レポートインタビュー、記者会見、舞台挨拶、キャンペーンのレポートをお届けします。

『トークバック 沈黙を破る女たち』坂上香監督インタビュー

『トークバック 沈黙を破る女たち』坂上香監督インタビュー

talkback-d1.jpg

 
(2013年 日本 1時間59分)
監督・製作・編集:坂上香 
2014年5月24日(土)~第七藝術劇場、京都シネマ
2014年7月26日(土)~神戸アートビレッジセンターにて公開
公式サイトはコチラ
※第七藝術劇場、京都シネマで上映後ワークショップ、トークイベントを開催
<第七藝術劇場>
5/24(土)12:15の回上映後、「映画を観た後、小さなスポットライトーわたしにも」
坂上香監督×倉田めばさん(NPO大阪ダルクセンター長/パフォーマー)
5/25(日)12:15の回上映後、「映画トークバックをトークする」ファシリテーター坂上香監督
<京都シネマ>
5/24(土)10:40の回上映後、レベッカ・ジェニスン(京都精華大学教授)x 坂上香監督
5/25(日)10:40の回上映後、レベッカ・ジェニスン(京都精華大学教授)x 坂上香監督
5/26(月)10:40の回上映後、岡野八代(同志社大学教授)×坂上香監督

 

~偏見、差別に負けない!どん底の人生をみつめ直し、声を上げる女たちの逞しさ~

 
 色とりどりのフェイスペインティングをほどこした女たちが、自らの詩を時には厳かに、時にはドンドンとリズムを刻みながら演じ、魂のこもったパフォーマンスで観客を魅了する。HIV、レイプ、薬物依存症、虐待と壮絶な事実が内在する詩には、観客の前で自らの境遇を宣言するだけでなく、それを乗り越えて生きようとする力がみなぎっている。
サンフランシスコの女性刑務所で活動中の「メデア・プロジェクト」(演劇ワークショップ)に出会ったドキュメンタリー映像監督の坂上香が、8年間にわたりメデア・プロジェクトに密着。メンバーであるHIV陽性女性たちへのインタビューを通じて、彼女たちが強いられてきた沈黙と、その奥にある誰にも語れなかった過去を振り返り、自分自身に向き合う姿を映し出す。我々や社会が持つ偏見がいかに当事者を沈黙の闇に押し込めているかを痛感する一方、彼女たちが自らの過去に向き合う姿は誰しも生きていくうえで乗り越えなければならない壁であり、傷だらけになりながら向き合う彼女たちに勇気すらもらっている気がするのだ。
 
 キャンペーンで来阪した坂上香監督に、メデア・プロジェクトに出会ったきっかけや、メデアメンバーにインタビューすることで感じとったこと、また作品中登場するトークバック(上演後キャストと観客が質疑応答を行う)を映画製作過程で行うワーク・イン・プログレスを取り入れていることについてお話を伺った。

talkback-550.jpg

■様々な境界線を越えていく演劇ワークショップ「メデア・プロジェクト」の魅力とは

 
━━━メデア・プロジェクトに出会ったきっかけは?
10年前に作った『ライファーズ 終身刑を終えて』で男性受刑者に向けての「語るプログラム」を撮影しました。語り合うということはすごく大切ですが、語るだけでは十分ではない部分やもっと違うノンバーバルコミュニケーションもあります。また、受刑者が出所したときに、世の中が「あいつらはずっとダメだ」という目で見続けると、彼らもそれに反抗したり傷ついてしまいます。彼らも変わらなければいけないけれど、同時に彼らが変われる可能性を社会に知らせる何かが必要です。2005~2006年ごろ様々な表現形態を探しているうちにこのメデア・プロジェクトにたどりきました。受刑者が演劇を刑務所の中だけではなく、刑務所外でも上演したり、受刑者と一般の人たちが対話する場を持つのです。また劇が終わればトークバックが行われるなど、境界線をどんどん越えていくのが面白く、そういった革新的な活動をしているところは他にありませんでした。境界線をどんどん越えて色々な会話ができていくことが、日本の社会に必要なのではないかとずっと感じていたので、取材をしたいと思いました。実際、取材をお願いした当初は相手にしてもらえず、映像記録ボランティアとして活動し始め、映画の撮影許可がでるまで4年かかりました。
 
━━━演劇ワークショップ、メデア・プロジェクトのアプローチについて教えてください。
メデアのアプローチは演劇療法やアートセラピーなどの心理療法なのか、いわゆるアートなのか、もしくはサウンドデモのようにアートを使った社会運動なのか。代表のローデッサに、この3つの分類の中でメデアは何にあてはまるのかを聞いてみると「その一つ一つでもないし、すべてが含まれるものでもある」と答えたのです。全てを否定しないし、かといってアートセラピーのように一つに特化した目的でやっているわけではない。でもしっかりとやっていけば全てにつながるはずだというのが彼女の信念で、面白いと思いました。境界線をあえて越えることをやっていることに惹かれたのです。本当に時間をかけてやっているプロジェクトなので、結果的にはどれにでもあてはまることを取材しながら実感しました。
 
━━━HIV患者でもあるメデアメンバーの取材をするに至るまで、大変だったことは?
HIV陽性者のメンバーとは直接なかなかコンタクトをとらせてもらえず、しかも一人一人と連絡しようとするとローデッサを介さなければなりませんでした。個別にアプローチするのに時間がかかり、劇のリハーサルの時に話すぐらいしかできなかったのです。ようやく演劇の撮影に入ったときに個別にインタビューをお願いすると、皆HIVであることを家族や友人に言っていないので、家で撮影させてくれませんでした。結局カサンドラ以外は、私たちの滞在していたホテルに来てもらい撮影をする形で、彼女たちの家まで迎えに行き、撮影が終わったら家まで送ることを繰り返しました。待ち合わせをしても、その場に現れない人もおり、インタビューされたくなかった人もいたと思います。他の皆インタビューを受けているので自分だけイヤとは言えなかったのでしょう。
 

talkback-2.jpg

━━━インタビューをすることで、劇やリハーサル風景だけでは見えない各メンバーの内面に肉薄し、彼女たちの痛みや克服する姿が浮き彫りにされていました。
リハーサルで詩を聞くことはできますが、彼女たちの細かいところは見えません。もっと知りたいことを彼女たちに直接ぶつけることで見えてくることがたくさんありました。私にとってインタビューは宝物です。また最初はしゃべってくれないことでも、出会ってから3年後には、もっと私との関係性ができてきました。かつて養育放棄をし、何度も逮捕歴があるカサンドラやカサンドラの娘さん等はもっと突っ込んだ話をしてくれました。
 
2012年アメリカへロケハンに行ったとき、オーストリア出身のマルレネから「この数年でいろいろあったのよ」と声をかけられました。親にもやっとHIVに感染したことを告白できたと報告してくれました。彼女は育ちが良く、「メデアのみんなは壮絶な体験をしているけれど、私は子供時代も恵まれているし、本当にラッキーだったと思う。皆本当によく生き延びてきたと感動したわ。」と言っていたのですが、実は彼女自身もひどい性暴力に遭っていたことを思い出したというのです。リハーサルの休み時間に後でゆっくり撮りたいとお願いしたら、結局はかなり具体的に話をしてくれました。詩も書いたというので、詩を読んでもらい、映画でもその場面を使っています。それだけ性暴力は意識していなくても色々な人に問題が起こっているのではないでしょうか。
 

 

■心を鬼にしてDV夫を追い出したカサンドラ、その勇気をメッセージとして映画に残す。

 
━━━人に言えないような辛い目に遭ってしまうと、自分の記憶に蓋をしてしまい、再び過去に向き合うことは相当精神的に厳しい作業ですね。
メデアでは仲間がいることが大きいと思います。演劇を作るプロセスを見ているときからそう感じていましたが、3年後にインタビューして確信に変わりましたね。特にカサンドラは、彼女がHIVであることを認めてくれる人と再婚しましたが、夫からDV被害を受け、別れることを決断したことはすごいと思っています。私はDVの被害者たちを支援する活動もしているのですが、どうしても加害しながら最後には謝ってなし崩し的になるような男との関係を断ち切れないことが多いのです。でもカサンドラは心を鬼にして夫を追い出したのです。これはメッセージとして映画に残したいと思いました。
 
 

■「死んだお姉さんの存在をみんなに知ってもらうために、私は演劇をやりたい」デボラが詩を書き、みんなの前で読むのを見て、私の中で彼女との距離が縮まった。

 
━━━他に今回取材したメンバーの中で、印象的だったエピソードを教えてください。
言語障害のデボラは、何を考えているかわからないという点で、私にとっては今回取材したメンバーの中で一番距離を感じていました。でも結果的に、一番変化が目に見える形で現れた人だったのです。
 
━━━曾祖母から祖母、母と脈々と自分に流れる血に誇りを持つ詩をデボラがリハーサルで朗読するシーンで、彼女を突き動かしている原動力はここにあるのかと衝撃を受けました。
デボラは売春をしているときに仲介人と付き合っていたときがあり、ボコボコにされて血だらけになっても付き合い続けていたそうです。お姉さんも同じ仲介人と付き合い、二人ともAIDSに感染しました。お姉さんは亡くなってしまったのですが、「死んだお姉さんの存在をみんなに知ってもらうために、私は演劇をやりたい」という思いが強いのです。私は最初、その気持ちが分からなかったのですが、デボラが詩を書き、みんなの前で読むのを見て、私の中で彼女との距離が縮まりました。映画のシーン以外でも、(先祖が)奴隷となっていたときの話や、自分とお姉さんの関係、お姉さんの死を看取ったときのことを皆の前で語ったのです。お姉さんが死の間際に薬物を止めて、生き直そうとしていた姿に感動し、自分もまじめに生きようとしている話を詩にしたり、それらを介してデボラに親近感が沸きましたし、もっとデボラのことを知りたいと思うようになりました。
 

talkback-3.jpg

━━━上演後観客と行われたトークバックでは、彼女たちの勇気あるパフォーマンスに様々な反応が生まれていましたね。
最初に黒人の男性が手をあげて「HIVの女性の友達がいるのだけれど、まだ誰にも言えていないので、この演劇はそういう人たちに力を与えるはずだ」と発言しました。その後何人かが発言した後に、黒人男性の隣にいた女性(映画でも登場)が手をあげて「子供を産みたいと言ったあなたへ、私は子供を産めなかったけれど、あなたへエールを送りたい」と語ったのです。実は手をあげて発言した女性こそ、男性が最初に語ったHIVのことを誰にも言えない友人の女性で、終わった後ハグしながら泣いていました。代弁したつもりが、その本人が声を上げたわけです。その後も2人ぐらいの男性が次々に今まで誰にも言っていない病気のことを告白しました。本当に奇跡が起こっていましたね。
 
 

■「映画を媒介にして自分のことを話してくれた」当事者の人たちの声を映画に反映させるワーク・イン・プログレス(WIP)に手ごたえ

 

talkback-d2.jpg

━━━本作は、ワーク・イン・プログレス(※WIP)を取り入れていますが、なぜWIPを取り入れようと思われたのですか?※編集中の作品を限定的に公開して、そこで出た意見を作品に反映させる試み
前作の『ライファーズ 終身刑を終えて』は薬物依存の元受刑者や当事者の話だったのですが、上映しているときに一番ビビッドに反応するのは、まさにそういう状況にある人たちでした。当事者の人たちの声を本作にも反映させたいという思いは当初からあったのですが、どうすればいいのか分からなかったのです。これはアメリカのことだし、アメリカの映画に日本の人たちの声を直接投影できません。悩んでいるときに、薬物依存症者の回復施設「ダルク」の一つであるNPO法人「女性ダルク」代表の上岡陽江さんがファンドレイジングのイベントに来場し、私たちの2分間スピーチを聞いてくださったのです。最初は「これはアメリカのことでしょ。日本では無理よ」と言われたのですが、最後に「10年後でもいいから、私たちもこれをやりたい。できる社会にしたい。私たちにも手伝わせてほしい」と申し出てくれました。その当時から10万円出資していただければ市民プロデューサーになれる制度を作っており、WIPも頭にあったのですが、どうやって展開すればいいのか分からなかったのです。上岡さんが非常に積極的に働きかけてくれたおかげで、当事者の人たちにプロデューサーになってもらえれば、どんなに力強いだろうと思えてきました。
 
━━━なるほど、試行錯誤しながらWIPを取り入れる道筋が見えてきた訳ですね。
最終的にはWIPという試写にして、ダルクの方に観てもらい、声を上げてもらう場にしたのです。私はダルクの人たちと色々活動をしているのですが、映画でのHIV陽性者のメンバーと同じように、なかなか自分たちと違う人のいる場所に行く自信がなく、ましてやそういった場所で発言などできません。ですから、彼女たちが一番しゃべりやすい環境は何だろうと考え、ダルクに私たちが行き、白板にプロジェクターで映像を映し出して、居間でくつろぎながら観るという試写をやりました。予想しない反応がたくさん返ってきましたね。
 

talkback-4.jpg

━━━具体的にはどういった場面で反応が大きかったですか?
カサンドラの2歳半の孫が出てくる場面は、話した言葉を訳していなかったのですが、「坂上さん、あの子今何て言っているんですか?」とあちらこちらから声が上がりました。なぜそこで反応したのか聞いてみると、ダルクの皆さんは大体お子さんがいらっしゃるけれど、子どもが小さいときは覚せい剤や薬物で刑務所に入ったり、中毒状態になっていたりと色々トラブルに巻き込まれており、子どもをきちんと育てることができなかったのです。乳児院に行ったり、祖母に預けたりといった形で育っていることが多いので、子どもに対する罪悪感があり、その年頃の子どもが何を考えていたのかをすごく知りたいのです。『トークバック』は、自分たちが歩んできたのと同じケースの人が登場する映画なので、まさに置かれている状況がぴったりなのです。
 
━━━上演後のトークバックのような効果もあったのでしょうか?
ダルクの皆さんは日頃あまりしゃべらない方が多く、個人個人のことをあまりよく知らなかったのですが、映画を媒介にして自分のことを話してくれました。例えば、「英語のスラングを聞いたのは久しぶり」とアメリカで3年ぐらい暮らしていたことを語り始めたり、子ども時代のことを思いだして語ったり、墓まで持っていこうとしていたことまで語り始めたりされるので、こちらが衝撃を受けるぐらいでした。映像を観るだけではなく、ツールにしたいという想いはどこかであったのですが、映画を介して対話ができ、その人の内面が見えたり、逆に私に質問してきてくれたりといった双方向のコミュニケーションが取れました。今回ほど試写の段階からそれがビビッドに反応が伝わることは今までなかったので、この手法でやれると思いました。
 
━━━これからご覧になる皆さんに、メッセージをお願いします。
沈黙が強いられている現在の社会で、何が私たちを沈黙させているか、私たちも他人に沈黙を強いているかもしれないということを考えるきっかけになると思います。今までなら言わなかったことも、この映画を見て「言ってもいいのだ」と声を上げる背中を押せたらうれしいです。(江口由美)
 

月別 アーカイブ