レポートインタビュー、記者会見、舞台挨拶、キャンペーンのレポートをお届けします。

2019年10月アーカイブ

白石監督2(シネルフレ).jpg
 
血縁関係の家族、疑似家族が入り混じる世界で、ぶつかり、歩み寄ることの大切さを描く。
『ひとよ』白石和彌監督インタビュー
 
 劇団KAKUTAを主宰する劇作家・桑原裕子の代表作を実写化した白石和彌監督(『孤狼の血』『凪待ち』)の最新作『ひとよ』が、11月8日(金)よりTOHOシネマズ 梅田他全国ロードショーされる。
 家庭内暴力から子ども達を守るため、雨の降る夜、夫を殺害したこはる(田中裕子)が、15年後に出所し、約束通り子ども達のもとに帰ってきた。事件によって運命を狂わされた長男・大樹(鈴木亮平)、次男・雄二(佐藤健)、長女・園子(松岡茉優)という3兄妹の皮肉な運命と、母との再会からはじまる葛藤を、彼らが住むタクシー会社の面々たち(音尾琢真、筒井真理子、浅利陽介、韓英恵、佐々木蔵之介)の人間模様と絡めて描く奥深いヒューマンドラマだ。本作の白石和彌監督に、お話を伺った。
 

hitoyo-550.jpg

 

■田中裕子はまさに映画女優、本当に特別な時間になった。

――――白石監督にとっては、初めて血縁関係に結ばれた家族を真正面から描いた作品ですが、その母親こはる役は、田中裕子さんを最初から念頭に置いていたそうですね。
白石:田中さんは 降旗康男監督の『夜叉』(85)などずっと女の情念を演じられていて、女としても女優としても底のなさを見せつけられていました。近年では青山真治監督の『共喰い』(13)で、菅田将暉君が演じる主人公の母親を演じていた田中さんも素晴らしかった。今回、母をテーマにした作品で、田中さんは役の年齢的にもちょうど良かったですし、まずは無理を承知でオファーをしました。早速「来年の春は無理です」と断られたので、「1年待てば大丈夫ですか?」とお聞きすると、「考えさせてください」。最終的にはそこまで待ってくれるのならと、出演を決めてくださいました。
 
――――役作りの過程で、どんなやりとりをされたのですか?
白石:時々マネージャーを通じてメッセージが来るのです。セリフなど、その都度修正して書き直してまた送ったり、脚本という名の往復書簡を繰り返しました。送るたびにメッセージを再度いただくので、一度お会いして直接お話しをしてもいいですかとお聞きすると、「衣装合わせの時で大丈夫です」と(笑)。だから、初めてお会いするまで、すごく緊張感がありましたよ。実際に衣装合わせで初顔合わせをした時に、なぜ田中さんにオファーをし、なぜこの作品をやりたいと思ったのかをお話し、あとは本当にお任せしました。初対面の時は、相当緊張しましたが、とても柔らかい感じの方で、とはいえ、なかなか本心は見せていただけない。まさに、映画女優といった方で、本当に特別な時間になりました。
 
――――15年後に出所したこはるを演じるにあたり、田中さんは自ら白髪で演じることを提案されたそうですね。
白石:日頃は染めていらしたそうですが、オファーを受けていただいた際に、「今から染めるのを止めれば、来年の春にはちょうどいい感じになると思います」とおっしゃり、準備していただきました。こちらの思いの大きさを十分に感じて、田中さんも時間をかけて役の準備をしてくださったのだと思います。
 
 
hitoyo-500-1.jpg

 

■佐藤健の「内に秘めた並々ならぬ情熱」を体感してみたかった。

――――次男・雄二を演じた佐藤健さんは白石組に初参加ですね。
白石:佐藤さんはスター俳優ですが、まだその階段を駆け上がっている途中で、これから日本映画界を背負って立つ俳優になる人材です。それだけの仕事ができているのは、クールに見えても本人の中に並々ならぬ情熱があるはずで、それがどんなものかを体感してみたかった。また雄二は最初、母親にきちんとコミュニケーションをできない役ですが、後半になるにつれ、他のどの兄弟よりも母親のことが好きで、兄弟のことを誰よりも考え、母親の期待に応えられていない自分にイラついている。そんな内に熱いものを持っている雄二が、佐藤さんにマッチするのではないかと思ってオファーしました。
 
――――長男・大樹役の鈴木亮平さん、長女・園子役の松岡茉優さんも、東京から帰ってきた雄二、そして出所した母親に翻弄され、家族ならではの難しさを見事に体現していました。
白石:鈴木さんはキャラクターの作り方の強さに加え、器用さと不器用さを持ち合わせた方。内にエネルギーが向かうという大樹役に合うのではないかと思ってオファーしました。松岡さんは、兄妹の時間や空間を埋め合わせる能力が非常に高かった。この3兄妹をまとめ上げたのは、松岡さんの力が本当に大きいですね。園子は他人には強く当たるのですが、実は一番自分の中の時間が止まっているキャラクターで、母親がいなくなってから、ちゃんと大人になれていなかった。そういうキャラクターがとてもハマっていましたね。
 
 
hitoyo-500-3.jpg

 

■タクシー会社の社員たちはある意味で疑似家族。舞台として絶対に必要だったタクシー会社を探し求めて。

――――非常に重いテーマの家族物語ですが、一方、舞台となったタクシー会社の社員たちの日常描写が秀逸で、『月はどっちに出ている』(93崔洋一監督)を彷彿とさせるような活気もあり、非常に印象的でした。実際に、ロケ地を探すのは大変だったのでは?
白石:原作となる劇団KAKUTAでは、タクシー会社の事務所、裏庭があり、稲村家の母屋が隣接しているという舞台ならではの設定になっており、やはり家が離れていると困るのです。そういう場所を探そうとしたのですが、こちらの思うような場所はなかなか見つからない。5ヶ月ほど、総出で探しても見つからなくて、これはヤバイと皆が思っていた時に偶然国道沿いで見つけたのが浜松タクシーというタクシー会社。見せていただくと、あて書きかと思うぐらい、増設されている場所もあり、少し狭目ではありますが中庭もあって、見るだけでストーリーができるような建物だった。実際には営業中の場所だったのですが、皆でお願いし、事情を汲んでいただいて撮影期間はその場所をお借りすることができました。浜松タクシーさんのご協力が全てだったと思います。
 
――――住居と職場が一体となっている場所で、従業員とも家族のようないい関係だったことが、母親が帰ってきたことで動揺を隠せない三兄妹の不安を包み込んでいるようでした。
白石:稲村家だけでなく、大樹が結婚して抱えている家族、筒井真理子さんが演じる弓子が抱えている家族、佐々木蔵之介さんが演じる堂下が抱えている過去の家族と、血縁関係にある家族は皆、それぞれに重いものを抱えています。でもタクシー会社の社員たちはある意味で疑似家族的になっていて、そこにいる時は皆楽しそうにしている。血が繋がっていないからこそ、家族間では口にできないような悩みを打ち明けられたり、家族だからこそ言えないことも多々あるというような疑似家族や家族ならではの雰囲気が、タクシー会社と自宅が一体となったあの場所ではよく出ていると思います。
 
――――ラスト近くに目が覚めるような大きな太陽がスクリーンに現れ、やりきれない気持ちの登場人物たちにエールを送っているようにも映りますね。
白石:カーチェイスのシーンは、3日間海辺で撮影したのですが、あらかじめ太陽が昇る場所を探して、太陽がでるかどうかとドキドキしていたら1日目で撮れました。『太陽を盗んだ男』(79 長谷川和彦監督)ぐらい大きく撮ってとお願いしたのは、この一夜から朝が来て、何かが動き出したという感じを出したかったのです。
 
 
hitoyo-500-4.jpg

 

■「巻き込まれなよ」というセリフに込めた思い。 

――――音尾琢真さんが演じる、こはるの甥で稲丸タクシーの社長、丸井が、母親こはるとの向き合い方に悩む三兄弟に放つ一言「巻き込まれなよ」。親子関係だけでなく、様々な局面につながる言葉だなと、思わず唸りました。

 

白石:あのセリフはこの物語のトリガーになっています。家族だけではなく、人との関係であったり、さらには国と国という政治的な場所でも、自分のことだけでなく、相手のことを考えてという歩み寄りの一歩が必要ですね。また最初の台本にクラッシュシーンは、なかったんです。でもそのシーンを入れたのは、まずはクラッシュしないとコミュニケーションは始まらないという僕からのメッセージでもあります。
 
 

■若松さんが歴代の弟子たちに言い続けてきた言葉を胸に。

白石監督3(シネルフレ).jpg

――――確かに、避け合っていては何も始まらない。一度ぶつかってみることで、いがみ合う間柄でも、お互いに感情を吐露したり、何かが動き出すきっかけになりますね。最後に、白石監督にとって人生を動かす「ひとよ」とは?
白石:『止められるか、俺たちを』(18)で門脇麦さんが演じた吉積めぐみさんが、若松さん(若松孝二監督)に新宿ゴールデン街に連れて行かれ、「おまえ、どんな映画を撮りたいんだよ。誰かをぶっ殺したいとか、爆破したいとか、そういうものはないのかよ。そういうものがあれば、それを、ばあっと入れれば映画になるんだよ」というようなことを言われるシーンがあります。その言葉は取材して聞いた言葉ではなく、僕がまさに若松さんに20歳の時、言われた言葉です。めぐみさんも僕が弟子入りする30年前に、若松さんに弟子入りしているのですが、若松さんは変わらない人なので、めぐみさんに言ったのと同じことを僕に言っていたはずです。僕は当時、ぶっ殺したい奴はいなかったので「映画監督になれねえー」と思ったのだけど(笑)、あの瞬間はワクワクした。そのワクワクは今まで続いています。
(江口由美)
 

<作品情報>
『ひとよ』
(2019年 日本 123分)
監督:白石和彌
出演:佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、音尾琢真、筒井真理子、浅利陽介、韓英恵、MEGUMI、大悟(千鳥)、佐々木蔵之介・田中裕子他
11月8日(金)よりTOHOシネマズ 梅田他全国ロードショー
公式サイト → https://www.hitoyo-movie.jp/
(C) 2019「ひとよ」製作委員会
 

greta-ivent-550-2.jpg

◆2019年10月29日(火)
◆〈Do with café〉(大阪市北区兎我野町9-23聚楽ビル B1F)

◆登壇者:ナジャ・グランディーバ、ベビー・ヴァギー(敬称略)



強烈キャラで勝負!?

グレタと共通するドラァグクイーンの孤独な私生活とは?

 

ニューヨークを舞台に、孤独な中年女性が若い女性に仕掛けるワナに震撼するサスペンススリラー『グレタ GRETA』が、いよいよ11月8日より公開される。グレタを演じるのは、『ピアニスト』やアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた『エル ELLE』など、クールな表情で大胆なキャラが似合うフランスの名女優イザベル・ユペール。今回も底知れぬ恐怖で迫る。一方、正直で優しいフランシスを演じるのは、『キック・アス』でブレイク以来、『イコライザー』や『アクトレス~女たちの舞台~』など子役から見事な成長ぶりを見せるクロエ・グレース・モレッツ。ベテラン女優相手に繊細な演技で魅了する。


greta-550.jpg電車の中で見つけたバッグを持ち主に返そうとしてとんでもない事態に陥ってしまう。その予想外の恐怖は意外と日常に潜んでいるかもしれない。そこで、公開を前に、テレビやラジオなどでお馴染みのナジャ・グランディーバと、関西の若手ドラァグクイーンのベビー・ヴァギーによるトークショーが開催された。そのビジュアルの強烈さはグレタ以上のものがあるが、意外にも私生活ではグレタと同じ“孤独”を抱えているようで、より一層の親しみを感じさせた。歯に衣着せぬツッコミと自虐ギャグの連発で、会場は笑いの渦に巻き込まれた。


下記に、大阪の夜に鳴り響いた爆笑“オバサントーク”の全てをご紹介いたします。



greta-ivent-500-1.jpg大阪市北区兎我野町にある〈Do with café〉というショーパブで開催された試写会に、ゲストのナジャ・グランディーバとベビー・ヴァギーがステージに登壇。映画の中でも重要なポイントとなる緑のバッグが真ん中に置かれ、その中のいくつかの質問状に答えていく形でトークは進められた。

ベビー:本日はお越し頂きどうもありがとうございます。大先輩のナジャさんをお迎えして、映画『グレタ』についてお話していきたと思います。何よ、ニヤニヤして?

ナジャ:服の柄、かぶってるじゃん!?

ベビー:そんなことないですよ。私はフランシスのつもりで白地に花柄で、ナジャさんはグレタのような黒っぽいというか暗い花柄でって決めたじゃないですか?

ナジャ:自分だけ若々しくて、私の方が「ババくさい」ってこと?

ベビー:そんな事言ってないですよ。今日は楽しくいきましょうよ、よろしく!(笑)
早速ですが、この映画は緑のバッグを拾ってから物語が始まりますが、ナジャさんは映画をご覧になって如何でしたか?

ナジャ:「これ見といてください」と言って渡されたDVDを家で一人で見たんですけど、私らドラァグクイーンが試写を見せてもらうとしたら、『セックス・アンド・ザ・シティ』的なおしゃれでファッショナブルな恋物語かな?と思ったら、「うわ~こわっ!」って感じでした。

ベビー:緑のバッグが大きなポイントになっておりまして、今日はここにある緑のバッグの中の質問状に答えていこうと思います。


Q1.年上の人と上手く付き合う方法は?

greta-ivent-240-4.jpg

ナジャ:私って、オネエ界では年上の人には好かれるタイプなのよ、若い子たちには全く慕われてないけど(笑)。みんな敬語使ったりオベンチャラ言ったりしてるけど、私は正直に話しているだけ。「これ、おかしくないですか?」とか「ダメ出し」も平気でするわ。でも、私のことを認めてくれていると分かっている先輩にだけにね。初対面の人には言わないけど、親しい人にはバンバン言っちゃう!

ベビー:(会場を見回して)今日は初対面の方ばかりですので、あんまり言わない方が・・・?

ナジャ:ここ入ってきた時、“グレタ感”のある人ばかりだと思ったわよ(笑)

ベビー:フランシス感のある人は少ないかもね。

ナジャ:どんな付き合い方してるの?どうやってここまでのし上がってきたの?

ベビー:のし上がって来たなんて、そんな言い方止めて下さいよ。ナジャさんは大先輩ですけど、程よい距離間を保ってますよね。大体、普段からプライベートでは食事に行かないようにしてるんです。

ナジャ:私も誘われても行けへんけど。イヤでもおごらなあかんやろ?(笑)。


Q2.自分がグレタだったら、バッグの中に何を入れて若い子の気を引きますか

ナジャ:やっぱ高血圧の薬とか!? 「この薬がないと大変なんじゃないかな?」と心配して届けてくれるかも?

ベビー:ナジャさんのバッグの中はいつも薬だらけじゃないですか?

ナジャ:ほんと病院大好きなのよ。私、36.9℃もあったら病院行くわ。体温計の表示をLINEで発信しては反応を楽しみにしてるんだけど、全員無視!(笑)

greta-ivent-240-3.jpg

ベビー:そりゃそうでしょう、誰も心配しないわよ!

ナジャ:どんな人をターゲットにするのかも大事だわ。届けてくれそうな人を見極めなきゃね。

ベビー:やはり男性が好きでしょう?

ナジャ:タイプの男性をおびき出してどうすんのよ?

ベビー:どうしよ~???

ナジャ:下心ある人には絶対ブサイクなオッサンしか届けに来ないわよ!(笑)絶対、高血圧の薬やて!


Q3.「美魔女」と「オバサン」、どちらで呼ばれたい?

ナジャ:断然オバサンがいい!美魔女の人って、若く見られたいという必死感がハンパなくて、服装も化粧も痛々しい!陶器みたいな顔や、年齢不相応な派手な服着たりと不自然よ!白髪もそのままでいいと思うわ。

ベビー:関西のオバチャンも派手ですけど?

greta-ivent-240-2.jpg

ナジャ:あれは美魔女じゃないんじゃない!(笑)必死感なんて全然ない、あれで普通なのよ。自分のスタイルを貫いてるだけ。無駄な努力はしてないし自然のままなのよ。

ベビー:私もオバサンと呼ばれる方がいいかな?

ナジャ:え?若いのに?私は45歳だけど・・・。

ベビー:私、31歳。(会場から一斉に「え~っ?」)その「え~っ?」ってどういう意味?

ナジャ:何歳に見えるんだろう?40歳以上だと思う人?(多数の手が挙がる)


Q4.女の友情ってあり?

ナジャ:女じゃないから分かんないけど、オネエ同士の友情なんてないわね。

ベビー:私も程よい距離間ある関係を保ってるわ。何というか、「戦友」?

greta-ivent-240-1.jpg

ナジャ:若い人たちは「戦友」なんて大げさなものはないんじゃない?私でもないわ。親からも勘当されたり、石を投げられたりとひどい差別を受けて来た先輩たちなら「戦友」と呼べるかもしれへんけどね。若い時からチヤホヤされてきた人達は、「悪友」かな? これだけは言えるわ、女同士の友情って、男が介入すると大抵壊れるわね。

ベビー:やっぱ友情を壊すのは男とお金かな?ナジャさんは親友と呼べる人はいないんですか?

ナジャ:いないです!友情を感じて来なかったからね。今盛り上がってるラグビー観て、男同士の力強い友情に凄く感動しちゃった!高校の時なんて、何してたんやろ?

ベビー:私は小中高と、学校帰りに花の蜜を吸ってました。

ナジャ:何よそれ!? でも、いいんじゃない?ミツバチたちと友情育めて。

ベビー:はい、ミツバチが友達だったんです!(笑)。
 



★ナジャ・グランディーバ
関西出身で、いまや全国区で活躍するドラァグクイーン。MX-TV『バラいろダンディ』や福岡放送 『クロ女子白書』、MBS ラジオ「ナジャ・グランディーバのレツゴーフライデーseason4」(毎週金 曜 18:00~生放送)などにレギュラー出演中。定期的にショーを開催。最近では、神戸コレクション にも出演し、ランウェイデビューも果たしている。


★ベビー・ヴァギー
関西在住のドラァグクイーン。Do with café を中心にリップシンクショウを披露。E テレ『バリパラ』、 ABC ラジオ「YES!日曜酒 Bar!」(毎週日曜 24:30~)、YES・fm「ベビー・ヴァギーとノブの 虹色映画館」(毎週木曜 23:00~)などレギュラー出演中。
 



イザベル・ユペール × クロエ・グレース・モレッツ

『クライング・ゲーム』のニール・ジョーダンが仕掛ける、狂気スリラー!

 

greta-pos.jpg

【STORY】
ニューヨークの高級レストランでウェイトレスとして働くフランシス(クロエ・グレース・ モレッツ)は、帰宅中の地下鉄の座席に誰かが置き忘れたバッグを見つける。持ち主は、都会の片隅にひっそりと暮らす未亡人グレタ(イザベル・ユペール)。 彼女の家までバッグを届けたフランシスは、彼女に亡き母への愛情を重ね、年の離れた友人として親密に付き合うようになる。しかしその絆は、やがてストーカーのようなつきまといへと発展し、フランシスは友人のエリカ(マイカ・モンロー)とともに恐ろしい出来事に巻き込まれていく!


監督・脚本:ニール・ジョーダン
出演:イザベル・ユペール、クロエ・グレース・モレッツ、マイカ・モンロー、コルム・フィオール、スティーヴン・レイ
原題:GRETA/2018 年/アイルランド、アメリカ/英語/98 分
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES 
© Widow Movie, LLC and Showbox 2018. All Rights Reserved.  公式サイト:greta.jp

公式サイト⇒ http://greta.jp/

2019年11月8日(金)~大阪ステーションシティシネマ、京都シネマ、シネ・リーブル神戸 ほか 全国ロードショー


(河田 真喜子)

 

ekimadeno-550.jpg

(2019年10月19日(土)@なんばパークスシネマ)

ゲスト:新津ちせ、坂井真紀、滝藤賢一、橋本直樹監督(敬称略)



9歳になった新津ちせ、座長の貫禄十分!

「亡くした大切な人やペットを静かに思い出す映画です」と

アピールする姿がいじらしい。

 

マイク片手に手を大きく振りながら作品を語る姿はミュージカル女優のようだ。2歳からドラマやCM、映画に舞台と大活躍の新津ちせ。10月18日から全国公開された映画『駅までの道をおしえて』で初主演を果たし、両親役の坂井真紀と滝藤賢一に橋本直樹監督らと共に、東京に続いて大阪でも舞台挨拶を行った。質問者の方へ顔を向けて大きくうなずき、体全体で語る姿は座長の貫禄十分!1回でセリフを覚えたり、シーンの心情を的確に捉えたりと、天才子役の名をほしいままに、この日も観客の心も掴んでいた。

eki-550.jpg伊集院静原作の「駅までの道をおしえて」を橋本直樹監督が脚色・監督。可愛がっていた白柴のルーを亡くした少女サヤカが、思い出いっぱいの原っぱで不思議な犬ルースを連れたおじいさん(笈田ヨシ)と出会う。少女が悲しみを乗り越えて成長する姿を、長期に渡る撮影で丁寧に綴った感動作。白柴の仔犬を探す間にサヤカ役のオーディションを行い、第4次審査を勝ち抜いたのが新津ちせ。仔犬だったルーとは1年半も一緒に暮らして役作りしただけあって、愛犬との相性もぴったり。


「大切な人や大切なペットを静かに思い出す映画です。皆さんの大切な記憶に残る映画になったら嬉しい」と舞台挨拶の最後を締めくくった新津ちせ。可愛らしい顔立ちや立ち居振る舞いとは対照的な大人顔負けのしっかりとした受け答えに、共演者も観客もすっかり魅了されてしまった。

以下は、上映後の劇場にて舞台挨拶の詳細について紹介しています。



ekimadeno-chise-240-1.jpg新津:皆様に観て頂いてとても嬉しいです。今日はよろしくお願い致します。

坂井:大阪に来られてとても嬉しいです。

滝藤:マキタスポーツです!(笑)東京でもしっかり滑ってきました。今日はお忙しい中観に来て下さいましてありがとうございます。

橋本監督:本日は遅い時間まで、どうもありがとうございます。


――サヤカを演じてみて楽しかったですか?

新津:この映画の撮影はとても楽しかったです。


――大阪へはよく来られますか?

新津:舞台のお仕事でよく来ています。たこ焼きもお好み焼きも大好きです。

坂井:たこ焼きが大好きで、今回は食べて帰れるかどうかドキドキしています(笑)。

滝藤:僕はあまり大阪には来ないんですけど、串カツは大好きです。それと551の肉まんとかも。通天閣や梅田へも行ってみたいですね。


――おススメのシーンは?

新津:どのシーンも楽しかったのですが、ルーと一緒に駆け回った冬の雪の原っぱのシーンが特に印象に残っています。ルーとは1年半一緒に暮らしていました。


ekimadeno-takitou-240-2.jpg――「犬を飼いたい」とサヤカが言った時の両親の反応がとても印象的でしたが?

滝藤:親子3人の最初のシーンでは、午前中3人だけにして頂いて、3人でいろいろ話したり遊んだりしました。お陰で割と自然に家族として入っていけました。その時はまだちせちゃんはまだ“ザ・コドモ”だったのですが、9か月後に会ったらまるで別人のように成長していました。その間、監督とは密に語り合っていたようで、いいものを身に付けて豊かな表情になっていました。お父さんのような立場で見守る感じでしたね。

 


――オーディションで4次選考の末選ばれたちせちゃんですが、その魅力は?

ekimadeno-di-240-1.jpg

橋本監督:う~ん、あまり褒めたくないんだよね~(笑)。

坂井:褒めてあげて下さいよ。

橋本監督:オーディションには最初200人位しか集まらず、「一般オーディションもしなきゃいけないのかな」と思いました。僕は書類選考で落とすということはしないので一人一人と会っていたのですが、ちせに会って、「やはり“出会い”ってあるんだな」と思いました。

――何かお褒めの言葉が欲しいですよね?

橋本監督:観て頂いたお客様が彼女の演技で何かを感じて頂けたら、それが答えだと思っています。僕は身内なので自分の娘が「可愛い」とか言うのは気が引けますが、皆さんに褒めて頂く分については凄く嬉しいです。勿論そのことは分かっていますが、それを言うと調子に乗っちゃうんで…(笑)。


――犬のルーとルースはどうやって決まったのですか?

橋本監督:ルーはちせより先に決まっていました。白い柴犬はとても珍しくて仔犬を探してもらって、その間にオーディションをして、2か月後にちせとルーと会わせてみました。名前もまだなかったので「ルー」と名付けられたのです。ルースの方は、野犬だったのを保護されていた犬で大阪出身です。最初に預けられていた所を2回も脱走したようで、今いる所に落ち着いてからトレーニングを受けた犬なんですが、何となく雰囲気のある犬だなと思って決めました。

新津:ルーとルースは(どちらもメス)撮影の時にとても仲良くなって、このまま別れさせるのは可哀そうだということで、今は一緒に飼われています。


ekimadeno-sakai-240-1.jpg――両親役の滝藤さんと坂井さんから見たちせちゃんは?

坂井:可愛さが詰まっていますよね。見た目も性格も本当に可愛らしくて、ちせちゃんがママと思ってくれたから、私もお母さんになれたような気がします。ありがとうございました。

滝藤:凄くしっかりしている。挨拶もしっかりしているし、キャンペーンでも「こんな事言うとネタバレしちゃうから言わないでおこう」とか、ウチの次男坊と同じ小学3年生ですけど、全く違う!ウチの次男坊は、今朝なんか「ババ抜き」トランプで負けて泣いてましたからね(笑)全く別の生き物のようですよ。さすが女優さんだなと思います。


――自分がサヤカと似ている点は?

新津:サヤカが原っぱで走り回るシーンがよく登場するのですが、私も走るのが大好きなので似ているかなと。それと、ルーもよく走り回るので、よく「飼い主によく似る」と言われますが、私に似たのかなと思います。


――もう一度観て欲しいシーンは?

ekimadeno-chise-240-2.jpg

新津:マキタスポーツさんと滝藤さんと3人で犬小屋を作るシーンはホントに面白かったです。ペンキを塗るシーンは全部アドリブで、イラストも描きました。ルーの絵は勿論、叔父さんの家はお豆腐屋さんだったので、おからや冷奴やねぎを描きました。


――脇役の俳優さんたちも豪華ですが?

橋本監督:大手の大作でなくても脚本が良ければ出演して下さる俳優さんは大勢いらっしゃいます。今回もそんな俳優さんたちに恵まれたと思っています。


――最後のご挨拶。

新津:この映画は大切な人や大切なペットのことをゆっくり思い出す映画だと思います。観て下さった方の大切な記憶になれたらとても嬉しいです。本日は観に来て下さって本当にありがとうございました。

 


eki-500-1.jpg

【出演者と監督について】

◆新津ちせ(主人公のサヤカ役):映画『3月のライオン』のモモ役や、米津玄師がプロデュースした「パプリカ」を歌うユニット Foorin の最年少メンバーとしてブレイク中。オーディションで受かった直後から愛犬ルーとの特別な絆を表現するため、自宅でルーとの共同生活を開始。その後、一年にわたる丹念な撮影を通してサヤカの心身の成長をカメラに刻み付けた。


◆笈田ヨシ(サヤカの友人となるフセ老人役):約半世紀にわたってヨーロッパの演劇界で俳優・演出家として活躍し、マーティン・スコセッシ監督の『沈黙—サイレンス—』など映画でも強烈な印象を残してきた。


その他、サヤカの両親に坂井真紀と滝藤賢一、伯父夫婦にマキタスポーツと羽田美智子、祖父母に塩見三省と市毛良枝、医療関係者に柄本明と余貴美子が扮し、あたたかくヒロインを見守る。また 10 年後のサヤカを有村架純がモノローグ(声)で表現。


◆橋本直樹(監督と脚色):『トニー滝谷』『そこのみにて光輝く』をはじめ数多くの秀作を送り出してきた制作プロダクションウィルコ代表。『臍帯』に続く長編監督第2作となる本作は、15年前に原作を読んで以来、映画人としてのキャリアを全てつぎ込んだ渾身作。


【出演】 新津ちせ 有村架純/坂井真紀 滝藤賢一 羽田美智子 マキタスポーツ /余 貴美子 柄本明/市毛良枝 塩見三省/笈田ヨシ
【原作】:伊集院静「駅までの道をおしえて」(講談社文庫)
【脚色・監督】:橋本直樹 
【主題歌】:「ここ」コトリンゴ
【企画・製作】:GUM、ウィルコ
【配給・宣伝】:キュー・テック  シネマスコープ/ 5.1ch/DCP/125 分
©2019 映画「駅までの道をおしえて」production committee
【公式サイト】:https://ekimadenomichi.com/

2019年10月18(金)~なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹 他全国ロードショー!


(河田 真喜子)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『楽園』瀬々監督(シネルフレ江口).jpg
  「悪人」「怒り」などの原作者・吉田修一の短編集「犯罪小説集」より、「青田 Y 字路」「万屋善次郎」を映画化した瀬々敬久監督(『64-ロクヨン-』シリーズ、『友罪』)最新作『楽園』が、10月18日(金)よりTOHOシネマズ梅田他全国ロードショーされる。
 
  歪んだ人間関係やデマの拡散によって、罪なき人が追い詰められ、思わぬ事件を引き起こす現代社会と地続きのテーマを扱いながらも、映画版では紡(杉咲花)と豪士(綾野剛)の関係や、善次郎(佐藤浩市)と亡くなった妻(石橋静河)との関係から、小説では描かれなかった男たちの知られざる表情が豊かに描かれる。失踪事件の被害者、愛華と最後まで一緒にいた紡の物語を膨らませ、罪悪感を抱えて生きる彼女が最後に放った言葉が大きな感動を呼ぶ。限界集落で起きた事件に翻弄される主人公の周辺人物も丁寧に描写し、閉鎖的な共同体の在り方にも一石を投じる作品だ。脚本も手がけた本作の瀬々敬久監督に、お話を伺った。
 

 

rakuen-550-1.jpg

 

■喪失感を抱えた人たちの物語で、生き残った紡を象徴的存在に据える。

――――杉咲花さんが演じた紡は、原作ではあまり描かれていませんが、映画では「青田 Y 字路」「万屋善次郎」の短編2つを繋ぐ存在です。紡を描くトーンが、作品に大きな影響を与えていますが、どのように紡のパートを構築していったのですか? 
瀬々監督:Y字路がとても象徴的な意味合いを持つ映画で、紡は右に、愛華は左に行きます。結局紡が生き残るわけですが、彼女だけでなく、大事な人を失った人の話が多いのです。例えば柄本さんが演じる五郎は孫の愛華を失っているし、佐藤さんが演じる善次郎も、愛妻を亡くしている。綾野さんが演じる豪士も、どこか母親から見捨てられたような青年です。喪失感を抱えた人たちの物語ですが、最後にはその喪失感から立ち直る物語にしなければいけないと思いました。失踪事件の時、生き残った紡を象徴的存在に据え、彼女の喪失感を何とかして取り戻してあげるべきだという考えのもと、原作にはなかった紡のパートを膨らませていきました。
 
――――紡を演じた杉咲花さんは初めての瀬々組ですが、オファーの決め手は?
瀬々監督:杉咲さんは一見線が細いのですが、どこか芯の強さが宿っているところが、今回演じた紡に通じているし、彼女に惹かれた理由でもあります。豪士とのシーンが多かったので、綾野さんとはよく話をしていましたね。あとは、紡の幼馴染、広呂役の村上虹郎君とは和気藹々としていました。広呂はちょっと能天気なキャラクターですが、そこに優しさがあって、紡にとっての守護天使のような存在なんです。常に屈託のない笑顔をしているのはこの作品で広呂だけですから。
 
 
rakuen-550-2.jpg
 

■綾野さんは、映画史上見たことのないような表情をしている瞬間がいくつもあった。

――――綾野剛さんは『64-ロクヨン-』以来ですが、幼少期に母と来日し、どこにも居場所がない物静かな青年、豪士を、今まで見たことのないような表情で演じていますね。
瀬々監督:綾野君も内股の歩き方や、少し猫背の姿勢など、こちらが何も言わなくてもパッとやってくれました。ただ、『64-ロクヨン-』とは違って、今回はY字路や神社、また豪士が住んでいる、見捨てられたような文化住宅など、自然や貧困を暗示するような場所と対峙しなくてはならない。綾野君はそういう場所に対する感受性が豊かで、そこから感じたものを取り入れてお芝居をしている。そんな感じがすごくしましたし、より深い表現になっていたと思います。綾野君がやっている一つ一つの表情は、綾野君の中というだけではなく、今までの映画史上見たことのないような表情をしているなという瞬間がいくつもありました。
 
――――佐藤浩市さんは、ちょっとした誤解が積み重なり、限界集落の中でどんどん追い詰められていく善次郎役を悲哀たっぷりに演じているのが印象的でした。
瀬々監督:浩市さんは長年の経験があるので、演技で見せる技術をもちろん持っている方です。でも技術以上のものを発見しようとされる。見せ方だけではどうしてもクリアできないもの、画面には映らないけれど、そのキャラクターが抱えている思いなどが、映画にはあるのです。浩市さんは、そういう部分を非常に大切にし、綿密に考えてくる一方で、現場ではそれを超えるものを発見しようとする。それが浩市さんのやり方だし、映画をよく知っている人だと思います。一緒に映画を作っているという感じがする役者さんですね。
 
――――柄本明さんも、紡を追い詰める言葉を放つ被害者の祖父役で、強烈な印象を残していますね。
瀬々監督:柄本さんは「芝居なんか嘘に決まってるから」「自然に芝居するなんて、できる訳ないんだから」と、いつもちょっと怒った口調なんですよ(笑)。今回印象的だったのが、あるシーンで何度かテイクを重ねたことがあり、その後柄本さんが「監督の思ったことは分かったんだけど、できなかった。悔しい!」とおっしゃったこと。柄本さんのように勲章をもらうような役者さんでも、素直に悔しさを滲ませる。そんなチャーミングさがありますね。
 

 

■「結界を切って進む」奈良澤神社の祭礼。人と人とをつなぐ共同体意識を再発見する狙いを込めて。

――――天狗の舞いで知られる奈良澤神社の祭礼を以前から撮影したかったそうですが、そこまで惹かれた理由は?
瀬々監督: 10年ほど前に行きたいと思って調べ、実際に訪れたことがあります。松明をかざした時の炎の勢いがものすごくて、その時抱いた印象が強烈だったのです。また映画でははっきり描いていませんが、松明で燃やした後、太刀で村の辻々に張ってあるしめ縄を切り落としていくんです。結界を切って進むという意味らしいのですが、そのことも象徴的に思え、いつか映画に取り入れたいと思っていました。祭りで歌われる数え歌もいいんですよね。地元のお祭りなので、踊り子は現地の小学生から高校生まで、笛は大人の方が多かったですが、映画でも地元のみなさんが協力してくださいました。祭りには、人と人とを繋ぐ共同体意識がありますが、今はそういう意識が希薄になってきている。だから映画に祭りを取り入れることで、その共同体意識を再発見したいという思いもありました。
 
rakuen-500-4.jpg

 

■限界集落がなくなってしまうことへの悲しさはあっても、その中で生き、より良き社会にしたいと思い続けるしかない。

――――瀬々監督は大分県出身ですが、限界集落の問題を今まで身をもって感じてこられたのでしょうか?また本作でその問題を描き、改めて感じたことは?
瀬々監督:僕は59歳で、両親もそう長く元気ではいられない年齢です。それが僕ら世代の現実で、生まれ故郷の集落はなくなるかもしれません。僕たちが通っていた小学校も、かつては生徒が180人ぐらいいたのに、今は10分の1くらいです。若い人はどんどんいなくなり、老人しか残らない地域は日本中にある訳です。僕たちの故郷も、UターンやIターン、田舎に住もうというキャンペーンなど、若い世代に住んでもらうとか、都会との交流、観光資源の有効活用でしか生き残っていけない。だから善次郎のような町おこしをしないといけない訳です。そういう集落がなくなってしまうことへの悲しさや侘しさはもちろんあるのだけれど、現状はそういう中で生きて行かざるを得ない。だからどこか楽園的世界観、つまりより良き社会にしたいと思い続けるしかないと思っています。
 
――――タイトルの『楽園』につながる考え方ですね。
瀬々監督:犯罪を犯す人たちが出てくる映画ですが、そういう人たちもより良き社会にしたいという思いを持って生きてきたはずです。それがボタンのかけ違いで、罪を犯してしまった。当事者たちだけではなく、その周りの人たちも同じなのです。彼らもより良き社会にしたいと思っているはずなのに、ふとしたことで、他人を追い詰めてしまう。その連鎖が今の社会にある。ですから、皮肉めいていますが、『楽園』と名付けました。
 
 
rakuen-500-8.jpg

■『ヘヴンズ ストーリー』から10年、当事者性から、犯罪者を切り離してしまう不寛容さが前面に出る時代に変わった。

――――『楽園』というタイトルを見て、約10年前の名作、『ヘヴンズ ストーリー』(10)が頭に浮かびました。『ヘヴンズ ストーリー』は瀬々監督にとっても、非常に大きな意味を持つ作品だったと思いますが、あれから10年経ち、この『楽園』は監督のフィルモグラフィーの中で、どんな意味を持つ作品になると思われますか?
瀬々監督:『ヘヴンズ ストーリー』の頃は、事件に関わる感触が、当事者性に突入したと感じました。自分の妻や子どもが犯罪者や被害者になるかもしれないというような、当事者として事件を描くという感覚です。今回の『楽園』は、SNSが人の意識に大きな影響を与える今の時代を象徴するように、犯罪を犯すのは私たちとは違う人なのだ、あんなことをやる人は信じられないと、切り離してしまう不寛容さが前面に出ています。国もナショナリズムの時代ですし、自国の利益ばかりを追求し、敵を作る時代になりました。時代が変わったという感触をすごく感じている中、『楽園』でも疑惑がある人を指弾する村の人たちが描かれています。吉田修一さんの原作(「犯罪小説集」)も、その辺をとても良く掬い取っていると感じましたし、『ヘヴンズ ストーリー』の時代と、それから10年後の『楽園』の時代とは、明らかな変遷があります。人々の間で、犯罪にまつわる考え方も変わった。そういう意味合いで『楽園』は作られたと思っています。
 
もう一つ、『ヘヴンズ ストーリー』は完全な自主映画でしたが、『楽園』は製作幹事のKADOKAWAさんを中心に、吉田修一さんという日本を代表する作家と組んで制作しました。『ヘヴンズ ストーリー』のようなインディーズ精神と合致しながら、メジャー作品として作ることができたのは、また別の感慨がありますね。
(江口由美)
 

rakuen-pos.jpg

<作品情報>
『楽園』
(2019年 日本 129分)
監督・脚本:瀬々敬久
原作:吉田修一「犯罪小説集」角川文庫刊
出演:綾野剛、杉咲花/村上虹郎、片岡礼子、黒沢あすか、石橋静河、根岸季衣、柄本明
/佐藤浩市他
10月18日(金)よりTOHOシネマズ梅田他全国ロードショー
公式サイト → https://rakuen-movie.jp/
(C) 2019「楽園」製作委員会
 
rakuen-550.jpg
 
「世の中には抱きしめなければいけない人がたくさんいるということを、僕たちは映画で伝えたい」綾野剛、佐藤浩市、瀬々敬久監督が語る映画『楽園』@TOHOシネマズ梅田
(2019.10.9 TOHOシネマズ梅田)
登壇者:綾野剛、佐藤浩市、瀬々敬久監督 
  
 
  「悪人」「怒り」などの原作者・吉田修一の短編集「犯罪小説集」より「青田 Y 字路」「万屋善次郎」を映画化した瀬々敬久監督(『64-ロクヨン-』シリーズ、『友罪』)最新作『楽園』が、10月18日(金)よりTOHOシネマズ梅田他全国ロードショーされる。
 
 
rakuen-550-1.jpg
 
<ストーリー>
  12年前にある村のY字路で起こった幼女誘拐事件。失踪直前まで愛華と一緒だった紡(杉咲花)は、罪の意識を抱えたままだったが、祭りの準備中に、孤独な青年、豪士(綾野剛)と出会う。孤独な二人は少しずつ心を通わせるが、ある祭りの日、Y字路で再び少女が行方不明になり、豪士は犯人として疑われるのだった。1年後、Y字路へ続く集落で親の介護のためUターンした善次郎(佐藤浩市)は、養蜂家として町おこしに一役買おうとしていたが、ある出来事をきっかけに、村八分にされてしまう。
 
 
rakuen-550-2.jpg
 
  歪んだ人間関係やデマの拡散によって、人が追い詰められ、思わぬ事件を引き起こす現代社会と地続きのテーマを扱いながらも、原作では登場人物の一人だった紡の物語を膨らませ、紡と豪士の関係や、善次郎と亡くなった妻(石橋静河)との関係から、小説では描かれなかった男たちの表情が豊かに描かれており、映画版ならではの登場人物の深みが感じられるのだ。
 
 
rakuen-500-8.jpg
 
  10月9日、TOHOシネマズ梅田で開催された『楽園』ABC名画試写会では、上映前に主演の綾野剛、佐藤浩市と瀬々敬久監督が登壇。「大阪大好き!今日一番やりたかったことができ、気が晴れました」と大阪での舞台挨拶を心待ちにしていた綾野に対し、「今日は朝から稼働していて、壊れかけています。何か持って帰っていただきたいと思います」と佐藤はキャンペーン三昧の1日をユーモラスに表現。大学時代を関西で過ごした瀬々監督は「シネコンと違って、昔ながらの劇場なので、なんかいいなと思いました」と昔ながらの大スクリーンの前でその感想を語った。『64-ロクヨン-』に続いての共演となる佐藤と綾野、そして瀬々監督がお互いについて、また作品について語った舞台挨拶の模様をご紹介したい。
 

 

rakuen-ayano-2.jpg

―――『64-ロクヨン-』にも出演された佐藤さん、綾野さんの魅力は?

瀬々監督:綾野さんは15年ほど前、彼がメジャーになる前から知っていますが、当時はロン毛で繊細な感じでした。ずっとインディーズ魂を持っている役者だと思っていて、その魂は今も作品の大小に関わらず出演してくれることや、作品にも現れています。佐藤さんは、こう見えて同い年なんです。頼れる上司みたいな役を最近はよくやりますが、実は優しい人なんです。

綾野:浩市さんの背中には修羅があるというか、色々なこと、怒り、愛情があり、その背中で感じていたので、今回ご一緒することになった時も、すごく安心感があり、楽しみにしていました。プライベートでも食事をご一緒させていただきますし、安心感しかないです。
 
佐藤:綾野君はハードな部分とソフトな部分を持ち合わせています。役者として中堅という難しい時期に差し掛かっている中、例えば綱渡りをするにしても目隠しでやったほうが面白いでしょという人。その反面、冷静に人を観察する部分もあり、とても多面的な部分を持っている役者です。
 
綾野:今、すごく観察しています。『64-ロクヨン-』の時、日本アカデミー賞で主演5人の中に浩市さんと2人で参加しましたが、結局主演男優賞は、浩市さんが受賞されました。まだまだ遠いな、この背中はと思いましたし、肩を並べるとは言いませんが、近い位置に並べられるようになるにも時間がかかるかもしれません。それでも何度でも浩市さんとはご一緒したいです。
 
 
―――釜山国際映画祭では、アジア映画の窓部門に出品され、瀬々監督も参加されましたが、その手応えは?
瀬々監督:日韓は政治的には厳しい状況ですが、とても熱い歓迎を受けました。日本映画も15本ぐらい上映されていましたし、映画には国境がないと感じました。映画で手と手を結び合うことができればいいなと思います。
 
 

rakuen-satou-3.jpg

―――綾野さんも、佐藤さんも追い込まれ、追い詰められていく役ですが、お二人が追い詰めらた経験は?
綾野:追い込むことはあっても、追い込まれることはないので、演じる時は自分で自分を追い込んでいます。映画は皆で一緒に作っているところで、等価交換ができるのかという部分で業を感じていますが、今回は手応えを感じています。
 
佐藤:僕らの時代は(監督に)追い込まれまくりでした。相米慎二監督はワンシーンワンカットで撮影するのですが、『魚影の群れ』で海辺での僕と夏目雅子さんのシーンでは、午前中いっぱいリハで、午後にやっとテイクをまわし出し、10テイク以上やってから「今日はやめよう」と言い出すんです。「どうしたらいいんだ」という状況を作ってくれたのは、僕にとっては全然マイナスではなかった。瀬々監督が、若い子には良かれと思ってOKを出さないのは、彼らにとってよいことだと思います。
 
 
rakuen-500-2.jpg
 
―――映画で象徴的に登場するY字路はまさに人生の分かれ道を示していますが、お二人の「人生の分かれ道」は?
綾野:日々ですね。人生は選択の連続で、僕たちは選択をし、選択肢があるから生きていけるのですが、楽園は選択肢がどんどん狭まっていく話です。何かを否定するのは一番簡単なので、僕はどうしたらできるかという選択肢を考えますね。こう見えてポジティブなのんです。そう見えますよね?
 
佐藤:全てがうまくいったかどうかわからないけれど、今、自分がここにいることを考えると、間違っていなかったんかなと思います。選択できる人生は素晴らしいですね。ひたすら止まってはいけないという人生は大変ですから。
 

rakuen-kuze-1.jpg

―――『楽園』というタイトルは、どこから発想したのですか?
瀬々監督:人々はより良き世界に行きたいと思いながら生きています。そういう欲望がボタンの掛け違いで、ちょっとしたことで事件に結びついてしまうのではないかと思って(逆説的に)つけました。
 
綾野:『楽園』というタイトルになったことで、俳優部はとても救われました。誰しもが平等に楽園を望むことができる。その言葉があったことは僕らにとって大きかったですね。
 
佐藤:台本の仮のタイトルが「犯罪小説集」だったのですが、ある稿から『楽園』というタイトルになり、その瞬間、僕の中でスコーンと抜けた気がしました。善次郎は何に対して、誰のために生きたのか、『楽園』って何なのかという逆説的な意味合いでも考えさせてくれ、この役をやるにあたっての光明が射しました。
 
 
rakuen-bu-500-1.jpg
 
<最後のご挨拶>
瀬々監督:1989年に監督になり、30年目で、『楽園』は30周年記念映画だと思っています。かつては高度経済成長時代があったのに、こんなに憎しみ合ったり、なんでこんな時代になったのか。そんなことを思いながら作った映画です。
 
佐藤:掛け違えたボタンは掛け直すことができるけれど、それを掛け直すこともできずに、一番望まないところに向かってしまう弱者がいることを見ていただければと思います。そこにこのタイトル「楽園」をオーバーラップして考えていただきたいです。
 
綾野:今日は一緒に手を降ってくれたり、僕たちを歓迎してくださって、ありがとうございます。この映画がみなさんにとって、出会ってよかったと思える作品になったらうれしいです。最終的にきっとこの作品で打ちのめされ、苦しくなる部分もあると思いますが、野田洋次郎さん作詞作曲、上白石萌音さん歌唱のエンディング曲「一縷」という楽曲が、必ず皆さんを包んでくれると信じています。家に帰ってから、自分のとって大切な愛しい人を抱きしめてください。世の中には抱きしめなければいけない人がたくさんいるということを、僕たちは映画で伝えられればと思っていますので、この映画を皆さんに託します。ぜひ受け取っていただけたら幸いです。
(写真:河田真喜子、文:江口由美)
 

 
<作品情報>
『楽園』
(2019年 日本 129分)
監督・脚本:瀬々敬久
原作:吉田修一「犯罪小説集」角川文庫刊
出演:綾野剛、杉咲花/村上虹郎、片岡礼子、黒沢あすか、石橋静河、根岸季衣、柄本明
/佐藤浩市他
10月18日(金)よりTOHOシネマズ梅田他全国ロードショー
公式サイト → https://rakuen-movie.jp/
(C) 2019「楽園」製作委員会
 
 
 
ANARCHY監督1(シネルフレ).jpg
「自分の思いを言葉で伝える勇気が出る映画になれば」
『WALKING MAN』ANARCHY監督インタビュー
 
 関西出身の人気ラッパーANARCHYが、自身の体験を盛り込みながら、吃音症でうまく話せない青年の成長を描いた初監督作『WALKING MAN』。ラップバトルを交えながら、少しずつ、でも確実に、声をあげたくてもそれができなかった主人公アトムが変わっていく様子を、丁寧に描写。川崎市を舞台に、日常にある差別にも目を向けながら、殺伐とした現代社会に希望の灯をともす感動作だ。不用品回収業のアルバイトで生計を立てる主人公アトムをANARCHYと親交のある野村周平が演じる他、アトムの妹ウランを優希美青が演じ、柏原収史、伊藤ゆみ、冨樫真、星田英利、渡辺真起子、石橋蓮司と多彩な俳優陣が脇を固めている。自分が伝えたいことは何なのか、どうやってそれを伝えるのか。変わらない日常生活の中、時間を見つけて言葉を探し、アルバイトで手にした通行量調査のカウンターでリズムを自分に刻み込むアトムの、少しずつ、でも確実に手ごたえを掴んでいく表情にも注目したい。
 
 
WM-550.jpg
 
<物語>
 極貧な母子家庭で育ったアトムは、うまく言葉が喋れないことで、自分の思いや怒りを伝えられず、周りとうまくコミュニケーションが取れない。入院している母の保険料が払えないと、ソーシャルワーカーから「自己責任」と言われ、誰も救いの手を差し伸べてくれない中、彼はラッパーの遺品から、ラップが吹き込まれたウォークマンと、言葉がびっしりと書かれたノートを見つける。一方、兄の真意が読み取れず、学校のお金も払えないウランは、友達の家に行ったきり帰ってこなくなってしまう。
 
10月11日(金)から梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、OSシネマズ神戸ハーバーランド、T・ジョイ京都他で全国ロードショーされる本作のANARCHY監督に、作品に込めた思いを伺った。
 

ANARCHY監督2(シネルフレ).jpg
 

■言いたいことが溜まり、音楽で伝えたいことがいっぱいあった中学生時代

――――最初に、ANARCHYさんがラッパーになった動機を教えていただけますか。
ANARCHY:父がミュージシャンだったので、音楽の近くにいることができたのは、自分にとっていい環境で育ったと思いますし、どこか音楽をやるだろうなという気持ちはありました。父子家庭でしたし、育った街の環境が必ずしもいいとは言えず、言いたいことが溜まっていて、音楽で伝えたいことがいっぱいあったんです。また、当時見たラッパーがとても格好良かった。Zeebraさん、RHYMESTERさん、KING GIDDRAさん、SHAKKAZOMBIEさんなど、僕は全てのラッパーさんが好きで、ラッパーが一番カッコいい職業だと思う中学生でした。サッカーを始める子が、いつの間にかボールを蹴っているように、僕もいつの間にかラップを始めていましたね。
 
――――映画も昔から観るのがお好きだったそうですね。
ANARCHY:子どもの頃はずっと家で一人だったので、『ホーム・アローン2』が大好きでした。何回も観た作品ですね。「一人でも楽しめるやん」と結構勇気付けられたのです。
 
 

■コンプレックスは、僕が好きなラップやブルースにとって一番重要なこと。

――――初監督作品ですが、ご自身の経験も反映されているのですか?
ANARCHY:逆境やコンプレックス、例えば良いとは言えない家庭環境や貧困もそうですし、この主人公アトムで言えば吃音症で他人とうまく話せないということが全て武器になるのが、ヒップホップという音楽なんです。僕が子どもの頃、母親がいないことで寂しかったり、強がったりしていたことを武器にできたのはラップで、母子家庭のアトムにも同じ部分があると思います。「なんで俺だけ辛い思いをしなければいけないんだ」とアトムは思っていますが、そのコンプレックスはラップやブルースなど、僕が好きな音楽にとっては一番重要なことです。その、一見マイナスに捉えてしまうものを武器にしてほしいという思いをアトムに込めていますね。
 
――――主人公のアトムとその妹ウランという名前は『鉄腕アトム』と同じで、一度聞いたら忘れられないインパクトがありますね。
ANARCHY:これは漫画家の高橋ツトム先生(本作の企画・プロデュース)の案で、名前でイジられてしまうという設定にも生かされています。
 
 
WM-500-1.jpg
 

■上手く喋ることができないアトムが、言いたいことがありあまりすぎて、ようやく口から絞り出た言葉、それ自体がラップ。

――――ヒップホップと映画の融合という点で、特に心がけた点は?
ANARCHY:自分の人生やライフスタイルを何かの形で表現するというのが、僕の中でのヒップホップです。例えばアトムがウォークマンを見つけたり、言いたいことが見つかる。それ自体がヒップホップなので、その部分をきちんと保ったままストーリーをつなげていきました。最初、アトムが可哀想に見えますが、その彼が成長していく様をきちんと描きたいと思って作ったので、ANARCHYが映画を作るということで、例えば銃が出てきたりするようなもっと派手なものを想像される方がいるかもしれませんが(笑)、できるだけ余分なものを省いています。上手く喋ることができないアトムが、言いたいことがありあまりすぎて、ようやく口から絞り出た言葉、それ自体がラップなんです。アトムが喋る一言一言が、歌う前からラップであるという映画にしたかったのです。
 
――――アトムがウォークマンと同時に見つけた、びっしりと書き込みされているノートも、その後のアトムが自分のラップを紡ぎ出す大きな手助けとなります。ANARCHYさんの自筆ですか?
ANARCHY:僕が書きました。(ラッパーの歌詞ノートは)自分でしか読めないような書き込みノートになるんですよ。今は携帯で思いついた歌詞を書く子もいますが、アトムのルーツは三角という中年ラッパーで、アトムは三角のノートを真似し、自分もノートに言葉を書き始めたわけです。言いたいことがない人なんていないですから。僕の若い時も、誰にも読めないような、字の上に字が重なっているようなノートでしたね。
 
――――ラップは基本、自分で書いた言葉とリズム、曲で歌うのでしょうか?
ANARCHY:いわゆる一般的な歌とは違い、ラッパーはどんな奴が、どんなことを経験して、どんなことを歌うかが一番大事なんです。それが大げさだったり、嘘だったりすると、絶対相手に響かない。僕がラップで好きなところはそこで、言葉はすごく大事です。
 

WM-500-4.jpg

■アトムの成長を、ラップで、彼の言葉で表現できなければ、ラッパーの僕が作った意味がない。

――――今回、アトムが歌ったラップをANARCHYさんが作ったそうですが、自分が歌うのではない曲を作ることは難しかったですか?
ANARCHY:難しいなとも思いましたが、脚本を書いているときから、アトムの気持ちになって梶原阿貴さん(脚本)や高橋ツトム先生と作ったつもりなので、自然とアトムの気持ちは僕の中に入っていました。あとはアトムになって書くことに専念しました。今まで何もしゃべれなかった分、アトムが人生で体験したこと全てを書きましたし、僕が今まで経験したことも全て込めようと思いました。ラッパーが作った映画でそこをきちんと表現できなければ、僕が作った意味がない。そこを失敗したら、この映画は失敗してしまう。それぐらいの意気込みでしたね。
 
 
WM-500-5.jpg
 
――――アトムを演じたのは、ANARCHYさんがプライベートでも懇意にされているという野村周平さんですが、俳優としての野村さんの魅力は?
ANARCHY:野村さんは俳優としても有名ですし、人気者です。でも普通の、その辺のスケーターと変わらない部分、ピュアに自分の好きなことをして楽しむという感覚が僕たちと一緒で、そういう部分がとても好きですね。今回僕が映画を撮ると話すと、会社の制約など様々なことがある中でも「僕にやらせてください」と言ってくれ、その人間味や男気にも惚れました。撮影に入ってからは、アトムという喋る言葉が少ない役の中で、表情や歩き方ひとつで変わるアトムを自分の中にしっかりと入れて、現場に来て、演じてくれました。そういう彼を見ていると、リスペクトと感謝、あとカッコいいなと思いましたね。
 
――――ANARCHYさんが作ったラップをアトムが歌うクライマックスシーンを撮るために、だいぶん準備をされたのでしょうね。
ANARCHY:実際には1日でライブシーン全てを撮らなければならなかったので、野村さんにも3テイクぐらいしか歌ってもらっていません。クランクインする前に、クラブを借し切って二人で練習しましたが、もともと彼はヒップホップが好きで、やれるポテンシャルは持っていたので、後はステージの上で、お客さん役のエキストラがいる中で、立って歌う。そこはさすがにやりきってくれました。アトムが堂々と歌うことで、それを見守る家族の中に思いが込み上げた。それを見せることができただけで、もう成功だと思っています。
 
 

WM-500-3.jpg

 

■言わなければ伝わらないし、相手の思いも分からない。自分の思いを言葉で伝える勇気が出る映画になれば。

――――なかなか思う言葉を発することができないアトムの葛藤が最後までじっくりと描かれる中、中華料理店でアルバイトする韓国女性が罵声を浴びせられた時、彼女に告げようと絞り出した言葉にアトムの優しさを感じました。
ANARCHY:アトムは優しすぎて言いたいことが言えない。僕の目の前にアトムがいたら、「おまえ、言いたいことがあるなら言えよ。歯がゆい奴だ」と思うかもしれません。でも一番そう思っているのはアトム自身です。「ありがとう」とか「愛している」とか、妹に対する気持ちとか、どれだけ表情で表しても、言わなければ伝わらない。自分の気持ちだけでなく、他人の気持ちも分からないですから、そんな思いが言葉で伝えられたり、伝える勇気が出る映画になればというのが、この映画に込めたメッセージの一番大事なところだと思っています。
 
 
 

WM-500-2.jpg

 

■自分がやると決めたこと、言葉には責任を持つという「自己責任」が一つのメッセージ。

――――映画では何度か「自己責任」という言葉が登場します。家庭環境に関係なく自己責任で済まされ、厳しい状況でも誰も手を差し伸べない現在社会がリアルに描かれていますね。
ANARCHY:映画に出てくるような、自己責任論を振りかざす人たちは、現実社会ではそこまで多くないでしょう。そこは映画的な表現なのですが、「自己責任」について伝えたかったのは、自分がやると決めたことに対して、自分が歌うことや発する言葉に自己責任を持てということ。それが最後に分かればいいと思いました。途中まで映画で言及されている自己責任は、アトムのせいではないことばかりです。それは様々な状況に置き換えられると思うのですが、後半に同僚の山本が「ラップで歌ったり、自分がこれをやると決めたなら、それは自己責任だ」というのは、若者に限らず、全ての人に対するメッセージを込めています。
 
――――現代の若者に向けた応援歌のような映画だと思いますが、ANARCHYさんからみて彼らはどのように映っているのでしょうか。
ANARCHY:若いから何にでもなれるし、何でもできるということに気づいていない人が多いような気がします。ラッパーは今増えて、面白くなってきているのですが、一般的に選択肢が多くなりすぎた分、何になりたいのか迷っているのかもしれません。失敗した時のことを考えるよりも、自分の直感を信じてやってみて、転んでも経験を積み、魅力的な人間になることは誰でもできると思います。そういう勇気が出るきっかけになるような映画になればと思っているので、この映画を観てもらい、お客さんの反応を僕も確かめたいですね。僕自身もこの作品を撮って、音楽に対して、人生に対して初心に帰れたという気がしましたし、これから音楽を作るにしても映画を作るにしても、この作品やアトムが僕に影響を与えてくれると思っています。
(江口由美)
 

 
『WALKING MAN』(2019年 日本 95分)
監督:ANARCHY 
出演:野村周平、優希美青、柏原収史、伊藤ゆみ、冨樫真、星田英利、渡辺真起子、石橋蓮司
2019年10月11日(金)~梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、OSシネマズ神戸ハーバーランド、T・ジョイ京都他全国ロードショー
(C) 2019 映画「WALKING MAN」製作委員会

月別 アーカイブ