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 限られた上層階級の人間が延命治療として自分と同じ見た目の「それ」を保有できる近未来を描いた甲斐さやか監督(『赤い雪 Red Snow』)の最新作『徒花 -ADABANA-』が、2024年10月18日(金)よりテアトル梅田、アップリンク京都、シネ・リーブル神戸ほか全国ロードショーされる。
病で死期の迫る男、新次を井浦新が演じる他、彼のカウンセラーまほろを水原希子、新次が忘れられない「海の女」を三浦透子が演じている。格差社会の行き着く果てとも言える命が選別される時代に、持つものと持たざるものの運命や、周りから思われることと、自分が感じていることの違い、そして「それ」という自分のいい記憶だけを学習させたクローンの存在の不気味さなど、ひたひたと迫り来る近未来での命の終わり方について、問いを投げられているような意欲作だ。本作の甲斐さやか監督にお話を伺った。
 
 
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■90年代半ばから構想していた「男がクローンと向き合って対話する」物語

―――本作のアイデアは前作の『赤い雪 Red Snow』(19)以前から持っていらしたそうですね。
甲斐:『赤い雪』も劇場公開まで5年ぐらいかかったのですが、同作のプロデューサーから、さらにその5年前に企画があれば出してほしいと言われたとき、既に『徒花』を出していたんです。プロデューサーの意見として、『徒花』も好きだけど、先に『赤い雪』をやりたいということで、一旦はお蔵入りになりました。それでも、『徒花』というタイトルを最初からつけ、ずっと色々な人に企画を見ていただいていたのです。
 
―――『徒花』というタイトル自身に強い思い入れがあったと?
甲斐:90年代半ば、都市伝説が好きな友人から「中国にはクローン人間がいる」という話を聞いたことに影響を受け、クローンや生命倫理を調べているうちに、日本のソメイヨシノという桜の品種がクローン桜であることがわかりました。そこから、カウンセラーが、ガラス貼りの部屋で男がクローンと向き合って対話をするという大体の骨格が生まれ、コロナ禍を経て改稿を重ねましたが、そのイメージがブレることはありませんでした。
 

■コロナ禍を経験し、「今やるべき作品」になった

―――20年前はSF的だったことも、AIが日常生活にも影響を与える今となっては、むしろ身近にあり得ることのように感じますね。
甲斐:10年前は、「パンデミックが起きて国連がクローン技術を推奨した」というこの物語の前提を話しても、「想像がつかない」と言われましたし、ガラス越しというのはクローンが無菌状態で育つ必要があるからだと説明しなければいけなかった。相手を納得させ、リアリティーのある自分ごとの話とご理解いただくには、時間が必要だったともいえます。当時は話としては面白いけれど、ハードルが高いという反応でしたが、コロナが発生し、わたしたちの現実をさらに追い越していってしまいました。戦争もしかりですが、何か想定もしていなかったことが起きてしまうと、急に現実が脆くも崩れ落ちてしまうし、自分の命が守られているようで、脆いものだと気づかされてしまう。この設定がそのようなリアルなものになったと思うし、同じように感じてくださった音楽プロデューサーのakikoさんをはじめ、多くの関係者の方が「あの脚本は?」と連絡をくださったんです。コロナで上級国民だけ治療ができるという噂もあり、わたしたちの生命倫理感も揺らぎましたが、警鐘やどう思うかという投げかけの意味もあり、今やるべき作品ではないかと思いました。
 
―――上級国民と呼んでもいい、なんでも手に入れている立場だからといって、果たして幸せなのかとか、クローンの「それ」を使ってでも延命したいのかとか、様々な問いが浮かんできます。主人公新次の設定や、前作でも出演されていた井浦さんの起用について教えてください。
甲斐:20年前の構想初期はインディペンデント作品が念頭にあったので、とくにどなたも考えていなかったのですが、あるとき井浦さんのことを認識したときに「「それ」っぽい!」と思ったことがありました。わたしの活動と並行し、実現しないまま引き出しにしまわれた『徒花』がずっと心にありながら、『赤い雪』のときに、ある役にイメージがピッタリだったため、まずは同作で井浦さんとご一緒することになったんです。
 
 
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■『赤い雪』撮影中から『徒花』に興味を示してくれた井浦新

―――少しずつ井浦さんが「それ」になる運命が近づいて来た気がしますね。
甲斐:『赤い雪』公開の2年前(2017年)に撮影を行ったとき、井浦さんは『赤い雪』をすごく気に入ってくださり、「少しずつこういう作品に出たいので、また一緒にやりましょう」と声をかけてくださったんです。そこで『徒花』のことをハッと思い出し、井浦さんに撮影現場でその構想を口頭でお伝えすると、すごく乗り気になってくださった。さらに『赤い雪』初号の後でまた一緒にやりたいと伝えてくださった際、『徒花』のプロットが読みたいと言ってくださいました。だから『赤い雪』の舞台挨拶でロケ地の山形を巡っているころは、すでに『徒花』の新次や「それ」の演技プランの話をしていたんです(笑)
 
―――井浦さんの並々ならぬ意気込みが伝わってきますね。新次のカウンセラー、まほろを演じた水原希子さんのオファーについて教えてください。
甲斐:コロナを経て『徒花』をようやく撮れることになり、改めて脚本を書き直していたので、わたしが20代のころに撮っていたら、後半、まほろに現れる戸惑いや、そこまでのカタルシスを覚えるシーンはなかったでしょう。この話は新次の成長物語と思って見ているけれど、途中からまほろの物語になる。要は一度の生の物語ではなく、新次の命が終わっても、まほろがその命を引き継いでいくかもしれないとか、途中から彼女が成長する話になっていくと考えたとき、彼女が自分の存在を疑うということがこの映画の大切なシーンになるとはっきりしてきました。
 
 
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■清らかなまほろ、自然と溶け込む海の女、弾けなくなったピアニストが示すことは?

―――なるほど、今撮ることでまほろの人物像がくっきり浮かび上がってきたんですね。
甲斐:そのときに、水原さんは多国籍な関係でお育ちになり、そのせいで辛い思いをされることがあっても、それを乗り越えて今があるという記事を新聞か何かで読んだことがあり、彼女は自分の存在を疑うまほろを自然に演じられるかもしれないと思いました。昔、CM撮影で1日だけお会いしたときの佇まいがすごく清らかでまじめな感じだったので、まほろのキャラクターを彼女に演じていただけたらと思い、お手紙を添えて脚本をお送りしました。
 
―――わたしはアニエス・ヴァルダが好きなのですが、三浦透子さんが演じる海の女の登場シーンは、思わず『冬の旅』の主人公モナのようと思って見ていました。
甲斐:アニエス・ヴァルダは好きですし、『冬の旅』は改めて見返したぐらいなので、どこかで影響を受けている部分はきっとあると思います。『赤い雪』でマラケシュ映画祭に参加したときに、ゲストで来場していたヴァルダにも会えたんですよ。
海の女は、新次にとって憧れの人であり、自分がそうなりたかった分身のような存在で、主人公たちの中で一人だけ生に執着のない人物なんです。新次がいろいろなものを手放せたら、彼女のようになれたかもしれないという、野生や自然をまとった存在として、三浦透子さんに演じていただきました。
 
―――治療を受けている患者の一人として登場する女性ピアニスト(甲田益也子)の存在は死と向き合い鬱々としている新次とはまた違う雰囲気を放っていましたね。
甲斐:ピアニストは小さいころから色々なものを詰め込んで来られた方で、彼女のように一流になるほどの特訓を受けていなくても、わたしたちは知らず知らずのうちに、受験が加熱していたり、新次の母(斉藤由貴)のように子育てが失敗できないというプレッシャーを抱えていたり、いろんなことで無理やり詰め込むことを強要されているし、自分にも強いている部分があると思うのです。甲田益也子さんが演じたピアニストはある意味その犠牲者でもあり、何かを突き詰めた人でもある。その彼女のクローンが、無邪気に音楽を楽しんでいるわけで、あれはあれで、彼女の記憶のいいところだけを切り取り、洗脳しているわけです。
 
―――良い面しか見せない洗脳というのは、怖いですね。
甲斐:はい、それは現代社会でコントロールされている情報を受け続けているのと同じであり、現実の違和感にうっすらと気づきながらも、立ち止まって選択する力が弱っている気がするんです。だから甲田さんの役を通して、病んだ現代人を描けるのではないかと思い登場させています。
 

■本作に込められた問いとは?

―――新次は最後に「それ」という自分に向き合うというのは説得力がありますね。
甲斐:失くしてしまったものを一つ一つ拾い集めるようで、残酷ではあるけれど、どこかで希望を託せるようでもある。ただクローンを使って延命することが幸せなのかという命題はありますよね。
 
―――『徒花』というタイトルにも関連しますが、失敗だらけの人生でもやり直すというより、そういう人生を受け入れて生を全うすることが自然ではないかと思ってしまいます。
甲斐:無駄ってあるのかなとか、失敗とは?と考えてしまいます。無駄にこそ美があるし、頑張りすぎなくてもいいんじゃないかというメッセージも込めさせていただきました。
 
 
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■変わらずある自然とそれに調和する音を取り入れて

―――近未来ですが、SFっぽすぎない美術と、寺院にいるかのような神聖な気持ちになる音楽がこの作品の深遠な雰囲気を見事に作り上げていました。美術や音楽設計について教えてください。
甲斐:20年前、そう遠くない未来を想定していましたが、出生率も本当に減っているし、労働力が足りないならクローン人間を使おうという発想は平気で起きるし、あとは倫理の問題だろうと思っていました。そういう中でも自然は変わらずにずっとあり、その強さや恐ろしさがあり、常に人間に跳ね返ってくることがあるだろうと思ったんです。ロケ地でとにかくこだわったのは、近未来SFのようにピカピカな場所ではなく、昔かもしれないが未来かもしれないという、どこか懐かしさのある場所で、窓の外の借景はとにかく緑がパワーを持っているところにしたいということ。探すのは大変だったと思います(笑)でも、廃墟が見つかり、剪定されていない分、野生の魔術的なパワーが出ていたので、そこに決めました。
 
―――なるほど、自然と人間との対比もテーマであることがわかりますね。
甲斐:はい。音楽はジャズシンガーのakikoさんと20代のころから仲が良く、コロナ前に『徒花』を読んでもらっていました。コロナ禍になって一番強く、今だから撮るべき作品だと背中を押してくれたのです。彼女は世界中の音楽に詳しいので、音楽プロデューサーになってもらい、その上で脚本の音楽のトーンをふたりで話し合い、作曲家の長屋和哉さんにたどり着きました。長屋さんもチベット僧と一緒に演奏をされたり、サウンドスケープを手がけられているので、今回の音楽に合うと思いました。それだけではなく、モーリス・ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」のようなクラッシック音楽をakikoさんから推薦していただいたり、静かだけれど音楽がかかってるというこの映画のトーンを決めていきました。シンギングボウルの倍音も取り入れ、いわゆる劇伴ではなく、自然と調和をしている音楽で、飽きないような…と考えていきました。
 
―――ありがとうございました。最後に、非常に美しく、写真の中央に染みのように広がっている形状が脳のようにも桜のようにも見える本作のポスタービジュアルについて、教えていただけますか?
甲斐:写真は永瀬正敏さんに撮っていただきました。新次の「それ」は、実は手先が非常に器用で、現実の絵描きのゴーストライターをやっているという設定なんです。彼は全くエゴがないので、他の人の名前で自分の作品が世に出ることに全く抵抗がない。その彼の部屋にどんな絵があるだろうと思ったときに、このロールシャッハ的なアートを飾っていたのです。失った自分と出会い直すような映画なのですが、このデカルコマニー模様は脳にも見えるし、生命にも、桜にも見えると思うし、みなさんにも色々なものを想像していただけるのではないでしょうか。
(江口由美)
 

<作品情報>
『徒花 -ADABANA-』
(2024年 日本 94分)
監督・脚本:甲斐さやか
出演:井浦新、水原希子、三浦透子、甲田益也子、板谷由夏、原日出子、斉藤由貴、永瀬正敏
2024年10月18日(金)よりテアトル梅田/アップリンク京都/シネ・リーブル神戸ほか全国ロードショー
公式サイト⇒ https://adabana-movie.jp/
Ⓒ2024「徒花-ADABANA-」製作委員会 / DISSIDENZ
 
 
 
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 岡山県牛窓にある猫神社こと五香宮に集まる猫たちと、猫を世話する町の人たちから地域コミュニティーの今を映し出す想田和弘監督観察映画第10弾『五香宮の猫』が、2024年10月18日(金)より京都シネマ、19日(土)より第七藝術劇場、26日(土)より元町映画館他、全国順次公開される。
 
 前作の『精神0』(20)から4年ぶりとなった本作では、牛窓の神羅万象に目を向けながら、町を駆け抜け、たくましく生きる猫たちに肉薄。五香宮で地域の人が参加してのTNR活動、自治会会合での話し合いなど、猫たちを巡る問題は、半野生の動物と人間がどう共生していくのかを探る手掛かりにもなる。地域活動に参加する元気な高齢者たちの姿にも勇気づけられることだろう。本作の想田和弘監督に、お話を伺った。
 

 

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■避けてきた地域コミュニティー(自治会)で体感したことは?

―――ニューヨーク在住だった想田さんは前作『精神0』のキャンペーンで2020年、日本が海外からの水際対策をしていた時期に東京滞在をし、そこから岡山県牛窓に転居されたことで、この作品の誕生につながる訳ですが、その経緯を教えていただけますか。
想田:柏木の母が牛窓出身なので、97年に(柏木)規与子さんと結婚してから時々遊びに行っていたのですが、本格的に牛窓が好きになったのは2012年に『演劇1』『演劇2』のプロモーションのため帰国したときです。キャンペーンの合間に空いてしまった1ヶ月間、自然豊かな場所でゆっくりしたいなあと思ったときに、柏木の母の同級生が家の離れを貸してくださり、すごく牛窓が好きになってしまった。近隣の漁師さんと仲良くなり、彼らやこの街を撮りたいと思った結果、2013年に『牡蠣工場』『港町』を撮影しました。以降も休暇のたびに牛窓に滞在していたのですが、『精神0』のキャンペーンでコロナ禍に東京で足止めになったときは、相当キツかったですね。民泊に閉じ込められた状態で、映画館はおろか、どこにも行けなかったので、どこかに逃げたいと思ったとき、行く先は当然牛窓でした。ある日牛窓の海が見える2階の部屋で昼寝をしていると、このままここに居たいなと思ってしまった(笑)
 
―――1ヶ月間滞在するのと住むのとでは、随分違ってくると思いますが。
想田:僕は栃木県足利市出身ですが、そこから東京、そしてニューヨークに行ったわけで、地縁や血縁から逃れ、個人として自由気ままに生きることを志向してきたんですね。でも牛窓に住むとなると自治会に入り、自治会費を払い、近所の草刈りや神社の掃除をするわけで、最初は自分が自分じゃないような感じがしました。でもやってみると案外楽しくて、人間は長い歴史を通じておそらくこうしてずっと生きてきたわけで、それを鬱陶しいものとして排除したことで生まれた弊害はものすごく大きいことに気がつきました。
 
 
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■牛窓暮らしで、人生のプライオリティーが変わった

―――この作品は五香宮にいる野良猫を入り口にしながらも、町のコミュニティーやそこにある自然、生き物など森羅万象が描かれ、主役的な人が存在していたこれまでの作品からさらに高みに到達したような、素晴らしい作品だと思います。前作が2020年だったので、観察映画第10作となる本作ができるまで、結構時間がかかったんですね?
想田:これまでは1〜2年に1本公開するペースで作品を作ってきましたが、今回は4年ぶりとなります。というのも、僕のプライオリティーが変わったのです。ニューヨークで暮らしていたときは仕事が最優先で、それ以外は全て邪魔なものだと蹴散らしてきましたが、今やそれが逆転し、蹴散らしてきたものを大事にし、暇ができたときに映画を作ったり、仕事をしていますね。
 
―――それぐらいがちょうどいいと思います。今は多くの人が世の中の早すぎるスピードに飲み込まれ、気持ちが病んでしまいがちですが、スピードを落としてゆっくり目の前を見ると、豊かなものが見えてくるのではと思いますよね。
想田:はい。目標を設定してそのために何かをやるということばかりしていると、やっていることが全て何かの手段になってしまい、早く済めば済むほど良いことになってしまう。僕の場合は、映画を作ることが最大の使命になっていたので、それ以外のこと、例えばご飯を食べるのも単なる「給油」みたいな感覚でしたが、今はひとつひとつのこと、それ自体に意味があると思って楽しんでいます。食事を作ったり、散歩をしたり、瞑想をしたり、猫と遊んだり、友達と時間を過ごすことを一番大事なことと思い、何かのためではなく、それ自体に意味があることとして暮らしています。なぜだかわからないけれど、そのように切り替わっていったんですよ。
 
―――牛窓暮らしでご自身にも大きな変化があったんですね。
想田:そうですね。例えば猫なんて、明日のために努力しないし、昼寝するときは全力でするし。そこに「いる」ということができるわけです。僕も8年ぐらい前から本格的に瞑想をするようになったのですが、いかに人間にとってここに「いる」ことが難しいか。いくら瞑想で自分の呼吸に意識を集中しようとしても、必ず、今日の晩御飯はどうしようとか、昨日のインタビューはもっとこんなことが言えたのにとか、そんなことばかり頭に浮かんで、ただそこにいるということができない。牛窓の家の庭に樹齢100年以上になる木があるのですが、100年間微動だにせず、そこにいるわけです。そういうものをしげしげと見つめていると、凄いなあって心底尊敬するし、自分のお手本に見えてくるんですよ。
 
 
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■人間がどのように半自然と付き合うのかをテーマに、身構えずに撮る

―――今回は、どういう気持ちでカメラを回しておられたのですか?
想田:最初は規与子さんが地域猫活動のTNR(避妊去勢手術)を手伝うことになり、明日五香宮で一斉捕獲があると聞き、どんな感じなのだろうと興味を抱いてカメラを回し始めたんです。そこから2〜3日五香宮に張り付いていると、いろんな人がやってくるんです。それを気の向くままに撮らせてもらううちに、場として面白いと感じ始め、定点観察するといい映画になる予感がしたんです。そこから結局2年近くカメラを回しました。といっても、最初は毎日のように撮影していましたが、それが一段落した後は、祭りや行事、掃除のある日など、何かあるときに撮影をしていました。
 
―――地域の情報は大事ですね。ちなみに猫はカメラで撮ろうとすると逃げられそうな気がしますが、想田さんのカメラは相当肉薄していましたね。
想田:こちらが何かを撮ろうとすると、猫に伝わり、身構えられてしまうんです。ですから撮るという意識を持たずに撮るという…。
 
―――難易度が高いですね(笑)猫に試されているような。
想田:試されますよ。なるべくそこにいるだけという感じに自分の意識を持っていくようにしています。まあ、それは相手が人間でも同じなんですけどね。観察映画の考えは、何かを撮ろうとするのではなく、よく見て、よく聞いて、そこで発見したことを素直に映画にするわけですから、猫の撮影はその訓練になりますね、
 
―――タイトルにもなるぐらい猫をたくさん撮影して、気づいたことはありますか?
想田:猫は完全に野生ではなく、半自然の存在です。人間の関与がなければ生きていけない動物なんです。野良猫であっても、ずっと撮っていると背後に必ず人間の影が見えてくるので、人間がどのように半自然と付き合っているのかが、一つのテーマになったと思います。
 
 
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■タブーの猫問題に切り込み、猫のいない社会の違和感を想像

―――地域猫についての意見を町の人に聞いておられますが、みなさん、非常に慎重な返答をされていたのが印象的でした。
想田:実は猫の問題は地元ではタブーです。だからこの作品を作ること自体、タブーに触れるような行為でもありました。というのも猫が好きな人と糞尿被害で困っている人がくっきりと分かれていて、あなたはどちらなのと探り合っているところがあります。そういう中で映画を撮るのは緊張しましたし、僕の質問に答えてくれる人もとても言葉を選んでおられましたね。
 
―――映画が進むにつれ、野良猫たちが地域の問題になっていることがわかってきますね。
想田:野良猫の避妊去勢手術は、ある意味妥協策です。猫を世話する側からすると、今後新たな猫が生まれることはないので、今いる猫たちに餌をやることを認めていただきやすいんですね。でも、本当にそのやり方がいいのか。避妊去勢手術を進めていくと、ひょっとすると、近い将来一匹も野良猫がいなくなってしまうかもしれない。そういう社会でいいのかと、避妊去勢手術を自分でも実践しながら、違和感も覚えるんですよ。猫がその辺をウロウロしているぐらいの包容力というかおおらかさが社会から失われている証拠なのではとも思いますよね。ホームレスを排除するベンチと似たようなものを感じます。街が管理され、コントロールが可能になればなるほど、野良猫のように制御不能な存在は生きていく余地が狭まり、排除されていく。これは先進国共通の流れではないでしょうか。
 
―――小学生たちが野良猫たちとじゃれ合うシーンもありましたが、地域の動物と触れ合うことは、生き物との共生を体感する上でも大事なのではと思いますが。
想田:みんなで野良猫の面倒を見たり、ケアをすることができれば、地域にとっても一つのプロジェクトになり得るし、そういうことができれば一番いいのにと、僕のように猫の好きな人間は思うわけです。ただ、彼らの糞尿で悩まれている方もいるので、本当に難しい問題です。
 
 
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■老後のロールモデルに囲まれて、歳をとるのが怖くなくなった

―――本作は牛窓を通して昔の日本のコミュニティーのあり方を描いています。町の風情も素敵だし、典型的な地方の高齢化も映し出していますが、みなさんお元気で、その点でもお手本のようですね。
想田:老後のロールモデルがたくさんいらっしゃるので、以前ほど歳をとるのが怖くなくなりましたよ。この映画に登場する「てんころ庵」という女性が運営しているサロンでは、80代から90代が中心です。女性の方が長生きで、夫亡き後ほとんどがひとりで暮らしていらっしゃる。でも全然寂しそうではなくて、毎週集まっては一緒にご飯を作って食べたり、体操をしたり、生協(共同購入)したりしている。そうやって繋がって入れば家族である必要はなく、ご近所さんでも大丈夫なんですね。僕はニューヨークに住んでいるときは、あまり自分の明るい老後を想像できなかったですが、今は年をとったら猫と遊んで、散歩でもしていればいいんだと思えるようになりました。
 
―――都会から離れ、自然に囲まれた場所で、ご近所さんとのんびり暮らす。いいと思います。
想田:本当は生きることって、シンプルなんじゃないかな。お日さまがあり、きれいな空気と水があり、土があり、そして仲間がいればなんとかやっていける。それだけの話なんですよ。
 
―――五香宮でのご神事も映していらっしゃり、日本の各地で行われている伝統行事を記録することの重要さも感じました。
想田:今はかろうじて五香宮を支えるコミュニティーが維持されていますが、超高齢化しているので、近い将来、五香宮の神事もなくなる可能性があります。そして猫もいなくなってしまうかもしれない。だから、僕が今見ている愛おしい光景を、今回タイムカプセルに詰めるような気持ちで映画を撮ったとも言えます。
 

■アフターコロナのミニシアターでの取り組みと、配信が作り手に与える深刻な状況

―――想田さんは地元岡山のシネマ・クレールさんで、シネマ放談の会を定期的に開催され、好評を博しておられますね。
想田:全国のミニシアターでやってほしいぐらいです!映画をみんなで観て、その後そのまま映画館に残って1時間以上、たっぷりと言いたい放題をするという会で、映画の悪口もOKなんです(笑)。規与子さんも毎回参加していますが、歯に衣着せぬとはこういうことかというぐらい毒舌のときもあって。僕はファシリテーターなので焚きつけるだけ。最初に五つ星を満点として、どの星をつけたかみなさんに挙手してもらうんです。するとだいたい五つ星と一つ星の方がいるので、一つ星の人の方から話を聞いていき、次は五つ星の人が反論するのを聞いていると、みなさん自分の意見を言いたくなってくる。それが本当に楽しいし、常連さんも増えて、お客さん同士のつながりも出てくるので、場としての映画館も盛り上がっていくのではないかと期待しています。
 
―――ちなみにアフターコロナのミニシアターの状況は、どのような状況と認識されていますか?
想田:劇場にもよりますが、コロナで減ったお客さんが戻ってきていないというのはよく聞きます。あと今年はDCPの入れ替え時期なので、そこをどう乗り越えるかですね。もう一つ、DVDが本当に売れなくなったのが結構問題になっています。一般の方は、代わりに配信で稼げばいいじゃないかと思われるでしょうが、配信はほとんど儲けがない。配信されていることでDVDも売れなくなり、映画館でも観客が減るというマイナス効果はあっても、プラス効果になることは見出しにくいですね。一部の人気作品を除き、ほとんどの映画は本当に収入にならない状況です。僕も最近は、配信に出さない方がいいんじゃないかと思っています。ソフトへの揺り戻しがあればいいのですが、なければ製作者も配給会社も両方とも厳しくなりますね。
 
 
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■目指してきた観察映画のコンセプトにすごく近くなれた

―――牛窓の自然をさまざまな天候のもとで撮影したものが、随所に挿入されていますが、日頃から意識的に撮影しているのですか?
想田:さまざまな天候の牛窓を撮りたいとは思ってました。毎朝起きるとランニングするのが日課なのですが、本当に毎日海の色や光が違うし、いつも見とれてしまうんですよ。そういう景色を撮っておきたいという気持ちはずっと持っていたので、それをする良い機会になりました。
 
―――その自然な肩の力の抜けた感じや、想田さんの心持ちが映っていた気がします。
想田:もともと僕が目指してきた観察映画のコンセプトには、すごく近くなれたのではないかという気がしています。ドキュメンタリーといえば、すごい大事件だとか、貧困とか、とても惨めな顛末などを観客が欲望し、それにつられて作り手もそういうものを欲望してしまう。ある意味ディザスターツーリズムのような、人の不幸を飯の種にするところが、どうしてもあると思うのです。一方観察映画は、わたしたちの日常にカメラを向け、観る側がよく観て、よく聞いて、センサーの感度を上げながら、日常生活に起きるさざ波のような変化を捉えれば、それが映画になるという考えなのです。今までもそれを心がけていましたが、そこまで徹底できず、事件やすごい展開を期待してしまう気持ちがずっとありました。でも今回、それは本当になかったです。それどころか、たびたびカメラを回すのを忘れてしまって。例えば、野良猫は寿命が短く、本当によく死んでしまうのですが、誰々が死んだと聞いたら思わずカメラを持たずに駆けつけてしまう。お葬式の後に、「今のを撮っておけばよかった」と思う一方で、世話をしてきた人のことを考えると、撮るのは気がひけるという気持ちもありました。ただ、一度はそういう現実をちゃんと描かなければ嘘がある気がして、一度だけ心を鬼にして撮らせてもらいました。結果的には命のサイクルを描く映画にもなったと思います。
 
―――海外生活の長かった想田さんですが、日本の良さに気づく部分もあったのでは?
想田:すごく日本の良さを見直す機会になりました。猫のことで揉めそうになっても、踏み込む一歩手前で止めるみたいな、衝突を避けるための知恵がありますね。僕自身はいつも踏み込んで、白黒ハッキリさせてきた人間なので、問題自体は解決しなくても、そこで顔を合わせて話すだけで、解決に近い平和が訪れる。そういう発想がなかったので、これはすごいと思いました。
(江口由美)
 

<作品情報>
『五香宮の猫』(2024年 日本 119分)
 監督:想田和弘 製作:柏木規与子
2024年10月18日(金)より京都シネマ、19日(土)より第七藝術劇場、26日(土)より元町映画館他、全国順次公開
※10月20日(日)京都シネマ、第七藝術劇場、11月4日(月・祝)元町映画館にて想田和弘監督の舞台挨拶あり
 公式サイト⇒https://gokogu-cats.jp/
(C) 2024 Laboratory X, Inc
 

 

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ニューヨーク・ブロードウェイの傑作舞台を、日本語字幕つきで映画館で楽しめる「松竹ブロードウェイシネマ」。シリーズ最新作となる傑作ミュージカル『アーネストに恋して』(原題:Ernest Shackleton Loves Me)が、10月4日(金)より全国順次公開される。


Ernest-pos.jpgミュージカル俳優としてあまたの賞に輝き、近年では演出家としても活躍する城田優にインタビューを実施。本作の魅力や、役者陣のすばらしさ、さらには舞台に欠かせない“想像力”の是非についてまで、演者として、ときに演出家としての視点であますところなく語ってもらった。


【STORY】
ある夜更け、出会い系サイトに自己紹介動画を投稿したビデオゲーム音楽の作曲家・キャット。彼女のもとに、突然20世紀を代表するリーダーと称される南極探検家のサー・アーネスト・シャクルトンから返信が届く。南極で船が難破し流氷の上で身動きが取れなくなったアーネストは、時空を超えてキャットにアプローチし、壮大な冒険の旅へと誘う。思いがけないことに、ふたりは互いの中に自らを照らし導く光を見出すのであった。

 


Ernest-shirota-550-2.jpg――映画『アーネストに恋して』をご覧になり、いかがでしたか?

第一印象は、とにかく斬新!登場人物が二人だけで、タイムスリップのようなSF感があり、ファンタジックで、かつヒューマンドラマもミックスされている。これまで多くの観劇をしてきましたけど、そんな僕からしても設定自体の斬新度数がかなり高い1本でした。


――キャット役のヴァレリー・ヴィゴーダ、アーネスト役のウェイド・マッカラムの演技はどう受け止めましたか?

キャット側は膨大な数の楽器を扱うということ、アーネスト側は一人二役という演じ分けと説得力が必要で、それぞれ本当に大変な役だと思いました。特にキャットはバイオリンにギターにマンダリン、ピアノ…あらゆる楽器を演奏しながら演技もされていますよね。よくあるエンターテインメントですけど、ミュージカルでやっているのを僕は初めて見ました。

キャットの作曲家という設定もおかげで違和感がないですし、説得力があり、観ていても面白い。日本のミュージカル界に、同じようなことをやれる俳優はいるのかな?と思います。本当にレベルが高いことをしていらっしゃると思いました。


Ernest-shirota-500-1.jpg――二人芝居という独特の空気感の中で、特に印象的だったシーンはありますか?

いやあ、ずっとすごいと思っていましたよ…!キャットのド頭の音楽のシーンは、とにかく好きでした。あのシーンで、「この作品は楽しんでいいんだな」とお客様が思える方向に導いていて、トゥーマッチなシリアスにならない感じが、この作品を観るにちょうどいい入り口になっているんですよね。


僕は常々、お芝居には想像力が必要だと思っているんです。特に、本作は100年前の偉人と出会い系サイトで知り合い、その二人が南極という僕らが知らない場所に冒険に行くという突拍子もないストーリーですよね。それを信じる想像力、客席に「いやいや、そんなわけ」と冷静にさせない力があるので、そういう意味でも頭の導入がすごい肝だと思いました。いかにお客さんに想像させられるかというのが僕らの仕事なわけで、いわゆるただの会話劇よりも、よっぽど想像力がないと、役者も観る側も楽しめない作品だと思いました。


――キャットはアーネストに出会い、彼のポジティブさに背中を押され自分の人生を切り拓いていこうとします。その描かれ方については、どう感じましたか?

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観る人たちみんなが共感するような、とても人間らしいキャラクターですよね。キャットは出会い系サイトで年齢を偽り、仕事もピンチで、子の父である彼氏ともうまくいっていない。全然、純風満帆ではないんですよね。でも、世の中に生きている人たち、僕も含めて誰もが「自分だけなんでこういう思いをするんだろう?」と思って生きていると思うんです。そこで感情移入の心が生まれるわけです。

キャットは非常にファンタジックな出会いを経て、アーネストに冒険にいざなわれる。冒険=未知なる世界なので怖いけど、そんな人の心を「せっかく1回の人生なんだから、アーネストみたいに冒険しよう」と思わせてくれる。たとえ危険な旅になろうと、自分が知らない世界を知り、突き進んでいく力みたいなものが、キャットもアーネストと出会い、彼と一緒に冒険の片鱗を見て湧いてきたんだと思うんです。「うまくいかなくてもいい、とにかく諦めてたまるか」というマインドが、時に恋や仕事、友情や趣味などの“愛”というものに変換されてエネルギーになると思うんです。彼女の場合はそれがアーネストという存在だったんだなと思いました。
 


Ernest-shirota-550-3.jpg――最後に、本作は『キンキーブーツ』なども上映した「松竹ブロードウェイシネマ」の最新作です。ブロードウェイの舞台を日本の劇場で観られることについて、城田さんはどう感じますか?またもし本作のアーネスト・シャクルトンと『キンキーブーツ』のローラの共通点があれば教えてください。

ふたりの共通点はチャーミングなところですかね。本取り組みに関してはポジティブなことから言えば、ブロードウェイに行くにはお休みを取り、渡航費、滞在費、観劇の費用など、本当にお金がかかります。どんなに行きたくても、なかなか自由に行けないと思うので、観られないお客様たちにとっては本当に救いでしかないシステムだと思います。現に、僕自身もこの作品を映像で観させていただきましたし、非常に恩恵を受けています(笑)。

その一方で、演者側からすると、生の良さというのがあるんですよね。ミュージカルはその時の役者、お客様との相性で作り出されるものだから、一公演一公演、同じシーンでも違ってくるんです。その瞬間に生まれたエネルギーを生で感じることに価値があるとも思うので、こうした上映サービスも取り入れながら、生でも観ていただければと僕は思います。
 


《松竹ブロードウェイシネマ》『アーネストに恋して』

演出:リサ・ピーターソン 
Ernest-550.jpgのサムネイル画像脚本:ジョー・ディピエトロ 
作曲:ブレンダン・ミルバーン 作詞:ヴァレリー・ヴィゴーダ 
監督(シネマ版):デイヴィッド・ホーン
出演:ヴァレリー・ヴィゴーダ
 (俳優、ミュージシャン、作詞・作曲家、ディズニー楽曲のクリエイター)
   ウェイド・マッカラム
 (俳優、ダンサー、歌手、作曲家、脚本家、映像作家、演出家)
配給:松竹 ©BroadwayHD/松竹
ⒸJeff Carpenter
(原題:Ernest Shackleton Loves Me 2017年 アメリカ 1時間28分)

■公式サイト: https://broadwaycinema.jp/
www.instagram.com/shochikucinema/
www.facebook.com/ShochikuBroadwayCinema
■twitter.com/SBroadwayCinema

★2018年ルシル・ローテル賞ミュージカル部門主演男優賞 ウェイド・マッカラム(ノミネート)
★2017年オフ・ブロードウェイ・アライアンス最優秀ミュージカル賞受賞

2024年10月4日(金)~東劇、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、kino cinema 神戸国際 他全国公開!


(取材、文:赤山恭子、写真:高野広美)

   

 
 
 
 
 
 
 
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  俳優の瑚海みどりが自ら脚本を手がけ、アスペルガー症候群の中年女性とその夫が子どもを巡り、お互いの本心をさらけ出して受け止めるまでの葛藤を描き、田辺・弁慶映画祭でグランプリ・観客賞など5冠を達成した長編デビュー作『99%、いつも曇り』。
本作が、《田辺・弁慶映画祭セレクション2024》として、9月25日(水)にテアトル梅田で1回限定上映、9月27日(金)より佐賀THEATER ENYA(シアターエンヤ)、9月28日(土)より名古屋シネマスコーレにて1週間限定公開される。
瑚海みどりが演じる主人公一葉の他人とうまく歩調を合わせることができない凸凹ぶりと、常に全力で生きるパワーが突き抜けており、「40代〜50代の女性を等身大で描く作品が実に少ない中、こんなキャラクター/映画を観たかった!」と大阪・シアターセブンや神戸・元町映画館での上映で好評を博した作品だ。
   本作の瑚海監督にお話を伺った。
 
 

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■アスペルガーの傾向がある人はすごく真面目、全力で生きている

―――本作では大人の一葉だけでなく、子ども時代の一葉が通常なら内緒にすることをしゃべってしまい、友達にきつく言われるシーンもありましたね。
瑚海:一般的な常識やお約束について、ハッキリと説明してくれないとわからない。額面通り受け取ってしまうので、相手は冗談のつもりでも、こちらは真剣に受け取って怒ってしまうこともあります。わたしの体験だけでなく、アスペルガーの傾向がある人を観察していると、みなさんものすごく真面目なんです。他人から見れば眉をひそめたくなるような言動であっても、本人はすごく真剣に考えて発言している。それが理解できると、すごく愛おしく思えるようになるのです。
 
―――本当に、一つ一つを理解しようとし、わからないことを適当に流さないというのは、大変労力がいるだろうなと想像します。
瑚海:みんなから見るとそう思えないかもしれませんが、わたし自身も毎日ものすごいパワーで生きている。全力で生きているので、本当に疲れるんですよね。
 

■映画を通じて同じように悩んでいる人の力になれば

―――アスペルガー症候群の女性を自ら演じた作品を撮ってみて、客観的に自らの状況を見つめることができたのではないかと思うのですが。
瑚海:よく「力を抜けよ」と言われましたが、それができないからこういう生き方をしているんですよね。わたしも10代のときから苦しかったし、一葉のセリフにもありましたが、「自分の子どもにこの遺伝子を受け継がせたくない」というのは、わたしの本音です。自分の子どもを産まないという一葉の選択も、それでよかったと自分を肯定する意味があり、実際にご覧になった方から「自分も同じ気持ちです」と声をかけていただいたこともありました。
これだけたくさんの人間がいる中で、わたしと同じように悩んでいる人の力になればと思って作った映画が、本当にそういう方に届き、支えになれているのなら良かったですし、わたしの悩んでいることを、同じ悩みを持つ方や、そのほかのみなさんと映画を通じて共有し、それがなんとなく伝わって広がっている手応えを感じています。
 
―――ちなみに瑚海さんは、小さい頃から演じるのが好きだったのですか?
瑚海:幼稚園時代のお遊戯会では木の精みたいな小さな役だったけれど、そこから喜びを感じはじめていたかもしれません。小学2年生の学芸会で役決めをするとき、主役に手を挙げていて、その姿を俯瞰して見ているもう一人の自分が「わっ!」とビックリしたんです(笑)もう一人候補の子がいたけれど、クラスのみんながわたしを推してくれ、みんなが認めてくれたことが嬉しかった。でも当時はすごく恥ずかしがりで、クライマックスで「神様、助けてください」と言う場面でも、緊張してセリフが言えずにただ泣いているだけだったんです。それを周りは「熱演だ!」と思ってくれたんですよ。そこからわたしの中で演じることへのエンジンがかかっていきました。中学時代は演劇部の雰囲気が肌に合わなかったので、家で一人芝居をしていたし、それだけ演じることをやりたかったんでしょうね。
 
―――女性の場合、年齢が上がれば演じる役が狭まり、ステレオタイプな役ばかりになりがちです。演じるのが好きなのに、やりたい役を演じられないという葛藤はなかったですか?
瑚海:若い頃から、映画において女の人は歳をとるとおばさんか、お母さんの役しかないのでつまらないと思っていました。演劇はまだ役の幅がありますが、映画では、例えば吉永小百合さんが演じるような優しいお母さんか、大竹しのぶさんのような奇天烈なお母さん、さらには八千草薫さんみたいな優しいおばあちゃん、後は近所の悪口を言っているおばちゃんというように、中年以降の女性の役がかなりステレオタイプなものしかなかった。でも世の中にはたくさん色々な人がいるし、高齢化が進行してもっと社会で活躍している女性がたくさんいる。それなのに、日本ではそういう女性たちが物語にならないですよね。
ヨーロッパでは母を大事にする文化があるので、中年女性の生き方やその人なりの悩みを描くことが多いんです。
 
 
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■当事者意識を持てるリアルなセリフを書く

―――実際に自分の演じたい役を自ら作るために、監督をして映画を作る方も増えていますね。本作では出産ギリギリの年齢を迎えている夫婦が子どもについて激論を交わす場面もありますが、脚本を書く上で大事にしたことは?
瑚海:わたし自身の過去を振り返ってみると、もう離婚しているのですが、当時の結婚相手は再婚で実子はいるけれど、わたしと新たに子どものいる家庭を作りたがっていました。ただ、わたしは自分のために生きたかった。誰かのために生きるとしても、この作品のように自分が作り上げたものを通して誰かの役に立てればという気持ちであり、子どもを産んで子どものために生きるということではなかった。自分が何者になるのかを考え続けている人生ですから、夫との間に子どものいる人生が見えない。そういう自分のリアルな経験を借りて脚本に取り入れている部分はあります。実際、わたしの俳優仲間でも子どもを産み育てている人は数えるぐらいしかいない。そういう姿や会話の中から垣間見える部分から、自分の中で想像を膨らませました。
特に心がけたのは、リアルに書くこと。メルヘンのようにしてしまうと、途端に他人事と捉えられてしまうので、できるだけ当事者意識を持てるリアルなセリフを書いています。実際、自分のことを吐露するのは恥ずかしいですが、映画を作るなら、そこを徹底的にやらなければ作る意味がない。結局半分以上は自分の悩みや思いをもとに書いていきました。
 
 
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■周りの人をしっかり描かなければ、助け合っているところが見えてこない

―――映画が後半になるにつれ、夫、大地の会社での状況や一葉の言動に苛立つ様子なども夫側の心理描写も実にリアルだなと。
瑚海:アスペルガー症候群の女性を描こうとすると「この人はかわいそうだ」という映画になりがちですが、別にそういうことを描きたいわけではないんです。誰しもが自分の人生の主役ですから、一葉だけを描いたら気持ち悪い映画になってしまう。加えて、発達障害支援センターへ取材に行ったとき、センターの方から「支えている人たちは大変ですから、(現実味のない)きれいな話にしないでください。」と伝えられました。一葉の周りの人を描いていかなければ、お互いに助け合っているところも見えてこないので、その部分は丁寧に描いていきました。夫の大地については、わたしの元夫が自分のことを大事にしてくれたことに感謝を込めて描いています。お互いに思い合っているけれど、それがだんだんズレてきて、自分の思う通りにはいかない。会話をすればすぐに紐解けることが、お互い勝手に想像してしまう。そういうリアルなところもわたしの体験から描いています。
 
―――一葉の特徴でもあるのが、受け子だと追いかけた子どもが、帰る家がないことがわかり自宅でカレーを食べようと誘うくだりです。他人に対する垣根の低さを感じたし、最初はそのことに不機嫌だった夫の大地も、最後には疑似家族のような状態を受け入れていた気がします。一葉の友人もしかり、周りのキャラクターについて、どういう狙いで作られたのか教えてください。
瑚海:ドラマを描く場合、主人公が個性的なキャラクターだとそれ以外の人が色のないキャラクターになってしまうとか、もしくは何でもできてしまうようなキャラクターが多かったりするけれど、リアルな生活の中で周りの人間はもっと色々な人たちがいて当然じゃないですか。だから主人公だけを目立たせるのではなく、他の登場人物も「おや?」と思わせる部分を見せたかった。またわたし自身が、いろいろな苦悩を正直に抱えて生きている人に親しみを感じ、ホームレスのおじさんに自分から話しかけたり、お弁当をあげたりしたこともありますし、ゲイの友人もたくさんいます。そんな自分の傾向を一葉に当てはめているところがありますね。リアルどころか、個性的な人間大集合になってしまいましたけれど(笑)。
 
 
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―――なるほど、カラフルな人間たちを描いているわけですね。
瑚海:受け子の子どもについては、一葉は例のごとく一生懸命だから、犯人だと思ったら必死で追いかけるし、その子が帰る場所がないと聞いたら、どうしようかと一生懸命考えて「うち来る?」と声をかけたわけです。ただ、それで我が子にしてしまおうというような安易なことはさすがにしない。一葉のような人間にとって、他人と生きていくのはとても難しいわけですから、その子が可哀想だと思うなら働く場所を探してあげて、たまに遊びに来るぐらいの関係でいるのが現実的ですよね。最後にカレーをみんなで食べている一連のシーンは、ある意味お客さまを、意図的にミスリードしています。
 
―――夫の大地はとても子ども好きのように映りますが、あえて彼を一葉以外の家族がいない孤独な設定にした理由は?
瑚海:大地を八方塞がりにして、一葉を失えば自分ひとりになってしまう状態にしています。会社には自分を気にかけ、励ましてくれる後輩の樹里がいるけれど、結婚生活15年の大地は家族を大切にする人なので、一葉が突拍子も無いことを言い出したとて、すぐに離婚とはならない。一方、一葉は大地と樹里とのことを誤解したり、自分がいない方が大地のためにいいと思ってしまう。そこも夫婦間でズレているわけです。
 
 
 

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■ビジュアルやアートが得意なキャラクターを視覚的にも際立たせて

―――映画全体も色使いがとてもカラフルですね。音楽も最初からガンガン飛ばしてきますし、映画全体のトーンについてお聞かせください。
瑚海:アスペルガーの傾向にある人は、視覚の記憶が残っていることもあり、ビジュアルに関する仕事やアート系の仕事が得意なことが多い。わたしも俳優を辞めてグラフィックデザインをやっていた時代がありましたし、そういう傾向の方のYoutubeを見ても、ファッションがすごくオリジナリティがあってオシャレなんです。一般的な女性雑誌に載るスタイルよりもパンクな感じだったり、髪型や髪色もユニークなので、一葉にもその傾向を当てはめたいと思いました。色はキャラクターごとに分けており、一葉は赤、大地は青という対照的な感じにしています。暖色系と寒色系でうまく凸凹としてはまるようにしました。
 
―――音楽は34423(みよし ふみ)さんですね。
瑚海:ふみさんはシンセサイザー系の音楽が得意な方で、「ふみさんの面白いと思うものでミックスしてください」と劇伴をオファーしたんです。まずは一度作ってからという話でしたが、最初にふみさんが作ってくれた曲がすごくカッコよくて、一曲目はすぐに決まりました。一葉がサイケな感じでスーパーから出て来るのですが、冒頭は一葉のことを印象付けるシーンなので、ふみさんはそれを分かって音楽を作ってくれたんです。ふみさんも一曲目で感じを掴めたので、その後の曲は作りやすかったのではないでしょうか。
 
―――「こんな風に女性を描く映画を待っていた」と我々は本当に喜んでいるのですが、次回作の構想はありますか?
瑚海:今回とは全く違う、サスペンスをやりたいと思っています。主人公は中年の姉妹で、仲良くしていても、同性であればすごく意識していると思うのです。特に姉が妹にライバル意識を持っていると、妹は自分の気持ちが弾かれて姉を愛せなくなってしまう。大人になっても拭えない姉妹関係が、周りの話を聞いていても結構多いので、そういうリアルな話にしたい。これからどうやって生きていけばいいのかということに悩んでいる部分もみんなと共有していきたいので、自分が歳をとるのと同じ歩幅で、同世代の女性たちを描いていきたいですね。
(江口由美)
 

<作品情報>
『99%、いつも曇り』
(2023年 日本 123分)
監督・脚本:瑚海みどり 
出演:瑚海みどり、二階堂 智、永楠あゆ美 
2024年9月25日(水)20:30よりテアトル梅田で1回限定上映
※上映後、瑚海みどり監督の舞台挨拶あり
 
2024年9月27日(金)〜10月3日(木)@佐賀THEATER ENYA(シアターエンヤ)
※9月29日(日)瑚海みどり監督、曽我部洋士(出演)による舞台挨拶あり
2024年9月28日(土)〜10月4日(金)@名古屋シネマスコーレ 
※9月28日(土)瑚海みどり監督、永楠あゆ美(出演)による舞台挨拶あり
 
公式サイト⇒https://35filmsparks.com/ 
©35 Films Parks
 
 
 
 

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90medetai-pos-1.jpg御年100歳の作家・佐藤愛子が90歳の時に書いたエッセイ『九十歳。何がめでたい』の映画化作品に、丁度90歳を迎えた草笛光子が主演。歯に衣着せぬ物言いで世間の矛盾をぶった斬る痛快さに、夢中になって読んでは所構わず笑い出してしまったものだ。その原作通り、この映画も危険な可笑しさにあふれている。そこには偏屈老人の上辺だけの強さではない、長い人生経験に裏打ちされた人間性の深みや慈愛と温もりがあり、人間讃歌の作品として大いに楽しめる。すべての人々の人生にエールを贈る、笑いと感動いっぱいのハッピーオーラ満載の映画を、家族そろって劇場へ観に行って頂きたい。


〈草笛光子の発案〉

草笛光子は意外にも本作が初めての単独主演作となる。原作に惚れ込み、「佐藤愛子さんを演じてみたい」と自ら企画立案し、前田哲監督にオファーして映画化にこぎ着けたという。舞台に映画にドラマにモデルとマルチに活躍する草笛は、お茶目でチャーミングな性格から多くの人々に愛され、本作でも「草笛さんと共演したい!」と豪華な俳優陣が登場している。どこに誰がどんな役で登場するのか、それを発見するのも楽しみのひとつ。


〈前田哲監督について〉

前田哲監督は、大道具のバイトから美術助手を経て助監督となり、伊丹十三、滝田洋二郎、大森一樹、崔洋一、阪本順治、松岡錠司、周防正行らの作品に携わる。エンターテイメントに軸足を置きつつ独自の視点や社会派題材を入れ込む作家性と、登場人物たちを魅力的に輝かせることで観客に届く作品に仕上げる職人気質を併せ持つ監督である。

近年は、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』『そして、バトンは渡された』『老後の資金がありません!』『ロストケア』『大名倒産』と次々とヒット作を打ち出している。19歳から映画の世界に身をおく現場叩き上げの前田監督といえど、草笛光子の90歳とは思えぬバイタリティーあふれる“とんでもない言動”に翻弄されながらも、現場は笑いの絶えない和やかな雰囲気だったようだ。


以下にインタビューの詳細を紹介します


〈俳優さんが演技しやすい環境作りを心掛けている〉

――面白いティーチインでしたが、現場でも関西弁ですか?

自分ではソフィスティケートしているつもりですが…(つい笑ってしまった!)
作品にもよりますが、基本的にリラックスして演じてもらう環境を作るのがスタッフの仕事だと思っています。俳優さんもスタッフもいちいち言われてやるより自分発進の方がモチベーションが違うと思うし、色んな選択肢があった方が面白いものが生まれると思うんです。それが映画を総合芸術として制作する醍醐味だと思っています。


〈草笛光子という女優について〉

――草笛光子さんは意外にも本作が初単独主演というのに驚いたのですが…?

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草笛さんは目鼻立ちがくっきりしたお顔立ちで、原節子さんに似ていると思います。実際、原さんに可愛がられていたようです。前作の『老後の資金がありません』の時にも自分でメークするシーンがあって、今回もいくつかのコスプレシーンのメークもブツブツ文句言いながら自分でやってましたよ、「原さんなら絶対こんなことしないわよ!」ってね。(笑)


――佐藤愛子先生に似せるための工夫は?

愛子先生の服や着物の写真を基にデザインしてもらいました。後半、段々と元気になっていくにつれて色を入れるようにリクエストして、人物像を構築していきました。


――佐藤愛子先生や草笛光子さんのような大御所を前にして緊張することは?

僕、緊張しないタイプなんですよ。お互い構えなくていいというか、子供と高齢者とはやりやすいですね。


〈元気の秘訣は旺盛な食欲にあり?〉

――佐藤愛子先生と草笛さんの三人でランチされたそうですが?

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お二人ともよく食べる!食べる! 草笛さんは特に肉が大好きチョコレートも大好きで現場でも差し入れのお菓子をパクパク食べてましたよ。「何いつまで食べてるんですか、もう撮影始めますよ!」と言うと、「食べてない」ってモグモグさせながら言うんですよ。「(口のまわりに)付いてるがな!」…食いしん坊ですが、それがまたチャーミングなんです。


〈宵っ張りの朝寝坊?〉

普通高齢になると、夜早く寝て朝早く起きるもんじゃないですか、それが夜も遅くまで起きてるし、朝起きるのも遅いし、だから撮影開始はいつも13時、14時なんですよ。「早く寝ればいいのに」って言っても、言う事を聞かないんですよ~。周りが大変だったと思いますが、みんな草笛さんのことを愛してますからねぇ、世界一幸せな90歳だと思いますよ。


――現場での草笛さんの体調は?

元気そのものでした。足元が危なそう時は周囲が気を付けてあげてましたが、それ以外はスタスタと歩いてましたよ。


〈三谷幸喜について〉

――役者としての瞬発力が光ったタクシー運転手役の三谷幸喜さんについては?

最後の「もう一周回りましょうか?」というセリフは三谷さんのアドリブですが、他のセリフはちゃんと台本通りに言ってもらってますよ。

――監督としての三谷さんをどう思う?

三谷さんは、宮崎駿さんや是枝裕和さんのようなブランドですね。皆が安心して観に行けるような作品を提供し続けている、スター監督ですよね。自分は職人であるという考え方で、この原作をどんな俳優さんに演じてもらって、どんな風に料理させて頂こうかなと思って制作しているので、違うスタンスで映画に関わっているような気がします。


〈俳優との縁について〉

――キャスティングについては?

作品毎に相談しながら決めています。幸いなことに最近では長澤まさみさんや広瀬すずさんに杉咲花さん、高畑充希さんなどの若手トップ女優さんらとご一緒する機会が持てました。助監督の頃から松田聖子さんや原田知世さんに薬師丸ひろ子さん等の作品に携われたことは大きかったですし、女優さんとは縁があるのかなと思っています。『ロストケア』の松山ケンイチさんとは結実してきたので、これからは男優さんともいい仕事ができればいいなと思っています。


〈映画制作する上でのポリシーは?〉

――映画制作する上で何に一番重点を置いているのですか?

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僕は役者が一番大事だと思っています。映画はただ撮ればいいというものではないので、どうしたら観客に届けられるか? それから、『こんな夜更けにバナナかよ~』や『ロストケア』の時もそうですが、実際に障がいを持っておられる方や介護ケアに携わっておられる方などにどう受け止められるか?今回も実在の人物を描いている訳ですから、ご本人やご家族の方々にどう思われるのか、とても気を遣いました。

映画化したい題材やエピソードがあっても、世に出した時に一人でも嫌な思いをするようなことがあれば制作を断念せざるを得ないこともあります。と同時に、役者さんの気持ちは大事にしたいと思っているので、嫌なことは求めないようにしています。


――今は何を発表しても賛否両論が沸き起こる時代だと思いますが?

皆が幸せに思ってもらうのが究極の目標なんですが、今作の『九十歳。~』では多幸感のある作品で、「生きてて良かったんやね」と思ってもらえるような人間讃歌の作品でもあります。いろんな映画があって当然ですが、僕はいい気分になって幸せが伝播するような映画を作っていきたいと思っています。


〈題材選びは?〉

――映画の題材はご自身の希望で取り上げられるのですか?

諸事情により希望通りにならないこともあります。自分の琴線に触れる何かを感じられるものを大事にしています。でも、思い入れがあっても思うようにヒットにつながらない時もあります。『こんな夜更けにバナナかよ』『そして、バトンは渡された』『老後の資金がありません!』とヒットに恵まれ、お陰様で草笛さん発案の今作でも監督をすることができました。


――次回作は佐藤愛子原作のエッセイ『九十八歳。戦いやまず、日は暮れず』の映画化でしょうか?

今作にも『九十八歳。~』のエピソードを組み込んでいますので、どうなるでしょう?草笛さんが、クランクアップで花束渡してハグした時に、僕の耳元で、「次はどうするの?」とささやかれました。もう次のこと考えてる!この人凄いなって思いましたよ(笑)。

――随分と信頼されましたね。

草笛さんは、レジェンドであり、チャーミングであり、キャストもスタッフみんな大好きです。石田ひかりさんなんか、草笛さんとの共演シーンで僕がOK出すと、「なんでOK出すのよ!もっと草笛さんと一緒に芝居したかったのに」ってクレームでしたよ。


90medetai-maedatetsu-240-5.jpg〈差別と偏見をなくしたい!〉

――作品の中に垣間見られる社会的問題について?

そうですね、いろんな所に入れているつもりはあります。今の社会はパワハラとかハラスメントを意識する必要があります。ですが、そういう言葉でくくってしまうとそれだけで終わってしまうような気がするんです。そうではなく、相手をどう気遣えるか相手をリスペクトして相手の状況を考え、ちょっと創造力を働かせれば済む話だと思います。


僕の映画は、「~だから」を払拭したい。障がい者だからとか、90歳だからとか、女だから男だからとか、子供くせにとか言うけれど、そういうものを打破してもっと自由に生きられるように一番は差別と偏見をなくしたい!それが根底にはあります。
 


『九十歳。何がめでたい』

【ストーリー】

断筆した作家・佐藤愛子は90 歳を過ぎ、先立つ友人・知人が多くなると人付き合いも減り、鬱々と過ごしていた。そこに、会社でも家庭でも崖っぷちの編集者・吉川がエッセイの依頼にやってくる。「書かない、書けない、書きたくない!」と何度も断るが、手を変え品を変えて執拗に頼み込む吉川。仕方なく引き受けたエッセイに、「いちいちうるせえ!」と世の中への怒りを⾚裸々にぶちまけて、それが中高年の共感を呼び予想外の大ベストセラーとなる。初めてベストセラー作家となった愛子の人生は 90 歳にして大きく変わっていく。


(2024年 日本 1時間39分)
■原 作:佐藤愛子「九十歳。何がめでたい」「九十八歳。戦いやまず日は暮れず」(小学館刊)
■監 督:前田哲 脚本:大島里美  音楽:富貴晴美
■出演:草笛光子、唐沢寿明、藤間爽子、木村多江、真矢ミキ ほか
■製作幹事:TBS
■配 給:松 竹
■原作コピーライト:Ⓒ佐藤愛子/小学館
■映画コピーライト:©2024 映画「九十歳。何がめでたい」製作委員会 Ⓒ佐藤愛子/小学館
公式サイト: https://movies.shochiku.co.jp/90-medetai/

ハッピーオーラ全開で全国にて絶賛公開中!


(河田 真喜子)

 

侯孝賢(ホウ・シャオシェン)プロデュース、台湾ニューシネマの系譜を受け継ぐ俊英・シャオ・ヤーチュエン監督による台湾・日本合作映画『オールド・フォックス 11歳の選択』が6月14日(金)より新宿武蔵野館ほかにて絶賛公開中です。この度、10代からの夢だったという台湾映画の出演を果たした門脇麦さんのインタビュー、コメントをご紹介いたします
 

台湾ニューシネマの旗手・侯孝賢(ホウ・シャオシェン)が

次世代を託したシャオ・ヤーチュエン監督最新作!

台北金馬映画祭で4冠達成の感動のヒューマンドラマ、いよいよ本日公開!


oldfox-pos.jpgバブル期の到来を迎えた台湾。11歳のリャオジエ(バイ・ルンイン)は、父(リウ・グァンティン)と二人で台北郊外に暮らしている。自分たちの店と家を手に入れることを夢見る父子だったが、不動産価格が高騰。リャオジエは現実の厳しさと、世の不条理を知ることになる。そんなリャオジエに声をかけてきたのは、“腹黒いキツネ”と呼ばれる地主のシャ(アキオ・チェン)だった。他人にやさしい父と違い、他人なんか見捨てろと言い捨てるシャ。果たしてリャオジエは、どちらの道を歩んでいくのか…。


1989年『悲情城市』でヴェネツィア国際映画祭グランプリを受賞。2015年『黒衣の刺客』でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞。小津安二郎への敬愛から『珈琲時光』を製作し、昨年10月には引退を発表した侯孝賢。そんな侯孝賢監督作品の助監督を務め、台湾ニューシネマの系譜を受け継ぐ俊英・シャオ・ヤーチュエンが監督を務めた本作。これまでのシャオ・ヤーチュエン監督作全てのプロデュースを侯孝賢が務めており、本作が最後のプロデュース作となる。昨年の東京国際映画祭でワールドプレミア上映され、人生の選択肢を知って成長していく少年と、彼を優しく見守る父の姿に心打たれる人が続出。2023年の第60回台北金馬映画祭で監督賞、最優秀助演男優賞(アキオ・チェン)、最優秀映画音楽賞、衣装デザイン賞の4冠を達成。先日発表された2024台北電影奨では、10部門でのノミネートを果たすなど、新たな台湾映画の傑作が誕生した。


oldfox-main-500-1.jpg主演のリャオジエには『Mr.Long ミスター・ロン』などで日本でも知られている日台のダブルで、台湾では神童と呼ばれる天才子役バイ・ルンイン。そして日本でもスマッシュヒットを記録した『1秒先の彼女』のリウ・グァンティンがW主演としてリャオジエの父親役に扮し、慎ましやかに支え合いながら生きる父子役を演じている。リャオジエに影響を与える“腹黒いキツネ”(オールド・フォックス)と呼ばれる地主のシャ役には、台湾の名脇役アキオ・チェン。シャの秘書役に『怪怪怪怪物!』のユージェニー・リウ。そして、門脇麦が経済的には恵まれているが空虚な日々を生きる人妻・ヤンジュンメイを演じ、初の台湾映画出演を果たした。
 



門脇麦インタビュー&クランクアップコメント、新場面写真も解禁

「幸せすぎて何度もぐっと来ました」

 

oldfox-sub-500-1.jpg10代の頃からの夢だったという台湾映画への出演という夢を叶えた門脇麦。この度、『オールド・フォックス 11歳の選択』でまさかの台湾人役で大抜擢された門脇麦のインタビューが到着した。オファーがあった時の気持ちを聞かれると、「もともとアジア映画が大好きなんです。特に台湾映画はどこか生々しさがあって、湿度や匂いが伝わってくるような感覚があるなと感じていました。そういう作品に参加したいと思っていたので、監督が「浅草キッド」(Netflix)をご覧になって、私を起用したいと言ってくださったと聞いて本当に嬉しかったですね」と喜びの声を上げた。


さらに、脚本を読んだ感想と台湾人役という異例のオファーについては、「人生に何を望むか」といった、哲学的なメッセージを感じました。私が演じさせていただいた役についても、極端な言い方をすれば、いなくても成立するお話だと思うのですが、そういう人物までもがきちんと描かれていて、物語の豊かさを感じられて好きだなと思いました。最初は「私が台湾人の役を?」とは思いました。言葉は2ヶ月くらいすごく練習しました。でも、撮影に対しての不安は全然なかったです」と本作への想いと、大抜擢への驚きを語った。


oldfox-sub-240-1.jpg門脇が演じたのは、主人公の心優しき父親タイライの初恋の相手ヤンジュンメイという本作に艶を与えてくれる役所なのだが、演じるにあたって気遣ったことを尋ねられると「私が演じたヤンさんは寂しい人です。彼女の孤独や悲しみを感じさせる瞳、そこをとにかく心掛けました。あと衣装とヘアメイクに助けられた部分が大きかったですね。当時の台湾の空気感は日本人の私には分かりようがありませんが、彼女の扮装をした時にどういう佇まいでどのような表情をすればいいのか、役に入り込めた気がします。」と台北金馬映画祭で衣装デザイン賞を受賞した、衣装の存在の大きさを教えてくれた。


憧れだった撮影現場の雰囲気に関しては、「現場はとても熱量が高くて、皆さんとても温かかったし、愛に溢れていました。そこで感じた空気はとても熱かったです。1シーンにかける時間が贅沢で、2シーンくらいを1日かけて撮影するんです。リハーサルの回数も日本より多かったです。でも日本と一番違うのはご飯で、いつも温かい食事が用意されていて、夜ご飯の休憩時間は2時間近くありました。私の撮影日数は短かったですが、私が求める物作りの全てが詰まった現場で、幸せすぎてグッと来ることが何度もありました。」と感激しきりだった。


同時にクランクアップコメントも解禁され、レストランのシーンでクランクアップを迎えたようでカメラに向かい英語で「帰りたくないです I don’t wanna go back.」と日本語と英語で寂しい思いを述べ、さらに「I want to stay here.(ここに残りたいです)4日間すごい短かったけど、昔からずっと台湾映画が大好きで憧れてきた世界観なので、自分がそこにいることがすごく不思議だったし、本当に幸せでした。また皆さんと仕事をできるように日本で台湾語をしっかり勉強して出直してこようと思います(笑)ご飯も美味しかったし楽しかった。本当に帰りたくないです」と憧れの台湾映画の撮影現場の満足感と次回の目標も含めたリベンジを笑顔で誓った。


oldfox-sub-500-2.jpgまた、門脇の出演シーンの新たな場面写真も解禁された。煌びやかなアクセサリーや装飾品を身につけ、いかにも裕福そうだがどこか寂しさを感じさせる空虚な表情でタバコを燻らすシーン、タクシーでどこかへ向かうシーン、そして初恋相手のタイライと共にタイライの働くレストランの前で横並びに並んでいるもの。最後は同じ傘に入り、タイライの顔に両手を這わせ見つめ合う二人。ヤンジュンメイの目元には傷が見られる。ただの客と店員のそれではない妖艶な空気が感じられるシーンだ。果たして二人の関係はどう転がっていくのか・・・?


また、主演の11歳の少年リャオジエを演じたバイ・ルンインの来日が急遽決定し、新宿武蔵野館にて6月15日(土)10:00の回上映終了後に舞台挨拶&パンフレットサイン会の実施が決定している。詳細は公式HPをご確認ください。

 


『オールド・フォックス 11歳の選択』

<STORY>

台北郊外に父と二人で暮らすリャオジエ。コツコツと倹約しながら、いつか、自分たちの家と店を手に入れることを夢見ている。ある日、リャオジエは“腹黒いキツネ”と呼ばれる地主・シャと出会う。優しくて誠実な父とは真逆で、生き抜くためには他人なんか関係ないと言い放つシャ。バブルでどんどん不動産の価格が高騰し、父子の夢が遠のいていくのを目の当たりにして、リャオジエの心は揺らぎ始める。図らずも、人生の選択を迫られたリャオジエが選び取った道とは…!?

■出演:バイ・ルンイン リウ・グァンティン アキオ・チェン ユージェニー・リウ 門脇麦
■監督:シャオ・ヤーチュエン 
■プロデューサー:ホウ・シャオシェン、リン・イーシン、小坂史子

原題:老狐狸/英題:OLD FOX/2023年/台湾・日本/112分/シネマスコープ/カラー/デジタル/字幕翻訳:小坂史子
配給:東映ビデオ 
HP:https://oldfox11.com/ 
公式X:@OLDFOX0614
©2023 BIT PRODUCTION CO., LTD. ALL RIGHT RESERVED

映画『オールド・フォックス 11歳の選択』は新宿武蔵野館他全国にて絶賛公開中


(オフィシャル・レポートより)

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人生百年時代に人生を謳歌するための新しい「お終活」を提唱し、シニア世代に笑顔と勇気を与えた『お終活 熟春!人生、百年時代の過ごし方』(21)がパワーアップ!青春ならぬ「再春」をテーマに大原家の新たな家族模様を描く『お終活 再春!人生ラプソディ』が、5月31日より絶賛公開中だ。
前作から1年後を舞台に、ひょんなことから、若い頃に思い描いていた夢である「シャンソン歌手」への一歩を踏み出しはじめる主人公、大原千賀子を演じた高畑淳子さんに、今までのキャリアについて、また誰かと語りたくなる本作についてお話をうかがった。
 

 
――――前作の『お終活 熟春!人生、百年時代の過ごし方』はコロナ禍で公開され、舞台挨拶もできなかったそうですが、反響を呼び、続編では主演で再びスクリーンに戻ってこられました。まず今のお気持ちをお聞かせください。
高畑:主演とクレジットされていますが、本作は青春群像劇の逆の、中高年群像劇ですし、今回は藤原紀香さんも友情出演してくださいました。紀香さんは1作目を劇場でご覧になり、あまりに面白かったので、2回目はお父様を誘って一緒にご覧になったと教えていただきました。2作目でオファーがまさか来るとは思わず、すぐに出演を決めてくださったそうです。また、わたしは石橋蓮司さんの大ファンなので、最初にご一緒したときは感動しましたし、本当にいいお芝居をされるんですよ。営業畑で、ああいう仕事の仕方をされていたのがありありと想像できる真一の友人を演じておられます。本当に豪華なキャストの皆さんと一緒に演じさせていただきました。
 
 
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■何を演じても「よくなかった」劇団駆け出し時代と転機

――――高畑さんは、キャリア初期は舞台がメインだったのですか?
高畑:21歳で劇団青年座に入りましたが、力が強かったのでずっとスタッフだったんです。ロクロク(6尺×6尺)という畳2枚分の大きな平台があったのですが、当時は「ロクロクを持てる女優が入ってきたぞ」と重宝がられました。大ヒット映画『飢餓海峡』の原作者としても知られる水上勉さんの「ブンナよ、木からおりてこい」という輪廻転生の作品の舞台が大ヒットしたのですが、人間ではなくカエルやトンボの役だったんですよ。わたしが深窓の令嬢を演じても全然よくない。浮世絵のモデルになる女を演じようにも、水泳をやっていたので肩幅は張っているし、背が高いので和装のかつらをつけると、さらに背が高くなり、何をやってもよくなかったんです。
 
――――そんなご苦労があったとは。意外でした。
高畑:「顔立ちもそこそこ整っているのに、何か足りないのよね」と言われ、30歳で地元香川に帰ろうと思っていたときに二人芝居のイタリア女性役を演じたんです。それが前の年に、小川眞由美さんと橋爪功さんが演じ、大ヒット作「セームタイム・ネクストイヤー」でした。今は消防法により立ち見は禁止されていますが、当時は本多劇場で客席350席では足りず、300人の立ち見客が入ったこともあったんです。SNSがまだない時代ですが、評判が評判を呼び、お客さんが押し寄せた。そこでわたしも自分がイタリア系の雰囲気を持っているということに気づいたのです。わたしの母も見合い話を決めてくれていたのですが、「もう1年待ってみようか」と。わたしも本当に演じるのが楽しかったので、もう少しやらせてと言っているうちに、東京がバブルになって劇場が林立し、あちらこちらでプロデュース公演が上演されたので、外部出演で呼ばれ、1年で12〜13本ぐらい出演しました。そこでようやく俳優としてのキャリアが実質的にスタートしましたね。
 
――――演劇のキャリアを重ねていく中、テレビのご出演には少し時間がかかったと?
高畑:テレビでみなさんに認知していただくきっかけになったのは「仮面ライダーBLACK RX」(1988~1989)の諜報参謀・マリバロン役です。悪役で口から火を噴くんですよ。役者で生きていくのは難しいなと思いました(笑)。30歳を過ぎて、はじめて「3年B組金八先生」(第4シリーズ 1995)に呼んでいただいたのですが、その後「淳子さんは普段は面白いのに、演技になると生真面目になるね」と指摘されたことがあり、ちょうど「白い巨塔」(2003〜2004)に出演したころに、バラエティーに出演しはじめ、そこからテレビ出演も増えていきました。
 
 
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■大ヒット作「セームタイム・ネクストイヤー」で演じた女性の年齢ごとの生き様

――――どの役でも全力投球されていますが、役作りの源は?
高畑:30歳でこれが最後の演劇生活と思って挑んだ「セームタイム・ネクストイヤー」は、どんなことがあっても年に一度しか会わないふたりの6つの場面から構成される演劇です。23歳からはじまり、すでに家庭があるのにジョージに電話してしまう28歳、ジョージとの逢瀬の間に出産してしまう33歳…と、53歳までの6場面を演じたことで、演技のベースができたのかもしれません。男性はずっと公認会計士のままですが、女性は若い頃に出産したため学校に行けなかったのですが、ジョージに出会ったことで知識欲に芽生え、30歳ぐらいから大学に通い出し、その後会社を経営するまで成長していきます。まるで6人の女性を演じているような気持ちになる演劇で、こう変えたら少し違うキャラクターに見えるかなという演技のエッセンスを覚えたのかもしれません。
 
――――ひとりの人間だけど、年代ごとにまるでキャラクターが違うかのように演じたというのは、実際にわたしたちが無意識にやっていることなのかもしれませんね。
高畑:わたしは常日頃から五芒星のように役を演じていきたいと思っています。優しいお母さんを演じたら、次は結婚せずに仕事に打ち込んでいる検事官を演じるとか、今度はアル中のお母さんなど、そういう役の選び方をしたいと。そうでなければ、どうしても優しいお母さんの役ばかりになってしまうんですね。わたし自身も多重人格の部分があるので、自分の知らない面をいつも見ていたいという部分はあるかもしれません。
 
――――高畑さんの俳優としての突き抜けぶりが素晴らしく、そこに魅力を感じている女性ファンも多いと思います。
高畑:何かに近づきたいという気持ちがすごく強いですね。稽古場で、何かに近づくためにトライしたいことは、何も恥ずかしくないと思っているし、逆に中途半端に近づけないまま舞台に立つことが一番恥ずかしい気がします。
 
――――この作品は人生百年時代の生き方がテーマですが、心身健康でいつづけるために、どんなことに取り組まれていますか?
高畑:健康オタクだった母も90代の今、施設からしょっちゅう連絡が入る状態で、ああはなりたくはないと思う一方、誰もが通る道であると思うと、これからどうしようかと考えたりもします。実は映画を観た後におしゃべりをするというのは、ものすごくいいんですよ。しゃべるという行為がまず非常にいいし、自分の考え方と違う人がこんなにいるんだということを学習するのに最適だと思います。今の戦争もそうですが、自分と同じ考えの人だと思っていると悲劇が起きるわけで、他者を理解する上でも本当にオススメしたいです。
 
 
 
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■歌っていたシャンソンが役に繋がって

――――高畑さんはもともとシャンソンを歌っておられたそうですが、千賀子がシャンソン歌手を目指すという設定はそこから生まれた、いわゆるあて書きなのかと想像していました。
高畑:わたしがシャンソンを歌い始めたのは、宮本亜門さんの「Into the Woods」にパン屋の女房役で出演していたときに、シンデレラの王子様役で出演され、わたしとキスシーンもあった劇団四季の藤本隆宏さんがきっかけだったのかもしれません(笑)。それが楽しい思い出になり、藤本さんがパリ祭の司会をなさっていると知るや、「それなら出演します!」と手を挙げたんです。そのパリ祭は多分野の方が出演されるチャリティーコンサートだったので、歌が上手くなくてもいいと言われ、そこへの出演がシャンソンデビューになりました。翌年からは本当のパリ祭に出演し始めたのですが、もう緊張してしまって…。実際、プロの方も緊張されるような舞台なのですが、その中で戸川昌子さんの歌が一番好きでした。歌に芯があるんです。お芝居もそうかもしれないと、すごく学ぶことが多かったですね。
 香月監督は、わたしが出演したパリ祭に来てくださり、それなりにシャンソンを歌っている姿を見て、シャンソン歌手を目指しながらも志半ばで家庭に入ってしまったというプロットを考えられたのではと思いました。ですから、収録のときも、上手に歌うのではなく、そうではなかった人がもう一度お稽古をして、人前で歌えるところまで漕ぎ着けたという歌でいいんだとか、やってみたかったことが実現したという歓びを表現できればという気持ちで挑みました。
 
 

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■世の夫を体現した真一役の橋爪功

――――夫婦のコミュニケーション問題を実にリアルに演じておられるのが、夫、真一役の橋爪功さんです。もしあの真一が高畑さんの家に夫としていたらどう思われますか?
高畑:早いうちに教育しておけばよかったと思うでしょうね(笑)。橋爪さんはNGが出ても「いいんだよー、どうやってもいいんだよー」といなすのですが、前作の金婚式のラストシーンで、夫婦の若い頃の思い出ムービーが流れたとき、横でだだ泣きしているんですよ。本当に可愛らしくて、全てをかっさらっていく素晴らしい俳優です。世のご主人は大概あんな風ではないかと思いますので、ぜひ、ご主人を映画に引っ張ってきて、「あなたはこれよ!」と。ご夫婦でも観ていただきたいし、親子でも観ていただきたい。家に篭っているお友達がいたら、ちょっと出かけないと声かけをしたり、ぜひお誘い合わせの上、劇場にお越しください!
(江口由美)
 

 
<作品情報>
『お終活 再春!人生ラプソディ』(2024年 日本 118分)
脚本・監督:香月秀之
出演 : 高畑淳子 剛力彩芽 松下由樹 水野勝 西村まさ彦 石橋蓮司  
藤吉久美子 増子倭文江 LiLiCo 窪塚俊介 勝俣州和 橋本マナミ
藤原紀香(友情出演) 大村崑 凰稀かなめ 長塚京三 橋爪功
2024年5月31日(金)より全国ロードショー
公式サイト→https://oshu-katsu.com/2/
©2024「お終活 再春!」製作委員会  
 
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 ノルウェーの青春音楽ロードムービー『ロスバンド』で知られるクリスティアン・ロー監督のスウェーデンを舞台にした最新作『リトル・エッラ』が、4月5日より新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺、シネマート心斎橋、アップリンク京都で公開中、4月20日より元町映画館、以降全国順次公開される。スウェーデンの街やファッション。フードのカラフルさだけでなく、個性豊かな登場人物が次々登場し、人種、ジェンダーの壁を軽やかに超えて、最後はそれぞれが、かけがえのない友情や愛情に気づく。ぜひ親子でご覧いただきたい、ハートウォーミングな作品だ。本作の公開を記念し、来日したクリスティアン・ロー監督にお話を伺った。
 
<ストーリー>
人と仲良くするのが苦手なエッラが、唯一仲良くできるのは、おじさんで“永遠の親友”であるトミーだけ。両親が休暇で出かけている間、トミーと過ごすのを楽しみにしていたエッラだったが、オランダからトミーの恋人スティーブがやってきて、夢の1週間は悪夢へと変わる。親友を取り戻したいエッラは転校生オットーの力を借りてスティーブを追い出すための作戦に出るのだが…
 

 

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■最高の児童映画があるスウェーデンで、子どもの映画を撮れたのは本当に光栄

―――まず、監督は今までどんな映画に影響を受けたのかを教えてください。
ロー監督:『ロスバンド』も『リトル・エッラ』もインスピレーションを受けたのは『リトル・ミス・サンシャイン』です。また『ロスバンド』は『セッション』にもインスピレーションを受けました。自分が小さい頃は『グーニーズ』やアストリッド・リンドグレーンの作品が大好きで、特に「長くつ下のピッピ」がお気に入りでした。『リトル・エッラ』ではおばあちゃん役のインゲル・ニルセンさんが、テレビシリーズに出演していたので、彼女に演じてもらうのは素晴らしいことでした。小さい頃から、スウェーデンの児童映画は最高のものだと思っていたので、自分がスウェーデンの子どもの映画を撮ることができたのは、本当に光栄だと思っています。
 日本の映画ではジブリ作品が大好きで『となりのトトロ』や『千と千尋の神隠し』がお気に入りです。今回は妻子と来日していますが、三鷹の森ジブリ美術館にも行きました。
 
―――ロー監督はノルウェーのご出身ですが、今回隣国のスウェーデンで撮影され、新たな発見や文化の違いはありましたか?
ロー監督:実はノルウェーとスウェーデンはとても似ている国で、言語も非常に似ているのですが、わずかに違うのが、スウェーデンにはフィーカというコーヒーブレイクがあります。映画でもモンスターケーキを食べるシーンが出てきましたが、ああいうお菓子を食べながらコーヒーを飲むんです。昼休み以外にも、スウェーデンでは、みんなフィーカのお休みを取ろうとすることすることが多かった。わたしはノルウェーではとてもスピーディーに仕事をするタイプなのですが、スウェーデンではフィーカの休みに引きずられ、撮影もいつものようにテキパキとはいかなかったですね。
 
 
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■嫉妬という感情やおじさんとの友情を軸に、オリジナルの“いたずら”を加えて

―――本作は、スウェーデン出身の絵本作家ピア・リンデンバウムさんの『リトルズラタンと大好きなおじさん(未訳)』が原作ですが、一番心惹かれた点や、映画化するにあたり大事にした点を教えてください。
ロー監督:この絵本は素晴らしいと読む前から噂を耳にしていましたが、実際映画化の企画が立ち上がってから読んでみると、嫉妬という感情について描かれているのが素晴らしいと思いました。この感情は全ての人間が持つもので、そこを描くことにとてもやりがいを感じました。あとは絵本で描かれているおじさんとの友情についても素晴らしいと思いました。絵本のスタイルを大事にする一方、原作はたった30ページしかなかったので、映画化するにあたっては大幅に要素を付け加えることが必要でした。例えばカーチェイスのシーンを付け加えましたし、エッラと友達になりたがり、スティーブ追い出し作戦に協力してくれる転校生のオットーは新たに作り出したキャラクターです。そして、あとはユーモアが必要でした。映画化においては、エッラが繰り出すさまざまないたずらを付け加えています。
 
―――なるほど。エッラのいたずらは、ほとんど監督が考えたのですか?
ロー監督:原作ではスティーブの靴の上に塩を振るシーンはありましたが、付け加えたのはネズミとか、コーヒーに塩を入れるシーン。そしてスティーブの髪を刈り上げるシーンですね(笑)。
 
―――エッラのいたずらを受け止める大人たちの寛容さにも驚きました。日本では人に迷惑をかけないように、大人がすぐ叱ることが多いのですが、ノルウェーやスウェーデンでは子どもに対してどのように接しているのですか?
ロー監督:映画の中のトミーは非常に我慢強いですよね(笑)。わたしたちの文化は叱りつけるというよりは、もう少し穏やかに子どもと話をするという文化かもしれません。ただ、トミーほど(いたずらをされ続けても)寛容でいられるかは難しいですね。
 
 
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―――多様性が違和感なく伝わってきて、見終わってとても幸せな気持ちになれます。
ロー監督:わたしも『リトル・エッラ』の原作者であるピア・リンデンバウムさんが大好きで、トミーおじさんに男性の恋人がいることがごく自然に描かれていたので、映画の中でも活かしたいと思いました。
 
―――前作の『ロスバンド』でも、不器用な子どもを主人公にした作品を作られていますが、ご自身の作家性についてどのように捉えておられますか?
ロー監督:第一に若い観客を非常に大事にしているし、彼らが好きですね。若い観客が受ける映画体験は非常に強いものがありますから。わたしは少し疎外感を覚えている登場人物を描く傾向があります。わたしも小学校の時、自分の居場所はここにはないと感じていました。『ロスバンド』でも4人のキャラクターがそれぞれ、さまざまな葛藤を抱えていますが、一緒にバンドを組み、友達として乗り越えていくことを描きました。『リトル・エッラ』も友情について描いた作品だと思っています。
 
 
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■子どもたちがさまざまな芸術家と触れるノルウェーの教育事業「カルチャースクールリュックサック」

―――若い観客を大事にした映画づくりは本当に大切で、日本のミニシアター界でも若い観客を育てるのが喫急の課題であり、大事なのは学生時代に映画を見る体験だと思っています。スウェーデンでは児童映画の秀作も多いということで映画が教育の中に根ざしているのではと思ったのですが、ノルウェーでは映画を教育に取り入れたプロジェクトはあるのですか?
ロー監督:ノルウェーの小中学校では、(国からの予算で運営され、芸術家にも報酬が支払われる)カルチャースクールリュックサックという取り組みがあります。子どもたちがさまざまな分野の芸術家たちに出会える機会を作るというもので、『リトル・エッラ』もいろいろな街の映画館で上映し、地元の小中学生が観客として訪れ、監督とのQ&Aの時間や話し合いの時間を設けています。子どもたちにとってさまざまな芸術家に直接出会える体験は非常に大切だと思います。高校ではメディア学科があり、大学は僕の出身地、リレハンメルに国立の映画大学があります。
(江口由美)
 

 
<作品情報>
『リトル・エッラ』 “LILL-ZLATAN OCH MORBROR RARING”
(2022年 スウェーデン・ノルウェー 81分)
監督:クリスティアン・ロー  
出演:アグネス・コリアンデル、シーモン・J・ベリエル、ティボール・ルーカス 他
現在、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺、シネマート心斎橋、アップリンク京都で公開中、4月20日より元町映画館、以降全国順次公開
(C) 2022 Snowcloud Films AB & Filmbin AS
 

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ヒューゴー賞受賞SF小説「三体」原作者による同名短編小説を基に豪華キャストで映画化した『流転の地球 -太陽系脱出計画-』が、3月22日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開となります。

ウー・ジン、アンディ・ラウら中国豪華キャストが集結!


流転の地球0-sub1.jpg本国でシリーズ累計2千万部を超える超ベストセラーとなり、SF界のノーベル文学賞と呼ばれるヒューゴー賞をアジア人として初受賞した、今春Netflixドラマシリーズが配信されるSF小説「三体」。その原作者リウ・ツーシンによる同名短編小説を基に、中国映画界が誇る才能を結集して映像化。
 

圧倒的なスケール感、精緻な映像美と、練り込まれたストーリー

ハリウッドをも唸らせた、メガヒット中国SF超大作が日本上陸!


流転の地球0-sub2.jpg精緻な映像美で描かれる練り込まれたストーリーに、ドラマティックに描かれるさまざまな人間模様。さらに圧倒的なスケール感で繰り広げられるパニック描写など、3.2億元(約65億円)の製作費を費やし、ハリウッド大作も圧倒する究極のSFエンタテインメント超大作が誕生した。中国本土で初登場第一位に輝き、興収40億2900万元(約815億円)を突破し、歴代興行収入ベストテン入りを果たすメガヒットを記録! さらに、北米でも大ヒットとなり、世界興収は約6億米ドル。第96回アカデミー賞国際長編映画賞中国代表作品選出され、すでにシリーズ3作目の製作も決定するなど、社会現象となっている。
 


【グオ・ファン監督インタビュー】


――監督が続編ではなくエピソード0を描くことにした理由とは?

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前作『流転の地球』は中国初のブロックチェーンSF映画として2019年春節シーズンに公開された。続編を製作することになったグオ監督は、続編のプロットとして物語の続きを描くのではなく、「前日譚」を描くことを選択した。その理由に『流転の地球』では物語の世界観や背景、登場人物たちがどんな経験をしてきたのかを描写するエピソードが不十分であったこと、そして多くの観客がウー・ジン演じる主人公の宇宙飛行士リウ・ペイチアンの復活を望んでいたことを挙げている。


――ウー・ジンは前作の製作に全財産を投じた監督のため、ノーギャラで出演するだけでなく、自ら出資するなど、全力で映画を支援。

グオ監督は、そんなウー・ジンに対し、「『流転の地球 -太陽系脱出計画-』の製作は、前作でのウー・ジンの献身に対する製作陣の感謝の表れだ。ウー・ジンは撮影時、数えきれないほどの無私の支援を提供してくれた。だから私も彼を続編に登場させるべきだと思った。しかし『流転の地球』での結末から考え、リウ・ペイチャンを復活させることは明らかにナンセンスで、そうはしたくなかった。そこで物語の続きではなく、エピソード0を描くことにした」と語っている。


流転の地球0-sub3.jpg――『流転の地球 -太陽系脱出計画-』は、人類が過去の不和を乗り越えて地球連合政府を結成し、地球を太陽系から移動させる「移山計画」を実行していく過程を描いている。

宇宙での新天地を探して家族と共に別の恒星に向かって旅立つ『流浪の地球』のプロットとは異なり、本作では登場人物たちの内面への探求を主題としている。


現在『流転の地球』はNetflixにて放送されているが、前作を観ずとも前日譚『流転の地球 -太陽系脱出計画-』を観ても全く問題ないどころか、本作を観てから前作『流転の地球』を観たほうがより楽しめそうだ。
 


<STORY> 
そう遠くない未来に起こりえる太陽系消滅に備え、地球連合政府による1万基に及ぶロケットエンジンを使って、地球を太陽系から離脱させる巨大プロジェクト「移山計画」が始動!人類存亡の危機を目前に、各国の思惑や、内紛、争いが相次ぐ中、自らの危険を顧みず立ち向かった人々がいた。亡き妻への想いを胸に、宇宙へと旅立つ飛行士・リウ(ウー・ジン)。禁断のデジタル技術によって、事故死した娘を蘇らせようとする量子科学研究者・トゥー(アンディ・ラウ)。そして、大きな決断を迫られる連合政府の中国代表・ジョウ(リー・シュエチェン)。多くの犠牲を払いながら、地球と人類の存亡、そして希望を懸けた最終作戦が始まった!


監督:グオ・ファン(「流転の地球」) 製作総指揮・原作:リウ・ツーシン
出演:ウー・ジン、アンディ・ラウ、リー・シュエチェン、シャー・イー、ニン・リー、ワン・ジー、シュ・ヤンマンツー
2023年/中国/中国語・英語/173分/カラー/シネスコ/5.1ch/DCP/
原題:流浪地球2/英題:THE WANDERING EARTH Ⅱ/字幕翻訳:神部明世/字幕監修:大森望
配給:ツイン  
公式サイト:https://rutennochikyu.jp/
COPY RIGHT©2023 G!FILM STUDIO [BEIJING] CO., LTD AND CHINA FILM CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

2024年3月22日(金)より、TOHOシネマズ日比谷、大阪ステーションシティシネマほか全国ロードショー


(オフィシャル・レポートより)

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 井上淳一(『福田村事件』製作・共同脚本)が脚本・監督を務める『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』が2024年3月15日(金)よりシネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、京都シネマ、3月16日(土)より第七藝術劇場ほか全国ロードショーされる。
 
 『止められるか、俺たちを』(白石和彌監督)に続き、若松孝二監督を演じる井浦新をはじめ、シネマスコーレ初代支配人の木全純治を話題作への出演が続く東出昌大、映画監督への夢を断ち切れない大学生アルバイト、金本法子を芋生悠、シネマスコーレで若松監督と出会い、弟子入りを志願する井上淳一を杉田雷麟が熱演。80年代半ば、VHSの普及で映画館への客足が遠のき始めた時期に、特色のある編成と、それまで自主上映するしかなかったインディペント映画を育てる場として、新しい映画館(ミニシアター)を作り上げるまで、運営する木全と井上や金本らの青春物語がクロスする。
 来阪した井上淳一監督、出演の芋生悠さん、杉田雷麟さんにお話を伺った。
 

 
――――前作から10年後のシネマスコーレ誕生の舞台裏と、井上さんを含むそこに集う人たちの群像劇を撮ったいきさつは?
井上:『止められるか、俺たちを2』を作ろうなんて一度も思ったことがありませんでした。コロナ禍のシネマスコーレを追ったドキュメンタリー『シネマスコーレを解剖する。』のパンフレットに「スコーレを作る時の話だったら、止め俺2ができるんじゃないか。タイトルは『止められるか、木全を』で」と100%冗談で書いたら、スコーレ界隈から「面白いから本当に作ってほしい」と声が上がって、助成金(ARTS for the future! 2)を使って、1千万円ぐらいで撮れるんじゃないかと思い始めた。でも、木全さんの話だけじゃもたなくて、仕方なく自分のことを書くしかなかった。さすがに「取り返しのつかないことになるかも」と思ったけど、逆に構想何年でいつか自伝をやりたいみたいな感じじゃなかったのが良かったのかもしれません。
 
 
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■井浦さん、東出さんの厳しい目があったからこそ書けた脚本(井上)

――――なるほど、当初からの狙いではなかったんですね。
井上:最初は1千万で作れる規模のものを考えていて、第一稿はお金のかかりそうな撮影シーンとかを全部、木全さんと井上のインタビューの中で語るというふうにしていた。そしたらそれを読んだ東出さんから「(前作が)好きなので、それを超える熱量、かつ新しい地平にどうすれば辿り着くのか、想像の羽を大きく羽ばたかせながらこの台本に向き合い続けたいと思います」というメールが来た。ということは面白くないということじゃないですか。それでこれはヤバいと本気になった。
 
――――どんな改変を加えたのですか?
井上:まずインタビューで語らせていたところを全部シーンにしていった。もう製作費のことを考えるのはやめよう、こんなことを書いて撮れるかな?という自分の演出力を考えるのもやめよう、まずは面白いシナリオを書こうと。他には、例えば金本はお姉さんキャラで、一緒にスコーレでバイトするのは後輩だった。それが、スコーレの常連だった田中俊介さんが出たいと言ってくれたんだけど、役がなくて、その後輩を先輩にすることが思いついた。それで金本と一度ネている設定にして、金本より先に就職という問題に直面するようにした。それで、物語にも幅が出来たし、金本にも陰影が加わった。そうやってキャスティングで豊かになったところも多い。撮影の蔦井孝洋も「面白いホンだけど、傑作になるには何かが足りない」と言い続けてくれたし、東出さんもだけど、(井浦)新さんもいろいろ言ってくれたし。スタッフ、キャストの厳しい目がなければ、シナリオでここまで粘れなかったかもしれません。
 
――――ちなみに、井浦さんからはどんなご指摘があったのですか?
井上:やはり何かが足りないと言っていて、ある時、この時期の若松さんって、淋しかったんじゃないかと思ったんです。前作の登場人物たちはアラフォーになり、みんな売れて離れていった。盟友の足立正生さんは日本赤軍と合流してアラブに行ったまま。そこに子ども世代の僕が言ったわけですが、一緒に闘うという感じじゃなかったと思うんです。それでそのことを書いて、新さんにLINEしたんです。そしたら「それに気づいたのなら、脚本に書いて下さい。ただ僕は古いアルバムさえ用意してもらえたら、やることは分かっていますが」と返信が。しかし、そこは僕も脚本家としても意地がありますから、それで書いたのが、若松プロの事務所で井上が目覚めると若松さんが静かに電話しているシーンです。いいシーンになったと思っています。あと、新さんとクレジットの話になったことがあるんです。そしたら新さんが「この映画のトップは芋生さんだ」と。この映画の中で一番変わるのは金本なんです。そういう意味では主役は金本と言っても過言ではない。それを新さんは読み取っていた。さすがだなと思いました。
 
――――シナリオ段階での密なやりとりの結果は、作品を見れば分かりますね。
井上:東出さんもクランクイン直前まで、どう演じるべきか悩んでいたと思います。木全さんって、ドラマの基本である「対立と葛藤」がないんですよ。本人は「ないんじゃなくて、しないんだ」と言っていますが、とにかく悩みを見せないし、怒らない。だから芝居場を作れないんです。東出さんも撮影前に木全さんにはじめて会った時、「ガーッと怒ったりしないんですか」とか訊いていたけど、木全さんは「ないない」としか言わない。最初は木全さんが主役のつもりだったので、東出さんにも主役オファーだったんですよ。だから僕は降りられても文句は言えないなと思っていた。でも、たぶんシフトチェンジして、若い二人をサポートする触媒のような存在を見事に演じてくれた。東出さんはスゴいですよ。外見はあんなに違うのに、木全さんにしか見えないし。
 
 
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■井上さんの脚本に信頼を寄せ、オファーを快諾(杉田)

――――杉田雷麟さんは若松監督に弟子入りする頃の井上さんを演じていますが、いつ頃オファーされたのですか?
杉田:『福田村事件』の撮影前です。
 
井上:『福田村事件』のオーディションで500人近い俳優さんに会ったのですが、杉田さんが来た時に別の惑星から違う生き物が来たかと思うくらいオーラがあって、驚きました。これは僕だけでなく、みんな言っていた。僕は福田村のオーディションなのに「ラッキー、井上が来た!」と一人で喜んでた。雷麟くんは10代から売れているのに、何も余分なものが付いていない感じと、どこか今の自分に満足できていない感じがものすごく良くて、『福田村事件』で役が決まる前に、本作の出演をオファーしました。
 
――――監督本人役というのはプレッシャーがありましたか?
杉田:『福田村事件』のラストシーンで脚本の改訂を巡っていろいろな意見がありましたが、僕と井上さんは同じ意見だったし、こういう差し込み(脚本)を書く人なんだと信頼が厚くなりました。井上さんが書く脚本なら、僕はなんの心配も要らないと思ったし、演じるにあたり最初は緊張しましたが、あとは僕が演じてみなさんにどう思っていただけるかなと。それだけでしたね。
 
――――井上監督と同世代なので、80年代地方都市の高校生映画デートとその後のエピソードがリアルかつ面白かったです。
杉田:あのシーン、ダサくていいですよね(笑)。僕も演じた井上のようなダサい部分があるんですよ。相手の興味の有無など気にせず、自分の知識をひけらかしてしまうとか。演じていて恥ずかしくなって来たりして…。
 
井上:僕、ほとんど演出してないんですけど、あのシーンだけは「映画の知識をひけらかすところから、すでに口説きに入ってるからね」と言いました。そんなこと、上手くいくわけないのに、ずっと勘違いしてきた。もう自虐というか、カミングアウトというか、ごめんなさいという感じで。でも、自分のことだといいですよね。どれだけダサく書いても、誰にも怒られない(笑)。前作は遠慮してないと言いながら、どこかでやっぱり遠慮してましたから。
 
 
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■インディーズ映画に育ててもらったので金本役で恩返しがしたい(芋生)

――――なるほど(笑)。それでは、芋生悠さんのキャスティング理由は?
井上:『37セカンズ』から芋生さんのファンだったんです。あの映画、後半で脳性麻痺の主人公が対まで双子のお姉さんを探しに行くんですけど、それまでがあまりに良かったんで、変なお姉さんが出てきたら台無しじゃないかと不安だった。そしたら、出てきたのが芋生さんで。もうこれしかないっていうくらいピッタリで、3シーンだけなのに圧倒的な存在感だった。僕、誰だろうって、映画館出た途端に検索しましたからね。それ以来、芋生さんとはいつか仕事したいと思ってきたんです。
 
芋生:映画館や映画愛の話なので、これはやりたいと強く感じました。いままでインディーズ映画に育ててもらったので、金本役を演じることで映画に恩返しができるのではないか。そう思ったんです。今、自分で脚本・監督した短編映画も撮り終わったばかりですが、全部実費で挑んだので、気がついたらすごくお金がかかってびっくりしています。
 
井上:映画を作るときはしっかりしたプロデューサーがいないと、お金がいくらあっても足りない(笑)。芋生さんは、寂しげで何かが足りないというイメージの役が多いけれど、『37セカンズ』のようにきちんと自分の足で立って、強くて、そんな人がちゃんと最後に笑えるような話にしようというイメージがありました。
 
 
青春ジャック_サブ芋生屋外.jpg

 

■コロナ禍の批判に対するカウンターになるのではないか(井上)

――――芋生さんがおっしゃるようにミニシアターの日々の運営のこと、特に立ち上げ時の苦労が細かに描かれているのも胸アツな部分です。やりたいプログラムと動員力のあるプログラムの乖離とか、潰さないように運営する苦労もたっぷり描かれていますね。
井上:映画も同じで、この企画をやりたいけれどお客さんは来るのかとか、インディーズでもそこを外して考えられないし、逆にそれがあるからこそ鍛えられる部分も間違いなくある。コロナ禍で、「SAVE the CINEMA」や「ミニシアター押しかけトーク隊」(荒井晴彦、森達也、白石和彌、井上淳一の4人が全国の映画館を応援するため行ったオンライントーク)という活動をやったのですが、その時に「映画の作り手なら、ヒットする映画を作って、ちゃんと客を入れることがミニシアターへの最大の応援なんじゃないか」という声を聞きました。何もしない人に言われたくないし、それが出来たら苦労しないとは思ったけれど、その批判はある意味当たっている。ミニシアターはコロナで危機になったわけではなくて、その前から苦しかった。だから、ミニシアターの映画を作ることでもしミニシアターに貢献できたら、その批判に対するカウンターになるのではないかと思いました。なので、お客さんが来ないとホントにシャレにならないんですが(笑)。
 
――――確かに時代が変わっても変わらないものが写っている一方で、若松監督と井上さんとの師弟関係は、映画関連の学校で映画作りを学ぶことが主流な今ではなかなか得られない体験ですね。叱り飛ばされる事も度々ですが、師弟関係を疑似体験した気分です。
杉田:(若松監督に弟子入りするなら)僕は自分では根性がある方だと思うので、続くと思います。理不尽に怒られたら、逆に突っかかるタイプなので。元々サッカーや、ボクシングはプロになろうと思ってやっていたぐらいですし。
 
芋生:わたしも空手10年ぐらいやっていますが、それは根性ありますね。
 
井上:あの頃って、今よりもう少し人と人との距離が近かったというか、ガンガン人の絶対防衛ラインに踏み込んできたし、踏み込まれてきた。今はお互いに手探りというか、ちょっと慎重になり過ぎてる気がするんですよね。それで救われている人もいると思うから、単純に昔は良かったとは言いたくないけど、それでももう少し「幅」や「余白」みたいなものはあってもいいかなという気はするんですよ。それを若松さんとの関係で描きたかったというのはあるかな。
 
芋生:『青春ジャック〜』で井浦さん、東出さんや井上さんなど本当にいい先輩に出会えたし、スタッフのみなさんも本当に熱くて、繋がっている感じがして、すごく嬉しかったですよ。撮影から帰ってきても、「ああ、幸せだったな」と思うぐらい、本当に楽しかった。
 
 

青春ジャック_サブ東出&芋生劇場前.JPG

 

■競い合っていた方が相乗効果でよくなることを井浦さんは知っていた(芋生)

――――若松監督を演じた井浦さんの、魂が乗り移ったような演技も熱かったですし、名古屋でミニシアターという当時他がやっていないことに着手し、みんなで映画を作り上映して来た熱というものも伝わってきましたね。
芋生:井浦さんが撮影前に、私と杉田さんを呼んで「この二人にかかっているから」と。
 
杉田:僕も撮影前日に「この映画は、明日の芝居にかかっているから」と井浦さんに言われました。当日もずっと現場にいて、自分の出番は終わっているのに、写真を撮ったり、最後の屋上のシーンもいらっしゃいました。
 
井上:映画の中でも、僕の初監督作が若松さんにジャックされていくシーンがありますが、今回も若松さんに見守られている気分ですよ。若松さんじゃなくて、新さん演じる若松さんなんですけど。でも、僕、本番中に新さんが雷麟くんに「井上!」と怒鳴るシーンで「ハイッ!」って返事しちゃいましたからね(笑)。本番中なのにスタッフが笑うからなんだろうと思ったら、僕が返事していたという。『福田村事件』でもそうだったけど、新さんは座長として、本当に現場全体を見てくれている。あそこまでの人はなかなかいないんじゃないかな。本当に若松さんがいるみたいでした。
 
芋生:現場全体を見て、私と杉田さんはバチバチした関係の役だけれど、競い合っていた方が相乗効果でよくなることを、井浦さんは知っていたんでしょうね。最初はハッと思ったけれど、ありがたかったです。東出さんも面倒をよく見てくださいましたし、木全さんぶりが見事でした。
 

青春ジャック_サブ杉田予備校.jpg

 

■ミニシアターへの応援歌みたいな作品(杉田)

――――ミニシアター黎明期からインディペンデント映画を上映する場所として育っていく過程を紐解くという意味でも、意義のある作品ですね。
井上:この映画で若松プロの事務所として撮影したのは、名演小劇場の事務所なんですよ。その時はまさか名演が3ヶ月後に閉館するとは思ってもみなかった。昨年は名古屋シネマテークも閉館したし(ナゴヤキネマ・ノイとして2024年4月に再始動)、ミニシアターの危機は終わっていない。むしろ、これからだと思う。だからこそ、この映画に限らず、本当にミニシアターに映画を観に行って欲しい。
 
杉田:図々しいかもしれませんが、ミニシアターへの応援歌みたいな作品ですから。やはりミニシアターの空間が好きですし、スタッフが手書きで感想を書いたり一つ一つの作品に愛をもって、送り出してくれている気がします。
 
芋生:だからこそ(ヒットするように)私たちも頑張らなくてはと思います。
 
井上:ガザで虐殺が続いていますが、例えばそんな時にガザのドキュメンタリーや劇映画を上映できるのはミニシアターだけなんです。シネコンでは絶対にかからない。沖縄の映画も福島の映画もシネコンではかからない。そういう意味で大袈裟でなくミニシアターは「表現の自由の最前線」なんです。若松さんがそこまで考えて、シネマスコーレを作ったわけじゃないだろうけど、若松さんの蒔いた種が少しずつ開いてる気がするんですよ。だから、絶対になくしてはいけない。
 
――――そして芋生さんや杉田さんが演じた映画や映画館に魅せられた若者たちの青春映画としても末長く愛される作品なのではないかと思います。
井上:TikTokが日常に入りこんでいる今の若者たちの青春はたぶん書けないけれど、まさかこんな手があったかと自分でも驚いたんです。パンフレットに寄稿してくれた人たちがなぜかみんな自分の青春時代のことを書いているんですよ。誰もが最初から何者かであったわけではなく、何かになりたい、なろうとした時期があったはず。この映画は、誰にでもあるそういう柔らかい部分にふれる映画になっているみたいなんですよ。青春を描くというのはこういうことなんだなと自分でも驚いています。
 
杉田:ひたむきに若松監督を追いかける井上が羨ましく思いましたが、今の時代でも似たようなことはできるんじゃないかと思っています。
 
芋生:金本はずっとメラメラと燃え続けているけれど、ずっと空回りしていて、生きるために表現は絶対に必要な人だと思うのです。そういうもがく姿は共感する部分があり、青春しているなと感じました。私は今、女性の監督とご一緒することが多いんです。映画監督の吉田奈津美さんと仲がいいのですが、撮影時に川向こうでカメラマンと吉田さんが意見をぶつけ合っているのが聞こえてきて、本当にたくましい。ドラマの現場だと女性の方が多いぐらいだし、時代は変わってきています。金本みたいな人が頑張ってくれた結果が今に繋がっているのだとしたら、そのときに諦めないでくれて、ありがとうと言いたいですね。
(江口由美)
 

<作品情報>
『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』(2023年 日本 119分) 
脚本・監督:井上淳一
出演:井浦 新 東出昌大 芋生 悠 杉田雷麟 コムアイ 田中俊介 向里祐香 成田 浬 吉岡睦雄 大⻄信満 タモト清嵐 山崎⻯太郎 田中偉登 髙橋雄祐 碧木愛莉 笹岡ひなり
有森也実 田中要次 田口トモロヲ 門脇 ⻨ 田中麗奈 竹中直人
2024年3月15日(金)よりシネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、京都シネマ、3月16日(土)より第七藝術劇場ほか全国ロードショー
©若松プロダクション
 

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