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2014年3月アーカイブ

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『白ゆき姫殺人事件』公開初日舞台挨拶

chisuru1.JPG『チスル』オ・ミヨル監督、コ・ヒョッチンプロデューサーインタビュー
(2012年 韓国 1時間48分)
監督:オ・ミヨル
出演:ヤン・ジョンウォン、イ・ギョンジュン他
2014年3月29日(土)~ユーロスペース、シネマート心斎橋、4月19日(土)~シネ・ヌーヴォ、4月12日~京都シネマ、元町映画館他全国順次公開。
公式サイト⇒http://www.u-picc.com/Jiseul/

※2013年サンダンス映画祭ワールドシネマ・グランプリ受賞
 2013年仏ヴュソル国際アジア映画祭 ゴールドサークル賞受賞
 2012年釜山国際映画祭4部門受賞
(C) 2012 Japari Film

「被害者の方が高齢化する中、被害を共有することは今しかできない。」オ・ミヨル監督
「国家権力による住民虐殺という事件が再び起こらないようにという想いを伝えたい。」コ・ヒョッチンプロデューサー

韓国現代史最大のタブーと言われた、南北に分断された朝鮮半島の済州島で起きた「済州島4・3事件」。済州島出身のオ・ミヨル監督が、1948年に3万人を超える島民が犠牲になった事件を独自の視点で描き出した『チスル』は、全編モノクロの映像で、時には滑稽さすら滲ませながら、洞窟にもぐりこみ軍人の攻撃から逃れて、ひたすら耐え続ける島人の姿をリリカルに綴る。

派手な戦争映画とは真逆のアプローチで、事実を露呈するというよりも、鎮魂の意味合いを込めて「済州島4・3事件」を描こうとしたオ・ミヨル監督。韓国の祭事方式に乗っ取り、4つのシークエンスで描かれており、特にラストの遺体や荒らされた家屋の後にハラハラと舞い落ちたお札が燃えて消えていく様子は、神聖さすら漂わせた。あってはならない無差別虐殺の悲劇を独特の表現で提示し、戦争映画を超えた静かな怒りを刻み付けたオ・ミヨル監督とコ・ヒョッチンプロデューサーに、本作制作の意図やその想いについて、話を伺った。


<最初のご挨拶>
オ・ミヨル監督(以下監督):今回『チスル』という映画の宣伝のため来日しました。『チスル』は韓国の済州島で起きた4・3事件を扱った映画で、まだ韓国の中では完全に解決をみていないテーマです。当時難を逃れて済州島から大阪に逃れてこられた方がたくさんおられるので、大阪で上映されるのは意味があることではないでしょうか。 

――――韓国内でもタブーだったということですが、済州島以外の人は4・3事件のことを今までほとんど知られていなかったのでしょうか? 
監督:歴史的な事実として、学校現場で教育を受けた経験がないので、そういう問題について関心を持ち、自分で探さない限りは4・3事件のことは分からないような状況です。

――――監督が4・3事件を描こうとしたきっかけは何ですか?
監督:今までの作品は全て済州島に関わるものを作ってきました。私にとって、当然いつかは扱わなければならない問題だと自分の中でずっと温めていたので、今回作ることになったのです。

――――インディペンデント系の作品でありながら韓国国内でもヒットを記録し、今まで事件のことを知らなかった人にも作品を観ていただけたと思いますが、どのような反響がありましたか?
監督:映画によって4・3事件の事実を知るようになった人は非常に多かったと思います。今でも独立映画系の中では色々な分野で賞をいただいています。理念を超えて、作品として肯定的な評価をいただいていると思います。

chisuru3.jpg――――被害者の方が高齢化し、証言を聞くのが難しい状況だからこそ、残していかなければいけない使命のようなものを念頭に置いていたのですか?
監督:まさにその通りです。被害者の方が高齢化する中、被害を共有することは今しかできません。そういう点でもこの作品を撮ることは意味がありました。韓国で被害に遭われた象徴的な方います。銃撃であごの骨がくだけてしまい、下あごの骨がなくてダランと下がってしまう。だから絶対に人前でご飯を食べないで、木綿のてぬぐいで顔を保護していたおばさんが数年前に亡くなったのです。恨みを抱いたまま亡くなっていく木綿のおばさんを見て、芸術家として何かできないかという想いも一つありました。

――――はじめて映画で4・3事件を描くにあたって、難しかった点はありましたか?
コ・ヒョッチンプロデューサー(以下ヒョッチンP): 『チスル』には「終わらない歳月2」という副題がついています。実は、本作の前に私の先輩にあたるキム・ ギョンリュル監督の『終わらない歳月1』という作品があったのですが、全てを描ききれぬままギョンリュル監督は5年ほど前に亡くなったのです。本作は、その遺志を継ぐ形で作りました。ギョンリュル監督が作ったパート1は韓国社会ではあまり受け入れられず、非常に敗北感を味わった経緯があったので、パート2を作るにあたっては、それをどのように乗り越えるのかが大きなテーマでした。
監督:キム・ギョンリュル監督を本作の総製作者と呼び、ギョンリュル監督は亡くなった者としての立場で、そして私たちは生きている者としての立場で映画を作るという、両者が協力しあうという形にしました。
ヒョッチンP:韓国社会はイ・ミョンバク大統領になってから非常に右翼化し、4・3事件が非常に肯定的な評価になってきたことに危機感を抱くようになりました。なんとかしなければということ想いから、オ・ミヨル監督と意気投合し、パート2でもある『チスル』を作ったのです。

――――今回は済州島出身の方でキャストやスタッフを揃えたそうですが、それは本作のこだわりでもあるのでしょうか?
監督:軍人だけは陸地の人が演じていますが、今回の映画の重要な部分は済州島の方言なのです。この方言は本土の人はほとんど使えません。陸地の人と済州島の人の大きな違いは4・3事件に対する見方です。陸地の人は映画を作るためにこのテーマを取り上げますが、済州島の人は4・3事件の意味のためにこの映画を作る。陸地の俳優と済州島の俳優ではどうしても想いがちがうので、済州島の俳優にこだわりました。

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――――実際に虐殺から逃れるため島人が逃げ込んだ洞窟を使って撮影している印象的なシーンでは、島人たちの滑稽にも見えるやり取りや、演劇的な見せ方をするなど、かなりオリジナリティーを感じる演出がされているように見えました。
監督:本来私は台本に頼らず、その時の空間の雰囲気で場面を設定するような手法をとっています。撮影当日洞窟に入ってみると、あちこちに石ころがあったのです。その石ころがちょうど村人が座っているかのように見え、台本を全部作り変えてあのシーンを撮影しました。住民たち役も今まで練習したのと全く違うことをしたので、ワンシーンを撮るのに一日かかりました。

――――長廻しでアドリブのような演出をしていますね。
監督:私は出演者に対し、台本を持ってこないように言っています。その日自分が何をするのかだけを頭に入れておけばいいのです。出演者に任せて、トラブルがあれば修正したりしながら、会話は出演者のその場の流れに任せています。出演者たちが自らの言葉で語れるように仕向けています。

――――韓国映画で戦争を扱ったものといえば、派手な銃撃戦やむごたらしい風景を観る前は想像していましたが、本作は逆に映像の美しさに圧倒されました。
監督:韓国でも怖がる人は多いです。感情の表現が怖いと感じる人もいるようです。戦争を扱うにあたって、視覚的な描写よりも感情的な描写に重きを置きました。風景が美しいというのは、美しく撮るというより済州島そのものが美しいのです。

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――――悲惨なことを描くときにフルカラーで見せた方が迫力を出せる気がしますが、白黒のあえて抑えたトーンにこだわったのはなぜですか?
監督:済州島に来る観光客は、済州島は美しいと思って訪れるわけですが、そういう人たちの心を一度消してしまいたいという想いで、あえてカラーを使わず白黒にしました。祭事を進行する形式で映画を作っているので、黒い服を着て行うという点でモノトーンが重要なテーマとなっているのです。

――――韓国では複数回鑑賞されている方が多いそうですね。
監督:済州島に関する詩集を書いている韓国で非常に有名な詩人、イ・センジンさんが6回観てくれました。そして映画を観た所感を何編もの詩にしてくれました。映画で登場した洞窟も訪れています。その方々が何度も本作を観るのは、4・3事件という事実を共有できなかったという心の痛みがあり、その事実を埋めるために何度も観に訪れているのではないでしょうか。

――――最後にメッセージをお願いいたします。
ヒョッチンP:済州島で実際に起きた事件を扱った映画ではありますが、戦争についても語っており、共感していただける部分もあると思います。国家権力による住民虐殺という事件が再び起こらないようにという想いが伝わればうれしいです。
監督:私は劇団の公演でよく日本に来ており、日本人は大好きです。日本政府や韓国政府にはちょっと違った感情を持ってはいますが。この映画は人間を扱ったドラマですので、国と国の境を越えて、同じ人間として観ていただければと思います。
(江口由美)