レポートインタビュー、記者会見、舞台挨拶、キャンペーンのレポートをお届けします。

2018年11月アーカイブ

 

suzukike-bu-550.jpg

(2018年11月5日(月)なんばパークスシネマにて)
登壇者:原日出子さん、木竜麻生さん、野尻克己監督(敬称略)



悲しみを乗り越えようとする一所懸命さに可笑しみが滲む感動作


長年引きこもりだった兄が自殺してしまった。そばには左手首に傷を負った母が倒れていた。残された妹と父は、記憶を無くした母のために兄が生きているよう一所懸命に嘘をつく。親戚や友人を巻き込んで兄の生存を装う――ただでさえ自殺されたショックは大きいのに、母親を気遣ってつく嘘にこの上なく優しさを感じさせる。監督デビュー作となる本作は、監督自身が自らの実体験を基に脚本を書いたという。悲劇的な出来事にユーモアをバランスよく練り込んだ、優しい嘘から始まる家族の再生と絆の物語は、新たな家族の物語として広く共感を得ることだろう。


suzukike-550.jpg先ごろ開催された【第31回東京国際映画祭】で、活性化する日本映画の多様性を世界に紹介することが目的の《日本映画スプラッシュ部門》で作品賞を受賞。さらには、妹を演じた木竜麻生は、宝石の原石(ジェムストーン)の様な輝きを放つ若手俳優に贈られる《東京ジェムストーン賞》を受賞している。自殺した兄を加瀬亮、家族をこよなく愛する母を原日出子、息子の足跡を辿ろうとする不器用な父を岸部一徳、母の弟で気のいい叔父を大森南朋、父の妹で唯一常識的な物言いをする痛快な叔母に岸本加代子。巧みな脚本に個性と演技力で惹きつける本作の魅力は、じわじわと心に沁みる新鮮な感動となって心を癒してくれる。


公開を前に開催された上映会の舞台挨拶に、原日出子、木竜麻生、野尻克己監督が登壇。作品にかける思いや撮影中の秘話などについて語ってくれた。

以下に詳細を紹介致します。



suzukike-bu-240-2.jpg――今回の役について?
原:家族の話ですので、どなたにも共感して頂けると思います。台本を読む前に、野尻監督の初監督作の出演オファーということで、デビュー作によんで頂いてとても嬉しかったです。でも、台本を読んで「私で大丈夫かしら?」と心配になりました(笑)。


――ベッドから落ちたりいろいろと体当たりの役でしたね?
野尻:原さんにお願いしたことは、人間としての母親は勿論ですが、根源的な本能を出してほしいことです。ベッドから落ちるということもその一つです。

原:記憶を失う前の緊迫した状態を体が覚えていて、どこかへ行こうとしてベッドから落ちました。


suzukike-bu-240-3.jpg――原さんにこの役をやってほしいと思った理由は?
野尻:原さんの日本のお母さんというイメージを壊したいな思いました。原さんは役の幅が広い方だと思っていたので、心が壊れる瞬間を撮りたいなと思ってお願いしました。


――木竜さんはワークショップがあったとか?
木竜:まず面接を受けて400人の中から6人になって、4日間ワークショップを受けてから役が決まりました。ワークショップでは脚本の中の富美が関わるシーンはすべて監督とお話をしながらやらせて頂きました。


――木竜さんのどんなところに注目したのですか?
野尻:木竜さんの第一印象は、素朴なんですが芯がある女優さんだなと思いました。例えれば、『Wの悲劇』の薬師丸ひろ子さんみたいに、自分をむき出しにしてほしいとね。シリアスなテーマですからしんどいシーンもあるのですが、それを明るくしたかったので、木竜さんの笑うと画面が明るくなるのを活かしたいと思いました。

suzukike-bu-240-4.jpg
――木竜さんは、喪失感やいろんなものを受け止めなくてはならない役ですが?
木竜:映画の中のそれぞれの人がいろんなものを感じながら演じる現場でしたが、原さんをはじめ共演者やスタッフの方に引っ張って助けて頂きました。


――シリアスだけどクスクスっと笑えるシーンが多いですよね?
原:シリアスなんだけど笑える。人って一所懸命やればやるほどおかしい様もありますよね。リアルだからこそ可笑しい、生きていくってそんなもんだと思います。


――脚本を書く上でバランスを考えたのですか?
野尻:僕は「笑えない映画は好きじゃない」というのが根本にあり、元々喜劇が好きなんです。大真面目に嘘をつくところに家族の裏の心を描いたつもりです。そこをしっかり描けない内に笑いだけをとる気はなかったので、楽しんでもらえる作品になっていると思います。


suzukike-500-4.jpg――岸部一徳さんについて?
野尻:お父さんが風俗店へ行くシーンがあるのですが、風俗が一番似合うのは岸部さんかな?(笑)無口であることもあり、岸部さん以外あり得ないと考えました。


――原さんは岸部さんとの共演は如何でしたか?
原:私は岸部さんの大ファンなんです!何本かご一緒したことはありますが、直接絡むことがないお芝居だったので、一度でいいからちゃんとお芝居をしたい!と思っていたので、お父さん役が岸部さんだと聞いて飛び上がって喜びました。本当に夢が叶ったと思いました。ドキドキしながら現場に行ったら、ナチュラルで優しくて温かくて益々ファンになりました(笑)。


suzukike-500-2.jpg――木竜さんはこのような両親で如何でしたか?
木竜:岸部さんがお父さんで、原さんがお母さんなんて、こんな幸せなことはないですよね。お二人には本当によくして頂きました。食事の時も私を待って下さり一緒にお食事しました。本当の鈴木家の家族のように、ずっと一緒にいるような雰囲気を作って下さいました。


suzukike-bu-240-1.jpg――弟役の大森南朋さんについて?
野尻:ハードな役を演じられることが多い方ですが、実際はふわふわしていて優しい方です。お兄さんの大森立志監督はよく存じ上げているのですが、優しくて人間大好きなタイプです。芸能界を自由に生きておられる方なんで、その浮遊感が出ればいいかなと思いました。

原:「お姉ちゃん」と呼ばれることに何の抵抗もありませんでした(笑)。私の弟にもちょっと甘えん坊な感じが似ていて、優しくてとても自然な感じの方でした。


――妹役の岸本加代子さんについて?
野尻:僕は本編を何度見ても岸本さんのシーンで泣いちゃうんですよね。この家族は一変して非日常に持っていかれるんですが、「それじゃいけないよ」と客観的な立場で物言う人なんです。残された家族は悲しんでいいかどうかも分からない状態なのに、一番悲しんでいる人なんです。熱いキャラで直情的な人。直情的な人って優しい人が多くて、その辺りが表現できればいいかなと思います。


suzukike-500-3.jpg――突然亡くなる息子の加瀬亮さんについて?
原:凄い存在感ですよねぇ。繊細なニュアンスを出せる俳優さんです。役に入っているときはぐ~っと真剣な表情だったのですが、普段は明るくてよく喋る人です。立った姿が家の息子にそっくりで、何の感情移入も要らず、ずっと本当の息子だと思ってやってました。


――木竜さんは凄い役者さんたちと共演したんですね?
木竜:撮影が終わってしばらく経ちましたが、「あれは夢だったのかな?」と思ったりすることがあります。こうした舞台挨拶などで再びお会いすると、「やっぱり好きだな~」と思います。素敵な方々とご一緒できて、とても大事な作品になりました。

原:これからもっと凄い人と仕事するから大丈夫よ。ほんとに楽しみです!
 


suzukike-500-1.jpg

『鈴木家の嘘』

【STORY】
長年引きこもりをしていた兄・浩一(加瀬亮)が部屋で自殺した。その傍には手首に傷を負った母・悠子(原日出子)が倒れていた。母はようやく意識が回復したものの直近の記憶がない。母が再びショックを受けないよう、妹・富美(木竜麻生)と父・幸男(岸部一徳)は叔父(大森南朋)や叔母(岸本加代子)の力を借りて兄が生きているよう嘘をつく。そんな中、兄を自殺に追い込んだと思い込み自責の念に苦しむ富美。父は息子を理解してあげられず後悔して、息子の足跡を探そうとする。バラバラだった家族が兄の死をキッカケに一つになって母を守ろうとするが……。


(2018 年/日本/上映時間:133 分)
・監督・脚本:野尻克己
・出演:岸部一徳、原日出子、木竜麻生、加瀬亮、岸本加世子、大森南朋
・配給:松竹ブロードキャスティング、ビターズ・エンド
公式サイト: http://suzukikenouso.com/
・コピーライト:(C)松竹ブロードキャスティング

2018年東京国際映画祭スプラッシュ部門作品賞、ジェムストーン賞(木竜麻生)


2018年11月16日(金)~なんばパークスシネマ、シネ・リーブル梅田、MOVIX 京都、神戸国際松竹 他にて全国ロードショー!


(写真・記事:河田 真喜子)

太賀さんTOP3.jpg
 
母からどんなに辛い仕打ちを受けても、母との絆を取り戻すべく、勇気を出して向き合った青年の実話を元にした映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』が、11 月16日(金)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹他全国ロードショーされる。
 
歌川たいじが自身の過去を振り返り、壮絶な母子関係を綴ったコミックエッセイを、『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』の御法川修監督が映画化。社会人になったタイジを演じる太賀と、母を演じる吉田羊の確執を超えて向き合うようになるまでの日々に加え、タイジを支えた友人たちや、幼い頃タイジが慕っていた婆ちゃんと過ごした日々も描かれ、辛い描写だけでなく、愛や友情にも満ちた物語になっている。幼い頃、母や周りから植え付けられたトラウマを乗り越え、心の闇を抱えた母と向き合う主人公タイジを演じた本作の主演、太賀さんにお話を伺った。
 

 
hahaboku-550.jpg
――――最初脚本や原作を読んだ時の感想は?
太賀:脚本だけ読むと悲しいことの連続なのですが、マンガの原作は歌川さんの描く絵のタッチが柔らかく、とても可愛らしい。コミカルで、優しさや温かさがある物語でした。ただ悲しいだけではなく、それを乗り越える力や、人と人とが寄り添っていくことの方がより濃く描き出されていたのです。様々な困難を乗り越えた歌川さんの実人生を演じるのに、生半可なことはできないと思っていたので、これなら演じる上での糸口があるなと感じました。
 
 

■歌川さんに直接聞かず、自分なりに想像し、考えて望んだタイジ役

――――幼いころ親に虐待を受けたタイジを演じるにあたり、どんな役作りをしたのですか?
太賀:見た目のアプローチより、精神面のアプローチ、つまり歌川さんがその時どう感じていたのかを自分なりに掘り下げていく作業でした。歌川さんは撮影現場に、映画でも登場する手作りの混ぜご飯をスタッフ分差し入れして下さったり、撮影がしんどくなった時は手作りのお菓子を差し入れたり、声をかけたりして支えてくれていました。歌川さんに「この時どう思っていたんですか?」と聞く機会はいっぱいあったのです。でも、あえて聞かなかった。歌川さんの話を聞いて、その時の気持ちを知った気にはなりたくなかったし、このシーンのタイジはどんなことを考えていたのかを自分なりに想像し、考えていかなければ、歌川たいじが経験してきたことを僕が体感できないと思っていました。想像力との勝負で、そんな僕を歌川さんは見守ってくれました。ただ、佇まいを取り入れられたらいいなと思って歌川さんの様子はめちゃくちゃ観察していましたし、「今日寒いですね」というたわいもない会話もたくさんして、コミュニケーションはすごくとっていましたね。
 
 
 
hahaboku-500-3.jpg

■役作りは、「お互いが影響し合う中で生まれるいびつさ」が理想形

――――タイジ役は、ご自身の想像力との勝負だったということですが、他の作品でも太賀さんが演じるキャラクターは、とても自然に見え、かつすごく説得力があります。日頃、演じる上で心がけていることはありますか?
太賀:撮影に臨む前は、こういうキャラクターで、こういう思いを持っていて、こういう目的でこの場所にいるという根底にある部分を自分の中に作って行きます。現場に入ると、目の前にいる役者さんとのやりとりや、監督の演出が加わり、自分が元々描いていた輪を色々な所から引っ張ってもらい、いびつな形になる。それが役としての自然な形なのかなと思っています。お互いが影響し合う中で生まれるいびつさが、僕の理想の形ですね。
 
 
 
hahaboku-500-4.jpg

■木野さん演じる婆ちゃんは「僕が思い描いたものより、はるかに温かく、優しかった」

――――木野花さん演じる婆ちゃんは、小さい頃からタイジの実のお婆ちゃんのような存在でタイジの心の拠り所でした。長い別れを経て、余命少ない婆ちゃんと再会するシーンは映画の最初のクライマックスでもありますが、撮影のエピソードを教えてください。

太賀:タイジの幼少期を演じた小山春朋君と木野さん演じる婆ちゃんのシーンは多いのですが、青年になったタイジ役の僕と婆ちゃんとのシーンは1日で撮影し、まさにその日が本作で木野さんとの初顔合わせで、どんな感じになるのか想像がつかなかったのです。本当に外せないシーンで、どうにかしなくてはという気持ちで現場に臨んだのですが、木野さんは本当に素晴らしかったです。本番までに言葉を交わすことはほとんどなかったのですが、いざ本番が始まると、僕が家で脚本を読みながら描いていた婆ちゃんの芝居よりもはるかに温かく、はるかに優しい婆ちゃんがそこにいました。僕一人で考えて、現場に持ち寄ったものが、いい意味で変化していく。木野さんにはすごくいい方向に引っ張っていただき、一緒に演じている瞬間、僕をすっと「タイジ」にしてくれました。

 
――――婆ちゃんとの再会以降も様々な転機がタイジに訪れますが、作品を通して、タイジの気持ちの変化をどのように表現したのですか?
太賀:物語の中で、何度かタイジの節目になるようなところがあります。例えば友達4人の海辺のシーンで「こんなに嬉しかったことはなかったかも」というセリフがあるのですが、自分自身の感動を更新する瞬間の表情は、意識的に自分なりの表現を目指しました。
 
 
 
hahaboku-500-2.jpg

■底抜けの明るさと真面目で繊細という二面性のあるキミツ役の森崎ウィンは「バチはまり」

――――正反対のように見えて、お互いの本性を瞬時に見抜き、あっという間に親友となるキミツ役の森崎ウィンさんとのコンビが楽しく、また、タイジを支える重要な役でしたが、共演した印象は?
太賀:森崎ウィン君とは同じ事務所で、以前ミュージカルで共演したことはあったのですが、映画では初共演です。僕は役者畑で、彼は同じ役者向けのレッスンを受けていたのですが、途中からダンスボーカルユニットPrizmaXに加入し、アーティスト活動を頑張り、最近は再び役者の方でも頑張っています。10年以上お互いに違う道で切磋琢磨をしてきた訳で、このタイミングで共演できるのはすごく嬉しかったですね。キミツという難しい役を誰がやるのかと思っていたら、ウィン君に決まったと聞き、彼なら絶対にできると思いました。彼の持っている底抜けの明るさと、根は本当に真面目で繊細な所であったり、人のことをよく観察している。そういう二面性がキミツにはあるので、バチはまりだなと。
 
――――太賀さんも森崎ウィンさんも、今回難しい役を演じていますが、お互いに相談をしあうことはあったのですか?
太賀:今回ダンスシーンがあるのですが、僕はダンスが苦手なので、ウィン君が手取り足取りして振り付けを教えてくれました。撮影の合間のダンス練習も付き合ってくれましたし、とても感謝していますね。
 
 
 
hahaboku-500-1.jpg

■母役、吉田羊とのシーンは「とてもいい緊張感」。最終的には様々な起伏を経て溶け合うイメージに。

――――大人になったタイジは、体罰を加えた母の心の闇を知り、追い詰められていた母と向き合い、彼女を救います。それに到るまでの壮絶な母と息子の物語を演じた吉田羊さんとの撮影について教えてください。
太賀:母から拒絶されている役なので、現場では僕の気持ち的に、どのようにコミュニケーションを取ったらいいのか分からない。現場を離れても羊さんのことばかり考えているのですが、いざお会いすると、何を話したらいいか分からないのです。おそらく羊さんもそのような母役なので、必要以上にコミュニケーションを取ろうとされなかったです。いざ本番が始まると壮絶なバトルが始まる訳ですが、演じる上ではとてもいい緊張感で、とても濃密な時間でした。罵声や虐待が重なっていく中で、「どうして分かってくれないんだ。もっと自分のことを分かってほしい」という思いが膨らんできましたし、そういうテンションを維持しながら、ラストの土手のシーンに持っていけたらいいなという気持ちで演じていきました。そして、ラストでは溶け合いたいという気持ちがありました。今まで張り詰めていたものが、色々な起伏を経て、最終的には溶け合っていく。そんなイメージでした。
 

太賀さん.jpg

――――最後に、かなりいびつではあっても「息子から母への全力のラブレター」のような母と息子の物語に主演しての感想や、これからご覧になる方へのメッセージをお願いします。

太賀:誰かを救うとまでは言えなくても、タイジが母と向き合う姿はとても勇気をもらえるのではないかと思います。悲しみを乗り越える勇気のある物語ですし、観終わった後に、お母さんのことを思ってもらいたい。誰しもが愛される権利を持っています。この作品をぜひ劇場で見て、何かを感じ、持ち帰ってもらえると嬉しいですね。

(江口由美)
 

<作品情報>
『母さんがどんなに僕を嫌いでも』(2018年 日本 104分) 
監督:御法川修
原作:歌川たいじ「母さんがどんなに僕を嫌いでも」KADOKAWA刊
出演:太賀、吉田羊、森崎ウィン、白石隼也、秋月三佳、小山春朋、斉藤陽一郎、おかやまはじめ、木野花他
2018年11 月16日(金)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹他全国ロードショー
公式サイト⇒http://hahaboku-movie.jp/
(C) 2018「母さんがどんなに僕を嫌いでも」製作委員会
 
DSCN7944.jpg
 
250年間平和な世が続いた後、開国を前に揺れる幕末期を舞台に、池松壮亮、蒼井優を迎えて描く塚本晋也監督初のオリジナル時代劇『斬、』が、11月24日(土)よりユーロスペース、12月1日(土)よりシネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、京都シネマほか全国順次公開される。
 
農家の手伝いをしながら、日々剣の稽古を怠らない実直な浪人、杢之進(池松壮亮)が、通りすがりの剣の達人、澤村(塚本晋也)と出会い、武士の本分を果たす決意を固めるところから始まる物語は、人が超えてはいけない一線を超えてしまう瞬間を捉えた物語でもある。池松壮亮がどんどん精神的に追い詰められていき、ある決断に及ぶ杢之進を全身全霊で演じ、今年の主演男優賞と呼んでも過言ではない凄みのある演技を見せている。杢之進に想いを寄せるゆうを演じる蒼井優の存在感も見逃せない。舞台は幕末だが『野火』に通じる、とても普遍的なテーマが根底にある作品だ。
20年間温めていたアイデアを一気に映画化したという塚本晋也監督に、お話を伺った。
 

zan-550.jpg

 

■ベテランなのに新人のような初々しさを保ち続けている池松さんの出演決定で動き出した『斬、』。

――――20年間「一本の刀を過剰に見つめる若い浪人」というアイデアが頭にあったそうですが、いよいよ映画化すると決めた時に、主演の杢之進は最初から池松さんを想定していたのですか?
塚本:『野火』の後に何を撮ろうかと考え、この時代劇を撮ろうと決めた時から、池松さんに杢之進を演じてほしいと思っていました。ここ数年の池松さんの作品を何本か拝見し、とても自然な感じの演技をなさるので、素晴らしい新人さんが現れたのかと思っていたのです。初々しいアンテナの塊のような感じがする池松さんを見て、初々しい今の池松さんに僕の時代劇へぜひ出てほしいと思ったところ、実は子役時代から活躍しているベテランであることを後になって思い出しました。ベテランなのにこなれず、こんなに新人のような初々しさを保ち続けていらっしゃる。それは池松さんの素養であり、実力で、なおさら出演してほしいと思ったのです。
 
――――今回は忙しいスケジュールを空けて、オファーを快諾されたそうですね。
塚本:オファーをする前に、池松さんの方からマネージャーさんを通して僕の作品に興味があると連絡を下さいました。まだ内容も定まっていない時でしたが、それなら時代劇をやるしかない!と、思いました。最初お会いしたのが春で、物語は夏を想定していたので、あまりにも時間がなさすぎるし、夏は池松さんのスケジュールも詰まっていたのでいったんは諦めました。でもその後、夏のスケジュールが空いたと池松さんサイドからご連絡を頂いて、さらに時間はなくなっていましたが、このタイミングを逃したらずっと先になってしまうと思い、すごい勢いで準備、撮影を駆け抜けました。夏恒例の『野火』全国行脚がすでに決まっていたので、さらに過酷な日々になりました。
 
 

■過去を通して描くことで今や、これから起こりうることを考える。

――――時代劇の時代設定を幕末にした理由は?
塚本:以前から幕末ものは興味がありましたが、今回は時代考証の先生に今自分がやりたいことを伝えたところ、幕末がちょうどいいと。250年平和に過ごし、ペリーの黒船来航の後、開国か否かを巡り、だんだん国内が血生臭くなっていきます。時代の変わり目で、次の時代には大戦争に突入していく訳ですが、その時代と今の時代は似ています。70年以上戦争がなかったものの、だんだんと戦争ができる状態になってきていますし、そのまま次の時代に行くと恐ろしいことになってしまう。過去を通して描くことで、今に照り返して感じることができるのではないかという狙いを込めました。
 
――――農家の手伝いや用心棒、市助の稽古をする等、杢之進の本当に質素な武士の暮らしが描かれているのが新鮮でした。
塚本:いざという時には戦に臨む準備は出来ているつもりなのですが、本当に戦が起きたらどうなるのか。それこそ、今の若い人たちが戦争に行ったらどうなるだろうという気持ちで杢之進を設定しています。
 
 

zan-500-1.jpg

 

■身体能力と演技が一体となった池松さん。相当な集中力なのにさりげないのが素晴らしい。

――――杢之進を演じる池松さんの殺陣の動きが見事でしたが、本格的な殺陣は初経験だそうですね。
塚本:池松さんは、身体能力と演技は一体であると信じて演技をしていらっしゃり、僕はそういう俳優さんが大好きです。顔だけではなく、全身から出るオーラが演技だと思っているので強く共感しました。殺陣は本格的にはこの映画で初めてやったそうですが、すごく覚えが早い。殺陣のシーンも挑み方がすごくて、下に石がある場所でも勢いよく転がるのです。僕が心配になって「大丈夫ですか?」と声をかけると、「大丈夫です!」とケロッというのですが、後で腕を見ると傷の上にまた新しい傷があって、大丈夫の基準が僕と違う!と驚きました。洞窟の中の壊れた小屋に飛び込んでいくシーンも、池松さんが「目だけカバーすれば大丈夫ですから!」と言ってどんどん前に進んでくださったんです。相当な集中力で演じて下さったと思います。それでも現場をピリピリさせることはなくて、さりげない。それが本当に素晴らしかったですね。

 

■もう一つの主役、刀に人と暴力との関係や、道具との関係を収束させる。

――――映画は刀ができるところから始まり、刀の音で終わります。刀が重要な役割を果たす作品ですが、どんな思いを込めているのでしょうか? 
塚本:もう一つの主役は刀です。刀が生まれてからどのような変遷を経て、どう使われるのかという話です。人が最初に出会うシンプルな道具は、鉄の塊です。農耕など食を得るために使われますが、叩いて動物を殺したりと、暴力の道具としても使われるようになります。『野火』では鉄が恐ろしい戦車になったり、数々の武器になりましたが、戦争の時代から時を遡り、この映画では刀一本に凝縮させました。人と暴力との関係や、道具との関係をぎゅっと収束させ、シンプルにそのことを見つめられないか。そういうテーマで作っています。
 
――――塚本監督は、杢之進の運命を変える澤村を演じています。杢之進を実戦で通用する刀の達人に育てようとする師匠的役割を果たし、物語の鍵を握っていますね。
塚本:当時では有能な剣の使い手でもあるし、映画を見ている人も拍手喝采を送っているうちに、いつの間にか目の前に刀を向けられる。そういう印象の映画になればいいなと思っています。
 
――――杢之進の人生を変えてしまうぐらい、とことん追い詰める凄みがありました。
塚本:だいたい僕の役は、主人公をストーカーのように追い詰める役なので・・・。杢之進は外交的な手腕があり、村にやってきた無頼漢の浪人たちと対話を試みるのですが、僕の演じる澤村が時代の波とともに杢之進を追い立てていきます。とてもシンプルな映画ですが、自分の言いたいところがすっきり入っています。
 
 
 
zan-500-4.jpg
 

■ゆうは、一般民衆の代表的役割をも内包した役。

――――蒼井優さんが演じる杢之進に想いを寄せるゆうも、杢之進同様、運命が変わってしまう複雑な役を演じていますが、物語でどんな役割を担わせたのですか?
塚本:ゆうには、一般民衆の代表的役割も込めています。弟や好きな人が戦争に行きそうになればその身を案じるのですが、怖い人が村を圧迫していると感じると、シンプルにやっつけてほしいと思う。それを自分の見えない所で退治をしてくれると、「やった!」と喜ぶ訳です。太平洋戦争の時にフィリピンで負けていても、新聞で「勝った」と書かれていると一般の人たちが喜んだのと同じです。実際には血みどろの戦いなのに、それを目の当たりにしない限りは、そういう想像力が働かない。蒼井さんはそういう役を典型的にせず、さまざまな女性の顔で自然と実感がわくよう魅力的に演じてくださいました。蒼井さんには最初に、『野火』という戦争映画に時間を遡って繋がる映画であることをお伝えしました。 
 
――――だんだん血生臭くなっていく物語の中で、杢之進とゆうのミニマムな描写ながらエロチシズムを感じるシーンが印象的でした。
塚本:理屈で考えていたわけではないですが、暴力的なことをするかしないかというジレンマと、エロチシズムは繋がるのではないかと思っていました。実はエロチシズムのない脚本もあり、それも面白かったのですが、いざやろうとすると面白いと思えなかった。やはり本能的な情動が映画にないと面白くないと気づき、エロチシズムのある方を取ったんです。
 
 
 
 
zan-500-2.jpg
 

■様々なシーンを積み重ねた先の最後、どちらを選ぶのかは池松さんにお任せした。

――――終盤は森の中でアクションを交えての撮影でしたが、現場の様子は?
塚本:とにかく時間がなくて、猪突猛進の現場でした。池松さんとはまるでセッションをしているかのように、その瞬間、瞬間でアンテナを立てまくりました。相手がどう出るから、こちらがこう返すという具合に、瞬間的なことを刈り取って行く感じでした。池松さんが様々なシーンを積み重ねた先の最後にどちらを選ぶのかは、その時にならなければ分からない状況でした。最初に一度は通しで基本的なことをやったのですが、後は現場でのお楽しみという感じで池松さんにお任せしました。僕は自分が演じるとき脚本で“泣く”と書かれていると、「泣くかどうかは分かりませんよ」と言いたくなるんです。“感情が高まる”というのなら分かるのですが、物理的なことは自分の脚本に書きたくないと思っていますし、感情の流れの中で自然に演じてくださいと言っています。
 
――――そういう撮影は、塚本組ならではでしょうか?
塚本:いや、僕の映画は割と細かくネチネチとやる方で、いつも撮影期間がとても長いんです。昔は1年間撮っていましたし、30代は4ヶ月、それ以降はスタッフが育ったので2ヶ月ですが、それより短くなることはなかった。3週間は今までにないですが、今回は主役があの二人なので2週間でもいいと思った。照明でお待たせするよりは、テーマをはっきり決めて、照明ではなく二人の温度を撮るんだ!二人さえいれば、昼は自然光、夜はロウソクの灯りで映っていなくても息の揺らぎが入ればと。そう言いながら、実際は照明待ちをさせてしまったこともあったのですが(笑)。
 
――――『野火』も自然の中でしたが、今回も見事な農村地帯で自然に囲まれたロケーションです。
塚本:山形県の庄内で全て撮りました。『野火』以降は、こんなに綺麗な自然の中で人は何をしているのかという気持ちを込めているかもしれません。普遍性と言いますか、その時のしがらみがなければ、自然の中に人と人がいるだけです。映画でも皆が仲良く遊ぶシーンがありますが、しがらみが入ってくると同じ森の中で人と人とが戦わなければいけない。はっと我に帰れば、ただの人と人なのに。
 
 

■石川さんの未公開音源も採用し、対話しながら作り上げた音楽。

DSCN7931.jpg

――――今まで塚本監督の作品の音楽を手がけられ、本作にも携わる予定だった故石川忠さんのエピソードをお聞かせいただけますか?
塚本:この映画をやろうと勢い込んでいる時に石川さんと会う機会があり、音楽担当を快諾いただいたのですが、撮影が終わった頃に具合が悪くなられ、編集中に再度「やります」と言っていただいていたものの、12月に亡くなってしまわれました。いつも編集を見た後で打ち合わせをするので、今回は残念ながら編集途中だったので映像を見ていただくことはできなかったんです。ただ石川さん以外の人に頼む気にはどうしてもなれず、石川さんとの長いお付き合いを振り返るつもりで、今まで僕の映画につけていただいた音楽を全部聞いて、それを映画につけました。最初はCDの曲でと考えていたのですが、それでは足りなくて。さらに映画に使ったものでCD化されていないものも探しましたし、それでも足りなかったので、石川さんの奧さんにお願いし、石川さんの自宅にあり、まだ世に出ていない音源を聞かせてもらい、ようやく形になりました。 
 
――――今回の音楽は石川さんの集大成になりましたね。
塚本:生きている石川さんの意思は入っていませんが、石川さんがこうするとどういう返事をするかは、石川さんの声の調子まで僕の中に入っているので、ごく普通に「どうっすかね〜」「いいんじゃなすか〜」みたいな感じで貼っていきました。
ヴェネチア映画祭の公式上映の前に、1400人ぐらいが入るシアターでプレス上映があり、エンディングの前に様子を見に行ったのですが、驚くほど賑わっていて、エンドロールで石川さんの名前が出ると拍手喝采が起こっていたので、そこは感動してしまいました。
 
 

■みんなが戦争は正しいと動いてしまうと、抗うのは難しい。その前に何とかしておかなければ、もはや頑張る美談すら作れない。

――――人間が追い詰められるとどうなるか。『野火』に通じる普遍的なテーマです。
塚本:みんなが戦争は正しいと動いてしまうと、それに抗うのは難しい。その前になんとかしておかなければいけないと思います。映画の中でしたらそこで若い人ががんばって違う道を達成する姿を描きますが、みんなが同じ方向に向いてしまうとー。そういう時代に少しでも近づかないようにするのは大人の責任と思います。日本で優しいお父さんだった人が戦争に行き、上官に捕虜を銃剣で突き刺せと命令され、いやだけど断ると自分が上官に殺されるので捕虜を突き刺したところ、ドンと腹が据わり充足感を味わったそうです。そこからは上官に求められる人に変わってしまった。つまりそういう状況を作り出すというのが、大人が一番やってはいけないことです。その中で「僕は殺さなかった」という美談を作り出すことなんて、もはやできません。
 
 
 
zan-500-3.jpg
 

■塚本組に初参加の池松さんと蒼井さんは、夜、星を見ながら「幸せだ」

――――ヴェネチアにもご一緒された池松さんと蒼井さんは初めての塚本組での撮影にどんな感想を持たれていたのでしょうか?
塚本:結構喜んで下さったみたいなので安心しました。今回はプロに入ってもらいましたが、たいへんにミニマムな現場ですし、お二人は大作でも活躍されているので申し訳ないと思っていたのですが、かえって現場の純粋性を喜んで下さり、手を貸してくださいました。蒼井さんの周りの草を濡れた状態にしたかった時、蒼井さんがジョウロで水を撒いて下さったこともありました。通常、俳優さんは段取りが整うまで別の場所で待っているのですが、最初から近くにいてすぐ参加できるように様子を見てくれていました。
 
――――お二人も今までにない撮影で、充実感を覚えていらっしゃったんでしょうね。
塚本:庄内は夜、星がとてもたくさん出るのですが、二人で夜撮影が終わって星を見ながら「幸せだ」と言っていたんですと蒼井さんが教えてくれました。本当に少人数で、何かの軋轢もなく、ただシンプルに映画を作ることに邁進していたのが良かったのだと思います。
 
――――『野火』の時は、若い方に見てもらいたいとおっしゃっていましたが、この作品はどんな方に見ていただきたいですか?
塚本:時代劇なので色々な層の方に見ていただきたいですが、映画のテーマ的にはやはり若い人に見て、感じていただきたいですね。ただ面白かったというのではない、居心地の悪さを含めて、いろいろ考えてもらいたい。カタルシスの得られなさや、取り残された感じを、ぜひ味わってほしいです。
(江口由美)
 

zan-pos.jpg

<作品情報>
『斬、』(2018年 日本 80分) 
監督・脚本・撮影・編集・製作:塚本晋也 
出演:池松壮亮、蒼井優、中村達也、前田隆成、塚本晋也他
2018年11月24日(土)~ユーロスペース、12月1日(土)〜シネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、京都シネマほか全国順次公開
※第75回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門正式出品
公式サイト⇒ http://zan-movie.com/
(C) SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

welova-bu-550-1.jpg

『ういらぶ。』舞台挨拶レポート

日時:11月10日(土)18:15~18:35
場所:TOHOシネマズ梅田 スクリーン1 
登壇者:平野紫耀、桜井日奈子、佐藤祐市監督(敬称略)

 


welove-logo.jpg

平野紫耀「自分って、ホンマにゴミやな!」

劇中セリフを関西弁で披露!

 

アスミック・エース配給にて、LINEマンガの少女部門にて月間1位を記録し、累計180万部を突破した、星森ゆきもによる大人気コミック「ういらぶ。-初々しい恋のおはなしー」(小学館「Sho-Comi フラワーコミックス」刊)の映画化、『ういらぶ。』が11月9日(金)に全国公開致しました。

公開を記念して、11月10日(土)、TOHOシネマズ梅田にて舞台挨拶付上映会が実施されました。

welove-bu-250-1.jpg

映画を鑑賞したばかりの観客の熱気と拍手で包まれる中、主演の平野紫耀さん、ヒロインの桜井日奈子さん佐藤祐市監督が登壇。割れんばかりの歓声の中、平野さんは「皆さんの歓声がすごくて!たくさんありがとうございます。」とご挨拶。笑顔でファンに手を振り会場の熱気はさらにヒートアップ!


続けて桜井さんから「映画は楽しんでいただけましたか?今日は短い時間ですがよろしくお願いします」とご挨拶。そして佐藤監督から「今日は東京からまわってきましたけど、大阪が1番熱い!良い雰囲気でちょっと泣きそうです。」と熱狂する大阪の観客を前に目を潤ませました。                           

MCより大阪の印象について聞かれ、平野さんは「大阪は本当に熱い!太陽みたいな街ですね。」と答え、桜井さんは「学生時代よく遊びに来ていたのでよく知っている。大阪の人はみんなハートが熱いですよね。」とそれぞれ大阪の熱さを絶賛しました。


welove-bu-500-1.jpg映画にちなみ、自身がこじらせてるところを問われると、平野さんは「特にないです。自分でいうのもなんですけど、素直なんです。」と答え、すかさず佐藤監督から「発言で周りの人をこじらせるよね。」と言われ、「そうなんですか?知らなかったです。今気づきました!」と天然発言を炸裂し、会場からは笑いが巻き起こりました。「強いて言えば、腰痛ですかね。」と半年ほど前から腰痛に悩まされていると告白。続いて桜井さんは「私は肩をこじらせてます。」とこちらも体の不調を告白。MCから「お二人とも大丈夫ですか?お大事にしてください。」と心配される一幕も。


welove-bu-250-2.jpg続いて、ここは胸キュンだ!と思うシーンを聞かれ、平野さんは「ベッドでシャツをはだけて、優羽を横に座らせて倒すシーン。あのシーンは恥ずかしかった。」、桜井さんは「凛くんがおかゆをまずいといいながら完食するシーン。」と言いMC、観客一同納得。


ここで劇中の決めセリフを関西弁で披露していただくことに!

平野さんは凛の「おまえってマジごみな」のセリフを「自分って、ホンマ、ゴミやな」と流ちょうな関西弁を披露したが、監督から「もっとドSに!」と指摘が入りテイク2。さらにドS度の増したセリフに会場からは悲鳴が。


一方の桜井さんは優羽の「ほんとにわたしってダメダメです。凛くんといると心臓がどきどきしちゃって」を「ホンマにうちってあかんねん。凛くんとおると心臓がどきどきするねん。」とかわいらしい関西弁を披露。これには会場から「可愛い~!」の声が漏れました。

 

welove-bu-250-3.jpg貴重なお二人の関西弁に会場のボルテージは上がりまくる中、最後の挨拶に。

 

佐藤監督から「皆さん注意してください。ベ、ベ、ベイベー(主題歌サビ冒頭部分)に洗脳されますよ!」と笑いを誘い、桜井さんが「主題歌に洗脳されるようにこの作品も皆さんの心に残ればいいなと思います!」と作品への想いを伝え、平野さんが「素敵なキャスト、スタッフで作った作品。何度でもキュンキュンしてほしい。」とご挨拶。舞台挨拶は大盛り上がりの中、幕を閉じました。

 

 

 


welove-500-2.jpg

出演:平野紫耀(King & Prince) 桜井日奈子 玉城ティナ 磯村勇斗 桜田ひより / 伊藤健太郎
監督:佐藤祐市 
原作:星森ゆきも「ういらぶ。-初々しい恋のおはなし―」(小学館「Sho-Comi フラワーコミックス」刊)

脚本:高橋ナツコ 
音楽:佐藤直紀 主題歌:King & Prince 「High On Love!」(Johnnys‘ Universe)

製作:『ういらぶ。』製作委員会 
制作プロダクション:アスミック・エース、共同テレビジョン

配給:アスミック・エース(C)2018『ういらぶ。』製作委員会 (C)星森ゆきも/小学館

11月9日(金)~TOHOシネマズ梅田、ほか全国絶賛上映中!!!


(オフィシャル・レポートより)

DSCN7831.jpg

 
自分の十年後はなんとなく予測できても、日本の十年後は?と問われると、少し悲観的な気持ちになってしまう人が多いのではないだろうか。超高齢化社会、バブル世代が還暦を迎えるような時代の日本は一体どうなるのか?
是枝裕和監督がエグゼクティブプロデューサーを務め、新鋭映画監督5人により日本の十年後を描いたオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』が、11月3日(土・祝)からテアトル新宿、シネ・リーブル梅田ほか全国順次公開される。
 
日本、タイ、台湾の三カ国による国際プロジェクトである『十年』。日本版では、徴兵制、AI教育、安楽死、放射能問題、デジタル遺産というテーマのもと、現在と同じように葛藤を抱えながら生きる大人や、体制に抗いながら自分の切り開こうとする子どもたちの姿が描かれる。5本のオムニバスの中から、AIが教育する十年後を描いた『いたずら同盟』の木下雄介監督にお話を伺った。
 

 

■自分と世界との距離感を映画で表現した初長編『水の花』。

―――木下監督は大学在学中に応募した作品がPFFの準グランプリを受賞、PFFスカラシップに選ばれ、05年に完全オリジナルの初長編『水の花』を撮っておられます。この作品も『いたずら同盟』と同様、子どもが主人公でしたね。
木下: 『水の花』は、主人公は中学生の女の子で、自分の親に対し、ある種憎しみのような感情を抱いています。大人の世界に対して拒絶していくのですが、「大人は判ってくれない」ことを判っていくラストになっています。当時、僕は24歳で、自主映画出身の自分が長編1本目を撮らせていただく中で、自分と世界との距離感を映画で表現していました。
 
―――その次は13年の短編『NOTHING UNUSUAL』ですが、かなり間が空いていますね。
木下: 『NOTHING UNUSUAL』はアップリンクさんの企画に関わらせていただいたものです。『水の花』以降、自分の中では映画をやっているつもりなのですが、脚本を書く時も自分の内側に入り込み、7年かけて、自分と自分の周りにいる若者の青春群像劇を書いていたのです。『NOTHING UNUSUAL』は、2ヶ月後に上映という超スピード制作で、日食が起こる日を舞台に、30歳近くになっても定職につかず、夢を目指している青春の終わりを描いた青春群像劇でした。『NOTHING UNUSUAL』を撮り終わり、もう一度映画を勉強したいという思いが強くなって、映像の仕事やテレビの仕事にも携わるようになったのです。今回の『十年』は、新たに映画を作りたいと動いていたタイミングで声をかけていただきました。
 
―――元になっている香港版の『十年』をご覧になった感想は?
木下: 香港版の場合は、中国政府が意識をする対象として共通にあり、怒りに満ちた映画になっています。実際に作品を撮っている時に雨傘革命が起こり、国全体がそのことを元に映画と向き合えたという部分では、羨ましさも感じました。
 
 

■AIと、教科化された道徳を組み合わせ、子どもたちがどのように生きるかを描く。

DSCN7827.jpg

―――今回、日本の「十年後」を描く企画を打診された時、どう感じましたか?
木下: 実は僕の子どもが産まれた三日後にこのお話をいただいたので、十年後だと我が子は10歳だなということはすぐに思い浮かびました。後、以前からAIを映画で描いてみたいと思っていたのです。道徳が教科化されますが、道徳は本来、国が指定したり、先生に価値基準を教えられたりしながら植え付けるべきものなのか。自ら行動し、間違えてもそこから行動を起こすことで、価値基準を知っていくものではないかと思うのです。そもそも善と悪の二つだけではないですから。一方で、国がまとめ上げやすい教育を、不完全な人間の大人ではなく、ありとあらゆるデータを持ち、子どものことをよく分かっているとされるAIが代わりに担ったらどうなるだろうか。その中で、子どもたちがどのように生きるかという映画にしていきました。
 
―――各自のこめかみに設置されたAIシステムが、将来日本を支える労働力になることを見越した個人の能力、才能を加味したアドバイスしますね。
木下: 少子高齢化で効率的に考えていくことを優先させた場合、AIが言う通り、ダイスケが野球選手になれないのは本当かもしれませんが、それでも自分のやりたい事を叶えるために頑張ろうとするのか。そこはこの作品で問われている部分です。
 
 

■システムの中の一員であることを自覚。その中で行動を起こすことの可能性を探る。

―――AIシステムが最後にバージョンアップするのには驚かされましたが、そのように描いた狙いは?
木下: 若い頃は、政治は嫌だと言っていても、大人になってしまうと、そのシステムの中に入ってしまうという認識を持っています。その中で、どのように、ジリジリとでも変えていけるか。そこを模索しているのが、今の自分の気運であり、『いたずら同盟』にも反映されています。僕もシステムの一員であることを自覚して、行動を起こしていけば、そのシステムを変化する可能性があるのではないか。そういう気持ちが込められています。
 
―――AIシステムが学習するという部分をポジティブに捉えているということですか?
木下: 子どもたちが老馬を放ったということは、一般的な価値基準から言えば悪いことかもしれませんが、そういう善悪の基準を超えた部分で、僕は子どもたちが取った行動の背中を押してあげたいし、僕の中では肯定的な行動なのです。ただAIが、馬の死を目の当たりにした時の子どもたちの悲しみや、そのことにより人生観が変わったということを理解するところまでいってしまう場合、道具という現在の概念を超えてしまうのではないか。そこもAIと向き合う上で考えていかねばならないことだと思っています。
 
―――是枝裕和監督が総合監修をされていますが、どんなアドバイスがあったのですか?
木下: 是枝監督には脚本も3回ぐらい見ていただきましたし、編集も3回ぐらいチェックしてくださいました。全作品そのように脚本、編集を見ておられます。是枝監督からは「木下君の脚本は長編の書き出し方をしているよ」等、観客を意識した上で脚本をどうしたらいいかという視点でのアドバイスを下さいましたし、同時に僕がやりたいことも汲み取って下さいました。NGを出すのではなく、うまく想像させるように、アドバイスをしていただいた感じですね。
 
 
 
TYJ_ITAZURA_1.jpg

■『萌の朱雀』の時から感銘を受けていた國村隼に念願のオファー。

―――子どもたちを見守る大人として、親や先生以外に、國村隼さん演じる用務員が登場します。第三者的な大人が子どもを温かく見守り、この物語をうまく支えていますね。
木下: 國村隼さんが脚本をすごく読み解いて下さいました。どのような歴史があって、用務員の彼があそこにいるのかも考えて下さいました。馬を逃がそうとする子ども達の背中を押してあげるのは、國村さんの演じる用務員で、そこでの見事な高笑いも含め、本当に國村さんにやっていただいて良かったです。
 
―――國村さんに最初からオファーを考えていたのですか?
木下: 『萌の朱雀』で父親役を演じた國村さんの佇まいや、立ち振る舞いから溢れ出る悲しみに、見ていてすごく納得させられ、この短編にぜひ出演して欲しいとお願いしました。今回、服装もアイデアを出してくださったり、台風で撮影が延び、野外撮影が室内撮影に変わった時も、すれ違いざまに子どもに声をかけるシーンで、あえてセリフをなくして通り過ぎる演技にされ、僕の中でもすごく納得のいくシーンになりました。
 
 

■観客の「見たい」という欲求を引き出す設定と演出。

―――最初は別の方向を向いていた三人の子どもが、馬を逃すという共通の目的で一致団結しますが、どのようにキャラクターを設定していったのか教えて下さい。
木下: 良太が主軸にありつつ、マユと大輔の化学反応が、AIの測定しきれない部分になるので、三人のバランスは考えました。三人が立った時の見え方や、大輔のリーダー格だけど憎めない部分だとか。自分が想定したことと、役者の方自身が持っているものが融合してキャラクターができました。そこが、前作『水の花』との大きな違いですね。方法論としてもフィルムで、ワンシーンワンカットで撮りたいとか、僕の頭の中で、撮りたいものが全部出来上がっていました。今回は現場で皆さんと議論しましたし、夜の森のシーンは、光が木に当たると白んでしまうので、限られた時間帯をめがけて撮影しました。
 
―――夜の森のシーンは、本当に幻想的で美しかったです。
木下: 照明がギリギリで、本当に大変でした。昔から、あえて見えにくくすることを取り入れていました。観客が前のめりになって「見たい」という欲求を引き出したいんですね。どうなるのかと暗闇に目を凝らしていると、馬の胴体が見えてゾクッしたり美しいと感じる。そのような効果を出すために、カラーコーディネーターや撮影とすごく色々作業しました。
 
―――今回の撮影は、矢川健吾さん(『穴を掘る』監督)ですね。闇の中での撮影は見事でした。運動場で、駆けていく馬を子ども達が追いかけるシーンも爽快でした。
木下: 運動場のシーンは、矢川さんでなければ撮れないですね。人間が乗っていない馬は本当に動きが予測できないので、車だと小回りが効かず追いかけられない。自転車だとカメラの重みで揺れてしまう。最終的に学校のリヤカーをお借りして、スタッフで引きながら、矢川さんが荷台に乗って、撮影したんです。夕方のシーンですが、早朝に逆マジックアワーを撮り、本当に楽しかったですね。
 
 
TYJ_poster.jpg

■オムニバスだからこそ、自分らしさがより明確に見える。

―――『水の花』はラストが海でしたが、今回は山に入って行きます。自然に還っていく感じがしますね。
木下: やはり自然が好きなんですね。『十年 Ten Years Japan』の中で、石川慶監督の「美しい国」は、太賀さんと木野花さんの二人の芝居に集中するのも方法論として面白かったです。僕の場合は、自然に飛び出して撮るのが好きだったり、馬や後半の森の絵が利いているなと思ったり、同じ条件で撮っている他の作品があるからこそ、自分らしさがより明確に見えてきますね。普遍的に根底にあるものを掬い取りたいし、それを映画として表現したい。この映画を撮れたから、そういうことの気付きになりました。
 
―――出来上がった『十年 Ten Years Japan』全体をご覧になって感じたことは?
木下: 香港版が怒りの感情が根底にあるとすれば、日本版は社会の中に生きて、もしかしたら加担してしまっているかもしれない人たちが、社会を憂い、問題意識を提示しています。最初周りから、「政治的問題を撮るんですね」と言われたのですが、政治というのは自分たちの身の回りにあるもので、自分たちの行動一つ一つが政治や経済に繋がっているということを、本作を見ていてハッと気付かされるのではないかと思います。映画をご覧になった皆さんが、少しずつ行動を変えると、それが十年後の未来を変えることに繋がるかもしれません。
 

■国際プロジェクトを通して、他者にも大事なものがあると理解し、分かり合いたい。

―――最後に『十年 Ten Years Japan』は、タイ、台湾との国際プロジェクトですが、その意義をどう感じておられますか?
木下: まず日本がアジアの一員であることを意識しなければいけないと思います。香港版を見たときに、香港の歴史や国の状況が分かりましたし、タイや台湾、日本もそれぞれの国の歴史、事情があります。自分に大事なものがあるように、他者にも大事なものがあると理解できた時、分かり合えるのだとすれば、映画を通してそれをやれるのは、いいことだと思います。
(江口由美)
 

<作品情報>
『十年 Ten Years Japan』(2018年 日本 99分)
監督:早川千絵、木下雄介、津野愛、藤村明世、石川慶
エグゼクティブプロデューサー:是枝裕和
主演:杉咲花、太賀、川口覚、池脇千鶴、國村隼
配給:フリーストーン
2018年11月3日(土)〜テアトル新宿、シネ・リーブル梅田ほか全国順次公開
※11月4日(日)シネ・リ-ブル梅田 10:00の回(上映後)、神戸国際松竹 13:30の回(上映後)、早川千絵監督、木下雄介監督、津野愛監督、藤村明世監督による舞台挨拶あり。
 
公式サイト → http://tenyearsjapan.com/

© 2018 Ten Years Japan Film Partners