『みんなの学校』真鍋俊永監督インタビュー
~子どもも大人も共に学び、不登校ゼロを目指す公立小学校。
その日々が映し出す“可能性”~
すべての子どもに居場所がある学校を作り上げてきた大阪市立大空小学校。「自分が作る学校」を掲げ、常に自分で考え行動することを子どもたちに問い、先生も子どもたちの目線に立って、彼らの声に耳を傾け、子どもに合わせた声かけや指導を行っている。徹底的に生徒と向き合う大空小学校の一年に密着したドキュメンタリー映画『みんなの学校』。そこには、真の教育とは何か。様々な個性を認め合い、共に学び生きるという姿勢で大人も子どもも全力でぶつかるイキイキとした学びの場の姿がある。
真鍋俊永監督に、本作の狙いや映画化した意図、大空小学校が公立小学校でありながら、このようなきめ細かな生徒に寄り添った教育ができる理由について、話を聞いた。
━━━テレビのドキュメンタリー番組から映画化にいたった経緯は?
最初に企画を考えたのは私の妻(関西テレビ)で、色々おつきあいのある障がい者団体の方から大空小学校の話を聞き、2010年暮れから2011年3月にかけて取材をさせていただいたものを、ニュース番組の中の特集として放映しました。そのときは10分という長さだったので、その後1年間取材をさせてほしいとお願いし、妻から引き継ぐ形で私が担当になりました。僕は大阪府の担当記者時代に、府立高校の退学者問題で高校の取材をしていたのですが、当時は担当の責任も重く、学校へもあまり行けずに、短期間の取材で終わってしまった苦い経験があります。今回は、1年間小学校の取材ができ、比較的自由に撮らせてもらえるということで、結局取材チームとしては138日取材をしました。
━━━最初から映画を想定していたのですか?
最初は、1時間~1時間半ぐらいのドキュメンタリー番組という想定でした。1年間で撮った素材が500時間ぐらいあり、その長さでは正直きつかったのですが、時間がとれないということで、まずは47分番組を作りました。その番組が、同年の芸術祭に出品されることになり、90分枠で放映する75分番組を作り、芸術祭大賞をいただきました。僕はもともと映画にしたいと思っていたので、そこから現在の長さ(106分)のものを作っていった感じですね。親御さんや先生方とも相談しながら、どこまでだったら出せるのかという割とギリギリのところで作ったつもりです。
━━━テレビ版と映画版とどこが違うのでしょうか?
私自身の受け止め方が違っています。一つ一つ作品を作って放映するなかで、それらに対する感想をシャワーのように浴び、なおかつ色々な段階で色々な方とお話をさせていただき、シーンの解釈も自分の中で変わってきました。使っているシーンは同じでも、そこに対するメッセージの入れ方や、どう受け止めてほしいというのは、3回編集するうちに理解が変わってきました。
■最初の3ヶ月でものすごく手応え。学校がこんなに自由に撮れることはまずない。
━━━具体的にはどのように小学校での取材を行ったのですか?
朝8時ぐらいに学校に着いて、子どもたちにおはようと声をかけながら、「今日はおっちゃんたちが来ている日やな」とみんなに周知してもらいます。一日学校の中をカメラがうろうろしている間、僕は職員室で先生たちと話をしていたり、6年生にカメラが入っていたら、4年生の様子を見に行ったり、他の学年の様子を見に行ったりという形で、1年間取材していました。 最初の3ヶ月でものすごく手応えがありました。学校がこんなに自由に撮れるなんてまずありません。もっと早い段階で映像を出すこともできましたが、それにより周りからの声で取材の位置づけが変わってしまうのもいやだったので、周りからのプレッシャーも、気にしないようにしていました。
━━━大空小学校校長先生のインタビューや、先生や生徒への指導ぶりから、「大空小学校はみんなで作る」という強い信念が感じられます。
校長先生以下すばらしい方ばかりで、すごい信念の持ち主です。校長先生がおっしゃっていることでも、最初僕は意味が全然分かっていなかったところがあると思います。学力調査の話から、100メートル泳げる子と全く泳げない子の話が出てきますが、あれは取材の最初の日に聞いているインタビューです。表面上の言葉としては受け止めているけれど、その言葉の意味をちゃんと受け止められたのは、最後に編集した昨年の夏で、初めて聞いてから2年ぐらい経っています。自分自身も受け止め方が変化しているのでしょうね。
━━━今の大阪の公立小学校は、支援を必要とする子どもは特別教室に分けられているのでしょうか。
学校それぞれだと思います。ただ大空小学校のように完全に普通学級で一緒に学ぶことは珍しいようです。何かの行事だけ普通学級に参加させるところが最低ラインだとすれば、いくつかの授業だけ一緒に学ばせたり、最初の段階に学校に来ないように、やんわりと断っているとか、子どもが結果的に登校できなくなる場合もあります。校長の権限はもともと強力なものがありますから、あえて分けることで子どもが落ち着いて勉強できていいと考える親御さんもいらっしゃるかもしれません。ただ、僕は大空小学校の方が好きですし、この映画もそういう映画ですよね。
■子どもは一人一人に向き合って見ていかないと、どういう成長をしているか分からない。
━━━大阪市は学力調査の点数を学校ごとに開示していますが、本作でも学力調査のシーンが登場します。その狙いは?
学ぶことは学力調査の点数に出てくることだけではありません。そんなことは人生におけるほんの数分の一でしかないはずなのですが、それが測りやすいから指標としているわけです。でも子どもは一人一人に向き合って見ていかないと、その子がどういう成長をしているかどうか分からない。そのように受け止めてほしいというのが最大の願いですね。
━━━色々な児童のケースが取り上げられているので、観る側も様々な受け止め方ができますね。
校長先生は「ややこしい子が来ると、周りが伸びるからいいよね」とおっしゃいます。3年生に転校生が来るとき、「噂の彼が転校してきます」とおっしゃったあと、「でもいいやん。今3年生でややこしい子はいないから、ちょうどいいわ」。僕達から見れば、結構大変そうな子もいるように見えるのですが、「ちょうどいい。あんたら、もうちょっとがんばり」。そういう他校では問題児扱いされているような子が入ってくることで、他の児童たちも先生も成長する。それが人を育てていくことだという哲学ですよね。
■子どもが通学できるようになったのは、周りの見る目が変わったから。
━━━校長先生の指導の下、その哲学が大空小学校では全員がその考えを実行しているからこそ、不登校児ゼロに繋がっているのでしょうか。
きちんと授業を成立して、終わらせるということを目指しているのなら、問題のある児童がいると、邪魔でしかないかもしれませんが、本当に学校で身に着けるべきことは何かを突き詰めると、その児童たちは絶対に邪魔にならない。途中で挿入される校長先生のインタビューは、2回目の75分バージョンを作るときに撮りに行ったインタビューです。他の学校では通えなかった二人がなぜ通えるようになったか分からなかったので、彼らが学校に再び通えるようになった理由を校長先生にお聞きすると、開校のときの話が始まった訳です。校長先生自身も開校時には「ややこしい子が来ると、周りが伸びるからいい」と思えていなかった部分もあるし、子どもが来られるようになるのは、周りの見る目が変わったからだといいます。だから一人一人がきちんと自分のものとして考える力をつけることを目指している学校なんでしょうね。全ての子どもに学習する機会を保証する学校をつくるというのがこの学校の理念で、当り前のことなのですが、その当たり前のことができていない学校がいっぱいあるのは事実です。
━━━チラシの裏には、監督の想いが書かれています。
皆が仲良くニコニコ暮らせることが人類の目的なのだとすれば、それを目指すには何をしていけばいいのかと考えると、色々なことがもっとシンプルに決まっていくような気がするんですよ。「目的と手段を間違ったらあかんよ」とすごく言われたのですが、成績を上げること自身にも目的があるはずですから。
■今この子達のために何がいいかを先生も生徒も考える。マニュアル化は不可能。
━━━「目的と手段を間違ったらあかんよ」という言葉は、子どもたちと対峙するとき、常に意識して指導しておられるのでしょうね。
子どもにとって一番いいのは何かを考えると、おのずと対応は決まるとも校長先生はおっしゃいます。その時その時の状況を踏まえた上で、真っ直ぐに見つめて今何がいいか、今自分がいいと思うことをやっていくので、マニュアル化は不可能ですよね。また校長先生は「今までのことは古い。ルールは今から変わりました」と言い、毎度毎度がらりと変わったりします。社会でもそういうことはありますよね。いつか決まったような決まりを守るのではなく、今この子達のために何がいいかを先生は考え、子どもたちにもそれを求めているんですよね。何があったのかをとにかく問い直すのが「やりなおしの部屋」で、けんかの原因を解き明かしはするけれど、大人はジャッジをしない。とにかく考えさせるのです。
━━━テレビ放送後に、他の学校からかなりの反響があったそうですね。
テレビで放送したので、全国の学校関係者が見学に来るそうですが、皆「(大空小学校のようには)できない」と言うそうです。できない理由を探したら絶対にできないから、やりたいと思うのならできる方法を探していかなければ。少しずつ前に進んでいこうと思えると、何かが変わっていくと思います。
■映画を観て、どんどん「使ってほしい」
━━━学校関係者だけではなく、様々な問題を抱えるお子さんやその親御さんにも希望が持てる作品だと思います。
映画にしておくということはずっと残るし、上映会など映画館の公開が終わっても観ていただけます。関西テレビの番組としてだけでなく、アクセスしたい人がアクセスしやすい形にしたかった。また、大空小学校はあくまでもただの公立小学校ですから、「うちの子は学校に行きたいから、こういう学校にしてほしい」という権利を親はこの映画を証拠に他の学校に対しても行使できると思います。
また、マニュアル化はできないけれど、大空小学校のような学校を作るヒントはあるので、映画を観て、使ってほしいんですよね。もちろん最初は色々と感じてほしいと思いますが、それはどんどん使っていってもらえるようなものだと信じています。
(江口由美)
<作品情報>
『みんなの学校』
(2014年 日本 1時間46分)
監督:真鍋俊永
出演:大空小学校のみなさん
2015年3月7日(土)~第七藝術劇場、4月18日(土)~神戸アートビレッジセンター、今春京都シネマ他全国順次公開。
※3月7日(土)12:10の回終了後トークショー「『みんなの学校』ができるまで」
ゲスト:真鍋俊永監督、大窪秋弘さん(撮影) 司会:関純子さん(アナウンサー)
※3月7日(土)14:30の回終了後トークショー「保坂展人さんと観る『みんなの学校』」
スカイプ出演:保坂展人さん(世田谷区長) ゲスト:真鍋俊永監督、大窪秋弘さん(撮影) 司会:関純子さん(アナウンサー)
公式サイト⇒http://minna-movie.com/
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