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kodomo-di-550-1.jpg『子どもが教えてくれたこと』アンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン監督インタビュー

 

今という瞬間を楽しんでポジティブに生きる子ども達の姿が胸を打つドキュメンタリー

 

重い病気を抱えた5人の子ども達の日常をとらえたドキュメンタリー映画。アンブルは、お芝居をすることが大好きで、肺動脈性肺高血圧症を患う9歳の活発な女の子。8歳のテュデュアルは神経芽腫を患い、花を育てたり、土いじりが大好き。カミーユは、サッカーが大好きで、骨髄の神経芽腫を患う5歳の男の子。イマドは、腎不全で透析に通う、アルジェリアから治療のために移住してきた7歳の男の子。シャルルは、表皮水疱症という肌が弱い病気の、絵が好きな8歳の男の子。


kodomo.jpgそれぞれ異なる場所で、病状も違う子ども達が、学校や病院や家で、家族や友達と元気に過ごす姿をとらえる。子ども達の目線で撮られた自然体の表情がすばらしい。病いと向き合い、治療しながらの毎日の中で、輝かんばかりの笑顔、力いっぱい生きる姿に勇気づけられる。「ぼくの皮膚は、チョウの羽みたいに弱い」という詩のような言葉や、通院に付き添う親をさりげなく気遣う言葉、「病気だからって不幸なわけじゃない」、「愛してくれる人たちがいれば幸せ」という哲学的な言葉の数々に、子ども達が背負ってきたものの重みを感じるとともに、どこまでもポジティブで、前向きな思いに心奪われる。


日本での一般公開を前に、キャンペーンで来日されたアンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン監督にインタビューした。邦題の『子どもが教えてくれたこと』は、原題(※注参照)とは全く違うけれども、すばらしいタイトルだと賞賛。監督はご自分の娘を二人、幼くして病気で亡くされていて、この映画を観て、5人の子ども達と友達になってくれたら嬉しいと語る。病気ではなく、“生”を何度も強調された監督から発せられた言葉は、どれも情熱的で、5人の子ども達への、映画への熱い思いが伝わった。


 【子ども達との出会い】

―――子ども達は、すごく生き生きした表情を見せてくれていましたね。
子ども達の生きる力です。子ども達はいつも人生を謳歌しています。病気の子どもでも、健常の子どもでも、一生懸命生きていることに変わりはないところを観てほしい。今、そのときを生きる力を持っているということです。大人がこんな重い病気であることを知らされたら、意気消沈して立ち上がれなくなり、生きられなくなってしまう。でも、子どもはそうではありません。たとえ重い病気にかかっても、前向きに生きていくことに何ら支障はないのです。


―――この5人を選んだきっかけは?いろんな子ども達に会ったのですか?
ほかの候補があって、選んだわけではなく、映画に出てくる5人の子ども達にしか、私は会っていません。子ども達に会う前の準備段階では時間をかけて、ドクターや、病気の子ども達を支えている協会の方々に会って、自分がやりたいことを伝えました。


―――監督のお嬢さんの死がきっかけで、撮影を始められたということでしょうか?
違います。亡くなったということよりも、“生きていた私の娘”が、こういう作品をつくるきっかけになりました。“娘の人生”がきっかけと思っています。


―――病気に焦点を当てるのではなく、まさにその子の人生そのものを撮ったということですか?
この子たちの生きている姿が、映画のテーマです。この子たちは、病気を持っていますから、その人生を写しとれば、必ず治療シーンは入ってきます。でも、病気がテーマではありません。


―――5人に会った時の第一印象は?
準備段階で、ドクターや協会の方から、5人のことについて色々な情報を教えてもらっていたので、私はこの子たちのことをよく知っていました。だから、この子たちなら大丈夫だろうという自分の中の確信を、実際に会ってみて、確認できたのです。


―――初めて子ども達に会って、カメラを回し始めるまで、どれくらい時間がかかりましたか?
1時間あるいは1日くらいでした(笑)。子ども達は、とても自発的で、すぐに間髪入れず反応します。OKであれば、むしろ「なぜすぐやらないの?」という反応でした。


kodomo-500-2.jpg―――だからこそ自然な笑顔ができたのですね。
やり直しは一切ありません。本当に子ども達の思いどおり、話したいようにやってもらって、そのまま写しました。


―――子どもが自分の病気を説明するシーンがありますが、どのように撮られたのですか?
シナリオは一切ありません。子ども達が語っているだけで、自然に語れたのがあのシーンです。撮影の予定表もなく、子ども達が自分で決めていきました。


―――完成した映画を、子ども達や家族の方々に観てもらった感想は?
すごく満足して、誇りに思ってくれました。この映画を観るまでは、5人の子ども達はお互いに会ったことがなかったのですが、映画が完成して観てもらった日に、初めて会ってもらって、「アンプルちゃん、可愛いね」(笑)とか、イマドがシャルルのところに行って「こんにちは、君がシャルル、お友達だね」と言って抱き合って、映画の中で分かち合ったものを見つけたり、皆で感動していました。


―――今も、子ども達の治療は続いているのですか?
この映画をつくった者としては、この映画に映っている、撮影した時のままの姿を分け合って感動してほしいと思います。その後どうなったかはあまり語りたくありません。

 


【撮影。そして編集】

kodomo-di-240-1.jpg―――カメラマンが5人ということですが、撮影はどんなふうに進めたのですか?
撮影に使ったカメラは1台だけです。当初、予定していたカメラマンが病気になってしまい、代わりを探したところ、通しでやってくれる方が見つからず、5人の方に交替でやってもらいました。一人の子に一人のカメラマンがつくという形ではありません。


―――編集に5か月かかったということですが、どんなふうにシーンを選んでいったのですか?
撮影時間は110時間ぐらいで、それを80分に仕上げました。できあがった映画を観たお客さんが、私が子ども達に出会ったように、出会えるかどうかを大切に、シーンを残しました。たとえば、シンプルで見逃すようなシーンですが、テュデュアルは植物や植木が大好きで、彼が植物の葉を優しく触っている姿は、私が初めて彼に出会った時の貴重なシーンなので、最後まで残しました。


―――シーンの並べ方は?
時系列で並べたわけでも、オムニバスでもありません。全部混ざった形で、子ども達5人が、それぞれ違うところで生きている姿、人生を観てもらい、受け止めてもらって、5人の子ども達に出会ったという印象を持ってもらえるように編集しました。

 


【病気と向き合うこと】

―――日本では、重い病気の場合、大人でも告知しないことがありますが、5人の子ども達は自分の病気のことをしっかり理解していて、驚かされました。フランスでは当たり前のことですか?
フランスでは、大人については、本人への病気の告知は当然で、慣例になっています。最近は、子どもであっても、きちんと本人に告知するのが、フランスの常識になってきています。病気を抱えて生きていくのは本人ですから、本人に告知することは当たり前ですね。


―――日本の子どもよりも成熟しているように感じました。
成熟しているということではありません。あの子ども達には、事実を話していいと伝えました。それをやらせたら、子ども達は、ああいうふうにふるまえる力をもっています。たとえば、子ども達に同じことを言えば、同じように反応すると思います。だから、こういう映画を皆に観てもらって、シェアしてほしいと思います。


―――子どもはこういうものだと、大人が決めつけて見てしまっているのですね。
子どもは何も知らなくて、教えてやらなければならない、学ばなければならないと、大人は思い込んでいます。でも、子ども達は、知識ではなく、知性の“知”みたいなものを本来持っていることを理解すべきです。

 


【子ども達の家族】

―――子ども達の両親は、映画の撮影にすぐ同意してくれましたか?
ご家族の方からは、それぞれすぐにお返事をいただきました。メディアとかマスコミに慣れていないのに、すぐ快諾してくれて驚いたくらいです。きっと、自分達の子どもが生きている姿を皆と分かち合いたいという気持ちを持っておられたからではないかと思います。私が、病気の子ども達のドキュメンタリー映画をつくりたいと言っていたら、それほど快諾してもらえなかったと思います。病気だけれども、懸命に生きている姿を見せたいという提案がよかったんじゃないでしょうか。


kodomo-500-1.jpg―――病気の子どもだと、ついまわりの大人が何でもしてあげたり、行動も制限しがちになると思いますが、映画の中の子ども達は、演劇に挑戦したり、まわりの大人達が自由な行動を認めていますね。
子ども達を信じることは難しいですが、とても大事なことです。アンブルは、心臓の重度の病気で、スポーツをしてはいけません。でも、彼女は、長く生きることをあまり重要視しておらず、少しくらいスポーツもやらせて、と言います。運動したらリスクのある病気なので、母親としてはすごく辛い立場です。でも、母親は子どもを信じています。禁止するよりは、子どもにスポーツをする満足感を与えてやりたい、そのほうが娘も嬉しいだろうと母親も感じています。


―――かなり覚悟の要ることですね。
子どもを守りたいのが母親としての本能ですから、母親自身が成熟した女性にならないと、そういう接し方はできないでしょう。親は、子どもの代わりに生きることはできません。親にできることは、子どもと一緒に伴走すること、そばにいることです。それがわかるようになるのは、子どもをとおして母親自身も成熟するということです。

 


【フランスの観客の反応】

―――フランスの観客の反応はどうでしたか?
大成功でした。子ども達が自由に語っているところを撮っているドキュメンタリー映画はこれまでなかったですし、子ども達に直接しゃべらせたところに誠実さを感じてもらえたのではないでしょうか。


―――子ども達の正直な言葉が観客に伝わったということですか?
自分も子どもの頃、こういうものを持っていたなあと思い出したり、心の琴線に触れるものがあったのではないでしょうか。大人になると、子どものような自然な生き方ができなくなってしまいます。また子どもの頃に戻って、そういう生き方をしたい、そんな気持ちを、この5人の子達が後押ししてくれる気がします。


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<作品情報>

『子どもが教えてくれたこと』

・(2016年 フランス 1時間20分)
・原題:Et Les Mistrals Gagnants
・監督・脚本:アンヌ=ドフィーヌ・ジュリアン
・出演:アンブル、カミーユ、イマド、シャルル、テュデュアル
・公式サイト⇒ http://kodomo-oshiete.com/

・(C)Incognita Films - TF1 Droits Audiovisuels

・7月14日(土)~シネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、7月21日(土)~京都シネマ、近日上映 シネ・ピピア

 


※注:原題の『Et Les Mistrals Gagnants』は、「ミストラル・ガニャン」(Mistral gagnant)というフランスの歌手ルノーの歌にちなんでつけられたタイトル。この歌は劇中でも流れ、人生への慈しみあふれた歌詞とメロディに胸が熱くなります。(ミストラル・ガニャンとは、かつてフランスの駄菓子屋で売っていた砂糖菓子の商品名です。)


(伊藤 久美子)

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水墨画のようなタッチの線が、ある時は水に、ある時は少女となって、スクリーンの中を疾走する。シンプルなのに力強く、余白が多いからこそ豊かな想像を膨らませることができる。アヌシー国際アニメーション映画祭審査員賞、最優秀フランス作品賞のダブル受賞を果たした、セバスチャン・ローデンバック監督の初長編アニメーション映画『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』が818日よりユーロスペース、8月25日よりシネ・リーブル梅田、名古屋シネマテーク、今秋京都シネマ、元町映画館他全国順次公開される。

 

グリム童話に初版から収録されている民話「手なしむすめ」を新たによみがえらせた本作。ヒロインの少女は、悪魔の企みで実の父親に手を切り落とされ、その後王子と結婚したものの城を追われる羽目となる。苦難の連続にも屈せず我が子と共に、誰の助けも借りずに生きる少女のたくましさは、世代を超えて共感を呼ぶことだろう。従来にはない作画技法(クリプトキノグラフィー)を用い、たった一人で作画を担当。アナイス・ドゥムースティエ(『彼は秘密の女ともだち』)ら俳優陣の声の迫力もあいまって、とても力強く勇気付けられる作品に仕上がっている。まさにこの夏必見のアニメーションだ。

 

ワークショップやキャンペーンのため来日したセバスチャン・ローデンバック監督に、作品についてお話を伺った。

 


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―――まずはアニメの本場、日本で劇場公開されることについて、感想を教えてください。

ローデンバック監督:この作品が日本で劇場公開できることは、とても幸運だと感じています。映画にとってもそうですし、日本の観客の皆さんの反応がとても興味深いのです。日本人は、アニメの教養をお持ちで、文化に裏付けられた教養も兼ね備えています。おそらく世界の中で、日本が唯一、絵画と同じように、デッサンを、色を塗った絵画と同じ価値で扱っている国だと思います。そしてアニメーションが独特の文体を持った表現方法であり、全ての観客層に向けられた独特の表現方法であると見なされている唯一の国だとも思っています。日本での劇場公開が待ちきれません。

 

高畑勲監督をはじめ、私が尊敬する作家とは、いろいろな手法を試し、同じことを繰り返さない監督。

―――アニメーション監督の中で、高畑監督を最も尊敬しているそうですが、高畑監督作品との出会いや、受けた影響について教えてください。また、他に影響を受けたアーティストは?

ローデンバック監督:高畑勲監督は偉大なアニメーション作家であり、偉大なアーティストだと思っています。それと同時に偉大な冒険家、そして探求を続ける方だと思います。高畑監督は決して同じことを2度と繰り返しませんし、同じ作品を2度と作らなかった。私が初めて出会った高畑監督作品は、子どもの頃に見た「アルプスの少女ハイジ」でした。ハイジは商業的なアニメーションシリーズでしたが、非常に美しい、美を追求した作品です。登場人物も人間的で美しい。きっと高畑監督ご本人に似ているキャラクターなのではないかと思いますし、そういう人間的なものは高畑監督作品全てに共通して感じられます。私が尊敬する作家とは、いろいろな手法を試し、同じことを繰り返さない監督、つまり一度やったことの延長線上で次の作品を作るような監督ではないということです。高畑監督の他には、スタンリー・キューブリック、アラン・カヴァリエ、ピーター・ワトキンズなどからも影響を受けていると言えるでしょう。

 

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線と色しかない画面上の少女、小さな身振りを通して“生きている”ことを表現する。

―――ミニマムな描写の中、少女の営みがリアルに描写されていますが、具体的に描いた狙いは?

ローデンバック監督:少女は前半に手を切られてしまうので、自分一人で物事ができなくなってしまい、自立性が奪われてしまいます。それまでの物語の冒頭部では、彼女が自分の手でできる作業をあらゆる方向から描いています。例えば、自分の手を使って木登りをしますし、綿から糸を紡いで、布を織り、ハンモックも作ります。また自分の手で、器も作っています。彼女の体を使った行動というものが、物語の中心を成していきます。ですから私はこの少女をイキイキとした生命力のある人物として描かなくてはなりませんでした。一方で、実際にそこで描かれている彼女に、生命はないのです。彼女には線と色しかないのですから。画面上で生命を与えるために小さな身振りを描くことにしました。彼女は小さな身振りを通して生きているのです。逆にいえば、現実を画面に模写することで、生きている訳ではないのです。

 

ある意味、王女になるより、「息子と自然の中でウンチをする方が素晴らしい」と言いたかった。

―――出産後にお乳が吹き出たり、人間の生理的現象がアニメで描かれるのも新鮮でしたが、そのような描写の意図は?

ローデンバック監督:彼女の肉体が映画の中心にあり、肉体を通し、そして自然との関わりの中で、少女の存在を具体的に描く必要がありました。また同時に、この映画はこの少女が王女である前に、少女である方がいいということを描きたい作品でもあります。王女は社会の中で、ある種のランクに位置付けられる女性の表層でしかありません。しばしば社会は、全ての女性が王女でなければならないと見なしがちです。また、子どもたちに向かってもそのように語ってしまいがちです。ですから私はある意味、王女になるよりも、自分の息子と自然の中でウンチをする方が素晴らしいことだと言いたかった。その方が、もっと普通のことなのだと思います。

 

―――水は聖なる物、生きる源の象徴であるようでもあり、意思を持って動いている存在のように見えました。冒頭も水の流れから始まりますが、水を描くことに込めた思いは?

ローデンバック監督:実は原作のグリム童話では水車ではなく、風車でした。私にとって粉挽き小屋が水車なのはとても重要なことでした。この物語を、“水”を通して描きたかったですし、水はとても女性的な要素があるからです。また、常に動き続けるものであり、“水”が映画全体の構造を貫く脊髄になる。そして少女が辿る軌跡を描くものでもあると思っていました。

 

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自分自身の手と道具を使い、一人で作品を作り上げたことは、少女が最後に自分自身の庭を作り上げたのと共通している。

―――昨日のトークで少女が自分の手を再び獲得する理由についてのお話もありましたが、監督自身の境遇とどう重なっているのですか。

ローデンバック監督:この作品を見ていくと、彼女が必ずしも自分の手を必要とはしていないことが分かります。自分の手がなくても生きていける。彼女は「生き残らなければいけない」という生の衝動に駆られて、再び自分の手を生やしてしまうのです。つまり、王子が自分の息子を殺すのではないかと思ったときに、自分の息子を救おうとして、再び自分の手を取り戻す訳です。私が自分自身の手と道具を使い、自分一人で作品を作り上げたということは、彼女が作品の中で最後に自分自身の庭を作り上げたということと共通していると思います。

 

―――何枚ものレイヤーを重ねている背景も非常に美しかったです。人物は一キャラクターを単色で描いているそうですが、背景も同じ方法ですか?

ローデンバック監督:基本的には人物と同じように、背景も白い紙に黒字で描き、その紙を重ね合わせて背景となる画面を作ります。一つの層は一色でできており、単色の層を重ね合わせ、一枚の背景を作っています。人物の動きを単純な方法で早いスピードで動かしていたのと同様に、背景画も単色のものを重ねて、複雑なものに仕上げています。

 

 

アナイス・ドゥムースティエさんの吐息の録音で、ようやく「今、少女が存在している」と実感。 

―――少女の声を演じたアナイス・ドゥムースティエさんが素晴らしかったですが、キャスティングの経緯や、現場でのエピソードを教えてください。ローデンバック監督:声の録音は作品制作の最後の方で行いました。自分で作ったキャラクターなので、私はとてもよく理解しているのだけれど、その少女に合った声を見つけるのは簡単ではありませんでした。アナイスが最初に少女の吐息を録音したのですが、その吐息を聞いた時、ようやく「今、少女が存在している」と思いました。本当に素晴らしかったです。神秘的で、マジックのような瞬間でした。アナイスが出産シーンを録音した時は、本人も妊娠していて、しかもかなり出産時期が近かったのです。この出産シーンの声を本当に演じられるかとアナイスに訊ねると、それでもやると言ってくれました。予定日は数週間後だったのですが、実際に出産したのは録音した5日後でした。出産シーンの録音をすることで、自分の出産の準備になったのかもしれません。

 

 

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宗教の中の悪魔ではなく、世界のあらゆる場所に偏在している存在として悪魔を描く。

―――様々に姿形を変える悪魔役は、フィリップ・ローデンバックさんの声も相まって迫力がありました。おとぎ話には欠かせないこの役を描く際に、心がけたことは?

ローデンバック監督:悪魔というのは絶対的な悪です。一方で、キリスト教的文化の中の悪魔は描きたくなかった。私にとって悪魔は世界のあらゆる場所に偏在しているものとして描きたいと思っていました。悪魔があらゆるものに姿を変える。そのように描きたかったので、声に関しては、一言聞いただけで悪魔だと分かる声が必要でした。フィリップ・ローデンバックさんの声は悪魔らしくて素晴らしかったので、様々な動物に彼の声を乗せていきました。とりわけフィリップの声で子どもを演じたときは、通常の子どもとは相対するような存在感で素晴らしかったと思います。

 

―――エンディングで「Wild Girl」という英語の曲が使われ、とてもインパクトがありましたが、起用の理由は?

ローデンバック監督:エンディング曲は自分で作詞作曲しました。グリム童話の原作「手なしむすめ」は、アメリカの精神分析学者クラリッサ・ピンコラ エステスの著書、「狼と駆ける女たち」と題された本の中で分析されています。そこでは、自然の中で野生的に生きている女性が描かれたいくつかの童話、民話が登場するのですが、歌のタイトル「Wild Girl」は、その本で描かれている女性を参考にしています。

 

 

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自分の運命を勝ち取るためには、誰しも自分自身の時間、空間が必要。

―――どんな逆境にも負けず、貪欲に生きようとする少女の物語だと思いますが、この作品を生きづらい現代に蘇らせる意義は?

ローデンバック監督:この童話を最初に読んだ時、非常に現代的だと思いました。主人公が物事を学んでいく物語だからです。最初、少女は外側からの抑圧の中で生きています。粉挽き小屋にいるときは父親からの抑圧、お城にいるときは王子の存在がありました。少女が自分の運命を勝ち取るために、自分自身の時間や空間が必要で、彼女はそれを得ようとしました。私は彼女が獲得してきたことは、全ての人間にとって必要なものだと思います。誰もが自分自身の場所、空間を必要としています。現代において、それぞれの時間や空間を得るため、周りの努力が不足しているように感じられます。この物語で素晴らしいと思うのは、他人と離れて、自分一人で生きなければいけないことを語っているところだと思います。そして、自分自身の空間を見つけると、世界の中で、正しい方法で生きることを獲得できると語っているのです。


(文:江口由美 写真、取材協力:松村厚)

 

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取材当日は西日本豪雨のため私自身が取材に伺えず、関西宣伝の松村氏に取材を代行いただきました。取材者不在の中、こちらが用意した質問に答えていただいたセバスチャン・ローデンバック監督に、心から感謝申し上げます。


<作品情報>

『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』“Le Jeune fille sans mains”(2016年 フランス 80分)

<監督>セバスチャン・ローデンバック

<声の出演>アナイス・ドゥムースティエ、ジェレミー・エルカイム、フィリップ・ローデンバック、サッシャ・ブルド、オリヴィエ・ブローチェ、フランソワーズ・ルブラン

2018818日(土)~ユーロスペース、8月25日(土)~シネ・リーブル梅田、名古屋シネマテーク、今秋京都シネマ、元町映画館他全国順次公開

公式サイトhttp://newdeer.net/girl/

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大好きな故郷・渋川市は「帰る」場所
『榎田貿易堂』主演、渋川清彦さんインタビュー
 
『菊とギロチン』『ルームロンダリング』をはじめ、今年だけでも出演作多数で圧倒的な存在感をみせる俳優、渋川清彦と、『荒川アンダーザブリッジ』シリーズをはじめ、最新作『虹色デイズ』が7月公開となる飯塚健監督。群馬県渋川市出身の同郷コンビによるコミカルな大人の群像劇『榎田貿易堂』が、6月9日(土)から新宿武蔵野館で絶賛公開中だ。
(6月16日(土)シネマテークたかさき、テアトル梅田、今夏~元町映画館、出町座他全国順次公開)
 
ゴミ以外なら何でも扱うことが信条のリサイクルショップ「榎田貿易堂」の店長、榎田洋二郎(渋川清彦)と、彼のもとに集まる人妻のアルバイト・千秋(伊藤沙莉)、仕事が早くてクールな青年、清春(森岡龍)、終活中で熱愛中の客・ヨーコ(余貴美子)、東京から出戻り、今は実家の旅館を手伝う自称スーパーチーフ助監督・丈(滝藤賢一)。たわいもない日常が続くと思われたが、ある日店の看板の一部が落下し、洋二郎はすごいことが起きる予兆を感じる。少しずつ動き出すそれぞれの運命と、それぞれの選択は…。
群馬県を舞台にしたオリジナル脚本による地域映画は、あっと驚き、最後はしみじみとする心憎い作品に仕上がっている。
 
本作の主演、渋川清彦さんに、故郷・渋川市で撮影した本作について、お話を伺った。
 

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■大好きな渥美清さんに重なる芸名「渋川清彦」

――――故郷の名前を芸名にするのは勇気が要ると思うのですが、モデルデビューした時の芸名「KEE」から「渋川清彦」に変えた時はどんな心境でしたか?
渋川:勇気は全く要らなかったですね。30歳になるのを機に芸名を変えようとしたとき、本名(田中)は普通だし、他にコレという名前もなかった。それなら「渋川」でいいじゃないかと。当時、渥美清さんに心酔していたのですが、渥美さんも苗字と名前に「さんずいへん」が付いているので、「渋川清彦」にすれば苗字、名前共に「さんずいへん」が付いていいなと思ったのです。渥美さんに重ねた感じですね。 
 
――――なるほど。以前のインタビューでも渥美清さんが好きとおっしゃっていましたが、ここで繋がるとは思いませんでした。

 

渋川:当時初めて『男はつらいよ』を観て、渥美さんの存在やお芝居、全てに魅力を感じてました。そういう時の熱は大きいですよね。
 

■高校の後輩、飯塚監督との初タッグ。

――――今回は渋川市で映画を作るということで、渋川さんと同じく、渋川市出身の飯塚監督との初タッグですが、面識はあったのですか?
渋川:お互いに存在を知ってはいたのですが、群馬県で撮った作品『お盆の弟』のプロデューサーだった狩野さんが、今回も声を掛けて頂き、飯塚監督と引き合わせてくれました。
 
――――本作はありそうで、なかなかない、いい意味で風変わりな大人の群像劇ですね。
渋川:そうですね。飯塚監督は助監督経験がなく、自分自身で勉強してここまでやってきた人。努力家ですね。飯塚監督は脚本も書いています。今まで様々な制約があったみたいですが、今回はそれが全くなかった。本人は自称「一字一句野郎」で、脚本通りに台詞を言わせていたそうですが、今回はそこまでしなくてもいいと考え、今までの演出を変えようとしていたみたいです。「辞めるとは言わないでくれ。進むと言ってくれ」と丈役の滝藤さんが言っているのが、まさに映画のテーマですね。
 
 
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■渋川市で昔から知っていた場所、気になる場所を映画のロケ地に。

――――原案段階で、渋川さんもアイデアを出されたのですか?
渋川:最初に大まかな話を監督が書いてきて、そこに面白そうなものということで、僕が昔から知っている珍宝館が映画に出たら面白いんじゃないかと提案すると、飯塚監督もそれに繋がる話を書いてくれました。なかなか、珍宝館が映画に出ることはないですからね。
 
――――全体的に、昭和の匂いが色濃く残っている町という印象を受けましたし、地域映画としては、攻めているなと感じます。
渋川:渋川市としては、中心部の新しい建物が建っている場所を映してほしいと思っていたかもしれませんし、「渋川市全面協力」となると珍宝館はさすがに出せない。そこは、フィルムコミッションの方が柔軟に対応してくれ、今の形で完成させることができました。せっかく渋川市で撮影したので、協力してくれた地元ボランティアの方や、近所の方を集めて無料上映会をしたときは、僕の親も親戚も来ましたし、高校の同級生やら、高齢者の方も含めて300人集まりました。市長、副市長までいらして、皆で珍宝館のシーンも観たんですよ(笑)。30年前からずっと変わらない名物館長がいて、上映会でも花束を頂きました。館長は「私はずっと美術館だと思ってやっているの」とおっしゃっていて、展示されている置物や春画も、きちんと展示品用の光で、いわゆるいやらしい光を当てていないんです。
 
――――個性的といえば、何といっても「榎田貿易堂」の舞台となったお店が、懐かしい物に溢れ、とてもいい雰囲気でしたね。
渋川:車でいつも通り過ぎながら、この店は何だろう?と思っていました。店が開いているのを見たことがなくて。実は営業時間が日曜の12時から15時までだけだったのです。僕とプロデューサーで営業時間中にロケ場所としてお借りできるかをお願いしに行き、平日は好きに使っていいよと快諾してくださいました。江戸時代の籠もあったし、本当に色々なものがあって、店内で映っているものはほぼお店のものです。脚本をもらった時点でなんでも屋という設定だったので、僕の中ではこの店だとピンときました。
 
 
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■何でも面白がってくれる大女優、余貴美子さん。

――――今作は、伊藤沙莉、片岡礼子、余貴美子という幅広い世代の女優陣が、女性の性欲をコミカルに体現しているのも特徴的ですが、現場ではどんな様子でしたか?
渋川:余さんは現場でも気さくな方で、楽しかったですよ。何でも面白がってくれ、とても柔軟な方だと思いました。あれだけのキャリアがあって、あそこまでやってくれる女優さんはなかなかいない。きっと今まで飯塚監督の作品に出演され、監督の面白さを分かっているので、今回も出演されたのだと思います。珍宝館館長は挨拶代わりに男性の股間を触るのですが、撮影で一緒に訪れた時、余さんも僕らと同様に触られていたので、強烈な思い出になっていると思います。片岡さんは、とても真面目で全力で演じる方なので、今回の役柄はすごく合っていると思います。
 

■撮影後は飲みに誘って、台本持参で台詞合わせ。

――――物語の核となるのは、なんでも屋「榎田貿易堂」の日常で、店主の榎田洋二郎とバイトの清春、千秋の掛け合いも見どころです。森岡龍さん、伊藤沙莉さんとどのように台詞合わせをしていったのですか?
渋川:時間が合う時に、森岡君、伊藤さんと飲みに行き、一応台本持ってきてねという感じで、飲みながら「ちょっと台詞、合わせてみない?」と。台詞がカラダに入っていたら酔っぱらっていても言えるから、それできちんと言えたら少々何があっても大丈夫だろうと試していました。
 
――――撮影の後、キャストを飲みに誘ってコミュニケーションを深めるのは、お手本になる先輩がいたのですか?
渋川:昔の映画俳優の皆さんはよく飲みに行かれていたらしいですからね。先日、初めて石橋蓮司さんと共演させて頂いたのですが、70代半ばでも本当にお元気で、飲みもタバコもやるので、カッコいいですよ。そんな諸先輩を真似ながらやっている部分はあります。
 

■故郷に「帰る」と「戻る」ではニュアンスが違う。

――――それぞれの過去に向き合う後半は、紆余曲折を経た大人だからこそ言える味わい深い台詞が多かったですが、渋川さんが好きな台詞はありますか?
渋川:旅館の女将役の根岸季衣さんと、今は家業を手伝っている息子・丈役の滝藤君のやりとりで、「あんた、いつ東京に帰るの?」と聞かれた息子が、「帰るか…。帰ってきてるんだけどな」みたいな事を言っています。僕も実家の群馬、渋川市が好きなので、東京から群馬に行くときは、「帰る」と言うんです。群馬から東京に行くときは、「戻る」という言い方を意識的にしています。だから滝藤君の台詞には共感できます。普通はあまりその違いを気にしないけど、「帰る」と「戻る」はニュアンスが違いますから。
 
――――どちらをホームと思うかで言い方が違ってきますね。『AMY SAID エイミー・セッド』のインタビューで三浦誠己さんが「KEE(渋川)さんは、『俺、やっぱ俳優やめて、群馬で畑するべ』と言いそう」とおっしゃっていたのが納得できます。本当に故郷がお好きなんですね。
渋川:離れているから余計にそう思うのかもしれません。時間があるときは、月1度ぐらい帰っています。息子がまだ小さいので一緒に帰ることもありますし、一人の時は高速バスで帰ると2時間半ぐらいで帰れます。電車で移動する時も、車窓からの風景を眺めるのが好きで、やっぱり田舎が好きなんですね。
 
――――渋川市での撮影は、他の場所で撮影するのとは違う感慨がありましたか?
渋川:今回は休みなしで9日間程撮影しましたが、楽しかったですよ。主演ということで、ちょっとプレッシャーもありましたけど、地元で映画の撮影というのは不思議な気分で、いい時間でした。それこそドイツ(ニッポンコネクション)での上映で「ドイツで故郷・渋川の景色が映っているんだ」と思うと、感無量でした。
 
――――今回は群像劇なので、主演の洋二郎はアイコン的存在ではあるけれど、個性的なメンバーを受けるような役割でしたね。
渋川:一人でガッツリとした主役だと出番も台詞も多くて大変ですし、そういう点では今回台詞が多かったけど、皆同じぐらいありましたから。それぞれのキャラクターが立っている映画の方が僕は好きですね。
 

■飯塚監督から出た続編話、洋二郎が主人公でなくてもいい。

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――――今回初タッグを組んだ飯塚監督と実際に仕事をしての感触はいかがでしたか?
渋川:飯塚監督は高校の後輩なので、先輩の僕としてはもっと突っ込んでいじりたいのですが、それをさせない空気がある(笑)。だけどそれを含めての飯塚監督なので、急がず少しずつでも一緒にやっていけたらと思っています。
 
――――続編をやりたいという話も出ているそうですね。
渋川:現場でも話していたのですが、次は僕(榎田洋二郎)が主人公じゃなくてもいいんですよ。森岡龍が演じている清春の実家が新潟なので、例えば清春の親が危篤になって、みんなで新潟に行こうという話でも一つ映画ができるじゃないですか。伊藤沙莉演じる千秋の夫婦問題にこちらがチャチャを入れても、一つのストーリーができるでしょう。ドイツの映画祭から帰る時、空港で二人でビールを飲んだのですが、飯塚監督は「いやぁ、これは(続編を)やりたいですね」と真剣に言っていました。やはり、ドイツでの反応が良かったこともあるでしょうね。
 
――――最後に、映画のテーマ「辞める」にちなんで、渋川さんご自身、今までの俳優人生の中で、「辞めたい」と思ったことはありましたか?
渋川:自分から辞めたいと思ったこと一度もないですね。どこかでダメな時がくるのかなと思うことがあっても、いつもなんとかなるかなと思うんです。だけど故郷がどうしても恋しくなったら、その時はまた考えますけどね(笑)
(江口由美)
 

<作品情報>
『榎田貿易堂』(2017年 日本 1時間50分) 
監督・脚本・編集:飯塚健
出演:渋川清彦、森岡龍、伊藤沙莉、滝藤賢一、片岡礼子、根岸季衣、余貴美子他
2018年6月9日(土)~新宿武蔵野館、6月16日(土)~シネマテークたかさき、テアトル梅田、今夏~元町映画館、出町座他全国順次公開
 (C) 2017映画「榎田貿易堂」製作委員会
 

yuzuriha-550.jpg『ゆずりは』滝川広志(コロッケ改め) 会見

(2018年6月5日(火)大阪・天王寺アポロシアターにて)


本名・滝川広志に名前を変えて臨んだ映画『ゆずりは』は、(元)コロッケの「芝居をしない芝居」の熱さが滲み出た“注目作”だ。先日、大阪・天王寺のアポロシネマで合同会見に臨んだ役者・滝川は「役の水島は動きの少ない、自分ではあり得ない人、だから役づくりのために(撮入の)1~2日前から3週間、現場近くのホテルに泊まり込んだ」という。


「(コロッケと)バレないように、帽子かぶったりした。読売テレビ系“お笑いスター誕生”から芸人やってきたけど、動きのない“葬儀屋”は自分の対極にある役。選ばれた時に“ボクじゃないんじゃないか”と。どっきりカメラだと思ったもの。ふざけないで、いつどこからカメラが出てくるの、だった。撮影前は怖い思いが先だった」。


yuzuriha-500-2.jpgこの葬儀屋に新入社員・高梨歩(柾木玲弥)入ってきて、滝川演じるベテラン水島から教育を受けるところが見どころに。若い役者との競演になったが、滝川は「新入社員が主役に見えたら、それでいいと思った」という。


――役者コロッケ」について?
「(自分は)よくよく人の前に出るタイプだなあと思う。38年間、それでやってきた。この映画では大きい声も出さない。エキストラが“コロッケさん、どこ?”って聞いたぐらい。これでいいんだ、と」。いつもは偉そうにしている役が多いけど、水島はどこにでもいるおっちゃん。もともと主役やりたい、と思っていないし、3~4番手で十分なんです」。


――役に抵抗はなかった?
  「プロデューサーさんから(この役を)頂いたようです。水島はコロッケさんで、と。最初はやれるかな? でした」。映画見たらハマっている。「舞台と映画は違いますね。舞台では“余計なこと”をするのが仕事。この映画では“部長”と呼ばれて、ただ振り返るだけ。この振り向き方ひとつで(人間が)分かる。ちょっとやってみましょうか。動き過ぎたら“コロッケ”が見えてしまうから。すごく大変でした。面白い水島部長はいくらでもやり方がある。人前で泣かない、笑わない。昔の日本人にはけっこうこんな人が多い」。


yuzuriha-500-1.jpg――役づくりは?
「何もしないこと」が何よりも大変だったという。「役を作り込む時はその役に入り込むから。こんなに“何もしない”のではストレスたまりまくりですよ。役者なら当たり前ですけどね。今回は笑ってない。笑ったら(新入り)高梨を認めたことになる。水島はドキュメンタリーの一種ですね。続編の話は今のところない、けど出来たらやりたい」。

「今回は、まず(テンション高くない)水島の声を決めた。揺れ動く自分がいた。演技ひとつで台無しになったりすることがよく分かった」。「最初に動かなくていい」と言われた。それがよく分からなかったが、芝居をしなくても、出てきただけで存在感十分。こんな映画は珍しい。「水戸黄門で言えば角さんと言ったところですかね。昔の映画ならこういう役者さんはたくさんいました」。


――新たな名前で「新境地」を開いた?
「これから頂く仕事で、“ゆずりは”見て“邪魔にならないんだ”と思ってもらえそう。やっぱり続編やりたいなあ」。


◆滝川広志(コロッケ)
1960年3月13日熊本県生まれ。1980年8月読売テレビ系「お笑いスター誕生」でデビュー。東京・明治座、大阪・新歌舞伎座など大劇場で座長公演を務め、モノマネレパートリーは300種以上に及ぶ。中国、韓国など海外公演でも成功している。2014年文化庁長官表彰、2016年日本芸能大賞など受賞。


『ゆずりは』

yuzuriha-pos.jpg“ゆずりは”1年を通じて緑の葉を絶やさない“常緑樹”、親から子へ、子から孫へと受け継がれていく「命のバトン」のことという。映画の舞台は葬儀社。そこに長年勤めるベテラン職員・水島(コロッケ=滝川広志)が主役という地味な映画だが“お笑いの人”コロッケが本名に変えて出演した映画は、本人の意気込み通り、滝川が一度も笑うことなく、見事な存在感を見せ、「死とは何か」「生きることの意義とは」を感じさせて説得力ある映画になった。役者コロッケを知らない人も、この一作で「映画」で名を残すと思わせる。


葬儀社が主な舞台(新谷亜貴子原作)だから、すべて「死」と葬儀にまつわる物語。だが、映画に登場する葬儀は多くない。いつも沈着冷静な水島が、社長からピアスの若者の採用を依頼される。無神経でがさつな青年・高梨(柾木玲弥)に職場のほとんどが反対したが、水島には感じるものがあり「私が教育する」あえて引き受ける。


彼の最初の仕事は盲目の夫を亡くした妻。なぜか、喪主から「ぜひ高梨さんに」と頼まれる。水島から「葬儀中は絶対泣くな」と言われていたことも忘れておいおい泣く。「亡き夫が好きだった薔薇」が赤だったに違いないと、モノクロ写真をすべて赤い薔薇にして喪主を感動させる。


yuzuriha-500-3.jpg次の仕事は「いじめから飛び降り自殺した」女子高生。実は水島も妻を自殺で亡くして以来、深く傷ついていた。だがプロの葬儀屋・水島は、高梨らの心配をよそに「私がやります」と告げる…。だが高梨は葬儀中、参列者の同級生たちが騒いでいるのにたまりかね、声を荒らげて「出ていけ」とたしなめてしまう。葬儀社人にあってはならない行為だった。だが、高梨の“一喝”は水島にも自分のことのように思ったに違いない。


映画はまるでミステリーのように、数々の“秘密”が散りばめられており、最後の章ですべてが明らかになるという見事な展開を見せる、推理小説風の隠し味も秀逸。そんなテクニックよりも、人間存在の本質に迫った“異色の作品”。久しぶりにじっくり見入ってしまう“感動作”であった。


■2018年 日本 1時間51分
■出演:滝川広志、柾木玲弥、勝部演之、原田佳奈、高林由紀子、島かおり
■監督:加門幾生
■原作:新谷亜貴子
■コピーライト:(C)「ゆずりは」製作委員会
公式サイト: http://eiga-yuzuriha.jp/

公開日:2018年6月16日(土)~第七藝術劇場、神戸国際松竹、他イオンシネマ系など全国順次公開


(安永 五郎)

 

 

nomitori-di-500-1.jpg“人たらし”監督の演出術とは?『のみとり侍』鶴橋康夫監督インタビュー

(2018年4月27日(金)大阪市内にて)

 

「作品を語るのと同じくらい、相手の気持ちを聴くのが好き」
鶴橋康夫監督の新作は、江戸庶民の人情の機微に触れる艶笑痛快時代劇


阿部寛が、五色幕のようなど派手な衣装を着流し、江戸の街を颯爽と闊歩するのみとり侍』。生真面目すぎる性格がたたって左遷された元エリート侍を、「阿部さんは、真面目にやればやるほど哀愁と滑稽さが出てくる」と、ずばり特徴を捉えた監督の期待に応えて、痛快に熱演。その監督とは、TVドラマや映画『愛の流刑地』『後妻業の女』などの演出で、日常の中に潜む“恐怖”を人生観や時代性から滲み出る“おかしみ”をドラマチックに表現する鶴橋康夫監督である。ベテラン俳優たちは勿論、初めて鶴橋組に参加するキャストやスタッフからも絶大な人望を集め、物語の人物像にも親しみと愛着を感じさせる。


そんな鶴橋康夫監督に、映画の見所やキャストの魅力を訊ねると共に、監督自身の“人たらし”術についても迫ってみたいと思う。


nomitori-550.jpg―― 脚本も手掛けた「のみとり侍」という物語について?
江戸時代にこんな職業があったのか!? と驚くような題材を集めた小松重男さん原作の短編集から、三篇をひとつにまとめてみました。不測の事態に陥り、人情深い町人に助けられながらも正義を貫こうと奮闘する侍たちの生き様がテーマです。

主君の逆鱗に触れ、「猫の蚤とり」(女性に奉仕する裏稼業)を仰せつかった寛之進(阿部寛)を主役に、女にかけては手練手管の恐妻家の清兵衛(豊川悦司)や、無償で読み書きを教える清貧の友之介(斎藤工)と、3人の不遇の元侍たちが同じ時代で奮闘する姿を描いてみました。


―― キャスティングについて?
原作を読み終える頃には、大体のキャスティングは決まっていました。後は、俳優たちの顔を思い浮かべながら当て書きし、現場では雑談の中で役柄のヒントとなるようなことを話していました。


nomitori-making-1.jpg―― 阿部寛さんについて?
阿部寛さんは、どこかでコメディをやりたがっていたようですが、それは間違いだと思いました。既に、真面目にやればやるほど哀愁と滑稽さが滲み出てくる年齢にきていて、ちょっとしたヒントでも一気に様相が変わる伸び代を持っています。芝居熱心で、とにかく芝居が巧い。一生懸命やればやるほど、哀愁が滲み出て色気に繋がるんです。そんな阿部さんの特徴が毅然としたラストに活きてきたのです。


―― 豊川悦司さんについて?
豊川悦司さんは、私に忖度した芝居をしてくれます(笑)。こうすれば監督が喜ぶのでは…もう任せていても安心できる俳優さんです。鰻屋で寛之進と清兵衛が会話するシーンでは、阿部さんも豊川さんもお互いの芝居の邪魔にならないような反応を見せて、僕はその少年のようなチャーミングさが可笑しくて仕方なかったです。


nomitori-500-4.jpg―― 風間杜夫さんと大竹しのぶさんは、右往左往する元侍たちを鼓舞するような威勢の良さを見せていましたね?
お二人とは40年来の付き合いで、気風の良さと色気があります。イナセな人情家の江戸っ子の代表みたいな存在になりました。


nomitori-500-7_r1_c1.jpg―― 大竹しのぶさんや寺島しのぶさんに負けない猛女ぶりをハツラツと演じていた前田敦子さんについては?
ある授賞式で初めて会った時に、「これ位まで脱げるかね?」とバストアップの位置に腕を置いて訊いたら、「ウソだろう!? アッちゃんにそんなこと訊くなんて」ってな感じで、周りが固まっちゃいました(笑)。でも、その時の受け答えが実に男っぽくて、そういう思考回路を持っている人は色気があり、意外と慎ましやかだったりするのではと思いました。

スタジオにはいつも1番乗り、ひとりポツンと坐っているんです。今どきの女優さんにしては珍しく距離感のある人だなと思いました。「休みの日はどうしているの?」と訊くと、「アウトドア派じゃないので、家で本を読んだりDVDを見たりしています」。その話し方が妙に雰囲気があり、これは凄い女優さんになるなと予感しました。


―― 前田敦子さんと豊川悦司さんとの“絡み”のシーンは?
あのシーンは1カットで撮ったのですが、1回戦でOK!さすが度胸がある!豊川さんのリードも良かったのですが、「アッちゃんは、体も柔らかくてしなやか、大竹さん相手にする時とは随分違う!」と豊川さんも喜んでました(笑)。

 

nomitori-500-8.jpg―― 斎藤工さんについて?
斎藤さんとはTV対談で初めて会って、その知的な風貌に惹かれてオファー。彼の初監督作『blank13』を観て、誰かに未来を託さなければと思いました。阿部さんも豊川さんも斎藤さんも背が高くて、3人の侍たちを「ハンサムタワー」と呼んでました(笑)。


―― キャストとキャラクターがとてもマッチしていましたが、「人」の見方について?
僕は初めて会う人には、飲み会などでの雑談で出身地や家族構成などを訊きます。その人がどこでどんな育ち方をして、どんな人生観を持って生きてきたのか…作品を語るのと同じくらい、相手の気持ちを聴くのが好きなんです。


 nomitori-di-240-1.jpg
 

鶴橋康夫監督の魅力は、「聴き上手な“人たらし”」にあるようだ。初対面でもソフトな話し方で懐深く受け入れ、相手の心の内を開かせる。とかく年齢を重ねると自分の意見を押し付けがちだが、むしろ相手に考える空間を創り出すのが巧いのではないか。そして、「笑い」の絶えない和やかな雰囲気にすっかり魅了されてしまう。


「不測な事態に陥った時の生き方」を、艶笑喜劇を見せながら勧善懲悪調で締める。生真面目な阿部寛ならではの寛之進は、困惑の連続でもいざという時には武士力を発揮させて、一気呵成に正義を貫くお白洲のシーンへと至る。「映画は〈1対0〉の投手戦!」という監督のこだわりと映画愛の詰まった作品。かなりメリハリの効いた、新しい時代劇の誕生である。

 
 


『のみとり侍』

~エリート侍が“のみとり”稼業に!?~
 

nomitori-pos.jpg【物語】
老中・田沼意次が権勢をふるう江戸時代の中頃。越後長岡藩の勘定方で重役を担っていた小林寛之進(阿部寛)は、生真面目すぎる性格がたたって主君の逆鱗に触れ、「猫の蚤とり」を仰せつかる。「猫の蚤とり」が何たるかも知らず、その稼業の親分である甚兵衛夫婦(風間杜夫と大竹しのぶ)を訪ね、女性たちに奉仕する裏稼業に奮闘することとなる。


武士の面子も男としてのメンツも打ち砕かれた寛之進が、亡き妻に生き写しのおみね(寺島しのぶ)や恐妻家の清兵衛(豊川悦司)に寝技の手ほどきを受けながら、清廉潔白ゆえに困窮する友之介(斎藤工)や甚兵衛夫婦などの江戸庶民の人情に支えられて、時代の荒波を越えていく。

 

■2018年 日本 1時間50分
■原作:小松重男「蚤とり侍」(光文社文庫刊)
■監督・脚本:鶴橋康夫
■出演:阿部寛 寺島しのぶ 豊川悦司 斎藤工 風間杜夫 大竹しのぶ 前田敦子 松重豊 桂文枝
公式サイト⇒ http://nomitori.jp/
■コピーライト: ©2018「のみとり侍」製作委員会

全国東宝系にて絶賛公開中!
 


(河田 真喜子)

4gatuyume-Di-550.jpg『四月の永い夢』中川龍太郎監督インタビュー


~映画と詩と人生と…~



4gatuyume-pos_r1_c1.jpg27歳(映画祭当時)にしてモスクワ国際映画祭で、国際映画批評家連盟賞、ロシア映画批評家連盟特別表彰のダブル受賞という快挙を遂げた中川龍太郎監督。受賞作『四月の永い夢』の公開が5月12日から始まり、公開翌日、全国各地の映画館を駆け回っている監督に、ギャガ(株)西日本配給支社の試写室でお話をうかがうことができました。


3年前に恋人健太郎を亡くした、元音楽教師初海のもとに、健太郎からの一通の手紙が届きます。かつての教え子楓との再会、染色工場で働く手ぬぐい職人の志熊からの告白、健太郎の母が暮らす富山への旅と、止まっていた時がゆっくりと動き始めるさまをゆったりとしたカメラで静かに描いた作品です。


ファンミーティングでも、初海の旅する車窓の風景について質問があったり、かなり細かいところまで丁寧に観てくださり、とてもいい反応でしたと語る監督。映画を中心にいろいろ興味深いお話をうかがえましたので、ご紹介します。


【画面づくりについて】

Q:ワンカットワンカットが絵画のように美しいです。どうやって絵づくりされたのですか?

監督:低予算の映画なので、現場で時間をかけるのは難しく、ロケハンに時間をかけました。僕と同い年で、初めて組んだカメラマンでしたので、現場でもめないよう、ロケハンでさんざん意見を戦わせ、話し合いました。


夏祭りの帰りに初海と志熊が並んで歩いていくシーンのバックにある提灯は映画のために作りこんだものです。色も黄色っぽい光にしたくて、染物工場では薄青い光、その後、初海が一人で歩くところは、その気分をひきずっているので、青っぽい光を基調にしました。


4gatuyume-500-4.jpgQ:染物工場で、色とりどりの手ぬぐいが天井から吊り下げられ、微かに揺れているシーンがとても幻想的でした。影響を受けた映画監督がいらっしゃったら、あわせて教えてください。

監督:このシーンは、小栗康平監督の『埋もれ木』(2005年)をイメージしています。僕達の能力では全然そこまで到達していませんが、現実の世界を描いているのにファンタジーっぽいというコンセプトに挑戦しました。


小さい頃、夜中にケーブルテレビで『埋もれ木』が放映されていて、うとうとしている時の夢うつつの感じと、映画の夢うつつの感じが共鳴して、本当に自分がその映画の中にいるんじゃないかと感じたことがありました。幼かったせいだとは思いますが、そんなふうに、子どもが夜中にこの映画をテレビで観た時、そういう印象に残る画面にしたいと思って、撮りました。

本作のカメラマンには、事前に市川準監督の『BU・SU』(1987年)と『大阪物語』(1999年)も観てもらいました。
 


【昭和を感じさせる生活風景】

Q:初海の部屋は、畳で、テレビがなく、ラジカセやボタン式の扇風機があったり、古い日本を感じさせるレトロな物であふれていますね。

監督:あの部屋の美術は、初海の好みです。美意識が高いと突き詰めれば突き詰めるほど、内向的、自閉的になっていきます。そういう外に一歩出れそうで出れない初海の精神性を表象するために、古い物やおしゃれなレトロな物を全面に出した部屋づくりにしました。こだわりが強くて、外とうまく適応できない人格ですね。こういう古いものを集めること自体、とても大変なことだと思うのですが(笑)。


【死について】

Q:恋人の健太郎の死の理由について、劇中ではほとんど描かれていませんね。そのわけは?

4gatuyume-Di-240-3.jpgもう一つの理由は、生まれる行為はパブリックな行為だと思うんです。人間は一人じゃ生まれません。生まれる時は、少なくとも男女という関係性の中で生まれます。死ぬ時は、たくさんの人に囲まれていても、死ぬのは一人です。だから、死ぬっていうのはプライベートな行為で、理由をつけるということはできないと思います。


北野武監督が、孤独死という言葉はすごく下品な言葉だと言われていて、一人で死んで野ざらしになったとしても、孤独だったかどうかはわかりません。僕もそうだなと思います。自殺した人が悲しいとは限りません。死んだ人間の最もプライベートな“死ぬ”という行為について、他人が、生きている人間が、とやかく言うべきではない、ずっとそう思っていて、僕も実際、親友が自殺した理由についてわかりません。類推はできますが、類推してつくったところで、それを彼に当てはめることは、彼に対して失礼な気がして、本作ではこういう形にしている面もあります。


4gatuyume-500-3.jpg【失うことについて】

Q:健太郎の母親役、高橋恵子さんの「人生って失っていくことなんじゃないかなって思うようになった。失い続ける中で、その度に本当の自分自身を発見していくしかないんじゃないかなって…」というセリフがすごく心に残りました。これは脚本を書いている中で思い浮かんだ言葉ですか?

監督:あのセリフだけは、自分とは離れたリアリティから出てくる台詞にしたくて、二十歳代の人間に先輩が諭す台詞だから、その台詞まで自分でつくってしまうと、自分で自分を説教しているみたいになって嘘くさくなると思ったので、こうなりたいなと思っている人の言葉を引用してつくりました。『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014年)のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督と押井守監督の言葉を合体させてつくりました。この言葉を若い人が受けるという形にしたいなと。どの言葉をどう混ぜたかは、記憶が定かではないですが、アレハンドロ監督は息子さんを亡くされています。

 
実際この言葉は、自分の実体験としてもすごく納得感のある言葉です。学生時代が終わって社会に出る時に、一番親しい友人を亡くしました。彼を超える友情を、これから人生の中で新しく結べるか不安で、そんな時に、前作『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(2015年)を完成する中で、出演してくれた太賀さんや小林竜樹さんと出会い、深い友情を築けました。人生って失うことでしか気付けないこともあるし、自分の心を豊かにする肥料になったり、暗いことでも残された生命にとっては輝きをもたらすこともあります。そういう実感はあったので、このセリフを使わせてもらいました。
 


【映画と詩について】

Q:監督は学生時代から詩人として活躍されていますが、詩と映画という表現手法についてどうお考えですか?

4gatuyume-Di-240-1.jpg監督:小説と映画よりも、詩と映画の方が似ていると思っています。小説は、心情描写であり、長い物語を語ります。映画は、2時間位の長さの中で語るには、結構短いです。


一つの絵、たとえば、本作でいえば、桜と菜の花の中で、喪服を着た女性が立っている映像があります。寂しげな表情でも、すごく生命力のあふれた世界の中に立っていれば、観客は自分で想像を広げるじゃないですか。それをやるには、一枚の絵で十分なんです。詩も同じで、一、二行で、あとは余白です。強いパワーワードと、そこから広がる世界観で、想像力を喚起させるもの。伝えるのではなく、想像力を刺激するのが映画や詩の力だと思います。


【初海の教え子、楓について】

Q:明るくてたくましい楓は、初海が変わっていくのを後押しするような存在ですね。恋人からDVされていたという設定なのでしょうか?

監督:楓というキャラクターは、当初、初海の腹違いの姉妹という設定でした。会ったことのない妹が訪ねてくる設定にしていたのですが、それだと3時間以上になり、短くするために設定を変えました。


初海も楓も、異性とのコミュニケーションということに関して、全く違う意味での不全感を感じています。どうやって男性とコミュニケーションをとるのか、となった時、初海は男性に対して距離が遠過ぎますし、楓は近過ぎます。楓と恋人との関係は、DVというよりも強依存です。DVというにはひ弱な感じの男でしょう(笑)。これは二人にとって共通の父親の不在からくるものとして描こうとしたのですが、その部分は映画をつくる中で削りました。


4gatuyume-500-2.jpgQ:楓は、夏祭りではしゃいだり、バーで歌手として歌ったり、立ち直りが早いですね。

監督:一つのことにとらわれすぎず、どんどん変えながら生きていける楓の生命力が、初海の人生のあの時期には必要なもの、として描きました。


Q:楓と初海の関係のように、前作でも、主人公がまわりの人の影響を受けて少しずつ変わっていきますね。

監督:前作も本作もエッセイみたいな映画にしたいと思っていました。

人間が成長した瞬間、たとえば、受験で合格する話をつくった時、普通は、受験以外のことは描かず、受験にまつわるエピソード、家族や予備校の先生や友人を描きます。でも、そうではなくて、そこに到達するには、実は、物語的には関係のない要素が非常に大きな影響を与えていたという考え方でつくりました。楓の話が恋人の死とどう結びつくのか、物語的には、つながりづらく見えても、僕は関係があると思うし、そのさまを詩のように撮りたいと思ったんです。


ある問題が解決する時って、たまたま天気がよかったからとか、風が気持ちよかったからとか、それまで何年も悩んでいたことが、たまたますれちがった人といいコミュニケーションがとれたとか、何かのきっかけで解決してしまうことがあります。直線的でない要素がいっぱいあって、そうやって人生は変わっていくという気がします。そういういろいろな要素を、物語のために切り落としてつくるのではなく、ゆるく残しながら作品をつくりたいと思いました。


4gatuyume-550.jpg【カメラについて】

Q:桜の花の下に立つ初海をとらえたカメラが静かに後退していく映像がとても美しく、心に残りました。こうしたカメラの動きは、劇中で3回ほど繰り返されますね。

監督:カメラは後退していますが、初海の世界はむしろ広がっていく。すごく狭い視野の中で生きていたけれど、開けていくイメージとして、後ろが広がっていくカットを撮りました。


3回目の山の中のシーンだけは、初海がアップになりながらも背景が遠ざかっていて、カメラを近づけながらズームアウトする“めまいショット”というヒッチコックの手法です。ピントの合っているところの大きさは変わらないけど、後ろだけ引いている。こんな古い手法を今さらドヤ顔してやる監督なんていなくて、ださいとは思ったのですが、やってみようと思いました。彼女の心情と見えている世界が変わったから、最後だけに使いました。


【今後について】

Q:前作、本作と監督自身が脚本も手がけられたオリジナル作品でしたが、今後はどうですか?

4gatuyume-Di-240-4.jpg監督:オリジナルかどうかというより、映画という文脈に置き換えられているかどうかです。『砂の器』も映画の世界になっているからこそ、原作があってもオリジナルと言っていいくらいだと思います。映画とは何か、というのは難しいですが、映画というメディアでやるところまで、置き換えて翻訳できるものであれば、原作があっても少女漫画でもいいと思います。今も原作ものの企画を一つ進めているところです。


自分自身、ネタもかぶってきているので、新しいものに挑戦する必要は感じています。人が死なない映画とか、古びたそば屋が出てこないとか(笑)、自分にルールを課す必要はあるかなと思っています。といいながら、今、進めている企画の一つは銭湯の建て直しなんですが(笑)。


やはりいい脚本じゃないといい映画にならないと思います。脚本を書く力が未熟すぎて足りないので、これから、いろんな脚本家とコラボをやりたくて、他の脚本家に自分が書いたものを直してもらうとか、書いてもらったものを自分が直すとか、書いてもらったのをそのまま撮るか、いろいろな方法を全部試してみたいと思います。それが、自分が脚本家として成長する糧にもなると思うのです。



4gatuyume-Di-240-2.jpg笑いを交えながら、明るく饒舌に語ってくれた中川監督のお話は、生と死、詩と映画まで、広範囲に及び、二十代とは思えないほど味わい深く、とても充実した時間でした。映画館に足を運び、人生の余った時間に観てもらうからには、映画のどこかに希望やあこがれがほしい、あこがれられる世界を描きたいと語る中川監督。今、3つの企画が進んでいるそうで、これからの活躍が楽しみです。


ここで紹介した台詞をはじめ、円熟した俳優さん達の織りなすドラマは、心の底に深くしみこみ、映画を観終わった後も、心の扉を開ければ、この映画の世界が静かに広がっているような、静かで深い余韻が残る作品になっています。初海を演じた朝倉あきさんの清楚なたたずまいも魅力的で、ほっこり微笑んだ顔がすてきです。ぜひ映画館の暗闇の中で出会ってください。


(伊藤 久美子)


『四月の永い夢』

・(2017年 日本 1時間33分)
・監督・脚本:中川龍太郎
・出演:朝倉あき、三浦貴大、川崎ゆり子、高橋由美子、青柳文子、森次晃嗣、志賀廣太郎、高橋惠子
2018年5月12日(土)~シネ・ヌーヴォ、元町映画館、出町座
公式サイト: http://tokyonewcinema.com/works/summer-blooms/
・コピーライト:(C)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema

 

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津波が繋いだ縁。全編インドネシアロケの合作映画で描きたかったことは?
『海を駆ける』深田晃司監督インタビュー
 
インドネシア、スマトラ島北端のバンダ・アチェを舞台に、日本・インドネシアのキャストが集結した深田晃司監督最新作『海を駆ける』が、5月26日(土)からテアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、MOVIX京都他で全国ロードショーされる。
海辺に突然現れた意識不明の男、ラウ(ディーン・フジオカ)の正体を探る一方、アチェに移住した貴子(鶴田真由)の息子タカシ(太賀)、日本から訪れた親戚のサチコ(阿部純子)、タカシの同級生クリス(アディパティ・ドルケン)、クリスの幼馴染でジャーナリスト志望のイルマ(セカール・サリ)の4人の群像劇が重なる。ラウの周りで起きる不思議な出来事、そして驚愕のラストと、深田流ファンタジーは最後まで目が離せない。
本作の深田晃司監督に着想のきっかけや、インドネシアキャストとの撮影、日本=インドネシア合作映画で描きたかったことについてお話を伺った。
 

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■津波の被害は日本だけではない。受け止め方も違うと気づいたバンダ・アチェのシンポジウム。

――――今回は日本とインドネシアの合作映画ですが、どのようなきっかけで実現したのですか?
深田監督:2011年12月に京都大学とインドネシア バンダ・アチェのシアクアラ大学が共同で、津波と防災に関するシンポジウムを開催しました。バンダ・アチェは2004年に起きたスマトラ沖地震による津波の被害を被った場所で、東日本大震災による津波の知見を共有する目的で行われたのです。京都大学で混成アジア映画研究会を主催されている山本博之先生が、私の作品『歓待』(10)を気に入って下さったことから、声をかけていただき、記録係としてバンダ・アチェに同行しました。
 
2011年に東日本大震災で津波が起こったとき、津波が全てを飲み込むような映像は信じられませんでしたし、多くの日本人が何か足元から覆されるような衝撃を受けたと思います。一方、バンダ・アチェで2004年に地震や津波が起き、その映像をニュースで見た時、きっと自分は驚いてはいたと思うのだけど、外国のたくさんあるニュースの一つとして消費したに過ぎず、日本で起きた津波のようには実感してはいなかったのです。でも、津波の被害は日本だけのものではないし、日本人だけが被害に遭った訳ではない。バンダ・アチェで、そのことに気付かされた経験が、非常に強く心に残りました。もう一つは、津波に対する受け止め方です。津波の被害に遭った日本人とインドネシア人とでは大きな違いがあるように思えた。そのことも、印象に残りました。
 
 

■『ほとりの朔子』の発展形をイメージ。朔子はインドネシアを遠くの地と感じていたが、今度はサチコがインドネシアに行く話にしようと考えた。

――――『ほとりの朔子』(13)で共演した鶴田さんと太賀さんが、本作で再共演しています。特に鶴田さんはインドネシア地域研究家という役柄だったので、本作との繋がりを感じますが、『ほとりの朔子』を作った頃から、いつかはインドネシアで映画を撮りたいという気持ちがあったのですか?
深田監督:(気持ちは)ありましたね。最初は、東日本大震災の経験をした日本人がバンダ・アチェに行くと、どんな景色が見えるのかと空想しました。どちらかといえば『ヒロシマ・モナムール』のような、いわば原爆という歴史的な大惨事が起きた場所にフランス人の女性が訪れ、現地の人と恋に落ちるという物語のインドネシア版ができればと思っていました。そんな妄想を重ねながら、一方で『ほとりの朔子』を制作、公開し、2014年1月に日活のプロデューサーとのミーティングで日本人が外国に行く映画を作りたいという話が持ち上がったので、すかさずインドネシアのバンダ・アチェを候補に挙げ、GOサインが出たのです。既に『ほとりの朔子』を作った後ですから、どこかでその発展形をイメージしはじめていました。朔子にとって、叔母の海希江が訪れていたインドネシアはどこか遠くの地というぼんやりしたイメージでした。今度は阿部純子さん演じる女子大生のサチコがインドネシアに行く話にしようと考えていきました。
 
 
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■ラウのイメージは、マーク・トゥエイン「不思議な少年」の美しい少年44号。

――――本作の鍵となるラウという存在は、自然に宿る神のようにも映りました。最初からファーストシーンが浮かんでいたそうですが、どのようにラウのイメージを膨らませていったのですか?
深田監督:インドネシアの話を書こうと思った時、「海から出てきてバタッと倒れる記憶喪失の男」というシーンからスタートしました。そこに日本からインドネシアに来る若者や、現地の若者が登場し、彼らの恋愛模様と同時並行して描くプランになりました。実はイメージとして、「トム・ソーヤの冒険」などアメリカ的楽天主義の小説で有名なマーク・トゥエインが、人間の存在に対してペシミスト(悲観主義)になる晩年に書いた「不思議な少年」がありました。人間社会に44号と名乗る美しい少年が現れて働き始めるが、最終的には人間の価値観を相対化し、疑念を投げかけて去っていく。ラウも、人間の価値観を相対化する存在と捉えられますし、むしろ自然そのもので、植物のようにニコニコとそこに立っていたり、意図も目的もなく人を助けることもあれば、でたらめに人を殺すこともあるという存在にしようと思いました。
 
 

■世俗離れした美しさと多国籍なプロフィールのディーン・フジオカなら、ラウのミステリアスさを演じられると確信。

――――ラウ役にディーン・フジオカさんのオファーを考えたのは、どの段階ですか?
深田監督:最初は「不思議な少年」のイメージがあったので、20代前後をイメージしていたのですが、なかなかピタリとくる人が見つかりませんでした。少し浮世離れしたような感じが出せる人を探していると、日活のプロデューサーをはじめ、周りの複数の方からディーン・フジオカさんの名前が挙がったのです。ちょうど朝ドラの「あさが来た」でディーンさんがブレイクされていた頃でした。経歴を拝見すると、生まれは日本ですが、香港や台湾でキャリアを重ね、ジャカルタをベースにしながら今は日本で活躍されているという多国籍のプロフィールがラウのミステリアスさを後押ししてくれると思いました。あとは世俗離れした美しさ。この人にお願いしようという気持ちに迷いはありませんでした。
 
――――ディーンさんは日本人キャストの中で、誰よりもインドネシア語が堪能だと思うのですが、そんなディーンさんにインドネシア語をほとんどしゃべらせない脚本にしたのは、ある意味勇気がありますね。
深田監督:ディーンさんはインドネシア語、日本語、中国語、英語がしゃべれますから、とにかくしゃべるシーンを作ろうという誘惑は、すごくありました(笑)でもラウをしゃべらせすぎると、どんどん人間臭くなってしまうので、ぐっとこらえて減らしました。記者会見で、中国語の記者に、中国語でラウが答えるというシーンも考えたのですが、いかにもディーンさんが語学堪能だから入れたシーンに見えそうだったのでボツにしました。
 
――――台詞が少ないことで、ディーンさんが持つ雰囲気と相まって、ラウ独特の存在感が浮かび上がっていますね。
深田監督:若者たちの人間ドラマの中で、だんだんラウという存在が大きくなり、最後一気に別の存在として立ち上がるイメージになればと考えて書きました。最初は全員が主人公のつもりで書いていましたが、やはりディーンさんの存在感は大きいですからね。
 
――――ラウは何者なのかという問題提起の一方で、人種を越えた青春群像劇も見ごたえがありました。インドネシア人キャスト、セカール・サリさん、アディパティ・ドルケンさん(大阪アジアン映画祭2018上映作、『ひとりじめ』主演俳優)について、教えてください。
深田監督:インドネシアのエドウィン監督作品をずっとプロデュースされているメイスケ・タウリシアさんに、現地プロデュースをお願いし、何人か候補を挙げていただいた中セカール・サリさんとアディパディ・ドルケンさんに、シナハンでジャカルタに行くタイミングでお会いし、決めました。それにしても、アディパティ君があんなに人気者とは、撮影を始めるまで知りませんでした。Twitterでもフォロワーが50万人程いますし、Youtubeにアップされている予告編(日本語)のコメント欄も、アディパティ君ファンのインドネシア語コメントで埋まっていますから(笑)。
 
 
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■インドネシアの菅田将暉こと、アディパティ・ドルケンは人気者だがとても気さく。撮影中もスタッフと俳優の距離が近く、気持ち良かった。

――――インドネシアでもアディパティさんの出演映画最新作として注目されているようですね。
深田監督:そうですね。帰りのタクシーでも若いインドネシア人男子の看板を見て「全部アディパティ君に見えるね~」なんて冗談半分で言うと、実は本当にアディパティ君がイメージキャラクターの携帯電話の広告だったとか。日本で言えば、菅田将暉さん並の人気者です。しかも本当に気さくなんです。日本が見習いたいと思う部分で、今回気持ちよく撮影できた理由の一つが、スタッフと俳優の距離が近いこと。我々スタッフが打合せをしている部屋の隅で、俳優たちが集まって同じ空間にいるんです。インドネシア人の俳優も日本人の俳優もスタッフと一緒にご飯を食べたり、リハーサルをしたりするので、スタッフも俳優たちを芸能人扱いしない。両者の垣根が低くて気持ちよかったです。セカール・サリさんも既に国際的な場で活躍されているので、本当にいいキャストに出演してもらえたと思っています。
 
 

■順応性が高い太賀の演技に、現地の人も「インドネシア人に見える」とお墨付き。

――――タカシ役の太賀さんも、インドネシア語を本当に自然に話し、いつもの飄々とした雰囲気で、アディパティさんともいいコンビぶりでした。
深田監督:太賀君は現地の人が見ても、インドネシア人に見えるとお墨付きをもらいました。現地の方が見て驚くのは、言葉やちょっとした仕草がインドネシアの若者そのものだそうです。一番良かったのは、太賀君と阿部純子さん、セカール・サリさん、アディパティ君が、出会ったその日からすごく仲良くなったことですね。太賀君と阿部さんはリハーサルのために、クランクインの1週間前に現地入りしたのですが、リハーサルの時はもちろん、撮影後もご飯を食べに行ったり、買い物に行ったり、本当にいい雰囲気でした。太賀君は順応性が高いので、こう演じようと凝り固まるのではなく、共演者の演技を受けて、それに反応するのがとても上手い俳優です。今回アディパディ君とは大学のクラスメイトで仲の良い二人という設定でしたが、自然に表現できていたと思います。
 
 
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■日本人として生まれ育ち、インドネシアに向き合う視点で、両国の関わりを提示する。

――――ドキュメンタリー的要素として、占領時に日本兵から教わった歌を歌ったり、津波の傷跡を映し出すなど、インドネシアの歴史と日本の繋がりに気付きを与えるシーンが挿入されているのも印象的です。
深田監督:日本人としてインドネシアに向き合うことになるので、普遍的な映画を作ろうとしてはいても難しい。かといって、普遍的になることが、あたかも自分がインドネシア人のように振る舞うことだとすれば、それは少し違うと思うのです。大事なのは作り手の視点なので、日本人として生まれ育ち、そしてインドネシアに向き合うという視点を絶対踏み外してはいけない。その視点でみると、日本とインドネシアの関わり方には色々な発見がある訳です。戦争中、日本が占領下に置いていた時代があり、ODA(政府開発援助)として支援をしていた一方で、その支援の歪みもある。今は津波で両方が繋がっている。インドネシアは親日国というイメージが強く、実際、現地では日本に親しみを感じてくれています。でも、日本は加害国なので、加害国と被害国という関係は消えません。占領されていた時代に日本軍に強制労働させられ、いまだに日本に対して恐怖感を抱いている人もいるのです。政治的メッセージを発している訳ではないので、親しみを込めて日本の軍歌を歌うおじいさんや、強制労働をさせられたことを歌うおじいさんを並べて描くことで、あとは観客に受け取り方を委ねるようにしています。
 
 

■大きな自然の営み(ラウ)と、たわいもない若者たちの人間らしい営みを対比して描く。

――――深田監督の一貫したテーマと思える不条理を、今回はファンタジーで表現したように見えますが、映画全体を通して描こうとしたことは?
深田監督:全体を通した一番大きなモチーフは自然であり、世界の不条理だと思います。ラウという存在が一番の鍵です。彼はたまたま、人間の恰好をして現れ、気まぐれに散歩をして去っていく存在です。大きな災害があると、人間はそれに意味やメッセージを汲み取ってしまいます。「なぜ自分だけ生き残ってしまったのだろう」とか、「これは天罰だ」等、良し悪しは別として、そのように考えてしまうのはある意味人間らしいことです。でも自然は、それこそ残酷かもしれませんが、何の意図も、目的も、意味もなく、ちょっとした偶然によって人間に恵みをもたらしもすれば、一方で災害を引き起こし、人間を死なせてしまう。ラウもそういう自然と同じ存在にしたかった。大きな自然の営み(ラウ)と、たわいもない若者たちの人間らしい営みを対比して描く。それが『海を駆ける』でやりたかったことです。
 
――――日本=インドネシア合作で、スタッフもキャストもインドネシアの方と混合での映画作りでしたが、今後この経験をどのように活かしていきたいですか?
深田監督:異文化の人と映画を作るのは面白いです。自分の狭い世界観を打ち崩してくれます。単に資金的に合作にするのではなく、多くの異文化の人と映画を作ることを今後もやっていきたいですし、またインドネシアで映画を撮りたいですね。一番良かったのはスタッフです。本当に優秀だし、怒鳴り声の全くない現場というのはとても気持ちよく、日本も見習うべきだと思いました。
(江口由美)
 

<作品情報>
『海を駆ける』(2018年 日本・フランス・インドネシア 1時間47分) 
監督・脚本・編集:深田晃司
出演:ディーン・フジオカ、太賀、阿部純子、アディパティ・ドルケン、セカール・サリ、鶴田真由 他
2018年5月26日(土)~テアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、MOVIX京都他全国ロードショー
公式サイト⇒http://umikake.jp/ 
©︎2018 "The Man from the Sea" FILM PARTNERS
 
 

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「友達」という言葉が背負わされている純粋性、優しさを大切にできる映画にしたかった。
『友罪』瀬々敬久監督インタビュー
 
17年前に許されない罪を犯した鈴木(瑛太)と、癒えることのない傷を抱えた元ジャーナリストの男益田(生田斗真)。二人の男の出会いから、止まっていた時計が動き出す…。瀬々敬久監督(『64−ロクヨン−』、『ヘヴンズ ストーリー』)の最新作『友罪』が5月25日(金)から全国ロードショーされる。ミステリー界の旗手、薬丸岳のベストセラー小説を映画化した本作では、生田斗真と瑛太のW主演に加え、佐藤浩市が息子が起した罪によって家族を’’解散’’したタクシー運転手を、富田靖子が過去に少年院に勤め、唯一鈴木の過去を知る女性、を演じる他、夏帆が元AV女優役で瀬々監督作品に初参加している。様々な過去を抱えた登場人物が、過去とどう折り合いをつけ、未来を描いていくのか。元犯罪者と真の「友達」になれるのか。様々な問いとその答えを映画の中で見つけていく。そんな醍醐味が感じられる作品だ。
 
脚本も手がけた瀬々敬久監督に、原作で感銘を受けた点や、本作に反映させた日ごろの問題意識について、お話を伺った。
 

 
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■原作者薬丸岳さんに感じた、こだわりの強さと優しさ。

――――犯罪者に復讐する物語はよくありますが、社会復帰した元犯罪者と、かつては追う立場だった元ジャーナリストとの友情がテーマとなる物語は珍しくもあり、とても奥深かったです。薬丸岳さんの原作を読まれた時、どの部分に特に魅力を感じたのですか? 
瀬々監督:薬丸さんが、ずっと少年犯罪をテーマに書き続けてきたという部分で、作家としてのこだわりの強さを感じました。また、ジャンルは違えど、同じ作り手として尊敬の念を抱きました。犯罪を基にした作品は興味がありますが、原作者の態度に大きく触れたのは初めてに近い体験で、とても印象的でした。実際、薬丸さんにお会いすると、とても優しい方ですし、「友罪」というタイトルもすごく優しい。シビアな内容の物語ですが、友情という純粋さが出てくる映画になればという気持ちで、作りはじめました。
 
 
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■未来へ向かうベクトルと、過去に向かうベクトルが、それぞれ映画の中で進んでいく。

――――モチーフになった事件をあまり想起させず、元犯罪者のその後の人生を描く未来志向の映画になっていますが、脚本を書くにあたって重視したことは?
瀬々監督:事件そのものは取り返しがつきません。事件を起こした本人でさえ、どうしたらいいか分からないのです。そのようなことが起こった時、その後を描いていく上で、事件そのものがどうだったかも大切ですが、それから未来に向かっての比重が大きくなるのだと思います。一方で、過去もこの映画の中でとても重要な物語です。鈴木は自分の起こした事件がどうだったのか。死んだ少年への思いをどう償いとすればいいのかを、益田と出会って発見していきます。益田自身も、事件に対する気持ちを整理していく訳です。また、益田と鈴木以外に、心に傷を持っている人たちが登場します。彼らにもそれぞれ過去に事件があり、それに対して今贖罪的なことをしています。例えば佐藤浩市さんが演じる山内は、息子が交通事故で何人もの児童を死傷させてしまった。その謝罪を実行するために、自らも家族を解散してしまいます。でも本当に謝罪ができているのか。そして息子たちと本心で付き合うことができているのか。山内は、この映画の時間を通す中で、最後に息子との会話や本当の謝罪がどういうことかを発見していくのだと思います。そういう意味では未来へ向かうベクトルと、過去に向かうベクトルが、それぞれ映画の中で進んでいく話ですね。
 
 
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■現実は一つの出来事に対してあまり深く考えない不思議な情報社会。そこから一つ一つの事件に関わり、重く感じなければならない立場の人を作り出す。

――――山内は、事故を起こした息子に「犯罪者が幸せになってはいけない。子供も産んではいけない」と言い放ちます。犯罪者に関わる人たちにも様々な影を落とす様子が印象的でした。
瀬々監督:ここで描かれているのは、どれも極端な例です。僕達は、毎日様々な殺人事件や天災にニュースとして接しています。しかもそれは次から次へと新しい情報に更新されていくので、一つの出来事に対してあまり深く考えないのが、普通の生活でしょう。それが幸せなのかもしれませんが、実際に僕達と関係がないように見えるところで、事件は起こっています。僕たちはそういう希薄で不安定な情報社会で生きているなと思う訳です。だったら、もし一つ一つの事件に深く関わり、重く感じなければならない登場人物たちだったらどうなるだろう。そのような考えから作っている部分はありますね。
 
――――鈴木は早い段階から「友達」という言葉を口にしていましたが、瀬々監督は鈴木をどのようなキャラクターと捉えていますか?
瀬々監督:瑛太さんは、皆が理解不能な芝居を敢えてしています。普通の人では理解できないような人間像を目指されていました。一方で映画の中で表立って現れてはいませんが、脚本を作るうえでは、鈴木は生や死を子どもの頃から人一倍考えてしまう人間という設定にしています。どうして人は死ぬのかという不思議さを抱え、命はどういうことなのかと深く考え込み、逆にその謎を解くために人を殺してしまうような少年像を考えていました。
 
――――ファーストシーンはその鈴木と益田の背中が映りますが、それぞれの背中から人物像がふわりと浮かび上がってきました。ハッとさせられるオープニングでしたが、演出の意図は?
瀬々監督:かなり早くからファーストシーンは背中から始めようと決めていました。観客が二人を追いかけるように見せる方がいいと思ったのです。タイトルバックも二人が背中を向けて立っています。それは二人が、観客に面と向かって顔を見せるという存在ではないということでもあります。鈴木は社会の中でひっそりと生きている訳ですし、益田もどこか逃れて生きている訳で、二人の背中から入るというのは、そういう二人の社会の中での立場を象徴しています。
 
 
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■かけがえのない一瞬を生きている時に誰もが感じる愛情、友情が、罪深い世界を救うことができる。

――――生田斗真さんが演じる益田も、最初は鈴木から友達呼ばわりされることに抵抗感を覚えながら、最後には「友達だから死なせたくない」と気持ちが変化していきます。鈴木と呼応しながら、自身のトラウマを乗り越える難しい役でしたが、どのような演出をしたのですか?
瀬々監督:生田さんには、観客と同じ立場に立ってくれとお願いしました。この事件を全て受け止める訳で、鈴木といる時も受け身です。観客と同じ目線の「普通の人」としてこの映画で生きてほしいと言いました。友達という概念で言えば、私のような年になると「彼は友達だ」とはなかなか言えません。中学生や高校生の頃のもので、そういう意味では「友達」というのはとても純粋なものだと思います。原作者、薬丸さんの世界観は少年犯罪があったとしても、その中で彼らの未来に関して優しい目線で見ています。友達だったら救えるのではないかと。情報化社会となり人間同士の関係性が薄れてきた中で、友情や愛情、情けというものが、悲惨な出来事に対して救いを投げかけることができるのではないか。後半、益田と鈴木が公園へ飲みに行くシーンがありますが、本音を語り、とても大切なシーンになっています。そういうかけがえのない一瞬を生きている時に誰もが感じる愛情、友情が、罪深い世界を救うことができる。そういう意味では、友達という言葉が背負わされている純粋性、優しさを大切にできる映画にしたいと思って作っています。
 

■元犯罪者から問いかけられる逆転構造。そこから起こる本心と本心のぶつかり合いは、普通の生活ではなかなか起こりえない。

――――公園のシーンでは、鈴木が「死んで罪を償おうと思うけど、心の底から生きたいと思っている」と告白します。本作のキーワードのようにも見えました。
瀬々監督:台詞もさることながら、瑛太さんの表情と独特の言い方が心に響きますね。原作では居酒屋という設定になってるんですが、元犯罪者である鈴木側から、普通の人である益田側に問いかけがある訳です。「君もどこかで傷ついているんじゃないか」と聞きますよね。元犯罪者から問いかけられる逆転の構造です。必然的に本心と本心のぶつかり合いになっていく。その会話劇が素晴らしいと、原作を読んだ時から思っていました。元犯罪者と、それに関わろうとしている人との間に本音のぶつかり合いが起こる。そういうことはなかなか普通の生活では起こりえないことです。だから、その流れの中で鈴木が言った「心の底から生きたい」という台詞が、胸に響くのだと思います。
 
 
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■『友罪』は、事件のその後を描いていることが興味深い。

――――瀬々監督は、今まで様々な犯罪をテーマに作品を作ってこられましたが、平成を締めくくるタイミングで『友罪』が公開されることに、どのような意義を感じますか?
瀬々監督:神戸連続児童殺傷事件が起きた1990年代(平成初期)は、暗い時代でした。阪神大震災もありましたし、オウム真理教関連の事件が象徴していたと思います。景気も低迷し、皆が精神性のものを追求していく時代でした。2000年代になると、金融的自由主義が発展し、ネットも流行り出し、仮想通貨もそうですが、価値が目に見えなくなる時代、ふわっとした時代になっていきました。ほんの10年前に起きた事件のことも忘れ去ってしまい、奇妙な明るさすら感じます。東日本大震災で絆を再認識することもありましたが、それもまた忘れつつあります。そういう意味で、この映画は事件のその後を描いていることが、興味深い。色々な事件や出来事があり、その後の先には次の未来がある。それが、『友罪』の中から見えてくるはずです。
(江口由美)
 

 
<作品情報>
『友罪』(2018年 日本 2時間9分)
監督・脚本:瀬々敬久
原作:薬丸岳『友罪』集英社文庫刊
出演:生田斗真、瑛太、夏帆、山本美月、富田靖子、佐藤浩市他
2018年5月25日(金)~全国ロードショー
公式サイト⇒http://gaga.ne.jp/yuzai/
(C) 薬丸 岳/集英社 (C) 2018映画「友罪」製作委員会
 

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父と息子の間にある“距離”を日常生活の中から描く
『泳ぎすぎた夜』五十嵐耕平監督、ダミアン・マニヴェル監督インタビュー
 
『息を殺して』の五十嵐耕平監督と『若き詩人』のダミアン・マニヴェル監督が、共同監督作品として企画し、青森に住む6歳の子どもを主演に据えた小さな冒険の物語『泳ぎすぎた魚』。雪深い冬の青森・弘前を舞台に、仕事に出かけた父を探す息子の姿を追った物語は、台詞がほとんどなく、サイレント映画のような趣きと、光を取り入れた雪国の美しい景色に心がほぐれる。子どもの日常を丁寧に綴った詩集のような作品だ。
4月21日からシネ・リーブル梅田他で公開される本作の五十嵐耕平監督、ダミアン・マニヴェル監督に、お話を伺った。
 

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■比較的フレキシブルに映画を撮る者同士。リスクは全く感じなかった。(五十嵐)

五十嵐さんの映画はもちろん好きだが、まず友達としてとても好きだった。(マニヴェル)

―――『若き詩人』取材時にマニヴェル監督は、五十嵐監督に映画人として多くの共通点があると語っていました。今回共同監督として映画作りをした五十嵐監督がダミアン監督に共感できた点は?また、一緒に映画を撮ろうと思った理由は?
五十嵐:一緒に映画を撮る企画があったり、映画を撮るということが先行していた訳ではなく、最初、ロカルノ映画祭で出会った時に友達になり、ダミアンが来日するたびに飲みに行ったり、話をするうちに、どういう風に映画を撮るかを話するようになりました。僕もダミアンも、比較的フレキシブルに映画を撮るので、一般的にはあまりいないタイプの監督です。だから、一緒に映画を撮ることになっても、リスクは全く感じませんでした。何か決断をした訳ではなく、本当に自然な形で一緒にやることになったのです。
マニヴェル:映画を撮ることは、僕にとってはリスクを冒すことです。二人でリスクを取ろうじゃないかということが大きかったです。二人でやったとしても何が起きるか分かりませんが、とにかく投げ出してみようと思いました。五十嵐さんの映画はもちろん好きですが、五十嵐さんのことをまず友達としてとても好きだったですね。
 
 
―――どういうプロセスで映画作りを進めていったのですか?
五十嵐:まずは、お互いにアイデアを出し合いました。僕が最初に出したアイデアが、「子どもが撮りたい」。そしてダミアンは「雪が撮りたい」。東京やパリではなく、郊外で雪の降る場所ということで、以前僕が仕事で訪れたことのある青森の弘前に行くことにしました。一番重要な要素である子どもと雪は最初に決まっていましたね。
マニヴェル:二人の間で、あまりルールや分担を明確には決めませんでした。毎日違う場所での撮影で、毎日違う冒険が待っていた感じです。僕は時々カメラのこともしましたし、五十嵐さんが鳳羅(たから)君の演出を行う。毎回色々なことが変化していく現場でした。
 
 
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―――前作の『若き詩人』は夏の南仏が舞台でしたが、今回日本の雪を撮りたいと思った理由は?
マニヴェル:『若き詩人』は夏の話でしたから、今回は冬に撮りたいと思いました。日本の田舎を知りたいと思いました。私にとって映画を撮ることは、その見知らぬ土地を発見することでもあります。
 
 
―――子どもを撮ることも、撮る方からすればかなりリスクがあったのではないですか?
マニヴェル:子どもを撮ることも、雪深い場所で撮ることも、二人の監督で撮ることも、どれもリスキーですから、気にしても仕方がありません。もうやるしかなかったのです。もし、たくさんのリスクがあれば、何かが起こります。もしリスクがなければ、何も起こらないのではないかと怖くなります。
 
 
―――リスクがある方が、映画を作っているという実感が湧くということでしょうか?
マニヴェル:正確に言えば、快適ではない状況が映画作りにおいて大事だと思います。
五十嵐:安心・安全な場所に立っていると、何でもできるけれど、選択肢があまりありません。色々なことが起きてしまう状況にいると、出来ないことが起こり、今まで想定していなかった別のアイデアが沸き上がります。しかも、それはより良い方向のもので、それはリスクがある状況でないと起こりません。成功するかどうかは分かりませんが、やらないと、自分が目指しているもののさらに上を獲得できないという感覚はありますね。
 
 
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■子どもと青森・弘前のポートレイトにするために、青森の子どもの起用を最初から決めていた(五十嵐)

鳳羅君を見た時の第一印象は「彼をそのまま、映画の中に落とし込みたい」(マニヴェル)

―――青森では、まず主演の子どもをキャスティングされたそうですが、最初から役者ではなく、現地の子どもをキャスティングしようと決めていたのですか?

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五十嵐:最初はダミアンと、子どもと青森・弘前のポートレイトにしようと話していました。子どものポートレイトを撮る時は、当然、風景との関係性もある訳です。実際、青森の子どもに特有の動きがあるのです。寒くて服をたくさん着ているので、動きが独特ですし、滑りやすいので、歩き方も小刻みです。そういうカラダでないと、その土地のポートレイトは撮れませんから、他の土地で育った子どもに演じてもらおうとは思いませんでした。
 
 
―――鳳羅君とはライブで出会ったそうですが、最初からお二人とも「この子で撮ろう!」と思ったのですか?
マニヴェル:この子とすぐに分かりました。
五十嵐:鳳羅君が走り回っているとき、ダミアンの方を振り返ると、ダミアンも僕の方を見ていて、「この子だ」と。もう少し年上の子どもを探していたのですが、出会ったのが鳳羅(たから)君で、彼が6歳だった。最初はわんぱくすぎて大丈夫かなと思いましたが。
 
 
―――鳳羅君を撮りたいと思った一番の魅力は?
マニヴェル:その動きと、エネルギーに惹かれました。恋に落ちたときと似ています。何も計算できないし、少し奇妙で、とても深い何かを持っている気がしたのです。二人が鳳羅君を見た時の第一印象は「彼をそのまま、映画の中に落とし込みたい」ということでした。
 
 
―――これで、この映画が撮れると確信されたのですね。
マニヴェル:でも最初は、鳳羅君がちゃんと演じられるか不安がありました。最初、カメラテストをした時は、何もできなかったです。
五十嵐:鳳羅君の中には恥ずかしいという気持ちがあるけれど、表には出ていなかったです。カメラテストで初めて大勢のスタッフに会った時は、テンションが上がりきって、ずっと走り回り、会話もできない状況でした。でも2回目に会った時には、すっかり落ち着いていて面白いなと思いました。
マニヴェル:最初のカメラテストで、鳳羅君はまだ自分をコントロールできなかったけれど、とても優しかったです。僕の背中に抱きついたり、登ってきたりして、すぐに友達になれました。人懐っこさがある子なので、もう断れないですよね(笑)
 
 
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■撮影合間に鳳羅君が遊ぶ様子を観察し、発見したものを脚本に組み込んだ(五十嵐)

話す必要がないシーンを連続させる構成で、関係性を見せた(マニヴェル)

―――「母をたずねて三千里」が頭をよぎるような、鳳羅君の冒険ぶりが凄かったです。次は何をするだろうと観ていて飽きなかったです。一見、ドキュメンタリーのようにも見えますが、鳳羅君の自由な動きも取り入れているのでしょうか?
五十嵐:鳳羅君の自由なアイデアもたくさん入っています。片方手袋を落としてしまうとか、靴を脱いで中に入った雪を落としたり、カーブミラーに雪をぶつけたり。撮影中偶然起こることもありますし、撮影の合間や生活の様子を観察して、「こんなことをやるんだ」と発見したものを脚本に組み込んだりもしました。撮影中は、僕達が準備をしている間、鳳羅君は色々な場所でずっと遊んでいましたから。すぐ寝るので、映画の中でもたくさん寝るシーンがあります。
 
 
―――台詞がなく、サイレント映画のようですが、鳳羅君のような6歳の子どもに、何も言わずに動いてもらうのは難しかったですか?
マニヴェル:夜眠れないとか、昼間道に迷うなど、一人のアクションなので、台詞が元々必要なかった。あえて、話す必要がないシーンを連続させる構成にし、関係性をみせられるようにしました。
五十嵐:最初撮り始めて、すぐに台詞は必要ないと判断しました。一番最初に、演技の基本になる歩き方や、カメラを見ないということ、そしてしゃべらないという最初の約束を決めていたので、自分から喋り出すことはなかったですね。
 
 
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■小さい頃、こんな風に聴いていたなという音がこの映画に込められている(五十嵐)

鳳羅君が普段着ている服と、雪との色の対比で、色彩豊かな映画になると確信(マニヴェル)

―――台詞がない分、鳳羅君の息遣いや、雪を踏みしめる音などがとても印象的でしたが、本作の音に関するこだわりは?
マニヴェル:台詞がないので、必然的にシーンと音を作り込む必要があり、映画が音楽的になっています。
五十嵐:この映画の音の印象は、普段僕達がイメージしている音というより、子どもが聴いている音です。小さい頃、こんな風に聴いていたなという音がこの映画に込められています。雪を踏む音が楽しくて踏んでみたり、音のイメージというのは、小さい頃は今よりずっと強かったと思うのです。色々な音が気になっていたのではないでしょうか。
 
 
―――雪国の映像ですが、とても明るい色合いなのが、この作品の特徴です。前作の『若き詩人』に共通する、光が降り注ぐような“マニヴェルトーン”になっていますね。
マニヴェル:色については、簡単な作業ではありませんでした。まずは鳳羅君が普段着ている服と、雪との色の対比を考えました。そして、この映画は色彩豊かな映画になるなと確信したのです。映画で着ている服だけでなく、実際の生活で鳳羅君が使っているものも、たくさん登場します。カメラもクリスマスのプレゼントに彼がもらったものですし、写真も彼が撮ったものです。
五十嵐:父親の職場までの道にあるものを撮った写真も、この撮影の前に鳳羅君が撮っていたものですし、眠れない夜に撮った写真も、後半のポートレートに使っています。
 
 
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■直接触れられないけれど、何かしらお互いに思っている父と息子の関係性を描く(五十嵐)

お父さんが息子に「愛してるよ」と言うような人だったら、この映画はできなかった(マニヴェル)

―――冒頭の夜、台所で父と子が同じ構図で時間を過ごしたり、ラスト息子の洗濯物を父が干すという2つのシーンで、父子の絆が静かに伝わってきました。鳳羅君の冒険とこのテーマに結び付けた狙いは?

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マニヴェル:本作は子どもの冒険の話ですが、それだけではなく、息子と父親の関係が一番大事です。この映画は、父と息子の間にある距離を主題としています。ただ、映画ではそれをドラマチックに描かず、いかに日常生活の中から描けるかに重きを置いています。日常の中の悲劇、つまり父と息子の間に距離があるという事実は悲しいですが、生活というのはそういうものですね。
五十嵐:父と息子の関係性はダイレクトではありません。常にコンプレックスがあり、大人になって人前では言えないけれど憧れている部分もあります。この映画で描いていることもその要素に近くて、直接触れられないけれど、何かしらお互いに思っていることがある。そういう関係性だからこそ、将来自分に子どもができた時、父にこのように思われていたのだなと気付くのでしょう。そのようなジェネレーションの話題に関心がありました。
 
 
―――共同監督としての映画作りでしたが、お互いに学ぶ点はありましたか?
五十嵐:ダミアンは、「もっといいやり方があるかもしれない」と、いつでもどこでも新しい可能性を探しています。そういう態度は尊敬しますね。困るときもありますが、一丸となって新しい方向に向かっていける。スタッフも優秀だと思います。
マニヴェル:五十嵐さんからはたくさんのことを学びました。僕はできるだけシンプルな方法を探す映画作りをしていますが、五十嵐さんはいつも感情の鍵を探しており、その感情は僕にとってはとても複雑で、深いものを探しています。五十嵐さんの映画は一度観ただけでは分からないけれど、2回、3回観ることで、色々なものが開いていく。自分があまりできないことなので、憧れますね。
 
 
―――最後に、撮影を通じて鳳羅君の成長や本音を感じましたか?
マニヴェル:毎日本当に様々な体験をしました。魚市場でたくさんの雪が降っている昼のシーンを撮影する時、(本作にも父親役で登場する)鳳羅君の父親は魚市場で働いているため、ちょうど仕事上がりで帰宅するのを、鳳羅君が見てしまい大泣きしたことがありました。その日の撮影ができなくて大変でしたが、本当にこの映画と全く同じだなと思いました。お父さんは大好きだけど、勤務時間の都合でいつもすれ違って、なかなか会えないのです。
五十嵐:鳳羅君もお父さんが好きだと口では言いません。魚の絵を書いていますが、元々はお父さんの絵を書いてとお願いしたものの、イヤだと言われて。
マニヴェル:鳳羅君のお父さんも同じで、好きなのに好きだと言いません。逆に、もしお父さんが息子に「愛してるよ」と言うような人だったら、この映画はできなかったと思います。
(江口由美)
 

 

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<作品情報>
『泳ぎすぎた夜』
(2017年 フランス=日本 1時間19分)
<監督>五十嵐耕平、ダミアン・マニヴェル
<出演>古川鳳羅、古川蛍姫、古川知里、古川孝、工藤雄志
公式サイト⇒http://oyogisugitayoru.com/
4月21日(土)~シネ・リーブル梅田、5月19日(土)~出町座、6月9日(土)~神戸アートビレッジセンター他全国順次公開
(C) 2017 MLD Films / NOBO LLC / SHELLAC SUD
 
※第74回ヴェネチア国際映画祭オリゾンディ部門正式出品
 第18回東京フィルメックス 学生審査員賞・Filmarks賞受賞

①ばあちゃんロード-s-550.jpg『ばぁちゃんロード』主演の文音&篠原哲雄監督インタビュー

(2018年3月28(水)大阪にて)
ゲスト:文音(30)、篠原哲雄監督(56)



持ち前の大らかさで優しい孫娘を演じた文音と、
活躍目覚ましい“美し過ぎる80代”の草笛光子によるW主演作!

 

「ばぁちゃんとバージンロードを歩きたい!」と、介護施設に閉じこもっている祖母を奮起させようとする孫娘とその婚約者の愛情物語。富山県氷見市を舞台に、ばぁちゃんっ子の夏海(文音)と忙しい両親に代わっていつも一緒にいてくれたばぁちゃん(草笛光子)とのハッピーウェディングプランは、いろんな思い出を共有してきた家族ならではの思いやりと優しさにあふれている。夏海の新たな人生の門出を祝うため「こんちきしょう!」を掛け声に辛いリハビリに励むばぁちゃん。それを支えようと奔走する夏海と婚約者の大和(三浦貴大)。そんな彼らを優しく見守る夏海の両親や介護施設の人々など、豊かな自然を背景に沢山の善意が幸せを応援する感動作となった。


baachanload-500-3.jpgデビュー作『三本木農業高校、馬術部』(2008年)以来の主演作となる文音は、昨年から『八重子のハミング』『おみおくり』と出演作が続いている。本作では、プロポーズを受けて大喜びしたり、婚約者とケンカしては仲直りしたり、近年稀に見ぬ美しさで魅了したウェディングドレス姿など、素直な幸せオーラ全開で、観る者を幸せな気分にしてくれる。


1996年の劇場映画長編第一作『月とキャベツ』以来、『はつ恋』『深呼吸の必要』『地下鉄に乗って』と新時代の日本映画の担い手として活躍してきた篠原哲雄監督。最近では『種まく旅人くにうみの郷』『起終点駅 ターミナル』『花戦』と日本の風情を活かした作品作りで信頼できる監督の一人である。今回、富山県氷見市での撮影では、中村記念病院や地元の人々の全面的協力を得て、わずか12日間で撮影したという。手慣れた映画制作手腕に加え、女優たちの自然体の演技を導き出す名演出家でもある。
 



4月21日からの公開を前に、文音さんと篠原哲雄監督がキャンペーンのため来阪されました。お二人に撮影中の秘話や作品にかける思いなどを語って頂きましたので、下記にご紹介いたします。(敬称略)


③ばあちゃんロード-s-Ayane-1.jpg――夏海というキャラクターの役作りについて?
文音:夏海は東京にも居たという設定だったので、それほど田舎っぽさを出さずに、髪を少し短くするとか、お化粧もナチュラルにするとか、監督と相談して決めていきました。今回は氷見の街全体に助けて頂いた感じがします。氷見オールロケでしたので、撮影中一度も東京へは帰らずに、氷見の空気感に自然と触れて役に馴染んでいきました。

篠原監督:正味12間で撮りあげたのですが、それも中村記念病院が全面的に協力して下さったお陰です。医療的な取材や施設の使用、さらにリハビリ棟などを特別に貸して下さいました。


―― 大らかな感じで幸せ感が素直に表現されていましたが、夏海との共通点は?
文音:夏海の「信じたことを真っ直ぐに進む」ところには共感しました。私自身は三人兄弟の長女で人に甘えることは不得手ですが、一人っ子の夏海が周りを巻き込んでいく甘え上手な女の子というところは意識して演じました。計算されていない可愛さがないと皆が力を貸してくれないと思ったからです。


baachanload-550.jpg――大ベテランの草笛光子さんとの共演はいかがでしたか?
文音:撮影前に、「あなたとしかできないこともあるだろうから、セリフにとらわれずにドキュメンタリータッチのようにやりましょうね」と言われました。

篠原監督:草笛さんは、毎回その役に合ったアプローチをされている女優さんなので、今回は普段の華やかなイメージとは違う髪の毛やメイクをして頂きました。また、文音さんとのやりとりが多くなるだろうから、リハビリのシーンも現実に起きているかのように、二人の親密さを活かして自由に演じてもらいました。


――草笛光子さんに学んだことは?
文音:型にはまらず、自然体で演じておられるところでしょうか。それはセリフの端々に感じられることで、芝居における化学反応を実感しました。篠原監督はシーンが終わってもカメラを回し続けておられたので、三浦貴大さんとも化学反応が起きたように感じました。役で位置づけられることで良さが出たと思います。


④ばあちゃんロード-s-Shinohara-240.jpg――現場の雰囲気は?
篠原監督:現場はとても面白かったですね。象徴的なシーンは夏海と大和が仲直りをするシーンです。離れた対岸から固定カメラで撮っていたカットがあり、二人が戯れている内にフレームから外れてしまったんです。でも、また戻ってきました。それは、俳優同士がその場の雰囲気を理解していたからフレーム内で演じることができたのだろうと思います。それによって次のシーンの二人の表情に繋がっていったので助かりました。

文音:そんな撮影の中で新たに生まれたことが沢山あったように思います。挑戦的で楽しい現場で幸せでした。

篠原監督:日常的なシンプルな映画の現場で新たな挑戦ができて良かったと思います。氷見市は本当に風景が綺麗なんです。夕景のシーンも、夕焼けがあまりにも綺麗だったので、弁当食べていたんですが、思い付いて急遽撮ることにしました。それが次の夏海が大和のためにコロッケを作るシーンの表情にうまく繋がっていきました。


――介護のシーンについて?
文音:実際に介護の研修を受けているところを撮ってもらいました。体を抱き上げたり移動させたりするにも力の入れ方やテクニックが必要なんです。桜田君はとても上手くやっていたので、器用だなあと感心しました。

篠原監督:草笛さんと桜田君のシーンでは、プロの理学療法士の方の指導を受けながらの演技でした。セリフと動作のタイミングをマッチさせるのはとても難しいのですが、彼はとても覚えが良くて、それをスーッと上手くやってくれました。

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――うまくコミュニケーションがとれない人を相手にする介護の仕事ですが、おばあちゃんの気持ちも丁寧に描かれていましたね?
文音:不自由な体になった姿を大好きな孫に見せたくない、というおばあちゃんのプライドや辛い気持ちが丁寧に表現されていたと思います。


――今まで沢山の女性像を描いて来られましたが、女優の変化については?
篠原監督:世代的変化はそれほど無いようですが、俳優として役への向き合い方は、最近の若い俳優の方がアプローチの仕方が深いように感じます。文音さんのようにアメリカへ演劇留学したことも大きいですし、自分でも独自のアプローチをしていかなければならないと気付いてきたのでしょう。世界のいろんな映画を観ても自然な演技に近くなってきています。同世代の橋口亮輔監督や是枝裕和監督もそうですが、演出家の方も昔の監督と違って自然な演出をする方向へと変化してきていますからね。

今回の草笛さんが自分の人生を語るシーンは独自のものです。演じる俳優さん自身が、生身のこととして人生を感じないと演じられないな、と思える瞬間でした。それはとても大きな成果だと感じました。
 



baachanload-500-2.jpg『ばぁちゃんロード』
【監督】篠原哲雄(『月とキャベツ』『起終点駅 ターミナル』『花戦さ』)
【脚本】上村奈帆
【出演】文音、草笛光子、三浦貴大、桜田通、鶴見辰吾、

【配給】アークエンタテインメント/2018/日本/89 分
【公式サイト】 http://baachan-road.com/

【コピーライト】©2018「ばぁちゃんロード」製作委員会
【公開日】4月14日(土)~有楽町スバル座、4月21日(土)~テアトル梅田、シネ・リーブル神戸、近日~京都シネマ ほか全国順次公開!


★★★ お知らせ ★★★

4/21(土)の公開初日に、歌手:長渕剛さんと志穂美悦子さんのご長女・文音さんと、『花戦さ』や『プリンシパル~』など幅広い作品を手掛けられる篠原監督の舞台挨拶がございます!!

■日時:4月21日(土) 15:10~15:30(13:40の回上映後)
■場所:テアトル梅田 シアター(1) (大阪府大阪市北区茶屋町 16-7 梅田ロフト B1F)
■ゲスト:文音さん、篠原哲雄監督


(河田 真喜子)