レポートインタビュー、記者会見、舞台挨拶、キャンペーンのレポートをお届けします。

2014年5月アーカイブ

『神宮希林 わたしの神様』伏原健之監督、阿武野勝彦プロデューサーインタビュー

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(2014年 日本 1時間36分)
監督:伏原健之
プロデューサー:阿武野勝彦
旅人:樹木希林
2014年5月31日(土)~テアトル梅田、6月7日(土)~京都シネマ、神戸アートビレッジセンター他全国順次公開
※テアトル梅田初日上映後、樹木希林さんの舞台挨拶あり
公式サイトはコチラ
 (C) 東海テレビ放送
 

~樹木希林と歩く心の旅路、肩の力を抜いてみなさんご一緒に~

 
 伊勢神宮で20年に1度行われる式年遷宮に合わせて、非常に興味深いドキュメンタリー映画が誕生した。人生初のお伊勢参りを行う大女優、樹木希林が、祈ること、自らの生き方をさらけだし、式年遷宮にまつわる心の旅にでかけていく。ふと口にする言葉や、鼻歌のように口からこぼれる懐かしいエンジェルの歌。自らの信条である「物の冥利」を大事にし、むやみに形になって残るものを所有しない姿まで、樹木希林から発信される全てが等身大の彼女を映し出し、どんどん惹き込まれる。また、遷宮のためのヒノキを何百年もかけて育てている伊勢市の神宮林や、神様にお供えする稲を育てる神宮神田、木曾で代々受け継がれている木こり一族が斧を入れる御杣始祭、そして神宮林のヒノキで再建された宮城県石巻市の新山神社などを紹介し、伊勢神宮の歴史を継承してきた今は亡き人々にも想いを馳せることだろう。生きること、祈ること、感謝して手を合わせること。全てがしなやかに盛り込まれた“感じる”ドキュメンタリー。日頃のストレスやささくれだった気持ちがすっと落ち着き、気持ちが安らぐ癒し効果も抜群だ。
 
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 『とうちゃんはエジソン』(03)でギャラクシー大賞を受賞、08年には伊勢神宮に関するドキュメンタリー『森といのちの響き~お伊勢さんとモアイの島』を手掛けた伏原健之監督と、樹木希林出演の『約束~名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯~』(13)でもプロデュースを務めた阿武野勝彦プロデューサーに、笑いを誘う箇所も満載の、樹木希林と一緒に作り上げたドキュメンタリーについてお話を伺った。
 

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━━━樹木希林さんを今回のドキュメンタリーの旅人に起用した経緯は?
阿武野:東海テレビは愛知、岐阜、三重が放送取材エリアなので、遷宮は20年に一度やってくる一大ビッグイベントです。番組制作スタッフが頑張っているものの、なかなか前へすすめず苦しんでいる様子を横で見て、そのことが頭の片隅にありました。昨年5月、ドキュメンタリー映画『約束~名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯~』のキャンペーンで樹木希林さん(以降希林さん)と仙台に行き、お酒を飲んでいるときに話題として遷宮の話をすると、「出雲大社と重なるのは本当に珍しいことでね」としばらくお話されたのです。「遷宮の番組を僕が作るとしたらどうします?」と切り出すと、「やる!」と即答してくださいました。翌日、帰りの仙台駅が見えてきたところで「あの話だけど、決まったらすぐに言って」と希林さんがさらりとおっしゃるので、とぼけて「あの話って何でしたっけ?」とお聞きすると、「何言ってるの!伊勢神宮の遷宮よ」。きっと面白いに違いないと思ってくださったのでしょう。「ふつうの旅人で行く伊勢参りとは違うものが、テレビと一緒に行けばあるかもしれない」ともおっしゃっていました。
 
━━━今まで東海テレビで制作してこられたドキュメンタリーとは少し違いますか?
阿武野:人間を描くという意味では、今までのドキュメンタリーと違いはない気がします。エンターテイメントの範疇かもしれませんが、社会性があるし、震災の話や、森を再生させている話もあります。ただ、笑いの総量は今までとは違いますね。
 

■想定外のことが起こり、そのシーンが映画を豊かにしている。(阿武野)

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━━━伊勢神宮だけではなく、さまざまな寄り道をしている様子が希林さんの人物像や目線を実感させてくれました。実際の撮影はいかがでしたか?
伏原:想定外はすごく多かったですが、プラスに働くことばかりでした。希林さん自身もプラスになると思ってあえて想定外のことをされていたようで、制作者としては幸せだなと思います。
阿武野:希林さん自身はこの作品について「普通は捨てるところばかりで作ったのね。それがいいのよ」とおっしゃっていました。うどん屋さんと喧嘩をしているシーンも、普通は使われたら嫌がられるかもしれませんが、物に対する価値意識を冒頭の自宅シーンで見せる仕掛けをしているので、ただ喧嘩しているのではなく、物の冥利につながることが分かるんですね。想定外のことが起こり、そのシーンが映画を豊かにしています。お餅屋に行くシーンでも、時間が押していたので飛ばそうとしたら「なんで飛ばすの?」と言われて、そこにお店のご主人が偶然出てきたわけです。二軒茶屋店のご主人が神宮に行く道すがらの音の話をされて、非常に豊かな感じがするので僕はあのシーンが好きです。希林さんが「寄る」と言わなければ撮れなかったです。他にも、希林さんから偶然出てきた言葉を伏原監督が丁寧に紡いでいますね。
 
━━━撮影を通じ、希林さんにどんな印象を持たれましたか?
伏原:かっこいい人だなと思います。服装も、スタイリストさんがいるわけではなく、娘婿、本木さんの服をリフォームして着ておられるところが素敵です。あとは何気ない、うどんを食べている姿やおもちを食べている姿一つとってもかっこよくて、ああいう老人になりたいなと思います。
 
━━━エンジェルの歌は突然歌い始めたのですか?
伏原:「神様っていると思いますか?」と問いかけたら、「ほらほらああいう歌があるじゃない」と、かなり初期段階に歌ってくれました。CMも知っていたので、神様はそういうものなのかという最初のテーマ設定の一つの答えになりました。完全に希林さんからの発信です。
 

■最初映画化NGの理由は「人間(私)が描けていない」。希林さんのメッセージから映画のテーマを導く(伏原)

━━━希林さんのアイデアもかなり盛り込まれているようですが、希林さんからの発信が増えてきたのは、どの段階ですか?
阿武野:2回目のロケの終わりには、「この作品の背骨をどう考えるの?」というお話をされていましたから、おそらくそのときには自分の心の内側を見せようと思っていらっしゃったのでしょう。何がきっかけなのか明確には分からないですが、すごく積極的に「会いたい」「行きたい」と動いてくださいました。(劇中一番最初に登場する)西麻布も希林さんから招待いただき、「この家の話をしたい。ここから話しておかないとダメだと思って」とおっしゃったのです。インタビューの時は美輪明宏さんやお稲荷さんの話が出てきて、話題が飛んでぐちゃぐちゃになりそうで、正直ヒヤヒヤしました。
伏原:本当にどこへ連れて行かれるのだろうという感じがしたときでしたね。今思えば「ここまで見せてくれた」と分かるのですが、そのときは「何を見せてくれるのだろう」とドキドキしました。大女優がしゃべってくれるのだから撮影はするつもりでしたが、撮影当時はカットシーンと思っていました。
 

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━━━カットと思っていた自宅での撮影シーンを本編に取り入れることにした訳は?
伏原:テレビ番組として64分で作っていましたが、長いバージョンに編集して映画化したいという話を希林さんにお伝えしたとき、最後の段階で希林さんから映画にするのはやめてようとNGが入りました。最大の理由は、「人間が描けていない」。お金を払って見に来てもらうお客様が感情移入できない、つまり「私」が描けていないということなのです。樹木希林さんを理解してもらうために、今までの業績や映像を並べることもできれば、ナレーションで語ってもらうこともできると考えもしました。そのときに希林さんのメッセージが流れてきて、世の中には自分の意志ではどうにもならないようなことがあっても祈るというテーマ性が出てきたのです。すると、自宅で数珠を取り出してお経を読むといむ話をされていたなとか、当時は唐突に始まったと思っていたことが、全部つながってきました。希林さんが「自分という人間を描く」というのはこういうことなのかと思いながら編集していきました。最初はわかりにくいのでカットするつもりだった部分が、最終手金は宝物になり、テーマがきっちりと出せたと思いました。
 

■「釈迦とダイバダッタ」の話から感じる深い愛情。希林さんは、色々な関係性の中に神が見える人。(阿武野)

━━━希林さんが折に触れてご主人、内田裕也さんの話をされていたシーンは、思わず笑わされ、深い夫婦愛を感じました。
伏原:ドキュメンタリーなので出口をあえて作らずに撮っていく段階で、伊勢神宮からどんどん興味対象が希林さんになっていき、面白いと思えるものが希林さんという人間を描くことになっていきました。希林さんといえば最大の関心事は「(内田裕也さんと)あの夫婦はいったいどうなっているんだろう」ということで、当初から機会があれば聞きたいと思っていました。実は日頃カメラがまわっていないところでも、本当にたくさん内田裕也さんの話をされていました。カメラの前で聞くとどうなるかと思い、初めて正面から「どうですか」と聞いてみたら、全く予想していない答えが返ってきて。びっくりしました。
阿武野:「釈迦とダイバダッタ」です。神宮の話をしているのに、まさか仏教の話なんて使えないだろうと最初は思いました。仏教と神道ですから不整合です。しかし、よく見ているとエンジェルも飛ばしているわけで、釈迦とダイバダッタがあってもおかしくはないかもしれない。それが祈るということなのかと思いました。
 
━━━夫婦の関係を「釈迦とダイバダッタ」に例えた話は、目から鱗でした。
阿武野:釈迦とダイバダッタの話が出てきた瞬間に、なんとなく謎が解けた気がしました。希林さん自身の内にある黒い部分が、カッカしている内田裕也さんにぶつかって浄化される。そういう物の見方や関係性を話されたとき、こんなに深い愛情というのはなくて、これは色々な関係性の中に神が見える人なのではないかと思いました。私たちもそれを聞かされた瞬間に解放されたような気がしました。希林さんの中にそういう物語がいくつもある中、内田裕也さんが絶大なる神様としてそこにいる感じがします。東京の公開初日に内田裕也さんが希林さんに電話をかけて「おまえは俺をコケにしているのか。おれはダイバダッタか」とえらい剣幕で怒ったそうですが、状況を説明すると「そうか。この映画はヒットするぞ」。
 

■日本に生まれてよかった、日本人でよかったと思える部分を、この映画に込めた。(伏原)

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━━━継承していくことや、見えるもの、見えないものに想いを馳せるなど、非常に深く、普遍的なテーマが内在していますね。
伏原:普段報道やドキュメンタリーの仕事をしていると、この国のイヤなことをきちんと正そうと思うことが多いです。でも、やはり日本に生まれてきてよかった、日本人でよかったと思える感じを僕は味わいたいのです。伊勢神宮に行って、お正月にあれだけの人が集まり、手を合わせる我々は素敵だなと思いたい部分をこの映画に込めました。きれいな国だとかそういう思いを紡いでいきたいなと思いました。
阿武野:非常に貴重な体験をしたとおっしゃっていました。希林さんは自叙伝をいくつもの出版社にお願いをされてはずっとお断りされているそうです。自叙伝を書く気は全くないそうで、「断る理由が見つかった。この作品を観て!と言えばいいの」とおっしゃるので、あまりの感動に鳥肌が立ちました。
 

■希林さんの感想は「今の私はこれよ。これを見せればいいのよ」。(伏原)

■一緒に撮影をさせていただき、益々希林さんに対する謎が深まった。(阿武野)

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━━━希林さんご自身は、この作品に対してどんな感想をお持ちですか?
阿武野:希林さんは、知り合いにお見せになっていますし、その反応をすごく気にしていらっしゃいます。自分が出ているから恥ずかしいけれど、観てもらいたいという風に感じます。通常の演技をしている樹木希林と違うものを出しているので、ご自分の分身のように思っていただいている瞬間がありますね。
伏原:希林さんの言葉では「今の私はこれよ。これを見せればいいのよ」。
阿武野:「これはあまりたくさんの人に観てもらわなくてもいいの」とまでおっしゃるのでこちらも一瞬焦りました。僕はせっかくだからたくさんの人に観ていただきたいのですが「いい作品と、人にたくさん観られた作品はまた別。あまり無理しなくていいの。適当なところで終わっておきなさい」と言われました。
 
━━━劇映画で演じるのとは違い、ドキュメンタリーの被写体として素の姿で動く体験が新鮮だったのかもしれませんね。
阿武野:報道に対する特別な想いがある気がします。初めて会う方にご紹介いただくとき、頻繁に「この人たちは報道の人たちだから。仕事が早いのよ」とおっしゃっていました。今回、撮り直しは一度もありません。「報道やドキュメンタリーという大切な仕事をあなたたちはしているのよ」と折りに触れて言われていました。だから家の中、冷蔵庫の中、ブラウン管のテレビ、お風呂や裕也さんの部屋まで見せ、「普段はしないようなことをしたのよ。それでいいじゃない」とおっしゃるのです。一緒に撮影をさせていただき、益々希林さんに対する謎が深まりました。
伏原:この映画は、希林さんの心の旅になっていると思います。
(江口由美)
 
 
 

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主演浅野忠信、二階堂ふみが登壇!『私の男』記者会見レポート
 
『私の男』(2013年 日本 2時間9分)
監督:熊切和嘉
原作:桜庭一樹「私の男」文春文庫刊
出演:浅野忠信、二階堂ふみ、モロ師岡、河井若菜、高良健吾、藤竜也、山田望叶他 
2014年6月14日(金)~新宿ピカデリー、大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、神戸国際松竹、MOVIX京都他全国ロードショー
公式サイトはコチラ
(C) 2014「私の男」製作委員会
 

■「40歳になったらこういう役をやりたい」という想いを存分にぶつけた(浅野)

■今までも、これからも本当に大切な作品(二階堂)

 

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 冒頭、軋みながら漂う流氷の合間から、一人の少女が這い上がり、寒さに体を震わせながら時折思い出したように笑みを浮かべる。その少女、花を演じる二階堂ふみの鬼気迫る表情を観ただけで、すごい映画を観てしまったという気持ちが湧きあがった。桜庭一樹のベストセラー小説「私の男」を、『海炭市叙景』、『夏の終り』の熊切和嘉監督が映画化。流氷に閉ざされた北の大地と東京を舞台に、震災孤児の花と彼女を引き取り育てた遠縁の男、淳悟(浅野忠信)との禁断の愛の物語。肩を寄せ合って生きる淳悟と花の誰にも邪魔できない深い絆を、浅野忠信と二階堂ふみが時には退廃的に、時には艶やかに表現し、観終わって独特の余韻を残す。40代の男の色気が漂う浅野忠信の懐の深い演技が、二階堂ふみの演技を役柄同様に絶妙の呼吸で受け止める。一方、あどけない高校生から艶っぽい大人の表情まで、鮮やかに演じ分けた二階堂ふみの存在感は圧巻で、間違いなく彼女の10代における代表作となることを感じさせた。
 
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 映画公開に先駆け、大阪で行われた合同マスコミ会見では主演の浅野忠信、二階堂ふみが登壇し、本作や役への思い入れを語ってくれた。まさに作品中の淳悟と花のように、お互いに絶対的な信頼を寄せて演じたことが伝わってくる会見となった。その模様をご紹介したい。
 

(最初のご挨拶)

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浅野:初めて脚本を読んだときに「今の自分ならこの役をできる」と思いました。40歳になったらこういう役をやりたいという想いを存分にぶつけることができ、非常に感謝しています。
二階堂:ぜひこの素晴らしい作品を色々な方に観ていただけたらうれしいと思っています。
 
━━━「今ならこの役をできる」と思われた理由は?
浅野:20代のときは癖のある役を演じることが多かったのですが、30代で様々な役を演じるうちに、自分の中で明確になっていくことがたくさんありました。もう一度癖のある役を追求してみたかったので、淳悟役は「今の自分はこれをやるしかない」と思えるものでした。
 
━━━桜庭一樹さんの原作で魅力を感じる部分は?
二階堂:この原作もそうですが桜庭先生の世界観でもある耽美的な雰囲気がとても好きでした。今回、その雰囲気は壊さないまま、映画でしかできない表現をしたいと思っていました。そういった部分を熊切監督が形にしてくださいました。
 

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━━━過去作品は個性的な役が多いように思いますが、個性的な役をオファーされていることについて、どう感じていますか?そして、今後やってみたい役はありますか?
二階堂:個性的な役をオファーされていると思うことは少ないです。花役に関しても、個性的な女の子とは捉えていません。普通の女の子が成長していくにつれて感じるものが変わったり、好きなものが変わったりと、女性であれば皆が経験する部分だと捉えています。撮影現場に行くのが楽しいので、面白いと思える現場に行けるなら、どういう役柄かは気にせずに演じていきたいと思っています。今年で20歳を迎えるのですが、意外と学生の役を演じることが少ないので、淡い青春物語もやってみたいです。
 
 
━━━熊切監督の現場を体験されての感想は?
浅野:監督の学生時代からの仲間もたくさんいらっしゃり、コミュニケーションがよくとれていて、すごく助けていただきました。機会があればまた一緒にやらせていただきたいです。
二階堂:私が高校1年生のとき熊切監督とはじめてお会いし、直感的に「この監督と私は絶対に仕事をしなくてはいけない」と思っていました。ずっと想い続けていた監督の現場でしたので、撮影中は本当に幸せに浸って過ごしていました。熊切監督には「この監督のためなら」と思わせる魅力があると感じています。ご一緒できてよかったです。
 
━━━この作品の中で挑戦したことは?
二階堂:(オホーツク海は)寒かったので、それがなによりの挑戦だったと思います。流氷のシーンも大変でしたが、セットだと絶対に作れない雰囲気が出せてよかったです。
 
 

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━━━一番観てもらいたいところは?
浅野:淳悟を演じる上で、二階堂ふみさん演じる花が本当に欠かせませんでした。花役が二階堂さんでなければ、あそこまで淳悟を演じきれなかったと思うので、花が成長していく姿をじっくり観てほしいと思います。
二階堂:私の中で、今まででも、これからにおいても本当に大切な作品になりました。私にも浅野さんが演じる淳悟という存在がいなければ出せなかった感情がありました。淳悟と花の、普通とはまた違う愛の形を観ていただけたらと思います。
 
 

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━━━淳悟と花の親密な関係を演じるにあたって、お二人の間で話し合ったことは?
浅野:映画やシーンについての話をした覚えはあまりないのですが、淳悟としての気持ちを保ちながら、二階堂さんと接していました。そういう接し方が重要だったのだと思います。
二階堂:撮影期間中ずっと、浅野さんが淳悟として接してくださったのを身に沁みて感じていました。そういう雰囲気の中、自分が最近好きな音楽の話や、浅野さんが体験した他の撮影現場はどうだったのかというお話も聞かせていただきました。
 
 

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(最後のご挨拶)
浅野:僕自身もまた観たいと感じている作品ですし、何度も観ていただけると本当にうれしいです。
二階堂:私の運命の作品であり、勝負作品だと思っています。スクリーンで観ることに意味がある作品になっていますので、映画ファンの方、また色々な方に観ていただけるとうれしいです。
(江口由美)
 

『トークバック 沈黙を破る女たち』坂上香監督インタビュー

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(2013年 日本 1時間59分)
監督・製作・編集:坂上香 
2014年5月24日(土)~第七藝術劇場、京都シネマ
2014年7月26日(土)~神戸アートビレッジセンターにて公開
公式サイトはコチラ
※第七藝術劇場、京都シネマで上映後ワークショップ、トークイベントを開催
<第七藝術劇場>
5/24(土)12:15の回上映後、「映画を観た後、小さなスポットライトーわたしにも」
坂上香監督×倉田めばさん(NPO大阪ダルクセンター長/パフォーマー)
5/25(日)12:15の回上映後、「映画トークバックをトークする」ファシリテーター坂上香監督
<京都シネマ>
5/24(土)10:40の回上映後、レベッカ・ジェニスン(京都精華大学教授)x 坂上香監督
5/25(日)10:40の回上映後、レベッカ・ジェニスン(京都精華大学教授)x 坂上香監督
5/26(月)10:40の回上映後、岡野八代(同志社大学教授)×坂上香監督

 

~偏見、差別に負けない!どん底の人生をみつめ直し、声を上げる女たちの逞しさ~

 
 色とりどりのフェイスペインティングをほどこした女たちが、自らの詩を時には厳かに、時にはドンドンとリズムを刻みながら演じ、魂のこもったパフォーマンスで観客を魅了する。HIV、レイプ、薬物依存症、虐待と壮絶な事実が内在する詩には、観客の前で自らの境遇を宣言するだけでなく、それを乗り越えて生きようとする力がみなぎっている。
サンフランシスコの女性刑務所で活動中の「メデア・プロジェクト」(演劇ワークショップ)に出会ったドキュメンタリー映像監督の坂上香が、8年間にわたりメデア・プロジェクトに密着。メンバーであるHIV陽性女性たちへのインタビューを通じて、彼女たちが強いられてきた沈黙と、その奥にある誰にも語れなかった過去を振り返り、自分自身に向き合う姿を映し出す。我々や社会が持つ偏見がいかに当事者を沈黙の闇に押し込めているかを痛感する一方、彼女たちが自らの過去に向き合う姿は誰しも生きていくうえで乗り越えなければならない壁であり、傷だらけになりながら向き合う彼女たちに勇気すらもらっている気がするのだ。
 
 キャンペーンで来阪した坂上香監督に、メデア・プロジェクトに出会ったきっかけや、メデアメンバーにインタビューすることで感じとったこと、また作品中登場するトークバック(上演後キャストと観客が質疑応答を行う)を映画製作過程で行うワーク・イン・プログレスを取り入れていることについてお話を伺った。

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■様々な境界線を越えていく演劇ワークショップ「メデア・プロジェクト」の魅力とは

 
━━━メデア・プロジェクトに出会ったきっかけは?
10年前に作った『ライファーズ 終身刑を終えて』で男性受刑者に向けての「語るプログラム」を撮影しました。語り合うということはすごく大切ですが、語るだけでは十分ではない部分やもっと違うノンバーバルコミュニケーションもあります。また、受刑者が出所したときに、世の中が「あいつらはずっとダメだ」という目で見続けると、彼らもそれに反抗したり傷ついてしまいます。彼らも変わらなければいけないけれど、同時に彼らが変われる可能性を社会に知らせる何かが必要です。2005~2006年ごろ様々な表現形態を探しているうちにこのメデア・プロジェクトにたどりきました。受刑者が演劇を刑務所の中だけではなく、刑務所外でも上演したり、受刑者と一般の人たちが対話する場を持つのです。また劇が終わればトークバックが行われるなど、境界線をどんどん越えていくのが面白く、そういった革新的な活動をしているところは他にありませんでした。境界線をどんどん越えて色々な会話ができていくことが、日本の社会に必要なのではないかとずっと感じていたので、取材をしたいと思いました。実際、取材をお願いした当初は相手にしてもらえず、映像記録ボランティアとして活動し始め、映画の撮影許可がでるまで4年かかりました。
 
━━━演劇ワークショップ、メデア・プロジェクトのアプローチについて教えてください。
メデアのアプローチは演劇療法やアートセラピーなどの心理療法なのか、いわゆるアートなのか、もしくはサウンドデモのようにアートを使った社会運動なのか。代表のローデッサに、この3つの分類の中でメデアは何にあてはまるのかを聞いてみると「その一つ一つでもないし、すべてが含まれるものでもある」と答えたのです。全てを否定しないし、かといってアートセラピーのように一つに特化した目的でやっているわけではない。でもしっかりとやっていけば全てにつながるはずだというのが彼女の信念で、面白いと思いました。境界線をあえて越えることをやっていることに惹かれたのです。本当に時間をかけてやっているプロジェクトなので、結果的にはどれにでもあてはまることを取材しながら実感しました。
 
━━━HIV患者でもあるメデアメンバーの取材をするに至るまで、大変だったことは?
HIV陽性者のメンバーとは直接なかなかコンタクトをとらせてもらえず、しかも一人一人と連絡しようとするとローデッサを介さなければなりませんでした。個別にアプローチするのに時間がかかり、劇のリハーサルの時に話すぐらいしかできなかったのです。ようやく演劇の撮影に入ったときに個別にインタビューをお願いすると、皆HIVであることを家族や友人に言っていないので、家で撮影させてくれませんでした。結局カサンドラ以外は、私たちの滞在していたホテルに来てもらい撮影をする形で、彼女たちの家まで迎えに行き、撮影が終わったら家まで送ることを繰り返しました。待ち合わせをしても、その場に現れない人もおり、インタビューされたくなかった人もいたと思います。他の皆インタビューを受けているので自分だけイヤとは言えなかったのでしょう。
 

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━━━インタビューをすることで、劇やリハーサル風景だけでは見えない各メンバーの内面に肉薄し、彼女たちの痛みや克服する姿が浮き彫りにされていました。
リハーサルで詩を聞くことはできますが、彼女たちの細かいところは見えません。もっと知りたいことを彼女たちに直接ぶつけることで見えてくることがたくさんありました。私にとってインタビューは宝物です。また最初はしゃべってくれないことでも、出会ってから3年後には、もっと私との関係性ができてきました。かつて養育放棄をし、何度も逮捕歴があるカサンドラやカサンドラの娘さん等はもっと突っ込んだ話をしてくれました。
 
2012年アメリカへロケハンに行ったとき、オーストリア出身のマルレネから「この数年でいろいろあったのよ」と声をかけられました。親にもやっとHIVに感染したことを告白できたと報告してくれました。彼女は育ちが良く、「メデアのみんなは壮絶な体験をしているけれど、私は子供時代も恵まれているし、本当にラッキーだったと思う。皆本当によく生き延びてきたと感動したわ。」と言っていたのですが、実は彼女自身もひどい性暴力に遭っていたことを思い出したというのです。リハーサルの休み時間に後でゆっくり撮りたいとお願いしたら、結局はかなり具体的に話をしてくれました。詩も書いたというので、詩を読んでもらい、映画でもその場面を使っています。それだけ性暴力は意識していなくても色々な人に問題が起こっているのではないでしょうか。
 

 

■心を鬼にしてDV夫を追い出したカサンドラ、その勇気をメッセージとして映画に残す。

 
━━━人に言えないような辛い目に遭ってしまうと、自分の記憶に蓋をしてしまい、再び過去に向き合うことは相当精神的に厳しい作業ですね。
メデアでは仲間がいることが大きいと思います。演劇を作るプロセスを見ているときからそう感じていましたが、3年後にインタビューして確信に変わりましたね。特にカサンドラは、彼女がHIVであることを認めてくれる人と再婚しましたが、夫からDV被害を受け、別れることを決断したことはすごいと思っています。私はDVの被害者たちを支援する活動もしているのですが、どうしても加害しながら最後には謝ってなし崩し的になるような男との関係を断ち切れないことが多いのです。でもカサンドラは心を鬼にして夫を追い出したのです。これはメッセージとして映画に残したいと思いました。
 
 

■「死んだお姉さんの存在をみんなに知ってもらうために、私は演劇をやりたい」デボラが詩を書き、みんなの前で読むのを見て、私の中で彼女との距離が縮まった。

 
━━━他に今回取材したメンバーの中で、印象的だったエピソードを教えてください。
言語障害のデボラは、何を考えているかわからないという点で、私にとっては今回取材したメンバーの中で一番距離を感じていました。でも結果的に、一番変化が目に見える形で現れた人だったのです。
 
━━━曾祖母から祖母、母と脈々と自分に流れる血に誇りを持つ詩をデボラがリハーサルで朗読するシーンで、彼女を突き動かしている原動力はここにあるのかと衝撃を受けました。
デボラは売春をしているときに仲介人と付き合っていたときがあり、ボコボコにされて血だらけになっても付き合い続けていたそうです。お姉さんも同じ仲介人と付き合い、二人ともAIDSに感染しました。お姉さんは亡くなってしまったのですが、「死んだお姉さんの存在をみんなに知ってもらうために、私は演劇をやりたい」という思いが強いのです。私は最初、その気持ちが分からなかったのですが、デボラが詩を書き、みんなの前で読むのを見て、私の中で彼女との距離が縮まりました。映画のシーン以外でも、(先祖が)奴隷となっていたときの話や、自分とお姉さんの関係、お姉さんの死を看取ったときのことを皆の前で語ったのです。お姉さんが死の間際に薬物を止めて、生き直そうとしていた姿に感動し、自分もまじめに生きようとしている話を詩にしたり、それらを介してデボラに親近感が沸きましたし、もっとデボラのことを知りたいと思うようになりました。
 

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━━━上演後観客と行われたトークバックでは、彼女たちの勇気あるパフォーマンスに様々な反応が生まれていましたね。
最初に黒人の男性が手をあげて「HIVの女性の友達がいるのだけれど、まだ誰にも言えていないので、この演劇はそういう人たちに力を与えるはずだ」と発言しました。その後何人かが発言した後に、黒人男性の隣にいた女性(映画でも登場)が手をあげて「子供を産みたいと言ったあなたへ、私は子供を産めなかったけれど、あなたへエールを送りたい」と語ったのです。実は手をあげて発言した女性こそ、男性が最初に語ったHIVのことを誰にも言えない友人の女性で、終わった後ハグしながら泣いていました。代弁したつもりが、その本人が声を上げたわけです。その後も2人ぐらいの男性が次々に今まで誰にも言っていない病気のことを告白しました。本当に奇跡が起こっていましたね。
 
 

■「映画を媒介にして自分のことを話してくれた」当事者の人たちの声を映画に反映させるワーク・イン・プログレス(WIP)に手ごたえ

 

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━━━本作は、ワーク・イン・プログレス(※WIP)を取り入れていますが、なぜWIPを取り入れようと思われたのですか?※編集中の作品を限定的に公開して、そこで出た意見を作品に反映させる試み
前作の『ライファーズ 終身刑を終えて』は薬物依存の元受刑者や当事者の話だったのですが、上映しているときに一番ビビッドに反応するのは、まさにそういう状況にある人たちでした。当事者の人たちの声を本作にも反映させたいという思いは当初からあったのですが、どうすればいいのか分からなかったのです。これはアメリカのことだし、アメリカの映画に日本の人たちの声を直接投影できません。悩んでいるときに、薬物依存症者の回復施設「ダルク」の一つであるNPO法人「女性ダルク」代表の上岡陽江さんがファンドレイジングのイベントに来場し、私たちの2分間スピーチを聞いてくださったのです。最初は「これはアメリカのことでしょ。日本では無理よ」と言われたのですが、最後に「10年後でもいいから、私たちもこれをやりたい。できる社会にしたい。私たちにも手伝わせてほしい」と申し出てくれました。その当時から10万円出資していただければ市民プロデューサーになれる制度を作っており、WIPも頭にあったのですが、どうやって展開すればいいのか分からなかったのです。上岡さんが非常に積極的に働きかけてくれたおかげで、当事者の人たちにプロデューサーになってもらえれば、どんなに力強いだろうと思えてきました。
 
━━━なるほど、試行錯誤しながらWIPを取り入れる道筋が見えてきた訳ですね。
最終的にはWIPという試写にして、ダルクの方に観てもらい、声を上げてもらう場にしたのです。私はダルクの人たちと色々活動をしているのですが、映画でのHIV陽性者のメンバーと同じように、なかなか自分たちと違う人のいる場所に行く自信がなく、ましてやそういった場所で発言などできません。ですから、彼女たちが一番しゃべりやすい環境は何だろうと考え、ダルクに私たちが行き、白板にプロジェクターで映像を映し出して、居間でくつろぎながら観るという試写をやりました。予想しない反応がたくさん返ってきましたね。
 

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━━━具体的にはどういった場面で反応が大きかったですか?
カサンドラの2歳半の孫が出てくる場面は、話した言葉を訳していなかったのですが、「坂上さん、あの子今何て言っているんですか?」とあちらこちらから声が上がりました。なぜそこで反応したのか聞いてみると、ダルクの皆さんは大体お子さんがいらっしゃるけれど、子どもが小さいときは覚せい剤や薬物で刑務所に入ったり、中毒状態になっていたりと色々トラブルに巻き込まれており、子どもをきちんと育てることができなかったのです。乳児院に行ったり、祖母に預けたりといった形で育っていることが多いので、子どもに対する罪悪感があり、その年頃の子どもが何を考えていたのかをすごく知りたいのです。『トークバック』は、自分たちが歩んできたのと同じケースの人が登場する映画なので、まさに置かれている状況がぴったりなのです。
 
━━━上演後のトークバックのような効果もあったのでしょうか?
ダルクの皆さんは日頃あまりしゃべらない方が多く、個人個人のことをあまりよく知らなかったのですが、映画を媒介にして自分のことを話してくれました。例えば、「英語のスラングを聞いたのは久しぶり」とアメリカで3年ぐらい暮らしていたことを語り始めたり、子ども時代のことを思いだして語ったり、墓まで持っていこうとしていたことまで語り始めたりされるので、こちらが衝撃を受けるぐらいでした。映像を観るだけではなく、ツールにしたいという想いはどこかであったのですが、映画を介して対話ができ、その人の内面が見えたり、逆に私に質問してきてくれたりといった双方向のコミュニケーションが取れました。今回ほど試写の段階からそれがビビッドに反応が伝わることは今までなかったので、この手法でやれると思いました。
 
━━━これからご覧になる皆さんに、メッセージをお願いします。
沈黙が強いられている現在の社会で、何が私たちを沈黙させているか、私たちも他人に沈黙を強いているかもしれないということを考えるきっかけになると思います。今までなら言わなかったことも、この映画を見て「言ってもいいのだ」と声を上げる背中を押せたらうれしいです。(江口由美)
 

setouchi-550.jpg『瀬戸内海賊物語』大森研一監督インタビュー

(2014年 日本 1時間56分)
監督:大森研一
出演:柴田杏花、井澤柾樹、葵わかな、大前喬一、内藤剛志、石田えり、小泉孝太郎、中村玉緒

2014年5月24日(土)~香川、愛媛、徳島で先行公開。
5月31日(土)~全国ロードショー

公式サイト⇒ http://setokai.jp/
(C)2014「瀬戸内海賊物語」製作委員会


  

~故郷に捧げる村上水軍の伝説~


  瀬戸内海の美しい海を背景に、少女が島の危機を救うため、1本の笛を手がかりに伝説の海賊・村上水軍の財宝を探す歴史アドベンチャー。小豆島の「エンジェルロード脚本賞」グランプリを受賞した愛媛出身の大森研一監督が自らメガホンを取った。

【物語】
戦国時代、いくつもの水軍が活躍していた中で最強と言われた村上水軍は、織田信長を撃退し、豊臣秀吉にも屈することのない“海のサムライ”たち。彼らを束ねたのが海賊大将軍・村上武吉だった。

  時は現代、武吉の血を引く少女・村上楓(柴田杏花)は代々伝わる醤油屋を営む父(内藤剛志)母・春子(石田えり)と暮らしていた。楓が夢中になっていたのは、村上水軍の埋蔵金探し。仲間たちと少々無茶な冒険も楽しんでいた。

setouchi-3.jpg  その頃、大人たちの間では島と本土を結ぶフェリーが廃止されるという大問題が持ち上がる。「村上水軍の財宝を見つければフェリーを直せる」。そう考えた楓たちは蔵の奥から古びた笛を発見する。その笛は英雄・武吉が12歳の息子の船出に与えた「初陣の笛」。そこには埋蔵金のありかを示す手がかりが隠されていた。祖母(中村玉緒)に励まされた楓は“水軍レース”のエース愛子(葵わかな)に教わり船操縦の猛特訓を受ける。財宝の場所は激しい潮流を超えたところだった…。


   
  大森研一監督インタビュー(2014年5月20日)

 
 小豆島の瀬戸内国際こども映画祭エンジェルロード脚本賞」のグランプリに選ばれた(11年)『瀬戸内海賊物語』の映画が完成、24日からご当地・香川、愛媛、徳島3県で先行公開後、31日から全国公開される。これが長編第3作になる大森研一監督(38)に全編故郷・愛媛で撮影した映画への思いを聞いた。

setouchi-d-2.jpg―― 愛媛出身の監督には思い入れも大きかった?
「ええ、この話はもう20年近く前から構想していた。「エンジェルロード脚本賞」は瀬戸内海や子供たちが主役などの決まりがあったが、ばく然と考えていた村上水軍の話、ハリウッド映画『グーニーズ』(85年)を参考にした“宝探し”の話が出来ていて、それをそのまま脚本にした。選ばれた脚本はほとんど変えず映画にした」。

―― 導入部に登場する村上水軍は今年「村上海賊の娘」(著者・和田竜)が本屋大賞になり、大河ドラマ「軍師官兵衛」にも登場して今話題の的に。
「村上水軍については小中学校のころから本などは読んでいた。歴史的な資料はあまり残っていない。映画には冒頭部分に出てくるだけですが、瀬戸内の広大な海、特有の潮流など、瀬戸内海独特の風景がふんだん。そこを見ていただければ。瀬戸内海国立公園80周年記念映画でもありますから」。

―― ロケハンにはかなり時間を割いた?
「シナ(リオ)ハンも含めて半年かけました。その間、実家に泊まって腰を落ち着けてロケ場所を探した。CGの場面を除いたら、ロケ撮影で瀬戸内を思う存分撮れた」。

―― 最近有名になった村上水軍だが、全国的にはあまり知らていない。地元では、高知県の坂本龍馬のような位置にあるのか?
「相当以前に映画になったと聞いたが、龍馬ほどは…。だけど今治には村上水軍博物館もあり、最近はお客さんが増えている。しまなみ街道の島のいくつか、海の上でも撮影しましたが、舟に乗って見学に寄ってくる人は皆さん、村上さんばかり。ここには村上水軍がまだ生きている、と痛感した」。

―― 監督が見てほしいところは?
「瀬戸内海の複雑な潮流ですね。映画でも少年たちが苦労して渡るヤマ場です。今は潮流を体験出来る観光コースも人気になっている。子供たちが大きな問題と受け止めるフェリーの廃止についても、実際に起こっていることですからね。歴史と現実が一体になったドラマです」。

―― アメリカではプレミア上映されたとか。
「昨年12月にハリウッドで行われたLA Eiga Festで上映して『グーニーズ』のスタッフも駆けつけてくれて喜んでもらった。この映画をヒットさせて、続編を作りたい、と今から構想してます」。

setouchi-2.jpg―― 主役の柴田杏花がいきいきしている。抜てきの決め手は?
「オーディションして、演技テストしましたが、彼女はなんといっても目力(ちから)ですね。地味に見えるが、軸がぶれない、と強く感じた。ふだんは元気で活発だけど、清楚で大人しい。オーディションの時は他の審査員から反対されて、プレッシャーを感じたが、押し通して正解だった。結果見てくれ、です」。

―― 監督は大阪芸術大学出身だが、最初は映画志望じゃなかった。
「ええ、建築学科だった。絵を描くのが好きだったので、図面を描く建築を選んだ。同期に熊切(和嘉)監督がいて、隣で撮影していたのが映画との出会いです。映画は高校時代から好きだったんですが。2年で転部出来るのを知らず、気づいた時は3年になってました。卒業後は建築関係の業界紙に入って、記者をやりました」。

―― 映画監督になるまで遠回りした感がある?
「建築から映画の道だとそう見えるかもしれないけど、今は全部無駄になっていないと思う。この映画でも、美術デザインやれてよかったし、自分で脚本書くのにライター経験が生きる」。

―― 最後に目標にしたい好きな映画を。
「うーん、『グーニーズ』ばかり言って来たけど、1本選ぶのは無理なんで3本。『ダーティ・ダンシング』、『バクダッドカフェ』、日本映画だと『ルパン三世 カリオストロの城』ですね」。

  【聞き手・安永五郎】

 

monsterz-b-550.jpg藤原竜也に操られたい!『MONSTERZ モンスターズ』舞台挨拶レポート

(2014年5月13日(火)18:30~梅田ブルク7にて)
ゲスト:藤原竜也(32歳)、中田秀夫監督(52歳)

(2014年 日本 1時間52分)
監督:中田秀夫
出演:藤原竜也、山田孝之、石原さとみ、田口トモロヲ、落合モトキ、太賀、三浦誠己、藤井美菜、松重豊、木村多江

2014年5月30日(金)~丸の内ピカデリー、大阪ステーションシティシネマ、梅田ブルク7、なんばパ-クスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹 ほか全国ロードショー

公式サイト⇒ http://wwws.warnerbros.co.jp/monsterz-movie/index.html
(C)2014「MONSTERZ」FILM PARTNERS

 



 ~藤原竜也×山田孝之、ふたりのモンスター俳優が仕掛けるガチ勝負の恐怖~
 

 2年前公開の韓国映画『超能力者』は、目で人を操るという超能力を持つが故に孤独に生きる男が主役の怖くてせつない映画だった。カン・ドンウォン演じる超能力者が初めて操れない男コ・スと出逢い、運命の歯車が大きく狂い出すという衝撃的なサスペンスホラー。それを『リング』でハリウッドデビューを飾った中田秀夫監督が、「彼をおいて他にいない!」と言わしめた藤原竜也をモンスターにしてこの世に送り出す。

monsterz-550.jpg さらに、唯一操れない男を、これまた若手演技派のひとり山田孝之が演じる。同世代ながら初共演となった藤原竜也(32)と山田孝之(30)がダブル主演。どちらがモンスターを演じてもおかしくないキャラクターだ。このふたりの対決とあっては、何かが起こるに違いない!実際、実の親からも恐れられ、超能力を使う度に手足が壊死してしまう超能力者の哀れさと、何があってもすぐに回復する不死身という超能力を持つ操れない男もまたモンスターといえる。アクションだけではない、悲しい運命を背負ったモンスターの内面を、ふたりの若き演技派俳優の目ヂカラの演技に注目してご覧頂きたい。

 いよいよ5月31日より全国公開される映画『MONSTERZモンスターズ』。公開を前に、主演の藤原竜也と中田秀夫監督の舞台挨拶が、大阪は梅田ブルク7で開催された。
 


 【舞台挨拶詳細】 (敬称略)

monsterz-b-f1.jpg――― 最初のご挨拶を。
藤原:大阪の皆さん、こんにちは。1年位前に一月半かけて一所懸命に撮影しました。面白いエンターテインメント作品になったと思います。
中田監督: (ここで、客席に向かって)男性の方は手を挙げて? 女子率高いな~。竜也君が来るのが分かっていた人? 少ないな~、はい以上です。(笑)
――― 何なんですか、それ?
中田監督:自分だけのアンケートです。

――― この映画のどこに一番の魅力を感じましたか?
藤原:韓国映画の『超能力者』がベースになっているのですが、その映画を見てから脚本を読んで、中田監督の得意分野の映画に呼んで頂けて嬉しく思いました。目で人を操るという設定なんですが、視界に入った人なのか、ピンポイントで見た人なのか、僕もそのルールがイマイチよく分かりませんでした。でも、それは気にせずに見て頂けたらと思います。

monsterz-b-n1.jpg――― その辺りも含めて、藤原竜也さんを起用した理由は?
中田監督:竜也君とは『インシデルミ 7日間のデスゲーム』でも一緒に仕事したのですが、プロデューサーと竜也君主演のサスペンス・スリラーを作りたいという話が出ました。そこで、韓国映画『超能力者』が挙がり、世界を敵に回しても孤独の中で闘えるダークでクールなカッコイイ役は、藤原君をおいて他にいないだろうと思いました。
(ここでまた、客席に向かって) 藤原君に操られてみたいと思う方?(笑)
藤原:どうしたんですか?
中田監督:映画はダークな面もありますが、面白がって見て頂ければいいかなと(笑)。

――― 人を操っている時の藤原さんの目にとても魅了されたのですが、何か工夫は?
中田監督:山田君が演じた操れない男と出会ったことで、初めて生きていると実感します。彼とのバトルを通して、生きる証しを感じていきます。何千人ものエキストラが山田君一人に襲い掛かって行くのですが、それに似合った眼力が必要でした。お芝居プラス、それまでの人生が反映されているエフェクトが必要だったのです。

monsterz-b-f2.jpg―――人を操る目の演技について?
藤原:目だけをいっぱい撮ってもらいました。「もういいんじゃないですか?」というぐらい沢山。
――― 目だけ撮られる感じは?
藤原:その時は分からなかったのですが、作品を見て、うまく編集されているなと納得しました。

 

――― 今日は、ここ大阪ということで、大阪についてお聞きしたと思います。
藤原:年に2回位お芝居で来ています。大好きですね~住みたいくらいです。僕は西武ライオンズのファンですが、阪神タイガースも大好きですし、人は温かいし、大阪の空気が好きですね。
――― 先月、大阪城ホールでのワールドプレミアムボクシング、長谷川穂積選手の試合を観戦しに来られていたらしいですね?
藤原:はい、長谷川穂積さんが大好きで、彼の大事な試合でしたから「これは見届けなくてはいけない」と勝手に思い込んで観に行きました。
――― ええ?バレないんですか?
藤原:バレてたんでしょうね~(笑)
――― 声を掛けられたりしないんですか?
藤原:皆さん試合に集中されてましたので、それはないです。
monsterz-2.jpg――― 本作では格闘家の川尻達也さんを操っていましたが?
藤原:僕は操るだけなので、2時間位で撮り終わりましたが、後は山田君らのアクションシーンに10時間位かかったんです。「すみません!お先に失礼します」と毎日謝りながら帰っていました(笑)。
――― 川尻さんと闘ってみたかったのでは?
藤原:いや~、操るだけで十分です。

 


monsterz-b-3.jpg――― ご存じの方も多いと思いますが、来る5月15日は藤原竜也さんのお誕生日なんです!そこで、中田監督からスペシャルプレゼントが用意されています。どうぞ!
(黄金のミニビリケンさん登場! 中田監督から藤原竜也へ手渡された。)

――― ビリケンさんの足の裏をなでると願いが叶うということですので、映画のヒットを祈願して触り放題でございます。家のどの辺りに飾りますか?
藤原:寝室です。(笑)

――― 最後のご挨拶を。
藤原:誕生日を皆さんに祝って頂いて、心から感謝しております。『MONSTERZモンスターズ』は中田監督のもと、皆で頑張って撮った作品です。いよいよ5月31日から公開されますが、ひとりでも多くの方に見て頂けたらなと思っております。本当に今日はありがとうございました。
中田監督:この映画の見せ場は、アクションに次ぐアクションですが、「生きていくことは闘いの連続である」がテーマということだと思います。山田君が群衆と闘うシーンも去ることながら、藤原君と山田君が直接ボディコンタクトをしながら闘うシーンは、この物語の大きなポイントとなりますので、その辺りを注意してご覧になるとお楽しみ頂けるのではないかなと思います。



 monsterz-b-f3.jpg 中田監督に、「藤原君に操られてみたい方?」と聞かれ、思わず手を挙げそうになった筆者。舞台や映画にと大活躍の藤原竜也の成長ぶりは、今年公開の4本の出演映画からもお分かり頂けるだろうが、自信と共に貫禄が付いてきたように感じる。どの作品にも言えることは、声が違う!以前に比べ、太く大きくなっている。さらに、物語のテーマを象徴したキャラクターを全身で生きているから、存在感が違う! 明らかに他の若手俳優と違うところだろう。7月から始まる連続TVドラマ『ST警視庁科学捜査班』で13年ぶりに主演を務めるという。まだ32歳。40歳過ぎてからの藤原竜也を見るのが、今から楽しみでならない。

(河田 真喜子)

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『祖谷物語 -おくのひと-』蔦哲一朗監督インタビュー
(2013年 日本 2時間49分)
監督:蔦哲一朗
出演:武田梨奈、大西信満、田中泯他
2014年5月17日(土)~第七藝術劇場、神戸アートビレッジセンター(日程調整中)
※5/17(土)14:40の回 蔦哲一朗監督、大西信満、武田梨奈 舞台挨拶予定
※第26回東京国際映画祭アジアの未来部門スペシャル・メンション受賞
公式サイト⇒http://iyamonogatari.jp/
(c)2012 ニコニコフィルム All Rights Reserved.
 

~祖谷の四季と人間たちの営みが提示する“自然と人間との共生”~

 
深緑の樹海や紅葉に彩られた山々、そして雪に覆われた渓谷など、人を容易に寄せ付けない神秘に満ちた壮大な自然。日本三大秘境の一つとして知られる徳島県祖谷を舞台にした3時間近くに及ぶ大作は、長さを感じさせない映像力で圧倒する。山奥に住む「おくのひと」たちの自然に根付いた生活や、東京から自給自足の生活に憧れてやってきた青年の葛藤を通して、自然と共に生きるということを時にはリアルに、時にはファンタスティックに描いたヒューマンストーリー。未開の地と呼ばれた祖谷で今何が起きているのか?その問題も赤裸々に映しだし、ドキュメンタリーのような趣も感じられる。徳島県池田市出身の新鋭の蔦哲一朗監督が35ミリフィルム撮影にこだわって紡いだ祖谷の四季が、一番の主役だ。
 

<ストーリー>

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祖谷の山奥で自給自足をし、毎朝山の神様が祀ってある山登りを欠かさないお爺(田中泯)は赤ちゃんのとき両親が事故死した春菜(武田梨奈)と二人きりで暮らしている。ある日東京から自然豊かな土地での生活にあこがれ、ふらりとあらわれた工藤(大西信満)は、公共工事問題やシカなどの害獣駆除問題で揺れる田舎の現実に直面しながらも、偶然出会った春菜やお爺の電気を使わない素朴な自給自足の生活や農作業に感銘を覚える。畑仕事をしようと決意した工藤に村の若者は冷ややかな声をかけるが、季節は秋となり、次第に雪に閉ざされる冬を迎える頃は工藤も飢えに苦しむようになってしまう。春菜も高校卒業後のことを考えようとした矢先、お爺が寝たきりとなり、介護の日々が続くのだったが・・・。

 
自然と人間との関係を改めて考える機会を与えてくれた本作の蔦哲一朗監督に、祖谷を撮ろうと思ったきっかけや、祖谷を撮ることで伝えたかったこと、35ミリフィルムで撮影することへのこだわりについて話を伺った。
 

■祖谷を描くことで、日本人の心の故郷を呼び戻せるのではないか。

 

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――――映画を撮るようになり、故郷祖谷についてどんな想いが沸き起こってきたのですか?

僕は徳島県池田町出身ですが、夏休みなど両親に連れられて山登りや川遊びをした祖谷に愛着がありました。その後、映像を学ぶために東京で生活をすることで、池田町も含めて自分の田舎というものに客観性をもって向き合うことができるようになったのです。大学時代は自主制作でB級ホラー映画などを撮っていたのですが、地元のためにも何かしたいという想いがありました。その中で祖谷の自然は現代的なテーマでもあり、人間と自然との共存という意味も含めて世の中に伝えることがある。祖谷を描くことで、日本人の心の故郷を呼び戻せるのではないかと思ったのです。

 
――――東京で生活することが地元をみつめ直す転機になったのですね。
東京での生活は豊かで便利なのだけれど、電気や原発のことも含めて豊かになればなるほど不幸になっていくことに対する罪悪感があります。それを感覚的に取っ払ってくれるのが祖谷でした。人間が自然と共存する上で、分岐点となるところを祖谷の中に見た気がしています。そこまで戻れば、人間と自然が寄り添う生活が都会でもできたのではないか、と思うんですよね。
 
――――地元のために何かしたいという想いが、本作にどう繋がったのですか?
最初は35ミリで祖谷の四季を撮るということだけでした。撮ると決めてから何を撮ろうかと詰めていきました。もう少し祖谷のことを勉強しようと思い、シナリオハンティングのために祖谷をまわって、地元のおじいちゃん、おばあちゃんの話を聞いては、シナリオに反映させていきました。僕自身、場所から物語を発想させるタイプなので、「ここで撮りたい」という部分も入れていきました。
 
 

■とりあえず今、自分が正しいと感覚的に思うことを続けていくしかない。

 
――――東京からやってきた工藤は祖谷にとってはよそ者ですが、物語で重要な役割を担っています。地元の人がやらないようなことまでやり続けますが、どういうお考えで工藤を描いたのですか?
工藤は僕に近い人物であり、僕の理想だと思います。お爺のような生活にあこがれている自分がいるのですが、実際にできるかと言われればできない。映画の中で工藤に託したところはあります。工藤は一度すべてを諦めてしまうのですが、それは今の僕でもあります。
 

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――――冬場は町まで出てゴミをあさり、飢えをしのぐ工藤の姿は、理想の自給自足生活の現実を突きつけられました。
お爺のような生活に憧れるけれど、やはりできないとわかる。でも理想は別にあって、お爺の生活が今の生活に合っているかといえば、合っていない。それが分かったときの工藤は行き先がないわけです。東京にも戻れないし、祖谷にいることも自分の中では違うのではと思ってしまう。それでも最後には、春菜が東京に行っていた間に畑を耕し続けていました。そこまでの覚悟を持つ姿が、僕の理想のスタイルです。とりあえず今自分が正しいと感覚的に思うことを続けていくしかないという僕の考えが工藤に現れています。これは、僕の映画づくりにも反映されていると思います。
 
――――今まで精神的にもきつい役が多かった大西信満さんを今回工藤役に起用していますが、決め手となったのは何ですか?
今まで大西さんが出演された映画を観て印象的だったことが大きいです。お爺ほどではないものの工藤は台詞が少ない役なので、説得力を持たせようとすると目力が重要になります。大西さんは語らなくても目で表現できる方だなと思っていたので、オファーしました。
 

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――――春菜はかなり身体能力の必要な役ですが、武田梨奈さんの逞しさが引き立ちました。
武田さんは、最初はアクションからの脱却を狙っていらっしゃったと思うので、ドラマでちゃんとした演技ができることに対するモチベーションが高まっていたのではないでしょうか。実際祖谷での撮影に入ったら、その過酷さに、私が求めていたことを分かっていただけたみたいです(笑)。武田さんの良さは、祖谷で育った人のような純粋さを持っていることですね。春菜は都会では育ちづらいキャラクターなので、武田さんに演じてもらってよかったと心から思っています。山の中を走り回るのは本当に体力が要るのですが、その要求に対して決して「できない」と言わずにやってくださいました。
 
 

■存在だけでその人の生き方が見えてくる寡黙な田舎のお爺ちゃんは、自分の理想の表れ。

 
iya-550.jpg――――田中泯さん演じるお爺は、一言もしゃべらなかったですね。
無理にお爺をしゃべらせない設定にしたのではなく、台詞が自然にでてくるならそれでもいいと考えていました。でも結局シナリオができた段階では台詞はなかったです。存在だけでその人の生き方が見えてくる寡黙な田舎のお爺ちゃん的姿であってほしかったのです。もともと僕の中に台詞を書く、しゃべることに対するコンプレックスがあるのかもしれません。言いたくないのに言ってしまうような自分に対するコンプレックスもありますし、映画の中で台詞を言わなくてもいいと常々思っているので、お爺も自分の理想の形の表れになっています。
 
――――お爺の役作りについて、田中さんとはどんな話をされましたか?
最初田中さんにシナリオを送ったときは、「台詞ゼロなのが気に入った」と言ってもらいました。祖谷という場所自体に興味をお持ちだったようで、映画についても興味を持っていただき、詳細について田中さんから質問をいただく度に、僕がファックスで返答するというやりとりを何度か繰り返しました。僕の中ではお爺は田中さんに近い存在で、田中さんもお爺のことを分かってくださっていました。
 
――――お爺は、生き神のようなオーラを放っていましたね。
秋編で山の声が聞こえたお爺が、山の方を振り向くシーンがあります。撮影を始めたときに一気に木の葉が飛んできて、田中さんに向かって木の葉が舞う、まさに奇跡的なカットが撮れました。田中さんと祖谷という土地がまさに共鳴していました。田中さんご自身が場踊りという各土地に捧げる踊りを舞っている方なので、祖谷と共鳴したのだろうなと僕は捉えています。
 
 

■自分たちの東京での生活ぶりに対する罪悪感が核にある映画。

 
――――東京のエピソードを入れた狙いは?
最初は春菜がバスから降りていき終わる形にしていたのですが、作っていくうちに物足りなさを感じました。今の自分たちの生活ぶりに対する罪悪感が核にある映画なので、ストレートに今の東京での生活ぶりを映像として観てもらおうと思いました。悪い事をしているわけではないけれど、自分たちの生活が違和感を生み出しているところを描きたかったのです。延々と祖谷の生活を見た中で、自分たちの今の東京での生活を見た時に、そこで違和感を感じてもらえればと思いました。
 
――――トンネル工事への反対デモシーンがありましたが、実話によるものですか?
以前、祖谷に移り住んできた外国の方がいらっしゃり、お話をお聞きすると、茅葺き屋根の家があり、道路も舗装されていなくて、川も自然のままだったのが、この30~40年の間に祖谷が文明化、観光化して、どんどん変わっていった様を嘆いていました。その感情をデモといったアクションで表現しています。地元の人たちは自分たちの生活のために公共事業に従事しなければいけないという現状があるので、祖谷を見てきた中で描きたいと思った一つの要素として問題提起しました。問題提起のもう一つは、鹿を駆除する害獣駆除です。地元の畑を荒らされるので、鹿はいてほしくないのですが、食べもしない鹿をどんどん殺していくのはどうなのかということを考えさせられる、どちらがいいとも悪いともいえない歯がゆい問題です。
 
 

■フィルムで撮ると、映画本来が持つ崇高さや映画の質が格段に違う。

 

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――――今までどのような映画に影響を受けたのですか?
根底はジブリ作品に影響を受けていますが、実写でいえば黒澤明監督や小津安二郎監督、溝口健二監督、今村昌平監督、新藤兼人監督など昔の名作と言われる作品の影響を受けています。本作のキャメラマンの青木さんは海外作品指向が強く、『ラストエンペラー』や『地獄の黙示録』のキャメラマン、ヴィットリオ・ストラーロの絵に影響を受けています。フィルムのシネスコの大画面、規模の大きい絵を意識しています。
 
――――35ミリフィルムへのこだわりはどこからきているのですか?
大学時代に映画を教わった教授がフィルムマニアで、僕たちにフィルムのことを徹底的に教えてくれました。だからずっとフィルムで撮り続けています。当時は技術もなかったので、ホームビデオで撮ったら自主制作の安っぽい絵になってしまうところを、フィルムで撮ると映画になるという感動をそこで味わえました。フィルムの力を信じてきたというか、卒業する頃にはフィルムでなければ無理だという体になっていました。自分たちが憧れてきた映画がフィルムだったので、自分たちが目指す映画は、今まで憧れてきた映画に近づけたい。フィルムで撮ると、映画本来が持つ崇高さや映画の質が格段に違うところに共感しているのだと思います。
(江口由美)
 

『イヌミチ』万田邦敏監督インタビュー

inumichi-di-1.jpg(2013年 日本 1時間12分)
監督・編集:万田邦敏
脚本:伊藤理絵
出演:永山由里恵、矢野昌幸、小田篤ほか
映画美学校2012年度高等科コラボレーション作品

2014年 5/3(土)〜5/16(金)第七藝術劇場、5/16(土)〜5/30(金)立誠シネマプロジェクト(京都)、6/6(金)〜6/10(火)神戸映画資料館      

公式サイト⇒ http://inu-michi.com/
©2013 THE FILM SCHOOL OF TOKYO

 


 
~“犬”と“飼い主”の関係を経て…~


 人は生きていくことの重みから逃れることはできない。仕事にも恋にも倦み疲れた30歳間近のOLの響子は、見知らぬ男、西森の家にころがりこみ、四つん這いになって「イヌ」の真似を始める。飼い主と犬という関係を通じて女はどう変わり、二人はどこへ向かうのか…。

 独特の映像世界で私たちを魅了し、映画を観ることのおもしろさと深さを教えてくれた万田邦敏監督。『UNLOVED』(02)では三角関係に揺れる女、『接吻』(08)では殺人犯に恋した女と、さまざまな男女のありようを映画にしてみせてきた監督が、5年ぶりに映画美学校の学生たちとともに撮ったのは、一風変わった男女の姿。この風変わりなお話が、映画としてどう立ち上がり、作品となっていったのか、PRのために来阪された万田監督に率直にうかがった。
 


 【STORY】 (公式サイトより) 
inumichi-1.jpg 仕事や恋人との生活において選択する事に疲れている編集者の響子はある日、クレーマーや上司に簡単に土下座をする男・西森と出会う。プライドもやる気もない西森の、無欲な「イヌ」の目に興味を持つ響子。
出来心から訪れた西森の家で、二人はおかしな「イヌ」と「飼い主」という遊びを始める。
「イヌ」としての盲目的な生活に浸る響子と、その姿に安らぎ「飼い主」になる西森。
ほの暗い家の中で、決して交わることのない身勝手な愛を垂れ流す二人の遊びはどこへ向かうのだろうか。



■キャスティングについて~何を考えてるのかわからない怖さ~

inumichi-4.jpg―――西森を演じる矢野昌幸さんはユニークな感じですが、どんなところから役が決まったのですか?
万田邦俊(以下万田) 今回は、映画美学校高等科の1期の学生をキャスティングすることになっていました。ほぼ全員出てもらったんですけれども、11人か12人くらいを全員オーディションして、スタッフになる学生と一緒に役の割振りを決めました。矢野君には、脚本を呼んだだけだとイメージできないような面構えと、何考えてるのかわからないような怖さみたいなのがあって、おもしろいな、この子に西森をやらせると『イヌミチ』というタイトルから普通に連想するようなイメージとは違う西森像になるのかなと思って、キャスティングしました。

―――横顔とか特徴的で、怖い時と普段とすごく落差がありますね?
万田 そうなんですよ、怖いんですよ、あの人は(笑)。本人は全然怖い人じゃなくて、コメディアン、芸人志望で芝居を始めたみたいなんですけど、そこはおもしろいなと思ったんです。もともと彼は眼鏡をかけていて、ただ伊達眼鏡だと思うんですけど、そのまま眼鏡ありでいきましたね。

―――響子を食事に誘うカメラマンの高梨はいかにもイケメンという顔ですが、どんな感じでしたか?
万田 彼については、もらった脚本そのままなんですけど、やはり学生が演じました。演じた学生がもともと持っているキャラクターがちょっと微妙に変な感じの子で、それがおもしろかったですね。役のキャラが随分たちました。彼自身が持っているもののおかげで。


■犬を演じること~自主練で膝小僧が痣だらけに…~

inumichi-2.jpg―――響子を演じた永山由里恵さんですが、脚本を読んで自分が犬を演じるって、結構、抵抗があると思うんですが、そのあたりはどうだったんですか?
万田 大変だったと思います。僕も最初に脚本を読んだ時に、犬になるってことですから、「ええ、これってどうやって撮るの?」って思いましたよ。「犬になる、四つん這いになるって、絵になるのか。画面になるのか。難しいな」というふうには思いましたね。

―――永山さんが犬として座っているのがちゃんと絵になっていましたが、かなり練習とかされたんですか?
万田 練習してくれました。僕が知らないところで。彼女だけでなく、矢野君と二人が自主練をしてて、それで、彼女は、撮影に入る前には、膝小僧がもう痣だらけになってたみたいですね。僕、知らなかったんです。彼女も学生だったので、素人というか。プロだったら、サポーターをつけますから、そんなこと絶対ないんです。現場に入ってからは、サポーターさせましたけれども、二人で勝手に自主練している時には、そんなことも思いつかず、タオルかなんかはそれでもまいてたって、言ってたかな。でも、ずれてきちゃいますからね。それで、撮影に入ってから、ある日ふっと控室に行って、ちょうど膝小僧が出てた時で痣だらけになっていて、僕も驚いて「ええっ、なんで?」って言ったら「自主練やってて」と、「ああ、そうだったんだ」って言って。すごく頑張ってくれましたね。二人でいろいろやってくれたようです。

―――今回、美学校の学生さんたちが演じたということで、プロの役者と違っての苦労はありましたか?
万田 それは特になかったですね。主演の二人に関しては、撮影に入る前にリハーサルみたいなことをやったんですが、その時はあんまりうまくなかったんですよね。で、これは大変だな、どうしようかな、と思ったんですけど、その後、リハーサルを何回かやったり、現場も始まってきて、ものすごくよくなってきて、だから、それで苦労したっていうこともほとんどなかったです。
リハーサルは何回かやりました。撮影前に、確か2日くらい、シーンを決めて。家屋に行ってやったシーンもあれば、映画美学校の広いスペースで、見立ててやったのもありました。矢野君と永山さんも自主練を始めていたみたいなので、初めよりは、随分身体が、動きが慣れてきたというか、役者の動き、役者の身体になってきたんだなというふうに思いました。


■脚本づくり~モノローグを削る~

―――この脚本は映画美学校の先生方の評価が高かったんですよね?監督も脚本を選ぶところに参加されたのですか?
万田 脚本コースの3人の講師で選んだもので、僕は選ぶところには参加していません。「これでやってください」と言われたかたちで、決められたものをどうやっておもしろくするのか、ということでした。 

―――脚本は最初の形からだいぶ変わったのですか?
万田 直しはしました。最初、モノローグがものすごく多い脚本だったんです。主人公の女性と、途中から男の西森のモノローグも入ってくるんですけど、「ちょっとモノローグが多いから、これは削っていこうね」というところから直しの打合わせをやっていって、でも、話の構成そのものは、そんなに大きくは変わってないです。仮にモノローグを全部はずしてみて、どうしても残さないと気持ちが伝わらないところとか、これは残した方がむしろいいというところだけは、残して、それ以外は全部落としていきました。

―――響子だけでなく、西森のモノローグが入ってくるところがおもしろいと思いました。
万田 そうなんです、そこがおもしろい。「おまえは犬」と言うところだけが西森のモノローグが残っているんですけれども、あれはもっといっぱいモノローグがあったんです。ちょっと心理を説明しすぎているとか、モノローグが入ってくることでその映画のテイストが決まっちゃうみたいなところがあったので、それは避けたいと思って、なるべくモノローグなしで、少なくしていく方向で書き直してもらいました。

inumichi-3.jpg―――飼い主になるのが、初めて出会った見知らぬ人という設定がおもしろいです。心理はよくわからなくても、観ているうちに引き込まれてしまいました。
万田 そういうふうに観てもらえれば、それは嬉しいですよね。僕は、そこがなかなかちょっと自分でも、どうおもしろがっていいのか、実はよくわかってなかったんです。彼女が見知らぬ男の前で犬になるって、結構ハードル高いじゃないですか。そこをどうやって見せるんだろう。どういうふうに持って行くんだろう。映画を観ている人が、そこでひいちゃうと、そこから先、映画についてこなくなっちゃうので、そこをどうやってみせればいいんだろう、というのは、結構難しかったんですよ。でも、脚本を書いている伊藤理絵さんは、そのことにあまり難しさを感じてなくて、それは犬になっちゃいますよ、みたいな(笑)ことだったと思うんですよね。そこが、僕がちょっとわからなかったところで、難しかったんです。ただ、観てくださって、そういうふうにそこがおもしろかったというふうに言ってもらえれば、それはこの映画のもともと持っていたおもしろさということなのかな、と思いますね。


■ロケーション~日本家屋の部屋と廊下をどう撮るか~

―――西森の住んでいる古い家はどうやって見つけられたのですか?
万田 あそこはロケハンです。学生が見つけてきたところで、すごくいい場所でしたね。とても不思議な日本家屋で、特に洋間(応接間)、犬がいつも寝ているあの部屋が、おもしろい部屋で、それから、全くそことは違うニュアンスの居間、西森が布団で寝ている畳の部屋ですね。板張りのキッチンもあって、そこを廊下がつないでいるというすごくおもしろい空間で、演出のしがいがありました。

―――公園のシーンもいい感じですよね。
万田 もともとの台本では、携帯ショップのバックヤードみたいな場所だったんですが、いい場所がなくて、「代わりに近くに公園がありますよ」、「じゃ、そこを使おうか」と言って、公園にしましたね。公園にして、より良くなったんじゃないかと思いますけどね。

―――公園に西森を呼びに来た男性店員も、意味なく滑り台を滑ったりしますよね。
万田 あれもその場で思いつきました(笑)。ロケハンした時かな。公園だし、滑り台もあるし、じゃあ使おうかなということですね。

―――いわゆる動線は現場で考えられるのですか?
万田 現場で、その場で、どういうふうにしていこうか、考えましたね。

―――うまくいったシーンとか、監督が気に入っておられるシーンがあれば、教えてください。
万田 記憶にあるかどうかわかりませんが、最初に犬になった日に、西森がこちらで着替えをしてて、彼女が応接間からトコトコ出てきて、西森を噛む。西森が「なんだよ」と言って、そのあと、台所に行きますよね。それを彼女がトコトコ、トコトコって、四つん這いになりながら追っかけるところの廊下のカットが好きですね。あそこがいいなと思ってます。なんか知らないけど。後ろから撮ってるんですけどね、トコトコ、トコトコって、四つん這いになってる感じがすごくいい。後姿が好きですね。

―――逆に、ここは苦労したというシーンはありますか?
万田 シーンで苦労したというのは、そんなにはないんですけれども、なんせやっぱり撮影時間が短かったんでね。そこが一番苦労といえば苦労ですね。結果的に撮れなかったシーンも幾つかあって、とばして、落とすっていうんですが、落とすしかなかったというのが出ちゃったんです。そういう意味では、撮影日数が6日と極端に短くて、大変といえば大変でしたね。特にスタッフをやってた学生にとっては、かなりハードな現場になってたはずですから、大変でしたね。僕はもう、大変というよりは、現場の雰囲気はものすごくよかったので、今回現場はおもしろく楽しくできましたね。


■演出~立っている人と四つん這いの人との位置関係~

―――高さの映画という感じがします。しゃがんだり、立ったり…。犬と人間は高さが違うので、画面に足だけ映ったり、人間がしゃがんで同じ高さになったりとか、おもしろいと思いました。
万田 ええ、いいですよね。あそこは僕もおもしろいなと思いました。四つん這いを撮るってすごく難しいなと思いましたけれども、一方で、立っている人との位置関係ができるので、それはおもしろいなと思って演出もしたし、撮りましたね。

 ―――響子の動きとして、立ち上がったら人間という感じですか?
万田 そういうルールになりましたね。四つん這いの時は犬ごっこしてる、立ったら人間に戻ってるということにしました。

―――西森の恋人が家にやって来て、犬の響子が彼女にかみついて、珈琲をかけられ、台所て一人ぼうっとしている顔がすごくいいなと思いました。
万田 あそこは物語上も、一つのピークというか、見せ場ですから、そういうつもりで撮りました。二人(響子と西森)の距離が近づきましたね。

―――恋人が帰っていく音が画面オフで聞こえて、誰もいない廊下が映った後、西森が現れるというシーンの展開とかは、撮影の時点で、イメージがあったのですか?
万田 芝居をつくった時には、まだ画面のことは何も考えてなかったんですけれども、芝居を見ながら、これは、誰もいない廊下で、オフで音がしてるというふうに画面をつくっていった方がいいんだなと思って撮影していきましたけどね。最終的には、編集の時に細かいところはつめていきました。

―――アドリブのセリフとかはあるんですか?
万田 僕は全然ないですね。『ありがとう』(06年)で、芸人さんたちにアドリブでやってもらったりもしましたが、基本的に僕はアドリブは撮らないですね。


■犬と飼い主の関係~いじわるをしてみせる~

―――西森が、犬の響子に与えるご飯を、あえて牛乳と混ぜてまずくするところが印象に残りました。
万田 西森が急に残酷になるんですね。いじめるみたいなことをやりだすというか。あれも彼女を犬にさせる試練というか、そこを超えていくところを見せないと、彼女がどこから犬になって、どこまでが人間で、というのがきっとわかりにくかったと思うんですよね。だから、あれを犬食いすることで、彼女がひとつ、犬になった、という設定になっていますよね。犬になって、これを四つん這いのまま食べること。それを見て、西森も、犬になったんだなって言って、喜ぶという。

―――飼い主と犬との、守る、守られるという関係でしょうか?
万田 どうなんでしょうか。僕は大昔にしか犬を飼ったことがないんですが、飼い主って優位に立っていますから、ちょっと、いじわるしたくなりますよね。そういうことなんじゃないですかね。小さい子どもでも、わけもなく、わざといじわるするってことがありますけど、なんかそういう気持ちなんでしょうね。ちょっといじわるしてみせる。それに逆らわずに、自分の与えたいじわるを、試練を乗り越えて、こっちに来たので喜ぶという関係があるんじゃないでしょうか。

―――響子がゴミ箱を振り回してふざけたり、二人の距離が段々近づいていって、なんだか愛みたいなものを感じました。
万田 うーん、愛とかあんまり思ってなかったですかね。

―――絆みたいな感じですか?
2014_0503万田3人_r1_c1.jpg万田 絆……、そうですよねえ、やっぱりセックスがないですよね。それだけで男女の関係は、不思議な関係で、片方犬で、片方飼い主で、それでセックスがないっていう。セックスしたいという思いも一切ない。そこは全く描かないということ自体、かなり異様といえば異様だし、変なところなので…。その上で、さらに愛とかいうと、難しいですよね。ほとんどプラトニックなものになってくると、それともまたちょっと違う。はたして、お互い、愛とか、好き合っていたのかどうかも、ちょっとわかりづらいところはありますよね。お互い都合のいい相手を見つけて、ごっこ遊びをしてました、というふうにも思うので。
むしろ、愛情を感じたのは、きっと別れてからですよね。家を出てから、なぜか彼女はもう一度、携帯ショップに戻ってくるわけですよね。なんとなく家を出たけれども、ふらふらと、もう一回、西森のところに来て、そのあと、公園のシーンがあって…。多分、愛情を感じたのは、ごっこが終わってから、ということでしょうか、きっと。


■物語の結末

―――響子が流産するのは、何もかも失わせるという感じなんでしょうか?
万田 何があったわけでもなく、急に流産するんですが、普通そう思うんですよね。僕もそう思ったんです。でも、脚本家に聞いたら、失うってことよりも、つまり、それまで、選んで決めて選んで決めてやってきたことが、自分が全く選べない、選択権のないことが自分の身体に起こったということが、彼女にとっては、何か一つの転機、ショックになった、と脚本家は最初言ってましたね。その感じは、ちょっとわかりづらかった。それにしては流産という出来事が大きすぎる感じがしたんです。でも、「妊娠の初期に、流産って、起こる時は結構起きますから、普通に」って言うんで、「うーん、そんなものかなあ」って。流産しちゃうって、女の人にとって、普通、そう簡単に起きますからじゃ、済まないんじゃないかと思いもしたし、言ったんですけど、それが、犬になることも平気で犬になるという感覚と同じなのかな、流産も別にそんなに重たいことではないという世界をつくりたいというふうに脚本家は思ってたのかな、ということですね。すごく微妙なところだと思いますけど。

 ―――響子は同棲していた恋人ともあっさり別れてしまいます。そんなに仲悪そうにはみえなかったんですが
万田 結局、彼にも全く連絡もせず、4日間全く別の場所にいて、心配かけて戻ってきて、彼としては怒るし、何考えてんの、しかも流産したっていう話を聞かされて、いよいよわけがわかんなくなって、別れるしかないよねという。初稿は、彼女の方から「別れよう」と言ってたんですよ。直しの段階で、一回、彼の方から言う形に戻して、もう一回、彼女に戻ったかな、どっちが言うかってのが、なかなか決着がつかなかったんです。最終的に、彼の方から言うということに落ち着いたんですけど。何校か試行錯誤しました。

―――最後、僕も犬になりたいと西森が言うのも、脚本の最初からですか?
万田 それも最初からなんで、そこが不思議な脚本でしたね(笑)。変な展開でしたね。

―――彼も犬になりたいということで、関係をやめるというか?
万田 彼も、人間をやめて犬になって楽したいから、「じゃ、今度、ごっこの順番逆ね」と言って、響子に「僕が犬だから、飼い主やって」ということだと思うんですよ。それを響子が嫌がったという。「犬は私なんだから、あんた飼い主続けてよ」ということでしょうね。その発想もおもしろいですね。

―――西森が一人で床の上にぼうっと座って、犬みたいにボールで遊んでいると、響子が首輪やボールを全部捨ててしまいます。西森にも、犬であることをやめなさい、ということですね?
万田 この関係はもう終わったから、これはありえない関係だったんだから、お互い、別々に、もう犬になるのはやめようねってことですよね。


■映画の初めと終わり~日活映画のテイスト~

―――映画の最初、電車の音から始まって、最後も電車の音で、響子が歩道橋を上がって登場し、最後も同じ場所ですよね。歩いてくる感じとか音楽は、昔の日活映画のイメージですか?
万田 日活のロマンポルノの感じとかね?(笑)はい、そうですよね。それはねらって、というか、はい、そういうふうにねらって撮りました。

―――映画のトーンでしょうか?
万田 はい、テイストを決めているんですけど、あれは。多分それは、脚本の伊藤さんが望んでいたことではないと思います。あれは、僕が勝手にそうしたいと思って、そういうふうにしたところです。

―――響子が犬になった時のしょんぼり座りこんだ姿があるから、最後、人間として立って歩いている姿が颯爽として、最初の登場シーンとは違って見えると思いました。
万田 そうですね、きっとそれは、ねらって撮ってたと思いますね。四つん這いになることと、もう一回立って歩くことと、その対比みたいなものを、映画の中で見せるっていうのは考えてたんでしょうね、きっと。

―――会社で、カメラマンの高梨と響子がすれちがうところも階段でしたね。
万田 まあ、そのへんはね(笑)。階段を見つけたら撮りたいと思う人間ですからね、僕は。なるべく階段のあるところで撮りたいって思ってるんで…そうでした。


■ごっこ遊びのおもしろさ

inumichi-bu-2.jpg―――映画を観た方の反応はどうですか?
万田 二つに分かれてるんですかね。おもしろいっていうのと、ある種リアリズムがなさすぎる、っていう。こんな女の人いないよねとか、こんな簡単に楽しちゃいけないよねとか、やりたいことだけやって、ただ、西森の家で骨休みして帰ってきて、男とも別れて、しがらみ全部なくして、それは都合よすぎないとかね(笑)。そういう反応もありますよね。一方で、やっぱり、本来なら乗り越えなきゃいけないハードルみたいなものを、平気で乗り越えていく、女の人の今の生き方みたいな、これはこれでわかる、という人もいますし、結構分かれますね、評価が。

―――観客の皆さんに向けて、どういうところを観てほしいとかありましたら、お願いします。
万田 『イヌミチ』というタイトルで、男が飼い主になって、女が犬になるという映画なんですけれども、そうすると、やはりどうしても男女のセックスみたいなものが普通、介入しますよね。イメージもそういう感じで、ああ、またそんな映画っていうふうに思われがちだと思うんですけど、この映画が本当に不思議なのは、そこにセックスが介在しないという飼い主と犬の関係ですよね。その関係が、一体、どんな話になっていくのか、それでどういう話が展開していくのか、というところに、ぜひ興味を持って観に来てもらいたい、ということですね。
それと、おとぎ話だと思うんですけどね。仕事にも疲れたし、人間関係にも疲れた人が、犬になったら、楽になれる。なら、ちょっと犬をやってみようっていうことですよね。しかもセックスもないから、なお楽だっていうことですよね(笑)。セックスの関係があると面倒くさい、それもなくてもいいんだって、犬になれるんだっていうおとぎ話なんでね。ただ、なったらなったで、それなりに、何か失うもの、最終的には失った、その上で、もう一度、生き直してみようという結末にはなってると思います。おとぎ話のおもしろさみたいなものも観てもらいたいなと思います。


(取材・構成・文責 伊藤 久美子)