レポートインタビュー、記者会見、舞台挨拶、キャンペーンのレポートをお届けします。

2014年6月アーカイブ

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トム・クルーズが「まいど!」“クルーズ”で華麗に登場!『オール・ユー・ニード・イズ・キル』道頓堀クルージングイベントレポート

(2014.6.26 大阪:道頓堀)
ゲスト:トム・クルーズ、ダグ・ライマン監督、アーウィン・ストフプロデューサー
 
日本の作家、桜坂洋のSF小説『All You Need Is Kill』を映画化、今までにない斬新な設定のSFアクション大作『オール・ユー・ニード・イズ・キル』が 7 月 4 日(金)に3D/2D 同時公開される。
 
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トム・クルーズが演じるのは、軍人でありながら、自称“戦闘に向いていない男”の広報官、ケイジだ。突然激戦区の最前線に送り込まれる羽目となり、あっけなく殺されたはずなのに、死の一日前に戻ってしまうループ現象に陥ってしまう。同じくループ体験を持ち何百回も死んだ女兵士、リタ(エミリー・ブラント)との出会いにより、何度も死を繰り返しながら、侵略者を倒すため戦闘能力を鍛え上げられるケイジの成長物語であり、ラブストーリーの一面も見逃せない。『ボーン・アイデンティティー』の監督、ダグ・ライマンによるテンポの良いアクション活劇は、ループ体験から少しずつ侵略者の生命源を特定するスリリングな展開や、軍隊内部での上司や同僚との駆け引きを交えながら、懸命に闘う戦士たちを魅力的に描き出している。
 

 

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公開に先駆け、25日(水)に主演のトム・クルーズが、関西から記念すべき20回目の来日を果たし、関西ファンの大声援に笑顔で応えた。翌26日(木)には、何度死んでも死の1日前へループを繰り返すストーリーにちなみ、1 日で 大阪⇒福岡⇒東京を回る“ループ・キャンペーン”を敢行。そのスタート地点となった大阪では真夏を思わせる快晴の中、浪速の名所、道頓堀をクルージングしながら『オール・ユー・ニード・イズ・キル』チームがファンの前に登場した。トム・クルーズが手を振りながら「クルーズでクル~!」姿に、早朝から駆け付けたファン3000人のテンションも最高潮に!

 

 

 

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まずはアーウィン・ストフプロデューサー(写真右)が「大歓迎ありがとうございます。『オール・ユー・ニード・イズ・キル』は日本発の映画、日本に持ってこれてうれしい」、引き続きダグ・ライマン監督(写真左)が「今日はありがとうございます。これから3都市を巡ってプレミアイベントを行うが、大阪は最高!」と挨拶。
 

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続いて、トム・クルーズ(写真中央)が「まいど、おおきに!」と日本語で挨拶し場内が大歓声に包まれると、「私にとって日本は本当に特別な国。本作は日本の作品が原作なので、特別度が増しています。道頓堀クルーズは素晴らしい体験、日本の文化が大好き、日本を愛しています」と日本愛を披露。作品については「今まで出演してきた映画の中で、最もユニークなラブストーリー」とトム流の見どころを明かすと、トム・クルーズが身に着ける30キロもある機動スーツについては最初は着用に10分以上かかっていたのが、最後には30秒で着用できるようになったと撮影秘話も飛び出した。

 

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全国のファンのメッセージと共に、会場のファンからも「まいど!」と大きなコールで、トム・クルーズに「まいど」返しする場面も。ファンへ笑顔を絶やさず、360度丁寧に手を振り続け、最後には手でハートマークを形作ってファンへ感謝の気持ちを表したトム・クルーズ。船上からの素晴らしいファンサービスぶりに、イベントの最後までトムコールは鳴りやまなかった。

7 月 4 日(金)の劇場公開に先駆け、6 月 28 日(土)、29 日(日)に緊急先行上映が決定している『オール・ユー・ニード・イズ・キル』。過酷な”ループ”現象の中、強くなっていく男ケイジ。その愛と侵略者との闘いの行方は必見だ。

(江口由美)

 
 
 
 
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『オール・ユー・ニード・イズ・キル』

(2014年 アメリカ 1時間53分)
監督:ダグ・ライマン 
出演:トム・クルーズ、エミリー・ブラント、ビル・パクストン、他
※6 月 28 日(土)、29 日(日)緊急先行上映! 
7 月 4 日(金)大阪ステーションシティシネマ他全国ロードショー【2D/3D&IMAX 同時公開】
配給:ワーナー・ブラザース映画 
 ©2014 VILLAGE ROADSHOW FILMS(BMI)LIMITED
 

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『あいときぼうのまち』菅乃廣監督、井上淳一さん、大島葉子さんインタビュー
(2013年 日本 2時間6分)
監督:菅乃廣 
脚本:井上淳一
出演:夏樹陽子、勝野洋、千葉美紅、黒田耕平、瀬田直、大島葉子 ほか
2014年6月28日(土)~テアトル梅田、今夏京都シネマ、元町映画館他全国順次公開
※テアトル梅田公開初日、菅乃廣監督、千葉美紅さん、夏樹陽子さん、黒田耕平さん舞台挨拶予定
※大阪アジアン映画祭2014メモリアル3.11部門入選
 ドイツ・フランクフルトNippon Connection2014 Nippon Visions部門公式出品作品
(C) 「あいときぼうのまち」映画製作プロジェクト
 

~70年、4世代から浮かび上がる原発を背負わされた福島の闘い、そして未来~

 
1945年、福島県石川町で行われていた学徒動員によるウラン鉱石採掘から、1966年福島県双葉町での原発建設反対運動による町民同士の軋轢と運動の終焉、そして2011年福島県南相馬市に押し寄せた東日本大震災による津波と原発事故による肉親の死、東京への避難生活・・・。4世代70年に渡って描かれる原子力エネルギーをめぐる抵抗と翻弄の歴史の中で、抵抗する人もいれば、従う人もいる。震災後様々な形で3.11が映画の題材となっているが、福島の人々や変わりゆく街を真摯に見つめているのが印象的な『あいときぼうのまち』は、過去から現在への流れが体感できる野心作だ。監督は福島県出身の菅乃廣。脚本は『戦争と一人の女』で監督デビューを果たした井上淳一。夏樹陽子、勝野洋をはじめ、『戦争と一人の女』にも出演している大島葉子も井上作品で再び出演を果たしている。
 
3月の大阪アジアン映画祭2014メモリアル3.11部門上映でも好評を博した本作の菅乃廣監督、井上淳一さん、大島葉子さんがキャンペーンで来阪し、70年に渡る福島と原発の歴史を描く本作の企画~脚本が出来上がるまでの経緯や、福島原発問題を扱った作品に役者として出演することの意味、タイトルに込めた狙いについてお話を伺った。
 

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―――企画のきっかけは?
菅乃:2011年福島第一原発の1号機、3号機が爆発する事故が起き、僕はその映像をテレビで観ていました。僕は福島県二本松市出身ですが、大学以降はずっと東京に住んでおり、故郷を捨てたような感じになっていたのです。でも、爆発の映像を観て、福島に対する思いが強くなりました。故郷を舞台にした映画を作りたいと考えたとき、原発の問題を避けて通ることはできません。それが今回の『あいときぼうのまち』に繋がっていきました。
 
―――「これを映画にしなければ」と感じたのでは、いつですか?
菅乃:爆発の映像を観てすぐですね。本格的に動き始めたのは2011年の夏です。最初は1970年ぐらいに書かれた『原発ジプシー』という原発労働者を題材にした本を原作にと考え、今回脚本を担当していただいた井上さんに相談しました。色々検討した結果、今回はオリジナル脚本で行く方向性となったのです。
 
―――1945年から2012年まで、70年弱という非常に長いスパンで、福島の4つの時代を取り上げ、脚本にしようと考えた理由は?
井上:3.11を経験して、モノを表現する人は皆、これからは3.11後を意識しなければと思ったはずです。ただ実際には苦労しました。原作と考えていた『原発ジプシー』は原発労働の詳細を描いているので、原発の中でロケができないとなると、セットを作らなければなりません。台詞にも書きましたが、「原発は最新技術で作られているけれど、やっていることは格差社会の底辺の人による人海戦術」なのです。このままではそのテーマが立ち上がってこないので、一旦ふりだしに戻りました。
 

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―――なるほど、原作から離れて、オリジナル脚本が立ち上がるまでに、紆余曲折があったのですね。

井上:最初は現在だけを描こうと思っていましたが、本当にこれが福島の人に届くのか、被災者目線に立っているのかと考えたとき、立ちすくんでしまったのです。そのとき、たまたま新聞で読んでいたウラン開発の記事を目にし、車で福島まで行ったときのことを思い出しました。そこで、東京と福島は地続きであることに改めて気づいたわけです。津波被害も、ほんのちょっとの高低さで建物が残っている場所もあれば、全て流された場所もあり、そこにいたのが僕でもおかしくはなかった。ウラン採掘の石川町に寄った時も、土地だけでなく時間も地続きなのだと思ったのです。ウラン採掘の問題を取り入れることで、他の3.11を扱った映画と差別化を図れるし、ドキュメンタリーにはないフィクションの視点を獲得できるのではないかと考えました。また監督からは、66年原発反対運動が潰れていく様も描いてみてはとアドバイスをいただいたのです。そうすれば、全体的なテーマとして、国家及び国家的な政策によって蹂躙(じゅうりん)された命や尊厳を奪われた人たちの歴史が描けるのではないか。そういう発想で書き上げていきました。

―――時代をクロスさせるような作りにした狙いは?
井上:我々が描くべきものは人間です。10年ぐらい前からメキシコの脚本家、ギジェルモ・アリアガ(『バベル』脚本を担当)は時制を入れ替えて書いています。ある時期から、ふつうの時間軸だけではこの世の中を捉えられないと、世界中の作家が感じたのだと思います。福島の被災者といっても色々あるわけで、それらを含めて包括的にやるためには、時間軸を入れ替えるしかなかったのです。
 

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―――現在の東京が舞台の場面では、井上さんご自身を投影した役もあるそうですね。
井上:僕は被災地ボランティアに行かず、募金をしてしまうとそこで完結してしまうような気がして、それもできずにいました。「絆」、「がんばろう」、「一人じゃない」という言葉への嫌悪と相まって、何もできずに半年経ち、現地を見に行くことしかできない。カッコつけて言えば、そういう自分を、「引き受けて」書くことしかできないのです。僕を誰に重ねたかといえば、福島から避難して東京で暮らしている高校生、怜が渋谷で出会った募金詐欺の「俺はライターだ」と言う男です。何もしていないように見えて、僕の視点はあそこなんですよ。だから怜は彼だけに「死ねばいいのに」とむき出しの言葉を投げつけられるのです。そういう意味でいえば、僕がしたのは福島のことを書きながら、福島から今の日本を映すことを書いているのです。
 
―――怜と募金詐欺の沢田は、「うそなんでしょ」という言葉をお互いに投げあう姿が現在の若者たちを象徴しているようにも見えました。
井上:家族全部死んだというのは嘘だけど、ほかのことはたぶん彼女が体験してきたことなんですよね。嘘に任せるから本当が言えるという部分が人間にはあると思います。僕はいつも書くときに、本当か嘘かを考えます。その中で人は揺れるのではないのでしょうか。
 

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―――本作にオファーされたときや脚本を読まれたとき、大島さんはどんな感想をもたれましたか?
大島:作品を観ている人は役者を観ているので、出演するということは責任を持たなければいけないと思い、しっかり脚本を読んだ上でお受けしました。私も(表現者としての)責任があるということを口実に、震災後何も行動を起こさなかったのです。自分の中で「何かしなければ」と思いつつも、何もできなかった。でも、今回この脚本をいただいて、ここで一歩何か話せるのではないか。参加することによって、私も何かできるのではないかと思いました。
 
―――実際に出演されて、ご自身の中で変化はありましたか?
大島:3.11以降は福島を題材にした作品がたくさん作られており、原発を題材にして撮ることに対して、それに便乗しているのではないかと悪く言う声もたくさん耳に入ってくるので、それを知った上で自分で何かをすることに覚悟は要りました。また、周りの役者仲間は福島での撮影を断っている方もいらっしゃるのは事実です。でも、自分がどういうふうに福島にかかわっていきたいかという意味で、この作品に参加することがいいきっかけになりました。参加してよかったと思っています。
 
―――大島さんは、愛子の母役(原発建設による土地買収に最後まで応じなかった夫と娘を残して家を出てしまう)を演じています。登場シーンは少ないですが、最後に夫に対して「ごめんなさい」と言うのがとても印象的でした。
大島:自分に対して、夫に対して、娘に対して、そして全てに対しての「ごめんなさい」だと思っています。家を出ざるを得なかった彼女の行動は必ずしも悪いことではないと思います。自分がその時代に暮らしていて、その立場であれば家を出たかもしれない。だけど、そういう自分に対しての葛藤もあり、娘にも「自分のところに来てもいいのよ」と声をかければ、夫の本心を聞いてやっと全てを口に出して謝ることができたのです。とても感情的に難しい役でした。
 

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―――原発誘致に反対して土地売却の話を断りつづける家族、仕事での被ばくによるガンで息子を亡くした家族、3.11後の東京で祖母を津波で亡くした責任を感じながら生きている少女など、それぞれの時代のむしろマイノリティーになっている人々を描いていると捉えることもできますね。
大島:本当に個人的な自分の中のことを客観的に出す。ここに出てくる登場人物ではなくても皆それぞれ持っている事実で、たまたまそれを象徴的に全部の中で描かれているという意味では、私はそれは特別なことではないと思います。
菅乃:2011年の被災があり、その後に福島ナンバーでコンビニに入ろうとしたら断られたり、福島から東京に避難してきたら学校で色々言われたりしたという話を聞きました。3月11日を境に、福島というだけで差別される人間になってしまったのかと思うとすごくショックで、自分が難民になったような気持ちがしたのが、今回の映画の一番の動機につながるところです。今までふつうに過ごしていたのに、いつの間にか差別される人間になってしまったという思いがずっとあります。誰でも何かのきっかけで差別のような待遇を受け、理不尽な思いを受けるのではないか。物語の中にも若干そういう匂いが出ればいいかなと思っています。
井上:原発事故後、いまだに故郷に帰れない人が20万人もいる中で、彼らのことを考えることなく、平然となかったように原発稼働を押し進めることが僕には分からないのです。まるで子どものように「訳がわからない」と感じることが、僕がマイノリティーに仮託したり、彼らを描いてしまうことなのだと思います。そして、それをマイノリティー的視点というのならば、その視点こそが、危うい方向に突き進んでいく世の中をギリギリつなぎとめる水際の闘いができるのではないでしょうか。
 
―――最後に、『あいときぼうのまち』というタイトルに込めた想いを教えてください。
井上:大島渚さんは、デビュー作で階級差は決して埋まらないという話を書き、最初は『鳩を売る少年』というタイトルにしました。地味だからと『怒りの町』に変更したけれどそれも却下され、最終的には『愛と悲しみの街』で会社と合意したら、翌朝刷りあがってきた台本には『愛と希望の街』と書かれていて、愕然としたそうです。結果的に、大島さんは愛も希望もない街としかとれないような作品に仕上げたということが頭にありました。それでどうしてもこのタイトルを付けたかったのです。大島さんの作品から55年たち、階級差や愛と希望のなさがより見えにくくなっているので、ひらがなにしたら見えるのではないか。また、こういうインディーズ映画はなかなか世間には届かないので、大島さんのタイトルで響いてもらえるのではないか。そして、大島さんが亡くなった今、大島さんの椅子は空いているので、誰か座りにいかなければ席そのものがなくなってしまう。そういう意味も込めています。社会的には愛も希望もないけれど、個人個人については愛と希望をもってほしいし、これからを生きる怜には愛と希望を持ってほしいと思って脚本を書きました。
(江口由美)
 

sutegataki-s-550.jpg素直さで人間の業に迫る!『捨てがたき人々』榊英雄監督(44)インタビュー

(2012年 日本 2時間03分)
原作:ジョージ秋山
製作・監督:榊 英雄  製作・脚本:秋山 命
出演:大森南朋、美輪ひとみ、美保 純、田口トモロヲ、滝藤賢一、内田滋

2014年6月14日(土)~テアトル新宿、テアトル梅田、京都シネマ、7月12日(土)~元町映画館 他全国順次公開

★作品紹介は⇒ こちら
★公式サイト⇒ 
http://eiga.com/jump/QDXiy/

(C)2012「捨てがたき人々」製作委員会


 

~多様な人間性があるからこそ愛おしくなる“捨てがたき人々”~

 

sutegataki-550.jpg 長崎県五島を舞台にした『捨てがたき人々』は、生きることを否定しながらも欲望むき出しに女にすがりつく男の生き様を通して、「何のために生まれ、何のために生きるのか」を、いまを生きる我々の心情に、根底から突き動かすような勢いで問い掛けてくる。ジョージ秋山の原作に共感した榊英雄監督が、ジョージ秋山の息子の秋山命と共に製作し、脚本は秋山命が担当。二人は同じ年の双子座生まれ。製作時期が丁度厄年にあたり、この作品に今までのオリや不祥をすべてぶつけて、これからの人生を新たにスタートさせるキッカケにしようと思ったらしい。そこには、榊監督自身の個人的なバックグランドが強く反映されているというから、本作への想いはより深くて強いものがある。

 【STORY】
sutegataki-2.jpg 金も仕事も家族も希望もなく、「生きるのに飽きちゃった…」と、人生に行き詰まって故郷に戻ってきた勇介(大森南朋)。誰もがよそ者の勇介を警戒する中、弁当屋の顔にアザがある京子(三輪ひとみ)だけはいつも明るく微笑み掛けてくれた。京子は、乱暴されても人懐こく勇介の世話をするうちに、いつの間にかなしくずしに体を重ねるようになる。そして、京子は身籠り、勇介は京子が信奉する教団幹部経営の水産加工会社で働くようになる。そこでは、教団幹部の不倫や自殺騒ぎなど、ドロドロとした人間の欲望を目の当たりにする。

 愛のない両親から生まれ、劣悪な環境で育った勇介は、はじめは京子の妊娠を喜ばなかったが、それでも男の子の父親になったのだ。10年が経ち、勇介は京子の叔母であるあかね(美保純)とも関係を続けており、京子は顔のあざを化粧で隠すようになっていた。息子は成績優秀な子に育ったが、自堕落な父親を毛嫌いし反発していた。まるで自らの生い立ちを辿るかのような現状に驚愕するのだった…。


 【榊英雄監督のプロフィールについて】
sutegataki-s-2.jpg1970年、長崎県五島市出身。福岡の大学卒業後、ダンサー目指して4月に上京。6月に「ぴあスカラシップコーナー」で古厩智之監督の『この窓は君のもの』の主演男優募集に応募し合格。8月には撮影に入るという、ラッキーなスタートをきる。ところが、その後7年間は暗黒時代で、年中バイトに明け暮れる日々だったという。そんな時、俳優仲間との宴席で売れっ子の俳優にケチを付けていたら、女優の片岡礼子に、「カッコ悪いわね、英雄君。他人を批判・中傷する暇があったら、自分で脚本書いて監督すれば、自分で主役ができるでしょう!」と言われ、それで奮起して撮ったのが、『“R”unch Time』(‘96)だったそうだ。

それから数年後、TSUTAYAのレンタルポイント懸賞で3位に入賞し、授賞式で1位を獲った北村龍平監督と出会い、『VERSUS-ヴァーサス-』(‘01)への出演依頼を受ける。もう諦めて田舎に帰ろうと思っていた矢先のことで、北村監督から「次でダメだったら田舎へ帰ればいいじゃない」と諭され挑戦。初めてのアクションだったが、ダンスの振付と考えて見事に演じた。「片岡礼子と北村龍平監督との出会いがなければ、今の自分はない。俳優業も監督業もどちらも好きだ」という。何でもこなさなければいけない時代にきているのかも知れない。

「映像作家と言われるような監督ではなく、娯楽性も芸術性もある映画が撮れる職業監督になりたい」。また、「ジャンルにこだわらず興味のある題材を撮ってきたので、傾向的にバラつきがあるかも知れないが、自分ができる幅の中で見つけた題材が本作だった」。

 【作品について】
sutegataki-s-3.jpg俳優としても活躍する榊英雄監督は、菅井きん主演の『ぼくのおばあちゃん』(‘08)や高橋克典主演の『誘拐ラプソディ』(‘10)と、疎遠になりがちな家族の人間模様をユーモラスに人情味たっぷりに描いた作品を監督している。(筆者は特に『誘拐ラプソディ』がお気に入り!テンポの良さと林遼威くんのはじけっぷりが最高!)これらとは打って変わって、人間の業を生々しく描いた本作は異色だ。榊監督にとっても勝負を賭けた作品と見受けられる。

榊監督は、秋山命や主役の大森南朋と共に、「同世代の自分たちの内面をさらけ出し、気持ちを叩き込み、今後何十年生きられるか分からないが、いま生きている現代で、肉体と精神が一番いい時期に作品を残したい」と考えたそうだ。雰囲気的には昭和の匂いがする題材だが、時代性を感じさせない五島という場所で、人生も中間地点にさし掛かった男たちのターニングポイントになるような、入魂の一作と言えよう。

【主人公・勇介(大森南朋)に対する思い】
勇介は、榊監督や秋山命や大森南朋などの想いがいっぱい詰まったクリーチャーだということが、撮影しているうちに分かってきたそうだ。「それぞれ可能性を持った人間、すなわち自分自身の投映だと思って撮った」。具体的には、「単純に女性を見ると、お尻を見たり、セクシーに感じたりとね(笑)。僕や大森の過去の悪行を見たら、そうなるでしょう(笑)」。確かに、女性には積極的で、よくモテたらしい。そんな男性の本性を隠したりせずに、またカッコ付けたりもせず、素直に表現しているところは潔い。だからこそ、「人間って醜いけど可愛いよね、愛おしいよね」という気持ちを主人公・勇介に投映しているのかも知れない。それが、秋山命も大森南朋もこの作品を手掛けた動機だと言う。

【京子(三輪ひとみ)の存在について】
sutegataki-3.jpg本作の良さは、製作陣の想いの深さもさることながら、俳優陣の熱演がさらに作品に深みを出している。特に、京子を演じた三輪ひとみが素晴らしい。今までホラークイーンとして知られていたが、ここにきて女優としての強い覚悟が見て取れる。榊監督によるとかなり厳しい現場だったようで、今までにない裸体による絡みや、複雑な心情表現の演技が求められ、肉体的にも精神的にも毎日闘っていたとか。

最初はこの役を引き受けてくれる女優が中々見つからなかったようで、紹介されて初めて三輪ひとみに会った監督は、“胸騒ぎ”がしたそうだ。「何か妙なものが合うかな?と思い、現場では厳しくあたり、ドS状態でした。それまでのキメ顔、キメ台詞に慣れてきた女優さんだったので、想像力を働かせて能動的に演じることに慣れていなかった」。大森南朋の方はさすがに常にスタンバイできていたそうだが、彼女の用意が不完全で、スケジュール的にも厳しい状態だったのに、撮影を1日延ばしたこともあったらしい。

京子の顔のアザは、「三輪さんは綺麗過ぎるので、何かハンディを付けた方がいい」という助監督の意見が取り入れられて付けたとか。そのため脚本も変更したが、その効果は絶大だったと思う。彼女が余計に色っぽく感じられ、色白の美しさが際立って見えた。秋山命の脚本には、原作にはないドストエフスキーの『罪と罰』の自己犠牲の象徴であるソーニャが登場する。京子がソーニャを好きだと言うシーンがある。大胆な絡みもある映画だが、いやらしさを感じさせないのは、三輪の美しさとソーニャのような純粋な自己犠牲が盛り込まれているからだろう。

【今後の活躍は?】
本作では新興宗教が出てくるが、宗教そのものについては描いていない。それにすがりついて生きている人々を描いているだけだという。今後、「隠れキリシタン」を題材にしたものを撮る予定で、その前に、この秋には「トラック野郎」的娯楽作品の撮影に入る予定だという。既に完成している、『トマトのしずく』と『木屋町DARUMA』の公開を控えている。

榊監督はインタビュー中でも常に自分を正直にさらけ出そうという気持ちにあふれていた。撮影中も周りの意見を取り入れる寛容さを見せていたようで、そんな素直さが作品にも表れている。作品ごとにパワーアップしていく榊監督作品に、これからも目が離せない。

ちなみに、榊英雄監督は、河瀬直美監督『2つ目の窓』(7/26公開)には俳優として出演していた。だが、何シーンか出番はあったものの、顔の見えない背中だけの出演となった。

(河田 真喜子)

uzumasa-bu-550.jpg体のキレも健在!『太秦ライムライト』主演の福本清三さん舞台挨拶

(2014年6月9日(月)梅田ブルク7にて) 

(2014年 日本 1時間44分)
 監督:落合賢  脚本:大野裕之
出演:福本清三、山本千尋、本田博太郎、合田雅吏、峰蘭太郎、栗塚旭、萬田久子、小林稔侍、松方弘樹

2014年6月14日(土)~MOVIX京都、T・ジョイ京都、TOHOシネマズ二条、梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、神戸国際松竹、関西先行公開 (7月12日(土)~新宿バルト9 ほか全国ロードショー)

公式サイト⇒ http://uzumasa-movie.com/

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uzumasa-550.jpgのサムネイル画像 トム・クルーズ主演の『ラストサムライ』(2003年)に寡黙な侍として出演し、一躍脚光を浴びた福本清三さん。斬られ役一筋の福本さんが初主演の映画『太秦ライムライト』がこのほど完成し、公開を目前に控えた9日、大阪の梅田ブルク7で特別試写会が行われた。福本さんは紋付羽織袴で登壇され、会場はあたたかい拍手に包まれた。謙虚なお人柄は変わらず、緊張した面持ちながらも、殺陣の仕草となると、一転して鮮やかな身のこなしを披露され、会場を沸かせた。客席からの質疑応答では、テレビの時代劇の再放送で福本さんを観ているという応援の言葉や、若い女性からの質問も相次ぎ、なごやかな雰囲気の中で舞台挨拶が行われ、福本さんの、脇役ながら、斬られ役として一つのことを極めてきた生き様、映画への真摯な思い、誠意が伝わるひとときとなった。

―――最初に一言、挨拶をお願いします。
私みたいな斬られ役が大役をいただき、自分でどうしていいかさっぱりわからず、監督以下スタッフ、出演者の皆様方に助けていただき、松方弘樹さん、萬田久子さんとまわりを固めていただき、なんとかやらせていただいたというのが本音のところです。皆さんのおかげで映画にしていただいたと思っています。

uzumasa-bu-2.jpg―――初主演を務めて、どうでしたか?
僕はずっと斬られ役できましたので、まさか斬られ役が主役をいただくなんて夢にも思いませんでしたし、こんなことがあっていいのかと毎日が夢うつつです。このお話を聞いた時から受けていいのか迷ったりもしたのですが、たくさんの方に「やりなさい」と後押ししていただきました。斬られ役として、ずっと、こんな感じ(斬られる仕草)でしたが、今日は、こんなところにこうして挨拶で舞台に立つという全く初めての経験で、心臓がバクバクして、今も何をしゃべっていいのやらという感じです(笑)。

―――昨日の日曜日、京都の二条城でイベントが行われ、舞台挨拶で、松方弘樹さんが、福本さんは普段からあまりしゃべらないけれど、セリフがあったらもっとしゃべれないから、今回、セリフが多かったので、監督に言って、けずってもらったというお話を披露されましたね。
僕はセリフも言えん男ですから、「あいつ、セリフが多かったらあかん」と脚本家に言っていただいて、少なくしていただいたというのが現実です。立ち回りならできるんですが、セリフになったら全く、というようなもので、皆さまにご迷惑をかけ、監督には申し訳なく思っています。人生50年ずっと斬られ役をやってきて、今回の映画が、最初で最後の死に土産(笑)と思っています。

―――昨日は、二条城の二の丸御殿台所という、重要文化財で一般公開されていないところに、機材やスクリーンを持ち込んで、初めて映画の上映が行われましたが、どうでしたか?
二条城は、撮影でよく庭とか使わせていただきましたが、重文の建物はなかなか貸していただけないところを、市長さんがこれからは「映画の市」ということで、撮影にも使ってくださいと言われていました。これからも神社、仏閣で撮影させていただけるのではないかと思っています。

―――京都の神社とかで、福本さんの立ち回りを、観客の皆さんがご覧になれる機会があるかもしれませんね?
立ち回りといっても、僕はもうすぐ72で、「わあっ」と言って死んでるのも限界ですからね(笑)。僕自身はまだ出れると思っているのですが、まわりからは、「年やで」って、そんな声も聞こえます。今の僕としては、立ち回りを若い世代の人たちになんとか伝えていきたいと思っています。時代劇が低迷していて、なかなか若い人が映画の世界に入ってくれない状況ですが、若い人にこの映画を観てもらって、映画に興味を持ってくれる人が出てこれば、というのが一番の思いです。

uzumasa-4.jpg―――ヒロイン役の山本千尋さんはどうでしたか?
一番助けていただいたのが千尋さんですね(笑)。立ち回りに関していえば、彼女は世界チャンピオンですから、僕が教えるなんてとんでもないくらい上手い人です。だから、今回の映画で彼女が一番苦労したのは、できる人ができない芝居をせなあかん、という点じゃなかったかと思います。映画の中で、僕は教える人ですが、本当は千尋さんに教えてもらう立場で、反対だよねと笑い合っていました。 

―――松方弘樹さんに出演していただいて、どうでしたか?
uzumasa-3.jpg共演なんてとんでもありません(笑)。16歳で会社に入ってから、画面の端っこに出していただき、お父さんの近衛十四郎さんにも斬られ、二代に渡って斬られてますねと大笑いしてました。

僕らは映画の時代から始まって、テレビの時代になり、全盛期には、テレビのチャンネルが全部時代劇をやっていたこともありました。その頃は、毎日、立ち回りばかりで、「銭形平次」で斬られ、「暴れん坊将軍」で斬られ、と毎日、相手を変えて3、4回、後ろから斬られて(笑)というような状況でした。そんなに勢いがあったのが、一気になくなってしまって、最後まで続いたのが「水戸黄門」でしたか。まさかあの「水戸黄門」がなくなるなんて、夢にも思いませんでした。時代劇がないと、斬られ役も仕事がありませんし、ただ増えてくれてないかなというのが僕らの今の願いです。

こんなにたくさんの方に観てもらうのは初めてなので、ぜひ宣伝よろしくお願いします。ヒットすれば、次の作品にもつながります。立ち回りのおもしろさ、下積みをやっている人たちが頑張っている姿とかを感じていただければ、一番うれしいと思います。

―――先日、無声映画の時代劇を観て、NHKのドキュメンタリー番組で、福本さんが、映画とテレビでは斬られ方が違うと言われていたのを思い出しました。斬られ方で、相性のよかった人とわるかった人があれば、教えてください(会場からの質問)。
uzumasa-2.jpg僕らが入った頃の東映は、斬られ役みたいな専門で立ち回りできる人がたくさんいました。400人位の俳優のうち200人位が男性で、その中に立ち回りができる人が50か60人位いましたので、その中に入り込むのがまず大変でした。あの頃は、皆よくできたんです。というか、できて当たり前の時代でした。僕はペーペーでしたから、どこから這いあがっていこうか、まずは立ち回りを覚えてと、先輩から習いました。僕らが先輩に合わせていただいていた状況なので、今はその恩返しのようで、若い人たちに立ち回りを教えていく立場です。でも、今でももっと上手くなりたいと思います。ただ「わあっ」と言って「わあっ」と死んだふりしているように見えますが、何かしら奥の深いものがあるんです(笑)。 

――小さい頃から時代劇が大好きで、殺陣を習いたいと思っていたのですが、何をすれば上手くなれますか?(会場からの質問)
 僕は、見て覚えたのが一番大きかったですね。どこかの劇団とかに入って、習うのも一つですが、好きな人は見ただけで上手くなれますし、自分だけでも結構できます。僕も結構自分だけでやってきましたから。見よう見まねで、倒れ方も自分でやってみたりして、いろいろやってきました。テレビの主役の斬り方のかっこよさや、えらい倒れ方しよるなとか、そういうのを見るのが、一番身近でできる方法じゃないかなと思います。

――最後に一言お願いします。
50年やってきて、こんな芝居しかできないのかと自分でも反省ばかりしているんですが、とにかくなんとか形にしていただいて、いろいろな方に観ていただいて、「よかったよ」と一言もらいまして、「ほんまかいな」と思ったり(笑)、それは、僕がよかったんじゃなしに作品自体がよかったというお言葉をいただいて、ほっとしているところです。これからが勝負で、一人でも多くの方に観ていただきたいというのが本音です。このところ、全然寝ていません。こんなことは役者になって初めてです。どうぞよろしくお願いします。

(伊藤 久美子)

noah-b550.jpg乗り遅れるな!『ノア 約束の舟』ザ・プラン9、ノアリスペクト特別イベントレポート

(2014年6月2日(月)19:00~TOHOシネマズ梅田にて)
ゲスト:「ザ・プラン9」(お~い!久馬、浅越ゴエ、なだぎ武、ヤナギブソン)

(Noah 2014年 アメリカ 2時間18分)
製作・監督・脚本:ダーレン・アロノフスキー(『ブラック・スワン』『レスラー』)  共同脚本:アリ・ハンデル
出演:ラッセル・クロウ、ジェニファー・コネリー、アンソニー・ホプキンス、エマ・ワトソン、レイ・ウィンストン、ローガン・ラーマン、ダグラス・ブース

2014年6月13日(金)~全国ロードショー

★作品紹介は⇒ こちら
★公式サイト⇒ http://www.noah-movie.jp/

(C)2014 Paramount Pictures. All Rights Reserved.


 映画さながらに神の啓示を受け、ザ・プラン9が4年ぶりにマスコミの前に勢揃い!
 『ノア 約束の舟』特別イベントに登壇!『ノア』リスペクトコントを披露!?
≪公開記念特別イベント付舞台挨拶≫のご報告


noah-550.jpgのサムネイル画像全米始め、世界39カ国でNo.1の大ヒットを記録し、センセーショナルな大航海を続けている映画『ノア 約束の舟』が6月13日(金)よりいよいよ日本に来航!!公開を記念し、映画好きとして知られるなだぎ武さんが所属し、作品とも"浅からぬ縁"を感じているザ・プラン9が、舞台挨拶に登壇しました。


 

映画『ノア 約束の舟』にリスぺクコントを披露!?
noah-b1.jpgまずは"ノア 約束の舟"リスペクトコントと銘打った舟にまつわるコントを披露したザ・プラン9。「3人の男女が孤島に取り残され、小船で救出されよとするが、ひとりずつしか救い出せないという。誰を先に舟に乗せるか?残された二人に何が起こるのか?この3人の関係性は?」というコント。(これから映画を見る観客にとってはちんぷんかんぷん?)

ネタを終えた後、それぞれ"N""O""A""H"の文字が入ったTシャツに着替え再登場した。MCからなだぎが今年の初めに骨折した話が。するとなだぎは「痛みは何とか落ち着きましてね。怪我には皆さん気をつけましょうと言うことで。ギブソも大丈夫ですか、ケガとか?奥さんとか心配してません?と唐突にヤナギブソンに質問。「大丈夫ですよ、生まれてこの方入院とかもしたことないですし!強いて言えば胃の調子が悪いって、誰が興味あんねん!!」と持ちネタを披露すると、会場からは大きな笑いと拍手が起きた。お~い!久馬は「ボクの今日の恰好はラッセル・クロウを意識してたんですよ!」「どう見ても、通天閣辺りでウロウロしているオッサンやろ!」とツッコまれ、「スタッフさんがラッセル・クロウみたいな物持ってきました、って渡してくれたんですよ~」と舞台裏の出来事を暴露していた。

映画タイトルにちなんで、メンバーの頭文字「N・O・A・H」を披露!?
noah-b3.jpgここでなだぎが「この『ノア』って言うのはスペルに直すと"NOAH"でしょ、実は僕ら全員かかってるんですよ!なだぎのN、お~い!久馬のO、そして浅越のA、そしてH、浅越の本名のヒロシのH!何と3人でNOAHなんですよ。」とグループと映画の偶然の一致を紹介。とここで取り残されたヤナギブソンがすかさず「わしちゃうんかい!」とツッコミ。すると浅越が「この仲間に入りたかったらもう改名してもらわないと」と提案すると、「分かりました!じゃぁもうヒャナギブソン(Hyanagibuson)でいいです」と半ば投げやりに承諾。他のメンバーは「何かヒャダインみたいで良い!今日からヒャナギブソンですので宜しくお願いします」とからかいながら紹介すると、会場からは大きな笑いと拍手が起こった。

映画の見所は?
noah-kyuma.jpg既に映画を鑑賞しているメンバーに感想を伺ったところ、まず久馬は「ボクは普段脚本を書かせてもらっているので、物語という面で色々観させてもらったんですが、箱舟に乗って旅立つみたいな感じで終わるのかと思ったら、乗った後からもまた見所があり、ちゃんと起承転結しいて、さらにハラハラドキドキもあり・・・合格点あげましょう!」と脚本家ならではの、なぜか上から目線の感想を述べた。メンバーからも「だいぶ上から言いましたね!」とツッコミが入っていた。

浅越は「あのエマ・ワトソンさんのキレイさ!あの時代に紫外線浴びまくっているはずなのに、日焼け止めとかないはずなのに、まあおキレイですわ!あの時代にも化粧水と乳液はあったんだと思いました。」「化粧品までペアで乗せたん?」「化粧品にオスメス関係ねえだろう!」と独自の解釈も踏まえながらイラ役のエマ・ワトソンの美貌を褒め称えた。

noah-yanagi.jpgメンバーで唯一子供を持つヤナギブソンは「僕、最後号泣しました!もう本当に無条件で泣きましたね。お子さんいる方は特に号泣されると思いますけど。神様と契約を結んで使命感があるんですよ、ノアさんはね。でも人間としての愛情がええ!深いテーマでございますんで、2回3回観たら余計に楽しめるんと違うかな~と。ほんで最後に劇場出たときに、「ザ・プラン9」のコント、アレ何やったんやろ~な~って思い出してくれたら嬉しい!」と父親ならではの意見と、自らのコントの感想を述べた。

最後になだぎが、「ダーレン・アロノフスキーと言う監督は、人の闇とか狂気とか脆さを描くのが上手い監督なんで、前半は箱舟に乗る話なんですけど、そこからが鬼気迫る、それぞれの心に潜む善と悪との闘い、それがとても良く描かれている。非常に引き込まれる作品になっています。聖書の細かい所までちゃんと再現している作品なので、聖書読んでる人にはちゃん分かるし、これを機に聖書読んでみようかなと思う人も増えると思うんで、いいきっかけになる作品だと思う。楽しみにご覧になってください!」と述べ、映画好きらしい感想で、"なだぎ流鑑賞術"を観客にレクチャー。

 


   【舞台裏の囲み取材で】

今日のコントについて?
「いきなりコント始めたんで、映画ちゃうんか?って思われたでしょうね~。」「どんな気持ちで見てたんか知りたい。間違いなく、前の真ん中に座ってたおかあさん、寝てました!」(笑)「でも、こんな試写会に出させて頂いたのは初めてだったんで、楽しかったです。」と満足げ。

noah-nadagi.jpgなだぎさんは方舟に乗せるとしたら誰を?
「今は誰も居ないんで、乗せるとしたらディランのかつらを乗せると思います。」(笑)と答えると、「自転車も乗せんとツガイになれへん」とフォローが。そこで、仲間は乗せないのか?と聞かれ「浅越くんは多分岡山の津山へ行ってると思うんで、」「なんで津山やねん!?」

あなたはノア派?カイン派?
なだぎ「僕はカイン的な人間かな?自分の我を通して狂気に走るというのは向いてない。妻のジェニファー・コネリーを見ていると切なくなってきましたね。」
久馬「そうですね~、ハムが最後に知り合った女の子見たいですかね~」「深いところにきましたね?」(笑)とツッコまれる。
noah-goe.jpg浅越「僕はハムかな~?」と言うと、「ハムね、そうだね!一番人間っぽかったかな」と皆から賛同を受ける。そこで「ハムの人?」「違う!違う!お中元お歳暮のハムの人じゃない!」(笑)「迷ってるところが胸苦しめられる思いがして、生きるって大変なんたなって思いました。」と真面目に映画に感じ入る浅越。
「ヒャナギブソンさんは?」「そうですね~僕はベーコンかな?」と言うと、「ベーコンいないし、ハム止まりだし」とフォロー。「人間は子孫を残すことが使命だと思うし、それと家族愛が一致してるんで、とても良かったです。」さすがメンバーの中で唯一の父親らしいコメントに、「とんでもない、僕なんかソーセージなんで!」「どんなつながりや!?」

競馬ファンの浅越さん、ダービーは?
浅越「ダービーですか?大外れですよ!全然ダメですよ。ホント、ノアとピッタリの話題ですね」(笑)「馬も方舟乗ってたし!」「ノア様さまですよ。いま競馬が楽しめるのは、馬を方舟に乗せてくれたノアのお蔭ですよ。安田記念、絶対当てたんねん!」(笑)とノアに感謝して「競馬ファンは、絶対この映画を見てほしい!」と最後に締めくくった。

(河田 真喜子)

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 日本一のられ役・福本清三初主演映画『太秦ライムライト』インタビュー

(2014年 日本 1時間44分)
 監督:落合賢  脚本:大野裕之
出演:福本清三、山本千尋、本田博太郎、合田雅吏、峰蘭太郎、栗塚旭、萬田久子、小林稔侍、松方弘樹

2014年6月14日(土)~MOVIX京都、T・ジョイ京都、TOHOシネマズ二条、梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、神戸国際松竹、関西先行公開 (7月12日(土)~新宿バルト9 ほか全国ロードショー)

公式サイト⇒ http://uzumasa-movie.com/

(C)2013 UzumasaLimelight.All Rights Reserved.


uzumasa-3.jpg【物語】 
  かつて日本のハリウッドと呼ばれた京都・太秦。斬られ役一筋の大部屋俳優・香美山清一(福本)は、半世紀近く続いたテレビ時代劇が突然打ち切られ、後続番組の若者向け時代劇にベテランの職人は不要と言われる。時代劇の大御所・尾上清十郎(松方弘樹)も「またいつか斬らせてくれ」香美山に声をかけ、去っていく。

 

uzumasa-2.jpg  映画村の立ち回りショーの仕事だけになった香美山の前に駆け出し女優・伊賀さつき(山本千尋)が現れ「立ち回りを教えてください」と頼む。「女優に立ち回りは要らない」と一度は断った香美山だが往年の“太秦城のお姫様”を思わせるさつきの熱意に殺陣の稽古を始める。指導のかいあってさつきはテレビ出演のチャンスをつかみ、京都を去る。香美山も年齢には勝てず、引退の時を迎える。

  売れっ子になったさつきは京都で時代劇大作出演のが決まり、胸躍らせて帰って来るが、撮影所には香美山の姿はどこにもなかった…。

  福本清三はハリウッド大作『ラストサムライ』(03年)で主人公・トム・クルーズについて回るが、セリフは一言も発しない“サイレント・サムライ”として存在を世界に知らしめた。出演作品は数え切れないが、斬られ役専門でセリフのない役ばかりだったが、近年、その存在感が注目され、京都で撮られる時代劇には必ずと言っていいほど出演している。『最後の忠臣蔵』では吉良役に“出世”している。


uzumasa-fuku-2.jpg  ◆【福本清三略歴】
  1943年(昭和18)2月3日、兵庫県生まれ。59年(昭和34)、15歳で東映京都撮影所に専属演技者として入所。以来55年間、映画、テレビで時代劇を中心に、活動し続けた“斬られ役”俳優。殺陣技術集団「東映劍会」所属。半生を綴った著書に「どこかで誰かが見ていてくれる」「おちおち死んでられまへん」がある。NHK特番などでも特集番組が放送されお茶の間では名を知られている。04年日本アカデミー賞特別賞、11年第6回おおさかシネマフェスティバル特別賞受賞。

 ◆【山本千尋略歴】
  1996年8月29日兵庫県生まれ。12年9月、マカオで開かれた第4回世界ジュニア武術選手権大会で金メダル1枚、銀メダル1枚を獲得。武術の経験から本作のヒロインに抜てきされた。


 

~長い間一生懸命やってれば褒美がある~
 

 斬られ役一筋の名物俳優・福本清三さんがデビュー55年目で初めて主演を務めた映画『太秦ライムライト』が完成、6月14日から関西で先行公開される(全国公開は7月12日)。ギネス級の快記録となる映画は京都撮影所を舞台に、時代劇の斬られ役として一筋にワザを極めた福本さんの半生を描いたようなドラマ。そこにはかつて全盛を誇った時代劇映画の中でひたすら殺陣(たて)の追究に生きてきた“5万回斬られた男”の壮絶な生きざまがあった。

―― 撮影所の有名人の福本清三さんだが、主演映画は55年目で初めて。率直なご感想は?
福本「いやあ、ホンマにこんなことがあってええのか、あり得ないこと、考えられないことが起こった、と。エラいこってすわ」。

―― 最初にこの話を聞いた時は?
uzumasa-4.jpg福本「京都で劇団を主宰している方(大野裕之氏)が、立ち回りを通じて東映撮影所に出入りするようになって、チャップリンの死に方を見て感動したということで、名作映画『ライムライト』をもとに大野さんが“老いた斬られ役”といった話を書いてくれました。私が主役やなんてアホなこと言わんといて、言うたんですが、せっかくこんな話を書いてもらって申し訳ないけれども、お金も集まらないやろし、実現する訳ない、と思ってました。脚本も真剣には読まなかった」。

―― だけど実現しました。撮影はいつごろ?
福本「去年の9月に20日間で撮りました。気を遣うことが多くて全然集中出来ませんでした。夜は寝られへんし、普段は飲まない睡眠薬の世話になりました。撮影中、朝は7時から、夜は午前1時か2時ごろまで。松方弘樹さんや栗塚旭さん、中島貞夫監督さん、萬田久子さんら出て下さった方たちに周りを締めてもらったんで助かりました」。

uzumasa-fuku-1.jpg―― 福本清三さんのドキュメンタリーか、というようなお話ですが。
福本「映画の撮影中にNHKのドキュメンタリーも入ってたんで、こちらはハプニング狙いだし、いよいよ区別出来ないぐらいになりました。こんなこと経験ないし、目が落ち込んでしまいましたわ。ただ映画では、映画やテレビの仕事がなくなって、映画村のショーに出るという風になってましたが、これはホンマは逆ですね。ショーの仕事は大
変です」。

―― ただ、実際にテレビ時代劇は次々に打ちきりになってるし、時代劇映画もなくなり、斬られ役の仕事も減っている。
福本「時代劇は金がかかるし(映画は)お客さんが入らないと次が出来ない。それは事実ですね」。

―― ハリウッド映画『ラストサムライ』が大ヒットして、福本さんの存在を世界に知らせた。
福本「いやあ、私はともかく、あの映画は大ヒットして確かにメリットはありました。いろいろなところで取り上げられました。私がちょうど60歳の時。『ラストサムライ』撮影中に誕生日を迎え、撮影していたニュージーランドでトム・クルーズが祝ってくれました。東映では定年になりましたが」。

―― 最初に東映入社のころの話を。きっかけは?
福本「生まれは兵庫県城崎の先の香住で、親戚の米屋に住み込みで半年働いた。精米して配達する仕事ですが“まいどおおきに”と大きな声で言わないとあかんのやけど、これが言えんでね。それをこぼしてたら、店に出入りしていた不動産屋さんが『東映行くか』と言ってくれた。こちらは映画なんて洋画の『白鯨』を学校から見に行っただけで、東映って何? という状態でしたなあ」。

―― 東映ではすぐ契約した。
福本「あの頃(昭和34)は大部屋でも社員にしてくれた。当時は日本映画の絶頂期で、僕が入った当時は第二東映もあって、週替わり2本立てですからね。こちらが30本、あちらは70本というような時代だった。演技者(大部屋俳優)も400人ぐらいいました。昭和35~36年ぐらいは仕事が多すぎた。それが…一気に本数が減って、みんな食えなくなってやめていった。私はほかにやれることもないし、姉がいたんで食わしてもらってた。日活はポルノやるし東映でもポルノや空手映画になったこともありました。ほかに当てがなかったんで仕事続けてきたというところですね」。

―― 東映では「劍会」所属になっているが、これは最初から?
福本「いやいや、劍会は相当格上の人ばかり。私は最後の入会です。劍会は今も健在で会員は16人います。劍会に入ると、ギャラが上がった時代もありましたね。私は現場で立ち回りをやらせてもらえたんで、殺陣師の人に直接教えてもらえました」。

―― そんな長い俳優人生の総決算とも言える映画をスクリーンで見たら?
福本「いやいや、自分が情けないですわ。セリフもろくにしゃべれないしこんなもんが主役になるんかどうか、いやお恥ずかしい。周りの人に目をかけてもらって何とか…」。

uzumasa-5.jpg―― 新米女優(山本千尋)に殺陣を教える物語だが、こんな経験はあった?
福本「いや、それはありませんね。教えるなら殺陣師でしょう」。

―― 山本さんは映画初出演。
福本「あの人に助けられましたね。重要な役だけれど、武術のチャンピオンですからね。そりゃあ立派なもんです」。

―― これまでは「代表作なし」でしたが、これで出来たのでは?
福本「いやいや、ありませんがな。ただひとつだけ言えるとすれば、長いこと一生懸命やってきたらごほうびとして主役が出来ることもある、ということでしょうか。これが大ヒットする、なんて世の中そんな甘いもんやないですわな。小さなシネコンの片隅でこそっとやるのかと思ってたら、こんなに大きな話になって…。しかし、なるようにしかならんですな」。

―― ここまでやって来れた秘訣は身体能力?
福本「いやいや、まあ田舎のことでチャンバラごっこもしたし、走り回って足腰丈夫やった。新聞配達も4年間やりました。これから先のことは分からないけど、この映画みたいに、若い人につなげていってもらえたらよろしいな」。

 (聞き手・安永 五郎)