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『この道』佐々部清監督インタビュー

(2018年12月25日(火)大阪にて)


konomichi-logo.jpg童謡誕生100年――
子供のような無邪気さでリズミカルな詩歌を作り続けた北原白秋の人物像と、
山田耕筰とのゴールデンコンビ結成秘話に迫る感動作

 

誰もが口ずさめる童謡、幼き頃の郷愁を掻き立てる詩歌に心和ませ、優しい気持ちにしてくれる。その多くは自由奔放な詩人・北原白秋の詩に、日本に初めて西洋音楽をもたらした音楽家の山田耕筰が曲を付けたものである。このゴールデンコンビによる歌は、童謡のみならず、校歌や社歌、そして、戦争へと突き進む国威高揚のための歌に至るまで実に幅広い。本作は、若い頃から次々と詩集や歌集を発表し文壇を賑わせた北原白秋の意外過ぎる人物像や、その豊かな才能が発揮される瞬間に焦点をあてた、魅力あふれる感動のヒューマンドラマである。


学校の音楽教室では教えてくれない北原白秋の人物像は、裕福な商家出身が倒産没落、隣家の美人妻との不倫の果て姦通罪で捕縛され、その後も結婚離婚を繰り返したり、泥酔しては喧嘩したりの自由奔放ぶり。3人目の妻との間に二人の子供を授かってようやく落ち着くが、関東大震災で被災し、山田耕筰との出会いから童謡の作詞を手掛けるようになる。小林一茶のように大の子供好きで、子供をあやす時に使う擬音を用いる詩は、リズミカルで唯一無二のもの。当時の文豪たちをも魅了する才能の持ち主だったようだ。


そんな北原白秋を、時代の変化を感じさせながら人間味たっぷりに描いた佐々部清監督。主役の大森南朋の個性をそのまま白秋に置き換えたという演出は、子供のようなおおらかさと無邪気さに男の色気が入り混じる、放っておけない愛すべき人物として魅了する。そんな白秋とドイツ留学経験のあるエリートの山田耕筰との対比がまた面白い。初対面での他愛ないケンカから始まる二人の関係性は、二人とも品行方正のイメージだが、実はやんちゃな熱血タイプだったようで、その人物像の膨らませ方にも佐々部監督の遊び心が感じられる。


konomichi-di-500-1.jpg「現代社会にも何かしらリンクするような作品作りをしたい」という佐々部清監督に、1月11日(金)の公開を前にお話しを伺う機会があり、下記はその詳細を紹介しています。大森南朋演じる北原白秋と共に、山田耕筰を演じたEXILEのAKIRAの熱演にも注目してご覧頂きたい作品です。


(河田 真喜子)


――本作製作のキッカケは?
生まれてから亡くなるまでを描くような偉人伝には興味を持てなかったのですが、以前ご一緒する機会があったミロシュ・フォアマン監督から伺っていた『アマデウス』のように実在の人物像を転がせるのなら、エンタメとしてクスクス笑えて感動できる作品にできるのではないかと思ました。童謡誕生100年ということで、幸いEXILEのHGH BROW CINEMAが製作について下さったので、本格的に本作りに入ることができたのです。

 

【北原白秋の人物像について】

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――リズミカルな詩の原点は子供をあやす女性の影響が大きい?
白秋は奥さんが嫉妬するほど子供好きだったのは事実です。自然児というか、女性から見て可愛らしいチャーミングな、それでいて色っぽい白秋にしたら、あのような詩が生まれたことをより理解して頂けるのではないかと思い、実話とフィクションを織り交ぜながら描いてみました。


――人物像を膨らませるポイントは?
ずっと商業映画を撮ってきたのですが、商業映画を撮りながらもどこかでリアルがいいと思っていました。ですから『東京難民』ではドキュメンタリーみたいな映画にしたいと思って撮りました。エンタメでクスっと笑わせるにはリアリティを重ねた方がいいと思うので、リアルとフィクションを丁度いい具合に盛り込めればと思っていたところ、今回、坂口理子さんという素敵な脚本家が、北原白秋の詩と山田耕筰の曲をリンクさせながら、私がやりたい世界観の話をうまく重ねてくれました。


――錚々たる近代文学の文豪たちが登場しますが?
北原白秋の弟子三羽烏は室生犀星、大手拓次、萩原朔太郎でして、高村光太郎はちょっと後輩で、石川啄木は喧嘩する相手だったようです。与謝野鉄幹・晶子夫妻のように支援してくれる先輩方もいて、皆が白秋の人柄よりも才能に惹かれていたように思います。そうでなきゃ、昼間っから酒飲んで、姦通罪で捕まって、やっと出て来たかと思えば「結婚します!」、なんて言う奴を誰も応援しませんよ(笑)。


――北原白秋の人望がうかがい知れるところですね?
でも、そうした文学者の名前を聞いてピンと来ない人も多く、そのように受け止めて下さるのはある年齢以上の方々ばかりなんです。若い人の中では「聞いたことはあるけど…」という感じですよ(笑)。


――大森南朋のキャスティングは?
大森南朋君については、一緒に仕事するのは今回が初めてだったのですが、いろいろ調べてみると、何となく“やんちゃ”そうで色っぽい俳優だなと感じました。彼を初めて認識したのは廣木隆一監督の『ヴァイブレータ』で、寺島しのぶさんが凄く評価されましたが、私は「彼女の受けを全部やれている大森君が素晴らしい!」と当時のブログに書いた程でした。それ以来、彼の名前を聞く度に一緒に仕事してみたいと思っていたのです。やんちゃそうで色っぽくお酒も飲めそうなところを白秋に活かせればと、脚本を大森君に近づけるようにしました。

 


【山田耕筰について】

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――白秋が山田耕筰と初めて出会った時に喧嘩したのは事実?
あれは創作です(笑)。地味な作品なので、どこかはじけるシーンがあってもいいかなと思っていたところ、脚本家がうまく喧嘩のシーンを創ってくれました。「殺陣師は誰にしましょう?」と言われ、「はあ?」、任侠映画じゃあるまいし血みどろになる必要はないと。本ばかり読んで育った文学者と洋行帰りの音楽家の喧嘩ですから、台所にある野菜を投げ合うところから喧嘩が始まればいいかなと思って、二人に任せてみました。するといつの間にかAKIRA君がネギを持ってましてね~(笑)。


――山田耕筰の人物像とEXILEのAKIRAについては?
山田耕筰について調べてみると、オーケストラの女性と恋仲になったり、白秋と同じく3回妻を変えたりと、かなりやんちゃなお方だったようですが、それを真っ直ぐで男気のあるAKIRA君に合わせて、白秋とは対照的な真面目な人物として描きました。バイオリンをあそこまで弾くには1年はかかるのを、ピアノの演奏や体力の要る指揮などを1か月あまりで習得できるとは、さすがはAKIRA君です。普段からの鍛え方が違いますね。彼が一番緊張したのは、由紀さおりさんと安田祥子さんの前で「からたちの花」を指揮した時だったようです。なんせあの至近距離ですからね~(笑)。


konomichi-500-2.jpg――今回特殊メイクにも挑んでいますね?
70歳の山田耕筰の役は、最初は同年齢の俳優さんにお願いするつもりだったのです。ところが、AKIRA君が「僕じゃダメなんですか? 出来れば自分がやりたい」と言うもんだから、それならと特殊メイクに挑んでもらいました。ずっと立ったまま両手を上げて指揮するのは本当に大変な作業で、70代の俳優さんでは務まらなかったと思います。

 


【映画製作を決めるポイントについて】

――映画を撮ろうと決めるポイントは?
作品の中にどこか今の社会を照らし出せるものがあるかどうか――本作は明治・大正、そして昭和初期のお話ですが、関東大震災の後、がれきの中で山田耕筰と北原白秋が手を取り合って、「曲で人々を勇気付けられるのではないか」というシーンがあります。平成の時代、多くの災害が起こりましたが、そんな時すぐに駆け付け勇気付けてくれる人って、音楽やっている人かスポーツやっている人です。あの二人のシーンがどこまで事実か分かりませんが、この映画もしっかりと現代とリンクしているので「やりたい!」と思ったのです。


konomichi-500-3.jpg――ご自身の強い想いが込められているところは?
最後の方で、与謝野晶子が戦争を危惧して「いつまでも自由に作れるといいわね、この国がどこに向かおうとしているのかしら…」と言うセリフがあります。5年前「特定秘密保護法」ができた時、自由に映画が作れなくなるのではないかと危惧して、日本監督協会から反対声明を出しました。本作でそれを声高に叫ぶつもりはないし、政治運動をするつもりもないのですが、私の思いや反戦の立場を反映できる作品作りができればと思っています。


――今までの作品の中では?
『ツレがうつになりまして。』の時は、たて続けに身近な人がうつになって自殺してしまうというショッキングなことがあって、そんな時にあの原作に出会ったのです。うつ病になってしまった人は勿論、それを支えている人々のためにも何か力になればと思って製作しました。今の社会に何らかの形でリンクできて、重いテーマでもマイナスイメージではなく前向きな姿勢で描けるかどうかが、私の映画製作を決めるポイントです。


――『八重子のハミング』の時もそうでしたか?
老々介護を扱った『八重子のハミング』の時は、映画会社はどこも地味な企画だと製作費を出してくれなかったので、自分で製作費を集めて撮りました。誰しもがこれから先直面する老人問題ですので、映画を観て、問題に向き合い、考えてもらうキッカケになればと――映画にはその力があると思っています。


――時代劇は初めて?
『出口のない海』や『日輪の遺産』は戦時中の物語でしたが、明治・大正という時代劇は初めてです。そのために今回は、いつも東京で撮っているスタッフではなく、京都撮影所のスタッフで撮りました。撮影・照明はもちろん美術も衣装もメイクも結髪もロケ場所もすべてスタッフにお任せして、職人としての巧みさを作品に活かしました。空いた時間にも素早くセット造りや撤収と、それはそれは見事な仕事ぶりでした。


konomichi-di-240-1.jpg――今の日本映画について思うことは?
どんな映画があってもいいと思っています。ただ、メジャー系の映画会社が売れ筋を狙う一様の傾向にあるのはちょっと寂しいなと、一方、賞狙いの映画は貧しくて暗い心の闇を鋭利に描くことが芸術映画みたいに思っているようなところがあります。私はその隙間を埋める“隙間産業監督”なんてね、ウチのスタッフに言われていますが(笑)。私が中学・高校生の頃には、例えば「ルキノ・ヴィスコンティの『家族の肖像』が観たい!」というように明確な目的意識を持って映画館へ行っていました。その頃の日本映画は『スター・ウォーズ』みたいな大ヒット映画の亜流ばかりかというとそうではなく、『恍惚の人』(東宝)や『花いちもんめ』(東映)という老人問題を扱った名作も作られていたのです。もっとメジャー系の映画会社が多様な映画作りをしてほしいと思っています。

 


『この道』

(2019年 日本 1時間45分)
■監督:佐々部 清   
■出演:大森南朋、AKIRA、貫地谷しほり、松本若菜、小島藤子、由紀さおり、安田祥子、津田寛治、升 毅、柳沢慎吾、羽田美智子、松重 豊
■脚本:坂口理子  音楽:和田 薫 主題歌:「この道」EXILE ATSUSHI
■配給:HGH BROW CINEMA  ©2019 映画「この道」製作委員会
公式サイト: https://konomichi-movie.jp/
2019年1月11日(金)~TOHOシネマズ梅田 他全国ロードショー

 

 

 
 

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「理想だけではなく、残酷なもの、複雑なものをそのまま表現したかった」
『夜明け』広瀬奈々子監督インタビュー
 
是枝裕和監督と西川美和監督が立ち上げた制作者集団「分福」で監督助手を務めてきた広瀬奈々子監督の長編デビュー作、『夜明け』が2019年1月18日(金)より全国ロードショーされる。
 
川辺に倒れていた身元不詳の若い男と、彼を助け、自宅に招き入れて自身が経営する木工所での仕事も与えた初老の男。疑似家族のような関係を見せながらも、それぞれの持つ過去が露わになるにつれ、二人の関係にひずみが生じていく。シンイチと名乗る謎めいた若い男を演じるのは柳楽優弥。その佇まいや目の表情で、危ういシンイチの心境がどう動くのかと最後まで観る者を惹きつける。シンイチを亡き息子に重ね、家族のように迎え入れる哲郎を小林薫が演じ、再婚予定の相手のことも上の空で、シンイチに過剰な期待を寄せる男の危うさを見事に表現。サスペンスの色合いも滲む、重厚なヒューマンドラマだ。
 
オリジナル脚本でデビューを果たし、第19回東京フィルメックスコンペティション部門スペシャル・メンションを受賞した広瀬奈々子監督に、お話を伺った。
 

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■是枝作品の企画から編集まで立ち会い、手伝いながら「口出しする」監督助手時代。

――――広瀬監督は、2014年に是枝監督や西川監督が立ち上げた制作者集団「分福」から長編デビューする初めての監督でもありますが、実際にどのようなプロセスや教育を経て、監督デビューに至ったのですか?
広瀬:まず監督助手というポジションにつき、是枝作品の企画から編集まで、ずっとそばで立ち会い、お手伝いをしつつ口出しをするのが一番の任務でした。口出しするということは現場を止めてしまうことになるので、最初は本当にできなかったです。助監督は現場では進めていく立場で、いわばアクセル的存在。一方、監督助手はブレーキ的存在なので、意見を言うと周りはザワつきますし、今は言うなという圧力も感じていました。
 
――――徹底的な現場教育ですね。気づきも必要ですし、それを現場にフィードバックさせるのはまさに監督の仕事です。でも、相当言いづらかったのは想像できます。
広瀬:それでも言い続けて採用されるようになるとうれしいですし、今では「是枝さんのあの作品、このシーンは私のものだ」と密かに思っています(笑)。もっと慣れてくると、是枝さんを通して演出を試したり、そういう現場体験を3年間やりました。ただし、3年で卒業なので、そこからは分福に所属していても、自分で仕事を作らなければ仕事はこない。だからプレッシャーはありましたし、監督助手時代からプロットや企画は10本以上出していました。『海街diary』の撮影助手の方がカメラマンデビューされた短編WebCM(6分)の監督をし、その作品を見た是枝さんに、「もう長編を撮ったほうがいいね」と言われたことが長編監督デビューのきっかけになりました。
 
 

■オリジナル脚本は、自立できない時期の自分の不甲斐なさやプレッシャーがベースに。

――――オリジナル脚本で初監督作と恵まれている一方、大変な部分も多々あったと思いますが、脚本のアイデアはどこから来たのですか?
広瀬:私は2011年に大学を卒業したのですが、漠然と演出をしたいと思っていたので、(分福に所属する以前は)就職せずに日々アルバイトをしてひたすら稼ぐ毎日でした。世の中に対してどう関わったらいいのか分からない、社会に対して自分の考え方をどう示していいのか分からない悶々とした時期でした。そういう自立できない時期の自分の不甲斐なさや、プレッシャー、モヤモヤしたものをベースにキャラクターを作ってみようと思ったのがきっかけです。
 
――――シンイチや哲郎、木工所の従業員など、男性のキャストが多いですが、男の不器用さを含め、皆、自然に描かれていて、男心が分かっているなと思いました。最初から主人公は男性と決めていたのですか?
広瀬:私は企画やプロットを書く時、なぜか男性になってしまいます。色々意識せず、自然に書けるのです。誰でも男性的な脳と女性的な脳があると思うので、私の場合は書くときに男性的な脳が働くのかもしれません。分からない部分は役者さんが補ってくれるので、そこは信頼してお任せしました。うまく感情表現できない人間が好きなので、そういうどうしようもない部分を描いてみました。
 
 

■柳楽さんをシンイチ役に想定したら、ただ受け身なだけの主人公が動き出した。

――――脚本執筆中、物語が哲郎寄りになりすぎていることがあったそうですね。
広瀬:そうなんです。やはり20代の時のことを思い出そうとしても、もう30代になってしまったので、哲郎寄りになってきてしまって。できるだけ若々しいキャラクターを書きたかったので、シンイチの部分を書く時に自分の中で補いきれない部分があれば、柳楽さんや、他の人を想像しながら書きました。
 
――――柳楽さんの名前が出ましたが、キャスティングはどの段階でされたのですか?
広瀬:最初に哲郎役の小林薫さんにオファーさせていただきました。その時点で哲郎の方が立体的になってきたのでしょう。シンイチのキャスティングを決めかねていた時に柳楽さんの名前があがり、いいだろうなと思ってはいたけれど、是枝監督が見出した人なので自分の中で少し抵抗する部分があったんです。でも、柳楽さんがシンイチ役になればどうだろうと思って書くと、ただ受け身なだけの主人公が、受けてからもがくというか、一歩遅れてから反応するようになってきてキャラクターが動き出しました。柳楽さんのエネルギーがあると、全然違うことが見える。これは柳楽さんにオファーするしかないと腹をくくりました。
 

 

■大好きな小林薫さんへのオファー、「共感できるわけではないけど、だからこそ面白い」

――――脚本が未完成の段階で、相手役も分からず最初にオファーを受けてくれた小林さんの心意気を感じます。
広瀬:今思えば恥ずかしいぐらいですが、全然脚本が固まっていない時にオファーし他にも関わらず、やって見たいとおっしゃって下さいました。「(哲郎は)共感できるわけではないけど、だからこそ面白い」と。昔から映画やドラマで小林さんの演技は拝見していましたし、森田芳光監督の作品とか、おちゃらけた軽やかな役から、ずしりとした役までできる役者さんで、本当に大好きです。撮影中は、現場でも小物に至るまでいろいろなアイデアを出してくださいましたし、スタッフにも分け隔てなく話しかけてくれ、とてもいい雰囲気を作ってくださいました。若い人との映画作りを楽しんでいらっしゃいましたね。
 
――――柳楽さんを想定すると、シンイチ像が立体的になったとのことですが、その柳楽さんへのオファーを躊躇したのは、是枝監督への遠慮があったからですか?
広瀬:柳楽さんは是枝さんが産み出した才能であることは間違いないので、そういう方を自分のデビュー作に迎えると、必ずそういう是枝印のようなものが付いてしまいます。またそういう柳楽さんへ演出することへのプレッシャーもありました。私の中で、是枝さんから離れられないように見えることへの抵抗があったんです。
 
 
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■理想だけではなく、残酷なもの、複雑なものをそのまま表現することに挑戦。

――――その葛藤を乗り越えて柳楽さんへオファーした結果、是枝監督作品では逆に見られないような、柳楽さん世代が抱える身の置き所のなさとか、焦燥感、そして頑張りきれない主人公の人間臭さが見事に表現されています。
広瀬:理想だけではなく、残酷なものは残酷なまま、複雑なものは複雑なまま表現することに挑戦しました。(敢えてわかりやすさを嫌うのは)青臭いことかもしれませんが、一作目なのでそこはひよらず、自分がダサいと思うことは素直にやらない。そう思って作りました。 
 
――――なるほど。自分の思いをしっかり反映させた脚本、そして作品になった訳ですね。
広瀬:ここまで複雑な感情の行き来がある作品になると、正直思っていなかったです。柳楽さんのおかげもありますが、自分が思っている以上に複雑な内面を抱えたキャラクターになりました。現場で柳楽さんは「(シンイチの表現が)分からない」とよくおっしゃっていましたが、分からないなりに監督の私を信じて、シンイチとしてそこにいてくれたのがありがたかったです。
 

 

■現場で、柳楽さんのなんとも言えない表情にハッとすることが何度もあった。

――――本当にセリフが少ない中、相手との関係の中で、微妙な心の動きを表現する柳楽さんから目が離せなかったです。
広瀬:現場でも柳楽さんがなんとも言えない表情をよくされていて、ハッとすることが何度もありました。ずっと色々なことに否定的なキャラクターでいながら、とても意思の強い目をしていたり、控え目なようで割と図太い部分がある。そういう両面性がすごく出ていて、見方を変えればシンイチが全然違うキャラクターに見えてくるのが、すごく不思議でした。私自身も、見るたびにシンイチの見え方が変わるんです。取材を受けている自分自身も色々な人の意見を聞かせていただく中で受け止め方が変わったり、そういう変化がとても楽しいです。
 
 

■シンイチにも、哲郎にもエゴと残酷さがある。

――――そんなシンイチの面倒をみることになる哲郎も、赤の他人でありながら、亡くなった息子を重ね、親身になって面倒を見る様子が、最初は微笑ましく描かれます。一方、期待が膨らみすぎる危うさもまた、哲郎の未熟な部分を露わにしていますね。
広瀬:最初の顔合わせの時に、小林さんが恋愛に例えて、「哲郎はどこでシンイチのことを好きになるのか」と言われ、意外なアプローチに驚きました。実際、哲郎の狂気ぶりをかなり表現したつもりでいたのですが、哲郎と同世代の方はその狂気さにはあまり気づかない。それも今回、映画を観ていただいて気づいた部分です。シンイチにも哲郎にもエゴと残酷さがあります。シンイチに共感して見ていると、シンイチのエゴには気づかないし、哲郎目線で見ると、哲郎のエゴには気づかない。そんな双方の依存についての物語でもあります。
 
 

■舞台となる木工所は、自分のやりたいことができない期間こそ大事な世界。

――――哲郎が経営している木工所は、典型的な後継者不足の現場であり、家内工業的な親密さの象徴のようにも見えましたが、最初から舞台に想定していたのですか?
広瀬:温もりのあるものを扱いつつ、縦社会がきちんとあるような厳しいコミュニティという視点で、最初の段階から木工所を思い描いていました。実際に木工所をいくつか取材させていただくと、見習いの最初2年はカンナの刃を研ぐだけという厳しい世界だそうです。自分のやりたいことができない期間こそ大事な世界なのだと分かりました。大手家具量販店が出てくる中、衰退し、跡取り難に悩む世界だからこそ、経歴にこだわらず、どんな人でも積極的に採用します。そうして採用した社員を可愛がる情に厚い親方も多く、参考になりました。
 
――――シンイチが机の納品先で、店長からバイト店員へのパワハラを目撃するシーンなど、シンイチの過去を想起させるエピソードが非常に効果的ですね。
広瀬:東京でのシーンをいくらでも作ることはできますが、いかに回想シーンを使わずに、シンイチの親子関係や、社会に出るまでの生活をシーンの中から表出させるか。そこにはこだわりました。
 
――――釜山国際映画祭でワールドプレミア、東京フィルメックスで国内初上映(スペシャルメンション受賞)と、二つの映画祭を経てのロードショーとなりますが、それぞれの映画祭に参加した時の感想や反響は?
広瀬:釜山は街自体が映画を歓迎してくれるような温かい雰囲気で、街を歩いていても「映画を見たよ」と声をかけられました。基本的に観客は20代ぐらいの若い方が多く、皆さんとても熱心に見てくださいました。主人公が精神的にとても危ういので「この動作は死を暗示しているのか」とか、こちらがなるほどと思うようなことを聞いてくださいました。東京フィルメックスは、本当にコアな映画ファンが多く、映画祭の色が濃いと感じましたし、中には見終わってすぐに出て行ってしまう方もいて、ちゃんと賛否両論あるということを実感できる場でもありました。
 
 

■暗闇を歩き続けていても、いつかは「夜明け」が来る。

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――――最後に、夜明けで始まる映画ですが、『夜明け』というタイトルに込めた思いは?
広瀬:夜の中を歩いているような映画ですが、暗闇を歩き続けていても、いつかは夜明けがくる。そんな日が来ることを祈って、このタイトルをつけました。私はダルデンヌ兄弟作品が好きなのですが、安易にわかった気にさせないし、最後まで見たら、また最初から見たくなります。そんな映画をこれからも作っていきたいです。
(江口由美)
 
 
 
 
 
 
 
 

<作品情報>
『夜明け』(2018年 日本 113分)
監督・脚本:広瀬奈々子
出演:柳楽優弥、小林薫、YOUNG DAIS、鈴木常吉、堀内敬子他
2019年1月18日(金)~新宿ピカデリー、シネ・リーブル梅田、なんばパークスシネマ、MOVIX尼崎、神戸国際松竹、MOVIX京都他全国ロードショー
公式サイト⇒https://yoake-movie.com/
(C) 2019「夜明け」製作委員会
 

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津軽三味線奏者、高橋竹山を通して見える日本の地方と音楽の在りよう
『津軽のカマリ』大西功一監督インタビュー
 
明治末期に生まれ、幼少期に視力を失い、三味線を弾き門付けをしながら生きてきた初代 高橋竹山。後に津軽三味線の名人と呼ばれ、数多くの津軽民謡を編曲し、独奏者としてその名を残した竹山の人生とその演奏が蘇るドキュメンタリー映画『津軽のカマリ』が、2019年1月11日(金)よりシネ・リーブル梅田、1月12日(土)より京都シネマ、今冬元町映画館ほか全国順次公開される。
 
監督は前作『スケッチ・オブ・ミャーク』で宮古島の「古謡」や「神歌」、御嶽(うたぎ)での神事に密着した大西功一監督。竹山の素晴らしい演奏やその苦節の人生を体感できるだけでなく、沖縄、滋賀とロケを敢行し、普遍的な音楽、土地の歴史を追求する壮大な作品に仕上がっている。大西功一監督に、お話を伺った。
 

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■学生時代から興味を持っていた高橋竹山を通して、津軽のカマリ(匂い)を描く

――――いつ頃から、津軽三味線の第一人者である高橋竹山さんに注目していたのですか?
大西:学生時代にテレビ等多くで取り上げられていたこともあり、竹山さんのことは知っていましたし、興味を持っていました。病気のせいで盲目となり、何もしなければ飢えてしまうような状況の中、音楽で食べていくという時代ではなかった(大正〜昭和初期)にも関わらず、なんとか津軽三味線を弾いて生きるしか、竹山には道はなかった。そこから昔の日本の風景が見えてきます。僕達が生まれた頃には音楽産業が既に出来上がっていたので、お金を出して音楽を聞くことが当たり前になっていますが、元々音楽はそうではなかった。そういう元々の日本の地方の在りよう、音楽の在りようが、竹山を通して見えてきました。
 
――――前作の『スケッチ・オブ・ミャーク』では、宮古島での「古謡」や「神歌」、女性が中心となって執り行う御嶽(うたぎ)での神事に密着していました。今回はぐっと北上しましたね。
大西:98年に鈍行列車で東北各地を廻ったのですが、北上した津軽半島の十三湖の風景や、湖と海とが繋がる境界に架けられた橋から流氷の大群、そして無数の地蔵の姿を見た時、東北への想像を遥かに超える巨大な悲しみをたたえた風景やその絶叫を聞き、いつかは津軽を題材に映画を撮りたいと思いました。
時が経ち、『スケッチ・オブ・ミャーク』公開後に次回作のことを考え、津軽を再訪しました。僕の知り合いが竹山と同じ平内町出身というご縁で、初代・高橋竹山の弟子達が作った竹伸会の民謡教室を見学させていただいた時、竹山の直弟子、八戸竹清さんや、竹山の孫、哲子さんとの出会いがありました。また、僕はイタコ(東北北部で口寄せを行う巫女)が唱える呪文や歌のように聞こえる音が歌の原点のように思え、自分にとって大事なものとして、その音源を所有して聞いていることを話すと、哲子さんが「私のおばあちゃんがイタコだった」とおっしゃって。翌日お宅にお邪魔させていただき、竹山の奥様、ナヨさんが使った道具を見せてもらったり、祭文が入ったカセットテープを聞かせていただきました。本編でもたくさんその声が入っています。また、十三湖を再訪すると、流氷はなかったものの、同じ土地の空気感を思い出しました。旅行を終え、東京に帰った時に、竹山を中心にして津軽を描けばいいのではないか。竹山の原体験を描くことで、津軽を描くことにもなりますし、縦の歴史にも繋がっていく。僕が映画で映し出そうとしたことが津軽のカマリ(匂い)だし、竹山が音で表そうとしたのも津軽のカマリですから。
 
 
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■竹山自身が「津軽のカマリ」を超えて、宇宙のような普遍の領域まで到達している

――――私は本作で初めて高橋竹山さんの三味線演奏を聞いたのですが、非常に軽やかで小気味好く、感動しました。大西監督が感じる竹山さんの三味線の魅力とは?
大西:ブラジル民謡とか沖縄の音楽は、根底には悲しみがあるものの、すごくカラッとして洗練されている感じがするのですが、竹山の三味線もそうですよね。竹山の生い立ちを聞いて、ブルース的なものを想像していると少しズレを感じると思うのですが、そのカラッとした感じがいい。後は、竹山自身が津軽のカマリを超えて、世界に通じる人間の本質や生命、ひょっとしたら宇宙のような普遍の領域まで到達している感じがします。
 
――――今回、高橋竹山さんの色々な音源や映像が盛り込まれていますが、どのようにそれらを選択し、編集していったのですか?
大西:竹山は有名でしたし、テレビでも度々紹介されていたので、アーカイヴがあることには安心していました。今回は青森放送に多くをご協力いただいています。加えて、渋谷ジァンジァンという小劇場が作っていた竹山のビデオ映像を採用しています。晩年のものはドキュメンタリー映画『烈 ~津軽三味線師・高橋竹山~』の映像をお借りしました。
竹山が最後に三味線を手にしたという夜越山温泉の映像は、施設のスタッフが撮影したホームビデオです。
 
――――最後の温泉での演奏は、生涯を津軽三味線と共に生きた竹山の生き様が生々しく伝わってきました。厳しい自然と対峙してきた津軽の人々の歴史にも触れていますね。
大西:米作がメインだったので、豊作の時は米を高値で取引でき、人々も豊かだったそうですが、冷害が多いのでその時は大変だったと思います。労働歌も昔は今みたいに音楽を再生する装置がないので、単純作業をしている時に自分で歌いながら作業をした方が、気がまぎれる。そんな中にどんどん歌が生まれてくるし、替え歌も生まれてくる。姑や夫の文句の替え歌も、きっとあったと思いますよ(笑)。
 

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■民謡の歌い手より格下だった三味線弾きが、独奏でレコードデビューするまで

――――確かにそれは気が紛れます(笑)竹山さんは、元々歌の伴奏者で、後に今でいうインスト奏者として独立されたのですね。
大西:最初、師匠の戸田重次郎から基本の独奏を3曲教わっています。歌のある曲のメロディーを三味線で弾く曲弾きと呼ばれるもので、当時は津軽民謡もその3曲ぐらいしかなかった。しかもほとんどは歌が聞きたいので、三味線の独奏を求められることは滅多になかったのです。
当時、津軽民謡の大御所、成田雲竹は青森の方々に出向いて土着の歌を収集し、竹山に伴奏をつけさせました。それで今、津軽民謡がたくさん残っている訳です。竹山自身が編曲しましたから、それを曲弾き(独奏)できるのは自然なことです。
その後、キングレコードの斉藤幸二氏が成田雲竹の伴奏で弾いている竹山の三味線に興味を示し、雲竹を通して竹山と出会います。当時は民謡の歌い手と三味線弾きとはギャラも一桁違い、三味線弾きは見下されていました。でも竹山は三味線だけの演奏を披露することをどうも狙っていたようで、その後キングレコードから「津軽三味線高橋竹山」を53歳で発売し、7万枚のヒットを記録しました。そこから労音から声がかかります。それまではクラッシックを中心に聞く会でしたが、民謡を聞く会を開き、そこで初めて聴衆の前で津軽三味線の独奏を披露して、竹山は大喝采を浴びるのです。
 
――――まさに日本のフュージョン音楽のはしりのような存在ですね。本作では津軽三味線を作るところにもスポットを当て、蚕の糸から弦を作るということで滋賀県でもロケを行っているのも興味深かったです。
大西:これも偶然の出会いだったのですが、『スケッチ・オブ・ミャーク』の上映会をした時に、主催者である陶芸家の友人が近くに三味線の弦を製造する工房があると教えてくれたのです。今はほとんどが化学繊維の糸を弦に使用しており、蚕の糸を使って弦を作る工房は日本では2箇所だけしか残っていないと。7月に行けば、蚕を仕入れるので製造工程を見ることができると教えていただき、撮影しに行きました。竹山も三味線の弦を作ってもらっていたそうです。
 
 
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■沖縄、津軽「土地の慰霊」に繋げたい

――――18歳で既に60代だった竹山に弟子入りし、竹山が亡くなる前年に襲名した二代目高橋竹山さんも本作に登場し、師匠の思いを辿る旅をしています。この旅での狙いは?
大西:竹山は沖縄でひめゆりの塔にも立ち寄り、ステージでは絶句して涙したと本に書かれています。今回、二代目と一緒に沖縄をなぞり、また二代目も久しぶりに沖縄でライブを行いました。もう一つ、東北で飢饉凶作のことを描いていますが、土地の慰霊に繋げたいという気持ちがあります。沖縄のシーンもその意味を込めています。沖縄戦の哀しい事実があると同時に、内地の人も沖縄で戦い亡くなっている。そういうことも伝えたかったのです。
 
――――初代の記憶を辿る旅から、最後は襲名後初となる青森市のライブに結実していきますが、二代目と共に旅をした大西監督から見て、彼女の中にどんな変化を感じましたか?
大西:ライブが俄然良くなったと思っています。沖縄のライブも良かったですし、その後の青森初のライブももっと良くなっていました。今はいい意味で力が抜け、歌声も落ち着きが出ましたね。やはり華があります。
 
――――竹山に話を戻すと、竹山は日本全国を廻りながらも、最後まで津軽を拠点にして活動し続けました。これも竹山らしさを感じる部分だと思うのですが。
大西:戦後に大民謡ブームが起こり、やはり東京で仕事が多いものですから、津軽から腕利きの三味線弾きや民謡の歌い手がみんな東京に流れてしまった。だから青森放送の民謡番組の伴奏は竹山が一人で何時間も伴奏し続けていたそうです。奥様がイタコだったので青森を離れることができないという事情もあったと思いますが。
 
 
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■音楽と喋ることとの境界線は?音楽を掘り下げるうちに本質的なことに到達

――――この作品を見ていると、日本の音楽史を紐解いているようにも見えます。
大西:音楽と喋ることとの境界線って曖昧ではないかと僕は思うんですよ。お経だっていわば歌ですし。鳥の鳴き声も歌以外の何者でもないと捉えています。
 
――――大西監督はかなり若い頃から、普通にレコードで聞くような音楽以外の音も、音楽と捉えていたのですか?
大西:20代後半ぐらいからでしょうか。ロックの歌詞に照らし合わせて、自分自身や社会のことを考えたり、ロックの音自体に現代を生きることの苦しい感覚が重なったり。でもだんだんとロック自体が機能しなくなってきた時代があり、その時に音楽とは、歌とは何だろうと考え始めたのです。そこから『スケッチ・オブ・ミャーク』や竹山に繋がって行きました。もっと本質的なことを見ていかなければいけないと。
 
――――自分が生まれた時代に既にあった音楽から、もっともっと遡る必要があった訳ですね。
大西:それは音楽だけの問題ではなく、社会や生きること、食べることと繋がっていくのです。僕が今、函館で住んでいるのも、食のことを手がけたかったからなのです。
 
――――食に関心を持つようになったのはいつ頃からですか?
大西:『スケッチ・オブ・ミャーク』にて、宮古島で儀式の継承が危機である事実を知り、僕なりに撮りながらどうするべきかを考えさせられました。彼女たちがやっているのは五穀豊穣や安産祈願など生活の中の切実な願いに対する祈りなのですが、五穀豊穣と言いながらも今はほとんど穀物を作っておらず、サトウキビに偏っていて、スーパーでは島外から輸送された食物が季節を問わず豊富に陳列されている。一方儀式のためにクジで選ばれた女性の司たちは、厳格な所では年間100日ほどの務めがあり、辞退する人も出てくる訳です。例えば粟の豊作祈願をする場合にも、その時神様に奉納するミキ(発酵飲料)を作るのですが、その材料となる粟の大部分を輸入物に頼っている。そこまでして豊作祈願をしなければいけないのか。ご先祖が続けてきたことをすることによって、ご先祖や神様と繋がるという普遍的な部分は明らかにあるのですが、そもそも何のためのお願いだったのかという点が抜け落ちていることに気付いたのです。選ばれる司の女性が大変な思いをしているのなら、収穫してもいない豊作祈願を行うことを見直し、負担を減らして続ける方法はないのか。僕は撮影中そういう思いを抱いていました。
 
 
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■五穀を取り戻す運動から、本当の意味でのいきた神歌が継承できると確信

――――現代において、食や祈りを考え直すきっかけは、そこにあったのですね。
大西:その後映画を作り終わって2ヶ月後に東日本大震災が起こり、スーパーマーケットから食べ物が一時的ですがなくなり、その時はショックでした。これが長期化するとマズイことになると思った時に宮古島の状況に思いを馳せると、災害時に島民の命を守る五穀が、ここまでなくなってしまったこと自体が問題であることに気付いたのです。五穀豊穣祈願を見直し、削った方がいいと思ったけれど、時間をかけてでもプランを立てて、命を繋げるだけのもの、五穀を取り戻す運動をしていけば、本当の意味での神事も継承され、また本当の意味での生きた神歌が歌われるだろうと分かりました。
 
今は一般の人と、作物を作る人との間を繋ぐような役割が必要であると感じ、一軒家でレストラン(café&market「プランタール」)を経営しています。菜園を作り、そこで作った野菜や近隣の提携農家から届いた野菜を使ったお料理を提供しています。直売もやっていますし、ゆくゆくは家庭菜園を普及させていきたいと思っています。高齢化社会の中、シニア世代が作った野菜をお互いに分けあうことで、地域コミュニティも活性化しますし、先細りしていく年金頼りで、若い人たちのお荷物になってしまうような高齢化の構造を逆転できる。音楽の原点を見つめていくうちに、自ずと人間の原点に到達したという思いがあります。種を植えてから実り、またその種を植えてそれが芽を出すまでを見ていると、絶対の真実がそこにありますから。
(江口由美)
 

 
<作品情報>
『津軽のカマリ』(2018年 日本 104分) 
監督・製作・撮影・編集: 大西功一(『スケッチ・オブ・ミャーク』)
出演:初代 高橋竹山、二代目 高橋竹山、高橋哲子、西川洋子他
2019年1月11日(金)~シネ・リーブル梅田、1月12日(土)京都シネマ、今冬〜元町映画館ほか全国順次公開
公式サイト⇒ http://tsugaru-kamari.com/   (C) 2018 Koichi Onishi

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『銃』ナイーブさと瞬発力を併せ持つ村上虹郎インタビュー

(2018年11月9日(金)大阪にて)



~内に秘めた何かが惹きつける…村上虹郎の魅力に迫る~

 

『2つ目の窓』(河瀨直美監督)、『ディストラクション・ベイビーズ』(真利子哲也監督)、『武曲MUKOKU』(熊切和嘉監督)と、デビュー以来個性的な監督とのコラボが続いている村上虹郎。今回は、『悪と仮面のルール』『去年の冬、きみと別れ』と次々と映画化されている小説家・中村文則のデビュー作「銃」の映画化作品に主演。監督は、『百円の恋』の武正晴監督。俳優の未知数の力量を具現化させることに長けた監督の手にかかり、銃を所持することで精神的にも肉体的にも大胆になっていく青年の姿を繊細に描出。青年期の埋められない心の隙間に漂う危うさを、ナイーブさと瞬発力を併せ持つ村上虹郎の特徴をもって浮き彫りにした衝撃作である。


juu-550.jpg日本映画はそれぞれの時代を象徴するような青春像を映してきたが、今ここに村上虹郎による現代社会を映し出す新たな青春像がスクリーンに刻まれる。丁度20歳の等身大のトオルを演じた村上虹郎が、主人公トオルの人物像や自分との相違点、さらに共演者について語ってくれた。中でも、本作で重要な役どころを演じている実父・村上淳について語るあたりは、親子関係の意外な本音が出て、とても興味深い。


以下、インタビューの詳細です。



――今回の役は精神的にも肉体的にもハードな役でしたが、台本を最初に読んだ印象は?

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あまり原作を読まないタイプですが、今回は待ちきれずに読んでしまいました。原作では一人称で書かれていますが、完全に主観というよりトオルという人物を設定して客観視できるように映像化されている点はとても面白いなと思いました。

脚本に関しては、原作者の中村さんがとても大事にされている作品なので、武監督と中村さんで細かく協議しながら書かれていました。中村さん自ら「映画としてカタルシスを創った方がいいのでは?」と仰って追加されたシーンもあります。そのお陰で秀逸な場面を創り出すことができて、とてもありがたいと思いました。


――今回は原作を読んでから脚本を読まれたそうですが、今までと違った点は?

基本的には脚本をメインに演じています。武監督と中村さんは同郷であったり、原作を書いた時に住んでいた所も近かったりとリンクすることが多いので、そんな武監督が本作を撮った意味は大きいと思います。現場には武監督がイメージするトオルと僕が演じるトオルがいたのですが、大きな演出はありませんでしたが、トオルの言動について二人で擦り合わせることは多かったです。


――銃を持つことで変化していく心理面をどのように演じたのですか?

本作に関しては比較的真っ直ぐに演じました。なるべく忠実に、必要な情報をインプットして、原作からも取り入れたり、自分で考え演じました。今回家の中のシーンが多く、二日前からトオルのアパートに住んで、部屋の中のトオルの動線を考えました。お風呂がなかったので、銭湯に通い、サウナに入ってニコチンとカフェインを抜いていました。


juu-500-2.jpg――今回タバコを吸うシーンが多かったのですが、まだ幼い感じがしました。今回の役の自分との相違点は?

僕とトオルは全く違います。この役をやることになって、「ぴったりだと!」とよく言われましたが、「複雑だな~」と(笑)。僕の場合は両親がいて、ちゃんとぶつかって生きてきたのに、トオルの場合は両親がいない、養父母に対しても嘘をつくし、実の父親に会ってもあのような態度をとります。それはそうせざるを得なかった彼の衝動であり、器の小ささだと思いました。

僕の場合もダサい自分から逃げていた時期がありました。親(村上淳)がカッコいいから、それに反抗するにはダサくせざるを得なかったのです。ブランドものではなくファストファッションを着たいとか。それは反抗でもあり逃げでもある。その感覚はトオルにも通じるものがあったのではないかと考えています。

僕の世代はそこそこ賢くないと生き辛い。親のプレッシャーや社会のルールとの板挟みなど、本人のせいではなく環境のせいかも知れない、そうした迷いと不安が自分の中にも混在していると感じることはあります。


――社会性を持った作品の象徴的なキャラクターを演じておられましたが、青年期に入る頃の危うさを意識した?

そうした危うさについてよく書かれますが、真っ直ぐに生きようとすればそう映るのは自然なことで、敢えて意識はしていません。僕は成長が遅いタイプで、身長や骨格も変声期も歯の生え変わりも同世代の人より遅かったです。でも、それはある意味、他の人が表現できない部分を持っている強みでもあると思っています。


――『武曲MUKOKU』での瞬発力が強烈に印象に残っているので、この役にぴったりと言われる所以なのでは?

今回の『銃』に出演できて本当に光栄に思っております。僕としてはひとつの完璧な『銃』を作ったつもりですが、いろんな『銃』があってもいいのではと思っています


――銃を猫や女性に向ける時の半端ないビビり方が映像としても面白かったが?

銃と刀の違うところは、人を殺す覚悟が違うことです。撃つ時も、正面からと後ろからでは違うし、正面からだと怖くてとても撃てない。でも、刀は強い殺意がないと殺せないけど、銃は人に対して距離感があるので簡単な武器だと思います。


――デビュー作でも共演されている実父・村上淳さんについて?

僕から見る父親はさほど変わっていません。むしろ父親の方が、僕が素人から俳優として変化しているので大きく変わったと思います。芝居に関するアドバイスはありませんが、その人がどういう覚悟を持っている人なのか、どんな人と付き合っているのか、人としてのアドバイスはあります。


――村上淳さんは吹っ切れたような役を演じることが多いですね?

最近はオッサンにはまってますよ。一時期お腹を出していた時期があって、「どうしたの?」と訊くと、「やっぱ40代はこうだろう!」と言っていましたが、カッコ悪いと思ったのか、すぐに止めました(笑)。


――今回共演されて、撮影後に何かお話をされたのですか?

1日で撮ったシーンだったので、別に話しはしませんでした。ただ、能動的なカメラの前の立ち位置やタッフに対する態度についてとかは聞いています。


juu-500-1.jpg――リリー・フランキーさんとの共演は?

リリーさんは掴みどころのないあのままの方。「安心できない安心感がある」というか、リリーさんはリリーさんとしてそこにいる。


――お二人のシーンは繊細で緊張感があったが?

それは気持ちの悪い刑事をリリーさんが演じて下さったお陰です。手帳のひもを手繰り寄せたり、タバコも「HOPE」を使ったり、悪魔か天使なのかよくわかりませんでした。リリーさんが演じる刑事はトオルが作り出した幻想のような、父性の塊だったり、こう叱って欲しいと思ったり、自分を追い詰めますが、救いを求めているような不思議な存在でしたね。


――オフの時には映画を観に行ったりしますか?

はい、よく行きます。最近では『華氏119』や『ヴェノム』を観ました。『止められるか、俺たちを』を観に行こうとしたら、トークショー付きで立ち見だったので止めて、『ここは退屈、迎えに来て』を観に行ったら満席で見ることができませんでした(笑)。


juu-500-3.jpg――女優さんとの絡みは如何でしたか?

広瀬アリスさんは少年漫画が好きで、オタク気質のだということが、今回共演して知りました。華やかさの陰に意外とシャイなところがあって、この役には合っているなと思いました。ラブシーンはアクションだと思っているので、そんなに楽しいものではありません。


――東京国際映画祭での受賞について?

僕の【東京ジェムストーン賞】の新人賞より、武監督の【日本スプラッシュ部門】での監督賞の方が作品として認められたようで嬉しかったです。映画祭だけでなく、多くの人に観てほしいと思います。「記憶に残る作品にする」と奥山プロデューサーが言われた通りになればいいなと思っています。
 



次回作のため金髪で現れた村上虹郎、21歳。まだ少年のようなあどけなさが残るものの、俳優として作品にかける思いや人物像の解釈について迷いなく語ってくれた。その姿に、今後どのような役の幅を広げて成長していくのか、彼が創り出す世界観に浸れるのを楽しみにしていきたい。  
 



『銃』

【STORY】
大学生の西川トオルは、ある雨の夜拳銃を拾う。近くで殺人事件が起こり、その拳銃が凶器に使われたようだ。警察に届けることなくそのまま家に持ち帰り、毎夜銃を磨きながらひとり銃に話しかける。ごく平凡な大人しい学生に見えたトオルが、大胆な行動をとるようになり、次第にトオルの秘めていた内面も変化していく。それは、女性との付き合い方も変化していき、さらに過去のトラウマから銃を使って「殺したい」という衝動へとエスカレートしていく。そこに、一人の刑事が現れて秘密を抱えたトオルに揺さぶりを掛けていく……。


((C)吉本興業 2018年 日本 1時間37分 R15+)
・原作:中村文則(「銃」河出書房新社)
・監督・脚本:武 正晴  ・プロデューサー:奥山和由
・出演:村上虹郎、広瀬アリス、リリー・フランキー、日南響子、新垣里沙、岡山天音
・公式サイト:http://thegunmovie.official-movie.com/

2018年11月17日(土)~テアトル梅田、シネマート心斎橋、第七藝術劇場、T・ジョイ京都、シネ・リーブル神戸 ほか全国ロードショー


(写真・文:河田 真喜子)

 
 

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誰も知らないマリア・カラスがここに。
未完の自叙伝、未公開映像・音源・封印されたラブレター
初解禁!



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トム・ヴォルフ監督 & 綾戸智恵(ジャズシンガー) 登壇!

綾戸智恵、カラスは「魂で歌うオンリーワンな人」と大絶賛
トム・ヴォルフ監督の才能にも太鼓判!

 

音楽史に永遠に輝く才能と絶賛されたオペラ歌手、マリア・カラス。いちど聴けば忘れられない世界にひとつの歌声と、高度なテクニックを自在に操る歌唱力、役柄とひとつになる女優魂、さらにエキゾティックな美貌と圧倒的なカリスマ性で、聴衆をとりこにした不世出のディーヴァ。没後40年にして初めて紐解かれる彼女の人生を綴った映画『私は、マリア・カラス』が、12月21日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマ他にて全国順次ロードショーとなる。


2013年にマリア・カラスの歌声に感銘を受け、マリア・カラスを探求するプロジェクトを開始したトム・ヴォルフ監督。彼は3年間にわたり世界中を旅して未公開の資料や映像、音源を入手。また、カラスの近親者や仕事相手にも会いに行き、60時間以上のインタビューを実施。そこで得た貴重な情報や素材が初長編監督映画となる本作だ。


 

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この度、11月15日(木)に東京・神楽座にて一般客向け試写会が行われ、本作でメガホンをとったトム・ヴォルフ監督、本作を一足早く観賞・絶賛し、マリア・カラスに魅了されたというジャズシンガーの綾戸智恵が登壇した。


会場から盛大な拍手で迎えられ監督が登場し、「皆さん、こんにちは。マリア・カラスを日本の皆さんにお披露目できる事をとても光栄に思っています。個人的にも日本が大好きで14年前に初めて日本に来て、富士山に登って以来ずっと日本のファンなんです!この映画をつくるプロセスは富士登山と非常に似ていて、忍耐も力も必要だけでなく、意志の強さも大切でした。」と挨拶し、イベントはスタートした。


maria-callas-bu-240-1.jpgなぜ、今マリア・カラスのドキュメンタリーという大きな山に登ろうと思ったのかと聞かれると、監督は「この山は誰も今まで登ったことがないからです。」と即答。「今までカラスについて取り上げた本やテレビ番組はたくさんありますが、最初から最後までカラスが自分自身の言葉で自分について語った映像は今までなかったんです。それが全く新しいアプローチであることに私が大変興味を持ちました。そして、彼女の言葉から彼女を直接知るという経験をしてみたいと思いました。」とカラスの魅力や想いを語った。


本編の50%以上が初解禁の素材で構成されている本作。膨大な素材の集め方については「皆さん彼女に関する音源や映像は全て見て、聴いたと思っていらっしゃると思います。だからこそ、この映画をつくる旅路に5年もかかりました。これまでとは異なる形で、私はこの映画の全てを彼女自身の言葉で構成しようと思ったので、最初の3年間はリサーチに時間を費やし、世界中に散らばっている素材を探しました。探し出した素材の多くは未公開で、中には失われたと思われていたり、個人が所有しているものがほとんどでした。幸運にも彼女の友人にもお会いできて、貴重な手紙やホームビデオを入手する事ができたんです。」と感慨深く語った。


続けて「二重の意味でこの映画を日本で公開できるのは、非常に光栄に思っているんです。というのも、マリア・カラスの最後の公演は日本で行われたので、彼女にとって日本は特別な位置を占めているんです。44年経ってこの映画を日本に持ってくるということ、日本のファンに紹介するということは非常に大きな意味があると思います。日本のファンはマリア・カラスを非常に愛していましたし、愛と尊敬をもって彼女を迎えていました。なので、この映画を若い方々にも観てもらい、ぜひ彼女を知ってほしいですね。そうする事で、日本とマリア・カラスの"ラブストーリー“がずっと続けばいいなと思います。」と言及し、会場の観客も感銘を受けた様子だった。


maria-callas-500-1.jpgドキュメンタリーでありながらドラマティックな要素もある本作の編集については「6ヶ月間、あちこちに散らばったパズルのピースを一つ一つ集めて、一枚の大きな絵を作り上げるような作業でした。編集担当のジャニス・ジョーンズと2人で部屋にこもって作業に没頭しました。劇中で度々登場するデビッド・フロストとのロングインタビューをバックボーンにして作り上げていったんですが、実はこのインタビューは1970年に放送されて以来、40年ぶりに発見したものでした。このインタビューは普通とは異なり、彼女の告白に近く、最初で最後の、カラスではなくマリアとして話をしているとても貴重な内容でした。


このインタビューをバックボーンに、時代順に映画は進むのですが、ある意味で彼女が自分自身を振り返っている形になっています。劇中では、マリア・カラスのアーティストであるカラスの部分と、ひとりの女性であるマリアの部分の二重性を追っているんですが、そのバランスも大切にしました。彼女自身も個人的な生活とアーティストとしての生活のバランスを取ろうとしてもがいていたわけですが、個人としての幸せを追求したいという想いと、アーティストとしての自分が段々大きくなっていく間の苦悩をこの映画の中で表現できるよう構成していきました。そして、最終的にはマリア自身が浮かび上がるような、マリアとカラスのリンクが分かるような映画にしていきました。」と語った。


maria-callas-bu-240-2.jpg続いて、本イベントの特別ゲストとして日本のジャズ・ディーヴァことジャズシンガーの綾戸智恵が大輪のバラをもって登壇。「(マリア・カラスにかけて烏のマネをして)カ~カ~と言いながら登場しようと思ってたけど、足を痛めてたし、お花を持ってたからできへんかった。」と綾戸節炸裂で元気に登場し、会場は笑いの渦に包まれた。一足早く観賞した本作については「(カラスと自分は)音楽というのが共通点だと思う。なぜ、こんな歌なのかというのは、その人の人生をみればわかる。歌い方ではなく、歌詞でもなく、憂いや女性の性を彼女が歌うことによって、作品が彼女の歌になる。私もジャズの名曲を自分の歌として人生を重ねて歌えば、亡くなってからも愛される存在になるんかなと思いました。」とユーモアたっぷりに作品の魅力を話した。


賛美とバッシングを受けながらも舞台に立ったカラスについては「美しいから出る杭は打たれる。一番はやはり彼女が"歌えた”人だということ。歌いたいという気持ちはもちろんあるけれど、こんな風に歌えた人だし、歌を上手く歌うだけの努力ではなく、色々な人から受けた影響を大事に思いながら、歌に反映させたんちゃうかな。だから、マリア・カラスはオンリーワンやね。」と答え、監督は「映画の冒頭で、彼女がマリアとしての自分と、カラスとしての自分の2人がいるが、よく聞けば、そのカラスの中にマリアがいることが分かると語っています。


maria-callas-500-2.jpgつまり、それはマリアとして生きた感情や人生経験、葛藤があったからこそ、彼女が演じたオペラの役にリアルに浮かび上がらせる事が出来たんだと思います。自分の人生を超越して、天上にあるハーモニーという高みに達するために努力したお陰で、時代を乗り越え、没後40年経った今でも彼女は多くの人に愛されていますし、私たちは彼女が努力して得たアートの美しさを得ているんだと思います。綾戸さんや私のようなアーティストにも影響を与えてくれます。


映画をつくるにあたって、自分の役割は現代の今の観客の方にマリア・カラスの本当の姿を伝える事だと思ったんです。エゴや名声ではなく、人に仕えるというアーティストとしての謙虚さも彼女から学びました。」とコメント。さらに綾戸が「彼女はジャンルを超えて、心を通じて歌うんで、専門家でない人にまで、すべての人を引き込む力があった人やないかな。なんでか言うたら、小さい時に初めて彼女の歌を聞いて、何を歌ってるか分からなかったけど、思わず「ええな」と耳を傾けてしまった。そこにはジャンルを超えた人間マリア・カラスがおったからやと思う。それを監督が映画にしたのは良い意味の使命感がある。歌い続けることよりも、引き継ぐことに彼女の一生があるんだと思う。」と熱い想いを語った。


maria-callas-bu-500-1.jpg冒頭で“マリアとして生きるには、カラスの名が重すぎるの”というセリフが印象的な本作。歌い手でありながら、常に人の目に晒され、生き方までキャリアに影響したカラスについて、自身も同じ歌い手である綾戸は「女性だから、自分の幸せについて考えるし、何が幸せかはわからないけれど、それは彼女が決めること。辛い事もあったけど、彼女は全てを歌にぶつける事ができた。私は楽しい事があると家族にぶつける事が出来た。歌の重さは人それぞれですから、量りに乗せてもメーターは動かへん。ただ、(彼女の歌を)聴いてる私たちは、スキャンダルなどあった彼女の歌、その中でもがき苦しんだ女性の儚さが聴こえる。この人生だったから、この歌があると納得してほしいし、これだけ誰しも歌えるとはちゃいまっせと言いたいですね。それが彼女からのギフトであり、この人の道。だからこそ、没後40年経ってもマリア・カラスは皆さんに聴いていただけると思う。」と綾戸節全開で、深く共感する気持ちを明かした。


最後に監督が「綾戸さんにこの映画とマリア・カラスの事を理解していただけてとても嬉しいです。私よりも彼女について語れると思いました(笑)今日は綾戸さん、そして皆さまに心からお礼を申し上げたいと思います。」と熱いメッセージが贈られ、大盛況のなか笑顔でイベントを締めくくった。


『私は、マリア・カラス』

【STORY】
音楽史に永遠に輝く才能と絶賛されたオペラ歌手、マリア・カラス。いちど聴けば忘れられない世界にひとつの歌声と、高度なテクニックを自在に操る歌唱力、役柄とひとつになる女優魂、さらにエキゾティックな美貌と圧倒的なカリスマ性で、聴衆をとりこにした不世出のディーヴァだ。


maria-callas-pos.jpgスターの座に上り詰めた彼女の名は、数々のスキャンダルによってさらに広まった。28歳年上の男性との結婚、大統領やセレブも駆け付けたローマ歌劇場の舞台を第1幕で降りたことへのバッシング、メトロポリタン歌劇場の支配人とのバトル、ギリシャの大富豪オナシスとの大恋愛、そしてそのオナシスが元ケネディ大統領夫人ジャッキーと結婚したことを新聞で知るという衝撃の顛末。

ドラマティックな人生は幾度か映画化され、マリア・カラスの伝説はコンプリートされたかに見えた。ところが、没後40年にして彼女の未完の自叙伝の存在が明らかになる。彼女に惚れ込んだトム・ヴォルフ監督は、3年の月日をかけた〈真のマリア・カラスを探し求める旅〉でこの自叙伝を入手。さらに、彼女の親友たちから信頼を得て、封印されてきたプライベートな手紙や未公開映像もふんだんに集めることに成功した。


そこで描かれるのは「誰も知らない」マリア・カラス。スキャンダルやバッシングの嵐の中、プロフェッショナルとしての信念に、倒れても歌うことを諦めなかった壮絶な“カラス”と、ひとりの女性として愛を切望し、千々に心乱され苦悩しながらも、全てを受け入れようと変化していく“マリア”の姿があった。その「圧巻の歌声」は、彼女の偽りのない「告白」により、深い哀しみと深い愛を湛え、我々の胸をさらに掴んで離さないものとなる―。


■監督:トム・ヴォルフ  
■朗読:ファニー・アルダン(『永遠のマリア・カラス』) 
■配給:ギャガ 
公式サイト: http://gaga.ne.jp/maria-callas
■(c)2017 - Eléphant Doc - Petit Dragon - Unbeldi Productions - France 3 Cinéma

2018年12月21日(金)~TOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマ、大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズなんば、MOVIX京都、シネ・リーブル神戸 ほか全国順次ロードショー


(オフィシャル・レポートより)

 

 
 
 
 
 
 
 
 
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母からどんなに辛い仕打ちを受けても、母との絆を取り戻すべく、勇気を出して向き合った青年の実話を元にした映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』が、11 月16日(金)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹他全国ロードショーされる。
 
歌川たいじが自身の過去を振り返り、壮絶な母子関係を綴ったコミックエッセイを、『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』の御法川修監督が映画化。社会人になったタイジを演じる太賀と、母を演じる吉田羊の確執を超えて向き合うようになるまでの日々に加え、タイジを支えた友人たちや、幼い頃タイジが慕っていた婆ちゃんと過ごした日々も描かれ、辛い描写だけでなく、愛や友情にも満ちた物語になっている。幼い頃、母や周りから植え付けられたトラウマを乗り越え、心の闇を抱えた母と向き合う主人公タイジを演じた本作の主演、太賀さんにお話を伺った。
 

 
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――――最初脚本や原作を読んだ時の感想は?
太賀:脚本だけ読むと悲しいことの連続なのですが、マンガの原作は歌川さんの描く絵のタッチが柔らかく、とても可愛らしい。コミカルで、優しさや温かさがある物語でした。ただ悲しいだけではなく、それを乗り越える力や、人と人とが寄り添っていくことの方がより濃く描き出されていたのです。様々な困難を乗り越えた歌川さんの実人生を演じるのに、生半可なことはできないと思っていたので、これなら演じる上での糸口があるなと感じました。
 
 

■歌川さんに直接聞かず、自分なりに想像し、考えて望んだタイジ役

――――幼いころ親に虐待を受けたタイジを演じるにあたり、どんな役作りをしたのですか?
太賀:見た目のアプローチより、精神面のアプローチ、つまり歌川さんがその時どう感じていたのかを自分なりに掘り下げていく作業でした。歌川さんは撮影現場に、映画でも登場する手作りの混ぜご飯をスタッフ分差し入れして下さったり、撮影がしんどくなった時は手作りのお菓子を差し入れたり、声をかけたりして支えてくれていました。歌川さんに「この時どう思っていたんですか?」と聞く機会はいっぱいあったのです。でも、あえて聞かなかった。歌川さんの話を聞いて、その時の気持ちを知った気にはなりたくなかったし、このシーンのタイジはどんなことを考えていたのかを自分なりに想像し、考えていかなければ、歌川たいじが経験してきたことを僕が体感できないと思っていました。想像力との勝負で、そんな僕を歌川さんは見守ってくれました。ただ、佇まいを取り入れられたらいいなと思って歌川さんの様子はめちゃくちゃ観察していましたし、「今日寒いですね」というたわいもない会話もたくさんして、コミュニケーションはすごくとっていましたね。
 
 
 
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■役作りは、「お互いが影響し合う中で生まれるいびつさ」が理想形

――――タイジ役は、ご自身の想像力との勝負だったということですが、他の作品でも太賀さんが演じるキャラクターは、とても自然に見え、かつすごく説得力があります。日頃、演じる上で心がけていることはありますか?
太賀:撮影に臨む前は、こういうキャラクターで、こういう思いを持っていて、こういう目的でこの場所にいるという根底にある部分を自分の中に作って行きます。現場に入ると、目の前にいる役者さんとのやりとりや、監督の演出が加わり、自分が元々描いていた輪を色々な所から引っ張ってもらい、いびつな形になる。それが役としての自然な形なのかなと思っています。お互いが影響し合う中で生まれるいびつさが、僕の理想の形ですね。
 
 
 
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■木野さん演じる婆ちゃんは「僕が思い描いたものより、はるかに温かく、優しかった」

――――木野花さん演じる婆ちゃんは、小さい頃からタイジの実のお婆ちゃんのような存在でタイジの心の拠り所でした。長い別れを経て、余命少ない婆ちゃんと再会するシーンは映画の最初のクライマックスでもありますが、撮影のエピソードを教えてください。

太賀:タイジの幼少期を演じた小山春朋君と木野さん演じる婆ちゃんのシーンは多いのですが、青年になったタイジ役の僕と婆ちゃんとのシーンは1日で撮影し、まさにその日が本作で木野さんとの初顔合わせで、どんな感じになるのか想像がつかなかったのです。本当に外せないシーンで、どうにかしなくてはという気持ちで現場に臨んだのですが、木野さんは本当に素晴らしかったです。本番までに言葉を交わすことはほとんどなかったのですが、いざ本番が始まると、僕が家で脚本を読みながら描いていた婆ちゃんの芝居よりもはるかに温かく、はるかに優しい婆ちゃんがそこにいました。僕一人で考えて、現場に持ち寄ったものが、いい意味で変化していく。木野さんにはすごくいい方向に引っ張っていただき、一緒に演じている瞬間、僕をすっと「タイジ」にしてくれました。

 
――――婆ちゃんとの再会以降も様々な転機がタイジに訪れますが、作品を通して、タイジの気持ちの変化をどのように表現したのですか?
太賀:物語の中で、何度かタイジの節目になるようなところがあります。例えば友達4人の海辺のシーンで「こんなに嬉しかったことはなかったかも」というセリフがあるのですが、自分自身の感動を更新する瞬間の表情は、意識的に自分なりの表現を目指しました。
 
 
 
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■底抜けの明るさと真面目で繊細という二面性のあるキミツ役の森崎ウィンは「バチはまり」

――――正反対のように見えて、お互いの本性を瞬時に見抜き、あっという間に親友となるキミツ役の森崎ウィンさんとのコンビが楽しく、また、タイジを支える重要な役でしたが、共演した印象は?
太賀:森崎ウィン君とは同じ事務所で、以前ミュージカルで共演したことはあったのですが、映画では初共演です。僕は役者畑で、彼は同じ役者向けのレッスンを受けていたのですが、途中からダンスボーカルユニットPrizmaXに加入し、アーティスト活動を頑張り、最近は再び役者の方でも頑張っています。10年以上お互いに違う道で切磋琢磨をしてきた訳で、このタイミングで共演できるのはすごく嬉しかったですね。キミツという難しい役を誰がやるのかと思っていたら、ウィン君に決まったと聞き、彼なら絶対にできると思いました。彼の持っている底抜けの明るさと、根は本当に真面目で繊細な所であったり、人のことをよく観察している。そういう二面性がキミツにはあるので、バチはまりだなと。
 
――――太賀さんも森崎ウィンさんも、今回難しい役を演じていますが、お互いに相談をしあうことはあったのですか?
太賀:今回ダンスシーンがあるのですが、僕はダンスが苦手なので、ウィン君が手取り足取りして振り付けを教えてくれました。撮影の合間のダンス練習も付き合ってくれましたし、とても感謝していますね。
 
 
 
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■母役、吉田羊とのシーンは「とてもいい緊張感」。最終的には様々な起伏を経て溶け合うイメージに。

――――大人になったタイジは、体罰を加えた母の心の闇を知り、追い詰められていた母と向き合い、彼女を救います。それに到るまでの壮絶な母と息子の物語を演じた吉田羊さんとの撮影について教えてください。
太賀:母から拒絶されている役なので、現場では僕の気持ち的に、どのようにコミュニケーションを取ったらいいのか分からない。現場を離れても羊さんのことばかり考えているのですが、いざお会いすると、何を話したらいいか分からないのです。おそらく羊さんもそのような母役なので、必要以上にコミュニケーションを取ろうとされなかったです。いざ本番が始まると壮絶なバトルが始まる訳ですが、演じる上ではとてもいい緊張感で、とても濃密な時間でした。罵声や虐待が重なっていく中で、「どうして分かってくれないんだ。もっと自分のことを分かってほしい」という思いが膨らんできましたし、そういうテンションを維持しながら、ラストの土手のシーンに持っていけたらいいなという気持ちで演じていきました。そして、ラストでは溶け合いたいという気持ちがありました。今まで張り詰めていたものが、色々な起伏を経て、最終的には溶け合っていく。そんなイメージでした。
 

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――――最後に、かなりいびつではあっても「息子から母への全力のラブレター」のような母と息子の物語に主演しての感想や、これからご覧になる方へのメッセージをお願いします。

太賀:誰かを救うとまでは言えなくても、タイジが母と向き合う姿はとても勇気をもらえるのではないかと思います。悲しみを乗り越える勇気のある物語ですし、観終わった後に、お母さんのことを思ってもらいたい。誰しもが愛される権利を持っています。この作品をぜひ劇場で見て、何かを感じ、持ち帰ってもらえると嬉しいですね。

(江口由美)
 

<作品情報>
『母さんがどんなに僕を嫌いでも』(2018年 日本 104分) 
監督:御法川修
原作:歌川たいじ「母さんがどんなに僕を嫌いでも」KADOKAWA刊
出演:太賀、吉田羊、森崎ウィン、白石隼也、秋月三佳、小山春朋、斉藤陽一郎、おかやまはじめ、木野花他
2018年11 月16日(金)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹他全国ロードショー
公式サイト⇒http://hahaboku-movie.jp/
(C) 2018「母さんがどんなに僕を嫌いでも」製作委員会
 
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250年間平和な世が続いた後、開国を前に揺れる幕末期を舞台に、池松壮亮、蒼井優を迎えて描く塚本晋也監督初のオリジナル時代劇『斬、』が、11月24日(土)よりユーロスペース、12月1日(土)よりシネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、京都シネマほか全国順次公開される。
 
農家の手伝いをしながら、日々剣の稽古を怠らない実直な浪人、杢之進(池松壮亮)が、通りすがりの剣の達人、澤村(塚本晋也)と出会い、武士の本分を果たす決意を固めるところから始まる物語は、人が超えてはいけない一線を超えてしまう瞬間を捉えた物語でもある。池松壮亮がどんどん精神的に追い詰められていき、ある決断に及ぶ杢之進を全身全霊で演じ、今年の主演男優賞と呼んでも過言ではない凄みのある演技を見せている。杢之進に想いを寄せるゆうを演じる蒼井優の存在感も見逃せない。舞台は幕末だが『野火』に通じる、とても普遍的なテーマが根底にある作品だ。
20年間温めていたアイデアを一気に映画化したという塚本晋也監督に、お話を伺った。
 

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■ベテランなのに新人のような初々しさを保ち続けている池松さんの出演決定で動き出した『斬、』。

――――20年間「一本の刀を過剰に見つめる若い浪人」というアイデアが頭にあったそうですが、いよいよ映画化すると決めた時に、主演の杢之進は最初から池松さんを想定していたのですか?
塚本:『野火』の後に何を撮ろうかと考え、この時代劇を撮ろうと決めた時から、池松さんに杢之進を演じてほしいと思っていました。ここ数年の池松さんの作品を何本か拝見し、とても自然な感じの演技をなさるので、素晴らしい新人さんが現れたのかと思っていたのです。初々しいアンテナの塊のような感じがする池松さんを見て、初々しい今の池松さんに僕の時代劇へぜひ出てほしいと思ったところ、実は子役時代から活躍しているベテランであることを後になって思い出しました。ベテランなのにこなれず、こんなに新人のような初々しさを保ち続けていらっしゃる。それは池松さんの素養であり、実力で、なおさら出演してほしいと思ったのです。
 
――――今回は忙しいスケジュールを空けて、オファーを快諾されたそうですね。
塚本:オファーをする前に、池松さんの方からマネージャーさんを通して僕の作品に興味があると連絡を下さいました。まだ内容も定まっていない時でしたが、それなら時代劇をやるしかない!と、思いました。最初お会いしたのが春で、物語は夏を想定していたので、あまりにも時間がなさすぎるし、夏は池松さんのスケジュールも詰まっていたのでいったんは諦めました。でもその後、夏のスケジュールが空いたと池松さんサイドからご連絡を頂いて、さらに時間はなくなっていましたが、このタイミングを逃したらずっと先になってしまうと思い、すごい勢いで準備、撮影を駆け抜けました。夏恒例の『野火』全国行脚がすでに決まっていたので、さらに過酷な日々になりました。
 
 

■過去を通して描くことで今や、これから起こりうることを考える。

――――時代劇の時代設定を幕末にした理由は?
塚本:以前から幕末ものは興味がありましたが、今回は時代考証の先生に今自分がやりたいことを伝えたところ、幕末がちょうどいいと。250年平和に過ごし、ペリーの黒船来航の後、開国か否かを巡り、だんだん国内が血生臭くなっていきます。時代の変わり目で、次の時代には大戦争に突入していく訳ですが、その時代と今の時代は似ています。70年以上戦争がなかったものの、だんだんと戦争ができる状態になってきていますし、そのまま次の時代に行くと恐ろしいことになってしまう。過去を通して描くことで、今に照り返して感じることができるのではないかという狙いを込めました。
 
――――農家の手伝いや用心棒、市助の稽古をする等、杢之進の本当に質素な武士の暮らしが描かれているのが新鮮でした。
塚本:いざという時には戦に臨む準備は出来ているつもりなのですが、本当に戦が起きたらどうなるのか。それこそ、今の若い人たちが戦争に行ったらどうなるだろうという気持ちで杢之進を設定しています。
 
 

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■身体能力と演技が一体となった池松さん。相当な集中力なのにさりげないのが素晴らしい。

――――杢之進を演じる池松さんの殺陣の動きが見事でしたが、本格的な殺陣は初経験だそうですね。
塚本:池松さんは、身体能力と演技は一体であると信じて演技をしていらっしゃり、僕はそういう俳優さんが大好きです。顔だけではなく、全身から出るオーラが演技だと思っているので強く共感しました。殺陣は本格的にはこの映画で初めてやったそうですが、すごく覚えが早い。殺陣のシーンも挑み方がすごくて、下に石がある場所でも勢いよく転がるのです。僕が心配になって「大丈夫ですか?」と声をかけると、「大丈夫です!」とケロッというのですが、後で腕を見ると傷の上にまた新しい傷があって、大丈夫の基準が僕と違う!と驚きました。洞窟の中の壊れた小屋に飛び込んでいくシーンも、池松さんが「目だけカバーすれば大丈夫ですから!」と言ってどんどん前に進んでくださったんです。相当な集中力で演じて下さったと思います。それでも現場をピリピリさせることはなくて、さりげない。それが本当に素晴らしかったですね。

 

■もう一つの主役、刀に人と暴力との関係や、道具との関係を収束させる。

――――映画は刀ができるところから始まり、刀の音で終わります。刀が重要な役割を果たす作品ですが、どんな思いを込めているのでしょうか? 
塚本:もう一つの主役は刀です。刀が生まれてからどのような変遷を経て、どう使われるのかという話です。人が最初に出会うシンプルな道具は、鉄の塊です。農耕など食を得るために使われますが、叩いて動物を殺したりと、暴力の道具としても使われるようになります。『野火』では鉄が恐ろしい戦車になったり、数々の武器になりましたが、戦争の時代から時を遡り、この映画では刀一本に凝縮させました。人と暴力との関係や、道具との関係をぎゅっと収束させ、シンプルにそのことを見つめられないか。そういうテーマで作っています。
 
――――塚本監督は、杢之進の運命を変える澤村を演じています。杢之進を実戦で通用する刀の達人に育てようとする師匠的役割を果たし、物語の鍵を握っていますね。
塚本:当時では有能な剣の使い手でもあるし、映画を見ている人も拍手喝采を送っているうちに、いつの間にか目の前に刀を向けられる。そういう印象の映画になればいいなと思っています。
 
――――杢之進の人生を変えてしまうぐらい、とことん追い詰める凄みがありました。
塚本:だいたい僕の役は、主人公をストーカーのように追い詰める役なので・・・。杢之進は外交的な手腕があり、村にやってきた無頼漢の浪人たちと対話を試みるのですが、僕の演じる澤村が時代の波とともに杢之進を追い立てていきます。とてもシンプルな映画ですが、自分の言いたいところがすっきり入っています。
 
 
 
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■ゆうは、一般民衆の代表的役割をも内包した役。

――――蒼井優さんが演じる杢之進に想いを寄せるゆうも、杢之進同様、運命が変わってしまう複雑な役を演じていますが、物語でどんな役割を担わせたのですか?
塚本:ゆうには、一般民衆の代表的役割も込めています。弟や好きな人が戦争に行きそうになればその身を案じるのですが、怖い人が村を圧迫していると感じると、シンプルにやっつけてほしいと思う。それを自分の見えない所で退治をしてくれると、「やった!」と喜ぶ訳です。太平洋戦争の時にフィリピンで負けていても、新聞で「勝った」と書かれていると一般の人たちが喜んだのと同じです。実際には血みどろの戦いなのに、それを目の当たりにしない限りは、そういう想像力が働かない。蒼井さんはそういう役を典型的にせず、さまざまな女性の顔で自然と実感がわくよう魅力的に演じてくださいました。蒼井さんには最初に、『野火』という戦争映画に時間を遡って繋がる映画であることをお伝えしました。 
 
――――だんだん血生臭くなっていく物語の中で、杢之進とゆうのミニマムな描写ながらエロチシズムを感じるシーンが印象的でした。
塚本:理屈で考えていたわけではないですが、暴力的なことをするかしないかというジレンマと、エロチシズムは繋がるのではないかと思っていました。実はエロチシズムのない脚本もあり、それも面白かったのですが、いざやろうとすると面白いと思えなかった。やはり本能的な情動が映画にないと面白くないと気づき、エロチシズムのある方を取ったんです。
 
 
 
 
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■様々なシーンを積み重ねた先の最後、どちらを選ぶのかは池松さんにお任せした。

――――終盤は森の中でアクションを交えての撮影でしたが、現場の様子は?
塚本:とにかく時間がなくて、猪突猛進の現場でした。池松さんとはまるでセッションをしているかのように、その瞬間、瞬間でアンテナを立てまくりました。相手がどう出るから、こちらがこう返すという具合に、瞬間的なことを刈り取って行く感じでした。池松さんが様々なシーンを積み重ねた先の最後にどちらを選ぶのかは、その時にならなければ分からない状況でした。最初に一度は通しで基本的なことをやったのですが、後は現場でのお楽しみという感じで池松さんにお任せしました。僕は自分が演じるとき脚本で“泣く”と書かれていると、「泣くかどうかは分かりませんよ」と言いたくなるんです。“感情が高まる”というのなら分かるのですが、物理的なことは自分の脚本に書きたくないと思っていますし、感情の流れの中で自然に演じてくださいと言っています。
 
――――そういう撮影は、塚本組ならではでしょうか?
塚本:いや、僕の映画は割と細かくネチネチとやる方で、いつも撮影期間がとても長いんです。昔は1年間撮っていましたし、30代は4ヶ月、それ以降はスタッフが育ったので2ヶ月ですが、それより短くなることはなかった。3週間は今までにないですが、今回は主役があの二人なので2週間でもいいと思った。照明でお待たせするよりは、テーマをはっきり決めて、照明ではなく二人の温度を撮るんだ!二人さえいれば、昼は自然光、夜はロウソクの灯りで映っていなくても息の揺らぎが入ればと。そう言いながら、実際は照明待ちをさせてしまったこともあったのですが(笑)。
 
――――『野火』も自然の中でしたが、今回も見事な農村地帯で自然に囲まれたロケーションです。
塚本:山形県の庄内で全て撮りました。『野火』以降は、こんなに綺麗な自然の中で人は何をしているのかという気持ちを込めているかもしれません。普遍性と言いますか、その時のしがらみがなければ、自然の中に人と人がいるだけです。映画でも皆が仲良く遊ぶシーンがありますが、しがらみが入ってくると同じ森の中で人と人とが戦わなければいけない。はっと我に帰れば、ただの人と人なのに。
 
 

■石川さんの未公開音源も採用し、対話しながら作り上げた音楽。

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――――今まで塚本監督の作品の音楽を手がけられ、本作にも携わる予定だった故石川忠さんのエピソードをお聞かせいただけますか?
塚本:この映画をやろうと勢い込んでいる時に石川さんと会う機会があり、音楽担当を快諾いただいたのですが、撮影が終わった頃に具合が悪くなられ、編集中に再度「やります」と言っていただいていたものの、12月に亡くなってしまわれました。いつも編集を見た後で打ち合わせをするので、今回は残念ながら編集途中だったので映像を見ていただくことはできなかったんです。ただ石川さん以外の人に頼む気にはどうしてもなれず、石川さんとの長いお付き合いを振り返るつもりで、今まで僕の映画につけていただいた音楽を全部聞いて、それを映画につけました。最初はCDの曲でと考えていたのですが、それでは足りなくて。さらに映画に使ったものでCD化されていないものも探しましたし、それでも足りなかったので、石川さんの奧さんにお願いし、石川さんの自宅にあり、まだ世に出ていない音源を聞かせてもらい、ようやく形になりました。 
 
――――今回の音楽は石川さんの集大成になりましたね。
塚本:生きている石川さんの意思は入っていませんが、石川さんがこうするとどういう返事をするかは、石川さんの声の調子まで僕の中に入っているので、ごく普通に「どうっすかね〜」「いいんじゃなすか〜」みたいな感じで貼っていきました。
ヴェネチア映画祭の公式上映の前に、1400人ぐらいが入るシアターでプレス上映があり、エンディングの前に様子を見に行ったのですが、驚くほど賑わっていて、エンドロールで石川さんの名前が出ると拍手喝采が起こっていたので、そこは感動してしまいました。
 
 

■みんなが戦争は正しいと動いてしまうと、抗うのは難しい。その前に何とかしておかなければ、もはや頑張る美談すら作れない。

――――人間が追い詰められるとどうなるか。『野火』に通じる普遍的なテーマです。
塚本:みんなが戦争は正しいと動いてしまうと、それに抗うのは難しい。その前になんとかしておかなければいけないと思います。映画の中でしたらそこで若い人ががんばって違う道を達成する姿を描きますが、みんなが同じ方向に向いてしまうとー。そういう時代に少しでも近づかないようにするのは大人の責任と思います。日本で優しいお父さんだった人が戦争に行き、上官に捕虜を銃剣で突き刺せと命令され、いやだけど断ると自分が上官に殺されるので捕虜を突き刺したところ、ドンと腹が据わり充足感を味わったそうです。そこからは上官に求められる人に変わってしまった。つまりそういう状況を作り出すというのが、大人が一番やってはいけないことです。その中で「僕は殺さなかった」という美談を作り出すことなんて、もはやできません。
 
 
 
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■塚本組に初参加の池松さんと蒼井さんは、夜、星を見ながら「幸せだ」

――――ヴェネチアにもご一緒された池松さんと蒼井さんは初めての塚本組での撮影にどんな感想を持たれていたのでしょうか?
塚本:結構喜んで下さったみたいなので安心しました。今回はプロに入ってもらいましたが、たいへんにミニマムな現場ですし、お二人は大作でも活躍されているので申し訳ないと思っていたのですが、かえって現場の純粋性を喜んで下さり、手を貸してくださいました。蒼井さんの周りの草を濡れた状態にしたかった時、蒼井さんがジョウロで水を撒いて下さったこともありました。通常、俳優さんは段取りが整うまで別の場所で待っているのですが、最初から近くにいてすぐ参加できるように様子を見てくれていました。
 
――――お二人も今までにない撮影で、充実感を覚えていらっしゃったんでしょうね。
塚本:庄内は夜、星がとてもたくさん出るのですが、二人で夜撮影が終わって星を見ながら「幸せだ」と言っていたんですと蒼井さんが教えてくれました。本当に少人数で、何かの軋轢もなく、ただシンプルに映画を作ることに邁進していたのが良かったのだと思います。
 
――――『野火』の時は、若い方に見てもらいたいとおっしゃっていましたが、この作品はどんな方に見ていただきたいですか?
塚本:時代劇なので色々な層の方に見ていただきたいですが、映画のテーマ的にはやはり若い人に見て、感じていただきたいですね。ただ面白かったというのではない、居心地の悪さを含めて、いろいろ考えてもらいたい。カタルシスの得られなさや、取り残された感じを、ぜひ味わってほしいです。
(江口由美)
 

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<作品情報>
『斬、』(2018年 日本 80分) 
監督・脚本・撮影・編集・製作:塚本晋也 
出演:池松壮亮、蒼井優、中村達也、前田隆成、塚本晋也他
2018年11月24日(土)~ユーロスペース、12月1日(土)〜シネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、京都シネマほか全国順次公開
※第75回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門正式出品
公式サイト⇒ http://zan-movie.com/
(C) SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

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自分の十年後はなんとなく予測できても、日本の十年後は?と問われると、少し悲観的な気持ちになってしまう人が多いのではないだろうか。超高齢化社会、バブル世代が還暦を迎えるような時代の日本は一体どうなるのか?
是枝裕和監督がエグゼクティブプロデューサーを務め、新鋭映画監督5人により日本の十年後を描いたオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』が、11月3日(土・祝)からテアトル新宿、シネ・リーブル梅田ほか全国順次公開される。
 
日本、タイ、台湾の三カ国による国際プロジェクトである『十年』。日本版では、徴兵制、AI教育、安楽死、放射能問題、デジタル遺産というテーマのもと、現在と同じように葛藤を抱えながら生きる大人や、体制に抗いながら自分の切り開こうとする子どもたちの姿が描かれる。5本のオムニバスの中から、AIが教育する十年後を描いた『いたずら同盟』の木下雄介監督にお話を伺った。
 

 

■自分と世界との距離感を映画で表現した初長編『水の花』。

―――木下監督は大学在学中に応募した作品がPFFの準グランプリを受賞、PFFスカラシップに選ばれ、05年に完全オリジナルの初長編『水の花』を撮っておられます。この作品も『いたずら同盟』と同様、子どもが主人公でしたね。
木下: 『水の花』は、主人公は中学生の女の子で、自分の親に対し、ある種憎しみのような感情を抱いています。大人の世界に対して拒絶していくのですが、「大人は判ってくれない」ことを判っていくラストになっています。当時、僕は24歳で、自主映画出身の自分が長編1本目を撮らせていただく中で、自分と世界との距離感を映画で表現していました。
 
―――その次は13年の短編『NOTHING UNUSUAL』ですが、かなり間が空いていますね。
木下: 『NOTHING UNUSUAL』はアップリンクさんの企画に関わらせていただいたものです。『水の花』以降、自分の中では映画をやっているつもりなのですが、脚本を書く時も自分の内側に入り込み、7年かけて、自分と自分の周りにいる若者の青春群像劇を書いていたのです。『NOTHING UNUSUAL』は、2ヶ月後に上映という超スピード制作で、日食が起こる日を舞台に、30歳近くになっても定職につかず、夢を目指している青春の終わりを描いた青春群像劇でした。『NOTHING UNUSUAL』を撮り終わり、もう一度映画を勉強したいという思いが強くなって、映像の仕事やテレビの仕事にも携わるようになったのです。今回の『十年』は、新たに映画を作りたいと動いていたタイミングで声をかけていただきました。
 
―――元になっている香港版の『十年』をご覧になった感想は?
木下: 香港版の場合は、中国政府が意識をする対象として共通にあり、怒りに満ちた映画になっています。実際に作品を撮っている時に雨傘革命が起こり、国全体がそのことを元に映画と向き合えたという部分では、羨ましさも感じました。
 
 

■AIと、教科化された道徳を組み合わせ、子どもたちがどのように生きるかを描く。

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―――今回、日本の「十年後」を描く企画を打診された時、どう感じましたか?
木下: 実は僕の子どもが産まれた三日後にこのお話をいただいたので、十年後だと我が子は10歳だなということはすぐに思い浮かびました。後、以前からAIを映画で描いてみたいと思っていたのです。道徳が教科化されますが、道徳は本来、国が指定したり、先生に価値基準を教えられたりしながら植え付けるべきものなのか。自ら行動し、間違えてもそこから行動を起こすことで、価値基準を知っていくものではないかと思うのです。そもそも善と悪の二つだけではないですから。一方で、国がまとめ上げやすい教育を、不完全な人間の大人ではなく、ありとあらゆるデータを持ち、子どものことをよく分かっているとされるAIが代わりに担ったらどうなるだろうか。その中で、子どもたちがどのように生きるかという映画にしていきました。
 
―――各自のこめかみに設置されたAIシステムが、将来日本を支える労働力になることを見越した個人の能力、才能を加味したアドバイスしますね。
木下: 少子高齢化で効率的に考えていくことを優先させた場合、AIが言う通り、ダイスケが野球選手になれないのは本当かもしれませんが、それでも自分のやりたい事を叶えるために頑張ろうとするのか。そこはこの作品で問われている部分です。
 
 

■システムの中の一員であることを自覚。その中で行動を起こすことの可能性を探る。

―――AIシステムが最後にバージョンアップするのには驚かされましたが、そのように描いた狙いは?
木下: 若い頃は、政治は嫌だと言っていても、大人になってしまうと、そのシステムの中に入ってしまうという認識を持っています。その中で、どのように、ジリジリとでも変えていけるか。そこを模索しているのが、今の自分の気運であり、『いたずら同盟』にも反映されています。僕もシステムの一員であることを自覚して、行動を起こしていけば、そのシステムを変化する可能性があるのではないか。そういう気持ちが込められています。
 
―――AIシステムが学習するという部分をポジティブに捉えているということですか?
木下: 子どもたちが老馬を放ったということは、一般的な価値基準から言えば悪いことかもしれませんが、そういう善悪の基準を超えた部分で、僕は子どもたちが取った行動の背中を押してあげたいし、僕の中では肯定的な行動なのです。ただAIが、馬の死を目の当たりにした時の子どもたちの悲しみや、そのことにより人生観が変わったということを理解するところまでいってしまう場合、道具という現在の概念を超えてしまうのではないか。そこもAIと向き合う上で考えていかねばならないことだと思っています。
 
―――是枝裕和監督が総合監修をされていますが、どんなアドバイスがあったのですか?
木下: 是枝監督には脚本も3回ぐらい見ていただきましたし、編集も3回ぐらいチェックしてくださいました。全作品そのように脚本、編集を見ておられます。是枝監督からは「木下君の脚本は長編の書き出し方をしているよ」等、観客を意識した上で脚本をどうしたらいいかという視点でのアドバイスを下さいましたし、同時に僕がやりたいことも汲み取って下さいました。NGを出すのではなく、うまく想像させるように、アドバイスをしていただいた感じですね。
 
 
 
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■『萌の朱雀』の時から感銘を受けていた國村隼に念願のオファー。

―――子どもたちを見守る大人として、親や先生以外に、國村隼さん演じる用務員が登場します。第三者的な大人が子どもを温かく見守り、この物語をうまく支えていますね。
木下: 國村隼さんが脚本をすごく読み解いて下さいました。どのような歴史があって、用務員の彼があそこにいるのかも考えて下さいました。馬を逃がそうとする子ども達の背中を押してあげるのは、國村さんの演じる用務員で、そこでの見事な高笑いも含め、本当に國村さんにやっていただいて良かったです。
 
―――國村さんに最初からオファーを考えていたのですか?
木下: 『萌の朱雀』で父親役を演じた國村さんの佇まいや、立ち振る舞いから溢れ出る悲しみに、見ていてすごく納得させられ、この短編にぜひ出演して欲しいとお願いしました。今回、服装もアイデアを出してくださったり、台風で撮影が延び、野外撮影が室内撮影に変わった時も、すれ違いざまに子どもに声をかけるシーンで、あえてセリフをなくして通り過ぎる演技にされ、僕の中でもすごく納得のいくシーンになりました。
 
 

■観客の「見たい」という欲求を引き出す設定と演出。

―――最初は別の方向を向いていた三人の子どもが、馬を逃すという共通の目的で一致団結しますが、どのようにキャラクターを設定していったのか教えて下さい。
木下: 良太が主軸にありつつ、マユと大輔の化学反応が、AIの測定しきれない部分になるので、三人のバランスは考えました。三人が立った時の見え方や、大輔のリーダー格だけど憎めない部分だとか。自分が想定したことと、役者の方自身が持っているものが融合してキャラクターができました。そこが、前作『水の花』との大きな違いですね。方法論としてもフィルムで、ワンシーンワンカットで撮りたいとか、僕の頭の中で、撮りたいものが全部出来上がっていました。今回は現場で皆さんと議論しましたし、夜の森のシーンは、光が木に当たると白んでしまうので、限られた時間帯をめがけて撮影しました。
 
―――夜の森のシーンは、本当に幻想的で美しかったです。
木下: 照明がギリギリで、本当に大変でした。昔から、あえて見えにくくすることを取り入れていました。観客が前のめりになって「見たい」という欲求を引き出したいんですね。どうなるのかと暗闇に目を凝らしていると、馬の胴体が見えてゾクッしたり美しいと感じる。そのような効果を出すために、カラーコーディネーターや撮影とすごく色々作業しました。
 
―――今回の撮影は、矢川健吾さん(『穴を掘る』監督)ですね。闇の中での撮影は見事でした。運動場で、駆けていく馬を子ども達が追いかけるシーンも爽快でした。
木下: 運動場のシーンは、矢川さんでなければ撮れないですね。人間が乗っていない馬は本当に動きが予測できないので、車だと小回りが効かず追いかけられない。自転車だとカメラの重みで揺れてしまう。最終的に学校のリヤカーをお借りして、スタッフで引きながら、矢川さんが荷台に乗って、撮影したんです。夕方のシーンですが、早朝に逆マジックアワーを撮り、本当に楽しかったですね。
 
 
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■オムニバスだからこそ、自分らしさがより明確に見える。

―――『水の花』はラストが海でしたが、今回は山に入って行きます。自然に還っていく感じがしますね。
木下: やはり自然が好きなんですね。『十年 Ten Years Japan』の中で、石川慶監督の「美しい国」は、太賀さんと木野花さんの二人の芝居に集中するのも方法論として面白かったです。僕の場合は、自然に飛び出して撮るのが好きだったり、馬や後半の森の絵が利いているなと思ったり、同じ条件で撮っている他の作品があるからこそ、自分らしさがより明確に見えてきますね。普遍的に根底にあるものを掬い取りたいし、それを映画として表現したい。この映画を撮れたから、そういうことの気付きになりました。
 
―――出来上がった『十年 Ten Years Japan』全体をご覧になって感じたことは?
木下: 香港版が怒りの感情が根底にあるとすれば、日本版は社会の中に生きて、もしかしたら加担してしまっているかもしれない人たちが、社会を憂い、問題意識を提示しています。最初周りから、「政治的問題を撮るんですね」と言われたのですが、政治というのは自分たちの身の回りにあるもので、自分たちの行動一つ一つが政治や経済に繋がっているということを、本作を見ていてハッと気付かされるのではないかと思います。映画をご覧になった皆さんが、少しずつ行動を変えると、それが十年後の未来を変えることに繋がるかもしれません。
 

■国際プロジェクトを通して、他者にも大事なものがあると理解し、分かり合いたい。

―――最後に『十年 Ten Years Japan』は、タイ、台湾との国際プロジェクトですが、その意義をどう感じておられますか?
木下: まず日本がアジアの一員であることを意識しなければいけないと思います。香港版を見たときに、香港の歴史や国の状況が分かりましたし、タイや台湾、日本もそれぞれの国の歴史、事情があります。自分に大事なものがあるように、他者にも大事なものがあると理解できた時、分かり合えるのだとすれば、映画を通してそれをやれるのは、いいことだと思います。
(江口由美)
 

<作品情報>
『十年 Ten Years Japan』(2018年 日本 99分)
監督:早川千絵、木下雄介、津野愛、藤村明世、石川慶
エグゼクティブプロデューサー:是枝裕和
主演:杉咲花、太賀、川口覚、池脇千鶴、國村隼
配給:フリーストーン
2018年11月3日(土)〜テアトル新宿、シネ・リーブル梅田ほか全国順次公開
※11月4日(日)シネ・リ-ブル梅田 10:00の回(上映後)、神戸国際松竹 13:30の回(上映後)、早川千絵監督、木下雄介監督、津野愛監督、藤村明世監督による舞台挨拶あり。
 
公式サイト → http://tenyearsjapan.com/

© 2018 Ten Years Japan Film Partners

 

 

 
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高校時代の出会いから10年に渡る同級生との恋とその決別を男子目線で描き、台湾で大ヒットを記録、日本でもスマッシュヒットした台湾映画『あの頃、君を追いかけた』。
男子高校生のたわいのない日常と、みんなが憧れるマドンナ的存在のクラスメイトと一緒に頑張ったテスト勉強。心の距離は近づいているのに、肝心なことを最後まで伝えられなかった後悔の念。全てが愛おしく思える青春の日々を新人監督だったギデンズ・コーとフレッシュなキャストで描いた同作が、日本版にリメイクされ、10月5日(金)よりTOHOシネマズ梅田ほか全国ロードショーされる。
 
実力派俳優、山田裕貴と、本作が映画初出演となる乃木坂46中心メンバーの齋藤飛鳥が、10年に渡る恋物語を等身大の魅力で熱演。同級生役に松本穂香をはじめ、若手キャストが集結し、オリジナルをリスペクトするシーンを交えながら、期待と不安に心を震わせる青春時代がよみがえるような、心に残る青春映画が誕生した。前作『恋は舞い降りた。』(97)から21年ぶりにメガホンをとった長谷川康夫監督に、お話をうかがった。
 

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■青春時代に思い描いていた未来は叶わないことをきちんと描いたオリジナルに感動。

―――長谷川監督と山田さんとの出会いは?
長谷川:10年ほど前、彼がまだ名古屋から東京に出てきたばかりの頃に、僕の芝居の稽古場に現れたのが最初ですね。まだ俳優を仕事にする前でしたが、見習いのような形で(笑)稽古に参加して。まぁ僕から見ると、彼はその頃と何も変わっていない。いまだにどこか少年のまま。だから20代後半で制服を着ても(笑)、ひとつも違和感がなかった。少年の「熱さ」と「戸惑い」のようなものが、今でも彼の中にちゃんと残っていて、それは今回の主人公そのものです。たぶんこれまで彼が演じてきた中で、一番「山田裕貴らしい」役に巡り合えたんじゃないかと思っています。
 
―――本作は、台湾のギデンズ・ゴー監督による大ヒット青春映画『あの頃、君を追いかけた』のリメイクですが、最初その作品をご覧なった感想は?
長谷川:やられたと思いました。青春時代に思い描いていた未来など、決してその通りにはならない。それをきちんと描いているのが素晴らしいと。ほら昨今、「追い続ければ、その夢は必ず叶うことを知りました!」なんて言葉、よく聞くでしょう。高揚してるタレントさんがいて、周りも「うん、だから皆もあきらめずにガンバレ!」と図に乗る(笑)。でも夢が叶う人間なんて、ほんの一握りなんです。まず叶わないまま、人生は進んでいく。そのことを僕ら大人はみんな知ってます。でもね、たとえその夢が叶わなくとも、夢を追い続けた日々はそれぞれの人生の中でとても大事で、かけがえのない時間なんだって、オリジナル版では、そこをきちんと伝えてるんです。こんな映画はなかなかないなと、胸を打たれました。もしかしたら、ある程度、齢を重ねた人の方が心に沁みる映画なんじゃないかと、オッサンは涙で席を立てませんでした(笑)。
 
 
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■自分の色を出すのではなく、オリジナルで感動したシーンはそのまま取り入れる。

―――リメイク版を作るにあたり、最初に監督ご自身の中で決めていたことはありましたか?
長谷川:ヘタな企みはやめようと(笑)。監督というのは、普通ならあれこれ自分の色を出したいんでしょうが、その気持ちは極力抑えました。オリジナルを見たときに感動した部分、僕が「やられた」と思ったシーンは、あえてそのままで行くことにしたんです。日本の映画界を代表するカメラマンや照明家が納得の上で、オリジナルと同じ構図、同じカット割りにこだわってくれました。そうは言っても、微妙な感覚の違いは彼らそれぞれの腕の見せ所ですし、何より演じている俳優が違うわけですから、オリジナルの完全コピーとは別のものだと信じて撮っていました。
いくつかあるそんなシーンを、ぜひ観客の皆さんにも見つけてもらいたいですね。もちろん日本版ならではの場面も山ほどありますから、その比較なんかもしてもらいたい。
 
―――確かに、オリジナルの名シーンを彷彿とさせる箇所がいくつもありました。
長谷川:堤防に7人が座っているところなんかは、この作品のテーマに繋がる重要な場面で、オリジナルが本当に素晴らしかった。日本の季節を考えれば、受験直後にTシャツで海に行くなんてありえないけど、雪山にスキーじゃやっぱり違うでしょう(笑)。まぁ普通の監督なら、7人の並び順なんかも変えてみたくなるはずです。でも僕が客席で覚えた感動を、なんとか日本の観客に伝えようとするなら、絶対このままで行った方がいいと。それはスタッフ全員の思いでもありました。
 
 

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■パラレルワールドがキーワード。ファンタジー感が出るように、都市も季節も曖昧にして、誰もの心の中の故郷に重なるようにした。

―――ディテールもオリジナルを彷彿とさせます。例えば高校の制服も台湾風ですが、どんな狙いがあるのですか?
長谷川:主人公たちの暮らす街を、具体的にしたくないというのがありました。物語の舞台としての街を強調するのではなく、誰もが持っている故郷を重ねることができるようなどこかの地方都市、と曖昧にしている。その上で堤防場面のように、あえて季節感も無くして……まぁひとつのファンタジーと言っていいかもしれません。この作品のひとつのテーマでもある「パラレルワールド」というものも、ある意味、反映させている。例えば、浩介と真愛のデートが突然台湾になりますが、あれは実は本当にあったことなのかわからない。浩介や真愛の心の中の出来事かも……ということです。
 
―――台湾ロケは最初から考えていたのですか?
長谷川:プロデューサーの発案で、二人の一度だけのデートはオリジナルと同じ場所で撮りたいと、かなり早い段階で決まっていました。ただ現地では色々なことが起きて、実際は撮れなくなってしまった部分があったのですが、急遽場所も芝居も変えて撮影したシーンが、逆にとてもいいシーンになって……。映画ってそういうものなんだなぁって、対応してくれた皆に感謝しました。それがどこの場面か、見つけてもらうのも楽しみです(笑)。
 
―――最近の邦画の恋愛映画は当事者しか登場せず、家族をきちんと描きませんが、本作は浩介の家族をはじめ、登場人物の家庭模様や背景がしっかりと描かれていますね。
長谷川:オリジナルにも主人公たちの背景への説明はほぼありませんが、我々の脚本では、それぞれの背景、家庭環境や親の職業まできめ細かく設定してくれました。それはやはり大事だと思います。とくにこの世代の物語であれば、家庭環境を描写することは絶対に必要だと。浩介が自宅では全裸でいるのも、オリジナルではなんの説明もありませんが、日本版では父と息子の関係性を描くことで、少し解明(笑)されている。天然パーマも全裸の習慣も父親譲りで、母親だけが「なんでそんなことしなきゃいけないの」と冷めた目で見ているとかね。真愛の場合は、医者の娘というだけで観客にキャラクターのイメージが湧きやすい。
 
 
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■浩介と山田裕貴は重なる部分が多く、本当にいい役に巡り会えた。

―――浩介は恋愛映画の主人公にしては、格闘技もすれば、丸刈りにもなり、相当体を張っていました。山田さんはどのように役作りをされていたのですか?
長谷川:自分が出演した作品で、様々な主演俳優の振る舞いのようなものを見ているので、その中から自分がいいなと思ったところを取り入れながら、共演者と触れ合ったと話していましたね。出演が決まってからは、四六時中、浩介のことを考えていたとも。彼に言わせれば、浩介の体は「中途半端に頑張ろうとしている高校生の鍛え方」で仕上がっているそうです。そこまで考えていたのかとビックリしました。中国拳法の立ち回りも披露しますが、本当に完成された立ち回りではなく、どこかダメな感じにして欲しいと要求したので、頑張ってはいるんだけど、最後にはとことん相手にやられるような立ち回りを演じてくれていますしね。
 
―――もう一つ浩介で印象的だったのが、皆が将来の夢を話す場面の、「すごい人間になりたい」という言葉です。山田さんご自身もずっとそう思っていたそうですね。
長谷川:何度もそれは聞きました。高校生の頃、まったく同じ思いだったと。そんなところが、浩介と完全に重なっている。これでいいのかと常に戸惑いながら生きているような部分もそうですし、山田裕貴は、今、彼にしか出来ない、本当にいい役に出会ったなと思います。
 
―――キャスティングもオリジナル同様、映画出演経験がまだ少ないフレッシュな顔ぶれになっていますが、その中で一番年齢も上で、キャリアもダントツの山田さんが果たす役割は相当大きかったのではないですか?
長谷川:演技経験が少ないキャストたちの中で兄貴分的存在ではあったけど、上に立つというのではなく、この作品で皆が評価されればいいなという思いが強かったそうです。彼自身も長い間、様々な作品に出演してきて、せっかく映画に出ても、誰も観てくれず、出演作を認知してもらえなかったという経験もし、だからこそ、自分も含めた共演者の皆がこの映画に出たことで多くの観客の目に触れ、「あの映画に出ていた人だ」と言ってもらえればと、ずっと思っているようです。
 
 
 

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■視線の角度やカメラに映る際の表情を細かく指導する監督が今は少ないのでは。

―――ヒロイン真愛役の齋藤飛鳥さんは本作が初主演ですが、どのような演出をしたのですか?
長谷川:演技については何の心配もなかったので、こまかく指示したりすることはありませんでした。ただアップが多かったため、大きなスクリーンでは、まばたきや、瞳が少し動くだけで、何か意味を持ってしまうというようなことは伝えました。例えば「その台詞終わりで、視線をふっと5センチ下げてみようか」とか、相談しながら。いまの若い俳優さんは、カメラに映ることに事に関して、そんな具体的な指示を演出家から受けることが少ないのではないでしょうか。リテイクは繰り返しても、「じゃあ、こうしろ」と、まばたきのタイミングや視線の位置まで、なかなか言ってはもらえない。僕はつかこうへいの劇団時代、散々そんな演出を受けてきて、それが役者にとってどれだけ重要か身に染みていますし、言われたようにすることで、そこの台詞の思いのようなものが逆にわかるということも、経験してますからね。
 
―――本意をなかなか明かさない真愛は、浩介からもらったリンゴプリントのTシャツを着て、浩介のことが好きなのが観客にはヒシヒシと伝わってきますが、浩介は気付かない。それが青春の苦さですね。
長谷川:浩介へのひたむきな想いがなければ、あのリンゴのTシャツは着ませんよね(笑)しかも、浩介が出演する格闘技大会に応援しに行く時、同じTシャツだけでなく、一度も着たことがないジーンズ姿になっています。どう考えても真愛らしくない(笑)。でも格闘技大会に行くならと彼女なりに精一杯考えて選んだ服装なんです。それは衣装部がしっかり物語を把握して、意味合いまで考えて生まれたものです。映画が共同作業だというのはこういうところなんです。あの真愛らしくないジーンズ姿が、二人の別れをよりいっそう切なくする。
 
 

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■僕たちの仕事は文化祭の延長線上のようなもの。

―――長谷川監督の青春時代には、マドンナ的存在を追いかけた浩介のようなほろ苦い思い出があったのですか?
長谷川:マドンナを追いかけたどうかは忘れたけど(笑)、まぁ浩介たちと変わらぬバカをやってましたね。ちょうど学生運動の真っ只中で、それすらもバカをやる延長線上のような感じでした。所詮高校生の学生運動は、どこか文化祭の延長みたいなところがあったかもしれません。もっと言えば、僕が今やってる仕事なんてのも、まだずっと文化祭が続いてるようなもので、だから違和感なく20歳前後のキャストと仕事ができるんじゃないかな。感覚としては、部活の先輩、後輩という感じですよ(笑)。孫ほど年齢は違うんだけど(笑)。
 
―――「文化祭の延長線上」というのは、すごく意を得ている表現ですね。長谷川監督は、脚本で多くの映画に携わってこられましたが、21年ぶりの監督作で台湾青春映画のリメイクを若いキャストと作り上げた感想は?
長谷川:正直、彼らと一緒に映画を作れてよかった。65歳にもなって、こんな青春全開映画を20歳前後の若者たちと撮るなんてこと、誰が考えます?(笑)。逆にずっと監督という立場で映画を撮ってきていたら、まずなかった話でしょうね。「ちょっとあのジジイにやらせてみようか」なんて思った、バカなプロデューサーがいた(笑)。
それで僕も気負いのようなものがなく、優秀なスタッフたちの力を借りて、若い出演者たちとの芝居作りを楽しんだといったところです。だから一番うれしいのは、映画を観た人から「みんないい顔をしていたね」と言ってもらえることかな。本当に素敵な俳優ばかりだから。山田裕貴を中心として、齋藤飛鳥、松本穂香、佐久本宝、國島直希、中田圭祐、遊佐亮介、間違いなく皆、今後活躍してくれるでしょうね。とくに齋藤飛鳥は映画初出演にもかかわらず、僕たちカメラサイドの人間を驚かせてくれました。
 
 
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■重鎮スタッフも齋藤飛鳥に太鼓判「そこにいるだけで物語を全て背負える女優」

―――最後に、将来大いに期待できるというその齋藤飛鳥さんの魅力を教えてください。
長谷川:今、芝居が達者だと感じさせる若い女優さんたちは、結構いますよね。でも、こんなふうに演じていますと、キャラクターを作って見せるのではなく、演じていることを感じさせずに、そこにいるだけで物語を全て背負ってくれる女優……例えば吉永小百合さんのような……そんな女優さんが久しぶりに出て来てくれたんじゃないかと、大袈裟じゃなくそう感じています。今回参加した経験豊かなスタッフたちもこぞって、同じような感想を漏らしていました。齋藤飛鳥がこれからどんな女優に育ってくれるか、本当に楽しみですね。彼女のデビュー映画に携われたことを、皆、誇りに思っています。斎藤飛鳥が将来、大きな女優になり、ヨボヨボになった僕たちが「その映画デビュー作はワシらが撮ったんじゃ!」と、自慢する日を夢見ています(笑)。
 

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<作品情報>
『あの頃、君を追いかけた』(2018年 日本 1時間54分 キノフィルムズ)
監督:長谷川康夫
原作:九拍刀(ギデンズ・コー)『あの頃、君を追いかけた』
出演:山田裕貴、齋藤飛鳥、松本穂香、佐久本宝、國島直希、中田圭祐、遊佐亮介
2018年10月5日(金)~TOHOシネマズ梅田 ほか全国ロードショー
公式サイト: http://anokoro-kimio.jp/
(C)「あの頃、君を追いかけた」フィルムパートナーズ
 
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今年の2月に急逝した名バイプレイヤー、大杉漣が初めてエグゼクティブプロデューサーを務め、最後の主演作となったヒューマンドラマ『教誨師』が、10月6日(土)~テアトル梅田、シネマート心斎橋、イオンシネマ京都桂川、10月20日(土)~元町映画館、今冬 シネピピア他全国順次公開される。
 
教誨師(きょうかいし)とは、受刑者の道徳心の育成や心の救済を行う民間の宗教家。今回大杉が演じるのは教誨師、佐伯保だ。死刑囚と面会する拘置所を舞台に、一癖も二癖もある6人の死刑囚と対話を続ける中での佐伯の苦悩や、自身の過去との対峙を描く。死刑囚役には映画初出演となる玉置玲央をはじめ、光石研、烏丸せつこ、古舘寛治ら個性派俳優が顔を揃え、大杉演じる佐伯と、1対1の対話によって内面の変化が訪れる様子を、多様に映し出す。シンプルなセットの中、待ち構えるのは死しかない人間の心の内をあぶり出す一方、なんとか彼らに寄り添おうとする佐伯の真摯な姿が胸を打つ。改めて死刑制度についても考えてみたくなる作品だ。
 
大杉さんと二人三脚で本作を作り上げた佐向大監督に、お話を伺った。
 

 
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■大杉さんに誘われて事務所入り、映画化できる企画を考える。

―――企画が立ち上がってからの映画化するまでの経緯は?
佐向:元々、大杉さんからの依頼で、大杉さんの所属役者の皆さんとワークショップを開催していたのですが、そのうち一緒に映画を作らないかと誘っていただき、大杉さんの事務所に所属しながら映画化できる企画を考えていたのです。教誨師と死刑囚が対話を重ねていく話を考え、大杉漣さんに映画化を念頭に置いた相談をしたのは3年前ぐらいです。大杉さんも「いいじゃない」とすぐに乗ってくださいました。
 
―――死刑囚という、命に期限が決められている相手に対して接するというのが、この物語で重要な意味を持ちます。
佐向:基本的に教誨師の方は、道徳心を育成したり、真っ当な道を歩ませるために受刑者に対話をするわけですが、死刑囚の場合はもう刑務所の外に出ることはないのに、教誨師の方は何を話せばいいのか。僕自身も知りたかったですし、そこから企画を立ち上げ、教誨師の方にもどういう気持ちで対話をされているのか取材をさせていただきました。「社会では許されないことをした人だが、神は罪を赦す」という教えのもと、とにかくしっかりと死刑囚の話を聞き、まずは彼らの人生をそのまま受け入れてあげること。そんなことが重要だと伺い、その考え方を中心に据え、佐伯保というキャラクターを描いていきました。
 
―――様々な事件を想起させるような6人の死刑囚が登場しますが、どのようにキャラクターを作り上げていったのですか?
佐向:死刑囚ではあるけれど、基本的には事件を起こしていない我々と変わらないのではないかという考えでキャラクターを作っていきました。どうしても死刑囚となると、関係ないと思ってしまいがちですが、罪は犯しているけれど、実は気が優しい人であったり、烏丸せつ子さんが演じるようなどこにでもいるおばちゃんだったりするのかもしれない。でもどこか内面が壊れていびつな部分が垣間見えるキャラクターにしたいと思いました。5,6人を想定して、それぞれのバックボーンを肉付けしていきました。
 
 
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■死刑囚と対話することで、佐伯自身も変わっていくべきだと思った。

―――ずっと教誨師と死刑囚の面会部屋だけで物語が展開している中、後半に子どもの頃の佐伯の回想シーンが挟まれ、物語のアクセントになっています。ナレーションで済ますこともできたと思いますが、そのシーンを入れた趣旨は?
佐向:最初は佐伯が鏡のような存在で、死刑囚たちがその鏡を通して自分自身を語るという展開を考えていましたが、途中で「佐伯保という男はどういう人間なのだろうか」と考えたのです。佐伯自身も死刑囚と対話することで変わっていくべきだと思ったものの、彼の日常生活は見せたくなかったので、説明的になるのを防ぐ意味も込めて、回想シーンで、彼が体験した生涯忘れられない出来事を描きました。
 
―――6人の死刑囚の中でも一番若い死刑囚、高宮は常に佐伯に反抗的な態度を取り続けます。他の死刑囚と比べても、かなり異色の存在でした。
佐向:6人の中でも、一番中心となるのは高宮と佐伯の関係で、その関係性を軸に物語を展開させたいと考えていました。大杉さんとも話していたことですが、高宮の発言は独りよがりではあるけれど、そんなに間違ったことは言っていないつもりです。世の中を変えたいと思っている、ある意味、一番現状に満足していないキャラクターです。そんな高宮が佐伯と通じ合うまではいかなくても、何か分かりあえるところがあればいいなと思い、描きました。
 
―――7月にオウム真理教事件の死刑囚全員の刑が執行された後、教誨師と死刑囚を描いた本作が公開される訳ですが、佐向監督はどのように捉えておられますか?
佐向:13人も一斉に死刑執行されるというのは、異常なことです。以前脚本を手掛けた『休暇』は刑務官の話でしたが、そこには死刑を執行する側の人がいます。もちろん死刑囚の犯した犯罪により、多くの罪なき方が亡くなっている訳ですから、その必要性はあるのかもしれませんが、死刑執行を指示する人はその場にはいない訳で、実際に今回の場合は一日に何人も刑を執行する側の方の辛さを思うと、想像を絶します。
 
 
 

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■死刑囚たちのキャラクター、キャスティング、リハーサル、そして現場ですぐにカメラを回す。大杉さんのこだわりが作品の緊張感を産む。

―――今回、大杉さんは主演でありかつ、エグゼクティブプロデューサーとして関わられ、本作に非常に思い入れが強かったと思いますが、特にこだわっていた点は?
佐向:まず、キャストが重要だとおっしゃっていました。脚本段階では、自分の役より、死刑囚のキャラクターを個性的にしようとアドバイスをいただきましたし、キャスティングでは大杉さんの意見を聞きながら行いました。後は、とにかくリハーサルをやろうとおっしゃって下さり、僕もとてもありがたかったです。全員の死刑囚役のキャストと事前にリハーサルをしてある程度のイメージをつくったのですが、現場に入ってからは大杉さんの意向で「(セットの教誨師がすわるテーブルの)席についたら、すぐにカメラを回して」とおっしゃったのです。通常はカメラテストやリハーサルを行い、撮影が始まるのですが、裏で共演の方とセリフだけ合わせて、あとは席についたらすぐにカメラを回していました。スタッフ、特に撮影の山田達也さんは、キャストがどう動くか分からないので大変だったでしょう。共演者の方も相当緊張感があったと思いますが、それが良い方向に作用し、この作品のピンと張り詰めたような基調ができあがったのだと思います。カメラ2台で撮りましたが、一発撮りも多くて、セリフが長いので撮影が押すかと思っていたら、光石研さんの時は5時間巻きで終わり、その後何をしていいか分からないということもありました(笑)
 
―――皆さん、緊張感たっぷりの中、撮影に臨まれたのですね。
佐向:大杉さんがすごいと思ったのは、基本的にアドリブなしで台本通りなので、こちらも大体のイメージができている中で撮影を行うわけですが、いざカメラが回ると、こちらが想像していたものとも、リハーサルとも全然違う表情を見せたり、言い方をしたりされるのです。本当に今、この場所で佐伯保という人間が怯えたり、考えたりしながら、死刑囚と対話をしているのだなという感じや佐伯の気持ちがヒシヒシと伝わってきました。
 
―――カメラが回ると、佐伯になるスイッチがぐっと入る感じでしょうか。
佐向:本当に休憩中は冗談ばかり言っているのですが、いざ撮影が始まると、テンションを高める集中力をもっておられた。大杉さんは運動神経が良かったので、ある種アスリートのような集中力があったのかもしれません。終わった途端にまたいつもの調子に戻って、その切り替えには驚くばかりでした。
 
 
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■大杉さんは、少人数でも一丸となり、皆でいいものを作ろうと頑張る現場が好きだった。

―――やはり大杉さんの中で、教誨師に対する思い入れがあったのでしょうね。
佐向:セリフも生死という根源的な問題に触れますし、覚悟のようなものが見えました。12月に初号を見た時、この作品のことを何というのかと思ったら、「次は何にしよう」と、既に気持ちは次回作に向かっていたようで、大杉さんが亡くなる直前まで、そんな話をよくしていました。今回はスタッフもキャストも少なかったですが、一丸になって皆でいいものを作ろうと頑張った現場で、大杉さんはそういう現場がお好きでしたし、大杉さん自身も皆を盛り上げるのがとてもうまい方でした。打ち上げではまた同じスタッフ、キャストで映画を撮ろうとおっしゃってました。
 
―――最後に、大杉さんの一番好きだったところを教えてください。
佐向:大杉さんは、これだけキャリアがある方なのに、「どうやりたいのか言ってみて」とか、「とりあえず脚本を書いてみて」とまずはこちらの意見を聞いてくださり、こうだと決めつけるような言い方は絶対しません。何か座右の銘になるようなことを今言えたらいいのですが、冗談ばかりおっしゃっていたので、全く思い起こせなくて。そこが、大杉さんの大好きなところですね。皆をどう盛り上げていくか、全体のバランスを常に考えて、本気で楽しむことを知っていらした方だと思います。この作品のテーマでもありますが、これからも大杉さんと「共に生きて」いきたいと感じています。
(江口由美)
 

<作品情報>

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『教誨師』(2018年 日本 1時間54分)
監督・脚本:佐向大 
出演:大杉漣、玉置玲央、烏丸せつこ、五頭岳夫、小川登、古舘寛治、光石研
2018年10月6日(土)~テアトル梅田、シネマート心斎橋、イオンシネマ京都桂川、10月20日(土)~元町映画館、今冬 シネピピア他全国順次公開
公式サイト:http://kyoukaishi-movie.com/
(C) 「教誨師」members