「悪人」「怒り」などの原作者・吉田修一の短編集「犯罪小説集」より、「青田 Y 字路」「万屋善次郎」を映画化した瀬々敬久監督(『64-ロクヨン-』シリーズ、『友罪』)最新作『楽園』が、10月18日(金)よりTOHOシネマズ梅田他全国ロードショーされる。
歪んだ人間関係やデマの拡散によって、罪なき人が追い詰められ、思わぬ事件を引き起こす現代社会と地続きのテーマを扱いながらも、映画版では紡(杉咲花)と豪士(綾野剛)の関係や、善次郎(佐藤浩市)と亡くなった妻(石橋静河)との関係から、小説では描かれなかった男たちの知られざる表情が豊かに描かれる。失踪事件の被害者、愛華と最後まで一緒にいた紡の物語を膨らませ、罪悪感を抱えて生きる彼女が最後に放った言葉が大きな感動を呼ぶ。限界集落で起きた事件に翻弄される主人公の周辺人物も丁寧に描写し、閉鎖的な共同体の在り方にも一石を投じる作品だ。脚本も手がけた本作の瀬々敬久監督に、お話を伺った。
■喪失感を抱えた人たちの物語で、生き残った紡を象徴的存在に据える。
――――杉咲花さんが演じた紡は、原作ではあまり描かれていませんが、映画では「青田 Y 字路」「万屋善次郎」の短編2つを繋ぐ存在です。紡を描くトーンが、作品に大きな影響を与えていますが、どのように紡のパートを構築していったのですか?
瀬々監督:Y字路がとても象徴的な意味合いを持つ映画で、紡は右に、愛華は左に行きます。結局紡が生き残るわけですが、彼女だけでなく、大事な人を失った人の話が多いのです。例えば柄本さんが演じる五郎は孫の愛華を失っているし、佐藤さんが演じる善次郎も、愛妻を亡くしている。綾野さんが演じる豪士も、どこか母親から見捨てられたような青年です。喪失感を抱えた人たちの物語ですが、最後にはその喪失感から立ち直る物語にしなければいけないと思いました。失踪事件の時、生き残った紡を象徴的存在に据え、彼女の喪失感を何とかして取り戻してあげるべきだという考えのもと、原作にはなかった紡のパートを膨らませていきました。
――――紡を演じた杉咲花さんは初めての瀬々組ですが、オファーの決め手は?
瀬々監督:杉咲さんは一見線が細いのですが、どこか芯の強さが宿っているところが、今回演じた紡に通じているし、彼女に惹かれた理由でもあります。豪士とのシーンが多かったので、綾野さんとはよく話をしていましたね。あとは、紡の幼馴染、広呂役の村上虹郎君とは和気藹々としていました。広呂はちょっと能天気なキャラクターですが、そこに優しさがあって、紡にとっての守護天使のような存在なんです。常に屈託のない笑顔をしているのはこの作品で広呂だけですから。
■綾野さんは、映画史上見たことのないような表情をしている瞬間がいくつもあった。
――――綾野剛さんは『64-ロクヨン-』以来ですが、幼少期に母と来日し、どこにも居場所がない物静かな青年、豪士を、今まで見たことのないような表情で演じていますね。
瀬々監督:綾野君も内股の歩き方や、少し猫背の姿勢など、こちらが何も言わなくてもパッとやってくれました。ただ、『64-ロクヨン-』とは違って、今回はY字路や神社、また豪士が住んでいる、見捨てられたような文化住宅など、自然や貧困を暗示するような場所と対峙しなくてはならない。綾野君はそういう場所に対する感受性が豊かで、そこから感じたものを取り入れてお芝居をしている。そんな感じがすごくしましたし、より深い表現になっていたと思います。綾野君がやっている一つ一つの表情は、綾野君の中というだけではなく、今までの映画史上見たことのないような表情をしているなという瞬間がいくつもありました。
――――佐藤浩市さんは、ちょっとした誤解が積み重なり、限界集落の中でどんどん追い詰められていく善次郎役を悲哀たっぷりに演じているのが印象的でした。
瀬々監督:浩市さんは長年の経験があるので、演技で見せる技術をもちろん持っている方です。でも技術以上のものを発見しようとされる。見せ方だけではどうしてもクリアできないもの、画面には映らないけれど、そのキャラクターが抱えている思いなどが、映画にはあるのです。浩市さんは、そういう部分を非常に大切にし、綿密に考えてくる一方で、現場ではそれを超えるものを発見しようとする。それが浩市さんのやり方だし、映画をよく知っている人だと思います。一緒に映画を作っているという感じがする役者さんですね。
――――柄本明さんも、紡を追い詰める言葉を放つ被害者の祖父役で、強烈な印象を残していますね。
瀬々監督:柄本さんは「芝居なんか嘘に決まってるから」「自然に芝居するなんて、できる訳ないんだから」と、いつもちょっと怒った口調なんですよ(笑)。今回印象的だったのが、あるシーンで何度かテイクを重ねたことがあり、その後柄本さんが「監督の思ったことは分かったんだけど、できなかった。悔しい!」とおっしゃったこと。柄本さんのように勲章をもらうような役者さんでも、素直に悔しさを滲ませる。そんなチャーミングさがありますね。
■「結界を切って進む」奈良澤神社の祭礼。人と人とをつなぐ共同体意識を再発見する狙いを込めて。
――――天狗の舞いで知られる奈良澤神社の祭礼を以前から撮影したかったそうですが、そこまで惹かれた理由は?
瀬々監督: 10年ほど前に行きたいと思って調べ、実際に訪れたことがあります。松明をかざした時の炎の勢いがものすごくて、その時抱いた印象が強烈だったのです。また映画でははっきり描いていませんが、松明で燃やした後、太刀で村の辻々に張ってあるしめ縄を切り落としていくんです。結界を切って進むという意味らしいのですが、そのことも象徴的に思え、いつか映画に取り入れたいと思っていました。祭りで歌われる数え歌もいいんですよね。地元のお祭りなので、踊り子は現地の小学生から高校生まで、笛は大人の方が多かったですが、映画でも地元のみなさんが協力してくださいました。祭りには、人と人とを繋ぐ共同体意識がありますが、今はそういう意識が希薄になってきている。だから映画に祭りを取り入れることで、その共同体意識を再発見したいという思いもありました。
■限界集落がなくなってしまうことへの悲しさはあっても、その中で生き、より良き社会にしたいと思い続けるしかない。
――――瀬々監督は大分県出身ですが、限界集落の問題を今まで身をもって感じてこられたのでしょうか?また本作でその問題を描き、改めて感じたことは?
瀬々監督:僕は59歳で、両親もそう長く元気ではいられない年齢です。それが僕ら世代の現実で、生まれ故郷の集落はなくなるかもしれません。僕たちが通っていた小学校も、かつては生徒が180人ぐらいいたのに、今は10分の1くらいです。若い人はどんどんいなくなり、老人しか残らない地域は日本中にある訳です。僕たちの故郷も、UターンやIターン、田舎に住もうというキャンペーンなど、若い世代に住んでもらうとか、都会との交流、観光資源の有効活用でしか生き残っていけない。だから善次郎のような町おこしをしないといけない訳です。そういう集落がなくなってしまうことへの悲しさや侘しさはもちろんあるのだけれど、現状はそういう中で生きて行かざるを得ない。だからどこか楽園的世界観、つまりより良き社会にしたいと思い続けるしかないと思っています。
――――タイトルの『楽園』につながる考え方ですね。
瀬々監督:犯罪を犯す人たちが出てくる映画ですが、そういう人たちもより良き社会にしたいという思いを持って生きてきたはずです。それがボタンのかけ違いで、罪を犯してしまった。当事者たちだけではなく、その周りの人たちも同じなのです。彼らもより良き社会にしたいと思っているはずなのに、ふとしたことで、他人を追い詰めてしまう。その連鎖が今の社会にある。ですから、皮肉めいていますが、『楽園』と名付けました。
■『ヘヴンズ ストーリー』から10年、当事者性から、犯罪者を切り離してしまう不寛容さが前面に出る時代に変わった。
――――『楽園』というタイトルを見て、約10年前の名作、『ヘヴンズ ストーリー』(10)が頭に浮かびました。『ヘヴンズ ストーリー』は瀬々監督にとっても、非常に大きな意味を持つ作品だったと思いますが、あれから10年経ち、この『楽園』は監督のフィルモグラフィーの中で、どんな意味を持つ作品になると思われますか?
瀬々監督:『ヘヴンズ ストーリー』の頃は、事件に関わる感触が、当事者性に突入したと感じました。自分の妻や子どもが犯罪者や被害者になるかもしれないというような、当事者として事件を描くという感覚です。今回の『楽園』は、SNSが人の意識に大きな影響を与える今の時代を象徴するように、犯罪を犯すのは私たちとは違う人なのだ、あんなことをやる人は信じられないと、切り離してしまう不寛容さが前面に出ています。国もナショナリズムの時代ですし、自国の利益ばかりを追求し、敵を作る時代になりました。時代が変わったという感触をすごく感じている中、『楽園』でも疑惑がある人を指弾する村の人たちが描かれています。吉田修一さんの原作(「犯罪小説集」)も、その辺をとても良く掬い取っていると感じましたし、『ヘヴンズ ストーリー』の時代と、それから10年後の『楽園』の時代とは、明らかな変遷があります。人々の間で、犯罪にまつわる考え方も変わった。そういう意味合いで『楽園』は作られたと思っています。
もう一つ、『ヘヴンズ ストーリー』は完全な自主映画でしたが、『楽園』は製作幹事のKADOKAWAさんを中心に、吉田修一さんという日本を代表する作家と組んで制作しました。『ヘヴンズ ストーリー』のようなインディーズ精神と合致しながら、メジャー作品として作ることができたのは、また別の感慨がありますね。
(江口由美)
<作品情報>
『楽園』
(2019年 日本 129分)
監督・脚本:瀬々敬久
原作:吉田修一「犯罪小説集」角川文庫刊
出演:綾野剛、杉咲花/村上虹郎、片岡礼子、黒沢あすか、石橋静河、根岸季衣、柄本明
/佐藤浩市他
10月18日(金)よりTOHOシネマズ梅田他全国ロードショー
公式サイト → https://rakuen-movie.jp/
(C) 2019「楽園」製作委員会