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地方でお金に翻弄される家族を描いた『ひかりのたび』澤田サンダー監督インタビュー
 
爽やかな女子高生が物言いたげにこちらを見つめるポスターに、少し胸騒ぎを覚える映画『ひかりのたび』が、11月25日(土)より第七藝術劇場で公開中だ。
 

「不謹慎なものを皆が観ることができる、説得力のある構成にすることが得意」という澤田サンダー監督。商業映画デビュー作で描くのは、地方でお金に翻弄される家族の物語だ。不動産ブローカー、植田(高川裕也)とその娘奈々(志田彩良)を主人公に据え、地域に入り込んで淡々と自らの仕事を遂行する植田と、父親が開発に加担した場所を故郷にすると決めた奈々、それぞれの思いが交差する。地域の人たちの植田に向けた反発も、背に腹は代えられぬ状況に陥った時、むしろ頼みの綱のような存在となる。先の読めない展開や植田の不気味な存在感が、サスペンスのような味わいを醸し出す意欲作だ。

 
本作の澤田サンダー監督に、『ひかりのたび』に込めた狙いについて、お話を伺った。
 

 

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―――映画を撮る前に07年、絵本「幼なじみのバッキー」で岡本太郎現代芸術賞に入選しています。大人が沁みる絵本ですが、元々物語を作るのが好きだったのですか?
澤田監督:野島伸司、山田太一、倉本聰らに憧れ、青森から上京した19歳ぐらいから大学に通う傍ら、シナリオセンターに通いました。95年のオウム真理教事件が起きた後で、僕から見てカッコいいドラマを作る時代は終わり、自粛してつまらないドラマを作るような時代になってしまった。シナリオの勉強をしたけれど、ドラマの世界ではもう自分が作りたい作品が書けないと、一旦シナリオの勉強を辞めたんです。大学卒業後、父の知り合いの会社で債務整理の仕事もしていましたし、その後商社でクレーム処理にも携わりました。チャールズ・ブコウスキーというアメリカの作家が、「話を書くなら、面白い仕事をした方がいい」と語っていたので、仕事をしながらどこか「この体験はシナリオに使える」と思っていたのです。
 
 
―――社会経験を積んだ後、10年に東京芸術大学大学院映像研究科に入学。再びシナリオの勉強を始めると同時に、伊参スタジオ映画祭の脚本賞を受賞と、過去の経験を見事に活かしていますね。
澤田監督:東京芸術大学の学部長で、ユーロスペース代表でもある堀越謙三さんが、学生たちに紙を配って、「この紙に書いてある主要な映画祭で賞を2つ取れば、奨学金を免除します」と。僕は、そこに書かれている映画祭の中から2つ(伊参スタジオ映画祭、函館港イルミナシオン映画祭)受賞し、200万円免除してもらいました。僕は社会人から入学し、自主映画の作品がなかったので、監督コースではなく脚本コースでしたが、自らが監督することに関しては、何の迷いもなかったですね。
 
 
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―――『ひかりのたび』は、伊参スタジオ映画祭で2度目の脚本賞を受賞したシナリオを映画化したものですが、長編にするにあたり、大きく変わった点や付け加えた点は?
澤田監督:元々、志田彩良さん演じる奈々が主役ではなく、最後に少し登場する程度のキャラクターでした。山田真歩さん演じる道子と、高川さん演じる不動産ブローカーで、奈々の父親の植田が主人公だったのを変えたのです。植田さんは出ずっぱりだけど、その家族の姿は見せませんでした。植田の普通じゃない人というキャラクターを際立たせたかったので、あまり不動産ブローカーの家族を描きたくなかったのです。とはいえ、かなり頭でっかちな話だったと思います。
 
 
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―――決して明るい話ではありませんが、志田彩良さんの透明な存在感がある種の救いになっていた気がします。
澤田監督:プロデューサーからは、「(観客に)届かなければ意味がない」と言われ、真夜中に美少女の持っているパワーがいかに強いかを説教されましたから(笑)。この話自体はアメリカの軍事統計本がベースになっています。アメリカは戦争をするときに、必ず統計で計算をするのです。敵とアメリカ軍のそれぞれの命の値段を算出し、これ以上の死者がアメリカ軍に出ると関連協会や父母の会が動き出し、政局に影響を与えるという人数をあらかじめ決めてから戦争をするそうです。広告業界やしいては映画業界にも大きな影響を与えているという話を読み、僕もその話をベースにシナリオを練っていきました。事故で子どもが死んだけれど、そのことで大きなお金(利益)が動くことを知っている男の話です。
 
―――植田の娘で、本作のヒロイン奈々は、両親が離婚後、父親の仕事のために住む場所を転々とし、時にはイジメも受け、故郷と呼べる場所がありませんでした。普通なら反発する年頃ですが、父親に対する敬意が感じられます。
澤田監督:親子関係において、親の仕事はそんなに大事ではありません。僕の場合、親父は学者で、4回結婚していますが、その業績と、僕を育ててくれたことを混ぜこぜにして考えるのかどうかと思っていますから。リアルに立ち返れば、その部分はドライな気がします。
 
 
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―――奈々の故郷に対する思いや、村の人たちの故郷に対する様々な思いが交差する物語ですが、“故郷”というキーワードをどう物語に織り込んでいったのですか?
澤田監督:僕は今、都内で働いているのですが、外国人がすごく増えています。一時期は日本人が外国に行くことで国際化していましたが、今は外国人を日本に呼び寄せる奇妙な国際化が進んでいます。そうなると、今の子どもたちは海外に行こうとするだろうかと思うのです。敗戦の影響や教育の影響もあるでしょうが、昔は留学もしにくく、お金もなかったけれど、海外に行こうとしたし、海外で外国語をしゃべるメリットも大きかった。映画の舞台となった村でも外国人労働者雇用問題や、外国人による土地、水源の買い占め問題が登場するのはそういうことから着想しています。
 
―――不動産ブローカーによる外国人への土地転売など、生々しい題材を取り上げていますが、モノクロの映像や、役者の抑えた演技、タイトな編集で生々しさが軽減されていますね。
澤田監督:例えばレトロな喫茶店が高級な雰囲気を出したいと思えば、50年ぐらい前のオールディーズの音楽を流すと効果的です。映画をモノクロにしたのも、そのような効果を狙っています。音も人物と離れたところで出るようなアフレコにしています。内容が内容なので、今風の演出をしてはいけないと思っていました。後は裏話になりますが、不動産の価値は場所によって違うことは、不動産ブローカーのプロが見れば分かります。カラーだと、映っている土地の価値が分かってしまうので、そういう情報を排除するという狙いもありました。物語では外国人が買い占めるという設定ですが、「外国人はそんな場所は買わない」という指摘がないように(笑)。不動産に詳しい方も映画を観ていただきたいですから。
 
 
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―――表情を変えず、冷徹な雰囲気の不動産ブローカーを演じる高川裕也さんの存在感が大きかったですね。
澤田監督:普段高川さんはヤクザや暴力的な役が多いですが、そういう役をやる人が親切そうで礼儀正しい役をすれば気持ち悪く見えることは、分かっていました。作品中では、かなり不気味ですよね。
 
―――陰ながら村人の信頼を集め、土地やお金を動かしてきた植田が後半「お金の向こうに見えるものがある」と語りますが、その意図は?
澤田監督:「人間は平等だ」だと言いますが、不動産ブローカーの仕事をしてきた植田には、お金の向こう側に「人間は平等ではない」ことが横たわっていると分かる訳です。人間は見た目も容姿も違いますし、育ちも違えば生涯賃金も変わってきます。努力できる部分があるかもしれませんが、それだけでは無理な部分もあります。良家の子どもは何代にも渡って親たちが頑張ってきたのだから、その恩恵を受けてもいいはずだけれど、平等だという意識があるから、悪い奴のように見える場合もあります。特に金融や不動産業の人からすれば、そういうものの敷居が外れて見えるんですよ。
 
 
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―――なるほど、キレイごとではない現実を突きつけられます。そういう部分でも生々しさを感じますが、タイトルの『ひかりのたび』は真逆な印象を受けますね。
澤田監督:『ひかりのたび』は、映画の最後に出てきた「思い出」という曲が収録された三富栄治さんのアルバム名です。このタイトルは、ひらがな6文字でえげつなさを軽減した、柔らか作戦の一つですね(笑)。曲の印象がとても強かったです。
 
―――映画の最後に、奈々がアルバイトしている角地のレストランをしばらく映し出しているシーンがあります。車が往来する中、暗闇で輝いていて印象的でした。
澤田監督:あのラストシーンのイメージは、当初からありました。お金のあるところに群がってくる家族の話ですから、電燈に寄ってくる蛾のような解釈もあっていいかなと思います。
 

<作品情報>
『ひかりのたび』(2017年 日本 1時間31分)
脚本・監督:澤田サンダー 
出演:志田彩良、高川裕也、瑛蓮、杉山ひこひこ、萩原利久、山田真歩、浜田晃他
2017年11月25日(土)~第七藝術劇場、今冬元町映画館他全国順次公開
公式サイト⇒http://hikarinotabi.com/
(C) 『ひかりのたび』製作委員会
 

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三浦誠己、渋川清彦、山本浩司が語る「40代の今、俳優として思うこと」
『AMY SAID エイミー・セッド』舞台挨拶&インタビュー(17.11.11 元町映画館)
登壇者:三浦誠己、渋川清彦、山本浩司 
 
村上淳、三浦誠己、渋川清彦、山本浩司、大西信満、渡辺真起子ら、映画界で独自の個性を放ち続ける名優たちが所属する俳優のマネージメント集団ディケイド。その設立25周年記念で製作された映画愛に溢れる大人の青春映画、『AMY SAID エイミー・セッド』が元町映画館で11月11日(土)に初日を迎え、上映後に舞台挨拶が行われた。
 
 
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<物語>学生時代、映画研究会で共に映画を作る青春時代を送った仲間が、20年ぶりに全員揃った夜。それは、主演女優としてファムファタール的魅力を放ち、自ら命を絶ったエミの命日でもあった…。
 

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若い頃は監督として彼女だったエミを撮り続け、今はパン屋を営む朝田圭一役の三浦誠己、映画研究会の直子(中村優子)と結婚し、今は農業の傍ら小さいレストランを営む飯田収役の渋川清彦、映画研究会で唯一、映画業界で踏ん張っている売れない役者、岡本亮介役の山本浩司が登壇。俳優たちの演技のぶつかり合いが見どころの本作で「三浦君は普段と違って静かな役だったので、色々役を作ったと思います。それ以外は皆軽くあて書きという脚本だったので、やりやすかったのではないか」と渋川が演じた感想を語ると、「真夜中、お店が閉まってから毎晩毎晩の撮影で、しんどかったですよ」と三浦が過酷な撮影を振り返った。
 

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さらに「15分の芝居をカメラ3台で撮っていたので、勝手に動くと誰かに迷惑をかけてしまう。リハーサルもしていたのですが、大西さんだけ(アドリブで)トマトを食べるんですよね。汁はこぼれるし、トマトのかぶりついた場所の向きで、シーンのつながりが難しくなってくる。真似してテイ君までトマトにかぶりついたりして」と大西信満の思わぬアドリブに大困惑したエピソードを暴露。ハリウッド俳優さながらの英語の台詞を披露する山本は「本当に大変でした。監督からはネイティブ発音でと言われたので4か月かけたのに、あの発音で…」と、ネイティブ発音になかなか近づけなかった苦労を明かすと、三浦は外国映画で「Where is the money?」という台詞が100回やり直してもOKが出ず、結局アフレコになったエピソードを披露しながら、観客を交えてネイティブ英語談議に花を咲かせる一幕も。
 
 

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最後に「ディケイドの25周年記念で、みんなが集まり夜中せっせと撮った映画です。皆さんに広げていただければと思います」(山本)
「結構色々な映画館に行って舞台挨拶をしているので、良ければディケイドの俳優が出ている映画をよろしくお願いします」(渋川)
「なかなかない映画だと思います。我々も舞台挨拶や宣伝をしているので、皆さんのお力を貸してください」(三浦)と締めくくった。
 
 
 
 
 
 
 

<三浦誠己、渋川清彦、山本浩司インタビュー>

メジャー映画から自主映画まで出演し、日本映画界に欠かせない存在となっている三浦誠己、渋川清彦、山本浩司の3人に、『AMY SAID エイミー・セッド』の撮影現場や、40代の今、俳優として思うことについて、ざっくばらんにお話を伺った。
 
―――映画愛に溢れた作品ですが、皆さんご自身は最近映画館で映画をご覧になっていますか?
山本:最近子どもが生まれたので、映画を観に行けてないですね。
渋川:俺はこの間、武正晴監督の『リングサイド・ストーリー』を観ましたよ。武監督から「俳優割があるから」と言われて、売り場で「俳優です」と言って自分が出演した作品のチラシを見せると、1000円で観ることができるんです。この話が売れない俳優の話なので俳優割をしたみたいですが。『100円の恋』脚本の足立紳さんと奥さんの実話を基にした話で、面白かったですよ。
三浦:仕事としてやっているので、洋画を観ると「なぜここでカットを割った?」と考えてしまい、楽しむどころか疲弊してしまう。逆に邦画を観て納得したりすることもあります。子どもと『カーズ』『ドラえもん』とか、自分の出演作を試写で観たりするぐらいですね。また、ひと段落したら映画を観ると思います。人生は長いですから。
 
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―――同窓会の場を舞台にした会話劇がメインということで、舞台挨拶でも結構リハーサルをしたと話されていました。密な空間でお互いの芝居を観ての印象は?
三浦:『AMY SAID エイミー・セッド』は特殊な現場でした。大体の映画の現場は本読みやリハーサルはあまりせず、現場でバッとやってしまうことが多い。だからリハーサルの方が、「みんなこんな芝居をするんだ」と俳優同士で考えていたかもしれませんね。本番が始まると時間がなかったので、リハーサルにプラスアルファを乗せながら、それぞれやってました。
渋川:結構リハーサルやったもんね。リハーサルで集まることって、今はあまりないですよ。全員で集まることはほぼないよね。パートごとに主演と誰かとか、そういう感じで集まるぐらいかな。
三浦:昔は監督と全てのキャスト、全てのスタッフが集まって、一斉に本読みをやっていたそうですが、今はほとんどないですね。原田眞人監督は今でも本読みをやっていらっしゃるけど、それでも全員が揃わない。今回みたいに自主っぽい作品だと、やれることもあり、自由が利くんですよね。
 
 
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―――三浦さん、渋川さん、山本さんは、自主映画にもたくさん出演され、若手監督たちの支え的存在にもなっています。
三浦:『AMY SAID エイミー・セッド』で取材を受ける中で、皆で色々と話をするのですが、テレビドラマで過激な内容のものが作れず、昔なら撮れていたドラマも今は無くなってしまった。映画も社会全体の流れの中で、そうならざるを得ない部分や、逆にもっと過激にいく場合もあります。視聴環境も違ってきている。そういう環境になっていることを僕達も漠然と感じながら、でも映画が好きで、自主の映画も脚本が面白かったり、監督が良ければやろうという気持ちを持っています。
 
―――メジャー作品で活躍している俳優の出演は、自主映画の劇場公開への道を切り開く力にもなりますから、大変だと思いますが貴重な存在ですね。
三浦:若い監督に、真夏の日陰もないような多摩川の土手に呼ばれて「ここでリハーサルをやってください」と言われると、さすがに「ふざけるな!」。熱量あるのは分かるけれど、そんなに細かく段取りを説明しなくても、現場でちゃちゃっとやるよと思う時もあったり。監督たちに、そんなことは言えないですけどね(笑)。若い監督は未知なので、その人が撮っている映画を観たいし、そこに映っている自分に未知な部分があれば、それは自分の糧になる。面白いなとは思いますけどね。
渋川:ただそういうのばかりだと、電車賃もなくなっちゃうから(笑)難しいよね。
 
 
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―――『AMY SAID エイミー・セッド』では登場人物たちが映画研究会に所属していた頃、映画のヒーローやヒロインに憧れ、ヘアスタイルや服を真似していたエピソードが登場します。皆さんご自身が10代後半に心酔していた俳優やアーティストは?
渋川:マット・ディロンですね。『カンザス/カンザス経由→N.Y.行き』という映画でマット・ディロンが黒豹の刺青を入れていた。それでカッコいいなと思って僕も刺青を入れちゃったのね、
山本:僕も大阪芸術大学映画研究会にいた19歳の頃、塚本晋也監督の『鉄男』に憧れて、8ミリでコマ撮りしていました。
三浦:僕は松本人志さんですね。NSC(吉本総合芸能学院)に入った時、僕みたいな人がいっぱいいて、どれだけ松ちゃんのこと知ってるか自慢し合ってた。だから、尼崎出身の奴がいたら、睨みをきかせたりして(笑)
 
―――憧れの人がいた10代から20年以上経ち、演じた役と同じく40歳を超えた今、仕事に対する向き合い方、他に以前と変化を感じることはありますか?
山本:体調管理かな。今やっておかないと、50代、60代がきつくなる。
渋川:深酒をしない。酒を飲んで6時間以上空けるとか、脂っこいものは食べない。ご飯を少なくする。でもそんなことするの、現場に入る前だけだなぁ。
三浦:40歳になって思うのは、我々の環境は我々のものだということ。今までは先輩の中に混ぜてもらっていたけれど、この年になると現場で何かトラブルがあった時、「こう撮った方がいいんじゃない」と言っていく年代じゃないかな。今の映画界がつまらないと言われるなら、それは自分たちが否定されている気持ちにもなる。先輩たちが作っていたものを学ばせてもらいながらも、批評する側だった気がするけれど、いまはど真ん中にいることを自覚しなればいけないですね。
渋川:実際、現場は年下ばっかりになってきてるもんね。
三浦:どこから撮影した方がスムーズにいくかとか、何を撮ろうとしているのか。現場でそういうことに監督やカメラマン、俳優が迷ったりするときに、年長者である自分は提案できる立場なんです。先輩にも、そういう時監督に意見を言う人がいましたから。「ここから撮るけれど、気持ち的に乗らないから、もう少し前から芝居をさせてくれよ」ということを、きちんとやっていきたい。
山本:作品は監督のものという意識がすごく強いから、そこまでは言えないな。
渋川:言わないな。どうですかと監督に聞かれたら言うかもしれないけど。
三浦:シーンの途中から台詞を繋げていく時、やりにくかったら「最初からやらせてくれない?」と共演者の人に言います。そのシーンが良くなることが、我々の目標だから。
 
―――山本さんは映画の役と同じく、学生時代に映画研究会に所属していたそうですが、監督もしたのですか?
山本:昔は監督もやっていましたが、全く未練はないです。いろんなものに憧れ、真似したいというものがあったのですが、自分でできる範囲のものはその時にやって満足してしまった。そこから新しいものを生み出そうという気にはならなかった。一から自分で作り出すよりは、脚本や監督の演出があった上で、自分で色んなものを肉付けしていく方が向いている。そちらの方が楽しいと思えるようになってきたんですね。
 
 
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―――渋川さんは、自然体で語る台詞に、心掴まれる魅力があります。
三浦:ディケイドの俳優は出自がバラバラ。モデル出身や大学で映画を撮っていた人もいれば、僕みたいにお笑い出身の人もいる。大西さんみたいに付き人を経験したり、それぞれの理由、それぞれのやり方があるので、皆個性があります。KEE君(渋川さん)は、来週ぐらいに「俺、やっぱ俳優やめて、群馬で畑するべ」と言いそう。
渋川:腹くくってないところがありますからね。
三浦:自由人の匂いや風貌が画面の中に映ったときに、力が入っていないけど、妙に説得力があるように見えるのだと思うんです。俳優はある種養成されるものでもあるけれど、(渋川さんは)一切化学肥料を入れていない。森で勝手にできたキャベツみたいな(笑)。そういうノリですよね。
渋川:自生してきたのが、20年俳優で生きているわけだから。
三浦:肥料や水を与えられるように、レッスンの工程を経ている訳ではないから。今はそういう人の方が多いですね。映像に触れる機会が多いので、それぞれで勉強する。佐藤浩市さんが、「俳優は教科書がないから、自分で作れ」とおっしゃっていることから考えても、それぞれのやり方でいいのかなと思いますね。
 
 
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―――ちなみに、みなさんが目標にしている俳優は?
山本:僕は光石研さん。何でもできるし、現場で思いもよらない演出をされた時でも、瞬時に説得力をもってできる。その対応力、スピードが素晴らしい。この間は舞台にも観に来てくださって「ちゃんとできるじゃん!」って言ってもらったのはうれしかったですね。10歳ぐらい違うのですが、10年前の光石さんがいた場所に今の自分はいない。ヤバイなと思っています。自分の年ぐらいの時の光石さんがどうだったかは、結構気にしています。
三浦:演技に対する姿勢で言えば、ヒース・レジャーとフィリップ・シーモア・ホフマンですね。ほんまに好きやと思って、目標にしようと思った時に亡くなってしまったから…。
山本:僕も好き。海外ではフィリップ・シーモア・ホフマンか、ドン・チードル。
三浦:あと、国内では國村隼さん。実は誕生日が一緒で、20歳違い。「誕生日おめでとうございます」と言ったら、「なんで知ってるねん!」と気持ち悪がられ、後で僕にもおめでとうと言ってもらったことがあります(笑)
渋川:僕は、渥美清さんがすごく好きでしたね。観ていてカッコイイなと思っていました。原田芳雄さんは、一度ご一緒したことがあったのですが、すごく良くて。毎年餅つきをされていて、人が多い所は苦手なので参加しなかったのですが、原田さんの生前に行かなかったことを後悔しています。今は毎年参加しています。
 
 
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―――最後に『AMY SAID エイミー・セッド』では20年前のエミや映画研究会のメンバーたちの断片も映し出され、この作品が映画デビューとなる若手俳優も出演しています。皆さんからこれから映画業界を目指す若手にアドバイスすることは?
山本:苦労するぞ!本当にそれなりの覚悟をしないと。その割には自分で撮ろうと思えば簡単に撮れるしね。
渋川:自主映画の数は、増えているんじゃないの? 
山本:それでも頑張ると言うのなら。
三浦:この業界は週末も盆正月も朝昼晩もなくてしんどいので、それも踏まえて…。「一緒に頑張ろう!」と言いながら、カッコで「やめとけよ」が三人からのメッセージかな(笑)。
(江口由美)
 

<作品情報>
『AMY SAID エイミー・セッド』(2016年 日本 96分)
監督:村本大志
出演:三浦誠己、渋川清彦、中村優子、山本浩司、松浦祐也、テイ龍進、石橋けい、大西信満、村上虹郎、大橋トリオ、渡辺真起子、村上淳他
公式サイト⇒ http://amy-said.com/  ©2017「AMY SAID」製作委員会
 
 

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デビュー作はオリジナル脚本で普遍的なものと決めていた。
『おじいちゃん、死んじゃったって。』森ガキ侑大監督インタビュー
 
お葬式を題材にした映画は数あれど、セックスシーンから始まる物語はなかなかないだろう。自宅で彼氏といそしんでいる時に飛び込んできた訃報。ベランダから、庭にいる父に向かってヒロイン、吉子が発する言葉、「おじいちゃん、死んじゃったって。」がそのままタイトルとなっているのも、意表を突かれて面白い。資生堂、ソフトバンク等、数々の有名CMを手掛けてきた森ガキ侑大監督の長編デビュー作、『おじいちゃん、死んじゃったって。』が、11月4日(土)からテアトル新宿、テアトル梅田、神戸国際松竹、MOVIX京都他全国順次公開される。
 

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20代半ばで上京してからは寝る間も惜しんで働き、CM業界でキャリアを積んできたという森ガキ監督。元来の夢であった映画監督、そのデビュー作はオリジナル脚本でという熱い思いが、脚本の山﨑佐保子さんとの出会いによって見事な化学反応を起こした。祖父、父の死を前にした家族の悲喜こもごもと、ヒロインの成長を描くヒューマンドラマは、普遍的でありながら、少しヒリヒリとした感情を覚え、思わぬ笑いがこみ上げる。本作が初主演となる岸井ゆきのをはじめ、脇を固める俳優たちも岩松了、光石研、美保純、水野美紀というベテランから、岡山天音、尾野花梨、池本啓太、松澤匠という若手まで個性豊かな面々が勢ぞろい。お葬式での衝突を経て、各々が抱えるうまくいかない日常が、少し前に進んでいく様子は、静かな感動を呼ぶ。
 
本作の森ガキ侑大監督に、初長編『おじいちゃん、死んじゃったって。』で描きたかったことについて、お話を伺った。

 


 

■とても好きな小津作品。普遍的な内容だが、学生の時に観るのと、結婚した今観るのと、見方が本当に変わる。

―――本作は森ガキ監督の初長編ですが、前作の短編『ゼンマイシキ夫婦』(14)でサイレント映画のような夫婦の物語を紡いでいますね。
登場する夫婦にはそれぞれ、背中にゼンマイがついているのですが、自分では自分のゼンマイを回せない。旦那さんは奥さんのゼンマイを回し、奥さんは旦那さんのゼンマイを回す。つまり、二人でいないと生きられない状況になっています。何のために相手のゼンマイを回しているのかを切り口に、夫婦の関係性を描きました。本当の愛をゼンマイで表現し、FOXの短編映画祭と小津安二郎記念・蓼科高原映画祭で賞をいただきました。
 
―――小津安二郎監督の作品がお好きなのですか?
小津監督はとても好きで、小津監督が晩年、数多くの名作を生み出した更科高原の映画祭に出品したかったのです。小津作品は、学生の頃よく観ていました。家族をテーマにしておられ、普遍的な内容なのですが、学生の時に観るのと、結婚し、家族がいる今観るのとでは、見方が本当に変わりましたね。今、ようやくその表現の深さが分かった気がします。
 
―――今回、脚本を担当したのは、映画の脚本が初となる山﨑佐保子さんですが、どのような経緯で長編デビュー作の脚本を書いていただくことになったのですか?
CMの編集をはじめ、本作の編集担当の平井健一さんから、僕と同い年でまだデビューしていない脚本家がいると紹介してもらったのが日本映画学校で荒井晴彦さんに師事していた山﨑さんでした。意気投合し、今の日本映画について色々意見を交わした後、山﨑さんがその時書いていた脚本をいくつか見せていただいたのです。その中で、撮りたいと思ったのがお葬式の話でした。山﨑さんは本作を観た出版社の方から、映画を本にしたいと連絡があり、脚本家デビューと同時に小説家デビューも果たしています。映画が先というのは稀なケースだそうで、「この映画で大きく人生が変わった」と話していました。
 
 
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■デビュー作はオリジナルで普遍的なものを。“家族と生/性と死”を描きたかった。

―――数ある脚本の中から、お葬式の話を選んだのは小津監督の作品にもつながります。
小津作品もそうですが、普遍的な、誰にもささる企画を必ずやりたかった。ただ、分かりやすく表現するのではなく、自分自身のちょっとした色や、芸術的要素を入れることができる、融合的なバランスのものを映画化したかったので、僕のやりたいことに合致していました。『ゼンマイシキ夫婦』で描いた夫婦も普遍的な要素ですが、次は“家族と生/性と死”を描きたいとずっと思っていたので、そこにもハマった感じですね。デビュー作はオリジナルで普遍的なものというのは、ずっと決めていましたから。

 

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■セックスでの成長を、主人公吉子の成長に反映させる。

―――物語は、主人公の吉子が実家で彼氏とセックスをしている時に、おじいちゃんの死を知るところから始まります。この映画の柱でもありますね。
映画のセリフにもありますが、「隣の村で戦争をしていて、僕らは楽しんで酒を飲んだりしている」と。どんなことがあっても、親族や子どもが万が一死ぬことがあって、しばらくは落ち込み続けても、人間は飯も食えば、トイレにも行く訳です。それは避けられない人間の本質的な部分です。途中でも吉子と彼氏とのセックスシーンが出てきますが、2回目は割り切ったところがあります。吉子自身、死に対して整理がつき、死を生活の一部と受け止める。そして、兄弟げんかをし、みっともないところを見せる吉子の父や叔父に対し、分からないなりに、理解しようとする。それが大人の階段を上ることになります。セックスでの成長を、彼女自身の成長に反映させました。
 
―――吉子を演じる岸井ゆきのは今勢いのある若手の一人ですが、彼女の魅力とは?
芝居が上手いし、目がきれいですね。もう一つは、田舎の恰好をさせると、いい意味でどんくさい女の子の雰囲気を表現できます。衣装次第で東京のシティーガールの雰囲気にもなれるし、どちらも演じられるのが強みです。主人公は皆の気持ちを代弁しているので、彼女の素朴さは共感してもらえると思います。
 

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■ロケ地の熊本県人吉市は、脚本で思い描いた場所の匂いがした。

―――日本の原風景が映し出されているのも印象的です。ロケーションのこだわりは?
主人公の吉子は、本当は東京に出ていきたいけれど、田舎で悶々としている。弟は東京に行ったのにという葛藤があります。吉子のいる田舎は、東京に新幹線で1~2時間で行ける場所だと説得力がないので、脚本を読んだ時、東京からすごく遠い村を思い浮かべました。空港に行くのにも時間がかかり、東京への憧れが強くなる場所と考えていくと、熊本の人吉市がとても自然豊かで、脚本で思い描いた場所の匂いがしたのです。ただ、クランクイン直前に熊本地震が起き、タイトルがタイトルなので不謹慎ととられるかもしれないと撮影を断念し、仕切り直しもやむを得ないと思っていました。でも、人吉市の皆さんが、「震災後の復興が大変なので、映画を撮って盛り上げてほしい」とおっしゃってくださり、その言葉で撮影をスタートすることができました。
 
―――初監督作品で、いきなりインドロケのシーンもありますね。撮影はどうでしたか?
インドに行って、本当に良かったです。インドでは、誰も死に対して恐怖感を抱いていない。ガンジス川は、死後に焼かれ、流される場所です。高齢の人たちは、そこで自分が死ぬのを待っている。インド人にとってはそれが名誉であり、死は希望があることなのです。その光景を見てから、僕の死に対する怖さが薄らいだ気がします。寿命を全うしての死は、怖くはないなと。岸井さんも、今まで体験したものとは全く違うと言っていましたし、価値観が少しは変わったのではないでしょうか。
 
 
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■「誰もが脇役にならない」ことが一つの挑戦

―――本作で、一番森ガキ監督がやりたかったことは?
大きなフォーマットで言えば、群像劇をやってみたかった。一人にフューチャーするのではなく、登場人物全員のイキイキとした人物像を、この短い時間でしっかりと描きたいと思っていました。誰もが脇役にならないというのが、1つの挑戦でしたね。それぞれの生き様をしっかり描いて、色々な世代に共感を呼ぶようにする。また、ストーリーを展開する上で吉子という主人公の成長を軸にしました。
 
―――次回作はどのような作品を考えていますか?
若い世代の青春群像劇もやりたいですね。脚本の山﨑さんと、今までの日本映画にないようなオリジナル作品をこれからも作りたいと思っています。もう一つは、韓国映画のレベルがとても高いので、韓国のプロデューサーや脚本家、スタッフと映画を作ってみたいという夢があります。
(江口由美)

<作品情報>
『おじいちゃん、死んじゃったって。』(2017年 日本 1時間50分)
監督:森ガキ侑大
出演:岸井ゆきの、岩松両、美保純、光石研、水野美紀、岡山天音、小野花梨他
2017年11月4日(土)~テアトル新宿、テアトル梅田、神戸国際松竹、MOVIX京都他全国順次公開
(C) 2017 『おじいちゃん、死んじゃったって。』製作委員会
※第30回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門公式出品
 

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『わたしたち』ユン・ガウン監督インタビュー
 

~親友が一番大事だった小学生時代のほろ苦い記憶~

 
小柄でおかっぱ頭の女子、ソンは、ドッジボールが始まるやいなや、ボールを当てられ、コート外に出る羽目となる。一度出たら、半永久的にコートの中には戻れない。だって、ボールは運動神経のいい子たちの間を行き来し、ソンには回ってこないのだから…。
 
クラス内の力関係を露わにするオープニングで一気に惹き込まれるユン・ガウン監督の長編デビュー作、『わたしたち』。自身の体験を基に、シナリオ開発段階からイ・チャンドン監督(『シークレット・サンシャイン』)が加わり、女子小学生特有の友達関係の揺らぎを丁寧に映し出す。1学期の終わりから始まり、夏休みという非日常での友情を育んだ瑞々しい思い出と、2学期が始まり、学校生活に戻った途端に訪れる現実の対比も鮮やか。おとなしいソン、転校生のジア、そしてクラスで一目置かれるボラという3人の小学4年生を中心にした物語は、現代の小学生にも降りかかる格差問題や、学校生活以上に濃密な塾生活など、彼女たちの日常をリアルに描写。両親や弟たちと共に、ソンがジアを自宅に招いて過ごす夏休みのキラキラした日々は、友情が永遠に続くように思える輝きを放つ。一方、友情にヒビが入り、二人がふたたび「わたしたち」と呼べるまでの辛い日々も果敢に描いた秀作。ドキドキハラハラしながら、在りし日の自分を重ねて見入ってしまう人も多いだろう。
 
本作のユン・ガウン監督に、本作を作るきっかけや、役に込めた思い、子どもたちと映画を作り上げる過程についてお話を伺った。
 

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■イ・チャンドン監督と1年かけて、シナリオを開発

━━━まず、このプロジェクトのきっかけについて教えてください。
ユン監督:私が卒業した韓国芸術総合学校とCJエンタテイメントが手を組んだ産学協同プロジェクトがあり、『わたしたち』は第2期の当選作品でした。私を含めて4人の卒業生が企画書を提出し、それを基にイ・チャンドン監督がシナリオ開発から指導者として加わり、1年かけてシナリオを開発しました。そのプロジェクトに私が残ったのです。まだ、その時にはイ・チャンドン監督が教授として学校に残っておられたので、授業も受けています。
 
━━━イ・チャンドン監督の授業はどのようなものだったのですか?
ユン監督:実際に映画の授業を受けたのは修士課程に通っていた頃で、卒業制作の短編映画のシナリオの指導をしていただくものでした。それ以外にも学部で演技に関する授業や、演出論も聴いたことがあります。
 
━━━イ・チャンドン監督の演出論で、映画を撮る際に取り入れたものはありましたか?
ユン監督:実践の授業ではありませんが、演技とはどういう作業を経て作られていくのかを話して下さいました。メソッド演技が誕生した背景や、演技の歴史の中でそれがどのように変化してきたのかという講義もありました。理論の紹介をしつつも、ご自身の体験や、演技に対する考えもお話してくださったので、映画を撮る際に非常に参考になりました。
 
━━━なぜ初長編でご自身の体験を基にした小学生女子の物語に臨んだのですか?
ユン監督:私の人生の中で大小様々な出来事がありましたが、中でも強烈に影響を与えた出来事が元になっています。もちろんそれは幼い頃の経験なので、人生の中で長い時間をかけて何度も修復を試みたり、気持ちの整理をしました。1年ぐらいの経験でしたが、長い間修復し、熟成する期間があった訳です。私にとっては既に慣れ親しんでいる出来事でありながら、未だに解けない問題として残っていた強烈な経験。それを初めての長編作品で描きたいと思いましたし、知っている話の方が安心して準備できるとも思ったからです。
 
 
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■一見楽しそうに見えるドッジボールで、孤軍奮闘し、生き残りたいと思っている少女の姿を描きたかった。

━━━冒頭、校庭でクラス全員参加のドッジボールの様子が映し出され、物語に入りやすくかつ、非常に印象的でした。このシーンを取り入れた意図は?
ユン監督:まず、この映画の中に体育の時間を入れたいという思いがありました。学校生活としてクラスの授業やお昼の時間、休み時間を描くのは意味があることですが、体育の時間を描くのも意味があるのではないか。シナリオをブラッシュアップさせる際も、オープニングのドッジボールのシーンは最初からずっとあったものです。日差しが照りつける運動場で、ドッジボールという一見楽しそうに見えるゲームの中に、緊張の面持ちで孤軍奮闘し、友達の中に入りたい、この中で生き残っていきたいと思っている少女の姿を描きたかった。実際、ドッジボールは韓国の子どもたちの間でとても人気のあるスポーツで、私も子どもの頃よくやりましたが、ドッジボールは苦手な記憶もありました。だから自然にこの映画の中に取り入れることができたのです。 
 
━━━子どもたちの自然な表情が魅力的でした。キャスティングやワークショップといった撮影までのプロセスは?

 

ユン監督:私とプロデューサーが、最初書類オーディションで500~600人の中から第1次面接に来てもらう子どもたちを選びました。面接では、30分ほど時間を取り、1対1で応募してきた子どもの話を聞き、どんな子か、その性格を掴んでいきました。次のステップでは私が先生、子どもたちが生徒という風にして演劇遊びをする5~6人のグループオーディションでした。体をほぐしてから即興劇をしてもらい、その後みんなで一緒に即興劇を作っていきます。彼女たちには演劇の授業に思えたでしょうが、演出部が全て撮影しており、後で彼女たちの反応を映像から分析しました。さらに第5次まで審査を重ねたのです。主要登場人物のソン、ジア、ボア、ジア ボラの友達2人という5人は、撮影の2ヶ月前から集まってもらい、週に3~4回、4~8時間の練習を重ねています。皆に仲良くなって欲しいという意図もありましたが、シーンごとに説明し、即興で演じてもらう練習をしました。映画でも、原則即興で演じています。 
 
 

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■子どもたちが繰り返す即興劇から、よく使う言葉を集めて、磨き上げていった台詞

━━━即興を重視していたようですが、元々台詞は設定されていたのでしょうか? 
ユン監督:台詞を強制したわけでもないのに、台詞と同じやりとりをしていて私が驚いたこともありました。逆に台詞と全く違うやりとりをしていた時は、私の方がシナリオを修正しました。完成した作品は、どれが私の書いた台詞で、どれが子どもたちの口から出た言葉なのか分からないぐらい、ミックスされています。 というのも、撮影に入る前、子どもたちは即興劇を繰り返す中で、よく使う言葉、言いやすい言葉をどんどん集めて磨きあげ、台詞を作っていたからです。中でも、ソンとジアが遊んでいるシーンは、ほとんど彼女たち自らが発した言葉でした。例えば「大人になったら何になりたい?」という会話で、ジアが同時通訳者になりたいと言うシーンは、ジア役のソル・ヘインさん自身の夢を語っています。また、キムチチャーハンを食べるシーンは3人とも本当に美味しそうに食べてくれ、食べながら自然と出た台詞なのです。
 
 
 
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━━━ソンの母親や弟など家族の描写が豊かですが、母親の描写でこだわったことは?
ユン監督:シナリオ段階では、映画で描かれているほど愛情表現をしない母親像にしていました。というのも、家計は苦しく、夫も様々な問題を起こしているので、当初は人生に疲れ、あまりうまく愛情表現ができないという設定にしていたのです。母親役の女優、チャン・ヘジンさんは、ご自身もソンと同じぐらいのお子さんがいらっしゃるので、母親役について色々なアドバイスを下さいました。その結果、もう少し健全で、しっかり者として描いてもいいと思いました。辛くても子どもたちには愛情を持って接する努力をするような母親像にしてみたのです。私自身も時間はかかりましたが、自分の母親がそのようなタイプの人であったことを思い出すことができましたし、私が最初書いていた母親は映画的な母親でしたが、現実の母親はとても健康で、面白くて、子どもに愛情を持ち、その反面厳格なところがあるものだと思います。
 
━━━ボラは一見いじめっ子のように見えますが、実は彼女自身も成績が一番であることを親に強いられ、追い詰められているように感じられました。
ユン監督:最初、ソンとジアとボラを描く割合を考えた時、ソンが60%で、ジア、ボラを20%で描こうと想定していました。ボラにはボラの事情があることも描こうとしていたのです。実際はソンに集中してしまったため、ボラのことがうまく伝えきれないところがあったかもしれません。ボラ役のイ・ソヨンさんとも話し合いましたが、ボラはいじめたくていじめたのではなく、彼女の事情があったのだと。おそらく両親はボラが可愛いが故に、もっと頑張って欲しいと塾に通わせ、期待をしているのでしょう。だからボラは気持ち的にいつも焦り、緊張し、その気持ちを友達に発散させていた。ボラとしては学校では、心を許して遊ぶ友達だけでいたいのに、自分たちの仲間に入ってきたがっているように見えるソンが邪魔だった。ボラは親からのストレスを友達で発散してしまったのでしょう。そしてきっとボラ自身もそのことに気付いていたのです。
 

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■主要登場人物の中で一番心の傷が大きかったジア。だからこそ、ソンのように自分が傷つけても、また寄り添ってくれる子が必要だった。

 
━━━子どもの行動は親の影響を大きく受けます。ジアも両親の離婚で環境を変えられてしまった子どもですが、夏休み中と、夏休みが終わってからとソンに対する態度を一変させます。そんなジアを通して表現したかったことは?
ユン監督:ジアは一番現実的な子だったと思います。映画を通して、三人の主要登場人物の中で、一番心の傷が大きかった。でも、自分の気持ちを表現することを学ぶ余力すらなく、とにかく生き残ることに必死でした。両親が離婚したせいで家を転々とし、ジアを取り巻く環境を知ったクラスメイトは弱点と捉えて、仲間はずれにしてしまう。それがジアの中で深い傷となって残ってしまうのです。だから早く状況を認識できるようになっていった。ソンに対する態度が夏休み後に変化するのも、生存本能からくるものです。これ以上一人ぼっちになりたくないという思いからの行動でした。最も早く現実を認識できる子なので、だからこそソンのような友達。自分が傷つけても、また寄り添ってくれる子が必要だったのです。
 
 

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■子どもたちとの作業が本当に楽しい。自分の中にある子どもの頃の気持ちを分かち合える。

 
━━━最後に、ユン・ガウン監督は今までも子どもの人間関係を描いていますが、そのテーマにこだわる理由は?
ユン監督:この質問に答えるのは本当に難しいのですが、今一番言えることは、子どもとの作業が本当に楽しいのです。一緒に作っていると私が知らないことを気付かせてくれることもありますし、映画を作る上で私は子どもたちの同伴者のようになっています。経験が豊富になり、成人した今でもまだその実感を持てないのは、子どもの頃の気持ちが残っているからだと思います。外に気持ちを出したくても出せず、理解してほしくてもなかなか理解してもらえないところがある。でも、子どもたちと作業をする事で、それを分かち合う意思の疎通ができ、私はそこに喜びを感じるのです。
(江口由美)
 

<作品情報>
『わたしたち』(2015年 韓国 1時間34分)
監督:ユン・ガウン 
出演:チェ・スイン、ソル・へイン、イ・ソヨン、カン・ミンジュン、チャン・ヘジン
※第17回東京フィルメックス観客賞、フィルマークス賞、スペシャル・メンション受賞
2017年9月23日(土・祝)~YEBISU GARDEN CINEMAにて公開中、10月7日(土)~シネ・リーブル梅田他全国順次公開
(C) 2015 CJ E&M CORPORATION and ATO Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED
 

 

ernesto-inta-di-550.jpg『エルネスト』阪本順治監督インタビュー

■2017年 日本=キューバ合作 2時間4分 
■【脚本・監督】:阪本順治 (『顔』、『闇の子供たち』、『大鹿村騒動記』、『団地』)
■【出演】:オダギリ ジョー、ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ、永山絢斗
■2017年10月6日(金)~TOHOシネマズ梅田ほか全国ロードショー!
公式サイト⇒ http://www.ernesto.jp
■(C)2017“ERNESTO”FILM PARTNERS

★作品紹介⇒こちら
★舞台挨拶レポート(9/21)⇒こちら



~見果てぬ夢に生きる男たち…阪本順治監督の初挑戦。~

 

チェ・ゲバラといえばキューバ革命で知られる歴史的英雄。それ以上に、学生運動に一度は情熱を燃やした日本の多くの学生たちの“究極の目標”にして反体制の象徴でもある。そんなカリスマと行動をともにし、戦った日系人がいた…、ほとんど誰にも知られていない、その男の名はフレディ前村ウルタード。“歴史に埋もれた男”を主役に据えて阪本順治監督が撮りあげたのが『キューバの恋人』(69年)以来48年ぶり日本・キューバ合作の『エルネスト』だ。


ernesto-550.jpgデビュー作『どついたるねん』(89年)や『顔』(00年)など型破りな映画を作り続けて評価が高い阪本監督が、長編映画として初めて“実在の人物”を主人公にした画期的な「阪本作品」でもある。主演はオダギリジョー。


主人公のエルネストはゲバラ本人からファーストネームを授けられ、戦士名「エルネスト・メディコ(医師)」と呼ばれたが、ボリビアの山中で25歳の若さで散った。先ごろキャンペーンで大阪にやって来た阪本順治監督にこの“異色作”について聞いた。



――大変に生真面目な作品。これまでの作風とはかなり違うが、ズバリ製作動機は?
阪本監督「これは私の初めての青春映画です。こんな日系人がいた、ということを誰も知らない。私も若いときに“監督になりたい”と思って、それからはわき目も振らずに一途に監督になるために邁進してきた。自分で大義を掲げたら悩まない、そういう生き方は分かるし、共感も出来ます。エルネストは実直でナイーブ、デリケート。こんなにまじめな映画はほかにない、といろんな人に言われました」。


ernesto-500-2.jpg――はじまりは?
阪本監督「4年前、ポシャった映画の主人公の一人に日系移民がいた。そのために調べていたら、ブラジル、ペルー、ボリビアあたりで有名な日系移民でフレディ前村という人がいたことを知った。医師になるためにハバナ大学に留学し、チェ・ゲバラと行動をともにしたという。興味を牽かれて、まずご家族に会い、ご家族が書かれた著書『革命の侍』という本を読み、キューバ留学してからの学友の方々と会って、内容を固めていきました」。


――何度か現地にも行くなど、撮影には苦労が多かったのでは?
阪本監督「最初は合作が可能かどうか、でしたね。相手は社会主義国ですから。あちらではまずテレビと映画の2本のラインがあって、どちらにするか考えるところから始まった。最終的にテレビの方になりました。ゲバラご家族のカミーロさんに会って(映画化の)許可をもらい。姉のマリーさんにも会いました。50年前のキューバの事情など、調べるのはもちろん大変でしたが…」。


ernesto-500-1.jpg――クランクインは広島からだった。
阪本監督「ゲバラは日本に来て、広島を訪問して、原爆慰霊碑に献花している。日本人としてぜひ、このシークエンスから映画をスタートさせたかった」これが監督のこだわりだった。この場面で登場するのが中国新聞の林記者(永山絢斗)。監督は林記者の娘さんから記事と取材メモを提供してもらい、実ゲバラに迫った。この記者役を演じたのは「阪本作品出演を熱望していた永山絢人」。彼は撮影1週間前に単身広島入り、平和記念公園でお祈りをして本番に臨んだ。映画エルネストには、こうした内面の力が働いているようだ。原爆慰霊碑に献花するゲバラ…極めてインパクトの強いこの写真も、林記者の取材がもたらした“奇跡”の写真だった。


主人公・フレディ前村ウルタードは阪本作品3度目のオダギリジョー。原作の『革命の侍』や脚本から「自分と似ている部分を探すことから始めた」そうだが、監督から“オダギリのままでいい”と言われた、という。監督はフレディ前村と似ている、と感じていたのだろう。」自分であり続けたオダギリは、全編スペイン語、それもボリビア・ベニ州の方言という至難の役作りに多くの時間を費やした。


ernesto-500-3.jpgフレディ前村=オダギリに阪本監督は深い信頼を寄せていた。面倒な外国語を当然のようにマスターし、12㎏も減量するような“苦行”をやって当たり前、それを自慢など絶対しない、それこそが役者である、ということが身体に染み込んでいる。それこそゲバラと接点がある、と思う。


映画『エルネスト』の冒頭、チェ・ゲバラのゲリラへの定義が字幕で流れる。  「もし我々を空想家のようだと言うなら、救いがたい理想主義者だと言うなら、できもしない事を考えていると言うなら、我々は何千回でも答えよう。その通りだと」。この定義か、はたまた“宣言”こそがこの映画『エルネスト』の骨子ではないか。


“夢見る男たち”はキューバで大仕事を成し遂げ、それは世界中に伝播した。多少でも近づくべく、エルネスト・チェ・ゲバラの書『ゲリラ戦争  武装闘争の戦術』を繙いた。そこには半世紀以前の革命戦術、ゲリラのあり方が極めて具体的に、極めて生々しく書かれていた。キューバ革命を例にあげ、今にも世界中で武装闘争がぼっ発しそうな熱がこもっていた。革命を志すゲリラたちは「救いがたい理想主義者、夢に生きる男」に違いない。彼らは今もまだ“夢の中”にいて、“夢の続き”を見ているのかも知れない。


(安永 五郎)

 

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太地町という小宇宙から世界で起きている対立を映し出す。
『おクジラさま ふたつの正義の物語』佐々木芽生監督インタビュー
 
第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞作『ザ・コーヴ』で取り上げられ、一気に非難の的となった和歌山県太地町の捕鯨問題。前々作『ハーブ&ドロシー アートの世界の小さな巨人』(2010)の公開前から太地町で撮影を始めた佐々木芽生監督が、東日本大震災等で一時中断を余儀なくされながらも、2014年から撮影を再開。2016年釜山国際映画祭にて世界初上映された最新作『おクジラさま ふたつの正義の物語』が、いよいよ9月 30日から第七藝術劇場、今秋より京都シネマ、豊岡劇場にて順次公開される。
 
南国の香りが漂い、町中にクジラのモニュメントがある太地町の捕鯨の歴史は江戸時代まで遡る。国の制限のもと、今も伝統の追い込み漁を続けている太地町に訪れ、捕鯨反対運動を展開するシーシェパードのメンバーたちにもマイクを向け、長くアメリカに住み、ドキュメンタリーに携わってきた佐々木監督ならではの視点で、太地町に住む人たち、訪れる人たちの意見や暮らしぶりを丁寧に追っていく。佐々木監督の代弁者のような存在として、長年日本に住みながらAP通信記者活動をしてきたジェイ・アラバスター氏の太地町移住にも密着。太地の人々を取材するには、彼らと同じ場所に住み、話し合える関係性を作り上げようとするアラバスター氏の考えや行動の結果は、映画にもしっかりと映し出されている。対立から相互理解へ。文化や習慣の違いを超えることはできるのか。国レベルでは無理なことでも、個人レベルでは成し遂げることができるのではないか。捕鯨問題からはじまる本作から想起するものはあまりにも多く、そしてその問題について考えることが、道は長くても「他社との共存」に繋がるかもしれない。そんな希望を抱かせてくれる、意義深い作品だ。
 
本作の佐々木芽生監督に、世界と日本の動物愛護に関する認識のズレや、太地町から見える様々な対立が意味することについて、お話を伺った。
 

 


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■捕鯨の是非を問うのではなく、太地町を通して見える世界を見ていただきたい。

━━━奥が深い、凝縮されたテーマになっていますね。
色々な国際関係の縮図であり、会社や友人関係、夫婦関係の縮図にも見えます。太地町という小宇宙から、世界で起きている色々な問題、衝突や対立が映し出されるのではないかという思いがありました。捕鯨の是非を問うのではなく、太地町を通して見える世界を見ていただければと思っています。
 
━━━日本に長く滞在し、記者活動を続けてきたジェイ・アラバスターさんの存在が、作品のバランスを取る役目を果たしています。
どなたかが、アラバスターさんと私は合わせ鏡だと指摘されて、なるほどと思ったのですが、彼はアメリカ人でありながら日本に長く住んでいます。私は日本人でありながらアメリカに長く住んでいる訳で、二人ともこの捕鯨問題に関しては少し引いた目線で、同じような考えを持っています。色々話し合いましたし、同じような考え方を持っている人で、お互い共感する部分も大きかったので、この映画にも出演していただきました。
 
━━━初めてアラバスターさんとお会いになったのは、いつ頃ですか?
2014年の暮れごろだと思います。2010年から撮影を始めたものの、中断を余儀なくされ、再び撮影を再開すべく太地町に戻った時に出会ったのが、アラバスターさんでした。あの映画の中では主人公がいない、つまり寄り添える人がいなかったのです。でも、アラバスターさんのように、アメリカ人だけど太地町に引っ越し、町の人たちを理解しようとする人がいると、捕鯨賛成派、反対派とどちら側の人も彼に寄り添えます。主人公というよりは、映画のガイドであり、特に後半は彼に寄り添って物語が進んでいくので、その存在は大きかったです。
 
 
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■世界の流れは環境保護、動物愛護から動物の権利の問題へ

━━━佐々木監督ご自身は、捕鯨に対してどのような考え方をお持ちですか?
日本人だから捕鯨に賛成という訳ではなく、日本も悪いところがあります。情報発信のまずさは、伝統や文化を傘に、我らVS彼らのような二項対立の構図を作ってしまっています。映画の中にもありますが、鯨を全然食べないのに、「自分たちの文化を攻撃された」という見せ方をするので、それはけしからんという流れになってしまう訳です。今の世界の動きというのは、太地町で起きているイルカ漁の問題は環境保護ではなく、動物愛護、動物の権利の問題の象徴なのです。映画『ザ・コーヴ』によって、問題が大きな鯨からイルカにシフトしました。その後に太地町で起きていることは氷山の一角で、韓国での犬食やスペインの闘牛、フランスのフォアグラやイギリスの狐狩りなど、動物の問題だけでも世界中で色々な反対運動が起きています。特にアメリカでは、動物に残虐な扱いをしてはいけないという動物愛護や動物福祉の問題が、今は一歩踏み出して、動物の権利が問題になっています。つまり動物の本来の姿ではないような、動物園の檻に入れたり、芸をさせたりすることは動物の意思に反しているという考え方なのです。
 
━━━アメリカでは、水族館にイルカはいないそうですね。
アメリカもそうですし、ヨーロッパはもっと前からと聞いています。水族館でイルカのショーをやっているのは、世界中でも日本、中国、途上国、中東ぐらいで、先進国ではほぼやっていませんね。日本だけがその認識がなく、非常に遅れています。そういう色々な問題を踏まえた上で捕鯨の是非を議論するべきなのに、伝統だからと議論が進まない。捕鯨といっても、調査捕鯨もあれば、太地町のような小型鯨類を獲る沿岸捕鯨もありますが、それらも全部一緒に議論されていることにも疑問を感じます。
 
━━━撮りながら、両方の意見を聞いていると、作品の落としどころが難しくなってきたのでは?
何が真実か分からなくなってきます。もちろん、あんな小さな町が世界の批判のターゲットになってしまったという不運さに対し、私が太地町の人たちに同情的であることは変わらないです。ただ、イルカ漁存続の是非については、日本の法律で保障されていることなので、太地町の漁師を攻めることではありません。それを太地町だけに背負わせるのは、フェアじゃないと思います。

 

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■捕鯨問題で中立的と言いながら非常に偏っている日本のメディア

━━━そういう点では、この映画は中立的ですが、どういうお考えで作られたのでしょうか?
捕鯨の問題に関して、日本のメディアは中立的と言いながらも、非常に偏っています。「シーシェパードは悪だ」「お金儲けでやっている」「悪のシーシェパードがやってきて、日本の伝統を壊そうとしている」という描き方で、どちら側も偏っています。誰かを悪に仕立て上げ、善悪を付けても説得力がありません。私の中でもイルカ漁に関してどちらが良いのか判断しづらいです。海外の人たちの価値観と日本人の価値観は全然違いますから。
 
━━━「違う」ということを認識するという線引きがされている映画ですね。
そこが大事です。ただ中立という言葉は、私の中ではいかがわしい感じがして、使わないようにしています。その人の立ち位置によって中間地点はズレてしまいますから。シーシェパードにとっての中間地点と、太地町の人たちにとっての中間地点は全然違うので、あまり意味がありません。私は「バランスが取れた」という言い方をしています。
 
━━━『ザ・コーヴ』公開から7年経ちますが、シーシェパードの活動は依然として活発なのですか?
日本に抗議活動に来る人たちはいなくなりました。国内からはいなくなっている、活動家の人たちが入れなくなってはいますが、ネット上ではその勢いは衰えていません。保護活動家のリック・オルバリーさんは、日本に入国できないので9月1日の追い込み漁解禁日にはロンドンの日本大使館の前にいました。世界中の日本大使館や領事館前で抗議活動を行われています。オリンピックボイコットの話も出ていますし、本気で各国が抗議行動に出れば、大変なことになるのではないでしょうか。また、シー・シェパードは2014年からフェロー諸島で抗議活動を行っていました。ただ、相当地元で反発され、2年で活動できなくなったんです。フェロー諸島の人たちは英語で猛然とシーシェパードに反論しますから、シーシェパード側も地元の人の生の声を聞いて、このまま抗議し続けるのは難しいと判断したようですね。
 
━━━反論するという意味では、佐々木監督は撮影で訪れた際に、太地町の人たちとシーシェパードの人たちの間に入って、通訳する立場となっています。お互いの言い分を一心に受ける稀有な体験をした訳ですが。
こちらはドキュメンタリーを撮っている側なので当事者になってはいけないのですが、太地町の現場で日本語と英語両方を話せる人が本当に誰もいなかったので、必然的に当事者として引きずり込まれた状況でした。
 
━━━今回の取材で実際に騒動の最中にある太地町を訪れた感想は?
本当に風光明媚な町です。熊野の自然が豊かで、温暖な気候ですし、町の人たちは玄関に鍵もかけず、ピンポンを鳴らすこともなく、お家に入っていくような、とてもおおらかな町なのです。そこに外国人活動家やシーシェパードの人たちが来て、町がギスギスしてしまったのは本当に気の毒です。映画で黄色い帽子を被ったアラバスターさんが毎朝漁師さんに向かって「おはようございます」と挨拶するシーンが出てきますが、あの撮影の最中にアラバスターさんが帽子をなくしてしまったと言うのです。そして「きっと誰かが届けてくれる」と。驚いたのですが、案の定次の日に、彼の家の玄関奥の土間に黄色い帽子がぽんと置かれていました。何のメモ書きもないので、誰が届けてくれたか分からないのですが。また、アラバスターさんが帰宅した後冷蔵庫を開けると、大きな魚が入っていたこともあったそうです。そういう暖かさが太地町にはあるんですよね。

 

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■グローバルVSローカルという構図は世界共通。ネットにアクセスできないローカルの人の声はメディアに上らない。

―――本作を編集される頃はアメリカそういう雰囲気を感じながら、編集していたのですか?
昨年編集し終わる頃、アメリカではちょうど大統領選の最中でした。ブレグジット(イギリスのEU離脱)の国民投票を支えたのは、地方でグローバリズムに生活を脅かされている人たちです。トランプ氏に投票した人も、グローバリズムや移民は嫌だという地方の生活者が多かった訳で、グローバルVSローカルという構図は本当に世界共通なのだと痛感しました。昨年6月にブレグジットがあったとき、「本当に太地町で起きていることと同じだ」と思いました。なぜかと言えばローカルの人たちはSNSやYouTubeなどネットを使った発信をほとんどしません。ですから、彼らの声はメディアに上ってきづらいのです。彼らは情報弱者ですし、世界で何が起きているのか、そこに対して彼らの生活がどのような影響を受けるのか。また、その影響に対する意見や不安などをSNSにアクセスできない人たちは伝えることができない。太地町の人たちもそうですが、地方でネットやSNSにアクセスできない人たちの声はかき消されてしまう。国内でも届かないし、国境を越えて世界にもまず届きません。
 
―――映画でもアラバスターさんが町の人にネットでの発信方法を教えているシーンがありましたが、シーシェパードの動画も駆使したリアルタイムの発信力、拡散力の凄さ、それがために声を上げられない側が不利な状況に追い込まれている様もよく理解できました。情報発信力の向上がここまで切実な問題になっているんですね。
その危機感が日本には全然ないのかという気がします。特に英語での発信ですね。太地町では外国人を見ると受け入れがたい気持ちになってしまいますし、警察はパスポート番号を控えたりもするのですが、逆にこんな時だからこそ外国人を歓迎する方法はないかと思います。個人レベルの交流ができれば、太地町の味方をする外国人も増えるでしょうし、状況は変わるのではないでしょうか。
 
 
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■動物愛護の視点に立つ人、太地町の人、両方の世界観を表す『おクジラさま』

―――タイトルの『おクジラさま』には、どんな意味が込められていますか?
生類憐みの令で「お犬様」という言い方があったのですが、それに象徴されるように、日本では17世紀の終わりに犬や動物たちを人間もしくはそれ以上に愛護し、大切にすることを定めた法令が出されました。実はこの生類憐みの令は人類史上初めて動物愛護を定めた法律で、当時では世界最先端だった訳です。動物愛護の視点に立つ人からすれば、クジラは一つの象徴であり、1970年代以降は環境保護問題の象徴にもなっている神格化された「おクジラさま」ですし、太地町の人たちにとっては命を繋ぐための犠牲になってくれる、大事な「おクジラさま」で、感謝と畏敬の念を持っています。この二つの世界観が『おクジラさま』というタイトルに込められているのです。
 
―――『ハーブ&ドロシー』同様、本作も根底に流れているのは「人間賛歌」だそうですね。
「なぜ、わざわざこんなに違うものを作ったのですか?」と聞かれることもありますが、私の中ではそうでもないんです。テーマは捕鯨とアートと違うように見えますが、本当の根底にあるものは同じだと思っています。
(江口由美)
 

<作品情報>
『おクジラさま ふたつの正義の物語』
(2017年 日本・アメリカ 1時間36分)
監督:佐々木芽生
2017年9月 30日(土)~第七藝術劇場、10月28日(土)~豊岡劇場、今秋~京都シネマ他全国順次公開
公式サイト⇒http://okujirasama.com/
(c)「おクジラさま」プロジェクトチーム
 

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故郷と向き合うのは、髄の部分で自分に向き合うこと
『望郷』主演大東駿介さんインタビュー
 
湊かなえが故郷の因島を舞台に描いた連作短篇集『望郷』より「夢の国」「光の航路」を、デビュー作『ディア―ディア―』、今年公開の『ハローグッバイ』共に国際映画祭で高い評価を受けている菊地健雄監督が映画化。9月16日(土)より新宿武蔵野館、9月30日(土)よりテアトル梅田、京都シネマ、元町映画館ほか全国拡大上映される。
 
 
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古いしきたりを重んじる家庭に育ち、結婚後も島で暮らし続ける夢都子(貫地谷しほり)と、本土から転任で9年ぶりに島に戻ってきた中学校教師の航(大東駿介)。確執を抱えたまま生きる2組の親子が、真実を知り、未来に向かって歩むまでを二つの時代をクロスさせながら描いたヒューマンストーリー。故郷の光と闇、親子だからこそ抱く複雑な感情など、湊かなえらしい人間描写を、菊地健雄監督がさらに深く、そしてどこか温かく見つめ、役者の表情をつぶさに捉えて映し出す。
 
本作のプロデューサー辻村和也さんは本作の狙いについて、「同世代のスタッフ、本作品を共に作っていける監督、俳優をキャスティングすることを意識しました。作品の世界感を一番に考えた丁寧な作品を作り、映画ファンが多く集まるミニシアターにかけていくというのが最初に出していた方針でした」。菊地監督に関しては「助監督経験が豊富にあり、役者に芝居をつけることに定評がある事に加え、起用に作品制作に向き合えること。」また監督が動きやすいチーム編成にする事が絶対条件とも考えてました。、そして大東さんについては「演技力には定評がありながら、まだ重厚な作品で主演されるイメージがないため、そんな一面を見てみたかった」と起用の理由を語ってくれた。また、因島が舞台の全く独立した二つの話(「夢の国」「光の航路」)を、双方の主人公を同級生の設定にすることで、一つの作品になるような台本に仕上げたという。「石の十字架」で登場した十字架のある白綱山が重要なシーンで登場しているのも見どころだ。
 
キャンペーンで来阪した主演、大崎航役の大東駿介さんに、亡き父親と対峙する航役について、また初タッグとなった菊地監督との撮影についてお話を伺った。

 


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■菊地監督の島と故郷と人間を丁寧に描く姿に共感。「周りの筋肉は柔らかくて、骨だけむちゃくちゃしっかりしている感じ」が信頼感に。

―――『望郷』は『白ゆき姫殺人事件』以来の湊かなえ作品出演ですが、航役のオファーがあった時どんな印象を持ったのですか?
『望郷』は他の湊かなえさん作品とは世界観が違うとよく聞くのですが、僕はとても湊さんらしさが出ているという印象があります。湊さんの作品はミステリーでも人間性が際立っています。この『望郷』は、ミステリー要素がありながらも、菊地監督が島と故郷と人間を丁寧に描こうとされていたので、航役を是非演じたいと思いました。
 
―――菊地監督とは本作が初タッグとなりますが、一緒に仕事をして感じたことは?
菊地監督は細部まで見てくれ、信頼感があります。僕はよく現場で、信頼しあえる人間関係をどう構築していくかを考えます。映画を作る時は、毎回知らない人が集まって作っていくので、その中で信頼感はあるに越したことはない。もちろん仕事に対する熱意は、信頼を得る大きな材料ですが、ちょっとした方向性のズレが生じると衝突が生じてしまいます。菊地監督は、熱意もあり、その場で生まれて来るものに対しても柔軟なんです。逆にそれをキャッチして面白いと思ってくれる。偶発的なものも含めて、監督が描こうとしている人間や、島の現実と捉えてくれました。人を描くのに適した監督です。我がない訳ではなく、我の部分が映画の芯になる。周りの筋肉は柔らかくて、骨だけむちゃくちゃしっかりしている感じが、信頼感に繋がり、スタッフ、キャスト全員が菊地監督のためにいい作品を作ろうというスタンスになっていました。
 
―――菊地監督が曲げない部分というのは、どういう点ですか?
映画のビジョン、「こういう作品にしたい」という思いはしっかり持っていらっしゃいました。でも、こういう芝居をしてという押し付けは一切なかったですね。
 
―――菊地監督が大東さんらキャストを信頼していたのでしょうね。
僕も、衣装合わせで初めて監督に会った瞬間に信頼したんですよ。というのも僕は台本を読んで、この話は因島で撮れたらいいなと思っていたところ、監督が因島で撮りたいと強くおっしゃっていたと聞いたのです。その時点で僕は、この作品の芯を捉えている気がしました。それでいながら熱望した因島の撮影を終え、いざ出来上がった作品を見ると、島の風景はそこで育った人を構築する一部のパーツとなっていて、決して島を前面に押し出したりはしていない。『望郷』という作品にとって、因島はどういう存在なのか。あくまで湊かなえさんの『望郷』を映画化したという核から絶対にズレず、きちんと芯を捉えているところが凄いと思いました。

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■上京する時に感じていたこと、故郷に今感じることは『望郷』に似ている。

―――芯となるのは、「故郷との関係を描く」ということでしょうか?
因島は例え話で、僕も堺市出身、堺のことが大好きだけど、上京する時に感じていたことと、今感じることは『望郷』に似ています。堺のことは大好きなのだけど、本当に離れたかった。自分の未来はそこにはなかった。僕の中で、故郷はずっと居る場所ではなかったですね。役者になりたかったし、広い世界を見たかったので、最初は「やっと故郷を出れた」と思うのですが、結局いつも故郷のことを思い、故郷の居心地の良さを感じているんですよ。そことの比較で、少しずつ大人になっていっているのかなと。
 
―――航役を演じるにあたり、内面を掘り下げるために自らの故郷や父親との関係を振り返ったりもしたのですか?
もちろんこの台本を読んで自分と向き合うことが多く、父親や故郷について考えましたが、それで役を構築すると、結局航の話ではなく自分の話になってしまいます。内面を作るのは周りの人、兄弟や家族、育った環境が大きくあると思うのです。だから因島を自分の中に溶け込ませる作業、当たり前にその島にいることができる、ということもやっていきました。撮影中の空き時間は、とにかく因島で友達を増やし、路地裏もくまなく廻り、島の本当の声や、どういう時間が流れているのかをキャッチしましたね。
 

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■島の廃墟には栄えていた頃の活気が残っている。

―――映画でも沿岸部だけでなく、造船所跡など印象的な建物が登場し、因島の雰囲気が感じられました。
僕は廃墟や古い建物が好きで、よく写真を撮りに行きます。廃墟は人がいなくなった瞬間に時が止まる気がするけれど、止まってからの時間が廃墟に残っている。因島は造船が栄えた時期があり、その時の活気が建物に残っているんですよ。僕の知らない因島の時間がそこに流れていて、歩いているだけでも子どもの頃の航がいた時間を感じることができました。たまに実家に帰ると、今まであったスーパーがなくなっていて、結構ショックを受け、これが大人になっていくことかと思うのですが、この『望郷』でそういう喪失がきちんと描かれているのも菊地監督の凄いところです。
 
―――ちなみに今回初めて因島を訪れたとのことですが、島の印象は?
観光で行ったら、素直に色々楽しめると思うのですが、俳優という職業の辛いところで、役を与えられて行くと、なんとも思えないですね。十字架がたくさんある白綱山も、いつもならそういう場所が大好きなので写真を撮りまくると思うのですが、携帯を見ても一枚も写真がなくて。航にとっては当たり前の景色なので、写真を撮ろうという感覚が全くない。だから、今楽しみなのは因島に舞台挨拶に行って、「いい島やったな!」と言うこと(笑)。ただ、その分感じられる魅力は、島にいて落ち着くんですよ。自分の中でよそ者感がないので、故郷のように落ち着くし、路地裏を歩くだけでもホッとする。お呼ばれ感がないというのが、逆に言えばこの仕事の魅力かもしれませんね。
 
 
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■絶対的な存在感、父親であり教師としての存在を感じた緒方直人さんの芝居

―――父親役の緒方直人さんとは、共演シーンはほとんどありませんが、撮影現場をご覧になっていたそうですね。
緒方さんの芝居を見て、言葉に責任を持つというのは凄いなと思いました。台詞をちゃんと相手に届ける。それを当たり前に、自然にできるというのは経験値というより、器の大きさを感じます。親父の事は分からないという航が、それでも同じ先生という職業を目指してしまう絶対的な存在感であり父親像を、一役者として緒方さんに感じました。同時に思ったのは、台本を開いた時に父親と書かれていても、父親という役はないなと。父親も元々は一人の男で、父親以外の人生があるという当たり前のことを、緒方さんを見ていて感じました。父親芝居ではなく、教師としての存在がしっかりしている。緒方さんは教師として生徒に向き合っているだけですが、それが航の見ている親父なのかと思いました。緒方さんの力ですし、それをきちんと理解して切り取った菊地監督の力でもあります。
 
―――仲たがいしたまま亡くなった父親の真意をようやく知り、自殺未遂の生徒に語りかけながら、その目は遠くを見つめているシーンは、父親への気持ちも表現しています。どのような気持ちで演じたのですか?
親父がどういう人だったのかを航は理解できたと思うのです。いざ同じ問題に僕が向き合った時、僕も同じような気持ちになり、親父の偉大さを知りました。だから回想シーンで本当はその場にいなかった子ども時代の航が、親父に言われているんです。親父と同じ仕事を追いかけた時、初めて親父の言葉をもらえた。人はいつか死ぬけれど、覚えている人がいる限り、その人は永遠に死なないと思うのです。航は親父が死んだけれど、死んだのではなく、その瞬間に時間が止まったままで、親父の真実を知った瞬間に時間が動き出した。航の中で親父と共に生きていくのだろうという生命力を感じました。

 

■「死んだ親父の話をすることで、親父は生き続ける」~航の体験と重ねて

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―――父親の偉大さを知ったというのは、ご自身の体験にも重なったのですか?
今までインタビューで自分の親父の事を話したことはなかったのですが、この作品で話すようになりました。死んだ親父の話をすることで、親父は生き続けるのかと思うと、僕がこの作品に出会った意味はそういうところにもある気がします。
 
僕は小学校ぐらいから親父に会っていなくて、親父がどんな人なのか本当に分からなかった。航の気持ちがよく分かりました。3年前ぐらいに親父が見つかった時、僕は妙な意地を張って逢わなかったんです。その翌年、親父が亡くなったので結局合わずじまい。それから親父のことを親戚から聞くうちに、自分の中で今まで影だった親父に、人柄や温かさ、ぬくもりが見えてきて、生きていたときよりも温度を感じるようになりました。死んでからでも人は生きることを緒方さんの演技でも感じました。緒方さんに親父のぬくもりを感じ、それが自分の人生にも重なりました。自分も何かを乗り越えなければならない瞬間がくるような手法で撮ってくれ、人間の心理描写にこだわり抜いた菊地監督だからこそできたことだと思います。褒めすぎと思われるかもしれませんが(笑)。
 
―――最後に、これからご覧になる皆さんにメッセージをお願いします。
湊かなえさんの原作を丁寧に映像化した作品です。『望郷』というタイトルの通り、皆さんそれぞれ故郷があると思うのですが、故郷と向き合うのは、髄の部分で自分に向き合うことではないかと感じます。この作品を観てくれた方が、ちょっと地元や実家に帰ろうかなと思ってもらえると、うれしいです。
(江口由美)
 

<作品情報>
『望郷』(2017年 日本 1時間52分)
監督:菊地健雄
原作:湊かなえ「夢の国」「光の航路」(『望郷』文書文庫所収)
出演:貫地谷しほり、大東駿介、木村多江、緒方直人、森岡龍、浜野謙太、伊東蒼、川島鈴遥、片岡礼子、相島一之、白川和子他
主題歌:moumoon「光の影」(avex trax)
2017年9月16日(土)~新宿武蔵野館、9月30日(土)~テアトル梅田、京都シネマ、元町映画館ほか全国拡大上映
公式サイト⇒http://bokyo.jp/
(C) 2017 avex digital Inc.
 

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~占領軍に立ち向かった瀬長亀次郎を通して沖縄戦後史に目を向ける~

 
戦後アメリカ占領下の沖縄で米軍に挑んだ男、瀬長亀次郎の人生を通じて沖縄の戦後史を描いたドキュメンタリー映画『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』が、9月16日(土)より第七藝術劇場、元町映画館、9月23日(土)よりシネマート心斎橋、京都みなみ会館他にて全国順次公開される。
 
監督は、「筑紫哲也NEWS23」でキャスターを務め、精力的に沖縄取材に取り組んできた佐古忠彦。初監督作品となる本作では、不屈の精神で沖縄のためにその身を捧げ、今も沖縄で市民の支持を得続けている瀬長亀次郎の人生を、大量の資料や証言を基に編み上げた。
本土が戦後の復興と民主主義を手に入れる中、語られることのなかった沖縄戦後史も証言と共に明らかになっており、沖縄を改めて理解する手がかりとなることだろう。
 
本作の佐古忠彦監督に、沖縄取材を積み重ねる中で感じていたことや、瀬長亀次郎が沖縄の人々に与えた影響、戦後沖縄の辿ってきた歴史についてお話を伺った。
 

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■本土が知らなかった、沖縄にある不条理に、いつも取材の中で出会っていた。

━━━瀬長亀次郎さんをお知りになったきっかけは?
20年以上も沖縄へ取材で足を運ぶ中で、いつの間にか沖縄の戦後史に残る一人として、瀬長亀次郎というお名前は耳にしていました。沖縄の人たちにとても鮮烈な印象を残している人なので、いつかきちんと向き合いたいとずっと思っていたのですが、その機会がなかなか掴めなかった。戦時中の沖縄、そして今の基地問題は断片的に取り上げてはいましたが、今につながる歴史を体系的に取り上げるということが抜け落ちていたのです。ここにアプローチし、今の状況を理解するものに繋がればという思いがありました。
 
━━━95年に起きた沖縄米兵少女暴行事件が沖縄で取材をするきっかけになったそうですが、現地取材を続けていく中で実感したことは?
取材を積み重ねることで自分自身も沖縄のことを勉強していったのですが、本土が知らなかった、沖縄にある不条理にいつも取材の中で出会っていました。最初、焦点を当てたのは地位協定の不平等さでした。地位協定は安保条約に付随していますから、日本全国の基地がある町に適用されるものです。事件や事故があった時の補償問題など、どうしても基地が集中している沖縄で起こるケースが多く、本土の人たちがあまり感じないような不平等さ、理不尽さを味わっていることが、私も徐々に分かっていきました。
 
 
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■筑紫哲也さんが大事にした「自由の気風」。議論の大切さやメディアの果たす役割を追求する姿勢を学ぶ。

━━━これらの取材をしながら、佐古監督は10年間「筑紫哲也NEWS23」に出演しておられましたが、筑紫さんと一緒に仕事をする中で学んだことや、今でも胸に刻んでいることはありますか?
筑紫さんはあれこれ指示をする方ではなく、いつも後ろから見守って下さるタイプでしたが、私が沖縄取材をし、様々な特集を作る中で、5月15日(沖縄本土復帰記念日)や、6月23日(沖縄慰霊の日)など沖縄にとって節目となる日には、一緒に沖縄に出かけて中継をし、色々な経験を一緒に重ねてきました。
 
筑紫さんがよくおっしゃっていたのは「沖縄からこの日本が見える」。沖縄から色々な日本の矛盾が見える。それがあり続けるからこそ、私もずっと取材を続けていますし、筑紫さんにとっても私にとっても沖縄の存在は大きいです。物を考える原点になっています。
 
また、筑紫さんがいつも大事にしていた言葉の一つに「自由の気風」があります。「色々なことが自由に議論できなくなる世の中になると、何が起こるのかはこの国の歴史が証明している。自由の気風を絶対守っていかなければならない」と思われていた方でした。色々な考えがあっていいし、議論をむしろ楽しむぐらいの世の中を維持していかなければいけないとよくおっしゃっていました。私も自分がニュース番組を担当している時、相対する意見を持つゲストを招くこともよくありましたが、いかにご覧いただいている方に考える材料を多方面から提示できるか。それが私たちの役割です。そして、議論の大切さ、それができる社会であること、そのためにメディアが果たす役割は何なのか。それらを追求する姿勢が、筑紫さんを通して私の中に根付いたのではないかと思っています。
 

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■瀬長亀次郎さんを通して沖縄戦後史を見ると、今まで取材した点と点が繋がって線になる。

━━━瀬長亀次郎さんの人生を通して沖縄の戦後史を今、描こうとしたのはなぜですか?
ニュースでは、どうしてもその日起きたことを切り取るだけで、なぜこのようなことが起きるのかという全体像が見えません。特集として報道することもありますが、それでもどこまで伝えきれているのか不透明です。一面的な部分を見て、「また反対している」と批判的な声が出てきますが、よく考えてみれば本土は当たり前のように平和憲法を手に入れ、経済的な復興を遂げた訳です。でも一方で沖縄の戦後史に何があったのかは伝わっていません。本土の認識からすっぽり抜け落ちている部分ですが、そこに目を向ければ本土との溝や温度差が少しでも埋まることに繋がるのではないか。
 
そう考えた時、沖縄の戦後史の中で占領軍に立ち向かった瀬長亀次郎さんを通して戦後史を見ると、皆さんに伝えられることがあるのではないかと思いついたのです。今でも続く県民大会や翁長知事が誕生した後の空気を見ると、私が取材で見聞きしていた時代に似ているのかもしれない。実際にそういう話を現地で聞いたことがあり、点と点が繋がって線になっていく感覚がありました。
 
━━━瀬長亀次郎さんの取材を重ねる中で、新しい発見はありましたか?
亀次郎さんはたくさんの日記や資料を残していますが、それらを調べ、関係者に取材すると、こんなにエピソードが多い人だったんだと。調べれば調べるほど溢れてくるのですが、全部を映画に入れる訳にはいきませんから(笑)。亀次郎さんの存在感の大きさもどんどん分かってきましたし、いまだにそれは続いています。最初に沖縄で本作を公開した時、集まってこられた人の多さもしかりですし、頂いた感想も含めていかに亀次郎さんが愛され、今も求められている存在なのかを改めて意識しました。大昔の偉人という訳ではないにも関わらず、現在の人が教えを乞う訳ですから、稀有な存在だったと思います。
 
 
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■沖縄は戦争が終わって、平和も民主主義も来なかった。だからこそ声を上げ続けている。

━━━瀬長亀次郎さんは、アメリカの軍事占領下に置かれた沖縄で、率先して民主主義を求めて団結し闘う旗印になっていました。これが今につながる沖縄の活動の原点のように見えました。
平和憲法が手に入ることで、日本は軍国主義が終わり民主主義を手に入れた訳ですが、沖縄だけはあの戦争が終わっても平和も民主主義も来なかった。本土は民主主義を与えられたのですが、沖縄は自分たちで民主主義を獲得しなければならなかった。ひょっとすれば今も本当の意味で民主主義を獲得しておらず、だからこそ声を上げ続けているという面もあるでしょう。
 
━━━戦後、瀬長亀次郎さんらを筆頭に沖縄の人たちが声を上げ続けた歴史が、今の民主主義に対する思いの強さに受け継がれていますね。
自分たちの思いを公に言えないような時代に、明確な言葉で沖縄の主張を演説する亀次郎さんに人々は希望を託す訳です。家族で集会の場に出かけていくというのは、ある種はじめての政治参加であり、集会に行くこと自体が自分たちの意思表明になっていました。その頃から時が流れても、同じように県民大会が行われているのは沖縄以外にありません。そこで出てくるテーマは不条理なことばかりで、戦後から続いているのと変わりません。その一つ一つが沖縄でどこまで解決されているかを見つめると、また見えてくるものはあるのではないでしょうか。
 

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■亀次郎さんは、戦後早々から男女平等の実現に動く先進的な面を持っていた。

━━━取材では瀬長亀次郎さんの娘さんも登場し、在りし日の父のことを語っておられましたが、父親としての亀次郎さんはどんな素顔があったのでしょうか?
とても怖かったみたいですよ。よく怒られたそうなのですが、日記を見るとなぜ子どもたちを怒ったかが書かれていたそうで、亀次郎さんが亡くなってから日記を見て初めて自分が怒られた原因が分かったそうです。一方でとても家庭的な面があり、刑務所に収監された時からの習慣で、朝の5時から家族の洗濯物をしていたそうです。洗剤が残るともったいないから、家族に洗濯物の残りがないかと声をかけてと。なぜそのようにしていたかと言えば、奥様が雑貨のお店の仕事をされていたからで、自分も楽しくて(洗濯を)やっているのだから感謝しなくともよろしい、と日記に書いているのです。今でいう「女性が輝く社会」を目指す、とても先進的な面を持っていました。労働法の審議でも、男女平等を唱え、産前産後に二カ月の休暇を女性に与えるべきだと訴えていましたから。あんな昔に男女平等の実現に動いていたという意味でも、なかなかいない人だったのではないでしょうか
 

■ハイライトの国会での論戦、亀次郎さんの訴えは沖縄の思い。

━━━瀬長亀次郎さんが、衆議院議員に当選後、明瞭かつ的確に沖縄の主張と、政府の対応を当時の佐藤首相に問う論戦は、様々な思いが胸をよぎるシーンです。この論戦を盛り込んだ意図は?
あの論戦は、ある種本作のハイライトだと思っています。沖縄の思いを時の首相にぶつける。その首相は沖縄返還の立役者と言われていますが、密約をしていたことが後に明らかになっています。とても象徴的なシーンですし、あそこで訴えている言葉は沖縄の思いなので、絶対に入れたいと思いました。亀次郎さんが行った50年代の演説動画は残っていませんが、多分このような調子で民衆に訴えかけ、そしてアメリカにも向かって行ったと推測できるという思いもありました。また、首相もタジタジになりながらも主張の違いを認めた上で、誠意をもって答えているように見えたのです。今の政治との比較もできますし、古い話のように見えて、一つ一つのテーマに今日性があると思います。
 
━━━最後に、これからご覧になる皆さんにメッセージをお願いいたします。
なぜ今沖縄がこのような状態なのか。それは歴史があるからなので、歴史を見ることで今が見えるという思いで制作しました。私たちの認識から抜け落ちていた沖縄の戦後史に目を向けることで、今ある状況、これからの沖縄やこの国の在り方も含めて、どうしていけばいいかを自分たちの問題として考えられるきっかけになればと思っています。
(江口由美)
 

<作品情報>
『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』
(2017年 日本 1時間47分)
監督:佐古忠彦
出演:瀬長亀次郎他
語り:山根基世、大杉漣
テーマ音楽:「Sacoo」作曲・演奏 坂本龍一
2017年9月16日(土)~第七藝術劇場、元町映画館、9月23日(土)~シネマート心斎橋、京都みなみ会館他全国順次公開
(C) TBSテレビ
 

asagakurumaeni-550.jpg『あさがくるまえに』カテル・キレヴェレ監督インタビュー
(2017年6月24日 大阪・九条のシネ・ヌーヴォにて)



「感情は言葉よりも雄弁」
臓器と共に移植される17歳・シモンの青春

 

是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004年)や小津安二郎監督の『父ありき』(1942年)の世界観が、自分の描きたいものに似ているというフランス新進気鋭の女性監督カテル・キレヴェレ、37歳。脳死状態になった17歳のシモンをめぐる残された人々の再生を、移植タイムリミットの24時間の物語として描いた心に沁みる感動作『あさがくるまえに』を創り上げた。「言葉で説明するより、映像や俳優のエモーションで表現したい」と、リアルな映像と抒情性を巧みに融合させることができる、グザヴィエ・ドランやミア・ハンセン=ラブと並び期待される映像作家である。


asagakurumaeni-di-500-2.jpg突然最愛の息子を失う不幸に見まわれ、離れかけていた夫婦の絆を取り戻す両親。静かに横たわるシモンと両親の気持ちを尊重しようとする移植コーディネーターのトマ。若くもない自分が臓器提供を受けることに迷いを感じる二人の息子の母・クレール。この三者を結びつけるのはシモンの心臓。恋にトキメキ、大きな波のうねりにも挑み、あらゆる可能性を秘めた未来を生きようとしていたシモンの心臓は、強く逞しく活発に躍動していたのだ。「“生きたい!”という衝動に駆りたてられる力強さを表現したかった」と語る監督。


asagakurumaeni-500-2.jpg「映画は“生”を写し撮るものだから、死者より生きている者を描きたくて、残された人々に光を当てるストーリー展開にした」――― 臓器提供を決心し、シモンとの最後の別れをする両親や、心臓を摘出される直前のシモンに波の音を聴かせる医師のトマ、そして、感情を排除したようなオペ室の中で、人の生と死を司る儀式のような手術の模様を真上から捉えた映像など、“命の連携”の神々しさを表現。早朝、シモンが彼女の部屋の窓から抜け出す時のふと振り返ったその表情は、シモンの魂が別世界へ飛び立とうとするかのように、新たな息吹を観る者の心にも刻み込む。


asagakurumaeni-500-1.jpg「脚色は、原作を尊重しながらも自分らしい作品にしたかった。原作を超えていく難しさもあれば面白さもある」――― 映画化争奪戦となった話題のベストセラー小説を基に、キャラクターを生きる実力派俳優をキャスティングし、印象的な深みのある映像で残された者の心に寄り添うキレヴェレ監督。『聖少女アンナ』『スザンヌ』とオリジナル脚本で製作してきたが、長編3作目にして早くも普遍的テーマを打ち出せる実力が発揮された。その躍進ぶりについて、「私も人生と共に変化していく訳で、生きている経験が深みとなって出ているのかも。撮影監督と協議しながら撮っているので、一作毎に学べることも多い」。


asagakurumaeni-500-3.jpg「人生を描くためには、理性的に考えて決断する力が重要。様々な流れの中に身を置くことは多いが、必ずしも時系列に表現する必要はない。ひとつひとつの出来事を受け止める力や、情緒的な要素やミステリアスな人間関係を映画で表現していきたい」と、エモーションを秘めた思慮深さがキレヴェレ監督の特徴と言えよう。大胆な編集から繰り出される生命力あふれるタッチや、ひと目でキャラクターがどんな生き方をしている人物かを理解させる描写力と、その映像からは片時も目が離せなくなる。


     (河田 真喜子)


『あさがくるまえに』

◆Reparer les vivants 2016年 フランス・ベルギー 1時間44分(PG12)
◆監督:カテル・キレヴェレ
◆出演:タハール・ラヒム、エマニュエル・セニエ、アンヌ・ドルヴァル、ブリ・ラレーヌ、クウール・シェン、モニア・ショクリ
公式サイト: https://www.reallylikefilms.com/asakuru
◆(C)Les Films Pelleas, Les Films du Belier, Films Distribution / ReallyLikeFilms

◆2017年9月16日(土)~ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田、近日~京都シネマ、神戸アートビレッジセンター、シネピピア 他にて心揺さぶるロードショー!


【STORY】
asagakurumaeni-pos.jpgル・アーブルの早朝。恋する彼女と一夜を共にしたシモン(ギャバン・ヴェルデ)は、部屋の窓から抜け出して二人の友人と合流して車で海岸へ向かう。冷たいうねりもものともせず、血気盛んな若者はサーフィンに興じる。だが、その帰り自動車事故を起こし、シートベルトをしていなかったシモンだけが脳死状態となる。突然の悲報にうろたえる母親(エマニュエル・セニエ)は、ようやく連絡がついた別居中の夫(クール・シェン)と共に医師からシモンの脳死宣告を受ける。さらに、気持ちの整理のつかぬ内に、移植コーディネーターのトマ(タハール・ラヒム)から臓器提供の依頼を受けてショックを受ける。


「まだ生きている。心臓が動いている。今にも起きてきそう」。最愛の息子・シモンを抱きしめる父と母。臓器提供の承諾を受けて動き出す移植ネットワーク。その適合者はパリに住む音楽家のクレール(アンヌ・ドルヴァル)だった。2人の息子が心配する中、もう若くもない自分が貴重な移植を受けて良いものか、と弱りつつある心臓を危惧しながらも迷っていた。だが、かつての恋人・アンヌ(アリス・タグリオーニ)との再会がクレールの背中を押す。「生きたい!」と…。 

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『三度目の殺人』是枝裕和監督インタビュー

(2017年8月29日(火)大阪弁護士会館にて)

 
現代版“罪と罰”――「人が人を裁けるのか?」
法廷サスペンスの枠を超えた、人間の哲理に迫る衝撃作


『誰も知らない』『そして父になる』『海街diary』『海よりもまだ深く』と家族をテーマに、現代を生きる人々の愛情の変化や孤独や不安を浮き彫りにしてきた是枝裕和監督。脚本・編集も手掛けるその手腕は、物語の枠を超えた予想外の感動で観る者の心を大きく拡げてきた。まさに日本映画界屈指の映像作家である。そんな是枝監督の最新作は、累犯者の殺人事件をめぐる弁護士と被告人との心理戦を描いた法廷サスペンス。人が人を裁けるのか?真実の行方は?『三度目の殺人』というタイトルが意味するものとは?――サスペンスという枠を超えた人間の哲理にも迫る衝撃作に、あなたはどんな答えを見出すだろうか?


sandomesatujin-550.jpg【オリジナル脚本の発想について】
是枝監督は8年前から犯罪を繰り返す累犯者に興味を抱いて調べ始めたそうだ。『そして父になる』の法律監修に携わった弁護士たちから、「法廷は真実を追求する場所ではなく、利害調整をする場所」という話を聞いて、一般人とのズレを感じ、累犯者の殺人事件を担当することになった弁護士を主人公にした物語を思い付く。真実の追求より勝訴することに重点を置いていたエリート弁護士が、供述を二転三転させる容疑者に翻弄されていく。今回は7人の弁護士の協力を得て、接見室での弁護士と容疑者との会話や、法廷での想定問答などを実演してもらって、脚本にまとめていったそうだ。法律の専門用語や弁護士の思考回路などを知ることが出来て、短期間で緻密な脚本が書けたのも7人の弁護士たちの協力の賜物だという。


【力強い映像について】
「今回は法廷劇ということで、どんな風に撮るとテーマやモチーフにふさわしい映像になるか、カメラマンと一緒に考えながら撮りました」――今までの家族の心情を優しく包み込むような映像と違って、一人一人のキャラクターが際立つ映像で圧倒する。接見室や法廷のシーンが多い中、その閉塞感を打破するような北海道での雪のシーンの美しさは、過酷な現実を生きる事件関係者の悲愴感を和らげているようだ。また、本作の真価が象徴されるような最後の接見室での効果的な映像など、『そして父になる』『海街diary』に続く3本目のコラボとなる瀧本幹也カメラマンの力によるものであると絶賛。


sandomesatujin-500-1.jpg【キャスティングについて】
最初から福山雅治を当て書きにした脚本は、エリート弁護士が容疑者・三隅に翻弄され、弁護士としてだけでなく人間として成長する姿を繊細に捉えている。その福山雅治を追い詰めて苛めていく難役・三隅を演じた役所広司のパワーを秘めた重量級の存在感に、主人公と同様に監督も翻弄されたという。その役所広司には、まだ脚本も完成していない段階でオファーしたにもかかわらず、「人が人を裁けるのか?この三隅という男は善人なのか悪人なのか?最後まで分からない存在として主人公の前に現れて、そして消えていく」という説明だけで、あり得ないような謙虚なお返事をもらったそうだ。その安定感は本作の要となっている。


【テーマについて】
「人が人を裁けるのか、裁くとはどういうことなのだろう」ということも重要なテーマだが、司法の限界を描いた映画ではないという。「その先に、私達自身の問題としてどれだけ掘り下げられるか、人をどれだけ理解できるのか、 裁くとはどういうことなのだろうとちゃんと問わなければ、誰が犯人なのか悪い人なのかだけに終始してしまう恐れがある」。そこが、説明過剰になりがちな“神の目線”を排除して描いた本作の大きな特徴となっている。

 

是枝裕和監督は、新作が発表される度に様々な国際映画祭に招待され、またフランスの女優イザベル・ユペール(『エル/ELLE』主演)が是枝監督作への出演を切望するなど、国内外で高い評価を受けている。音楽は、監督のたっての希望で、フランス映画『最強のふたり』の音楽を手掛けたイタリアの作曲家、ルドヴィコ・エイナウディが担当。自らのオリジナル脚本で、希望するキャストやスタッフで映画作りができる監督は、日本にはそうはいない。今年はベネチア国際映画祭に出品されている。

(河田 真喜子)


★インタビューの詳細は下記の通りです。



是枝裕和監督②-1.jpg―― タイトルにもある「3」という数字が効果的に使われていますね。弁護士・被告人・少女、弁護姿勢の違う3人の弁護士、法廷での弁護士・検事・裁判官という具合に。その発想はどこから?また、弁護士のどこに興味を持ったのですか?
最初に累犯者に興味を持って2009年位から調べ始め、1度目は金銭目的で人を殺し、出所して今度は誰かを守るために殺人を犯して死刑の判決を受ける、という犯罪者の物語を作りたいと思いました。中断を経て、『そして父になる』の時に法律監修で入って頂いた弁護士さんたちから、「法廷は真実を追求する場所ではなく、利害調整をする場所」という現実的な捉え方をしているのを聞いて、誠実だなと思う反面、怖いなと感じたのです。「法廷は真実を明らかにしてくれる場所ではないのか」と思い込んでいる一般の我々とのズレが興味深いと。法廷を利害調整だと信じている弁護士が、今度は真実を知りたいと思うようになる物語を思い付き、その被告人を累犯者にしてみようと思ったのがこの企画の成り立ちです。


―― 法廷での三者のバランスに違和感がありました。裁判官のキャラクターだけ掘り下げが足りなかったような? 裁判員制度では期限内に結審するという制約がありますが…?
裁判には期限があるというシステムをあの三者が担っていますが、それを告発する映画ではありません。ですが、裁判にはそういう背景があるということは描きたいと思いました。


―― 今までの優しい映像の作風と違ってミステリアスな作品になっていますが、絵作りで工夫された点は?
撮影監督は『そして父になる』『海街diary』に続く3本目のコラボとなる瀧本幹也カメラマンですが、彼の幅の中でここまでタイプの違う映画になるとは驚きでした。カメラマンの力だと思います。今回は法廷劇ということで、どんな風に撮るとテーマやモチーフにふさわしい映像になるか、カメラマンと一緒に考えながら撮りました。僕が目指したのは1950年代のモノクロのフィルムノワールのような光と影が際立ったコントラストの強いものでしたが、今回はカラーですし、窓の外から光が斜めに差し込むようなものを基本コンセプトにして、照明や美術も工夫して頂きました。


―― キャラクターを強調した作風になっているようですが、その変化について?
作風を変えたというより、水彩とかデッサンで描いていたものが油絵になったという感じでしょうか…今回は意図的に人物や物語の輪郭をやや強めに作って、ストーリーラインに人物描写と画が負けないようにしました。使っている画材が違うだけで、そんなに変えてはいないつもりです。ホームドラマでも同様の緻密な構成は必要ですし、むしろ日常的な描写の中でそれをさりげなく撮るのは結構難しいことなんです。


―― キャストについて?
福山雅治さんとは『そして父になる』の撮影終了時から、「次何やりますか?」「こんなのどうでしょう?」と相性も良かったせいもあり、キャッチボールをしながらこの作品に着地した訳です。最初から福山さん当て書きで脚本を書いていきました。彼をどうやって追い詰めて苛めていくかが縦軸になっています。広瀬すずさんも最初からです。大まかなプロットができたところで、「この難役の被告人を誰にお願いしようか? 役所広司さんにオファーしたいなあ」ということになりました(笑)。


―― 役所広司さんにオファーなさった時、どう説明されたのですか?
手紙を書きました。「人は人を裁けるのだろうか?この三隅という男は善人なのか悪人なのか? 誰かを救おうとしたのか? 最後まで分からない存在として主人公の前に現れて、そして消えていく」。まだその時点では脚本ができてなかったのでどこまでプレゼンできたか分かりませんが、そのようなことを書いたような気がします。


―― それに対して役所広司さんの答えは?
「面白いですね。僕にできるかどうか分かりませんが、精一杯やらせて頂きます」と、あり得ないような謙虚なお返事を頂きました(笑)。撮影途中に脚本を変えたり、編集の段階でも紆余曲折がありいくつかのバージョンが出来たりしたのですが、最終的に作品を観て頂いた時に、「僕が最初にもらった手紙にすごく近い作品になったと思います」と言って頂けたので、ブレずにできたのかなと思いました。たけど、その手紙を具体的に思い出せないんです(笑)。多分そんなことを書いたんだと思います。


―― 役者さんたちへ役作りについて何かアドバイスされたのですか?
何人かは一緒に法廷へ行って傍聴したり、裁判官や弁護士のドキュメンタリーを見てもらったり、弁護士さんとも会って頂いたりとかしました。


sandomesatujin-500-2.jpg―― 主演の福山さんの細やかな演技にも驚かされましたが、脇役のキャスティングにもこだわりを感じました。ご自身で決めておられるのですか?
基本的には僕の方からお願いしています。中にはスタッフやキャスティング・プロデューサーから「こんな面白い人がいるのですが…」とプレゼンを受けて決めている人たちも何人かいます。満島真之介君は『紙の月』を観てオファーしました。3人の弁護士のバランスを考えて、一人は“やめ検”(元検事)にして、一人は司法試験制度改革後の若い弁護士という設定にしたのです。


―― いつもオリジナル脚本の作品をコンスタントに撮っておられますが、本作のような緻密なリサーチが必要な作品では何に一番時間がかかったのですか?
今回は脚本です。7人の弁護士さんに脚本作りに参加して頂きました。元検事の弁護士さんには起訴状を作って頂いたり、接見室での問答を実際に演じて頂いたりしたものを、脚本にまとめるという作業でした。それを去年の1月から春ぐらいにかけて行い、夏ごろには法廷シーンも実演してもらいました。裁判長に裏に呼ばれるあたりも、「ここで否認をしたらどうなりますか?」「裁判長に裏に呼ばれて怒られますね」とかね。法廷での言葉遣いや弁護士の思考回路など僕の中からは出てこないものでしたので、法律監修のレベルを越えた共同作業となりました。それがうまくいって、短期間で密度の濃い脚本を書くことができたと思っています。


―― 「サスペンスや法廷劇は本来、神の目線がないと成り立たないジャンルですが、今回は登場人物にジャッジを下さないために神の目線を持ちたくなかった」と語っておられますが、映画作りにおいて「神の目線」が意味するものとは?
主人公や作り手が真実を知っていて、最後に謎解きされるのが「神の目線」。つまり、タイムマシーンを持っている全能の視点が作品の中にあるのが「神の目線」だと思います。今回は、普通の弁護士が手にできる情報以上のものを観客も手にはしない。本当は現場で何が起きたのか、動機は何だったのか、真実までは辿り着かない。推測のまま終わり、主人公の弁護士にも観客にも釈然としないものが残ることを目指したのです。それが「神の目線」を排除して描くスタンスなのです。


―― そこが他の日本映画とは大きく違うところですね?
「人が人を裁けるのか、裁くとはどういうことなのだろう」とか大変重要なテーマですが、司法の欠陥だけを描いた映画だと思われては負けだと思っています。その先に、私達自身の問題としてどれだけ掘り下げられるか、人をどれだけ理解できるのか、 裁くとはどういうことなのだろう。この物語は誰が誰を裁いたのだろう。そこをちゃんと問わなければ、誰が犯人なのか悪い人なのかだけに終始してしまうので、注意深くラインを考えたつもりです。


――構成上、7回の接見シーンはテーマを語る上で大きなポイントになっていますね。特に最後の接見シーンに本作の真価が象徴されているように感じましたが?
実は脚本ではあの流れではなかったのです。編集で作った流れなんですよ。あのシーンは、カメラマンがライティングを調整していて見つけてくれたもので、それは象徴的な画になると思い採用してみました。僕も福山さんと同じように役所さんに翻弄されながら撮っていたので、着地が分からなくなってしまい、いくつか幅のあるバージョンを作っていました。結果的にあのラストしかないなと、今ではそう思っています。

 
―― これからご覧になる方へのメッセージをお願いします。
そんなに難しいことを考えずに、二人の男の対決を観に来て頂ければ、それだけでも楽しめると思います。非常に緊迫感のあるドラマになっております。あの表情の微妙な変化は大きなスクリーンの方がより伝わると思いますので、是非映画館で観て頂きたいです。

 



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『三度目の殺人』

■(2017年 日本 2時間04分)
■原案・監督・脚本・編集:是枝裕和(『誰も知らない』『そして父になる』『海街diary』『海よりもまだ深く』)
■撮影:瀧本幹也  ■音楽:ルドヴィコ・エイナウディ ■美術:種田陽平
■出演:福山雅治、役所広司、広瀬すず、吉田鋼太郎、斉藤由貴、満島真之介、市川実日子、橋爪功
2017年9月9日(土)~全国ロードショー
公式サイト⇒ http://gaga.ne.jp/sandome
■(C)2017フジテレビジョン アミューズ ギャガ

 


【STORY】
30年前に2人を殺し無期懲役の判決を受けた三隅(役所広司)は、仮出所中に再び殺人を犯してしまう。真実よりも勝訴を重視する敏腕弁護士の重盛(福山雅治)は、元検事の摂津弁護士(吉田鋼太郎)と新人の川島弁護士(満島真之介)の3人で、裁判に勝つための戦法を打ち出す。ところが、接見の度に供述を二転三転させる三隅に翻弄されるうちに、心から真実を知りたいと心境を変化させていく。依頼人への理解や共感などは不要と考えていた重盛だったが、殺害動機を知るために三隅の過去や事件関係者の再調査を始める。そこに被害者の娘・咲江(広瀬すず)が大きく関わっていることが判明するが、裁判は真実の解明が為されぬまま結審を迎えてしまう。