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「自分の思いを言葉で伝える勇気が出る映画になれば」 『WALKING MAN』ANARCHY監督インタビュー

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「自分の思いを言葉で伝える勇気が出る映画になれば」
『WALKING MAN』ANARCHY監督インタビュー
 
 関西出身の人気ラッパーANARCHYが、自身の体験を盛り込みながら、吃音症でうまく話せない青年の成長を描いた初監督作『WALKING MAN』。ラップバトルを交えながら、少しずつ、でも確実に、声をあげたくてもそれができなかった主人公アトムが変わっていく様子を、丁寧に描写。川崎市を舞台に、日常にある差別にも目を向けながら、殺伐とした現代社会に希望の灯をともす感動作だ。不用品回収業のアルバイトで生計を立てる主人公アトムをANARCHYと親交のある野村周平が演じる他、アトムの妹ウランを優希美青が演じ、柏原収史、伊藤ゆみ、冨樫真、星田英利、渡辺真起子、石橋蓮司と多彩な俳優陣が脇を固めている。自分が伝えたいことは何なのか、どうやってそれを伝えるのか。変わらない日常生活の中、時間を見つけて言葉を探し、アルバイトで手にした通行量調査のカウンターでリズムを自分に刻み込むアトムの、少しずつ、でも確実に手ごたえを掴んでいく表情にも注目したい。
 
 
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<物語>
 極貧な母子家庭で育ったアトムは、うまく言葉が喋れないことで、自分の思いや怒りを伝えられず、周りとうまくコミュニケーションが取れない。入院している母の保険料が払えないと、ソーシャルワーカーから「自己責任」と言われ、誰も救いの手を差し伸べてくれない中、彼はラッパーの遺品から、ラップが吹き込まれたウォークマンと、言葉がびっしりと書かれたノートを見つける。一方、兄の真意が読み取れず、学校のお金も払えないウランは、友達の家に行ったきり帰ってこなくなってしまう。
 
10月11日(金)から梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、OSシネマズ神戸ハーバーランド、T・ジョイ京都他で全国ロードショーされる本作のANARCHY監督に、作品に込めた思いを伺った。
 

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■言いたいことが溜まり、音楽で伝えたいことがいっぱいあった中学生時代

――――最初に、ANARCHYさんがラッパーになった動機を教えていただけますか。
ANARCHY:父がミュージシャンだったので、音楽の近くにいることができたのは、自分にとっていい環境で育ったと思いますし、どこか音楽をやるだろうなという気持ちはありました。父子家庭でしたし、育った街の環境が必ずしもいいとは言えず、言いたいことが溜まっていて、音楽で伝えたいことがいっぱいあったんです。また、当時見たラッパーがとても格好良かった。Zeebraさん、RHYMESTERさん、KING GIDDRAさん、SHAKKAZOMBIEさんなど、僕は全てのラッパーさんが好きで、ラッパーが一番カッコいい職業だと思う中学生でした。サッカーを始める子が、いつの間にかボールを蹴っているように、僕もいつの間にかラップを始めていましたね。
 
――――映画も昔から観るのがお好きだったそうですね。
ANARCHY:子どもの頃はずっと家で一人だったので、『ホーム・アローン2』が大好きでした。何回も観た作品ですね。「一人でも楽しめるやん」と結構勇気付けられたのです。
 
 

■コンプレックスは、僕が好きなラップやブルースにとって一番重要なこと。

――――初監督作品ですが、ご自身の経験も反映されているのですか?
ANARCHY:逆境やコンプレックス、例えば良いとは言えない家庭環境や貧困もそうですし、この主人公アトムで言えば吃音症で他人とうまく話せないということが全て武器になるのが、ヒップホップという音楽なんです。僕が子どもの頃、母親がいないことで寂しかったり、強がったりしていたことを武器にできたのはラップで、母子家庭のアトムにも同じ部分があると思います。「なんで俺だけ辛い思いをしなければいけないんだ」とアトムは思っていますが、そのコンプレックスはラップやブルースなど、僕が好きな音楽にとっては一番重要なことです。その、一見マイナスに捉えてしまうものを武器にしてほしいという思いをアトムに込めていますね。
 
――――主人公のアトムとその妹ウランという名前は『鉄腕アトム』と同じで、一度聞いたら忘れられないインパクトがありますね。
ANARCHY:これは漫画家の高橋ツトム先生(本作の企画・プロデュース)の案で、名前でイジられてしまうという設定にも生かされています。
 
 
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■上手く喋ることができないアトムが、言いたいことがありあまりすぎて、ようやく口から絞り出た言葉、それ自体がラップ。

――――ヒップホップと映画の融合という点で、特に心がけた点は?
ANARCHY:自分の人生やライフスタイルを何かの形で表現するというのが、僕の中でのヒップホップです。例えばアトムがウォークマンを見つけたり、言いたいことが見つかる。それ自体がヒップホップなので、その部分をきちんと保ったままストーリーをつなげていきました。最初、アトムが可哀想に見えますが、その彼が成長していく様をきちんと描きたいと思って作ったので、ANARCHYが映画を作るということで、例えば銃が出てきたりするようなもっと派手なものを想像される方がいるかもしれませんが(笑)、できるだけ余分なものを省いています。上手く喋ることができないアトムが、言いたいことがありあまりすぎて、ようやく口から絞り出た言葉、それ自体がラップなんです。アトムが喋る一言一言が、歌う前からラップであるという映画にしたかったのです。
 
――――アトムがウォークマンと同時に見つけた、びっしりと書き込みされているノートも、その後のアトムが自分のラップを紡ぎ出す大きな手助けとなります。ANARCHYさんの自筆ですか?
ANARCHY:僕が書きました。(ラッパーの歌詞ノートは)自分でしか読めないような書き込みノートになるんですよ。今は携帯で思いついた歌詞を書く子もいますが、アトムのルーツは三角という中年ラッパーで、アトムは三角のノートを真似し、自分もノートに言葉を書き始めたわけです。言いたいことがない人なんていないですから。僕の若い時も、誰にも読めないような、字の上に字が重なっているようなノートでしたね。
 
――――ラップは基本、自分で書いた言葉とリズム、曲で歌うのでしょうか?
ANARCHY:いわゆる一般的な歌とは違い、ラッパーはどんな奴が、どんなことを経験して、どんなことを歌うかが一番大事なんです。それが大げさだったり、嘘だったりすると、絶対相手に響かない。僕がラップで好きなところはそこで、言葉はすごく大事です。
 

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■アトムの成長を、ラップで、彼の言葉で表現できなければ、ラッパーの僕が作った意味がない。

――――今回、アトムが歌ったラップをANARCHYさんが作ったそうですが、自分が歌うのではない曲を作ることは難しかったですか?
ANARCHY:難しいなとも思いましたが、脚本を書いているときから、アトムの気持ちになって梶原阿貴さん(脚本)や高橋ツトム先生と作ったつもりなので、自然とアトムの気持ちは僕の中に入っていました。あとはアトムになって書くことに専念しました。今まで何もしゃべれなかった分、アトムが人生で体験したこと全てを書きましたし、僕が今まで経験したことも全て込めようと思いました。ラッパーが作った映画でそこをきちんと表現できなければ、僕が作った意味がない。そこを失敗したら、この映画は失敗してしまう。それぐらいの意気込みでしたね。
 
 
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――――アトムを演じたのは、ANARCHYさんがプライベートでも懇意にされているという野村周平さんですが、俳優としての野村さんの魅力は?
ANARCHY:野村さんは俳優としても有名ですし、人気者です。でも普通の、その辺のスケーターと変わらない部分、ピュアに自分の好きなことをして楽しむという感覚が僕たちと一緒で、そういう部分がとても好きですね。今回僕が映画を撮ると話すと、会社の制約など様々なことがある中でも「僕にやらせてください」と言ってくれ、その人間味や男気にも惚れました。撮影に入ってからは、アトムという喋る言葉が少ない役の中で、表情や歩き方ひとつで変わるアトムを自分の中にしっかりと入れて、現場に来て、演じてくれました。そういう彼を見ていると、リスペクトと感謝、あとカッコいいなと思いましたね。
 
――――ANARCHYさんが作ったラップをアトムが歌うクライマックスシーンを撮るために、だいぶん準備をされたのでしょうね。
ANARCHY:実際には1日でライブシーン全てを撮らなければならなかったので、野村さんにも3テイクぐらいしか歌ってもらっていません。クランクインする前に、クラブを借し切って二人で練習しましたが、もともと彼はヒップホップが好きで、やれるポテンシャルは持っていたので、後はステージの上で、お客さん役のエキストラがいる中で、立って歌う。そこはさすがにやりきってくれました。アトムが堂々と歌うことで、それを見守る家族の中に思いが込み上げた。それを見せることができただけで、もう成功だと思っています。
 
 

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■言わなければ伝わらないし、相手の思いも分からない。自分の思いを言葉で伝える勇気が出る映画になれば。

――――なかなか思う言葉を発することができないアトムの葛藤が最後までじっくりと描かれる中、中華料理店でアルバイトする韓国女性が罵声を浴びせられた時、彼女に告げようと絞り出した言葉にアトムの優しさを感じました。
ANARCHY:アトムは優しすぎて言いたいことが言えない。僕の目の前にアトムがいたら、「おまえ、言いたいことがあるなら言えよ。歯がゆい奴だ」と思うかもしれません。でも一番そう思っているのはアトム自身です。「ありがとう」とか「愛している」とか、妹に対する気持ちとか、どれだけ表情で表しても、言わなければ伝わらない。自分の気持ちだけでなく、他人の気持ちも分からないですから、そんな思いが言葉で伝えられたり、伝える勇気が出る映画になればというのが、この映画に込めたメッセージの一番大事なところだと思っています。
 
 
 

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■自分がやると決めたこと、言葉には責任を持つという「自己責任」が一つのメッセージ。

――――映画では何度か「自己責任」という言葉が登場します。家庭環境に関係なく自己責任で済まされ、厳しい状況でも誰も手を差し伸べない現在社会がリアルに描かれていますね。
ANARCHY:映画に出てくるような、自己責任論を振りかざす人たちは、現実社会ではそこまで多くないでしょう。そこは映画的な表現なのですが、「自己責任」について伝えたかったのは、自分がやると決めたことに対して、自分が歌うことや発する言葉に自己責任を持てということ。それが最後に分かればいいと思いました。途中まで映画で言及されている自己責任は、アトムのせいではないことばかりです。それは様々な状況に置き換えられると思うのですが、後半に同僚の山本が「ラップで歌ったり、自分がこれをやると決めたなら、それは自己責任だ」というのは、若者に限らず、全ての人に対するメッセージを込めています。
 
――――現代の若者に向けた応援歌のような映画だと思いますが、ANARCHYさんからみて彼らはどのように映っているのでしょうか。
ANARCHY:若いから何にでもなれるし、何でもできるということに気づいていない人が多いような気がします。ラッパーは今増えて、面白くなってきているのですが、一般的に選択肢が多くなりすぎた分、何になりたいのか迷っているのかもしれません。失敗した時のことを考えるよりも、自分の直感を信じてやってみて、転んでも経験を積み、魅力的な人間になることは誰でもできると思います。そういう勇気が出るきっかけになるような映画になればと思っているので、この映画を観てもらい、お客さんの反応を僕も確かめたいですね。僕自身もこの作品を撮って、音楽に対して、人生に対して初心に帰れたという気がしましたし、これから音楽を作るにしても映画を作るにしても、この作品やアトムが僕に影響を与えてくれると思っています。
(江口由美)
 

 
『WALKING MAN』(2019年 日本 95分)
監督:ANARCHY 
出演:野村周平、優希美青、柏原収史、伊藤ゆみ、冨樫真、星田英利、渡辺真起子、石橋蓮司
2019年10月11日(金)~梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、OSシネマズ神戸ハーバーランド、T・ジョイ京都他全国ロードショー
(C) 2019 映画「WALKING MAN」製作委員会

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