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『祖谷物語 -おくのひと-』蔦哲一朗監督インタビュー

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『祖谷物語 -おくのひと-』蔦哲一朗監督インタビュー
(2013年 日本 2時間49分)
監督:蔦哲一朗
出演:武田梨奈、大西信満、田中泯他
2014年5月17日(土)~第七藝術劇場、神戸アートビレッジセンター(日程調整中)
※5/17(土)14:40の回 蔦哲一朗監督、大西信満、武田梨奈 舞台挨拶予定
※第26回東京国際映画祭アジアの未来部門スペシャル・メンション受賞
公式サイト⇒http://iyamonogatari.jp/
(c)2012 ニコニコフィルム All Rights Reserved.
 

~祖谷の四季と人間たちの営みが提示する“自然と人間との共生”~

 
深緑の樹海や紅葉に彩られた山々、そして雪に覆われた渓谷など、人を容易に寄せ付けない神秘に満ちた壮大な自然。日本三大秘境の一つとして知られる徳島県祖谷を舞台にした3時間近くに及ぶ大作は、長さを感じさせない映像力で圧倒する。山奥に住む「おくのひと」たちの自然に根付いた生活や、東京から自給自足の生活に憧れてやってきた青年の葛藤を通して、自然と共に生きるということを時にはリアルに、時にはファンタスティックに描いたヒューマンストーリー。未開の地と呼ばれた祖谷で今何が起きているのか?その問題も赤裸々に映しだし、ドキュメンタリーのような趣も感じられる。徳島県池田市出身の新鋭の蔦哲一朗監督が35ミリフィルム撮影にこだわって紡いだ祖谷の四季が、一番の主役だ。
 

<ストーリー>

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祖谷の山奥で自給自足をし、毎朝山の神様が祀ってある山登りを欠かさないお爺(田中泯)は赤ちゃんのとき両親が事故死した春菜(武田梨奈)と二人きりで暮らしている。ある日東京から自然豊かな土地での生活にあこがれ、ふらりとあらわれた工藤(大西信満)は、公共工事問題やシカなどの害獣駆除問題で揺れる田舎の現実に直面しながらも、偶然出会った春菜やお爺の電気を使わない素朴な自給自足の生活や農作業に感銘を覚える。畑仕事をしようと決意した工藤に村の若者は冷ややかな声をかけるが、季節は秋となり、次第に雪に閉ざされる冬を迎える頃は工藤も飢えに苦しむようになってしまう。春菜も高校卒業後のことを考えようとした矢先、お爺が寝たきりとなり、介護の日々が続くのだったが・・・。

 
自然と人間との関係を改めて考える機会を与えてくれた本作の蔦哲一朗監督に、祖谷を撮ろうと思ったきっかけや、祖谷を撮ることで伝えたかったこと、35ミリフィルムで撮影することへのこだわりについて話を伺った。
 

■祖谷を描くことで、日本人の心の故郷を呼び戻せるのではないか。

 

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――――映画を撮るようになり、故郷祖谷についてどんな想いが沸き起こってきたのですか?

僕は徳島県池田町出身ですが、夏休みなど両親に連れられて山登りや川遊びをした祖谷に愛着がありました。その後、映像を学ぶために東京で生活をすることで、池田町も含めて自分の田舎というものに客観性をもって向き合うことができるようになったのです。大学時代は自主制作でB級ホラー映画などを撮っていたのですが、地元のためにも何かしたいという想いがありました。その中で祖谷の自然は現代的なテーマでもあり、人間と自然との共存という意味も含めて世の中に伝えることがある。祖谷を描くことで、日本人の心の故郷を呼び戻せるのではないかと思ったのです。

 
――――東京で生活することが地元をみつめ直す転機になったのですね。
東京での生活は豊かで便利なのだけれど、電気や原発のことも含めて豊かになればなるほど不幸になっていくことに対する罪悪感があります。それを感覚的に取っ払ってくれるのが祖谷でした。人間が自然と共存する上で、分岐点となるところを祖谷の中に見た気がしています。そこまで戻れば、人間と自然が寄り添う生活が都会でもできたのではないか、と思うんですよね。
 
――――地元のために何かしたいという想いが、本作にどう繋がったのですか?
最初は35ミリで祖谷の四季を撮るということだけでした。撮ると決めてから何を撮ろうかと詰めていきました。もう少し祖谷のことを勉強しようと思い、シナリオハンティングのために祖谷をまわって、地元のおじいちゃん、おばあちゃんの話を聞いては、シナリオに反映させていきました。僕自身、場所から物語を発想させるタイプなので、「ここで撮りたい」という部分も入れていきました。
 
 

■とりあえず今、自分が正しいと感覚的に思うことを続けていくしかない。

 
――――東京からやってきた工藤は祖谷にとってはよそ者ですが、物語で重要な役割を担っています。地元の人がやらないようなことまでやり続けますが、どういうお考えで工藤を描いたのですか?
工藤は僕に近い人物であり、僕の理想だと思います。お爺のような生活にあこがれている自分がいるのですが、実際にできるかと言われればできない。映画の中で工藤に託したところはあります。工藤は一度すべてを諦めてしまうのですが、それは今の僕でもあります。
 

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――――冬場は町まで出てゴミをあさり、飢えをしのぐ工藤の姿は、理想の自給自足生活の現実を突きつけられました。
お爺のような生活に憧れるけれど、やはりできないとわかる。でも理想は別にあって、お爺の生活が今の生活に合っているかといえば、合っていない。それが分かったときの工藤は行き先がないわけです。東京にも戻れないし、祖谷にいることも自分の中では違うのではと思ってしまう。それでも最後には、春菜が東京に行っていた間に畑を耕し続けていました。そこまでの覚悟を持つ姿が、僕の理想のスタイルです。とりあえず今自分が正しいと感覚的に思うことを続けていくしかないという僕の考えが工藤に現れています。これは、僕の映画づくりにも反映されていると思います。
 
――――今まで精神的にもきつい役が多かった大西信満さんを今回工藤役に起用していますが、決め手となったのは何ですか?
今まで大西さんが出演された映画を観て印象的だったことが大きいです。お爺ほどではないものの工藤は台詞が少ない役なので、説得力を持たせようとすると目力が重要になります。大西さんは語らなくても目で表現できる方だなと思っていたので、オファーしました。
 

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――――春菜はかなり身体能力の必要な役ですが、武田梨奈さんの逞しさが引き立ちました。
武田さんは、最初はアクションからの脱却を狙っていらっしゃったと思うので、ドラマでちゃんとした演技ができることに対するモチベーションが高まっていたのではないでしょうか。実際祖谷での撮影に入ったら、その過酷さに、私が求めていたことを分かっていただけたみたいです(笑)。武田さんの良さは、祖谷で育った人のような純粋さを持っていることですね。春菜は都会では育ちづらいキャラクターなので、武田さんに演じてもらってよかったと心から思っています。山の中を走り回るのは本当に体力が要るのですが、その要求に対して決して「できない」と言わずにやってくださいました。
 
 

■存在だけでその人の生き方が見えてくる寡黙な田舎のお爺ちゃんは、自分の理想の表れ。

 
iya-550.jpg――――田中泯さん演じるお爺は、一言もしゃべらなかったですね。
無理にお爺をしゃべらせない設定にしたのではなく、台詞が自然にでてくるならそれでもいいと考えていました。でも結局シナリオができた段階では台詞はなかったです。存在だけでその人の生き方が見えてくる寡黙な田舎のお爺ちゃん的姿であってほしかったのです。もともと僕の中に台詞を書く、しゃべることに対するコンプレックスがあるのかもしれません。言いたくないのに言ってしまうような自分に対するコンプレックスもありますし、映画の中で台詞を言わなくてもいいと常々思っているので、お爺も自分の理想の形の表れになっています。
 
――――お爺の役作りについて、田中さんとはどんな話をされましたか?
最初田中さんにシナリオを送ったときは、「台詞ゼロなのが気に入った」と言ってもらいました。祖谷という場所自体に興味をお持ちだったようで、映画についても興味を持っていただき、詳細について田中さんから質問をいただく度に、僕がファックスで返答するというやりとりを何度か繰り返しました。僕の中ではお爺は田中さんに近い存在で、田中さんもお爺のことを分かってくださっていました。
 
――――お爺は、生き神のようなオーラを放っていましたね。
秋編で山の声が聞こえたお爺が、山の方を振り向くシーンがあります。撮影を始めたときに一気に木の葉が飛んできて、田中さんに向かって木の葉が舞う、まさに奇跡的なカットが撮れました。田中さんと祖谷という土地がまさに共鳴していました。田中さんご自身が場踊りという各土地に捧げる踊りを舞っている方なので、祖谷と共鳴したのだろうなと僕は捉えています。
 
 

■自分たちの東京での生活ぶりに対する罪悪感が核にある映画。

 
――――東京のエピソードを入れた狙いは?
最初は春菜がバスから降りていき終わる形にしていたのですが、作っていくうちに物足りなさを感じました。今の自分たちの生活ぶりに対する罪悪感が核にある映画なので、ストレートに今の東京での生活ぶりを映像として観てもらおうと思いました。悪い事をしているわけではないけれど、自分たちの生活が違和感を生み出しているところを描きたかったのです。延々と祖谷の生活を見た中で、自分たちの今の東京での生活を見た時に、そこで違和感を感じてもらえればと思いました。
 
――――トンネル工事への反対デモシーンがありましたが、実話によるものですか?
以前、祖谷に移り住んできた外国の方がいらっしゃり、お話をお聞きすると、茅葺き屋根の家があり、道路も舗装されていなくて、川も自然のままだったのが、この30~40年の間に祖谷が文明化、観光化して、どんどん変わっていった様を嘆いていました。その感情をデモといったアクションで表現しています。地元の人たちは自分たちの生活のために公共事業に従事しなければいけないという現状があるので、祖谷を見てきた中で描きたいと思った一つの要素として問題提起しました。問題提起のもう一つは、鹿を駆除する害獣駆除です。地元の畑を荒らされるので、鹿はいてほしくないのですが、食べもしない鹿をどんどん殺していくのはどうなのかということを考えさせられる、どちらがいいとも悪いともいえない歯がゆい問題です。
 
 

■フィルムで撮ると、映画本来が持つ崇高さや映画の質が格段に違う。

 

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――――今までどのような映画に影響を受けたのですか?
根底はジブリ作品に影響を受けていますが、実写でいえば黒澤明監督や小津安二郎監督、溝口健二監督、今村昌平監督、新藤兼人監督など昔の名作と言われる作品の影響を受けています。本作のキャメラマンの青木さんは海外作品指向が強く、『ラストエンペラー』や『地獄の黙示録』のキャメラマン、ヴィットリオ・ストラーロの絵に影響を受けています。フィルムのシネスコの大画面、規模の大きい絵を意識しています。
 
――――35ミリフィルムへのこだわりはどこからきているのですか?
大学時代に映画を教わった教授がフィルムマニアで、僕たちにフィルムのことを徹底的に教えてくれました。だからずっとフィルムで撮り続けています。当時は技術もなかったので、ホームビデオで撮ったら自主制作の安っぽい絵になってしまうところを、フィルムで撮ると映画になるという感動をそこで味わえました。フィルムの力を信じてきたというか、卒業する頃にはフィルムでなければ無理だという体になっていました。自分たちが憧れてきた映画がフィルムだったので、自分たちが目指す映画は、今まで憧れてきた映画に近づけたい。フィルムで撮ると、映画本来が持つ崇高さや映画の質が格段に違うところに共感しているのだと思います。
(江口由美)
 

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