レポートインタビュー、記者会見、舞台挨拶、キャンペーンのレポートをお届けします。

2017年9月アーカイブ

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“革命の侍”『エルネスト』舞台挨拶

(2017年9月21日(木)TOHOシネマズ梅田にて)
ゲスト:オダギリジョー、阪本順治監督

 

なぜ若者は銃を持つようになったのか?
チェ・ゲバラ没後50年、
その名“エルネスト”を託された知られざる日系人の青春

 
1959年のキューバ革命成功のリーダー:フィデル・カストロと共に絶大なカリスマ的存在の英雄だったエルネスト・チェ・ゲバラ。その後の反帝国主義や反政府運動のシンボルととなり、日本でも若い世代を中心に未だに人気がある。そのゲバラと共にボリビアの内戦に参加し、25歳という若さで亡くなった日系人がいた。日本人の父とボリビア人の母を両親に持つ、フレディ前村ウルタードである。彼は貧しい人々を助けたいと医学の道を志しキューバ国立大学に留学した真面目な医学生だった。本作は、ゲバラからファーストネームの“エルネスト”と“エル・メディコ”(医師)という戦士名を託されたフレディの知られざる青春を追った感動作である。


ernesto-550.jpg主演のオダギリジョーは、フレディ役に運命的な出会いを果たし、ボリビアの地方なまりのあるスペイン語のレッスンを受け、さらに12㎏減量しての役作りに挑む。阪本順治監督は、原案となった『革命の侍~チェ・ゲバラの下で戦った日系2世フレディ前村の生涯』という本に4年前に出会い、ゲバラとフレディの終焉の地であるボリビアの山奥を訪ねたり、かつての戦友たちから話を聞いたり、キューバ政府の協力を得たりとリサーチを重ね、見事に“革命の侍”を現代に甦らせている。


ernesto-bu-500-1.jpgオダギリジョーと阪本順治監督が、10月6日の公開を前にTOHOシネマズ梅田にて行われた試写会の舞台挨拶に登壇。会場はチェ・ゲバラのTシャツやカーキ色の戦闘服を着た観客で埋まり、一種異様な雰囲気となる。彼らが集団で行進しようものなら警戒されそう。ところが、ゲストが登場するやいなや黄色い歓声が上り、「ああ、いつもの舞台挨拶だ」とホッとする始末。緊迫する世界情勢の中、ゆるい映画を量産している日本映画界に一石を投じるような刺激になる作品。舞台挨拶の中にも、両氏の本作に懸ける熱い想いが滲み出ていた。
 


舞台挨拶の詳細は以下の通りです。(敬称略)ernesto-joe-240-5.jpg

――(ゲバラファッションの観客を前に)最初のご挨拶。
オダギリ:東京でもこういうファッションに身を包んだ方々の前で舞台挨拶をしたのですが、まさか大阪でもこんなことになっているとは、さっき知りました。平日の夕方なのにこんなに沢山の方に来て頂いて本当にありがとうございます。とても面白い作品だと思いますし、ちょっと変わった趣きの重要な意味ある作品だと思いますので、沢山の方に紹介して頂けると嬉しいです。

 

 

ernesto-sakamoto-240-1.jpg阪本監督:今日は何の集会でしょうか~?(笑)皆さん、チェ・ゲバラのこともご存じでしょうし、キューバ大好きな方もおられると思います。実際にこの映画の準備中にもそんな恰好をした方を沢山見掛けましたが、果たしてチェ・ゲバラのことをどれほど知っているのかなという疑問がありました。撮影準備のためキューバやボリビアを何度も訪ねたり、ハバナをはじめ地方都市の革命博物館やサンタクララのチェ・ゲバラの霊廟などへ行ったりしましたが、行く先々で日本人の若者がいるんです。受付で「今日は日本人しか来ていない」と言われたこともありました。

一番驚いたのは、ボリビアのチェ・ゲバラが殺された村へ首都ラパスからバスをチャーターして悪路を十数時間かけて行ったのですが、そこにも日本人のバックパッカーが居たんです。どうやって来たんだろうとびっくりしました。チェ・ゲバラについて、ファッションとして着ている人もいれば、片やチェ・ゲバラの足跡を辿る旅をしている日本の若者が沢山いることを、この映画を通じて初めて知りました。

 
――今回の撮影でキューバへはどれくらい行っておられたのですか?
阪本監督:僕で50日位ですが、オダギリ君は先発してキューバ入りして、スペイン語のレッスンや他の準備にかかっていました。
オダギリ:2~3週間は先に入ってましたね。


ernesto-500-1.jpg――フレディ前村さんの役をオダギリさんにと思われた理由は?
阪本監督:フレディさんの人となりを原案となった本から感じ取ったり、ハバナ大学留学時代の学友の方から聞いたりしたら、“実直でナイーブでデリケート”という答えが返ってきたので、すぐにオダギリ君を思い出しました。以前から、三度目のタッグの時は主演と監督という関係で仕事をしたい、挑戦的なものを一緒にやりたい、よりハードルの高いものを、ヒットするかどうか分からないものを創る時にオダギリ君を道連れにしようと考えていました(笑)。

もうひとつ、驚くような偶然がありました。キューバ政府と合作が可能かどうか相談しに初めてハバナへ行った時、別件でオダギリ君にメールしたところ、「僕もキューバに来てます」という返事がきてびっくりしました。彼も同じ日に別の仕事でキューバにいたのです。その偶然性は僕の中ではとても大事なことでして、向こうからやって来てくれたような気がしました。


ernesto-joe-240-1.jpg――この役のお話を受けてどう思われたのですか?
オダギリ:僕は、こういう挑戦的で予測のつかない作品の方が胸が躍る俳優ですし、ハードルが高ければ高い程やりがいが持てると思いました。一生に一度出会えるかどうかの役でもあり、必ず自分にとって財産になると確信が持てました。


――チェ・ゲバラに影響を受けたことはありますか?
オダギリ:時代も国も違うので単純に比較はできませんが、自分が日本の安全で豊かで生ぬるい生活をダラダラと送っている中で、ゲバラやカストロやカミーロの人生や言葉を目にする度に気持ちが引き締まるような気がします。彼らが過ごした日々の重みは今とは全く違います。それは、阪本監督から受ける背筋が伸びるような感じと同じです。自分に厳しく生きている人から受ける影響は大きいのです。「しっかり生きなければ!」という気持ちにさせてくれます。


――このオダギリさんのお話を聞いてどう思われますか?
阪本監督:映画撮影の時は、誰に対しても自信を持って、どれだけ真摯な気持ちで臨んでいるのかを示さなければなりません。自分が壊れてもいい、進退を懸けてやっていますが、普段は緊張が解けるのか、オダギリ君と同じように酒飲んでダラダラしてます(笑)。


ernesto-joe-240-7.jpg――最後のご挨拶。
オダギリ:僕は日本映画のファンとしていろんな作品があった方がいいと思っています。最近は原作ものやコミックやテレビの映画化などに流されやすくなっていますが、映画ファンとしてとても心配しています。そんな中で、『エルネスト』のような作品が選択肢として存在することはとても有意義なことです。できるだけ多くの人に観て頂いて、このような作品が今後も存在できる環境を作って欲しいと思っています。僕もPRを頑張りますので、多くの人に観て頂けるよう広めて下さい。よろしくお願い致します。

 

 

ernesto-joe-240-6.jpg阪本監督:戦闘シーンが沢山ある映画だと思っている方もおられるかもしれませんが、フレディ前村の学生生活を中心に描いた映画です。フレディの姉のマリーさんに会いに行った時に、「フレディは医者になって人を助けようとキューバへ行ったのに、武器を持って人を殺めるようなことになって、きっと苦しんでいたことでしょう」と仰いました。弟のアンヘルさんからは、母のローサさんがフレディの遺骨を捜すためにキューバ政府に泣いて嘆願したところ、かつて一緒に戦った革命軍の人たちから、「あなたの息子は事故や病気で死んだのではない。人々のために戦って死んだのだから泣く必要はない」と随分慰められたとか。でもお母さんは自分の息子を失った悲しみで泣き崩れてしまったそうです。

名もない医学生が、普通の5年間の学生生活を経て、やがて銃を手にするようになる過程を見てほしくてこの映画を作りました。遠い国の50年前の話ではありますが、自分の日常と重なる部分があれば、どうか感じ取って下さい。

それから、マリーさんが我々と二度接触した直後に亡くなられました。この作品をマリーさんに捧げます。ゲバラのお墓に登場したおじいちゃんたちは、フレディと共に戦った本物の戦友たちです。

こういう作品が日本で生まれたことを価値あることだと思って下さいましたら、どうか多くの方に広めて下さい。よろしくお願い致します。


 (河田 真喜子)
 


『エルネスト』
ernesto-pos.jpg■2017年 日本=キューバ合作 2時間4分 
■原案:マリー・前村・ウルタード、エクトル・ソラーレス・前村著『革命の侍~チェ・ゲバラの下で戦った日系2世フレディ前村の生涯』(長崎出版・09年/17年9月キノブックスより再刊)
■脚本・監督:阪本順治 (『顔』、『闇の子供たち』、『大鹿村騒動記』、『団地』)

■出演:オダギリジョー、ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ、永山絢斗
■(C)2017“ERNESTO”FILM PARTNERS
■公式サイト: http://www.ernesto.jp


作品紹介⇒こちら

■2017年10月6日(金)~TOHOシネマズ梅田ほか全国ロードショー!
 

 

 

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太地町という小宇宙から世界で起きている対立を映し出す。
『おクジラさま ふたつの正義の物語』佐々木芽生監督インタビュー
 
第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞作『ザ・コーヴ』で取り上げられ、一気に非難の的となった和歌山県太地町の捕鯨問題。前々作『ハーブ&ドロシー アートの世界の小さな巨人』(2010)の公開前から太地町で撮影を始めた佐々木芽生監督が、東日本大震災等で一時中断を余儀なくされながらも、2014年から撮影を再開。2016年釜山国際映画祭にて世界初上映された最新作『おクジラさま ふたつの正義の物語』が、いよいよ9月 30日から第七藝術劇場、今秋より京都シネマ、豊岡劇場にて順次公開される。
 
南国の香りが漂い、町中にクジラのモニュメントがある太地町の捕鯨の歴史は江戸時代まで遡る。国の制限のもと、今も伝統の追い込み漁を続けている太地町に訪れ、捕鯨反対運動を展開するシーシェパードのメンバーたちにもマイクを向け、長くアメリカに住み、ドキュメンタリーに携わってきた佐々木監督ならではの視点で、太地町に住む人たち、訪れる人たちの意見や暮らしぶりを丁寧に追っていく。佐々木監督の代弁者のような存在として、長年日本に住みながらAP通信記者活動をしてきたジェイ・アラバスター氏の太地町移住にも密着。太地の人々を取材するには、彼らと同じ場所に住み、話し合える関係性を作り上げようとするアラバスター氏の考えや行動の結果は、映画にもしっかりと映し出されている。対立から相互理解へ。文化や習慣の違いを超えることはできるのか。国レベルでは無理なことでも、個人レベルでは成し遂げることができるのではないか。捕鯨問題からはじまる本作から想起するものはあまりにも多く、そしてその問題について考えることが、道は長くても「他社との共存」に繋がるかもしれない。そんな希望を抱かせてくれる、意義深い作品だ。
 
本作の佐々木芽生監督に、世界と日本の動物愛護に関する認識のズレや、太地町から見える様々な対立が意味することについて、お話を伺った。
 

 


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■捕鯨の是非を問うのではなく、太地町を通して見える世界を見ていただきたい。

━━━奥が深い、凝縮されたテーマになっていますね。
色々な国際関係の縮図であり、会社や友人関係、夫婦関係の縮図にも見えます。太地町という小宇宙から、世界で起きている色々な問題、衝突や対立が映し出されるのではないかという思いがありました。捕鯨の是非を問うのではなく、太地町を通して見える世界を見ていただければと思っています。
 
━━━日本に長く滞在し、記者活動を続けてきたジェイ・アラバスターさんの存在が、作品のバランスを取る役目を果たしています。
どなたかが、アラバスターさんと私は合わせ鏡だと指摘されて、なるほどと思ったのですが、彼はアメリカ人でありながら日本に長く住んでいます。私は日本人でありながらアメリカに長く住んでいる訳で、二人ともこの捕鯨問題に関しては少し引いた目線で、同じような考えを持っています。色々話し合いましたし、同じような考え方を持っている人で、お互い共感する部分も大きかったので、この映画にも出演していただきました。
 
━━━初めてアラバスターさんとお会いになったのは、いつ頃ですか?
2014年の暮れごろだと思います。2010年から撮影を始めたものの、中断を余儀なくされ、再び撮影を再開すべく太地町に戻った時に出会ったのが、アラバスターさんでした。あの映画の中では主人公がいない、つまり寄り添える人がいなかったのです。でも、アラバスターさんのように、アメリカ人だけど太地町に引っ越し、町の人たちを理解しようとする人がいると、捕鯨賛成派、反対派とどちら側の人も彼に寄り添えます。主人公というよりは、映画のガイドであり、特に後半は彼に寄り添って物語が進んでいくので、その存在は大きかったです。
 
 
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■世界の流れは環境保護、動物愛護から動物の権利の問題へ

━━━佐々木監督ご自身は、捕鯨に対してどのような考え方をお持ちですか?
日本人だから捕鯨に賛成という訳ではなく、日本も悪いところがあります。情報発信のまずさは、伝統や文化を傘に、我らVS彼らのような二項対立の構図を作ってしまっています。映画の中にもありますが、鯨を全然食べないのに、「自分たちの文化を攻撃された」という見せ方をするので、それはけしからんという流れになってしまう訳です。今の世界の動きというのは、太地町で起きているイルカ漁の問題は環境保護ではなく、動物愛護、動物の権利の問題の象徴なのです。映画『ザ・コーヴ』によって、問題が大きな鯨からイルカにシフトしました。その後に太地町で起きていることは氷山の一角で、韓国での犬食やスペインの闘牛、フランスのフォアグラやイギリスの狐狩りなど、動物の問題だけでも世界中で色々な反対運動が起きています。特にアメリカでは、動物に残虐な扱いをしてはいけないという動物愛護や動物福祉の問題が、今は一歩踏み出して、動物の権利が問題になっています。つまり動物の本来の姿ではないような、動物園の檻に入れたり、芸をさせたりすることは動物の意思に反しているという考え方なのです。
 
━━━アメリカでは、水族館にイルカはいないそうですね。
アメリカもそうですし、ヨーロッパはもっと前からと聞いています。水族館でイルカのショーをやっているのは、世界中でも日本、中国、途上国、中東ぐらいで、先進国ではほぼやっていませんね。日本だけがその認識がなく、非常に遅れています。そういう色々な問題を踏まえた上で捕鯨の是非を議論するべきなのに、伝統だからと議論が進まない。捕鯨といっても、調査捕鯨もあれば、太地町のような小型鯨類を獲る沿岸捕鯨もありますが、それらも全部一緒に議論されていることにも疑問を感じます。
 
━━━撮りながら、両方の意見を聞いていると、作品の落としどころが難しくなってきたのでは?
何が真実か分からなくなってきます。もちろん、あんな小さな町が世界の批判のターゲットになってしまったという不運さに対し、私が太地町の人たちに同情的であることは変わらないです。ただ、イルカ漁存続の是非については、日本の法律で保障されていることなので、太地町の漁師を攻めることではありません。それを太地町だけに背負わせるのは、フェアじゃないと思います。

 

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■捕鯨問題で中立的と言いながら非常に偏っている日本のメディア

━━━そういう点では、この映画は中立的ですが、どういうお考えで作られたのでしょうか?
捕鯨の問題に関して、日本のメディアは中立的と言いながらも、非常に偏っています。「シーシェパードは悪だ」「お金儲けでやっている」「悪のシーシェパードがやってきて、日本の伝統を壊そうとしている」という描き方で、どちら側も偏っています。誰かを悪に仕立て上げ、善悪を付けても説得力がありません。私の中でもイルカ漁に関してどちらが良いのか判断しづらいです。海外の人たちの価値観と日本人の価値観は全然違いますから。
 
━━━「違う」ということを認識するという線引きがされている映画ですね。
そこが大事です。ただ中立という言葉は、私の中ではいかがわしい感じがして、使わないようにしています。その人の立ち位置によって中間地点はズレてしまいますから。シーシェパードにとっての中間地点と、太地町の人たちにとっての中間地点は全然違うので、あまり意味がありません。私は「バランスが取れた」という言い方をしています。
 
━━━『ザ・コーヴ』公開から7年経ちますが、シーシェパードの活動は依然として活発なのですか?
日本に抗議活動に来る人たちはいなくなりました。国内からはいなくなっている、活動家の人たちが入れなくなってはいますが、ネット上ではその勢いは衰えていません。保護活動家のリック・オルバリーさんは、日本に入国できないので9月1日の追い込み漁解禁日にはロンドンの日本大使館の前にいました。世界中の日本大使館や領事館前で抗議活動を行われています。オリンピックボイコットの話も出ていますし、本気で各国が抗議行動に出れば、大変なことになるのではないでしょうか。また、シー・シェパードは2014年からフェロー諸島で抗議活動を行っていました。ただ、相当地元で反発され、2年で活動できなくなったんです。フェロー諸島の人たちは英語で猛然とシーシェパードに反論しますから、シーシェパード側も地元の人の生の声を聞いて、このまま抗議し続けるのは難しいと判断したようですね。
 
━━━反論するという意味では、佐々木監督は撮影で訪れた際に、太地町の人たちとシーシェパードの人たちの間に入って、通訳する立場となっています。お互いの言い分を一心に受ける稀有な体験をした訳ですが。
こちらはドキュメンタリーを撮っている側なので当事者になってはいけないのですが、太地町の現場で日本語と英語両方を話せる人が本当に誰もいなかったので、必然的に当事者として引きずり込まれた状況でした。
 
━━━今回の取材で実際に騒動の最中にある太地町を訪れた感想は?
本当に風光明媚な町です。熊野の自然が豊かで、温暖な気候ですし、町の人たちは玄関に鍵もかけず、ピンポンを鳴らすこともなく、お家に入っていくような、とてもおおらかな町なのです。そこに外国人活動家やシーシェパードの人たちが来て、町がギスギスしてしまったのは本当に気の毒です。映画で黄色い帽子を被ったアラバスターさんが毎朝漁師さんに向かって「おはようございます」と挨拶するシーンが出てきますが、あの撮影の最中にアラバスターさんが帽子をなくしてしまったと言うのです。そして「きっと誰かが届けてくれる」と。驚いたのですが、案の定次の日に、彼の家の玄関奥の土間に黄色い帽子がぽんと置かれていました。何のメモ書きもないので、誰が届けてくれたか分からないのですが。また、アラバスターさんが帰宅した後冷蔵庫を開けると、大きな魚が入っていたこともあったそうです。そういう暖かさが太地町にはあるんですよね。

 

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■グローバルVSローカルという構図は世界共通。ネットにアクセスできないローカルの人の声はメディアに上らない。

―――本作を編集される頃はアメリカそういう雰囲気を感じながら、編集していたのですか?
昨年編集し終わる頃、アメリカではちょうど大統領選の最中でした。ブレグジット(イギリスのEU離脱)の国民投票を支えたのは、地方でグローバリズムに生活を脅かされている人たちです。トランプ氏に投票した人も、グローバリズムや移民は嫌だという地方の生活者が多かった訳で、グローバルVSローカルという構図は本当に世界共通なのだと痛感しました。昨年6月にブレグジットがあったとき、「本当に太地町で起きていることと同じだ」と思いました。なぜかと言えばローカルの人たちはSNSやYouTubeなどネットを使った発信をほとんどしません。ですから、彼らの声はメディアに上ってきづらいのです。彼らは情報弱者ですし、世界で何が起きているのか、そこに対して彼らの生活がどのような影響を受けるのか。また、その影響に対する意見や不安などをSNSにアクセスできない人たちは伝えることができない。太地町の人たちもそうですが、地方でネットやSNSにアクセスできない人たちの声はかき消されてしまう。国内でも届かないし、国境を越えて世界にもまず届きません。
 
―――映画でもアラバスターさんが町の人にネットでの発信方法を教えているシーンがありましたが、シーシェパードの動画も駆使したリアルタイムの発信力、拡散力の凄さ、それがために声を上げられない側が不利な状況に追い込まれている様もよく理解できました。情報発信力の向上がここまで切実な問題になっているんですね。
その危機感が日本には全然ないのかという気がします。特に英語での発信ですね。太地町では外国人を見ると受け入れがたい気持ちになってしまいますし、警察はパスポート番号を控えたりもするのですが、逆にこんな時だからこそ外国人を歓迎する方法はないかと思います。個人レベルの交流ができれば、太地町の味方をする外国人も増えるでしょうし、状況は変わるのではないでしょうか。
 
 
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■動物愛護の視点に立つ人、太地町の人、両方の世界観を表す『おクジラさま』

―――タイトルの『おクジラさま』には、どんな意味が込められていますか?
生類憐みの令で「お犬様」という言い方があったのですが、それに象徴されるように、日本では17世紀の終わりに犬や動物たちを人間もしくはそれ以上に愛護し、大切にすることを定めた法令が出されました。実はこの生類憐みの令は人類史上初めて動物愛護を定めた法律で、当時では世界最先端だった訳です。動物愛護の視点に立つ人からすれば、クジラは一つの象徴であり、1970年代以降は環境保護問題の象徴にもなっている神格化された「おクジラさま」ですし、太地町の人たちにとっては命を繋ぐための犠牲になってくれる、大事な「おクジラさま」で、感謝と畏敬の念を持っています。この二つの世界観が『おクジラさま』というタイトルに込められているのです。
 
―――『ハーブ&ドロシー』同様、本作も根底に流れているのは「人間賛歌」だそうですね。
「なぜ、わざわざこんなに違うものを作ったのですか?」と聞かれることもありますが、私の中ではそうでもないんです。テーマは捕鯨とアートと違うように見えますが、本当の根底にあるものは同じだと思っています。
(江口由美)
 

<作品情報>
『おクジラさま ふたつの正義の物語』
(2017年 日本・アメリカ 1時間36分)
監督:佐々木芽生
2017年9月 30日(土)~第七藝術劇場、10月28日(土)~豊岡劇場、今秋~京都シネマ他全国順次公開
公式サイト⇒http://okujirasama.com/
(c)「おクジラさま」プロジェクトチーム
 

scramble-sub1-500.jpg『スクランブル』史上初!総額数億円の高級クラシックカーに囲まれたイベント試写会

■2017年9月19日(火)
■イベント会場     GLION MUSEUM
大阪市港区海岸通2丁目6-39(大阪・赤レンガ倉庫内)
TEL:06-6573-3006
月曜定休日(祝日の場合は翌日)
http://glion-museum.jp/


 
9月22日の公開を記念して、9/19(火)に映画「スクランブル」のイベント試写会を行いました。場所は高級クラシックカー約120台を展示する、GLION MUSEUM(大阪市港区・赤レンガ倉庫)。映画にも登場するクラシックカーと同じモデルの車ももちろん展示されています。

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この日のイベントには、いま吉本の若手で大活躍中のアキナ(秋山賢太、山名文和)のお二人がゲストで登壇。

実は映画の主人公が兄弟という設定だったので、当初は兄弟漫才師のミキをゲストブッキングしようとしていたところスケジュールが合わず、車ネタを持っている和牛も無理で、イベント前日にアキナに決まるというまさに「スクランブル」登板!
 

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「昨日、急にこの仕事が決まったんです。千鳥さんとかめっちゃ売れてる人の代役ならわかるんですが、(後輩の)ミキとか(の代役)は微妙・・・釈然としないですね」とボヤいて会場は笑いの渦へ。

「映画のPRイベントは初めてなんです。運はあると思いますよ。僕らが選ばれたのは、礼儀正しいからですよ。人柄です。損したのはあの2組です」と語り、代役というスクランブル登板にも前向きに映画をしっかりとPRしてくれました。

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scramble-main-500.jpg『スクランブル』

『96時間』&『ワイルド・スピード』シリーズ制作陣最新作!
『ワイルド・スピード アイスブレイク』スコット・イーストウッド主演

<STORY>
オークション会場から搬出された世界に2台の37年型ブガッティを奪うはずだったアンドリュー (スコット・イーストウッド)とギャレット(フレディ・ソープ)のフォスター兄弟。しかし、落札したのが残忍なマフィアのモリエールだったために、兄弟は囚われの身に。命が助かる条件は、敵対するマフィアのクレンプが所有する62年型フェラーリ250GTOを1週間で盗むこと。寄せ集めチームで、犯罪史上最大の強奪作戦に挑むはずが、インターポールに追われ、アンドリューの恋人・ステファニーを人質に取られ、挙句の果てにはクレンプに計画を知られてしまう。だが、実はピンチさえも兄弟の〈計画〉だった──。


scramble-pos.jpg■2016年 フランス=アメリカ 1時間34分 ギャガ
■監督:アントニオ・ネグレ
■脚本:マイケル・ブラント/デレク・ハース(『ワイルド・スピード×2』)  
■製作:ピエール・モレル(『96時間』シリーズ)
■出演:スコット・イーストウッド/フレデリック・ソープ/ アナ・デ・アルマス
■公開日:2017年9月22日(金)~ TOHOシネマズみゆき座 他全国ロードショー
公式サイト⇒ http://gaga.ne.jp/scramble/
■© 2016 OVERDRIVE PRODUCTIONS – KINOLOGY – TF1 FILMS PRODUCTION – NEXUS FACTORY


(オフィシャル・レポートより)

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故郷と向き合うのは、髄の部分で自分に向き合うこと
『望郷』主演大東駿介さんインタビュー
 
湊かなえが故郷の因島を舞台に描いた連作短篇集『望郷』より「夢の国」「光の航路」を、デビュー作『ディア―ディア―』、今年公開の『ハローグッバイ』共に国際映画祭で高い評価を受けている菊地健雄監督が映画化。9月16日(土)より新宿武蔵野館、9月30日(土)よりテアトル梅田、京都シネマ、元町映画館ほか全国拡大上映される。
 
 
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古いしきたりを重んじる家庭に育ち、結婚後も島で暮らし続ける夢都子(貫地谷しほり)と、本土から転任で9年ぶりに島に戻ってきた中学校教師の航(大東駿介)。確執を抱えたまま生きる2組の親子が、真実を知り、未来に向かって歩むまでを二つの時代をクロスさせながら描いたヒューマンストーリー。故郷の光と闇、親子だからこそ抱く複雑な感情など、湊かなえらしい人間描写を、菊地健雄監督がさらに深く、そしてどこか温かく見つめ、役者の表情をつぶさに捉えて映し出す。
 
本作のプロデューサー辻村和也さんは本作の狙いについて、「同世代のスタッフ、本作品を共に作っていける監督、俳優をキャスティングすることを意識しました。作品の世界感を一番に考えた丁寧な作品を作り、映画ファンが多く集まるミニシアターにかけていくというのが最初に出していた方針でした」。菊地監督に関しては「助監督経験が豊富にあり、役者に芝居をつけることに定評がある事に加え、起用に作品制作に向き合えること。」また監督が動きやすいチーム編成にする事が絶対条件とも考えてました。、そして大東さんについては「演技力には定評がありながら、まだ重厚な作品で主演されるイメージがないため、そんな一面を見てみたかった」と起用の理由を語ってくれた。また、因島が舞台の全く独立した二つの話(「夢の国」「光の航路」)を、双方の主人公を同級生の設定にすることで、一つの作品になるような台本に仕上げたという。「石の十字架」で登場した十字架のある白綱山が重要なシーンで登場しているのも見どころだ。
 
キャンペーンで来阪した主演、大崎航役の大東駿介さんに、亡き父親と対峙する航役について、また初タッグとなった菊地監督との撮影についてお話を伺った。

 


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■菊地監督の島と故郷と人間を丁寧に描く姿に共感。「周りの筋肉は柔らかくて、骨だけむちゃくちゃしっかりしている感じ」が信頼感に。

―――『望郷』は『白ゆき姫殺人事件』以来の湊かなえ作品出演ですが、航役のオファーがあった時どんな印象を持ったのですか?
『望郷』は他の湊かなえさん作品とは世界観が違うとよく聞くのですが、僕はとても湊さんらしさが出ているという印象があります。湊さんの作品はミステリーでも人間性が際立っています。この『望郷』は、ミステリー要素がありながらも、菊地監督が島と故郷と人間を丁寧に描こうとされていたので、航役を是非演じたいと思いました。
 
―――菊地監督とは本作が初タッグとなりますが、一緒に仕事をして感じたことは?
菊地監督は細部まで見てくれ、信頼感があります。僕はよく現場で、信頼しあえる人間関係をどう構築していくかを考えます。映画を作る時は、毎回知らない人が集まって作っていくので、その中で信頼感はあるに越したことはない。もちろん仕事に対する熱意は、信頼を得る大きな材料ですが、ちょっとした方向性のズレが生じると衝突が生じてしまいます。菊地監督は、熱意もあり、その場で生まれて来るものに対しても柔軟なんです。逆にそれをキャッチして面白いと思ってくれる。偶発的なものも含めて、監督が描こうとしている人間や、島の現実と捉えてくれました。人を描くのに適した監督です。我がない訳ではなく、我の部分が映画の芯になる。周りの筋肉は柔らかくて、骨だけむちゃくちゃしっかりしている感じが、信頼感に繋がり、スタッフ、キャスト全員が菊地監督のためにいい作品を作ろうというスタンスになっていました。
 
―――菊地監督が曲げない部分というのは、どういう点ですか?
映画のビジョン、「こういう作品にしたい」という思いはしっかり持っていらっしゃいました。でも、こういう芝居をしてという押し付けは一切なかったですね。
 
―――菊地監督が大東さんらキャストを信頼していたのでしょうね。
僕も、衣装合わせで初めて監督に会った瞬間に信頼したんですよ。というのも僕は台本を読んで、この話は因島で撮れたらいいなと思っていたところ、監督が因島で撮りたいと強くおっしゃっていたと聞いたのです。その時点で僕は、この作品の芯を捉えている気がしました。それでいながら熱望した因島の撮影を終え、いざ出来上がった作品を見ると、島の風景はそこで育った人を構築する一部のパーツとなっていて、決して島を前面に押し出したりはしていない。『望郷』という作品にとって、因島はどういう存在なのか。あくまで湊かなえさんの『望郷』を映画化したという核から絶対にズレず、きちんと芯を捉えているところが凄いと思いました。

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■上京する時に感じていたこと、故郷に今感じることは『望郷』に似ている。

―――芯となるのは、「故郷との関係を描く」ということでしょうか?
因島は例え話で、僕も堺市出身、堺のことが大好きだけど、上京する時に感じていたことと、今感じることは『望郷』に似ています。堺のことは大好きなのだけど、本当に離れたかった。自分の未来はそこにはなかった。僕の中で、故郷はずっと居る場所ではなかったですね。役者になりたかったし、広い世界を見たかったので、最初は「やっと故郷を出れた」と思うのですが、結局いつも故郷のことを思い、故郷の居心地の良さを感じているんですよ。そことの比較で、少しずつ大人になっていっているのかなと。
 
―――航役を演じるにあたり、内面を掘り下げるために自らの故郷や父親との関係を振り返ったりもしたのですか?
もちろんこの台本を読んで自分と向き合うことが多く、父親や故郷について考えましたが、それで役を構築すると、結局航の話ではなく自分の話になってしまいます。内面を作るのは周りの人、兄弟や家族、育った環境が大きくあると思うのです。だから因島を自分の中に溶け込ませる作業、当たり前にその島にいることができる、ということもやっていきました。撮影中の空き時間は、とにかく因島で友達を増やし、路地裏もくまなく廻り、島の本当の声や、どういう時間が流れているのかをキャッチしましたね。
 

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■島の廃墟には栄えていた頃の活気が残っている。

―――映画でも沿岸部だけでなく、造船所跡など印象的な建物が登場し、因島の雰囲気が感じられました。
僕は廃墟や古い建物が好きで、よく写真を撮りに行きます。廃墟は人がいなくなった瞬間に時が止まる気がするけれど、止まってからの時間が廃墟に残っている。因島は造船が栄えた時期があり、その時の活気が建物に残っているんですよ。僕の知らない因島の時間がそこに流れていて、歩いているだけでも子どもの頃の航がいた時間を感じることができました。たまに実家に帰ると、今まであったスーパーがなくなっていて、結構ショックを受け、これが大人になっていくことかと思うのですが、この『望郷』でそういう喪失がきちんと描かれているのも菊地監督の凄いところです。
 
―――ちなみに今回初めて因島を訪れたとのことですが、島の印象は?
観光で行ったら、素直に色々楽しめると思うのですが、俳優という職業の辛いところで、役を与えられて行くと、なんとも思えないですね。十字架がたくさんある白綱山も、いつもならそういう場所が大好きなので写真を撮りまくると思うのですが、携帯を見ても一枚も写真がなくて。航にとっては当たり前の景色なので、写真を撮ろうという感覚が全くない。だから、今楽しみなのは因島に舞台挨拶に行って、「いい島やったな!」と言うこと(笑)。ただ、その分感じられる魅力は、島にいて落ち着くんですよ。自分の中でよそ者感がないので、故郷のように落ち着くし、路地裏を歩くだけでもホッとする。お呼ばれ感がないというのが、逆に言えばこの仕事の魅力かもしれませんね。
 
 
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■絶対的な存在感、父親であり教師としての存在を感じた緒方直人さんの芝居

―――父親役の緒方直人さんとは、共演シーンはほとんどありませんが、撮影現場をご覧になっていたそうですね。
緒方さんの芝居を見て、言葉に責任を持つというのは凄いなと思いました。台詞をちゃんと相手に届ける。それを当たり前に、自然にできるというのは経験値というより、器の大きさを感じます。親父の事は分からないという航が、それでも同じ先生という職業を目指してしまう絶対的な存在感であり父親像を、一役者として緒方さんに感じました。同時に思ったのは、台本を開いた時に父親と書かれていても、父親という役はないなと。父親も元々は一人の男で、父親以外の人生があるという当たり前のことを、緒方さんを見ていて感じました。父親芝居ではなく、教師としての存在がしっかりしている。緒方さんは教師として生徒に向き合っているだけですが、それが航の見ている親父なのかと思いました。緒方さんの力ですし、それをきちんと理解して切り取った菊地監督の力でもあります。
 
―――仲たがいしたまま亡くなった父親の真意をようやく知り、自殺未遂の生徒に語りかけながら、その目は遠くを見つめているシーンは、父親への気持ちも表現しています。どのような気持ちで演じたのですか?
親父がどういう人だったのかを航は理解できたと思うのです。いざ同じ問題に僕が向き合った時、僕も同じような気持ちになり、親父の偉大さを知りました。だから回想シーンで本当はその場にいなかった子ども時代の航が、親父に言われているんです。親父と同じ仕事を追いかけた時、初めて親父の言葉をもらえた。人はいつか死ぬけれど、覚えている人がいる限り、その人は永遠に死なないと思うのです。航は親父が死んだけれど、死んだのではなく、その瞬間に時間が止まったままで、親父の真実を知った瞬間に時間が動き出した。航の中で親父と共に生きていくのだろうという生命力を感じました。

 

■「死んだ親父の話をすることで、親父は生き続ける」~航の体験と重ねて

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―――父親の偉大さを知ったというのは、ご自身の体験にも重なったのですか?
今までインタビューで自分の親父の事を話したことはなかったのですが、この作品で話すようになりました。死んだ親父の話をすることで、親父は生き続けるのかと思うと、僕がこの作品に出会った意味はそういうところにもある気がします。
 
僕は小学校ぐらいから親父に会っていなくて、親父がどんな人なのか本当に分からなかった。航の気持ちがよく分かりました。3年前ぐらいに親父が見つかった時、僕は妙な意地を張って逢わなかったんです。その翌年、親父が亡くなったので結局合わずじまい。それから親父のことを親戚から聞くうちに、自分の中で今まで影だった親父に、人柄や温かさ、ぬくもりが見えてきて、生きていたときよりも温度を感じるようになりました。死んでからでも人は生きることを緒方さんの演技でも感じました。緒方さんに親父のぬくもりを感じ、それが自分の人生にも重なりました。自分も何かを乗り越えなければならない瞬間がくるような手法で撮ってくれ、人間の心理描写にこだわり抜いた菊地監督だからこそできたことだと思います。褒めすぎと思われるかもしれませんが(笑)。
 
―――最後に、これからご覧になる皆さんにメッセージをお願いします。
湊かなえさんの原作を丁寧に映像化した作品です。『望郷』というタイトルの通り、皆さんそれぞれ故郷があると思うのですが、故郷と向き合うのは、髄の部分で自分に向き合うことではないかと感じます。この作品を観てくれた方が、ちょっと地元や実家に帰ろうかなと思ってもらえると、うれしいです。
(江口由美)
 

<作品情報>
『望郷』(2017年 日本 1時間52分)
監督:菊地健雄
原作:湊かなえ「夢の国」「光の航路」(『望郷』文書文庫所収)
出演:貫地谷しほり、大東駿介、木村多江、緒方直人、森岡龍、浜野謙太、伊東蒼、川島鈴遥、片岡礼子、相島一之、白川和子他
主題歌:moumoon「光の影」(avex trax)
2017年9月16日(土)~新宿武蔵野館、9月30日(土)~テアトル梅田、京都シネマ、元町映画館ほか全国拡大上映
公式サイト⇒http://bokyo.jp/
(C) 2017 avex digital Inc.
 

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~占領軍に立ち向かった瀬長亀次郎を通して沖縄戦後史に目を向ける~

 
戦後アメリカ占領下の沖縄で米軍に挑んだ男、瀬長亀次郎の人生を通じて沖縄の戦後史を描いたドキュメンタリー映画『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』が、9月16日(土)より第七藝術劇場、元町映画館、9月23日(土)よりシネマート心斎橋、京都みなみ会館他にて全国順次公開される。
 
監督は、「筑紫哲也NEWS23」でキャスターを務め、精力的に沖縄取材に取り組んできた佐古忠彦。初監督作品となる本作では、不屈の精神で沖縄のためにその身を捧げ、今も沖縄で市民の支持を得続けている瀬長亀次郎の人生を、大量の資料や証言を基に編み上げた。
本土が戦後の復興と民主主義を手に入れる中、語られることのなかった沖縄戦後史も証言と共に明らかになっており、沖縄を改めて理解する手がかりとなることだろう。
 
本作の佐古忠彦監督に、沖縄取材を積み重ねる中で感じていたことや、瀬長亀次郎が沖縄の人々に与えた影響、戦後沖縄の辿ってきた歴史についてお話を伺った。
 

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■本土が知らなかった、沖縄にある不条理に、いつも取材の中で出会っていた。

━━━瀬長亀次郎さんをお知りになったきっかけは?
20年以上も沖縄へ取材で足を運ぶ中で、いつの間にか沖縄の戦後史に残る一人として、瀬長亀次郎というお名前は耳にしていました。沖縄の人たちにとても鮮烈な印象を残している人なので、いつかきちんと向き合いたいとずっと思っていたのですが、その機会がなかなか掴めなかった。戦時中の沖縄、そして今の基地問題は断片的に取り上げてはいましたが、今につながる歴史を体系的に取り上げるということが抜け落ちていたのです。ここにアプローチし、今の状況を理解するものに繋がればという思いがありました。
 
━━━95年に起きた沖縄米兵少女暴行事件が沖縄で取材をするきっかけになったそうですが、現地取材を続けていく中で実感したことは?
取材を積み重ねることで自分自身も沖縄のことを勉強していったのですが、本土が知らなかった、沖縄にある不条理にいつも取材の中で出会っていました。最初、焦点を当てたのは地位協定の不平等さでした。地位協定は安保条約に付随していますから、日本全国の基地がある町に適用されるものです。事件や事故があった時の補償問題など、どうしても基地が集中している沖縄で起こるケースが多く、本土の人たちがあまり感じないような不平等さ、理不尽さを味わっていることが、私も徐々に分かっていきました。
 
 
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■筑紫哲也さんが大事にした「自由の気風」。議論の大切さやメディアの果たす役割を追求する姿勢を学ぶ。

━━━これらの取材をしながら、佐古監督は10年間「筑紫哲也NEWS23」に出演しておられましたが、筑紫さんと一緒に仕事をする中で学んだことや、今でも胸に刻んでいることはありますか?
筑紫さんはあれこれ指示をする方ではなく、いつも後ろから見守って下さるタイプでしたが、私が沖縄取材をし、様々な特集を作る中で、5月15日(沖縄本土復帰記念日)や、6月23日(沖縄慰霊の日)など沖縄にとって節目となる日には、一緒に沖縄に出かけて中継をし、色々な経験を一緒に重ねてきました。
 
筑紫さんがよくおっしゃっていたのは「沖縄からこの日本が見える」。沖縄から色々な日本の矛盾が見える。それがあり続けるからこそ、私もずっと取材を続けていますし、筑紫さんにとっても私にとっても沖縄の存在は大きいです。物を考える原点になっています。
 
また、筑紫さんがいつも大事にしていた言葉の一つに「自由の気風」があります。「色々なことが自由に議論できなくなる世の中になると、何が起こるのかはこの国の歴史が証明している。自由の気風を絶対守っていかなければならない」と思われていた方でした。色々な考えがあっていいし、議論をむしろ楽しむぐらいの世の中を維持していかなければいけないとよくおっしゃっていました。私も自分がニュース番組を担当している時、相対する意見を持つゲストを招くこともよくありましたが、いかにご覧いただいている方に考える材料を多方面から提示できるか。それが私たちの役割です。そして、議論の大切さ、それができる社会であること、そのためにメディアが果たす役割は何なのか。それらを追求する姿勢が、筑紫さんを通して私の中に根付いたのではないかと思っています。
 

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■瀬長亀次郎さんを通して沖縄戦後史を見ると、今まで取材した点と点が繋がって線になる。

━━━瀬長亀次郎さんの人生を通して沖縄の戦後史を今、描こうとしたのはなぜですか?
ニュースでは、どうしてもその日起きたことを切り取るだけで、なぜこのようなことが起きるのかという全体像が見えません。特集として報道することもありますが、それでもどこまで伝えきれているのか不透明です。一面的な部分を見て、「また反対している」と批判的な声が出てきますが、よく考えてみれば本土は当たり前のように平和憲法を手に入れ、経済的な復興を遂げた訳です。でも一方で沖縄の戦後史に何があったのかは伝わっていません。本土の認識からすっぽり抜け落ちている部分ですが、そこに目を向ければ本土との溝や温度差が少しでも埋まることに繋がるのではないか。
 
そう考えた時、沖縄の戦後史の中で占領軍に立ち向かった瀬長亀次郎さんを通して戦後史を見ると、皆さんに伝えられることがあるのではないかと思いついたのです。今でも続く県民大会や翁長知事が誕生した後の空気を見ると、私が取材で見聞きしていた時代に似ているのかもしれない。実際にそういう話を現地で聞いたことがあり、点と点が繋がって線になっていく感覚がありました。
 
━━━瀬長亀次郎さんの取材を重ねる中で、新しい発見はありましたか?
亀次郎さんはたくさんの日記や資料を残していますが、それらを調べ、関係者に取材すると、こんなにエピソードが多い人だったんだと。調べれば調べるほど溢れてくるのですが、全部を映画に入れる訳にはいきませんから(笑)。亀次郎さんの存在感の大きさもどんどん分かってきましたし、いまだにそれは続いています。最初に沖縄で本作を公開した時、集まってこられた人の多さもしかりですし、頂いた感想も含めていかに亀次郎さんが愛され、今も求められている存在なのかを改めて意識しました。大昔の偉人という訳ではないにも関わらず、現在の人が教えを乞う訳ですから、稀有な存在だったと思います。
 
 
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■沖縄は戦争が終わって、平和も民主主義も来なかった。だからこそ声を上げ続けている。

━━━瀬長亀次郎さんは、アメリカの軍事占領下に置かれた沖縄で、率先して民主主義を求めて団結し闘う旗印になっていました。これが今につながる沖縄の活動の原点のように見えました。
平和憲法が手に入ることで、日本は軍国主義が終わり民主主義を手に入れた訳ですが、沖縄だけはあの戦争が終わっても平和も民主主義も来なかった。本土は民主主義を与えられたのですが、沖縄は自分たちで民主主義を獲得しなければならなかった。ひょっとすれば今も本当の意味で民主主義を獲得しておらず、だからこそ声を上げ続けているという面もあるでしょう。
 
━━━戦後、瀬長亀次郎さんらを筆頭に沖縄の人たちが声を上げ続けた歴史が、今の民主主義に対する思いの強さに受け継がれていますね。
自分たちの思いを公に言えないような時代に、明確な言葉で沖縄の主張を演説する亀次郎さんに人々は希望を託す訳です。家族で集会の場に出かけていくというのは、ある種はじめての政治参加であり、集会に行くこと自体が自分たちの意思表明になっていました。その頃から時が流れても、同じように県民大会が行われているのは沖縄以外にありません。そこで出てくるテーマは不条理なことばかりで、戦後から続いているのと変わりません。その一つ一つが沖縄でどこまで解決されているかを見つめると、また見えてくるものはあるのではないでしょうか。
 

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■亀次郎さんは、戦後早々から男女平等の実現に動く先進的な面を持っていた。

━━━取材では瀬長亀次郎さんの娘さんも登場し、在りし日の父のことを語っておられましたが、父親としての亀次郎さんはどんな素顔があったのでしょうか?
とても怖かったみたいですよ。よく怒られたそうなのですが、日記を見るとなぜ子どもたちを怒ったかが書かれていたそうで、亀次郎さんが亡くなってから日記を見て初めて自分が怒られた原因が分かったそうです。一方でとても家庭的な面があり、刑務所に収監された時からの習慣で、朝の5時から家族の洗濯物をしていたそうです。洗剤が残るともったいないから、家族に洗濯物の残りがないかと声をかけてと。なぜそのようにしていたかと言えば、奥様が雑貨のお店の仕事をされていたからで、自分も楽しくて(洗濯を)やっているのだから感謝しなくともよろしい、と日記に書いているのです。今でいう「女性が輝く社会」を目指す、とても先進的な面を持っていました。労働法の審議でも、男女平等を唱え、産前産後に二カ月の休暇を女性に与えるべきだと訴えていましたから。あんな昔に男女平等の実現に動いていたという意味でも、なかなかいない人だったのではないでしょうか
 

■ハイライトの国会での論戦、亀次郎さんの訴えは沖縄の思い。

━━━瀬長亀次郎さんが、衆議院議員に当選後、明瞭かつ的確に沖縄の主張と、政府の対応を当時の佐藤首相に問う論戦は、様々な思いが胸をよぎるシーンです。この論戦を盛り込んだ意図は?
あの論戦は、ある種本作のハイライトだと思っています。沖縄の思いを時の首相にぶつける。その首相は沖縄返還の立役者と言われていますが、密約をしていたことが後に明らかになっています。とても象徴的なシーンですし、あそこで訴えている言葉は沖縄の思いなので、絶対に入れたいと思いました。亀次郎さんが行った50年代の演説動画は残っていませんが、多分このような調子で民衆に訴えかけ、そしてアメリカにも向かって行ったと推測できるという思いもありました。また、首相もタジタジになりながらも主張の違いを認めた上で、誠意をもって答えているように見えたのです。今の政治との比較もできますし、古い話のように見えて、一つ一つのテーマに今日性があると思います。
 
━━━最後に、これからご覧になる皆さんにメッセージをお願いいたします。
なぜ今沖縄がこのような状態なのか。それは歴史があるからなので、歴史を見ることで今が見えるという思いで制作しました。私たちの認識から抜け落ちていた沖縄の戦後史に目を向けることで、今ある状況、これからの沖縄やこの国の在り方も含めて、どうしていけばいいかを自分たちの問題として考えられるきっかけになればと思っています。
(江口由美)
 

<作品情報>
『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』
(2017年 日本 1時間47分)
監督:佐古忠彦
出演:瀬長亀次郎他
語り:山根基世、大杉漣
テーマ音楽:「Sacoo」作曲・演奏 坂本龍一
2017年9月16日(土)~第七藝術劇場、元町映画館、9月23日(土)~シネマート心斎橋、京都みなみ会館他全国順次公開
(C) TBSテレビ
 

asagakurumaeni-550.jpg『あさがくるまえに』カテル・キレヴェレ監督インタビュー
(2017年6月24日 大阪・九条のシネ・ヌーヴォにて)



「感情は言葉よりも雄弁」
臓器と共に移植される17歳・シモンの青春

 

是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004年)や小津安二郎監督の『父ありき』(1942年)の世界観が、自分の描きたいものに似ているというフランス新進気鋭の女性監督カテル・キレヴェレ、37歳。脳死状態になった17歳のシモンをめぐる残された人々の再生を、移植タイムリミットの24時間の物語として描いた心に沁みる感動作『あさがくるまえに』を創り上げた。「言葉で説明するより、映像や俳優のエモーションで表現したい」と、リアルな映像と抒情性を巧みに融合させることができる、グザヴィエ・ドランやミア・ハンセン=ラブと並び期待される映像作家である。


asagakurumaeni-di-500-2.jpg突然最愛の息子を失う不幸に見まわれ、離れかけていた夫婦の絆を取り戻す両親。静かに横たわるシモンと両親の気持ちを尊重しようとする移植コーディネーターのトマ。若くもない自分が臓器提供を受けることに迷いを感じる二人の息子の母・クレール。この三者を結びつけるのはシモンの心臓。恋にトキメキ、大きな波のうねりにも挑み、あらゆる可能性を秘めた未来を生きようとしていたシモンの心臓は、強く逞しく活発に躍動していたのだ。「“生きたい!”という衝動に駆りたてられる力強さを表現したかった」と語る監督。


asagakurumaeni-500-2.jpg「映画は“生”を写し撮るものだから、死者より生きている者を描きたくて、残された人々に光を当てるストーリー展開にした」――― 臓器提供を決心し、シモンとの最後の別れをする両親や、心臓を摘出される直前のシモンに波の音を聴かせる医師のトマ、そして、感情を排除したようなオペ室の中で、人の生と死を司る儀式のような手術の模様を真上から捉えた映像など、“命の連携”の神々しさを表現。早朝、シモンが彼女の部屋の窓から抜け出す時のふと振り返ったその表情は、シモンの魂が別世界へ飛び立とうとするかのように、新たな息吹を観る者の心にも刻み込む。


asagakurumaeni-500-1.jpg「脚色は、原作を尊重しながらも自分らしい作品にしたかった。原作を超えていく難しさもあれば面白さもある」――― 映画化争奪戦となった話題のベストセラー小説を基に、キャラクターを生きる実力派俳優をキャスティングし、印象的な深みのある映像で残された者の心に寄り添うキレヴェレ監督。『聖少女アンナ』『スザンヌ』とオリジナル脚本で製作してきたが、長編3作目にして早くも普遍的テーマを打ち出せる実力が発揮された。その躍進ぶりについて、「私も人生と共に変化していく訳で、生きている経験が深みとなって出ているのかも。撮影監督と協議しながら撮っているので、一作毎に学べることも多い」。


asagakurumaeni-500-3.jpg「人生を描くためには、理性的に考えて決断する力が重要。様々な流れの中に身を置くことは多いが、必ずしも時系列に表現する必要はない。ひとつひとつの出来事を受け止める力や、情緒的な要素やミステリアスな人間関係を映画で表現していきたい」と、エモーションを秘めた思慮深さがキレヴェレ監督の特徴と言えよう。大胆な編集から繰り出される生命力あふれるタッチや、ひと目でキャラクターがどんな生き方をしている人物かを理解させる描写力と、その映像からは片時も目が離せなくなる。


     (河田 真喜子)


『あさがくるまえに』

◆Reparer les vivants 2016年 フランス・ベルギー 1時間44分(PG12)
◆監督:カテル・キレヴェレ
◆出演:タハール・ラヒム、エマニュエル・セニエ、アンヌ・ドルヴァル、ブリ・ラレーヌ、クウール・シェン、モニア・ショクリ
公式サイト: https://www.reallylikefilms.com/asakuru
◆(C)Les Films Pelleas, Les Films du Belier, Films Distribution / ReallyLikeFilms

◆2017年9月16日(土)~ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田、近日~京都シネマ、神戸アートビレッジセンター、シネピピア 他にて心揺さぶるロードショー!


【STORY】
asagakurumaeni-pos.jpgル・アーブルの早朝。恋する彼女と一夜を共にしたシモン(ギャバン・ヴェルデ)は、部屋の窓から抜け出して二人の友人と合流して車で海岸へ向かう。冷たいうねりもものともせず、血気盛んな若者はサーフィンに興じる。だが、その帰り自動車事故を起こし、シートベルトをしていなかったシモンだけが脳死状態となる。突然の悲報にうろたえる母親(エマニュエル・セニエ)は、ようやく連絡がついた別居中の夫(クール・シェン)と共に医師からシモンの脳死宣告を受ける。さらに、気持ちの整理のつかぬ内に、移植コーディネーターのトマ(タハール・ラヒム)から臓器提供の依頼を受けてショックを受ける。


「まだ生きている。心臓が動いている。今にも起きてきそう」。最愛の息子・シモンを抱きしめる父と母。臓器提供の承諾を受けて動き出す移植ネットワーク。その適合者はパリに住む音楽家のクレール(アンヌ・ドルヴァル)だった。2人の息子が心配する中、もう若くもない自分が貴重な移植を受けて良いものか、と弱りつつある心臓を危惧しながらも迷っていた。だが、かつての恋人・アンヌ(アリス・タグリオーニ)との再会がクレールの背中を押す。「生きたい!」と…。 

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瑛太、監督との禁酒の契りを破ったことを公開懺悔『リングサイド・ストーリー』大阪舞台挨拶
(17.9.7 大阪ステーションシティシネマ)
登壇者:佐藤江梨子、瑛太、武正晴監督  
 
『百年の恋』ではボクシングに没頭する女子を描いた武正晴監督が、佐藤江梨子、瑛太を迎え、プロレスや総合格闘技の舞台裏も交えながら描く『リングサイド・ストーリー』が10月14日(土)より全国ロードショーされる。瑛太演じる売れない俳優、ヒデオと、ヒデオを養うために全く興味がなかったプロレス団体で働く佐藤江梨子演じるカナコ。オーディションに落ち続けるヒデオと、プロレス界の魅力に触れ、どんどん輝いていくカナコの対比や、すれ違い、嫉妬などラブストーリーの要素を盛り込みながらも、夢に向かってひたむきに努力するレスラーたちの生の姿を捉え、活気溢れる仕上がりになっている。ヒデオのダイジェストビデオでは、バイプレーヤーならではのチョイ役がズラリと並び、瑛太の思わぬコスプレも楽しめる。ヒモ男となってしまったヒデオは再起できるのか。どこまでカナコは我慢できるのか。息ピッタリの主演二人の演技にも注目したい作品だ。
 
 
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全国ロードショーを前に、9月7日(木)大阪ステーションシティシネマにて行われた舞台挨拶付有料試写会では、上映前に武正晴監督、主演の佐藤江梨子、瑛太が登壇。挨拶では佐藤が、「こんばんは。今日は来ていただいて。有料ですみません。ありがとうございます」と有料ながらの来場に感謝の意を示すと、瑛太は「大阪に来れてうれしいです。ちなみに今日は有料で2000円だったんですよね。だからちょっと空席が・・・普段は1800円で映画を観るので、懺悔みたいなことは200円分でしたいと思います」と公開懺悔宣言。「撮影始まってから監督とお酒を飲むかという話をすると、監督は『願掛けのためにお酒を抜いている』。僕も1滴も飲まないと言ったのですが、2週間ぐらいするとだんだん気持ち悪くなって、2~3日休みがあった時にビール1本飲んじゃったんです。本当にすみませんでした!ちなみに東京の完成披露では言わなかったんです。大阪だけ!」と、序盤からトークも飛ばし気味に。武監督も「今日はたくさんの人にきていただき、ありがとうございます。ショックでしたが、なんとか立ち直りたいと思います」と挨拶し、大きな拍手が送られた。
 
 
 
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前日に東京・新宿FACEで行われた完成披露上映会では、黒潮“イケメン”二郎、武尊ら格闘家らも登壇したという話題に。佐藤は「バブリーでした。お客さんも無料でした。だからもっと人がいてたような気も・・・」と観客を笑わせると、瑛太は「アスリートと一緒は初めてですが、普段リングで闘っていらっしゃる方なので、挨拶も丁寧でしたね。(ファイトシーンも)考えていたけれど、誰にも言えずに終わりました」と和やかな雰囲気であったことを強調。武監督も「映画を上映する場所じゃなく、リングで普段プロレスを見る場所なんです。偶然3年前『百年の恋』の試合シーンを撮った場所なので、ビックリしました」とイベントとしてのスペシャル感があったことを語った。一方、映画館での上映はこの大阪が初めてということにも触れ、「一緒に観たい」と力強く宣言した。
 
 
今回、売れない俳優のヒデオと10年来同棲し、支え続けている主人公カナコを演じた佐藤は、その感想を聞かれると「あと何回主演を演じることができるんだろうと思い、すぐにオファーを受けました」。一方、過去の栄光に固執するヒデオを演じた瑛太は「ヒモ生活で、女性の視点から見たらダメな男と感じるかもしれませんが、男性から見れば映画全体的に割と共感できる部分があると思います」と、ヒデオの気持ちが分かる様子。
 
 
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そんな瑛太を佐藤は「ヒデオが乗り移った感じ。ステキで応援していました。役者魂がものすごく強い方」。瑛太は佐藤との芝居について「ヒデオとカナコの関係が一瞬で出来上がった感じ。それはサトエリさんが持っている母性、男をどこか見守ってくれる包容力のある方だなと。気持ちよくお芝居させていただきました」と称えた。また、本作はオリジナル脚本だが、『百円の恋』で脚本を担当した足立紳氏の夫婦のエピソードにインスピレーションを得たことも明かされた。
 
 

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最後は「私は中学3年間を大阪肥後橋に住んでいて、その時の進路の先生に進路を聞かれて『私は芸能人になる』と言うたんですよ。そうしたらポカンとした顔をして、これは絶対あかんと思ったのですが、先生に『もし私が芸能人になって大阪に来たら、謝りに来てください』と言うと、何年かしてある日舞台挨拶に出ていたら、進路指導の先生が『ちゃんと謝りに来ました』と。私はなんて大きな口を叩いたのかと、その時はごめんなさいと思ったのですが、この作品を見て、夢を目指して闘ったりすることはいいんじゃないかという気持ちになりました。ゆっくり観て行ってください」(佐藤) 
 
「僕は大好きな映画の一本になりました。今から観られる方々なので・・・この映画、始まったら物凄いことになっているので、面白かったらたくさんの人に伝えてください」(瑛太)
 
「タイトルは『リングサイド・ストーリー』となっていますが、『ヒデオとカナコのストーリー』だと思うので、そういうところも楽しんでください。出てくる人たちみんなが楽しいと思います」(武監督)
と挨拶し、映画館初上映となる今回の舞台挨拶を笑顔で締めくくった。
 
プロレス、総合格闘技の裏側が垣間見え、『百円の恋』男性版かと思いきや、 そう簡単にはいかないところがよりリアルな、ヒデオとカナコのラブストーリー。ダメ男につい尽してしまう女性、過去の栄光を捨てきれない男性は必見!そして夢の先に進みたい人にも、是非観て、楽しんでほしい。
(写真:河田真喜子 文:江口由美)
 

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<作品情報>
『リングサイド・ストーリー』
(2017年 日本 1時間44分)
監督:武正晴
出演:佐藤江梨子、瑛太、武藤敬司、黒潮“イケメン”二郎、武尊、田中要次、高橋和也、前野朋哉、近藤芳正、余貴美子
2017年10月14日(土)~大阪ステーションシティシネマ、T・ジョイ京都、109シネマズHAT神戸他全国ロードショー
公式サイト⇒ http://ringside.jp/
(C) 2017 Ringside Partners
 

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『三度目の殺人』是枝裕和監督インタビュー

(2017年8月29日(火)大阪弁護士会館にて)

 
現代版“罪と罰”――「人が人を裁けるのか?」
法廷サスペンスの枠を超えた、人間の哲理に迫る衝撃作


『誰も知らない』『そして父になる』『海街diary』『海よりもまだ深く』と家族をテーマに、現代を生きる人々の愛情の変化や孤独や不安を浮き彫りにしてきた是枝裕和監督。脚本・編集も手掛けるその手腕は、物語の枠を超えた予想外の感動で観る者の心を大きく拡げてきた。まさに日本映画界屈指の映像作家である。そんな是枝監督の最新作は、累犯者の殺人事件をめぐる弁護士と被告人との心理戦を描いた法廷サスペンス。人が人を裁けるのか?真実の行方は?『三度目の殺人』というタイトルが意味するものとは?――サスペンスという枠を超えた人間の哲理にも迫る衝撃作に、あなたはどんな答えを見出すだろうか?


sandomesatujin-550.jpg【オリジナル脚本の発想について】
是枝監督は8年前から犯罪を繰り返す累犯者に興味を抱いて調べ始めたそうだ。『そして父になる』の法律監修に携わった弁護士たちから、「法廷は真実を追求する場所ではなく、利害調整をする場所」という話を聞いて、一般人とのズレを感じ、累犯者の殺人事件を担当することになった弁護士を主人公にした物語を思い付く。真実の追求より勝訴することに重点を置いていたエリート弁護士が、供述を二転三転させる容疑者に翻弄されていく。今回は7人の弁護士の協力を得て、接見室での弁護士と容疑者との会話や、法廷での想定問答などを実演してもらって、脚本にまとめていったそうだ。法律の専門用語や弁護士の思考回路などを知ることが出来て、短期間で緻密な脚本が書けたのも7人の弁護士たちの協力の賜物だという。


【力強い映像について】
「今回は法廷劇ということで、どんな風に撮るとテーマやモチーフにふさわしい映像になるか、カメラマンと一緒に考えながら撮りました」――今までの家族の心情を優しく包み込むような映像と違って、一人一人のキャラクターが際立つ映像で圧倒する。接見室や法廷のシーンが多い中、その閉塞感を打破するような北海道での雪のシーンの美しさは、過酷な現実を生きる事件関係者の悲愴感を和らげているようだ。また、本作の真価が象徴されるような最後の接見室での効果的な映像など、『そして父になる』『海街diary』に続く3本目のコラボとなる瀧本幹也カメラマンの力によるものであると絶賛。


sandomesatujin-500-1.jpg【キャスティングについて】
最初から福山雅治を当て書きにした脚本は、エリート弁護士が容疑者・三隅に翻弄され、弁護士としてだけでなく人間として成長する姿を繊細に捉えている。その福山雅治を追い詰めて苛めていく難役・三隅を演じた役所広司のパワーを秘めた重量級の存在感に、主人公と同様に監督も翻弄されたという。その役所広司には、まだ脚本も完成していない段階でオファーしたにもかかわらず、「人が人を裁けるのか?この三隅という男は善人なのか悪人なのか?最後まで分からない存在として主人公の前に現れて、そして消えていく」という説明だけで、あり得ないような謙虚なお返事をもらったそうだ。その安定感は本作の要となっている。


【テーマについて】
「人が人を裁けるのか、裁くとはどういうことなのだろう」ということも重要なテーマだが、司法の限界を描いた映画ではないという。「その先に、私達自身の問題としてどれだけ掘り下げられるか、人をどれだけ理解できるのか、 裁くとはどういうことなのだろうとちゃんと問わなければ、誰が犯人なのか悪い人なのかだけに終始してしまう恐れがある」。そこが、説明過剰になりがちな“神の目線”を排除して描いた本作の大きな特徴となっている。

 

是枝裕和監督は、新作が発表される度に様々な国際映画祭に招待され、またフランスの女優イザベル・ユペール(『エル/ELLE』主演)が是枝監督作への出演を切望するなど、国内外で高い評価を受けている。音楽は、監督のたっての希望で、フランス映画『最強のふたり』の音楽を手掛けたイタリアの作曲家、ルドヴィコ・エイナウディが担当。自らのオリジナル脚本で、希望するキャストやスタッフで映画作りができる監督は、日本にはそうはいない。今年はベネチア国際映画祭に出品されている。

(河田 真喜子)


★インタビューの詳細は下記の通りです。



是枝裕和監督②-1.jpg―― タイトルにもある「3」という数字が効果的に使われていますね。弁護士・被告人・少女、弁護姿勢の違う3人の弁護士、法廷での弁護士・検事・裁判官という具合に。その発想はどこから?また、弁護士のどこに興味を持ったのですか?
最初に累犯者に興味を持って2009年位から調べ始め、1度目は金銭目的で人を殺し、出所して今度は誰かを守るために殺人を犯して死刑の判決を受ける、という犯罪者の物語を作りたいと思いました。中断を経て、『そして父になる』の時に法律監修で入って頂いた弁護士さんたちから、「法廷は真実を追求する場所ではなく、利害調整をする場所」という現実的な捉え方をしているのを聞いて、誠実だなと思う反面、怖いなと感じたのです。「法廷は真実を明らかにしてくれる場所ではないのか」と思い込んでいる一般の我々とのズレが興味深いと。法廷を利害調整だと信じている弁護士が、今度は真実を知りたいと思うようになる物語を思い付き、その被告人を累犯者にしてみようと思ったのがこの企画の成り立ちです。


―― 法廷での三者のバランスに違和感がありました。裁判官のキャラクターだけ掘り下げが足りなかったような? 裁判員制度では期限内に結審するという制約がありますが…?
裁判には期限があるというシステムをあの三者が担っていますが、それを告発する映画ではありません。ですが、裁判にはそういう背景があるということは描きたいと思いました。


―― 今までの優しい映像の作風と違ってミステリアスな作品になっていますが、絵作りで工夫された点は?
撮影監督は『そして父になる』『海街diary』に続く3本目のコラボとなる瀧本幹也カメラマンですが、彼の幅の中でここまでタイプの違う映画になるとは驚きでした。カメラマンの力だと思います。今回は法廷劇ということで、どんな風に撮るとテーマやモチーフにふさわしい映像になるか、カメラマンと一緒に考えながら撮りました。僕が目指したのは1950年代のモノクロのフィルムノワールのような光と影が際立ったコントラストの強いものでしたが、今回はカラーですし、窓の外から光が斜めに差し込むようなものを基本コンセプトにして、照明や美術も工夫して頂きました。


―― キャラクターを強調した作風になっているようですが、その変化について?
作風を変えたというより、水彩とかデッサンで描いていたものが油絵になったという感じでしょうか…今回は意図的に人物や物語の輪郭をやや強めに作って、ストーリーラインに人物描写と画が負けないようにしました。使っている画材が違うだけで、そんなに変えてはいないつもりです。ホームドラマでも同様の緻密な構成は必要ですし、むしろ日常的な描写の中でそれをさりげなく撮るのは結構難しいことなんです。


―― キャストについて?
福山雅治さんとは『そして父になる』の撮影終了時から、「次何やりますか?」「こんなのどうでしょう?」と相性も良かったせいもあり、キャッチボールをしながらこの作品に着地した訳です。最初から福山さん当て書きで脚本を書いていきました。彼をどうやって追い詰めて苛めていくかが縦軸になっています。広瀬すずさんも最初からです。大まかなプロットができたところで、「この難役の被告人を誰にお願いしようか? 役所広司さんにオファーしたいなあ」ということになりました(笑)。


―― 役所広司さんにオファーなさった時、どう説明されたのですか?
手紙を書きました。「人は人を裁けるのだろうか?この三隅という男は善人なのか悪人なのか? 誰かを救おうとしたのか? 最後まで分からない存在として主人公の前に現れて、そして消えていく」。まだその時点では脚本ができてなかったのでどこまでプレゼンできたか分かりませんが、そのようなことを書いたような気がします。


―― それに対して役所広司さんの答えは?
「面白いですね。僕にできるかどうか分かりませんが、精一杯やらせて頂きます」と、あり得ないような謙虚なお返事を頂きました(笑)。撮影途中に脚本を変えたり、編集の段階でも紆余曲折がありいくつかのバージョンが出来たりしたのですが、最終的に作品を観て頂いた時に、「僕が最初にもらった手紙にすごく近い作品になったと思います」と言って頂けたので、ブレずにできたのかなと思いました。たけど、その手紙を具体的に思い出せないんです(笑)。多分そんなことを書いたんだと思います。


―― 役者さんたちへ役作りについて何かアドバイスされたのですか?
何人かは一緒に法廷へ行って傍聴したり、裁判官や弁護士のドキュメンタリーを見てもらったり、弁護士さんとも会って頂いたりとかしました。


sandomesatujin-500-2.jpg―― 主演の福山さんの細やかな演技にも驚かされましたが、脇役のキャスティングにもこだわりを感じました。ご自身で決めておられるのですか?
基本的には僕の方からお願いしています。中にはスタッフやキャスティング・プロデューサーから「こんな面白い人がいるのですが…」とプレゼンを受けて決めている人たちも何人かいます。満島真之介君は『紙の月』を観てオファーしました。3人の弁護士のバランスを考えて、一人は“やめ検”(元検事)にして、一人は司法試験制度改革後の若い弁護士という設定にしたのです。


―― いつもオリジナル脚本の作品をコンスタントに撮っておられますが、本作のような緻密なリサーチが必要な作品では何に一番時間がかかったのですか?
今回は脚本です。7人の弁護士さんに脚本作りに参加して頂きました。元検事の弁護士さんには起訴状を作って頂いたり、接見室での問答を実際に演じて頂いたりしたものを、脚本にまとめるという作業でした。それを去年の1月から春ぐらいにかけて行い、夏ごろには法廷シーンも実演してもらいました。裁判長に裏に呼ばれるあたりも、「ここで否認をしたらどうなりますか?」「裁判長に裏に呼ばれて怒られますね」とかね。法廷での言葉遣いや弁護士の思考回路など僕の中からは出てこないものでしたので、法律監修のレベルを越えた共同作業となりました。それがうまくいって、短期間で密度の濃い脚本を書くことができたと思っています。


―― 「サスペンスや法廷劇は本来、神の目線がないと成り立たないジャンルですが、今回は登場人物にジャッジを下さないために神の目線を持ちたくなかった」と語っておられますが、映画作りにおいて「神の目線」が意味するものとは?
主人公や作り手が真実を知っていて、最後に謎解きされるのが「神の目線」。つまり、タイムマシーンを持っている全能の視点が作品の中にあるのが「神の目線」だと思います。今回は、普通の弁護士が手にできる情報以上のものを観客も手にはしない。本当は現場で何が起きたのか、動機は何だったのか、真実までは辿り着かない。推測のまま終わり、主人公の弁護士にも観客にも釈然としないものが残ることを目指したのです。それが「神の目線」を排除して描くスタンスなのです。


―― そこが他の日本映画とは大きく違うところですね?
「人が人を裁けるのか、裁くとはどういうことなのだろう」とか大変重要なテーマですが、司法の欠陥だけを描いた映画だと思われては負けだと思っています。その先に、私達自身の問題としてどれだけ掘り下げられるか、人をどれだけ理解できるのか、 裁くとはどういうことなのだろう。この物語は誰が誰を裁いたのだろう。そこをちゃんと問わなければ、誰が犯人なのか悪い人なのかだけに終始してしまうので、注意深くラインを考えたつもりです。


――構成上、7回の接見シーンはテーマを語る上で大きなポイントになっていますね。特に最後の接見シーンに本作の真価が象徴されているように感じましたが?
実は脚本ではあの流れではなかったのです。編集で作った流れなんですよ。あのシーンは、カメラマンがライティングを調整していて見つけてくれたもので、それは象徴的な画になると思い採用してみました。僕も福山さんと同じように役所さんに翻弄されながら撮っていたので、着地が分からなくなってしまい、いくつか幅のあるバージョンを作っていました。結果的にあのラストしかないなと、今ではそう思っています。

 
―― これからご覧になる方へのメッセージをお願いします。
そんなに難しいことを考えずに、二人の男の対決を観に来て頂ければ、それだけでも楽しめると思います。非常に緊迫感のあるドラマになっております。あの表情の微妙な変化は大きなスクリーンの方がより伝わると思いますので、是非映画館で観て頂きたいです。

 



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『三度目の殺人』

■(2017年 日本 2時間04分)
■原案・監督・脚本・編集:是枝裕和(『誰も知らない』『そして父になる』『海街diary』『海よりもまだ深く』)
■撮影:瀧本幹也  ■音楽:ルドヴィコ・エイナウディ ■美術:種田陽平
■出演:福山雅治、役所広司、広瀬すず、吉田鋼太郎、斉藤由貴、満島真之介、市川実日子、橋爪功
2017年9月9日(土)~全国ロードショー
公式サイト⇒ http://gaga.ne.jp/sandome
■(C)2017フジテレビジョン アミューズ ギャガ

 


【STORY】
30年前に2人を殺し無期懲役の判決を受けた三隅(役所広司)は、仮出所中に再び殺人を犯してしまう。真実よりも勝訴を重視する敏腕弁護士の重盛(福山雅治)は、元検事の摂津弁護士(吉田鋼太郎)と新人の川島弁護士(満島真之介)の3人で、裁判に勝つための戦法を打ち出す。ところが、接見の度に供述を二転三転させる三隅に翻弄されるうちに、心から真実を知りたいと心境を変化させていく。依頼人への理解や共感などは不要と考えていた重盛だったが、殺害動機を知るために三隅の過去や事件関係者の再調査を始める。そこに被害者の娘・咲江(広瀬すず)が大きく関わっていることが判明するが、裁判は真実の解明が為されぬまま結審を迎えてしまう。

 

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「新世界」を求めて旅立ったコヴェナント号が辿り着いたのは、
大阪の「新世界」だった!?

大阪“新世界”のあのシンボルにエイリアンが襲撃!?


広大な宇宙を舞台に、“完璧な生命体”との遭遇を描き、映画史上に金字塔を打ち立てた伝説的シリーズ『エイリアン』の創造主、リドリー・スコット監督が自らメガホンを執った最新作は、ついに“エイリアン誕生”の原点を描く衝撃作。『グラディエーター』、『オデッセイ』と常に大ヒット作を世に送り出してきたリドリー・スコット監督が、御年80歳、監督人生40年の節目を迎える記念すべき年に自身で作り上げてきた世界に戻ってきた本作!途方もない脅威と、かつてない驚き、衝撃に満ちた新たな神話の創造となります。


Aelen-ivent-500-1.jpg本作で人類初の大規模な宇宙への移住計画のため、地球を飛び立った宇宙船コヴェナント号は、人類にとっての「新世界」を目指している…ということから、9月5日、まさに大阪の楽園と言われる「新世界」通天閣にて、エイリアンに襲われたビリケン様をご披露するお披露目式をいたしました。


Aelen-ivent-240-1.jpgお披露目式ではスペシャルゲストとして、女性乗組員ダニルズに扮したモデル・峰のりえさんが「なにわのダニエルズ」として登場。除幕しようとして一瞬見えたビリケンさんの衝撃的な姿に恐れおののき、布を元に戻してしまう一幕も。その後ゆっくりと布をはずし、フェイスハガー(エイリアンが生物に寄生体を植え付けるための中間体)が張り付いているビリケンさんの姿を披露しました。


“なにわのダニエルズ”は当初その姿に戸惑い、恐怖しながらも、その感想を聞かれ、
「衝撃的な姿にショックを受けましたけど・・よく見るとかわいいですね!飼いたいです!」とフェイスハガー付ビリケンさんを気に入った様子。続けて「でも、通天閣さん、神様のビリケンさんを冒涜するようなこのオファーをよく受けましたね。」とコメントしつつ、「ビリケンさんは笑いの神様だから喜んでるかも!」と無邪気に笑うと会場は笑いに包まれました。


ビリケンさんに張り付いたフェイスハガーを素手で触ったため、体内にエイリアンが寄生しているのではないかと心配された”なにわのダニエルズ“。そこで、フラッシュを焚いて写真撮影すると寄生しているエイリアンが写る“エイリアン健康診断”を受けるよう促され、勢いよくタンクトップを脱ぎ捨て、勇ましく“エイリアン健康診断装置”に入りポージング。会場のマスコミ、一般のお客様に写真を撮られると、彼女のお腹にはエイリアンが浮かび上がり、取材陣はもちろん会場の観客たちを驚かせました。

 
Aelen-ivent-500-2.jpg尚、このエイリアンに寄生されたビリケンさんは本日から9月未まで通天閣にて展示されます。また一般の方もフェイスハガーをつけて一緒に写真を撮れるフォトスポットや、エイリアン診断装置も合わせて展示しておりますので、是非この機会に、新世界・通天閣にて映画の戦慄をリアルにご体験ください。


『エイリアン:コヴェナント』
◇監督:リドリー・スコット 
◇出演:マイケル・ファスベンダー、キャサリン・ウォーターストン 

© 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved  
配給:20世紀フォックス映画 
■公式サイト⇒ http://www.foxmovies-jp.com/alien/

 2017年9月15日(金)~TOHOシネマズ梅田 ほか全国ロードショー


(オフィシャル・リリーズより)