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nomitori-di-500-1.jpg“人たらし”監督の演出術とは?『のみとり侍』鶴橋康夫監督インタビュー

(2018年4月27日(金)大阪市内にて)

 

「作品を語るのと同じくらい、相手の気持ちを聴くのが好き」
鶴橋康夫監督の新作は、江戸庶民の人情の機微に触れる艶笑痛快時代劇


阿部寛が、五色幕のようなど派手な衣装を着流し、江戸の街を颯爽と闊歩するのみとり侍』。生真面目すぎる性格がたたって左遷された元エリート侍を、「阿部さんは、真面目にやればやるほど哀愁と滑稽さが出てくる」と、ずばり特徴を捉えた監督の期待に応えて、痛快に熱演。その監督とは、TVドラマや映画『愛の流刑地』『後妻業の女』などの演出で、日常の中に潜む“恐怖”を人生観や時代性から滲み出る“おかしみ”をドラマチックに表現する鶴橋康夫監督である。ベテラン俳優たちは勿論、初めて鶴橋組に参加するキャストやスタッフからも絶大な人望を集め、物語の人物像にも親しみと愛着を感じさせる。


そんな鶴橋康夫監督に、映画の見所やキャストの魅力を訊ねると共に、監督自身の“人たらし”術についても迫ってみたいと思う。


nomitori-550.jpg―― 脚本も手掛けた「のみとり侍」という物語について?
江戸時代にこんな職業があったのか!? と驚くような題材を集めた小松重男さん原作の短編集から、三篇をひとつにまとめてみました。不測の事態に陥り、人情深い町人に助けられながらも正義を貫こうと奮闘する侍たちの生き様がテーマです。

主君の逆鱗に触れ、「猫の蚤とり」(女性に奉仕する裏稼業)を仰せつかった寛之進(阿部寛)を主役に、女にかけては手練手管の恐妻家の清兵衛(豊川悦司)や、無償で読み書きを教える清貧の友之介(斎藤工)と、3人の不遇の元侍たちが同じ時代で奮闘する姿を描いてみました。


―― キャスティングについて?
原作を読み終える頃には、大体のキャスティングは決まっていました。後は、俳優たちの顔を思い浮かべながら当て書きし、現場では雑談の中で役柄のヒントとなるようなことを話していました。


nomitori-making-1.jpg―― 阿部寛さんについて?
阿部寛さんは、どこかでコメディをやりたがっていたようですが、それは間違いだと思いました。既に、真面目にやればやるほど哀愁と滑稽さが滲み出てくる年齢にきていて、ちょっとしたヒントでも一気に様相が変わる伸び代を持っています。芝居熱心で、とにかく芝居が巧い。一生懸命やればやるほど、哀愁が滲み出て色気に繋がるんです。そんな阿部さんの特徴が毅然としたラストに活きてきたのです。


―― 豊川悦司さんについて?
豊川悦司さんは、私に忖度した芝居をしてくれます(笑)。こうすれば監督が喜ぶのでは…もう任せていても安心できる俳優さんです。鰻屋で寛之進と清兵衛が会話するシーンでは、阿部さんも豊川さんもお互いの芝居の邪魔にならないような反応を見せて、僕はその少年のようなチャーミングさが可笑しくて仕方なかったです。


nomitori-500-4.jpg―― 風間杜夫さんと大竹しのぶさんは、右往左往する元侍たちを鼓舞するような威勢の良さを見せていましたね?
お二人とは40年来の付き合いで、気風の良さと色気があります。イナセな人情家の江戸っ子の代表みたいな存在になりました。


nomitori-500-7_r1_c1.jpg―― 大竹しのぶさんや寺島しのぶさんに負けない猛女ぶりをハツラツと演じていた前田敦子さんについては?
ある授賞式で初めて会った時に、「これ位まで脱げるかね?」とバストアップの位置に腕を置いて訊いたら、「ウソだろう!? アッちゃんにそんなこと訊くなんて」ってな感じで、周りが固まっちゃいました(笑)。でも、その時の受け答えが実に男っぽくて、そういう思考回路を持っている人は色気があり、意外と慎ましやかだったりするのではと思いました。

スタジオにはいつも1番乗り、ひとりポツンと坐っているんです。今どきの女優さんにしては珍しく距離感のある人だなと思いました。「休みの日はどうしているの?」と訊くと、「アウトドア派じゃないので、家で本を読んだりDVDを見たりしています」。その話し方が妙に雰囲気があり、これは凄い女優さんになるなと予感しました。


―― 前田敦子さんと豊川悦司さんとの“絡み”のシーンは?
あのシーンは1カットで撮ったのですが、1回戦でOK!さすが度胸がある!豊川さんのリードも良かったのですが、「アッちゃんは、体も柔らかくてしなやか、大竹さん相手にする時とは随分違う!」と豊川さんも喜んでました(笑)。

 

nomitori-500-8.jpg―― 斎藤工さんについて?
斎藤さんとはTV対談で初めて会って、その知的な風貌に惹かれてオファー。彼の初監督作『blank13』を観て、誰かに未来を託さなければと思いました。阿部さんも豊川さんも斎藤さんも背が高くて、3人の侍たちを「ハンサムタワー」と呼んでました(笑)。


―― キャストとキャラクターがとてもマッチしていましたが、「人」の見方について?
僕は初めて会う人には、飲み会などでの雑談で出身地や家族構成などを訊きます。その人がどこでどんな育ち方をして、どんな人生観を持って生きてきたのか…作品を語るのと同じくらい、相手の気持ちを聴くのが好きなんです。


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鶴橋康夫監督の魅力は、「聴き上手な“人たらし”」にあるようだ。初対面でもソフトな話し方で懐深く受け入れ、相手の心の内を開かせる。とかく年齢を重ねると自分の意見を押し付けがちだが、むしろ相手に考える空間を創り出すのが巧いのではないか。そして、「笑い」の絶えない和やかな雰囲気にすっかり魅了されてしまう。


「不測な事態に陥った時の生き方」を、艶笑喜劇を見せながら勧善懲悪調で締める。生真面目な阿部寛ならではの寛之進は、困惑の連続でもいざという時には武士力を発揮させて、一気呵成に正義を貫くお白洲のシーンへと至る。「映画は〈1対0〉の投手戦!」という監督のこだわりと映画愛の詰まった作品。かなりメリハリの効いた、新しい時代劇の誕生である。

 
 


『のみとり侍』

~エリート侍が“のみとり”稼業に!?~
 

nomitori-pos.jpg【物語】
老中・田沼意次が権勢をふるう江戸時代の中頃。越後長岡藩の勘定方で重役を担っていた小林寛之進(阿部寛)は、生真面目すぎる性格がたたって主君の逆鱗に触れ、「猫の蚤とり」を仰せつかる。「猫の蚤とり」が何たるかも知らず、その稼業の親分である甚兵衛夫婦(風間杜夫と大竹しのぶ)を訪ね、女性たちに奉仕する裏稼業に奮闘することとなる。


武士の面子も男としてのメンツも打ち砕かれた寛之進が、亡き妻に生き写しのおみね(寺島しのぶ)や恐妻家の清兵衛(豊川悦司)に寝技の手ほどきを受けながら、清廉潔白ゆえに困窮する友之介(斎藤工)や甚兵衛夫婦などの江戸庶民の人情に支えられて、時代の荒波を越えていく。

 

■2018年 日本 1時間50分
■原作:小松重男「蚤とり侍」(光文社文庫刊)
■監督・脚本:鶴橋康夫
■出演:阿部寛 寺島しのぶ 豊川悦司 斎藤工 風間杜夫 大竹しのぶ 前田敦子 松重豊 桂文枝
公式サイト⇒ http://nomitori.jp/
■コピーライト: ©2018「のみとり侍」製作委員会

全国東宝系にて絶賛公開中!
 


(河田 真喜子)

4gatuyume-Di-550.jpg『四月の永い夢』中川龍太郎監督インタビュー


~映画と詩と人生と…~



4gatuyume-pos_r1_c1.jpg27歳(映画祭当時)にしてモスクワ国際映画祭で、国際映画批評家連盟賞、ロシア映画批評家連盟特別表彰のダブル受賞という快挙を遂げた中川龍太郎監督。受賞作『四月の永い夢』の公開が5月12日から始まり、公開翌日、全国各地の映画館を駆け回っている監督に、ギャガ(株)西日本配給支社の試写室でお話をうかがうことができました。


3年前に恋人健太郎を亡くした、元音楽教師初海のもとに、健太郎からの一通の手紙が届きます。かつての教え子楓との再会、染色工場で働く手ぬぐい職人の志熊からの告白、健太郎の母が暮らす富山への旅と、止まっていた時がゆっくりと動き始めるさまをゆったりとしたカメラで静かに描いた作品です。


ファンミーティングでも、初海の旅する車窓の風景について質問があったり、かなり細かいところまで丁寧に観てくださり、とてもいい反応でしたと語る監督。映画を中心にいろいろ興味深いお話をうかがえましたので、ご紹介します。


【画面づくりについて】

Q:ワンカットワンカットが絵画のように美しいです。どうやって絵づくりされたのですか?

監督:低予算の映画なので、現場で時間をかけるのは難しく、ロケハンに時間をかけました。僕と同い年で、初めて組んだカメラマンでしたので、現場でもめないよう、ロケハンでさんざん意見を戦わせ、話し合いました。


夏祭りの帰りに初海と志熊が並んで歩いていくシーンのバックにある提灯は映画のために作りこんだものです。色も黄色っぽい光にしたくて、染物工場では薄青い光、その後、初海が一人で歩くところは、その気分をひきずっているので、青っぽい光を基調にしました。


4gatuyume-500-4.jpgQ:染物工場で、色とりどりの手ぬぐいが天井から吊り下げられ、微かに揺れているシーンがとても幻想的でした。影響を受けた映画監督がいらっしゃったら、あわせて教えてください。

監督:このシーンは、小栗康平監督の『埋もれ木』(2005年)をイメージしています。僕達の能力では全然そこまで到達していませんが、現実の世界を描いているのにファンタジーっぽいというコンセプトに挑戦しました。


小さい頃、夜中にケーブルテレビで『埋もれ木』が放映されていて、うとうとしている時の夢うつつの感じと、映画の夢うつつの感じが共鳴して、本当に自分がその映画の中にいるんじゃないかと感じたことがありました。幼かったせいだとは思いますが、そんなふうに、子どもが夜中にこの映画をテレビで観た時、そういう印象に残る画面にしたいと思って、撮りました。

本作のカメラマンには、事前に市川準監督の『BU・SU』(1987年)と『大阪物語』(1999年)も観てもらいました。
 


【昭和を感じさせる生活風景】

Q:初海の部屋は、畳で、テレビがなく、ラジカセやボタン式の扇風機があったり、古い日本を感じさせるレトロな物であふれていますね。

監督:あの部屋の美術は、初海の好みです。美意識が高いと突き詰めれば突き詰めるほど、内向的、自閉的になっていきます。そういう外に一歩出れそうで出れない初海の精神性を表象するために、古い物やおしゃれなレトロな物を全面に出した部屋づくりにしました。こだわりが強くて、外とうまく適応できない人格ですね。こういう古いものを集めること自体、とても大変なことだと思うのですが(笑)。


【死について】

Q:恋人の健太郎の死の理由について、劇中ではほとんど描かれていませんね。そのわけは?

4gatuyume-Di-240-3.jpgもう一つの理由は、生まれる行為はパブリックな行為だと思うんです。人間は一人じゃ生まれません。生まれる時は、少なくとも男女という関係性の中で生まれます。死ぬ時は、たくさんの人に囲まれていても、死ぬのは一人です。だから、死ぬっていうのはプライベートな行為で、理由をつけるということはできないと思います。


北野武監督が、孤独死という言葉はすごく下品な言葉だと言われていて、一人で死んで野ざらしになったとしても、孤独だったかどうかはわかりません。僕もそうだなと思います。自殺した人が悲しいとは限りません。死んだ人間の最もプライベートな“死ぬ”という行為について、他人が、生きている人間が、とやかく言うべきではない、ずっとそう思っていて、僕も実際、親友が自殺した理由についてわかりません。類推はできますが、類推してつくったところで、それを彼に当てはめることは、彼に対して失礼な気がして、本作ではこういう形にしている面もあります。


4gatuyume-500-3.jpg【失うことについて】

Q:健太郎の母親役、高橋恵子さんの「人生って失っていくことなんじゃないかなって思うようになった。失い続ける中で、その度に本当の自分自身を発見していくしかないんじゃないかなって…」というセリフがすごく心に残りました。これは脚本を書いている中で思い浮かんだ言葉ですか?

監督:あのセリフだけは、自分とは離れたリアリティから出てくる台詞にしたくて、二十歳代の人間に先輩が諭す台詞だから、その台詞まで自分でつくってしまうと、自分で自分を説教しているみたいになって嘘くさくなると思ったので、こうなりたいなと思っている人の言葉を引用してつくりました。『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014年)のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督と押井守監督の言葉を合体させてつくりました。この言葉を若い人が受けるという形にしたいなと。どの言葉をどう混ぜたかは、記憶が定かではないですが、アレハンドロ監督は息子さんを亡くされています。

 
実際この言葉は、自分の実体験としてもすごく納得感のある言葉です。学生時代が終わって社会に出る時に、一番親しい友人を亡くしました。彼を超える友情を、これから人生の中で新しく結べるか不安で、そんな時に、前作『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(2015年)を完成する中で、出演してくれた太賀さんや小林竜樹さんと出会い、深い友情を築けました。人生って失うことでしか気付けないこともあるし、自分の心を豊かにする肥料になったり、暗いことでも残された生命にとっては輝きをもたらすこともあります。そういう実感はあったので、このセリフを使わせてもらいました。
 


【映画と詩について】

Q:監督は学生時代から詩人として活躍されていますが、詩と映画という表現手法についてどうお考えですか?

4gatuyume-Di-240-1.jpg監督:小説と映画よりも、詩と映画の方が似ていると思っています。小説は、心情描写であり、長い物語を語ります。映画は、2時間位の長さの中で語るには、結構短いです。


一つの絵、たとえば、本作でいえば、桜と菜の花の中で、喪服を着た女性が立っている映像があります。寂しげな表情でも、すごく生命力のあふれた世界の中に立っていれば、観客は自分で想像を広げるじゃないですか。それをやるには、一枚の絵で十分なんです。詩も同じで、一、二行で、あとは余白です。強いパワーワードと、そこから広がる世界観で、想像力を喚起させるもの。伝えるのではなく、想像力を刺激するのが映画や詩の力だと思います。


【初海の教え子、楓について】

Q:明るくてたくましい楓は、初海が変わっていくのを後押しするような存在ですね。恋人からDVされていたという設定なのでしょうか?

監督:楓というキャラクターは、当初、初海の腹違いの姉妹という設定でした。会ったことのない妹が訪ねてくる設定にしていたのですが、それだと3時間以上になり、短くするために設定を変えました。


初海も楓も、異性とのコミュニケーションということに関して、全く違う意味での不全感を感じています。どうやって男性とコミュニケーションをとるのか、となった時、初海は男性に対して距離が遠過ぎますし、楓は近過ぎます。楓と恋人との関係は、DVというよりも強依存です。DVというにはひ弱な感じの男でしょう(笑)。これは二人にとって共通の父親の不在からくるものとして描こうとしたのですが、その部分は映画をつくる中で削りました。


4gatuyume-500-2.jpgQ:楓は、夏祭りではしゃいだり、バーで歌手として歌ったり、立ち直りが早いですね。

監督:一つのことにとらわれすぎず、どんどん変えながら生きていける楓の生命力が、初海の人生のあの時期には必要なもの、として描きました。


Q:楓と初海の関係のように、前作でも、主人公がまわりの人の影響を受けて少しずつ変わっていきますね。

監督:前作も本作もエッセイみたいな映画にしたいと思っていました。

人間が成長した瞬間、たとえば、受験で合格する話をつくった時、普通は、受験以外のことは描かず、受験にまつわるエピソード、家族や予備校の先生や友人を描きます。でも、そうではなくて、そこに到達するには、実は、物語的には関係のない要素が非常に大きな影響を与えていたという考え方でつくりました。楓の話が恋人の死とどう結びつくのか、物語的には、つながりづらく見えても、僕は関係があると思うし、そのさまを詩のように撮りたいと思ったんです。


ある問題が解決する時って、たまたま天気がよかったからとか、風が気持ちよかったからとか、それまで何年も悩んでいたことが、たまたますれちがった人といいコミュニケーションがとれたとか、何かのきっかけで解決してしまうことがあります。直線的でない要素がいっぱいあって、そうやって人生は変わっていくという気がします。そういういろいろな要素を、物語のために切り落としてつくるのではなく、ゆるく残しながら作品をつくりたいと思いました。


4gatuyume-550.jpg【カメラについて】

Q:桜の花の下に立つ初海をとらえたカメラが静かに後退していく映像がとても美しく、心に残りました。こうしたカメラの動きは、劇中で3回ほど繰り返されますね。

監督:カメラは後退していますが、初海の世界はむしろ広がっていく。すごく狭い視野の中で生きていたけれど、開けていくイメージとして、後ろが広がっていくカットを撮りました。


3回目の山の中のシーンだけは、初海がアップになりながらも背景が遠ざかっていて、カメラを近づけながらズームアウトする“めまいショット”というヒッチコックの手法です。ピントの合っているところの大きさは変わらないけど、後ろだけ引いている。こんな古い手法を今さらドヤ顔してやる監督なんていなくて、ださいとは思ったのですが、やってみようと思いました。彼女の心情と見えている世界が変わったから、最後だけに使いました。


【今後について】

Q:前作、本作と監督自身が脚本も手がけられたオリジナル作品でしたが、今後はどうですか?

4gatuyume-Di-240-4.jpg監督:オリジナルかどうかというより、映画という文脈に置き換えられているかどうかです。『砂の器』も映画の世界になっているからこそ、原作があってもオリジナルと言っていいくらいだと思います。映画とは何か、というのは難しいですが、映画というメディアでやるところまで、置き換えて翻訳できるものであれば、原作があっても少女漫画でもいいと思います。今も原作ものの企画を一つ進めているところです。


自分自身、ネタもかぶってきているので、新しいものに挑戦する必要は感じています。人が死なない映画とか、古びたそば屋が出てこないとか(笑)、自分にルールを課す必要はあるかなと思っています。といいながら、今、進めている企画の一つは銭湯の建て直しなんですが(笑)。


やはりいい脚本じゃないといい映画にならないと思います。脚本を書く力が未熟すぎて足りないので、これから、いろんな脚本家とコラボをやりたくて、他の脚本家に自分が書いたものを直してもらうとか、書いてもらったものを自分が直すとか、書いてもらったのをそのまま撮るか、いろいろな方法を全部試してみたいと思います。それが、自分が脚本家として成長する糧にもなると思うのです。



4gatuyume-Di-240-2.jpg笑いを交えながら、明るく饒舌に語ってくれた中川監督のお話は、生と死、詩と映画まで、広範囲に及び、二十代とは思えないほど味わい深く、とても充実した時間でした。映画館に足を運び、人生の余った時間に観てもらうからには、映画のどこかに希望やあこがれがほしい、あこがれられる世界を描きたいと語る中川監督。今、3つの企画が進んでいるそうで、これからの活躍が楽しみです。


ここで紹介した台詞をはじめ、円熟した俳優さん達の織りなすドラマは、心の底に深くしみこみ、映画を観終わった後も、心の扉を開ければ、この映画の世界が静かに広がっているような、静かで深い余韻が残る作品になっています。初海を演じた朝倉あきさんの清楚なたたずまいも魅力的で、ほっこり微笑んだ顔がすてきです。ぜひ映画館の暗闇の中で出会ってください。


(伊藤 久美子)


『四月の永い夢』

・(2017年 日本 1時間33分)
・監督・脚本:中川龍太郎
・出演:朝倉あき、三浦貴大、川崎ゆり子、高橋由美子、青柳文子、森次晃嗣、志賀廣太郎、高橋惠子
2018年5月12日(土)~シネ・ヌーヴォ、元町映画館、出町座
公式サイト: http://tokyonewcinema.com/works/summer-blooms/
・コピーライト:(C)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema

 

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津波が繋いだ縁。全編インドネシアロケの合作映画で描きたかったことは?
『海を駆ける』深田晃司監督インタビュー
 
インドネシア、スマトラ島北端のバンダ・アチェを舞台に、日本・インドネシアのキャストが集結した深田晃司監督最新作『海を駆ける』が、5月26日(土)からテアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、MOVIX京都他で全国ロードショーされる。
海辺に突然現れた意識不明の男、ラウ(ディーン・フジオカ)の正体を探る一方、アチェに移住した貴子(鶴田真由)の息子タカシ(太賀)、日本から訪れた親戚のサチコ(阿部純子)、タカシの同級生クリス(アディパティ・ドルケン)、クリスの幼馴染でジャーナリスト志望のイルマ(セカール・サリ)の4人の群像劇が重なる。ラウの周りで起きる不思議な出来事、そして驚愕のラストと、深田流ファンタジーは最後まで目が離せない。
本作の深田晃司監督に着想のきっかけや、インドネシアキャストとの撮影、日本=インドネシア合作映画で描きたかったことについてお話を伺った。
 

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■津波の被害は日本だけではない。受け止め方も違うと気づいたバンダ・アチェのシンポジウム。

――――今回は日本とインドネシアの合作映画ですが、どのようなきっかけで実現したのですか?
深田監督:2011年12月に京都大学とインドネシア バンダ・アチェのシアクアラ大学が共同で、津波と防災に関するシンポジウムを開催しました。バンダ・アチェは2004年に起きたスマトラ沖地震による津波の被害を被った場所で、東日本大震災による津波の知見を共有する目的で行われたのです。京都大学で混成アジア映画研究会を主催されている山本博之先生が、私の作品『歓待』(10)を気に入って下さったことから、声をかけていただき、記録係としてバンダ・アチェに同行しました。
 
2011年に東日本大震災で津波が起こったとき、津波が全てを飲み込むような映像は信じられませんでしたし、多くの日本人が何か足元から覆されるような衝撃を受けたと思います。一方、バンダ・アチェで2004年に地震や津波が起き、その映像をニュースで見た時、きっと自分は驚いてはいたと思うのだけど、外国のたくさんあるニュースの一つとして消費したに過ぎず、日本で起きた津波のようには実感してはいなかったのです。でも、津波の被害は日本だけのものではないし、日本人だけが被害に遭った訳ではない。バンダ・アチェで、そのことに気付かされた経験が、非常に強く心に残りました。もう一つは、津波に対する受け止め方です。津波の被害に遭った日本人とインドネシア人とでは大きな違いがあるように思えた。そのことも、印象に残りました。
 
 

■『ほとりの朔子』の発展形をイメージ。朔子はインドネシアを遠くの地と感じていたが、今度はサチコがインドネシアに行く話にしようと考えた。

――――『ほとりの朔子』(13)で共演した鶴田さんと太賀さんが、本作で再共演しています。特に鶴田さんはインドネシア地域研究家という役柄だったので、本作との繋がりを感じますが、『ほとりの朔子』を作った頃から、いつかはインドネシアで映画を撮りたいという気持ちがあったのですか?
深田監督:(気持ちは)ありましたね。最初は、東日本大震災の経験をした日本人がバンダ・アチェに行くと、どんな景色が見えるのかと空想しました。どちらかといえば『ヒロシマ・モナムール』のような、いわば原爆という歴史的な大惨事が起きた場所にフランス人の女性が訪れ、現地の人と恋に落ちるという物語のインドネシア版ができればと思っていました。そんな妄想を重ねながら、一方で『ほとりの朔子』を制作、公開し、2014年1月に日活のプロデューサーとのミーティングで日本人が外国に行く映画を作りたいという話が持ち上がったので、すかさずインドネシアのバンダ・アチェを候補に挙げ、GOサインが出たのです。既に『ほとりの朔子』を作った後ですから、どこかでその発展形をイメージしはじめていました。朔子にとって、叔母の海希江が訪れていたインドネシアはどこか遠くの地というぼんやりしたイメージでした。今度は阿部純子さん演じる女子大生のサチコがインドネシアに行く話にしようと考えていきました。
 
 
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■ラウのイメージは、マーク・トゥエイン「不思議な少年」の美しい少年44号。

――――本作の鍵となるラウという存在は、自然に宿る神のようにも映りました。最初からファーストシーンが浮かんでいたそうですが、どのようにラウのイメージを膨らませていったのですか?
深田監督:インドネシアの話を書こうと思った時、「海から出てきてバタッと倒れる記憶喪失の男」というシーンからスタートしました。そこに日本からインドネシアに来る若者や、現地の若者が登場し、彼らの恋愛模様と同時並行して描くプランになりました。実はイメージとして、「トム・ソーヤの冒険」などアメリカ的楽天主義の小説で有名なマーク・トゥエインが、人間の存在に対してペシミスト(悲観主義)になる晩年に書いた「不思議な少年」がありました。人間社会に44号と名乗る美しい少年が現れて働き始めるが、最終的には人間の価値観を相対化し、疑念を投げかけて去っていく。ラウも、人間の価値観を相対化する存在と捉えられますし、むしろ自然そのもので、植物のようにニコニコとそこに立っていたり、意図も目的もなく人を助けることもあれば、でたらめに人を殺すこともあるという存在にしようと思いました。
 
 

■世俗離れした美しさと多国籍なプロフィールのディーン・フジオカなら、ラウのミステリアスさを演じられると確信。

――――ラウ役にディーン・フジオカさんのオファーを考えたのは、どの段階ですか?
深田監督:最初は「不思議な少年」のイメージがあったので、20代前後をイメージしていたのですが、なかなかピタリとくる人が見つかりませんでした。少し浮世離れしたような感じが出せる人を探していると、日活のプロデューサーをはじめ、周りの複数の方からディーン・フジオカさんの名前が挙がったのです。ちょうど朝ドラの「あさが来た」でディーンさんがブレイクされていた頃でした。経歴を拝見すると、生まれは日本ですが、香港や台湾でキャリアを重ね、ジャカルタをベースにしながら今は日本で活躍されているという多国籍のプロフィールがラウのミステリアスさを後押ししてくれると思いました。あとは世俗離れした美しさ。この人にお願いしようという気持ちに迷いはありませんでした。
 
――――ディーンさんは日本人キャストの中で、誰よりもインドネシア語が堪能だと思うのですが、そんなディーンさんにインドネシア語をほとんどしゃべらせない脚本にしたのは、ある意味勇気がありますね。
深田監督:ディーンさんはインドネシア語、日本語、中国語、英語がしゃべれますから、とにかくしゃべるシーンを作ろうという誘惑は、すごくありました(笑)でもラウをしゃべらせすぎると、どんどん人間臭くなってしまうので、ぐっとこらえて減らしました。記者会見で、中国語の記者に、中国語でラウが答えるというシーンも考えたのですが、いかにもディーンさんが語学堪能だから入れたシーンに見えそうだったのでボツにしました。
 
――――台詞が少ないことで、ディーンさんが持つ雰囲気と相まって、ラウ独特の存在感が浮かび上がっていますね。
深田監督:若者たちの人間ドラマの中で、だんだんラウという存在が大きくなり、最後一気に別の存在として立ち上がるイメージになればと考えて書きました。最初は全員が主人公のつもりで書いていましたが、やはりディーンさんの存在感は大きいですからね。
 
――――ラウは何者なのかという問題提起の一方で、人種を越えた青春群像劇も見ごたえがありました。インドネシア人キャスト、セカール・サリさん、アディパティ・ドルケンさん(大阪アジアン映画祭2018上映作、『ひとりじめ』主演俳優)について、教えてください。
深田監督:インドネシアのエドウィン監督作品をずっとプロデュースされているメイスケ・タウリシアさんに、現地プロデュースをお願いし、何人か候補を挙げていただいた中セカール・サリさんとアディパディ・ドルケンさんに、シナハンでジャカルタに行くタイミングでお会いし、決めました。それにしても、アディパティ君があんなに人気者とは、撮影を始めるまで知りませんでした。Twitterでもフォロワーが50万人程いますし、Youtubeにアップされている予告編(日本語)のコメント欄も、アディパティ君ファンのインドネシア語コメントで埋まっていますから(笑)。
 
 
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■インドネシアの菅田将暉こと、アディパティ・ドルケンは人気者だがとても気さく。撮影中もスタッフと俳優の距離が近く、気持ち良かった。

――――インドネシアでもアディパティさんの出演映画最新作として注目されているようですね。
深田監督:そうですね。帰りのタクシーでも若いインドネシア人男子の看板を見て「全部アディパティ君に見えるね~」なんて冗談半分で言うと、実は本当にアディパティ君がイメージキャラクターの携帯電話の広告だったとか。日本で言えば、菅田将暉さん並の人気者です。しかも本当に気さくなんです。日本が見習いたいと思う部分で、今回気持ちよく撮影できた理由の一つが、スタッフと俳優の距離が近いこと。我々スタッフが打合せをしている部屋の隅で、俳優たちが集まって同じ空間にいるんです。インドネシア人の俳優も日本人の俳優もスタッフと一緒にご飯を食べたり、リハーサルをしたりするので、スタッフも俳優たちを芸能人扱いしない。両者の垣根が低くて気持ちよかったです。セカール・サリさんも既に国際的な場で活躍されているので、本当にいいキャストに出演してもらえたと思っています。
 
 

■順応性が高い太賀の演技に、現地の人も「インドネシア人に見える」とお墨付き。

――――タカシ役の太賀さんも、インドネシア語を本当に自然に話し、いつもの飄々とした雰囲気で、アディパティさんともいいコンビぶりでした。
深田監督:太賀君は現地の人が見ても、インドネシア人に見えるとお墨付きをもらいました。現地の方が見て驚くのは、言葉やちょっとした仕草がインドネシアの若者そのものだそうです。一番良かったのは、太賀君と阿部純子さん、セカール・サリさん、アディパティ君が、出会ったその日からすごく仲良くなったことですね。太賀君と阿部さんはリハーサルのために、クランクインの1週間前に現地入りしたのですが、リハーサルの時はもちろん、撮影後もご飯を食べに行ったり、買い物に行ったり、本当にいい雰囲気でした。太賀君は順応性が高いので、こう演じようと凝り固まるのではなく、共演者の演技を受けて、それに反応するのがとても上手い俳優です。今回アディパディ君とは大学のクラスメイトで仲の良い二人という設定でしたが、自然に表現できていたと思います。
 
 
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■日本人として生まれ育ち、インドネシアに向き合う視点で、両国の関わりを提示する。

――――ドキュメンタリー的要素として、占領時に日本兵から教わった歌を歌ったり、津波の傷跡を映し出すなど、インドネシアの歴史と日本の繋がりに気付きを与えるシーンが挿入されているのも印象的です。
深田監督:日本人としてインドネシアに向き合うことになるので、普遍的な映画を作ろうとしてはいても難しい。かといって、普遍的になることが、あたかも自分がインドネシア人のように振る舞うことだとすれば、それは少し違うと思うのです。大事なのは作り手の視点なので、日本人として生まれ育ち、そしてインドネシアに向き合うという視点を絶対踏み外してはいけない。その視点でみると、日本とインドネシアの関わり方には色々な発見がある訳です。戦争中、日本が占領下に置いていた時代があり、ODA(政府開発援助)として支援をしていた一方で、その支援の歪みもある。今は津波で両方が繋がっている。インドネシアは親日国というイメージが強く、実際、現地では日本に親しみを感じてくれています。でも、日本は加害国なので、加害国と被害国という関係は消えません。占領されていた時代に日本軍に強制労働させられ、いまだに日本に対して恐怖感を抱いている人もいるのです。政治的メッセージを発している訳ではないので、親しみを込めて日本の軍歌を歌うおじいさんや、強制労働をさせられたことを歌うおじいさんを並べて描くことで、あとは観客に受け取り方を委ねるようにしています。
 
 

■大きな自然の営み(ラウ)と、たわいもない若者たちの人間らしい営みを対比して描く。

――――深田監督の一貫したテーマと思える不条理を、今回はファンタジーで表現したように見えますが、映画全体を通して描こうとしたことは?
深田監督:全体を通した一番大きなモチーフは自然であり、世界の不条理だと思います。ラウという存在が一番の鍵です。彼はたまたま、人間の恰好をして現れ、気まぐれに散歩をして去っていく存在です。大きな災害があると、人間はそれに意味やメッセージを汲み取ってしまいます。「なぜ自分だけ生き残ってしまったのだろう」とか、「これは天罰だ」等、良し悪しは別として、そのように考えてしまうのはある意味人間らしいことです。でも自然は、それこそ残酷かもしれませんが、何の意図も、目的も、意味もなく、ちょっとした偶然によって人間に恵みをもたらしもすれば、一方で災害を引き起こし、人間を死なせてしまう。ラウもそういう自然と同じ存在にしたかった。大きな自然の営み(ラウ)と、たわいもない若者たちの人間らしい営みを対比して描く。それが『海を駆ける』でやりたかったことです。
 
――――日本=インドネシア合作で、スタッフもキャストもインドネシアの方と混合での映画作りでしたが、今後この経験をどのように活かしていきたいですか?
深田監督:異文化の人と映画を作るのは面白いです。自分の狭い世界観を打ち崩してくれます。単に資金的に合作にするのではなく、多くの異文化の人と映画を作ることを今後もやっていきたいですし、またインドネシアで映画を撮りたいですね。一番良かったのはスタッフです。本当に優秀だし、怒鳴り声の全くない現場というのはとても気持ちよく、日本も見習うべきだと思いました。
(江口由美)
 

<作品情報>
『海を駆ける』(2018年 日本・フランス・インドネシア 1時間47分) 
監督・脚本・編集:深田晃司
出演:ディーン・フジオカ、太賀、阿部純子、アディパティ・ドルケン、セカール・サリ、鶴田真由 他
2018年5月26日(土)~テアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、MOVIX京都他全国ロードショー
公式サイト⇒http://umikake.jp/ 
©︎2018 "The Man from the Sea" FILM PARTNERS
 
 

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「友達」という言葉が背負わされている純粋性、優しさを大切にできる映画にしたかった。
『友罪』瀬々敬久監督インタビュー
 
17年前に許されない罪を犯した鈴木(瑛太)と、癒えることのない傷を抱えた元ジャーナリストの男益田(生田斗真)。二人の男の出会いから、止まっていた時計が動き出す…。瀬々敬久監督(『64−ロクヨン−』、『ヘヴンズ ストーリー』)の最新作『友罪』が5月25日(金)から全国ロードショーされる。ミステリー界の旗手、薬丸岳のベストセラー小説を映画化した本作では、生田斗真と瑛太のW主演に加え、佐藤浩市が息子が起した罪によって家族を’’解散’’したタクシー運転手を、富田靖子が過去に少年院に勤め、唯一鈴木の過去を知る女性、を演じる他、夏帆が元AV女優役で瀬々監督作品に初参加している。様々な過去を抱えた登場人物が、過去とどう折り合いをつけ、未来を描いていくのか。元犯罪者と真の「友達」になれるのか。様々な問いとその答えを映画の中で見つけていく。そんな醍醐味が感じられる作品だ。
 
脚本も手がけた瀬々敬久監督に、原作で感銘を受けた点や、本作に反映させた日ごろの問題意識について、お話を伺った。
 

 
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■原作者薬丸岳さんに感じた、こだわりの強さと優しさ。

――――犯罪者に復讐する物語はよくありますが、社会復帰した元犯罪者と、かつては追う立場だった元ジャーナリストとの友情がテーマとなる物語は珍しくもあり、とても奥深かったです。薬丸岳さんの原作を読まれた時、どの部分に特に魅力を感じたのですか? 
瀬々監督:薬丸さんが、ずっと少年犯罪をテーマに書き続けてきたという部分で、作家としてのこだわりの強さを感じました。また、ジャンルは違えど、同じ作り手として尊敬の念を抱きました。犯罪を基にした作品は興味がありますが、原作者の態度に大きく触れたのは初めてに近い体験で、とても印象的でした。実際、薬丸さんにお会いすると、とても優しい方ですし、「友罪」というタイトルもすごく優しい。シビアな内容の物語ですが、友情という純粋さが出てくる映画になればという気持ちで、作りはじめました。
 
 
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■未来へ向かうベクトルと、過去に向かうベクトルが、それぞれ映画の中で進んでいく。

――――モチーフになった事件をあまり想起させず、元犯罪者のその後の人生を描く未来志向の映画になっていますが、脚本を書くにあたって重視したことは?
瀬々監督:事件そのものは取り返しがつきません。事件を起こした本人でさえ、どうしたらいいか分からないのです。そのようなことが起こった時、その後を描いていく上で、事件そのものがどうだったかも大切ですが、それから未来に向かっての比重が大きくなるのだと思います。一方で、過去もこの映画の中でとても重要な物語です。鈴木は自分の起こした事件がどうだったのか。死んだ少年への思いをどう償いとすればいいのかを、益田と出会って発見していきます。益田自身も、事件に対する気持ちを整理していく訳です。また、益田と鈴木以外に、心に傷を持っている人たちが登場します。彼らにもそれぞれ過去に事件があり、それに対して今贖罪的なことをしています。例えば佐藤浩市さんが演じる山内は、息子が交通事故で何人もの児童を死傷させてしまった。その謝罪を実行するために、自らも家族を解散してしまいます。でも本当に謝罪ができているのか。そして息子たちと本心で付き合うことができているのか。山内は、この映画の時間を通す中で、最後に息子との会話や本当の謝罪がどういうことかを発見していくのだと思います。そういう意味では未来へ向かうベクトルと、過去に向かうベクトルが、それぞれ映画の中で進んでいく話ですね。
 
 
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■現実は一つの出来事に対してあまり深く考えない不思議な情報社会。そこから一つ一つの事件に関わり、重く感じなければならない立場の人を作り出す。

――――山内は、事故を起こした息子に「犯罪者が幸せになってはいけない。子供も産んではいけない」と言い放ちます。犯罪者に関わる人たちにも様々な影を落とす様子が印象的でした。
瀬々監督:ここで描かれているのは、どれも極端な例です。僕達は、毎日様々な殺人事件や天災にニュースとして接しています。しかもそれは次から次へと新しい情報に更新されていくので、一つの出来事に対してあまり深く考えないのが、普通の生活でしょう。それが幸せなのかもしれませんが、実際に僕達と関係がないように見えるところで、事件は起こっています。僕たちはそういう希薄で不安定な情報社会で生きているなと思う訳です。だったら、もし一つ一つの事件に深く関わり、重く感じなければならない登場人物たちだったらどうなるだろう。そのような考えから作っている部分はありますね。
 
――――鈴木は早い段階から「友達」という言葉を口にしていましたが、瀬々監督は鈴木をどのようなキャラクターと捉えていますか?
瀬々監督:瑛太さんは、皆が理解不能な芝居を敢えてしています。普通の人では理解できないような人間像を目指されていました。一方で映画の中で表立って現れてはいませんが、脚本を作るうえでは、鈴木は生や死を子どもの頃から人一倍考えてしまう人間という設定にしています。どうして人は死ぬのかという不思議さを抱え、命はどういうことなのかと深く考え込み、逆にその謎を解くために人を殺してしまうような少年像を考えていました。
 
――――ファーストシーンはその鈴木と益田の背中が映りますが、それぞれの背中から人物像がふわりと浮かび上がってきました。ハッとさせられるオープニングでしたが、演出の意図は?
瀬々監督:かなり早くからファーストシーンは背中から始めようと決めていました。観客が二人を追いかけるように見せる方がいいと思ったのです。タイトルバックも二人が背中を向けて立っています。それは二人が、観客に面と向かって顔を見せるという存在ではないということでもあります。鈴木は社会の中でひっそりと生きている訳ですし、益田もどこか逃れて生きている訳で、二人の背中から入るというのは、そういう二人の社会の中での立場を象徴しています。
 
 
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■かけがえのない一瞬を生きている時に誰もが感じる愛情、友情が、罪深い世界を救うことができる。

――――生田斗真さんが演じる益田も、最初は鈴木から友達呼ばわりされることに抵抗感を覚えながら、最後には「友達だから死なせたくない」と気持ちが変化していきます。鈴木と呼応しながら、自身のトラウマを乗り越える難しい役でしたが、どのような演出をしたのですか?
瀬々監督:生田さんには、観客と同じ立場に立ってくれとお願いしました。この事件を全て受け止める訳で、鈴木といる時も受け身です。観客と同じ目線の「普通の人」としてこの映画で生きてほしいと言いました。友達という概念で言えば、私のような年になると「彼は友達だ」とはなかなか言えません。中学生や高校生の頃のもので、そういう意味では「友達」というのはとても純粋なものだと思います。原作者、薬丸さんの世界観は少年犯罪があったとしても、その中で彼らの未来に関して優しい目線で見ています。友達だったら救えるのではないかと。情報化社会となり人間同士の関係性が薄れてきた中で、友情や愛情、情けというものが、悲惨な出来事に対して救いを投げかけることができるのではないか。後半、益田と鈴木が公園へ飲みに行くシーンがありますが、本音を語り、とても大切なシーンになっています。そういうかけがえのない一瞬を生きている時に誰もが感じる愛情、友情が、罪深い世界を救うことができる。そういう意味では、友達という言葉が背負わされている純粋性、優しさを大切にできる映画にしたいと思って作っています。
 

■元犯罪者から問いかけられる逆転構造。そこから起こる本心と本心のぶつかり合いは、普通の生活ではなかなか起こりえない。

――――公園のシーンでは、鈴木が「死んで罪を償おうと思うけど、心の底から生きたいと思っている」と告白します。本作のキーワードのようにも見えました。
瀬々監督:台詞もさることながら、瑛太さんの表情と独特の言い方が心に響きますね。原作では居酒屋という設定になってるんですが、元犯罪者である鈴木側から、普通の人である益田側に問いかけがある訳です。「君もどこかで傷ついているんじゃないか」と聞きますよね。元犯罪者から問いかけられる逆転の構造です。必然的に本心と本心のぶつかり合いになっていく。その会話劇が素晴らしいと、原作を読んだ時から思っていました。元犯罪者と、それに関わろうとしている人との間に本音のぶつかり合いが起こる。そういうことはなかなか普通の生活では起こりえないことです。だから、その流れの中で鈴木が言った「心の底から生きたい」という台詞が、胸に響くのだと思います。
 
 
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■『友罪』は、事件のその後を描いていることが興味深い。

――――瀬々監督は、今まで様々な犯罪をテーマに作品を作ってこられましたが、平成を締めくくるタイミングで『友罪』が公開されることに、どのような意義を感じますか?
瀬々監督:神戸連続児童殺傷事件が起きた1990年代(平成初期)は、暗い時代でした。阪神大震災もありましたし、オウム真理教関連の事件が象徴していたと思います。景気も低迷し、皆が精神性のものを追求していく時代でした。2000年代になると、金融的自由主義が発展し、ネットも流行り出し、仮想通貨もそうですが、価値が目に見えなくなる時代、ふわっとした時代になっていきました。ほんの10年前に起きた事件のことも忘れ去ってしまい、奇妙な明るさすら感じます。東日本大震災で絆を再認識することもありましたが、それもまた忘れつつあります。そういう意味で、この映画は事件のその後を描いていることが、興味深い。色々な事件や出来事があり、その後の先には次の未来がある。それが、『友罪』の中から見えてくるはずです。
(江口由美)
 

 
<作品情報>
『友罪』(2018年 日本 2時間9分)
監督・脚本:瀬々敬久
原作:薬丸岳『友罪』集英社文庫刊
出演:生田斗真、瑛太、夏帆、山本美月、富田靖子、佐藤浩市他
2018年5月25日(金)~全国ロードショー
公式サイト⇒http://gaga.ne.jp/yuzai/
(C) 薬丸 岳/集英社 (C) 2018映画「友罪」製作委員会
 

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父と息子の間にある“距離”を日常生活の中から描く
『泳ぎすぎた夜』五十嵐耕平監督、ダミアン・マニヴェル監督インタビュー
 
『息を殺して』の五十嵐耕平監督と『若き詩人』のダミアン・マニヴェル監督が、共同監督作品として企画し、青森に住む6歳の子どもを主演に据えた小さな冒険の物語『泳ぎすぎた魚』。雪深い冬の青森・弘前を舞台に、仕事に出かけた父を探す息子の姿を追った物語は、台詞がほとんどなく、サイレント映画のような趣きと、光を取り入れた雪国の美しい景色に心がほぐれる。子どもの日常を丁寧に綴った詩集のような作品だ。
4月21日からシネ・リーブル梅田他で公開される本作の五十嵐耕平監督、ダミアン・マニヴェル監督に、お話を伺った。
 

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■比較的フレキシブルに映画を撮る者同士。リスクは全く感じなかった。(五十嵐)

五十嵐さんの映画はもちろん好きだが、まず友達としてとても好きだった。(マニヴェル)

―――『若き詩人』取材時にマニヴェル監督は、五十嵐監督に映画人として多くの共通点があると語っていました。今回共同監督として映画作りをした五十嵐監督がダミアン監督に共感できた点は?また、一緒に映画を撮ろうと思った理由は?
五十嵐:一緒に映画を撮る企画があったり、映画を撮るということが先行していた訳ではなく、最初、ロカルノ映画祭で出会った時に友達になり、ダミアンが来日するたびに飲みに行ったり、話をするうちに、どういう風に映画を撮るかを話するようになりました。僕もダミアンも、比較的フレキシブルに映画を撮るので、一般的にはあまりいないタイプの監督です。だから、一緒に映画を撮ることになっても、リスクは全く感じませんでした。何か決断をした訳ではなく、本当に自然な形で一緒にやることになったのです。
マニヴェル:映画を撮ることは、僕にとってはリスクを冒すことです。二人でリスクを取ろうじゃないかということが大きかったです。二人でやったとしても何が起きるか分かりませんが、とにかく投げ出してみようと思いました。五十嵐さんの映画はもちろん好きですが、五十嵐さんのことをまず友達としてとても好きだったですね。
 
 
―――どういうプロセスで映画作りを進めていったのですか?
五十嵐:まずは、お互いにアイデアを出し合いました。僕が最初に出したアイデアが、「子どもが撮りたい」。そしてダミアンは「雪が撮りたい」。東京やパリではなく、郊外で雪の降る場所ということで、以前僕が仕事で訪れたことのある青森の弘前に行くことにしました。一番重要な要素である子どもと雪は最初に決まっていましたね。
マニヴェル:二人の間で、あまりルールや分担を明確には決めませんでした。毎日違う場所での撮影で、毎日違う冒険が待っていた感じです。僕は時々カメラのこともしましたし、五十嵐さんが鳳羅(たから)君の演出を行う。毎回色々なことが変化していく現場でした。
 
 
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―――前作の『若き詩人』は夏の南仏が舞台でしたが、今回日本の雪を撮りたいと思った理由は?
マニヴェル:『若き詩人』は夏の話でしたから、今回は冬に撮りたいと思いました。日本の田舎を知りたいと思いました。私にとって映画を撮ることは、その見知らぬ土地を発見することでもあります。
 
 
―――子どもを撮ることも、撮る方からすればかなりリスクがあったのではないですか?
マニヴェル:子どもを撮ることも、雪深い場所で撮ることも、二人の監督で撮ることも、どれもリスキーですから、気にしても仕方がありません。もうやるしかなかったのです。もし、たくさんのリスクがあれば、何かが起こります。もしリスクがなければ、何も起こらないのではないかと怖くなります。
 
 
―――リスクがある方が、映画を作っているという実感が湧くということでしょうか?
マニヴェル:正確に言えば、快適ではない状況が映画作りにおいて大事だと思います。
五十嵐:安心・安全な場所に立っていると、何でもできるけれど、選択肢があまりありません。色々なことが起きてしまう状況にいると、出来ないことが起こり、今まで想定していなかった別のアイデアが沸き上がります。しかも、それはより良い方向のもので、それはリスクがある状況でないと起こりません。成功するかどうかは分かりませんが、やらないと、自分が目指しているもののさらに上を獲得できないという感覚はありますね。
 
 
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■子どもと青森・弘前のポートレイトにするために、青森の子どもの起用を最初から決めていた(五十嵐)

鳳羅君を見た時の第一印象は「彼をそのまま、映画の中に落とし込みたい」(マニヴェル)

―――青森では、まず主演の子どもをキャスティングされたそうですが、最初から役者ではなく、現地の子どもをキャスティングしようと決めていたのですか?

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五十嵐:最初はダミアンと、子どもと青森・弘前のポートレイトにしようと話していました。子どものポートレイトを撮る時は、当然、風景との関係性もある訳です。実際、青森の子どもに特有の動きがあるのです。寒くて服をたくさん着ているので、動きが独特ですし、滑りやすいので、歩き方も小刻みです。そういうカラダでないと、その土地のポートレイトは撮れませんから、他の土地で育った子どもに演じてもらおうとは思いませんでした。
 
 
―――鳳羅君とはライブで出会ったそうですが、最初からお二人とも「この子で撮ろう!」と思ったのですか?
マニヴェル:この子とすぐに分かりました。
五十嵐:鳳羅君が走り回っているとき、ダミアンの方を振り返ると、ダミアンも僕の方を見ていて、「この子だ」と。もう少し年上の子どもを探していたのですが、出会ったのが鳳羅(たから)君で、彼が6歳だった。最初はわんぱくすぎて大丈夫かなと思いましたが。
 
 
―――鳳羅君を撮りたいと思った一番の魅力は?
マニヴェル:その動きと、エネルギーに惹かれました。恋に落ちたときと似ています。何も計算できないし、少し奇妙で、とても深い何かを持っている気がしたのです。二人が鳳羅君を見た時の第一印象は「彼をそのまま、映画の中に落とし込みたい」ということでした。
 
 
―――これで、この映画が撮れると確信されたのですね。
マニヴェル:でも最初は、鳳羅君がちゃんと演じられるか不安がありました。最初、カメラテストをした時は、何もできなかったです。
五十嵐:鳳羅君の中には恥ずかしいという気持ちがあるけれど、表には出ていなかったです。カメラテストで初めて大勢のスタッフに会った時は、テンションが上がりきって、ずっと走り回り、会話もできない状況でした。でも2回目に会った時には、すっかり落ち着いていて面白いなと思いました。
マニヴェル:最初のカメラテストで、鳳羅君はまだ自分をコントロールできなかったけれど、とても優しかったです。僕の背中に抱きついたり、登ってきたりして、すぐに友達になれました。人懐っこさがある子なので、もう断れないですよね(笑)
 
 
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■撮影合間に鳳羅君が遊ぶ様子を観察し、発見したものを脚本に組み込んだ(五十嵐)

話す必要がないシーンを連続させる構成で、関係性を見せた(マニヴェル)

―――「母をたずねて三千里」が頭をよぎるような、鳳羅君の冒険ぶりが凄かったです。次は何をするだろうと観ていて飽きなかったです。一見、ドキュメンタリーのようにも見えますが、鳳羅君の自由な動きも取り入れているのでしょうか?
五十嵐:鳳羅君の自由なアイデアもたくさん入っています。片方手袋を落としてしまうとか、靴を脱いで中に入った雪を落としたり、カーブミラーに雪をぶつけたり。撮影中偶然起こることもありますし、撮影の合間や生活の様子を観察して、「こんなことをやるんだ」と発見したものを脚本に組み込んだりもしました。撮影中は、僕達が準備をしている間、鳳羅君は色々な場所でずっと遊んでいましたから。すぐ寝るので、映画の中でもたくさん寝るシーンがあります。
 
 
―――台詞がなく、サイレント映画のようですが、鳳羅君のような6歳の子どもに、何も言わずに動いてもらうのは難しかったですか?
マニヴェル:夜眠れないとか、昼間道に迷うなど、一人のアクションなので、台詞が元々必要なかった。あえて、話す必要がないシーンを連続させる構成にし、関係性をみせられるようにしました。
五十嵐:最初撮り始めて、すぐに台詞は必要ないと判断しました。一番最初に、演技の基本になる歩き方や、カメラを見ないということ、そしてしゃべらないという最初の約束を決めていたので、自分から喋り出すことはなかったですね。
 
 
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■小さい頃、こんな風に聴いていたなという音がこの映画に込められている(五十嵐)

鳳羅君が普段着ている服と、雪との色の対比で、色彩豊かな映画になると確信(マニヴェル)

―――台詞がない分、鳳羅君の息遣いや、雪を踏みしめる音などがとても印象的でしたが、本作の音に関するこだわりは?
マニヴェル:台詞がないので、必然的にシーンと音を作り込む必要があり、映画が音楽的になっています。
五十嵐:この映画の音の印象は、普段僕達がイメージしている音というより、子どもが聴いている音です。小さい頃、こんな風に聴いていたなという音がこの映画に込められています。雪を踏む音が楽しくて踏んでみたり、音のイメージというのは、小さい頃は今よりずっと強かったと思うのです。色々な音が気になっていたのではないでしょうか。
 
 
―――雪国の映像ですが、とても明るい色合いなのが、この作品の特徴です。前作の『若き詩人』に共通する、光が降り注ぐような“マニヴェルトーン”になっていますね。
マニヴェル:色については、簡単な作業ではありませんでした。まずは鳳羅君が普段着ている服と、雪との色の対比を考えました。そして、この映画は色彩豊かな映画になるなと確信したのです。映画で着ている服だけでなく、実際の生活で鳳羅君が使っているものも、たくさん登場します。カメラもクリスマスのプレゼントに彼がもらったものですし、写真も彼が撮ったものです。
五十嵐:父親の職場までの道にあるものを撮った写真も、この撮影の前に鳳羅君が撮っていたものですし、眠れない夜に撮った写真も、後半のポートレートに使っています。
 
 
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■直接触れられないけれど、何かしらお互いに思っている父と息子の関係性を描く(五十嵐)

お父さんが息子に「愛してるよ」と言うような人だったら、この映画はできなかった(マニヴェル)

―――冒頭の夜、台所で父と子が同じ構図で時間を過ごしたり、ラスト息子の洗濯物を父が干すという2つのシーンで、父子の絆が静かに伝わってきました。鳳羅君の冒険とこのテーマに結び付けた狙いは?

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マニヴェル:本作は子どもの冒険の話ですが、それだけではなく、息子と父親の関係が一番大事です。この映画は、父と息子の間にある距離を主題としています。ただ、映画ではそれをドラマチックに描かず、いかに日常生活の中から描けるかに重きを置いています。日常の中の悲劇、つまり父と息子の間に距離があるという事実は悲しいですが、生活というのはそういうものですね。
五十嵐:父と息子の関係性はダイレクトではありません。常にコンプレックスがあり、大人になって人前では言えないけれど憧れている部分もあります。この映画で描いていることもその要素に近くて、直接触れられないけれど、何かしらお互いに思っていることがある。そういう関係性だからこそ、将来自分に子どもができた時、父にこのように思われていたのだなと気付くのでしょう。そのようなジェネレーションの話題に関心がありました。
 
 
―――共同監督としての映画作りでしたが、お互いに学ぶ点はありましたか?
五十嵐:ダミアンは、「もっといいやり方があるかもしれない」と、いつでもどこでも新しい可能性を探しています。そういう態度は尊敬しますね。困るときもありますが、一丸となって新しい方向に向かっていける。スタッフも優秀だと思います。
マニヴェル:五十嵐さんからはたくさんのことを学びました。僕はできるだけシンプルな方法を探す映画作りをしていますが、五十嵐さんはいつも感情の鍵を探しており、その感情は僕にとってはとても複雑で、深いものを探しています。五十嵐さんの映画は一度観ただけでは分からないけれど、2回、3回観ることで、色々なものが開いていく。自分があまりできないことなので、憧れますね。
 
 
―――最後に、撮影を通じて鳳羅君の成長や本音を感じましたか?
マニヴェル:毎日本当に様々な体験をしました。魚市場でたくさんの雪が降っている昼のシーンを撮影する時、(本作にも父親役で登場する)鳳羅君の父親は魚市場で働いているため、ちょうど仕事上がりで帰宅するのを、鳳羅君が見てしまい大泣きしたことがありました。その日の撮影ができなくて大変でしたが、本当にこの映画と全く同じだなと思いました。お父さんは大好きだけど、勤務時間の都合でいつもすれ違って、なかなか会えないのです。
五十嵐:鳳羅君もお父さんが好きだと口では言いません。魚の絵を書いていますが、元々はお父さんの絵を書いてとお願いしたものの、イヤだと言われて。
マニヴェル:鳳羅君のお父さんも同じで、好きなのに好きだと言いません。逆に、もしお父さんが息子に「愛してるよ」と言うような人だったら、この映画はできなかったと思います。
(江口由美)
 

 

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<作品情報>
『泳ぎすぎた夜』
(2017年 フランス=日本 1時間19分)
<監督>五十嵐耕平、ダミアン・マニヴェル
<出演>古川鳳羅、古川蛍姫、古川知里、古川孝、工藤雄志
公式サイト⇒http://oyogisugitayoru.com/
4月21日(土)~シネ・リーブル梅田、5月19日(土)~出町座、6月9日(土)~神戸アートビレッジセンター他全国順次公開
(C) 2017 MLD Films / NOBO LLC / SHELLAC SUD
 
※第74回ヴェネチア国際映画祭オリゾンディ部門正式出品
 第18回東京フィルメックス 学生審査員賞・Filmarks賞受賞

①ばあちゃんロード-s-550.jpg『ばぁちゃんロード』主演の文音&篠原哲雄監督インタビュー

(2018年3月28(水)大阪にて)
ゲスト:文音(30)、篠原哲雄監督(56)



持ち前の大らかさで優しい孫娘を演じた文音と、
活躍目覚ましい“美し過ぎる80代”の草笛光子によるW主演作!

 

「ばぁちゃんとバージンロードを歩きたい!」と、介護施設に閉じこもっている祖母を奮起させようとする孫娘とその婚約者の愛情物語。富山県氷見市を舞台に、ばぁちゃんっ子の夏海(文音)と忙しい両親に代わっていつも一緒にいてくれたばぁちゃん(草笛光子)とのハッピーウェディングプランは、いろんな思い出を共有してきた家族ならではの思いやりと優しさにあふれている。夏海の新たな人生の門出を祝うため「こんちきしょう!」を掛け声に辛いリハビリに励むばぁちゃん。それを支えようと奔走する夏海と婚約者の大和(三浦貴大)。そんな彼らを優しく見守る夏海の両親や介護施設の人々など、豊かな自然を背景に沢山の善意が幸せを応援する感動作となった。


baachanload-500-3.jpgデビュー作『三本木農業高校、馬術部』(2008年)以来の主演作となる文音は、昨年から『八重子のハミング』『おみおくり』と出演作が続いている。本作では、プロポーズを受けて大喜びしたり、婚約者とケンカしては仲直りしたり、近年稀に見ぬ美しさで魅了したウェディングドレス姿など、素直な幸せオーラ全開で、観る者を幸せな気分にしてくれる。


1996年の劇場映画長編第一作『月とキャベツ』以来、『はつ恋』『深呼吸の必要』『地下鉄に乗って』と新時代の日本映画の担い手として活躍してきた篠原哲雄監督。最近では『種まく旅人くにうみの郷』『起終点駅 ターミナル』『花戦』と日本の風情を活かした作品作りで信頼できる監督の一人である。今回、富山県氷見市での撮影では、中村記念病院や地元の人々の全面的協力を得て、わずか12日間で撮影したという。手慣れた映画制作手腕に加え、女優たちの自然体の演技を導き出す名演出家でもある。
 



4月21日からの公開を前に、文音さんと篠原哲雄監督がキャンペーンのため来阪されました。お二人に撮影中の秘話や作品にかける思いなどを語って頂きましたので、下記にご紹介いたします。(敬称略)


③ばあちゃんロード-s-Ayane-1.jpg――夏海というキャラクターの役作りについて?
文音:夏海は東京にも居たという設定だったので、それほど田舎っぽさを出さずに、髪を少し短くするとか、お化粧もナチュラルにするとか、監督と相談して決めていきました。今回は氷見の街全体に助けて頂いた感じがします。氷見オールロケでしたので、撮影中一度も東京へは帰らずに、氷見の空気感に自然と触れて役に馴染んでいきました。

篠原監督:正味12間で撮りあげたのですが、それも中村記念病院が全面的に協力して下さったお陰です。医療的な取材や施設の使用、さらにリハビリ棟などを特別に貸して下さいました。


―― 大らかな感じで幸せ感が素直に表現されていましたが、夏海との共通点は?
文音:夏海の「信じたことを真っ直ぐに進む」ところには共感しました。私自身は三人兄弟の長女で人に甘えることは不得手ですが、一人っ子の夏海が周りを巻き込んでいく甘え上手な女の子というところは意識して演じました。計算されていない可愛さがないと皆が力を貸してくれないと思ったからです。


baachanload-550.jpg――大ベテランの草笛光子さんとの共演はいかがでしたか?
文音:撮影前に、「あなたとしかできないこともあるだろうから、セリフにとらわれずにドキュメンタリータッチのようにやりましょうね」と言われました。

篠原監督:草笛さんは、毎回その役に合ったアプローチをされている女優さんなので、今回は普段の華やかなイメージとは違う髪の毛やメイクをして頂きました。また、文音さんとのやりとりが多くなるだろうから、リハビリのシーンも現実に起きているかのように、二人の親密さを活かして自由に演じてもらいました。


――草笛光子さんに学んだことは?
文音:型にはまらず、自然体で演じておられるところでしょうか。それはセリフの端々に感じられることで、芝居における化学反応を実感しました。篠原監督はシーンが終わってもカメラを回し続けておられたので、三浦貴大さんとも化学反応が起きたように感じました。役で位置づけられることで良さが出たと思います。


④ばあちゃんロード-s-Shinohara-240.jpg――現場の雰囲気は?
篠原監督:現場はとても面白かったですね。象徴的なシーンは夏海と大和が仲直りをするシーンです。離れた対岸から固定カメラで撮っていたカットがあり、二人が戯れている内にフレームから外れてしまったんです。でも、また戻ってきました。それは、俳優同士がその場の雰囲気を理解していたからフレーム内で演じることができたのだろうと思います。それによって次のシーンの二人の表情に繋がっていったので助かりました。

文音:そんな撮影の中で新たに生まれたことが沢山あったように思います。挑戦的で楽しい現場で幸せでした。

篠原監督:日常的なシンプルな映画の現場で新たな挑戦ができて良かったと思います。氷見市は本当に風景が綺麗なんです。夕景のシーンも、夕焼けがあまりにも綺麗だったので、弁当食べていたんですが、思い付いて急遽撮ることにしました。それが次の夏海が大和のためにコロッケを作るシーンの表情にうまく繋がっていきました。


――介護のシーンについて?
文音:実際に介護の研修を受けているところを撮ってもらいました。体を抱き上げたり移動させたりするにも力の入れ方やテクニックが必要なんです。桜田君はとても上手くやっていたので、器用だなあと感心しました。

篠原監督:草笛さんと桜田君のシーンでは、プロの理学療法士の方の指導を受けながらの演技でした。セリフと動作のタイミングをマッチさせるのはとても難しいのですが、彼はとても覚えが良くて、それをスーッと上手くやってくれました。

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――うまくコミュニケーションがとれない人を相手にする介護の仕事ですが、おばあちゃんの気持ちも丁寧に描かれていましたね?
文音:不自由な体になった姿を大好きな孫に見せたくない、というおばあちゃんのプライドや辛い気持ちが丁寧に表現されていたと思います。


――今まで沢山の女性像を描いて来られましたが、女優の変化については?
篠原監督:世代的変化はそれほど無いようですが、俳優として役への向き合い方は、最近の若い俳優の方がアプローチの仕方が深いように感じます。文音さんのようにアメリカへ演劇留学したことも大きいですし、自分でも独自のアプローチをしていかなければならないと気付いてきたのでしょう。世界のいろんな映画を観ても自然な演技に近くなってきています。同世代の橋口亮輔監督や是枝裕和監督もそうですが、演出家の方も昔の監督と違って自然な演出をする方向へと変化してきていますからね。

今回の草笛さんが自分の人生を語るシーンは独自のものです。演じる俳優さん自身が、生身のこととして人生を感じないと演じられないな、と思える瞬間でした。それはとても大きな成果だと感じました。
 



baachanload-500-2.jpg『ばぁちゃんロード』
【監督】篠原哲雄(『月とキャベツ』『起終点駅 ターミナル』『花戦さ』)
【脚本】上村奈帆
【出演】文音、草笛光子、三浦貴大、桜田通、鶴見辰吾、

【配給】アークエンタテインメント/2018/日本/89 分
【公式サイト】 http://baachan-road.com/

【コピーライト】©2018「ばぁちゃんロード」製作委員会
【公開日】4月14日(土)~有楽町スバル座、4月21日(土)~テアトル梅田、シネ・リーブル神戸、近日~京都シネマ ほか全国順次公開!


★★★ お知らせ ★★★

4/21(土)の公開初日に、歌手:長渕剛さんと志穂美悦子さんのご長女・文音さんと、『花戦さ』や『プリンシパル~』など幅広い作品を手掛けられる篠原監督の舞台挨拶がございます!!

■日時:4月21日(土) 15:10~15:30(13:40の回上映後)
■場所:テアトル梅田 シアター(1) (大阪府大阪市北区茶屋町 16-7 梅田ロフト B1F)
■ゲスト:文音さん、篠原哲雄監督


(河田 真喜子)

TheSquare-di-550.jpg『ザ・スクエア 思いやりの聖域』、脚本&監督 リューベン・オストルンド監督オフィシャル・インタビュー

 (2018年4月11日(水))


第70回カンヌ国際映画祭 最高賞パルムドール受賞
本年度アカデミー賞® 外国語映画賞ノミネート
美術館を舞台に<毒とユーモア>で人間の本質に迫る、
傑作社会派エンタテイメント!


Q:カンヌ映画祭パルムドール受賞おめでとうございます。受賞したときの心境を聞かせください。また次はアカデミー賞ですか?
A:そうですね。当初、私たちの目標としていたのは、カンヌ映画祭のコンペに選ばれることでした。そしてコンペに選ばれて、物凄く緊張していたのですが、上映後の反応がとても良かったのです。やはり受賞したいと思ってしまいました。

そしてドキドキしながら、授賞式出席要請の電話を待っていたのです。そして、無事授賞式に出席することになったのですが、次々に賞が発表される中、最後の賞発表の時間になっていました。やっぱりダメだったのかなと思っていたら、パルムドール受賞でしたので、本当に嬉しかったです。素晴らしい監督たちがパルムドールに選ばれていなかったので、とてもラッキーだと感じるとともに、非常に謙虚な気持ちにもなりました。

アカデミー賞については、結果外国語映画賞でノミネートされました。日本公開はこれからですが、アメリカ公開は去年の秋でしたので、ノミネートはされましたが受賞には至りませんでした。

Q:では次回作で?
A:そうですね。でも私が尊敬している監督たちはいずれもカンヌを受賞した監督たちなので、今回のパルムドール受賞は本当に嬉しかったです。

TheSquare-550.jpgQ::あなたが映画監督を目指したきっかけは何だったのですか?
A:私は最初、スキーに興味があったので、スキー映画をたくさん見ていました。といっても、スキーしている映像に音楽がかかっているだけの映画なんですけど。そのうちに、スキー映画を制作することに興味を持ち始めました。そこで、私が今住んでいるスウェーデン、ヨーテボリの映画学校に申し込んだのですが、一回目は落ちて、二回目にようやく入ることが出来ました。それから、私のスキーへの興味と映画への興味が逆転してしまいましたので、私が映画を撮るきっかけとなったのは、スキーという事になります。

Q:ハリウッドにも進出しているクレス・バング、そして「ハンズメイド・テイル/侍女の物語」でもゴールデングローブ賞で主演女優賞を獲得した、エリザベス・モスや、『猿の惑星』シリーズでモーション・キャプチャー俳優として活躍しているテリー・ノタリーなど、素晴らしいキャスト陣となっていますが、本作のキャスティングの決め手は?
A:キャスティングのプロセスはかなり長かったのです。且つ慎重に進めなければなりませんでした。私は通常、テストせずに役を決めるような事はしないのですが、モンキーマンを演じたテリー・ノタリーだけは猿のマネがとても上手だったので、通常のプロセスを踏まずに決めました。

クレス・バングの場合は、彼は役者のみならず、人間としても少し脆い部分があって、私と一緒にシーンを演じた時に、彼が本当に思っている感情が出てくるんですね。感情が顔に出てしまう人なので、私はそういう資質がとても好きなので、彼に決めました。

そして、エリザベス・モスは私が今まで仕事をした中で、最も知的な方だと思っています。その状況を使って、相手をやり込めることが出来る人なので、今回そういう人が必要でしたので、彼女と一緒に仕事が出来て、とても幸せでした。

TheSquare-500-1.jpgそして、テリー・ノタリーですが、まず彼が猿の真似をするというユーチューブを見つけたのです。その中で、彼は手のエクステンション(器具)を付けて、どんな風に「猿の惑星」でモーション・キャプチャーをやるかを、デモンストレーションしていたのです。「これはチンパンジーです」と言うと、本当にチンパンジーなのです。そして「これはゴリラです」と言うと、すぐに「あ、これはゴリラだ」と、変わったのが分かるのです。それで、彼は凄いなと思い、彼に決めました。

Q:炎上についてお伺いします。今日本で、SNS、特にTwitterで炎上というのが、今回の映画で描かれているような状況が日々起こっています。例えば、あるスターが不倫をしたとします。するとTwitterで一般人が総攻撃して「番組から辞めさせろ」などということがあります。多分各国でも同じようなことが起こっていると思いますが、このような状況をどう思われますか?また、監督がもし炎上してしまったら、どうしますか?
A:今の時代、非常に非文明的な、非市民的な事が起こっています・それは個人に対する集団的な怒りの表し方で、非常に間違ったやり方だと思うし、怖いと思いますね。ソーシャルメディアに限らず、報道ニュースもそういうことをしていると思います。私にもそういうことがあったのですが、一番いい対処の仕方は、それが可能であればという話ですが、個人的にそれを受け取らないことです。あとは勝手にやっておいてねという風に、自分は参加しない、ということだと思います。

Q:今回、日本での滞在期間が2日間と非常に短いのですが、あなたの映画のネタになるような事はありましたか?
TheSquare-di-240-1.jpgA:もし今後、ジャーナリズムやメディアについての映画を作るとしたら、通訳付きでインタビューを受けるというのは面白かったので、使えるかなと思いました。日本語で質問されても私は全く分からなかったので(笑)。ですが、メディアの方々はとても親切で、非常に敬意を示してくれたので、取材メディアの方々には非常に満足しています。という意味でいうと、まだ見つかっていないですね、今晩見つかるかな?

Q:これから映画を観る日本のファンに向けて、一言お願いします。
A:私はこの映画『ザ・スクエア 思いやりの聖域』の監督&脚本をしておりますリューベン・オストルンドです。なるべくたくさんの人に映画を観に行って頂きたいと思います、大歓迎致します!


<Twitterからの質問について(3問)>

Q1:映画を作る上で最も大切な事は何ですか?
A:監督として、撮影でこういう風になればいいなという大きな期待があって、毎日その為に凄くもがいています。で、このシーンは酷いなと思うと何回も撮り直すのですが、どうしたら解決するんだろうなと思います。自分が撮りたいビジョンと、それを実現するための葛藤というものがあり、上手くいくと、監督って最高の仕事だと思いますが、上手くいかないとそれが最悪の仕事と思うのです。

私の友人が映画を撮っていて、上手くいかなくて三日目にロケ現場に車で向う車の中で、シートベルトをはずして、もう早くこのプレッシャーから開放されたいと言っていました。それほど感情的なジェットコースターになります。
 

Q2:あなたはご自身で脚本を書かれていますが。撮影に入ってから、閃いて脚本を変えてみるという事はありますか?
A:あります。映画を作るというプロセスの中で、色々な事が変わっていくので、脚本も変えています。脚本を書いているときは、机に向って自分で考えて書いている訳ですが、その時と違ってカメラに向って、あるいはカメラの向こう側に自分の選んだ俳優がいることで、また状況は変わってきます。どんな俳優とやるかによっても変わってくると思いますね。その俳優を使って、その状況というものを最大限利用するようにしています。それから、キャスティングをする時に、俳優たちが色々な即興をするのですが、その即興で凄くいいセリフを言ったりするのです。自分が書いた脚本よりもずっといいと、それをすぐ盗んだり、というように脚本の変更というのは、常に続いていくプロセスですね。
 

TheSquare-500-4.jpgQ3:あなたの撮った映画の中で、お気に入りのキャラクターはいますか?また自分に似たキャラクターはいますか?
A:自分に近いと思うのは、今回のクリスティアンと『フレンチアルプスで起きたこと』のトマスですね。自分にとても近いと思います。好きなキャラクターはいっぱいあるのですが、例えば『フレンチ~』では、クリストファー・ヒヴューが演じた赤ひげのマッツとその恋人役を演じたファンニ・メテーリウスも好きです。

『ザ・スクエア 思いやりの聖域』では、あの小さな男の子もいいと思うし、クリスティアンの助手もいいと思いますし、エリザベス・モスやテリー・ノタリーも、皆さん、とてもいい演技をしてくれたので、それらのキャラクターはどれも好きです。
 

――最後にファンからのTwitterからのメッセージをお伝えします。
「あなたの作品が大好きで、ドキュメンタリーのようで、寓話でありながらとてもリアルで、観ていてとても精神が削られます、そこが大好きなんです。人間の愚かさと怖さの描写が、あまりにも日常的で鋭くて素晴らしいです。『フレンチアルプスで起きたこと』は私の2017年のNo1でした。新作楽しみにしています。」
A:とても嬉しいです。


『ザ・スクエア 思いやりの聖域』 

・THE SQUARE 2017年  スウェーデン、ドイツ、フランス、デンマーク合作 2時間31分
・監督・脚本:リューベン・オストルンド『フレンチアルプスで起きたこと』  
・製作:エリック・ヘルメンドルフ『フレンチアルプスで起きたこと』、フィリップ・ボベール『散歩する惑星』  撮影:フレドリック・ウェンツェル『フレンチアルプスで起きたこと』
・出演:クレス・バング、エリザベス・モス、ドミニク・ウェスト、テリー・ノタリー
・後援:スウェーデン大使館、デンマーク大使館、在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
2018年4月28日(土)~シネ・リーブル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、京都シネマ 他全国順次公開
公式サイト⇒ http://www.transformer.co.jp/m/thesquare/
作品紹介⇒ こちら
・© 2017 Plattform Produktion AB / Société Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS


(オフィシャル・レポートより)

ndjc2017.jpg上の写真、左から、
★齋藤 栄美(さいとう えみ)(34) 『トーキョーカプセル』 
★奥野 俊作(おくの しゅんさく)(37)『カレーライス Curry and Rice』
★金 晋弘(きむ じんほん) (41)『もんちゃん』
★池田 暁(いけだ あきら) (42)『化け物と女』
★中川 和博(なかがわ かずひろ)(31)『さらば、ダイヤモンド』


【大阪での上映会のお知らせ】
■日時: 3月17日(土)18:15~
            3月18日(日)~3月23日(金)18:30 ~

■劇場: シネ・リーブル梅田map
入場料金:(5本まとめて)一般¥1,200円、学生・シニア¥1,000円
*全席指定

◆3月17日(土)/ndjc2017参加監督5人による初日舞台挨拶予定
3月17日(土)18:15開映 20:45舞台挨拶開始(21:05終了予定)
※登壇者は変更になる場合がございます。あらかじめご了承ください。

2017年/カラー/スコープサイズ/©2017 VIPO
公式サイト⇒ http://www.vipo-ndjc.jp/



《ndjc:若手映画作家育成プロジェクト》とは?

 
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次世代を担う長編映画監督の発掘と育成を目的とした《ndjc:若手映画作家育成プロジェクト》は、文化庁からNPO法人 映像産業振興機構(略称:VIPO)が委託を受けて2006年からスタートした。このプロジェクトからは、『湯を沸かすほどの熱い愛』で数々の賞に輝いた中野量太監督や、『トイレのピエタ』の松永大司監督、『ちょき』の金井純一監督、『話す犬を、放す』の熊谷まどか監督、今年は、『嘘を愛する女』(1/20公開)の中江和仁監督や、『花は咲く』(2/24公開)、『ANIMAを撃て!』(3/31公開)など、オリジナル脚本で活躍中の監督を輩出している。


今回も、最終課題である35ミリフィルムによる短編映画(約30分)に挑んだ5人の作品を、2月24日からは東京にて、3月10日からは名古屋にて、3月17日からは大阪にて一般公開されることになった。


以下は、それぞれの作品紹介と会見でのコメントを紹介しています。


ndjc2017-mon.jpg★『もんちゃん』
(2018年/カラー/デジタル/ビスタサイズ/30分/©2018 VIPO)
監督:金 晋弘(きむ じんほん) 
出演:大和田 賢、眞島秀和、平尾菜々花、榎本梨乃、中村映里子
制作プロダクション:ツインズジャパン

【作品紹介】
保育園年長組に通うもんちゃんは、ママが亡くなり、慣れない育児と家事で朝からパニックになっているパパに代わり、幼い妹の面倒をみる優しいお兄ちゃんだ。パパから「引っ越しをするから、ママの遺品を箱一つにまとめなさい」と言われるが、今も届くママへのダイレクトメールを大事に仕舞い込んだり、ママの化粧品をこっそり使ってみたり、ママの面影に浸っていた。そんな時、公園で不思議な姉妹と出会い、鬱積した悲しい気持ちを開放していく術を見つけていく……。


ndjc2017-240-3.jpgキャラクターの性格や心情を言葉ではなく行動や映像で表現できる巧みさが光る。ラッセ・ハルストレム監督や是枝裕和監督の初期の頃の作品を彷彿とさせる。特に、パパの仕事仲間の女性が必死でもんちゃんを助けるシーンや、不思議な姉妹とままごとをするシーンが、30分という短編ながら物語に深みを出している。家族以外の真心に触れ、自らも他者への関心を示していく。悲しみと喪失感をのり越えようとするまだ幼い少年の健気さに心が締め付けられるようだった。

【監督コメント】
誰にでも等しく訪れるグリーフ(死別体験)について、どのように立ち直って治癒していくか、一つのパターンとして描いてみた。それは万人が興味あるテーマだと思う。

最近観た映画では、娘の後をずっとついて行く『ありがとう、ドニ・エルドマン』が面白かった。一番好きな映画は『自転車泥棒』。ダルデンヌ兄弟の作品もリアルで好き。

◎金晋弘監督の作品の詳細はコチラ → http://www.vipo-ndjc.jp/ndjc/3794/
 


ndjc2017-tokyo.jpg★『トーキョーカプセル』
(2018年/カラー/デジタル/ビスタサイズ/27分/©2018 VIPO)
監督:齋藤栄美(さいとう えみ)
出演:りりか、川合 諒、菅原大吉
制作プロダクション:アルタミラピクチャーズ

【作品紹介】
様々な人が行き交うカプセルホテルで働いている理子。東京に出てくれば何か見つかるかもと上京したものの、ボ~っとしてはパートのおばちゃんに疎まれる始末。同じく、一人の若い男性客も就活のため上京したものの失敗続きの日々を送っていた。そんなある日、金髪ウィッグの忘れ物を見つける。それを試した理子は新しい自分に戸惑うが、若い女性客に誘われて、夜の街へ繰り出すことに……。


ndjc2017-240-1.jpgまず、「東京へ行けば何とかなる」という昭和の風潮が未だに若者の間にあることに驚かされた。具体的な目的もお金もない寄る辺ない若者が、何かしら変われる自分を発見し、さらに優しく見守ってくれる人もいることに気付いていく。理子の変化を瑞々しく捉えた映像と周囲の人々の描写が、冷淡に思えた都会をたちまち暖色に染めていく。夜の街を疾走する理子を一気に捉えた映像もまた、斎藤監督の意気込みがうかがえる。暗くなりがちな物語を、ミア・ハンセンラブ監督のような明るいタッチでまとめたセンスの良さが光る。

【監督コメント】
誰も撮ったことがないカプセルホテルという独特のロケーションで物語を作ってみたかった。主演のりりかには、彼女の独特なクセを消して、ささやかな一日を少し前に進めるように普通の女の子として演じてもらった。

最近観た映画では、『スリー・ビルボード』と『わたしは、ダニエル・ブレイク』が主張がはっきりとしていて面白いと思った。映画としての見せ方も正々堂々として素敵。

◎齋藤栄美監督の作品の詳細はコチラ → http://www.vipo-ndjc.jp/ndjc/3796/
 


ndjc2017-daia.jpg★『さらば、ダイヤモンド』
(2018年/カラー/デジタル/ビスタサイズ/30分/©2018 VIPO)
監督:中川和博(なかがわ かずひろ)
出演:伊藤祐輝、伊藤 毅、佐藤祐基、橋本真実
制作プロダクション:東北新社

【作品紹介】
大学野球部からの親友で社会人になってからも仲良しの元気と隼人、亮介。3人は30歳を迎え、亮介は結婚、隼人は海外への転勤が決まり、それぞれ新たな道を歩もうとしていた。そんな中、元気は隼人への秘めたる想いを募らせ、思い切って打ち明けようとするが……。


ndjc2017-240-5.jpg3人の親友を演じた俳優たちの細やかな心情表現を引き出すことに成功している。男同士の友情を、元気の隼人への恋愛感情を中心に、ストレートの隼人の戸惑いや、気まずくなった二人を思い遣る亮介の優しさなど、後味のいい爽やかさを感じさせる。元気が隼人の気持ちを探ろうと隼人の言動を注意深く伺うシーンや、思いのたけを告白するシーンなど、緊張感をもった映像に惹き付けられた。

【監督コメント】
その人がどういう人なのか認めることがテーマ。自分も登場人物と同じような年代になって、何を認めて、何を大切にしていくのか、という思いを等身大の人物像で描いたつもり。

一番好きな映画は『ジュラシック・パーク』。最近観た映画では『スリー・ビルボード』と『デトロイト』。この2本は全く毛色の違う作品だが、いずれも俳優の力量が必要とされる。特に『デトロイト』は、ドラマ性を持たせずに事件だけを描いていくタイプなので、今っぽいと感じた。

◎中川和博監督の作品の詳細はコチラ → http://www.vipo-ndjc.jp/ndjc/3798/ 
 


ndjc2017-curry.jpg★『カレーライス Curry and Rice』
(2018年/モノクロ/デジタル/スタンダードサイズ(ビスタサイズ仕様)/30分/©2018 VIPO)
監督:奥野俊作(おくの しゅんさく)
出演:井之脇海、安藤ニコ、松浦祐也、矢柴俊博、岩谷健司
制作プロダクション:東宝映画

【作品紹介】
23歳の大学生・満のもとに、フランス人の友人の妹で20歳になる留学生・ジャンヌがやってくる。翌日には京都へ行くというジャンヌを、満は一晩面倒をみることになる。そこで、ジャンヌをアルバイト先の先輩で同郷の茂が住む古民家へ連れていく。茂は自慢のカレーライスでジャンヌをもてなそうとしていたが、かつて関わっていた暴力団に押し掛けられ……。


ndjc2017-240-2.jpg満とジャンヌの恋愛映画かと思いきや、淡々とした渇いたタッチのモノクロ映像で、意外にもサスペンス映画だということを見終えてから知る。あれほどお腹を空かせていたジャンヌがカレーライスを食べようとすると邪魔が入り、結局彼女が初めてのカレーライスを食べるシーンがない。茂と暴力団との関係性もよく分からないままで、消化不良になりそうなカレーライスだった。

【監督コメント】
人生における不条理さと素晴らしさを自分なりに作ってみた。人間に対する距離感や眼差しをそのまま表現。モノクロにしたのは、非日常というか、脚本も淡々と渇いたトーンで描いてみたかったから。

最近観た映画では『ムーンライト』が男同士の想いが切なくて心に沁みた。カラーブレードも研究して撮ったようで、美しい映像にも感銘。ウォン・カーワイ監督作をオマージュしているようで素晴らしかった。黒人映画では収まらない普遍性がある。

◎奥野俊作監督の作品の詳細はコチラ → http://www.vipo-ndjc.jp/ndjc/3803/
 


ndjc2017bakemono.jpg★『化け物と女』
(2018年/カラー/デジタル/ビスタサイズ/30分/©2018 VIPO)
監督:池田 暁(いけだ あきら)
出演:熊倉一美、きたろう、有薗芳記、芝 博文、よこえともこ
制作プロダクション:東映東京撮影所

【作品紹介】
ある小さな町役場の受付で働く待子は、一人暮らしの孤独な日々を送っていた。昼食時には同僚とは別のテーブルに座り会話もなく、婚姻届のような幸せな受付は極力邪魔をして延期させるという始末。ある日、町に妖怪が出没するという騒動が起きる。妖怪退治に躍起になる町長や警察。そんな中、待子は帰宅途中に暗闇から聞こえる三味線の音色に惹き寄せられ、人々が恐れる妖怪に遭遇する。


ndjc2017-240-4.jpg人間に恐れられる異形のものと孤独な女性との運命的出会いといえば、今年のアカデミー賞4部門に輝いた『シェイプ・オブ・ウォター』を思い出す。ただ一人、化け物を恐れず愛情をもって接する純愛もの。本作も面白そうな物語だが、役場や食堂で同じ人物が同じセリフを繰り返すフレーズには閉口してしまった。化け物より怖い人間のエゴをブラックユーモアで強調しているのだろうが、肝心な人物描写が希薄なので、待子と化け物を結び付ける説得力に欠ける。化け物が奏でる三味線の音色だけはもの哀しく心に響いた。

【監督コメント】
基本的に化け物と女の関係性を描いた。その中で町長や町の人々が化け物に対してどういうことをしたのか。化け物を人間に置き換えて考えてもらえればいいかなと。

チェコのアニメ作家ヤン・シュヴァンクマイエル監督が好き。実写も多くて、80歳を越えても新しいことに挑戦していることに驚いた。アニメは結構自分の思った通りに撮れるのではないかと思う。ジャンルを問わず、映画も芝居も観ている。

◎池田暁監督の作品の詳細はコチラ→ http://www.vipo-ndjc.jp/ndjc/3802/
 


(河田 真喜子)

 

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「草太役は、監督から『あとはおまえに任せたぞ』とバトンを渡されたようなもの」(井浦)

「全てをさらけ出す楽人は、この仕事をしていれば絶対やりたい役」(成田)

「この映画で私の人生は大きく変わった」(紗羅)

 
都会の吹き溜まりで出会った大麻の売人と全身タトゥ―の赤髪モヒカン。バイオレンスもエロもロマンチックなラブもある。井浦新、成田凌、紗羅マリー出演で話題の、かなた狼監督長編デビュー作『ニワトリ★スター』が、3月17日からヒューマントラストシネマ渋谷、3月24日からシネ・リーブル梅田、シネマート心斎橋他全国順次公開される。監督がオーナーを務める大阪・黒門市場の「道草アパートメント」を本作のメイン舞台「ギザギザアパート」に使用した他、尼崎のお好み焼き屋他関西各地でロケを敢行。大阪出身の草太役を演じる井浦新は、かなた狼監督が吹き込んだ台詞音源を聞き込み、自力で関西弁ことばをマスター。どこか初々しさのある関西ことばで物語を導いていく。楽人役の成田凌、楽人と深い縁を持つ月海役の紗羅マリーは、傷だらけになりながらも、月海の息子ティダのためになんとか温かい家族を築こうとする若い二人を熱演。生きづらい世の中にかすかな光を見出す感動作だ。
 
完成披露試写舞台挨拶のため来阪した井浦新さん、成田凌さん、紗羅マリーさんにお話を伺った。
 
関西弁にチャレンジの井浦新、聖地・大阪の観客を前に感動と緊張!『ニワトリ★スター』大阪完成披露舞台挨拶はコチラ
 

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――――大麻の売人、草太を演じてみての感想は?
井浦:かなた監督が長い時間をかけ、タイトルや役が生まれる前からずっとこの作品に向かっている姿を見てきました。監督が悩み、楽しみながら作ってきたニワトリ★スターの世界。今回、草太という役をいただいて、「あとはおまえに任せたぞ」とバトンを渡されたようなものでした。10年前から一緒に映画を作ろうと約束していましたし、他の作品とは比べられない、自分の中でも特殊な位置にある作品です。役者として参加はしているけれど、一生懸命演じていたと言うには少し物足りない。むしろ、それを飛び越えたようなことを皆でずっとやっていました。大切なものになりました。
 
――――映画が出来るまで10年間見守ってきたとのことですが、かなた監督とのそもそもの出会いは?
井浦:先に旅立った共通の友人が、かなた監督を引き合わせてくれ、それが全ての縁でした。出会った時、「おもしろい人がいるな」と思ったんです。プロの方が見たら、長編映画にすぐには繋がらないと思うでしょうが、10年前出会った時に、この人と僕はけじめをつけなければならない関係だと感じました。「どんな映画になっても、絶対に作るから、その時は協力してほしい」とかなた監督から言われた時、「待っていますから」と約束しました。監督から、とにかく何か見せることができる時がくるまで待っていてほしいと言われていたので、僕はひたすらスタンバイしていました。そのうち小説ができ、そこから映画を作るためのスタッフが集まりはじめた。段々と自分の番が近づいてきているなと、ソワソワ、ワクワクしながら待っていたんです。
 
 
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――――少しずつ自分の出番が近づく一方、途中で監督にアドバイスをすることはあったのですか?
井浦:一切なかったです。信じていたし、もし監督が映画を作れなければ、それはそれ。本当になれ合いの関係でいたくない人でしたから。こちらの力を表す時は、映画を作る現場であり、そこで監督に示し、勝負し、ケンカし、けじめをつけたかった。それまでに、こんなのがあるよとか、こういう風にすればいいということは一切言わないようにしました。監督も手探りで作っている時は本当に不安だったと思います。たまにアドバイスを求めることがあっても、無視していました(笑)。でも、それをやってしまった分、本当に撮影の時は怖いなと思いました。撮影が近づくにつれ、感じたことのないような気持ちになっていきました。
 
――――成田さんは楽人役をどうしてもやりたかったそうですが、楽人役のどの部分に強い魅力を感じたのですか?
成田:台本を読んで、楽人役を僕以外の人が演じるのは絶対にイヤだと思ったんですよ。素晴らしい台本で、内容としても素晴らしいし、台詞もいっぱいあり、最後はああいう終わり方をする。その中に出てくる楽人は全部の感情を出し、身体も差し出す。こんなに全てをさらけ出すことなんて、この仕事をやっているなら絶対にやりたい。他の人に演じてほしくない。みんなやりたいだろうから、かなた監督には「僕しかいない!」と言いました。
 
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―――紗羅さんは今回演技が初めてで、井浦さんや成田さんと共演されましたが、影響を受けたことは?
紗羅:この映画で、私の人生が大きく変わりました。現場では、みなさんの演技をお芝居として見る余裕はなかったです。でも、あの時は皆がお芝居ではない。月海が私の日常だったので、皆の人生に入れたし、皆さんにも私の人生に入ってもらった。監督の人生にも入れたことがうれしいですね。
 
成田:演技なのか、リアルなのか、その境目がないような生活をしていましたから。
 
―――クランクイン前に井浦さんと成田さんは一緒に住む体験をされたそうですね。
井浦:とても大事な時間ではありました。ただ二人だけで完成してしまっても、何も意味がない。そうやって二人で作った時間を現場に持っていき、現場でそれが混じり合った時、俳優だけでは作れないような、とても高い温度になるんです。
 
 
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―――紗羅さんは、ハードなシーンも多かったですが、監督からどんな指示があったのですか?
紗羅:かなた監督は、ひたすら精神面のケアをしてくれました。暴力を振るわれるシーンや、心が壊れている演技をしなければいけなかったので、かけてくれる言葉はとても優しくて、布団の中にいるようなあったかい感覚でした。
 
井浦:監督は師匠がいる訳ではないので、スタートも独特で、「よーい、行こうかー」とか「行くぞ!」とか。気合が入っている時は、「よーい、来い!!!」とか。カットも「撮った!」とか。
 
成田:スタートとカットシリーズが欲しいね。初日までに誰か作ってくれないかな(笑)
 
―――一番苦労したシーンは?
成田:僕は単純に長い台詞です。12分ぐらいしゃべるところは覚えるのが大変でした。
 
井浦:猛獣みたいな監督を中心にしている組なので、大変が当たり前になっていました。監督が言ったことを常に信じていました。
 
紗羅:初めての演技が最初の暴力を振るわれるシーンだったのですが、OKが出るまでかなり長回しをしたので、カットが入ったときは達成感がありましたね。なので、後のシーンが何も苦労がなく、平和に感じられました。
 
 
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―――出来上がった作品をどう受け止めましたか?
成田:未だに客観的に観ることができません。観終わった後は、新さんと近寄らなかったですし。公開して、映画館に行って、1800円払って、予告編からお客さんと一緒に観て、映画館を出る。そうしてはじめて、映画になったと実感するんじゃないかと。今、言ってしまうとすり減りそうで…。
 
井浦:想像なんかを軽く飛び越えた作品ができたなと思います。現場でも、自分たちの出来るギリギリのところがそのまま映っていればと信じてやっていました。監督はさらにその素材を時間をかけて編集。秒単位で削り、最後に出来上がったものは、こんな映画なんだ!と思わされた時もありました。客観的に観ることができず、どんな言葉で表現すればいいのか。感想を未だに言い合えない状況です。
 
紗羅:台本を通しで読んだのですが、楽人が月海たちに見せないようにして頑張っていた世界は、私も終わるまで読むつもりがなかったので、本当に作品が出来上がるまで分からなかった。映画でそれを観るのを楽しみにしていたんです。でも、どうしても月海の気持ちで観てしまうので、「楽ちゃん、こんなにがんばっていたのね。だから私たちはそこを見なくてよかった…」と。まだ紗羅マリーとしては、全く観ることができていないです。
(江口由美)
 

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<作品情報>
『ニワトリ★スター』(2017年 日本 2時間15分)
監督:かなた狼
出演:井浦新、成田凌、紗羅マリー、阿部亮平、LiLiCo、津田寛治、奥田瑛二他
2018年3月17日(土)~ヒューマントラストシネマ渋谷、3月24日(土)~シネ・リーブル梅田、シネマート心斎橋、今春~元町映画館他全国順次公開
公式サイト⇒http://niwatoristar.com/
(C) 映画『ニワトリ★スター』製作委員会
 
 
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『麦子さんと』『ヒメアノ~ル』の吉田恵輔監督による究極の兄弟姉妹映画『犬猿』が、2月10日(土)からテアトル新宿、テアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、京都シネマ他で全国ロードショーされる。
性格や容姿が真逆の兄弟姉妹のガチンコバトルをパワフルに描く本作。刑務所から出所したばかりの凶暴な兄(新井浩文)と親の借金を返しながら地道に働く真面目な弟(窪田正孝)。容姿は悪いが家業の印刷所を切り盛りするしっかり者の姉(江上敬子)とグラビア系の仕事をしながら、姉の元で働く美人だけど要領が悪い妹(筧美和子)。それぞれの対立だけでなく、兄弟と姉妹が出会うことで起こる化学反応と、お互いの本音が爆発するまでを丁寧に描写。クライマックスの爆発ぶりも必見だ。
 
テンポの良い会話にのせて、兄弟姉妹のあらゆる感情を引っ張り出した本作の吉田恵輔監督に、お話を伺った。
※吉田監督の「吉」は「つちよし」です。
 

 


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■脚本を書く時は、自身の実体験とはかけ離れた設定に

―――兄弟、姉妹ががっぷり四つに組んでの物語は非常に迫力がありました。構想のきっかけは?
兄弟や姉妹の話は前から作りたいと思っていましたが、面白い作品がたくさんあるので、企画としては弱い。でも、兄弟と姉妹が合体したものはないなと思いつくと、プロデューサーの喜びそうな顔が目に浮かんで、お金が集まりそうだぞと(笑)。その方が、話も広がっていいかのではというところからスタートしました。 
 
―――兄弟姉妹の物語で『犬猿』というタイトルは強烈なインパクトですね。

 

最初僕が出したのは別のタイトルだったのですが、こむずかしいフランス映画みたいだと却下されて(笑)。もう少しキャッチ―な、『犬猿の仲』みたいな、いっそのこと『犬猿』でいいんじゃないと。プロデューサーのアイデアですね。
 
―――監督自身の体験も反映されているのですか?
姉がいますが、そんなに話をしなかったので特に反映している訳ではありません。僕の場合、物語の設定は実体験とかけ離れている場合が多いです。例えば初期作品は童貞ものが多いのですが、僕は高校生の時から色々な女の子に声をかける方だった。どちらかと言えば、本作の卓司のような不良文化で育ってきたので、僕にまともな弟がいたら、嫌な思いをしていたでしょう(笑)オタクとかアイドル文化、アニメ、ゲームも大人になってから勉強しました。 
 
―――姉妹の方は、一つ屋根の下で暮らし、住居兼工場という自営の印刷工場で働いている設定が効いています。その狙いは?

 

やっぱり狭い方がイヤじゃないですか?狭くてもクリーンなオフィスならまだしも、狭くて逃げ場がないような空気感や、絵作り的にも印刷工場の雰囲気が合っていました。薬品の臭いが漂いそうな感じですね。ネイルとか美容に構っている必要性がない場所、若い従業員がいない場所なのに、妹の真子はネイルをしている訳です。
 
―――姉の由利亜を演じるお笑いコンビ「ニッチェ」の江上敬子さんは、藤山直美を彷彿とさせる雰囲気がありますが、現場ではいかがでしたか?
実際に藤山直美さんに似ていると言われることもよくあるそうです。彼女は演技のスイッチの入り方に天性の才能を感じますね。
 
 
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■実力派男性陣×フレッシュ女性陣の演出について

―――役作りに関しては、役者に委ねる部分が多かったですか?
特に男性陣は委ねるというより、脚本に書いてあることを読めば自然にできるし、演じたら正解を出してくれる。スタート、カットは言うけれど、何もしないという感じですね。その分、女性陣は頑張って引き上げていきました。大体いつもそうですが、演技初心者を引き上げながら、周りの先輩にフォローしてもらうという組み合わせにしています。男性陣は演技の強度の調整はあっても、NGを出すことはなかったですね。
 
―――後半、病院の屋上で4人が並んで語らっているシーンは、他のシーンとは違う空気感がありました。
あのシーンだけは脚本に台詞がなかった。「和やかにしゃべる4人」とだけ書いて、エチュードにしたんです。立ち位置を変えずに、自由にしゃべっていい。でもそれぞれのキャラクターとして話すことと、2カットで撮ることを伝えました。江上さんはとても勘が良くて、両方の編集点が繋がるように動いてくれ、さすがだなと感心しました。

 

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■欲望のさらけ出し方に同じ匂いを感じるキム・ギドク監督と、影響を受けることができなかった塚本晋也監督

―――ちなみに、好きな映画監督は?
キム・ギドク監督が好きですね。僕の作品は会話がメチャクチャ多いけれど、キム・ギドク監督の作品は一言もしゃべらなかったり。僕と真逆のことをするけれど、欲望のさらけ出し方に、スケベなおじさんの同じ匂いを感じるんですよ。アプローチの違う同種かな。
 
 
―――監督は若い頃、塚本監督の照明部で経験を積まれていますが、塚本監督からは影響をうけたのですか?
影響を受けたかったけれど、受けることができなかった。10年以上照明部をやりましたし、自主映画を作っているときも塚本監督に憧れていたので、塚本監督の作品っぽいものを作りたかったのですが、ニセモノ感がハンパじゃないんです。塚本監督の作品は本物だけが出せる味です。近くで見れば見るほど、「これは、この人にしか出せない」と思ってしまう。憧れと自分に向いているものとは違うので、自分に向いているものをきちんと見て、作るようになりましたね。
 
―――「影響を受けたかったけれど、受けることができなかった」という意味がよく分かりました。
僕はよく変わり者のように言われるのですが、10年以上映画病のような人が目の前にいたので、自分としてはむしろビジネスライクというか、“上手くやっている人”という感覚です。それぐらい、塚本監督は修羅というか、狂気すら感じる方です。最近の容姿は仙人のようになられていますが。
 

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■何かの“欲”を描きたい

―――次はどんな題材を撮りたいですか?
題材というよりは、感情ですね。例えば自己愛とか、自己顕示欲に囚われるとか、“欲”が結構好きなんです。それぞれ皆の中に自己顕示欲は眠っているのに、それがないように装うのが日本人の特徴でしょ?それを謙遜と呼ぶのだけれど、謙遜は、実は白々しい。「若いですよね」と言われて、「いえ、全然~」と返しながら、もっと言ってと思うとか。見た目の若さが自慢だとか、何かの欲望や感情を描いていきたいですね。
 
―――最後に、メッセージをお願いします。
誰に感情移入するのかは、皆さんの生き方によって違ってくると思うので、逆に言えば、どんなメッセージ感じたか見た人には教えてもらいたいですね。
(江口由美)
 
 
 
 

 
<作品情報>
『犬猿』(2017年 日本 1時間43分)
監督・脚本:吉田恵輔
出演:窪田正孝、新井浩文、江上敬子、筧美和子他
2月10日(土)~テアトル新宿、テアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、京都シネマ他全国ロードショー
公式サイト⇒http://kenen-movie.jp/ (C) 2018『犬猿』製作委員会