レポートインタビュー、記者会見、舞台挨拶、キャンペーンのレポートをお届けします。

2019年10月アーカイブ

『楽園』瀬々監督(シネルフレ江口).jpg
  「悪人」「怒り」などの原作者・吉田修一の短編集「犯罪小説集」より、「青田 Y 字路」「万屋善次郎」を映画化した瀬々敬久監督(『64-ロクヨン-』シリーズ、『友罪』)最新作『楽園』が、10月18日(金)よりTOHOシネマズ梅田他全国ロードショーされる。
 
  歪んだ人間関係やデマの拡散によって、罪なき人が追い詰められ、思わぬ事件を引き起こす現代社会と地続きのテーマを扱いながらも、映画版では紡(杉咲花)と豪士(綾野剛)の関係や、善次郎(佐藤浩市)と亡くなった妻(石橋静河)との関係から、小説では描かれなかった男たちの知られざる表情が豊かに描かれる。失踪事件の被害者、愛華と最後まで一緒にいた紡の物語を膨らませ、罪悪感を抱えて生きる彼女が最後に放った言葉が大きな感動を呼ぶ。限界集落で起きた事件に翻弄される主人公の周辺人物も丁寧に描写し、閉鎖的な共同体の在り方にも一石を投じる作品だ。脚本も手がけた本作の瀬々敬久監督に、お話を伺った。
 

 

rakuen-550-1.jpg

 

■喪失感を抱えた人たちの物語で、生き残った紡を象徴的存在に据える。

――――杉咲花さんが演じた紡は、原作ではあまり描かれていませんが、映画では「青田 Y 字路」「万屋善次郎」の短編2つを繋ぐ存在です。紡を描くトーンが、作品に大きな影響を与えていますが、どのように紡のパートを構築していったのですか? 
瀬々監督:Y字路がとても象徴的な意味合いを持つ映画で、紡は右に、愛華は左に行きます。結局紡が生き残るわけですが、彼女だけでなく、大事な人を失った人の話が多いのです。例えば柄本さんが演じる五郎は孫の愛華を失っているし、佐藤さんが演じる善次郎も、愛妻を亡くしている。綾野さんが演じる豪士も、どこか母親から見捨てられたような青年です。喪失感を抱えた人たちの物語ですが、最後にはその喪失感から立ち直る物語にしなければいけないと思いました。失踪事件の時、生き残った紡を象徴的存在に据え、彼女の喪失感を何とかして取り戻してあげるべきだという考えのもと、原作にはなかった紡のパートを膨らませていきました。
 
――――紡を演じた杉咲花さんは初めての瀬々組ですが、オファーの決め手は?
瀬々監督:杉咲さんは一見線が細いのですが、どこか芯の強さが宿っているところが、今回演じた紡に通じているし、彼女に惹かれた理由でもあります。豪士とのシーンが多かったので、綾野さんとはよく話をしていましたね。あとは、紡の幼馴染、広呂役の村上虹郎君とは和気藹々としていました。広呂はちょっと能天気なキャラクターですが、そこに優しさがあって、紡にとっての守護天使のような存在なんです。常に屈託のない笑顔をしているのはこの作品で広呂だけですから。
 
 
rakuen-550-2.jpg
 

■綾野さんは、映画史上見たことのないような表情をしている瞬間がいくつもあった。

――――綾野剛さんは『64-ロクヨン-』以来ですが、幼少期に母と来日し、どこにも居場所がない物静かな青年、豪士を、今まで見たことのないような表情で演じていますね。
瀬々監督:綾野君も内股の歩き方や、少し猫背の姿勢など、こちらが何も言わなくてもパッとやってくれました。ただ、『64-ロクヨン-』とは違って、今回はY字路や神社、また豪士が住んでいる、見捨てられたような文化住宅など、自然や貧困を暗示するような場所と対峙しなくてはならない。綾野君はそういう場所に対する感受性が豊かで、そこから感じたものを取り入れてお芝居をしている。そんな感じがすごくしましたし、より深い表現になっていたと思います。綾野君がやっている一つ一つの表情は、綾野君の中というだけではなく、今までの映画史上見たことのないような表情をしているなという瞬間がいくつもありました。
 
――――佐藤浩市さんは、ちょっとした誤解が積み重なり、限界集落の中でどんどん追い詰められていく善次郎役を悲哀たっぷりに演じているのが印象的でした。
瀬々監督:浩市さんは長年の経験があるので、演技で見せる技術をもちろん持っている方です。でも技術以上のものを発見しようとされる。見せ方だけではどうしてもクリアできないもの、画面には映らないけれど、そのキャラクターが抱えている思いなどが、映画にはあるのです。浩市さんは、そういう部分を非常に大切にし、綿密に考えてくる一方で、現場ではそれを超えるものを発見しようとする。それが浩市さんのやり方だし、映画をよく知っている人だと思います。一緒に映画を作っているという感じがする役者さんですね。
 
――――柄本明さんも、紡を追い詰める言葉を放つ被害者の祖父役で、強烈な印象を残していますね。
瀬々監督:柄本さんは「芝居なんか嘘に決まってるから」「自然に芝居するなんて、できる訳ないんだから」と、いつもちょっと怒った口調なんですよ(笑)。今回印象的だったのが、あるシーンで何度かテイクを重ねたことがあり、その後柄本さんが「監督の思ったことは分かったんだけど、できなかった。悔しい!」とおっしゃったこと。柄本さんのように勲章をもらうような役者さんでも、素直に悔しさを滲ませる。そんなチャーミングさがありますね。
 

 

■「結界を切って進む」奈良澤神社の祭礼。人と人とをつなぐ共同体意識を再発見する狙いを込めて。

――――天狗の舞いで知られる奈良澤神社の祭礼を以前から撮影したかったそうですが、そこまで惹かれた理由は?
瀬々監督: 10年ほど前に行きたいと思って調べ、実際に訪れたことがあります。松明をかざした時の炎の勢いがものすごくて、その時抱いた印象が強烈だったのです。また映画でははっきり描いていませんが、松明で燃やした後、太刀で村の辻々に張ってあるしめ縄を切り落としていくんです。結界を切って進むという意味らしいのですが、そのことも象徴的に思え、いつか映画に取り入れたいと思っていました。祭りで歌われる数え歌もいいんですよね。地元のお祭りなので、踊り子は現地の小学生から高校生まで、笛は大人の方が多かったですが、映画でも地元のみなさんが協力してくださいました。祭りには、人と人とを繋ぐ共同体意識がありますが、今はそういう意識が希薄になってきている。だから映画に祭りを取り入れることで、その共同体意識を再発見したいという思いもありました。
 
rakuen-500-4.jpg

 

■限界集落がなくなってしまうことへの悲しさはあっても、その中で生き、より良き社会にしたいと思い続けるしかない。

――――瀬々監督は大分県出身ですが、限界集落の問題を今まで身をもって感じてこられたのでしょうか?また本作でその問題を描き、改めて感じたことは?
瀬々監督:僕は59歳で、両親もそう長く元気ではいられない年齢です。それが僕ら世代の現実で、生まれ故郷の集落はなくなるかもしれません。僕たちが通っていた小学校も、かつては生徒が180人ぐらいいたのに、今は10分の1くらいです。若い人はどんどんいなくなり、老人しか残らない地域は日本中にある訳です。僕たちの故郷も、UターンやIターン、田舎に住もうというキャンペーンなど、若い世代に住んでもらうとか、都会との交流、観光資源の有効活用でしか生き残っていけない。だから善次郎のような町おこしをしないといけない訳です。そういう集落がなくなってしまうことへの悲しさや侘しさはもちろんあるのだけれど、現状はそういう中で生きて行かざるを得ない。だからどこか楽園的世界観、つまりより良き社会にしたいと思い続けるしかないと思っています。
 
――――タイトルの『楽園』につながる考え方ですね。
瀬々監督:犯罪を犯す人たちが出てくる映画ですが、そういう人たちもより良き社会にしたいという思いを持って生きてきたはずです。それがボタンのかけ違いで、罪を犯してしまった。当事者たちだけではなく、その周りの人たちも同じなのです。彼らもより良き社会にしたいと思っているはずなのに、ふとしたことで、他人を追い詰めてしまう。その連鎖が今の社会にある。ですから、皮肉めいていますが、『楽園』と名付けました。
 
 
rakuen-500-1.jpg

 

■『ヘヴンズ ストーリー』から10年、当事者性から、犯罪者を切り離してしまう不寛容さが前面に出る時代に変わった。

――――『楽園』というタイトルを見て、約10年前の名作、『ヘヴンズ ストーリー』(10)が頭に浮かびました。『ヘヴンズ ストーリー』は瀬々監督にとっても、非常に大きな意味を持つ作品だったと思いますが、あれから10年経ち、この『楽園』は監督のフィルモグラフィーの中で、どんな意味を持つ作品になると思われますか?
瀬々監督:『ヘヴンズ ストーリー』の頃は、事件に関わる感触が、当事者性に突入したと感じました。自分の妻や子どもが犯罪者や被害者になるかもしれないというような、当事者として事件を描くという感覚です。今回の『楽園』は、SNSが人の意識に大きな影響を与える今の時代を象徴するように、犯罪を犯すのは私たちとは違う人なのだ、あんなことをやる人は信じられないと、切り離してしまう不寛容さが前面に出ています。国もナショナリズムの時代ですし、自国の利益ばかりを追求し、敵を作る時代になりました。時代が変わったという感触をすごく感じている中、『楽園』でも疑惑がある人を指弾する村の人たちが描かれています。吉田修一さんの原作(「犯罪小説集」)も、その辺をとても良く掬い取っていると感じましたし、『ヘヴンズ ストーリー』の時代と、それから10年後の『楽園』の時代とは、明らかな変遷があります。人々の間で、犯罪にまつわる考え方も変わった。そういう意味合いで『楽園』は作られたと思っています。
 
もう一つ、『ヘヴンズ ストーリー』は完全な自主映画でしたが、『楽園』は製作幹事のKADOKAWAさんを中心に、吉田修一さんという日本を代表する作家と組んで制作しました。『ヘヴンズ ストーリー』のようなインディーズ精神と合致しながら、メジャー作品として作ることができたのは、また別の感慨がありますね。
(江口由美)
 

rakuen-pos.jpg

<作品情報>
『楽園』
(2019年 日本 129分)
監督・脚本:瀬々敬久
原作:吉田修一「犯罪小説集」角川文庫刊
出演:綾野剛、杉咲花/村上虹郎、片岡礼子、黒沢あすか、石橋静河、根岸季衣、柄本明
/佐藤浩市他
10月18日(金)よりTOHOシネマズ梅田他全国ロードショー
公式サイト → https://rakuen-movie.jp/
(C) 2019「楽園」製作委員会
 
rakuen-550.jpg
 
「世の中には抱きしめなければいけない人がたくさんいるということを、僕たちは映画で伝えたい」綾野剛、佐藤浩市、瀬々敬久監督が語る映画『楽園』@TOHOシネマズ梅田
(2019.10.9 TOHOシネマズ梅田)
登壇者:綾野剛、佐藤浩市、瀬々敬久監督 
  
 
  「悪人」「怒り」などの原作者・吉田修一の短編集「犯罪小説集」より「青田 Y 字路」「万屋善次郎」を映画化した瀬々敬久監督(『64-ロクヨン-』シリーズ、『友罪』)最新作『楽園』が、10月18日(金)よりTOHOシネマズ梅田他全国ロードショーされる。
 
 
rakuen-550-1.jpg
 
<ストーリー>
  12年前にある村のY字路で起こった幼女誘拐事件。失踪直前まで愛華と一緒だった紡(杉咲花)は、罪の意識を抱えたままだったが、祭りの準備中に、孤独な青年、豪士(綾野剛)と出会う。孤独な二人は少しずつ心を通わせるが、ある祭りの日、Y字路で再び少女が行方不明になり、豪士は犯人として疑われるのだった。1年後、Y字路へ続く集落で親の介護のためUターンした善次郎(佐藤浩市)は、養蜂家として町おこしに一役買おうとしていたが、ある出来事をきっかけに、村八分にされてしまう。
 
 
rakuen-550-2.jpg
 
  歪んだ人間関係やデマの拡散によって、人が追い詰められ、思わぬ事件を引き起こす現代社会と地続きのテーマを扱いながらも、原作では登場人物の一人だった紡の物語を膨らませ、紡と豪士の関係や、善次郎と亡くなった妻(石橋静河)との関係から、小説では描かれなかった男たちの表情が豊かに描かれており、映画版ならではの登場人物の深みが感じられるのだ。
 
 
rakuen-500-8.jpg
 
  10月9日、TOHOシネマズ梅田で開催された『楽園』ABC名画試写会では、上映前に主演の綾野剛、佐藤浩市と瀬々敬久監督が登壇。「大阪大好き!今日一番やりたかったことができ、気が晴れました」と大阪での舞台挨拶を心待ちにしていた綾野に対し、「今日は朝から稼働していて、壊れかけています。何か持って帰っていただきたいと思います」と佐藤はキャンペーン三昧の1日をユーモラスに表現。大学時代を関西で過ごした瀬々監督は「シネコンと違って、昔ながらの劇場なので、なんかいいなと思いました」と昔ながらの大スクリーンの前でその感想を語った。『64-ロクヨン-』に続いての共演となる佐藤と綾野、そして瀬々監督がお互いについて、また作品について語った舞台挨拶の模様をご紹介したい。
 

 

rakuen-ayano-2.jpg

―――『64-ロクヨン-』にも出演された佐藤さん、綾野さんの魅力は?

瀬々監督:綾野さんは15年ほど前、彼がメジャーになる前から知っていますが、当時はロン毛で繊細な感じでした。ずっとインディーズ魂を持っている役者だと思っていて、その魂は今も作品の大小に関わらず出演してくれることや、作品にも現れています。佐藤さんは、こう見えて同い年なんです。頼れる上司みたいな役を最近はよくやりますが、実は優しい人なんです。

綾野:浩市さんの背中には修羅があるというか、色々なこと、怒り、愛情があり、その背中で感じていたので、今回ご一緒することになった時も、すごく安心感があり、楽しみにしていました。プライベートでも食事をご一緒させていただきますし、安心感しかないです。
 
佐藤:綾野君はハードな部分とソフトな部分を持ち合わせています。役者として中堅という難しい時期に差し掛かっている中、例えば綱渡りをするにしても目隠しでやったほうが面白いでしょという人。その反面、冷静に人を観察する部分もあり、とても多面的な部分を持っている役者です。
 
綾野:今、すごく観察しています。『64-ロクヨン-』の時、日本アカデミー賞で主演5人の中に浩市さんと2人で参加しましたが、結局主演男優賞は、浩市さんが受賞されました。まだまだ遠いな、この背中はと思いましたし、肩を並べるとは言いませんが、近い位置に並べられるようになるにも時間がかかるかもしれません。それでも何度でも浩市さんとはご一緒したいです。
 
 
―――釜山国際映画祭では、アジア映画の窓部門に出品され、瀬々監督も参加されましたが、その手応えは?
瀬々監督:日韓は政治的には厳しい状況ですが、とても熱い歓迎を受けました。日本映画も15本ぐらい上映されていましたし、映画には国境がないと感じました。映画で手と手を結び合うことができればいいなと思います。
 
 

rakuen-satou-3.jpg

―――綾野さんも、佐藤さんも追い込まれ、追い詰められていく役ですが、お二人が追い詰めらた経験は?
綾野:追い込むことはあっても、追い込まれることはないので、演じる時は自分で自分を追い込んでいます。映画は皆で一緒に作っているところで、等価交換ができるのかという部分で業を感じていますが、今回は手応えを感じています。
 
佐藤:僕らの時代は(監督に)追い込まれまくりでした。相米慎二監督はワンシーンワンカットで撮影するのですが、『魚影の群れ』で海辺での僕と夏目雅子さんのシーンでは、午前中いっぱいリハで、午後にやっとテイクをまわし出し、10テイク以上やってから「今日はやめよう」と言い出すんです。「どうしたらいいんだ」という状況を作ってくれたのは、僕にとっては全然マイナスではなかった。瀬々監督が、若い子には良かれと思ってOKを出さないのは、彼らにとってよいことだと思います。
 
 
rakuen-500-2.jpg
 
―――映画で象徴的に登場するY字路はまさに人生の分かれ道を示していますが、お二人の「人生の分かれ道」は?
綾野:日々ですね。人生は選択の連続で、僕たちは選択をし、選択肢があるから生きていけるのですが、楽園は選択肢がどんどん狭まっていく話です。何かを否定するのは一番簡単なので、僕はどうしたらできるかという選択肢を考えますね。こう見えてポジティブなのんです。そう見えますよね?
 
佐藤:全てがうまくいったかどうかわからないけれど、今、自分がここにいることを考えると、間違っていなかったんかなと思います。選択できる人生は素晴らしいですね。ひたすら止まってはいけないという人生は大変ですから。
 

rakuen-kuze-1.jpg

―――『楽園』というタイトルは、どこから発想したのですか?
瀬々監督:人々はより良き世界に行きたいと思いながら生きています。そういう欲望がボタンの掛け違いで、ちょっとしたことで事件に結びついてしまうのではないかと思って(逆説的に)つけました。
 
綾野:『楽園』というタイトルになったことで、俳優部はとても救われました。誰しもが平等に楽園を望むことができる。その言葉があったことは僕らにとって大きかったですね。
 
佐藤:台本の仮のタイトルが「犯罪小説集」だったのですが、ある稿から『楽園』というタイトルになり、その瞬間、僕の中でスコーンと抜けた気がしました。善次郎は何に対して、誰のために生きたのか、『楽園』って何なのかという逆説的な意味合いでも考えさせてくれ、この役をやるにあたっての光明が射しました。
 
 
rakuen-bu-500-1.jpg
 
<最後のご挨拶>
瀬々監督:1989年に監督になり、30年目で、『楽園』は30周年記念映画だと思っています。かつては高度経済成長時代があったのに、こんなに憎しみ合ったり、なんでこんな時代になったのか。そんなことを思いながら作った映画です。
 
佐藤:掛け違えたボタンは掛け直すことができるけれど、それを掛け直すこともできずに、一番望まないところに向かってしまう弱者がいることを見ていただければと思います。そこにこのタイトル「楽園」をオーバーラップして考えていただきたいです。
 
綾野:今日は一緒に手を降ってくれたり、僕たちを歓迎してくださって、ありがとうございます。この映画がみなさんにとって、出会ってよかったと思える作品になったらうれしいです。最終的にきっとこの作品で打ちのめされ、苦しくなる部分もあると思いますが、野田洋次郎さん作詞作曲、上白石萌音さん歌唱のエンディング曲「一縷」という楽曲が、必ず皆さんを包んでくれると信じています。家に帰ってから、自分のとって大切な愛しい人を抱きしめてください。世の中には抱きしめなければいけない人がたくさんいるということを、僕たちは映画で伝えられればと思っていますので、この映画を皆さんに託します。ぜひ受け取っていただけたら幸いです。
(写真:河田真喜子、文:江口由美)
 

 
<作品情報>
『楽園』
(2019年 日本 129分)
監督・脚本:瀬々敬久
原作:吉田修一「犯罪小説集」角川文庫刊
出演:綾野剛、杉咲花/村上虹郎、片岡礼子、黒沢あすか、石橋静河、根岸季衣、柄本明
/佐藤浩市他
10月18日(金)よりTOHOシネマズ梅田他全国ロードショー
公式サイト → https://rakuen-movie.jp/
(C) 2019「楽園」製作委員会
 
 
 
ANARCHY監督1(シネルフレ).jpg
「自分の思いを言葉で伝える勇気が出る映画になれば」
『WALKING MAN』ANARCHY監督インタビュー
 
 関西出身の人気ラッパーANARCHYが、自身の体験を盛り込みながら、吃音症でうまく話せない青年の成長を描いた初監督作『WALKING MAN』。ラップバトルを交えながら、少しずつ、でも確実に、声をあげたくてもそれができなかった主人公アトムが変わっていく様子を、丁寧に描写。川崎市を舞台に、日常にある差別にも目を向けながら、殺伐とした現代社会に希望の灯をともす感動作だ。不用品回収業のアルバイトで生計を立てる主人公アトムをANARCHYと親交のある野村周平が演じる他、アトムの妹ウランを優希美青が演じ、柏原収史、伊藤ゆみ、冨樫真、星田英利、渡辺真起子、石橋蓮司と多彩な俳優陣が脇を固めている。自分が伝えたいことは何なのか、どうやってそれを伝えるのか。変わらない日常生活の中、時間を見つけて言葉を探し、アルバイトで手にした通行量調査のカウンターでリズムを自分に刻み込むアトムの、少しずつ、でも確実に手ごたえを掴んでいく表情にも注目したい。
 
 
WM-550.jpg
 
<物語>
 極貧な母子家庭で育ったアトムは、うまく言葉が喋れないことで、自分の思いや怒りを伝えられず、周りとうまくコミュニケーションが取れない。入院している母の保険料が払えないと、ソーシャルワーカーから「自己責任」と言われ、誰も救いの手を差し伸べてくれない中、彼はラッパーの遺品から、ラップが吹き込まれたウォークマンと、言葉がびっしりと書かれたノートを見つける。一方、兄の真意が読み取れず、学校のお金も払えないウランは、友達の家に行ったきり帰ってこなくなってしまう。
 
10月11日(金)から梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、OSシネマズ神戸ハーバーランド、T・ジョイ京都他で全国ロードショーされる本作のANARCHY監督に、作品に込めた思いを伺った。
 

ANARCHY監督2(シネルフレ).jpg
 

■言いたいことが溜まり、音楽で伝えたいことがいっぱいあった中学生時代

――――最初に、ANARCHYさんがラッパーになった動機を教えていただけますか。
ANARCHY:父がミュージシャンだったので、音楽の近くにいることができたのは、自分にとっていい環境で育ったと思いますし、どこか音楽をやるだろうなという気持ちはありました。父子家庭でしたし、育った街の環境が必ずしもいいとは言えず、言いたいことが溜まっていて、音楽で伝えたいことがいっぱいあったんです。また、当時見たラッパーがとても格好良かった。Zeebraさん、RHYMESTERさん、KING GIDDRAさん、SHAKKAZOMBIEさんなど、僕は全てのラッパーさんが好きで、ラッパーが一番カッコいい職業だと思う中学生でした。サッカーを始める子が、いつの間にかボールを蹴っているように、僕もいつの間にかラップを始めていましたね。
 
――――映画も昔から観るのがお好きだったそうですね。
ANARCHY:子どもの頃はずっと家で一人だったので、『ホーム・アローン2』が大好きでした。何回も観た作品ですね。「一人でも楽しめるやん」と結構勇気付けられたのです。
 
 

■コンプレックスは、僕が好きなラップやブルースにとって一番重要なこと。

――――初監督作品ですが、ご自身の経験も反映されているのですか?
ANARCHY:逆境やコンプレックス、例えば良いとは言えない家庭環境や貧困もそうですし、この主人公アトムで言えば吃音症で他人とうまく話せないということが全て武器になるのが、ヒップホップという音楽なんです。僕が子どもの頃、母親がいないことで寂しかったり、強がったりしていたことを武器にできたのはラップで、母子家庭のアトムにも同じ部分があると思います。「なんで俺だけ辛い思いをしなければいけないんだ」とアトムは思っていますが、そのコンプレックスはラップやブルースなど、僕が好きな音楽にとっては一番重要なことです。その、一見マイナスに捉えてしまうものを武器にしてほしいという思いをアトムに込めていますね。
 
――――主人公のアトムとその妹ウランという名前は『鉄腕アトム』と同じで、一度聞いたら忘れられないインパクトがありますね。
ANARCHY:これは漫画家の高橋ツトム先生(本作の企画・プロデュース)の案で、名前でイジられてしまうという設定にも生かされています。
 
 
WM-500-1.jpg
 

■上手く喋ることができないアトムが、言いたいことがありあまりすぎて、ようやく口から絞り出た言葉、それ自体がラップ。

――――ヒップホップと映画の融合という点で、特に心がけた点は?
ANARCHY:自分の人生やライフスタイルを何かの形で表現するというのが、僕の中でのヒップホップです。例えばアトムがウォークマンを見つけたり、言いたいことが見つかる。それ自体がヒップホップなので、その部分をきちんと保ったままストーリーをつなげていきました。最初、アトムが可哀想に見えますが、その彼が成長していく様をきちんと描きたいと思って作ったので、ANARCHYが映画を作るということで、例えば銃が出てきたりするようなもっと派手なものを想像される方がいるかもしれませんが(笑)、できるだけ余分なものを省いています。上手く喋ることができないアトムが、言いたいことがありあまりすぎて、ようやく口から絞り出た言葉、それ自体がラップなんです。アトムが喋る一言一言が、歌う前からラップであるという映画にしたかったのです。
 
――――アトムがウォークマンと同時に見つけた、びっしりと書き込みされているノートも、その後のアトムが自分のラップを紡ぎ出す大きな手助けとなります。ANARCHYさんの自筆ですか?
ANARCHY:僕が書きました。(ラッパーの歌詞ノートは)自分でしか読めないような書き込みノートになるんですよ。今は携帯で思いついた歌詞を書く子もいますが、アトムのルーツは三角という中年ラッパーで、アトムは三角のノートを真似し、自分もノートに言葉を書き始めたわけです。言いたいことがない人なんていないですから。僕の若い時も、誰にも読めないような、字の上に字が重なっているようなノートでしたね。
 
――――ラップは基本、自分で書いた言葉とリズム、曲で歌うのでしょうか?
ANARCHY:いわゆる一般的な歌とは違い、ラッパーはどんな奴が、どんなことを経験して、どんなことを歌うかが一番大事なんです。それが大げさだったり、嘘だったりすると、絶対相手に響かない。僕がラップで好きなところはそこで、言葉はすごく大事です。
 

WM-500-4.jpg

■アトムの成長を、ラップで、彼の言葉で表現できなければ、ラッパーの僕が作った意味がない。

――――今回、アトムが歌ったラップをANARCHYさんが作ったそうですが、自分が歌うのではない曲を作ることは難しかったですか?
ANARCHY:難しいなとも思いましたが、脚本を書いているときから、アトムの気持ちになって梶原阿貴さん(脚本)や高橋ツトム先生と作ったつもりなので、自然とアトムの気持ちは僕の中に入っていました。あとはアトムになって書くことに専念しました。今まで何もしゃべれなかった分、アトムが人生で体験したこと全てを書きましたし、僕が今まで経験したことも全て込めようと思いました。ラッパーが作った映画でそこをきちんと表現できなければ、僕が作った意味がない。そこを失敗したら、この映画は失敗してしまう。それぐらいの意気込みでしたね。
 
 
WM-500-5.jpg
 
――――アトムを演じたのは、ANARCHYさんがプライベートでも懇意にされているという野村周平さんですが、俳優としての野村さんの魅力は?
ANARCHY:野村さんは俳優としても有名ですし、人気者です。でも普通の、その辺のスケーターと変わらない部分、ピュアに自分の好きなことをして楽しむという感覚が僕たちと一緒で、そういう部分がとても好きですね。今回僕が映画を撮ると話すと、会社の制約など様々なことがある中でも「僕にやらせてください」と言ってくれ、その人間味や男気にも惚れました。撮影に入ってからは、アトムという喋る言葉が少ない役の中で、表情や歩き方ひとつで変わるアトムを自分の中にしっかりと入れて、現場に来て、演じてくれました。そういう彼を見ていると、リスペクトと感謝、あとカッコいいなと思いましたね。
 
――――ANARCHYさんが作ったラップをアトムが歌うクライマックスシーンを撮るために、だいぶん準備をされたのでしょうね。
ANARCHY:実際には1日でライブシーン全てを撮らなければならなかったので、野村さんにも3テイクぐらいしか歌ってもらっていません。クランクインする前に、クラブを借し切って二人で練習しましたが、もともと彼はヒップホップが好きで、やれるポテンシャルは持っていたので、後はステージの上で、お客さん役のエキストラがいる中で、立って歌う。そこはさすがにやりきってくれました。アトムが堂々と歌うことで、それを見守る家族の中に思いが込み上げた。それを見せることができただけで、もう成功だと思っています。
 
 

WM-500-3.jpg

 

■言わなければ伝わらないし、相手の思いも分からない。自分の思いを言葉で伝える勇気が出る映画になれば。

――――なかなか思う言葉を発することができないアトムの葛藤が最後までじっくりと描かれる中、中華料理店でアルバイトする韓国女性が罵声を浴びせられた時、彼女に告げようと絞り出した言葉にアトムの優しさを感じました。
ANARCHY:アトムは優しすぎて言いたいことが言えない。僕の目の前にアトムがいたら、「おまえ、言いたいことがあるなら言えよ。歯がゆい奴だ」と思うかもしれません。でも一番そう思っているのはアトム自身です。「ありがとう」とか「愛している」とか、妹に対する気持ちとか、どれだけ表情で表しても、言わなければ伝わらない。自分の気持ちだけでなく、他人の気持ちも分からないですから、そんな思いが言葉で伝えられたり、伝える勇気が出る映画になればというのが、この映画に込めたメッセージの一番大事なところだと思っています。
 
 
 

WM-500-2.jpg

 

■自分がやると決めたこと、言葉には責任を持つという「自己責任」が一つのメッセージ。

――――映画では何度か「自己責任」という言葉が登場します。家庭環境に関係なく自己責任で済まされ、厳しい状況でも誰も手を差し伸べない現在社会がリアルに描かれていますね。
ANARCHY:映画に出てくるような、自己責任論を振りかざす人たちは、現実社会ではそこまで多くないでしょう。そこは映画的な表現なのですが、「自己責任」について伝えたかったのは、自分がやると決めたことに対して、自分が歌うことや発する言葉に自己責任を持てということ。それが最後に分かればいいと思いました。途中まで映画で言及されている自己責任は、アトムのせいではないことばかりです。それは様々な状況に置き換えられると思うのですが、後半に同僚の山本が「ラップで歌ったり、自分がこれをやると決めたなら、それは自己責任だ」というのは、若者に限らず、全ての人に対するメッセージを込めています。
 
――――現代の若者に向けた応援歌のような映画だと思いますが、ANARCHYさんからみて彼らはどのように映っているのでしょうか。
ANARCHY:若いから何にでもなれるし、何でもできるということに気づいていない人が多いような気がします。ラッパーは今増えて、面白くなってきているのですが、一般的に選択肢が多くなりすぎた分、何になりたいのか迷っているのかもしれません。失敗した時のことを考えるよりも、自分の直感を信じてやってみて、転んでも経験を積み、魅力的な人間になることは誰でもできると思います。そういう勇気が出るきっかけになるような映画になればと思っているので、この映画を観てもらい、お客さんの反応を僕も確かめたいですね。僕自身もこの作品を撮って、音楽に対して、人生に対して初心に帰れたという気がしましたし、これから音楽を作るにしても映画を作るにしても、この作品やアトムが僕に影響を与えてくれると思っています。
(江口由美)
 

 
『WALKING MAN』(2019年 日本 95分)
監督:ANARCHY 
出演:野村周平、優希美青、柏原収史、伊藤ゆみ、冨樫真、星田英利、渡辺真起子、石橋蓮司
2019年10月11日(金)~梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、OSシネマズ神戸ハーバーランド、T・ジョイ京都他全国ロードショー
(C) 2019 映画「WALKING MAN」製作委員会

月別 アーカイブ