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 東日本大震災後、亡くなった人に宛てて書いた手紙を受け取る漂流ポスト3.11が陸前高田市に置かれ、今では被災者に宛てた手紙のみならず、全国から今はなき大事な人に宛てた手紙が届いているという。2020年3月31日に急逝した佐々部清監督の作品に携わってきた野村展代監督が、佐々部作品常連の俳優、升毅と漂流ポスト3.11や被災地の人々、また佐々部監督ゆかりの人をめぐり、亡き人への思いを抱えて生きる人たちを映し出すドキュメンタリー『歩きはじめる言葉たち 漂流ポスト3・11をたずねて』が、10月22日(金)よりシネ・リーブル梅田で公開、23日(土)より元町映画館で絶賛公開中、29日(金)より京都シネマ他全国順次公開される。
本作の主演、升毅さんに、お話を伺った。
 

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■僕はただ聞くしかできなかった。

―――升さんが主演のドキュメンタリーということで、佐々部監督のお名前がタイトルについている訳ではありませんが、佐々部監督に向けた気持ちが現れるような作品になっているのかもと思いながら映画を見始めると、多くの関係者やご家族の佐々部監督への気持ちが詰まった作品になっていたので、思わず見入ってしまいました。本作で、升さんはご自身が大事な人を亡くされた当事者でありかつ、ゆかりの人の話を聞くインタビュアーであり、佐々部監督へみなさんが書いた手紙を朗読もしておられますね。それぞれ、どんな気持ちで臨まれましたか?
升:このドキュメンタリーのお話をいただいた時は佐々部監督が3月31日に亡くなってから1ヶ月ほどしか経っていない時期でしたから、僕自身そこへ行って何もできなさそうだし、役に立てないのではないかという気持ちと、本当にやるのであれば僕にやらせてほしいという気持ちの両方が拮抗していました。実際はいろいろな方のお話を聞くということで、この映画をご覧になるみなさんの代表という立場で臨めばいいのではないかと思うと、少し気持ちが楽になり、やらせていただこうと思いました。結局、東日本大震災後、復興に携わった方々、漂流ポスト3.11を守っている赤川勇治さん、佐々部監督にまつわるみなさん、それぞれのお話を僕はただ聞くしかできなかった。意図して何かを質問するのではなく、お話を伺ってる時の僕の気持ちが素直に出て、純粋に共感したり、頷いたり。だから僕がどういう役割を果たしたのかは、ご覧になった観客のみなさんに感じていただきたいと思っています。
 
―――佐々部監督が亡くなって1ヶ月しか経っていない時期に本作の話が動き出したんですね。
升:もともと、佐々部監督が準備していた劇映画で、僕は赤川さんが担っている役を演じる予定でした。その映画が頓挫してしまい、東日本大震災にまつわる劇映画を佐々部監督が撮る予定で話が進んでいた矢先の訃報でした。手紙を受け取る側や出す人の思いを客観的に受け止めようとしていたのが、自分たちが亡き大切な人へ手紙を出す側になってしまった。だから大きな方向転換が行われ、僕にも再度オファーが来たのです。
 
―――1回目の緊急事態宣言発令直前の時期だったので、監督の葬儀に参加することも難しかったのでは?
升:佐々部監督の地元、下関で、限られた親戚の方々だけが集まって葬儀をされたそうです。僕も下関までは行ったのですが、コロナ禍なので参加は叶わず、お別れができていないんです。
 
 
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■佐々部監督との出会いで「これから先役者をやっていくきっかけを掴めるのではないか」

―――映画の中で、佐々部監督と初タッグを組んだ『群青色の、とおり道』で、演技指導に衝撃を受けたエピソードを語られていましたね。おいくつの時ですか?
升:僕が58歳、佐々部監督が56歳の時ですね。佐々部監督の演出は、僕の中ではそれまでも40年近くお芝居をやってきたことが全否定されたぐらいのショックではありました。でも、自分がこれから先役者をやっていくきっかけを掴めるのではないか。今までのやり方ではダメなんだということを感じたので、それならば監督の言う通りにやってみようと思えた。それは佐々部監督の人柄であったり、僕自身がそういうことを求めていたのかもしれませんね。
 
―――『群青色の、とおり道』の次は、本作でも撮影シーンが登場する、佐々部監督自身が資金集めに奔走し、地元山口で時間をかけて作り上げた入魂作、『八重子のハミング』で主演を務めました。取材時にも映画化までの長い道のりをたくさんお話いただきましたが、主演としてやはりプレッシャーもあったのでは?
升:企画が実現するまでのお話を全て聞かせていただき、僕もすごく悔しい思いをしましたし、佐々部監督を男にしたいとか、成功させなきゃという気持ちになりました。監督にも「片棒を担がせてもらいます」と宣言しましたから。一方で、主人公を演じる上でのプレッシャーもひしと感じていました。
 
―――認知症の妻、八重子に先立たれた誠吾が、妻亡き後も心にいる妻と共に生きるように、今の升さんと佐々部監督にも当てはまる気がしました。
升:自分の中に佐々部監督はいますし、これから僕が俳優として生きていく中で、監督の思いを形にしたい、伝えていきたいという気持ちは常にありますね。この作品が出来上がり、監督がこれを観てどう思うかわからないけれど、監督の思いや監督への思いが込められているだろうし、その意味で共に作った作品ではないかと思っています。
 
 
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■漂流ポスト3.11と亡き人への思いを込めた手紙

―――共に作ったといえば、佐々部監督が構想していた企画を通じて、漂流ポストのことも既にご存知だったんですね。
升:その時は、大切な人を亡くしてしまった人の手紙を受け取る人間って、想像もつかないようなすごい人なのだろうなと思い、佐々部組のメンバーとしてしっかりと演じようという気持ちでした。結局演じることは叶わなかったけれど、漂流ポストを続けている赤川さんにお会いすることができた。僕が想像した以上にナチュラルな普通のおじさんだったので、だからこそできるんだなと思いました。強い責任感と決意のもとにはじめたのでは、続けられないでしょうね。
 
―――今回は升さんご自身が、佐々部監督への思いを書いたみなさんの手紙を漂流ポストに届けていますが、そのときはどんなお気持ちでしたか?
升:そうですね。正直に言えば、なぜ僕がこんなことをしなくちゃいけないんだと抗う気持ちが今でもあります。一方でみんなの思いをきちんと届けようという気持ちがあり、常に複雑でした。実際に、本作の野村監督からみんなの手紙を、声を出して読んでと指示されたときは、絶対に泣いちゃうから無理だと思いました。「気持ちを入れずに淡々と読んでほしい」と言われて、なんとかできたのですが。
 
―――升さんの手紙も、最後が「会いたい」ではなく、「じゃあまた」という感じでしたね。
升:スケジュールが合えば会えるなという、今までと同じような気持ちでまだいたかった。後から思うと、ちょっと子どもじみていて恥ずかしい気持ちにもなりますが。
 
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■『群青色の、とおり道』同期3人組だからできた撮影と、「亡くなった人と共に生きている人はたくさんいる」

―――突然の訃報だけでなく、コロナ禍で仕事がキャンセルになったりとエンターテイメント業界が大変な時期でしたが、逆に撮影をすることが気持ちを停滞させない原動力になったのでは?
升:僕が関わる仕事の撮影も止まり、本当に大変な世の中になりましたが、俳優として、もしくはひとりの人間としてやるべきことがあったことは、とても良かったと思います。大人数での撮影となると、今は無理とストップが入っていたでしょうが、今回は撮影監督の早坂伸さんと野村展代監督の3人というコンパクトな編成でしたし、3人とも『群青色の、とおり道』で初めて佐々部組に参加した同期だったこともあり、このメンバーだからできるんだろうなと思いながら動いていました。
 
―――佐々部組同期の3人で監督ゆかりの場所や人を訪ねる旅をする中で、当初はきっと心の整理がつかないままだったと思いますが、何か心境の変化はありましたか?
升:3人それぞれが同じような立場で悲しみを抱えたまま動いていたはずなのですが、僕が勝手に自分だけ悲しいと思うところに行ってしまっていた。陸前高田のみなさんや赤川さん、川上住職のお話や、漂流ポストの手紙を読ませていただく中で、もっともっと悲しい別れをし、亡くなった人たちと共に生きる人たちがたくさんいることも知りました。佐々部監督にまつわる人たちとの話を聞いても、僕なんかよりもっと悲しんでいる人たちがたくさんいる。反省ではないけれど、自分ひとりで何やっているんだという境地になりました。
 
―――ありがとうございました。悲しみを抱えて生きるというのは、年をとると自然とそうならざるをえない部分でもあり、それを受け入れていこうと思える作品でした。最後に、これからご覧になるみなさんにメッセージをお願いします。
升:年を重ねていくと悲しいお別れが増えてきて、自分の中でどう消化すればいいかわからない。僕もそうだし、おそらくみなさんもそうだと思います。僕というフィルターを通して、もしくはいろんな方のお話を聞いて、みなさんの気持ちにどのような変化が起きるのか。それぞれの立場の中で感じていただければいいなと思います。悲しいお別れが気持ちの上でまだできていない人たちに何かが届けばと願います。気負わず、空き時間に観ていただければいいような映画です。「ぜひ観てください!これをヒットさせたい!」という映画ではありませんから。佐々部監督は「ヒットした方がいいんだよ」と言うかもしれませんが(笑)。
(江口由美)
 

<作品情報>
『歩きはじめる言葉たち 漂流ポスト3・11をたずねて』(2021年 日本 90分)
監督:野村展代 
出演:升毅、伊嵜充則、三浦貴大、比嘉愛未、中村優一、佐々部清他
シネ・リーブル梅田、元町映画館で公開中、29日(金)〜京都シネマ他全国順次公開
公式サイト⇒https://hyoryu-post.com/ 
(C) 2021 Team漂流ポスト
 
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  武田信玄生誕500年の記念イヤーとなる2021年に、信玄の父、武田信虎の最晩年を描く本格時代劇が誕生した。甲斐国を統一したものの、信玄に追放された信虎が80歳にして武田家存続のために知略を巡らせる姿を描いた本格時代劇『信虎』が、11月12日(金)よりTOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ西宮OS、TOHOシネマズ二条にて公開他全国ロードショーされる。
 
 監督は『DEATH NOTE デスノート』シリーズの金子修介。相米慎二監督作品をはじめ、多彩な俳優活動で出演作は数知れず、今回36年ぶりの主演作となる名優・寺田農が、信玄との葛藤を内に秘めながら、最後の力を振り絞って武田家存続のために打って出る信虎のどこか滑稽にも見える部分を見事に体現。榎木孝明、永島敏行、渡辺裕之、隆大介と戦国時代劇には欠かせないベテラン陣を揃えた他、信虎の若き娘、お直を演じる谷村美月も隠れたキーパーソンになっている。
 『影武者』など後期の黒澤明作品や今村昌平作品に携わった巨匠・池辺晋一郎による音楽が映画に風格を与え、ロケ地をはじめ美術、衣装と細部にいたるまで本物にこだわった、戦国時代モノに新たな視座を与える作品だ。信虎を演じた寺田農さんにお話を伺った。
 

 
――――2018年に大阪のシネ・ヌーヴォで開催されたATG大全集で寺田さんが初主演された『肉弾』(岡本喜八監督)を初めて拝見したときの衝撃が大きかったのですが、本作の信虎役も圧巻でした。
寺田:映画史に残る名監督の五所平之助さんや中村登さんの作品に出演したり、テレビで「青春とはなんだ」などの青春モノに出た後、岡本喜八さんの『肉弾』で主演を務めました。26歳の時でしたから、若く元気。芝居のことは何もわからなかったけれど、監督の言われるまま、野球のピッチャーに例えれば150キロの直球を投げることができたし、それしか投げられなかった。歳を重ねるごとに変化球が増えてきて、『信虎』は直球を投げる気力がもうないから、七色の変化球を駆使するんです。たまに直球を投げたつもりでも120キロぐらいで、途中で落ちるんじゃないかというぐらい。だから、役者っていうのはうまくならないんだなと本当に思いますね。『信虎』は77歳の時に撮影しましたが、50年以上役者をやる中で、ただ老けていくのか、そこに魅力が生まれるのかというだけの話です。
歳相応の風格が備わり、いい役者にはなるけれど、演技そのものは変わらない。今回、それがよくわかりました。
 
 
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■隆慶一郎の論考で、信虎へのイメージが覆される。

――――武田信玄の父、信虎に対してどんなイメージを持っておられたのですか?
寺田:僕は昔から本を読むのが好きで、司馬遼太郎さんや池波正太郎さん、天才だった隆慶一郎さんの戦国物を山のように読んできましたから、戦国時代のイメージはありましたし、東映映画『真田幸村の謀略』にも出演したのでその輪郭も大体わかっていました。ただ信虎については、息子の信玄に追放されたことしか知らなかったので、80歳のじいさんになった信虎がどうしたのかを描くところに興味を持ちました。
そこからはさらに本を読み、信虎の理解を深めたのですが、中でも面白かったのが隆慶一郎さんの武田信玄の父信虎追放をめぐる論考でした。信玄は親父の追放を、生涯の十字架のように背負っていたのではないか、そして追放したのは信玄ではなく、重臣たちだったというのが信虎追放劇の真相とする説です。隆さんは、関ヶ原の戦い以降の徳川家康は影武者だった(「影武者徳川家康」)と書くぐらいひねりの効いた作風なのですが、親父を追放した割には、信虎にお金や側室も送り、京都に行った信虎は最新の情報を信玄に送っていた。そういう話を読むと、今まで漠然と持っていたイメージがひっくり返されますよね。
 
 
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■戦略家であり知将だった信虎の妄執。

――――戦国時代の映画といえば、どうしても戦いの描写が中心となりますが、遠くから戦況を憂い、なんとか武田家を残そうとする信虎の物語は、また新たな視点ですね。
寺田:戦国時代はなんとか領土を拡大するため戦をするわけですが、専用軍人などいない時代ですから、戦のときだけ百姓を動員し、領土は拡大したものの、田畑は荒れてしまう。だから信虎も領土を広げて甲斐を統一したというのに、追放されたら民は手を叩いて喜んだというのです。ただそれは一面でしかない。日本人はキャッチフレーズで物事を捉えがちですが、そうじゃないのではないかと思うんです。今年、武田信玄生誕500年を迎えましたが、信玄が日本の武将の人気ベストテンでかなり上位に入るのは、親の七光りではないか。信虎はかなりの戦略家であり、今でいうプロデューサー的素質で、現状をしっかり見る目を持つ知将でもありました。ただ悲しいがな、80歳になっても信玄が危篤と聞けば「俺がやらねば」と老いの一徹で、周りも止められない。望郷の念と、もう一度返り咲きたいという妄執ですよね。そしてもはや織田信長の時代になるとわかったら、武田家をなんとか残そうと方向転換をしますが、それも妄執でしかないのです。
 
――――とにかく武田家をなんとかして残したいという思いで、信虎は命尽きるまで、あらゆる手を使って尽力します。
寺田:家を残すという言葉があるように、500年前の日本人は家名に誇りを持っていたし、逆に言えば恥を知っていた。近代とは違い、当時は日本人の原点とも言えるいいところをたくさん持っていました。そこが信虎の魅力ですね。粗忽で早とちりで愛嬌もある。一方で悲しいかな老いの眼で現実をわかっていない。周りの誰もがついてこないという苦悩もあるわけです。
 
――――50代で息子から甲斐を追放され、一人になったことで一国一城の主人とは違う、広い視点を獲得できたのではないかと想像しながら観ていました。
寺田:戦国時代は加藤清正や福島正則のような戦闘集団の武将系もいれば、石田三成のような官僚系もいる。信虎の場合は武将としても力があり、頭も良く、世の中の動きを見通せる両方兼ね備えた人物であり、だからこそ信玄と衝突したのかもしれません。
 
 
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■ゆかりの場所での撮影が作品の匂いに。「主役だからと力を入れる必要はない」

――――36年ぶりの主演作ですが、どのような意気込みで臨んだのですか?
寺田:僕は努力、忍耐、覚悟とか、こだわりという言葉が大嫌いです(笑)。すっと現場に行って、さっと終わるのが一番いい。「もう一度甲斐国に戻って、面白いことをやっちゃおうかな」というひょうきんさは似ているかもしれませんが、信虎が抱いていたような妄執なんて、僕には全然ないですから。
時代劇で大事なのは演じるための舞台背景です。特に今回は全てゆかりの場所で実際に撮影させていただいています。例えば渡辺裕之さんが演じた織田信長がお茶を飲みながら語るシーンは、本当にあの場所で、あの茶碗で飲んだわけです。美術の小道具から太刀や鎧など、全てが限りなく当時の本物に近い。そういう背景を作ってくれることが大事で、それが映像としての美しさになり、作品の匂いになる。役者の役割なんて大したことはない。特に主役は脚本に必要なことを書かれているわけですから。信虎の場合、坊主頭になり、黒い袈裟を着てセリフを喋れば、さまになる。そこで力を入れる必要はないんです。
 
 

■役になりきるのではなく、20〜30%は役者自身がその時持つ魅力を出す。

――――確かに、時代劇を演じる上でのロケーションや美術の細部に至るまで、本作はこだわり抜いていますね。その上で信虎というキャラクターを自由自在に表現されていました。
寺田:脚本に書かれたものを立体化して(観客に)お目にかけるのが役者の仕事ですが、そのキャラクター自身が生きていなければ面白くない。ただセリフを言うだけではダメなので、そこに何かがあればいいんです。よく「役になりきる」と言いますが、なりきったらその俳優はいらないわけで、僕は大嫌いなんですよ。役になりきるのではなく、70〜80%がその作品におけるキャラクターだとしたら、残りの20〜30%は役者自身がその時持っている魅力なんです。マーロン・ブランドやロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノもそういう部分が魅力的ですよね。若い俳優が可哀想だと思うのは訓練する場がないので、どうしても比率が逆転してしまう。80%その人のまま演じてしまうから、何をやっても同じに見えるわけです。
 
――――訓練というのは、監督の演出なども含まれるのでしょうか。
寺田:良し悪しはともかく、僕の場合は誰も何も言わないんです。ジジイの特権かもしれませんが(笑)金子さん自体が相米(慎二監督)とは違って、しつこく演出するタイプではありませんから。この作品を相米に撮らせて、僕が信虎をやったら、きっと考え込んじゃって(撮影が)終わらないだろうね。
 
 
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■骨格はシェイクスピアの悲劇。

――――信虎は信玄と直接対面することはありませんが、ずっと心の中で信玄と対話しているような気がしました。
寺田:映画の最初は「恨みもあるが、まあ褒めてやろう」と言うし、死ぬ間際では謝ろうと思ったりもする。歴史ものはどうしても、うまく描けば描くほどシェイクスピアの悲劇に重なるんです。最初脚本を読んだときは、「リア王」の狂ったジジイみたいな感じがすごくしたね。コスチュームプレイですし、骨格はまさにシェイクスピアです。
 
――――信虎と周りとの会話が中心となって進行するのも演劇的といえますね。
寺田:上手い脚本は周りがストーリーテラーとして動くことで主役像が見えてくる。今回オリジナル脚本を担当した宮下玄覇さんは歴史研究家なので、史実を重視しているのですが、登場人物がかなり多い割に信虎と彼らとの絡みが少ない。だから信虎がストーリーテラーにならないと進行しないんです。ラストも、主役が死んでから15分以内に終わらないと作品がダレるとアドバイスしたのですが、最終的には宮下さんの思いを貫かれましたね。
 

■映画音楽はイカリ。池辺晋一郎さんの音楽で作品がぐっと引き締まる。

――――歴史研究家ならではのこだわりといえば、音の面でもこだわりが感じられますね。
寺田:刀がぶつかる音や、鎧が擦れる音も本物にこだわっていますし、何よりも池辺晋一郎さんの音楽がいい。池辺さんが携わった『影武者』より、はるかに好きですし、135分の作品がぐっと引き締まるのはこの音楽があればこそだと思います。
出来上がった映画を船に例えると、船の乗組員が役者やスタッフで、船自体は脚本で、その船の方向を定める船長は監督です。音楽はイカリの役割で、最後にそれを下せば船が安定するように、音を入れて映画がぐっと引き締まる。映画を作るにあたって、まず脚本を作り、そこから撮影現場、編集と一つ一つの作業を通じてグレードアップしていき、最後に音楽という順番が一般的ですが、最後なものだから日本では一番割りを食う部分なのです。予算を使い果たしてお金はないし、携わる人数が限られる。その困難な状況にもめげず、これだけの曲をお書きになる。その音楽で作品の価値が決まるわけです。
 
――――信虎は煩悩を捨て、武田家を残すことのみに気持ちを向けていきますが、寺田さんがもし煩悩を捨て、一つだけにフォーカスするとすればどんなことに気持ちを向けますか?
寺田:生まれてから今まで煩悩の塊みたいな人生でしたし、無数の煩悩の中に生きているので、それを嫌だと思わないし、今から何かをしたいと思わない。ただ今までのように好きな絵を見て、好きな本を読み、好きな音楽を聴いて、みんな死んじゃっていなくなっちゃけど、昔の仲間とお酒を飲んでいるような、そんな感じがいいですね。あと、もう自分の感性では見つけられないので、ワクワクするようなことを誰か教えてほしいですね。だからよく若い人と話すし、知りないことを知りたいという好奇心はまだあります。
 
 
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■映画界の偉人のことを自ら学んでほしい。

――――最後に、若い世代に伝えたいことは?
寺田:昔、西島秀俊さんと仕事をしたときに、飲みに行って相米さんや実相寺さんの話を聞いていいですかと言われたことがありますが、そうやって聞いてきてくれる人には僕で良ければ、いくらでも話します。今の若い俳優を目指している人たちは、三船敏郎さんや市川雷蔵さんのことも知らない。音楽を志す人がベートーベンやブラームスを知らないことはないはずですが、なぜ役者の業界はそんな偉人のことを知らなくてもやっていけるのか。もっと自ら学んでほしいと思いますね。
(江口由美)
 

<作品情報>
『信虎』
(2021年 日本 135分)
監督:金子修介 
共同監督・脚本・製作総指揮・企画・プロデューサー・編集・時代考証:宮下玄覇
出演:寺田農、谷村美月、矢野聖人、荒井敦史、榎木孝明、永島敏行、渡辺裕之、隆大介、石垣佑磨、杉浦太陽、葛山信吾、嘉門タツオ、左伴彩佳、柏原収史 
11月12日(金)よりTOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ西宮OS、TOHOシネマズ二条にて公開他全国ロードショー
公式サイト → https://nobutora.ayapro.ne.jp/
(C)ミヤオビピクチャーズ
 
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  自主製作『の・ようなもの』で 1981年に商業映画デビュー後、『家族ゲーム』をはじめ、ヒット作を連発する一方、オリジナル脚本作も発表してきた名匠、森田芳光監督。その生誕 70 周年(没後10年)を記念し、ほぼすべての作品を Blu-ray 化したBoxセット、書籍「森田芳光全映画」(B5判・568ページ)、そして関西ではシネ・リーブル梅田での特集上映や、来年にかけて海外でのレトロスペクティブ上映などを行う「森田芳光 70 祭」がこの秋、始動する。
 
●「生誕 70 周年記念 森田芳光監督全作品コンプリート(の・ようなもの)Blu-ray BOX」(完全限定版)
デビュー作『の・ようなもの』から最終作『僕達急行 A列車で行こう』まで、日本映画界のトップランナーとして走り続けた、森田芳光の輝かしいフィルモグラフィー26作品をワンボックスに収録する空前絶後・歴史的な完全限定プレミアムボックス。約180分に及ぶ貴重な映像特典付きで、12月20日発売。現在予約を受付中だ。
 
●書籍「森田芳光全映画」
「⼀貫性のある自己変革」を繰り返した稀代の映画監督。その全キャリアを⼀望する一冊。
2018年冬、東京は池袋・新文芸坐で行われた「森田芳光全作上映会」に伴う宇多丸さん、三沢和子さんによる連続トークショウを完全収録。「キネマ旬報」での連載を大幅加筆修正している。また、超豪華参加者50名近くによる寄稿+インタビューや、天国から届く森田語録も楽しめる完全版だ。
 
森田監督の妻で、「森田芳光 70祭」プロデューサーの三沢和子さんにお話を伺った。
 

 

■毎月25日に集まる森田組のキャストやスタッフが、「森田芳光 70祭」にも尽力

――――森田芳光監督が亡くなられてから10年が経とうとしていますが、突然のお別れに心理的にもきつい日々を過ごされたのではないですか?
三沢:2011年の年末に亡くなりましたが、お通夜ですら「絶対にこれはロケだろう」と思ったぐらいリアリティーがなかったんです。でも、翌年3月に『僕達急行 A列車で行こう』の公開が決まっていたので、年明けからすぐに宣伝活動やキャンペーンに動かなくてはいけない。とにかく「やらなければ」という思いでやっていたので、今から思い出そうとしても全く当時の記憶がない。こんなことは初めてです。きっと何も考えられなかったのでしょうね。一年後にぴあMOOKより「森田芳光祭<まつり> 全員集合! モリタ監督トリビュート!」が発売され、『の・ようなもの のようなもの』を製作したり、海外の映画祭に招聘されたりと継続的にやることがありました。
 
森田の誕生日は1月25日なのですが、毎月25日に時間のある人は我が家に集まるのが恒例になっていたんです。昨年1月からコロナの影響でできないので寂しいですが、毎月15〜20人ぐらいが集まって大騒ぎして。森田組のキャストやスタッフの方々がいつまでたっても生前と同じように集まってくれるのは、ありがたいですね。森田の話は笑えるエピソードが多いので、話が尽きないですし、今回の「森田芳光 70祭」でも森田と会ったことがないような方まで力を貸してくださる。今回甚大なご協力をいただいた宇多丸さんですら、森田と会ったことがないのだけど、そういう方や新しく森田のことを知ってくれた方とも仲良くなれる。「森田芳光 70祭」では私が想像した以上にみなさんが熱意をもって取り組んでくださっているのが、本当に嬉しいですね。
 
――――ほぼ全作品のBlu-lay化や、ミニシアターを回っての特集上映、そして大型書籍の刊行と、どれか一つだけを行うのも大変な労力や調整が必要ですが、3つ全て三沢さんがメインとなって準備されてきたんですね。準備をはじめたのはいつ頃ですか?
三沢:2018年に新文芸坐で森田芳光全作品の上映&宇多丸さんとのトークを行なったのですが、当時からキネマ旬報からはトークの連載を、リトルモアからは書籍と早々に決まっていたんです。
 
一方、全作品のBlu-lay化は5年前に北京国際映画祭へ行った時に「デジタル素材がないので森田作品を上映できない」と言われたのがきっかけです。他の国からも同様の情報が入りました。先ほどの新文芸坐ではフィルム上映をしたものの、フィルムの状態がひどすぎて、かけられないものもあった。それに今はほとんどがフィルム上映できない劇場ですし、デジタル素材もないので、これではダメだと思ってまずは全作品のBlu-lay Boxを作ることに決めました。2年半前から各社を廻り、2年前に作ることの了承を得てから、10数人もいる製作者委員会で2ヶ月に1度集まり、まとまるまで2年間かかりました。森田の映画が好きな方には存分に楽しんでいただけると思います。
 
書籍「森田芳光全映画」の方は、昨年にでも出版できる予定でしたが、Blu-lay Boxと合わせるということで一旦保留状態にしていたら、その間に加筆修正したい箇所が増えて来て、発売日に間に合わないのではということでヒヤヒヤしました。広島での今回1回目となる上映イベント初日に発売日を合わせていたので、最後は印刷所が手作りで30冊作ってくれました。1冊でも図鑑ぐらいの重さがあるのに、リトルモアの営業の方が台車に積んで広島まで持ってきてくれたんです。なかなか校了せず、本当に大変でした。
 

■森田監督が好きでたまらない宇多丸さんとの出会い。

――――ちなみに宇多丸さんとはどのように出会われたのですか?
三沢:以前「森田芳光祭<まつり>」を出版したとき、複数の方から宇多丸さんが森田の大ファンでとにかく深く研究しているので取材した方がいいと言われました。初めてお会いした時、一番大きいサイズの海外旅行用スーツケースを持ってこられたので旅行帰りかと思ってお聞きすると、「いえ、この中は全て森田監督の資料です」。その時は『間宮兄弟』『僕達急行〜』の主題歌を担当したリップスライムのRYO-Zさんとの対談でしたが、宇多丸さんが沢山お話になり、RYO-Zさんは相槌を打つだけみたいになったというのにも驚かされました(笑)。
 
宇多丸さん自身も森田作品のトークをされていたそうで、ある時、テアトル新宿で『ときめきに死す』の上映後に私とトークがしたいと宇多丸さんからご指名があったのです。初めてのことだったので無理だと思うと断ったのですが、「全く気にしなくていいので、とにかくやってみましょう」と。いざやってみると、ものすごくトークがやりやすかったんですね。相性も良かったし、宇多丸さんの知識の深さと質問が上手なので、お客さまもめちゃくちゃ面白かったと喜んでくださった。その手応えがあったので、3年前の全作品解説に挑んだのです。1本ずつ観て、その後トークをするのですが、観ると当時のことを思い出せるので苦労なく話せました。今でも伝説と呼ばれるぐらいのトークショーで途中からリピーターも増え、最後は客席と一体となっていました。
 
――――トーク全収録のほかにも、多くの映画人が寄稿されていますね。
三沢:森田と同世代の監督や若い監督たち、また織田裕二さん、北川景子さん、松山ケンイチさん、豊川悦司さん、鈴木京香さん、仲村トオルさん、本木雅弘さん、鈴木亮平さんなどの俳優陣も面白いですね。誰もおざなりなことを書いていないのがすごいです。宇多丸さんはさらに勉強を重ねてトーク部分を加筆してくださっていますし。これだけ影響力のある人が、森田のことを好きで好きでたまらないのが本当に嬉しいですね。それでも森田と一度も会ったことがないというのがあまりにもお気の毒なので、先日森田がずっと身に付けていた時計を宇多丸さんにプレゼントしたんです。今回、「森田芳光 70祭」のために尽力してくれた大恩人ですから。喜びようがハンパなくて、早速ラジオで報告されたそうですよ。宇多丸さんに持って頂けて、森田も喜んでいると思います。
 

■森田組スタッフと三沢さんが太鼓判の特典。森田監督の自主映画ダイジェストも。

――――宇多丸さんの「好き」の力ですね。Blu-lay Boxでは映像特典も付いていますね。
三沢:今、作っているところですが、スタッフや森田のインタビューで面白いものを集めています。高価なBlu-lay Boxを買ってくださる方に喜んでもらえるものということで、森田の自主映画をとも考えたのですが、既成楽曲をふんだんに使っているのでそのままでは使えない。ですからダイジェストにして、音楽を全部抜き、効果音や権利のない曲を合わせて70分で7本を収録しています。大変ですが楽しいですね。一方で、森田の作品に手を加えているわけなので責任感もあります。この仕上げをしているのも全て森田組のスタッフなので、きっといいものができると思いますし、特典には自信があります。定価が税込で11万円となっていますが、何処で買っても8万円代で買えますし、10回払いもあるので、もし欲しいけれど高価いと思ってらっしゃる方にはお知らせしたいです。
 
――――上映も、これから全国をまわる予定なんですね。
三沢:劇場のブッキングもやっているので本当に大変ではありますが、神戸の元町映画館のように、フィルム上映できるミニシアターがあれば、ぜひ上映していただきたいですね。今年は没後10年ですが、これからはそういうのを関係なく、継続的に上映活動を続けていきたいと思っています。
 
 
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■今、観直して「前よりいい映画だ」と思えたことが上映活動の原動力に。

――――上映を続けるモチベーションはもっと多くの方、特に若い方に観ていただきたいという部分が大きいのでしょうか?
三沢:はい。やはり10年も経ちますと、森田映画を観たことのない若い世代に観ていただきたいです。3年前に全作品を観た時、私自身が以前観たよりも全部良かったんです。自分の郷愁だけで、皆に迷惑をかけてビジネスにならないようなことをやるつもりはなかったのですが、私だけでなくスタッフやご覧になった方々が、毎回「前よりいい映画だ」と言うものだから、これはやらなくちゃダメだなと確信が持てました。
 
――――ちなみに三沢さんが一番お気に入りの森田監督作品は?
三沢:そんなの言えません。でも、キネマ旬報2021年10月下旬号で24ページの特集が組まれ、20人にベスト5を選んでもらうアンケートがあり、私と宇多丸さんも選ぶことになったのです。何日考えても無理だったので、2021年9月の5本ということで選びました。最近イベントで観た中から、いいなと思ったもので『(ハル)』『39 刑法第三十九条』『メインテーマ』『サウスバウンド』、そして5本目は『間宮兄弟』『僕達急行 A列車で行こう』二部作(ズル)って書きました。『メインテーマ』はアイドル映画として楽しかったし、例えば家庭や職場や学校など周囲の環境と合わなくて、もし精神を病んだり死ぬほど苦しんでいる人がいたら、『サウスバウンド』の夫婦みたいにしがらみを全部捨てて、どこか自分に合うところに行ってしまえばいいじゃないかと思ったりしました。『家族ゲーム』『それから』『の・ようなもの』『ときめきに死す』や、大好きな『キッチン』は書けませんでした。
 
――――森田監督の作品は時代に先駆けたテーマを扱っていたので、ようやく時代が追いついてきたのかもしれません。
三沢:そうなんです。最近一番感動したのが『(ハル)』ですね。本当に不思議なのですが、今年広島で観て泣きましたから。『39 刑法第三十九条』はすごい映画なのに、森田の代表作になかなか入れてくれないから、ずっといい映画だと言い続けたいです。あと最近は『ときめきに死す』に続き、『黒い家』がちょっとカルト的な人気になっています。
 

■「森田芳光 70祭」をきっかけに、上映活動を続けたい。

――――ありがとうございました。最後に、「森田芳光 70祭」で森田監督作品を改めて劇場や書籍、Blu-lay Boxで味わっていただくにあたっての、意気込みをお聞かせください。
三沢:上映活動で直接観客の方々の声を聞かせていただいていますが、若い人の反応がいいのと同時に、『家族ゲーム』ですら観ていないの?と驚くこともあります。まだまだ、皆さんに知っていただかなければ、作品が残っていかないので、今年スタートする「森田芳光 70祭」をきっかけに続けていかなければいけないと思っています。
(江口由美)
 

 
シネ・リーブル梅田で10月22日(金)~11月11日(木)まで上映。
上映予定作品:「の・ようなもの」「家族ゲーム」「ときめきに死す」「キッチン」「(ハル)」
「間宮兄弟」「僕達急行 A 列車で行こう」
※10月23日(土) 19:00の回『家族ゲーム』上映終了後、三沢和⼦さん(プロデューサー)によるトークショーを開催
 
「森田芳光 70 祭」公式サイトはこちら
 

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ダニエルボンドの集大成、遂に公開!

15年間の感謝の気持ちを日本のファンに向けてメッセージ!

“愛を込めた”コメント映像解禁!

 

全世界待望の「007」シリーズ 25 作目、前作『007 スペクター』から実に 6 年の時を経てシリーズ最新作となる『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』がついに 10 月 1 日(金)に公開いたします。ダニエル・クレイグ版ジェームズ・ボンドの最後。死闘はクライマックスへー。誰もが知る世界的なヒーローを演じるプレッシャーをはねのけ、シリーズ最高興収を叩き出し、さらにその記録を『007 スカイフォール』(12)で自ら更新。そしてついにボンド引退を表明したことでも話題の本作、その壮大かつエモーショナルなフィナーレに大きな期待がかかります!
 



この度、ジェームズ・ボンドを演じることが最後となったダニエル・クレイグが日本のファンのためだけに寄せた、15 秒の特別メッセージ動画を解禁!

「僕は 15 年間 ジェームズ・ボンド役を演じてきました これでお別れです

全力で挑んだこの作品は まさに集大成です日本の皆様に愛を込めて ありがとう」


この度解禁となったのは、ダニエルが 15 年間演じてきたジェームズ・ボンド役をついに卒業し、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』がキャスト・スタッフともに総力を結集したシリーズ集大成であるということを、日本のファンへ向けてメッセージ動画として寄せてくれた貴重な映像だ。


サブ1_B25_39456_RC2.jpg先日、日英をオンラインでつないで盛大に実施されたバーチャルイベントでは、ジェームズ・ボンドを演じた15年間を振り返り「数え切れない程いろんなことがあったけど、十分やり切ったよ。」と、正直な気持ちを吐露していたダニエル。この 15 年間で得たものは、最高のキャストと最高のスタッフと仕事ができた事だと語ったが、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の監督を務めたキャリー・ジョージ・フクナガ監督も「『007/カジノ・ロワイヤル』から5作品を通じて紡がれてきた物語がついに完結する。ダニエルボンドの卒業作品を監督できたことは、とても光栄なことだった。」とダニエルに対しても、感謝と称賛の気持ちを表し、本作が名実ともに集大成にふさわしい作品だということを改めてアピールした。


またイベント中に日本のたくさんのファンに向けて、「ありがとう。」と日本語で感謝の意を伝えるキャストの姿が印象的だったが、今回のコメント映像でもダニエルが日本のファンに「日本の皆様に愛を込めて ありがとう。」と感謝のコメントを寄せています。ダニエルが最後のボンドを演じたことへの強い思いと、日本のファンへの愛が伝わるメッセージ動画となっている。
 


『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』 ダニエルフェアウェルスポット

YouTube リンク:https://youtu.be/JhmnncpknJ0

大ヒット公開中!!


ダニエル・クレイグが演じたジェームズ・ボンドシリーズはこちら!

『007/カジノ・ロワイヤル』(2006 年)
『007/慰めの報酬』(2009 年)
『007 スカイフォール』(2012 年)
『007 スペクター』(2015 年)
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021 年 10 月 1 日(金)※最新作


『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ 』

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【STORY】
ボンドは 00 エージェントを退き、ジャマイカで静かに暮らしていた。しかし、CIA の旧友フィリックスが助けを求めてきたことで平穏な生活は突如終わってしまう。

誘拐された科学者の救出という任務は、想像を遥かに超えた危険なものとなり、やがて、凶悪な最新技術を備えた謎の黒幕を追うことになる。


監督:キャリー・ジョージ・フクナガ
製作:バーバラ・ブロッコリ、マイケル・G・ウィルソン

脚本:ニール・パーヴィス、ロバート・ウェイド、スコット・バーンズ、キャリー・ジョージ・フクナガ、フィービー・ウォーラー=ブリッジ
出演:ダニエル・クレイグ、レイフ・ファインズ、ナオミ・ハリス、レア・セドゥ、ベン・ウィショー、ジェフリー・ライト、アナ・デ・アルマス、ラシャーナ・リンチ、ビリー・マグヌッセン、ラミ・マレック
主題歌:ビリー・アイリッシュ “No Time To Die”
公式サイト:
公式 FACEBOOK:www.facebook.com/JamesBond007 ※端末の地域設定によって表示される国のページが異なります。

公式 TWITTER:HTTPS://TWITTER.COM/007
配給:東宝東和
© 2021 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS 
RESERVED.

絶賛公開中!


(オフィシャル・リリースより)

 

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 京都大学大学院で共生人間学を学ぶ髙木佑透さんが、重度な知的障害をもつ弟、壮真君のことを「もっと知りたい!」と家族や自らにカメラを向け、コミュニケーションを重ねるうちに見えてきたものは?
時には自撮りを交え、兄弟が触れ合い、お互いをわかりあおうとする姿をまっすぐに捉えたドキュメンタリー『僕とオトウト』が10月22日(金)より京都みなみ会館、10月30日(土)より元町映画館、11月6日(土)よりシネ・ヌーヴォにて関西先行公開される。
 池谷薫監督が元町映画館を拠点に開催している「池谷薫ドキュメンタリー塾」に参加、髙木さんが池谷監督の指導のもと作り上げた『僕とオトウト』は、同館を拠点にした元町プロダクション作品として第10回「地方の時代」映像祭、市民・学生・自治体部門で見事、優秀賞に輝いた。劇場公開にあたっては、髙木さんは学生たちを中心にした上映委員会を立ち上げ、映画を届けるための宣伝活動に日々尽力している。
 プレイベントを間近に控えた監督の髙木佑透さんにお話を伺った。
 

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■“障害”を強く意識するようになったきっかけ

―――池谷さんのドキュメンタリー塾に参加するまではどんな学生生活を送っていたのですか?
髙木:もともと僕は日本史を学びたくて同志社大学に入学したのですが、大学3年時に津久井やまゆり園の殺傷事件が起きたり、レオナルド・ディカプリオが知的障害のある弟役を演じ、一躍脚光を浴びた『ギルバート・グレイプ』を観たり、石牟礼道子さんの『苦界浄土』いう僕のバイブルとなるような本に出会い、それまであまり意識していなかった“障害”について、そもそも何だろうと強く意識するようになりました。
 
―――映画では将来、弟は自分が面倒を見ることを想定しての言葉もあり、前々から障害について考えておられたのかと想像していました。
髙木:津久井やまゆり園の殺傷事件のときも、もっと憎しみや悲しみというわかりやすい負の感情が湧いてくるかと思ったのですが、不思議なぐらい湧かなくて、むしろ震災など人間がどうしようもできないことに巻き込まれたときにかたまってしまうというか、何もわからないという真空になった感覚でした。そこから障害についての疑問が湧き、同志社大学と早稲田大学の交換留学制度を利用して、1年間早稲田大学で障害に関する勉強や、介護の現場でアルバイトをしたり、いろいろなことをやりました。
 
 
 
 
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■自分が好きでないものは、続けられない

―――東京で勉強だけでなく、社会で様々な経験を積んだんですね。
髙木:ベンチャー企業でインターンをしたとき、自分が好きでないものには本気になれないし、続けられないと気づいたんです。そこで改めて自分が好きな事を考えたときにドキュメンタリーや教養番組などで親しんでいたテレビ局が就活先に浮上しました。ちょうど1年間の早稲田留学を終えて関西に帰るタイミングで、ドキュメンタリーを教えてくれるところはないかと「関西 ドキュメンタリー」で検索したときに、目に留まったのが池谷先生のドキュメンタリー塾。京都から神戸なら通えるなと思い、なんとなく申し込んで、まずは行ってみたら、元町映画館にたどり着いたんです。まさに就活序盤、4年生になる直前の3月が池谷先生との出会いでした。
 
―――ドキュメンタリー塾から立ち上げた映像制作団体、元町プロダクション(以降モトプロ)に所属し、髙木さん自身も本腰を入れて撮ろうと思ったきっかけは?
髙木:夏期休暇中に沖縄に長期滞在したりしつつ自分を見つめてみて、もっと真剣に障害について考えたいと思いました。そこから必死に勉強し、京大大学院に進むことになったのですが、京大に入ると2年間の余裕ができたので、塾だけでなく、モトプロにも関わらせていただくようになりました。研究もインタビューや質的調査をもとに障害を発達心理学や障害学の側面から研究しているのですが、映像はまた違う動きなので、そちらのアプローチでも考えることができればという狙いもありました。先々にマスコミで就活するとき履歴書にも書けるという裏の狙いもあったりしましたが(笑)要するに、なんとなく撮り始めたんです。
 
 
 
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■ホームムービーの枠を出れない。葛藤し続けた撮影と編集

―――まさにタイトルの通り、障害を持つ弟に向き合うことで、自分と向き合うことになっていく“僕”の物語でもありますね。途中で池谷さんに助言を求めるシーンが何度かありましたが、撮影を辞めたいと思うときもあったのですか?
髙木:ずっとしんどかったです(笑)。僕自身は修士課程でがっつり研究をしながら就活し、そして撮影もしていた。2年ぐらいかけてゆっくり撮っていきたいという思いもあり、時間がないのでの先生の期待するクオリティに到達するのは無理だとギブアップしようとしたら、速攻で電話がかかってきました(笑)。お前も自分探しをしている時期だから、その時期に15分でもいいから作品を作っておくのは自分のためにもなると説得され、考え直して撮影を続行することにしたんです。
でも撮り続けても、一つひとつはいいシーンなのに、ホームムービーの枠を出ることができない。何を撮っても先生に怒られ続ける苦しい撮影、編集をずっと繰り返し、先生は一体何考えているんだろうと思っていました。
 
 

■ラッシュを観ての気づきから、「僕自身のことを真剣に壮真に伝えてみる」

―――池谷さんから、髙木さんが壮真君に対し上から目線であることを指摘されたあたりから、映画も大きく変化し、髙木さんも自身とより向き合うことになります。優生思想を持っていないつもりでも、どこか自分の中に存在している。映画をご覧になる皆さんにも突きつけられる問いだと思います。
髙木:基本的に自分を追い込むことで生まれた映画だと思うのですが、池谷先生にラッシュは大事だと教わっていたので、その中で気づいたことがいくつもありました。例えば、壮真が変なことをして僕がフフフと笑う場面や、自分が撮られている場面もたくさんあるのですが、編集でずっと見ていると、僕自身がやたらと笑っているのに気づいたんです。もともと、笑いがあふれている家庭だからこそ、辛く重い感じにならずに済んだし、今まで生き延びてこれたと思っています。一方で、壮真が何か変なことをしても笑って流してしまう。そこで本当に彼が考えていることに目を向けず、笑いで覆い隠してしまう部分があったんです。そんないろいろな気付きを経て、僕自身のことを真剣に壮真に伝えてみることに集約されていきました。
 
 

■人のことをわかりたいという気持ちの表現

―――髙木さんが弟のことをわかろうとして奮闘する様子を捉え、さまざまな手段を試みていますが、そもそも人間は自分以外の人のことはわからない。自分自身のこともわからないというところからスタートすると、もう少し気持ちに余裕が生まれるのでは?何を考えているかわからないけれど、相手を信じるという姿勢が必要なのかもしれませんね。
髙木:映画の最後で僕が言った、ちょっと癖のある一言に集約されている気がしますね。僕の師匠でもある臨床心理学や発達心理学が専門の大倉得史先生は、他人のことなどわかりっこないとおっしゃり、一方大倉先生の師匠である鯨岡峻先生は性善説的で、人はわかりあえるはずだから、そこに食らいつくのだと。真逆なことを言っているようですが、人に対して誠実であるというところに戻ってくる。人のことがわからないからこそ、わかろうと努力し続けるし、人のことは絶対にわかりあえるはずだと信じるからこそ、知り続ける。その辺も映画の中に結果的に入ったのかなという気がします。
 
 
 

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■一緒にお風呂に入るのは僕たちのいつものコミュニケーション

―――壮真君と一緒にお風呂に入ったり、スキンシップもたっぷり取っていたのが印象的でした。私の子育ての経験上、男兄弟でも仲が良くないとできないことですよね。
髙木:感覚的にですが、僕が進学で家を出てからのほうが、壮真と仲良くなった気がします。僕が大学に入ったのが、ちょうど壮真が中一のときでしたが、そのころから壮真の兄ちゃん好きが加速しましたね。もともと風呂は壮真が小さいころから一緒に入って世話をしていたのでその延長で、今も結構喜んでくれるんです。壮真は言葉にするのが難しいので、その分表情やいろいろないたずらや、手言葉や触れることでこちらに気持ちを伝えてくれているんです。壮真が興奮したときは、とにかく手を握るとか、抱きしめてあげれば落ち着いて静かになる。壮真の鼓動が落ち着いてくるのが、手をつないでいるとつながってくるんです。身体的につながる感覚が昔からあったので、20代前半と10代後半の兄弟が一緒に風呂に入るのは一見妙なカットかもしれませんが、僕たちにとってはいつものコミュニケーションの風景であり、二人の会話なんです。
 
 
 
 
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■具体的にきょうだいとしてどんな風に接していけばいいのかが、映画を撮ることで見えた

―――壮真君の将来のことなど、きょうだいならではの今後に対する思いも語っていますが、本作を作ったことで、考えていたものとは違う未来が見えてきましたか?
髙木:作業所選びも親が実際にいくつか見学に行き、子どもに合う場所を自分の足で探すしかないのですが、そういうことや保険のことなども母が手筈を整えてくれたし、母と僕とはいろいろなことをあけっぴろげに話せる関係なので、もともとすごく心配していたわけではありません。
ただ、ひとりの兄として、壮真とどんな風につきあっていけばいいのか、壮真と共に生きていけばいいのか。それが映画を撮ることで変わりましたね。両親と壮真はどこまでいっても上下関係がある程度はあり、それがあるからこそ愛せる部分がありますが、僕は壮真にとってひとりの兄貴でしかなくて、もっと対等な関係であると思うんです。だから親が壮真のことを何か決めつけようとしても、「そんなの壮真に聞いてみないとわからないじゃないか」ということが言えるし、具体的にきょうだいとしてどんな風に接していけばいいのかが見えた。そこが一番変わりました。
 
―――ご家族の映画に対する感想は?
髙木:母は映画の出来うんぬんより、劇中で重大な事件があった日、壮真がせんべい布団に寝ていたところが映ってのをいまだにずっと文句を言われています。普段はもっといい布団に寝てるのに!って(笑)
あと実際に親父が出てくるシーンは、僕が結構真剣な感じで呼び出したので、男と男の直感で、何か仕掛けてくるんじゃないかということが伝わっているんです。ああいう場で出てきてくれる親父は言っている内容は関係なく、いてくれるだけで親父なりの映画を引き受ける覚悟があるし、そこは皆さんにも伝わるのではないかと思っています。3時間ぐらい撮影し、編集でかなり短くしましたが、それでも皆さんの感想を見ていると、伝わっている手ごたえがありますね。
 子どもの頃自宅が火事になる前はホームシアターで一緒に映画を観た記憶があるぐらい親父は映画好きなので、この作品がちゃんと世に出ていけばいいねと応援してくれています。壮真はもともと自分が映っている映像を見るのが好きなので、観てくれたけど特別な反応はなかったそうです。
 
 
 
 

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■学生が中心の上映委員会でプレイベント「僕オトの湯♨️」を企画

―――映画は作るだけでなく、届けるまでがとても大事ですし、その作業は本当に大変ですが、その大変な作業に学生のみなさんが中心になって取り組んでおられるそうですね。
髙木:コロナ禍で人と人とが触れあえないなか、一番原始的なふれあいや、コミュニケーションを描いた作品なので、ぜひ多くの人に届けたい。また、学生というのは自分探しの時期ですが、僕は映画を作ることで自分自身の行き先を決めることができたということもあり、学生のみなさんと一緒に宣伝活動をしたいと思い、活動しています。泥臭くマンツーマンで話をし、僕の思いを伝え、相手といい感じのグルーヴが生まれ、興味を持ってくれたなと思えば上映委員会に誘って仲間を増やしていく。京阪神の色々な大学や、様々なバックグラウンドの方が参加してくれています。
プレイベントとして、「僕オトの湯♨️」というオンライントークイベントを3回にわたり開催します。お風呂のシーンもありますし、一緒に湯に入るほど仲がいいとか、雑多な人がやってきて、今までできなかった話がポロっと出るようなイメージがあり、そこで銭湯という案が出てきました。また、触れていることで伝わるというのも『僕とオトウト』に通底することで、一緒の湯に入ることで相手の熱が伝わるという様々なモチーフがあるんですよ。
 
 

■昔からちょっとひっかかっていた“心のささくれ”をちゃんと見つめてほしい

―――ありがとうございました。最後にこれから御覧になるみなさんにメッセージをお願いします。
髙木:同世代の学生の皆さんの前でよくお話するのは、今回は障害を持つ弟と僕が向き合う映画ですが、障害というのは僕の”心のささくれ”だということ。数年前までは、気にしなくても生きていける程度のちょっと“気になること”だったんです。それをしっかり見つめると、本当にいろいろなものが見えてきたし、自分が本当にやりたかったことも見えてきた。どんどん広がって芯が出てくるのです。
よく卒業論文や卒業制作など、人生でこれが最後と思って取り組む人が多いですが、せっかく20代前半でそういうものと向き合うチャンスがあるのなら、人に言っても理解されないけれど、昔からちょっと引っかかっていたことをちゃんと見つめてみてほしい。そこを見つめて、期限のある中で卒業制作なり、論文にしてみると、これから先何十年生きるであろうなかで大事なものが見えてくる気がします。
僕にとってはそれがたまたま障害だっただけで、その等身大の感じが映画から伝わればいいなと思っています。
(江口由美)
 
 

<作品情報>
 
『僕とオトウト』(2020年 48分 日本)
監督、編集:髙木佑透
プロデューサー:池谷薫(『ルンタ』『蟻の兵隊』)
撮影:髙木佑透、髙木美千子
制作:元町プロダクション
10月22日(金)より京都みなみ会館、10月30日(土)より元町映画館、11月6日(土)よりシネ・ヌーヴォ関西先行公開
公式サイト https://boku-to-otouto.com
オンラインプレイベント「僕オトの湯♨️」詳細 https://boku-to-otouto.com/pre_event
 ©️ Yuto Takagi
 
 
 

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『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』

ダニエル・クレイグ「本作で最後だよ」

ラミ・マレック「ダニエルの武器の持ち方にやられた」

ダニエルのボンド引退発言!ラミのダニエルへの敬意!

2ショット日本独占ロングインタビュー映像解禁!


全世界待望の「007」シリーズ 25 作目、前作『007 スペクター』から実に 6 年 の時を経てシリーズ最新作となる『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』がいよいよ 10 月 1 日(金)に公開します。 ダニエル・クレイグ版ジェームズ・ボンドの最後。死闘はクライマックスへー。誰もが知る世界的なヒーローを演じるプレッシャーをはねのけ、シリーズ最高興収を叩き出し、さらにその記録を『007 スカイフォール』(12)で自ら更新。そしてついにボンド引退を表明したことでも話題の本作、その壮大かつエモーショナルなフィナーレに大きな期待がかかります!
 



この度、ジェームズ・ボンドを演じることが最後となったダニエル・クレイグと、最後の敵であり最凶の悪、サフィンを演じたラミ・マレックの2ショットロングインタビューを解禁!

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ダニエル・クレイグ「これが本当に最後の出演」

本作への出演に対し「ああ、本当に最後だ。おそらくね。冗談だ。本作で最後だよ。」と語るのは、2006 年に公開 した『007/カジノ・ロワイヤル』から本作まで、5作にわたってジェームズ・ボンドを演じたダニエル・クレイグだ。彼の俳優としての長いキャリアの中で、『007』に出演したことにより、人生にどんな影響があったのだろう。 「話すと長くなる。とてもじゃないが時間が足りないよ。あまりにも(影響が)大きくて言葉にできない。人生そのものも、キャリアに関する何もかもが一変した作品だ。」と一言では表せない深い思いがあるということを語ったダ ニエル。本作で共演したラミ・マレックとともに、インタビューに答えた。


007NTTD-500-3.jpg最後の敵であり最凶の悪となる、サフィン

ダニエル演じるボンドの前に立ち塞がるのは、シリーズ史上最も危険でミステリアスな男・サフィンだ。完璧な頭脳と狂気を併せ持ち、人類の破滅を狙いながら己を絶対の正義と信じて疑わない、「悪」をも超越した存在だ。この難役を演じたラミ・マレックはサフィンについて、「底意地が悪く、悪意に満ちている。自分のしていることを極めてポジティブに捉えている。だからこそ二人は激しく対立するんだと思う。」と説明する。本作でボンドに真っ向から対峙する敵を演じるラミ。そのプレッシャーについて聞かれると「アカデミー賞受賞(『ボヘミアン・ラプソディ』(18)にて主演男優賞受賞)も尋常じゃなかったが、この役のオファーを受けた時も本当に特別な瞬間だった。」と振り返る。「俳優にとって夢でしかないような機会だ。一瞬思ったよ。“まだ若いけどこのあと引退するかも”ってね。」と、「俳優ならだれもが夢見る仕事だ」とプレッシャーをも上回る喜びがあったことを語った。


007NTTD-500-8.jpgラミ「初めて現れた時の、ダニエルの武器の持ち方にやられた」

ダニエル「想像を超えたすばらしさだった」

お互いの印象を問われるとまずラミが「僕はダニエルを前にしても気後れしないように、十分準備したつもりだったけど、初めて現れた時の、ダニエルの武器の持ち方にやられた。そのパワーたるや、もう…」と、本当に MI6 工作員が目の前を歩いていると思った。と嬉しそうに語る。「あまりのオーラに最初のセリフが出てこなかった。(気 迫に圧された?)イエス!だって、ビビらない俳優はいない。ボンドを何年も演じたこの人物を前にしたら、俳優ではなくたって及び腰になるはずだよ。克服できたと思いたい。」と前のめり気味で話すと、終始照れるように微笑んでいたダニエルは、「気づかなかった。すばらしかったよ。(平静を装っていたというラミに)すっかり騙されたよ。ラミは真剣そのものでプロに徹していた。想像を超えたすばらしさだった。ラミが役になり切っているおかげで、その場にいるだけで自然にリアクションできる。」と返し「光栄だな。ありがとう。」「とんでもない」とお互いを称える一幕も。


ダニエルのトレーニングについて「この話してもいいかな?」

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』 ダニエル・クレイグ「本作で最後だよ」 ラミ・マレック「ダニエルの武器の持ち方にやられた」 ダニエルのボンド引退発言!ラミのダニエルへの敬意! 2ショット日本独占ロングインタビュー映像解禁! 本作でボンドは、陸・海・空で激しいアクションを繰り広げるが、ダニエルは撮影について「歳をとって全てが昔より大変だよ(笑)。」と笑う。「私の(出演した)『007』は1作目から膨大なアクションが特徴だ。本作でもそれは同じ。幸運にも最高の人材が集まり、用心を重ねて計画している。」と製作スタッフに敬意を示し、トレーニングについては「1年ほどしたよ。」と明かす。すると横からラミが「この話してもいいのかな?」と会話に入り、「1作目を始めた頃は数ヶ月で済んだそうだ。今はもう少しかかるって。」と、撮影中に聞いたネタを披露。「昔は6ヶ月もあればすごくいい体に仕上がった。歳をとって期間が長くなった。でもそれだけの価値はある。」と話すダニエルに「全然変わってない」とラミがすかさずフォローをいれる。


悪役を演じるということ

前作から続投しているキャストが多くいる中で、本シリーズに初参加を果たしたラミは悪役を演じることについて 「自分では役不足だと思う時もあった。」と明かす。そんなラミにダニエルは「サフィンは撮影しながらみんなで作っていった。ラミは驚くほどオープンで、こちらが打てば打つほど響く。徐々に固めていった感じだ。」と助け舟を出す。「サフィンという役について僕なりに解釈していたけど、毎晩撮影を振り返って、情報を整理して、サフィンの人物像に落とし込んだ。幸いだったのは一人ではなかったことだ。ダニエル、監督のキャリー(・ジョージ・フク ナガ)、製作のバーバラ(・ブロッコリ)とマイケル(・G・ウィルソン)、大先輩たちがついていた。絶対に大丈夫だと思えたし、実際にうまくいった。」と、本作を支える最高のチームワークに支えられたことを語った。


007NTTD-500-2.jpg最新作は“愛”についての物語

最後に、観客へメッセージを依頼されるとダニエルは「究極的には“愛”についての物語だ。本作はそういう作品だ。」と初めて本作の内容に触れ言葉少なめに締めくくった。牢獄から不敵な笑みを浮かべるブロフェルド、最凶の敵サフィン、CIA の旧友フィリックス、MI6 でかつて共に働いていた仲間たち、共に戦う“ボンド・ウーマン”、そしてマドレーヌ・スワン。ダニエルボンドの愛についての物語が、ついに壮大かつエモーショナルなフィナーレを迎える。


9 月 27 日(月)には日本向けバーチャルイベントにも出演予定のダニエル・クレイグとラミ・マレックはさら に何を語るのか!?公開に期待が高まる『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は、10 月 1 日(金)から全国で上映される。


ダニエル・クレイグが演じたジェームズ・ボンドシリーズはこちら!
『007/カジノ・ロワイヤル』(2006 年)
『007/慰めの報酬』(2009 年)
『007 スカイフォール』(2012 年)
『007 スペクター』(2015 年)
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021 年 10 月 1 日(金)※最新作


『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』 ダニエル・クレイグ&ラミ・マレック インタビュー

YouTube はこちらンク


『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』

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【STORY】
ボンドは 00 エージェントを退き、ジャマイカで静かに暮らしていた。しかし、CIA の旧友フィリックスが助けを求めてきたことで平穏な生活は突如終わってしまう。誘 拐された科学者の救出という任務は、想像を遥かに超えた危険なものとなり、やがて、凶悪な最新技術を備えた謎の黒幕を追うことになる。
 

監督:キャリー・ジョージ・フクナガ  
製作:バーバラ・ブロッコリ、マイケル・G・ウィルソン
脚本:ニール・パーヴィス、ロバート・ウェイド、スコット・バーンズ、キャリー・ジョージ・フクナガ、フィービー・ウォーラー=ブリッジ
出演:ダニエル・クレイグ、レイフ・ファインズ、ナオミ・ハリス、レア・セドゥ、ベン・ウィショー、ジェフリー・ライト、アナ・デ・アルマス、ラシャーナ・リンチ、ラミ・マレックほか 
主題歌:ビリー・アイリッシュ 「No Time To Die」
公式FACEBOOK:www.facebook.com/JamesBond007
公式TWITTER:@007  
配給:東宝東和 
© 2021 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED.

2021年10月1日(金)~全国ロードショー


(オフィシャル・リリースより)

 

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 鯨が見えた途端、手作りの舟から大きな銛を持った男が飛び上がって鯨に一撃を食らわせる。鯨と命がけの戦いを繰り広げる男たち、そしてなんとかして逃げようと全力でもがく鯨の迫力ある対決に思わず目を奪われる。インドネシア、レンバタ島ラマレラ村で今でも行われている伝統的な鯨漁とそこからつながる命の循環を見事な映像美で描くドキュメンタリー映画『くじらびと』が、9月3日(金)よりなんばパークスシネマ、シネ・リーブル梅田、神戸国際松竹、MOVIXあまがさき、京都シネマ にて絶賛公開中だ。
 
監督は、初監督作品『世界でいちばん美しい村』で2015年に起きたネパール大地震の震源地近くにあるラプラック村と、そこに生きる人たちの絆、祈りを描いた写真家、石川梵さん。写真集「海人」をはじめ、ライフワークの一つとしてインドネシアのラマレラ村の人々やそこで行われる鯨漁に密着してきた石川さんが、ドローン撮影も駆使しながら、銛一本で突く伝統的な鯨漁や村人たちの暮らしをまさに体当たりで撮影。迫力ある映像と共に描かれるのは、捕獲した鯨を村の皆で分け合う和の文化や、村で代々受け継がれてきた信仰だ。
 
 「大いなる命の循環、大いなる営みを叙事詩のように表現したかった」という本作の石川監督に、ラマレラ村との関わり、鯨漁の撮影や映像で残す意義についてお話をうかがった。
 

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■秘境を探してたどり着いたラマレラ村、鯨獲りの根っこにある信仰に惹かれて

―――命がけで鯨を獲る舟に撮影で同乗することが許されるというのは、信頼関係が築かれていないとできないことだと思いますが、その経緯を教えてください。
石川:80年代以降、僕は誰も見たことのないような秘境に行く写真家として世界中を回っていました。当時ニューギニアでレンバタ島のことを聞き、インターネットもなく何の情報もない中、91年に初めて現地に向かいました。舟で迎えに来てもらったのですが、鯨の匂いがぷ〜んとして、1槽だけ壊れた舟があるのでどうしたのかと思ったら「鯨にやられたんだ」と。ついにそんなところに来たんだなと思いましたね。
 
大自然の中に生きる人や、その中で自然に生まれる信仰というのは僕の大きなテーマなのですが、このラマレラ村も知れば知るほど、鯨を獲ることの根っこにある信仰に惹かれていきました。
鯨獲りの舟にはお金を出せば旅行者も乗せてもらえます。ただ、漁が始まると下がれ!と相手にしてはもらえませんが。
 
 
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■4年かかった鯨獲りの撮影

―――初めて鯨が撮れたのはいつですか?
石川:毎年行ってもなかなか鯨が出ない。猟期以外は、朝から舟を出して、延々と待つんです。赤道直下の中、毎日8時間ぐらい待って帰るとうくとを大体3ヶ月ぐらい繰り返しますから、だんだん気が遠くなっていきますよ。そこまで長くいると、「おまえ、漕げ」と言われるぐらいにまでなっていました。
 
実は2年目、僕が来る直前に鯨が獲れたんです。本来なら間に合うはずだったのに飛行機が遅れてしまって。3ヶ月粘っても出ないので帰ったふりをしようかと言いながら戻ると、宿の主人から「おまえが帰った翌日に出たよ」と。その時は神さまが意地悪しているのかと思いました。結局、4年かかったんですよ。鯨漁は勇壮に見えますが、そのほとんどが待っている時間です。延々と待ち続けることが実は、鯨漁の本質です。時々マンタが獲れることもありますが、1年何も獲れないこともある。それぐらい非効率な漁なんです。
 
―――そこまでして鯨漁にこだわるのは村独自のシステムがあるからですね。
石川:鯨を獲ると、未亡人や貧しい人にまで鯨が行き渡るのです。先住民の長、トゥアン・タナが最初に鯨乞いの儀式を行い、鯨が獲れるとその一部をお礼としてトゥアン・タナに捧げる習わしもあります。舟にエンジンを導入した2000年ごろ、その儀式を辞めた時期があったのですが、途端に鯨が獲れなくなってしまった。結局再び儀式を行っていますが、まさに神話的世界ですね。
 
―――当時石川さんが取材し、写真を撮ったのが伝説のラマファ、ハリさんでした。
石川:取材で「誰が一番優れたラマファか?」と聞いても、みなが素晴らしいという人たちなので取材する側としてはやりにくく、彼らにとっては和を乱さないという考えがあるわけです。そこで取材をしたのがハリさんでした。撮影時で70歳を過ぎていましたが、手足が本当に大きく、筋骨隆々の体つきをされていた。当時から映画を作りたいと思っていたので、撮影素材を『くじらびと』に取り入れることができてよかったです。
 
 
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■鯨漁をする側の視点だけでなく、鯨側の視点で見ることにより獲得した普遍性

―――くじら獲りの際、水中での撮影がとても迫力がありましたが、どのように撮影したのですか?
石川:実は一番安全なのは鯨の背中。鯨が弱って動かなくなってきたとき、僕が鯨の背中に捕まって撮りました。僕が撮りたかったのは鯨の目で、なぜ目かといえば、先ほどの4年目に初めて鯨が獲れたとき、陸揚げされた鯨が泣いたんです。断末魔の叫びのような声で、もうびっくりしました。今までは海の上の人間の物語ばかり撮ってきたけれど、海の中の鯨の物語も撮らなければいけないと気が付いたのです。鯨の感情がどこにあるかといえばやはり目で、この映画自体も「目」がキーワードになっています。目をつむる、目を開けるという鯨自身の目だけでなく、途中で鯨を獲る時に「目を見るな」という話も挿入されます。捕鯨の映画は概して一面的ですが、鯨漁をする側の視点だけでなく、鯨側の視点で見ることにより、ある種の普遍性をこの物語は獲得すると実感しました。
 
―――舟作りの名人、イグナシウスの息子、ベンジャミンが漁で事故死という悲劇は映画でも大きな転換点となります。
石川:2018年、クルーを入れて本格的に撮影を始めてからです。僕のビザが切れ、一時的に現地を離れた時にその事故が起きてしまった。他のクルーは現地に残っていたけれど、気を遣って撮影をしていなかったので、ここは撮りに行かなければダメだと促しました。僕もすぐ駆けつけ、僕が撮るならとご家族も了承してくださった。東日本大震災でも同じですが、その時には複雑な思いがしても、後々撮影したことを感謝してくださる。どこまで人と人との付き合いを通してフォローができるかですね。
 
 
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■村の未来を象徴する少年、エーメン

―――とても笑顔の素敵なエーメン君は最初主役になるように見えましたが、どのように出会ったのですか?
石川:最初は前作の『世界でいちばん美しい村』のように子どもが主人公で、子どもの目線で見るような形にしようと、エーメン君が主人公だと思って追いかけていたんです。でもドキュメンタリーって思い通りにならないもので、ただ先ほどのベンジャミンの事故が起こってから、だんだん主人公がベンジャミンの兄、デモに変わっていくわけです。
この村自身も他の地域と同様にグローバル化や変化の波が押し寄せ、危機に直面しているのです。映画でもエーメンが鯨捕りになりたい一方で、両親は大学への進学を勧めようとしますが、エーメンのような子どもたちの未来は、村の未来を象徴しています。反捕鯨の動き以上に、グローバリズムによって取り去られようとしている村の文化や信仰がある中、エーメンはただ映画にとって癒しの存在だけではなく、ラストで村の未来を象徴し、群像劇の意味ができたと思っています。
 
実は今後、エーメンを主人公にした続編を考えています。3年後の15歳にエーメンは進路を選択しなくてはならない。もう一人、エーメンと同年代で、有名な名ラマファの孫がいるので、この二人を対比させて村の未来を考えていける作品にしたい。やはり文化の多様性は必要ですし、地域の文化はグローバリズムの中で消えていくなら、大きな損失です。貴重な文化の終焉を見届けるという思いと、そうならないでほしいという思いを込めて撮っていきたいですね。
 
―――後半、デモが父イグナシウスから舟作りを習い、村民が協力して新しい鯨舟を作るシーンが非常に印象的です。冒頭、まさかこの舟で鯨を獲るのかと思っていましたが、この作業を見ると、舟に込められた魂のようなものを感じますね。
石川:近代的な船を作ったら逆に鯨の一撃で壊れてしまうでしょう。左右非対称というのも知恵ですし、「舟は生きている」という考えがあり、それを伝え続けるイグナシウスがいる。彼は伝統の権化のような人で、編集をしていくと彼の語りが素晴らしいので、気がつくとイグナシウスがナレーションと言ってもおかしくないぐらいに登場してもらっています。彼のような人がいなくなると、村の伝統は薄まってしまうかもしれません。
 
―――後半の鯨漁は息もつかせぬ緊迫感と、それぞれの役目を果たす人たちの連携ぶりが見事でしたが、その中で撮影するのは至難の技では?
石川:待ち時間が長いのでずっと頭の中でシミュレーションをしていました。まず、鯨がドンときた時に振り落とされないようにする。また舟ごと水の中に持っていかれることがあるので、どうやってカメラを守るかもシミュレーションしました。もう一つ、鯨がきた時にカメラを守ると撮れないので、水を浴びたらカメラがダメになるけれど、タイムラグを利用してとにかく撮る。1番舟は鯨を突くとやることがなくなるので、2番舟に移るのですが、僕も水に飛び込んで泳いでいって。その舟は再建するために僕も援助をした舟で、乗組員とも仲がよかったので、仕方ないなと乗せてくれ、僕も前に行って鯨の頭を撮ったり、自由にやらせてくれたんです。綱を避けなければ、足を大怪我したり、命を落とすこともあるのですが、誰も危ないと注意してくれない。「梵なら大丈夫だろう」って(笑)
 
 
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■作品が世代を超え、現地に還元できる

―――この作品は、現地の方に観ていただいたのですか?
石川:まだこれからですね。僕が最初に行った頃は誰も行ったことがないですが、最近は日本のテレビからBBCまで多くのメディアが入って撮影するだけ、誰も再訪しないので撮り逃げ状態です。それは良くないので、今回行った時も過去の映像を見せると、「亡くなったおじいちゃんが映ってる」とか「若い頃の知り合いがいる」とみんな喜んでくれるんですね。また2010年現地を訪れたとき、反捕鯨の動きがあり、外部からの揺さぶり(網漁やクジラウォッチングの症例)もあり、随分村が揺れていたのです。ラマデラ村はそれに抵抗し、存続したのですが、その時、村の古老に「お前が昔撮った村の映像を見せてやれ。今は自分だけがいいという風潮になっているが、昔は皆が村のためにと一つになっていた」と言われたのです。僕は日本や世界に、ラマデラ村のことを紹介するつもりで映像や写真を撮っていたけれど、僕の作品が世代を超え、現地に還元できると気づき、衝撃を受けました。
 
やがてはなくなるかもしれない鯨漁を、現地で世代を超えて残せるのではないかということは、今回映画を作るモチベーションになりました。だから丹念に取材しましたし、時間もかけましたが、この映画だけでなく、この映画の裏にある映像資料も含めて、現地の方にとっても貴重なものになると思います。
(江口由美)

<作品情報>
『くじらびと』(2021年 日本 113分)
監督・撮影・プロデューサー:石川梵 
出演:エーメン、イナ、ピスドミ、アガタ、フレドス、イグナシウス、デモ他
2021年9月3日(金)~なんばパークスシネマ、シネ・リーブル梅田、神戸国際松竹、MOVIXあまがさき、京都シネマ にて絶賛公開中。
 
公式サイト⇒https://lastwhaler.com/  
(C) Bon Ishikawa
 

 

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 2年ぶりに対面で開催された第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で見事脚本賞を含む4冠を受賞した濱口竜介監督最新作『ドライブ・マイ・カー』が、8月20日(金)から大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズなんば、シネ・リーブル神戸、TOHOシネマズ二条ほか全国ロードショーされる。
  村上春樹の短編小説集「女のいない男たち」所収の「ドライブ・マイ・カー」に「シェエラザード」「木野」の要素も加えて映画化した本作は、その世界観を踏襲しつつ、東京、広島、北海道、釜山と時間も場所も超えた、深みのある人間ドラマに仕上がっている。
  演出家の家福(西島秀俊)と妻、音(霧島れいか)。愛し合っているはずの夫婦関係に影を落とす高槻(岡田将生)、そして音の急死から2年後、家福の愛車、赤いサーブ900の専属運転手となるみさき(三浦透子)をめぐる物語は、言葉にできないそれぞれの過去や苦しみ、それを乗り越えようとする生き様が次第に立ち上がってくる。3時間だから描ける芳醇さにぜひ身を委ねてほしい。
  本作の濱口竜介監督に話を聞いた(後半、一部結末に触れる部分があります)。
 

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■村上作品の中で『ドライブ・マイ・カー』なら映画を作る糸口がある

――――村上春樹作品の映画化ということで心理的ハードルも若干高かったのではないかと思いますが、どのような部分に最も魅力を感じたのですか?
濱口:最初、プロデューサーから村上春樹さんの小説を映画化しようと渡されたのは別の作品でした。普通に考えても村上春樹さんの作品は映画になりづらい部分がありますから、提案された作品については映画化が難しいと思いました。そんな中、『ハッピーアワー』の製作中に映画化を抜きにして手にした短編が『ドライブ・マイ・カー』でした。読んだときに、これは自分が映画でやってきたこととすごく響きあうし、今まで取り組んできたこととの親和性を感じたんです。
 
もう1点、共同監督の酒井耕さんと東北でドキュメンタリー(「東北記録映画三部作」の『なみのおと』『なみのこえ』『うたうひと』)を撮っていたとき、ひたすら彼と一緒に車で移動していたので、車の中で生まれてくる会話があることが、自分の実感として残っていました。
 
そういう過去の記憶も含めて、そのときは現実的ではなかったけれど「これは映画にできるかもしれない」と読んだ当初から思ったし、その後プロデューサーに「『ドライブ・マイ・カー』だったらできるかもしれない」と返しました。ものすごく覚悟をしたというより、これだったら映画を作る糸口があるという感じでしたね。
 
 
――――本当に映画の魅力が詰まった3時間でした。コロナ禍で自由に移動できないし、演劇も中止に追い込まれる中、本作ではそれらの魅力を疑似体験させてもらった心地よさがありましたね。
濱口:ありがとうございます。カンヌでも、上映したシアターの客席が舞台の客席のように感じたり、車に乗っているような感覚が多々あったので、僕もそういう疑似体験を観客と一緒に観て味わうことができた気がします。
 
 
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■シンプルに演技をする多言語演劇を取り入れて

――――当初は釜山でほぼ撮影する予定だったそうですが、年内に撮影を終えるまで急ピッチで脚本を改訂されたのではないかと思います。多言語演劇の要素も含めて、どのように行ったのか教えてください。
濱口:車を自由に走らせることができるという点に魅力を感じ、基本的に釜山で撮る予定でした。釜山で国際演劇祭が行われる設定にしていたんです。東京の家福が演出家として釜山に呼ばれ、彼に現地での運転手がつくという流れならスムーズだろうと。そこでどういう演劇をやっているのかと考えたときに、実際にもやられている多言語演劇がいいのではないかと思いました。
 
多言語演劇というのはシンプルに演技をする方法ではないでしょうか。相手の言っている言葉の意味がわからなくても、相手の声や身体の動きを通して現れているので、映画の中のような訓練を重ねれば、ある音がどんな意味を持つのかが俳優たちは大まかにわかるわけです。言葉の意味ではなくもっと直接的にお互いの体同士で反応しあう演技ができるのではないか。そう思って映画に取り入れましたし、実際にその瞬間を目撃していただけると思います。
 
 
――――今回大江崇允さんとはどのような経緯で共同脚本を務めることになったのですか?
濱口:山本プロデューサーがずっと脚本家の大江さんと仕事をされており、今回僕から共同脚本家の候補を探していたときに大江さんを推薦してくれたんです。大江さんは演劇に詳しい方なので、それはぜひとお願いしました。
 
 
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■納得度の高い作品を生む共同脚本

――――一般的に単独で脚本を書く方が多いですが、濱口監督は過去何度も共同で脚本を手がけておられますね。そのスタイルの方がやりやすいのですか?
濱口:一人で書く良さもありますが、結果的にちゃんとやればクオリティーが高くなるのは、複数で脚本を書く方です。客観性の部分もしかりですし、できるだけ多くのフィルターを通っているものの方が、納得度の高い作品が生まれやすいですね。
 
――――カンヌの授賞式でも大江さんがこのままでいいと励ましてくれたから脚本を書ききることができたとおっしゃっていましたが、一番悩んだ点は?
濱口:基本的な物語は家福と突然失ってしまった妻の音、運転手のみさきの話になるので、演劇の話がどの程度絡むべきなのかは最後の最後まで、明確には見えづらかったです。最終的には編集段階まで持ち越しましたね。
 
――――多言語演劇を一から作るところが入ることで、停滞した空気が流れていくというか、作品に新たな命が宿るようなインパクトがありました。
濱口:脚本段階では、本当に要るのかなとも思うわけですが、実際に撮影すると「要るね!」となるわけです。ずっと見ていられるし、とても魅力的な時間であることが、実際の俳優たちを前にすることでわかりやすくなります。
 
――――その過程で、演出家の家福自身の変化も見えたように感じましたが。
濱口:家福は演出家なので、仕事場ではよく見て、よく聞く人間です。でもプライベートではそうではなかった。そのことを気づかせるのが、プライベートとバブリックな場を繋ぐ岡田将生さんが演じた高槻ですね。
 
――――濱口監督の演出方法として、事前に本読みを重ねることがありますが、本作では演劇中の本読みのシーンが出てきますね。
濱口:厳密にはやや異なりますが、僕の演出の場合は無感情で本読みをすることを重ねていきます。一般的に言って、演技をする上での問題点として、何が起こるかわかっているのに、はじめてのように反応しなくてはならないことが挙げられます。何十回も本読みをすることで、条件反射的に言葉が出てくるようになりますから、物事の順番はある意味、完全に固定されます。ただ、どんな風に言うかは本番はじめて知るので、セリフを言う相手に対して「こんな風に言うのか」と、多分皆さん感じるのではないかと思いますし、そのときの反応がどこか生々しくなっていく。部分的にですがさきほど挙げた演技の問題は解決するのではないかと感じています。
 
 
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■三浦透子のもつ気高さを引き出し、みさきとして映画に定着させる

――――原作では運転のうまさに焦点当たっていた運転手のみさきですが、本作では時間をかけてその人物像が立ち上がってくる様がとても印象的でした。みさきという人物の掘り下げ方や、また演じた三浦透子さんについて教えてください。
濱口:原作では家福の精神的介助役という部分が強いみさきですが、基本的にはとても魅力的なキャラクターだと思っていました。短編を長編に展開していくにあたり、どのように描けば最終的には家福と互角のような存在感まで育てていけるかを考えていました。どこまでみさきの存在を大きくすることが適当なのかと。
 
三浦透子さんを見ていると、このように描きたくなるという魅力がすごくありました。彼女自身が持っている気高さのようなものがあるのです。そういうものをちゃんと引き出したい、映画に定着させたいという気持ちがみさきの描写に反映されていると思います。
 
 

■閉じて終わるのではなく、突き抜けていく物語に

――――みさきも絡む、飛躍のある本作のラストが本当に素晴らしく、このラストを観て原作を超えたと思いました。またコロナの時代であることも描く選択をされていますが、そこに込めた想いは?
濱口:衣装合わせのときに、「マスクをつけますか、つけませんか?」と言われて、「つけます」と。たった一つのことですが、それはとても大きなことであることもわかっています。マスクをつけない(コロナを表さない)こともできたけれど、そちらの方が、今の心持ちに合っていたし、マスクをつけることで、登場人物たちが自分たちと同じ世界に生きているという実感を持ってもらえると思います。晴れ晴れとした表情はしているけれど、世界の厳しさはあるということを表現していますね。
 
実際には舞台に絡むシーンで終わってもいい話ですが、それでは円環が閉じて終わる印象があるので、最終的にどこか突き抜けていく物語にしたいという気持ちがありました。結果としては三浦さんの見せてくれた表情が、それまでの表情とは違う素晴らしいもので、いい形で終われるのではないかと思ったんです。
 
 
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■亡き後も存在感を残す、音役の霧島れいか

――――もう一人、比較的原作のニュアンスがにじみ出る前半で、夫婦のすれ違いと情感を絶妙な塩梅で表現したのが音役の霧島れいかさんです。美しい背筋がしなる様に品のあるエロスを感じました。
濱口:原作は妻が死んだところから始まりますが、原作ほど主人公の心情に立ち入ることはできない中、妻の死から2年後、淡々と暮らしている家福の心情はどのようなものなのかを観客が理解するには、妻の存在は明確に示されなくてはいけない。そして彼ら夫婦が抱えている問題はとのようなものだったのかもわからなくてはいけない。それを見せるためには、ある種の性描写は必要だと思っていたので、脚本段階からかなり詳しくどんなことをするのか書き込んでいました。
 
霧島さんに脚本を読んでいただき、かなり勇気が要ることだと思いますが、ぜひやりたいとおっしゃってくださった。脚本はこちらがやりたいことを書いているけれど、やりたくなければ言ってくださいとお伝えしていましたが、その上ですごく勇敢にやりきっていただいたので、とてもありがたかったです。ずっと家福と音の話として観ることができるように、その後も存在感を残してくれたと思います。
 
 

■役者の相互作用が起きるような脚本

――――濱口監督が今まで描き続けてきた作品と同様に、本作もコミュニケーションの物語であり、言葉のあるコミュニケーション、言葉に頼らないコミュニケーションの両方を描くという点でも今までの総括以上の飛躍があったかと思います。最後に監督の考えをお聞かせください。
濱口:自分で「コミュニケーションの映画だ」と思って撮っているわけではありませんが、脚本の書き方や演出の仕方によるところが大きいのだと思います。役者であり、キャラクターでもある人物たちが具体的に相互作用しあうことにより、何かが生まれる。それは現実生活の中では頻繁に起きているものですが、それを演技の場で起こしてくれれば、それが観客にも観念的ではなく、もっと直接的に伝わるのではないかと思っています。そういう相互作用が起きるためには、相互作用が起きるような脚本を書かなければいけない。その結果がご覧になっているような映画になる、ということですね。
(江口由美)
 
 

<作品情報>
『ドライブ・マイ・カー』(2021年 日本 179分) 
監督:濱口竜介
脚本:濱口竜介、大江崇允
原作:村上春樹「ドライブ・マイ・カー」(短編小説集『女のいない男たち』所収/文春文庫刊)
出演:西島秀俊、三浦透子、霧島れいか、岡田将生他
8月20日(金)から大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズなんば、シネ・リーブル神戸、TOHOシネマズ二条ほか全国ロードショー
公式サイト⇒https://dmc.bitters.co.jp/https://dmc.bitters.co.jp/
(C) 2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
 
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 保護犬を助けるために奔走する“犬バカ”な若者たちを描く篠原哲雄監督(『影踏み』)の最新作『犬部!』が、7月22日(木・祝)よりTOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、OSシネマズミント神戸、MOVIX京都他全国ロードショーされる。
 
 片野ゆかのノンフィクション小説「北里大学獣医学部 犬部!」(ポプラ社刊)を原案に、「犬は愛情を食べて生きている」(光文社)をはじめ、犬と猫の命をテーマにした映像作品・書籍を数多く手がける山田あかねが脚本を担当。
動物保護活動を行う大学の「犬部」創設メンバーで、一匹の犬も殺したくないと獣医学部の生体を使った外科実習を拒み、卒業後は動物病院で診療の傍ら保護犬を救う道を選ぶ颯太役に、林遣都。犬部の部員で颯太とは違い、犬にとって最悪の場所である動物愛護センターを変えることで保護犬を救う道を選ぶ、同級生の柴崎役に中川大志が扮し、それぞれの道で保護犬と向き合う様子を暖かくもリアルに映し出す。
同級生の犬部メンバーに大原櫻子、浅香航大が扮し、学生時代と、社会人になり、それぞれの現場で壁にぶつかりながらも、新たな犬部のようなつながりを作り上げていくさまは、人との関係が希薄になっている今、希望の光にも映る。保護犬の実情や、現場の疲弊ぶりもつぶさに捉え、改めて人間と動物との関係、飼うことを選んだ人間の責任を考えたくなる、今ここにある題材に目を向けたとも言える作品だ。
本作の篠原哲雄監督にお話を伺った。
 

 

 

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■犬との思い出と颯太のモデル、太田快作さん

――――篠原監督ご自身も若いころ、犬や猫を飼っていたそうですね。
篠原:僕が高校時代から飼っていたのは、ロクという黒い犬で、自主映画時代の題材はロクの散歩中に考えていました。今から思うと、毎晩必ずやっていたロクとの散歩は自分をリセットしたり、物を考える貴重の時間になっていました。どんなに遅くなろうとも必ず家に帰っていたし、ロクも僕が帰ってくるのをずっと待っていましたね。
 
――――まさに青春時代を共に過ごした相棒だったんですね。今回映画の原案本や、颯太のモデルになった太田快作さんにお会いになり、どんな印象を受けたのですか?
篠原:犬を飼っていたのは1980年代で、犬は庭につないで飼うのが当たり前だし、番犬がわりという時代でした。僕は家の中で飼うことに違和感があり、庭で飼うのがちょうどいい距離感でしたが、太田さんを見ていると、治療中も飼い犬のハナコがそばにいて治療を見ているんです。そう考えると、犬というのはかなり濃密に付き合わなければいけない動物なのかなと思いますし、常に犬と一緒に生きている太田さんは凄いなと。
 
――――映画では獣医学部の颯太が外科実習を拒否するシーンもありました。
篠原:太田さんは大の犬好きですが、今のような活動をするに至ったきっかけは、獣医学部時代に外科実習をなぜしなければいけないのか。なぜ生きている犬を殺さなければいけないのかと思ったことなのです。映画でも描いたように、外科実習用に託された犬が逃げたところを林くん演じる颯太が保護したものの、一度学校の人に引き取られてしまい、その犬を渡してしまったことを後悔し、でもその犬が颯太のもとに戻ってきたので、大学の教授も特例として手続きを踏んだ上で颯太が飼うことができたというエピソードは原案にもありますが、太田さんの自伝(著者は本作の脚本、山田あかねさん)「犬は愛情を食べて生きている」にも書かれています。脚本で山田さんが書いたエピソードは彼女が過去に携わったさまざまな犬に関する調査などで得た見識や実例からうまくチョイスしてくれています。一方、中川大志くんが演じた柴崎は外科実習もやらざるを得ないと思っていた人ですが、ドラマとしてバディを狙っていたので同級生という設定になりました。でも柴崎のような苦悩を背負った人物も確かに存在していたようです。
 
――――映画では犬部結成時の大学時代と、現在の2つの時代が描かれますが、これは映画オリジナルですか?
篠原:プロデューサーの近藤あゆみさんから『犬部』映画化を企画するにあたり、2003年の犬部結成が過去の回想ではなく、現在と過去をそれぞれブロックで脚本に組み込んでいく狙いでいきたいと聞きました。学生時代と現在を地続きのように描写していくことに興味を覚えましたね。
 
 
 
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■林遣都、中川大志の役へのアプローチは?

――――林遣都さんが演じる颯太、中川大志さんが演じる柴崎、ともに本当に犬を愛している様子が伝わってきましたが、キャスティングの経緯は?
篠原:クランクインは2020年7月でしたが、2019年終盤に林遣都くんのキャスティングがまず決まり、これでちゃんと映画になるなと思いました。それまでは本当に撮れるのか、いつスタートするのか決まっていませんでしたから。林くんが決まり、相手役で真っ先に候補に上がったのが中川大志くんでしたが、彼も本当に忙しく、スケジュール調整が難しかった。でも林くんとは同じ事務所の先輩後輩で、ふたりともこの作品をやりたがっているということで、多分お互いにスケジュールを調整してくれたのでしょうね。奇跡的にふたり一緒に撮影できる日程を抑えることができました。もし中川くんが無理だったら、全然違う映画になっていたでしょう。
 
――――ふたりの役へのアプローチが真逆だったそうですね。
篠原:林くんは「犬を一匹も殺したくない」と保護活動に入り込む役、中川くんは同じことを目指すにしても違うアプローチをしていく役ですが、ふたりの俳優としての資質で言えば、二人ともそれぞれにアグレッシブですが、中川君の役作りにおいてはエキセントリックに入りこむ場面があり、そこは自分を鼓舞するくらいの集中力が必要。林くんも自分の信念を貫く役柄ですので、かなり自分を追い込んでいったと思いますが、どこか自分を客観視しているクールさを感じました。中川くんにも自分を客観視するものはもちろんありますが、そういうアピローチの違いが垣間見れて面白かったですね。
 
 
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■リアリティを求める俳優と、試行錯誤を重ねた現場

――――犬を一匹でも多く助けるという目標は同じでも、真逆の方法を選んだふたりが対峙するシーンも見どころです。
篠原:今回は林くんと中川くんのふたりの芝居が多く、学生時代の青森県十和田市で撮影したものも多かったのですが、俳優としての資質として、ふたりは設定の背景にあるものを考えたり、彼らなりにリアリティを欲するのです。例えば卒業式のあと、颯太が「一緒に動物病院をやらないか」と柴崎を誘いますが、「違うアプローチをするよ」とわかれていく大学時代のある種の決別シーンがあります。どんな状況でそんな話をするのか考えてみると、卒業式で後輩たちが祝ってくれているなか、肝心の話をしなくてはならないわけで、当初の脚本では「犬部控え室で犬を世話しているときに」と書かれていました。「世話」というのはどんなことをするのか、それが演出に求められることで、最終的には颯太と柴崎、それぞれが犬をと散歩し、颯太は柴崎が帰ってくるのを待つという設定に落ち着いたものの、そこに到るまで結構いろいろなことをふたりと話しているんです。最初僕は、ワンカットで二人が歩きながら話をするのを流れるように撮りたいと言っていたのだけど、やりだすと、やはりきちんと止まって話をする必要性を感じ、設定自体をきちんと見直したりしながら、現場で試行錯誤を重ねていましたね。
 
――――犬たちの名演技と、犬と共にいる林さん、中川さんの自然な演技が作品にリアリティを与えていますね。
篠原:一番最初に秋田が逃がしてしまった犬、ミックは元野良犬で、まさに爪を立てて怯えていたんです。林くんは青森に先行して入り、まずミックと戯れる時間を作ってくれたので、林くんだけに懐くようになっていました。中川くんも少しはコミュニケーションを取ってくれたけれど、林くんほど懐かないようにうまくふたりで計算してくれているんですね。犬に関わる役を演じるという時点で、演じる上でのスタンスが普段とは違っていたのだと思います。犬を通して役に入り込むことが大事だったので、そこをきちんとやってくれているなと思って見ていました。颯太と柴崎がバディであるだけでなく、それぞれが自分の飼い犬とバディであるということを、すごく忠実に演じてくれましたね。
 
――――映画では颯太たちが行う保護犬の譲渡会のシーンもありましたが、篠原監督は参加したことがありますか?
篠原:何度か行ったことはありますし、行くと飼いたくなるのですが、犬を託す側は犬の個性をきちんと教えてあげなくてはいけないし、託される側も本当にきちんと飼えるかどうかを見られるわけです。だから、実際に譲渡する前に何度か対面するというシステムなんですね。保護犬や保護猫を飼うのはいいことだけど、それを今の自分の環境できちんとできるかどうかは別問題なので、諸条件をまずは整えていくことができなくてはいけないのだろうなと思います。
 
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■ある種の現実を切り取ることが大事な作品

――――私自身、ペットを飼ったことはありませんが、人間と動物との関係や、自分が正しいと思ったことを貫く力など、いろいろな気づきを与えてくれる作品ですね。
篠原:僕も最初オファーを受けるとき、単に犬や猫を愛でるような映画だったらイヤだなと思ったんです。この作品は、犬が人間に尽くしまくるような献身的な姿を描くことである種の感動をもたらせるという映画ではありません。たまたま犬の題材ですが、世の中の矛盾や違和感に対して異を唱えていく若者の話だと捉えることもできるでしょう。映画は時に、ある種の現実を切り取ることが大事であるということに自分自身が気づく作品になったとも思っています。
(江口由美)
 

<作品情報>
『犬部!』
(2021年 日本 115分)
監督:篠原哲雄 
原案:片野ゆか「北里大学獣医学部 犬部!」(ポプラ社刊) 
出演:林遣都、中川大志、大原櫻子、浅香航大、田辺桃子、安藤玉恵、しゅはまはる、坂東龍汰、田中麗奈、酒向芳、螢雪次朗、岩松了
7月22日(木・祝)よりTOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、OSシネマズミント神戸、MOVIX京都他全国ロードショー
公式サイト → https://inubu-movie.jp/
(C) 2021『犬部!』製作委員会
 
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「いとは瞬間、瞬間で姿が違うんです」
二人三脚で役作りに挑んだ『いとみち』主演、駒井蓮さん、横浜聡子監督インタビュー
 
 『陽だまりの彼女』の著者としても知られる越谷オサムの原作を横浜聡子監督(『ウルトラミラクルラブストーリー』『俳優 亀岡拓次』)が映画化した『いとみち』が、6月25日(金)よりテアトル梅田、イオンシネマシアタス心斎橋、京都シネマ、26日(土)より元町映画館にて公開される。
世界初上映された第16回大阪アジアン映画祭で見事グランプリと観客賞のW受賞に輝いた本作。人見知りの高校生いとがメイドカフェでのアルバイトや、友達の支え、そして津軽三味線を通じて成長していく姿を、青森の津軽を舞台に伸びやかに描いている。人見知りのいとを青森県出身の駒井蓮、いとの父親役を豊川悦司、伝説の三味線奏者でもあるいとの祖母役を初代高橋竹山の一番弟子、西川洋子が演じ、三世代親子による濃密な津軽弁での会話も見どころだ。メイドカフェの店長やスタッフには中島歩、黒川芽以、横田真悠らが顔を揃え、エンターテインメント色の強い中に女たちの連帯もしっかりと描かれている。駒井が猛特訓したという、いとの津軽三味線ライブシーンも必見だ。
 いとを演じた駒井蓮さんと横浜聡子監督に、お話を伺った。
 

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■伝わったと感じて嬉しかった大阪アジアン映画祭の観客賞(駒井)

―――まずは、大阪アジアン映画祭でのグランプリと観客賞のW受賞おめでとうございます。改めて受賞したときのお気持ちをお聞かせください。
横浜:賞があることは知っていたけれど、受賞することは全く考えていなかったので、グランプリをいただいてビックリしたのが最初の気持ちですね。観客賞をいただけたのも素直に嬉しくて、俳優部やスタッフと早く共有したいと思いました。
 
駒井:大阪アジアン映画祭はアジアの映画をたくさん上映するというイメージが強かったので、監督と同じ印象はあったかもしれません。『いとみち』が完成して初めてお客さまに見ていただいたのですが、こんなに青森色の強い映画をどんな風に見ていただけるだろうかと思っていたので、観客賞をいただけたのは本当に嬉しかったです。私たちが映画を撮るときに伝えたいことはたくさんあるけれど、それがそのまま伝わるとは限らないし、全く別のイメージで伝わるかもしれない。でも観客賞をいただけて、(伝えたいことが)伝わったのかなと思えましたね。
 
―――出身地、青森での撮影はいかがでしたか?
駒井:家族や、私が今まで生きる中で関わってきた人たちがたくさんいる場所なので、心強い反面、仕事をするために上京して6年経つ私が、仕事をしに青森に戻ってきたわけですから、不思議な気持ちにもなりました。津軽の人間を演じるということは、津軽で私が生き直す感覚だったので、逆にそれを地元で見ていただくことの緊張感はありました。新聞などで『いとみち』を撮影するというニュースもよく報じられていたので、友達が蓮絡してくれることもありましたね。
 
 
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■一つひとつ探りながら、積み重ねた主人公、いと(横浜監督)

―――原作では小柄でよく泣くキャラクターだったいとを、映画版ではその逆で泣くことができないキャラクターにしたり、駒井さんが演じる映画版ならではのいとを作り上げていますね。
横浜:最初読み合わせをしたときに、駒井さんの喋り方を観察し、そこからどのようにいとを作り上げていくかを考えました。駒井蓮という人間からどのようにして、歩いたり、しゃべったり、表情を作ったりするいとへ放射線状に広げていけるのか。いとはこういう人物像という、明確なものがあったわけではなく、一つひとつ探りながら積み重ねていった形ですね。
 
駒井:いろいろと試しつつ、いとの断片を掴んでいく。喋り方はこうかなとか、家族とはこんな関係かなと周囲から作り上げていく感じはありました。
 
横浜:学校ではこんな存在だけど、家族のなかではこんな感じだねという話はしました。場所によって有りようが変わる人ではないかと。頑なにこれがいとだと信じこまなくてもいいよと駒井さんには声をかけていました。
 
 

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■いとは瞬間、瞬間で姿が違う(駒井)

―――いとは他人に理解されたいという気持ちもまだ芽生えていない、思春期の真っ只中にいる少女で、彼女の成長が物語の中心ですが、いとの気持ちは想像しやすかったですか?
駒井:自分の思春期のことを思い出すのはすごく恥ずかしいのですが、そういう作業を重ねながらも、なかなかいとの気持ちが自分の中で定まらなかった。撮影中もずっとそうで定まらなかったのですが、相手に対してこういう態度を取るというのではなく、いとはその瞬間、瞬間で姿が違うんです。だからいとの“筋”にたどり着くまでは時間がかかりました。
 
横浜:駒井さん自身は内気ではないし、クラスの中では元気なタイプですよね。
 
駒井:根がマイペースなので、すごく仲の良い人はいる一方で、その時々によって一緒にいる人が違うんです。だから、基本的にクラスのみんなと仲がいいし、最近話が合うから一緒にご飯を食べるけど、次の週は別の友達と一緒にいたり、結構浮遊していますね。
 
横浜:演じる上で、いとみたいな内気な女の子を演じるのは難しいですか?私は(内気ないとは)自分自身と思ってシナリオを書けるけど、俳優は演じるものによって自分と全く違うキャラクターを演じる必要があるじゃないですか。
 
駒井:基本的に、自分の中にあるどこかの要素を拡大していく感じです。たまにクラスの中心に立つけれど、日頃はあまり目立たないような、立ち位置の定まらない友達を想像しながら演じましたね。学園ものは人気者、委員長、盛り上げ役という役割が往往にしてありますが、そのどれにも当てはまらない人がいとのイメージでしたね。
 
 

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■三味線を弾くと、ひとりの世界で闘っている感じ(駒井)

―――なるほど。もう一つ、いとの気持ちを掴む上で欠かせないのが津軽三味線です。相当練習され、映画でも見事な演奏を披露されていますが、津軽三味線を演奏しての感想は?
駒井:すごく面白いです。ギターやピアノのようでもあるけれど、もっともっと孤独な楽器だと思います。指の痛さや、バチで叩いている時の力も、そこで鳴らす音も全て自分の世界であり、だからこそとても孤独な楽器だと感じる。いとも劇中で目を閉じて弾いていますが、ひとりの世界で闘っている感じがあるし、私自身も闘った感じがありましたね。
 
―――津軽三味線名人で祖母役の西川洋子さんと二人で演奏するシーンも見事でした。
駒井:ふたりでドキドキして、手を繋いでいました(笑)。西川さんも映画の中で芝居として弾いた経験もないし、ふたりで演奏するということもないので、カメラが回る瞬間までお互いにずっと練習していました。弾きながら相手の呼吸や表情を視界に入れる必要があったので、本番まで「あーやばい!」「間違ったらごめんね」という感じでしたね。
 
 
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■女性の生き方を感じながら演じたメイドカフェのシーン(駒井)

―――いとがアルバイトで働くメイドカフェのシーンは、横浜監督も現代に女性性の強い場所をどのように描くかで悩まれたそうですが、いとと先輩スタッフたちとのやりとりやお客とのエピソードが豊かでかつフェミニズム的要素がしっかり含まれていましたね。
駒井:女性の生き方(フェミニズム)は自分の中でとても興味のある話題だったので、それを感じながら演じていました。私は男女を超えたものがあると思うし、中島歩さんが演じた店長はまさに独自の世界観がありました。メイドカフェのシーンは、いろいろな人と関わり合っていくなかで生まれる人間の面白さを感じましたし、お兄ちゃんお姉ちゃんと一緒にいたようで、私自身も完全に頼り切っていました。
 
―――横浜監督は撮影前、実際にメイドカフェに行かれたそうですね。
横浜:2回ぐらい行って、「萌え萌え、キューン」を低い声で、低いテンションでやってきました。私自身、楽しむより恥ずかしさの方が優ってしまって、ダメですね(笑)。メイドさんたちから本当にお客様を楽しませようとする心意気が感じられ、かといって、それを押し付けてくるわけでもない。女性のお客様も多いし、それぞれの時間を過ごして、たまに「萌え萌え、キューン」をやるという、なかなか日常では体験のできない空間です。
 
 

■いとと早苗はお互いに片思いしている距離感、初々しさを出して(横浜監督)

―――いとの心の支えになったのが同級生の早苗で、最初は電車内でのアイコンタクトが徐々に距離が近づいていく様子も、微笑ましかったです。
駒井:べったりいっしょにいる友達ではないけれど、見えないところでお互いが好きというか隠れて繋がっている。私の中では結構珍しい関係性の友達ではありますね。よく監督に「初々しさを」と言われていたので、名前を呼び合ったり、お互いに自分のことを打ち明けたりするシーンもまさにそれがテーマでした。
 
横浜:早苗が三味線というものを初めて見て、初めて触らせてもらうときの初々しさとか、初めて見たものにどのように接するのか。いとと早苗はお互いがお互いに片思いをしているような距離感のなか、はじめていとが早苗の家に行くわけで、恥ずかしさと初々しさが混じり合うような感情が見えましたね。学校とは違うふたりの一面が見えたと思います。
 
―――豊川悦司さん演じる、思春期の娘と自分なりのやり方で距離を縮めようとする父はいとにとってどんな存在だったのでしょうか?
駒井:二人とも不器用ですよね。性格が似ている家族は距離ができてしまうと思うのですが、似ているがために真正面からうまく向き合えない。相手のことを思っているからこそうまくいかないというのは、ちょっと恋にも似ていますね。豊川さんとは現場でほとんどお話することがなかったのですが、豊川さんがクランクアップする日に、青森の美味しいご飯屋さんを聞かれたり、身長の高さについてワイワイと話をできたのが思い出です。
 
 

■常にフラットで、ちゃんと吸収できる人間でいたい(駒井)

―――最後に駒井さんがこれから目指していきたいことは?
駒井:大学に入って、自分が知らないだけで、世の中には無限に仕事があることを知ったので、自分で向いていないと決めつけるのではなく、何事も試してみる精神でいきたいですね。こだわる人間でいたい一方、こだわりすぎない人間でいたい。常にフラットで、いつでもいろいろな人やものからの刺激をちゃんと吸収できる人間でいたいです。
(江口由美)
 

 
<作品紹介>
『いとみち』Ito  (2021年 日本 116分)
監督・脚本:横浜聡子
原作:越谷オサム「いとみち」新潮文庫刊
出演:駒井蓮、豊川悦司、西川洋子、黒川芽以、横田真悠、中島歩、古坂大魔王、宇野祥平
公式サイト → http://www.itomichi.com/
6月25日(金)よりテアトル梅田、イオンシネマシアタス心斎橋、京都シネマ、26日(土)より元町映画館にて公開  
(C)2021「いとみち」製作委員会
 

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