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誰かに関心を向けることは、とても大きな力。『ハッピーアワー』濱口竜介監督インタビュー

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誰かに関心を向けることは、とても大きな力。『ハッピーアワー』濱口竜介監督インタビュー
 

~30代後半女子4人の結婚生活、仕事、家族との葛藤と決断がリアルに浮かびあがる5時間17分という体験~

 
三ノ宮、神戸の海、摩耶山、有馬、芦屋川・・・これほどまでに私たちが生活圏としている神戸が映し出される作品はまずないだろう。まるで私たちの生活と地続きのような場所で、30代後半の4人の女性、あかり、桜子、芙美、純が夫婦関係や家族のこと、そして仕事と様々な悩みを抱えて生き、集まって悩みをぶつけ、様々な思いが交錯していく。
 

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『なみのこえ 新地町』『なみのこえ 気仙沼』『うたうひと』と東北で現地の人の声を聞く3本のドキュメンタリーを撮る一方、長編デビュー作の『PASSION』をはじめ、男女のすれ違いや壊れやすい関係を繊細に描いてきた濱口竜介監督。本作は神戸で半年に渡って開催した即興演技ワークショップに参加した受講生を主役に据え、演技経験がほとんどない彼女たちの今の輝きを、スクリーンに映し出した。3部構成の5時間17分という挑戦的かつ独創的な作品、『ハッピーアワー』は、すでにロカルノ国際映画祭で主演4人が最優秀女優賞、脚本スペシャルメンションを受賞した他、ナント三大陸映画祭で『銀の気球』賞と観客賞を受賞するなど海外で高い評価を得ている。ちなみに、脚本を担当したのは濱口監督をはじめ、野原位さん(映画監督他)、高橋知由さん(『不気味なものの肌に触れる』脚本)の3人によるユニット、「はたのこうぼう」。神戸で3人暮らしをしながら、脚本家兼スタッフとしてワークショップ運営も手がけたという。
 
東京に先駆け、撮影の地、神戸の元町映画館で12月5日(土)から日本公開がスタート。舞台挨拶のため来場した濱口監督に、企画の経緯や、演技経験のない人を使って映画を撮るということ、脚本の作りのプロセス、そして本作に込められた思いについて、お話を伺った。
 

■仙台での滞在、撮影後、「どこでも映画が作れるのであれば、東京以外のどこかで映画を撮りたい」

――-濱口監督は神戸に居を移し、滞在しながら本作を作り上げたとのことですが、なぜ神戸を選んだのですか?
濱口監督:神戸に来る前、ドキュメンタリーを撮るため2年ほど仙台に住み、すごく小規模なチームでしたが、ドキュメンタリー映画を3本作ることができました。東京を離れてすごく風通しがよくなったような気持ちもあり、どこでも映画が作れるのであれば次も東京以外のどこかで映画を撮りたいと思ったのです。元々時間をかけて映画を作りたい、そのために演技のワークショップを長期間行い、そこから映画制作をしていくというアイデアがありました。ある程度人を集める必要がありますが、演技経験がない方がより良いのではないかという予感もあったので、人が多く、かつ役者志望は少なそうな関西エリア、しかも映画という文化的なことに協力してくれるのは京都や神戸で可能ではないかと考えました。神戸・デザインクリエイティブセンター(KIITO)のセンター長が東北三部作のプロデューサー、芹沢高志さんで、ワークショップ企画のことを相談すると、芹沢さんの方でもレジデンスアーティストを探していたそうで、最終的にはレジデンスアーティストとして招かれ、KIITO主催でワークショップをする流れになりました。
 
 
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■神戸は、映画にとって必要なものが全部ある「映画になる街」。

―――実際に映画を撮るということを前提に神戸に住んだ感想は?
濱口監督:暮らしがロケハンみたいな感じでした。大体KIITOに行って、基本的には生活していてここがいいなとか、こんなカメラポジションがあるなということを探しているわけですが、映画になる街ですね。パンレットの寄稿文で柴崎友香さんが「坂を登ればいつもそこに海がある。それが神戸の街」と書いて下さっていますが、山があり、海があり、その間に都市があり、電車が通っている。山を越えたら有馬温泉があり、ちょっと違う気分を楽しめますし。僕にとって映画を作るのに必要なものが全部あるという場所は、なかなかないように思えました。暮らしそのものが映画になる、その時とても魅力的に見える街だと思います。
 
―――撮影までのワークショップは、どのような内容でしたか?
濱口監督:「即興演技ワークショップin Kobe」というタイトルですが、いわゆる演技のレッスンはせず、「人に聞く」ということをテーマにやっていました。最初に行ったのは、自分が興味のある人のところに行き、いい声を撮ってくるというものでした。撮影担当としてスタッフが同行し、受講生が1時間強インタビューをして、後日、自分が一番いい声だと思う映像を抜粋してブレゼンテーションしました。また月に一度、自分が興味を持てる著名なゲストをお呼びし、受講生が聞き手を務めるトークイベントを開催しました。翻訳家の柴田元幸さんや女優の渡辺真起子さんが来てくださいました。
 
―――脚本はワークショップと同時並行で書いていたのですか?
濱口監督:ワークショップは最終的に映画を作るためにやっていたので、最後の成果発表は脚本の本読みも兼ねるようにしました。脚本は2013年末に3人で3本書きました。それぞれが原案を出し、物語をシーンごとに並べて、大まかな構造を作る作業(柱立て)、ダイアログを埋める作業の3つの作業をまわしながら担当すると、それぞれの脚本が3人全員の手を通過するようになります。そのような方法で書いた3本の脚本から、最終的に選んだのが今回の『ハッピーアワー』の脚本で、その時の仮タイトルは『ブライズ(花嫁たち)』。どこまでも皮肉な感じでしたね(笑)。ワークショップ参加者17人全員が参加できるのが、この脚本だったということもあります。
 
―――男性3人のユニットで、ここまで30代後半女性のリアルな心理を脚本に書けることに驚きを感じましたが、受講生の生い立ちや彼女たちから聞いた話を脚本にアイデアとして盛り込んでいるのでしょうか?
濱口監督:受講生から色々と話は聞きましたが、そのまま盛り込んでしまうと信頼関係が損なわれてしまうので、実はそんなに入っていません。ただ、話すことによって分かるその人の感じは、ありますよね。例えば、こういうことは言うけれど、こういうことは言わない人だとか。そういった何が言えて、何が言えないという傾向は、キャラクターに反映されています。
 
 
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■演者の体でも言えるし、キャラクターが言いそうなことでもあるし、ドラマを進めるための台詞でもあるというものを書きながら見つけ、脚本の精度を上げていく。

―――30代夫婦のすれ違いは一般的に結構よく描かれていますが、女同士の仲良しグループ的会話の奥にある、本音のぶつかり合いは見ていてヒリヒリしたものを感じました。自分自身を顧みてもそこまで本音をぶちまけるような機会が大人になればなるほど、ない気がします。
濱口監督:今回はキャラクター設定をする際に、サブテキストを用意しました。過去の関係性が脚本形式に書かれ、結構ツッコんだことが分かるものと、キャラクターが質問を投げかけられた時にどう答えるかという架空のインタビュー問答集(家族構成他)を演者に渡しました。日常では言わないようなことだからこそ、ドラマになっていく台詞が映画の中にはあります。演者は日常を生きていますし、キャラクターだって何でも言えるわけではないし、ドラマを動かすために動いてくれるわけでもない。ただ全体としてドラマを動かしていかなければならないというこちらの思惑が重なるので、脚本を書いていて膠着状態に陥ることがよくあります。「あれは言うけれど、この局面では言わない」程度のことを書くので映画が長くなる部分もありますが、逆にある種の精度が上がるのです。演者の体でも言えるし、このキャラクターが言いそうなことでもあるし、ドラマを進めるための台詞でもあるというものを書きながら見つけていく感じですね。
 
―――確かに、印象に残る台詞は、ぐっと胸の中で溜めこんだ思いを吐き出したようなプロセスを経ているので、飛び出した時は「ようやく出たか!」という爽快感がありました。
濱口監督:あらかじめ演じる人に違和感になるような要素を取り除いていくことによって、違和感のない台詞になっているのではないかと思います。女性を描こうと思ったことはなく、この人たちが演じやすいようにということを考えながら、ひたすら書いていたら、最終的にそういう感想をいただくことが増えたと思っています。
 
―――ワークショップを最初から最後まで全部入れ込む構成も非常にユニークでしたが、ワークショップや朗読会をまるごと映画の中に取り入れた理由は?
濱口監督:別々の環境で過ごしている4人が集まらないと話が進まないので、ワークショップと有馬旅行と朗読会をそれにあたるものにしています。ワークショップは全体を通してドキュメンタリー的に撮影をしました。うさん臭さを出すという命題があってのワークショップですから、ある程度説明が必要で、一つの時間として全体を語り切ることになるのです。ダイジェスト的にみせることもできますが、それだと全然訳が分からなくなりますから。朗読会で純の夫、公平が登場し、打ち上げにも参加するというアイデアは、結構撮影の後半に出てきたアイデアです。桜子と芙美、それに対する公平という精神的に距離のある三人が同じテーブルについても違和感のない流れにしないといけないので、面白いけれど、そんなことが起こるのか自問しながら、書きました。
 

■演者自身が言える、言えない部分を映画に取り込むと、ある程度日ごろ彼女たちがさらされている環境が自然と反映されているのではないか。

―――既にロカルノ映画祭で最優秀女優賞、ナント三大陸映画祭で観客賞と海外での評価が高いですが、海外の観客からの反響は?
濱口監督:「ヒロインの彼女たちを友人のように感じる」というのも驚きですが、一番驚くのは、「日本の社会は、こういう社会なのか?」と言われたことです。日本の社会の中で抑圧されている女性を描いているような印象を抱かれるらしいです。言いたいことの言えなさや、抑圧のされ方がそう映るのですが、、先ほど言ったような演者自身が言える、言えないという部分を映画に取り込んでいくと、ある程度日ごろ日本社会に生きる人たちがさらされている環境が自然と反映されるのではないかという気はします。
 
―――一方的に女性だけが抑圧されているとは言い切れない部分があり、30代男性も厳しい現状にさらされていると感じますね。
濱口監督:日本に限らず、近代化された社会では、仕事から糧を得るとき女性より男性の方がある程度、外でお金を稼ぎやすい状況はそんなに変わらないと思います。その時、男性はどうしても社会から保護されがちで、家族に対して関心を向けないことを正当化しやすい。女性はそのような夫の無関心に苦しむ一方、問題自体を自覚しやすいです。男性は、何かを引き起こしている原因が自分であることに思い至りません。
 

■人と人とが互いに関心を向け合うだけで、社会全体の幸福はそれなりに上がっていくはず。

―――離婚裁判では、「あなたの無関心が私を殺す」という趣旨の純の台詞もありましたね。
濱口監督:社会全体の問題だと思いますが、関心を誰かに向けるということがとても大きな力を持っているということの価値を、社会全体が認めていないんですよ。人と人とが互いに関心を向け合うだけで、おそらく社会全体の幸福はそれなりに上がっていくと思いますが、社会全体でそれが一番大事なことだとは設定されていない。お金を稼ぎ、それによって必要なものを買って生きるということが幸福の指標として設定されているので、関心というものが持っている力を、特に男性たちは知らない。女性たちは、関心を向けられないことで、逆説的に関心の力をある程度知っているので、そのことがないことを問題にしやすいのではないでしょうか。
 

■今、私たちの中で何かが起きているという実感が関係性の中では必要。それが関係性を持続させる力になる。

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―――とても腑に落ちる言葉です。本作や過去作品を通して、濱口監督の作品は、人と人とのコミュニケーションが柱になっていると感じます。聞くという行為が重要視されているのも、根っこはそこにあるのですか?
濱口監督:妻や夫という役割の中に入ってしまうと、これをやっておけばいいということになりがちですが、実際人間はそれでは満足しません。本当に今、私たちの中で何かが起きているという実感が関係性の中では必要だし、関係性を持続させる力になると思います。ただ、きちんと相手と向き合い、見たり聞いたりするというのは単純に時間がかかります。とても大事なものなのに、関心を向けられていない。だから、僕はそこを取り扱っているのだと思います。
 
―――撮影も、神戸の街の様々な表情を切り取りつつ、演者たちの言葉にならない思いが滲む表情をじっくりと映し出されており秀逸でしたが、濱口監督から撮影面でリクエストしたことはありますか?
濱口監督:ワークショップを週に一度半年間やっていたとき、毎週撮影の北川喜雄さんは東京から通ってくれ、ワークショップ自体の記録をしてくれていました。カメラを据えてそこにいる人という感じで、ずっと付き合ってくれました。こちらからも「まあ、来てよ」とオーダーしやすい人柄ですし。特に演技経験のない人がほとんどなので、そういう人たちがカメラを向けられると怖い訳です。彼自身、ワークショップにも参加し、演者との関係を深めるようなことをしてくれていました。北川さんのカメラだからという部分で、演者の緊張を和らげる要素になっていたと思います。
 
―――最後にこれから作品をご覧になるみなさん、特に関西のみなさんに一言お願いします。
濱口監督:神戸という街を中心に、関西で撮った映画なので、皆さんの生活にすごく近いものが映っていると思います。映画のある時点から、生活の中のドラマチックな瞬間にどんどんシフトしていくのですが、見ながら自分たちの生活の中にあるドラマの種のようなものに自覚的になっていただけたら、とてもうれしいことだと思います。
(江口由美)
 

<作品情報>
『ハッピーアワー』
(2015 日本 5時間17分)
監督:濱口竜介
出演:田中幸恵、菊池葉月、三原麻衣子、川村りら他
2015年12月5日(土)~元町映画館、12月12日(土)~シアター・イメージフォーラム、2016年1月23日(土)~第七藝術劇場、2月6日(土)~立誠シネマ、2月20日(土)京都みなみ会館オールナイト上映、他全国順次公開
公式サイト⇒http://hh.fictive.jp/
(C) 2015 神戸ワークショップシネマプロジェクト