風景を見て、手を差し伸べてくれているのだなと。こうして映画女優の中で、引き継がれていくものがあるのだと感激しました。小芝さんもずっとその声を聞いて、感情を高めた後に撮ったのが、映画のシーンに使われています。
 
―――本作はリファレンスサービスをはじめ、図書館員の日々の仕事や、図書館の日常が細やかに描かれ、図書館映画の一面もあります。
ウエダ監督:色々な世代が集い、本を借りるだけではないコミュニケーションスペースとして図書館は成立していますし、それが必ずどの地域にもあるというのは、とてもいいことだと感じます。さくらという偏った知識を持つ女の子がコミュニケーションによって心が開けるようになり成長していく物語ですから、そういう意味でも図書館という場所の意義を改めて認識しました。
 

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■「大阪の食い倒れ、京都の着倒れ、奈良は寝倒れ」奈良の空気感を大事に

―――舞台となっているのは、奈良でもいわゆる修学旅行で行くような観光地ではない、非常にのどかな場所ですね。
ウエダ監督:舞台の葛城地域は、のどかで、歴史のある場所や綺麗な景色がたくさんあります。奈良県は少し歩けば、歴史の教科書に載っているようなものがある場所ですから、「ここに竹取物語の場所があったんだ」とか、調べていても楽しかったです。奈良は昔から悠然としていますから、小芝さんにも「大阪の食い倒れ、京都の着倒れ、奈良は寝倒れ」と、のんびりと穏やかな人たちがたくさんいて、そのような空気感をこの映画では出したいという話をしましたね。
 
―――最後にメッセージをお願いします。
ウエダ監督:奈良県葛城地域の魅力が詰まっていますし、更に図書館の普段利用しているだけでは分からない司書のお仕事も取り上げているのも魅力の一つです。ヒロイン映画としては、小芝風花さんをぜひ観ていただきたいし、85歳で現役の香川京子さんも観ていただきたい。魅力がたくさん詰まった作品です。
(江口由美)
 

<作品情報>
『天使のいる図書館』(2017年 日本 1時間48分)
監督:ウエダアツシ 
出演:小芝風花、森永悠希、小牧芽美、飯島順子、吉川莉早、籠谷さくら、櫻井歌織、松田岳、美智子/内場勝則、森本レオ、香川京子 
2017年2月11日(土)~TOHOシネマズ橿原、イオンシネマ西大和、18日(土)~大阪ステーションシティシネマ、シネマート心斎橋他全国順次公開
※2月12日(日)15時~の回、上映前舞台挨拶あり(登壇者:小芝風花、ウエダアツシ監督)
(C) 2017「天使のいる図書館」製作委員会
 

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『島々清しゃ<しまじまかいしゃ>』新藤風監督インタビュー
 

~沖縄・慶良間諸島、日々たくましく生きる人々と音楽を奏でる豊かな時間を感じて~

 
沖縄の慶良間諸島を舞台に、音楽が人と人とをつないでいくヒューマンドラマ『島々清しゃ<しまじまかいしゃ>』がテアトル新宿、テアトル梅田他全国順次公開中だ。監督は、本作が『転がれ!たま子』以来11年ぶりの新作となる新藤風。脚本・音楽監督の磯田健一郎(『転がれ!たま子』、『ナビィの恋』、『楽隊のうさぎ』などの音楽監督)と二人三脚で作り上げた、豊かな音楽に心動かされる作品だ。
 
耳が良すぎるため、騒音や音のズレに反応し、周りからは変わり者扱いされている主人公うみ(伊東蒼)が、都会から演奏会をしに島へやってきたヴァイオリニストの祐子(安藤サクラ)と出逢うことで、心を開き、成長していく様は、日々なんとなく過ごしていた周りの大人や学校の生徒たちの意識をも変えていく。
 
うみが同居するおじい(金城実)が三線で歌う『島々清しゃ』や、海辺で祐子がうみに弾いて聞かせる『G線上のアリア』をはじめ、渋川清彦演じるサックス奏者の漁師と祐子のセッション、クライマックスのアンサンブルによる『島々清しゃ』など、島の人たちや主人公が奏でる音楽やグルーヴが風に乗って海まで駆け抜けるよう。小さく美しい島での日常だけでなく、本島で娘うみと離れて働きながら踊りの稽古をしている母さんご(山田真歩)の厳しい現実も映し出し、思いがうまく伝えられない家族の物語も胸に響く。
 
新藤風監督に、11年ぶりの本作への思いや音楽面のこだわりについて、お話を伺った。
 

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■何もないからこそ、全てがあるように感じる島で感じる、音、風とは。

―――波や飛行機、学校のチャイムの音など、登場人物たちが奏でる音だけではなく、様々な”音”を大事にした作品ですね。まずは、音に対するこだわりについて、お聞かせください。
新藤:ロケ地の島を探すとき、主人公のうみは耳が良すぎるという設定だから静かな島を探すと言うだけではなく、何もないからこそ、全てがあるように感じる島。何もないからこそ、風の音、海の音に意識が向くような島を目指しました。本当は島にはたくさんの音がありますが、それが島の風という一つの音になるのです。その分、ちょっとした音、例えば犬の遠吠えのような音をのせる時には音楽監督の磯田さんや録音部の吉田さんと相談し、あれこれしたいけど、引くことで聞こえるようにしたいねと。意識するほどではなく、潜在意識に語りかけるような音。それは私たちが撮影現場で体感したことでもあります。
 
―――映画からも音と映像で島の空気が豊かに感じられましたが、実際にロケ地の慶良間諸島はどんな風が吹いていましたか?
新藤:すぐそこが海なので、静かな月夜に、ササ~ッと海と風の音だけが聞こえます。その島の空気の中で深呼吸をすると、現場でのいやなこともスッと消え、体の中に風が通って空っぽになるんです。そして大事なものだけが残っているといった体験を何度もし、それに助けられてなんとか映画を撮りきることができました。私だけではなく、スタッフ、キャスト何人もの人が、同じ体験をしたと言うのです。映画を観た方にも島の空気を感じてもらえたらと思います。私が穏やかな気持ちで深呼吸をし、はぁーっと風が通ったような体験を共有できたなら嬉しいですね。

 

■脚本・音楽監督の磯田さんが大事にしてきた沖縄民謡とクラッシックへの恩返し。そして次世代の子どもたちに音楽を繋げていきたい。

―――音楽愛、特に沖縄民謡愛に満ち、非常に豊かという部分が本作の根底にあります。
新藤:磯田さんだから書けた脚本です。沖縄民謡と吹奏楽という組み合わせは、普通に考えれば突飛ですが、両方とも磯田さんがずっと大事にしてきた世界。磯田さんが体調を崩された時に、最後にきちんとした作品を撮りたい。今までお世話になった沖縄民謡やクラシック関係のみなさんへ恩返しがしたい。それは音楽を次の世代の子どもたちに繋げていくことだというところから、今回の企画がスタートしました。ただ、磯田さんの書くものを撮るとなると大変だろうなと、しばらくは「脚本を読んでくれ」と言われても逃げていました(笑)
 
―――最初から舞台は沖縄というところから企画がスタートしたのですね。
新藤:『ナビィの恋』で初めて助監督として就いたときに、私は一番若かったので、沖縄のおじいやおばあたちが「がんばりなさいよ」といいながら、サーターアンダギーやお菓子をたくさんくださって、いつもポケットはパンパン。島のみなさんの温かさに触れました。また、沖縄民謡の登川誠仁さん、嘉手苅林昌さん、大城美佐子さんなど、生きる伝説みないな本当に蒼々たる方々が出演されていて、登川誠仁さんが丘の上で曲をつま弾いているシーンで、カットがかかった後も、仕事を忘れて聞き入ってしまい、慌てて転んだこともありました。島で皆さんの名演奏を生で聴くという、とても贅沢な体験が沖縄との出会いでしたから、沖縄には良いイメージしかないんです。私ですらそうですから、磯田さんは尚更でしょうし、今回は沖縄でまず音楽を撮りたい。吹奏楽をやりたい。その2点がすんなり入っていましたね。
 

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■日々たくましく生きている沖縄の人の今の姿をしっかり描こう。だって『島々清しゃ』なんだから。 

―――その中でもなぜ『島々清しゃ』を取り上げたのでしょうか?

 

新藤:何度か磯田さんに聞いたのですが、明確な答えはもらえず、自分で解釈するしかありませんでした。ただ、結局この映画をどうしようかと考えたとき、『島々清しゃ』という歌が導いてくれた部分があります。舞台となった慶良間諸島の島々は、日本で初めて米兵が上陸した場所なのです。すごく大きな悲しみや痛みを持っている島なので、色々と悩みながら、沖縄の痛みや闇や悲しみの部分を、脚本直しの段階で加えたこともありました。でも、今回は政治的なことを前面に出す映画ではない。だって『島々清しゃ』なんだから。沖縄の人の生まれ島への思い、当たり前の風景、そこにある日常の美しさを讃えている歌だし、主人公も小学生の女の子です。たくさんの悲しい思いを抱えながらも、日々たくましく生きている沖縄の人の今の姿をしっかりと描くことを大事にしようと思ったのです。
 
―――『島々清しゃ』を朗々と歌いあげるのは沖縄民謡の重鎮、金城実さん。本当に染み入る歌声が素晴らしいです。
新藤:金城実さんにはおじい役を演じてもらいましたが、島の魂を体現する存在です。おじいには、すごく大きなものを託しました。例えば、生まれ島が戦場になり、失われてしまったことを嘆き悲しむ歌「屋嘉節」を歌っていただいたり、「うちなんちゅーはよ、うれしいときも、悲しいときも、いくさのときも、ずっと歌ってきたさ」というおじいの一言にも託しました。『島々清しゃ』は沖縄の人の生まれ島を思う歌。日常にある沖縄の美しい風景を重ねて歌うことで、生まれたところやそこにあるものに対する郷愁を描いています。歌に託そうと思えたのは、『島々清しゃ』だったからではないでしょうか。
 
―――おじい、さんご、うみの親子三代の物語でもありますが、描く上で監督が特に自身の境遇を反映させたのはどの部分ですか?
新藤:主人公の親子三代の部分を物語の軸にすえたのは、主人公うみにとって島や家族がすべての世界だからです。お互いに思い合っているけれど、親子だからこそなかなかハッキリと言えない家族ならではの感情のなかに求めてやまない愛がある。母のさんごは、本島で一人働きながら、おじいやうみにお金を送金していますが、フラー(沖縄の方言で馬鹿という意味)と言われるし、気の毒な境遇です。結局、お金のことを工面してくれる真ん中の世代がいるから、おじいと孫は苦労なく暮らせているのに、真ん中の境遇って可愛そうだよねというのが新藤家とうみ一家と似ている点ですね(笑) 父(本作のプロデューサー、新藤次郎氏)は共感するのか、さんごの見せ方に人一倍五月蝿かったですね。
 

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■うみ役の伊東蒼がいなければ、この映画は成立しなかった。 

―――主演でうみ役の伊東蒼さんは、台詞が少なく感情表現がとても難しい役どころを見事に演じていましたが、現場ではどんな演出をされたのですか?
 
新藤:蒼ちゃんは、素晴らしかったです!自分の望みのために懸命に手を伸ばす主人公、うみの姿に、自分の人生を一生懸命生きていると胸を張って言えないような大人たちや、周りの子どもたちが影響を受けていきますが、きっと蒼ちゃん自身すごくが一生懸命で、内にしっかりとした芯や情熱を持っているんです。でもそれを外に出すのは不器用で、ただ出したときにはすごい爆発力がある。蒼ちゃん自身が元々持っていたものと、うみを一致させてくれる確かな演技力が彼女にはありました。オーディションの時、難しい役なので個人の魅力だけでは乗り越えられないと思っていましたが、蒼ちゃんは一見地味で小さかったのに、お芝居をした途端に、とても豊かな表情になり、目が一気に生命力溢れる豊かな表情に変わったのです。本当に彼女でなければこの映画は成立しなかった。シーンの意図や、色々な話をしてから撮影に入っていくわけですが、しっかりと自分の中にうみを作っていける子だったので、任せることができ、子どもであることを忘れるぐらいでした。
 
―――安藤サクラさんも本作では、とてもナチュラルで等身大の魅力が出ていました。
新藤:「老若男女、誰にでも見てと言える映画に出ることはあまりないので、今回は色々な人に『見て!』と言えてうれしい」と言ってくれました。出演している子どもたちやプロの演奏家の皆さんはほとんど演技未経験。なかなか挑戦的なキャスティングでしたが、サクラさんは周りがプロでないからできないというのではなく、人として、この小さな島でカメラの前に立てる稀有な女優さん。お芝居に対する絶対的な信頼はありましたが、祐子という役が島の力、子どもたちの力、音楽の力を受け止めて、本来の自分がいる場所に帰っていくので、受け止めることができる人でないと演じられません。そこは、サクラさんが人としてそれができる役者であるからお願いできました。サクラちゃんにとって一年ぶりの映画の現場で、しかもヴァイオリニスト役だったので、撮影前は大分ナーバスだったのですが、島で子どもたちが一生懸命に練習しているのを見たり、島の人たちと触れ合っているうちに、スコンと抜けてきたようで。撮影後半は野性児のように島と一体になっていました(笑)。サクラちゃんの人としての魅力が現場に活気を与え、映画にも力を与えてくれましたね。

 

■祖父のために生きた6年間を経て、映画を撮ることで自分の人生を取り戻したかった。

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―――祖父である新藤兼人監督の現場では、どのようなことをされていたのですか?
新藤:『石内尋常高等小学校 花は散れども』の時は祖父がクレジットを考えてくれ、「監督健康管理」で参加しています。車椅子を押し、現場や宿での身の回りの世話を中心に、監督の体調を考えた撮影の進め方などのやり取りをスタッフと行いました。『一枚のハガキ』の時は、万が一途中で倒れた時のこともしっかり考えて準備していました。祖父は全カットの全演出が基本的には頭の中にある人なので、それをワンカットワンカット、画角も含めて私が把握するようにし、もしもの時は助監督や、もしくは私が変わって撮れる状態にしたのです。監督の意思を伝える仕事をするため、「監督補佐」という形で少し出世させてもらいました。『花は散れども』以降『一枚のハガキ』までの間、スタッフキャストがたびたび集まってもう一本祖父が撮れるように士気を高めてくれていたので、最後の作品に入るまで私がやっていたことを、最初は少し反目していたような方も認めて下さり、スタッフの方から私が入りやすいようなクレジットにしようと提案してくれた部分も大きかったです。
 
―――自身の作品としては11年ぶりの新作ですが、紆余曲折がありながら達成したという重みが感じられますね。
新藤:29歳から6年間、私は祖父と共に暮らしながら、祖父のために生きてきたのですが、同世代の仲間たちはその間、しっかりとした大人になっていくんですよ。しっかりと自分の仕事をするようになり、結婚や出産などを経て、必死で自分の人生に向き合って生きている。そうやって積み重ねている姿が、自信に満ちあふれ、キラキラして見えるのです。私も祖父といたときはすごく楽しかったですが、一方焦りもありました。いざ祖父が亡くなってしまうと、ずっと傍にいた人がいなくなった「空っぽさ」だけでなく、ずっと何もしてこなかった「空っぽさ」もあり、もう一度自分の人生を取り戻すために、映画を撮りたい。自分の人生をきちんと生きていると言える自信を得たいと思っていました。それでも、二の足を踏んでいた時に、磯田さんが「まずは人生のバッターボックスに立とうよ」と優しく言ってくださったのです。優しい穏やかな作品ですし、音楽映画ということで準備も長かったので、色々なスタッフやキャストとファミリーのようになりはじめている頃に現場入りでき、本当に良い「第二の一歩」になりました。

 

■「こんな風に沖縄を撮ってくれてありがとう」沖縄の皆さんの言葉から自信と勇気をもらう。

―――先行上映された沖縄では、どのように受け入れられましたか?
新藤:沖縄の方がどういう反応をされるかドキドキしましたが、とても暖かく受け入れてくださました。刺激のない、なんでもない日常を描いた作品ですが、沖縄の皆さんにとっては知っているからこそ、より多くを感じ取って頂けたのではないかと思います。「沖縄が描かれるときは、ハッピーな感じか、政治的なものか両極端なので、こういう日常を描いたものがうれしい」と言っていただいたり、泣きながらありがとうと伝えてくださった方もいらっしゃいました。「沖縄ってこんなに美しかったんですね。知らなかった」「こんな風に沖縄を撮ってくれてありがとう」と言ってくださった方が多かったので、自信になりましたし、勇気をもらいました。11年ぶりの新作で私自身とても不器用ですし、これだけ子供たちががんばったのだから、もっときちん撮ってあげたいと思っていても、やりきれなかった部分も多かった。それでも私がこの映画で好きな部分をちゃんと「好きだ」と言える勇気を、沖縄の皆さんからいただきました。
(江口由美)

<作品情報>
『島々清しゃ<しまじまかいしゃ>』(2016年 日本 1時間40分)
監督:新藤風 脚本・音楽監督:磯田健一郎 配給:東京テアトル株式会社
出演:伊東 蒼、安藤サクラ、金城 実、山田真歩、渋川清彦 / 角替和枝、でんでん 
テアトル梅田、シネ・リーブル神戸他にて絶賛公開中、2月25日(土)~京都シネマ他全国順次公開
公式サイト⇒http://www.shimajima-kaisha.com/  
(C) 2016「島々清しゃ」製作委員会
 

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監督も太鼓判の笑顔で、中島裕翔と等身大の“うるキュン愛”を熱演。
『僕らのごはんは明日で待ってる』新木優子さん、市井昌秀監督インタビュー
 
あるきっかけから恋人同士となった性格が正反対の男女の7年に渡る愛を描いた、瀬尾まいこ原作の『僕らのごはんは明日で待ってる』。前作の『箱入り息子の恋』でも内気男子の恋愛模様を描き反響を呼んだ市井昌秀監督が、主演に中島裕翔(Hey! Say! JUMP)と新星・新木優子を迎えて映画化、2017年1月7日(土)から全国ロードショーされる。
 
中島裕翔演じる亮太と、新木優子演じる小春が付き合うきっかけとなった体育祭の「米袋ジャンプ」や、二人がデートで食べる様々なごはんが、距離が近づく様子をリアルに映し出す。一方、幸せの絶頂で突然小春から告げられた別れに傷つく亮太のその後や小春の抱えた秘密が少しずつ明らかになるにつれ、観ている側も様々な感情が沸き上がり、まさに“うるキュン”状態。体育祭の競技や応援の生徒たちの描写一つをとっても、非常にリアルで懐かしい気分にさせてくれる、観ている人の記憶に寄り添うような優しいラブストーリーだ。
 
本作の市井昌秀監督とヒロイン小春を演じた新木優子さんに、内気男子の魅力や7年に渡るラブストーリーを演じた感想、本作の「ごはん」に込められた思いについてお話を伺った。
 

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■初めての共同作業、体育祭での「米袋ジャンプ」で結束。

 
―――二人が出会い、初めて共同作業をする大事な場面として、高校体育祭での競技、米袋ジャンプが登場します。二人の悪戦苦闘ぶりがコミカルで、一気に惹きこまれました。
市井監督:小春側は恋心がありながらもまだまだ恋が芽生えたとは言い難い時期に、正反対な性格の二人が一つの米袋に入り、密着せざるを得ない状況の中競技をしなければならない米袋ジャンプは、すごく楽しいし、原作を読んでコミカルだと感じていました。二人で協力しなければ進まないところが面白いです。体育祭の撮影は、皆すごく結束した日だったので、鮮明に記憶に残っています。 
新木:最初衣装合わせの時に、中島さんと二人で米袋に入ってジャンプしたのと、学校で練習するシーンの時に軽く数回飛んで、その後本番でしたから、たくさん練習したという印象はないのですが、私が前にいた方が飛びづらいのは、二人とも感じていましたね。リアルに飛びにくさがでていたと思います。中島さんが前になってくれたらスイスイ進み、すぐに息もあって、すんなりと二人で米袋ジャンプの世界に入っていけました。 

 

■中島裕翔は褒めないことを探す方が難しい“ジェントルマン”

 

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―――新木さんのイメージと小春がリンクしますね。ちなみに、初対面での中島さんの印象は? 
新木:本読みの時は、本当に寡黙で物静かな方なのかと思いました。シャイな部分もあるのかなと思っていましたが、実際に現場で時間を重ねていくとスタッフの皆さんやキャストの皆さんと本当にきさくに、自分から話しかけていくような方でした。本当にジェントルマンで、女性に対する気配りも素晴らしい方です。 
市井監督:褒めすぎじゃない? 
新木:本当にそうでした。褒めないことを探す方が難しい(笑)。どんな行動をしても、優しさにつながるんですね。現場でいじられもしていましたが、それは私との空気感を和やかにしてくれるためのものでしたから。 
 
―――なるほど、市井監督は「たそがれ感」が中島さん起用の決め手だったそうですが、俳優としての魅力はどんなところにありますか?また、どのような演出をしたのですか? 
市井監督:会った時から、テレビの先に見ているアイドルの中島裕翔ではなく、男前だけどその辺にいそうな気さくな人でした。物憂げで陰のあるところも合わせ持っていますから、中島裕翔君のままでやってほしかった。葉山亮太という着ぐるみに入るようなお芝居ではなく、例えばせりふを口にするだけで、勝手に感情が乗ってくるから、深く役作りをしないようにと伝えました。 
 
―――小春は超ポジティブ女子ですが、亮太と同じく家族を失った過去を持つ陰の面もあります。演じる上で大事にしたことは? 
新木:幼い頃両親に見放されたという事実は小春にとって悲しいことではあっても、その悲しさを乗り越えている。過去を受け止めた上で明るい小春がいることを監督とも話しましたし、原作からもインスピレーションを受けました。後は、役を演じながら小春を感じることができたので、小春と私との共通点を探し、「小春だったらどうするだろう」ということを一番に考えて、自分の口で、自分の言葉で言うことを大切にしました。「それが、小春の言葉になる」と監督から言ってもらっていたので、とにかく私は小春のことを考えよう、と。そう思って取り組んでいましたね。
 
 

■新木優子の“突出した笑顔”は武器。 

 
―――本当に新木さんと小春がシンクロするような、実感のある演技でしたね。監督からみて、新木さんの一番の魅力は?

 

市井監督:やっぱり、本当に笑顔が素敵だなと思っています。色々な表情がある中で、笑顔が突出しているのは、武器ですね。中島裕翔さんは多様さや、寡黙だから出てくる表情が色々あるのですが、新木さんは笑顔が突出しており、この物語のスパイスになっています。心底からの笑顔がラストに繋がっていくのですが、前半のラストの笑顔は思い返してみるとどうだろうか。そういう見方をしてもらえると嬉しいですね。

 

■内気男子の恋愛下手を肯定したい。大事なのは下手なりにきちんと伝えること。

 
―――新木さん演じる小春の笑顔が、中島さん演じる内気男子、亮太の心を開かせていきましたね。市井監督は前作『箱入り息子の恋』でも内気男子の成長を描いていますが、内気男子の魅力とは?
市井監督:『箱入り息子の恋』も恋愛下手な男性を描いていますが、僕自身は恋愛において下手なのは別にいいと思っています。恋愛下手だから会える人もいるわけで、上手くなろうと思わなくていい。「恋愛下手」を肯定したいですし、大事なのは下手なりにきちんと相手に伝えることだと思っています。どうしても、自分と共通項があるので、恋愛下手な人を応援したくなりますね。
新木:私は自分から話しかけるタイプなので、内気な男性の方が魅力的に映っていたかもしれません。自分にしか見せないものを持っている方が安心しますし、そこを分かりあえたからこそできる信頼感もあり、そして強い絆で結ばれる気がします。おしゃべりな人だと、どうしても慌ただしくて、駆け抜ける恋愛になりそうですが、寡黙なタイプの人なら一つ一つを大事にした恋愛ができる気がします。
 
―――本作は主人公二人が高校生から社会人になり、別れを乗り越えての七年に渡る愛を描いていますが、演じる上で大変でしたか?
新木:7年越しというお話は、私が演じた中でも長いスパンの物語だったので、撮影前には不安もありました。高校生と大学生と社会人、私自身が一番違いを感じていた年代でしたが、振り返ると自分自身の軸はあまり変わっていないということにも気付け、そんなに気張らなくてもいいと思えるようになりました。撮影に入れば、現場の空気感やエキストラの皆さん、クラスの雰囲気を作ってくれたクラスメイトの皆さんのおかげでナチュラルに高校時代から社会人を演じることができたので、私が何かをしたというより、皆さんに助けていただいて演じられた7年間だと思います。私の中でも、高校生と社会人の意識の違いで、自分自身の体験から来るものもあれば、衣装を着るだけで出てくるエネルギーもたくさんあり、それらが一体となって演技に変化を付けていくことができました。
 
 

■新木優子としては本当に辛かった別れのシーン。

 

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―――七年愛の中でも一番衝撃的だったのは、大学時代ファミレスで突然小春が別れを切り出すシーンですが、どんな気持ちであのシーンに臨んだのですか?
新木:あのシーンは私、新木優子としては本当に辛かったですね。小春が別れを告げてしまう気持ちは分かりますが、自分だったら、もしくは普通の人だったら「実は・・・」と告白するシーンだと思うのです。そこで別れだけを切り出す小春は、なんて強い女の子なんだろうと、小春の気持ちを思えば苦しくなってしまいました。あのシーンを撮影した日はさらりと亮太に「別れよう」と言えたのですが、撮影前日の方が本当に辛くて、台本に書いてないけれど亮太に告白してしまおうかと思ったぐらいでした。優しさゆえに突き放す。周りから見れば、もう少し何とかできなかったのかと思わせる不器用な小春が愛しいシーンでもありました。そして、どこか清々しさもあったんです。別れを切り出し、自分は自分で生きていく。いつも通りの言葉で亮太に思いを告げる強さもあれば、亮太との関係を終わらせて前に進もうとしている気持ちの強さもヒシヒシと感じました。
 

 

■本当に起こっていることを大事に描くことが、芝居のアプローチにつながる。

 
―――オープニングの屋上遊園地風景や、二人が手にしたポカリスエット、物語の鍵を握るカーネル・サンダースなどが多数登場しているのに、胸キュンでしたが、それらを取り入れた意図は?
市井監督:結果的には芝居のアプローチにつながると思うのですが、先ほど内気男子の話でも「背伸びせずに」と言いましたが、僕は本当に起こっていることを一番大事にしています。ケンタッキーやポカリスエットは、瀬尾さんの原作にある描写ですが、カーネル・サンダースは原作から出た僕のオリジナルアイデアです。誰しもが知っているアイテムは馴染みやすいですし、本当に今この時に起こっていることをきちんと描写したかったんですね。
 
―――カーネル・サンダースは、絵的にもインパクトがありました。小春がカーネル・サンダースと握手をするシーンもありましたね。
新木:人生初の体験で、本当に元気をもらえる気がしました。クリスマスの時期など、一年に一度は必ずカーネル・サンダースを思い出すし、知らない人はいない存在です。いざ向き合うと「みんなのおじいちゃん」のようなカーネル・サンダースと、意外にみんな握手をしたくても気恥ずかしくてできないんじゃないかな(笑)。でも冷たいけれど温かい、分厚い手で。カーネル・サンダースがなぜ手を差し伸べて立っているんだろうと思うと、小春はその気持ちを汲み取って手を握ったのかなと、色々なことを考えました。温かい気持ちになれたシーンですね。
 
―――二人の思い出の場所として登場する屋上遊園地のシーンで、双眼鏡を覗いた先に老夫婦や警官などの日常が映し出されます。二人の未来を暗示しているようにも見えましたが、その意図は?
市井監督:例えば米をひと粒だけ取ろうとしても何粒もついてくるように、人は一人で生きている訳ではないということが主題として僕の中にあります。先ほど新木さんがおっしゃっていた「高校時代のクラスメイト」もそうですが、双眼鏡から覗く先の人にも二人と同じ時代や時間を生きているということを、少しでもさりげなく見せていけたらという狙いがありました。
 

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■ファーストフードからファミレスへ、笑えるぐらい同じ道を辿ったごはんシーン。

 
―――タイトルにも「ごはん」という言葉が入っていますが、ごはんシーンで印象的だったことは?
新木:高校時代はファーストフード、そこからファミレスになり、次は温かい定食屋さんに行くようになる。この段階が皆そうだなと思うし、笑えるぐらい私も同じ道を辿っていて、日常だなとすごく安心しました。背伸びをしたレストランに最初から行くのではなく、学生時代に好きだったのがケンタッキーというのが微笑ましければ、少し背伸びをしたのがファミレスというのもかわいいと思いました。一番印象に残っているのは定食屋さん。私自身初めてのキスシーンだったので緊張しましたし、出していただいたご飯が本当に美味しかったです。
 
―――ごはんが登場するシーンに込めた思いは?
市井監督:新木さんが言うように段階を踏むという部分や、小春とえみり(美山加恋)の差を描いた部分もありますが、すごく大きく見ると、米袋ジャンプから始まり、最後はお米で終わるという日常のサイクルみたいなものを映画でも表すことができれば。そういう思いを込めています。
 
―――最後にこの映画の一番の見どころは?
新木:この映画はご飯が食べられるという当たり前のこと、親や家族、思い合える人がいるという今まで自分が当たり前と思って生きてきた日常が、どれだけ奇跡的なことなのかを実感することができます。温かい気持ちになれますし、日常の中だからこそキュンとするシーンがたくさん詰まっています。そういうところに注目していただきながら、ぜひ、劇場で「うるキュン」していただきたいと思います。
(江口由美)
 

<作品情報>
『僕らのごはんは明日で待ってる』
(2017年 日本 1時間50分)
監督・脚本:市井昌秀 
原作:瀬尾まいこ『僕らのごはんは明日で待ってる』幻冬舎文庫刊
出演:中島裕翔、新木優子、美山加恋、岡山天音、片桐はいり、松原智恵子
2017年1月7日(土)から全国ロードショー
公式サイト⇒http://bokugoha.com/
(C) 2017「僕らのごはんは明日で待ってる」製作委員会
 

 

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一年待ってでも遠藤憲一主演と決めていた。
『うさぎ追いし −山極勝三郎物語−』近藤明男監督インタビュー


usagi-di-240-2.jpg「癌が作れれば、癌は治せる」という信念のもと、100年前に世界で初めて発癌実験を成功させた上田出身の病理学者、山極勝三郎。明治、大正、昭和と激動の時代、何度も日本人初のノーベル賞候補に上った偉人の人生を映画化した『うさぎ追いし −山極勝三郎物語−』が、長野地方の先行上映に続き、12月17日(土)より有楽町スバル座、2017年1月7日(土)よりテアトル梅田他で全国順次公開される。

家族愛、郷土愛、そして師弟愛と幾つもの方向から山極勝三郎の生涯を描いたのは、『ふみ子の海』『エクレール・お菓子放浪記』の近藤明男監督。肺結核に侵されながらも、強い信念で実験に臨み続けた勝三郎に遠藤憲一、勝三郎の同郷の友であり、共に「上田郷友会」を設立した小河滋次郎に豊原功補、発癌実験をする勝三郎の助手を務めた市川厚一に岡部尚、そして実験一筋の夫を支えながら子どもを育て上げた勝三郎の妻かね子に水野真紀を配し、人間のひたむきな情熱と、細やかでほっとするような日常を紡いでいる。

最後まで諦めず、失敗を重ねた末に画期的な結果をもたらした発癌実験のシーンは作品のクライマックスである一方、非常に地味な作業の積み重ねでもあるが、遠藤演じる山極博士と岡部演じる弟子、市川との師弟コンビの凸凹コンビが、飄々とした風合いをもたらし、むしろ微笑ましいのだ。

本作の近藤明男監督に、山極勝三郎の人生を映画化するにあたって狙いや、キャスティング秘話、こだわりの音楽について、お話を伺った。

 

 


■かつてのATG映画スタイルで、偉人伝ではなくエンターテインメント作品を。

―――山極勝三郎の映画を撮ることになったきっかけは?
近藤監督:前作の『エクレール・お菓子放浪記』以降、いくつかの企画を考えていたのですが、なかなか実現に至らなかったところに、プロデューサーの永井さんから今回の話をいただきました。永井さんは篠田正浩監督(松竹)の助監督を務めており、後に師匠の篠田監督からプロデューサーを打診され、監督の道に進まずプロデューサーに転身された方です。『ふみ子の海』は、永井さんが監督デビューする時の題材にと決めていた原作でした。僕はといえば、増村保造監督(大映)の助監督をし、その後映画を撮りましたが、『ふみ子の海』までは15年ぐらいのブランクがありましたから、そんな僕に思い入れのある作品を撮らせてくれた永井さんには、当時から恩を感じていたのです。その永井さんから3年前に「(この作品は)あなたしか出来ない」と言われたら、映画化するには難しい話だとは思いましたが、断る訳にはいきません(笑)。

―――偉業を成し遂げた実在の人物、しかも一般的な知名度はあまり高くはない山極勝三郎さんを映画で描くことは、ハードルが高かったのではないですか?
近藤監督:実在の人物ですし、癌を作ったことは偉大なことですが、それを丹念に追うだけでは真面目すぎる。僕は娯楽の王様である映画を作ってきた大映の助監督でしたから、映画はアート系というより、人を楽しませて2時間ぐらいで満足してもらうものだと体で覚えてきた。どうしようかと悩み、永井さんには「僕に撮らせたら、立派な偉人伝のような映画にはならないよ。永井さんが考えているような山極像にはならないかもしれないけど、いいよね」と念を押すと、「近藤さんの好きなように」と言ってもらえたので、決心がつきましたね。太っ腹なプロデューサーです。

―――今、なかなか監督が好きなように撮らせてもらえる環境ではないですから、永井プロデューサーの本作や近藤監督にかける期待が伺えます。
近藤監督:僕達の時代には、監督と配給や制作会社が当時500万円ずつ出し合って、1000万円で監督が撮りたい、会社の中では通らないような企画をやるATG映画の盛んな時期が何年かありました。僕もそこで増村監督をはじめ、東宝を辞めた須川栄三監督の助監督として何本か撮り、永井さんもATGで撮っていたので、「ATGスタイルでやれば、近藤さんが体で覚えてきたことだし、僕にもそれぐらいのお金しか集まらないから」と言われ、僕も「お金があるのは苦手だけど、お金のないのは得意とするところだ!」なんて冗談を言いながら始めたんですよ。

 

usagi-500-2.jpg ■俳優の持っている力から、山極さんの違う側面を描きたい。一年待ってもと、遠藤憲一さんのキャスティングを実現。

―――実際に資料をお読みになって、近藤監督が山極さんに対して抱いた印象は?

近藤監督:江戸時代末期の生まれですから、本当の意味で明治の男の「真面目で頑固」という典型的な部分があります。でもただ真面目なだけでは映画にするのは難しいので、遠藤憲一さんのキャスティングも含め、そこは試行錯誤した部分です。正統派の俳優に演じてもらうこともできましたが、堅苦しい作品になってしまう。俳優の持っている力そのものも大事で、そこから山極さんの違う側面を作り上げてみたい。映画そのものがうまくできていれば(現実と多少のズレはあっても)問題はないということで、遠藤さん主役という思い切ったキャスティングをしました。遠藤さんも最初は、「こんな東大出の優秀な方を、高校中退の僕が演じるなんて」と奥さんに話していたそうですが、そこが映画の面白いところです。

―――山極勝三郎役に遠藤憲一さんをキャスティングしたこと、一番の肝だったのですね。
近藤監督:『ビルマの竪琴』で一緒に仕事をさせていただいた市川崑監督は、「脚本を作るのはもちろん大事だが、次の監督の仕事の5、6割はキャスティング。キャスティングを間違えると、現場ではどうにもならない。芝居を付ける以前の問題だ」と教えられたので、今回は主役を間違えたら、その段階で終わりだと思いました。山極勝三郎さんが癌を発見してから2015年で100年だったので、本当は昨年公開したかったのですが、昨年は遠藤憲一さんのスケジュールが3日しか空いていないと言うものだから、さすがにそれでは撮れない。一年待ってもとにかく遠藤さんでやろうと決めていたので、結局今年の3月から4月のテレビ番組改変期に、2週間スケジュールを押さえてもらって撮りました。

 

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■脚本家に参考としてみせたのは黒澤明監督の『赤ひげ』。

―――前半は山極さんの同郷の友であり、共に「上田郷友会」を設立した小河滋次郎が、実験が始まってからは助手の市川尚三郎が登場し、家族の物語と対になって進行していきます。単なる偉人伝ではない仕掛けが見られますね。
近藤監督:小河滋次郎は民生委員を日本で初めて作った人。映画化に際し、最初は山極さん一人の物語では難しいかと思いましたが、小河さんと二人の友情物語を軸にすればいいのではないかと考えました。この映画を単純に分かりやすい映画にする3つの柱とは何か。うさぎの実験をして癌を発見するのは一番の見せ場であり、それを核とした勝三郎と市川の師弟愛が一つ目の柱。脚本家には、黒澤明監督の『赤ひげ』を参考にしてもらうようにしました。二つ目は、故郷を出た勝三郎と滋次郎が再び故郷に戻る、故郷と友情の物語。そして三つ目は、家族の物語です。妻、かね子をはじめ、実際にも一番しっかりしていたという娘の梅子や父勝三郎を励まし、唱歌『故郷』を引き出す末娘などを、こちらも『赤ひげ』を参考にしてもらいました。これらをバランスよく描ければ、この脚本は他のものは要らないと伝えましたね。

―――豊原功補さん、岡部尚さんのキャスティングの経緯は?
近藤監督:遠藤さんは背が高く、二人が並ぶシーンも多いので、小河滋次郎さん役の豊原功補さんは、50歳ぐらいで同じぐらいの背格好、そして遠藤さんよりも美形の俳優ということで選びました。一方、市川役は遠藤さんとはキャラクターの違う人にしようと、岡部さんに決めました。若松孝二監督に可愛がられ、昔から小規模な映画には随分たくさん出演していましたが、(市川役は)今までで一番いい役なのではないでしょうか。本作でブレイクするでしょう。今はブレイク前夜、10年前の遠藤さんみたいな感じです。

―――脚本にない部分の山極勝三郎像を、遠藤さんとどのように作っていったのですか?
近藤監督:教科書のように事実を追うだけの映画にはしたくない。エンターテインメントで面白い映画にしたいという点は、僕と遠藤さんの共通認識でした。決定稿になるまでも、「もっと面白くならないか」といい意見をたくさん出してくれましたし。最初白ウサギだけで実験をし、結果が出なかった時に、黒ウサギでも実験することを思いつくきっかけとなるシーンでは、金平糖と毒掃丸を食べ間違えるというアイデアを脚本家が考え、遠藤さんも「これはいいね!」と喜んでいました。ただ単に黒ウサギを使ったというよりもインパクトがありますし、それまでの金平糖好きの勝三郎というキャラクターも生きるし、大ヒットのアイデアでしたね。

 

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■借家図面に「オルガン」と書かれていたのを見て、「もらった!オルガンを置こう」

―――前作の『エクレール・お菓子放浪記』も音楽が大きなカギを握っていましたが、本作でも『故郷』をはじめ、時代を象徴する音楽が使われ、とても印象的です。
近藤監督:僕自身、音楽が好きですから。今回も市川を引き立たせるために、北大寮歌(『都ぞ弥生』)を絶対に入れようと決めていました。もう一つは、山極さんが住んでいた借家の図面を見たとき、玄関にオルガンと書いてあったんですよ。それを見て「これはもらった!オルガンを置こう」と決めました。ではどんな歌を使おうかと考えたときに、永井さんが長野出身の作詞家、高野辰之さんの企画を持ってきたことを思い出したのです。結局映画化には至りませんでしたが、その高野さん作詞の『故郷』が、山極さんが癌を発見した前年に小学校の唱歌になったと知り、もうこれしかないと。山本嘉次郎監督、黒澤明助監督で高峰三枝子主演の『馬』でも輪唱で使っていましたし、日本映画のありとあらゆる場所で『故郷』は使われていますが、これぞ本命という形で使うぞ!「うさぎ追いし」とありますが、うさぎを追いかけて実験をしていますからね。映画では実験に行き詰まり、病でも苦しむ父、勝三郎を末娘が元気づけるシーンで使っています。



■知る人ぞ知る北大寮歌と、盛りだくさんのエンディング曲。『真田 木遣り 祝婚歌』は本当に酔っぱらって歌ったのを採用。

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―――癌実験が成功し、北大の教授に昇進して勝三郎の元を去るとき市川が歌っていたのは、北大寮歌でした。また、邦画にしては珍しくエンディングに3曲使われています。
近藤監督:北大寮歌は東大寮歌、京大寮歌と共に3大寮歌と言われています。知っている人には非常に懐かしい歌だと思いますので、北海道の方にも是非応援してもらいたいなと思っているところでした。
エンディングの1曲目は、上田出身のデュオH2O(『想い出がいっぱい』)の赤塩正樹さんが歌う『君の贈りもの』。2曲目は、本作でかね子の母親を演じた緒方美穂さんが歌う『i・ku・ru』。3曲目は結婚式で歌われる定番曲をと考えていたところ、上田で材木業を営んでいる島田プロデューサーがこの作品の設定で作詞した『真田 木遣り 祝婚歌』を、部下を従えて歌っています。実際の雰囲気を出すために、本当に酔っぱらって歌っているのがすごく良かったので、締めに使いたいと、結局3曲になりました。



―――本作は、山極さんの故郷、上田でかなりの部分をロケされたのですか?
近藤監督:上田で9割撮りました。東京では北大路さんが出演した箇所を3日間撮影しました。山極さんは東大で学び、東大の教授を務めていたので、赤門の景色などを撮影しようとしたのですが、東大側は撮影を許可せず、商業映画だからという理由で本当に非協力。やっとの思いで撮影を許可してもらったのは、東大医学部に所蔵されている山極さんの机と、東大2号館のカット他だけで、映画で東大の中の池として登場しているのは、上野美術博物館の横の小さな池を探してきました。あとコストはかかりましたが、小金井の東京たてもの園では、19歳の山極勝三郎さんと小河滋次郎さんが東京、本郷に上京したときの江戸の街を数カット撮影しました。9割撮影した上田では、勝三郎の家や実験用のうさぎ小屋をはじめ、信州大学繊維学部の講堂では、学会の発表やヘンシェン博士公演のシーンを土日で撮影しています。

 

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■映画の力で、一人でも多くの人に「山極勝三郎」を伝えたい。

―――山極さんは3回もノーベル賞の候補になった人物ですが、「幻のノーベル賞」という部分に焦点を当てなかったのはなぜですか?
近藤監督:ノーベル賞が取れなかったことに焦点を当ててしまうと、いやらしい映画になってしまいます。実際には、ノーベル賞を取ったフィビゲルの発癌実験は後に誤りだったことが明らかにされ、山極さんの発癌実験こそノーベル賞受賞にふさわしかったと言われるようになるのですが、それはあくまでも後日談としてさらりと語る方がいいと判断しました。映画ではフィクションとして娘、梅子の口から「父はノーベル賞には興味がありませんでした」と語らせています。

―――山極勝三郎博士が癌発見してから100年経った今、『うさぎ追いし −山極勝三郎物語−』を世に送り出す今のお気持ちは?
近藤監督:このお話を引き受けした時に、映画の力で一人でも多くの人に山極勝三郎さんのことを伝えたいと思いました。やっと出来上がったこの作品が、国内や海外の多くの皆さんに届くことを祈っています。
(江口由美)


『うさぎ追いし −山極勝三郎物語−』
(2016年 日本 1時間51分)
監督:近藤明男
出演:遠藤憲一、水野真紀、岡部尚、豊原功補、高橋惠子、北大路欣也他
2016年12月17日(土)~有楽町スバル座、2017年1月7日(土)~テアトル梅田、今冬~元町映画館他全国順次公開
公式サイト⇒http://usagioishi.jp/
 (C) 2016「うさぎ追いし-山極勝三郎物語-」製作委員会

 

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「心の故郷は台湾」歴史に翻弄された湾生たちに密着したドキュメンタリー
『湾生回家』ホァン・ミンチェン監督インタビュー
 
1895年から50年に渡って続いた日本統治時代には、日本から渡った官僚や企業の駐在員、移民として渡った土地を開拓した農業従業者など、多くの日本人が住んでいた。「湾生」とは、戦前の台湾で生まれ育った約20万人の日本人を称する言葉。11月26日からシネ・リーブル梅田他で順次公開される『湾生回家』は、湾生たちが終戦で日本本土に強制送還された後、どのような人生を歩んできたか、そして彼らが生まれ育った故郷、台湾の地を再び訪れる姿を綴るドキュメンタリーだ。
 
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台湾でドキュメンタリーとしては異例の大ヒットを記録。大阪アジアン映画祭2016ではオープニング上映後スタンディングオベーションが起こり、観客賞にも選ばれた同作。終戦後70年以上経っても、心の故郷台湾にいた頃のことを思い返し、その地に戻りたいと痛切に願う湾生の皆さんの姿や、台湾から湾生の肉親のルーツを辿って日本を訪れる子孫たちの姿など、戦争で引き離された家族や友人たちが長い時を経て再会を果たす「絆」を感じる物語でもある。台湾と日本の、あまり知られることのなかった歴史の一面に光を当て、浮かび上がらせたという点でも必見作。劇中で流れる懐かしいメロディー『ふるさと』が、観る者の心の中にある故郷の記憶を呼び起こしてくれることだろう。
 
本作のホァン・ミンチェン監督に、湾生の皆さんにインタビューをして感じたことや、湾生たちを通して見つめた日本統治時代、そして湾生と台湾人との共通点についてお話を伺った。
 

■初めて知った「湾生」という存在。台湾の記憶も思い起こさせてくれた。

―――台湾はドキュメンタリーとして異例のヒットを記録し、若い観客も多かったそうですが、どんな感想が寄せられましたか? 
ホァン・ミンチェン監督:(以降ホァン監督)「とても感動している」との声が多かったです。言葉にならないという方も多く、自分のアイデンティティの拠り所など、心の奥の柔らかい部分を刺激したのではないでしょうか。 
 
―――本作を撮ることになった経緯は?
ホァン監督:元々、日本にはとても興味がありますし、初めて訪れた海外は25年前の京都でした。2013年にファン・ジェンヨウプロデューサーから電話でオファーされ、そのときに「湾生」という言葉を初めて聞きました。それから湾生の方を探して、取材を重ねた訳ですが、徳島の大学の先生から冨永さんを紹介していただきました。清水さんは早い時期に花蓮に来てくださり、色々とお話を伺うことができました。 
 
―――私も「湾生」という言葉を、この映画で初めて知りました。
ホァン監督:今回たくさんの湾生の方々にお会いし、彼らがこんなにも台湾のことを愛してくださっているのを目の当たりにしました。これは台湾人である我々が注目する点です。日頃そこで暮らしていると、台湾の良さになかなか気づきませんが、台湾の記憶までも思い起こさせてくれました。 
 

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■湾生の人たちが、自らのアイデンティティについて悩む姿は、台湾人も同じ。

―――映画で登場する湾生の方は、官僚として台湾に赴任した家族のご子息もいれば、開拓移民として台湾に行き、何代にも渡って現地で暮らしてきた方もいらっしゃいました。たくさんお会いになった湾生の方の中から映画の6名を選ばれた基準は?
ホァン監督:私を感動させてくれるかどうかが基準となっています。彼らの人生、日本に引き揚げてからどのように暮らしてきたのかについて、私が感動するということは、観客も感動するのではないかと思いました。
 
また、彼らの体験を共有できるかも重要でした。私の人生の中でも、アイデンティティについて考えることがよくあり、その部分は湾生の方と同じなのです。彼らが持っている疑念は共有できますし、人生の大先輩でもある彼らが自らのアイデンティティについて悩んでいる姿を見て、そう思いますね。
 
―――湾生の方は、常に自らのアイデンティティについて問い続けていましたね。
ホァン監督:彼らの持っている悩みは、中国と日本という2つの文化の狭間で、アイデンティティに悩んでいる台湾人が持っている悩みと同じです。文化の狭間で悩む一方、何かを生み出す力もあり、悩む部分も人間を成長させるのに大事な部分ですね。 
 
―――映画で登場された方以外にも、30人近くの湾生の方とお会いになったそうですが、インタビュー中、どのような様子でしたか? 

 

ホァン監督:子どもの頃カエルを膨らませたりしたイタズラや、些細なことも色々はなしてくださいました。子どもの頃の話は嘘がありませんし、体で覚えている記憶を皆さん、うれしそうに話してくださいましたね。 
 
―――本作の中でも小さい頃から台湾人やタイヤル族の子たちと遊んでいたという冨永さんが、様々なエピソードを語っておられ、非常に印象に残ります。 
ホァン監督:冗談を言うのが大好きなおじいさんといった感じですね。撮影の時はとても喜んでくれましたが、普段はとても孤独な感じを受けました。今回、この映画の撮影を通じて、周囲に人がいることや、多くの湾生の知り合いと出会えたことを本当に喜んでくださっていたようです。 ちなみに冨永さんは元大学教授で台湾原住民の研究をされていたそうです。
 
―――台湾では映画を見て冨永さんのファンになった若いファンもいたそうですね。 
ホァン監督:台湾では冨永さんにサインを求める方もいたそうです。撮影中には「この映画の主役は私」ともおっしゃっていました(笑)。 
 

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■湾生の方が台湾で過ごした一つ一つの経験は、書物でも探すことはできない。

―――70年以上昔の話でありながら、湾生の皆さんは昨日のことのように、時には涙を浮かべながら語っておられました。当時の台湾を知る上でも、非常に貴重な証言です。
ホァン監督:今まで自分たちが経験したことに興味を持って下さった人がいなかったので、このように取材で話を聞いてもらえるということを嬉しいと思っていただいたようです。日本の戦争の記憶は決まりきった部分だけのように感じます。湾生の方の存在という、今まであまり注目されなかったところを今回取材し、時間を共有することに対して、とても協力的。話せることは何でもという気持ちが、伝わってきました。湾生の方が台湾で過ごした一つ一つの経験は、書物でも探すことはできません。多くの台湾人に、日本統治時代の知られざる一面を明らかにすることになったのではないでしょうか。 
 

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■50年の統治を受けた日本をなぜ台湾人が好きなのか。その疑問が映画を作る原動力に。

―――それぞれの個人史を紐解くドキュメンタリーである一方で、日本統治時代の知られざる歴史を湾生たちの語りから綴っています。監督ご自身は日本統治時代をどうとらえていらっしゃいますか? 
ホァン監督:とても複雑ですね。日本はとても好きですが、多くの台湾人が日本を好きだというのは、少し誇張されている気がします。50年も植民地としての統治を受け、私自身も、なぜ台湾人がこんなに日本を好きなのだろうと思いますから。私が知っていることの多くは本やメディアから得たものなので、完全には信じられません。やはり自分が湾生の方たちと直接交流して得たものの方が信じられますね。50年の統治を受けて、なぜ台湾人が好きなのかという疑問がこの映画を作る原動力になりました。
 
―――なるほど。そのような疑問を原動力にした『湾生回家』を撮り終え、ホァン監督の中で何か新しい気付きはありましたか?

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ホァン監督:普段興味があるのは、台湾人が日本人をどう思っているのかという点でしたが、日本人が日本人をどう思っているのかをあまり考えたことがありませんでした。今回撮影で気が付いたのは、日本人の中に、台湾に対して申し訳ないという気持ちがあるということです。松本さんのお嬢さんが「アジアの国は日本のことを嫌っているのに、台湾は日本のことが好きだ」とおっしゃっていたのには、非常に驚きました。今まではその意味を理解することができなかったし、そして今回の撮影で一番困難な部分でした。
 
―――台湾語を話せる湾生の方は、直接監督とお話されたのでしょうか?
ホァン監督:湾生の方が台湾に住んでいた頃からかなり時が経っていたので、そこまで多くはなかったです。ただ、家倉さんと松本さんは、日本が戦争に負けてから本土に帰るまで2年ぐらいかかったので、国民党政権下での学校にも通い、中華民国の国家も歌っていたそうです。それは多くの人が知らなかった事実です。この2年間は私にとっては非常に興味深いのですが、一般的にはあまりそう思われていません。
 

―――今回密着した湾生の皆さんの存在を、どのように捉えていますか?
ホァン監督:人類の歴史の中の、一つの証明と言えるのではないでしょうか。人はある時期愚かであり、興奮しすぎたこともありましたが、戦争は二度と起こしてはいけません。

 
―――湾生に密着することで、日本と台湾の歴史に触れる作品を撮られましたが、今後、また別の切り口での構想はありますか?
ホァン監督:私は『湾生回家』を撮るずっと以前から、どのような題材がいいか考えています。感情的に日本が好きという部分もありますが、やはり台湾の歴史の中で日本がもたらしたことの重みはとても大きい。ドキュメンタリーにせよ、劇映画にせよ、感動できるかを念頭に置いて、取り組んでいきたいですね。
 
―――最後に、メッセージをお願いします。
ホァン監督:日本と台湾の交流だけではなく、人間の普遍的なテーマを描いています。自分の心を失ってしまうと、自分が住んでいる社会に溶け込めず、孤独に陥ってしまいますから。『湾生回家』を通して、日本と台湾で心の交流や絆があることを感じていただけるでしょう。それは、私にとって非常に光栄なことなのです。
(江口由美)
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<作品情報>
『湾生回家』
(2015年 台湾 1時間51分)
監督:ホァン・ミンチェン
出演:冨永勝、家倉多恵子、清水一也、松本治盛、竹中信子、片山清子他
2016年11月26日(土)~シネ・リーブル梅田、ユナイテッド・シネマ橿原、12月17日(土)~京都シネマ、今冬~元町映画館他全国順次公開
公式サイト⇒http://www.wansei.com/
(C) 田澤文化有限公司
※11月27日(日)シネ・リーブル梅田にて、出演者冨永勝さん、家倉多恵子さん、松本治盛さんの舞台挨拶あり
 

konosekai-550.jpg『この世界の片隅に』片渕須直監督インタビュー

■原作:こうの史代(『この世界の片隅に』双葉社刊)
■監督・脚本:片渕須直
■声の出演:のん、細谷佳正、他
2016年11月12日(土)~テアトル梅田、  イオンシネマ近江八幡、イオンシネマ京都桂川、イオンシネマ茨木、109シネマズ大阪エキスポシティ、シネ・リーブル神戸、MOVIXあまがさき、ほか全国ロードショー
公式サイト: http://konosekai.jp/
■コピーライト:©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会


 

★戦火の中、健気なすずの暮らし

 

こうの史代の原作を片渕須直監督がアニメ映画化した『この世界の片隅に』が完成、公開を前に19日、片渕監督が来阪キャンペーンを行い、作品への思いを語った。


konosekai-di-1.jpg――今夏はアニメが活況だった。『この世界の片隅に』も泣けるアニメだが、原作のどこに惹かれたのか?
片渕監督:主人公が普通に生活していて、ご飯をつくるところがおもしろく丹念に描かれる。そうした普通の生活と、裏庭から見える軍港に浮かぶ戦艦大和が隣り合わせに存在する。そんな日常生活を営む主人公のすずさんは、多少おっちょこちょいでのどかな若奥さん。やがて、そんな普通の人々の上に爆弾が落ちてくることになって、それでも生活は続いてゆく、という物語なのですが、実は、ご飯を作っているあたりでもう感じ入ってしまいました。


――その時点でこうの史代さん(原作者)に連絡を? 
片渕監督:2010年夏に、こうのさんにアニメ化への思いを手紙に書きました。こうのさんのほうでも僕のそれまでの仕事を知っておられて、お互いに影響しあう関係であることが確かめられました。こうのさんは、日常生活の機微を淡々と描く僕の作品のことを、こうした作品を描きたいと思う前途に光るともし火、といってくれました。

でも、『この世界の片隅に』で今回は日常生活の対極に戦争が置かれています。それがかえって毎日の生活を営むことの素晴らしさを浮き上がらせています。アニメがテレビ放送されてから50年経ち、視聴する年齢層も高くなり、興味の内容も幅広くなっている。そうした観客を満足させられるものを作りたかったのです。自分がチャレンジするべき作品だと強く思いました。


konosekai-500-1.jpg――戦後71年の今年、公開される意義も大きいと思うが? 
片渕監督:今年の8月16日付け朝日新聞夕刊1面にこの映画の記事が載りました。原爆の日ではなく、終戦の日でもなく、その翌日に載ったことの意味は大きいと思います。戦争は終わっても、人々の毎日の営みは終わらない。生活は続いていきます。映画制作中に東日本大震災が起き、普通の生活が根こそぎひっくり返ってしまう、まるで昭和20年の空襲と同じようなことを経験しました。苦境にあえぐ人々がいれば、また彼らを救おうとする動きもありました。そうした人の心は空襲を受けた当時にもありました。たくさんの資料をリサーチする中で当時の人たちの気持ちがよく分かったんです。

あの時代のことはテレビや映画でいっぱい見ているつもりになっていますが、そうした時代を描く記号になっている女性のモンペだって、戦争中期まではほとんど履かれてないんですね。理由は簡単で、“カッコ悪い”からというのでした。素直に納得できて、あらためて当時の人々の気持ちが実感されてくるととても新鮮な感じがしました。『この世界の片隅に』は、そんなふうに当時の人々の気持ちを、今ここにいる自分たちと地続きなものとして捉え直す物語です。


――監督は当然、戦争体験はない。こうした戦争時代の映画を作るのはなぜ? 
konosekai-di-2.jpg片渕監督:私は昭和35年生まれなので、昭和30年くらいまでならば思い浮かべることが出来る。けれど、その10年前の戦時中の世界とのあいだには断絶があるように感じられた。でも、本来は“陸続き”なんです。ひとつひとつ”理解”の浮島を築いていって、この時代に踏み入り、やがて気持ちの上で陸続きなものとしていってみたい。そんな冒険心がありました。すずさんがその道案内です。


――すずの声はアニメ映画初出演ののんちゃん。「少しボーっとした、健気でかわいい」イメージ通り!ぴったりでしたね?
片渕監督:試写を始めると同時に彼女の評価が高まりましたね。彼女は、収録に先立って“すずの心の奥底にあるものは何ですか?”と問うて来ました。彼女は表面的にも面白く演じ、でもそれだけでなく人物の根底にあるものから理解した上ですずさんを作り上げようとしたのです。


――劇場用アニメは2000年『アリーテ姫』、2009年『マイマイ新子と千年の魔法』以来、3作目だが“やり終えた”感が大きい?
片渕監督:映画とは観ていただいた方の心の中で完成するものだと思っています。本当の満足は映画が多くの方々に届くはずの“これから”ですね。


 
konosekai-500-2.jpg★アニメ映画『この世界の片隅に』

 
第13回アニメ芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞したこうの史代原作を、片渕須直監督が劇場版映画にした素朴な珠玉のアニメ。「少しボーッとした」かわいいヒロインすずを女優のん(本名 能年玲奈)がアニメ初出演で好演。


1944年(昭和19年)、すず(のん)は18歳で呉にお嫁にくる。世界最大と言われた「戦艦大和」の母港で、すずの夫・北條周作も海軍勤務の文官。夫の両親は優しく、義姉の径子は厳しいがその娘の晴美はおっとりしてかわいい。配給物資が減っていく環境の中、すずは工夫を凝らして食卓を賑わせ、服を作り直し、時には好きな絵を描く。ある日、遊郭に迷いこんだすずは遊女リンと出会い、巡洋艦「青葉」水兵になっていた小学校の同級生・水原哲とも出会う。
 

苦しいながらも穏やかな暮らしが3月の空襲で破られる。そして、昭和20年の夏。8月6日へのカウントダウンが始まる。広島の隣町の、呉ですずは戦火をどう潜り抜けるのか…。ほのぼのとした穏やかな絵に滲むスリリングな予感が見る者を釘付けにする。
 


◆片渕須直監督(かたふち・すなお) 1960年8月10日、大阪・枚方市生まれ。

アニメーション監督、脚本家。日大芸術学部映画学科でアニメーション専攻。現国立東京芸術大学大学院講師。在学中に特別講師として来た宮崎駿監督と出会い、1989年宮崎作品『魔女の宅急便』の演出補に。その後、虫プロの劇場用アニメ『うしろの正面だあれ』の画面構成を務めた。1998年『この星の上に』はザグレブ国際アニメーション映画祭入選。1999年アヌシー国際アニメーション映画祭特別上映。2002年『アリーテ姫』東京国際アニメフェア長編部門優秀作品賞。2009年『マイマイ新子と千年の魔法』オタワ国際アニメーション映画祭長編部門入選。

 

(安永五郎)

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岡山の桃農家役にチャレンジ。「人のつながり、温かさを感じたままに表現した」
『種まく旅人 夢のつぎ木』主演、高梨臨さんインタビュー
 
第一次産業を応援する『種まく旅人』シリーズの第三弾、『種まく旅人 夢のつぎ木』が、10月22日(土)から岡山県先行ロードショー、11月5日(土)から大阪ステーションシティシネマ、T・ジョイ京都、11月12日(土)から109シネマズHAT神戸他全国順次公開される。
 
第一弾は大分県白臼市の有機お茶づくり、第二弾は兵庫県淡路島の玉ねぎ栽培と海苔養殖を描いてきたが、『種まく旅人 夢のつぎ木』では、岡山県赤磐市の桃農家を題材に、数々の地方を舞台にしたヒューマンドラマを世に送り出してきた名匠、佐々部清監督がメガホンをとった。
 
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東京で女優になる夢を諦め、兄亡き後は一人で桃農家を継ぎながら市役所で働くヒロイン彩音には、アッバス・キアロスタミ監督『ライク・サムワン・イン・ラブ』をはじめ、映画、ドラマと出演作が絶えない高梨臨。農林水産省から派遣された職員、治を今一番多忙な俳優の一人、斎藤工が扮し、二人が不器用に気持ちを通わせながら、挫折しても諦めず、つぎ木のように夢を膨らませていく様子が描かれる。薄暗い桃畑にオレンジ色の防蛾灯が灯る幻想的な風景や、たわわに実る桃の木、そして春には桜のように美しいピンクの色に包まれる桃の花。赤磐市の自然豊かな情景の中、地元の人たちと支え合いながらこの地に根を張って生きていく彩音を、高梨臨が等身大で演じ、共感を呼ぶ。第一弾で主人公を演じた田中麗奈や吉沢悠、農林水産省の上司を演じる永島敏行と、シリーズならではのつながりをさりげなく感じさせる演出も健在だ。
 
本作のキャンペーンで来阪した主演、高梨臨さんに、岡山県赤磐市での撮影や、「夢のつぎ木」というサブタイトルに込められた意味についてお話を伺った。
 

―――『種まく旅人』シリーズ第三弾であり、岡山の桃農家を題材にした物語ですが、最初オファーされた時の印象は? 
高梨:脚本を読んだときに、人と人とが関わっていく温かい話だと感じました。私は岡山県には行ったことがなく、桃畑の風景も想像できなかったですし、小学校以来、農作業のような形で土を触ったことがなかったので、面白そうだなと思いながら、どんどん想像を膨らませていきました。他にも、脚本に書かれていた防蛾灯がどんな物か分からなかったのでインターネットで調べてみると、とても幻想的だったので、興味が湧きましたね。
 
―――実際にロケで舞台となる岡山県赤磐市に行かれて、どんな発見がありましたか?
高梨:桃の木は見たことがなかったのですが、接ぎ木をして、どんどん横に大きくなっていたのに驚きました。また、ロケのためにお借りした家から畑まで一本道で、撮影中は何度も往復していたのですが、そこを歩くだけで桃のいい香りがして、ワクワクしました。
 
 
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―――高梨さんが演じた彩音はどういう女性と捉えていますか?
高梨:本当に普通の人です。笑ったり、怒ったり何でもしますし、強い部分もあれば弱い部分もあって人間らしいなという印象です。佐々部監督からも、本当にナチュラルに演じてほしいと言われました。「彩音と高梨臨の中間で」と指示されていたので、桃についての知識はもちろん入れましたが、彩音を演じるための特別な役作りはせず、私そのまま。言うならば、「もし私が岡山に住んで、桃農家をやっていたら」という感じでしょうか。
 
―――クライマックスでは、ずっと彩音の様子を気にしていた地元の小学生が走り去るのを、ご当地の桃キャラクターに扮したままの彩音が追いかけるロングショットのシーンがあり、とても印象的でした。
高梨:暑い中、ももちゃん(赤磐市マスコットキャラクター、「あかいわももちゃん」)
の着ぐるみを着て走るのは大変なシーンではありましたが、ももちゃんにはすごく愛着があり、私の分身のように思っていたんですよ。赤磐市の備品で、元々は人が入っていない設定のキャラクターだったそうですが、映画で私が使わせていただいて解禁になったようです。ほぼ順撮りだったのですが、あのシーンでは撮影が終わりかけている淋しさを感じていました。リョウタ役の男の子が本気で走るので、私も走るのが好きですし、負けていられないと思って走りましたね(笑)。
 
―――彩音が桃の収穫や手入れをするシーンも多かったですが、地元の農家の方から手ほどきを受けたのですか?
高梨:収穫がほぼ終わった後に撮影に入ったので、実際には美術の方が包み直して下さったもので撮影したのですが、結構収穫しきれない桃が下に落ちていました。それほど収穫するのは大変だということを、実際に見ることができましたね。収穫の時期には、遠方に住んでいるご家族が手伝いに来られることも多いそうです。撮影中は毎日のように桃や、少し後の時期にはブドウなど本当に贅沢な果物の差し入れをいただきました。暑かったので、氷で冷やして持ってきてくださり、それがとてもパワーになりました。
 
―――映画からも赤磐市の方々が街ぐるみで応援されていることが伝わってきました。
高梨:エキストラの方もほとんどが赤磐市の方々が本当に暑い中協力してくださいましたし、市の職員の方とお食事しながらお話をしていても、映画に対する愛情や、赤磐市を盛り上げたいという話をしてくださいました。私も市長さんをはじめ、赤磐市の方の熱い思いを聞けるのはとても嬉しいですし、宣伝なども頑張らなければ!と思いましたね。
 
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―――東京からやってきた農林水産省職員、木村治役の斉藤工さんも普通の青年を独特のユーモアを交えながら演じていましたが、共演していかがでしたか? 
高梨:斎藤さんは面白いですし、安心できる空気感を作ってくださいました。くだらない話ばかりしていたのですが、私と斎藤さんの関係が、彩音と治の関係にもいい影響を与えているなと思います。たくさん会話をしたので、治がくだらないことを言って、彩音が呆れる等、自然とコミカルなテンポになっていきました。
 
―――佐々部組の常連俳優として、本作でも井上順さんが彩音の桃の取引先である酒屋役、や津田寛治さんが市役所の上司役で登場し、脇を固めていますね。
高梨:井上さんはすごく温かい方で、最初に「ご飯に連れていくから、場を作ってほしい」とおっしゃって、その場があったから佐々部監督ともさらにお話できるようになりましたし、みんなでご飯にも行くようになりました。太陽より明るいのではないかというぐらい、本当に明るい方でしたし、私にも気さくに話かけてくださいました。津田さんは、本当に課長ような感じで、彩音がちょっと舐めかかっている感じで接しているように、私も接することができました。優しいし、面白いし、津田さんが先に撮影が終わって帰られる時は淋しいぐらいでした。本当にいい上司でしたね。
 
―――本作はテーマが「夢」ですが、高梨さんご自身の夢や思い描いていることは?
高梨:とにかくやったことがないこと、知らないことには常にチャレンジしたいというモットーがあります。佐々部監督がおっしゃっていたのですが、本作は「夢のつぎ木」というサブタイトルがあります。彩音は東京で女優になるという夢を諦め、赤磐に帰ってきます。そこで、兄から受け継いだ桃があった。でも品種登録が許可されず心が折れてしまうけれど、斎藤さん演じる治に出会い、また桃を頑張ろうという新しい夢がつぎ木のように生まれ、また伸びていく。それはとても素敵だと思います。夢は必ずしも全てが叶うものでもなければ、達成できないこともたくさんありますが、それは別の夢に向かうような種を撒いているのかもしれません。ダメだったところからつぎ木をして、新しい芽が見えたらいいなと思っています。一つ一つの出会いを大切にしようと、この映画を通じて感じました。
 
―――普通は一度枝が折れてしまうと、挫折してしまいますが、とてもポジティブなメッセージですね。
高梨:「ここはどこですか?」「赤磐です。」というのが一つのキーワードになっているのですが、脚本を読んでいるときはピンとこなかったのです。でも、撮影で3週間赤磐市に滞在し、赤磐市の皆さんと触れ合い、お話するうちに、「ここはどこですか?」「赤磐です。」だけで成立するものを感じました。すごく素敵な街でしたね。
 
―――高梨さんは、20代前半でアッバス・キアロスタミ監督『ライク・サムワン・イン・ラブ』、後半で『種まく旅人』に出演され、それぞれご自身のキャリアにも大きな影響を与える作品になったと思います。高梨さんにとって、どのような位置づけの作品と捉えていますか?
高梨:アッバス・キアロスタミ監督の時は脚本も説明もなく、言われるがままに演じていたので、監督に上手く転がされてヒロインの明子が作られていきました。キアロスタミ監督に騙されましたね(笑)。本当にそのままの私で、とても素の自分に近い話し方や反応をしていました。当時は作品を観ても「なんだ、これは」と思ったのですが、数年後見返した時に、このお芝居は、やろうとしてもできないということに気付いたのです。いつでも撮影当時のフラットな状態に戻せるつもりでいたのですが、久しぶりに観ると、これが「自分の中の最高の芝居ではないか」と思うことがあります。それを越えたいと今も頑張っている感じですね。『ライク・サムワン・イン・ラブ』は私にとって運命の作品。これをきっかけにご縁をいただいて、仕事をたくさんさせていただくようになり、知らないうちに色々な技術が身についてきたと思います。
 
今回久しぶりに佐々部監督のような名匠の作品に出演することになり、芝居をフラットにし、監督が余分なものをそぎ落としてくれました。リセットしてくれた作品ですし、とても貴重なものになったと思います。
 
―――最後にメッセージをお願いいたします。
高梨:この映画は桃農家に関することも盛り込まれていますし、岡山県の皆さんが大切に思ってくださる映画になればいいなと思います。誰が観ても楽しめるエンターテイメント性のある人間ドラマですし、岡山県赤磐市で撮影をして感じた、人と人とのつながりがとても密で、温かいからこそ感じるほっこりした部分を、私が感じたままに表現しました。みなさんにも、この映画の温かさを感じてもらえればうれしいです。
(江口 由美)
 

<作品情報>
『種まく旅人 夢のつぎ木』(2016年 日本 1時間46分)
監督:佐々部清
出演:高梨臨、斎藤工、池内博之、津田寛治、升毅、吉沢悠、田中麗奈、永島敏行、辻伊吹、海老瀬はな、安倍萌生他
10月22日(土)~岡山県先行ロードショー、11月5日(土)~大阪ステーションシティシネマ、T・ジョイ京都、11月12日(土)~109シネマズHAT神戸他全国順次公開
 (C) 2016「種まく旅人」製作委員会
 

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珈琲を飲む時間のように「明日も頑張ろう」と思える映画を
『函館珈琲』西尾孔志監督インタビュー 
 
 “映画を創る映画祭”として函館でスタートした「函館港イルミナシオン映画祭」から、シナリオ大賞映画化プロジェクト第一弾として誕生した映画、『函館珈琲』が10月29日(土)からシネ・リーブル梅田を皮切りに、関西ではイオンシネマ京都桂川、京都みなみ会館、元町映画館他順次公開される。  
 
大阪出身の西尾孔志監督(『ソウルフラワートレイン』)がメガホンをとり、いとう菜のはが同映画祭シナリオ大賞を受賞した脚本を映画化。函館にあるアーティストの卵が集う「翡翠館」を舞台に、夢と挫折の狭間でなんとか自分の居場所を見つけようとする30代男女の群像劇をしっとりとした映像で描写。どこか飄々としたクスミヒデオ(赤犬)の音楽や、テディーベア、とんぼ玉、ピンホールカメラの写真などが並ぶアーティストたちの住まいなど、アート好き、カフェ好きが和める雰囲気が漂う。ゆったり珈琲を片手に、肩の力を抜いて楽しめる作品だ。 
 
本作の西尾孔志監督に、このプロジェクトに関わった経緯や意義、脚本から浮かび上がらせたこと、函館で映画を撮った感想についてお話を伺った。  
 

―――本作を企画した函館港イルミナシオン映画祭(以下イルミナシオン映画祭)と接点を持ったきっかけは?  
西尾監督:イルミナシオン映画祭で『ソウルフラワートレイン』と『キッチンドライブ』を上映して下さったのですが、その時同映画祭のシナリオ大賞を受賞したのが、いとう菜のはさんのシナリオだったのです。映画祭に行くと、僕は関係者の皆さんたちと映画を観るのもさることながら、よく飲みに行くのですが、その席で受賞シナリオの監督をやってもらえないかと声をかけられたのが本作につながりました。 
 
 
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 ■社会に認められている自分という確たるものがないまま生きている30~40代を描く。 

―――実際に、受賞シナリオを読んでの感想はどうでしたか? 
西尾監督:自分も含め30~40代の人間が、「大人になる」ということが良く分からないまま、宙ぶらりんに生きている感じがあります。年を取ってきたので、大人の顔つきはしているけれど、社会に認められている自分という確たるものがないまま生きている。10~20代前半の人たちのこれから社会に出ていくドラマは昔からよくあるのですが、いとう菜のはさんの脚本は、30~40代が今どうやって社会で生きていこうかと考えている内容だったので、自分がやりたいテーマと合うと思いました。若い頃は感覚で動きますが、その年代は、まじめに考えすぎて身動きが取れなくなるのです。 
 
―――社会で一度挫折を経験したような年代の青春群像劇とも言えますね。 
西尾監督:菜のはさんとは受賞したシナリオから撮影用の脚本になるまで、かなりやり取りをしました。元々は登場人物それぞれがあまり対立しないので、小道具を盛り込んだりして登場人物が少し感情をぶつけ合う場面を書いては投げてというキャッチボールをしましたね。  
 
―――小道具といえば、皆が待っていた家具職人藪下の代わりにやってきた主人公、桧山は藪下が作った椅子を持ってきます。この椅子は藪下の不在を埋める重要な役割を果たしていました。
西尾監督:そうですね。その椅子には藪下を巡って過去にあったかもしれない様々なことを託しました。ファーストカットは椅子が荷物と一緒に運ばれるシーンです。時子や一子たちは座りますが、桧山はその椅子には座らず、ラストシーンも椅子で終わります。気付かない人も多いでしょうが、よく見ると「そういうことだったのか」と思えるように作り込んでいますし、桧山と先輩藪下との関係も新たな発見があるのではないでしょうか。  
 

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■函館は北海道のラテン。関西でのやり方で映画が撮れると確信した。 

―――西尾監督は今まで大阪で映画を作ってこられましたが、今回初めて函館で映画を作った感想は?撮りやすかったですか?
西尾監督:函館の映画は今まで割と「淋しい」とか「寂れている」という印象があったのですが、映画祭で出会った方たちは、みなさん陽気な方ばかりで、それこそ天神橋商店街のお好み焼き屋に入ったらいそうなおばちゃんとかがたくさんいらっしゃるんですよ。ぐいぐい来る感じで、函館の方自身も“北海道のラテン”と思っていらっしゃるようです。イルミナシオン映画祭の委員長も本当にムードメーカーですし、函館という街の温かさに触れ、僕が今まで関西でしてきたやり方で映画が撮れると思いました。とはいえ、関西色を盛り込み過ぎて、一度プロデューサーから怒られました。「登場人物が全員、関西人のノリになってる!」って(笑)。  
 
―――確かに、函館の方がそんなに陽気だというのは新たな発見ですね。西尾監督作品のカメラマンは今まで高木風太さん担当が多かったですが、今回は上野彰吾さんが担当されています。カメラマンが変わると、随分映画の雰囲気が変わりますね。 
西尾監督:撮影の上野彰吾さん、照明の赤津淳一さん、美術の小澤秀高さんという、この三人の力は非常に大きかったです。高木さんのように同年代の人たちとワイワイ作るという雰囲気ではなく、優しさの中にもどこかピリッとしたところもありました。僕の映画は軽いタッチが多いのですが、上野さんが撮ると重みとしっとりさが出るんです。また美術の小澤さんは、蔵のような場所を人が住んでいる場所に見事に変えて下さいました。 
 

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 ■「なんとなくいい話」より、帰ってからも思い出してもらえるシーンを盛り込んで。 

―――クスミヒデオさんの音楽は西尾さんらしさを感じましたが、今回のコンセプトは? 
西尾監督:音楽は僕の好みを表している部分なので、『ソウルフラワートレイン』から一緒にさせていただいているクスミさんにお願いしました。あまり欝々とした雰囲気にはしたくなかったんですね。上野さんのカメラはしっとりとしていますが、カット割りやカメラの感じ、音楽などの好みはしっかり加えたいなと。ちょっとあがきましたね。先ほどの椅子や音楽にこだわったりすることで、大量生産される地方の観光映画的な作品にはしたくなかったんですね。もちろん函館をいいイメージにしたいという気持ちはありますが、ただ単に風光明媚な場所が出てきたり、なんとなくしっとりとしたいい話で終わるより、映画として帰ってからも思い出すようなシーンを盛り込んでいきました。   
 
―――キャスティングですが、夏樹陽子さんが『翡翠館』館主役で出演されています。 

 

西尾監督:夏樹さんも『あいときぼうのまち』がイルミナシオン映画祭で上映されたときに、函館にいらしています。夏樹さんは最近インディーズ映画にもよく出演されていて、企画や脚本が良ければ出てくださるとのことだったので、読んでいただいて出演を快諾いただきました。  
 
―――劇中の台詞で「この街は流れる時間がちがう」とありますが、実際、函館の時間の流れ方をどう感じましたか? 
西尾監督:大阪とは全然違いますね。真ん中に路面電車が走り、和のテイストが入った洋館もたくさんあります。街の時間の流れ方が上品というか、ええ感じですね。冬になって雪が積もると、また雰囲気が変わります。それに港町なのであか抜けていますね。撮影前、2~3週間先に行って、しばらく住んでいましたが、もし別荘を持てるのなら、函館がちょうどいいなと。自転車で飲みに行けるところもあり、そこにきちんと文化があるという、コンパクトな規模感が本当にいいです。
 
―――今までとは全く違うスタッフとの映画づくりでしたが、それを通じて学んだことは?
西尾監督:プログラムピクチャーではないですが、職業監督なら誰もが経験することを僕は今回初めて経験させてもらいました。なかなか作品を客観視することができなくて、今回は今まで撮ってきたようなコメディじゃないので笑うシーンも少ないこともあり、きちんとお客様に作品が届いたのか分からなくてドキドキしましたが、公開初日に映画好きの友人が好意的なつぶやきをTwitterでしてくれていたのを観て、やっと安心しました。次はオリジナル脚本で映画を撮りたいですね。  
 

■みんなが悩んでいることを柔らかく取り込みながら、コメディー的作品を作りたい。 

―――それは楽しみです。オリジナル脚本の構想は既にあるのですか? 
西尾監督:全部で三本考えています。一つ目はこじんまりとしたコメディーで、都会からアートフェスティバルをしにやってきた人たちを田舎の街づくりNPOが食い物にされるのではなく、逆に食い物にしてしまうピカレスクロマン。二つ目は年代が違う4人の女性が団地で一人暮らしをするオムニバス。三つ目は60代になったらシェアハウスをして、有名アイドルオタク生活を続けようとする人たちのコメディーです。僕は社会をえぐるような硬派な作品を作るタイプでもないし、アートに近いような作家性を出すタイプでもありません。大阪育ちなので、目の前で生活している人の悲喜こもごもや、今みんなが気にしたり悩んでいることを柔らかく取り込みながら、コメディー的なパッケージで作品を作りたい。そういう方向が僕には向いていると思いますね。 
 
 
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 ■『函館珈琲』はイルミナシオン映画祭が資金、スタッフ集めから興行まで全て行った第一作。軌道に乗れば、他映画祭とは違う特色を打ち出せる。

―――西尾監督はCO2(シネアスト・オーガニゼーション大阪)の運営に携わっておられた時期があり、また本作はイルミナシオン映画祭から誕生した作品です。このような映画祭が次の時代の映画人を育てていく場所になればいいですね。 
西尾監督:イルミナシオン映画祭は受賞シナリオを映画化していますが、初期段階はグランプリをとった脚本を制作会社に渡して映画制作を行っていたそうです。今回初めてイルミナシオン映画祭がお金もスタッフも集めて作ったのです。そういう意味では、『函館珈琲』は自分たちで作った初めての映画で、みなさん本当に大変だったと思います。イルミナシオン映画祭は映画を作ると宣言し、もう2本目も制作中です。多くの映画祭は助成をしても一部で、残りは監督が負担することがほとんどなのですが、イルミナシオン映画祭はお金だけでなく、興行まで含めて全てやる訳ですから、気合が違います。この映画制作が軌道に乗っていけば、他の映画祭とは違う特色を打ち出せるのではないでしょうか。 
 
―――最後に、メッセージをお願いします。
西尾監督:『函館珈琲』は、珈琲を一杯飲むときの、立ち止まって考える時間や物思いにふける時間の大事さや、その時間そのものを映像にできればという気持ちで撮りました。忙しい生活の中、ほっと一息つきたいときに観ていただければうれしいです。人生をかけて気合を入れるような映画も大事ですが、アメリカのインティーズ映画の小品でよくあるような疲れない映画、明日も頑張ろうと思える映画がもっとあっていいなと思いますね。それこそ、昔のプログラムピクチャー的な作品がなくなっているのは、すごく勿体ないですから。
(江口由美)  
 

<作品情報> 
『函館珈琲』
(2016年 日本 1時間30分) 
監督:西尾孔志  
脚本:いとう菜のは 
出演:黄川田将也、片岡礼子他 
10月29日(土)からシネ・リーブル梅田、11月19日(土)、20日(日)イオンシネマ京都桂川、今冬京都みなみ会館、元町映画館他順次公開 
(C) HAKODATEproject2016 

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喪失は失った後が長く、一生付き合っていくもの。
『永い言い訳』西川美和監督インタビュー
 
『蛇イチゴ』(03)、『ゆれる』(06)、『ディア・ドクター』(09)、『夢売るふたり』(12)と、コンスタントに優れたオリジナル脚本による作品を作り続けている西川美和監督。4年ぶりの最新作『永い言い訳』は、『おくりびと』(08)以来7年ぶりの主演となる本木雅弘と初めてタッグを組み、歪んだ自意識を持つ売れっ子小説家、衣笠幸夫が妻の事故死をきっかけに、改めて妻のことを知り、大きすぎる名前(鉄人の異名を持つ元広島カープの名選手、衣笠祥雄と同姓同名)の自分を受け入れ、そして生きる姿を丁寧に描いている。
 
同じく事故で妻を失った正反対の性格の陽一(竹原ピストル)やその家族とのふれあいを通じ、被害者同士がいつしか疑似家族のようになる姿や、亡くなった後に知る妻の真実に動揺する姿など、簡単に言い表せない複雑な心境を本木らが体現。スーパー16ミリで撮影された映像の豊かなニュアンスを味わい、かつ観終わっても後々カウンターパンチのようにじんわりと効いてくるヒューマンドラマだ。本作の西川美和監督に、本木さんに託した主人公幸夫の狙いや、現場のエピソード、撮影面のこだわりについて、お話を伺った。
 

■崩壊がクライマックスではなく、崩壊が前提の話を作る。 

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―――理不尽な別れの後、それでも生きていかなければいけない人々の物語ですが、なぜこのタイミングで、この物語を描こうとしたのですか?
西川監督:アイデア自体は東日本大震災の年の暮れぐらいに思いついていました。ただ振り返ってみると、今までは一見平穏な関係性やうまくいっているものが、何かのきっかけでほころびはじめ、本質がむき出しになり、最終的には崩壊する。でもその崩壊が、もしかすれば新しいスタートかもしれないという物語を作ってきました。でも崩壊のその後が、崩壊に向かうプロセス以上に困難なのではないか。年齢を重ねるごとにその思いが強くなってきました。震災以前にも、私自身も色々な人との別れがありましたが、自分の人生がそれで終わりではなく、失った後が非常に長いのです。喪失は、克服すると簡単にいえるものではなく、一生付き合っていくもの。だから、崩壊がクライマックスではなく、崩壊が前提の話を作ろうと思いました。
 
―――曲がった自意識や弱さを持つ主人公幸夫に監督ご自身を投影させたとのことですが、なぜあえて主人公を男性にした
西川監督:私は男性の主人公を書くことが多いのですが、今回特に自分自身の実感も含めて、思い切って色々なことを告白していかなければいけないと思っていました。その際に女性を主人公にすると、私の生き写しのようになってしまい、逆に少し躊躇してしまう。「これは監督、あなた自身の話ですよね」と言われるのは恥ずかしいのです。そこで、いい格好をしたり、良く見せようとしないために、異性の仮面を借ります。その方がむしろ大胆に切り込め、主人公もいじめられますから(笑)。私の”恥”を本木さんに演じていただきました。
 
 
 

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■顔がいいがために自意識が肥大する気の毒な男を、本木さんにはコミカルに演じてもらいたかった。

―――幸夫役は最初から本木さんと決めていたそうですが、その理由は?
西川監督:周防正行監督の『シコふんじゃった。』(92)を見させていただいた時から、若い頃の本木さんは華のある二枚目にも関わらず、クールさだけではない、どこかコミカルで、困難に立ち向かって七転八倒する主人公がよく似合う方だと感じていました。そういう意味で、溌剌とした二枚目の活劇が書ければいつかご一緒したいと思っていました。今回は、「顔が良すぎるところが幸夫の運の尽き」。つまりもっと平凡な容貌なら楽に生きられたかもしれないのに、幸か不幸か綺麗な容貌に生まれついたばっかりに、外見とは裏腹な中身の平凡さや醜さとのギャップにつまずき、ますます自意識が肥大してしまった気の毒な男の話でしたから、二枚目に演じてもらわなければならない。そして、本木さんにもう一度、若い頃のコミカルさを演じてもらいたかったのです。
 
―――本作の撮影は一年にも及んだそうですが、本木さんとどのように幸夫を作り上げていったのですか?
西川監督:本木さん自身の性格が本当に幸夫とダブっていて、それこそ虚実ない交ぜになるというか、映画の中の登場人物が、本当に私にあれやこれやと毎日質問してきている感じです。「あなたのことばかり、見ている訳にはいかないですよ」と思いながら(笑)。でもこれだけ人間の隠しておきたい欠点のようなものを前面に出さなければならない役でしたから、そういう新しいものに挑戦している興奮もあるかと思います。きっとご本人はしんどいところもあったでしょう。私は本木さんの中の”本木さんらしさ”が出れば、この映画はすごく真実味のあるものになると思っていました。
 
―――本木さんご自身も、幸夫に似ていると感じていたのでしょうか?
西川監督:本木さん曰く「私自身は幸夫よりもっとねじくれていて、救いようのないパーソナリティ。でも映画はどんなにねじ曲がった主人公であろうと、どこかお客様にエールを送ってもらいながら見ていただかなくてはならないもの」。だから、どの程度自分を見せればいいのかを悩みながら、演じてくださっていました。
 
 
 
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■自分以上にこの作品のことを心配してくれている人間がいるということに、深いところで支えられた。

―――自分をさらけ出すさじ加減が難しい役に挑まれたのですね。
西川監督:私も色々な俳優の方と仕事をしてきましたし、どの主演俳優からも助けらてきましたが、撮影期間が長かったこともあって、中でも本木さんとは本当によく話し合いました。主演俳優が監督以上に作品に熱中し、我が事のように悩み、七転八倒してくれるというのは、監督にとってこれほど孤独から解放されることはない。自分以上にこの作品のことを心配してくれている人間がいるということに、深いところで支えられてきたと思います。
 
―――深津絵里さん演じる妻、夏子は冒頭しか登場しませんが、夏子の言うことなすことを、幸夫が否定的な言葉で返し、夫婦関係を浮かび上がらせています。その会話の機微に惹きこまれましたが、どころからアイデアを得ているのですか?
西川監督:両親が不仲ですからね(笑)。相手を傷つけようとする言葉ではなかったはずが、一度ボタンをかけ違えるとゴロゴロ転がり続ける夫婦の会話を子どもの頃から見てきたからではないでしょうか。男女のコミュニケーションのかけ違え方のパターンを会得した気がします。でも、根底には甘えがあるでしょう。相手はずっとここにいてくれるし、どれだけ傷つけても自分の味方に違いない。そう思っているから、幸夫はあのような言葉を言い放つことができる。その日常が何かの力で奪われるという想像力を働かさない人間の性質が出ればと思い、書きました。
 
 

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■カメラが回っていないところでの出演者たちの気持ちの繋がり、子どもたちとの関係性に嘘がなかった。

―――夏子と一緒に事故で亡くなった友人、ゆきの夫陽一を演じる竹原ピストルさんも、はまり役でした。幸夫とは正反対のキャラクターとして登場し、本木さんが心血を注いだ幸夫を受け止めるような演技が光っています。
西川監督:実生活でも本木さんとは真反対の生き方、性格の人を探しました。竹原さんと本木さんは外見的にもその人生も全然違いますし、地球の裏側に連れていっても全然違うように見える人が良かったのです。竹原さんとお会いすると、実際は大宮陽一よりもずっと繊細で言語的。そして、人も羨むような魂のストレートさがある方でした。本木さんが「今まで培ってきた技術では太刀打ちできない、どうしよう!?」と思うような人がいいなと思っていましたし、実際そういう面もありましたが、一番良かったのは本当に水と油のようでありながら、本木さんが竹原さんのことを本当に眩しいと思い、憧れ、好きになってくれたことです。
 
―――中盤、幸夫と陽一一家が疑似家族のようになります。大事な家族を亡くして傷ついていながらも続く日常に、一時的とはいえ幸せと感じる瞬間を映し出していますね。
西川監督:子どもたちも含めて、本当に幸福感がある4人でした。ずっと4人で一緒にいるのではないかというぐらいでしたし、カメラが回っていないところでの出演者たちの気持ちの繋がり、子どもたちとの関係性に嘘がなかった。単に撮影だからセットにやってきて、仲が良さそうに芝居をし、カットがかかれば別々の部屋に収まるような雰囲気ではなかったんです。映画という作りものを越えたところで、こちらが指示したわけでもないのにキャストの皆さんが子どもたちも交えて親しみのある雰囲気を作ってくれていた。それがとても良かったと思います。
 
 
 
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■監督5作目で、本当にやりたいことを主張。スーパー16ミリのフィルム撮影を実現。

―――海辺で4人が水遊びをするシーンはファンタジーかと思うぐらい気持ちがほぐれる映像でした。今回は16ミリで撮影されていますが、その狙いは?
西川監督:今回は私にとって5作目になりますが、本当にやりたいことを「やりたい」と言ってみよう。当然お金がかかるので、色々なしがらみもありますが、しがらみを「しがらみだ」と思いこむ癖がだんだんついてしまっていたのです。しがらみを取り払う努力もせず、あると思いこもうとしている自分がいることに、キャリアを重ねながら気づいていたので、やりたいと思うことを一度主張してみよう。ダメなら別の方法を考えようと。
 
―――その「やりたいこと」が、16ミリのフィルム撮影だったのですね?
西川監督:3年前の当時はデジタルが台頭し、フィルム版が残らないのではないかと言われている時期でした。私のような作品ペース(3年で1作品)で制作している者からすれば、この機会を逃せば次回作の時にフィルムが世界から無くなっているかもしれないと思ったのです。当初から今回は長期間の撮影を想定していたので、人件費や機材費の問題を考えるとスーパー16ミリを使ったコンパクトな撮影体制をとり、小さなスタッフでしっかりスクラムを組み、長期間取り組んでいく。かつ子どもたちという予測不可能な行動をするキャストがおり、団地という狭い場所で撮らなければならない。今、撮れそうだからフィルムを回そうという時に、35ミリの40人という大所帯体制ではスタンバイに時間がかかり、撮りたいものを逃してしまいますから。今回は、撮りたいときにスッとカメラを構え、しかも手持ちができるものが最適でした。
 
―――今回西川監督は、長編ではじめて是枝監督作品の常連カメラマン、山崎裕さんを起用しています。
西川監督:私が映画界に入ったきっかけは是枝裕和監督の『ワンダフルライフ』(99)だったのですが、そのカメラマンがスーパー16ミリで撮影していた山崎さんでした。90年代のインディペンデント映画は、まだデジタル撮影が普及する前で、スーパー16ミリを使うことがとても多く、私にとってはとても馴染みのある機材だったのです。そして、山崎さんは私が初めて見たプロのカメラマンで、今まで身内のように親しくして来てもらいました。山崎さんは長くドキュメンタリーを撮っておられるので、今目の前で起きている物事に対してとても敏感でフットワークの軽い人。いざというときに、手持ちで自由に、カメラマンの直感で撮ってもらえる人がいいなと思い、山崎さんにオファーしました。
 
 
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―――本作では子どもの演出にもチャレンジされています。陽一の娘、灯の台詞は、重くなりがちなシーンをビシッと締め、観る者もハッとさせられましたが、台詞の演出はどのようにされたのですか?
西川監督:言わなければいけない台詞がある場面とない場面の段差がつかないように、心がけました。大人の俳優もそうですが、訓練された子役は、台詞があるとアドリブ部分との段差がついてしまいます。まだ演技なのか演技でないのか境目のない子どもの方が、より自由でいられます。灯役の白鳥玉季ちゃんは、自由に虚実を行き来していましたし、大人がびっくりするぐらいに全部状況を把握していました。でも、映画の現場は初めてですから、集中力が毎日必ず途切れてしまい、コンディションが悪くなればあちこちうろうろして、ただそこに座っているだけのお芝居もできない。これが子どもなんだと、私も実感しましたし、逆に「灯をちゃんと撮ろう」とチームが一丸となった気がします。

 

■人間の感情は複雑。人生経験を重ねれば重ねるほど、枠にはめられない感情が深くなる。

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―――幸夫がテレビカメラの前で嘆き悲しむふりをしたり、陽一の目に思わず涙があふれたり、陽一の息子、真平が泣きたくても涙が出なかったりと、「泣く」という行為が何度も描かれています。これらのシーンに込めた思いは?

西川監督:人間の感情は、本当はとても複雑です。人生経験を重ねれば重ねるほど、枠にはめられない感情が深くなっていくのですが、色々な状況下で”役割”を与えられます。あるべき感情を持たなければ人間的ではないと言われ、ますます窮屈になっていき、嘘の感情を露わにしなくてはいけない。本作は「妻が死んで一滴も涙を流せなかった男」という謳い文句ですが、それは悲しんでいないわけではないと私は思っています。いかに人間の感情が複雑で、自分自身のコントロールが効かない、御しがたいものであるかということも、私が描きたかったことの一つですし、悲しみの深さは涙の量で測られるものではない。私はそう思っています。

(文:江口由美 写真:河田真喜子)
 
 
 
 

<作品情報>
『永い言い訳』(2016年 日本 2時間4分)
脚本・監督:西川美和 
原作:西川美和『永い言い訳』 (文春文庫刊) 
出演:本木雅弘、竹原ピストル、藤田健心、白鳥玉季、池松壮亮、黒木華、山田真歩、深津絵里他
2016年10月14日(金)~TOHOシネマズ梅田他全国ロードショー
公式サイト⇒http://nagai-iiwake.com/ 
(C) 2016「永い言い訳」製作委員会