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2015年12月アーカイブ

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家族を好きになる映画になれば。『はなちゃんのみそ汁』阿久根知昭監督インタビュー
 

~千恵さんはそこにいる。広末涼子が「代表作にしたい」と取り組んだ、今も続く家族の物語~

 

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ガンで、33歳の若さでこの世を去った安武千恵さんが生前書き続けていたブログをもとに、その闘病や娘はなちゃんとの日々を、夫の安武信吾さんが綴った人気エッセイ『はなちゃんのみそ汁』。『ぺコロスの母に会いに行く』の脚本を手掛けた阿久根知昭監督が、本作で脚本と同時に監督デビューを果たし、千恵役に広末涼子、信吾役に滝藤賢一を迎え、ひたむきに生きる家族の姿をスクリーンに映し出した。
 
千恵、信吾、はなの安武一家の明るさや、音楽を学んでいた千恵ならではの音楽シーンが盛り込まれている他、千恵がはなに教えたみそから手づくりの美味しいみそ汁も登場。従来の難病ものとは一線を画す、今も千恵がそこにいるような温かい家族物語となっている。
 
脚本も手がけた阿久根知昭監督に、脚本を書く際に重きを置いた点や、主演広末涼子のエピソード、そしてクライマックスのコンサートシーンについて、お話を伺った。
 

 

■脚本では、原作が言いたいことをきちんと盛り込み、最後には見てくれたお客様に大きなプレゼントを心がけて。

―――阿久根監督は『ぺコロスの母に会いに行く』、そして本作も脚本を手掛けておられます。両作品とも死に向き合う主人公と支える家族の物語で、脚本が作品のトーンを左右する、いわば脚本家の腕の見せ所のように思うのですが、本作の依頼があった際、どのようなことを念頭に置いて脚本を書かれたのですか?
阿久根監督:原作がヒットしていると、「実写化の映画は、原作の世界を壊す」と大体言われます。原作の世界を壊さないためにどうすればいいのか。原作もいいけれど、その世界を踏襲した映画もいいと言われるためには、原作が言いたいことをきちんと盛り込み、自分で加工することが必要になります。もう一つ、僕はここまで見てくれたお客様に最後に大きなプレゼントを用意することを心がけています。『はなちゃんのみそ汁』では、コンサートシーンを取り入れました。コンサートは実際にあったことなのですが、千恵さんのご主人の安武さんはあまりクラシックに興味がなかったので、本に書いていなかったのです。
 
―――脚本を書く際に、原作者の安武さんとも擦り合わせをされていたのですね。
阿久根監督:安武さんからは「俺たちロックンローラーだから、最後はロックで終わりましょうよ」と言われたので、第二稿で、ロックで飛び入り演奏するシーンを入れたりもしました。ただ、ここは千恵さんの色合いがでないといけないので、最後はクラッシックコンサートシーンにしました。安武さんとはなちゃんは、千恵さんの姉を演じた一青窈さんの後ろに座って聞いていたのですが、安武さんがぼろ泣きで、一青窈さんをカメラで捉えたときにあまりにも目立つので、カメラさんに安武さんの顔は半分カットしてもらうよう指示を出しました(笑)。
 
―――千恵さんのブログでも抗がん剤治療の辛さなどが綴られていましたが、映画化するにあたり、いわゆる難病ものとは違う感じのトーンの作品にするのは勇気が要ったのでは?
阿久根監督:難病ものは日本では年に5、6本作られているので、僕が作る必要はないと最初は思っていました。でも、安武さんやはなちゃんとお会いすると、毎日楽しく過ごしていらっしゃるし、何より凄いなと思ったのが、今でも千恵さんがいるんですよ。はなちゃんは「ママが~」と言うし、家にお邪魔すると千恵さんが「いらっしゃい」と言いそうな気がしてくるのです。千恵さんのお誕生日は今でもお祝いされていますし、安武さんがしみじみと「ママはいくつになったのかな?」と聞くと、はなちゃんが即答で「40歳!」。そこで安武さんがニヤニヤしながら「年食ったな~」と。
 
 
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■安武さんは「今までどこかでひっかかり、はなに説明できなかったことが、映画を観たことで説明でき、はなにも伝わった。それが映画が出来上がって一番良かったこと」

―――原作者の安武さん一家は、映画化されたことで何か変化があったのですか?
阿久根監督:安武さんが本にすることで、千恵さんはいつでも意識できる存在になりましたし、このままでは、はなちゃんは当時4歳だったのでママのことを忘れてしまうと思ったそうです。ところが、はなちゃんは辛くて本を読めない。だから今回はなちゃんは、映画を観たときの衝撃が凄かったのです。
 
―――映画の中で、千恵が子どもを産むかどうか悩むシーンが登場しますね。
阿久根監督:はなちゃんは、自分が産まれていなければママは助かったのではないかと尋ねたそうです。安武さんはその時は返す言葉が見つからなかったけれど、後ほど映画の中で千恵が「あんなに死んだ方がマシと思った抗がん剤治療も、はなのことを考えるだけで平気になるとやけん、びっくりよ」という会話をしているところを改めてはなちゃんに見せ、千恵さんの父が「死ぬ気で産め」と言ったことも含めて、はなちゃんを産むことでママは治療を頑張れたのだと伝えたそうです。はなちゃんは「分かった」と、布団で泣いたのだとか。安武さんは、「今までどこかでひっかかり、はなに説明できなかったことが、映画を観たことで説明でき、はなにも伝わった。それが、映画が出来上がって一番良かったことです」と言ってくださいました。はなちゃんも、ようやく安武さんの書いた本が読めたのです。
 
―――映画にすることで、原作者の安武さんやはなちゃんの抱えていたものを解放するきっかけになったようですね。阿久根監督にとっても、忘れられぬ出会いとなったのでは?
阿久根監督:安武さんは、どんな作品になるか分からないからと、大手からの映画化の誘いを全て断っていたそうです。「はなちゃんがこの映画を見て、こんなに素敵なママだったんだと思えるような、はなちゃんの宝物になるような映画にしたいです」と我々のプロデューサーがお話をしたとき、安武さんは『ぺコロスの母に会いにいく』が大好きだそうで、「阿久根さんに書いてほしい。ぺコロスみたいにしてください」という形のオファーが来たそうです。安武さんはこの映画のおかげで出会えましたが、生涯をかけて友達でいられるような、本当に映画のまんまの方なんですよ。
 

■家族を好きになる映画。そして見るたびに印象が変わる映画。

―――滝藤賢一さんが演じている安武さんは、本当にいい意味でいい加減で、茶目っ気があり、映画を見終わって、安武家のみなさんが大好きになるような感じでした。
阿久根監督:この映画は家族を好きになる映画で、見終わると、自分の家族に会いたくなる映画になればと思っています。安武さんも東京で試写を見た後、「はなにすぐ会いたい!」と。また、何回も見るたびに印象が変わる映画でもあるのです。安武さんが2回目見たときに、「監督、どこかいじりました?」と言われるぐらいでしたが、感動するところが変わるみたいです。初回はコンサートシーンで泣いたそうですが、2回目は抗がん剤治療を受けて帰ってきた千恵が夕暮れ時に、ソファに横になりながら家を見回すと旦那は腹ばいになって新聞を読み、手前ではながお絵かきをしている。「いいね、なんか普通って」と、大号泣したそうです。なんということはないシーンなのですが、僕もそのシーンを考えただけで泣いてしまいます。
 
 
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■はな役の赤松えみなちゃん、19日間の撮影で成長。

―――えみなちゃんのお芝居は、計算ではない自然な仕草がとても可愛らしく、「はなちゃん」の雰囲気が出ていました。博多や天神、大濠公園など、福岡に住んでいる人になじみの深い場所の数々が映し出されているのも魅力的ですね。
阿久根監督:それはよかったです。19日の撮影日程のうち、福岡での撮影は3日間だけで、高台で見下ろしている場面が、ファーストシーンでした。えみなちゃんはついカメラを見てしまい、そのシーンだけは撮影に時間がかかりました。ただ、ラストは、家の中で父娘二人の朝食シーンをワンカットの長回しで撮ったのですが、その時えみなちゃんは一度もカメラを見ずに、全部朝食の用意から食べるまでを演じたのです。彼女も19日間の撮影の中で成長しているんですね。えみなちゃんは、台詞は入っているのですが、それ以外に何を言うか分からないところがありました。そんな時も博多弁でしゃべるように、ちょっと高度なことをしてもらっていましたね。
 

■広末涼子「自分の代表作にしたい」、コンサートシーンでも観客エキストラを一つにまとめて。

―――そして何と言っても、千恵を演じる広末涼子さんが、ガンと闘いながらも明るく、そして娘のはなにみそ汁を作り続けることを伝え、命の大事さをつなぐ母親を、熱演しています。
阿久根監督:映像からも伝わってくると思いますが、広末涼子さんはこの映画のことを本当に理解してくれていました。最初の挨拶で、「自分の代表作にしたい。頑張ります!」とおっしゃっていました。19日という撮影で、普通は4~6シーンのところを1日で12シーン撮りの日もあったのですが、そこも頑張ってくれました。広末さんは自分で演じる一方、休憩時間もえみなちゃんとコミュニケーションを取って、全然休めなかったと思いますが、しんどそうなそぶりは一つも見せませんでした。最後のコンサートシーンで、エキストラの方が入ってから、挨拶をさせてほしいとマイクを持ち、「これからすごく大事なシーンの撮影をします。とてもいいシーンになりますので、どうぞよろしくお願いします」と話されたのです。この言葉で客席もキュッと締まり、本当にいい撮影ができました。終わった後に、広末さんは「千恵さんが来てましたね」と言っていましたが、多分、特別なエネルギーが働いたシーンになったのでしょう。
 
―――そのコンサートシーンでは、元宝塚トップスターで同期の遼河はるひさんと紺野まひるさんが千恵さんの先輩役で共演し、歌声を披露しています。宝塚歌劇ファンにはたまらない配役ですね。
阿久根監督:歌っている方は声を出すため、立ち姿がとても美しいです。立ち姿だけで歌っている人かどうか分かるので、キャスティングでも歌って演技できる人をリクエストしました。紺野まひるさんが決まった後、立ち姿がきれいでモデルぐらい背の高い方ということで白羽の矢が立ったのが遼河はるひさんでした。偶然にも、お二人は宝塚の同期で、しかも一番仲が良かったそうです。そして後ろには春風ひとみさんと、元タカラジェンヌ三人に広末さんが囲まれている絵になっていますね。

 

■遼河はるひ、紺野まひる、宝塚元同期トップスター共演で広末涼子を盛り上げた、見事なハーモニー。

―――本当に贅沢なシーンですが、撮影ではみなさんどのような様子でしたか?
阿久根監督:面白いことに、遼河はるひさんが歌っている『わたしのお父さん』は、宝塚歌劇団の課題曲だったので、みなさん今でも歌えるそうです。紺野まひるさんは撮影時少し体調を悪くされていたので心配していたのですが、現場に入ると同期の遼河さんとキャッキャ言いながらしゃべっていて、あまりにかしましいので驚きました(笑)そういう友達の雰囲気は広末さんを巻き込んで、とてもいい雰囲気を出してくれました。今回のコンサートシーンでは、中央に立つ千恵は、両サイドの遼河さんや紺野さん演じる先輩たちの友情で立たせてもらっています。歌うシーンでも、千恵の声が最初はあまり出ていないので、両サイドの二人も少し低くやわらかいトーンから入っています。途中で千恵の声が出るようになってから、二人とも遠慮なく伸びやかなトーンになり、三人のハーモニーがバッチリと合う形になっています。実際のコンサートでも、千恵さんは最初声が出しにくかったところまで、広末さんがきちんと再現しているのです。
 

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■撮影も含めて、みんなに千恵さんの導きがあったような現場。

―――ラストの父娘二人での朝食シーンは、どこかに千恵さんがいるような気がしました。
阿久根監督:ラストショットは千恵目線になっています。安武信吾の語りの時にはカメラがしっかり固定されており、千恵の語りの時にハンディで揺れているのはそういう意味なのです。だから観終わった後に、千恵さんがいなくなった気がしない。悲しいというより、ずっと一緒にいるように印象づけています。ちなみに撮影の寺田緑郎さんはオファーをしたとき抗がん剤治療をされていて、お嬢さんの名前も「はな」ということで、それは自分がやる作品だと、治療を中断して撮影に入ってくださいました。寺田さんも、自分の生き様を娘に遺そうと思ったのだそうです。ですから、彼のカメラワークにその力が出ています。最後に福岡の実景撮影を寺田さんにお願いした際に、教会の鐘を撮るため安武さんの協力を得て、一番最後に糸島にある教会を訪れたそうです。実はそこは千恵さんが眠っているところで、使えるかどうかわからないけれどと、寺田さんは千恵さんのお墓をラストカットにしたのですが、こみ上げてくるものがあったそうです。映画の中では使われていませんが、最後のカメラが千恵さんのお墓だったということは、最初からそのように運命づけられていたような気がすると、寺田さんもおっしゃっていました。本当にみんなに千恵さんの導きがあったような現場でしたね。
(江口由美)

<作品情報>
『はなちゃんのみそ汁』
(2015年 日本 1時間58分)
監督・脚本:阿久根知昭 
原作:安武信吾・千恵・はな『はなちゃんのみそ汁』文藝春秋刊 
出演:広末涼子、滝藤賢一、一青窈、紺野まひる、原田貴和子、春風ひとみ、遼河はるひ、赤松えみな(子役)、高畑淳子、鶴見辰吾、赤井英和、古谷一行
2015年12月19日(土)~ヒューマントラストシネマ有楽町、2016年1月9日(土)~テアトル梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、T・ジョイ京都、シネ・リーブル神戸ほか
公式サイト⇒http://hanamiso.com/
(C) 2015「はなちゃんのみそ汁」フィルムパートナーズ
 

zane-t-550.jpg“怖い!”がクリスマスプレゼント!?『残穢【ざんえ】-住んではいけない部屋』映画公開記念なんばパークスSPECIAL TALK LIVE

・2015年12月17日(木)なんばパークスシネマ
・ゲスト:竹内結子、橋本愛、中村義洋監督


「スプラッタ映画は怖くないけど、日本のじわじわくるホラーは怖い!」
竹内結子を震撼させた根深い祟りの連鎖

 

【解説】
第26回山本周五郎賞を受賞した小野不由美(『屍鬼』「十二国記」シリーズなど)の小説『残穢』(ざんえ)を、ミステリーの名手・中村義洋監督(『白ゆき姫殺人事件』『予告犯』)が映画化。予定調和を許さない驚愕のラストまで、かた時も目が離せない。小野自信を彷彿とさせる主人公「私」には、人気実力派女優=竹内結子。「私」とともに調査を重ねる「久保さん」には、神秘的な魅力を放つ女優=橋本愛。初共演の2人に加え、佐々木蔵之介、坂口健太郎、滝藤賢一ら個性的な出演陣が集結。
ここに、いまだかつて見たことがない戦慄のリアルミステリーが誕生する。

【STORY】
zane-240-1.jpg小説家である「私」のもとに、女子大生の久保さんという読者から、1通の手紙が届く。「今住んでいる部屋で、奇妙な“音”がするんです」。好奇心を抑えられず、調査を開始する「私」と久保さん。すると、そのマンションの過去の住人たちが、引っ越し先で、自殺や心中、殺人など、数々の事件を引き起こしていた事実が浮かび上がる。彼らは、なぜ、“音”のするその「部屋」ではなく、別々の「場所」で、不幸な末路をたどったのか。「私」たちは、数十年の時を経た壮大なる戦慄の真相に辿り着き、やがて、さらなる事件に巻き込まれていく。


なんばパークスキャニオンコート特設ステージにて、1月30日(土)より公開の映画『残穢【ざんえ】-住んではいけない部屋』の公開を記念して、主演・竹内結子、共演の橋本愛、そして中村義洋監督よるスペシャルトークライブが開催されました。下記はその模様です。(敬称略)
 

――ようこそお越しくださいました!それでは、竹内結子さんよりお一言いただきましょう。
竹内結子(以下、竹内):みなさん、今日はお越しくださいましてありがとうございます。今日はいつもより風が穏やかだそうで… 早くから整理券をお持ちいただいて並んでいただいている方もいらっしゃるそうで。今日は皆さんで楽しんでいただけたらと思います。よろしくお願いします。
橋本愛(以下、橋本):初めまして橋本です。今日はよろしくお願いいたします!

――よろしくお願いします。さてどうぞ、おかけください。寒くはないですか?
竹内:平気です!だけど、お客様との距離が意外と近いな、と(笑)
――そうですね。なんでも今日の朝から、一番早いお客様で5時から並んでいただけているとか…
竹内:5時!?
――皆さんの映画への期待も大きいということですね。
竹内:ありがたいですね。


――ちょうどクリスマスシーズンにこのなんばパークスにお越しいただいたんですが、お二人は、小さい時のクリスマスの思い出や、サンタさんからもらって嬉しかったプレゼントの思い出とか、覚えておられますか?
竹内:現実的で申し訳ないのですが、竹内家にはサンタが一度しか来たことが無いんです(笑)小学校5年生の頃に一度来たんですが、その後で箱の大きい小さいで兄妹大喧嘩になり、ちょっとした修羅場だったんですね。以降サンタが登場することが無くなってしまいまして(笑) ただ、今は今で私がお手紙をいっぱい書いて啓蒙活動しています。「サンタはいるよ」と(笑)
――今クリスマスプレゼントに欲しいものは?
竹内:家電を買い替えようかな!
(一同、笑い)
竹内:まぁゆっくりできる時間をいただければな、とは思います。

――橋本さんはサンタさんとの思い出は?
橋本:1月12日が誕生日なので、プレゼントがいっしょくたにされてしまう、という… クリスマスプレゼントというよりは、誕生日に合わせてもらってきたので、あまりサンタさんに思い出が無いですね…(笑)
――下手するとお年玉も一緒に渡されたりなんて…
橋本:さすがにそれは無かったです(笑)
(会場、笑い)
竹内:何かいま私たちに同情の笑いをいただきましたね!(笑)慰めてもらった気分です!
――まぁ、この『残穢』がお二人にとってのクリスマスプレゼントとなればよいですね。
橋本:怖かったよ、と言ってもらえればありがたいですね。
竹内:1怖い、2怖いとカウントしていただければ、と思います。


――大阪に何か思い出は?
竹内:来年ですが大阪城にゆかりのある人物を演じさせていただきますので、足しげく大阪に通うことになると思います。
――大阪で食べて印象に残ってるものは?
竹内:串揚げにお好み焼きでしょう。あとは… いろんなもの食べてますね。どこで食べてもおいしいという印象があります。あと、観覧車!
去年、こちらで舞台の公演できまして、その際共演者と一緒に観覧車に乗りました。城と観覧車めぐりがレギュラーメニューになっていて、大阪に行っても名古屋に行っても、お城と観覧車を楽しんでますね。道頓堀のところにも行きました。その時は回っていなかったと思うのですが、前で「ばんざーい」の写真を撮りました。
橋本:美味しいたこ焼きを食べたのと、美味しいおでんを食べたこと、この二点ですね!


――さてここでもうひとかた、お呼びしたいと思います。本日は本作を撮られました中村義洋監督でございます!
(中村監督、登壇)
中村義洋監督(以下、中村監督):寒いですね!
(会場内笑い)
――ありがとうございます(笑) 監督にも、サンタさんにまつわる思い出をお伺いしましょうか?
中村監督:私は今、サンタ側ですので… ただ、サンタの格好はしていません。赤い格好をするのは2月3日、節分ですね!
――鬼でしょうか?
中村監督:全身タイツを着ております(笑)


――豆投げられるんですね。(笑)さてここからは映画『残穢【ざんえ】-住んではいけない部屋-』について伺ってまいりましょう。「残穢」という単語の意味から教えていただけますか?
zane-240-2.jpg中村監督:ヒントとしては、この「穢」という字を「祟」とかにしなかったということですね。祟りだと、あるマンションに住んでいるとして、前の部屋の住人に何かあったのではないかと、直接怒りや念が襲ってくると思うんですね。ただ「穢れ」なので、静かに、問答無用に横にいられたり、後ろにいられたり、その人にくっついちゃったり。残っている場所を示していますね。

――監督は久しぶりのホラーということで、演出面でも凝った点は?
中村監督:その工夫が自分で発見できたのが楽しかったですね。例えば「間」です。ホラーは「間」ですよ。あと0.5秒見せないだけでこんなに怖くなるのか、とか、音楽の付け方であるだとか。そういう工夫を凝らしていてとにかく楽しかったです。

――竹内さんが演じられた「私」は淡々とした役どころだとお見受けしましたが?
竹内: 「私」はホラー小説化でありながら、霊的な現象を信じていないので、ものすごいリアリストなんですね。そこで橋本さん演じる「久保さん」から起きた物事に対して教えられ、調査していくんですが、恐怖するよりもネタを見つけた、ような感覚で淡々と聞いてるんで、ものすごく冷静なんですね。私自身はすごく怖がりなんですよ。ゾンビのようなスプラッタ、おなかがパカッと開いたりとかは大丈夫なんですけど(笑)なんですけど、じわじわくる日本人ならではという怖い話はからっきしダメで、台本読むのに一か月かかりました。怖くて。中村監督からオファーがあると聞きまして、お受けしまして、その後で「こういうお話です」と言われて、順番間違えたな、と思いました(笑)
(会場、笑い)
竹内:だけどお受けした以上読まなきゃ、ということで台本を読んだんです。監督にもお待ちいただきながら(笑)

中村監督:橋本愛ちゃんの役のことを男の子だと思ってたよね。
竹内:弁解させてください!はじめは読んだんですけれど、自分の絡んであるところだけチラッと読んで…(笑) だから「久保さん」というキャラクターは男性の相棒だと思っていました(笑)なので「橋本さんはどこに出るんだろうなぁ」と(笑)
(会場内、大笑い)
竹内:ごめんね(笑)でもすぐわかったよ。最後はきちんと読んだんですよ!
――橋本さんは今はじめてこのお話を伺ったのですか?
橋本:前から伺っています(笑)

――「久保さん」を演じられた橋本さんは、怖い思いをする当事者なんですが、強い人ですよね。
zane-240-3.jpg橋本:そうですね。そういう物事への好奇心が強い人なので、そういった意味ではタフに映ると思います。だけど、まずは好きだからのめりこむ、タイプの人だと思います。
――橋本さんご自身は怖い、ということは大丈夫ですか?
橋本:そうですね。私はリアルに根付いていないと娯楽として楽しめないので、大丈夫です。ただ自分の半径5メートル以内で起こる怖いことはダメですね。
――怖い思いをされたことありますか?
橋本:といっても家にいてエアコンが「バキッ!」となって怖いとか、そういうレベルなんですが…(笑)
 

――監督はそんなお二人と一緒に仕事をされて、どんな女優さんという風に映りましたか?
中村監督:こういうイベントだといつも笑顔で「可愛い!」という感じを皆さん受けられると思います。ただ本作はミステリーなので現場でシリアスな状況にもなるんですが、そこをモニターで見ているのは、本当に幸せでしたよ(笑)
(会場内、笑い)
中村監督:はじめは二人が手紙でやり取りする場面なので、一週間くらいはお二人が別々で、会わずに撮影が進んだんですね。ただそれぞれがあまりに綺麗なので、二人がそろったらどうなっちゃうんだろう、って思いましたね。ツーショットのシーンなんかは男性スタッフみんなでモニターの前に集まって、みんなでため息をついていましたね。その辺の美しさも見ていただきたいですね。

――竹内さんは監督から初めにお話をいただいたとき、どんな感じでしたか?
竹内:作品に関して初めに言われたことは「いい加減読みましょうよ、仕事なんだから…」という台本に関してのことなんですが(笑)、実際に撮影が始まるときに「とにかくテンション低く淡々とやってください」と演出の指示いただきました。私はいつも現場が楽しい監督だと思いました。何作か出させてもらっているので、中村義洋監督の現場にいるのが楽しいと感じています。また呼んでほしいな、と思っています(笑)。また次の作品5月に『殿!利息でござる』に出させてもらってはいるんですけどね。

――橋本さんは中村監督とご一緒されていかがでしたか?
橋本:こういう作風だからなのかもしれないですが、やはり先ほどもおっしゃっていた「間」への指示がすごかったですね。振り返るという動作にしてみても「ビックリマークを5つくらいの間で」と仰ってくださいまして(笑)一度やってみたら「あと2つつけて」とさらに仰っていただきました。細かな演出が端的で非常にわかりやすく、演じやすかったです。


――監督非常に嬉しそうですね(笑) 竹内さんと橋本さんは現場でお話されましたか?
竹内:食べ物の話が多かったですね。ああいうものが好き、だとか。監督も交えて、豆腐は絹か木綿か、なんて。「真の豆腐好きは木綿なんだ」「いやいや麻婆豆腐するときは絹ごしでしょう!」なんて白熱したりしまして。
(会場、爆笑)

竹内:本当に他愛のない話もありましたね。でも愛ちゃんと初めてお会いした時は、近寄りがたい雰囲気の人なのかなと思っていたのですが、違いましたね。いい意味でのクールビューティで、きちんと温かい人で。つついてみるとどんどん面白いお話が出てくるという意味では今後、楽しみで気になる女優さんだなと思います。一緒にいて無理しなくていいな、という印象があります。(作中で)仲よしの設定だったりすると、無理をして仲良く、言葉を交わして何かを得ようとするんですけれど、そういうことをしなくても普通に現場にいられたような気がします。

橋本:竹内さんは自然体なまま現場にいらっしゃるので、監督の隣でモニターを見て何かお二人でお話されている、という光景を何度も見ました。そういう光景って、私の中では珍しく感じたので、竹内さんのこういうところが現場の雰囲気に大きく影響していて、そのおかげで私も肩の力を抜いたまま過ごすことができました。


――共演者の方も、佐々木蔵之介さんや滝藤賢一さんという、普段は個性豊かな方々がいらっしゃいましたね。滝藤さんとはご夫妻役でしたが?
竹内:そうですね。今までは共演したのは3作なのですが、距離感のある役柄だったんです。それがようやく夫婦までたどり着いたな、と。滝藤さんも佐々木蔵之介さんも、にやりとするだけですごくあやしい雰囲気を出せるのがうらやましかったです。

――今回は本当に豪華なキャストで、監督の思い通りのキャスティングになりましたね?
中村監督:そうですね。蔵之介さんも滝藤さんも、坂口健太郎君も、気持ち悪いですよ(笑)
――どういう意味ですか(笑)
中村監督:わかるよね?結構気持ち悪いですよ(笑)
橋本:ちょっとずつ違和感があってダダ漏れしてるんですよ皆さん(笑)
中村監督:坂口君がやった役は、九州の心霊現象ならなんでも知ってるという役なんですね。そうするともっとおじさんをキャスティングしようと思ったのですが、ハマる人がなかなかいないんです。「心霊現象を何でも知ってる!」という説得力がある20代後半の役者なんて。坂口君か…森山未來さんくらいですね(笑) そういう得体のしれないものを感じる部分、魅力があるのが坂口君ですね。



――みなさんから「ここに注目してほしい!」という部分ありますか?
zane-240-4.jpg竹内:私は一度目の試写の時怖くて途中から見れませんでした。目を瞑って音だけで過ごしていました。そしたら監督が『時計仕掛けのオレンジ』みたいに目を無理やり開けてみせるぞ、と仰ったのでもう一度見たんですが(笑)。 注目すべき点は、個々の登場人物が交わす何気ない会話の一言を後々まで覚えておくと、後半の怒涛の展開がより深く楽しめる、という伏線の張られたつくりになっている、という点ですね。
橋本:普通の人間ドラマだけでは成立しない違和感や、いびつな雰囲気ががずっと続くんですね。私と竹内さんが出会って取材してから出会う人、みんな気持ち悪いんですよ(笑)
竹内: “演じた役が”人としてバランスを欠いている、ということだよね!(笑)
橋本:そうです(笑)。いい意味でバランスを欠いていて、普通の人間ドラマだと省いてしまうような「違和感」を、成立させてしまっているというあたりがこの作品の魅力だと思います。


――皆様に一言ずつ最後にお話をお願いいたします。
中村監督:試写でみた人の感想ですと「2、3日は引きずる」怖さらしいんですね(笑)。ですので、2、3日をこえて「自分が安全なところに住んでいるんだな」と安心感を持ってもらえればいいかな、と思います。とにかく、怖がるのを楽しみに見ていただけたら、と思います。

橋本:私が見た感想ですが、ホラーでもあるんですが、ミステリー要素が濃厚で、人間の狂気だとかも描かれていて、ある種の人間性の悲劇なのかもしれない、と思うのです。そういう意味で、ホラーが苦手な方も、人間ドラマとして楽しんでいただけると思いますので是非、来てください。

竹内:監督も仰っていたと思うのですが、怖さを楽しんで「いやぁ怖かったね」とお友達と話していただくという楽しみ方も、ホラーが得意な人はありだと思います。愛ちゃんが言ったみたいに人間ドラマとして、ドキュメンタリとして物語を追っていただくこともできます。怖いのが苦手だという人も、私は二回目の試写では泣きましたので。こんなに泣ける話なんだ、と思いまして。本当に泣ける怖さです(笑) けど見終えてすぐに「怖かった」と言うよりも、一晩おいて、家の中の話なので、家の中で本当の恐怖を味わってもらってから、つぶやいてやってください(笑)そして一人で見るのが怖いという人は、「一人で見るのが怖いの」ということで誘う口実にしていただけたら、と思います(笑)ある種のデートムービーとしての一押しとしてお勧めしますので、これでいいクリスマスと、お正月をおすごしください!」

 
MC:お二人のお話を聞いて映画公開が待ち遠しくなりましたね。映画『残穢【ざんえ】-住んではいけない部屋-』は来年(年明け)1月30日(土)より、こちら8階のなんばパークスシネマほか全国にてロードショーとなります。ぜひご家族ご友人お誘いあわせの上、劇場にお越しください。これにてスペシャルトークライブは終了させていただきます。本日はありがとうございました。

(プレスリリースより)


『残穢【ざんえ】-住んではいけない部屋』

・原作:小野不由美『残穢』(新潮社刊)第26回山本周五郎賞受賞、2015年7月29日文庫化予定
・監督:中村義洋  脚本:鈴木謙一
・出演:竹内結子、橋本愛、佐々木蔵之介、坂口健太郎、滝藤賢一ほか
・配給:松竹
・コピーライト:(c)2016「残穢-住んではいけない部屋-」製作委員会
・公開日:2016年1月30日(土)~全国ロードショー
・公式サイト:http://zang-e.jp/

 

 

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『新しき民』山崎樹一郎監督インタビュー

~280年前、実際にあった一揆の最中に逃げることを選んだ男がいた~

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現在、岡山で農業を営みながら岡山を舞台にした映画制作を続け、岡山での巡回上映を行っている「地産地消映画」の作り手、山崎樹一郎監督。若き酪農家の新しい出発と家族の絆を描いた前作『ひかりのおと』に続く長編劇映画は、280年前津山藩で実際に起こった山中一揆を題材にした『新しき民』だ。一揆の首謀者を主人公にした騒動の顛末を描くのではなく、一揆に巻き込まれていく民、その中でも生き延びるために逃げることを選んだ男を主人公に据えている。市井の民の目線で、時代の変わり目を生き抜く辛さや、自分が正しいと思うことを貫く難しさ、そしてその中でも日々を大事に生きる力をモノクロの映像で、丹念に映し出した。庶民が主人公の時代劇は、今の時代に多くを語りかける。
 
独自のスタイルで映画作りに取り組み、上映活動を続けている山崎樹一郎監督に、題材となった山中一揆を知ったきっかけや、地産地消映画を打ち出した経緯、庶民を主人公に据えた理由、そして今映画ができることについてお話を伺った。
 
 
 

■巡回上映で出会った人たちと「一揆を起こすような作り方」をすれば面白いのではないか。

―――本作は実際に岡山で280年前に起こった一揆を題材に描いていますが、2013年のドキュメンタリー『つづきのヴォイス -山中一揆から現在-』が、全ての発端になっているのでしょうか?
山崎監督:山中一揆は小さい頃から知っていましたし、史跡が残っているので、薄々何だろうと思っていました。東日本大震災が起こった3日後に岡山で一揆の首謀者である徳右衛門の人物像に迫るシンポジウムがあり、90歳を越える方がイキイキと話されていたのです。人物像に関して実際にはかなりグレーゾーンあるのですが、想像がどんどん膨らんでいるのがとても楽しくて、その頃からいつか映画にできればと思っていました。前作『ひかりのおと』巡回上映で出会った方たちと一緒に、一揆を起こすような作り方をできれば面白いのではないかと思い、作りはじめました。自発的に参加をしていただき、大きなうねりができればと。
 
―――今は映画を撮る一方、岡山に移住して農業をされているそうですが、何がきっかけだったのですか?
山崎監督:普段自分たちが無意識に食べているのですが、それらがどこで作られ、どのようにして集まっているのか想像が届かない時に唖然とした瞬間がありました。漠然とですが、そんなことも想像が広がらなければ映画なんて作れません。それであれば、農業を手に入れたい。10年経った今も、両方完全にできているとは思っていないし、引っ張り合いながら、時には引き裂かれながらやっていますね。映画は元々やりたいと思ってやっていることですが、農業はやり始めると面白いです。何もないところからトマトが出来る訳ですから、楽しくないはずがないですね。映画もトマトも、一気には進まず、少しずつできていくところは似ているかもしれません。

 

■観た人の血肉になるような映画の作り方と見せ方を考え、打ち出した「地産地消映画」

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―――地産地消映画と銘打ち、地元で作った映画を映画館以外の場所も含めてきめ細かく巡回してまわるスタイルは、山崎監督オリジナルのスタイルですが、映画を撮り始めたときからこのような考え方を持っていたのですか?
山崎監督:『ひかりのおと』の編集のときにプロデューサーと話し合い、観た人の血肉になるような映画の作り方と見せ方、巡回上映し、岡山で作った映画を岡山でみせることをしていこうと打ち出しました。地産地消映画がその土地で成立すれば、本来都市で公開する必要はないかもしれないと思っています。岡山で作った映画が岡山で完結するなら、他にも色々な場所でそういう映画があっていいでしょう。映画は色々な場所で上映できるという特性があるので、そこを否定するつもりは全くありません。たくさんの人に観てもらうために作る訳ですから。ただ、本来文化やお祭りはまさしく地域のものですし、市場にのって流通することにより、何か歪みが発生せざるをえないのはストレスになる場合もあります。
 

■一揆の映画を首謀者を主人公としてえがくのではなく一般の人を主人公に、リアルに描く。

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―――単なる善悪といったステレオタイプ的な描写ではなく、どの人物も立体的に描かれていましたが、脚本を書く上で留意した点は?
山崎監督:一揆の映画を徳右衛門という首謀者を主人公として描くのではなく、どちらかといえば一般の人を主人公にした方がリアルだと思いました。主人公の治兵衛もモチーフとなる人がいます。治兵衛の子孫という方からお話を聞くと、彼は一揆の中、山地を捨てて逃げ、ほとぼりが冷めるまで全国行脚をしたといいます。その後、罪人扱いをされながらも帰ってきて静かに死んでいったそうです。その言い伝えをそのまま物語に盛り込むことで骨格ができ、そこから一揆の史実を元に前半部分を作りました。
 
―――治兵衛の友人(亡霊)の万蔵は、当たり前のことを言ったり、行動するがために、周りからは変り者扱いをされますが、物語の鍵となるキャラクターです。
山崎監督:万蔵は全くの創作で、彼は裏筋のテーマでもあります。万蔵のような亡霊や死者であっても、生きている者の心に内在し、我々はそういう人物を抱えて生きています。そういう友人がいることで、万蔵は自分のやり方を信じて決断していける。そういうことを映画でやってみたかったのです。
 
―――江戸時代の庶民の生活がリアルに描写され、こだわりも感じましたが、時代劇を作るにあたって苦労した点は?
山崎監督:カツラや衣装など、低予算で作られた時代劇も過去にたくさんありますので、僕らなりに研究しました。自主映画で時代劇を作るというのはなかなか難しいのですが、時代劇として最低限のことは何とか形ができたと思っています。映画村や撮影所などは全く使わず、山の中や古い建物から新しく作った建物まで本当に手作りでやってきましたから。あと、春から夏はトマト農家をしているので、冬しか映画が作れないこともあり、雪中移動が大変でした。また、役者さんらは草鞋のままで、待ち時間が長かったので、本当に一揆が起こりそうなテンションになるんですよ。草鞋で足が切れて、雪の中に血がついたりすると、「僕は何をやらせているんだろう」と思いました。現場では「サディストすぎる」と言われていましたから(笑)。

 

■当たり前のことをしているだけの治兵衛のような人物が、現代で重要になってくることは分かっていた。

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―――治兵衛は「一揆なんてやりとうないんや」と堂々と言い放ちます。一揆へと一致団結していく周りから後ろ指を刺されても、生き延びることを選ぶのは勇気が要りますが、流されないことが今すごく大事な世の中だと感じますね。
山崎監督:徳右衛門という一揆の中心人物を主人公にし、彼の葛藤を描くマッチョな映画ではなく、この映画はその辺にいる兄ちゃんが、当たり前のことをしているだけです。ただ一揆という状況の中なので、特別視されてしまう。治兵衛のような人物が重要になってくることは分かっていました。ただ、時代が物凄いスピードで追いついてきているので、なんとか今年中に公開したかったのです。山中一揆を描いていますが、僕たちは現代に向けて作っているので、できるだけ作品には現代性を持たせたいし、観ている人が自分に引き寄せやすい作り方を考えました。
 
―――ラストは現代につながり、一揆のことを語り継いでいるところで終わっていきますが、「継承」も本作のテーマでしょうか?
山崎監督:山中一揆を題材としながらも、これを伝承することも大切な行為です。一揆をもう一度甦らせ、当時亡くなった人たちや、土地に残る一揆の記憶を引き継いでいくための語り口の一つだと思っています。民話や神話にまで持っていきたかったというのが、ラストカットの意図ですね。

 

■人間の歴史は繰り返され、忘却し、でもその時々に立ち上がる人がいることが希望にもなる。

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―――チラシにある監督の「たった280年前の一揆の映画」という言葉も、非常に印象に残ります。
山崎監督:戦後70年と言われていますが、人間の歴史などはもっと長くて、今とよく似た構造はずっと前から始まっています。繰り返されるし、忘却するし、でもその時々に立ち上がる人がおり、それが希望にもなります。そういうことを、思考することが大事なことだと思うし、僕たちが映画を通してできることだという思いがあります。
 
―――『新しき民』というタイトルにつながる考え方ですね。
山崎監督:時代劇ですが「新しき」と言うべきだと思っています。あなたたちより、もっと新しかったかもしれない。でも今の新しき民はあなたたちだ。そういうメッセージになると考えて、最後にタイトルを入れました。

 

■考えることが非常にしんどい時代に、映画は今、重要なメディア。考えることによって楽しんでほしい。

―――最後に、メッセージをお願いします。
山崎監督:考えるということが非常にしんどい時代です。疲れるのでなるべく避けたいでしょう。でも映画を観るということは考えざるをえない状況に置かれます。映ったものを自分が解釈していく訳で、映画は今重要なメディアだと思います。ニュースのようにテロップがつき、分かりやすく編集されたものではなく、考えることによって楽しめます。年末ですが、考え納めに観に来ていただければうれしいです。
(江口由美)
 

<作品情報>
『新しき民』
(2014 日本 1時間57分)
監督・脚本:山崎樹一郎
出演:中垣直久、梶原香乃、本多章一、佐藤亮他
2015年12月26日(土)~シネ・ヌーヴォ他全国順次公開
(C) 2014 IKKINO PROJECT
 
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誰かに関心を向けることは、とても大きな力。『ハッピーアワー』濱口竜介監督インタビュー
 

~30代後半女子4人の結婚生活、仕事、家族との葛藤と決断がリアルに浮かびあがる5時間17分という体験~

 
三ノ宮、神戸の海、摩耶山、有馬、芦屋川・・・これほどまでに私たちが生活圏としている神戸が映し出される作品はまずないだろう。まるで私たちの生活と地続きのような場所で、30代後半の4人の女性、あかり、桜子、芙美、純が夫婦関係や家族のこと、そして仕事と様々な悩みを抱えて生き、集まって悩みをぶつけ、様々な思いが交錯していく。
 

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『なみのこえ 新地町』『なみのこえ 気仙沼』『うたうひと』と東北で現地の人の声を聞く3本のドキュメンタリーを撮る一方、長編デビュー作の『PASSION』をはじめ、男女のすれ違いや壊れやすい関係を繊細に描いてきた濱口竜介監督。本作は神戸で半年に渡って開催した即興演技ワークショップに参加した受講生を主役に据え、演技経験がほとんどない彼女たちの今の輝きを、スクリーンに映し出した。3部構成の5時間17分という挑戦的かつ独創的な作品、『ハッピーアワー』は、すでにロカルノ国際映画祭で主演4人が最優秀女優賞、脚本スペシャルメンションを受賞した他、ナント三大陸映画祭で『銀の気球』賞と観客賞を受賞するなど海外で高い評価を得ている。ちなみに、脚本を担当したのは濱口監督をはじめ、野原位さん(映画監督他)、高橋知由さん(『不気味なものの肌に触れる』脚本)の3人によるユニット、「はたのこうぼう」。神戸で3人暮らしをしながら、脚本家兼スタッフとしてワークショップ運営も手がけたという。
 
東京に先駆け、撮影の地、神戸の元町映画館で12月5日(土)から日本公開がスタート。舞台挨拶のため来場した濱口監督に、企画の経緯や、演技経験のない人を使って映画を撮るということ、脚本の作りのプロセス、そして本作に込められた思いについて、お話を伺った。
 

■仙台での滞在、撮影後、「どこでも映画が作れるのであれば、東京以外のどこかで映画を撮りたい」

――-濱口監督は神戸に居を移し、滞在しながら本作を作り上げたとのことですが、なぜ神戸を選んだのですか?
濱口監督:神戸に来る前、ドキュメンタリーを撮るため2年ほど仙台に住み、すごく小規模なチームでしたが、ドキュメンタリー映画を3本作ることができました。東京を離れてすごく風通しがよくなったような気持ちもあり、どこでも映画が作れるのであれば次も東京以外のどこかで映画を撮りたいと思ったのです。元々時間をかけて映画を作りたい、そのために演技のワークショップを長期間行い、そこから映画制作をしていくというアイデアがありました。ある程度人を集める必要がありますが、演技経験がない方がより良いのではないかという予感もあったので、人が多く、かつ役者志望は少なそうな関西エリア、しかも映画という文化的なことに協力してくれるのは京都や神戸で可能ではないかと考えました。神戸・デザインクリエイティブセンター(KIITO)のセンター長が東北三部作のプロデューサー、芹沢高志さんで、ワークショップ企画のことを相談すると、芹沢さんの方でもレジデンスアーティストを探していたそうで、最終的にはレジデンスアーティストとして招かれ、KIITO主催でワークショップをする流れになりました。
 
 
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■神戸は、映画にとって必要なものが全部ある「映画になる街」。

―――実際に映画を撮るということを前提に神戸に住んだ感想は?
濱口監督:暮らしがロケハンみたいな感じでした。大体KIITOに行って、基本的には生活していてここがいいなとか、こんなカメラポジションがあるなということを探しているわけですが、映画になる街ですね。パンレットの寄稿文で柴崎友香さんが「坂を登ればいつもそこに海がある。それが神戸の街」と書いて下さっていますが、山があり、海があり、その間に都市があり、電車が通っている。山を越えたら有馬温泉があり、ちょっと違う気分を楽しめますし。僕にとって映画を作るのに必要なものが全部あるという場所は、なかなかないように思えました。暮らしそのものが映画になる、その時とても魅力的に見える街だと思います。
 
―――撮影までのワークショップは、どのような内容でしたか?
濱口監督:「即興演技ワークショップin Kobe」というタイトルですが、いわゆる演技のレッスンはせず、「人に聞く」ということをテーマにやっていました。最初に行ったのは、自分が興味のある人のところに行き、いい声を撮ってくるというものでした。撮影担当としてスタッフが同行し、受講生が1時間強インタビューをして、後日、自分が一番いい声だと思う映像を抜粋してブレゼンテーションしました。また月に一度、自分が興味を持てる著名なゲストをお呼びし、受講生が聞き手を務めるトークイベントを開催しました。翻訳家の柴田元幸さんや女優の渡辺真起子さんが来てくださいました。
 
―――脚本はワークショップと同時並行で書いていたのですか?
濱口監督:ワークショップは最終的に映画を作るためにやっていたので、最後の成果発表は脚本の本読みも兼ねるようにしました。脚本は2013年末に3人で3本書きました。それぞれが原案を出し、物語をシーンごとに並べて、大まかな構造を作る作業(柱立て)、ダイアログを埋める作業の3つの作業をまわしながら担当すると、それぞれの脚本が3人全員の手を通過するようになります。そのような方法で書いた3本の脚本から、最終的に選んだのが今回の『ハッピーアワー』の脚本で、その時の仮タイトルは『ブライズ(花嫁たち)』。どこまでも皮肉な感じでしたね(笑)。ワークショップ参加者17人全員が参加できるのが、この脚本だったということもあります。
 
―――男性3人のユニットで、ここまで30代後半女性のリアルな心理を脚本に書けることに驚きを感じましたが、受講生の生い立ちや彼女たちから聞いた話を脚本にアイデアとして盛り込んでいるのでしょうか?
濱口監督:受講生から色々と話は聞きましたが、そのまま盛り込んでしまうと信頼関係が損なわれてしまうので、実はそんなに入っていません。ただ、話すことによって分かるその人の感じは、ありますよね。例えば、こういうことは言うけれど、こういうことは言わない人だとか。そういった何が言えて、何が言えないという傾向は、キャラクターに反映されています。
 
 
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■演者の体でも言えるし、キャラクターが言いそうなことでもあるし、ドラマを進めるための台詞でもあるというものを書きながら見つけ、脚本の精度を上げていく。

―――30代夫婦のすれ違いは一般的に結構よく描かれていますが、女同士の仲良しグループ的会話の奥にある、本音のぶつかり合いは見ていてヒリヒリしたものを感じました。自分自身を顧みてもそこまで本音をぶちまけるような機会が大人になればなるほど、ない気がします。
濱口監督:今回はキャラクター設定をする際に、サブテキストを用意しました。過去の関係性が脚本形式に書かれ、結構ツッコんだことが分かるものと、キャラクターが質問を投げかけられた時にどう答えるかという架空のインタビュー問答集(家族構成他)を演者に渡しました。日常では言わないようなことだからこそ、ドラマになっていく台詞が映画の中にはあります。演者は日常を生きていますし、キャラクターだって何でも言えるわけではないし、ドラマを動かすために動いてくれるわけでもない。ただ全体としてドラマを動かしていかなければならないというこちらの思惑が重なるので、脚本を書いていて膠着状態に陥ることがよくあります。「あれは言うけれど、この局面では言わない」程度のことを書くので映画が長くなる部分もありますが、逆にある種の精度が上がるのです。演者の体でも言えるし、このキャラクターが言いそうなことでもあるし、ドラマを進めるための台詞でもあるというものを書きながら見つけていく感じですね。
 
―――確かに、印象に残る台詞は、ぐっと胸の中で溜めこんだ思いを吐き出したようなプロセスを経ているので、飛び出した時は「ようやく出たか!」という爽快感がありました。
濱口監督:あらかじめ演じる人に違和感になるような要素を取り除いていくことによって、違和感のない台詞になっているのではないかと思います。女性を描こうと思ったことはなく、この人たちが演じやすいようにということを考えながら、ひたすら書いていたら、最終的にそういう感想をいただくことが増えたと思っています。
 
―――ワークショップを最初から最後まで全部入れ込む構成も非常にユニークでしたが、ワークショップや朗読会をまるごと映画の中に取り入れた理由は?
濱口監督:別々の環境で過ごしている4人が集まらないと話が進まないので、ワークショップと有馬旅行と朗読会をそれにあたるものにしています。ワークショップは全体を通してドキュメンタリー的に撮影をしました。うさん臭さを出すという命題があってのワークショップですから、ある程度説明が必要で、一つの時間として全体を語り切ることになるのです。ダイジェスト的にみせることもできますが、それだと全然訳が分からなくなりますから。朗読会で純の夫、公平が登場し、打ち上げにも参加するというアイデアは、結構撮影の後半に出てきたアイデアです。桜子と芙美、それに対する公平という精神的に距離のある三人が同じテーブルについても違和感のない流れにしないといけないので、面白いけれど、そんなことが起こるのか自問しながら、書きました。
 

■演者自身が言える、言えない部分を映画に取り込むと、ある程度日ごろ彼女たちがさらされている環境が自然と反映されているのではないか。

―――既にロカルノ映画祭で最優秀女優賞、ナント三大陸映画祭で観客賞と海外での評価が高いですが、海外の観客からの反響は?
濱口監督:「ヒロインの彼女たちを友人のように感じる」というのも驚きですが、一番驚くのは、「日本の社会は、こういう社会なのか?」と言われたことです。日本の社会の中で抑圧されている女性を描いているような印象を抱かれるらしいです。言いたいことの言えなさや、抑圧のされ方がそう映るのですが、、先ほど言ったような演者自身が言える、言えないという部分を映画に取り込んでいくと、ある程度日ごろ日本社会に生きる人たちがさらされている環境が自然と反映されるのではないかという気はします。
 
―――一方的に女性だけが抑圧されているとは言い切れない部分があり、30代男性も厳しい現状にさらされていると感じますね。
濱口監督:日本に限らず、近代化された社会では、仕事から糧を得るとき女性より男性の方がある程度、外でお金を稼ぎやすい状況はそんなに変わらないと思います。その時、男性はどうしても社会から保護されがちで、家族に対して関心を向けないことを正当化しやすい。女性はそのような夫の無関心に苦しむ一方、問題自体を自覚しやすいです。男性は、何かを引き起こしている原因が自分であることに思い至りません。
 

■人と人とが互いに関心を向け合うだけで、社会全体の幸福はそれなりに上がっていくはず。

―――離婚裁判では、「あなたの無関心が私を殺す」という趣旨の純の台詞もありましたね。
濱口監督:社会全体の問題だと思いますが、関心を誰かに向けるということがとても大きな力を持っているということの価値を、社会全体が認めていないんですよ。人と人とが互いに関心を向け合うだけで、おそらく社会全体の幸福はそれなりに上がっていくと思いますが、社会全体でそれが一番大事なことだとは設定されていない。お金を稼ぎ、それによって必要なものを買って生きるということが幸福の指標として設定されているので、関心というものが持っている力を、特に男性たちは知らない。女性たちは、関心を向けられないことで、逆説的に関心の力をある程度知っているので、そのことがないことを問題にしやすいのではないでしょうか。
 

■今、私たちの中で何かが起きているという実感が関係性の中では必要。それが関係性を持続させる力になる。

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―――とても腑に落ちる言葉です。本作や過去作品を通して、濱口監督の作品は、人と人とのコミュニケーションが柱になっていると感じます。聞くという行為が重要視されているのも、根っこはそこにあるのですか?
濱口監督:妻や夫という役割の中に入ってしまうと、これをやっておけばいいということになりがちですが、実際人間はそれでは満足しません。本当に今、私たちの中で何かが起きているという実感が関係性の中では必要だし、関係性を持続させる力になると思います。ただ、きちんと相手と向き合い、見たり聞いたりするというのは単純に時間がかかります。とても大事なものなのに、関心を向けられていない。だから、僕はそこを取り扱っているのだと思います。
 
―――撮影も、神戸の街の様々な表情を切り取りつつ、演者たちの言葉にならない思いが滲む表情をじっくりと映し出されており秀逸でしたが、濱口監督から撮影面でリクエストしたことはありますか?
濱口監督:ワークショップを週に一度半年間やっていたとき、毎週撮影の北川喜雄さんは東京から通ってくれ、ワークショップ自体の記録をしてくれていました。カメラを据えてそこにいる人という感じで、ずっと付き合ってくれました。こちらからも「まあ、来てよ」とオーダーしやすい人柄ですし。特に演技経験のない人がほとんどなので、そういう人たちがカメラを向けられると怖い訳です。彼自身、ワークショップにも参加し、演者との関係を深めるようなことをしてくれていました。北川さんのカメラだからという部分で、演者の緊張を和らげる要素になっていたと思います。
 
―――最後にこれから作品をご覧になるみなさん、特に関西のみなさんに一言お願いします。
濱口監督:神戸という街を中心に、関西で撮った映画なので、皆さんの生活にすごく近いものが映っていると思います。映画のある時点から、生活の中のドラマチックな瞬間にどんどんシフトしていくのですが、見ながら自分たちの生活の中にあるドラマの種のようなものに自覚的になっていただけたら、とてもうれしいことだと思います。
(江口由美)
 

<作品情報>
『ハッピーアワー』
(2015 日本 5時間17分)
監督:濱口竜介
出演:田中幸恵、菊池葉月、三原麻衣子、川村りら他
2015年12月5日(土)~元町映画館、12月12日(土)~シアター・イメージフォーラム、2016年1月23日(土)~第七藝術劇場、2月6日(土)~立誠シネマ、2月20日(土)京都みなみ会館オールナイト上映、他全国順次公開
公式サイト⇒http://hh.fictive.jp/
(C) 2015 神戸ワークショップシネマプロジェクト
 

 MX4Dnanba-500.jpgHG「MX”フォー”D !!」は RG「アメイジングシステム」!!

 TOHOシネマズなんばアトラクション型4Dシアター”MX4D™”導入記念イベントレポート

 

■日時:12月14日(月)13:00~
■会場:TOHOシネマズなんばスクリーン5
■ゲスト(敬称略):レイザーラモン(HG・RG)


2015年12月18日(金)よりTOHOシネマズなんばに導入される”MediaMationMX4D™”。一般公開に先立ち、導入記念お披露目イベントと題し、レイザーラモンのお二人をゲストに招き、トークイベントが実施されました。
 

MX4Dnanba-240-2.jpgMCの紹介で登場したレイザーラモンのお二人。まずはHGが今回導入されるMX4D™と自身のギャグにかけ、「MX”フォー”D~!!」と大絶叫。会場を一気に盛り上げました。そしてRGは黒のタートルネックとジーンズ姿で登場。自己紹介を促されると「ハロー、アイムスティーブ・ジョブズ」と持ちネタでもあるモノマネで登場し「アメイジングシステム!レッツエンジョイMX4D™ !センキュー。」とMX4D™をプレゼンしました。
 

MX4Dnanba-240-3.jpg事前にMX4D™を体験していた二人。MX4D™には11種類の機能があると紹介され、MCからどの機能が一番面白かったかと質問されると、RG「水はね、量があんなにあるとは(思わなかった)。」、HG「どっから出るシステムになってるのかって言うのが(分からなかった)」と水が飛び出す機能を上げていました。
 


とここでMCから「MX4D™あるある」の披露をお願いされたRG。森山直太郎さんの「さくら(独唱)」に合わせ、たっぷりと歌を熱唱した後、「水がかかる時、荷物が気になる~」とあるあるを披露し、会場の笑いを誘っていました。
 

一度RGは退場し、HGは得意のイラストで「MX4Dで注意しないといけない事ベスト3」を発表。「サングラスは外すこと」「空気椅子で座らない」「周りに個性が強い人がいても気にしない」を注意点として、見事なイラストと共に発表しました。

MX4Dnanba-500-2.jpgMX4Dnanba-240-1.jpgその後、今年話題の人と言うことで新たなゲストが呼び込まれ、登場したのはラグビー日本代表のジャージをまとったレイザーラモンRG。ラグビー日本代表のリーチ・マイケルに扮して再登場しました。「スクールウォーズをMX4D™で観ました。」と明らかな嘘を言った後、「日本代表の練習にもこのシステムを取り入れたいですね。」と、リーチ選手になりきってコメントをしました。更にここでも“あるある”を披露。スクールウォーズのテーマに合わせ「(車のシーンで)道から外れがち~」と全力で歌い上げ「ワイルドスピードを観た時も道から外れてました。」と自身の経験したあるあるを披露しました。
 

最後は「芸人なので大げさに言いがちですけども、本当に興奮しましたし、楽しめたので、ぜひこれを体感しに、皆さまTOHOシネマズなんばにお越し下さい、宜しくお願いしまーす !」とPRし、イベントを締めくくりました。


【MediaMationMX4d™システムの特徴】
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エンタテインメントの本場米国ロサンゼルスに本社を構え、4D/5Dモーション・エフェクト・シアターと、シートの特許を持ったリーディングサプライヤーであるMediaMation社が開発した、3D映画を超える”アトラクション型4Dシアターシステム”。映画のシーンに合わせ、客席のシートが前後・左右・上下に動くと共に、風、ミスト、香り、ストロボ、煙や振動など、五感を刺激する特殊効果が11種あり、これらが連動することによって、通常のシアターでは味わえない「LIVEエンタテインメント」を実現します。

 
 


アトラクション型4DシアターMX4D™ 12月18日よりTOHOシネマズなんば(シアター5)に登場!!

【料金】
・3D映画をMX4Dで観る場合⇒ 映画代+MX4D代(1200円)+3D代(400円…3Dメガネ持参の場合300円)
・3Dではない映画をMX4Dで観る場合⇒ 映画代+MX4D代(1200円)
・なお、シアター5で上映されるすべての映画がMX4D方式で上映される訳ではありません。その場合は1200円は不要となります。

(プレスリリースより)

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『ヴィオレット―ある作家の肖像―』主演エマニュエル・ドゥボスインタビュー
 

~女性で初めて“性”を赤裸々に語ったフランス作家ヴィオレット、その孤独と葛藤に満ちた半生とは?~

 
フランスを代表する女性作家でありフェミニズム運動家のシモーヌ・ド・ボーヴォワールが、その才能に惚れ込み、世間に認められるまでバックアップを惜しまなかった女性作家がいた。自らの体験を美しい文体で赤裸々に綴り、初めて“性”を語った女性作家として64年の『私生児』で大成功を収めたヴィオレット・リュデュックだ。父親に認知されず、またその容姿から愛する人からも拒まれ、孤独の中で全てを書くことに捧げてきた激動のヴィオレットの半生を、『セラフィーヌの庭』のマルタン・プロヴォ監督が映画化した。
 
 
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マルタン・プロヴォ監督が「最初からヴィオレット役と決めていた」というエマニュエル・ドゥヴォスが、自分の容姿に悩み、母との関係に苦しみながら、ボーヴォワールを慕い、自分の力で生きる道を切り開くヴィオレットを熱演。ヴィオレットの愛には応えられないと断言しながらも、女性の自由な表現を求めて、ヴィオレットの執筆活動を全面的に支援するボーヴォワール役には、『屋根裏部屋のマリアたち』のサンドリーヌ・キベルランが扮し、フランス文学界に革命を起こした二人の友情や愛情を超越した関係が描かれている。40年代から60年代に渡る二人の対照的なファッションや、その変化も見どころだ。
 
6月に開催されたフランス映画祭2015の団長として久々の来日を果たしたエマニュエル・ドゥボスが、タイトなスケジュールの中インタビューに応じ、ヴィオレット・リュデュックを演じたことについて、また自身のキャリアについて語った。
 

 

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―――フランスを代表する女優として活躍されているドゥボスさんですが、女優を目指したきっかけは?
エマニュエル・ドゥボス(以下ドゥボス):もともと役者一家の出身なので、小さい時から舞台に自然に接していましたし、何歳の時に女優になったか分からないぐらい、最初から女優になりたいと思っていた気がします。もしかしたら色々な人の人生を演じることに魅力を感じたのかもしれませんが、一人の人間が役者になりたいと思う動機は、常に謎だと思います。
 
―――ドゥボスさんの女優人生の中で、一番大きな変化が訪れたのはいつですか? 
ドゥボス:私のキャリアは徐々に上っていったので、特別大きな変化はありませんが、ジャック・オーディアール監督の『リード・マイ・リップス』は、私にとって大きなきっかけになりました。この作品で私は賞をいただきましたし、作品も大成功を収めました。ヴィオレットと同じように強烈な役なので、変わるきっかけになったと思います。
 
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―――マルタン・プロヴォ監督からオファーを受けた時、まだ脚本は出来ていなかったそうですが、出演を決めた理由は?
ドゥボス:私が出演作を選ぶ基準は、出来あがった映画を一観客として観てみたいと思うか、役柄が自分にあっているか、シナリオの質や監督の才能などを総合的に判断しています。本作の場合、マルタン・プロヴォ監督の前作『セラフィーヌの庭』が大好きでしたし、プロヴォ監督がそんなに変な作品を作るはずはないと思っていましたから。
 
―――プロヴォ監督は、ヴィオレット役はドゥボスさんしかいないと思っていたそうですが、演じるにあたって二人でどのように役を作り上げていったのですか?
ドゥボス:撮影前に何度も会い、ヴィオレットに対してお互いにどんな印象を抱いているか話をしました。対話を通して、役が出来上がってきた感じです。実際にヴィオレットと知り合いだったというパトリック・モディアーノ氏にも会う機会があったのですが、出来上がった映画を観て、「本物のヴィオレットはもっとひどかった」。とても耐えがたい外見の人だったそうです。私自身、ヴィオレットが書いた全ての本を読みましたし、彼女がシモーヌ・ボーヴォワールに宛てて書いた手紙や、詳しい自伝も読みました。それだけヴィオレットは自己表現をしていた訳ですから、そういうものを読み込むと、彼女のことは大体分かりました。プロヴォ監督の前で演じる上でも、迷いなく演じることができました。
 
 
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―――映画の冒頭に「女性の醜さは罪である・・・」という詩が登場しますが、ドゥボスさんご自身は女性の美について、どのような考えをお持ちですか?
ドゥボス:美に関する感覚はパーソナルなものだと思いますが、役を演じる上で、つけ鼻をし、醜い姿になって感じたことは、「極端に醜いのは本当に重荷だ」ということです。ヴィオレットは自分の鼻が耐えられず、整形手術もしていますが、それでもあまり美しくなれませんでした。逆にそれはキツいことだったと思います。
 
―――ドゥボスさんが演じたヴィオレットは、個性的である一方、少し親しみすら覚えるようなかわいらしさもありました。
ドゥボス:自分と似ている部分を見つけようとはしたものの、一つもなく、探すだけ無駄でした。ただ、あまりひどい所ばかり見せてもいけませんから、私が演じるヴィオレットには少女のようなかわいい面も必要でした。
 
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―――南仏で自分の居場所を見つけ、幸せそうに過ごすところで終わっていきますが、ヴィオレットの人生をどう捉えていますか?
ドゥボス:現実のヴィオレットも『私生児』がフランスでベストセラーになった後、様々な国で翻訳されました。彼女の心の傷の元は、父親に認知されなかったことにありましたが、ようやく世間が自分を認めてくれ、世間の中に自分の居場所が出来たことで、心が穏やかになったのです。また、ヴィオレットはボーヴォワールというメンター(導き役)がいました。二人の関係は特殊な関係で、これに比べられるものは私の中にもありません。その後南仏に家を見つけ、半ば引退生活とはなりましたが、友人を招いたり、人生に欠けていたものをみつけ、心の平穏を得ました。最後はガンで闘病の末亡くなっているので、死ぬ間際は辛かったと思いますが、南仏でようやく自分の居場所を見つけることができたのでしょう。
 
(江口由美)
 

<作品情報>
『ヴィオレット―ある作家の肖像―』
(2013年 フランス 2時間9分)
監督:マルタン・プロヴォ
出演:エマニュエル・ドゥヴォス、サンドリーヌ・キベルラン、オリヴィエ・グルメ
2015年12月19日(土)~岩波ホール、2016年1月9日(土)~シネ・リーブル梅田、京都シネマ、1月16日(土)~神戸アートビレッジセンターほか全国順次ロードショー
公式サイト ⇒ http://www.moviola.jp/violette/
配給:ムヴィオラ 
© TS PRODUCTIONS – 2013
 

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朝ドラ絶好調の波留、主演映画を語る『流れ星が消えないうちに』舞台挨拶@テアトル梅田(2015.12.5)
登壇者:波留 
 

~罪の意識や悲しみを越えて、一歩先に進む勇気を描くヒューマンラブストーリー~

 

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発行部数 30 万部を超える橋本紡(『半分に月がのぼる空』)の同名小説を映画化した『流れ星が消えないうちに』が、12月5日(土)大阪で公開初日を迎えた。スタート以来高視聴率をキープし続けているNHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」でヒロインを演じる波瑠が、本作では恋人が突然死してから、家の玄関でしか眠れなくなってしまった主人公・奈緒子をしっとりと演じている。現在の恋人、巧(入江甚儀)と、奈緒子や巧の心に深い悲しみを残し続けるかつての恋人、加地(葉山奨之)との間で揺れ動き、罪悪感に襲われる一方、父(小市慢太郎)や妹(黒島結菜)それぞれの思いを時には不器用にぶつかり合いながら心通わせていく奈緒子に寄り添ったヒューマンラブストーリーだ。
 
 

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テアトル梅田で行われた公開初日の舞台挨拶では、現在「あさが来た」収録で大阪に長期滞在中の波留が深紅のひざ丈ワンピースに身を包み登壇。満席の客席から大きな拍手が沸き起こった。初めての一人舞台挨拶という波留は、トレードマークの大きな瞳を輝かせながら、長期滞在ならではの大阪エピソードを披露。大阪は活気があって、人が賑やかで、アツイ!と、商店街でも友達のお母さんのような距離感で接してくる大阪のおばちゃんのことをにこやかに話し、「大阪のだしや、うどんがお気に入り」と大阪の食を楽しんでいることを明かした。

 

 

 
 

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もともと原作小説を持っていたという波留は、「きれいだけど切なく悲しい話。正直脚本を読んで辛そうと思った。撮影でも午前は加地君、夜は巧君と二人の間を行き来した。うれしいとか楽しいよりも、罪悪感は人の心に濃く残るもの。その状態で撮影現場にいるのは辛かった」と奈緒子役を演じた心境を語った。一方、若手中心のキャスティングで、一番年上だったにもかかわらず、周りに甘えてばかりだったという波留は、特に妹役の黒島結菜について「しっかりしている妹を持った感じ」と絶賛。人数もスタッフも少なかったがアットホームな現場だったと撮影を振り返った。
 
 
 

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ここで、巧役を演じた入江甚儀からのメッセージが代読され、「目に見える大きな一歩は踏み出せなくても、応援してくれる人がいるから大丈夫。そして、動くことでしか見えないことがある。この映画が僕の背中を押してくれたように、今度は僕がこの映画の背中を押したい」と劇中のセリフを交えながら本作への思いが語られた。
 
最後に「日常の中で人々と触れ合う中で、本当に些細なことで背中を押され、前に動き出そうと変えていける力を人は持っているんですね。そういうメッセージが伝わればいいなと思っています。ご覧になって面白いと思っていただけたら、帰って友達や家族に、もしよかったら電車で隣に座った人に良かったよと言っていただいて、たくさんの人に観てもらえると本当にうれしいです。今日はありがとうございました」と挨拶し、舞台挨拶を笑顔で締めくくった。
 
(江口由美)
 
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<作品情報>
『流れ星が消えないうちに』(2015年 日本 2時間2分)
監督:柴山健次 
原作:橋本紡『流れ星が消えないうちに』 (新潮文庫刊) 
出演:波留、入江甚儀、葉山奨之、黒島結菜、西原亜希、岸井ゆきの、八木将康、渡辺早織、古館寛治、石田えり、小市慢太郎 
公式サイト:http://nagareboshi-movie.com/  
(C) 2015 映画「流れ星が消えないうちに」製作委員会
 

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『人の望みの喜びよ』杉田真一監督インタビュー
 

~震災で両親を失った姉と弟の心情を、子どもの目線ですくい取る~

 
震災により目の前で両親が亡くなったことを弟に告げられず、一人苦しみを抱え込む姉と、大人たちの中で無邪気な笑顔を見せながら、姉のことが気になる弟。思いがけない出来事のその後を、幼い二人に寄り添うようにじっくりと描いた杉田真一監督初の長編作品『人の望みの喜びよ』が、12月5日(土)から第七藝術劇場で公開される(以降、元町映画館、京都みなみ会館にて公開)。第64回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門スペシャルメンションを受賞した本作は、罪悪感や思いがけない出来事にどう向き合っていくかという普遍的なテーマを、台詞ではなく主演二人の自然な表情や動きで、静かに感じさせてくれる「心で観る」作品だ。
 
阪本順治監督や大森立嗣監督の助監督を経て、長編デビュー作を撮り上げた地元伊丹出身の杉田真一監督に、助監督時代のエピソードや、本作のテーマ、そして子ども目線で描くことの意義について、お話を伺った。
 

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■阪本監督の映画との向き合い方を目の当たりにし、ここでしっかり勉強したいと思った。

―――杉田監督は、様々な監督の下で助監督として仕事をされていますが、いつから助監督の仕事を始めたのですか?
大学一年生のときにちょうど山下敦弘監督が『ばかのハコ船』を撮影されており、最後の夏のシーンを手伝わせてもらったことが最初のスタッフとしての仕事です。大森立嗣監督は、『赤目四十八滝心中未遂』で助監督をされており、関西での上映で来場した大森さんと劇場でお会いしたのがきっかけです。僕は上映劇場でもぎりスタッフをしていましたが、大森さんも気に入ってくれ、当時準備中だった『ゲルマニウムの夜』にスタッフとして参加すればと声までかけてもらいました。大学はどうしても卒業したかったので、卒業後『ゲルマニウムの夜』劇場公開初日を見に夜行バスで東京まで行ったら、大森さんは僕のことを覚えていてくれ、「卒業したなら、東京に出てきたら?」と。その言葉を機に上京し、山下監督の『天然コケッコー』などを経て、大森さんの作品準備に呼んでいただくようになりました。
 
 
―――山下監督、大森監督と学生時代から実力派の監督と仕事をされていたのですね。今も杉田監督が師匠と仰ぐ阪本順治監督の助監督になったきっかけは?
大森監督のカメラマンである大塚亮さんが、阪本監督のカメラマン、笠松則通さんの弟子という関係だったので、大塚さんと僕の仕事が空いてしまったときに、阪本監督の『展望台』(『The ショートフィルムズ みんな、はじめはコドモだった』)に参加させてもらいました。『カメレオン』の現場で阪本監督の映画との向き合い方を目の当たりにした時、ここでしっかり勉強したいと思い、以降は新作を撮る時は阪本監督も僕を呼んで下さるようになりました。
 
 
―――錚々たる監督の下で修業を積んでいらっしゃいますが、ご自身が監督される際に思い出すような教えはありますか?
大森監督も阪本監督も、ご自身の作品に本当に真摯に向き合い、誰よりも勉強するし、誰よりも苦しむし、誰よりも役者さんをリスペクトし、スタッフもリスペクトしてくださいます。ただこうしろと言うだけの演出ではなく、役者さんが表現したことに対し、それを受け止めながら、時には軌道修正を加えたりし、リスペクトを忘れないのです。僕が憧れるのはそういう演出で、その方が役者さんも輝きますし、思っていたことと違っても案外それが面白いのではないでしょうか。大森監督は「そこで生まれてきたものを信用するしかないよね」とはっきりおっしゃいますから。阪本監督は「役者には顔を見て演出、スタッフには背中で演出」とおっしゃっていました。
 
 

■「おまえ助監督に向いていないから、監督する準備をしておけ」との言葉に背中を押された。

―――助監督時代が6年ほど続いたそうですが、そこから自分の作品を撮るにいたった経緯は?
28歳の頃、『座頭市 THE LAST』のサード助監督をしていたのですが、照明を待つ間に、カメラマンの笠松さんに幾つになるか聞かれたので28歳と答えると、「その年に松岡錠司は『バタアシ金魚』を撮ってたな。助監督なんて3年やれば分かる。今回の『座頭市 THE LAST』でフィルムが余るから、それで短編映画を撮れば?」。我に返ってそうだなと思う部分もありましたが、阪本組でやりたい仕事をさせていただいていたので、そこから外れる不安もあったんです。続く『行きずりの街』が完成した夜に、阪本監督が二人で飲みにつれて行って下さり「おまえ助監督に向いていないから、セカンド助監督で2本ぐらいやったら、監督する準備をしておけ」とも言ってくださって。低予算だけど短編の話があったときにやろうと思えたのは、そんな背中を押す言葉があったからだと思います。その後短編を撮った時も、「もう助監督に戻っちゃだめだ。自分の作品のことを一番に考えろ。短編はいくら評価されても短編でしかないから、長編を作れ」とアドバイスしてくださいました。
 
 
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■大きなハプニングが起こった時に真正面からどう向き合うのか、また、何かしたいけどできない後ろめたさをテーマに描く。

―――本作のアイデアはいつ頃生まれたのですか?
東日本大震災後、実家の伊丹で3カ月生活しながら、今後世の中がどうなっていくのか感じていなくてはいけないと思いました。三好プロデューサーと長編のアイデアを考えていたときで、東日本大震災が起こり、何かしたいけれど出来ない後ろめたさを感じていました。そういう後ろめたさとどう向き合うのか。それをもっと具体的に反映した企画が今回の原案でした。はっきり打ち出すのかどうかのボリュームの違いはありましたが、一番ボリュームが大きいものを選びました。こういう題材を選んでいながら、そこから逃げるのは不誠実ではないかという思いがありましたから。
 
 
――物語は地震で少女が両親を失うところから始まりますが、監督自身の被災体験も反映されているのですか?
僕は、主人公の春奈よりは少し年上の14歳で阪神淡路大震災に遭いました。大人でもない、子どもでもない、すごく宙ぶらりんの年代を主人公にしたいと思ったのは、僕の被災体験が元になっていると思います。大人になると、頭では考えられるけれど、心がついていかないような感情が描けない。大人だと、かわしたり、別の人に相談できたり、様々な手段を選択できますが、子どもたちはそういうかわし方をしらないし、目の前で起こった事に真正面から対峙するしかありません。僕個人の立ち位置もそうですが、大きなハプニングが起こった時に真正面からどう向き合うのかに焦点を当てたかったので、子どもたちの方がテーマにも合うと思い、主人公二人の目線で描くことを選びました。
 
 
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■大人目線で描いた子どもだけには絶対にしたくない。彼らがやってみたいことを極力尊重する撮り方をした。

―――物語を通じて、主人公の子ども二人の目線で描ききっています。台詞で表現するのとは違い、感情をため込んだまま、ただ歩く春奈の姿をじっと追っていますね。
そういう表現が(春奈役の)大森絢音さんだから出来ました。実際に撮影してみないと分からなかった部分です。最初に震災が起こったところから始まり、そこで大森さんがどういう表情をするかで、この後観る人や、僕らも含めて彼女の思いを一緒に抱えることができるかが決まります。この思いさえ共通して持てるのなら、じっと寄り添って描くという表現は可能だと思わせてくれました。文字ではいくらでも表現できますが、どうやったら説得力のある映像になるかを試行錯誤し、最初の思いを一緒に抱えながら撮っていった感じです。
 
スケジュールが短い低予算映画ですが、冒頭と最後のシーンだけは撮り順を変えたくありませんでした。そうでなければ、何を手掛かりに映画を作り、何がOKか判断できません。大人目線で描いた子どもだけには絶対にしたくなかったので、プロデューサーにそこだけは無理にお願いしました。
 
 
―――子ども目線で描くということは、実はかなり難しいと思いますが、特に演出面で気を付けたことはありましたか?
思い描いていることはもちろんあるのですが、なかなか思うようにいかないことが多いです。そのときに子どもが合わせるのではなく、こちらが合わせればいいと思い、大人に演じてもらうより、すり合わせの幅を緩やかにしました。カメラマンにも、今回は子どもに合わせるので、そんなにテイクを重ねられないから一発撮りのつもりで緊張感を持つようにと話しました。子どもたちとは自分が演じる役の気持ちの動きなどを話し合いました。もちろん彼らが分からない、納得できないこともありました。そこで無理やり台詞を言ってもらうことはできますが、それでは彼らが演じる人物の気持ちは伝わってこないので、彼らがやってみたいことを極力尊重する方を選びました。普段僕がしゃべっている言葉が通じないこともあり、5歳の子どもに伝えるにはどうしたらいいかも考えました。今となっては勉強になったと思います。
 
 
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■十字架を背負ってしまった人の気持ちも、希望も日常の中にある。

―――日常の描写が続く中、後半からラストにかけては、姉弟二人だけの世界になり、二人の内面が響き合って静かな感動を呼びます。特にラストはハッとさせるものがありました。
物語としては大きな起伏もありませんし、冒頭の震災以降は見て下さる方の日常とリンクできるようなシーンばかりが並んでいる気がします。でも、十字架を背負ってしまった人の気持ちは日常にこそ現れるでしょうし、希望も日常の中にあると思うのですが、あまりにも近すぎて見えないことがあるのではないでしょうか。そこにふと気づいた瞬間を、ラストに持ってきたいと思っていました。分かりやすいハッピーエンドとして描くより、ただ目の前で悲しんでいる姉を勇気づけてあげたい一心で弟がとった行動によって表現しました。現場で翔太役の稜久君の笑顔を見たとき、この後は何をくっつけても蛇足にしかならない、こんなに説得力のあるところで終われなかったら、この映画は何だったんだと。まさに、稜久君と綾音さんの二人だから撮れたし、様々なことを積み重ねていった結果だと思います。
 
 
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■『人の望みの喜びよ』は、全てを肯定する言葉。少しでも相手をリスペクトしたいし、それを映画で表現していきたい。

―――『人の望みの喜びよ』というタイトルも、非常に印象的です。このタイトルに込めた思いや、表現したかったことを教えてください。
脚本を書いているときに、「人の望みの喜びよ」という言葉をものさしにしていました。正直、本作を見て「人の望みの喜びよ」という言葉とリンクしにくいし、覚えづらいので、他のタイトルを勧められました。でも、この言葉に向かって書き、作ってきたので、どうしても他の言葉ではしっくりこないのです。バッハの『主よ、人の望みの喜びよ』からとったのですが、否定するものが一つもない、全てを肯定する言葉で、映画のテーマにもなっています。震災後の風潮を見ていると、「復興」などの分かりやすい言葉で語られがちですが、その言葉によって苦しむ人もいるのではないか。震災などが起こったとき、生きる上で背負わなくてもいいものを背負ったり、罪悪感を抱えてしまう人もいますが、全てひっくるめて肯定できないのかと思うのです。
 
 
―――確かに今の日本は、スローガンのようなポジティブで強い言葉が全面的に出過ぎて、息苦しさを感じますね。
簡単に他人を否定することはできますが、点のような自分を中心とした考え方をもう少し広げて、自分と相手との意識を広げ、少しでも相手をリスペクトできないのかなという気持ちがあります。僕の高校の恩師が、「自分が楽しいと思うときは、足元を見ろ」と言ってくれ、今でも胸に残っているのですが、自分が楽しい時に実は他人の足を踏んでいても気づかないことがあるかもしれない。そういう時に、ふと冷静になって足元を見ることができる自分でいたいし、その方が人と関係するときにも豊かでいられるのではないでしょうか。言葉を投げるタイミングも、相手に合わせることでより加速するでしょうし、それをどうすればいいのかをこれからも映画で表現していきたいです。
(江口由美)
 

<作品情報>
『人の望みの喜びよ』
(2014 日本 1時間25分)
監督・脚本:杉田真一
出演:大森絢音、大石稜久、大塲駿平、吉本菜穂子
2015年12月5日(土)~第七藝術劇場、元町映画館、京都みなみ会館他全国順次公開
※12月5日(土)14:40の回、杉田真一監督 舞台挨拶予定
 12月6日(土)14:40の回 杉田真一監督、阪本順治監督 トークショー予定
※第64回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門スペシャルメンション受賞
公式サイト⇒http://nozomi-yorokobi.com/
(C) 344 Production
 
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『若き詩人』ダミアン・マニヴェル監督インタビュー
 

~詩人を夢見る青年、レミの迷い道が瑞々しく描かれる、珠玉のフランス発インディーズ作品、上陸!~

 
まるで水彩画のように淡く、透き通った色合いの映像が、陽光降り注ぐ南仏の海辺をやさしく映し出す。そこにいるのは、詩人になりたいと、ノート片手に街を歩き回る青年、レミ。カッコイイのに、どこかファニーな部分も漂う非モテ男子は、街の漁師に話しかけ、リゾートで親戚の家にやってきたカメラ女子の手モデルをしてみたり、大好きな詩人が眠る墓地で向かい合い、自分が作った詩を披露したりする。
 
詩を作るというとても私的、内面的かつ地味に思える行為をテーマにしながら、一方で街の人々とコミュニケーションを取りながら自分を見つめ、苦悩する青年のリアルな姿を、独特のテンポでカラリと描いた『若き詩人』。本作が初長編作となるダミアン・マニヴェル監督と、今回併映される短編『犬を連れた女』でも主演のレミ・タファネルががっぷり組んで作り上げたインディーズ作品の本作は、ロカルノ映画祭で特別大賞を受賞し、フランス映画界でも大きな話題となった。フランス映画の新しい時代を予感させる才能に、思わずワクワクさせられることだろう。
 
本作上映に合わせて来日したダミアン・マニヴェル監督に、映画着想のきっかけや、主演のレミ・タファネルとの映画づくり、どんどん進化してきた自身の映画制作手法についてお話を伺った。
 

 
―――本作の舞台となった場所は海や坂があり、作品中でも「詩を作るのに適している」と言われるほど魅力的でしたね。
フランスのセットという地中海に面したリゾート地で、イタリア系の方がとても多い地域です。僕自身が小さい頃からよくバカンスで行っており、既に街全体の雰囲気や、小さい通りをよく知っていました。映画を撮るにあたって、自分が既によく知っている場所であることは必要不可欠でしたから。
 
―――詩を作るという非常に個人的、内面的で地味な行為を映画の題材にしようとした理由は?
レミの人物像に、詩の創作がとても合うと思いました。レミの世界の見方や考え方、それを言い表す方法は、彼が現代の詩人になることが可能であると思わせてくれます。
 
 

■皆、こっそりと詩を書いていたことがあるけど、個人的すぎて誰にも見せたくないのではないか。

―――日本人はあまり詩を身近に感じる環境ではないように思いますが、フランスは小さい頃から詩に親しむ習慣があるのでしょうか?
日本と同じような状況ではあると思います。生活から詩はすでに遠いものになっています。だからといって、詩が我々に全く必要ではないとは言い切れません。若者は詩という表現方法だけに固執せず、音楽や絵など、様々な表現方法から自分に合うものを探しています。僕の映画を上映したときに、若い観客が僕のところまでわざわざやってきて、自分も詩を書きたいんだとそっと告げてくれることがあります。皆、こっそりと詩を書いたことはあるけれど、誰にも見せないし、誰にも伝えたくないのではないかと感じています。私も18歳の頃詩を書いたことがありますが、とても個人的なものすぎて、誰にも見せたくないものでしたから。 
 
―――主人公、レミが度々墓地を訪れ、墓石に向かって対話するシーンが描かれていますが、実際に有名な人の墓があるのですか?

 

ポール・バレリーのお墓に向かって話をしています。世界的に有名な詩人ですが、私たちは映画の中で彼の名前を出していません。映画の中で誰の墓かは大切なことではなく、一番大切なのはレミ自身が偉大だと思っている詩人と会話をしているということなのです。
 
 
 
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■夢見がちな少年を探していて出会えた主演のレミ・タファネル。撮影中も合わせる努力をしながら、彼の提案を全部試してみた。

―――主演のレミ・タファネル君は、カッコイイのにちょっとヘンな独特の雰囲気を持つ好青年です。今回同時上映される短編『犬を連れた女』から2作連続で彼を主演に映画を撮っていますが、レミ君との出会いや、彼との映画づくりについてお聞かせください。
『犬を連れた女』の共同脚本、レミ・エステファル氏がレミ・タファネル君を見つけ、私に会うようにと勧めてくれました。その頃僕は、夢見がちな少年を探していたのですが、レミ君は会った瞬間、本当に気に入りました。まさにパーフェクトです。同時に彼はスペシャルな少年なので、通常なやり方では無理で、私が彼に合わせなければいけないこともすぐに分かりました。ですから撮影中もレミ君に合わせる努力をしました。彼はとても想像的な少年で、勇気もあり、リスクも取ります。様々なことを提案してくれるので、それを採るか採らないかは僕の判断ではありますが、それらは全部試してみました。特に『若き詩人』では、彼も私のやり方を分かっていますし、私も彼がどんな出方をするか分かっているので、とてもカッチリと組み合わさった感じで撮影できました。出演者もレミ君以外は、全てセットに実際住んでいる方ばかりです。エンゾ君も実際に現地で漁師をしています。バーでレミ君がおばちゃんに「あんた、迷ってそう」と話しかけられますが、それも本当にその場で起こったことで、何も仕込んでいません。
 
―――なるほど、シナリオが全てある訳ではなかったのですね。現場では、レミ君にどんな指示を出しながら撮影していたのですか?
古典的なシナリオという感じのものはありませんでした。毎日新しいアイデアを見つけるよう努力しました。まるで、映画を撮りながら物語を書いているような感じです。本来はまずシナリオを書き終えてからテストをし、撮影していくのですが、私たちはまず最初にテストをし、それからシナリオらしきものを書くような感じで進めていきました。いくつかのシーンは前もって書いていますし、いくつかは全く即興で撮りました。ですから1つだけのメソッドというものは私の映画にはありません。まず何が起きているかやってみて、眺め、それから決めていきました。
 
 

■新しい作品を撮るごとに、スタッフの数もシナリオの量も減っていき、逆にストーリーを語れるようになった。

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―――今まで短編4本を撮られていますが、短編時代から今回のような撮り方をされてきたのでしょうか?それとも、初長編の本作でシナリオではなく、まずはテストというやり方を取り入れたのでしょうか?
とても興味深い質問です。僕は1作撮るごとに進化を遂げ、今回のやり方に近づいていきました。最初の『男らしさ』という短編では、スタッフが20人もいました。新しい作品を撮るごとに、だんだんスタッフの数が減っていったのです。シナリオを書く量もどんどん減っていきました。撮影を重ねるごとに、段々ストーリーを語るようになってきたのです。今思えば、自分のやり方を探していたのでしょう。普通に考えると、変わったやり方で撮れば撮るほど、映画の内容は少し抽象的になっていくと考えられますし、そういう結果を得られるのが当たり前ですが、私の場合は正反対です。きちんとしたやり方でしないことにより、はっきりと物語性を帯びてきます。物語自体は全然ドラマチックではなく、とにかく自分の範疇に近いもので、僕はそういうものが好きなのです。
 
―――両作品とも、水性絵の具で描いたような透明感のある明るい色調なのが印象的ですが、色の面でこだわった点は?
色に関しては、自然光を使い、人工の明かりを使っていません。この街でどのような明かりがどこに降り注ぐかが分かってくると、後はひたすら待ちました。そこが大変でしたね。
 
 

■フランスの独立映画でも映画を作り続けることは難しい。日本の同世代の監督と、映画に対する思いを交換したい。

―――フランスのインディーズ映画業界は、今どのような構造になっているのですか?
フランスには商業映画、大きなお金を持っている人が独立映画を作る独立商業映画、そしてその下に独立映画があり、私はそこで映画を作り、自分で制作もしています。私たちにとって映画を作り続けることは本当に難しいことです。
 
―――インディーズ映画の上映環境は充実しているのでしょうか?
『若き詩人』はロカルノ国際映画祭でワールドプレミア上映をし、幸運なことに賞をいただき、世界の様々な国で映画を上映する機会を得ることができました。フランス、ブラジルでの配給に続き、日本でも配給されます。監督として映画を撮り、映画を上映することができるのは本当に幸運だと思っています。
 
―――今回の来日でダミアン監督は、日本のインディーズ映画の作り手との交流を図ろうとされているそうですね。
日本の同世代の独立系映画監督と出会いたいと思っています。最初に出会ったのは、ロカルノ映画祭での五十嵐耕平監督です。文化も人種も全く違いますが、映画人としては多くの共通点があると感じました。彼らと話をするにつれ、日本の若い独立系映画監督を取り巻く環境はとても複雑で、厳しいということが見えてきました。でもとても驚いたのは、そのような中でも彼らは映画を作りたいという熱い情熱を持ち続け、努力をやめないのです。私はそういう映画に対する思いを交換したいです。
 
 

■「僕はレミ君に似ている」という声も。日本で上映し、この作品が皆さんの心に触れていると感じられる。

―――既に、広島、福岡で短編が上映されましたが、日本の観客の反応はいかがですか?
国での違いもありますが、映画を上映する部屋が違えば反応は全く違います。日本の観客の方々の反応はとてもうれしいものです。映画を上映し、この映画が本当に皆さんの心に触れていると感じています。特に若い男の子が、「僕はレミ君に似ている」と言いに来てくれたりすると、うれしくて仕方ありません。
 
―――これからもレミ君の成長を、ダミアン監督の作品で観たい気がします。今、準備中の作品や、今後の構想があればお聞かせください。
レミ君に関しては、今後も一緒に仕事がしたいと思いますが、すぐではなく、何年か経て、僕も彼も成長したときに、また一緒に撮りたいですね。私は偶然仕事をするというスタイルが気に入っているので、彼との場合、あまり準備はしたくないのです。またバッタリ出会って、よし!といった感じで仕事をしたいです。今、編集中の長編第2作があるのですが、主人公は15歳の少女で、今までとは全く違った作品になっています。
 
―――ダミアン監督は、10代ならではの揺らぎや迷いを表現することに惹かれるのでしょうか?
青少年と働くのが好きなんですね。こうして考えてみると、全ての年代は興味深く思えます。私自身もよく自問するのですが、私の映画の大きなテーマの一つに「年齢」があるのではないかと最近思っています。年齢だけにフォーカスするだけで、とても多くの話が引きだせ、とても豊かなものが詰まっていると感じます。
 
 

■映画を撮る上で一番大事なのは、自分自身がリスクを取ること。快適な場所に居続けるならいいものを作ることはできない。

―――ダミアン監督が映画を作る上で、一番大事にしていることは?
一番大事にしているのは、自分自身がリスクを取ることです。もし自分がとても快適な場所に居続けようとするなら、全くいいものを作ることはできないと信じています。例えば、ただの道だとか、ただの顔として扱うと、それだけになってしまいますが、リスクを取ることでただ一本の道が映画の中で価値を持ちぐっと現れてきますし、ある人の顔にしても
そうだと信じています。撮影は毎日危険因子を含んだものです。私の撮影で一番リスクを取ることは、例えて言えば「待つ」ことです。とてもストレスが多いですし、イライラもしますが、同時にワクワクもします。まるで釣り師が魚を釣るのをじっと待っているような心持ちなのです。
(江口由美)
 

<作品情報>
『若き詩人』※併映『犬を連れた女』
(2014年 フランス 1時間11分)
監督:ダミアン・マニヴェル
出演:レミ・タファネル
2015年11月28日(土)~シネ・ヌーヴォ、2016年1月16日(土)~シアター・イメージフォーラム