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ichidomo-550.jpg『一度も撃ってません』阪本順治監督インタビュー

(2020年3月30日(月)@ホテル阪急インターナショナルにて)


 

~唯一無二の俳優たちの“本気のやりとり”が味わい深い~

 

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映画ファンも俳優も「こんな映画を観たい」というより、「こんな映画に出たい」と思うのではないか。阪本順治監督の新作『一度も撃ってません』はベテラン俳優・石橋蓮司主演の“殺し屋”映画だが、中身はくせもの俳優たちの“本気のやりとり“ が味わい深い。先ごろ、来阪キャンペーンにやってきた阪本監督に思いのほどを聞いてみた。


〇映画の企画はいつから?

5年ぐらい前、(脚本の)丸山昇一さんと打ち合わせして“芳雄さん”の映画を作ろうとなった。伝説の俳優・原田芳雄さんゆかりの俳優仲間、(桃井)かおりや(岸部)一徳、(大楠)道代がたちどころに集まり、配役が決まって「(石橋)蓮司さん、やってよ」となった。


ichidomo-500-2.jpgつまり“原田芳雄愛”が結集した記念の阪本順治監督作品。当然、気合の入りようが違う。阪本監督は原田芳雄さんとはデビュー作「どついたるねん」(1989年)から原田芳雄さんの遺作になった「大鹿村騒動記」(2011年)まで。阪本監督にとっては最初からおしまいまで面倒みてもらった俳優だった。いかにも役者らしい役者でちょっとアウトロー的な役どころが多い。この映画でたちどころに主要メンバーが集まったように抜群の抱擁力があった。


〇「芳雄号に集まった蓮司祭り」

数年前の年末、(脚本の丸山昇一さんと原田芳雄さんの家で打ち合わせをした。すぐさま話がまとまって、それからクランクインして2週間で撮り上げた」という。阪本監督は「ハマらないパズルずくめをどうするか、という難問だった」という。芸達者な面々だからこそ出来た離れ業だろう。


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(撮影現場での石橋蓮司(左)と阪本順治監督)

「(石橋)蓮司さんは“俺が主演で大丈夫か?”と不安そうで、辛そうな時もあったけど、原田芳雄さんとやってる30年前と同じ感じだったな」。

“伝説の殺し屋”映画は大人のファンタジー、嘘話の主人公・市川進(74歳)の正体は「理想のハードボイルドを極めるただの小説家」だった、というから、人を食ってる。殺し屋が主人公なのに「一度も撃ってません」とは!? 「嘘ごと」をオーバーにやろう、と賑々しく騒いでみせた、ゆとりの作品。中高年向けだけど、全世代に分かる映画ではない。芳雄さんの遊び心を引き継いだ一人遊び、映画の仮想空間、そこを突き詰めて行こう、と監督・阪本順治の新たな方向性まで悟った画期的な映画になったようだ。「次はあっと驚くSF」を構想しているとか。嘘話はよりスケールアップしていきそうだ。  


(安永 五郎)



【STORY】
ichidomo-pos.jpg市川進(石橋蓮司)はオン年74歳。タバコにトレンチコート、黒い帽子が決まる“伝説のヒットマン”。旧友のヤメ検エリート(岸部)や元ミュージカルの歌姫(桃井)と夜な夜な酒を酌み交わし、ヒットマンらしく行動する。ある時、殺しの依頼が来て引き受けるが、彼の正体はハードボイルドを極めるただの小説家だった。なんと!妻・弥生(大楠道代)の年金で暮らし。担当編集者からもいつまでも完成しない小説に愛想を尽かされている。


だが、市川は本物のヒットマンの今西に仕事を頼み、その暗殺の模様を細密に取材しては小説にしているのだった…。そんな市川についにツケが回ってきた。妻には浮気を疑われ、敵のヒットマンに命を狙われることに。伝説のヒットマンは大ピンチをどう切り抜けるのか?
 



2020年 日本 1時間40分
監督:阪本順治  脚本:丸山昇一
■出演:石橋蓮司 大楠道代 岸部一徳 桃井かおり佐藤浩市 豊川悦司 江口洋介 妻夫木聡 新崎人生 井上真央 柄本明 寛 一 郎 前田亜季 渋川清彦 小野武彦 柄本佑 濱田マリ 堀部圭亮 原田麻由
公式サイト⇒ http://eiga-ichidomo.com/
配給:キノフィルムズ
©2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ

★安永五郎の作品紹介はこちら

 

2020年4月24日(金)~大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズ(なんば、二条、西宮OS)、神戸国際松竹他 全国ロードショー

 

 

 

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上の写真、左から、
①川崎 僚 (KAWASAKI Ryo)(33)     『あなたみたいに、なりたくない。』 
②島田欣征(SHIMADA Yoshiyuki)(33) 『Le Cerveau - セルヴォ -』
③山中瑶子(YAMANAKA Yoko)(22)     『魚座どうし』


日本映画の次世代を担う新たな才能3人の監督作品とコメント紹介

 
《ndjc:若手映画作家育成プロジェクト》とは? 
次世代を担う長編映画監督の発掘と育成を目的とした《ndjc:若手映画作家育成プロジェクト》は、文化庁からNPO法人 映像産業振興機構(略称:VIPO)が委託を受けて2006年からスタート。今回も、学校や映画祭や映像関連団体などから推薦された中から3人の監督が厳選され、最終課題である35ミリフィルムでの短編映画(約30分)に挑戦した。日本映画の次世代を担う新たな才能3人の監督に作品に込めた意図や作風についてお話を伺った。
 


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■監督:川崎 僚(KAWASAKI Ryo)
■作品:『あなたみたいに、なりたくない。』
■作家推薦:シナリオ・センター 
■制作プロダクション:ダブ 
■出演:阿部純子、小島 聖、鳥谷宏之、吉倉あおい、藤田真澄
(2020年/カラー/ビスタサイズ/30分/©2020 VIPO)


【あらすじ】
ndjc2019-「あなたみたいに、なりたくない。」-sub3.jpg30歳までに結婚しようと結婚相談所に入会したOLの鈴木恵(28)は、職場の小山先輩(42)のように、「婚期を逃した孤独な女性」にはなりたくないと思っていた。だが、何人かとお見合いするも適合する相手には巡り合えず。ようやく優しく誠実そうな相手に出会えたかと思ったのだが、先々まで決めてしまう相手の積極性に臆して連絡を絶ってしまう。少しトラブルになりかけたところを小山先輩に助けられ、初めて彼女の自宅に招かれる。そこで小山先輩の意外な一面を知り、結婚について相談していく内に、自分自身について考え始める。

 
【感想】
川崎僚監督はプロット作成やシナリオライターの経験者だけあって、安定感のある構成や心を掴むセリフに、特徴を捉えたキャラクター描写に優れ、完成度の高い作品に仕上げている。タイトルの「あなたのように、なりたくない。」をキーワードにして、エッジの効いたユーモアを生み出して爽快。久しぶりにスクリーンで見た小島聖の包容力のある自然体の演技が、作品により説得力を持たせていた。誰もが共感し勇気付けられるような作風で、川崎監督の他の作品も観たくなった。
 

【インタビュー】
ndjc2019-kawasaki-1-1.jpg川崎僚監督は、自身が28歳の時に結婚相談所やアプリなどを利用して婚活していた経験を基に脚本を書いたそうだ。「いま頑張らないと!女性は20代でないと選ばれないから!と言われ焦っていたが、中々相手を選べなかった」。そして「自分はどう生きたいのか?と自分自身を見つめ直し、性別や世間の常識から解放されたい」という想いを作品に込めたという。

また、こだわった点は「足元のカット。この作品は“現代のシンデレラ”。理想の相手と巡り合うまでは慣れないヒールを履いて見栄を張っていたが、最後はラフな格好でスニーカーを履いている。様々なシーンで主人公の気持ちを足元で表現したかった」。

演出については、「ガラス細工のような阿部純子さんには、一緒に主人公を演じるような気持ちでずっと寄り添っていた。小島聖さんは、私が思っている以上の心情をセリフに込めてくれた。表現したいことを“どう伝えるか”が難しかった」。好きな映画は伊丹十三監督の『マルサの女』。「知らない世界を教えてくれるのが映画だと思っている。複雑な人間同士が意外な展開や結末を迎えるのが面白い。外連味のあるものも好き」。周囲の意見も尊重しつつ、自分の世界観を創れる監督になりそうだ。
 
【プロフィール】
1986年大分県生まれ。
早稲田大学第二文学部卒業。シナリオライターとして映画・ドラマの企画開発に携わる傍ら、ニューシネマワークショップにて映画製作を学ぶ。その後「笑女クラブ」「彼女のひまわり」等の短編映画を製作し、数々の国内映画祭に参加。2018年に初長編映画「wasted eggs」を監督し、タリン・ブラックナイツ映画祭に正式招待、イタリアのレッジョ・エミリア アジア映画祭でも上映された。
 


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■監督:島田欣征(SHIMADA Yoshiyuki)
■作品:『Le Cerveau - セルヴォ -』
■作家推薦:デジタルハリウッド大学
■制作プロダクション:東映京都撮影所
■出演:田中沙依、藤崎絢己、南 岐佐、八田浩司、上瀧昇一郎
(2020年/カラー/ビスタサイズ/30分/©2020 VIPO)
 
【あらすじ】

ndjc2019-「セルヴォ」-sub1.jpgシングルマザーの前川早弥の息子・蒼太はネオン症という奇病にかかっていた。蒼太を救うための生体移植に早弥自身の身体が適合することが分かって喜んでいた矢先、交通事故に遭う。目覚めると、見知らぬ研究所のような部屋に拘束された上に、奇妙な子供博士とボディガードが立っていた。早弥は蒼太の手術のことが心配になり脱走して病院に向かうが、自分が全くの別人に入れ替わっていることに気付き、さらに蒼太の傍には早弥そっくりの女が居てパニックになる。蒼太の病気はどうなるのか?別人になってしまった早弥は蒼太を取り戻すことができるのか?

【感想】
最愛の息子を救うため、母の強い想いが最後に選択するものとは?――島田欣征監督の専門であるデジタル技術を活かしたSFサスペンスは、突如別人になってしまった恐怖と焦りと息子を想う母の強い愛を描くことによって、人間とロボットとの相違点を浮き彫りにする。さらに、「子供のためなら他者を犠牲にしてまでも」という母親のダークな面の表現に挑戦し、人間性の本質に迫ろうとする意図が伺える。緊迫感を出すためか、全体的にぎこちない感じがした。できれば作品の中で生きるキャラクターの情景(演技や背景)に少し柔軟性を持たせてもよかったのではと思った。

【インタビュー】
ndjc2019-shimada-1.jpg「『マトリックス』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『E.T.』も好きだけど、いろんなジャンルの映画が好き。SFやビジュアルや機械ものとかでサスペンスを作りたい。観終わって、“踊らされたな”という感じで観客を巻き込めるようなもの」。テーマに関しては「暗めのものが好きなので、モヤモヤを抱えた生き方や他者を犠牲にせざるを得ないキャラクターがいてもいいのではと思っている。自己犠牲が美徳という捉え方とは対照的な嫌な気分にさせるダーク路線も表現していきたい」。

撮影中苦心した点については、「未経験のことばかりで、しかも設定は空想でしかないので、そこにリアリティを持たせるのに苦労した。機械なのに人間らしい、アンドロイド系はドライという考え方ではなく人間らしく描きたかった」。作風について「技術は日々進歩するので最重要という訳ではない。時代の先を行く描写で、子供心をくすぐるような誰が見ても面白いストーリー性のあるものを作っていきたい」。人間のダークな面にも注視するユニークさといい、子供の頃に感じたわくわくドキドキ感を忘れない感性は貴重だ。

【プロフィール】
1986年 東京都生まれ。
大学時代に実写の撮影、編集、3DCGを専攻。イギリス留学中にファインアート、写真、VFX、グラフィックを学ぶ。CG制作会社、デザイン会社を数社経て2013年に独立。監督として広告映像やMVを企画・演出、CGデザイナーとしても映画やCMの制作に携わる。また一方で、CGを教える大学の非常勤講師も務める。初監督作品の短編映画『宵の棒鱈』(2016) が海外や国内の映画祭に選出・招待上映。
 


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■監督:山中瑶子(YAMANAKA Yoko)
■作品:『魚座どうし』
■作家推薦:PFF
■制作プロダクション:オフィス・シロウズ
■出演:根本真陽、外川 燎、山田キヌヲ、伊東沙保、カトウシンスケ
(2020年/カラー/ビスタサイズ/30分/©2020 VIPO)ふたりが出会う、わかってしまう。
 
【あらすじ】
ndjc2019-「魚座どうし」-sub2.jpgみどりと風太は、川を隔てた別々の町の小学校に通う4年生。なんの接点もないふたりだが、あえて言えばふたりとも大人の事情に振り回されて、子供らしく生きられないでいること。みどりの家庭は、外国へ行ったきりで帰って来ない父親のせいで笑顔が絶えてしまった母親と二人暮らし。みどりが熱を出しても、嫌々病院へ連れて行って「あなたのために生きてるんじゃないから」と吐き捨てる冷たい母親。一方、風太は、新興宗教の布教活動に余念のない柔和な表情の母親と、反抗期の姉との3人暮らし。母の活動を手伝う風太は時々怖い目に遭うこともある。そんな風太の唯一の慰めは優しい理髪店の主人だったが……。みどりの学校では異様にテンションの高い担任が何やら事件の犯人捜しを始めて……。
 
【感想】
大人になると忘れてしまうことがあれば妙に記憶に残っていることもある。子供の頃、大人の心無い言動に傷つき、それがトラウマになることもある。二人の小4の子供を通して、大人の子供への無関心や勝手な振舞いによって子供が孤独になったり抑圧されたりして、子供らしく生きられないことを映像で訴えようとする意欲作である。ただ、子供の自然な表情を捉えようとする意図は理解できるが、映像が暗くてその表情が分かりにくい。昨年公開の『存在のない子供たち』(レバノン)のように強い意志で大人に訴える訳ではなく、振り回されている状況を描くだけでは感情移入しにくいように思った
 

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【インタビュー】
山中瑶子監督は、「子供の時の学校と家の中の世界が全てだった頃、人間関係が日々変わってしまう小学校って結構残酷だなと思っていた。親や先生たち大人を1人の人間と気付き始めたのが小4か小5の頃で、その時の大人の見え方を作品に盛り込んだ」。学校のシーンでは、「子供たちの自然な表情から物語りたかったので、子供たちはコントロールしてはいけない存在だと思っていた。エキストラの扱いはかなり大変で、拘束時間も午後4時まで。スタッフともどうする?どうする?と言いながら、一番最後の学級会のシーンは10分しかない状態で1テイクで撮った。子供たちの“何が起こったの?”という感じの表情が撮れたのは良かった」。

また、山中監督は、「人間の複雑さを描いた、音がなくても観られる映画が好き」だそうで、ドラマと映画の違いについても常に考えていて、「人間性を重視しているのか?何を求めているのか?内容にこだわった、“画で見せる”作品を撮りたい」。山名監督の22歳という若い感性と吸収力で、さらなる成長が期待される
 
【プロフィール】
1997年長野県生まれ。
日本大学芸術学部中退。独学で制作した初監督作品『あみこ』がPFFアワード2017に入選。翌年のベルリン国際映画祭に史上最年少で招待され、香港、NYをはじめ10カ国以上で上映される。監督作に、オムニバス映画『21世紀の女の子』(2019)の『回転てん子とどりーむ母ちゃん』。
 


《ndjc:若手映画作家育成プロジェクト》

このプロジェクトからは、『湯を沸かすほどの熱い愛』で数々の賞に輝いた中野量太監督や、『トイレのピエタ』の松永大司監督、『ちょき』の金井純一監督、『話す犬を、放す』の熊谷まどか監督、さらに『嘘を愛する女』の中江和仁監督や、『パパはわるものチャンピオン』の藤村享平監督、『花は咲く』『ANIMAを撃て!』などオリジナル脚本で活躍中の堀江貴大監督、そして今年も活躍が期待される『おいしい家族』のふくだももこ監督などを輩出している。
 


ndjc:若手映画作家育成プロジェクト2019「合評上映会」のお知らせ
<大阪> 
期間▶3月13日(金)~19日(木) 連日18:30~ 
場所▶シネ・リーブル梅田
舞台挨拶▶3月14日(土):映画パーソナリティの津田なおみさんと、ndjc2019監督3人とのトークセッション
公式サイト▶ http://www.vipo-ndjc.jp/
 

(河田 真喜子)

 
 
 
 
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どう生きたいかは「何を見たいか、そこから何を選ぶのか」
『Red』三島有紀子監督インタビュー
 
 直木賞作家・島本理生の人気長編小説を三島有紀子監督(『幼な子われらに生まれ』)が映画化した『Red』が、2月21日(金)より梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、OSシネマズミント神戸、T・ジョイ京都他全国ロードショーされる。
 何不自由ない結婚生活を送っているように見える子持ちの専業主婦・村主塔子。かつて愛した男・鞍田と再会し、少しずつ本当の自分に気づいていき…。
 塔子を演じるのは、若手実力派女優の夏帆。自分の中に積み重なる違和感や、孤独感を余すことなく表現する。ある覚悟を持ち、塔子を全身で愛そうとする鞍田を妻夫木聡が演じる他、また塔子に興味を持つ同僚・小鷹を柄本佑、エリートサラリーマンの夫・真を間宮祥太朗が演じている。籠の中の鳥が飛び立つように、社会とのつながりを経て、人生には他の選択肢があることを実感した塔子。映画オリジナルのラストをどう受け取るのかも含め、小説とは違う世界観を味わえる大人のラブストーリーだ。
 本作の三島有紀子監督にお話を伺った。
 

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■現代的なヒロイン、塔子が、自分の中にきちんと尺度を持ち、自分の人生を生きる話になれば、価値のある映画になるのではないか。

――――原作とは設定や構成を大胆に変え、映画らしい表現が光る三島版『Red』になっていますが、三島監督が最初、原作を読んで抱いた感想は?
三島:『Red』の主人公・塔子は専業主婦で、幸せに生きていると思っている。だけど、自分の希望ややりたいことを少しずつ抑え込んで生きている事に気がついていない。自分のやりたいことを考える前に、皆が喜ぶことや気に入ることをやってしまい、世間の多くの人がいいと思うものをいいと思うようになっている。それを私は「尺度が外にある」と言うのですが、そういう日々を重ねると、だんだん自分が本当はどう生きたかったのかを忘れ、自分を見失ってしまう。今はそういう人が多い時代になっていると普段から怖いなと思っていたので、『Red』の主人公・塔子が非常に現代的に感じましたし、100年以上前に書かれたヘンリック・イプセンの戯曲「人形の家」のノラみたいだと感じたのです。大体、いつも原作を読むときは、自分がこの原作の何に反応するのかを面白がりながら読むのですが、そんな塔子が自分の中にきちんとした尺度を持てるようになり、自分の人生を生きることができるようになるという物語にすれば、きっと今を生きる皆さんに観ていただける、価値のある映画になるのではないかと思いました。自分の中に尺度があると、きちんと対話が生まれると思いますしね
 
 
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■覚悟を持って生きる人の傍らにいると、自分にも問いかけざるをえない。

――――かつて愛し合っていた鞍田との再会が、ある意味自分の尺度を取り戻すきっかけになりますね。
三島:興味深かったのは鞍田には秘密があり、それゆえ、自分の人生で何が大事か、非常に明確に見えている訳です。そういう人が10年前に深く愛した塔子と再会し、ぶつかり、「君は何を愛し、どう生きたいか」と問いかけてくる。言葉ではなく、そういう覚悟を持って生きている人が傍にいると、自分にも問いかけざるをえないですよね。そういう化学反応にとても惹かれます。
物語の後半、出張で大雪のため帰れなくなってしまった塔子を鞍田が車で迎えに来るくだりがありますが、それを読んだ時、これだ、と。非常に映像的だし、大雪という舞台が男と女を描くのに説得力があり、この雪の中の一夜を描きたいと思ったのです。夜から朝を迎えるまでを主軸として描きながら、二人が再会してから何があったのかという過去を入れ込む形にしたいという構想が、読み終わってすぐに思い浮かびました。
 
 
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■鞍田のテーマ曲・ジェフ・バックリィの「Hallelujah」が蘇らせる二人の思い出

――――一番描きたいと思われた雪の中の一夜、二人が乗る車の中で流れるジェフ・バックリィの「Hallelujah」が、雪とこだまするような余韻があり、非常に印象的でした。選曲の理由は?
三島:「Hallelujah」という曲の存在は、いつも自分に寄り添ってくれるものの一つでした。歌い方もある種エロスを感じつつ、哲学者的な深遠で美しい声で、いつも問いかけてくるものがある。そんな曲なのです。鞍田も塔子にとっては生き方を問いかけてくる存在でもあるし、鞍田のテーマとして使いたいと思っていました。一方で、鞍田のキャラクターを考えた時、建築家という職業で、古い型のボルボに乗っている…、そしたらおそらくジェフ・バックリィの「Hallelujah」が好きな人だろう。そして10年前、塔子と車の中で一緒に聴いていただろうと想像したのです。歌は歴史を一瞬にして感じさせるもので、二人が「Hallelujah」を車で聞いた時、一瞬にして10年前の思い出が蘇ってくる。そして、今どんな気持ちで二人は聴くのかを撮りたいと思ったのです。
 
――――「Hallelujah」にある種のエロスも感じるように、塔子と鞍田の情愛をどう表現するかもこの作品の大きな見どころです。
三島:最初二人が交わる時は、「鞍田が塔子を」慈しみ、塔子の存在を感じながら抱くわけです。塔子の心と体がだんだん開いていく過程を見せていくため、彼女が少し声を出せるようになる過程や、心の扉を開いていく表情の変化をつぶさに捉えていくことを心がけました。上り詰める顔ではなく、達した後にどういう顔をするかで塔子がどれだけ満たされているのか分かる。少しずつ撮るのではなく、キスして脱ぎ始めてから達した後、夏帆さん演じる塔子が観音様のような神々しい顔になるまでをワンテイクで一連の流れとして撮っていきました。そして、ラストのラブシーンは、塔子が全細胞を使って鞍田のすべてを記憶するように、「塔子が鞍田を」抱くシーンにしたいと考えました。
 

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■二人の気持ちを体感するような、体内に届く音作り。

――――吐息や二人が触れ合う音など、繊細な音が2人の体温までも感じさせるようでしたが、音作りについて教えてください。
三島:今回は2人の気持ちを体感してもらいたかったので、音を付けるときに、2人が感じている音を付けてほしいと依頼しました。2人がどんな音を聞いているのか。相手の心臓の音や、実際には鳴っていないけれど、その人には聞こえているような音など。波の音にもぜひ注目していただきたいですし、映画館でなければ体感できないような、体内に届くような声になっています。おそらく、塔子や鞍田が隣にいるような気分になれるのではないでしょうか。
 
――――塔子の夫・真は精神的に母親に依存気味のエリートサラリーマンですが、日頃はトンがった役の多かった間宮祥太朗さんの新たな一面が見えました。
三島:バラエティー番組での間宮さんを見て、単語の選び方が非常に上品だと感じていました。悪びれた野性的な役をやりたいお気持ちが大きいかもしれませんが、今回はクレバーで品のある間宮祥太朗を出してほしいとお願いしました。
 
――――一方、柄本佑さんが演じる鞍田の同僚・小鷹の身のこなしや細かい気遣いが、抜群に魅力的でした。何かアドバイスしたことはありましたか?
三島:佑さんはそもそも達観した自由さを持っているので、彼が演じれば間違いないと思って、小鷹役をお願いしました。ただ一つだけ、佑さんが「小鷹は塔子のことが好きで、でも最終的にはフラれるということでいいですよね」と聞いてきたのです。小鷹は塔子を好きだけれど、鞍田のことも尊敬していて、好きなのです。つまり塔子も鞍田も、うまくやれない不器用さや孤独さを持っており、そんな二人のことを憎めない。むしろ2人のことを一番理解していて、愛しているのが小鷹だという話をしましたね。
 

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■難しい塔子役を演じた夏帆さんを、万全の態勢で受け止める。

――――夫である真、鞍田、そして小鷹と3人の男の前で、それぞれ別の表情を見せる塔子に、女の多面性を見た思いがしました。塔子を演じた夏帆さんの目の表情が、どれも印象的でしたが、難しい表現も必要だったこの役について、どのような演出をしたのですか?
三島:みなさん、お芝居が上手な俳優ですから、環境さえきちんと整っていれば、芝居が自然と生まれると信じています。こんな空間にこういう小道具を用意しておけばこんな芝居が引き出せるとか、灰皿を向こうに用意しておけば、ここから周って行くだろう等、制作部と空間を選び、美術部と一緒にお芝居できる環境をまず整えます。そこで感じ取っていただいて、自然とお芝居になるというのが、理想ですね。
 
今回は塔子が住む豪邸で、本当は大きな窓があったのを、美術部と相談して窓を塞ぎました。そうすると、塔子はそこに立っていると自然と息苦しい気分になっていくので、自宅でのシーンはそこから演出していきました。また雪の夜、鞍田が主張先の塔子を迎えに行くシーンで、塔子が信じられないという表情で鞍田の頬を触るのですが、彼女に指示を出すのではなく、妻夫木さんに「亡霊のように立っていてほしい」とお願いしました。そうすると自然と夏帆さんが、本当にここにいるのかと思い、自然と手が出る。そういうことの積み重ねで、夏帆さんがそれらに反応していけば、自然と相手によって表情も変わり、見えている側面が変わっていったと思います。そこを目指して皆で頑張っていました。
 
――――監督の演出を受けた相手役の俳優の動きにその場で反応しながら、夏帆さんは塔子としてそこにいるような自然な演技になったのですね。
三島:それぞれの相手役に対してとても自然に反応してくれたのがよかったなと思います。ただ子持ちの専業主婦という役は夏帆さんも初めてだったので、相当悩み、もがいていました。でも主役は自分の殻を破り、新しいものを掴むために、もがく方がいいと思っているんです。理屈で分かることだけやっていても、新しいことは生まれませんから。我々キャスト・スタッフ全員で夏帆さんを受け止めるつもりでいたので、頭でわからないことでも思い切ってやってみてくれと伝えました。
 
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■どう生きたいかは「何を見たいか、そこから何を選ぶのか」

――――最後に、二人が作った家の模型の窓から見える風景や、鞍田の車のフロントガラスから見える風景など、フレーム越しの風景が象徴的に使われています。その狙いを教えてください。
三島:建築家の方と話していると、家を建てる時には、ご家族が何を見て過ごしたいかを聞くそうです。それによって、窓の方向や場所が決まるのだとか。その話に感銘を受け、鞍田を建築士に設定しました。どう生きたいかは、何を見たいか、そしてそこから何を選ぶかではないかと思うのです。『Red』は、窓越しに二人が何を見たかったのかを辿っていく映画とも言えますね。
(江口由美)
 

<作品情報>
『Red』
(2020年 日本 123分)
監督:三島有紀子
原作:島本理生「Red」中央公論新社
出演:夏帆、妻夫木聡、柄本佑、間宮祥太朗、片岡礼子、酒向芳、山本郁子、浅野和之、余貴美子ほか
2月21日(金)より梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、OSシネマズミント神戸、T・ジョイ京都他全国ロードショー
公式サイト → https://redmovie.jp/
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「一歩踏み出したから成長できる、それが人生」
『37セカンズ』HIKARI監督、佳山明、大東駿介インタビュー
 
 脳性麻痺で体が不自由な女性、ユマが、母の束縛や親友に依存される環境から抜け出し、新しい可能性に向かって歩み出す姿を描き、第69回ベルリン国際映画祭パノラマ部門にて日本人初の観客賞と国際アートシネマ連盟賞パノラマ部門をW受賞した感動のヒューマンドラマ『37セカンズ』が、2月7日(金)より大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、神戸国際松竹、MOVIX京都他全国ロードショーされる。
 
 

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  母(神野三鈴)の束縛を振り切り、新しい世界へ踏み入れる中、介護士の俊哉(大東俊介)や舞(渡辺真紀子)と出会い、諦めの人生を、前向きな人生に変えていくユマ。一人の女性の成長物語として、ポジティブなメッセージがたくさん込められているヒューマンドラマだ。
本作のHIKARI監督、演技初体験で主演のユマを演じた佳山明さん、ユマの自立を助ける介護士、俊哉役の大東駿介さんにお話を伺った。
 

 
――――日本では女性自身の性や、障害者のリアルな生活や葛藤など、なかなかリアルに描かれない中、本作はその両方を取り入れ、とてもエネルギッシュに描いており、感動しました。この作品の企画のアイデアはどこから生まれたのですか?
HIKARI:熊篠慶彦さん(映画『パーフェクト・レボリューション』のモデル、原作者)から男性障害者の性についてお話を伺う機会があり、その時にふと、女性の障害者はどうなのかと思ったのです。当時今とは違う内容の、障害者の性に関する脚本を書いていたのですが、1年後、熊篠さんと訪問し、インタビューしたセックス・セラピストの方から「下半身不随の女性も、セックスで達することができるし、自然分娩もできる」と聞いたのです。他にも下半身不随で自然分娩をした方にインタビューし、本来ならおしっこもカテーテルを入れなければならないぐらいなのに、赤ちゃんが出てこようとする命の素晴らしさに感動しました。また以前から漫画家に興味を持っており、アダルトものは女性漫画家が多いそうなのです。しかも、性体験がない人も実際に書いておられ、人間の想像力や性と脳の働きなど、様々なことが入り混じり、この脚本に結実していきました。
 
 

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■「嘘はつきたくない」ぶれない思いが、スタッフ、キャストを一つに。(HIKARI監督)

――――ユマを描くリアリティについて教えてください。
HIKARI:映画は長い時間とお金をかけ、スタッフやキャストが一つになって作るわけですから、パッションがなければ作れない。今回、皆が一つになれたのは、嘘はつきたくないという思いに、全員が気持ちを一つにしてくれたからです。やはり障害者の人に主役を演じてもらうには、撮影日程を2週間延ばしてもらう必要がありましたが、最初からそこはブレませんでした。
 
――――佳山明さんの魅力とは?
HIKARI:初々しさ、ピュアさにすごく惹かれました。演技をするというより、目の前にあることを真っ直ぐに受け止め、それに対してリアクションをしてくれる。そういう姿勢がすごく良かったです。
 
 
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■障害者視点からくるセリフに感情移入(佳山)

 「一瞬一瞬に心を動かし、一瞬一瞬に詰め込む」明さんの演技や監督の演出が自分の糧に(大東)

――――ユマ役に共感した部分や、演じるのが難しかった部分はありますか?
佳山:ヒロインも障害当事者なので、障害者視点からくるセリフが色々あり、そこは感情移入できるなと思いました。色々なことが思い浮かびますが、ラブホテルのシーンだったり、やはり初めてのことなので、難しいことが多かったです。
 
大東:僕らは仕事として色々な作品を経験していますが、明ちゃんは初めての現場ですから。よく明ちゃんが演じるユマの生き生きした表情が良かったという声をいただくので、それを伝えると「私は用意スタート!からカット!まで、監督から言われたことを演じるのに必死で、カメラが回っていることを精一杯生きることに必死だったんです」と答えてくれました。その一瞬一瞬に答えていくというのが、明ちゃんの作品との向き合い方であり、この作品がすごく生命力豊かになったのも、その姿勢からきているのではないか。それは、今回僕が明ちゃんからすごく教わったことでもあります。
また、HIKARIさんの演出は、日本で生まれ育った自分の価値観をすごく広げてくれました。一瞬一瞬に心を動かし、一瞬一瞬に詰め込む。僕への演出だけでなく、明ちゃんに演出しているHIKARIさんも含めて、全てがメッセージとして自分の糧になったと思います。
 
――――なるほど。撮影現場の熱気が伝わってきました。
HIKARI:うれしいですね。大東さんは、舞台の経験もありますし、まじめで一緒に仕事をしていてすごく安心できます。あとは役者さん同士や、監督の私とのキャッチボールでした。映画自体を良くするために彼も私に意見を言ってくれるし、明ちゃんも「これはちょっと、違うと思います」と教えてくれました。とにかく、駿介さんと明ちゃんは、現場でも一緒に演技をすることが多かったですから、二人にこちらも教えられましたね。
 
大東:HIKARIさんは、誰に対しても分け隔てなく、ものすごく人間っぽい方です。コミュニケーション能力が高くて、親戚ぐらいの身近な距離感で接してくれるので、すぐ仲良くなれる。以前、トーク番組の司会をされている先輩に「人から何かを引き出す時には、まず自分からさらけ出すこと」と言われたことがありますが、HIKARIさんがまさにそうです。打ち解けた人と仕事をする時、親しいからこその妥協点を見出そうとしてしまいがちなのですが、HIKARIさんは仕事に対して、非常に厳しかったですね。
 
 
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■演出は彫刻のようなもの。大東さんはいかに削いでいくか、明さんは少し付け加えてユマを見出す。(HIKARI監督)

――――具体的に監督からどんな指摘を受けたのですか?
大東:「この瞬間のことだけでなく、あなたがこの先役者をやって行く上で、絶対に苦しむから、今のうちに絶対考えて、直した方がいい」と。言葉としてはストレートすぎて、すごくダメージを食らうのですが、結果的にはすごく薬になる。インフルエンザの予防接種みたいに、注射されると翌日は熱を出したりするけれど、免疫がついて強くなるみたいな効果がありました(笑)
 
HIKARI:基本的に自然体で演じてもらうスタンスです。日本に限らず、役者さんはすごく勉強をして撮影に臨んでくれますから、今回も大東さんの中にすでにあるものをいかに削いでいくかを考え、俊哉を作り出していきました。明ちゃんは、彼女自身がピュアな状態ですから、少し付け加えたり、変えることでユマを見出していきました。
 
――――役者としての大東さんに期待を込めたアドバイスだったのですね。
HIKARI:オーディションの1年ほど前に、園子温監督に誘われた会でご一緒したのが初対面でしたが、大東さん自身も非常にオープンな方ですし、お互い大阪出身ということで意気投合し、その時から心を許し、言いたいことが言える関係ができていました。ただ撮影現場で俊哉を作りあげながら、今まで苦労してやっとここまで来たのだから、もっと高いところに行ってほしいという気持ちがありましたね。
 
 
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■平気で人を傷つける暴力的な生き方を選んでしまうのは、心の障害。(大東)

――――脚本を読んでの感想は?
佳山:当事者の方にたくさんインタビューをして書かれた脚本なので、リアリティがありますし、私としてはそのリアリティにぐっと来ました。
 
大東:人間は知らない人に対しては暴力的になれるので、知るということは救いになりますし、知らないことは他人を傷つける可能性を孕んでいます。平気で人を傷つける暴力的な生き方を選んでしまうのは、心の障害に近づくのではないでしょうか。映画バージョンでは描かれていないのですが、俊哉は過去に家族を失い、その原因が自分にあったかもしれないとずっと自分を責めている男です。考えても仕方がないので、人のために生きる道を選ぶべく介護士になった訳ですが、それでも前に進めずにいる。未来を知ろうとしないので、心の障害のように前に進めなくなってしまうのは、今の日本のムードでもあるし、自分にも刺さる気がしました。
 
この映画に参加し、試写で作品を見たことで、知らないという自分を肯定でき、ものすごく外の世界に興味を持つようになりました。世界が興味に溢れたような気分です。僕はこの映画を色々な人に届けたいし、映画は娯楽ではあるけれど、時にものすごいサプリメントのような力があると感じています。
 
――――渡辺真起子さんが演じた、ユマが自立するのをバックアップする障害者専門のデリヘル嬢、舞はとてもカッコよかったです。
HIKARI:私自身、日本人でありながら、人生の半分以上はアメリカにいるのですが、日本はすごく素敵だと思うのです。古くからの文化があり、食べ物は美味しいし、綺麗し、平和だし、安全だし、素晴らしいと思う一方、どうしても「きちんとしなければ」と思う人たちもたくさんいます。舞さんのようなデリヘル嬢も、世間的には軽んじられるような存在ですが、私は他人のことなど構う必要はないと思うのです。日本では大概の人が、他人が気になって仕方がないし、メディアも書き立ててしまう。舞の常連客である障害者にとって彼女は女神のような存在ですから、舞をカッコよく描きたかったですし、他人をジャッジすること自体間違っていると伝えたかったのです。
 
――――障害者を題材にした映画は、自己犠牲的な展開に陥りがちですが、本作は非常にポジティブなメッセージが込められています。
HIKARI:小さい頃から大人の嫌な部分もたくさん見て、「絶対こんな大人にならない!」という体験もしてきましたし、一方母子家庭でしたが祖父母をはじめ多くの周りの人に育ててもらう体験もしました。また家族が経営する鉄工所で体が不自由な従業員の方達もたくさんいたので、私も普通に接していました。障害者だからという隔たりを感じることがなかったのです。今回は障害者というだけでなく、女性や性のことを色々な人に理解していただければという思いがあります。
 
 
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■一歩踏み出したから成長できる、それが人生。(HIKARI監督)

――――18歳で渡米してからの体験も、映画に反映されているのですか?
HIKARI:20代はとても苦労し、嫌な目にも遭いましたが、そんな中でもまずは自分を愛し、他人に優しくなることを心がけていると、周りはそのエネルギーを感じ取ります。社会的な問題が世界中に渦巻く中、どうすれば愛に満ちた幸せな世界になるかと考えた時、映画を見て、ふっとポジティブな、明日は頑張ろうと思える作品に出会えると、私は嬉しいと思うのです。人を通して環境を良くし、この世の中を良くしていけるポジティブな作品を届けたいですね。
 
あとは、人生は選択で、こちらの道を選んだがために失敗をすることもありますが、ピンチは100%チャンスだと思うし、それを取って上に登るかどうかは自分次第なのです。自ら一歩を踏み出したユマがいるからこそ、俊哉に出会い、舞に出会い、全然違う場所にいて、精神的にも大きく成長している。凝縮していますが、それが人生であり、描きたかったことなんです。
 

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■「私の幸せ」から「色々な人の幸せ」にどんどん波動を広げてほしい。(HIKARI監督)

――――本作に取り組んで、障害者に対する見方は変わりましたか?
大東:僕も障害者の人が周りにいる環境だったので昔は意識していなかったけれど、大人になり、どう接していいか分からないという感覚がありました。でもこの映画に参加し、自分も当事者だと感じます。90年代終わりからゼロ年代にかけて、今の社会は良くないとSNSも拍車をかけ、自己否定や社会否定に走っていきましたが、令和前後の今は面白い現象が起きています。流行っているYoutuberも究極の自己肯定ですし、「社会が黒と白で闘っているなら、私は黄色でいい」というような人が出てきて、次世代は自分を認めるムードがある、すごくいい時代になってきていると思います。皆、他人のことを否定することに疲れているんですよ。自分だけの考えで動く時代に、実はなってきているのではないかと、僕なりに捉えています。
 
HIKARI:ワガママでいいし、謙虚が美徳なのは問題です。実際に「私なんて」と言う女子が多いのですが、いつかきっと「私が!」と爆発する時がくる。それが怖いのです。言霊と言いますが、響き、波動、言葉はとても大事で、自分から発することが大事です。言いたいことを言い、やりたいことをやる。自分が幸せなら、周りを絶対幸せにできます。「私なんて」と言わず、私のことを一番に考えてもいいぐらいです。私の幸せから、色々な人の幸せに、どんどん波動を広げてほしいですね。
(江口由美)
 
 

<作品情報>

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『37セカンズ』
(2019年 日本 115分)
監督:HIKARI
出演:佳山明、神野三鈴、大東駿介、渡辺真起子、熊篠慶彦、萩原みのり、
宇野祥平、芋生悠、渋川清彦、奥野瑛太、石橋静河、尾美としのり、板谷由夏 
2月7日(金)より大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、神戸国際松竹、MOVIX京都他全国ロードショー
公式サイト → http://37seconds.jp/
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「古典的なコメディ映画の笑いと潤いを劇場に届けたい」
『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』成島出監督インタビュー
 
太宰治の未完の遺作「グッド・バイ」をケラリーノ・サンドロヴィッチが独自の視点で完成させ、大評判を呼んだ舞台「グッドバイ」が、成島出監督(『八日目の蟬』)により映画化された。『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』は、何人もの愛人に別れを告げようとする編集者、田島と、田島から偽夫婦のパートナーを頼まれた担ぎ屋キヌ子が奇想天外な企みを繰り広げる昭和20年代前半を舞台にしたコメディ映画だ。モテ男のはずなのに災難に巻き込まれてばかりの田島役を大泉洋、美貌の持ち主でありながら牛のように力持ちでカラス声の女、キヌ子役を舞台から引き続き小池栄子が演じる他、田島がグッドバイを告げる女たちには、水川あさみ、橋本愛、緒川たまきが扮し、「グッドバイ」の修羅場を笑いに変えるような演技で魅了する。体を張った笑いや、丁々発止のやり取り、アバウトすぎる占い師の予言と、笑いのツボがいっぱい。そして最後に大事なものを見つける二人に拍手喝采したくなるのだ。本作の成島出監督にコメディ映画に込めた思いや、女優、小池栄子の魅力についてお話を伺った。
 

 
――――近年、社会派作品が続いていましたが、今回、初監督作『油断大敵』以来となるコメディを撮られています。まず、コメディ映画に対する思いについて、お聞かせください。
成島:コメディでデビューした人間ですから、ずっとやりたいと思っていましたが、デビューしてからちょうど一回りして、ようやく実現できました。コメディはヒットするかどうかの当たり外れが激しく、企画を出しても大手は尻込みしてなかなかOKしてくれません。そんな中、最近組んで映画を撮らせていただいているキノフィルムズさんは、快諾してくださいました。キノフィルムズさんのような誠実な作り方をしてくれる会社のおかげで、企画が通りにくいオリジナル作品や、コメディーを世に出すことができ、私も非常に感謝しています。逆にそれがなければ、今の日本映画はスカスカで、自己のない映画ばかりになっていると思います。
 
 
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■好きだった太宰治のユーモア小説。ケラリーノ・サンドロヴィッチさんの舞台「グッドバイ」で、初めて映画化したいと思った。

――――念願のコメディで「グッド・バイ」を選んだ理由は?その魅力を教えてください。
成島:僕は中学時代から太宰治のファンで小説をよく読んでいたのですが、彼の小説には陰と陽があります。「人間失格」に代表されるような陰のドロドロした世界と、もう一つは当時ユーモア小説と呼ばれたジャンルがあったのですが、太宰のユーモアは非常に面白く、ただ世間ではなかなか評価されていなかったのです。僕は、光が当たるような太宰の陽の部分が好きだったのです。「グッド・バイ」も太宰のユーモア小説で、未完に終わったものです。ケラさんの舞台は元々好きで、よく見させていただいていたことに加え、小池栄子さんがキヌ子を演じるということも相まって、どのようにあの原作を最後まで描いたのかと思い、2015年に舞台を観に行きました。すごく面白くて、劇場がわっと笑いで包まれる。最初は一緒に笑っていたのだけれど、終わる頃には羨ましいなと思い始めたのです。
 
――――「羨ましい」が、高いハードルだったコメディ映画への布石になったのですね。
成島:実は今まで舞台を映画化したいと思ったことは一度もなかったのですが、「グッドバイ」を観劇して、初めて映画にしたいと思いました。非常に古典的な50〜60年代のハリウッドや日本のコメディ映画に近い匂いを感じたので、そういう笑いを取り戻したい。この笑いを劇場に届けることができればいいなと。
 
 
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■『グッドバイ』に登場する女性は皆、自立していて、きっぷが良く、嫉妬しない。

――――田島がキヌ子に投げとばされたり、体をはったシーンも多く、コメディならではの魅力が出ていました。
成島:この映画は本当に女が強くて、それに僕はすごく惹かれています。この女性たちは皆自立しているんです。特に、キヌ子は孤児なのに、体を張って担ぎ屋をし、自分が稼いだお金でオシャレをし、映画を楽しむ。だけど恋愛はしたことがない。そんなキヌ子はかっこいいじゃないですか。10人の未亡人と田島のような男の話だったら、嫉妬まみれになるだろうけれど、『グッドバイ』に登場する女性たちは皆、きっぷが良くて、嫉妬しない。それが現在の女性に通じるし、僕自身、そういう女性が好きなんだと思います。『八日目の蟬』にも通じますが、僕の映画は女が強くて、男がダメ。そういうパターンですよね。
 
――――最初、キヌ子の泥だらけの風貌だけでなく、野太い声に驚きました。
成島:太宰の原作にキヌ子はカラス声で、牛のような力持ちと書いてあり、小池栄子さん以外は演じられない役だと思っていました。実際にあの声を出すのは、本当に喉に負担がかかって、大変なんです。小池さんは舞台でそれをずっとやっていましたからね。最初のカラス声はすごいのですが、だんだん、声が澄んでくるので、カラス声も少しずつコントロールしていました。キヌ子からはじまり、女性陣は皆、それぞれしかできない役として演じてくれましたし、やはりそこを楽しんで見ていただければと思います。
 
――――田島役は大泉洋さんありきのキャスティングだったのですか?
成島:そうです。大泉さん独特の軽やかさや、いじられキャラであるところ、またちょっと甘ったれたり、ちょっとわがままな感じなど、彼のいいところを活かして、田島役を作り上げてくれましたね。
 
――――田島の部下で、田島の妻を演じるキヌ子に一目惚れする清川役の濱田岳さんも、純情男から一気にキャラクターが変わり、見事な振り切りぶりです。
成島:濱田岳さんは本当に達者な方で、笑えるのだけれど自然で嫌味がない。普通、口元でズラリと並んだ金歯がキラキラするとわざとらしくなってしまうけれど、彼の場合、キャラクターとして成立する。さすがです。西田敏行さんのはまり役だった『釣りバカ日誌』ハマちゃんをドラマ版で演じていますし、これからが楽しみな若き名優ですね。
 
 
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■心に潤いを感じ、朗らかな気持ちで過ごしてもらえる映画が、ギスギスしている現在には必要。

――――田島は人たらしで、彼が招いた男女の修羅場を笑いの力でコメディにしてしまう。そんなパワーがこの作品の魅力です。人たらしは、愛すべきキャラクターと捉えられていましたが、今はむしろ描きづらくなってしまったのでは?
成島:今は犯罪を犯したわけではないのに、世間の叩き方が尋常ではないと感じます。僕も辛辣な作品を撮ってはきていますが、できるだけ狭い範囲のことだけを描かないように腐心しています。狭い範囲で、深掘りする作品はもちろんあってもいいけれど、それだけでは辛すぎる。だからそろそろ『グッドバイ』みたいな作品を撮りたいという気持ちになったのです。日本にはかつておおらかな時代があったのに、寅さんみたいな職業の風来坊も、今リアルにいたとしたら、きっと付き合ってはいけない世界の人ですよね。全体的にギスギスして潤いがなくなった世の中で、この映画を観ている時ぐらいは、心に潤いを感じたり、朗らかな気持ちで過ごしてもらいたい。それは、企画の段階から思っていました。
 
 
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■チャップリンや小津安二郎のように色褪せない、きちんとしたコメディを届けたい。

――――賢く企んでいるようで、なかなかうまくいかない田島と、全然男のことを信頼もあてにもしていないけれど、払いが良ければ女房役を意気揚々とやってくれるキヌ子。どちらも人間臭さが際立ち、笑いを呼ぶ絶妙のコンビでした。
成島:笑うというのは人間にとって大事なのです。テレビで提供されるのはどうしても短い笑いなので、劇場で映画を観る2時間で、クスクスから始まり、ゲラゲラとなって、最後はドカンとくる、映画独特の笑いの世界を閉じたくない。チャップリンや小津安二郎のような古典は、映画の原点です。小津さんのユーモアは今観ても色あせませんよね。1年ぐらいで忘れられるようなシチュエーションコメデイではなく、きちんとしたコメディとして、お客様に届けばいいなと願っています。
 
――――田島に声をかける占い師が何を聞かれても「大体…」とアバウトな予言をするのが、この映画のおおらかさ、しいてはもっとおおらかに生きていいのかと思わせる、パワーワードのように思えました。
成島:そうですね。「大体」がこの映画のテーマです。「あの戦争で何百万人も殺されて…」というのが今のドラマですが、「大体、あの戦争からだね〜」という第一声で始まる映画を撮りたかったんです。
 
 
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■往年のイタリア女優のようなスケール感がある小池栄子。キヌ子は彼女でなければ演じられない役。

――――本作は小池さんが主演の映画を撮りたいという狙いもあったそうですが、何度も映画でタッグを組み、今回主演、キヌ子を演じた女優、小池栄子の魅力とは?
成島:『八日目の蟬』で一緒に仕事をしてから、この作品で5本目と成島組の常連のように出ていただいていますが、仕事をするたびに尊敬できる方です。小池さんは本当に努力家で、絶対にサボらない。それに、日本の女優にはあまりないようなスケール感があります。あんなにウエストの細い女性でありながら、「牛のような女だ」と言われて成立するところとか、ソフィア・ローレンなど往年のイタリア女優のようなスケール感がある。だから、女優として幅広いのです。キヌ子も絶世の美女でありながら、泥だらけの女でもあり、カラス声も含めて小池さんでなければ演じられない役だと思います。
 
 
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■至福感に溢れていた撮影現場。スクリーン越しにお客様に伝われば。

――――小池さん演じるキヌ子を含め、役者の演技や美術、衣装など色々な意味で、とても芳醇なコメディですね。
成島:舞台でずっと演じ、作ってきたキヌ子がすでに小池さんの中に出来上がっていたので、今回の撮影は楽しかったですね。小池さんも「いつも監督はしかめっ面をしているけれど、今回はニコニコしていたのでうれしかった」とインタビューで答えていたそうで、キャスト、スタッフのみんなも至福感に溢れていたと思います。ラストの撮影が最終日でしたが、皆幸福感に満ちていました。それがスクリーン越しにお客様に伝わればうれしいですね。やはりお客様が何となく幸せな気分になって、劇場を出てもらうのは、作り手として何よりもうれしいことですから。
(江口由美)
 

 
『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』(2019年 日本 106分) 
監督:成島出
原作:ケラリーノ・サンドロヴィッチ(太宰治「グッド・バイ」より)
出演:大泉洋、小池栄子、水川あさみ、橋本愛、緒川たまき、木村多江、濱田岳、松重豊他
2020年2月14日(金)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、神戸国際松竹、MOVIX京都他全国ロードショー
公式サイト⇒http://good-bye-movie.jp/
(C) 2019「グッドバイ」フィルムパートナーズ
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日本初、刑務所で行われている新しい更生プログラムとその受講生に密着した『プリズン・サークル』坂上香監督インタビュー
 
 『ライファーズ 終身刑を超えて』(04)、『トークバック 沈黙を破る女たち』(13)とアメリカの刑務所内部や、受刑者、元受刑者を取材したドキュメンタリー作品を発表し続けている坂上香監督。その最新作『プリズン・サークル』は、初めて日本の刑務所にカメラを入れ、処罰から回復へと変わろうとしている新しい刑務所の取り組みや、そこで自分の過去や罪と向き合い、新しい価値観を身につけていく受刑者たちを映し出す秀作ドキュメンタリーだ。
 
 

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 舞台となるのは、島根あさひ社会復帰促進センター(以下、島根あさひ)。施設運営の一部を民間事業者に委託し、犯罪傾向の進んでいない男性受刑者を対象にした刑務所だ。この島根あさひでは、セラピューティック・コミュニティ(以下、TC)の中でも世界的に知られるアミティのTCユニット(更正に特化したプログラム)を日本で初導入している。受刑者の中から希望者が面接やアセスメントを経て受講を許可され、30〜40名が半年〜2年にわたって、週12時間程度のTCユニットを受けている。刑務所内では受講者や担当スタッフとの会話すら禁じられる中、4名の受刑者への定期的なインタビューと、TCユニット活動を通じて、受刑者たちが自己と向き合い、コミュニケーションや信頼関係が生まれることで、封じ込めていた過去やトラウマを語り、しいては自分が犯した罪について真摯に省みるようになる。日常の刑務所生活や、出所したTC受講生OBがスタッフと集まり、実社会での体験を語り合う様子も映し出され、実社会に戻ってからも居場所があることの意義が伝わってくる。
 
 2月8日(土)から第七藝術劇場、京都シネマ、3月7日(土)から元町映画館で公開されるのを前に、本作の坂上香監督にお話を伺った。
 

 

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■『ライファーズ』が新しい更生プログラム導入のきっかけに。

―――坂上監督の『ライファーズ 終身刑を終えて』がきっかけで、島根あさひに日本初となるTCユニットが導入されたそうですが、作品の内容や導入経緯を教えてください。
坂上:アメリカのセラピー的コミュニティーやプログラムがいくつかある中で、刑務所内の更生プログラムとして民間団体「AMITY(アミティ)」が、TC/セラピューティック・コミュニティ(回復共同体)を実施しています。出所した人が一時身を寄せる場もあり、そこから社会復帰をしていくケースもありますし、刑務所にいた人が、今度はスタッフとして刑務所で働き、更生プログラムに携わるという循環もあります。『ライファーズ 終身刑を終えて』はそれらを描き出した、当事者やスタッフが主人公の映画でした。これから新しく作る刑務所プロジェクトに加わっておられた民間企業の方が、偶然この映画をご覧になり、大きな衝撃を受けたそうです。
 
個人的には、日本の刑務所は規律が行き届きすぎているので、TCユニットで大事な「語る」ことが、本当に心の底をさらけ出すところまで到達しないのではないかと懸念していました。まずは一般社会でTCをスタートさせ、ある程度の結果が出てから、刑務所のプログラムに取り入れた方がいいのではないかと思っていたのです。一方、企業の方は、イギリスやフランスなど他国の刑務所プログラムとアミティのプログラムを比較したり、実際に関係者がアミティのプログラムのトレーニングを受けた結果、日本でもできると判断されたそうです。
 
―――日本でいきなり刑務所からアミティのプログラム、TCユニットをスタートさせるということは、相当画期的なことだったのですね。
坂上:やはり民間の方が入ってこられたのは大きかったと思います。2009年、島根あさひを3日間見学させていただき、民間スタッフの方がとても頑張っておられ、受刑者と対等に接していますし、こんなことができるのかという驚きが大きかったです。スタッフのミーティングにも参加させてもらう機会があり、驚きが確信に変わり、社会の人にも知ってもらいたい、何があっても頑張るという気持ちが湧き上がりました。
 
さらに驚いたのが、受刑者が刑務所に入所した時、最初のプログラムが『ライファーズ』を観ることだったのです。TCユニットを見学させてもらった時も、今まで顔も見せてもらえなかったのに、皆、顔を出していて、私が受刑者のグループに入ると「質問があります」と手が上がったのです。映画の主人公が釈放されたかどうかという問いでした。私も本当に驚き、言葉に詰まりながら「釈放・・・されました」と答えると、大きな拍手が起きたのです。受刑者のみなさんが、本当に一生懸命に取り組み、語っている姿にもほだされましたね。
 
 
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■フリーランスへの高い壁、撮影中も困難続き。それでも諦めなかったのは「この社会に対する違和感の強さ」

―――自分の作品を受刑者の人たちがプログラムで既に観て、質問してくれるというのは、感動的ですね。撮影開始までに、フリーランスであることがハードルになったそうですが。
坂上:テレビ局の仕事であれば、カメラを持って入り、ちょっと映すぐらいのことはすぐにできると思いますが、私はフリーランスで、しかも映画なので「前例がない」と企画書も受け取ってもらえませんでした。民間のスタッフにも協力を仰いだ結果、2010年から5年間、定期的にTCの講師に招いていただき、ワークショップをしに島根あさひへ通っていました。4年ぐらい経った時、理解のある所長が着任され、6年目に企画を通していただきました。撮影が決まると同時に受刑者と話すことは禁じられたのですが、翔君や真人君は当時のワークショップ参加生なので、あらかじめ信頼してくれていたんだと思います。半年後、撮影で訪れると最初は静かだった翔君がTCでリーダー的役割を果たしていて、その成長ぶりにびっくりしました。
 
―――実際の撮影はどれぐらいかかったのですか?
坂上:2年間で、毎月通っていました。撮影の時も刑務官がぴったりと付き添い、ファインダーを覗いたりするので、カメラマンもかなり大変だったと思います。実際に現場では、受刑者のみなさんだけでなく、スタッフとも話をしてはなりません。話す時は必ず刑務官が立ち会う決まりになっているのですが、元々スタッフとは知り合いなので思わず話しかけて怒られることもよくありました。特に私一人で撮影するときは、服装まで細かく指摘され、質問をかわされることも多かったです。撮影以外は指定の部屋で待機しなければいけならず、本当に大変でした。
 
―――制限の多い撮影を乗り切ることができた、一番の原動力は?
坂上:今回は、受刑者の人とコミュニケーションを取れない、ドキュメンタリーを撮るのに信頼関係が築けないのは大きなハンデでした。2〜3ヶ月に1回しかインタビューできない状態で、なぜ頑張れたのかと言えば、この社会に対する違和感が強かったからです。島根あさひで撮影していることも公にできなかったので、クラウドファンディングもできず、自分たちだけで資金を賄うしか術がなかった。それでも応援してくださる方がいて、ここまで頑張ってきたのに悔しいじゃないですか。最後の4ヶ月で体制が変わり、新しい所長が着任すると、話すことを禁じられたがためにコミュニケーション不足になってしまったスタッフとの間に入って、調整役をしてくださり、なんとか撮影を終えることができました。
 
 
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■隔離された場所にいる受刑者たち。「自分たちを見てくれる人が来るのは、誰であってもうれしい」

―――TC参加者は、撮られることをどのように感じていたのでしょうか?
坂上:私たちは現場で妙にかしこまらないようにしていました。アイスブレイクの時間では、参加者が話したことに対し、笑うこともあり、TCのメンバーはそういう私たちの反応を見て安心したという声もありました。また、隔離された場所で、家族ですら面会に来るのが難しいので、誰でもいいから外部の人たちが来てくれる、自分たちを見てくれる人が来るとうれしいとも語ってくれました。なにせ、私たち毎月行っていましたから。他にも、事情があり、映すことがNGだった受刑者がいたのですが、出所の時、建物の出入り口で私を見つけ、事情があって協力はできなかったけれど、映画の完成を楽しみにしています」とわざわざ挨拶に来てくれ、感動して握手したこともありました。
 
―――TCでは犯罪加害者と被害者になってマンツーマンで議論するロールプレイングや、子どもの頃からの家族や対人関係を書き出して発表するなど、様々なプログラムがあり、参加者自身が進行するなど、自分を振り返り、コミュニケーション能力を高める工夫がされていますね。
坂上:支援員だけが教えるだけでなく、自分たちも教える立場に立ち、事前にしっかり準備をし、余暇時間にチームで集まってディスカッションをしたり、スタッフに助言をもらったりと、大学のゼミ発表をするような感じです。
 
―――それらの活動を重ねることで、自分の中で封をしていた痛みや過去を自らの言葉で語っています。卓也さんも「親に抱きしめられた記憶がない」と語っていましたが。
坂上:卓也君は家族のルールを話す時に最初は黙っていました。トラウマが重すぎて、記憶をどこかに押しやってしまっていました。ただ、何人かで話していると思い出したり、記憶がつながってくる。一人や二人ではできないことで、何人かで話をするからできることです。彼はわざと、さらっとした口調で話すのですが、逆にそうしなければキツすぎて生きていけなかったのかと思わされました。
 
 
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■「TCのおかげで息子が変わった」映画を観た元受刑者のご家族の意見に感動。

―――刑務所を出所後の交流についても野外でのバーベキューと、室内での活動を映し出しており、実社会に戻ってからの居場所がどれだけ必要であるかを映し出しています。
坂上:刑務所でアドバイザーもしておられる大阪大学大学院教授の藤岡淳子先生が立ち上げた「くまの会」というクローズドのFacebookぺージに元々参加しており、企画が立ち上がる前から参加し、撮影もさせていただいていました。全員から顔を出していいかどうかの確認書をもらうのですが、半分以上は顔出しNGだったのです。でも関係者向け試写会で映画を観ると、大体はOKしてくれました。実際に、最後まで家族のために顔出しを渋っていた人がいたのですが、結局、腹をくくってくれOKをくれました。試写会で家族が映画をご覧になり、「息子が映画に出て良かった。TCのおかげで息子は変わり、TCの仲間が今でも息子を励ましてくれています」と。そのご意見を聞いて泣きそうになりました。
 
―――室内でもかつてのTCのように輪になり、出所して仕事に就いたものの、続けることに難しさを感じているメンバーに先輩が厳しく意見するシーンもあり、TCでつながる仲間だからこそのアドバイスだと痛感しました。
坂上:室内のディスカッションで「俺たちは証人だからな」と言いますが、それは刑務所時代にTCで同じように仲間が活動を通じて、今まで思い至らなかったような感情が生まれたことに気づき、周りもその証人になるという体験をしてきたからこそ出た言葉です。映画の中でも象徴的な部分でした。
 
 
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■刑務所の中だけではなく、実社会と地続きの問題。TCのように本音を語れる場所がもっと必要。

―――刑務所でこのような取り組みが行われているということを、本作を通して多くの方に知っていただきたいですね。
坂上:刑務所の話ですが、実社会と地続きの問題だと思っています。ただ統制を取るべく、厳しくしていくのではなく、TCのように本音を語れる場所をもっと作った方がいいですし、そういう場所があれば、刑務所に入所する人は減るのではないでしょうか。
 

<作品情報>
『プリズン・サークル』(2019 日本 136分)
監督・制作・編集:坂上香
アニメーション監督:若見ありさ
2020年2月8日(土)から第七藝術劇場、京都シネマ、3月7日(土)から元町映画館他全国順次公開
公式サイト → https://prison-circle.com/
※京都シネマ 2月8日(土) 9:55の回上映後、坂上香監督が登壇予定。
第七藝術劇場 2月8日(土)12:20の回上映後、坂上香監督が登壇予定。
2月9日(日)12:20の回上映後、藤岡淳子さん(大阪大学大学院教授)、坂上香監督、特別ゲストが登壇予定。

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被災した街にある時間の層は、「写真には映らないけれど、映画にはなる」と思った。

『風の電話』諏訪敦彦監督インタビュー

 

  東日本大震災後、岩手県大槌町在住のガーデンデザイナー・佐々木格さんが設置した「風の電話」。大事な人を亡くした人たちが、もう一度語りかけたい言葉を伝える場として、3万人を超える人がこの場所を訪れているという。この「風の電話」をモチーフにした諏訪敦彦監督(『ライオンは今夜死ぬ』)の最新作『風の電話』が、2020124日(金)~なんばパークスシネマ、神戸国際松竹、MOVIX京都他全国ロードショーされる。

 

  津波で家族も家も失い、広島の伯母の家で暮らしている高校生ハルが、様々な人との出会いから生きる力を取り戻し、故郷、岩手県大槌町の風の電話を訪れるまでを、ハルの目線で描いた感動作。ハル役には、今最も注目され、出演作が目白押しのモトーラ世理奈。同世代の中でも類を見ない独特の存在感で、生きる目的すら失っていたハルの心の揺れや成長を体現している。脇を固める西島秀俊、西田敏行、三浦友和ら俳優陣に加え、クルド人一家が登場するシーンは、リアルなエピソードを取り入れ、今の日本を映し出すドキュメンタリー的側面も見せている。本作の諏訪敦彦監督に、お話を伺った。

 

 


 

生きろというメッセージは、『ライオンは今夜死ぬ』と通底している。

――――前作の『ライオンは今夜死ぬ』のインタビューで、諏訪監督は「ジャン=ピエール・レオと『生きていることは素晴らしいという映画にしよう』と話した」と語っておられましたが、本作は、「生きていることが素晴らしいと思えるまでの映画」とも言えます。 

諏訪:主人公、ハルの心は瀕死の状態で、なぜ生きているか分からなかった。でも、生きろというメッセージは『ライオンは今夜死ぬ』と通底しています。ずっとハルという少女の目の高さから、ただ見ていくわけですが、言葉で励ましても意味がないとみんな分かっているのです。三浦さんが演じる公平は、泣き疲れたハルを自宅に連れ帰り、ハルが「大槌から・・・」と言った時も、根ほり葉ほり聞かないでただ「食えよ」と言う。それは、生きていればいいんだというメッセージだと思うのです。

 

――――諏訪監督は広島ご出身で、広島でも映画を撮影されていますが(『a letter from hiroshima』)、最初から広島をスタート地点と決めていたのですか?

諏訪:僕がこのプロジェクトに参加した時点にあった原案は、一人の少女が熊本で被災して父を亡くし、風の電話の存在を知り、大槌町まで旅をするというものでした。ただ昨年は西日本豪雨が起き、日本は次々と被災地が生まれているので、当初の予定を変更し、岡山のあたりもロケハンに行きました。その時点では広島である必要はそんなに強くなかったですが、三浦さんが演じる男性の母を演じた別府康子さんは広島県出身で、面接でお会いした時に、偶然自身の原爆体験の話をされたのです。その時の罪悪感が演劇を始めるきっかけになったとおっしゃっていたので、ぜひその話を映画の中で話してほしいとお願いしました。それがある意味、広島から旅をスタートさせるきっかけになったと思います。

 

 

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被災した街にある時間の層は、「写真には映らないけれど、映画にはなる」と思った。

――――東日本大震災から8年経ったからこそ描けたと思うことは?

諏訪:日本で撮るのは久々なのですが、僕が意識していたのは日本という国の風景を撮るということでした。撮影時、西日本豪雨から1年も経っていなかったのですが、報道ではあまり語られなくなっていましたから、そこまで被害が残っているとは思わなかった。でも実際には、ただ道路が通っているだけで、あとは被害を受けた跡が生々しく残っていたのです。逆に、ハルの故郷、大槌町の場合は、震災から8年経ち、すっかり街の様子が変わってしまった。震災の傷跡自体は見えないのです。でも8年前までの体験はハル自身の中に残っているし、色々な時間の層が街にはある。これは写真には映らないけれど、映画にはなると思いました。福島でも撮影しましたが、やはり異様な風景です。繁華街を離れると、倒壊した建物は整備され、新しい建物も建っていますが、空き地が多く、スカスカで、人もいない。フェンスの向こうは帰宅困難地域になっているわけです。そのように、簡単には映らないけれど、いろいろな層があることを映画で表現できるはずだということが、僕にとって重要なポイントでした。

 

――――流された跡がそのままのハルの実家や、出会う友人の母など、大槌町でハルが体験することは、確かに時間の層を感じさせましたね。

諏訪:ハルが大槌町に帰った時、震災で亡くなった友達のお母さんと偶然出会います。8年ぶりなので成長したハルのことが一瞬分からなかったけれど、ハルだと分かった瞬間に8年前と現在が繋がった。「大きくなったね」と言った瞬間にそのお母さんにとっての8年間が押し寄せてくるのです。自分の娘は生きていたらどうなっていたのか、こんなに大きくなっているかもと思うと、見えない悲しみが押し寄せてくる。そういう見えない時間を映画で表現することは意識しました。

 

 

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傷だらけの日本でも、人々は毎日生きている。そのことを讃える視点から見ていきたかった。

――――一方、ハルが大槌町に着くまでに出会う人たちは、それぞれが傷を追っている人たちではあるけれど、ハルの心を少しずつ開く役割を果たしています。

諏訪:ヨーロッパだったらもっと危険な目に遭うと思いますが、日本は少女の旅をみんなで助けてくれる。優しいですよね。少女の旅と言えば、テオ・アンゲロプロスの『霧の中の風景』など、色々な困難を乗り超えて成長していく物語を想像しがちです。でもこの映画は悪い人が立ちはだかるような物語にはしたくなかった。こんなに傷ついている少女が、生きる力を与えていく人たちに出会う。ハルが生きる力を得ていくのに、映画が寄り添うようにしました。ロケハンで日本中を巡りましたが、どこも傷だらけ。今に始まった話ではなく、遥か前から日本は傷だらけなのです。それでも人々は毎日生きていますから、そのことを讃える視点から、日本を見ていきたいと思いました。

 

――――モトーラ世理奈さんはオーディションでのキャスティングだそうですが、その魅力は?

諏訪:モトーラさんは、西田敏行さんや三浦友和さんなどの大ベテランと共演していますが、緊張しているように見えなかった。インタビューでも共演について聞かれるそうですが、西島さんと話をした記憶がないと言うのだそうです。「ハルは話をしたけどね」と。最後の大槌町にある電話ボックスも、「私は入っていません。ハルが入ったんです」と言うのです。西田さんは「あの歳で、受けの芝居ができるのはすごい」とおっしゃっていましたし、三浦さんも「久々に映画女優を見た」と絶賛でした。

 

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西島さんが悩んだクルド人とのシーンも、モトーラさんは自然に馴染み、嘘がなかった。

――――大ベテランを唸らせる演技だったのですね。男たちに絡まれているのを助け、大槌町まで連れていった森尾を演じた西島さんは、一番長く現場で一緒だったと思いますが。

諏訪:西島さんは「彼女は嘘がない」と表現されていました。西島さんが演じた森尾は、背景が難しい役なので、森尾が震災時にボランティアで助けてもらったというクルド人一家と再会するシーンはすごく悩んでいたのです。映画でもメメットさんが入国管理局に突然連行され、1年以上帰れないと家族が話していましたが、あれは本当の話で、その中で、俳優としてどういればいいのかに悩んでいた。でもふとモトーラさんを見ると、ハルとしてそこで自然に馴染み、しかも嘘がなかったのです。

 

――――ハルと森尾がクルド人一家と思わぬ交流となるシーンでは、一家の娘さんとハルが意気投合し、今までずっと無表情気味だったハルに、笑顔が生まれるのが印象的でした。今の日本の現実を映し出すシーンでもあります。

諏訪:メメットさんは、福島にも実際にボランティアに行っていたそうです。みなさん役者ではないですから、ボランティアでお世話になった人が訪ねてくるシーンであることを説明し、一緒に1時間過ごしてもらいました。モトーラさんには、同世代の女の子同士のガールズトークが重要だと思ったので、メスリーナちゃんと事前に二人で会ってもらいました。彼女はどこか、素の自分に戻っている部分があったかもしれません。移民はヨーロッパでは当たり前の問題ですが、日本も見えないだけで隣人として、身近にいるのです。

 

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モトーラさんは、常に周りの環境や、一緒にいる人のことを考え、それが演技を作るというやり方ができる人。

――――ハル役に対し、モトーラさんはどのようなアプローチをしたのですか?

諏訪:ハル役は、モトーラさんにとって最もやりづらいものだったようです。彼女は家族が大好きなので、小さい頃の絵本ですら、家族が別れるような悲しい話は嫌だったみたいです。だからこの台本も読めなかったし、オーディションも実は来たくなかったのだと、後々教えてくれました(笑)ハルは、昔は自分と変わらない女の子だったはずだということを起点として、ハルに近づけていきましたね。モトーラさんは、事前に人物像を構築するのではなく、その場に行き、相手を感じることによって、自分を表現するというリアクションができる俳優です。常に周りの環境や、一緒にいる人のことを考え、それが演技を作るというやり方ができる人なのです。

 

――――確かに、非常に自然な演技で、黙っているシーンが多いにも関わらず、目が離せませんでした。モトーラさんが苦労したシーンはあったのですか?

諏訪:大声で感情を吐き出すシーンは、彼女も悩んでいましたが、声を出すのが大変かと思いきや、そこで何を言うべきか悩んでいたというのです。「ここで、(お父さん)会いたいよと言ってしまったら、最後の風の電話で何を言うのか。そこまで取っておいた方がいいのではないか」と。その時は、「風の電話にたどり着くまであと3週間あるので、その時何を言いたいかは、その時にならなければわからない。だから、今の思いを吐き出して」と伝えて、後はあの本番の通りになりましたね。

 

――――風の電話は、大事な人を亡くした人にとって、誰にも言えない思いを伝えられる場所として、本当に必要で、かけがえのない場所だと思いました。実際に風の電話で撮影をして感じたことは?

諏訪:ラストシーンが成立しなければ、どうにもならなかった。今思えば、本当に無謀だったと思います。でもあのシーンは全てモトーラさんに任せました。最終日の撮影は、天候不良で2日延ばしたのですが、すごい突風で、晴れているのに木が揺れて、風で雲が流れ、光がどんどん変わっていく。モトーラさんに神様がついてくれているような、奇跡が起きている感じがしました。

 

 

言葉に出して話しかけることで、自分が変われる「風の電話」。モトーラ=ハルの中で起きた瞬間を映画で撮ることができた。

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――――モトーラさんに任せたという風の電話のシーンは、ハルの家族に言いたい言葉が溢れると同時に、これからも生きるという強い意思表示が現れ、彼女の旅を通じての成長を強く感じさせました。

諏訪:彼女は本番前まで、風の電話(ボックス)には入りませんでした。一度目のテイクは言っていることが嘘のように思え、うまくいかなかったようです。二度目のテイクの最後にハルは「私も会いに行くよ」と言います。私も会いに行くということは、私は死ぬということ。それを口にした途端、ハルの中に「私は死ぬのかな」という問いが生まれた。今死ぬのかな、今は死ねない、だからそれまでは生きる。だから、「今度会うときは、おばあちゃんになっているかもね」と変わっていくのです。最初は、死んで会えるなら、会いに行きたいと思っていても、自分がそれを口にすることで、自分が変わっていく。モトーラさんは真っ白の状態で風の電話に入っているので、自身の中で、そういう展開が起こるとは思わなかった。それこそが“風の電話”なんです。

 

――――ハルにとって、自分の思いを口にすることで、それを客観的に受け止め、試行錯誤できる空間だったのですね。

諏訪:僕は監督なので、撮影時に「カット」や「もう一度」と言う権利があるのですが、このシーンはモトーラさんがカットかどうかを決めるべきだと思いました。二度目のテイク後に「できた?」と聞き、「できたと思う」と言ってくれたので、撮影終了になりました。言葉に出して話しかけることで、自分が変われる。それが俳優のプロ的な演技の中で起きる瞬間を、この映画では撮ることができたのです。

(江口由美)

 

 


 

『風の電話』(2020年 日本 139分) 

監督:諏訪敦彦

脚本:鵜飼恭子、諏訪敦彦 

出演:モトーラ世理奈、西島秀俊、西田敏行(特別出演)、三浦友和他

2020124日(金)~なんばパークスシネマ、神戸国際松竹、MOVIX京都他全国ロードショー

公式サイト⇒http://kazenodenwa.com/

(C) 2020映画「風の電話」製作委員会

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「組織の論理と個の論理のせめぎ合いが、メディアにとって大切」
東京新聞望月衣塑子記者に密着した『i 新聞記者ドキュメント』森達也監督インタビュー
 
 6月に劇場公開された映画『新聞記者』(藤井道人監督)の原作者であり、官邸記者会見では菅官房長官へ鋭い質問を投げ続けている東京新聞社会部記者の望月衣塑子さんに、森達也監督(『A』『A2完全版』『FAKE』)が密着。安倍政権下の不祥事や未解決問題をエネルギッシュに取材する望月さんの姿や、官邸記者会見での生々しいやり取りを通して、政権やメディアの今、さらにはその情報を受け取り、消費する我々に訴えかけるドキュメンタリー『i 新聞記者ドキュメント』が、第七藝術劇場、シアターセブン、京都シネマで絶賛公開中だ。(11月29日より神戸国際松竹、イオンシネマ加古川、MOVIX八尾、イオンシネマ四條畷、イオンシネマ高の原、イオンシネマ西大和、イオンシネマ和歌山 にて公開)
 
 ワールド・プレミア上映された第32回東京国際映画祭では、日本映画スプラッシュ部門作品賞を受賞。現在の日本社会を鋭く切り取った本作は、11月15日の全国公開後、ぴあ映画初日満足度ランキング第1位に輝いた。望月さんと菅官房長官との攻防だけでなく、官邸記者会見の撮影許可を巡る森監督の闘いも描かれ、あちらこちらでバトルの火花が散る。かと思えば、望月さんの意外な一面や、取材に応じた籠池夫妻とのやり取りでは思わず笑いがこみ上げる。「僕の映画は、どんどん笑ってほしい」という森達也監督に、望月さんの取材活動に密着することで見えてきたこと、官邸とメディア、さらには我々につながる問題点について、お話を伺った。
 

 
―――6月に公開された劇映画『新聞記者』に引き続き、ドキュメンタリーを発表するというダブルリリースでしたが、元々森監督は、劇映画の監督を依頼されていたそうですね。
森:僕は学生時代から自主映画を撮っており、劇映画出身です。たまたま就職した会社がドキュメンタリーを制作していたので、ドキュメンタリーを撮り始めましたが、劇映画も撮りたいと思っていました。実際に前作『FAKE』(16)の後、テレビドラマを1本監督しています。最初、河村プロデューサーから『新聞記者』の企画を見せていただき、監督を打診されたのでお受けしたのですが、脚本を詰めている時に「劇映画とドキュメンタリーの両方は無理かな」と言われたのです。さすがに両方は無理なので断って、最終的に劇映画の方は藤井道人監督にやっていただき、僕はドキュメンタリーに専念することにしました。テレビ時代も含め、僕は今まで一度も女性を撮ったことがなく、今回が初めて。同じことを続けていても面白くないので、手法も含め、いつもとは違うことをやるつもりでした。
 
 
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■当たり前のことをしている望月さんが、なぜこんなに注目されてしまうのか。

―――女性を撮るのは初めてとのことですが、東京新聞社会部記者の望月衣塑子さんは、本当にエネルギッシュですね。実際に密着しての感想は?
森:撮りはじめて、男女差は関係ないなと思いました。他の人の3倍ぐらいの速さの時間軸で動いているみたいな感じですよね。撮っている間に彼女のモチベーションの高さや、アクティビティの強さ。同時に方向音痴で、ちょっと抜けているところも見えてきた。望月さんには過剰すぎる部分もありますし、パーフェクトな人ではないけれど、彼女がやろうとしていることは、記者として当たり前のことだと思う。でも当たり前のことをしている望月さんが、なぜこんなに注目されてしまうのか。それは密着して実感したことですね。
 
 

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■「なぜこんなに大きな事件や不祥事がグレーのままで終わってしまっているのか」という思いは望月さんと同じ。

―――望月さんは辺野古基地移設問題、伊藤詩織さん準強姦事件、森友問題、加計問題と、安倍政権下で起きた様々な問題、事件に密着し続けています。新元号の祝祭感で、政権が国民から忘れさせようとメディアを使って印象操作をしているように思える問題を、オウム真理教事件をずっと追い続けている森監督は、どんな思いで撮影していたのですか?
森:望月さんと同じ思いはありました。彼女に同行して籠池夫妻や前川喜平さんに会いながら、なぜこんなに大きな事件や不祥事がグレーのままで終わってしまっているのだろうかと改めて思いました。過去形ではなく現在進行形です。例えば今も、沢尻エリカ(11月17日MDMA所持の疑いで逮捕)でテレビが一色になりかけています。このままでは、桜を見る会が政治献金規制法に違反しているという疑惑もまた、グレーのままに終わってしまう可能性がある。ならばこれは政権側の工作であり、メディアの権力への忖度なのか。……そう主張する人は少なくないけれど、僕はその見方については違和感があります。それは考えすぎだと思う。ならばなぜテレビは一色になるのか。視聴率が上がるからです。つまり多くの国民が、政権の重大な疑惑よりも沢尻エリカの事件に反応するからこそ、テレビは今の状況になっている。例えば今、デモが内戦下状態にある香港で芸能人の不倫報道を流しても、誰も関心を示さないでしょう。でも日本では沢尻エリカ報道一色になってしまうのは、メディアもどうしようもないけれど、国民もどうしようもない。そういうことは感じてほしいと思います。
 
 
―――森監督が常々おっしゃっておられる「メディアは市場原理によって社会の合わせ鏡になる」ということですね。
森:権力は暴走するし腐敗する。それは世の常です。だからこそメディアがしっかりと監視しなくてはいけない。今のこの国のメディアがその機能を果たしていない理由のひとつは、市場である日本社会が関心を示さないからです。この映画はメディアと政治に対する批判性はもちろんありますし、ご覧になるほとんどの方はそれを感じると思いますが、それを自分自身にフィードバックしてほしい。
 
 
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■オウム真理教事件以降高まってきたセキュリティ意識が、どんどん強まっている。

―――タイトルの「i」には団体ではなく、個人で考える存在であれという気持ちが込められているように思いますが、3年前の『FAKE』の頃と比べて社会の動きをどう捉えていますか?
森:特に最近、映画や展示会、トレンドアートの表現の自由に対する色々なバイアスがものすごく大きくなってきています。一部の人は権力の検閲であると訴えていますが、これについても僕は違和感がある。基本的には自主規制です。ならばなぜこれほどに自主規制が露骨になったのか。オウム真理教事件以降に発動したセキュリティ意識がどんどん強まっているからです。
 
 
―――セキュリティ意識が強くなった結果、表現関係の自主規制が起こっているということですね。
森:言論や表現には絶対にリスクや加害性がある。ところが、「万が一のことが起きたらどうするんだ」という声に異議を唱えることができなくなっている。不安や恐怖が増幅している。リスクを軽減することは間違っていない。ただ、リスクをゼロにすることは不可能です。でも一つだけ方法がある。展示や上映や発言をやめればいい。その連鎖が続いています。でも、それはまさに、万が一交通事故に遭うかもしれないから家から出ない、との発想と同じです。そんな人生が豊かになるはずがない。
 

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■記者クラブというシステム、最近はマイナスばかりが突出してきた。

―――本作では記者の望月さんが、官邸記者会見で菅官房長官と火花を散らす闘いだけでなく、森監督自身も会見を撮影したいと再三申し出、手続きを行いながらも杓子定規的対応で結局許可が下りないフリーランスジャーナリストの闘いが描かれます。外国人ジャーナリストの意見でも、日本の官邸記者会見や記者クラブが非常に閉鎖的であることを問題視していましたね。
森:記者クラブは明治に始まったシステムで、多くの人が問題視していることは事実ですが、功罪両方があると思います。映画でも登場したギルド的な視点で捉えると、強大な権力と対峙するためにメディアが連帯する記者クラブは、意義があると思います。ただ功罪の罪の部分では、排他性や、一つにまとまるので権力に利用されやすい、などがある。プラスマイナスの両方あるシステムですが、最近はマイナスばかりが突出してきています。それならばシステムを修正するべき。ところが変わらない理由は、政治権力側も今の状態は都合がいいし、メディア側もすぐに情報が共有でき、ある意味で安心できるからだと思います。政治とメディアが相互依存するシステムになってしまった以上、僕は変えるべきだと思っています。会見場の席はあれほどに空いているのだから、もっと広く開放すべきです。
 
 
―――官邸記者会見では望月さんが再三、菅さんに切り込んでいましたが、他社の記者で同じように切り込む人はいないのでしょうか。
森:政治部は政治家と良好な関係を作り、社会部が切り込む。これが日本の組織ジャーナリズムのひとつのスタイルでした。このハーモニーがうまく機能していた時期も確かにあった。でも、今は社会部が弱くなった。ならば権力監視が機能しない。僕も望月さん以外の記者がどうしているのか、聞きたいです。
 

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■鈍感さとセキュリティ感度の低さで「怯えすぎない」

―――望月さんと菅さんの攻防では、食い下がる望月さんを、菅さんが一言でバッサリと切り捨てる姿が幾度も登場し、望月さんは仕事とはいえ、本当にメンタルの強い方だなと思わずにはいられませんでした。
森:確かにメンタルは強い。でもそれよりもむしろ、場を見ない力のほうが強いかもしれない。カメラの前でも、本当に無頓着というか無防備すぎる瞬間が何度もありました。僕もかつてオウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を撮った時、周りから「どうやって撮ったのか」「なぜおまえだけが施設に入れたのか」などとよく質問されました。答えは単純です。撮っていいかと聞いたらOKしてもらえたから撮っただけ。むしろ、なぜ他の人は撮らなかったのかと言いたいぐらいです。推測だけど、多くの人はオウムの危険性やオウム側と見なされるリスクなどセキュリティのアンテナが働き、あの時期にオウムの施設に入らなかったけれど、僕はアンテナがないので施設に入って撮ることができた。そう思っています。セキュリティの感度は場や空気から感染します。空気を読めないという意味では、僕と彼女は共通点がある。ただし彼女は僕よりも圧倒的にメンタルが強い。それは確かです。
 
 
―――7月の参議院選まで盛り込まれていたので、公開直前まで編集他の作業が続いたと思いますが、そんな中、『i 新聞記者ドキュメント』は10月開催の東京国際映画祭(TIFF)日本映画スプラッシュ部門でワールド・プレミア上映されました。
森:当初は6月に撮影終了、8月に編集終了して、9−10月は宣伝期間に当てるつもりでしたが、結局10月まで撮影していたので、TIFFのプログラミングディレクター、矢田部吉彦さんには編集途中のものを見てもらい、「ぜひ、やりたい」と言ってくださった。僕自身、今までTIFFには全く縁がなかったし、国際的にTIFFは商業主義が色濃い映画祭と見られているので、僕の映画なんか上映するはずがないと思っていた。しかも原一男監督の『れいわ一揆』と併せて特別上映と提案されたのに、本作の河村プロデューサーは「コンペティションにエントリーする」と言いだした。何を考えているんだ裏目に出るだけじゃないか、と思いました(笑)。でも最終的には日本映画スプラッシュ部門で作品賞を受賞できた。河村プロデューサーの直感と、いい意味での鈍感力、上映を決断してくれたTIFFの矢田部さんの力が大きいですね。
 
 
―――TIFF全体としては、商業主義と言われがちですが、矢田部さんがプログラミング担当のコンペティション部門ではそれぞれの国のタブーを新しい手法で描く意欲作が揃っていました。一般的な評価を鵜呑みにせず、自分で観たい作品を探せば、映画祭のまた違う面を発見できるはずですね。
森:メディアも営利企業ですから、市場原理が基底に働くことは当たり前です。だからこそ組織に帰属する記者やディレクターの抗いや闘いが重要です。僕はそのダイナミズムや、組織の論理と個の論理のせめぎ合いがメディアにとって大切だと思います。そのせめぎ合いが消えてしまったら、組織の論理で埋め尽くされてしまいますから。映画撮影時に、官邸記者会見で望月さんが質問をしようとするたびに、最前列で菅さんと目配せをしていた記者がいました。いわゆる番記者ですね。でも最近異動があったらしく、今の記者は、望月さんが驚くほど鋭い質問を菅さんに浴びせているそうです。やはり、会社じゃなくて、個人なんですよ。
 
 
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■これほどに固有性を隠す日本のメディアは普通ではないことに気づくべき。

―――政治、メディア、日本社会とそれぞれが悪しき方向に向かっていく中で、今一度、問題意識を持ってもらうために、どうすればいいと考えておられますか?
森:『i 新聞記者ドキュメント』を1000万人が見てくれれば、少しこの国が変わるのではないかと思います。……まあそれは分不相応な夢としても、こうした映画やテレビ、記事などが、もう少し増えてもいいのでは、とは思います。アメリカなどでは、この数年だけでも、『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』や『バイス』、『記者たち 衝撃と畏怖の真実』など、政治やジャーナリズムを題材にした作品が、すべて会社や個人の実名を使いながら、数多く公開されている。ところが日本の場合、政治やジャーナリズムをテーマにした数少ない映画やテレビドラマでも、ほぼすべて朝毎新聞とか帝都テレビとか、仮名が当たり前。テレビ報道やドキュメンタリーはモザイクだらけ。僕たちはそれが当たり前だと思っているけれど、これほどに固有性を隠す日本のメディアは普通ではない、ということに気づくべきです。
(江口由美)
 

 
<作品情報>
『i 新聞記者ドキュメント』(2019 日本 120分)
監督:森達也
出演:望月衣塑子他
11月16日から第七藝術劇場、シアターセブン、京都シネマ、11月29日から神戸国際松竹、イオンシネマ加古川、MOVIX八尾、イオンシネマ四條畷、イオンシネマ高の原、イオンシネマ西大和、イオンシネマ和歌山 にて公開。
公式サイト → http://i-shimbunkisha.jp/
 
※シアターセブンで12月7日(土)〜12月20(金)まで「森達也監督 特集上映」開催
上映作品:『A』(98)、『A2 完全版』(15)、『311』(11)、『FAKE』(16)
 
(C) 2019『i-新聞記者ドキュメント-』
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原住民、アミ族の祖母への思いを映画に込めて。
台湾アニメーション『幸福路のチー』ソン・シンイン監督インタビュー
 
 東京アニメアワードフェスティバルでグランプリを受賞、他にも世界の映画祭で受賞を果たし、台湾アニメーション映画初の快挙を続ける台北郊外の幸福路(こうふくろ)を舞台にした『幸福路のチー』が、11月29日(金)より京都シネマ、今冬よりテアトル梅田、出町座、シネ・リーブル神戸他全国順次公開される。
 
 監督は、京都で映画理論を、アメリカで映画制作を学び、アニメーション制作の実績が乏しい台湾で新たにアニメーションスタジオを設立して本作を作り上げたソン・シンイン。ジャーナリスト時代に培った観察力を生かし、台湾の昔の風情や、その裏にある政治背景を織り交ぜながら、70年代生まれの台湾女性が抱える葛藤や、人生の転機、家族との関係を時代ごとに細やかに描写。合間に挿入されるファンタジックなシーンは、想像力溢れる主人公チーの内面を鮮やかに映し出す。チーの成長やその中で浮かび上がる様々な問題に自分の体験を重ねる人も多いのではないだろうか。
 
11月に自著「いつもひとりだった、京都での日々」(早川書房刊)が日本で発刊されたのに合わせて来日したソン・シンイン監督に、お話を伺った。
 

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■移民社会ではないのに、一つの家族の中で親世代は北京語、子ども世代は母語と二つの言語が混じっている。

――――本作を見ると、今まで日本で紹介されてきた台湾映画で知ることができた断片的な台湾の歴史が、私の中で一本の線につながりました。まず、小学校時代に学校で母語を禁止され、北京語でしゃべり、学ぶことを強制されるシーンがありましたが、実際にシンイン監督はどのように感じていたのですか?
シンイン監督:私が小学生の頃は、きれいな北京語を喋れば、いい人間、つまり能力のある人間になれると思っていたので、そのことに何の疑問も抱いていませんでした。私の両親は北京語が喋れないのに、私には北京語を喋れと言うので、おかしいとは思っていたんです。でも、今の若い台湾人は、とても上手に母語で喋っていて、かえって私たち世代の方が母語を喋れないという皮肉な現象が起きています。例えば私の友達の子どもは、学校で母語教育が必須ですが、親世代は母語教育を受けていない。移民社会ではないのに、一つの家族の中に、違う言語が入っているのかと、すごく複雑な気持ちになります。今まで信じたものが覆されてしまい、何を信じていいのか。私が13歳の時、蒋経国総統が死去し、高校入学(90年)の時、ようやく小中学校における郷土教育が開始されましたから、母語が話せないというのは台湾人の中でも、私たち世代特有の体験ですね。
 
 
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■フェミニズムに触れ、祖母の行動やルーツを否定していたのは間違った教育だったと気付く。

――――ヤン・ヤーチェ監督の『GF*BF』では、戒厳令解除や、その後の学生運動の高まりも描かれていました。その時代の思い出を教えてください。
シンイン監督:87年に戒厳令が解除された時は、少しずつ国が変わっていく様子を肌で感じました。例えば、20歳の時にフェミニズムの本を読み、とても影響を受けたのです。その時初めて、アミ族の祖母がビンロウを噛んだり、タバコを吸うことはダメだと思い込んでいたり、自分のルーツを否定していたことを振り返り、間違った教育をされていたことに気づいたのです。でも既に祖母は亡くなっていて、その気持ちを伝えることはできませんでした。
 
――――台湾原住民の一つ、アミ族の祖母の死が、アメリカで暮らしていたチーが台湾に戻るきっかけになっています。さらにチーが困った時は、ふっと現れる守護神のような役割も果たしていますね。
シンイン監督:私自身は、祖母と仲良くありませんでした。実際、私の世代はみな親が仕事で忙しかったので、おばあちゃんっ子の友達が多かった。だから、友達の様子を観察しながら、「あんなおばあちゃんがいいな」とずっと羨ましく思っていたのです。映画で登場するのは、そんな孫と密接な関係にあった祖母像を描いています。私の祖母はとても気が強くて、芯も強い。あまり教育を受けたことはないけれど、シンプルな言葉がすっと出てくる。例えば、「そんなに勉強が嫌いなら、勉強しなければいい」と。母にすれば女の子はいい教育をしないとダメという気持ちがあり、医者や弁護士のような立派な職業に就いてほしいと思っていたので、祖母の言葉にすごく怒っていました(笑)今は、祖母に対してお詫びをしたいと思っています。
 
 
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■原住民運動が盛んになった90年代前半、アミ族の血が流れていることを誇りに思うようになった。

――――否定していたアミ族の血が流れていることを、今は肯定的に捉えているということですか?
シンイン監督:はい、今は誇りに思っています。90年代前半は、台湾で原住民運動が盛んだった時期です。当時、原住民は山胞(野蛮という意味)という差別用語で呼ばれていたので、正しい呼び方をすることを訴えました。大学の同級生でアミ族の男子がいたのですが、彼は自分の中国語名を捨てて、アミ族名に変えたのです。その時、彼のことをカッコいいと思いました。私も祖母のアミ族の血が流れていることを知った台湾大学の友達には、「羨ましい!」と言われたこともあったんです。
 
 

■先行して本を執筆し、投資者を募って、アニメーションスタジオを自ら立ち上げる。

――――台湾のアニメーション界はまだ成熟していない中、本作を制作するのは大きな冒険だったのではないですか?
シンイン監督:まだ台湾で制作されたオリジナルアニメーションで成功したものはありませんでしたから、ハードルが高かったのは事実です。知り合いの有名監督がアニメーションに挑戦していますが、1億台湾ドルかけて、まだ何もできていません。そんな状態ですから、制作中私も「作品は完成しないだろう」とよく言われていました。だから完成した時は本当に周りに驚かれたのです。中国の検閲を心配する投資家もいましたが、エンジェルファンドを使ったり、先に本を執筆して、投資してくれそうな人に送り、私のアイデアや夢に投資してくれる人を募りました。集まったお金で自分のアニメーションスタジオを立ち上げ、最終的に、宣伝も含めて5000万台湾ドル(1.8億円)で本作を作ったのです。
 
 
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■審査員だったグイ・ルンメイが元になった短編を高評価。チーのキャラクターデザインは、ルンメイをイメージして。

――――グイ・ルンメイがチーの声を演じていますが、その経緯は?
シンイン監督:本作の元になった短編アニメーション『幸福路上』が台北電影獎でグランプリを受賞した時、グイ・ルンメイさんも審査員の一人でした。審査委員長だったピーター・チャン監督から「『幸福路上』を一番気に入っていたのは、グイ・ルンメイだ」と聞いていたので、長編化を考えた時、まずルンメイさんが頭に浮かびました。ダメ元で、マネージャーに脚本を送り、主人公の声優になってほしいと伝えたところ、ルンメイさんはすぐに脚本を読んで、「短編より何倍も感動しました」とすぐに快諾してくれたのです。おかげで、投資家のプレゼン時にルンメイさんのキャスティングを伝えることができ、非常に助かりました。キャラクターデザインも、ルンメイさんをイメージしています。今、ユニクロの台湾イメージキャラクターなので、そのカタログを見ながら、アニメーターたちと議論してデザインしました(笑)他のキャラクターは、全て特にモデルはいないんです。一般的な台湾人という視点でデザインしていきました。
 
――――今や台湾を代表する映画監督の一人、ウェイ・ダーションさんも、チーの叔父、ウェン役で声優を務めています。雰囲気が似ているので、ダーションさんをモデルにキャラクターデザインしたのかと思いました。
シンイン監督:キャラクターデザインは全てできていたのですが、ウェン役だけどうしても声優が決まらなかったんです。そこでプロデューサーの一人が、「あなたの友達、ウェイ・ダーションがいいんじゃない?」と勧めてくれました。ダーションさんは『海角七号 君想う、国境の南』で大ブレイクするずっと前、私がジャーナリスト時代に彼を取材したことがあったのです。本当にまだ誰も取材しない時代だったので、当時新聞社の上司になぜ取材したのかと驚かれました(笑)そういう縁があったので、依頼すると脚本を読む前から即快諾してくれましたが、内心は本当に完成するのかという懸念もあったようですね。
 
――――脚本を書くのは大変でしたか?
シンイン監督:マルジャン・サトラピ監督の『ペルセポリス』のように、ある女性の半生、つまり自分の中から湧き上がるものを書いているので、楽しかったです。中には自分の政治的主張を作品に込める人もいますが、私はそれをしたくなかったのです。
 
 

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■チーの生涯の友人、チャン・ベティは、同姓同名の友人をエピソードもそのまま描く。

――――登場人物の中で、チーの小学校時代からの友達で金髪に青い目の混血児、チャン・ベティは、大人になってからもチーを勇気付ける存在ですね。
シンイン監督:チャン・ベティは実在の人物です。私のクラスメイトで、映画同様に出会ったその日におもらしをしてしまったり、泣き虫な女の子でしたが、私が小学4年生の時、突然学校に来なくなり、私の生活からいなくなってしまったのです。映画では、ベティは大人になってたくましいシングルマザーになっています。というのも、彼女のような女性をとてもすごいと思うからで、この映画を見て、連絡をくれたらという思いも込めて描きました。
 

――――シンイン監督もアメリカで暮らしている時期がありましたが、チーのように離れてみて故郷、台湾への望郷の念が湧いてきたのでしょうか?

シンイン監督:もちろん、そうです。だから、台湾に戻って、この作品を作りました。これからも台湾をベースに映画を撮っていきたいです。アメリカ時代はシカゴに住んでいたのですが、クラスメイトは優しかったけれど、貧しい白人はアジア人のことが嫌いなので、一度バーで「中国に帰れ、ビッチ!」と見知らぬ白人男性からビール瓶を投げつけられたこともありました。アメリカン・ドリームは幻想でしたね。

 
――――この作品はすでに世界中で上映されていますが、観客からの声で心に残ったものはありますか?
シンイン監督:あるフランス人の若い女性はすごく泣いていて、自分の祖母もトルコ出身なので、台湾のことは知らないけれどチーの気持ちが分かると言ってくれました。みなさん、自分の人生を重ねて見てくださるみたいです。男性の方も、「チーは自分を見ているようだ」と言ってくださいます。皆の心の中に、家族への憎しみもあれば、愛もあるのではないでしょうか。
(江口由美)
 

<作品情報>
『幸福路のチー』(2017年 台湾 111分) 
監督:ソン・シンイン 
声の出演:グイ・ルンメイ、チェン・ボージョン、リャオ・ホェイジェン、ウェイ・ダーション、ウー・イーハン他
2019年11月29日(金)より京都シネマ、2020年1月24日(金)よりテアトル梅田、シネ・リーブル神戸他全国順次公開
公式サイト→http://onhappinessroad.net/
 
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「魅力的な人間は、より演技者として力を発揮できる」
山崎まさよし主演作『影踏み』篠原哲雄監督インタビュー
 
 『月とキャベツ』(96)の篠原哲雄監督と、同作主演で俳優デビューを果たしたミュージシャンの山崎まさよしが再タッグを組み、横山秀夫(『64-ロクヨン-』シリーズ)原作を映画化した『影踏み』が、11月15日(金)よりテアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、MOVIX京都他全国ロードショーされる。
 
 
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 山崎が演じる修一は、深夜に人のいる家に忍び込み、現金だけを盗み取る凄腕の「ノビ師」。修一が忍び込んだ家で火災に見せかけて夫を殺そうとした女(中村ゆり)を目撃した瞬間に、幼なじみの刑事・吉川(竹原ピストル)に逮捕される。その吉川が不審な死を遂げ、事件の真相を追ううちに、保育士をしながらずっと修一のことを待っている幼馴染の久子(尾野真千子)をも巻き込んでいく。修一のことを兄のように慕う啓二(北村匠海)や、久子に交際を申し込んだ久能(遠藤賢一)など、修一が自身の過去と向き合わされるキャラクターたちの存在感も見事だ。『月とキャベツ』から時を経て、大人の男の孤独や背負ってきた過去を静かに表現しながら、依然としてピュアな部分を持ち続ける繊細な修一を演じる山崎の演技にも注目したい。
 本作の篠原哲雄監督に山崎と再タッグに至るまでの道のりや、キャストたちの撮影の様子について話を伺った。
 

■伊参発の『月とキャベツ』を毎年上映する伊参スタジオ映画祭。シナリオ大賞創設から繋がった縁が、山崎まさよしとの再タッグへ。

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――――まずは、この作品を制作するきっかけになったという伊参スタジオ映画祭と、その経緯について教えてください。
篠原:山崎まさよしさんをキャスティングする前に、どこでロケをしようかと考えていると、今回と同じプロデューサーの松岡周作さんが、当時は小栗監督の『眠る男』の制作担当をされていて、「一年間を通して映画制作できる場所(スタジオ)を群馬の伊参に作ったから、『月とキャベツ』も群馬で撮ったらどうか」と声をかけていただいたのです。群馬はほぼ初めてでしたが1週間ぐらいロケハンし、廃校を利用した伊参スタジオのような、別の廃校を見つけ、そこで『月とキャベツ』を撮影しました。その後、伊参で緒方明監督が『独立少年合唱団』を撮ったのを機に、『眠る男』と『月とキャベツ』の3本を上映し、それが2000年の第1回伊参スタジオ映画祭になったのです。
 
 
――――10年足らずのうちに、伊参で3本も映画が制作されたということも凄いですが、伊参スタジオ映画祭で毎年『月とキャベツ』が上映されているのも、ファンにはたまらないですね。
篠原:今でいう聖地巡礼ですが、『月とキャベツ』が好きで、ロケ地を訪れるファンが当時後を立たなかったのです。伊参スタジオに宿泊されるファンの方もいたそうで、自主的に映画のファンサイトを作ったり、『月とキャベツ』を観たいというファンがずっといらっしゃる。ぼくは「他の映画を上映した方がいいんじゃないですか?」と真剣にお話しても、事務局の方は皆「やることに意義があるんです」と毎年『月とキャベツ』を上映してくださる。すごくありがたいなと思っています。
 
 
――――原作者、横山秀夫さんともこの映画祭で出会われたそうですね。
篠原:シナリオ大賞を創設し、若い作家たちが集まる場所として彼らに門戸を開きたいと言い出したのは、僕です。その流れで審査委員をやることになり、2003年から16年続け、もう30本以上の中編や短編が制作されています。この3年ほど、地元の上毛新聞記者でもあった作家の横山秀夫さんと審査委員をやっており、2016年『月とキャベツ』20周年上映のゲストで来場した山崎まさよしさんと、『64―ロクヨンー』の原作者として来場した横山さんが出会った。そこから山崎さんが横山さんのファンだということもあって意気投合し、20周年だからぼちぼち僕と再タッグを組んで何か撮ったらどうかと、横山さん原作の話を映画化する流れになったのです。横山さんの代表作はほとんど映画化されている中、なぜか「影踏み」だけは残っていて、横山さんの方から推して下さったんです。
 
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■山崎まさよしは「一枚絵にできる人」。素朴だが男らしい魅力を出すように心がけて。

――――山崎さんと久々に組まれた印象は?
篠原:山崎さんとはその後も『けん玉』や太宰治の「グッド・バイ」(「BUNGO-日本文学シネマ-」)でタッグを組んでいますが、その度にお芝居が上手くなっています。『月とキャベツ』はミュージシャンの初芝居ということで、演技は未知数でした。ただ、他の候補がいる中で、この人は一枚絵にできる人だと思いましたし、ライブを見に行った時、お客さんの巻き込み方などに、惹きつけるものがあり、彼はエンターテイナーだと感じました。きっとお芝居もやれるという直感がありましたね。今回も、セリフだけではなく、自分の言葉でしゃべってほしい。素朴だけれど男らしい魅力を出すように心がけました。今までは、「俳優じゃない」と言っていましたが、これだけ主役もやっていますから、これからは俳優と名乗ってやっていくと思います。
 
 

■魅力的な人間は、より演技者として力を発揮できる。 

――――素朴さの中に、強い目力があり、孤独を背負った表情がいい歳の重ね方をされているなと思わされました。

 

篠原:俳優はこうでなければならないということに凝り固まっているタイプはあまり好きではないんです。その人が演じる上で、やっている人間が役に現れると思うのです。だから魅力的な人間は、より演技者として力を発揮できるのではないか。それに演技の上手さが加われば、よりいい役者だと思えるんです。ミュージシャンの方は、自分で考える人が多いんです。竹原ピストルさんも、北村匠海さんもそうですが、俳優ではないとおっしゃりつつも、人間的魅力が演技に出てきて、普通の演者ではないものを感じますよね。竹原さんは山崎さんをすごく慕っていて、二人のシーンは2日だけでしたが、終わるのがもったいないぐらい、特別なものが出ていたと思います。
 
――――北村匠海さんが演じる啓二と、修一のやりとりも微笑ましかったです。
篠原:北村くんは上手いんですよ。さらりとした身のこなしや佇まい、素ぶりで表現するので、僕から何も言わなくても考えてやってくれましたね。
 
 
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■「この座組みで決めました」という尾野真千子は、一緒に仕事をして、とても気持ちがいい人。

――――修一の幼馴染で、ずっと彼を愛し続ける久子を演じた尾野真千子さんの演技も、圧巻でしたが、キャスティングの理由は?
篠原:この作品で一緒に仕事をするのは3本目ですが、あの世代の女優さんの中で、映画にこだわっている女優の一人だと思っています。一緒に仕事をして、とても気持ちがいい人なんです。山崎さんのことが非常に好きで、一緒に組みたいと思っていたそうで、この作品のオファーをしたとき、内容に関わらず快諾してくれました。本人も「私読んでないです。この座組みで決めました」とおっしゃっていましたから(笑)
 
――――「一緒に仕事をして、とても気持ちがいい」というのは演技が上手いのとはまた違う視点で、最高の誉め言葉ですね。
篠原:映画は皆で作るということの認識をどこかでしっかり持っている人ですね。例えば、今回尾野さんは幼稚園の保育士役で、現地の実際の幼稚園児に映画に出てもらったのですが、通常は本番までに助監督が子どもたちの中に入り、緊張せずに臨めるようにもっていくんです。でも尾野さんは「私はそういう役でしょ。私がやらなくてどうするの」と思ってくれているので、一緒になって子どもたちの間に入ってくれました。今までもそうやって、一緒に映画を作ってきましたし、だからこれからも一緒に映画を作りたい女優さんですね。一方、撮影ではまさにガハハと関西弁で笑っているかと思えば、「ヨーイ、スタート!」でガラリと変わる。気っ風が良い人ですね。
 
 
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■今までにないアプローチも加えた、山崎まさよしの劇中音楽秘話。

――――今回も音楽は山崎まさよしさんが担当しています。劇中の音からエンディグ曲まで、心情に寄り添い、余韻が残る曲でしたが、篠原監督からオファーしたことはあったのですか?
篠原:本人から、途中で賛美歌的なボーイソプラノを使ったらいいのではと言ってくれたので、今までにはないアプローチだったので、いいねと。「影踏み」というテーマ曲や、赦しというテーマを出していく中で、最初は中村ゆりさん演じる葉子にと作っていたミステリアスな曲を、結局全部久子のシーンに使ったんです。久子はどこか悲しさを持っている女性なので、その内面を映し出すようなものになりました。そして、全体的にサスペンスな雰囲気を出す曲も作りました。ラストのテーマ曲は、相当悩んで作っていましたね。じっと待っていたら、最後の最後に素晴らしい曲が出てきました。
 
――――最後に、ノワール的な要素の濃い作品ですが、修一と啓二が川沿いを自転車二人乗りで通り過ぎるシーンは、すごく幸せな気持ちになりました。
篠原:山崎さんとは日頃プライベートで接しているわけではないけれど、彼のことは信頼しています。『月とキャベツ』の時はまだ若かったけれど、今の方が格好良くなりましたね。自転車って、僕の映画の中で重要なんです。大事な時にはよく自転車に乗っている。『月とキャベツ』でも乗っていましたね。
(江口由美)
 

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<作品情報>
『影踏み』
(2019年 日本 112分)
監督:篠原哲雄 
原作:横山秀夫「影踏み」(祥伝社文庫)
出演: 山崎まさよし、尾野真千子、北村匠海、中村ゆり、竹原ピストル、中尾明慶、藤野涼子、下條アトム、根岸季衣、大石吾朗、高田里穂、真田麻垂美、田中要次、滝藤賢一、鶴見辰吾、大竹しのぶ他
11月15日(金)よりテアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、MOVIX京都他全国ロードショー
公式サイト → https://kagefumi-movie.jp
(C) 2019 「影踏み」製作委員会

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