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2016年12月アーカイブ

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監督も太鼓判の笑顔で、中島裕翔と等身大の“うるキュン愛”を熱演。
『僕らのごはんは明日で待ってる』新木優子さん、市井昌秀監督インタビュー
 
あるきっかけから恋人同士となった性格が正反対の男女の7年に渡る愛を描いた、瀬尾まいこ原作の『僕らのごはんは明日で待ってる』。前作の『箱入り息子の恋』でも内気男子の恋愛模様を描き反響を呼んだ市井昌秀監督が、主演に中島裕翔(Hey! Say! JUMP)と新星・新木優子を迎えて映画化、2017年1月7日(土)から全国ロードショーされる。
 
中島裕翔演じる亮太と、新木優子演じる小春が付き合うきっかけとなった体育祭の「米袋ジャンプ」や、二人がデートで食べる様々なごはんが、距離が近づく様子をリアルに映し出す。一方、幸せの絶頂で突然小春から告げられた別れに傷つく亮太のその後や小春の抱えた秘密が少しずつ明らかになるにつれ、観ている側も様々な感情が沸き上がり、まさに“うるキュン”状態。体育祭の競技や応援の生徒たちの描写一つをとっても、非常にリアルで懐かしい気分にさせてくれる、観ている人の記憶に寄り添うような優しいラブストーリーだ。
 
本作の市井昌秀監督とヒロイン小春を演じた新木優子さんに、内気男子の魅力や7年に渡るラブストーリーを演じた感想、本作の「ごはん」に込められた思いについてお話を伺った。
 

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■初めての共同作業、体育祭での「米袋ジャンプ」で結束。

 
―――二人が出会い、初めて共同作業をする大事な場面として、高校体育祭での競技、米袋ジャンプが登場します。二人の悪戦苦闘ぶりがコミカルで、一気に惹きこまれました。
市井監督:小春側は恋心がありながらもまだまだ恋が芽生えたとは言い難い時期に、正反対な性格の二人が一つの米袋に入り、密着せざるを得ない状況の中競技をしなければならない米袋ジャンプは、すごく楽しいし、原作を読んでコミカルだと感じていました。二人で協力しなければ進まないところが面白いです。体育祭の撮影は、皆すごく結束した日だったので、鮮明に記憶に残っています。 
新木:最初衣装合わせの時に、中島さんと二人で米袋に入ってジャンプしたのと、学校で練習するシーンの時に軽く数回飛んで、その後本番でしたから、たくさん練習したという印象はないのですが、私が前にいた方が飛びづらいのは、二人とも感じていましたね。リアルに飛びにくさがでていたと思います。中島さんが前になってくれたらスイスイ進み、すぐに息もあって、すんなりと二人で米袋ジャンプの世界に入っていけました。 

 

■中島裕翔は褒めないことを探す方が難しい“ジェントルマン”

 

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―――新木さんのイメージと小春がリンクしますね。ちなみに、初対面での中島さんの印象は? 
新木:本読みの時は、本当に寡黙で物静かな方なのかと思いました。シャイな部分もあるのかなと思っていましたが、実際に現場で時間を重ねていくとスタッフの皆さんやキャストの皆さんと本当にきさくに、自分から話しかけていくような方でした。本当にジェントルマンで、女性に対する気配りも素晴らしい方です。 
市井監督:褒めすぎじゃない? 
新木:本当にそうでした。褒めないことを探す方が難しい(笑)。どんな行動をしても、優しさにつながるんですね。現場でいじられもしていましたが、それは私との空気感を和やかにしてくれるためのものでしたから。 
 
―――なるほど、市井監督は「たそがれ感」が中島さん起用の決め手だったそうですが、俳優としての魅力はどんなところにありますか?また、どのような演出をしたのですか? 
市井監督:会った時から、テレビの先に見ているアイドルの中島裕翔ではなく、男前だけどその辺にいそうな気さくな人でした。物憂げで陰のあるところも合わせ持っていますから、中島裕翔君のままでやってほしかった。葉山亮太という着ぐるみに入るようなお芝居ではなく、例えばせりふを口にするだけで、勝手に感情が乗ってくるから、深く役作りをしないようにと伝えました。 
 
―――小春は超ポジティブ女子ですが、亮太と同じく家族を失った過去を持つ陰の面もあります。演じる上で大事にしたことは? 
新木:幼い頃両親に見放されたという事実は小春にとって悲しいことではあっても、その悲しさを乗り越えている。過去を受け止めた上で明るい小春がいることを監督とも話しましたし、原作からもインスピレーションを受けました。後は、役を演じながら小春を感じることができたので、小春と私との共通点を探し、「小春だったらどうするだろう」ということを一番に考えて、自分の口で、自分の言葉で言うことを大切にしました。「それが、小春の言葉になる」と監督から言ってもらっていたので、とにかく私は小春のことを考えよう、と。そう思って取り組んでいましたね。
 
 

■新木優子の“突出した笑顔”は武器。 

 
―――本当に新木さんと小春がシンクロするような、実感のある演技でしたね。監督からみて、新木さんの一番の魅力は?

 

市井監督:やっぱり、本当に笑顔が素敵だなと思っています。色々な表情がある中で、笑顔が突出しているのは、武器ですね。中島裕翔さんは多様さや、寡黙だから出てくる表情が色々あるのですが、新木さんは笑顔が突出しており、この物語のスパイスになっています。心底からの笑顔がラストに繋がっていくのですが、前半のラストの笑顔は思い返してみるとどうだろうか。そういう見方をしてもらえると嬉しいですね。

 

■内気男子の恋愛下手を肯定したい。大事なのは下手なりにきちんと伝えること。

 
―――新木さん演じる小春の笑顔が、中島さん演じる内気男子、亮太の心を開かせていきましたね。市井監督は前作『箱入り息子の恋』でも内気男子の成長を描いていますが、内気男子の魅力とは?
市井監督:『箱入り息子の恋』も恋愛下手な男性を描いていますが、僕自身は恋愛において下手なのは別にいいと思っています。恋愛下手だから会える人もいるわけで、上手くなろうと思わなくていい。「恋愛下手」を肯定したいですし、大事なのは下手なりにきちんと相手に伝えることだと思っています。どうしても、自分と共通項があるので、恋愛下手な人を応援したくなりますね。
新木:私は自分から話しかけるタイプなので、内気な男性の方が魅力的に映っていたかもしれません。自分にしか見せないものを持っている方が安心しますし、そこを分かりあえたからこそできる信頼感もあり、そして強い絆で結ばれる気がします。おしゃべりな人だと、どうしても慌ただしくて、駆け抜ける恋愛になりそうですが、寡黙なタイプの人なら一つ一つを大事にした恋愛ができる気がします。
 
―――本作は主人公二人が高校生から社会人になり、別れを乗り越えての七年に渡る愛を描いていますが、演じる上で大変でしたか?
新木:7年越しというお話は、私が演じた中でも長いスパンの物語だったので、撮影前には不安もありました。高校生と大学生と社会人、私自身が一番違いを感じていた年代でしたが、振り返ると自分自身の軸はあまり変わっていないということにも気付け、そんなに気張らなくてもいいと思えるようになりました。撮影に入れば、現場の空気感やエキストラの皆さん、クラスの雰囲気を作ってくれたクラスメイトの皆さんのおかげでナチュラルに高校時代から社会人を演じることができたので、私が何かをしたというより、皆さんに助けていただいて演じられた7年間だと思います。私の中でも、高校生と社会人の意識の違いで、自分自身の体験から来るものもあれば、衣装を着るだけで出てくるエネルギーもたくさんあり、それらが一体となって演技に変化を付けていくことができました。
 
 

■新木優子としては本当に辛かった別れのシーン。

 

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―――七年愛の中でも一番衝撃的だったのは、大学時代ファミレスで突然小春が別れを切り出すシーンですが、どんな気持ちであのシーンに臨んだのですか?
新木:あのシーンは私、新木優子としては本当に辛かったですね。小春が別れを告げてしまう気持ちは分かりますが、自分だったら、もしくは普通の人だったら「実は・・・」と告白するシーンだと思うのです。そこで別れだけを切り出す小春は、なんて強い女の子なんだろうと、小春の気持ちを思えば苦しくなってしまいました。あのシーンを撮影した日はさらりと亮太に「別れよう」と言えたのですが、撮影前日の方が本当に辛くて、台本に書いてないけれど亮太に告白してしまおうかと思ったぐらいでした。優しさゆえに突き放す。周りから見れば、もう少し何とかできなかったのかと思わせる不器用な小春が愛しいシーンでもありました。そして、どこか清々しさもあったんです。別れを切り出し、自分は自分で生きていく。いつも通りの言葉で亮太に思いを告げる強さもあれば、亮太との関係を終わらせて前に進もうとしている気持ちの強さもヒシヒシと感じました。
 

 

■本当に起こっていることを大事に描くことが、芝居のアプローチにつながる。

 
―――オープニングの屋上遊園地風景や、二人が手にしたポカリスエット、物語の鍵を握るカーネル・サンダースなどが多数登場しているのに、胸キュンでしたが、それらを取り入れた意図は?
市井監督:結果的には芝居のアプローチにつながると思うのですが、先ほど内気男子の話でも「背伸びせずに」と言いましたが、僕は本当に起こっていることを一番大事にしています。ケンタッキーやポカリスエットは、瀬尾さんの原作にある描写ですが、カーネル・サンダースは原作から出た僕のオリジナルアイデアです。誰しもが知っているアイテムは馴染みやすいですし、本当に今この時に起こっていることをきちんと描写したかったんですね。
 
―――カーネル・サンダースは、絵的にもインパクトがありました。小春がカーネル・サンダースと握手をするシーンもありましたね。
新木:人生初の体験で、本当に元気をもらえる気がしました。クリスマスの時期など、一年に一度は必ずカーネル・サンダースを思い出すし、知らない人はいない存在です。いざ向き合うと「みんなのおじいちゃん」のようなカーネル・サンダースと、意外にみんな握手をしたくても気恥ずかしくてできないんじゃないかな(笑)。でも冷たいけれど温かい、分厚い手で。カーネル・サンダースがなぜ手を差し伸べて立っているんだろうと思うと、小春はその気持ちを汲み取って手を握ったのかなと、色々なことを考えました。温かい気持ちになれたシーンですね。
 
―――二人の思い出の場所として登場する屋上遊園地のシーンで、双眼鏡を覗いた先に老夫婦や警官などの日常が映し出されます。二人の未来を暗示しているようにも見えましたが、その意図は?
市井監督:例えば米をひと粒だけ取ろうとしても何粒もついてくるように、人は一人で生きている訳ではないということが主題として僕の中にあります。先ほど新木さんがおっしゃっていた「高校時代のクラスメイト」もそうですが、双眼鏡から覗く先の人にも二人と同じ時代や時間を生きているということを、少しでもさりげなく見せていけたらという狙いがありました。
 

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■ファーストフードからファミレスへ、笑えるぐらい同じ道を辿ったごはんシーン。

 
―――タイトルにも「ごはん」という言葉が入っていますが、ごはんシーンで印象的だったことは?
新木:高校時代はファーストフード、そこからファミレスになり、次は温かい定食屋さんに行くようになる。この段階が皆そうだなと思うし、笑えるぐらい私も同じ道を辿っていて、日常だなとすごく安心しました。背伸びをしたレストランに最初から行くのではなく、学生時代に好きだったのがケンタッキーというのが微笑ましければ、少し背伸びをしたのがファミレスというのもかわいいと思いました。一番印象に残っているのは定食屋さん。私自身初めてのキスシーンだったので緊張しましたし、出していただいたご飯が本当に美味しかったです。
 
―――ごはんが登場するシーンに込めた思いは?
市井監督:新木さんが言うように段階を踏むという部分や、小春とえみり(美山加恋)の差を描いた部分もありますが、すごく大きく見ると、米袋ジャンプから始まり、最後はお米で終わるという日常のサイクルみたいなものを映画でも表すことができれば。そういう思いを込めています。
 
―――最後にこの映画の一番の見どころは?
新木:この映画はご飯が食べられるという当たり前のこと、親や家族、思い合える人がいるという今まで自分が当たり前と思って生きてきた日常が、どれだけ奇跡的なことなのかを実感することができます。温かい気持ちになれますし、日常の中だからこそキュンとするシーンがたくさん詰まっています。そういうところに注目していただきながら、ぜひ、劇場で「うるキュン」していただきたいと思います。
(江口由美)
 

<作品情報>
『僕らのごはんは明日で待ってる』
(2017年 日本 1時間50分)
監督・脚本:市井昌秀 
原作:瀬尾まいこ『僕らのごはんは明日で待ってる』幻冬舎文庫刊
出演:中島裕翔、新木優子、美山加恋、岡山天音、片桐はいり、松原智恵子
2017年1月7日(土)から全国ロードショー
公式サイト⇒http://bokugoha.com/
(C) 2017「僕らのごはんは明日で待ってる」製作委員会
 

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窪塚洋介、マーティン・スコセッシ監督最新作は「懐の深い作品」。
『沈黙 −サイレンス−』スペシャルトークイベントin関西学院大学
登壇者:窪塚洋介(『沈黙 −サイレンス−』キチジロー役)
    関西学院大学細川正義教授(遠藤周作研究者)
    ノートルダム清心女子大学山根道公教授(遠藤周作学会会員)
 
巨匠マーティン・スコセッシ監督が遠藤周作の代表作であり、世界中で読み継がれている『沈黙』を完全映画化、2017年1月21日(土)から全国公開される。激しいキリシタン弾圧下にあった江戸時代初期の長崎を舞台に、信じるとは何か、何を信じるのかを問う深淵で尊い物語を、ハリウッドや日本からキャスト、スタッフが結集して作り上げた渾身作だ。
 
全国公開を前に、12月16日、遠藤周作が若い頃に過ごしたゆかりの地、仁川にある関西学院大学にて『沈黙 −サイレンス−』スペシャルトークイベントが開催され、隠れキリシタンのキチジローを演じた窪塚洋介と、遠藤周作研究者の関西学院大学細川正義教授、遠藤周作学会会員のノートルダム清心女子大学山根道公教授が登壇した。『沈黙 −サイレンス−』の撮影秘話や、マーティン・スコセッシ監督の『沈黙』と向き合う姿勢および解釈について、熱いトークが交わされた模様をご紹介したい。
 

 

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―――マーティン・スコセッシ監督の『沈黙 −サイレンス−』を実際に試写でご覧になった感想は?
窪塚:懐の深い作品。自ら答えに到達するための事実を積み重ねています。スコセッシ監督はとても日本に敬意を示してくださり、ワンカットごとに、日本人キャストに顔が見えるところまで来て「良かった」と言ってくれました。京都・太秦の職人たちも撮影現場に呼ばれ、カツラをつけたりしていましたが、職人の皆さんにまで敬意を払っていました。時代考証から長崎弁がきちんとしゃべれているかまで、すごく繊細にチェックを入れてくれたので、うれしかったしやる気も出たのです。かなり寒くて震えながら撮影していましたが、それも喜びの一つ。参加できたことがうれしかった。おととい試写で作品を観たときに思わず手を合わせて「ありがたい」と思いました。
 
―――映画で一番伝えたいことは?
窪塚:「答えを自分の中で見つける」ということ。一人一人の中に答えがいくらでもある。それでいいと背中を押してくれる作品。だから神は沈黙していると思っているし、そこに意味があります。スコセッシ監督は、目線が本当にフラットで、キリスト教賛美でもなく、仏教賛美でもなく、僕らにゆだねてくれる。僕は、そこがこの作品の一番の醍醐味だと思っています。
 
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―――窪塚さん演じるキチジローは、非常に精神的な揺れのある役ですが、演じる上でどう解釈したのですか?
窪塚:醜く、弱く、ずるい、負のデパートみたいな書かれ方をしていますが、例えば踏み絵を踏むという行為一つとっても、踏んでしまう弱さという言い方と、踏むことのできる強さという言い方があります。絶対にだれも踏めないときに踏むのは、実際弱いことなのか、強いことなのか、もはや分からないのではないでしょうか。原作では独白がないキャラクターで、誰かを目線を通してのキチジローなので、余白がすごく多い人物でした。これだけ重厚で、史実に忠実な中、余白に何が埋まれば俺はキチジローを生きられるのか。そう考えたとき、イノセントさがキーワードになりました。イノセントだから弱く、強く、裏切ってしまう。子どもの頃のまま成長してしまったという役の捉え方をしました。スコセッシ監督が「28年間描きたいと思っていた作品の、一番大事なキチジローが本当のキチジローとしてここにいる」と言ってくれたのは本当にうれしかったです。
 

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―――キチジローを演じる上で、心がけたことは?
窪塚:現場の空気感やカメラの前でキチジローを追体験する感じで演じました。昔から役を演じるときに使ってきた言葉ですが、「キチジローを生きられた」と思います。試写を観たときに、スコセッシ監督に出演シーンをカットされてもいいと思える映画になっていました。監督がそう思うからいらないのだと。スコセッシ監督がカットするのなら納得できます。
 
―――学生と『沈黙』を読むときに、キチジローは皆イヤだと言いますが、最後には共感に転じる学生が多いキャラクターです。遠藤周作もエッセイで「キチジローは私」と書いていますが、映画ではロドリゴとキチジローの関係をどこまで描いているのですか?
窪塚:撮影はしんどかったですが、「しんどいのも喜びのうち」という気持ちになれるのは、キチジローが添い遂げるところまで描かれているからです。彼は“踏み絵マスター”というぐらい踏み絵を踏みながら、結局、晩年まで懺悔を願い出て疎ましがられます。宗教は親や牧師、お坊さんに教えてもらい魂を磨くもの、信仰はもっと自然なもので太陽を見て手を思わずあわせたりするようなものだとすれば、どちらをキチジローが選択していたのか。ひょっとすればブレブレだったかもしれませんが、それすらキチジローの中に収まってしまうのです。
 
―――ロドリゴが自分はキチジローのようなものだという心境に至りますが、キチジロー役のアンドリュー・ガーフィールドとはどんな話をしたのですか?
窪塚:アンドリューはメソッド俳優で、寝ても起きてもロドリゴでいるというやり方。みんなが苦しむ現場で、特にアメリカ人チームは一日スープ一杯やサラダ一杯でどんどん痩せなければならなかった。だから後半は挨拶もできないぐらいの雰囲気で、現場でも座長としてあるまじき行為や行動が増え、不快感を与えていた時もありました。でも試写を観て、それらを許せるぐらいの役への臨み方だと思い知らされました。
 

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―――撮影地の台湾で、見事に江戸時代が再現されていたのが印象的でした。
窪塚:最初は台湾で村を見つけてきたのかと思いましたが、京都の美術職人が体を張り、山の上に村ごと作っていたのです。ドアの開き方向や、鶏の種類が違うことですら怒っていましたから。僕らにとって、そのままでいいんだと思わせてくれるセット他の美術に、とても力をもらいました。
 
最後に「日本の役者たちが素晴らしいです。力強さがあり、堂々たる仕事ぶりに試写を見て泣きました。かっこよかった。映画も素晴らしい作品になっています。正直やめてもいいかなと思ったぐらい手応えがあり、新しい場所にたどり着けました。みなさん劇場で体感してください」と熱のこもった挨拶で締めくくった窪塚さん。構想28年のスコセッシ監督が「キチジローそのもの」と認めた熱演は、遠藤周作が込めた思いを一番切に伝えてくれるのかもしれない。
 

 
 
トークショー前半は、遠藤周作研究者の関西学院大学細川正義教授と、生前に遠藤周作と親交のあったノートルダム清心女子大学の山根道公教授による対談が行われた。一度目の映像化となった篠田正浩監督版『沈黙 SILENCE』の話題も交えて、遠藤周作が『沈黙』に込めた真意を考察した内容を、抜粋してご紹介したい。

■遠藤周作が最晩年に「誤解されている」と嘆いていた『沈黙』の解釈。篠田正浩監督版『沈黙 SILENCE』の場合は?

 
山根:遠藤さんは最晩年になっても「『沈黙』が理解されていない。誤解されている」とおっしゃっていました。そのこともあり、作家が込めた思いを読みとって伝えていくことが自分の使命と思っています。『沈黙』出版50年、遠藤先生没後20年の今、映画を巡りながら、遠藤周作が作品に込めた思いを読み説いていきたいと思います。
 
細川:スコセッシ監督が28年間強い気持ちで映画づくりに情熱をもって取り組んだ作品がようやく封切られます。篠田監督の『沈黙 SILENCE』も感動しましたが、映画の作り方、作品の読まれ方が変わってきているので、楽しみです。
 
山根:遠藤さんは、ご自分の作品がすぐに映画になるのを楽しみにしていました。『沈黙 SILENCE』はシナリオの段階から関わっていたようですが、後半は相当原作と変わっていき、ラストシーンはロドリゴに日本の妻を与えられ、妻を抱くところで終わっていきます。遠藤さんは「自分が『沈黙』に込めたもの、ロドリゴの最後は自分の思いとは違うからそれだけはやめてくれ」と言ったそうです。結局「篠田監督は芸術家として尊敬しているので、娘を嫁にやった限りは向こうの家風に沿ってやるのは仕方がないこと」と、エッセイでも書いている通り、遠藤さんが『沈黙』に込めたものを伝える映画ではなく、篠田監督が原作を読んで、自分のテーマで伝えた作品が『沈黙 SILENCE』でした。
 

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■遠藤周作が『沈黙』で伝えようとしたこと、スコセッシ監督に響いたこととは?

 
山根:スコセッシ監督自身がシチリア出身のイタリア系アメリカ人で、カトリックに熱心な家に育ち、神学校に入って神父になろうとしていました。遠藤さんも神父になろうとしたことがあるとエッセイで書いており、信仰を自分の問題として目指した時期がありながら、色々な疑問が生じて芸術の世界に入り、そしてそのテーマを持ち続けています。遠藤さんにとっての『沈黙』とは、疑問に思っていたことをすべて込めたもの。そこがスコセッシ監督にも響いたのではないでしょうか。
 
細川:ロドリゴは踏み絵を踏み、制度上では信仰を捨てますが、そのことにより本当の意味で信仰を知ることになります。最後に回想する中で、踏み絵を踏んだときの激しい喜びの感情が沸き起こるのです。神を疑うところまでいったロドリゴが、本当の意味で神と向かい合うことができた。遠藤さんが『沈黙』で書きたかったポイントはここだと思います。
 
山根:ロドリゴがずっと神を問い続け、実感したいと思いながら実感できる神に出会えなかった。「問い続ける中で神に出会えた喜びがそこに込められている」とスコセッシ監督は『沈黙』英語版の序文で書いています。さらに抜粋すると、「信じることと疑うことは同時。素朴なところに信仰、疑いから孤独へ、そのあと真につながることがはじまっていく。その過程を細やかに書いている。この本は私のいきる糧を見いださせてくれる数少ない芸術品なのだ」と。自分の人生の問いに答えてくれる。つまりそれは、本当に遠藤さんが込めた思いを、スコセッシ監督が受け止めてくれているということになるのではないでしょうか。

 

■神は沈黙ではなく、日向の匂いに感じるもの。

 
山根:「神の沈黙」ではなく、自分の人生を通じて神が語っているのだと思います。「日向の匂い」、私たちがどこかで人生を振り返るとき、目の前に神を感じるのではなく、自分の人生の中に、導いてくれた神を感じるのです。人生は挫折しても、挫折した中ではじめて日向の中にある神の気配を実感できます。遠藤さんは、自身が病気になりながらも、その中で神の眼差しを感じた体験を込めているのです。ロドリゴの恩師であるフェレイラも自分の人生を振り返る中で、日向のぬくもりレベルではあるが、神を感じていたと思います。
(江口由美)

 【ストーリー】
17世紀、江戸初期。幕府による厳しいキリシタン弾圧下の長崎。日本で捕えられ棄教したとされる高名な宣教師フェレイラを追い、弟子のロドリゴとガルべは日本人キチジローの手引きでマカオから長崎へと侵入する。想像を絶する光景に驚愕しながらも、弾圧を逃れた隠れキリシタンと呼ばれる日本人に出会った二人は、隠れて布教を進めるが、キチジローの裏切りでロドリゴは囚われ、長崎奉行井上筑後守に棄教を迫られる。犠牲となる人々のため信仰を捨てるか、大いなる信念を守るか。拷問に耐えながらも、自分の弱さに気付かされ、追い詰められたロドリゴの決断は…。
 
 『沈黙 −サイレンス−』
監督:マーティン・スコセッシ
原作:遠藤周作『沈黙』新潮文庫
出演:アンドリュー・ガーフィールド リーアム・ニーソン アダム・ドライバー
窪塚洋介 浅野忠信 イッセー尾形 塚本晋也 
公式サイト⇒ http://chinmoku.jp/
2017年1月21日(土)~TOHOシネマズ梅田他全国ロードショー
 
 

bokugoha-550.jpg 中島裕翔 関西弁で”うるキュン”メッセージ披露!!

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最高も最低も乗り越える、7年越しの“うるキュン”青春ラブストーリー!


中島裕翔×新木優子の青春ラブストーリー『僕らのごはんは明日で待ってる』が、2017年 1月7日(土)TOHOシネマズ梅田他にて全国公開となります。『ピンクとグレー』で鮮烈な映画デビューを果たし、数々のドラマでその演技力が高い評価を得ている中島裕翔がラブストーリーに初挑戦!恋人役にはnonno専属モデルで、8代目ゼクシィCMガールなどで大注目を浴びる新星・新木優子といういま最も旬な二人が初共演!瀬尾まいこの同名ロングセラー恋愛小説(幻冬舎者刊)、待望の映画化。


12月17日(土)、関西では初めてとなる本作の試写会に主演の中島裕翔、ヒロイン役の新木優子、市井昌秀監督が登壇し、本作のキーワード”うるキュン”エピソードやクリスマスも近いということで、クリスマスの思い出トーク・中島さんから関西弁”うるキュン”メッセージのクリスマスプレゼントがあったりと、会場は悲鳴にも近い歓声が起こりました!


日時: 12月17日(土)18:00~18:25頃
場所: 朝日生命ホール
登壇者: 中島裕翔、新木優子、市井昌秀監督
MC: 遠藤淳(FM大阪DJ)


≪大歓声の中、ゲスト登場!!≫

▼初めのご挨拶
bokugoha-bu-240-4.jpg中島裕翔:なかじまゆうとです。(名前を名乗った途端に、女性たちの歓声が起こる)。今日のために、今朝4時から待っていて下さった方がいらっしゃると聞いて大変、嬉しいです。寒い中を、本当にありがとうございます!ぜひ、映画を観て「温まって」下さいね。
新木優子:寒い中、沢山の方にお見え頂いて嬉しいです!短い時間ですが、沢山お話でき
ればいいなと思っています。よろしくお願いいたします。
市井監督:先着順のため、寒い中をお待ち頂いたということで「もう、僕が“うるキュン”です!」(会場、笑い)大学の時に関西に住んでいましたので、戻ってこれて嬉しく思っています。今日はよろしくお願います。


▼関西にはどのようなイメージをお持ちですか?
中島:そうですね。あの、結構強そうな方が多いんじゃないかと(苦笑)
新木:良い意味で、ですよね。
中島:全員が全員というのでは勿論ありませんよ(笑)。公共の交通機関を使って関西にやってきたとき、ファンの方にお会いしたりするんでけど…すごい勢いで駆け寄ってきたりとか、大きな声で声をかけられるので、そういう意味で「強い」なぁという印象です(笑)。東京だとそのあたりは、控えめなイメージですかね。

MC:気持ちだけじゃなくて、フィジカルな強さもあるということでしょうね。
新木:愉快でお話し上手な方が多い、というイメージですね。映画の中でも、関西ご出身の方がいらっしゃるんですが、とても楽しい時間を過ごせて親しみやすさを感じますね。
監督:正直、がさつ(笑)なんですが、心は繊細…であってほしい。あ。願いですね。(笑)ヒロインの小春も、がさつだけど繊細な女性なんですよね。でもやっぱり、関西の方は繊細だと思います。
MC:ははは。ちょっと、ザワついてますよ。(会場笑い)
中島:お笑いのセンスは、繊細ですよね本当に。僕らライブとかでMCやるんですけど、大阪の公演のときは、ちょっと緊張しますもん。どう評価されるのかな、「笑わせなアカンなぁ」(関西弁で)って。(中島の関西弁に、会場沸く)


▼亮太というキャラクターは、恋愛下手で無口なネガティブ男子ですが、ご自身はいかがですか?
中島:心のどこかでポジティブに楽しめば大丈夫、大丈夫って言い聞かせるんですけど、作品に入る前だと不安要素が勝ってしまいがちですね。今回はラブストーリー初挑戦だったんですけど、新木さんとの共演で、どんなふうに演じられるかなとか、お互いの距離感が近づくにつれ成長し、見ごたえも増す作品になると思うので、そこをうまく演じられるかなと考えたりしましたね。恋愛については、自信がない方なので…小学生の頃なんて、遠回しに好きって言うタイプでした(笑)。
新木:小春は、超ポジティブな女性なのですが、私自身のエピソードで言えば、今年クリスマス・イヴにお休みを頂いたので、友人を誘ってみたら、みんな予定があって断られたんですね。それで、みんな充実していて幸せなクリスマス・イヴを過ごすんだなぁって…思った自分が、すごくポジティブだと思えました(笑)。
市井監督:新木さん笑って話してるけど、だんだん悲しく見えてくる(笑)。
新木:私も幸せ欲しいな。だれか、募集してます(笑)。映画では、亮太との関係の中で伝えたいことがうまく言えない小春役ですが、私は思ったことを口にして相手を無言にしてしまうところがあって、恋愛下手というか伝え方が下手なのかもしれません。
中島:下手でも、不器用さというか一生懸命さが良いですよね。ホントに、亮太と小春っぽい。


bokugoha-bu-di-240.jpg▼今回“うるキュン”なラブストーリーを撮るにあたって、監督がもっとも大事にされていたことはなんでしょうか?
市井監督:中島さん、新木さんには等身大でいてほしいと思っていたので、無理なお芝居をせず、裕翔くんと優子ちゃんの中にすでにある“亮太と小春”をそのままで演じて頂きました。


▼撮影現場はいかがでしたか?
中島:優子ちゃんとは同世代ということもあり、共通の話題も多かったですね。そういう意味でも、現場ではずっと亮太と小春でいられた気がしています。
新木:中島さんの物まねが楽しかった!(会場、沸く)「ドアが閉まるやつ、やってくださいよ(笑)」
中島:ふりがザツ(笑)
新木:流れ星のちゅうえいさんのコントが好きなんですが、それだと長くなるので「ドアが閉まるやつ」。
中島:ドアが閉まる時に、ある生きものになります…「あぁ。ドアが閉まるぅ~ウーパールーパー」(会場、大爆笑)
新木:現場でも、こんなふうに和ませて頂きました(笑)。


bokugoha-500-1.jpg▼街はクリスマス・ムード一色ですが、「思い出に残っているクリスマス」は?
中島: 《Hey! Say! JUMP》のメンバーで毎年、クリスマス・プレゼント交換会をするんですよ。某ナマ音楽番組の楽屋(観客から「Mステ」との声があがり)「そう、Mステ」(笑)。その時、結構時間が空くんですが、それでプレゼント交換会を始めるようになりまして。値段を決めて、くじ引きで交換するんですけど、ある時、八乙女光(やおとめ・ひかる)のを引き当てたんですが「軽めの箱の中に、ちっちゃい象の置物(笑)」。(観客から、かわいいの声があがり)カワイイ?センスがちょっと、よくわかんないけど(笑)。みんな結構実用的なものだったりするのに。知念(知念侑李:ちねん・ゆうき)なんかは、お取り寄せギフトだったり。
bokugoha-bu-240-2.jpg新木:結婚式の引き出物みたいですね(笑)。
監督:あ、その象があって、今回映画で「象に乗れた」のかも、ですよ。(中島、新木、妙に納得)
中島:このあと、映画で確かめてください。タイに行って、象に乗ってるシーンがあるんです。ってことは、これは光くんのおかげなのかも。ありがとう、光くん!(笑)。
新木:やっぱり、クリスマスはプレゼントが一番うれしいですよね。中学2年の時に、当時なかなか手に入らなかった「たまごっち」が、頭の上に置いてあってすごいテンションが上がりましたね。

 
 

MC:お集まりのみなさんに思い出に残る一日にして頂きましょうということで、中島さんから一足早い「クリスマス・プレゼント」として、関西弁で“うるキュン”メッセージを頂戴したいと思います。(会場、沸く)
中島:わはぁ~。ハードル上げすぎですよ、緊張するぅ。
監督:よーい、ハイ。
中島: 「どうしよう。めっちゃ好きなんやけど、付き合ってぇやぁ」(大歓声が起こる)
MC:新木さん、いまの“うるキュン”メッセージ関西バージョンはいかがでした?
新木:いやぁ、もう。いまのは「100%“うるキュン”ですね」。
中島:よーい、ハイ!って言われるとスイッチ入ります。
監督:じゃ、テイク2!(笑)。
中島:ええーっ!!もう、ほんとに?「めっちゃ、好きやねん」。
MC:今のでみなさん、ご満足いただけたでしょう。


▼締めのご挨拶
監督:壁ドンもSキャラも一切出てきませんが、恋愛はうまくならなくても良いと僕は思っていて、恋愛下手だからこそ出会えた亮太と小春の7年間の軌跡を描きました。この映画が、みなさんの明日の生きる糧になれたら嬉しいです。
新木:今日は、若い女性の方が多いかと思いますが、ぜひ、お父さまお母さまを誘って、家族で楽しめる、温かい映画なので、もう一度観ていただけると嬉しいです。今日はありがとうございました。
中島:今日は、関西では初の試写会になりますが、そういう機会を得られてとても感謝しています。恋愛下手な2人の不器用な姿に“うるキュン”して、心が温かくなれる映画です。ひとりでも多くの方に、この作品を愛してもらいたいなという気持ちでいっぱいです。ご覧になったみなさんが、周りのひとに「面白かったから、絶対観た方がいい」と言って頂けるとありがたいです。本日はどうもありがとうございました。


『僕らのごはんは明日で待ってる』
出演:中島裕翔 新木優子 美山加恋岡山天音 片桐はいり 松原智恵子
監督・脚本:市井昌秀
原作:瀬尾まいこ「僕らのごはんは明日で待ってる」(幻冬舎文庫)
配給:アスミック・エース
主題歌:『僕らのために...』 作詞:ケツメイシ、作曲:ケツメイシ & 小松一也 歌:ケツメイシ(avex trax)
公式サイト:http://bokugoha.com/

(C)2017『僕らのごはんは明日で待ってる』製作委員会

2017年1月7日(土)~TOHOシネマズ梅田 ほか全国ロードショー


(画像・文章はオフィシャルリリースより) 

 

 

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一年待ってでも遠藤憲一主演と決めていた。
『うさぎ追いし −山極勝三郎物語−』近藤明男監督インタビュー


usagi-di-240-2.jpg「癌が作れれば、癌は治せる」という信念のもと、100年前に世界で初めて発癌実験を成功させた上田出身の病理学者、山極勝三郎。明治、大正、昭和と激動の時代、何度も日本人初のノーベル賞候補に上った偉人の人生を映画化した『うさぎ追いし −山極勝三郎物語−』が、長野地方の先行上映に続き、12月17日(土)より有楽町スバル座、2017年1月7日(土)よりテアトル梅田他で全国順次公開される。

家族愛、郷土愛、そして師弟愛と幾つもの方向から山極勝三郎の生涯を描いたのは、『ふみ子の海』『エクレール・お菓子放浪記』の近藤明男監督。肺結核に侵されながらも、強い信念で実験に臨み続けた勝三郎に遠藤憲一、勝三郎の同郷の友であり、共に「上田郷友会」を設立した小河滋次郎に豊原功補、発癌実験をする勝三郎の助手を務めた市川厚一に岡部尚、そして実験一筋の夫を支えながら子どもを育て上げた勝三郎の妻かね子に水野真紀を配し、人間のひたむきな情熱と、細やかでほっとするような日常を紡いでいる。

最後まで諦めず、失敗を重ねた末に画期的な結果をもたらした発癌実験のシーンは作品のクライマックスである一方、非常に地味な作業の積み重ねでもあるが、遠藤演じる山極博士と岡部演じる弟子、市川との師弟コンビの凸凹コンビが、飄々とした風合いをもたらし、むしろ微笑ましいのだ。

本作の近藤明男監督に、山極勝三郎の人生を映画化するにあたって狙いや、キャスティング秘話、こだわりの音楽について、お話を伺った。

 

 


■かつてのATG映画スタイルで、偉人伝ではなくエンターテインメント作品を。

―――山極勝三郎の映画を撮ることになったきっかけは?
近藤監督:前作の『エクレール・お菓子放浪記』以降、いくつかの企画を考えていたのですが、なかなか実現に至らなかったところに、プロデューサーの永井さんから今回の話をいただきました。永井さんは篠田正浩監督(松竹)の助監督を務めており、後に師匠の篠田監督からプロデューサーを打診され、監督の道に進まずプロデューサーに転身された方です。『ふみ子の海』は、永井さんが監督デビューする時の題材にと決めていた原作でした。僕はといえば、増村保造監督(大映)の助監督をし、その後映画を撮りましたが、『ふみ子の海』までは15年ぐらいのブランクがありましたから、そんな僕に思い入れのある作品を撮らせてくれた永井さんには、当時から恩を感じていたのです。その永井さんから3年前に「(この作品は)あなたしか出来ない」と言われたら、映画化するには難しい話だとは思いましたが、断る訳にはいきません(笑)。

―――偉業を成し遂げた実在の人物、しかも一般的な知名度はあまり高くはない山極勝三郎さんを映画で描くことは、ハードルが高かったのではないですか?
近藤監督:実在の人物ですし、癌を作ったことは偉大なことですが、それを丹念に追うだけでは真面目すぎる。僕は娯楽の王様である映画を作ってきた大映の助監督でしたから、映画はアート系というより、人を楽しませて2時間ぐらいで満足してもらうものだと体で覚えてきた。どうしようかと悩み、永井さんには「僕に撮らせたら、立派な偉人伝のような映画にはならないよ。永井さんが考えているような山極像にはならないかもしれないけど、いいよね」と念を押すと、「近藤さんの好きなように」と言ってもらえたので、決心がつきましたね。太っ腹なプロデューサーです。

―――今、なかなか監督が好きなように撮らせてもらえる環境ではないですから、永井プロデューサーの本作や近藤監督にかける期待が伺えます。
近藤監督:僕達の時代には、監督と配給や制作会社が当時500万円ずつ出し合って、1000万円で監督が撮りたい、会社の中では通らないような企画をやるATG映画の盛んな時期が何年かありました。僕もそこで増村監督をはじめ、東宝を辞めた須川栄三監督の助監督として何本か撮り、永井さんもATGで撮っていたので、「ATGスタイルでやれば、近藤さんが体で覚えてきたことだし、僕にもそれぐらいのお金しか集まらないから」と言われ、僕も「お金があるのは苦手だけど、お金のないのは得意とするところだ!」なんて冗談を言いながら始めたんですよ。

 

usagi-500-2.jpg ■俳優の持っている力から、山極さんの違う側面を描きたい。一年待ってもと、遠藤憲一さんのキャスティングを実現。

―――実際に資料をお読みになって、近藤監督が山極さんに対して抱いた印象は?

近藤監督:江戸時代末期の生まれですから、本当の意味で明治の男の「真面目で頑固」という典型的な部分があります。でもただ真面目なだけでは映画にするのは難しいので、遠藤憲一さんのキャスティングも含め、そこは試行錯誤した部分です。正統派の俳優に演じてもらうこともできましたが、堅苦しい作品になってしまう。俳優の持っている力そのものも大事で、そこから山極さんの違う側面を作り上げてみたい。映画そのものがうまくできていれば(現実と多少のズレはあっても)問題はないということで、遠藤さん主役という思い切ったキャスティングをしました。遠藤さんも最初は、「こんな東大出の優秀な方を、高校中退の僕が演じるなんて」と奥さんに話していたそうですが、そこが映画の面白いところです。

―――山極勝三郎役に遠藤憲一さんをキャスティングしたこと、一番の肝だったのですね。
近藤監督:『ビルマの竪琴』で一緒に仕事をさせていただいた市川崑監督は、「脚本を作るのはもちろん大事だが、次の監督の仕事の5、6割はキャスティング。キャスティングを間違えると、現場ではどうにもならない。芝居を付ける以前の問題だ」と教えられたので、今回は主役を間違えたら、その段階で終わりだと思いました。山極勝三郎さんが癌を発見してから2015年で100年だったので、本当は昨年公開したかったのですが、昨年は遠藤憲一さんのスケジュールが3日しか空いていないと言うものだから、さすがにそれでは撮れない。一年待ってもとにかく遠藤さんでやろうと決めていたので、結局今年の3月から4月のテレビ番組改変期に、2週間スケジュールを押さえてもらって撮りました。

 

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■脚本家に参考としてみせたのは黒澤明監督の『赤ひげ』。

―――前半は山極さんの同郷の友であり、共に「上田郷友会」を設立した小河滋次郎が、実験が始まってからは助手の市川尚三郎が登場し、家族の物語と対になって進行していきます。単なる偉人伝ではない仕掛けが見られますね。
近藤監督:小河滋次郎は民生委員を日本で初めて作った人。映画化に際し、最初は山極さん一人の物語では難しいかと思いましたが、小河さんと二人の友情物語を軸にすればいいのではないかと考えました。この映画を単純に分かりやすい映画にする3つの柱とは何か。うさぎの実験をして癌を発見するのは一番の見せ場であり、それを核とした勝三郎と市川の師弟愛が一つ目の柱。脚本家には、黒澤明監督の『赤ひげ』を参考にしてもらうようにしました。二つ目は、故郷を出た勝三郎と滋次郎が再び故郷に戻る、故郷と友情の物語。そして三つ目は、家族の物語です。妻、かね子をはじめ、実際にも一番しっかりしていたという娘の梅子や父勝三郎を励まし、唱歌『故郷』を引き出す末娘などを、こちらも『赤ひげ』を参考にしてもらいました。これらをバランスよく描ければ、この脚本は他のものは要らないと伝えましたね。

―――豊原功補さん、岡部尚さんのキャスティングの経緯は?
近藤監督:遠藤さんは背が高く、二人が並ぶシーンも多いので、小河滋次郎さん役の豊原功補さんは、50歳ぐらいで同じぐらいの背格好、そして遠藤さんよりも美形の俳優ということで選びました。一方、市川役は遠藤さんとはキャラクターの違う人にしようと、岡部さんに決めました。若松孝二監督に可愛がられ、昔から小規模な映画には随分たくさん出演していましたが、(市川役は)今までで一番いい役なのではないでしょうか。本作でブレイクするでしょう。今はブレイク前夜、10年前の遠藤さんみたいな感じです。

―――脚本にない部分の山極勝三郎像を、遠藤さんとどのように作っていったのですか?
近藤監督:教科書のように事実を追うだけの映画にはしたくない。エンターテインメントで面白い映画にしたいという点は、僕と遠藤さんの共通認識でした。決定稿になるまでも、「もっと面白くならないか」といい意見をたくさん出してくれましたし。最初白ウサギだけで実験をし、結果が出なかった時に、黒ウサギでも実験することを思いつくきっかけとなるシーンでは、金平糖と毒掃丸を食べ間違えるというアイデアを脚本家が考え、遠藤さんも「これはいいね!」と喜んでいました。ただ単に黒ウサギを使ったというよりもインパクトがありますし、それまでの金平糖好きの勝三郎というキャラクターも生きるし、大ヒットのアイデアでしたね。

 

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■借家図面に「オルガン」と書かれていたのを見て、「もらった!オルガンを置こう」

―――前作の『エクレール・お菓子放浪記』も音楽が大きなカギを握っていましたが、本作でも『故郷』をはじめ、時代を象徴する音楽が使われ、とても印象的です。
近藤監督:僕自身、音楽が好きですから。今回も市川を引き立たせるために、北大寮歌(『都ぞ弥生』)を絶対に入れようと決めていました。もう一つは、山極さんが住んでいた借家の図面を見たとき、玄関にオルガンと書いてあったんですよ。それを見て「これはもらった!オルガンを置こう」と決めました。ではどんな歌を使おうかと考えたときに、永井さんが長野出身の作詞家、高野辰之さんの企画を持ってきたことを思い出したのです。結局映画化には至りませんでしたが、その高野さん作詞の『故郷』が、山極さんが癌を発見した前年に小学校の唱歌になったと知り、もうこれしかないと。山本嘉次郎監督、黒澤明助監督で高峰三枝子主演の『馬』でも輪唱で使っていましたし、日本映画のありとあらゆる場所で『故郷』は使われていますが、これぞ本命という形で使うぞ!「うさぎ追いし」とありますが、うさぎを追いかけて実験をしていますからね。映画では実験に行き詰まり、病でも苦しむ父、勝三郎を末娘が元気づけるシーンで使っています。



■知る人ぞ知る北大寮歌と、盛りだくさんのエンディング曲。『真田 木遣り 祝婚歌』は本当に酔っぱらって歌ったのを採用。

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―――癌実験が成功し、北大の教授に昇進して勝三郎の元を去るとき市川が歌っていたのは、北大寮歌でした。また、邦画にしては珍しくエンディングに3曲使われています。
近藤監督:北大寮歌は東大寮歌、京大寮歌と共に3大寮歌と言われています。知っている人には非常に懐かしい歌だと思いますので、北海道の方にも是非応援してもらいたいなと思っているところでした。
エンディングの1曲目は、上田出身のデュオH2O(『想い出がいっぱい』)の赤塩正樹さんが歌う『君の贈りもの』。2曲目は、本作でかね子の母親を演じた緒方美穂さんが歌う『i・ku・ru』。3曲目は結婚式で歌われる定番曲をと考えていたところ、上田で材木業を営んでいる島田プロデューサーがこの作品の設定で作詞した『真田 木遣り 祝婚歌』を、部下を従えて歌っています。実際の雰囲気を出すために、本当に酔っぱらって歌っているのがすごく良かったので、締めに使いたいと、結局3曲になりました。



―――本作は、山極さんの故郷、上田でかなりの部分をロケされたのですか?
近藤監督:上田で9割撮りました。東京では北大路さんが出演した箇所を3日間撮影しました。山極さんは東大で学び、東大の教授を務めていたので、赤門の景色などを撮影しようとしたのですが、東大側は撮影を許可せず、商業映画だからという理由で本当に非協力。やっとの思いで撮影を許可してもらったのは、東大医学部に所蔵されている山極さんの机と、東大2号館のカット他だけで、映画で東大の中の池として登場しているのは、上野美術博物館の横の小さな池を探してきました。あとコストはかかりましたが、小金井の東京たてもの園では、19歳の山極勝三郎さんと小河滋次郎さんが東京、本郷に上京したときの江戸の街を数カット撮影しました。9割撮影した上田では、勝三郎の家や実験用のうさぎ小屋をはじめ、信州大学繊維学部の講堂では、学会の発表やヘンシェン博士公演のシーンを土日で撮影しています。

 

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■映画の力で、一人でも多くの人に「山極勝三郎」を伝えたい。

―――山極さんは3回もノーベル賞の候補になった人物ですが、「幻のノーベル賞」という部分に焦点を当てなかったのはなぜですか?
近藤監督:ノーベル賞が取れなかったことに焦点を当ててしまうと、いやらしい映画になってしまいます。実際には、ノーベル賞を取ったフィビゲルの発癌実験は後に誤りだったことが明らかにされ、山極さんの発癌実験こそノーベル賞受賞にふさわしかったと言われるようになるのですが、それはあくまでも後日談としてさらりと語る方がいいと判断しました。映画ではフィクションとして娘、梅子の口から「父はノーベル賞には興味がありませんでした」と語らせています。

―――山極勝三郎博士が癌発見してから100年経った今、『うさぎ追いし −山極勝三郎物語−』を世に送り出す今のお気持ちは?
近藤監督:このお話を引き受けした時に、映画の力で一人でも多くの人に山極勝三郎さんのことを伝えたいと思いました。やっと出来上がったこの作品が、国内や海外の多くの皆さんに届くことを祈っています。
(江口由美)


『うさぎ追いし −山極勝三郎物語−』
(2016年 日本 1時間51分)
監督:近藤明男
出演:遠藤憲一、水野真紀、岡部尚、豊原功補、高橋惠子、北大路欣也他
2016年12月17日(土)~有楽町スバル座、2017年1月7日(土)~テアトル梅田、今冬~元町映画館他全国順次公開
公式サイト⇒http://usagioishi.jp/
 (C) 2016「うさぎ追いし-山極勝三郎物語-」製作委員会

 

konosekai-ivent-550.jpg『この世界の片隅に』公開記念大阪編!ネタバレ爆発とことんトーク!

ゲスト:片淵須直監督+原作者のこうの史代氏


 

~すずさんの魅力について、監督と原作者が語る~

 

11月24日、日本橋のロフトプラスワンウェストで、『この世界の片隅に』公開を記念して、片渕須直監督と原作者のこうの史代さんを迎えてトークライブが行われました。会場には、午後7時半から3時間という長丁場にもかかわらず、立ち見もあわせて約150人もの観客が集まり、熱気あふれる中、監督が集めた資料の写真や、イラストもスクリーンで披露され、ざっくばらんな、楽しいトークが展開しました。その中でも、主人公のすずさんについてのお話を中心に、その一部をご紹介致します。

 

konosekai-550.jpg「すずさんはどこから出てきたのですか」との片渕監督の問いに、こうのさんは「戦時中の生活を書こうとしたら、ぼーっとしている人の方が、まわりが説明してくれるし、お嫁にいくという設定なら、街の様子も新鮮な感動とともに入ってきます。その方が読者としても入り込みやすいし、自然とこういうキャラになりました」、「すずさんが主人公のようにみえて、実は戦争が主人公の漫画です。すずさんは主人公をひきたてるようなキャラで、あまりあくがないと思って書いたつもりです」


片渕監督が「こうのさんの漫画には、ぼーっとしているヒロインが多いですね。ぼーっとしている人が主人公だと居心地がいいです」とつっこむと、こうのさんは「いつのまにかこんなことしてました、というほうが、作品としてはおもしろいんです」と答え、主人公よりも脇役の方が漫画家本人に似ているケースが多いとのこと。監督補・画面構成の浦谷千恵さんが、想像を膨らませて、すずさんが床下で豆もやしを育てているイラストなど、原作にないイメージを描いたりしていたとの微笑ましいエピソードも紹介され、会場はあたたかい笑いに包まれました。


konosekai-ivent-500-2.jpgすずさんの声を務めたのんさんについては、「演じていない時は、本当に全然普通の女の子なんです」と片渕監督。すずさんのキャラクターについて、監督がのんさんにどう伝えたかというと、「野太い」、「雑草みたいにパワフルで、でも、パワフルなだけでなく、ナイーブでもあり、どこかデリケートな感じも入れてもらいました」

すずさんの声をのんさんに決めたのはいつか、との問いについて、映画化の話が出た当初から、監督は、どんな声がいいか考えながらドラマを幾つも観ていて、NHKで『あまちゃん』を観た途端、ピンときたそうです。


音楽を務めたコトリンゴさんについて、片渕監督は、コトリンゴさんの「picnic album1」というカバー集のアルバムをもらって聴いているうちに、ふとひらめいたとのこと。「すずさんのぼーっとしているところも、ものうい感じも出せるし、すずさんは心の中にたぎるような情熱を秘めていて、そういうことも描ければいいなと考えました」


konosekai-500-1.jpgトークは、戦前の呉市のバスがどんな色だったか記録が残っておらず、片渕監督が苦労した話から始まり、監督もこうのさんも、当時の文献資料を徹底的に調べ上げ、多くの人から話も聞いて、少しでも当時の街の姿をリアルに再現しようと骨身を尽くしたことが、伝わりました。こうのさんは、すずさんが段々畑で絵を描いていて、官憲につかまってしまう話を聞いて、漫画の中に必ず入れようと思ったそうで、実際、当時、段々畑には官憲がうろうろしていたそうです。


「戦争ものは、需要はすごくあると思うけれども、書く側は心身ともに削られるから、書き手があまりいない」とこうのさん。片渕監督も戦争を扱うことの難しさと重さについて、「戦争を描くのは、本当に堪えるんです。正直言うと、本当に怖くなっちゃったので、二度とやりたくないという感じがずっとありました。最初に音が入った画面を観た時、対空砲火のシーンを観て、映画を公開するのをやめようと思ったほどで、自分のトラウマになってしまいました。映画が終わった時点で、すずさんが傷ついて、立ち直っていないのではないかという気がしてきたのです。でも、コトリンゴさんの「たんぽぽ」という歌を聴いた時、すずさんの魂がよみがえるみたいな歌だと思いました。これに絵をつければと思って、画面構成の浦谷さんに、エンディングロールで流れる絵を、ほぼ一日で一気に描いてもらって、救われたような気がしました。戦争が終わってもその先があるんだなと、やっていけるような気がしました」と実感のこもったお話を語り、エンディングの絵について、そういえば周作さんも髪の毛が伸びていたという話には、会場から笑いが起きました。


konosekai-ivent-500-1.jpg片渕監督が子どもの頃、大阪の枚方に住んでいたお話や、こうのさんが、小学校の授業で好きな食べ物を尋ねられて、「うどんとたくあん」と答え、後で、母親に、他の子はカレーとかハンバーグと答えているのに、うどんしか食べさせてないと思われるじゃないと叱られたそうで、服装についてもよく怒られていたなど、すずさんの義理の姉の径子を思い出すような話も出ました。ちなみに、すずさんの妹のすみは、こうのさんの妹がモデルだそうです。


監督は、最後の挨拶で、「僕とこうのさんだけで以前、少しトークをした時、親戚同士の会話をしていたと言われましたが、すずさんは、こういう文化の中で育ったということも伝わればいいなと思います」監督は、すずのことをずっと「すずさん」と呼んでいて、まわりの人にも呼び捨てにしないで、と言っていたそうですが、「すずさんが、スクリーンの上で動いている時間ができるだけ長く続くように」と映画への思いを述べて、熱いトークが締めくくられました。

(伊藤 久美子)


★公式サイト⇒ http://konosekai.jp/

★作品紹介⇒ http://cineref.com/review/2016/11/post-746.html

★片淵須直監督インタビュー⇒ http://cineref.com/report/2016/10/post-238.html