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2016年7月アーカイブ

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『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』
マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督インタビュー

~ベテラン歴史教師の情熱、歴史を“体感”することが、生徒たちを変えていく~

 
近年、移民を含む多人種の子どもたちが在籍する学校現場を題材にした力強い作品がヨーロッパから誕生している。実話を基にしたマリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督のフランス映画『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』も、その流れの作品であるだけでなく、「歴史の継承」という大きなテーマを内在した作品だ。
 
<ストーリー>
貧困層が多く通うパリ郊外のレオン・ブルム高校に赴任した歴史教師アンヌ・ゲゲン(アリアンヌ・アスカリッド)は、落ちこぼれ学級の担任を任される。「退屈な授業はしない」と生徒たちに真摯に向き合うアンヌに対し、多人種の子どもたちが在籍するクラスでは言い争いが絶えない。歴史の奥にある真実を考えさせようとするアンヌの授業を受け、少しずつ変わってきた生徒たちを前に、アンヌは「アウシュビッツ」のことを発表する全国歴史コンクールへの参加を提案するのだったが……。
 
 

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寛容と威厳を兼ね備えたベテラン教師が、問題児呼ばわりされている生徒の集まったクラスを、「レジスタンスと強制収容についての全国コンクール」出場へ導き、生徒たちの成長を捉えた本作。ホロコーストという悲劇の歴史を、語り部として活動しているホロコーストの生存者、レオン・ズィゲル氏が証言するシーンもあり、観客も歴史の継承を体感できる。フランスの今を、クラス活動を通して描く部分も、非常に興味深く感じられるだろう。
 
フランス映画祭2016のゲストとして来日した本作のマリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督の上映後トーク(抜粋)と、インタビューをご紹介したい。
 

<上映後のトークより>
 
―――事実を基にした物語ですが、この題材との出会いは?
マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督(以降、シャール監督):今回マリック役で出演しているアハメッド・ドゥラメさんは、高校生時代に映画の題材となっているプレテイユという街に住んでおり、映画の世界に入りたいと思い、シナリオを書いていたそうです。プロのアドバイスをもらうため、インターネットで調べ、色々な監督に連絡する中、私にも「脚本を読んでほしい」とメールが届きました。なぜこの脚本を書いたのか会って話を聞いてみると、アハメッドは「抵抗と習慣」に関するコンクールに出たことで、自分の人生が変わったと話してくれました。これは面白いと思い、一緒にシナリオを書くことになったのです。
 
 
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―――ゲゲン先生役にアリアンヌ・アスカリッドさんをキャスティングした理由は?
シャール監督:アハメッドさんと脚本を書いている時、実際にコンクールを指導していた先生に会い、アスカリッドさんと重なる部分がすごくありました。人間性豊かで、教師として皆をまとめて管理する一方、色々なことを伝えていかなくてはいけない。本物の先生はそういう立派さをもっており、それとつながる部分がアスカリッドさんにはありました。またお父様がレジスタンスで活動していたとお聞きしたので、是非ゲゲン先生役をやっていただきたいと思ったのです。
 

<インタビュー>
 
―――冒頭にスカーフを巻いた学生と先生が衝突するシーンがありますが、その意図は?
マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督(以下、シャール監督): 教育委員会の方や校長先生にお話しを伺うと、毎日一番大変なことはスカーフ着用禁止に関する話し合いだそうです。宗教的なモチーフを学校に持ち込むことは禁止されているにも関わらず、生徒たちは持ち込もうとします。教育の場である学校に、宗教という教育以外のことが入ってしまう現状には、私自身も非常に驚きました。
 
今は人と人の間に宗教という障害物が介入している時代です。例えば日本では制服があり、貧富の差や宗教上の違い、社会的地位の違いなどは感じられず非常にシンプルです。残念ながらフランスの学校ではそのようなことはありませんので、教育を考える場合に、まずそのことを挿入することから始めたかったのです。
 
―――知の継承は本作のテーマの一つですが、記憶の継承で最も困難なこととは?
シャール監督:人に何かを伝える、受け継ぐという行為をするためには、まず理解をすることが必要です。遺産の場合は、家やお金を渡すだけで済むかもしれませんが、歴史の場合、そうはいきません。特にフランスの移民3世の人たちは、親もフランス生まれであるのに自分たちがフランス人だと思っていない人が多いのです。それは、彼らがしっかりとフランスの歴史を相続できていないことに問題があります。つまり移民3世の人たちとフランスの遺産を分かち合えていないのです。そういう意味でも「受け継ぐ」という行為は非常に大事です。
 
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―――子どもたちのクラスでの様子やゲゲン先生とのやりとり、大会に向けてワークショップをする様子などを、ドキュメンタリーのようなタッチで描かれていますね。
シャール監督:この映画の中で唯一ドキュメンタリーと言えるのは、(少年時代、アウシュビッツから奇跡的に生き延びた)レオン・ズィゲル氏が証言をしてくれるシーンです。ズィゲルさんに関しては、演技指導も一切しませんでしたし、台詞もつけていません。ズィゲルさん自身の言葉で語っています。それ以外は全て脚本で台詞をつけています。ただ、ドキュメンタリーのように見える手法をとった理由は、観客がクラスの他の生徒と一緒に参加するような気持ちで、映画を観てもらいたかったからです。そのため、カメラを数台使い、接写だけでなく、引いてクラス全体が見えるシーンを組み合わせ、ドキュメンタリーのような手法を使いました。ドキュメンタリーというより、真実を見せるためという意味で、このように撮影しています。
 

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―――真実を見せるという部分では、脚本を練る段階で監督自らが高校に足を運び、教育現場の今を取材されたそうですね。今の高校生は、監督ご自身が高校生だった頃と比べてどのような違いがありましたか?
シャール監督:本当に違いますね。生徒たちの話し方や、友達との関係性、男子生徒と女子生徒の関係性も違いますし、それ以上に先生に対する態度が全く違います。かつて先生は威厳のある存在で、先生の言うことは嫌でも聞かざるを得ない部分がありました。でも、今の先生は生徒が言うことを聞かないと悩んでいる人が多く、先生の発言に対して「それは違います」と生徒の反対意見がすぐに返ってきます。その状況に私は大変ショックを受けましたし、それ以上にどうして今の教育現場は先生の威厳が損なわれた状況になっているのか、どうしたら変わるだろうかという部分に自分の注意が向いていきました。その答えを、映画で表したわけです。
 
―――多人種の生徒たちが集まったクラスでのやり取りは、時には人種差別を感じさせるものもありましたが、これも教室での真実なのでしょうか?
シャール監督:子どもたちはいつの時代も残酷なもので、私も小さい頃は赤毛だということでからかわれましたが、成長の過程で起こるものと捉えています。育って成長していくうちに変わっていくでしょう。色々な違いを越えて、一つのまとまりのあるクラスになっていく。それを映画で再現することに努めました。問題を語ることは簡単ですが、それがどうすれば良くなるかを語ることは難しい。私はよく「日常のヒーローは先生だ」と話します。何でもないことでも、きちんと答えを用意してくれる。本作では、そんな先生のことを描いています。
 
―――映画の中でホロコーストの証言をしたレオン・ズィゲル氏は本作をご覧になりましたか?また、語り部として活動されているズィゲル氏は、本作に対しどのような思いを持っておられましたか?
シャール監督:本作を観てくださいました。ズィゲル氏の話をすると、感動しすぎてしまうので、驚かないでくださいね。最初、映画に出演依頼をしたとき、「なぜ録音音源やビデオ映像を使わないのか。なぜ映画に出なくてはいけないのか」と全く理解をしてくださいませんでした。元々映画をご覧にならないそうで、映画に出演する意味を感じられなかったそうです。全く相いれない感じでしたが、時間をかけて説得していきました。映画を通せばもっと多くの人にズィゲル氏が今まで語ってこられた「人生の闘い」を伝えることができる。また若い人に戦争は二度とあってはならないと伝えることもできると、私は説得したのです。
 
結局ズィゲル氏は映画を二度観てくださいました。ズィゲル氏の奥様をはじめ、息子さんやお孫さんも一緒に観てくださったのですが、その息子さんがこの映画をいかに誇らしく思うか態度で示してくださいました。また観客のリアクションからも、なぜその場面でズィゲル氏自身が登場しなくてはならなかったのかを瞬時に理解してくださいました。レオン・ズィゲル氏の体験を受け継ぐことが、この映画の中でできたのだと思っています。
(江口由美)
 

<作品情報>
『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』“Les Héritiers”
(2014 フランス 1時間45分)
監督:マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール
出演:アリアンヌ・アスカリッド、アハメッド・ドゥラメ、ノエミ・メルラン、ジュヌヴィエーヴ・ムニシュ、ステファン・バック
2016年8月6日(土)~YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町、角川シネマ新宿、8月13日(土)~テアトル梅田、今秋~京都シネマ、元町映画館他全国順次公開
公式サイト⇒http://kisekinokyoshitsu.jp/
(C) 2014 LOMA NASHA FILMS - VENDREDI FILM - TF1 DROITS AUDIOVISUELS - UGC IMAGES -FRANCE 2 CINEMA - ORANGE STUDIO
 
 

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『ミモザの島に消えた母』フランソワ・ファヴラ監督、主演ローラン・ラフィット氏インタビュー
 

~ヒッチコック的要素を織り交ぜ描く、

                                        秘密を抱えた家族の行方~

 
「ミモザの島」と呼ばれ、ツール・ド・フランスのスタート地点にもなった風光明媚なノアール・ムーティエ島を舞台に、フランスからまた一つ家族の秘密を巡るサスペンスヒューマンドラマが誕生した。フランソワ・ファヴラ監督(『彼女の人生の役割』)が、『サラの鍵』の原作者タチアナ・ド・ロネのベストセラー小説を映画化。家族内で話題に出すこともタブーとなっていた亡き母の死の真相を探すうちに、家族の秘密に辿りつく男の葛藤と成長を端正な映像で綴った。
 
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家庭も仕事も上手くいかず、八方ふさがりの主人公アントワーヌを演じるのは、『ムード・インディゴ うたかたの日々』などのローラン・ラフィット。本作では、家族の秘密に向き合う一方、新しい恋人との出会いを経て、自分の殻を破り、再生していく中年男を情感豊かに演じている。妹アガット役には近年活躍が目覚ましいメラニー・ロラン。苦悶する兄に寄り添う一方、父親と兄の不仲に心を痛める複雑な心境を自然体で演じ、重くなりがちな物語に独特のニュアンスを添えている。
 
フランス映画祭2016のゲストとして来日したフランソワ・ファヴラ監督、主演ローラン・ラフィット氏に、家族の秘密をテーマとした本作についてお話を伺った。
 

―――本作を作るにあたっては、監督ご自身が家族の問題を抱えていたことが一つのきっかけになったそうですね。
フランソワ・ファヴラ監督(以下、ファヴラ監督):私の「家族の悩み」は本作のようなものとは全く違いますが、私もアントワーヌのようにカウンセリングに通っていたことがありました。そこで、他の人も両親に話すべきかを悩んだり、口に出せない重苦しい雰囲気をまとっている人が多いことに気付いたのです。その時、タチアナ・ド・ロネさんが書いた原作に出会い、家族の秘密やタブーをテーマにしながらも、ヒッチコック的なスリラーの要素を加えられると考えたのです。
 
―――日本では真実について語ることは非常に難しいですが、本作では家族の秘密をテーマに、真実を探し出すまでが丁寧に描かれています。フランスでは家族で秘密を持つことは比較的少ないように思えますが。
ファヴラ監督:私も主人公、アントワーヌの生き方に賛同しています。特に、家族に関して何か隠されているのではないかと感じる時は、闘ってでも真実を追求すべきだと思います。フランスは自由のイメージがあるため、家族間で言いたいことを言える雰囲気があるように思われるかもしれません。でも、実際は様々な問題を抱え、それを言い出せずにいる点で他の国とは変わらないのです。今回は母の“あること”が家族のタブーでしたが、子どもが性的に虐待されている等のタブーを抱えている家族はフランスでもたくさんあります。19世紀後半にもアントン・チェーホフが小説で書いているように、家族の問題は時代や国に関わらず普遍的です。だから文学や映画でも語られ続けています。もしかしたら時間が経てば経つほど、酷くなっているかもしれません。
 
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―――アントワーヌは母の秘密を知ることができず、気持ちが波立つことの多い役どころですが、どのように役作りをしたのですか?
ローラン・ラフィット(以下ラフィット):(脚本で)シーンの描写が細かく描かれていたので、私はその状況を思い浮かべ、監督のビジョンや脚本が求めることに応じ、自然に、シンプルにそして誠実に演じるだけでした。イライラしている気持ちを表現はしていますが、自分が演じる上で気持ちが乱れることは、役者としてはないですね。 
 
―――ラフィットさんをアントワーヌ役に起用した理由は何ですか?

 

ファヴラ監督:ラフィットさんは、私の長編第一作、『彼女の人生の役割』に脇役で出演してもらいました。今回はシナリオを書いている段階から、アントワーヌ役はラフィットさんに演じてもらいたいと思っていたので、脚本を渡して読んでもらい、快諾してくれました。一緒にスクリプトを読み、ラフィットさんからの提案があれば取り入れ、脚本の構造や会話の内容など一緒に話しながらブラッシュアップさせていきました。
 
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―――アントワーヌが母の死を追求する姿は妹のアガットに影響を与え、一方病院で出会ったアンジェルが心の支えとなっていきます。アガット役のメラニー・ロラン、アンジェル役のオドレイ・ダナと現場でどんな話し合いをしながら芝居を作っていったのですか?
ラフィット:メラニー・ロランさんとは今まですれ違う程度で共演は初めてですが、とても面白い女性です。撮影現場ではいつも一緒に笑っていました。映画では深刻なシーンが多いので、あまり集中しすぎると本番に感情がうまく表現できなくなることがあります。ですから、本番以外はくだらないことを言い合っていることが多かったです。いい演技を引き出すためにも、本番以外はリラックスして笑える関係の方がいいと思っています。
 
―――舞台となったノアール・ムーティエ島の景色が素晴らしいですが、この場所は原作で描かれていた場所でしょうか。もしくは監督ご自身が選んだのでしょうか?
ファヴラ監督:ノアール・ムーティエ島は、原作で登場していた場所です。タチアナ・ド・ロネさん自身も、ヒッチコックの『レベッカ』や『鳥』の原作者デュ・モーリアの大ファンで、パサージュ・デュ・ゴワ(映画で登場する引き潮時に数時間だけ海中から現れる、本土と島をつなぐ海の中道)もヒッチコック的要素が感じられる場所で、本当に素晴らしかったです。
 
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―――原題は『BOOMERANG』(ブーメラン)と、邦題『ミモザの島に消えた母』より抽象的かつ様々な意味が含まれているように感じますが、どのように解釈していますか?
ファヴラ監督:原作者を尊重し、原作のタイトルである『BOOMERANG』(ブーメラン)を映画のタイトルにしています。日本人にとってブーメランといえば、抽象的で分かりにくいかもしれませんが、過去から逃れようとしても、結局ブーメランのように過去が自分のところに戻ってきてしまう。私はそのようなニュアンスが含まれていると思っています。邦題の『ミモザの島に消えた母』はすごく描写的ですね。嫌いではないですよ(笑)。
ラフィット:必ずしもこのタイトルである必要はなかったでしょうが、「自分の過去に起こった事は、結局自分に舞い戻る」と解釈しています。また原作の『BOOMERANG』はベストセラーなので、原作ファンを取り込むという意味もあったのでしょう。
 

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―――最後に、次回作について教えてください。
ファヴラ監督:友情についての映画を撮りたいと考えています。
ラフィット:アルベール・デュポンテル監督最新作“Au revoir là-haut”の撮影を終えたばかりです。第一次世界大戦を舞台にした作品で、日本でも紹介されればうれしいですね。
(江口由美)
 

<作品情報>
『ミモザの島に消えた母』
・原題:BOOMERANG
・2015年 フランス 1時間41分
・監督:フランソワ・ファヴラ
・出演:ローラン・ラフィット、メラニー・ロラン、オドレイ・ダナ他
2016年7月23日(土) ~ヒューマントラスト渋谷、テアトル梅田他全国順次公開
公式サイト⇒ http://mimosa-movie.com/
(C) 2015 LES FILMS DU KIOSQUE FRANCE 2 CINEMA TF1 DROITS AUDIOVISUELS UGC IMAGES
 

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ムンバイ同時多発テロ、被害者少女の目線でその恐怖と孤独を映し出す 『パレス・ダウン』ニコラ・サーダ監督インタビュー

今年のフランス映画祭2016で、社会派作品として大きな注目を集めたのが、2008年11月インドのムンバイで勃発した同時多発テロ事件による惨劇の実話を映画化したニコラ・サーダ監督の『パレス・ダウン』だ。  

 

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テロの一部始終を語ることに重点を置くのではなく、標的の一つとなったタージマハル・ホテルでテロの被害者となったフランス人高校生、ルイーズの視点で、彼女が体験した恐怖や孤独、家族との絆を真摯に描き出した。ルイーズ役には、『ニンフォマニアック』でヒロインの少女時代を演じ、話題をさらったステイシー・マーティン。真っ暗な部屋の中、テロリストに包囲され、いつ銃撃されるか分からないサバイバルな状況で両親からの電話だけを頼りに脱出しようとするルイーズの心の動き、事故後彼女を襲う孤独を繊細に表現し、見事な存在感をみせる。父親役には、フランス映画祭2016上映作品『めぐりあう日』にも出演のルイ=ド・ドゥ・ランクザン、母親役にジーナ・マッキー、ホテルのイタリア人客ジョヴァンナ役にアルバ・ロルヴァケルと実力派俳優が脇を固めた。本作の舞台となっているムンバイの街並みや群衆の映像も、独特の雰囲気を醸し出している。  

フランス映画祭2016のゲストとして来日したニコラ・サーダ監督に、テロを題材にした実話をどのような視点で描いたのか、その表現方法についてお話を伺った。


―――この作品は、サーダ監督の友人の姪の実話が基になっているそうですが、その体験を聞いて一番心動かされたことは?

ニコラ・サーダ監督(以下、サーダ監督):一番印象的だったのは、彼女が他から全く孤立してしまい一人であったという事実です。外とのコンタクトがまるっきり途切れ、唯一のつながりは外から聞こえてくる(銃撃などの)音、そして両親との電話のやりとりだけでした。  
 
―――『パレス・ダウン』はテロを題材にはしていますが、実行犯の様子を描写するのではなく、テロに巻き込まれた側からの視点で描かれています。今まで、一個人のテロ被害者に焦点を当てた映画はあまりありませんが、このような手法でテロを描いた理由は?
サーダ監督:私はある特定の分野の映画を模倣するのではなく、自分自身のスタイルで映画を撮ることに関心があります。テロをテーマにした時も、客観的にどんなテロであったかのディテールを描くことにはあまり関心がありません。テロと分からせるために警察官や新聞記者、その他さまざまな登場人物で説明するという手法は、視点を明確に定めているかのようでありながら、実はテロに対する視点をズレさせていると思います。今回私は、 ヒロインのルイーズが体験したのと近い状態を描くことで、観客に彼女の孤立感を感覚的に味わってもらえるような撮り方をしました。私が重要視したのは、音と光です。  
 
 
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―――ホテルの部屋に閉じ込められ、暗闇の中一人でなんとか逃げようと闘うルイーズを演じるステイシー・マーティンの存在感に惹きこまれました。ルイーズ役を演じるにあたり、監督と二人でどのような準備をしたのですか?
サーダ監督:まずはマーティンさんには、実際に本作のモデルになったルイーズさんに会ってもらい、質問を投げかけ、色々話してもらいました。その後、マーティンさんに恐怖や不安を題材にした本を何冊か読んでもらいました。そこから、そのような極限な状態に置かれた時の人間の反応で典型的なものを拾っていくと、「常に犠牲者の中で女性の反応が顕著に出てくる」ということが分かってきたのです。例えば、叫び声が上がったかと思うと、いきなりその声が途絶える(殺されている)。そういう典型的な反応を書きだし、あえてそのような表現はこの映画の中で使わないようにしました。自分は死んでしまうという恐怖感があり、声を出したい。でも出せない状況にあるのです。たとえばおとぎ話でも、狼がやってきたと言われ、女の子がベッドの下に隠れたとき、狼の姿は見ていないけれど、物音から恐怖感や孤立感に襲われます。そのような感覚をいかに描くのかが重要で、マーティンさんにも理解してもらった上で、演じてもらいました。いわゆる紋切り型の叫びなどを排除し、そうではない部分をどう表現するか。観客の皆さんには、叫び声も出ないような恐怖感を味わってほしいです。  
 
―――監督がおっしゃる通り、部屋の暗闇で一人きりのルイーズが銃撃音や煙に反応し、恐怖感と闘っているシーンは、観客もその怖さを体感します。
サーダ監督:マーティンさんがホテルで一人恐怖の中、脱出を画策するシーンでは、前もって録音技師やエキストラに入ってもらい、実際に聞こえるであろう銃撃音や爆発音、悲鳴などを録音し、録音音源をイヤホンでマーティンさんに聞いてもらいながら、演じてもらいました。  
 
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―――ルイーズが脱出するまでの心の支えになったのは、電話を通じて励まし続けた両親や、同じホテルで取り残されたイタリア人女性ジョヴァンナであり、家族の絆や同じ状況に置かれた者同士の絆の物語でもありますが、どのように撮影を進めたのですか?
サーダ監督:彼たちへの演出は特殊なものが必要でした。それぞれのシーンを断片的に撮り、最後に再構成しているため、基本的に外のシーンはボンベイ、中のシーンはパリのスタジオで撮影しています。テロリストがホテルを攻撃した時、父親とルイーズが電話でやり取りをしますが、父親はムンバイの街を走りながら実際には別のエキストラと話をしている訳です。マーティンさんの撮影はもっと後で、パリで父親と話をしているように演じてもらいました。ジョヴァンナ役のアルバ・ロルヴァケルさんの撮影はマーティンさん同様順撮りでした。だから、ジョヴァンナが登場するシーンまで、ルイーズ演じるマーティンさんはずっと一人で撮影に臨んでいたのです。ルイーズがジョヴァンナと会うシーンで初めて、マーティンさんは自分以外の共演者と演技するという形をとっています。  
 
―――ムンバイならではの風景や人々の営み、文化が本作の背景として非常に重要な役割を果たしています。ムンバイの撮影で苦労はありましたか?
サーダ監督:来日してからムンバイでの撮影について質問されたのは初めてです。少し長くなりますが、いいですか?(笑)27年前、ニューデリー映画祭に参加するために初めてインドを訪れ、タージマハルパレスを観光した時のことです。インドの映画監督、バニー・カウル氏と会う機会があり、カウル氏と仕事をしていた撮影のピュース・カウ氏に出会いました。寒い時期だったのでジャケットを着ていたのですが、そのタグに「タージマハル香港」と偶然書かれており、それを見たカウ氏から「きっと、あなたがまた仕事でインドに来るという何かの啓示かもしれないよ」と言われたのです。以来そのことはすっかり忘れていましたが、今回この映画を作るため初めてムンバイに行き、カウ氏のことを思い出して連絡してみると、彼はまだインドで撮影の仕事を続けていました。25年ぶりに再会し、ムンバイでの撮影を彼にお願いすることができたのです。本当に運命としか考えられませんし、ムンバイでは私の目となって撮ってくれました。ムンバイの映像は彼でなければ撮れなかったし、ムンバイのシーンを観たインドの方は、作り物の映像ではなく、インドそのものを映し出していると評価してくれました。  
 
―――当初、ムンバイという異国ならではの孤独感が常にルイーズを覆っていましたが、テロに巻き込まれた後、パリに戻ったルイーズはそこでも居所のなさを感じているように見えました。監督がパリのシーンで表現したかったことは?
サーダ監督:マーティンさんが、ルイーズさんへ今回の体験で一番強く感じていることを尋ねたところ、すぐに答えることができませんでした。2日間ほど考えてから「この体験を通じて一番感じたのは、人間は本当に孤独だということ」と答えてくれました。その孤独は、誰もがその言葉を聞いてすっと思い浮かぶようなシンプルでわかりやすい感情では決してありません。でも、いつか分かるかもしれないという思いもあります。実際に本作が出来上がった後も、フランスではシャルリーエブド襲撃事件や、同時多発テロが起き、それらを通して色々なことを考え、体験した人がたくさんいます。ムンバイでテロに巻き込まれたルイーズはフランスに戻った後、どこにいても本当に孤独だった。その感情を、この映画で描きたかったのです。
(江口由美)  
 

<作品情報>
 
『パレス・ダウン』
 
・原題:Taj Mahal
・2015年 フランス 1時間31分
・監督:ニコラ・サーダ
・出演:ステイシー・マーティン、ルイ=ド・ドゥ・ランクザン、ジーナ・マッキー、アルバ・ロルヴァケル他
「カリコレ2016」にて上映 7月29日(金) 16:00/8月2日(火) 13:00/8月13日(土) 10:00
 

公式サイト⇒ http://www.vap.co.jp/palace-down/

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