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2015年10月アーカイブ

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オダギリジョー、「久しぶりにいい映画を観たなと思った」『FOUJITA』記者会見@TIFF2015
登壇者:小栗康平氏(監督/脚本/製作)、オダギリジョーさん(俳優)、中谷美紀さん(女優)、クローディー・オサール氏(プロデューサー) 
 

~天才画家フジタの生きたパリと日本から、文化や歴史の違いを提示する壮大な試み~

 
10月22日より開催中の第28回東京国際映画祭で、小栗康平監督の10年ぶりとなる最新作『FOUJITA』が、コンペティション部門でワールドプレミア上映された。
 
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エコール・ド・パリの寵児でありパリで画家として成功を治めたフジタこと藤田嗣治の人生を通じて、1920年代のパリと1940年代前半の日本を描いた本作。フジタを演じたオダギリジョーは、2つの全く違う時代の中で、時には自分が望む作品を、時には時代に求められた作品を描く画家の佇まいを見事に表現している。フジタの5番目の妻、君代を演じる中谷美紀も、出番は少ないながら、戦時中に天才画家を静かに支える妻を独特の存在感で表現し、強く印象付けた。まるで絵のように美しいカットの数々に息をのむと同時に、後半の日本部分はこれぞ小栗作品の真骨頂といえる深淵な映像や表現を存分に堪能できるだろう。
 
10月26日に行われた記者会見では、監督/脚本/製作の小栗康平氏、主演のオダギリジョーさん、君代を演じた中谷美紀さん、プロデューサーのクローディー・オサール氏が登壇。小栗監督作品に出演した感想や、小栗作品での演じ方についての話、さらに小栗監督からは今フジタを取りあげた理由や、本作の狙い、さらにオダギリジョーが演じたフジタについて語られた。その内容をご紹介したい。
 

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■小栗監督のおかげで、すごくいい俳優になれた(オダギリ)

 日本にこれだけ素晴らしい画家がいたことを、改めて心に刻んだ(中谷)

(最初のご挨拶)

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小栗康平監督(以下小栗):フジタは実在した人物で、彼が遺した素敵な絵画を映画の中で使わせていただきました。伝記的な映画にはせず、1920年代のパリと1940年代の戦時中の日本の二つを並べて文化や歴史の違いを浮かび上がらせました。オダギリさんはとても素敵なフジタになりましたし、中谷さんは5番目の妻ですが、いい妻になりました。

オダギリジョー(以下オダギリ)さん:小栗監督が10年ぶりに映画を撮られるということで、声をかけていただき、本当に光栄に思いました。正直、藤田嗣治はあまり知りませんでしたし、今もそんなに興味があるわけではありません。「小栗監督の作品に関わりたい」という気持ちで参加したのが正直なところです。出来上がった作品を観て、久しぶりに「ああ、いい映画を観たな」と思いました。今まで出演した自分の映画の中のオダギリジョーの幅を越え、小栗監督のおかげで、すごくいい俳優になれたな、とてもうれしく思っています。
 
中谷美紀(以下中谷)さん:小栗康平監督は『泥の河』、『死の棘』と映画史上に忘れがたき功績を残されていますが、その監督が久々に映画を撮られるということで、喜んで参加させていただきました。オダギリジョーさんが、フジタそのもののような佇まいで、映画の主軸としていてくださり、私は5番目の妻で、最後の妻を演じましたが、ただ映画にいさせていただくだけで幸せでした。フランスの撮影現場を覗かせていただいたときに「オグリ、オグリ」と皆さん小栗教の信者のように監督を慕っておられました。また「ジョーのフランス語も素晴らしい」とスタッフが口々に誉めており、同じ日本人として誇りに思いました。私もフジタという画家に今までそこまで愛情はなかったのですが、この作品をきっかけにフジタのアトリエに行ったり、ランスで最後に手がけた教会の絵を拝見し、日本にこれだけ素晴らしい画家がいたことを、改めて心に刻みました。ぜひ皆さん、ご支援ください。よろしくお願いいたします。
 
クローディー・オサール氏(以下クローディー):私はフランスを代表して来日しております。今回は小栗監督と一緒にお仕事をさせていただくことができ、本当に幸せに思っております。フランスのスタッフも日本のクルーと仕事をすることができ、お互いにリスペクトして仕事をすることができました。この場をお借りして、今や友人となったオダギリジョーさん、中谷美紀さんにもお礼申し上げます。小栗監督も、本当に素晴らしい作品でした。
 

■35歳で監督デビュー、人生の半分かかってフジタに辿りついた(小栗監督)

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―――10年ぶりの新作ですが、この作品を映画化しようとした一番の動機は?
小栗監督:私は1945年に生まれ、今年70歳になります。35歳でデビューしましたから、約半分かかってフジタに辿りついたという印象でしょうか。藤田は矛盾の多い人物です。20世紀という戦争の世紀を生きた故に、多くの矛盾を抱えた。そういう人物を、戦後70年を機に撮れた。その歓びでしょうか。
 
―――フランス語はどのように勉強されましたか?一番難しかった点は?
オダギリ:台詞は決まっていましたので、時間も限られていたので丸覚えでした。ただ、声を吹き込んでくれた先生はフランス語の先生なので、棒読みです。ですから丸暗記しながら、どう普通のフランス人がしゃべる会話調にするのか。そこで、現地の俳優に来ていただき、芝居していただいたものを録音して、その中でどうにか感情を持った言葉にしていきました。
 
―――藤田という画家は日本では複雑な面を持った画家ですが、フランスではどんなイメージを持たれ、またどの程度知られていますか?
オサール氏:フジタはフランスでは大変有名で、本当に愛されている画家です。絵画に日本的な要素を入れ、白背景で書いたものが、フランスでは新鮮だと人気がありました。フランスでも当時絵画で生計を立てるのは難しかったですが、フジタはそれができた、大変いいイメージを持っています。後半部分の、フジタが日本に戻ってからどういった作品を描いていたかは、なかなか知られていません。私自身もこの映画を通じて、後半のフジタの日本での人生を知ることができ、フジタという画家を再認識しました。
 
 
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■フジタの自由さに踏み込めない壁みたいなものを感じながら、妻役を演じた(中谷)

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―――君代を演じるにあたって、どのような女性をイメージしましたか?
中谷:フジタのアトリエにはわずかに君代の写真が残っていたのですが、フジタの最後の作品や、教会で共に眠っている以外は、君代の資料はなかなかありませんでした。とにかく小栗監督が書かれた脚本の行間を探るようにして演じました。オダギリさん演じるフジタは稀代の天才ですので、せめてその方の傍にいて、自分は何も持っていないけれど、せめてこの中の美意識に沿う人間であるよう努めている人ではないか。そう思いながら、フジタの自由さに踏み込めない壁みたいなものを感じながら、演じさせていただきました。
 
 

■自分の我を出した芝居を見せるより、監督の手のひらで転がっていく方が、僕にとっても作品にとってもいいと思った(オダギリ)

―――フジタの人生ですが、前半のパリ編と後半の日本編では、まるで二人の主人公の人生を描いているように思えます。演じるのにどんなところに気をつけましたか?
オダギリ:簡単に監督に丸投げですね。というのも、今まで色々な作品で色々な役を演じてきましたが、小栗監督ほど言っていることが分かるようで分からないようで。非常によく分かるのですが、真実すぎてそれを現実にするのはなかなか度胸がいるようなことを自然に話されます。そこを探ったり、自分の我を出した芝居を見せるよりも、監督の手のひらで転がっていく方が、僕にとっても作品にとってもいいと思いました。確かに前半と後半には大きなギャップがあります。自分が狙って落としていくこともありましたが、8~9割は監督の言うことを素直に聞いて演じました。
 
 
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■オダギリさんは、自分の身体感覚全体で芝居を掴むことができる俳優(小栗監督)

―――最初から、オダギリさんにフジタ役のオファーを考えていたそうですね。
小栗監督:先ほどのオダギリさんの話を補足しますと、芝居のハウツーではなく、いつも考え方を話し合っていたのです。先ほど、フランス語のことを答えたときに「丸暗記ですよ」、今回も「丸投げですよ」と、答えましたが、これはマイナスではないですね。何かに預けるということはとても勇気がいることです。20年代のパリと40年代の日本で、変わらなくてもいい、一つの命がそこをまたいでいるだけですから、変わるために何をしようかと話し合ったことは一度もしていません。
 
オダギリさんはフランス語を音で全体として覚えましたが、それはオダギリさんの芝居全体にも言えることで、彼は分析的に芝居をしません。フジタを伝記映画として演じるのではなく、佇まいとして20年代はこんな姿、40年代はこんな姿だったと表現するとき、オダギリさんがどう感覚的にいられるか。それを出来る役者は少ないのです。オダギリさんは、自分の身体感覚全体で芝居を掴むという難しいことができる俳優だと思います。
 
―――フジタを映画化するにあたり、どんなリサーチをされたましたか?
小栗監督:資料はたくさん残っていますし、エピソードもたくさんある人です。一通りは見ましたが、オダギリさんと一緒に「全部忘れてやろう」と。
 
―――最後に、今回映画を作り、藤田とお友達になりたいと思いましたか?
小栗監督:最後にイジワルな質問ですね。同じ時代に生きていたら、友達にならなかったと思います。2015年の今から1920年代や1940年代のフジタを思い描くと、私にとってのフジタは何かという問いが生まれますので、映画を撮った今は、とても親しい存在です。
(写真:河田真喜子 文:江口由美)
 

<作品情報>
『FOUJITA』
(2015年 日本=フランス 2時間6分)
監督:小栗康平
出演:オダギリジョー、中谷美紀、アナ・ジラルド、アンジェル・ユモー、マリー・クレメール、加瀬亮、りりぃ、岸部一徳
2015年11月14日(土)から全国ロードショー
公式サイト⇒http://foujita.info/
 
第28回東京国際映画祭は10月31日(土)までTOHOシネマズ六本木ヒルズ、TOHOシネマズ新宿、新宿バルト9、新宿ピカデリー他で開催中。
第28回東京国際映画祭公式サイトはコチラ http://2015.tiff-jp.net/ja/
 

air-di-550.jpg『エール!』エリック・ラルティゴ監督インタビュー

 (2015年6月26日 東京パレスホテルにて 《フランス映画祭2015》)
 

・(“La Famille Bélier” 2014年 フランス 1時間45分)
・監督:エリック・ラルティゴ
・出演:ルアンヌ・エメラ、カリン・ヴィアール、フランソワ・ダミアン、エリック・エルモスニーノ
・配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム
公式サイト⇒ http://air-cinema.net/

・コピーライト:La Famille Bélier © 2014 – Jerico – Mars Films – France 2 Cinéma – Quarante 12 Films – Vendôme Production – Nexus Factory – Umedia

公開情報:2015年10月31日(土)~新宿バルト9、ヒューマントラスト有楽町、梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、T・ジョイ京都、京都シネマ、シネ・リーブル神戸、TOHOシネマズ西宮OS ほか全国ロードショー


 

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~巣立ちの時を迎えた子供を愛情深く見送る両親と、
家族思いの健気な少女の物語~


《フランス映画祭2015》で観客賞を受賞した『エール!』。本国フランスでも大ヒットを飛ばし、新星ルアンヌ・エメラをセザール賞とリュミエール賞の両方で最優秀新人女優賞に、母親役のカリン・ヴィアールをリュミエール賞最優秀主演女優賞に輝かせた。いよいよ日本でも10月31日より全国公開される。両親と弟が聴覚障がい者で唯一健常者のポーラが、世間と家族の橋渡しという役割と自分の夢との狭間で悩み、さらにポーラの歌の才能を理解し応援する人々の物語は、映画祭でも大きな感動の渦を巻き起こした。フランス映画は今まで、『コーラス』(04)『モンテーニュ通りのカフェ』(06)『オーケストラ!』(09)と、音楽を主軸にした感動的なヒューマンドラマを送り出してきたが、本作でもハンディキャップを抱える家族と歌の才能を見出された少女との家族愛を、緑豊かな農村を舞台に、ユーモアあふれる明るい演出で魅了する。

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テレビのオーディション番組で注目されたルアンヌ・エメラを起用したエリック・ラルティゴ監督は、歌唱力と演技力の他に、健康的な美しさと優雅さを備えたルアンヌの魅力に着目したという。彼女の魅力が大きな存在となって映画を牽引したことは言うまでもない。また、聴覚障がい者の立場になってポーラの歌を聴くという離れ業で、自分たちだけがポーラの歌を聴けない悲しみを体感させている。両親の心の痛みと寂しさがひしひしと伝わり、胸が張り裂けそうになった。
 


【STORY】
酪農家のベリエ家の長女ポーラ(ルアンヌ・エメラ)は高校1年生。両親も弟も聴覚に障がいがあり、世間との通訳はポーラが担っていた。飼料業者への連絡や市場で売るチーズの説明や、はてまた両親の性習慣を医者に説明するのもポーラの仕事。元ミスの明るく社交的な美人の母親ジジ(カリン・ヴィアール)に、ぶっきら棒で無口だが家族思いの父親ロドルフ(フランソア・ダミアン)、おませな思春期真っ盛りの弟カンタン(ルカ・ジェルベール)と、ポーラを中心にした仲良し家族だった。


air-500-1.jpg気になる男の子ガブリエル(イリアン・ベルガラ)を追ってコーラス部に入ったポーラは、音楽教師のファビアン(エリック・エルモスニーノ)に歌の才能を見出され、パリの音楽学校の受験を勧められる。だが、歌うことの歓びを全身で感じながらも、耳の聴こえない家族をどう説得すればいいのか悩むポーラ。一方、娘の特別な才能である歌声を聴くことができない寂しさと家を離れようとする娘に落胆する両親。お互いを思い遣ればこそ苦悩は深まるが、日頃大人しい父親がとった行動とは?
 



巣立ちの時を迎えた子供を愛情深く見送る両親と家族思いの健気な少女の物語という、笑って泣ける感動作を撮ったエリック・ラルティゴ監督に、映画製作の過程や出演者についてお話を伺った。


――― テレビのオーディション番組で芸能界入りしたルアンヌ・エメラさんは、とても瑞々しい魅力を発揮していましたが、彼女を見てこの脚本を書いたのですか?
air-500-2.jpgいえ、映画製作は先に決まっていて、ポーラを演じられる女優を捜していました。ルアンヌはTVに一度しか出たことなかったのですが、彼女を見た瞬間に「彼女だ!」と感じました。オーディションでの即興劇の中のたった一言を聞いて、「ルアンヌでいける!」と思わせてくれました。ルアンヌが持つ美しさや優美さで長編映画を作ることができる!とね。彼女も私を信頼してくれましたが、それからが大変な思いをすることになるのですが(笑)。

――― 重いテーマを明るく感動的に作られていましたが、製作の経緯と演出で気を付けたことは?
確かにフランスでもこのような題材は重く落ち込みがちですが、私はそのハンディキャップを逆手にとってこの映画を作りました。ただ笑っているだけではなく、他の見方をすることもできます。元々この話は、ヴィクトリア・ヴドスという人の父親のアシスタントをしていた人にインスピレーションを得て、この話を書きました。フランス語でコダスといって、両親が聴覚障がい者の子供のことを指します。私はその話をもっと掘り下げて、家族に焦点をあてて、聴覚障がい者の両親の元からコダスが独立する物語としてシナリオを書き上げました。さらに、体の成長に心が追い付かない思春期特有の問題などを盛り込みました。

――― 両親役のカリン・ヴィアールとフランソア・ダミアンについて?
air-di-240-1.jpgカリン・ヴィアールには、お喋りで外交的で常に興奮状態にあるような、子供をとても可愛がって家庭を切り盛りする役を望みました。一方フランソア・ダミアンの方は、ぶっきら棒で内向的で、母親に比べれば控え目な役です。そのコントラストが面白いと思いました。聴覚障がい者は手話で話すと同時に顔でも語ろうとするので、そこが過剰演技に見えたかもしれませんが、健常者と同じようにお喋りな人と大人しい人がいることは確かです。

そんなベテラン二人が両親役を演じたことは、ルアンヌにとって大きな支えになったと思います。彼女自身、若いせいもありますが集中力が途切れることもありました。でも、ルアンヌの役は、手話をしながら話さなくてはなりません。この短い期間にそれをマスターしたことは快挙だと思います。特に、フランス語と手話は主語・述語の順番が逆で、構文が違うのです。手話とセリフを同時に言うことは二重に困難なことだったのです。それを遣り遂げたことはルアンヌにとってかなりのチャレンジだったと思います。

――― ポーラがパリに出たいと言った時両親と揉めましたが、フランスでも地方からパリに出るのに親と揉めるものなんですか?
どこでも子供が大都会に出たいと言ったときの問題は同じだと思います。いろんなカテゴリーの子がいます。ポーラの場合は歌で成功したいと思いましたが、パリや東京へ行きたいと夢見るような子はどこにでもいます。ただ、ポーラの場合は、聴覚障がい者の両親にしてみれば健常者との通訳という大きな橋渡しの役割を担っていた訳ですから、それは大問題です。それでも、それまでとは違う人生を歩むためにも家から出なければなりません。様々な問題を克服していくことこそ人生の醍醐味だと思います。

――― 劇中、ハッとするようなシーンがいくつかありました。コーラスの発表会のクライマックスのシーンや、ポーラを見送るシーンの演出について?
air-di-240-3.jpgあのシーンで音を切ったのは、観客の方に聴覚障がい者の世界を知ってもらいたいという意図からです。聴こえるはずの音が聞こえないと健常者はそこで欲求不満を感じるはずです。歌から受ける感情を一気にカットすることによって、その感情を他に持っていくことができたはずです。耳の聴こえない人の立場に立つ体験をしてもらいたかったのです。

ポーラが出発するシーンでは、聴覚障がい者はとても慎み深い人たちでして、一度目ではきちんとお別れできなかったので、ポーラは戻ってきたのです。二度目は家族みんなで抱き合っていましたが、彼らは耳が聴こえない分他の感覚に優れていますので、母親がポーラの髪を触ったり匂いを嗅いだり、体に触ったりしたのです。日本ではあまり他人を触ったりしないと聞いていますが、私はこういうシーンは好きです。聴覚に障がいがあると、視覚・嗅覚・触覚といった3つの感覚でコミュニケーションをとっているのです。

――― フランスで大ヒットしましたが、完成版を見た時、「これはいける!ルアンヌは女優賞を獲れる!」という確信は持てましたか?
いえ、確信は持てませんでした(笑)。映画はとても面白いものですが、もろいものでもあります。この映画を撮って2年半経ちますが、今でもこれでいいのだろうかと疑問が沸いて不安になる事もあります。映画を撮っている時は、白髪が増えるし眠れなくなるし、とても怖く感じることがあります。そんな時は、「ただの映画じゃないか」と自分に言い聞かせています。映画はとても不思議なものです。

 



劇中、ミシェル・サルドゥの曲が多く使われているが、特に、ポーラそのものを歌っているような「Je Vole(青春の翼)」が素晴らしく、見終えてからも頭の中でぐるぐるとリピートされていた。監督は脚本の段階からミシェル・サルドゥの曲を使おうと決めていたそうだが、フランスでは懐メロのようで、コーラス部の学生たちから「え~っ!?」とブーイングが起こっていた。だが、歌詞の内容は若い世代の心情と重なる部分が多く、まるで描き下ろし曲のように思えた。音楽にも注目して何回でも見たくなる、そんな映画です。

(日本のものが大好き!というエリック・ラルティゴ監督は、おかきを美味しそうにポリポリ食べておられました。)

 (河田 真喜子)

GH-550.jpg『グラスホッパー』瀧本智行監督インタビュー
2015年10月10日(土)


『グラスホッパー』
・2015年 日本 1時間59分 PG12
・原作:伊坂幸太郎(『グラスホッパー』角川文庫)
・監督:瀧本智行(『樹の海』『脳男』『犯人に告ぐ』)
・出演:生田斗真、浅野忠信、山田涼介、麻生久美子、波 瑠、菜々緒、村上淳、宇崎竜童、吉岡秀隆、石橋蓮司
公開日:2015年11月7日(土)~全国ロードショー
・公式サイト⇒ http://grasshopper-movie.jp/

・コピーライト: (C)2015「グラスホッパー」製作委員会
・配給:KADOKAWA/松竹



~闇組織相手に復讐を誓う草食男、最強を競う殺し屋、意表を突くエンディングに喝采!~

 

【映画】『グラスホッパー』

140万部を突破した伊坂幸太郎のベストセラーを、瀧本智行監督が生田斗真、浅野忠信、麻生久美子ら個性派キャストで映画化した異色のハードボイルド。

GH-240-2.jpg人口過密都市、東京・渋谷の住人たちは密集して育つとグラスホッパー(=トノサマバッタ)のように黒く凶悪になって草食男を襲う。元中学教師・鈴木(生田斗真)は殺された婚約者の復讐を果たすため裏社会に身を投じる。

そんな彼に、2人の殺し屋が関わる。人の心を狂わせる“自殺専門”の殺し屋「鯨」(浅野忠信)、人を殺すことで生を感じる若い殺し屋「蝉」(山田涼介)、そこに、婚約者の恨みを代わって果たしてくれた“押し屋”(吉岡秀隆)も加わり、運命に操られるように、男たちが交錯する…。
 



瀧本智行監督が11月7日からの公開を前にPRのため来阪。伊坂原作のポイント、魅力を聞いてみた。

GH-di-2.jpg―――伊坂幸太郎の小説は読んでましたか?
瀧本監督:何冊か読んでいたけど、これは10年以上前に出たものなので読んでませんでした。伊坂さんの小説は独特のオフビート感がありユーモアもあるので、そこを外すとうまくいかない。僕が伊坂さんの小説を手がけるなんて夢にも思いませんでした。

―――原作者から指名されたそうだが?
瀧本監督:伊坂さんはひねりやユーモアよりも、重量感がほしいという感じでしたね。(従来とは別の監督で)化学反応を期待されたんじゃないですか。

―――作家からの指名は光栄でしょうが、読んでどうでした?
瀧本監督:まず難しいなと思いましたね。三つの視点が複雑に錯綜してるし、強敵だなと。ハードボイルドには(自分は)合うと思っていたけど、そのままやったら誰も見に来ないものになってしまう。なので、緩急つけることに気を付けました。

GH-240-1.jpg―――瀧本監督には珍しい殺伐とした映画だが?
瀧本監督:暴力映画は痛くしないといけないと思っています。映画も漫画も“生々しいものは排除しなさい”という空気になっているが、痛いものは痛い。それをゴマかしているから現実の暴力がより過激になっている。だから、生々しく撮ることを心がけました。子供時代は映画ももっと過激だったと思います。『ランボー』なんか…。今の若いのは“グロい”とか言って避けてしまう。そうなっている現実を見つめないとね。鈴木(生田斗真)の婚約者・百合子(波瑠)のエピソード、ケーキを作ったり、冷凍した料理を温めたりするエピソードを膨らませました。バランスのとり方に気をつけたんで、鈴木に感情移入しやすくなっていると思います。脚本(青島武)も10稿以上、直しました。

―――思い通り撮れましたか?
瀧本監督:監督が満足することは少ないと思うが、ある程度、近づけたと思います。

GH-240-3.jpg―――殺し屋の鯨(浅野忠信)が亡霊に悩まされて、最後に亡霊が父親(宇崎竜童)だったと分かって驚いたが?
瀧本監督:鯨がやった仕事を全部、振り返れないので、最初に殺した一人に絞りました。それが原作にはなかった父親になったのです。

―――『樹の海』で監督デビューして10年。順調なキャリアだが?
瀧本監督:毎回、新人監督の気持ちに近づいています。撮るたびに怖くなっていっているんです。キャリア重ねて、コツみたいなものは掴んでますが、それは便利で悪くはないんだけど、作れば作るほど難しいですね。だから、カメラマンとか、同じ人と続けて撮ったりしませんね。出来るだけ新しい気持ちでやりたいと思って気を付けています。

GH-di-1.jpg―――次にやりたいものとか「これを撮りたい」という夢の映画は?
瀧本監督:次に撮りたい映画はもう書いています。地味だけど、深まっているものにしたい。“グラスホッパー”とは対極的なものにしたいです。

―――夢の映画は?
瀧本監督:夢は“セリフが一切ない映画”です。フランスの“アーティスト”があったし、あれは見事な映画だったけど、過去の一時代に材を取っている。僕が考える“サイレント映画”は今現在の生活を描きながら、見ている者の心に迫る、そんな映画ですね。 

―――改めてハードボイルド映画『グラスホッパー』の見どころを?
瀧本監督:ひと口で言うと、スピード感、疾走感でしょうね。一体どこへ行くんだ?という感覚。伊坂さんはどういう発想からこんなことを考え付くんだ?というとんでもないところを味わってもらいたい。


(安永 五郎)

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(写真:左から、榊英雄監督、武田梨奈、遠藤健一、三浦誠己、森本英樹)


発禁小説の映画化『木屋町DARUMA』メインキャスト舞台挨拶

(2015年10月4日(日) 大阪十三・第七藝術劇場にて)
ゲスト:榊英雄監督、遠藤憲一、三浦誠己、武田梨奈

『木屋町DARUMA』
・2014年 日本 1時間56分 R15+
・原作・脚本:丸野裕行(「木屋町 DARUMA」オトコノアジト電子書籍出版)
・監督:榊 英雄
・出演:遠藤憲一、三浦誠己、武田梨奈、尾高杏奈、趙珉和、勝矢、烏丸せつこ、木下ほうか、寺島 進、木村祐一
公開:2015年10月3日(土)~第七藝術劇場、京都みなみ会館、元町映画館 ほか全国順次公開
公式サイト⇒ http://kiyamachi-daruma.com/
・コピーライト(C)2014「木屋町DARUMA」製作委員会


 

~遠藤憲一×榊英雄監督、京都オールロケ、
木屋町を駆け抜けた“濃厚な男たち”の生き様~

 

DARUMA-1.jpg京都の歓楽街・木屋町を舞台に、子分の裏切りで四肢を失った元ヤクザが恐怖の取り立て屋としてしぶとく生きる抜く様を描いた『木屋町DARUMA』。文字通り這いつくばって、えげつない方法で債権者を恐怖のどん底に陥れては返済を迫る、凄腕取り立て屋の勝浦が主人公。彼の世話をする若いヤクザ・坂本の極道に生きる心境の変化を通して、寡黙な勝浦自身をより人間味あふれる人物として浮かび上がらせている。丸野裕行の発禁小説の映画化に挑戦したのは、『誘拐ラプソディー』『捨てがたき人々』、さらには今年だけでも4本の作品を撮っている榊英雄監督。俳優としても活躍している榊監督の精力的な制作活動は、タブーをものともしない本作の勢いに現れている。


その榊英雄監督と、主演の勝浦を演じた遠藤憲一、世話係の坂本を演じた三浦誠己、そして親の借金のせいで人生を狂わされる女子高生を演じた武田梨奈が、公開2日目の10月4日、大阪は十三にある第七藝術劇場にて舞台挨拶を行った。
 



DARUMA-B-240-ENDOU-3.jpg年々大きな存在感で観客を圧倒している遠藤憲一。映画だけでなくTVドラマやCMなどでも大活躍の強面(こわもて)顔の人気俳優。TV『民王』では、菅田将暉演じる息子と体が入れ替わる総理大臣の役を演じ、また映画『ギャラクシー街道』(三谷幸喜監督作10/24~)の公開も控えており、今後の人気急上昇が期待される。本作では、「榊監督の執念が凄くて、俳優陣もTVではできないような思いつく限りのことをやりました。怒涛の撮影が終わって、やりきったというより、こんなの誰が観てくれんねん?という思いの方が強かったです」。立見が出た超満員の会場に向かって、「こんなに沢山来て頂いて、本当に嬉しい!」と挨拶。

 


DARUMA-B-240-MIURA-2.jpg深い思いを秘めたもの静かな男が似合う三浦誠己(まさき)。本作では、仕事の段取りから勝浦の下の世話までする耐える坂本を熱演。坂本自身も親の借金のせいでヤクザの世界に入った過去を持ち、勝浦や組織の極悪非道な取立てに疑問を持つという、どこか悲哀を感じさせる重要な役どころだ。「若い頃から憧れていた遠藤憲一さんに胸を貸して頂いて、榊監督には愛して頂いて、どうにか魂を込めて演じることができました」と。また「僕の人生で大きな節目になった作品。撮影にのめり込み駆け抜けた3週間はとても楽しい期間でした」と、ハードな撮影を振り返り、本作が多くの人に観てもらえるよう観客の協力を仰いだ。

 




DARUMA-B-240-TAKEDA-2.jpg親の借金のせいで風俗嬢にされ、人生を狂わされる女子高生を演じた武田梨奈。持ち前の高い身体能力を活かして、勝浦の恐怖の取立てに恐れおののく様や、病んで堕ちて行く狂気の様を体当たりで演じていた。監督から「帰れ!」と何度も怒鳴られたり、本編を初めて観てショックを受けたりと、「今回の現場は今までで一番緊張してプレッシャーが大きかったです」と振り返る。また、「TVではタイトルさえ出せない作品がこうして公開されて、沢山の方に観て頂けて本当に嬉しい」。先ごろ映画『かぐらめ』という作品で、ロサンゼルス日本映画祭最優秀主演女優賞を受賞している。

 

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榊英雄監督は出版できない小説を映画化した理由について、「作品の世界観に惹き付けられたのは勿論だが、以前から濃厚な男の世界を描いてみたかったので、プロデューサーを焚きつけて敢えて挑戦した」。さらに、「2年半前に撮り終えてからいろんな事があり、こうして初日を迎えられて感無量です」と、公開の喜びを語った。


 
 


(敬称略) 
DARUMA-B-240-ENDOU.jpg――― 遠藤憲一さんは、表現や役作りに苦労した点は?
遠藤:両手両足がないという規制の多い不自由な役ですが、それでもチャレンジしたいと思いました。ところが、撮影が始まってすぐに「受けなきゃよかった!」と後悔(笑)。両手両足にグリーンのカバーを着けたり、車椅子では椅子の上に正座した上に両腕は後ろ手にしたりと、自由に動ける状態が殆どなくてしんどかったです。でも、監督に責められながらも、何とかやりきりました。

 

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――― 三浦誠己さんは、木下ほうかさんの命令で寺島進さんの耳に穴を空けるシーンで木下さんに殴られてましたが、あれはマジで?
三浦:はい、マジで殴られました。木下さんの蹴りが僕の急所に入って、痛くて痛くて。ホテルに帰って氷で冷やそうと氷を取りに行ったら木下さんと会って、「あぁ大丈夫か~、俺のせい~?」と言われ、「お前のせいじゃ!」と言いたかったのですが、笑って誤魔化しました(笑)。


 

――― (司会の森本英樹)僕も寺島さんの耳に穴開けるシーンで出演させてもらっていたんですが、あまり出しゃばっちゃいけないと思って力を抜きつつやったら、「おらっ!そんなんじゃ痛ぇことできねえだろうが!」って怒られました。
DARUMA-B-240-SAKAKI-2.jpg三浦: 「俺が下手くそに思われるじゃねえか!」ってね(笑)。
榊監督:先輩後輩関係なく、思いっきりやれ!ということだよね。ところで森本君、いつの間にか僕の現場にいて、いつの間にか衣裳着けて立ってたね?(笑)
(ここで、会場に駆け付けた高山トモヒロを見つけた榊監督)
高山トモヒロ:木下ほうかさんに、「オマエ、腹黒いからヤンキー役似合うで」と言われて出演しました(笑)。現場はとてもピリピリしていたんですが、控室はとても穏やかでした。これがホンマのもの創りの空間なんやなと、いい勉強になりました。それにしても、何で森本が司会やねん!?オレ違うか?(笑)
榊監督:高山さんの監督作『ベイブルース(~25歳と364日~)』にも森本君は出演したんですよね?
高山:そうなんです!台本に名前はなかったのに、現場に勝手に入って来てるんですよ!(笑)

森本:すんません!
 


〈会場の観客からの質問〉

DARUMA-B-240-ENDOU-2.jpgQ:遠藤さんは関西弁が完璧だったと思いますが、ご出身は?
遠藤:ホントですか?嬉しいな~出身は東京です!(笑)凄くしごかれたんですが、大阪の方にそう言われて嬉しいです。
榊監督:木下ほうかさんがしつこい位ダメ出ししてました。ちなみに武田さんも神奈川出身なんですが、関西弁上手かったでしょう?(会場から拍手)
森本:ほうかさんが「ええ感じやわ~!」って言ってました。
武田:やたら木下ほうかさんを真似しますね?
榊監督:ほうかさんの真似しないと喋れない!(笑)

 

Q:取り立てが終わって、坂本に「何であそこまで出来るんですか?」と聞かれ、勝浦が「狂ってるからや」と答えてましたが、遠藤さんはこの役に共感できることはありますか?
遠藤:一切、共感できません!(笑)ただ、「何がなんでも生きるんや!」という思いが、「狂ってるんや」という言葉に反映されたんだと思います。「生きてやる!」というのが本意ですね。


――― 最後に。
榊監督:本日はどうもありがとうございました。情熱をもって作った映画です。公開までに2年半かかりましたが、より多くの方に観て頂きたいと思います。よろしくお願いいたします。
遠藤:三浦君がかつてこの劇場で舞台挨拶をした時にはお客さんはたったの4人だったそうです。僕も九州の劇場で観客が4人だった経験があります。今日はこんなに沢山の方に来て頂いて、心から感謝いたします。本当にありがとうございました!


 
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(舞台挨拶終了後のフォトセッションで壇上に上がってきてくれた高山トモヒロも一緒にハイポーズ!
左から、森本英樹、榊英雄監督、武田梨奈、遠藤健一、三浦誠己、高山トモヒロ)


映画でしか描けない世界『木屋町DARUMA』はTVでは放送できないそうだ。映画館でしか観られない映画、ヤクザと言えどもパワフルに生き抜いた男たちの情熱を、是非劇場でお確かめ下さい。

(河田 真喜子)

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【おまけの写真】昼食時にくつろぐゲストの皆さん (松井寛子さん提供)