レポートインタビュー、記者会見、舞台挨拶、キャンペーンのレポートをお届けします。

「マレーシア人の兄弟の物語をずっと描きたかった」 『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』ジン・オング監督、ジャック・タン(出演)インタビュー

IMG_0678.jpeg
 
 米アカデミー賞の国際長編映画賞に、華語(中国語)を中心に制作された作品としては初めてマレーシア代表としてエントリーされ、世界の映画祭を席巻したジン・オング監督初長編作『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』が、1月31日(金)よりテアトル梅田、シネ・リーブル神戸で絶賛公開中、2月7日(金)より京都シネマ、2月28日(金)より豊岡劇場で公開される。
 聾唖(ろうあ)の兄アバンを演じたのは、台湾の人気俳優ウー・カンレン。無鉄砲な弟アディをマレーシアのスター俳優ジャック・タンが演じ、クアラルンプールの中にあるスラム街、富都(プドゥ)で身分証も持てず、いつも怯えながら生きる兄弟の愛と非情な運命が心を揺さぶる。これまで『ミス・アンディ』(大阪アジアン映画祭2020で上映)など社会の中で弱者、マイノリティとされる人々に目を向けた作品をプロデュースしてきたジン・オングの満を持しての長編デビュー作だ。
 日本での劇場公開を前に来日を果たしたジン・オング監督と、弟・アディ役のジャック・タンさんに、お話を伺った。
 

 

■ずっと兄弟の物語を撮りたかった(オング監督)

――――大阪アジアン映画祭2020でプロデュース作『ミス・アンディ』を拝見し、マイノリティーと呼ばれる人たちに光をあてる社会派ヒューマンストーリーだと感じました。今回、ご自身の初長編作を撮るにあたり、なぜこの兄弟の物語を構想したのか教えてください。
ジン・オング監督:『ミス・アンディ』はプロデュース作として世に送り出しましたが、実は初監督作品はマレーシア人の兄弟を主人公にして撮りたいと以前から考えていました。でもただ兄弟の話を撮るだけでは、何か足りないと感じていましたので、社会問題を提起するような内容を盛り込みました。つまり、社会の低層に生きており、身分証を持たない人々をテーマにし、本作を撮るに至ったわけです。
 
――――以前から兄弟ものを撮りたかったとのことですが、その理由は?
ジン・オング監督:兄弟でなければいけないという訳ではありませんが、ふたりの間の情感をきちんと描きたい、そういう映画を撮りたいと思っていました。マレーシアでは本作のように中華系マレーシア人の家庭を描く作品は少ないです。僕自身も姉と妹はいるけれど、兄や弟はないので、実はずっと弟を持つことに憧れがあったことも、今回兄と弟の物語を描いたことに影響しているのではないでしょうか。映画の中でその憧れが実現したとも言えますね。
 
――――兄弟ふたりとも身分証(ID)を持っていませんが、弟のアディだけはマレーシアで生まれたことを証明する出生証明書を持っており、兄弟二人の置かれている状況の違いが、その行動にも大きな影響をもたらしています。
ジン・オング監督:この兄弟のような身分証のない人たちが、実際にも数多く社会問題として存在しています。彼らは日々怯えながら生きており、苦難に見舞われることが多いのです。日ごろニュースで触れられることや、我々が見ることのない「見えないものとされている」人々のことをきちんと描き、多くの人に知らせたい。それが、わたしがこの映画を撮る目的でもあったのです。
 

 

bazaar.jpeg

 

■富都の匂いの裏には様々な物語が秘められている(オング監督)

小さい頃、とてもワクワクした場所だった(ジャック・タン)

――――アバンやアディが住んでいる富都(プドゥ)という街の歴史や、下町だけど非常にエネルギッシュな感じを描き出している撮影などについて、教えてください。
ジン・オング監督:富都は、とにかく街の匂いに特徴があります。いろいろな街には様々な路地裏や、人々が住んでいる匂いがあると思うのですが、富都はそこに住んでいる人たちから発せられた様々な匂いがあり、その匂いの裏には様々な物語が秘められています。そういう匂いの感覚を感じられる場所なんです。
 
――――ジャックさんは実際に富都で撮影をされて、いかがでしたか?
ジャック・タン:僕はクアラルンプールで育ったので、富都はよく知っています。小さい頃は両親に連れられて富都の市場や周りの店に行きました。色々なゲームのグッズや珍しいペットが売られていて、僕にとってはとても楽しい、ワクワクした場所だったのです。でも当時はまだ幼かったので、そこで働いている人たちのバックグラウンドがとても多様で、辛い境遇の人も多いということが全然わかっていませんでした。
 
 
brothersub2.jpeg

 

■デビュー当時からタッグを組んでいるオング監督が役作りを助ける(ジャック・タン)

――――ジャックさんはどのような形でエンターテイメント業界に進まれたのですか?
ジャック・タン:2008年、僕が17歳のときに同級生とエンタメのオーディションに参加したのです。1500人が参加したそのオーディションで、最終的に残った4人のうちのひとりに選ばれました。当時、レコード会社にいたジ・オング監督に出会ったのもそのころで、僕のデビューは台湾のドラマ出演(「我和我的兄弟·恩」)だったのです。ですからオング監督とはもう17年一緒に仕事をしており、その間、歌をはじめ色々なことでご一緒させてもらい、学ばせてもいただいて、ここまできました。。
 
――――兄、アバン役のウー・カンレンさんは台湾の人気俳優ですが、ジャックさんは本作で共演するまで接点はあったのですか?もしくはどんな印象を抱いていたのですか?
ジャック・タン:カンレンさんとは共演の機会はそれまでありませんでしたが、彼が出演したドラマの中で、弁護士役をされていたのを見て、とても感激しました。すごくいい役者さんだと思っていたところ、今回、監督がカンレンさんを兄役でキャスティングしてくださったので、とてもご縁があるなと思いましたね。
 
――――長年一緒に仕事をしてきた中、今回はとても難しい役をオング監督から与えられたと思いますが、アディ役をどのように解釈して演じたのですか?また役作りについて教えてください。
ジャック・タン:オング監督は演技の面でも様々な局面で助けてくれ、本当に感謝しています。撮影に携わったスタッフの皆さんからも大きな力を得て演じましたので、ひとりではとても役作りはできなかったと思います。それほどアディという役は難しかった。というのも、僕が育ってきた環境と、アディが直面している苦しい状況は全く想像もできないぐらい違っていましたから。オング監督は脚本も書かれていますが、そこに書かれていること以上のアディにまつわることを色々語ってくださいました。
 

abang&adik.jpeg

 

■ウー・カンレンに学んだプロ意識(ジャック・タン)

――――実際にカンレンさんと兄弟役を演じたことで、得たことはありましたか?
ジャック・タン:カンレンさんから学んだのは、まずは「どうやって監督を困らせるのか」ということです(笑)。カンレンさんは自分に対する要求が非常に厳しく、役作りのために出してくるリクエストがすごく多いです。プロとして演じるためには十分な準備が必要です。僕はこれまでは、プロダクションサイドが提供してくれたものをベースに演技をしていましたが、カンレンさんはプロダクションサイドの要求を上回るリクエストを出してくるんです。それぐらいの気持ちで役作りに取り組むというプロとしての意識の違いを目の当たりにした想いでしたし、僕自身のプロとしての意識も変化してきました。
 
――――なるほど、それはプロダクション側も、共演者としても身が引き締まる思いがしますね。
ジャック・タン:リハーサル時に本読みをするのですが、この作品はとても情感を込めないといけない。でもオーバーに表現しまうのは良くないので、なるべく抑えめにいきましょうとカンレンさん自身がおっしゃったんです。でも、実際のカンレンさんは、自分の表情をこらえきれずに爆発させていたと思います。僕らはリハーサル時点で、とても泣いてしまいました。
 

■兄弟ふたりの情感を演出したゆで卵のシーン

――――お互いの額でゆで卵をコツコツと割って食べるシーンが度々登場し、兄弟の歴史を表していましたが、どういう狙いであのシーンを描いたのです か?
ジン・オング監督:マレーシアでは卵は比較的安い食品なので、外国人労働者がよく購入し、ゆで卵にして食べているんです。卵で栄養を補っているわけですね。そういう背景から、兄弟ふたりの間の情感を出すために、このシーンを書きました。なぜテーブルで割らず、額で割っていたかというと、幼い頃に同級生のお母さんがお弁当にゆで卵を持たせており、息子は食べるときに額でコツコツと割って食べていた。その印象がとても強く残っていたんですよ。
 
brothermain.jpg

 

■ウォン・カーウァイへのオマージュを込めたシーン(オング監督)

――――個人的にはウォン・カーウァイの『ブエノスアイレス』にオマージュを捧げているようなシーンも見受けられましたが、カラーグレーディングや映画のトーンでこだわった点について教えてください。
ジン・オング監督:わたし自身、最初は広告デザインを勉強していたので、色調デザインについてはすごくこだわりがあります。本作でも様々な場面で色にこだわり、変化をつけています。冒頭の労働者たちが集まったスラム街の描写は暗いタッチですが、そこで暮らしたり働いている人たちが着用している服などは明るい色を入れ込んでいきました。そして、ご指摘のとおり『ブエノスアイレス』の主人公ふたりのダンスシーンは、今回ダンスシーンに使った色合いと似ていますよね。やはりそれは、わたしからのウォン・カーワイ監督へのオマージュでもあるのです。
 
――――アバンからの愛を、どういう気持ちで受け止めていたと解釈してアディを演じたのですか?
ジャック・タン:ふたりにとってお互いしかいないわけです。今までも多くの観客から「アバンとアディの関係は兄弟を超えた微妙なところにあるのではないか」と聞かれもしましたが、ふたりだけが頼りで生きている兄弟ですから、アバンからの愛をアディは素直に受け入れている。兄弟を超えたところにふたりの関係があるのではないでしょうか。
 
――――ちなみに、今のマレーシア映画界はどんな状況にあるのでしょうか?
ジン・オング監督:マレーシアで映画を撮るということは中国系の人にとっては、とても厳しい状況です。人口比率的にも多くないですし、むしろ外に向かって発信していくというのが、マレーシア映画界の現状で、外に向かっていろんなチャンスを掴みに行っている状況ですね。

 

■マレーシアの人々を描いた作品を世界に届けたい(オング監督)

固定観念に縛られず、チャンスがあればなんでもやってみたい(ジャック・タン)

――――ありがとうございました。最後におふたりの今後の活動や目指したいことについてお聞かせください。
ジン・オング監督:やはり、マレーシアに住んでいる人のことを描いていきたいですね。これまであまり語られてこなかったマレーシアの人々の映画を撮り、できるだけ世界の人々にマレーシアの状況を知っていただけたらと思います。
 
ジャック・タン:僕はとても幸運な役者だと思います。この作品が上映していただけ、僕もプロモーションで来日することができました。多くの観客に観ていただけることを期待していますし、どういう反響があるか、すごく楽しみです。今後は、あまり自分を固定観念で縛らず、チャンスがあればなんでもやってみたいと思っています。今回も来日前に台湾のテレビドラマに出演しましたし、この後は香港へ映画の撮影に行く予定です。色々な場所で様々な活動をしていきたいですね。
(江口由美)
 

 
<作品情報>
『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』“富都青年 / Abang Adik”
2023年 マレーシア・台湾 115分 
監督・脚本:ジン・オング(王礼霖) 
出演:ウー・カンレン(吴慷仁)、ジャック・タン(陈泽耀)、タン・キムワン(邓金煌)、セレーン・リム(林宣妤)
1月31日(金)よりテアトル梅田、シネ・リーブル神戸で絶賛公開中、2月7日(金)より京都シネマ、2月28日(金)より豊岡劇場で公開
©2023 COPYRIGHT. ALL RIGHTS RESERVED BY MORE ENTERTAINMENT SDN BHD / ReallyLikeFilms
 
 

月別 アーカイブ