レポートインタビュー、記者会見、舞台挨拶、キャンペーンのレポートをお届けします。

2015年3月アーカイブ

sarusuberi-ivent-550-1.jpg日時:3/28(土)16:00~16:30
ゲスト:杏(お栄役)、松重 豊(北斎役)、原 恵一(監督)
イベント場所:コレド室町内仲通り~福徳神社

 

~お栄役杏、父・北斎役 松重豊、父娘あでやかに着物姿で、日本橋に登場!~


浮世絵師・お栄が父・葛飾北斎や仲間たちとともに自由闊達に生きる姿が江戸の四季をとおして描かれる<爽快>浮世エンターテインメント『百日紅(さるすべり)?Miss HOKUSAI?』(配給:東京テアトル)が5月9日(土)よりTOHOシネマズ日本橋、テアトル新宿他全国公開致します。

本作の主人公、浮世絵師のお栄を演じるのは、実力派女優の杏。お栄と父娘でもあり師弟でもある天才浮世絵師・葛飾北斎を演じるのは松重豊。今回で3度目の父娘役での共演を果たした二人と原 恵一監督が、映画公開劇場であるTOHOシネマズ日本橋オープン1周年を記念して登場!

自身が演じたキャラクターのように艶やかな着物に身を包み、桜フェスティバルでライトアップされた仲通りを通り、福徳神社へ向かい、映画ヒット祈願のトークイベントを行いました。

 


 sarusuberi-ivent-550-2.jpg【ゲストコメント】
Q:桜フェスティバルで花見舞台の下を通って、いかがでしたか?
監督:通りにいたみなさんが杏さんの顔を見て喜ばれていたので、日本の代表的な女優さんなんだなと改めて思いましたし、杏さんにお栄の声をやってもらえて、僕の目に狂いはなかったと思いました。

杏さん:北斎やお栄もこの通りを歩いたのかなと思いながら歩きました。今は近代的な建物がたくさん建っていますが、その中でも脈々と根付いている物があって、そんなところに寄り添えればなと思いました。

松重さん:歩いているところにあった屋台に鰻の串焼きがあって、北斎は下戸ですが、僕は泡の出る飲み物と一緒に食べたかったです(笑)


Q:1000年以上前から存在している、ここ福徳神社で、原監督が大ヒットの御祈願をされたそうですが、映画にもゆかりのある日本橋に降り立ったお気持ちはいかがですか?
監督:身が引き締まりました。もうヒットは神様におすがりするしかないですね。

杏さん:歴史のある神社でお参りできたので、ヒット間違いないと思います。


Q:現在、まさに最後の仕上げ中と伺いましたが、手ごたえはいかがですか?
監督:ものすごくありますね。絶対にお金を払って見に来ても、損はさせない作品です。


Q:みなさま原作者の杉浦日向子さんの作品がお好きと伺いました。杉浦さんの作品のどういうところがお好きですか?
監督:杉浦さんが好きすぎてプレッシャーはかなりありました。責任重大ですよね。でも作品を素直に画面に出せばきっと良いものができると思っていました。

杏さん:杉浦さんには残念ながらお会いするのは叶わなかったのですが、大好きでしたので、こうした形で関わることができてとても嬉しかったです。声の仕事にも興味があったので、初めてで緊張しましたが、出来上がりが楽しみです。


Q:松重さんは偉大な浮世絵師、葛飾北斎を演じられましたが、こういう歴史上の人物を演じる上で、何か役作りをされたりなどされましたか?
松重さん:杏さんと声を入れたのはバラバラだったんですが、ちょうど別作品で一緒だったので、「楽しかった?大変だった?」と共有できたのは良かったですね。北斎は今では有名ですが、この時はただ江戸に生きた絵師として、気負わないで自然にできました。


Q:最後に一言
監督:葛飾北斎という人は人気のあった絵師でしたが、アーティストで生きたわけではなく、絵を書くことしか興味のない、絵ばっかりを書いていた親子でした。それを日本の方、海外の方に見て頂きたいです。

杏さん:アニメーションは、石ころ1つでも人が意志をもって描いた景色。江戸のスケールの大きな景色が繊細に画面に映し出されます。「百日紅」はその花が長く長く紅が続くという意味もあるので、みなさまの目にいつまでも鮮やかに映るといいなと思います。

松重さん:杏さんの声をガイドに声を入れていたんですが、だんだん杏さんの声なのか、お栄の声なのかわからなくなるぐらいでした。早くお客さんに見て頂きたいです。


   【作品情報】 
 日本を代表する超豪華キャスト&一流スタッフが結集、杉浦日向子の世界がスクリーンに咲き乱れる!

sarusuberi-550.jpg『河童のクゥと夏休み』や『クレヨンしんちゃん』シリーズなど、オトナが泣けるアニメーション作家として評価の高い原恵一監督が、自身が敬愛してやまない杉浦日向子の「百日紅」を初の長篇映画化。若くしてこの世を去った彼女が20代後半に描いた本作は、発表から30年あまり経った今もなお、傑作として多くの人に愛されている。

主人公の浮世絵師を演じるのは杉浦作品大ファンの女優、杏。父であり師匠でもある葛飾北斎を松重豊、ほか濱田 岳、高良健吾、美保 純、清水詩音、筒井道隆、麻生久美子そして立川談春、と日本を代表する演技派・個性派の豪華キャストが結集。さらに入野自由、矢島晶子、藤原啓治の実力派声優の三人が脇を固める。

活気あふれる江戸の街や人々、そして浮世絵の世界を現代に甦らせるために監督が初タッグを組んだのは、国際的に評価の高いProduction I.G。 この超豪華な面々に海外からも高い注目が集まっており、早くもフランスやイギリスでの配給が決定。2015年、日本でも世界でも、<百日紅>がもりもりと咲き乱れる!


 【ストーリー】
sarusuberi-2.jpg百日紅(さるすべり)の花が咲く――お栄と北斎、仲間達のにぎやかな日々がはじまる。浮世絵師・お栄は、父であり師匠でもある葛飾北斎とともに絵を描いて暮らしている。雑然とした家に集う善次郎や国直と騒いだり、犬と寝転んだり、離れて暮らす妹・お猶と出かけたりしながら絵師としての人生を謳歌している。今日も江戸では、両国橋や吉原、火事、妖怪騒ぎ、など喜怒哀楽に満ちあふれている。

恋に不器用なお栄は、絵に色気がないと言われ落ちこむが、絵を描くことはあきらめない。そして、百日紅が咲く季節が再びやってくる、嵐の予感とともに……。江戸の四季を通して自由闊達に生きる人々を描く、浮世エンターテインメント! 時を超えて現代へ紡がれる人生讃歌の傑作が誕生しました。


 『百日紅(さるすべり)~Miss HOKUSAI~』

監督:原恵一(『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』、『河童のクゥと夏休み』、『カラフル』)
原作:杉浦日向子「百日紅」
出演:杏、松重豊、濱田岳、高良健吾、美保純、清水詩音、麻生久美子、筒井道隆、立川談春、入野自由、矢島晶子、藤原啓治
制作:Production I.G 配給:東京テアトル
(c)2014-2015杉浦日向子・MS.HS/「百日紅」製作委員会 
公式サイト⇒ http://sarusuberi-movie.com/index.html

2015年5月9日(土)~TOHOシネマズ日本橋、テアトル新宿ほか全国ロードショー


 (プレスリリースより)

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『地球交響曲(ガイアシンフォニー)第八番』龍村仁監督インタビュー
 

~「樹の聖霊」の声を聴く日本人のマイスターたちに迫る、深遠なドキュメンタリー~

人間の命は長い歴史の中でほんの一瞬だが、樹は何百年も、いやそれ以上に生きているものもある。「樹」の精霊の声に耳を傾けるという『地球交響曲(ガイアシンフォニー)第八番』のコンセプトは、今まで一度も『地球交響曲』シリーズを観たことがない私も躊躇することなく見たいと思わせる魅力があった。
 

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今までのシリーズでは外国人3人、日本人1人にフォーカスしてきたという構成だったそうだが、今回は樹の精霊の声に耳を傾ける日本人のマイスター3人を取り上げ、東日本大震災後、彼らが樹と共に復活の一歩を踏み出すまでが描かれる。まずは、600年間眠り続けてきた能面「阿古父尉(あこぶじょう)」を復活させる『樹の精霊に出会う』。能面打、見市泰男さんが、一刃一刃精霊と向き合いながら甦らせていく様や、奈良県吉野山中の天河神社で行われる様々な神事を通して、日本人は古来から目には見えない大事なものといかに対話を重ねてきたか実感する。

 

また、『樹の精霊の声を聴く』では、ストラディヴァリウスをまるで生き物のように扱いながら修復していく様子や、東日本大震災後、震災で倒れた樹からヴァイオリン製作者の中澤宗幸さんが「津波ヴァイオリン」を制作し、奉納演奏が行われるまでも密着。樹の精霊との対話から作り出されるヴァイオリンが、さらに奏でられる音を沁みこませ、さらなる名器へと進化を遂げていくのだ。

 
そして、『心に樹を植える』では早くから海の汚れの原因が森の荒廃にあると気づいた牡蠣養殖業者・畠山重篤さんの植林運動が、東日本大震災後の気仙沼を見事に復活させていく様子を綴る。一見関係のないように見える樹が生命の循環に大きな影響を与えていることに、改めて感謝の意を表したくなる。日本人が古来から持ち続けている精神に触れるドキュメンタリー。92年の第一番から、まさにライフワークとして『地球交響曲』を世に出し続け、東日本大震災後の作品として、「復活」につながる物語を提示した龍村仁監督に、『地球交響曲』誕生のきっかけや、初公開までのエピソード、そして、「樹」にスポットを当てようとした理由について、お話を伺った。
 

■前売り券3000枚を手売りして劇場公開にこぎ着けた、『地球交響曲』公開秘話

―――今やライフワークとなっておられる『地球交響曲』ができたきっかけは?
続けようと思って続けた訳ではありません。毎回「これで終わりだ」と思って作っているので、結果として続いているのは観てくださるお客様のおかげです。第一番を作った頃は、「こんな映画にお客さんが観に来るわけがない」と映画館は一切上映してくれませんでした。結局「3000枚の前売り券をさばいたら2週間上映してあげる」という映画館が出てきたのです。映画は観られてこそ映画です。作る人と観る人との一対一の双方向の関係の中で、映像を観ながら観客が自分の中のクリエイティブな部分を動かすことによって映画は「生まれた」と言えるのです。ですから、観られる場がなければ映画とは呼べません。
 
―――では、その3000枚を監督ご自身で売り歩いたのですか?
無理だと思うでしょうが、売ることも映画作りと頑張って売ってまわりました。初めて同窓会に顔を出して、過去を振り返るのが恥ずかしいと思う自分を克服していきました。なんとか3000枚を売りきって、はじめて映画館で上映してもらったのが92年です。1年間販売活動をしました。初日、2日目以降は一度観客が減ったのですが、次第に当日券を買う人が増えてきたのです。
 
―――口コミで作品の評判が広がっていったのでしょうか?
『地球交響曲』はどういう映画と聞かれたら、説明しにくい作品です。有名な女優もでていないし、物語もないし、トマトや象がでるぐらいです。でもなぜ売れたかというと、観た人が自分で伝えにくい感覚を、この映画を観たら分かってもらえるのではないかという思いがあるからです。「あなた(友人)が観てほしいと思っているのなら」と、チケットを買ってくれたようです。あとは感動してくれるかどうかですが、ここに描かれていることは、実は日本人として生まれ、自身の深い部分では知っていることが呼び覚まされているのです。
 

■80年代に作った3分間ドキュメンタリーシリーズで、世間のニーズを確信。自発的に映画というメディアで世に問う。

―――なるほど、まず映画館で上映され、映画として成立するまでにも一つのストーリーがあったのですね。では、自然のことを考える先駆けとなったドキュメンタリー映画を制作し始めたのはなぜですか?
高尚なことではなく、私が80年代に手がけた仕事の経験からきています。当時セゾングループが一番勢いのある頃で、女性をテーマにした単発のスペシャルドラマを1社提供していました。経営者だった堤清二さんは詩人でもありましたから、ドラマを妨げてしまうような商品CMはやりたくなかったのです。セゾングループのコンセプトだった「お手本は、自然界。」が感じられるようなものを作ってほしいというご依頼がありました。低予算でという注文だったので、ドキュメンタリーの手法で世界中の人たちを取材した3分映像を88年まで全部で52本作りました。このCMは当時非常に評判となりましたが、そこで僕が確信したのは、世間はこのような手法の映像を求めているにもかかわらず、それに値する映像がないということでした。
 
―――では、全く初めての試みではなく、ある程度観客の支持を得る自信はあったのですね。
その後、セゾングループの経営が傾いたため、CMの仕事は終わってしまいましたが、映像の仕事を続けていくなら、この延長線上で何かできないかと考えました。通常、テレビドラマや映画の仕事は、会社が企画し、こちらに発注されて作ります。映像の仕事は受け身の仕事だったのです。でもこういうドキュメンタリーの内容ですから、作り上げてから世に問うという形がとれる唯一のメディアが映画だったのです。
 
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■東日本大震災からの復活に、日本人の奥底にある樹の文化からにじみ出るものが大切。

―――そうやって続いてきた『地球交響曲第八番』では、なぜ「樹」に焦点を当てようと思ったのですか?
生命体が地球という惑星に生まれて何億年も生き続けているのは、樹のおかげだということが科学的に証明されています。地球の大気圏を作っているのも植物ですし、大気中の21%が酸素であることを人口が増えてもなお保っているのは、樹を中心とした植物のおかげなのです。この『地球交響曲』シリーズは、まず人にフォーカスして、その方の生き方と、その方でなければしゃべれない言葉で綴っていきます。1本の中に外国人が3人、日本人が1人という割合でやってきたのですが、今回は東日本大震災が起こった事が非常に大きな影響を与えています。
 
―――第八番の本作では古くから「樹」の声を聴いてきた日本人のマイスターたちに密着しています。日本の「樹の声を聴く」文化を知る、貴重な体験ができました。
地球という惑星と生命体との間で一番大切なことを、日本の宮大工さんは樹に対する畏敬の念として、自分の経験の言葉でしゃべっています。もともと日本は樹の文化ですから、樹が単なる建築材料ではないという見方が強くあるわけです。樹に潜む精霊としか言いようがないのですが、それを感じ取っていろいろな文化の原点にしていく。それが日本文化の特徴です。
 
―――東日本大震災の影響を受けたとおっしゃいましたが、震災からの復活を感じさせる様々な試みが映し出されていますね。
震災後のあれだけ大きな津波は、誰かが制御できるものではありません。東日本大震災後、日本人はこんなにひどい目に遭っているのに恨むのではなく、いい方向に協力していくことができると支援をしてくれた海外の方から評価されました。本当は宇宙的スケールの中で我々が生かされているという体感が一番重要で、日本人はそれを樹との関係において、文化として持っているのです。震災以降の苦しみは、悪い奴はあいつだから、あいつをやっつければいいという浅はかな考え方では抜けられません。人知を遙かに超えた宇宙的タイムスケールで起こっていることに気付き、そういう悲劇を乗り越えるために、樹の文化の中から、何か滲み出てくるのではないかという思いがありました。
 

■制約こそクリエイションの母、少なくとも映画を作っていれば元気。

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―――樹と会話できるヴァイオリン製作者の中澤さんや、能面「阿古父尉」の復活までの様々な神事など、まさに樹に宿る神の声を、スクリーンを通して聞いているようでした。
コンセプトとしては、目に見えない、実在することは証明できないけれど木の精霊があり、それが日本の危機の時に復活し、一番大切なことに気づかせてくれる。そう思い、木にまつわる日本人の文化を表現できる人を探しました。気仙沼の漁師でありながら、樹を植える活動を続けてきた畠山さん。ヴァイオリンの名器、ストラディヴァリウスを修理するのに、樹の精霊の声をきちんと甦らせてあげようという文化的な考え方ができる中澤さん。そこから魂や音の蘇りが生まれてくることを、素直に受け止めることができる、日本人の精神的なバックグラウンド。最後にマルティン・ルターの「りんご」の言葉、「もしも明日世界が終わるなら、私は今日リンゴの木を植えるだろう」に到達できればいいなと思って、八番を作りました。一つのシーンがあるから、次のシーンが生まれる。だから編集がものすごく重要です。
 
―――編集はどれぐらいかかったのですか?
1年ぐらいですね。制約こそクリエイションの母である。それがないと、どんどん変化するだけで完成がない。なぜ『地球交響曲』を続けたのと聞かれますが、一つ終わる度に完成がないなと思うからです。もう75歳になりますが、少なくとも映画を作っていれば元気です。
(江口由美)
 

<作品情報>
『地球交響曲(ガイアシンフォニー)第八番』
(2015年 日本 1時間55分)
監督・脚本:龍村仁
出演:梅若玄祥、柿坂神酒之祐、見市泰男、中澤宗幸、中澤きみ子、畠山重篤、畠山信
2015年3月21日(土)~シネ・リーブル梅田、近日~元町映画館、京都みなみ会館他全国順次公開
公式サイト⇒http://gaiasymphony8.com/
(C) Jin Tatsumura Office Inc.

jinu-500.jpgコメディっぽくない!? 松田龍平主演のコメディ映画『ジヌよさらば~かむろば村へ~』舞台挨拶

2015年3月13日(金)18:00~大阪ステーションシティシネマにて
ゲスト:松尾スズキ(52歳)、松田龍平(31歳)
 

(2015年 日本 2時間01分)
・原作/いがらしみきお「かむろば村へ」(小学館ビッグコミックスペシャル刊)
・監督・脚本・出演:松尾スズキ
・出演:松田龍平、阿部サダヲ、松たか子、二階堂ふみ、片桐はいり、中村優子、村杉蝉之介、伊勢志摩、オクイシュージ、モロ師岡、荒川良々、皆川猿時、松尾スズキ、西田敏行
★作品紹介⇒ こちら
★公式サイト⇒ 
www.jinuyo-saraba.com  
・©2015 いがらしみきお・小学館/『ジヌよさらば~かむろば村へ~』製作委員会

2015年4月4日(土)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹 ほか全国ロードショー

 


 

~かむろば村へようこそ!金(ジヌ)捨ててこそ掴める運もある~

 

jinu-550.jpgのサムネイル画像「あまちゃん」が舞台を山村に移して再来か!? な~んて「あまちゃん」みたいなのどかでアットホームなドラマではない。監督・脚本を手掛けた松尾スズキを筆頭に、ムッツリ松田龍平を主演に、阿部サダヲ、松たか子、二階堂ふみ、西田敏行、片桐はいり、そして「あまちゃん」で人気が全国区となった劇団「大人計画」のメンバー等々、ひと癖もふた癖もあるような面々が勢ぞろい! 銀行員なのにお金アレルギーという変な恐怖症を抱えた主人公を取り巻く、東北にあるとある山村の、これまた不思議な人々の爆笑奇天烈物語である。
 

何せ予測不能の動きを見せる超個性派揃いなので、自称「神様」というじい様が現れても全く違和感がない。そこへ東京からお金を使わない自給自足の生活を求めて山村へやって来た高見武晴(松田龍平)のズレぶりが笑いを誘う。敢えて「コメディっぽくない松田龍平を起用する方がギャップがあって面白いかな」と思った監督。その計算は見事にアタリ!
 

jinu-3.jpg原作は、松尾スズキ監督が4コマ漫画家を目指していた若かりし頃、「残酷でシュール」な作風に憧れていたという〈いがらしみきお〉の「かむろば村へ」。〈赤べこ〉伝説のある奥会津の柳津(やないず)町をロケ地に選び、〈お金恐怖症〉の主人公が不思議な雰囲気の中、あれよあれよと村人の騒動に巻き込まれながら変化していく様子を活写している。役者の特徴を十二分に理解している松尾監督ならではの演出が功を奏したのだろう。


4月4日の公開を前に開催された特別上映会の舞台挨拶に、松尾スズキ監督と松田龍平が登壇。その異色コンビによる舞台挨拶も、どことなくファンタジーっぽい奇怪さで会場を沸かせていた。

以下は、舞台挨拶の詳細です。 (敬称略)


jinu-b-550-2.jpg   【最初のご挨拶】    
松田:沢山の方にお出で頂いて嬉しいです。ありがとうございます。
松尾:8年ぶりに豪華キャストで新作が撮れて幸せです。こうしたキャンペーンも頑張って行かなければと思っています。

――― 原作がコミックと言うことですが、いがらしさんのファンなんですか?
松尾:学生の頃4コマ漫画を描いていた頃からファンです。残酷だったりシュールだったりするアナーキーなところがカッコイイなと思ってました。

――― 映画化されることになってどんなお気持ちでしたか?
松尾:私が4コマ漫画家を目指していた時期に出版社をまわると、「いがらしみきおのようなマンガは要らないんだ」と言われ、挫折した思い出があります。それが巡り巡って私が映画化することになり、感慨深いものがありました。

jinu-b-di.jpg――― 主人公を松田龍平さんに決めた理由は?
松尾:いかにもコメディっぽい人を使うのは安っぽくなると思ったので、龍平君のようなコメディっぽくない人の方が落差があっておもしろいかなと。丁度その頃『舟を編む』で評価が高まっていた龍平君に出演して欲しいなと思い、コネを頼ってお願いしました。

――― 10年前の『恋の門』以来ですか?
松尾:そうです。まだその頃二十歳くらいでしたね。

――― 松田さんはどんな風に感じてこの役を演じたのですか?
松田:お金恐怖症という役は前例がなく、ファンタジーっぽい、お金が使えないなんて大変だろうなとか、後に引けないギリギリの状態を感じて演じました。

――― 松尾監督から具体的なオーダーはあったのですか?
松田:お金恐怖症という症状について測り知れないものがあったので、監督にご指導頂いて完成しました。
(それを聞いて、居心地悪そうな松尾監督)
――― 監督どうされたんですか?
松尾:今ちょっと差し歯が割れそうでした(笑)。
――― どんな指導をされたのですか?
松尾:二人で共有するイメージというものを実感として持つために、「自分の中でのイメージをこういう風にして」と言いました。

――― 大人計画のメンバーが沢山出演されていますが、最初から予定されていたのですか?
松尾:あまり若い人が出てこない映画なので、20年来のメンバーがTVや映画で活躍し丁度いい使い処になってきて、共通認識を持ってひとつの世界観を作るのに有効かなと思いました。

jinu-b-ryu.jpg――― 大人計画の皆さんとの共演は如何でしたか?
(またもや松尾監督が不測の動きをして松田龍平を笑わす)
松田:現場ですか?どうでしたっけ?
松尾:忘れないで下さい。
松田:笑いが絶えない温かい感じでした。個性的で面白く、「素」のような感じで、ホント面白い!

――― 場所は?
松尾:ファンタジックな感じもリアルに思えるような場所は、奥会津の柳津(やないづ)町です。有名な「赤べこ」発祥の地です。赤いべこが何かを助けたという伝説があって…
松田:長くなりそうですか?「べこ」って何ですか?
松尾:牛だよ!有名な「赤べこ」だよ!伝説の「赤べこ」がいたとか、いなかったとか?

――― 町の皆さんはとても協力的だったのでは?
松尾:様々なお年寄りが分け隔てなく出てくる映画でして、お年寄りをいっぱい見られるのがポイントです。集めるのも大変なのですが、そもそもそこにいっぱい居るということがラッキーでした。

――― 大阪のイメージは?
松尾:大阪公演の際には大体京橋界隈に出掛けるのですが、朝から飲んでいるおじさんと、朝から飲んでいるおねえさんと、出勤する人々が行きかう風景を見ていて「いいな」と思いました。
――― 大阪の人はお金について細かいですからね。大阪の人にはぴったりの映画だと思いますが?
松尾:そうですね。でも、ラストには「何すんねん!」と言われそうですが!?

jinu-b-ryu-2.jpg――― 松田さんは如何ですか?
松田:大阪に来ると、無駄に緊張してしまいます。笑いに厳しいというイメージがあって、余計なことをすると「シーン」となるのでは?と。
(手拍子をする松尾監督)(笑)
――― なんですか、それ?
松尾: “ラッスンゴレライ”やってくんないかなと思って。
松田:やらないですよ!(笑) 今は楽しい雰囲気で映画を見て帰って頂けたらいいなと思います。

【最後のご挨拶】
松田:ギリギリの武晴と、個性的で面白い村人を、声を出して楽しく笑って帰って頂けたら嬉しいです。今日はどうもありがとうございました。
松尾:キャスト・スタッフの甚大な努力のお陰で、ステキな映画に仕上がったと自負しております。4月4日から公開されます。ご家族、ご親戚、卒業生、どんな卒業か分かりませんが(笑)、「面白かったよ!」と薦めて頂けたら有難いです。本日はどうもありがとうございました。

 


 う~ん、どことなく異次元にいるような松尾スズキ監督にノせられて、いつになくにこやかな松田龍平さん。大阪に来ても緊張することはないですよ。大阪の人は飾らない人を快く受け入れますよ。もっと大阪を楽しんでくださいね。     (河田 真喜子)

futaba2-4.jpg『フタバから遠く離れて 第二部』船橋淳監督インタビュー

・2014年 日本 1時間54分
・監督:船橋淳
公式サイト⇒ http://nuclearnation.jp/
・(C)ドキュメンタリージャパン/ビックリバーフィルムズ

2015年3月14日(土)~第七藝術劇場、3月21日(土)~立誠シネマ、4月25日(土)~神戸アートビレッジセンター 他全国順次公開 


  

~“核のゴミ”に故郷を奪われる町~


futaba2-2.jpg「絶対安全」だったはずの原発が爆発してから4年、被災地・福島県双葉町は事故で故郷を追われ、今また複雑に分断されようとしている。町民は250キロ離れた埼玉県加須市の廃校・旧騎西高校へ全町避難。「フタバから遠く離れて」第一部は、事故直後から9か月の避難生活を追った。第二部はそれ以後の3年間を記録した。避難先で町長選挙を行うという異常事態を経て、役場は福島県いわき市に再移転。苦難に見舞われた人々の前に今度は「中間貯蔵施設」の建設計画が持ち上がる。住む場所を奪われた“流浪の民”の苦闘は続く。フタバ町の人々は「原発再稼働」の政府方針をどう聞くのだろうか。労作を作り上げた船橋淳監督に聞いた。

 


 
――第一部も撮影に時間がかかったと思うが、二部はもっと大変。現地まで通いつめたのか?

船橋監督: 埼玉から2時間ぐらい。往復4時間。通える距離だった。

futaba2-di-1.jpg――重大事故から4年経ったが、事態は一向に良くなっていない?
船橋監督: 事故直後、政府の避難指示は3キロだった。それが10キロ、20キロと増えていった。アメリカではその時点で「50マイル(80キロ)」と明言していた。日本人は「一体、何キロ離れたらいいのか分からない」状態だった。
日本政府が「メルトダウン」と認めたのは5月中旬。だけどアメリカは事故翌日(3月12日)にメルトダウンを明らかにし、チェルノブイリと同じ「レベル7」と認めている。日本は3月18日の時点で「レベル4」だった。今さらではあるが、東電と政府は事故が大きくなるのを抑えにかかっていた。国の中と外で認識が違っていた。

――双葉町は250キロはなれた埼玉県まで逃げた?
船橋監督: ニュースを聞いて、井戸川克隆町長は正しい判断をした。町長も当初は原発推進派で、双葉町に福島原発7、8号機が4月から着工の予定だった。だけど、彼は「判断を間違った」と大転換した。今では「誘致は失敗だった」としている。

――事故はまだまだ続いているが、第一部を完成させたのは?
船橋監督: 2011年12月に当時の野田首相が「原発事故収束宣言」を出した。そんなバカな、と世界の人に見てもらいたくて翌12年2月のベルリン映画祭に出した。まだ編集も終わってなかったが、反響は凄かった。「原発事故が終わるまで撮り続ける」と決意した。

futaba2-3.jpg――それにしても、埼玉県に避難は、大した英断だった?
船橋監督: 避難場所を探してる時に町長が「騎西高校が廃校で空いている」と耳にした。人口7000人のうち2割の1423人が避難した。双葉町のマジョリティだった。
双葉町は自主避難含めて全国40都道府県に分散して避難した。「一番線量が低い」ということでいわき市へと代わって、私も撮りながらシフトせざるを得なかった。

――そんな中、双葉町民から「自分だけ埼玉に逃げた」といった井戸川町長バッシングが起こる?
船橋監督:2013年暮れに町長は辞任、3周年前日の3月10日に避難所で町長選挙を行い、伊澤史朗町長が当選した。「役場をいわき市に移して福島復興に双葉町も足並みを揃える」方針を示した。新町長の前に出されたのが「中間貯蔵施設」問題。除染した土やゴミを保管する施設に双葉町の10%が当てられる。事故収束どころじゃありませんよ。

 futaba2-1.jpg――そう簡単に認められないこと?
船橋監督: 双葉町民は今、四重に分裂の危機に見舞われでいる。まず、避難区域が放射線量20㍉シーベルトの上中下の3段階に分けられ、線量によって賠償金の額が変わる。中間貯蔵施設の用地に住んでる人には逃げるところもない。
政府、東電には「あの人たちが失ったものは何なのか」と問いたい。「しょせんカネメでしょ」などと無神経な発言する人もいたが、本当に全部「カネメ」か、と問いたい。

futaba2-di-2.jpg――映画の終盤には、人々が暮らしていた商店街やコミュニティが描かれる。 
船橋監督: 人間の想像力は徐々に枯渇していく。映画で失ったものを可視化した。この映画で体感してもらいたい。五感を使って感じてもらいたい。

――原発事故はまだまだ終わらない。第三部は?
船橋監督: ええ、すでに撮り始めてます。中間貯蔵施設に井戸川さんは反対したが、伊澤町長は受け入れた。今後、どう展開していくのか、騎西高校の避難所は13年の暮れに最後の5人が退所して閉まったが、避難は続かざるを得ない。町の人々が安住出来るところが見つかるまで『フタバから遠く離れて』は撮りつづけます。
福島原発の電気はほとんど東京で使われたように、関西でも高浜や大飯原発の再稼働の問題が出てくる。遠く離れた人々にしわ寄せしていいのか、原発事故は日本の隅々にまで大きな影響をもたらす、ということを肝に銘じるべきです。

(安永 五郎)

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『みんなの学校』真鍋俊永監督インタビュー
 

~子どもも大人も共に学び、不登校ゼロを目指す公立小学校。

その日々が映し出す“可能性”~

 

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すべての子どもに居場所がある学校を作り上げてきた大阪市立大空小学校。「自分が作る学校」を掲げ、常に自分で考え行動することを子どもたちに問い、先生も子どもたちの目線に立って、彼らの声に耳を傾け、子どもに合わせた声かけや指導を行っている。徹底的に生徒と向き合う大空小学校の一年に密着したドキュメンタリー映画『みんなの学校』。そこには、真の教育とは何か。様々な個性を認め合い、共に学び生きるという姿勢で大人も子どもも全力でぶつかるイキイキとした学びの場の姿がある。

 
真鍋俊永監督に、本作の狙いや映画化した意図、大空小学校が公立小学校でありながら、このようなきめ細かな生徒に寄り添った教育ができる理由について、話を聞いた。
 

 
━━━テレビのドキュメンタリー番組から映画化にいたった経緯は?
最初に企画を考えたのは私の妻(関西テレビ)で、色々おつきあいのある障がい者団体の方から大空小学校の話を聞き、2010年暮れから2011年3月にかけて取材をさせていただいたものを、ニュース番組の中の特集として放映しました。そのときは10分という長さだったので、その後1年間取材をさせてほしいとお願いし、妻から引き継ぐ形で私が担当になりました。僕は大阪府の担当記者時代に、府立高校の退学者問題で高校の取材をしていたのですが、当時は担当の責任も重く、学校へもあまり行けずに、短期間の取材で終わってしまった苦い経験があります。今回は、1年間小学校の取材ができ、比較的自由に撮らせてもらえるということで、結局取材チームとしては138日取材をしました。
 
━━━最初から映画を想定していたのですか? 
最初は、1時間~1時間半ぐらいのドキュメンタリー番組という想定でした。1年間で撮った素材が500時間ぐらいあり、その長さでは正直きつかったのですが、時間がとれないということで、まずは47分番組を作りました。その番組が、同年の芸術祭に出品されることになり、90分枠で放映する75分番組を作り、芸術祭大賞をいただきました。僕はもともと映画にしたいと思っていたので、そこから現在の長さ(106分)のものを作っていった感じですね。親御さんや先生方とも相談しながら、どこまでだったら出せるのかという割とギリギリのところで作ったつもりです。 
 
━━━テレビ版と映画版とどこが違うのでしょうか? 
私自身の受け止め方が違っています。一つ一つ作品を作って放映するなかで、それらに対する感想をシャワーのように浴び、なおかつ色々な段階で色々な方とお話をさせていただき、シーンの解釈も自分の中で変わってきました。使っているシーンは同じでも、そこに対するメッセージの入れ方や、どう受け止めてほしいというのは、3回編集するうちに理解が変わってきました。
 

■最初の3ヶ月でものすごく手応え。学校がこんなに自由に撮れることはまずない。

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━━━具体的にはどのように小学校での取材を行ったのですか?
朝8時ぐらいに学校に着いて、子どもたちにおはようと声をかけながら、「今日はおっちゃんたちが来ている日やな」とみんなに周知してもらいます。一日学校の中をカメラがうろうろしている間、僕は職員室で先生たちと話をしていたり、6年生にカメラが入っていたら、4年生の様子を見に行ったり、他の学年の様子を見に行ったりという形で、1年間取材していました。 最初の3ヶ月でものすごく手応えがありました。学校がこんなに自由に撮れるなんてまずありません。もっと早い段階で映像を出すこともできましたが、それにより周りからの声で取材の位置づけが変わってしまうのもいやだったので、周りからのプレッシャーも、気にしないようにしていました。 
 
━━━大空小学校校長先生のインタビューや、先生や生徒への指導ぶりから、「大空小学校はみんなで作る」という強い信念が感じられます。
校長先生以下すばらしい方ばかりで、すごい信念の持ち主です。校長先生がおっしゃっていることでも、最初僕は意味が全然分かっていなかったところがあると思います。学力調査の話から、100メートル泳げる子と全く泳げない子の話が出てきますが、あれは取材の最初の日に聞いているインタビューです。表面上の言葉としては受け止めているけれど、その言葉の意味をちゃんと受け止められたのは、最後に編集した昨年の夏で、初めて聞いてから2年ぐらい経っています。自分自身も受け止め方が変化しているのでしょうね。
 
━━━今の大阪の公立小学校は、支援を必要とする子どもは特別教室に分けられているのでしょうか。
学校それぞれだと思います。ただ大空小学校のように完全に普通学級で一緒に学ぶことは珍しいようです。何かの行事だけ普通学級に参加させるところが最低ラインだとすれば、いくつかの授業だけ一緒に学ばせたり、最初の段階に学校に来ないように、やんわりと断っているとか、子どもが結果的に登校できなくなる場合もあります。校長の権限はもともと強力なものがありますから、あえて分けることで子どもが落ち着いて勉強できていいと考える親御さんもいらっしゃるかもしれません。ただ、僕は大空小学校の方が好きですし、この映画もそういう映画ですよね。
 

■子どもは一人一人に向き合って見ていかないと、どういう成長をしているか分からない。

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━━━大阪市は学力調査の点数を学校ごとに開示していますが、本作でも学力調査のシーンが登場します。その狙いは?
学ぶことは学力調査の点数に出てくることだけではありません。そんなことは人生におけるほんの数分の一でしかないはずなのですが、それが測りやすいから指標としているわけです。でも子どもは一人一人に向き合って見ていかないと、その子がどういう成長をしているかどうか分からない。そのように受け止めてほしいというのが最大の願いですね。
 
━━━色々な児童のケースが取り上げられているので、観る側も様々な受け止め方ができますね。
校長先生は「ややこしい子が来ると、周りが伸びるからいいよね」とおっしゃいます。3年生に転校生が来るとき、「噂の彼が転校してきます」とおっしゃったあと、「でもいいやん。今3年生でややこしい子はいないから、ちょうどいいわ」。僕達から見れば、結構大変そうな子もいるように見えるのですが、「ちょうどいい。あんたら、もうちょっとがんばり」。そういう他校では問題児扱いされているような子が入ってくることで、他の児童たちも先生も成長する。それが人を育てていくことだという哲学ですよね。
 

■子どもが通学できるようになったのは、周りの見る目が変わったから。

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━━━校長先生の指導の下、その哲学が大空小学校では全員がその考えを実行しているからこそ、不登校児ゼロに繋がっているのでしょうか。
きちんと授業を成立して、終わらせるということを目指しているのなら、問題のある児童がいると、邪魔でしかないかもしれませんが、本当に学校で身に着けるべきことは何かを突き詰めると、その児童たちは絶対に邪魔にならない。途中で挿入される校長先生のインタビューは、2回目の75分バージョンを作るときに撮りに行ったインタビューです。他の学校では通えなかった二人がなぜ通えるようになったか分からなかったので、彼らが学校に再び通えるようになった理由を校長先生にお聞きすると、開校のときの話が始まった訳です。校長先生自身も開校時には「ややこしい子が来ると、周りが伸びるからいい」と思えていなかった部分もあるし、子どもが来られるようになるのは、周りの見る目が変わったからだといいます。だから一人一人がきちんと自分のものとして考える力をつけることを目指している学校なんでしょうね。全ての子どもに学習する機会を保証する学校をつくるというのがこの学校の理念で、当り前のことなのですが、その当たり前のことができていない学校がいっぱいあるのは事実です。
 
━━━チラシの裏には、監督の想いが書かれています。
皆が仲良くニコニコ暮らせることが人類の目的なのだとすれば、それを目指すには何をしていけばいいのかと考えると、色々なことがもっとシンプルに決まっていくような気がするんですよ。「目的と手段を間違ったらあかんよ」とすごく言われたのですが、成績を上げること自身にも目的があるはずですから。
 
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■今この子達のために何がいいかを先生も生徒も考える。マニュアル化は不可能。

━━━「目的と手段を間違ったらあかんよ」という言葉は、子どもたちと対峙するとき、常に意識して指導しておられるのでしょうね。
子どもにとって一番いいのは何かを考えると、おのずと対応は決まるとも校長先生はおっしゃいます。その時その時の状況を踏まえた上で、真っ直ぐに見つめて今何がいいか、今自分がいいと思うことをやっていくので、マニュアル化は不可能ですよね。また校長先生は「今までのことは古い。ルールは今から変わりました」と言い、毎度毎度がらりと変わったりします。社会でもそういうことはありますよね。いつか決まったような決まりを守るのではなく、今この子達のために何がいいかを先生は考え、子どもたちにもそれを求めているんですよね。何があったのかをとにかく問い直すのが「やりなおしの部屋」で、けんかの原因を解き明かしはするけれど、大人はジャッジをしない。とにかく考えさせるのです。
 
━━━テレビ放送後に、他の学校からかなりの反響があったそうですね。
テレビで放送したので、全国の学校関係者が見学に来るそうですが、皆「(大空小学校のようには)できない」と言うそうです。できない理由を探したら絶対にできないから、やりたいと思うのならできる方法を探していかなければ。少しずつ前に進んでいこうと思えると、何かが変わっていくと思います。
 

■映画を観て、どんどん「使ってほしい」

━━━学校関係者だけではなく、様々な問題を抱えるお子さんやその親御さんにも希望が持てる作品だと思います。
映画にしておくということはずっと残るし、上映会など映画館の公開が終わっても観ていただけます。関西テレビの番組としてだけでなく、アクセスしたい人がアクセスしやすい形にしたかった。また、大空小学校はあくまでもただの公立小学校ですから、「うちの子は学校に行きたいから、こういう学校にしてほしい」という権利を親はこの映画を証拠に他の学校に対しても行使できると思います。
また、マニュアル化はできないけれど、大空小学校のような学校を作るヒントはあるので、映画を観て、使ってほしいんですよね。もちろん最初は色々と感じてほしいと思いますが、それはどんどん使っていってもらえるようなものだと信じています。
(江口由美)
 

<作品情報>
『みんなの学校』
(2014年 日本 1時間46分)
監督:真鍋俊永 
出演:大空小学校のみなさん
2015年3月7日(土)~第七藝術劇場、4月18日(土)~神戸アートビレッジセンター、今春京都シネマ他全国順次公開。
※3月7日(土)12:10の回終了後トークショー「『みんなの学校』ができるまで」
ゲスト:真鍋俊永監督、大窪秋弘さん(撮影) 司会:関純子さん(アナウンサー)
 
※3月7日(土)14:30の回終了後トークショー「保坂展人さんと観る『みんなの学校』」
スカイプ出演:保坂展人さん(世田谷区長) ゲスト:真鍋俊永監督、大窪秋弘さん(撮影) 司会:関純子さん(アナウンサー)
公式サイト⇒http://minna-movie.com/
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