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『ペコロスの母に会いに行く』原作者岡野雄一さんインタビュー

 

pecoros-okano1.jpg『ペコロスの母に会いに行く』原作者岡野雄一さんインタビュー
(2013年 日本 1時間53分)
監督:森崎東
原作:岡野雄一 『ペコロスの母に会いに行く』西日本新聞社
出演:岩松了、赤木春恵、原田貴和子、加瀬亮、竹中直人、大和田健介、松本若菜、原田知世、宇崎竜童、温水洋一他

★作品紹介はこちら 

★公式サイト→http://pecoross.jp/

2013年11月16日(土)~新宿武蔵野館、ユーロスペース、梅田ガーデンシネマ、シネマート心斎橋、京都シネマ他全国ロードショー
(C) 2013『ペコロスの母に会いに行く』製作委員会

 


 

~認知症の母の瞳に映る若き日の思い出。男やもめ、笑いと涙の介護日記~

「ボケるとも、悪い事ばかりじゃなかかもしれん」
生まれ故郷の長崎で、認知症の母を介護しながら介護エピソードを4コマ漫画で書き綴り、
2度の自主出版の後、西日本新聞社から発行した『ペコロスの母に会いに行く』が大反響を呼んだフリーライター、漫画家の岡野雄一さん。この実話を、『生きているうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』、『ニワトリはハダシだ』の名匠森崎東監督が映画化。監督のもと、同じく長崎県出身の岩松了、原田貴和子や89歳で初めて主演を務める赤木春恵、そして日本映画界を代表する名スタッフが集結し、岡野親子の可笑しくも切ない介護の日々を綴る、感動的な人情喜劇が誕生した。

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岩松了演じる主人公ゆういちと、赤木春恵演じる認知症の母みつえとの日常のエピソードがユーモラスに綴られ、従来の認知症を題材とした映画とは一線を画す。息子が介護するのも新鮮ならば、みつえが亡くなった夫(加瀬亮)をはじめ、自分が子育てに奮闘していた若き日のことを思い出し、みつえの歩んできた人生も描かれていく。若き日のみつえを演じたのは久しぶりの映画出演となる原田貴和子。戦後、酒癖の悪かった夫のもとで必死に生きてきた母親を熱演し、原作とは違った映画ならではの見せ場を作り上げていく。全編長崎ロケで、坂の多い、ちんちん電車の走る街の風景や、長崎の風物詩である「ランタンフェスティバル」が映し出され、郷愁を呼ぶことだろう。観終わったとき長崎弁の心地よさと、母の認知症と対峙することで、過去の自分に戻った母親の姿に自分の子供の頃を重ねた主人公ゆういちの気持ちが、じんわりとからだを包む。

本作の原作者であり、主人公ゆういちのモデルである岡野雄一さんに、原作ができるまでの経緯や、認知症の母親と対峙することで見えてきたこと、そして映画化された本作への想いについて、お話を伺った。

 



―――40歳で長崎に戻られてから、お仕事のかたわらマンガを描き続けてきて、自主出版ののち、今これだけ『ペコロスの母に会いにいく』がヒットした要因は何だと思いますか?
時代に合ったとしか言いようがないですね。昔だったら売れなかったし、今だからヒットしたのです。団塊の世代は親が生きるか死ぬかの時期で、私のような介護パターンが多いんですよ。読書カードを見てもほぼ同じ世代で、40代後半から60代にかけての女性が多いです。親を看ているのは女性の方が圧倒的に多いのでしょう。「介護はこんなに甘いものではないんだけど」と断りながらも、介護をがんばって疲れたり、余裕がなくなったときに、この本を見てほっとするというお声が多いです。シビアさから目をそらす時間がほしいというときにこの本を見てくださるようですね。

 

―――お母様が認知症を発症されてから、岡野さんがマンガを書き始めるまで、さまざまな葛藤があったのではないですか?
pecoros-2.jpg母は、百姓の娘で10人兄弟の長女で典型的なしっかり者で、常に父の後ろにいる印象でした。家計をしっかり守り、世間的にもきっちりした家庭を作るというところから解放されてボケていく感じがしました。よその家の花壇に入って植木鉢を全部持ってきたり、現実にはどんどん汚れたままになっていくんです。介護するのが娘だったら、もっときちんと汚れにも対処するのでしょうが、僕はある程度のところで会社に行かなければならないので、折り合いをつけてやっていました。家の中もだんだん臭くなってきましたが、その時はまだ、時間はかかっても一人でお風呂に入れるぐらいのボケでとどまっていたんです。
でもだんだん「火事が怖い」等と近所から言われ、苦になる部分や、施設に入れることを決めても親戚から「え~母親ば施設に入れるとや?」と言われたりしました。8年前でもまだそんな風潮だったんですね。こうやって映画に取り上げていただいて「まあよかったのか」と思うようになったのですが、今だに後ろめたいところはあります。後ろめたさがありながらというのが、正解なのかなと思います。マンガにするという作業は面白い風に解釈して、8コマ目で落とすという作業ですから、自分の精神的にも良かったですね。

 

pecoros-pos.jpg―――映画は原作に忠実にエピソードを盛り込んでいますね。 
ここまで忠実に描かなくてもいいのにというぐらいですね。でもそれは途中までで、そこからは映画独自の世界に入っていくので、そこがいい映画の特徴だし、この映画の醍醐味だと思いました。

―――度々物語で笑いを誘う「ハゲ」ですが、岩松さんのハゲぶりは見事でした。
僕は岩松さんのインテリっぽい白髪の感じが好きなのですが、原作が原作だけにカツラをつけていただきました。3時間かけてカツラをつけ、撮影が終わって外すのにも2時間かかったそうです。本当はとにかくかっこいいのですが、役作りのためよく僕と飲んでくださったんです。私が出張のときも「君の行きつけのところで飲んでいるから」と連絡を下さって、遅い時間から何回か飲んだりしました。やはり役作りする前と後では全然違っていたので、撮り直したシーンもあったそうです。

 

―――赤木さんの母役も見事に認知症の症状の進行を演じ分けていましたね。
赤木さんはご自身も現在車いすで生活をされているので、長いセリフは無理だとのことだったのですが、私の母も車いすなので、リアル感がありますね。脳梗塞で入院してから、認知症が進行してグループホームに入所する頃までの様子を上手く演じていただいています。今、母は生きているのがやっとの状態なので、この映画を見せたいけれど、もう映画を観ても、分からないでしょう。それでも見せたいですね。

 

―――加瀬亮が演じたお父さんは、岡野さんのお父さんの事実をかなり反映しているのでしょうか?
pecoros-okano2.jpg父はすごく酒に弱かったんですよ。精神安定剤のような感じで短歌を始めたのですが「いつの頃からか自分は精神を病んでいる」という歌があるように、いつも追いつめられているような感じで、定時以前に父がガクガク震えながら帰ってきて、「電信柱の影におるけん」と隠れたりしていました。
日本酒は大好きで、「三杯目から砂糖水に変わる」と言っていました。砂糖水に変わった瞬間から暴れ始めるらしく、一番被害を受けたのは母でした。僕が覚えているだけでも何度か実家に帰っていますが、結婚していない妹がたくさんいるので、長女が失敗して帰ってきたとなったら世間体がよくないと帰らされるのです。父が「一緒に死んでくれ」と言って、包丁を持って母を追いかけまわしていたちょうどその時期に、僕は長崎を出ました。このままいたら自分もおかしくなるし、父の血が自分に流れていると実感する瞬間があって、東京へ出てきたのですが、一番父がひどいときに母をおいて出てきた申し訳なさがずっと心の中にあるんです。

40歳で離婚して長崎へ戻ってきたのも、そういう過去をもう一度やり直すという気持ちがどこかであったと思います。こうやって取材を受けてうれしいのは、そうだったんだと、もう一度自分を振り返ることができたことですね。

 

―――若い頃、辛い目に遭わされたお母様ですが、認知症になってから「帰ってきてほしい」とご主人の帰りを待ちわびている姿に、夫婦の絆を感じますね。
子供心には母が弱者に見え、父がひどい男という簡単な見方しかできていませんでしたが、自分が父の年に近づいてみると、実は母の方が強かったということが分かってくるんですよ。母は父が弱い男と分かって、叩かれていたりします。母が認知症になり始めた頃、父のことを聞くと「とにかく弱いけど、いい人だった」とよく言っていました。シナリオライターの阿久根君にも、「あれだけ酒で叩かれた妻がなぜ酒を買いに行って用意して待っているのか」と聞かれました。そのとき監督も一緒にいたのですが、まずそのころは世間体が強くて、それに合わせていたことや、父がちゃんとお金を稼いできてくれていたこと、父が弱いということも分かっていて、その上で酒を買いに行っている。今と違うそのころの男と女の愛情や、主人をたてるというところがあったんでしょうね。

 

―――映画ができて一番思ったことは?
いい映画のもっている高揚感や、高いところに持っていってくれるところをこの映画が持っていたのが、すごくうれしかったですね。いい映画ができたという実感がうれしかったです。

 

―――「昔に戻っていく」ことがテーマなっていますが、この作品によって認知症に対するマイナスイメージを払拭しているのでは?
面白いことに、森崎監督は「記憶は愛だ」がテーマなんですよ。私の本にある「忘れるのも悪いことばかりではない」という言葉とは相反するので、どうなるのかと思っていましたが、両方ともきちんと融合したラストになっていました。しかも、いい感じに楽観的でしたね。

 

―――どんな人に見ていただきたいですか?
同年輩の人たちは何回か見る人も多いと思いますが、もっと幅広い年代や若い人たちにも見ていただきたいです。たぶん、若い人も見て面白いと感じる人が多いのではないでしょうか。
(江口由美)

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