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 女性初のエベレスト登頂を果たした登山家・田部井淳子の偉業にスポットを当てるだけでなく、家族との関わり、病と死に向き合う姿をオリジナル脚本で描く『てっぺんの向こうにあなたがいる』が、10月31日より全国ロードショーされる。
世界的登山家の多部純子を吉永小百合とのん(青年期)の二人が演じ、どんな時でも諦めず、前に進んでいく純子の力強さを体現している。またそんな純子を支える家族模様も細やかに描かれ、彼女自身が企画した東日本大震災後に被災した高校生との富士登山プロジェクトでは、どんな高い山でも一歩ずつ進めばいつかは頂上にたどり着くという人生にも置き換えられる大事なことを、そのダイナミックなシーンから感じられるだろう。
 本作の阪本順治監督にお話を伺った。
 

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■サン・セバスティアンで「純粋に伝わったと思った」

―――サン・セバスティアン国際映画祭(以降サン・セバスティアン)では長男・真太郎を演じた若葉竜也さん、そして真太郎のモデルとなった田部井進也さんと一緒に参加されましたが、現地での反響はいかがでしたか?
阪本監督:サン・セバスティアンは25年前に藤山直美さん主演の『顔』がコンペティション部門に選ばれ、呼んでいただいたのですが、他の映画祭とは違う風景が見えたのです。『顔』のときは、上映が終わって暗くなると観客がみんな出て行ってしまうので「あれ?」と思ったら、映画館を出たところにあるロビーに観客が花道を作って拍手で迎えてくれたのです。
 
今回は外にロビーがない会場だったのですが、また上映後に暗くなったときみんな立ち上がってしまったので出て行ってしまったのかと思ったら、明かりがついたときに360度我々を囲んでくださったんですね。スペインの地元の映画好きのみなさんの変わらない歓迎ぶりで、純粋に伝わったなと思いました。しかもご夫婦で来られている中高年層が多かったので、これは家に帰ったら夫は妻に「ああいう風に(献身的に純子を支えた夫、正明のように)できないの?」とか何か言われるんじゃないかなと(笑)
 
―――確かに、見習ってほしいですね(笑)記者会見では若い観客にも観てもらいたいとおっしゃっていましたが。
阪本監督:上映には中学生ぐらいのグループもおり、上映後に近寄ってきてくれて「よかった」と言ってくれたと思います。この映画には高校生たちも登場しますが、彼らのありようを見て、共感してくれたのではないかと思います。
 

■自分の実体験に置き換えて台本を読み取っていった若葉竜也

―――若葉竜也さんが演じた真太郎は、まさに純子が企画した東北の高校生の富士登山でリーダーを担っていましたね。
阪本監督:若葉さんも映画祭は初めてではないと思いますが、サン・セバスティアンを満喫していましたね。彼が今まで出演した作品では割とナイーブな役が多く、今回のように喜怒哀楽がはっきりとした役は珍しかったそうで、それを喜びとして語ってくれました。また、若葉さんも旅劇団の息子で父親とよく比べられたり、それに反発して劇団を飛び出したりしていたそうで、そういう意味ではモデルとなった田部井進也さんと共通点があるんですよ。だから台本の読み取り方も自分の実体験に置き換えてやったことを、進也さんと現地で語っていましたね。
 

■女性初登頂を果たしたエベレストアタックの撮影秘話

―――青年期の純子が女子登山クラブとどれだけ準備を重ね、現場でトラブルに見舞われながらも、最終的には純子がアタックを託されて女性で世界初のエベレスト登頂を達成するまでを人間模様も含めて綿密に描いている部分で、エベレストへアタックするシーンはどのように撮影したのですか?
阪本監督:富山の室堂という観光客に人気の場所で誰も入ってこないところがあり、そこを延々と登りながら撮影場所を探しました。田部井淳子さんがエベレストの頂上に立った時の写真がありますから、空の抜け方がうまく撮れる場所を探して、純子を演じたのんさんが国旗を持って立った後ろに見える稜線は、田部井さんの写真のとおりにスコップで同じに見えるように形作りましたし、国旗が写真と同じ方向にはためくように送風機で風を送ったりと「実際の写真を使ったのではないか」と間違われるぐらいのクオリティーになるように努力しました。カメラ位置も後ろ側は崖っぷちだったので、簡単に撮れるような場所ではなかったです。
 
CGも若干使いましたが、のんさんにはそれなりに厳しい上りを登っていただきました。4日間のロケのうち4日目が吹雪になったので「これは吹雪の画が撮れるからラッキーだ」と思うしかなかったのですが、撮影サポートで登ってくださっていた田部井進也さんにもアドバイスをいただきながら、青空やどんよりした空、吹雪と一通りの山の風景を撮ることができ、田部井淳子さんが導いてくれたのかなと思いましたね。
 

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■のんは「奔放に生きるさまや自由度が田部井淳子さんに繋がる」

―――雪山の中でのハードなシーンもこなしたのんさんですが、起用の決め手は?
阪本監督:2017年の高崎映画祭で『この世界の片隅に』でホリゾント賞を受賞したのんさんと壇上で初めて顔を合わせ、2回目は2023年にのんさんが『さかなのこ』で日本プロフェッショナル大賞主演女優賞をいただいたときに、僕も賞をいただき壇上でお会いしました。スクリーンの中ではない素の彼女を2回も見たのです。そのときの佇まいや演じていない彼女の記憶が残っていたので、青年期の純子を誰に演じてもらうかと考えたとき、僕の中ではのんさん一択でしたし、吉永さんも「それがいいと思う」と。吉永さんは坂本龍一さんが指導していた東北ユースオーケストラ演奏会に朗読で参加されており、のんさんも参加されたことがあるので僕と同じように素の彼女に触れる機会があったのだそうです。
 
のんさんに対する感触、つまり奔放に生きるさまや自由度が田部井淳子さんに繋がるのではないかと思ったら、純子を演じる吉永さんのデビュー当時と顔も似ているのではないかと段々思い始めて(笑)演じる上では田部井淳子さんの気質を理解することが大事でしたが、それは吉永さんものんさんも理解しておられたので、そこさえ間違えなければ、あとは自分らしく演じてもらえたら青年期からずっと繋がっていくと思っていました。
 

■撮影前の富士登山チャレンジと現場での撮影

―――後半の大きな見せ場は高校生たちを率いての富士登山ですが、撮影はいかがでしたか?
阪本監督:まずは田部井さんが企画し、今も行われている実際の高校生富士登山を頂上から俯瞰した形で撮影しました。あとは撮影用に大学の山岳部などから30人ぐらいのエキストラを募り、毎日2800メートル級の高さまで通ってもらう一方、我々10人ぐらいのスタッフは山小屋に泊まって準備も入れて 5泊しました。僕も監督として、撮影が上手く行っても、全員が安全に山を降りるまではずっと気を揉んでいましたね。
 
―――監督ご自身も富士山は大変だったのでは?
阪本監督:そうですよ。脚本がまだ出来上がる前に、富士山が出てくるということで2年前にガイドを付けてもらって富士登山にチャレンジしたら、8合目で高山病になり常駐しているドクターに頂上アタックはやめた方がいいと言われました。それでも頑張った結果、9合目の途中で引き返すことになり、帰りは何度コケたかわからないぐらいでした。昨年は富士山山頂で撮影しなければいけないという強い意思のもと、すごく時間はかかりましたがやっと頂上まで行けました。
 
テレビでよく富士登山の模様がオンエアされていますが、あれは吉田ルートという距離は長いけれど傾斜は緩やかなルートなんです。僕たちは高校生たちが登るルートである富士宮ルートを登ったのですが、それが一番直線コースで傾斜がキツイんですよ。今まで撮影で崖っぷちとか険しい場所にロケで行ったことは何度もありますが、富士山の上の方は植物限界を超えてがれ場が続く道なので殺風景だし、鳥の鳴き声すら聞こえない。スクワットを1日400回やって臨みましたよ。
 
 
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■夫役を演じた佐藤浩市から届いたメール

―――本当にすごい撮影だったと思います。本作は純子と彼女のチャレンジや闘病を支え続けた夫、正明の夫婦愛も大きな見どころです。
阪本監督:正明は自分がどういう立場で純子を支えてきたのか、そして最後まで支え通すということが(佐藤)浩市さんの中ではっきりしているわけで、あとはお互いの間合いが夫婦の間合いになることですよね。お二人とも大ベテランですから、撮影しながら役を作り上げていくというよりは、役をもらった時点である種の夫婦のイメージは付いていたと思います。正明役が決まったとき、浩市さんから僕にメールで「吉永小百合さんを完璧に僕がサポートするから、大丈夫だ」と。そんなこと今まで言ってきたことがないのに(笑)
ただ、現場ではすごく緊張していたそうです。父の三國連太郎さんと共演経験のある吉永小百合さんと夫婦役で共演するわけですから。
 
―――これで映画がうまくいくと思ったシーンは?
阪本監督:撮影初日に純子が癌を宣告されるシーンを撮ったのですが、診療室から出た純子が正明に「病気になったからといって、病人にならなきゃいけないわけじゃないよね?」と訴えるところですね。正明は病院の先生に渡された癌の容態を記す書類を持ちながら待っており、純子がさきほどの言葉を言った瞬間に演じている浩市さんはさっと後ろにカルテを隠して「ご飯でも行きますか」と言うんです。夫婦のあり方としてうまくいった気がしたし、ああいうことを瞬間に考えてできる浩市さんが素敵だなと思いました。浩市さんは昔から動揺するシーンでの小道具の扱いが上手ですよ。
 

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■吉永小百合と田部井淳子は「おてんば具合や負けず嫌いが似ている」

―――最後に、純子を演じる吉永さんが自然体でとてもエネルギッシュな田部井淳子さんと重なりましたが、この役を演じぬいた吉永さんをどのようにご覧になっていましたか?
阪本監督:田部井淳子さんという方を背負いながら演じているうちに、それが吉永さんの自然体にも見えることがありました。僕は田部井さんにお会いしたことはないけれど、吉永さんのお芝居を見て、もしかしたら田部井さんはこういう方だったのではないかと錯覚を覚えたことが何度もありました。鋼の心臓を持ち、おてんば具合や負けず嫌い、言い訳しない、何者にも染まりたくないというのが一番似ているのではないかと思います。
(江口由美)
 

 
<作品情報>
『てっぺんの向こうにあなたがいる』
(2025年 日本 130分)
出演:吉永小百合、佐藤浩市、天海祐希、のん、木村文乃、若葉竜也、工藤阿須加、茅島みずき
監督:阪本順治
脚本:坂口理子 音楽:安川午朗
原案:田部井淳子「人生、山あり“時々”谷あり」(潮出版社)
2025年10月31日(金)より全国ロードショー
© 2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会
 


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日本映画界史上初、アメリカ・ニューヨークのブロードウェイ舞台を特別撮影し、 日本語字幕付きで映画館でお届けする「松竹ブロードウェイシネマ」。2017年の特別上映の成功を受け、2019 年4月からシリーズ化。そして今回、トニー賞を総なめにした、伝説の傑作ロングラン・ミュージカル3作品を「松竹ブロードウェイシネマ2025秋」として、10月31日(金)より、「エニシング・ゴーズ」を皮切りに全国順次公開致します。


公開を記念して、俳優・城田優さんを、「松竹ブロードウェイシネマ2025秋」の公式アンバサダーに迎え、就任式を開催いたしました。数々のミュージカルにご出演、そしてプロデュースなども手掛ける城田さんに、3作品それぞれの見どころ、そして、本場のブロードウェイミュージカルをスクリーンで観れる魅力などについて熱く語っていただきました! 
 


【公式アンバサダー・城田 優に直撃インタビュー】

Q:公式アンバサダーに選ばれてどうですか?

城田:アンバサダーに選んでいただき光栄です。シンプルに僕としても知らなかった作品に触れることが出来たりとか、実際、 ブロードウェイまで行かないと観れない作品を一足早く、観させていただけることとか、特等席といいますか、個人的に興味があるミュージカルというジャンルの《ご褒美お仕事》というか、自分自身アンバサダーに就任して、お話をするために、(作品を)観るわけですけど、それだけではなく、個人的に自分が楽しみでみられるというところも含めて、有難いお話です、非常に光栄です。 


Q:本場のブロードウェイミュージカルを、映画館で観れることはいかがですか?

城田:ブロードウェイミュージカルを観ようと思うと、特に円安の世知辛い世の中、飛行機代+宿泊代+チケット代など何 十万円という金額がくだらない中で、中には映画館に行くのに手間のかかる方もいらっしゃるかもしれませんが、NY に実際 行って、シアターで実際に観るということに比べたら、雲泥の差があるほど(映画館で本場のミュージカルを楽しむことは) 大変ではない。少しのお時間と、少しのお金を出せば、本場ブロードウェイの中でも数々の賞を受賞したりノミネートされて いたり、高く評価されている作品たちに間近でふれることができる!そいうのは、このプロジェクトの試みならでは。有難いですよね。ミュージカルファンの人達は、きっと拝んでいるじゃないかな。「ありがたや~」と思っていると思いますし、どんどんこの試みを拡げて行っていただいて、ミュージカルの魅力がより多くの方に届けばいいなっと思っています。

日本でミュージカルが映像化がされる時にも言えることですが、(シアターで観劇する場合)、本来だと引きの画といいます か、ずっと定点カメラを観ている感じになりますよね。中にはオペラグラスで補ったり、近い席でご覧になる場合は、幸運なことに役者さんの表情も観ることもできるわけですが、なかなかフォーカスして主人公だったりとか、登場人物たちの表情にフォ ーカスしてお芝居を観ることは難しい中で、このように映画として上映されることで、ディレクターが選んだ映像ではあるけれ ど、やはり大事な部分をしっかりと見逃さないカット割りにもなっていますから、そういった意味でも(映画館でミュージカルを観ることは)ミュージカル初心者にも優しいと思います。今観るべき表情がこれですよってディレクションされている状態ですから、そういった意味でも楽しみやすい、親しみやすいしミュージカル映画になっていると思います。 


Q:城田さんにとってミュージカルとは ?

城田:難しいですね。今回上映される 3 作品も全く毛色が違って、それぞれの魅力があって、色と一緒で、どの色にもその 魅力があって、「その色が好きだ」という人がいれば、「その色はちょっと苦手だ」だという人がいる。でも「自分は何色が好きなんだろう」と見つけられるとても楽しいコンテンツだと思いまして、一口に、今の時代、10 年~20 年前に比べると日本でも ミュージカルが普及したと言いますか、沢山の人が演じられたりとか、海外のミュージカル作品が日本に入ってくる機会もあ り、ふれることが増えてきていると思います。「私はこれが好きだな」とか「無理だなぁ」とか材料が増えていけばいくほど、自分 がどれに魅力を感じるかとか惹かれるかとかが出てくると思うのですが、そういった意味でミュージカルってとても幅が広いので、是非、あまり見たことがない方や、そんなにミュージカルに興味がないって方にも、「まぁそう言わずに、是非一度、エンタ ーテインメントの王様だと言われているミュージカルというジャンルを楽しんで欲しい」。

シアターで観劇するのもいいし、ハード ルが高いと思う人は、今回のように映画館でミュージカルを楽しんで欲しい。ミュージカルはエンターテインメントの中で、とても刺激的で、作品によって全く毛色が違う。僕も好みの物もあれば、これはちょっという物もある。でもそれを見つけるのもま た楽しいですし、とにかくカラフルな世界なので色々な色に触れていただきたいと思うし、心が豊かになるコンテンツだと思いま す。
 


【城田優プロフィール】

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1985 年 12 月 26 日生まれ。東京都出身。 2003 年に俳優デビュー以降、テレビ、映画、舞台、音楽など幅広く活躍。 2016 年にはミュージカル「アップル・ツリー」で演出家デビュー。 さらに、「ファントム」では、演出・主演に加えてもう一役を務めるという異例の三刀 流に挑む。近年の主な出演作に、NHK 連続朝のドラマ小説「カムカムエヴリバデ ィ」(語り手)、Amazon Prime ドラマ「エンジェルフライト~国際霊柩送還士~」、 映画『コンフィデンスマン JP 英雄編』等がある。2026 年には、ミュージカル 「PRETTY WOMAN The Musical」への出演が決定している。

 


 <作品からのお知らせ>

オンラインムビチケ、絶賛発売中!
当日鑑賞料金 3,000 円均一 お得な、オンラインムビチケ単券 2,800 円/オンラインムビチケ 3 作品セット券 8,100 円も!
配給:松竹 ©BroadwayHD/松竹 松竹ブロードウェイシネマ
公式サイト: https://broadwaycinema.jp/

「松竹ブロードウェイシネマ 2025 秋」プレスシート配布詳細
「エニシング・ゴーズ」「インディセント」「タイタニック」が、10 月 31 日(金)を皮切りに、全国順次限定公開すること を記念して、全国の映画館にご来場のお客様へ特典プレゼント配布決定!
映画ライター・よしひろまさみちさんの 映画評論付き、米国ニューヨーク・ブロードウェイ公認、日本限定プレスシートを配布させていただきます!

❑配布日程:上映期間中配布(先着順)*全国1週間限定公開(東劇のみ2週間上映)
❑配布枚数:先着順
❑配布劇場:公式サイトを御確認くださいませ。
松竹ブロードウェイシネマ公式サイト: https://broadwaycinema.jp/



 


<クレジット>

■シーズンタイトル:「松竹ブロードウェイシネマ 2025 秋」
■配給:松竹
■作品コピーライト:©BroadwayHD/松竹
■松竹ブロードウェイシネマ公式サイト: https://broadwaycinema.jp/
■各作品の公開日&タイトル

「エニシング・ゴーズ」10 月 31 日(金)より、「インディセント」11 月 14 日(金)より、 「タイタニック」11 月 28 日(金)より、全国順次公開 


(オフィシャル・レポートより)

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  多様な文化を持つ人々が多く暮らす、カナダ・トロント東部に位置するスカボローを舞台に、カナダの作家キャサリン・エルナンデスが実体験をもとに執筆したデビュー小説『Scarborough』を映画化した『ぼくらの居場所』が、11月7日(金) より新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺、シアター・イメージフォーラム ほか全国順次ロードショーされる。
精神疾患を抱えた父親の暴力から逃げるようにスカボローにやって来たフィリピン人のビン。家族4人でシェルターに暮らす先住民の血を引くシルヴィー。そしてネグレクトされ両親に翻弄され続けるローラ。そんな彼らがソーシャルワーカーのヒナが責任者を務める教育センターで出会い、きずなを育んでいくのだったが…。
 
   様々な支援を必要とする大人たちと、葛藤を抱える親のもとで生きる子どもたち、そしてその親子をサポートする教育センターの責任者。それぞれの苦しみや成長、そして心の交流が豊かに描かれた、注目のカナダ映画だ。
監督でフィリピン生まれ、ナイジェリア育ちのシャシャ・ナカイさん(写真左)、共同監督で撮影、編集を手がけたリッチ・ウィリアムソンさん(写真右)にオンラインでお話をうかがった。
 

 
③Directors Shasha Nakhai and Rich Williamson (Credit.Kenya-Jade Pinto Courtesy of Compy Films).JPG

 

■フィリピンにルーツを持つ人物の描き方が興味深い(シャシャ)

 自分の子ども時代と結び付けられる部分があった(リッチ)

―――原作者キャサリン・エルナンデスさんが映画化企画を持ち込んだとのことですが、キャサリンさん自身についてや原作を執筆した背景を教えてください。また原作“Scarborough(スカボロー)”を読んだとき、一番心を打たれた点、映画化を引き受ける決め手になった点について、教えてください。
シャシャ:キャサリン・エルナンデスさんは実際にホームデイケアセンターで働いていた経験があり、子どもたちが朝やって来る前に、キャサリンさんは早朝から原作小説を執筆していたそうです。そこでの彼女自身の経験や実在の場所、デイケアセンターで出会った人たちから大きなインスピレーションを得て、書いたものだと聞いています。
 最初にキャサリンさんから映画化の話をいただいたとき、わたしたちはドキュメンタリー作家で劇映画を監督した経験はなかったので、正直悩みました。でも逆にドキュメンタリー作家に映画化してほしいというのが、キャサリンさん自身の希望だったのです。わたしが“Scarborough”を読んだときは、従来のカナダ映画では見たことのないストーリーが描かれていると思いました。特にフィリピンにルーツを持つ人物の描き方は今までのカナダ映画にはなかった登場人物なので、とても興味深いと思いました。
 
リッチ:わたしが原作を読んだとき、作品に登場するキャラクターたちにすごく魅了されたことを覚えています。わたし自身もトロントから2時間ほどの、スカボローととてもよく似た地域で生まれ育ったので、読んでいてすごく懐かしく、細かい部分に共感を覚えることも多かったです。そのように自分の子ども時代と結び付けられる部分があったからこそ、このプロジェクトへの依頼を受ける気持ちになれました。
 
 
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■多様性と困難を抱えやすい街、スカボロー

―――リッチさんの生まれ育った街に似ているとのことですが、スカボローについてどのような街なのか具体的に教えてください。
リッチ:スカボローはトロント大都市圏の中に位置している街ですが、公共交通機関を使って都市部に行くには2時間ぐらいかかる、かなりアクセスが悪い場所です。住民は移民の方や有色人種の方もたくさんいらっしゃるし、白人や黒人、フィリピン人コミュニティー、先住民コミュニティーがあります。またインド系の人たちやタミル人のコミュニティーも存在する地域で、多様性のある街だと言えます。たださまざまなサービスにアクセスしづらいことがあり、人々が住みやすいとは言えず困難を抱えやすい街という一面があります。
 
―――本作を撮るにあたり、どのように準備を重ねたのですか?
シャシャ:企画を進めるにあたり、我々やスタッフはスカボローに共感を覚える点はあったものの実際に住んだことがなかったので、原作者のキャサリンさんとできるだけたくさんの時間を過ごすことを心がけました。彼女と一緒にロケハンをし、スカボローに実際に住んでいる人を紹介してもらったのです。原作だけでは、スカボローについて我々が知り得ない部分がどうしてもありますから、映画で描いたときにリアルに見えるように、リサーチをたくさん積み上げました。
 
 

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■スカボロー出身者や先住民コミュニティーからキャスティング

―――本作はキャスティングが特に重要だったと思いますが、子役のキャスティング方法について教えてください。他の出演者も実際に現地に住んでいる方を起用しているのですか?
シャシャ:予算もリソースも限られ、キャスティング担当がいなかったので、自分たちでキャスティングを行いました。この作品はセリフのある役が40名以上登場します。しかもわたしたちは例えば「4歳で自閉症の症状を持つ先住民族の男の子をキャスティングしたい」など非常に限定された人物や、原作に忠実でキャサリンさんのイメージ通りのキャストを探していたため、とても大変でした。学校内の演劇スクールや、フィリピン人のパフォーマンスアートスクール、コメディーシアターなどを廻り、6ヶ月ぐらいかけてキャスティングを行い、結果的にそれぞれのコミュニティー出身の方や主要な役はほとんどスカボロー出身の方を起用することができました。前日に突然出演をキャンセルされたときは、友達に頼んで急遽キャスティングしたこともありました(笑)。でも実際に先住民やフィリピンなどそのコミュニティーの人たちが出演することで、物語がリアルになったと思っています。特に後半、ローラの儀式で登場する先住民の方も、実際に先住民コミュニティーに所属しておられる方に出演いただくことができ、すごく良かったと思っています。
 
―――日本でも子ども食堂や不登校の人たちが通うスクールはありますが、カナダの教育センターは公立で親子の教育支援やフードサービスまで行っているのに驚きました。
シャシャ:教育センターは様々な教育プログラムがミックスされており、教育と識字の力を高めることを主な目的としています。保護者が子どもをきちんとケアできない家族や、保護者自身もきちんとサポートを受けられないような家族にとっての居場所になっていますし、映画で描いたように食事が提供されるのも重要なポイントです。スカボローは十分に行政サービスが受けられる街ではないので、例えば公園も少なく、人々が無料で集まれる場自体が限られているので、教育センターは地域コミュニティーにとっても大事な居場所になっていると思います。
 
 
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■ムスリム女性のヒナは、異なるバックグラウンドを持つ人の象徴

―――教育センターで親子をケアするヒナの視点で、その苦労も描かれていましたが、ヒナをイスラームのインド系女性に設定した理由は? 
シャシャ:ヒナをムスリム女性に設定したのは原作者、キャサリンの選択です。彼女が知る様々な人を想定して作り上げており、ヒナがムスリム女性かつスカボロー出身者ではないというところも大きなポイントです。ヒナにとって、教育センターで多様な親子とコミュニケーションを取りながらケアをしていくことは、いろいろな困難が伴います。ヒナがヒジャブを被っていることを見せることができたのは映画ならではですし、異なるバックグラウンドを持つ人が差別的になるのと同時に、共通点を見出すことをできることを描けて良かったと思います。
 
―――差別的という点ではヒナの上司、ジェーンから思わぬ指摘を受けるシーンもありますね。
シャシャ:(白人の)ジェーンは、ヒナがヒジャブを着ているという理由だけで彼女がインド系の文化イベントに参加しているとか、そうしたイベントに参加していたヒジャブ着用の女性がヒナかもしれないと一方的に決めつけている節があります。その偏った視点を示すために、ヒナがジェーンに注意されるシーンを描きました。
 
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―――親の精神状態が不安定なため、完全に自分の世界に入ってなんとか生きている子どもは世界中にいると思いますが、ローラと父の描写で心がけたことは?
シャシャ:ローラの父、コリーの描写については、たくさんの方にリサーチを重ねました。ローラの母についても薬物中毒の人がどのような見た目や振る舞いをするのかを調べましたし、コリーは性格的に差別主義者の一面があるので、そういう人がどのような雰囲気なのかも映画で表現しました。原作ではコリーの考えていることが細かく描写されているのですが、映画ではいかに見た目で表すかを考えました。コリーは原作と異なる振る舞いや行動をするところや暴力的なシーンもありましたが、演じたコナー・ケイシーさんを俳優としてすごく信用していたので、現場でいろいろと付け加えながら演技してもらいました。
 

 

■原作者が描きたかった“現実と希望”

―――フィリピン人で自身のジェンダーについて悩むビンと、そんな息子をあたたかく見守る母の姿が印象的でしたが、カナダでこのような子どもが描かれることの意義について教えてください。
シャシャ:やはりフィリピンはカトリックの人が多く、進歩的ではないのでクィアカルチャーに対してオープンであるとは言えません。だからビンと母のエドナの関係性はとても理想的だと思います。ただ、この映画のラストシーンで泣いてくださる観客がたくさんいたので、みなさんには希望のように映っているのではないかと思いますし、この親子のシーンこそ原作者、キャサリンが描きたかったことなのではないでしょうか。
 
 

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リッチ:キャサリンは現実を描く作家ですが、同時に夢や希望を描いていると思います。
(江口由美)
 

『ぼくらの居場所』“Scarborough”
2021年 カナダ 138分 
監督:シャシャ・ナカイ、リッチ・ウィリアムソン
出演:リアム・ディアス、エッセンス・フォックス、アンナ・クレア・ベイテル 他
2025年11月7日(金) より新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺、シアター・イメージフォーラム ほか全国順次ロードショー
© 2021 2647287 Ontario Inc. for Compy Films Inc.
 
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  『ある役者達の風景』の沖正人監督が生まれ故郷を舞台に、もう若いと言えない人生半ばの同級生たちの人間模様を描く『やがて海になる』が、2025年10月24日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、11月14日(金)よりテアトル梅田、アップリンク京都にて公開される。
 三浦貴大が父親への負い目から島から出ることができず、好きな女性にも気持ちをストレートに伝えられない不器用な修司を、武田航平が亡くなった母への想いを胸に秘めながら映画を撮るために島に戻った幼馴染で映画監督の和也を、宝塚歌劇団雪組出身の咲妃みゆが二人に愛される幸恵役を好演している。本作の沖正人監督にお話を伺った。
 
 
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■映画の世界が眩しかった子ども時代とミヤコ蝶々先生から学んだこと

――――故郷の江田島で映画を撮られ、劇中劇では高校時代の思い出のシーンがありましたが、沖監督は高校時代どんな夢を抱いていたのですか?
沖:地元には娯楽がありませんし、両親が共働きでしたから、小さい頃から映画を観て育ちました。映画の世界に行きたいなら、島にいては無理だと当時から思っていましたし、本当は高校すら行かずに、早く映画の世界に行きたいとまで思っていました。とにかくその世界が眩しかったんですね。
 
――――最初は俳優として活動されていたそうですね。
沖:高校卒業したばかりで、監督業について座学で学んだわけでもありませんから、とにかく1本映画を撮るまでは「監督」という言葉を封印しておこうと思っていました。おかげさまでミヤコ蝶々先生に声をかけていただき、大阪のミヤコ蝶々一座で3年ほどお世話になりました。
 
――――いきなり舞台出演をすることになったんですね。
沖:初出演は京都南座でしたね。自分の中では東映太秦に行き、映画の世界に入っていくという人生プランを描いていたのですが、気がつけば松竹で喜劇をやっていたんですよ。おかげで演出や台本の書き方のイロハは蝶々先生を見て学んだところがあります。だからわたしのルーツはミヤコ蝶々なんです。18歳から3年間お世話になりました。
 
――――そこからは映画の方へと舵を切ったのですか?
沖:やはり映画製作は東京に行かないと難しいと思い、宛てはありませんでしたが上京し、まずはいろいろな舞台や映像のオーディションを受けながら、落ちながら、さまざまなつながりが生まれました。またシナリオ作家協会にも出入りをするようになり、そこでさまざまな監督とも知り合うようになったのです。監督をする前はプロデューサーをやりました。そのときは、葉山陽一郎監督から低予算映画を作るので、体育教師役で出演依頼をされたのですが、どう考えても僕じゃないと思い、もっとふさわしい俳優を紹介したんですよ。葉山さんは、売れていない俳優が自身よりも売れていない俳優に役を渡すとは、なんて信用できるやつなんだと思って下さって。
 
――――作品全体のことを考えられるということですね。
沖:作品ファーストと言いますか、自分がこの作品に関わらない方がいいと感じたら引くことができるというのは、そちらの方が信頼関係が築けると思うのです。他の人に任せるということも作品にとっては大事なときがありますね。「やっておけばよかった」と苦しむこともありますが、長くこの世界でやっていると「僕じゃないな」という感覚が合ってくる。面白いものになるという自信があるものでなければ、全部は引き受けないようにしていますね。
 
――――上京した映画監督が故郷に戻って映画を撮るというストーリーは監督自身の体験を反映していると思いますが、いつからやりたいと思っていたのですか?
沖:18歳から芸能や映像関係の仕事をする中で、この作品を作るまでは一度もそんなことを思ったことがなかったのです。すでに出てしまった者からすれば、故郷は盆や正月に帰るところだという意識がありました。ですから故郷で自分が仕事をしているところを見せることに対して、抵抗や気恥ずかしさがあったのです。でも8年前に母が亡くなり、既に父も亡くなっていましたから、当たり前にあった帰る場所がなくなってしまった。それを考えたとき、自分にとっての故郷が墓参りのためだけに帰るという現実を突きつけられ、急に故郷への心の距離が遠くなってしまったように感じたのです。そこで映画人として故郷に帰るなら、映画で自分の思い出を描いてみよう。そうすることによって、まだ故郷と繋がっていられるんじゃないかと思った。それがきっかけですね。
 
 
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■脚本に鈴木太一さんが参加し「キャラクターに命やパワーが宿った」

――――本作ではカメオ出演もされている鈴木太一さん(『みんな笑え』)が共同脚本になるのでしょうか?
沖:最初は全て自分で脚本を書くのと並行して、プロデューサーと地元の方々に協賛を募る活動も行なっていました。地元が舞台ということで色々なご意見をいただいたり、これは描かないでというお声もあったりするうちに、200以上の協賛をいただけることになり、まだワンカットも撮っていないのにテレビで取り上げられたり、さらに多くのご意見をいただくうちに、だんだん自分が何をかけばいいのかを見失い、この脚本が面白いのか、綺麗事ばかりではないかと悩んでしまった時期がありました。鈴木さんは昔から飲み友達で、僕が脚本を書いているのを遠くから見ていたので、江田島と何のゆかりもなく、プレッシャーのない状態で物語を読んでくれる彼が自由に一度止まってしまったものを掻き回してくれるのではないかと思い、途中から脚本に入ってもらいました。あらすじは変わっていませんが、キャラクターに命やパワーが宿った気がします。特に修司のキャラクターにはしっかりと鈴木さんのエキスが入っていると思いますよ。
 
――――一方、武田航平さんが演じた映画監督の和也は悩み多き感じがしますが。
沖:全体的には一緒に書いていますが、僕の要素が色濃く出たのかもしれません。また田舎ですからいいことも悪いことも噂が広がっていくもので、離婚したとか、今誰と付き合っているとか、住んでいないけれど母親の顔だけ見に帰ってくるという人が割と多かったので、咲妃みゆさんが演じた幸恵の物語はリアルではありましたね。
 
――――どのキャラクターも非常に役とマッチしていましたね。
沖:脚本を書く中で三浦さんのようなイメージを漠然と持っていましたが、制作プロダクションKAZUMO代表で、脚本づくりに寄り添ってくれた齋藤寛朗さんから三浦貴大さんがこの脚本に興味を持ってくれているしどうかと提案をいただき、こちらとしてはぜひと出演をお願いしました。最初に三浦さんのキャスティングが決まった時点で、僕の中でもこれはちょっといけるかもと思いました。
 
――――修司は三浦さんが演じたからこそ、ダメな中にも愛嬌が見えました。
沖:三浦さんだからこそ、言ってもあざとく聞こえないセリフが結構ありましたし、三浦さんでなければどうなっていたかとゾッとするようなシーンがいくつかありました。きっと「もっとしっかりしろよ」と言いたくなるのでしょう。
 
 
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■修司、和也、幸恵の3人の海への想いがそれぞれ違う

――――死のうかと思いながら修司が海の上でプカーンと浮かんでいるシーンが好きなのですが、監督ご自身の体験ですか?
沖:海に行くことは日常でしたので、浮かびながら考えごとをしていたことはあるかもしれません。瀬戸内の海は本当に穏やかで波もあまりありませんし、島で暮らしていたころは、家の目の前が海でしたから海は当たり前にあるものでした。映画の中の3人で意識したのは、呉から江田島へ行くのにわざわざ船に乗って行く和也、海辺で暮らしている修司、海に背を向けて生きる幸恵と3人の海への想いがそれぞれ違っているところなんです。
 
――――監督をモデルにしたキャラクターである和也に武田航平さんを起用した経緯は?
沖:修司役で三浦さんが決まったときにバランスが合う人がいいなと思ったのと、普段からカメラを持っているような、クリエイターの匂いが武田さんには感じられたのです。こういう人が映画を撮ってもいいんじゃないかと感じたし、洗練されているイメージが役に合うと思いました。武田さんは普段からもキラキラしているので。
 
――――故郷の島で和也が初監督作を撮るシーンでは、渡辺哲さんが演じるベテランの撮影監督が悩める和也にゲキを飛ばしますね。これも監督の経験からですか?
沖:僕はベテランの撮影監督にお願いすることが多いです。まだ映画はわからないことは多いですから、僕のような助監督経験のない監督は、カメラの世界で食べてきた撮影監督に学ばなくてはいけない。ですから最初から、わからないことばかりなので学ばせてほしいとお伝えしています。年齢関係なく、才能ある方とはご一緒したいですね。
 
 
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■違和感の連続があっていい

――――映画の中でさまざまな思い出が劇中劇と重なる構成になっており、映画に対する監督の想いも感じたのですが。
沖:ここからが回想シーン、ここからが現代の物語というやり方はしたくなかったんです。映画の中でちょっとした違和感の連続があっていいと思いますし、僕はそういう映画が好きで、一つ一つを理解するというより、感じてほしいという気持ちがありました。だからできるだけ、説明を少なくしています。
 
――――和也の亡き母を占部房子さんが演じています。短いシーンですが印象に残りますね。
沖:あのシーンは撮影していて辛かったですね。僕の母が言った言葉をリアルにセリフとして書いているんですよ。当時を思い出してしまって、陰で泣いていましたね。母が亡くなる3ヶ月前から、毎週見舞いに帰っていました。それはお金も時間もかかることなので、母がそれを気にかけてくれたのだと思います。死後も墓参りのために帰ることを考えたんでしょうね。そのためだけに帰ってこなくていいよという気持ちで言ってくれた言葉だと思っています。
 
――――監督の演出に対して、助監督が必死に止めようとする姿を見て、助監督って大変だなと思いました。
沖:助監督役も難しいと思います。現場を回すため、監督に言うべきことは言わなくてはいけないし、でもどこかで監督のことを尊敬している部分を忘れないようにしてほしいと、演じた緒形敦さんには伝えていました。
 

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■生活のリズムや雰囲気をリアルに描く

――――広島では先行公開されているとのことですが、反響はいかがですか?
沖:8月29日から先行上映をしていますが、呉ポポロシアターや八丁座などで延長上映が続いています。ご当地映画は地元だけで盛り上がりがちですが、ここまで盛り上がりが続くと、東京でも話題になっているようです。方言も含めてリアルに撮ったつもりですので、地元の方が違和感なく応援できるとおっしゃっていただき、支えられていると感じますし、大きな手応えを感じました。やはり広島が舞台となると、原爆ドームや平和記念公園で撮影したり任侠映画や戦争映画が多く作られてきたという背景があります。その中で特に呉と江田島だけで、海沿いに暮らす静かな物語を、生活のリズムや雰囲気をリアルに描いたという点で、お客さまからは「見たことのない広島映画」と言ってもらえますね。
 
――――ありがとうございました。最後にメッセージをお願いいたします。
沖:実は最後に咲妃みゆさんが演じる同級生の幸恵が登場するシーンは、大阪の海遊館の近くで撮影しました。僕が以前その近くに住んでいたこともありましたので、どうしても最後に大阪を入れたかったのです。自分の中でどこか大阪に繋がっていたいという思いがありますし、今まで生きてきた中で大阪にいた3年間が一番楽しかった。僕の監督としてのルーツは大阪にあると思っているので、そういう場所である梅田で自分の撮った映画が公開されるのは嬉しいですし、舞台挨拶をしたり、大阪でお世話になった方々への挨拶回りをするのが楽しみで仕方ないです。
(江口由美)
 

<作品情報>
『やがて海になる』(2024年 日本 90分)
脚本・監督:沖正人 
出演:三浦貴大 武田航平 咲妃みゆ
山口智恵 緒形敦 柳憂怜 ドロンズ石本 武田幸三 高山璃子 市村優汰 後藤陽向 川口真奈
占部房子 白川和子 大谷亮介 渡辺哲 
2025年10月24日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、11月14日(金)よりテアトル梅田、アップリンク京都にて公開
(C)ABILITY
 
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  貧困や児童虐待が増加の一途を辿る日本で社会問題となっている闇ビジネスをから抜け出そうとする男たちを描き、2018年に第⼆回⼤藪春彦新⼈賞を受賞した⻄尾潤の原作を、永⽥琴監督(「連続ドラマW 東野圭吾」シリーズ)が映画化した『愚か者の⾝分』が、10月24日よりTOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズ二条、OSシネマズミント神戸ほか全国ロードショーほか全国ロードショーされる。
 
 犯罪組織の⼿先となり⼾籍売買を⾏うタクヤを演じるのは、NHK連続テレビ⼩説「あんぱん」で漫画家やなせたかしの半生を見事に演じ、映画やバンド活動でその才能を発揮している北村匠海。タクヤを心から慕う弟分マモルを、空音央監督の『HAPPYEND』や今年の大阪アジアン映画祭で芳泉短編賞スペシャル・メンションを受賞した『ブルー・アンバー』など話題作への出演が相次ぐ林裕太が、タクヤを犯罪の道に誘った兄貴分で運び屋の梶谷を、日本映画界に欠かせない存在となった綾野剛が演じている。
10月に開催された第30回釜山映画祭(BIFF)のコンペティション部門で、北村匠海、林裕太、綾野剛が3人で最優秀俳優賞を受賞し、魂の演技がアジア一の映画祭と言われるBIFFで高く評価された必見作だ。
  本作の永田琴監督とマモル役の林裕太さんに、お話を伺った。
 
――――釜山国際映画祭で北村匠海さん、綾野剛さんと3人で最優秀俳優賞を受賞されましたね。おめでとうございます。受賞の感想をまずは教えていただけますか?
林:本当に嬉しい気持ちでいっぱいです。3人で受賞できたというのは作品が審査員のみなさんに愛されたからこそだと思いますので、その粋な計らいに感動しました。
 
永⽥監督:正直びっくりしました。異例の3人同時受賞ということで本当に嬉しくて涙が出ました。現地ではみなさんが「コンペティション部門だね。おめでとう」と声をかけてくださり、映画祭ではコンペティション部門として上映されることがリスペクトに値することなのだと肌で感じたことも嬉しかったですね。
 
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■原作で惹かれたテンポの良いサスペンス性や残虐性と若者の貧困を合わせながら脚本に(永⽥監督)

――――原作で魅力を感じた点や、脚本化にあたりリサーチを加えた点、新たな要素として脚本に加えた点、本作で一番描きたかった点について教えてください。
永⽥監督:原作の魅力は、まずタクヤとマモルの青春感です。そこから繰り広げられるサスペンスや残虐な描写も決して暗くはなく、とても勢いよく描かれています。原作者の⻄尾潤さんが描くテンポの良いサスペンス性や残虐性は、わたしが持っていない部分なので本当に面白いと思いました。
 
もともと私は若者の貧困や、親が貧困だったら自分もそういう状況に陥らざるをえない貧困の遺伝、そこから抜け出すために犯罪に走るしかない若者たちに光を当てた作品を作りたいと思っていたところ、西尾さんの原作に出会いました。そこで両方を合わせながら脚本作りをしていったのですが、実はタクヤとマモルの出会いも原作とは違うんですよ。
 
――――タクヤとマモルの出会いというのは、ふたりの背景を知る上で、とても大事な部分ですね。
永⽥監督:映画ではタクヤとマモルがシェアハウスで出会う設定にしました。ただシェアハウスとは名ばかりで6畳間や8畳間に二段ベッドが4台ほど置かれていて、各自の専用スペースはベッドの上しかない状態なのです。だけど実際にそこで住んでいる若者は快適だと言うのです。「快適」の図式が自分とは全く違うことが私にとってはショックでしたが、そこで繰り広げられる小さなオアシスがあるのだろうと思ったし、そういう実態も映画で描いていきたい部分でした。
 
 

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■人に対する不信感を嫌味なく出せる演技ができるのは強み(永⽥監督)

――――今回、オーディションでマモル役に選ばれた林さんの魅力やマモル役に求めていたことについて教えてください。
永⽥監督:映画をご覧いただければ、歴然とそこに全てが集約できていると思います。実際にオーディションで初めて林さんとお会いしたとき、マモルの生い立ちや彼の置かれている状況を、脚本を通して読み解くレベルが非常に高かった。お芝居でも、マモルが簡単に人を信頼しない目線を林さんから感じることができたのです。そういう繊細な演技は、やろうと思っても簡単に引き出せるものではありません。人に対する不信感みたいなものを嫌味なく表現できるのは彼の強みだと思いました。
 
――――林さんは脚本でマモルという人物を読み解いた上で、演じるにあたりどんな準備をしたのですか?
林:映画の中でマモルの背景について口で説明するところは少しありますが、きちんと描かれるわけではありません。だからこそマモルのちょっとした動きや話し方に彼の背景が出るし、そういう背景を本当に緻密に考えていかなければ、お芝居には出てこないと思うのです。だから脚本をもう一度読み込み、マモルがタクヤと出会うまではどのような経緯で一人になっていったのか、両親が亡くなった後に兄たちからどんな暴力を受けていたのか、ご飯はどうしていたのかなどを脚本に合うような形で考えていきました。
 
さらにタクヤと出会ってからどんなことをしたのかを考え、そこから生まれたマモルの性格を徐々に身体に馴染ませ、マモル独特の身体の動きや話し方に落とし込むという作業をやっていきました。あとは現場で実際に演じてみて身体に馴染んでいくものが大きかったですし、特にタクヤとの関係性については(タクヤ役の)匠海くんと一緒にいる時間があってこそできるものがあったので、そこは大切にしていきました。
 

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■綾野さんと匠海くんは僕のお芝居のスタンスをずっと肯定してくれた(林)

――――なるほど、相当緻密な準備を重ねて撮影に挑んだのですね?
林:最初はマモルの背景を考えすぎて身体が硬くなってしまい、なかなか上手くいかないことも多かったのですが、監督と何回も話をしながら、もっと軽やかになることを意識することで徐々に良くなっていきました。また、匠海くんや(梶⾕役の)綾野さんからは、こうした方がいいというアドバイスみたいなものは受けなかったのですが、一緒に楽しもうということをそれぞれが背中で語ってくれていましたし、僕のやろうとしているお芝居のスタンスをずっと肯定してくれていた。それは僕にとってすごく助かりましたし、現場にいやすい環境を作ってくれたのはありがたかったですね。
 
永⽥監督:林さんと綾野さんは一緒にお芝居をするシーンはなく、本読みの後はポスター用のスチールを撮るときに会うぐらいだったのですが、綾野さんが林さんのことを「自分の若いときみたい。目元が似ている」とすごく気に入ってくれて、「俺ら、絶対また一緒に(芝居を)やろう」と声がけもされていたんですよ。
 

■阪神淡路大震災で実感した「生き残ったということは、生きるしかない」(永田監督)

――――それは嬉しいですね。永田監督は林さんにどんなアドバイスをされていたのですか?
林:あるシーンがどうしてもうまく演じられず、すごく時間がかかってしまったことがありました。監督と何度も話をしながら最終的にはうまくいったのですが、そのときは僕の感情に寄り添って監督が一緒に話してくれたことに助けられました。橋の上のシーンでは最後までどのように芝居するのかが決まっていなかったので、今まで積み重ねてきたものを含めてどうするかを監督とずっと話し合いました。
 
永⽥監督:「今までマモルを演じてどういう感じだった?」と切り出し、橋の上でマモルが死を選ぶかどうかの話もしたのですが、死を選ぶという選択をチラリと見せてもいいけれど、結局死ねないということをやりたいねと。私も阪神淡路大震災を経験し、周りで大勢の人が亡くなる中、自分は生き残った人なのだと思った経験があり、「生き残ったということは、生きるしかない」という話をしたら、林さんは「生きるしかない、という意味がわかりました」と掴んでくれました。みんなどこへ行ったかわからない中、マモルが一人だけお金を持たされ、「欲しいものはお金じゃない」と気づく。一方で寂しかろうが生きるしかないというある種のアンハッピーエンドな選択肢にたどり着いてほしかったのです。
 
――――背景を考えて身体に馴染ませた上で、実際に現場でマモル役を演じてみて、マモルという人物について思うことは?
林:すごく「今を生きている男」だなと思いました。瞬間瞬間を生きている。僕のことを言えば、今この瞬間を楽しむとか、苦しいと思うことは難しいです。人は常に過去や未来のことを考えながら生きてしまうし、今を生きることができていないのではないかと思ってしまう。一方、マモルは今を生きているし、タクヤからもらった愛情をシンプルに受け取れる。タクヤが大好きだからいなくなったときに、ただただ悲しいと思う。そういうシンプルさがあるからこそ、梶⾕とタクヤのふたりから未来を託されるし、そういう力がある人なのだと思います。
 
 
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■マモル、タクヤ、梶谷が繋がっていることを再確認する食事シーン(林)

――――スリリングな展開が続く本作で2回登場する手作りのアジの煮付けを食べるシーンは、隠していた心情が浮かび上がり、温かくもどこかしんみりしますね。
林:食事をするのは生を繋げることに直結するので、僕は「いっぱい食べろ」とか「飯いくぞ」と言われて食べさせてもらうことは、生きろと言われているような気がするのです。その瞬間はたわいがなくとても日常的な空間である一方、すごく大切な瞬間でもあるという両方兼ね備えた状況だと思うので、タクヤとマモルがふたりで食べるシーンを大事に作りたかったですし、タクヤと梶谷のアジの煮付けを食べるシーンを見ても改めてそう思いました。
 
また、タクヤと梶谷、マモルとタクヤという2組は、他のシーンでは全然質感が違うのに、食事のシーンだけ同じように見える。映画を観て、そういうふうに3人が繋がっていることを再確認しました。
 
永⽥監督:ふたりの関係性がそれぞれ深掘りされていくシーンなのですが、実は後ろに野球部や吹奏楽の音が聞こえていて、タクヤとマモルが普通に学校に通っていたら、そちらの世界だったかもしれないという対比を目立たないように入れています。温かく、それでいて寂しいというふたりの境遇が浮かび上がるようなシーンになっています。いずれも小さな家族の美しい時間にしたかったのです。
 

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■マモルを演じることで「誰かの力によって命が成り立っていることを、改めて知ることができた」(林)

――――「梶⾕とタクヤのふたりから託される」というお話がありましたが、託される立場のマモルを演じてみていかがでしたか?
林:最初、マモルは「生きていればそれでいい」というスタンスでしたが、タクヤと出会うことで「こんなに楽しく生きていていいんだ」と思えるようになります。タクヤを失う一方で自分の命を彼が繋いでくれたとわかったとき、これから一人でどうしていくのか突きつけられる。そんなマモルを実際に演じると、命を投げ出すという選択肢はどうしても浮かんでしまうのです。でも近くに支えたり優しくしてくれる人がいるなら、それだけでも生きる意味になると僕は思うし、誰かの力によって命が成り立っているということを改めて知ることができた役でした。
 
――――ありがとうございました。他に永田監督が特に注目してほしいポイントは?
永⽥監督:こだわりが沢山あるのですが、タクヤとマモルの指示役である佐藤(嶺豪⼀)の指に彫られたタトゥーも、こだわりの一つです。人差し指に“母”、中指に“人生”と彫っています。こんな非道な男でも母には叶わない(笑)。そんな佐藤にもぜひ注目してください。
 (江口由美)
 

<作品情報>
『愚か者の⾝分』(2025年 日本 131分)
監督:永⽥琴 
原作:⻄尾潤「愚か者の⾝分」(徳間文庫) 
出演:北村匠海/林裕太 ⼭下美⽉ ⽮本悠⾺ ⽊南晴夏 ⽥邊和也 嶺豪⼀ 加治将樹 松浦祐也/綾野剛
2025年10月24日(金)よりTOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、 TOHOシネマズ二条、Tジョイ京都、OSシネマズミント神戸、TOHOシネマズ西宮OSほか全国ロードショー
公式サイト→https://orokamono-movie.jp/
©2025 映画「愚か者の⾝分」製作委員会
 
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 歌舞伎町を舞台に、擬人化焼肉漫画「ミート・イズ・マイン」をこよなく愛するも自分のことは好きになれない27歳の主人公の新たな世界との出会いを描いた金原ひとみの原作小説を松居大悟監督(『くれなずめ』『ちょっと思い出しただけ』)が映画化した『ミーツ・ザ・ワールド』が、10月24日よりT・ジョイ梅田、なんばパークスシネマ、kino cinema 神戸国際、T・ジョイ京都ほか全国ロードショーされる。
主人公の由嘉里を演じるのは、主演作が続く若手実力派俳優、杉咲花。由嘉里が歌舞伎町で出会った希死念慮を抱えた美しいキャバ嬢・ライにはオーディションで抜擢された南琴奈が扮している。さらに不特定多数から愛されたい既婚者のホスト・アサヒをTVや映画の話題作への出演が続く板垣李光人が演じているのも見逃せない。自分の価値観の枠を外すことで、見える世界が変わってくる。ライやアサヒらとの出会いを経て、自分を見つめ直す由嘉里と共に、残酷さと優しさに満ちた世界へ手を伸ばしたくなる作品だ。本作の松居大悟監督に、お話を伺った。
 

 
――――金原ひとみさんの原作「ミーツ・ザ・ワールド」を読まれた時、一番魅力を感じた点は?
松居:全体的に、由嘉里というキャラクターを通してライを見つめている所です。生きることに執着のないライに対し、由嘉里はライを死なせたくなくて『ライさんの死にたみ半減プロジェクト』を立ち上げ、一生懸命助けようとする所に、今までの金原ひとみさんの作品にはない優しい目線を感じました。そこからいろいろな展開があるのですが、入り口がすごく自分の中でしっくりときて、ライを助けたいという由嘉里と同じ想いを抱きながら読んでいました。その後のブーメランのような展開も含め、やりたいと思ったのです。
 
特に好きなのは後半のパーティーで床がツルツル滑るからと、由嘉里たちがそこでシューッと滑って遊んでいる愛しいシーンです。本を読んでいてこれだけ満たされるなら、映画にしたらきっととてもいいシーンになるだろうと思いましたし、僕の中でも心に残っているシーンです。
 
 
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■信頼を寄せる杉咲花は「人間として地に足がつき、ずっと芝居と作品のことを考えている」

――――舞台挨拶では「杉咲さんを由嘉里に当てはめて原作を読んでいた」とおっしゃっていましたが、杉咲さんの魅力は?
松居:杉咲さんはテレビや映画にも多数出演されていて、とても遠い存在なのに、すごく人間として地に足がついて、丁寧に生活していることが伝わってきます。芸能人らしくないというか、小さなことに喜んだり落ち込んだりする様子も見てきましたし、知り合ってからの10年ぐらいで本当に有名になったのに、彼女自身は変わらずにずっと芝居のことと作品のことを考えている。そして優しいです。そういうところが表現者として魅力的だと思いますし、いつか作品でご一緒したいと思っていました。
 
――――杉咲さんは台本段階から加わっていたそうですが、「作品のことをずっと考えている」という点と重なりますね。
松居:杉咲さんは原作や台本を何度も読まれ、まずはこの台本になった経緯を知りたいということで、原作では心理描写が多いので、どのようにそれをセリフに落とし込んだかや、早めにアサヒたちと出会うために構成を少し変えたことなどを伝えました。また台本を作る中で無意識にこぼれ落ちてしまっていた原作のエッセンスについて、なぜそれを落としたのかという指摘や、このシーンはどうやって生まれたのかとの質問もありました。
 
また杉咲さんから、原作で涙した由嘉里のセリフを台本に入れられないかと言っていただき、由嘉里を演じる本人がそう言うなら、映画でもいいセリフになるだろうと思い、台本に加えたケースもありました。本当に台本を読み込んでおられ、シーン1から全てを確認していく感じでしたね。
 

■歌舞伎町は誰も干渉しない、どんな考え方でも受け入れてくれる町

――――歌舞伎町が舞台の作品ですが、実際に歌舞伎町にこだわって撮影した今、歌舞伎町という街をどのように捉えておられますか?
松居:映画を撮影した今思うのは、歌舞伎町はどんな人も受け入れてくれる、許してくれる場所ではないでしょうか。酔っ払いもいれば、寝ている人も、大声を出している人も、ちょっと怪しげな人もいる。僕は福岡出身ですが、道で寝ている人がいれば周りが声をかけるし、ちょっと特殊な人がいればその人が特殊であることを指摘するというイメージがあります。歌舞伎町はどんな人が何をしていても、誰も干渉しない。どんな考え方でも受け入れてくれる町なのかもしれないと思いました。
 
――――なるほど、だから今の生活に居場所のなさを感じていた由嘉里が歌舞伎町でさまざまな人生と出会い、彼女もここにいていいという実感を持てたのですね。
松居:由嘉里は27歳だから婚活しなくてはと思っていたけれど、歌舞伎町でライをはじめさまざまな人と出会うことで、いろいろな考え方があるから感じたままでいいんだと気づくわけです。この町はこういう場所だからこうしなくてはというプレッシャーがないんです。
 
 
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■自分たちの常識を横に置き、南琴奈やスタッフとライのキャラクターを話し合う

――――歌舞伎町で酔い潰れていた由嘉里に手を差し伸べ、部屋に連れてきたキャバ嬢のライは人生を達観していて、どこかミステリアスなキャラクターです。そして由嘉里を変えていく存在ですが、演じた南琴奈さんとどのように役を作り上げていったのですか?
松居:セリフを言葉にしたときの雰囲気は、南さんがやってくれるならと安心していましたが、ライのキャラクターについては南さんや美術、衣装スタッフと何度も話し合いました。由嘉里が訪れたライの部屋は足の踏み場がないぐらい散らかっていましたが、散らかそうとしているのではなくその状態が落ち着く人なのではないか。ごちゃごちゃと物が多くても、キレイに収納しなくてはいけないとか片付けなくてはいけないという価値観はない。それは食べたまま放置されていることにもつながります。
 
自分たちの常識を一旦横に置いて、ライのキャラクターを考えていくうちに、少しずつ彼女の行動原理が掴めてきました。洗濯はしているので不潔というわけではないし、他人への配慮や由嘉里への関心もある。人間嫌いというわけでもないし、何かを憎んでいるわけでもない。本当に属性が違う人なのだということが、ライの部屋を作ったり、衣装を考えたり、南さんがお芝居をしていくうちに見えてきたことです。
 
――――ライが着ていたVAN HALENのライブTシャツを由嘉里が着ているのも印象的でした。二人とも着ていたのが大阪でしたし。
松居:今回スタイリストで入っていただいた山本マナさんは、日頃はアーティストやモデルのスタイリングをされており、映画のお仕事が初めての方です。山本さんが思うライは、キレイに見せるというのではない価値観で生きている人で、元恋人の鵠沼と暮らしていたときの服がまだ残っているという設定で、VAN HALENのTシャツも用意していただきました。着用したときのクタッとした感じもいいですよね。
 

■劇中漫画「ミート・イズ・マイン」の脚本秘話

――――由嘉里が熱愛する擬人化焼肉漫画「ミート・イズ・マイン」の各種グッズや劇中劇をはじめ、由嘉里のリアルな推し活を体感できるのも魅力ですが、松居監督自ら「ミート・イズ・マイン」の脚本も書かれたそうですね?
松居:焼肉を擬人化したキャラクターで学園もののアニメ、そして何も起きない系なのですが、その中の目立たないキャラクター二人が由嘉里の中で気になっているんです。その二人のキャラクターがちょっとボーイズラブ的な雰囲気になっていく妄想を由嘉里はしていくのですが、作るとだんだん愛着が湧いてきて、どんどんキャラクターが育っていきましたね。
 
 
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■板垣李光人がアサヒを演じてくれたことで救いになった

――――板垣李光人さんが演じるアサヒは、この映画の中で自身のしんどさは表に出さず、光を放つ存在でした。
松居:僕はもっと柔らかい感じのアサヒになると思っていたのですが、板垣さんが台本を読み込み、自らホストの方を取材して、考えて実践してくれたと思うんです。アサヒがグイグイくるから物語が動き出すし、由嘉里とライも動き出すところもある。きっとアサヒも由嘉里のように、死にたいと願うライのことをなんとかしたいと思ったことがあるのでしょうが、それを経て由嘉里とライと一緒にいるわけで、板垣さんがアサヒを演じてくれたことで救いになりました。
 
――――相手の幸せを思っての行動や言動が、逆に相手を苦しめることもあると映し出している作品でもありますね。
松居:由嘉里は確執を抱えた母とのやりとりで、自分がライの幸せを思ってやっていることが逆に相手を苦しめているかもしれないと気づくという残酷さもありながら、一方でそうだよなと納得する感覚もあります。
 
――――この映画を撮ったことで、監督ご自身にとっての「ミーツ・ザ・ワールド」は何かありましたか?
松居:なんとなくですが、物語というのは起承転結や目指すべきゴール、主人公の成長など何かしらがあって組み立てられるものだと思っていて。でも本作を撮ることで、物語のための展開というより、みんなが生きているからこうするんだという連なりが最終的に一つの映画になり、それで十分いいと思えたというか。物語のための物語ではなく、人のための物語があるんだなと実感しました。
 
 
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■映画と演劇、双方のいいところや特色を感じて反映することも

――――それは本当に大きな気づきですね。わたしもこの作品の中に入って、時には由嘉里、時には由嘉里の母に自分を重ねながら観ていました。
松居監督は演劇と映画の両方で作品を毎年コンスタントに発表しておられますが、そのような活動をすることで見えてきたことはありますか?
松居:演劇はお客さまの想像力を信じながら見せる芸術で、役者の身体と音と光だけで表現します。逆に映画は全てが情報と言えるし、全く別物です。映画はずっとあらゆる要素をガチガチに決めていくのですが、それをまるで何も決まってないかのように見せていく。演劇はずっと決めないでいられるんです。各ステージで形が変わってもいいですし。
 
一方で、映画で決めすぎないことも美しかったりしますし、演劇であえて決めてみることもできる。両方をやっていることで、双方のいいところや特色を感じますし、お互いに反映させたりします。そういう景色が見えるのが好きだから、演劇も映画も両方やっているのかもしれません。
(江口由美)
 

<作品情報>
『ミーツ・ザ・ワールド』
出演:杉咲花、南琴奈、板垣李光人、くるま(令和ロマン)、加藤千尋、和田光沙、安藤裕子、 中山祐一朗、佐藤寛太、渋川清彦、筒井真理子 / 蒼井優
(劇中アニメ「ミート・イズ・マイン」) 声の出演:村瀬歩、坂田将吾、阿座上洋平、田丸篤志
監督:松居大悟
原作:金原ひとみ「ミーツ・ザ・ワールド」(集英社文庫 刊)
2025年10月24日(金)よりT・ジョイ梅田、なんばパークスシネマ、kino cinema 神戸国際、T・ジョイ京都ほか全国ロードショー
公式サイト→https://mtwmovie.com/
©金原ひとみ/集英社・映画「ミーツ・ザ・ワールド」製作委員会
 

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●日時:2025年8月30日(土)

●場所:大阪・関西万博2025関西パビリオン内



爽やかな香りと味わいが余韻として残る『種まく旅人』シリーズ第5弾、

淡路島が2度目の舞台となる篠原哲雄監督――撮影を振り返って。

 

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「皆の心に幸せの種をまく旅人」――日本各地の第一次産業に携わる人々の人生に寄り添いながら諸問題を解決しては去っていく、まるで「シェーン」のような農林水産省官僚の活躍を描いた映画『種まく旅人』シリーズは本作で5作目となる。しかも淡路島が舞台となるのはシリーズ第二作『種まく旅人~くにうみの郷~』(2015)以来2度目で、引き続き篠原哲雄監督がメガホンをとったオリジナル企画。前作では海苔養殖と玉ねぎ生産に従事する兄弟の物語だったが、今回は伝統的な酒造技術の継承や酒蔵経営に苦労する父子の物語で、淡路島の美しい自然や豊潤な銘酒の香りが安らぎを与える心温まるヒューマンドラマである。


久しぶりのスクリーン復帰となった菊川怜が、エリート官僚という役柄ながら、熱く日本酒を語り美酒に酔いしれたり、本気で酒造りを学ぼうと低姿勢で臨んだり、さらには確執を抱える父子の壁を真剣に取り除こうとしたり――以前のイメージを覆すような人間臭い演技で親しみを感じさせる。菊川怜の女優としての新たな魅力を引き出した篠原哲雄監督は、兵庫県の斉藤元彦知事からも地方再生の一助を担うためにもまた兵庫県を舞台にした作品を撮ってほしいと期待が寄せられた。

 

10月10日(金)からの公開を前に、8月30日(土)に【大阪・関西万博2025】内の《関西パビリオン》で開催されたイベントと記者会見の後、篠原哲雄監督のインタビューという好機に恵まれた。『種まく旅人』シリーズで再び淡路島を舞台にした理由や、菊川怜を始めとするベテラン俳優の存在の大きさや、撮影秘話についてなど、いろいろなお話を伺うことができた。詳細は下記をご覧ください。
 


――再び淡路島を舞台にした理由は?

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篠原監督:10年前の『種まく旅人~くにうみの郷~』の撮影で、農業用のため池の維持管理のため掻い掘りをした時、島と海でミネラル分が循環することによって豊潤な作物や海産物の生産に繋がっていることを知って、農家の方々のご苦労を垣間見たような気がしたのです。去年の夏頃に兵庫県の特産物を紹介するブースを訪れる機会があり、淡路島の銘酒や産物を通して改めて島の豊かさを知り、生産者の想いを伝えたいという気持ちになりました。

今回の舞台となった酒蔵「千年一酒造」は、前回の撮影でお世話になった海苔業者の方の近くにあったので、お土産用にお酒を買いに行ったのがキッカケで知りました。


――今までも農業への関心は高かったのですか?

篠原監督:特別に関心が高かった訳ではないのですが、学生時代に観光牧場でアルバイトをしたことがあって、少しは興味がありました。私の作風から「土臭い感じの監督かな?」と思われていますが(笑)。前回の『種まく旅人~くにうみの郷~』も『深呼吸の必要』と繋がるところがあり、産業そのものではなく、宮古島の生活の中で作られているサトウキビをアルバイトの人たちが刈って砂糖になる、製糖工場に至るまでの人間模様が主体となっているのです。

今回は酒造りの行程もしっかり撮ろうと思っていました。クランインは去年9月で、仕込みには少し早かったのですが、撮影用に小さな樽で実際に醸造して頂きました。丁度お米が高騰する寸前だったのでギリギリで助かりました(笑)。


――久しぶりの女優復帰となった主役の菊川怜さんについて?

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篠原監督:本読みの時からセリフは覚えていて、彼女なりのプランを持っておられて、熱心な方だなあと思いました。

今回の役は、農林水産省の官僚というお堅いイメージではなく、酒好きで猪突猛進なところもあるユニークなキャラクターで、菊川さんには合っていたと思います。現場で細かな修正はありましたが、大体において彼女の演技プランのままで撮影しました。


――菊川さんは真っ直ぐで素直な方なのでしょうが、今まで少し硬いイメージがありました。今回は砕けた演技でとても親しみを感じたのですが?

篠原監督:彼女自身は言葉豊かに発言できる人なので、これまでのキャリアからも何かを引き出して伝えるということは得意なはずです。今回は確執のある父と息子の間を熱心に取り持つシーンではそれが活かされていたと思います。彼女の女優としての新たな魅力だと言えるでしょう。


――ベテラン俳優の存在が光っていましたね?
tanemakutabibito5-8.30-inta-shinohara-240-2.JPG篠原監督:今回、たかお鷹さんとは初めてお仕事をさせて頂いたのですが、さすがに大きな存在だと感じました。あの佇まいは杜氏(とじ)という役にぴったり! たかおさんは文学座の大ベテラン俳優です。こういう方が演劇界を支えて来られたんだなあと実感しました。

白石佳代子さんも、歌うシーンで「これでいいかしら?」としきりに仰っておられました。認知症という難しい役を過剰にやり過ぎるとよくないと判断されたのでしょう、微妙なさじ加減で白石さんなりに模索しながら演じておられたようです。


――ベテランと若手の俳優の演出については?

篠原監督:今回、たかお鷹さんと白石佳代子さんという後光のように輝く大ベテランがいて、その手前に升毅さんという渋い中堅がいる。升さんは関西弁も堪能で色々と研究もされていたので、今回の父親役を安心して委ねることができました。若い俳優さんは芝居に対する姿勢や考え方が生半可になることがあるので、時々注意しながら演出しました。酒蔵は上下関係や礼儀を重んじる場所ですので、金子隼也君もどう佇んでいいのか分からず悩んでいたようで、「もっと自然体でやった方がいいよ」と声をかけました。確かにある事情を抱えた息子の立ち位置が難しくて、女杜氏を目指す役柄同様、清水くるみさんが金子君に一所懸命に発破をかけてくれていました。


――撮影について?
tanemakutabibito5-8.30-inta-shinohara-240-4.JPG篠原監督:今回の撮影は大ベテランの阪本善尚さんが2カメラ体制で撮ってくれました。特に酒造りの生きた酵母や発酵を捉えるシーンなどでは撮り逃してはいけないと、2台のカメラで撮影。狭い空間で暑くて大変でしたが、リアルな映像が撮れてよかったです。実景は最後にまとめて撮っています。淡路島のいろんな場所を撮影して、夕景のシーンも最後の日にうまい具合に撮れました。それに撮影の小林元さんはドローン操縦もできるので、ドローンを活用した撮影も活かされていると思います。

さらに、限られた予算内で撮ってくれた阪本撮影監督の仕事ぶりには改めて凄いなと感じました。照明や美術は京都の松竹撮影所のスタッフを起用して、東京と京都のスタッフとの共同作業はとても面白い試みだったと思います。『種まく旅人~くにうみの郷~』の撮影の時は冬だったので、今回は陽の光を存分に使おうと意識して撮影しました。


――あまり聞きなれない「M&A(企業の合併や買収)」について、冒頭のシーンで主人公のキャラクターと併せて分かりやすく表現されていたように思いますが?

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篠原監督:主人公は農林水産省官僚というお堅いイメージですので、先ずはお酒に並々ならぬ情熱を抱くユニークなキャラクターだということを紹介。さらにM&Aについては、売上減少や後継者問題などの難題を抱える日本の酒造業界の現状を提起し、具体的な問題点や販路拡大に繋がる新商品の開発や、伝統的酒造りを支援するために役人が派遣されることを明示する必要があったのです。


――様々な作品を多く監督されてきましたが、作品選びについては?

篠原監督:今回はオリジナルですが、『種まく旅人』シリーズを手掛けてこられた北川プロデューサーの土台があって、脚本家の森脇京子さんとの間で酒造業界の話になって、僕が来た時点でそれを如何に深めるか、父と息子の物語をどう広げていくかということになったのです。例えば、今回は菊川怜さんが主役ということで主人公のキャラクターを変化させる必要がありましたし、M&A関連では怪しげな人を登場させて酒蔵存続の危機感を煽ることなどです。
 



篠原哲雄監督といえば『月とキャベツ』…初めて観た時の感動は未だに忘れられない。一途な熱い想いとせつなさは、時を経ても心に深く刻み込まれている。他にも『はつ恋』『天国の本屋~恋火』『深呼吸の必要』『山桜』等など、観る者をロマンチストでいさせてくれる、その誠実な作風に魅了される映画ファンも多いと思う。『種まく旅人~醪(もろみ)のささやき~』から受ける癒しは、自然に恵まれた淡路島の豊かさと、それを守ろうとする人々の誠実な想いから感じられるものなのかもしれない。
 


監督:篠原哲雄
脚本:森脇京子
エグゼクティブプロデューサー:北川淳一
出演:菊川怜、金子隼也、清水くるみ、朝井大智、山口いづみ、たかお鷹、白石加代子、升毅、永島敏行

撮影監督:阪本善尚 撮影:小林元
製作:北川オフィス
制作プロダクション:エネット
配給:アークエンタテインメント
©2025「種まく旅人」北川オフィス

公式サイト: https://tanemaku-tabibito-moromi.com/

2025年10月10日(金)~大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズ(なんば、二条、西宮OS、くずはモール)、イオンシネマ(京都桂川、加古川、明石)、元町映画館 ほか全国ロードショー


【『種まく旅人』シリーズの紹介】

  • 『種まく旅人〜みのりの茶〜』大分2012年 監督:塩屋俊 出演:陣内孝則 田中麗奈
  • 『種まく旅人~くにうみの郷~』淡路島2015年 監督:篠原哲雄、出演:栗山千明 桐谷健太 三浦貴大
  • 『種まく旅人〜夢のつぎ木〜』岡山2016年 監督:佐々部清 出演:斎藤工 高梨臨 
  • 『種まく旅人〜華蓮のかがやき〜』金沢2020年 監督:井上昌典 出演:栗山千明 平岡祐太
  • 『種まく旅人~醪のささやき~』淡路島2025年 監督:篠原哲雄 出演:菊川怜 金子隼也

(河田 真喜子)

 

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 村上春樹の短編連作『神の子どもたちはみな踊る』にオリジナル設定を加えて映像化した『アフター・ザ・クエイク』が、10月3日(金)よりテアトル梅田、なんばパークスシネマ、イオンシネマ茨木、MOVIX堺、MOVIX八尾、ユナイテッド・シネマ岸和田、アップリンク京都、イオンシネマ京都桂川、イオンシネマ久御山、シネ・リーブル神戸、MOVIXあまがさき、イオンシネマ草津他全国公開される。
 監督は、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」や大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」をはじめ、劇場版にもなった『その街のこども』の演出を務め、天災を描き続けてきた井上剛。阪神・淡路大震災から30年を迎えた今、この30年の日本やこれからの日本を見つめる本作を作り上げた井上剛監督に、お話を伺った。
 

 

■阪神・淡路大震災から15年後が舞台の『その街のこども』を振り返って

――――井上監督の手がけた『その街のこども』は今でも毎年上映が続き、阪神・淡路大震災のその後を描いた映画の代名詞になっていますが、この作品が末長く上映され続けている理由をどのように分析されていますか?
井上:この作品は震災の映像が出てきませんし、震災で家族を失ったお話というわけでもなく、一見すると悲惨さを訴えている物語ではない。誰でも(自分の震災体験について)しゃべりたくなるようなリアリティーがあるからではないかと思っていますし、実際、作るときに心がけていたことでもありました。その描き方は本作にも通じるところがあります。
 
――――というのは?
井上:『その街のこども』は阪神・淡路大震災から15年後の話で、佐藤江梨子さんが演じた美夏は友人を亡くし、森山未來さんが演じた勇治は知り合いに亡くなった人はいなかったけれど、震災時に父親が周りの人から不名誉な扱いを受けたことがトラウマになっているという設定です。15年ぐらい経ち、少し時間や距離を置いたからこそ、たまたま出会った二人がたまたま語り出した。この“たまたま感”が良かったのだと思います。
 
――――拝見した当時、こういう視点での震災の描き方があるのかとすごく新鮮でした。
井上:タイトルに「こども」を入れたのも、こども時代の話を大人になった主人公二人がしているというのが、観客のみなさんに寄り添いやすかったのではないでしょうか。お互いの記憶の違いがあるので、会話をしていて通じるところもあれば、そうでないところもある。そういう日常の会話で起こりそうなことが映画の中で繰り広げられるので、観客のみなさんが自分ごととして捉えていただけたのかもしれません。
 
――――夜の街を歩きながら話すというシチュエーションが非日常感を出していたのでは?
井上:1995年、被災した当時の神戸は描けないけれど、夜のシーンにすることで、当時被災した街に住んでいた人は想像することができるでしょうし、そうでない人は会話に集中していただける。震災を扱った題材ですが、若い男女の話でもあり、鑑賞する敷居が低かったように思います。
 
 
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■95年、同時期に地下で起きた天災と人災を捉えた原作『神の子どもたちはみな踊る』

――――『その街のこども』製作時、『神の子どもたちはみな踊る』を読んでおられたそうですが、その魅力や、参考になった点は?
井上:NHK大阪放送局にいた頃で、「震災のドラマを作ってほしい」というオファーに対し、どういう題材で、どういう人に何を届ければいいのかを悩んだのです。そこで出会った本が村上春樹さんの『神の子どもたちはみな踊る』でした。95年に自分の故郷(芦屋)が震災で壊されてしまったことだけでなく、同年3月の地下鉄サリン事件と、同時期に天災と人災がいずれも地下で発生しているわけです。その二つが作家ならではの想像力で捉えて表現されており、着眼点や考え方がとても参考になりました。
 
――――時を経ての映画化は、阪神・淡路大震災から30年というタイミングを意識して作られたのですか?
井上:『その街のこども』以来になりますし、神戸で撮影をさせていただいたので、何か震災から30年のタイミングで自分にできることはないかと思い、『その街〜』のプロデューサーだった京田光広さんに企画を相談していたところ、同じタイミングで本作のプロデューサー、山本晃久さんが『神の子どもたちはみな踊る』を映像化したいと声をかけてくれました。
『その街のこども』も、ある不幸をどうやって乗り越えるのかと二人で語りかけるシーンで脚本の渡辺あやさんが「工夫するしかないんだよ」というセリフを書いていますが、阪神・淡路大震災からの30年は地震だけではなく、様々な不幸な出来事が起きました。繰り返される天災だけでなく、人間の無意識下、地下にある黒々としたものが全く衰えていないし、分断が起き、世の中が本当に良くなっているのかと考えたとき、話のスタートを95年においてはどうだろうかと考えたのです。だから神戸のことを思っての一面と、今に向けて作るにあたり、話のスタートのタイミングとして設定した面と両方の側面があります。
 
 
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■かえるくんは徹底的に善であり、揺れない存在

――――原作の中で銀行員片桐の前にかえるくんが登場する「かえるくん、東京を救う」は印象的ですが、本作ではその部分はナレーションにし、映画オリジナル部分で新たなエピソードとして二人を登場させています。その狙いは?
井上:登場人物たちのテーマはみんな「からっぽ」なんです。1995年の小村(岡田将生)は本当に頭の中がからっぽですが、2025年の片桐(佐藤浩市)はからっぽなのだけど、想像力で目の前のことが豊かに見えることもある。だから片桐にはかえるくんが見えるんです。
かえるくんは徹底的に善であり、揺れない存在です。ひょっとしたら(闘う羽目になる)みみずくんとも仲が良かったかもしれない関係性の象徴でもある。神の化身のようでもあり、いろいろなことを想像させるかえるくんが、ナレーションだけではなく実物で、コミカルに登場し、片桐とユーモラスなやりとりをし、戯れ、そして冒険するかのように日本を救うストーリーはファンタジックで面白いと思ったんです。
95年の第1章から共通しているのは地下に潜るということで、それまで意識の地下に潜っていたのが、25年の第4章では実際の地下に片桐とかえるくんが潜っていき、お互いに無意識の中に入って何かと闘っていく。闇に飲まれていくかえるくんは、人間の善なのか、失くしてしまったものなのか、いろいろと想像できるかえるくんを具現化してみたいと思ったのです。
 
――――今回、このかえるくんの声をのんさんが演じていますね。
井上:さきほど言及したかえるくんのイメージと重なりますが、イノセンスなものであってほしいという想いがあり、のんさんにオファーしました。少年のようでもあり、違うようでもあり、悪意がなく、でもコミカルなことができて、何よりもイノセンスな感じが出るといいなと思ったのです。
 
 
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■ドキュメンタリー的な要素を取り入れた第2章

――――登場人物はみな、孤独を抱えた人たちですが、そこに何かの仕掛けがあることで、見知らぬ者同士が胸の深い想いを打ち明けられるということが描かれた2011年のエピソードが印象的でした。
井上:2011年の第2章は舞台装置的には海岸がメインで、とにかくシンプルかつナチュラルにやることがテーマでした。ほかの3つの章とは一番演出スタイルが違い、ドキュメンタリー的な要素を取り入れました。大江崇允さんの脚本では「順子は地に足がついていない」と書かれていたのでその感じを掴みたくて、順子(鳴海唯)が電車に乗っているシーンは実際の京王線で撮っていますが、なんども何時間も彼女の佇まいを近くから、時に遠い距離から長回しで撮影し、キャラクターをみんなで探りました。
 
――――「地に足がついていない」のも、キャラクターに共通することですね。
井上:地面がとても大事なお話なので、どういう立ち方をするのかをどの章も大事にしました。第2章は毎日海辺で、関西弁の男・三宅(堤真一)が焚き火をするのですが、その火だけが厳然とそこにあり、でもいつかは消えるという当たり前のことが人生のようでいいなと思っていました。また僕たちは現在からの視点で見ているので、いずれはその浜に東日本大震災による津波が押し寄せることもわかっているので、「アフター・ザ・クエイク」と言いながら「ビフォア・ザ・クエイク」であることも表現しているのです。堤さんも、ご自身は阪神・淡路大震災での被災経験はないそうですが、震災についての話をせずとも、現場では当時神戸市東灘区で被災した三宅としてその場におられた。すべてナチュラルに撮影が進んだ感じがありました。
 

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■「からっぽ」を表現する難しさ

――――一方95年の第1章は、登場人物の「からっぽ」感が非常に出ているエピソードですが、小村を演じた岡田将生さんをはじめ、妻、未名役の橋本愛さん、北海道で出会うシマオ役の唐田えりかさんと、それぞれが独特の存在感を示していました。
井上:俳優のみなさんは、演じるのが難しかったと思います。答えのない内容の難しさだけでなく、本当にこの演じ方で、「からっぽ」な感じを観客に受け取ってもらえるのかどうか。岡田さんをはじめ、みんないくばくかの「からっぽ」感を抱えたキャラクターの表現について、悩まれていました。
 また第1章だけ、意図的に小説の言葉遣いを用いているのですが、それでも不自然になることなく、言葉をしゃべっているのに、とてもスカスカな感じとか、不穏さを感じとっていただくにはどうすればいいのかと。岡田さんや唐田さんが見事に演じていましたね。橋本愛さんはセリフのない役でしたが、未名を演じてもらうためにお呼びしました。
 
――――セリフがないというのも、逆に生々しい感情が伝わりますね。
井上:同じ震災を体験しても、感じ方は人それぞれです。小村のように、それでも日常を歩んで行く方に意識を置く人と、未名のようにそこで留まって動けなくなってしまう人と。震災に限らず何かの局面が訪れたとき、どこか空虚な気持ちを抱えてしまうことはよくあると思うのですが、それを演じるのは難しいですね。
 
 
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■祈りと神の存在について考える第3章

――――表題作「神の子どもたちはみな踊る」を2020年に置き換えた第3章は、祈ることがテーマでもあります。地下鉄サリン事件以降、宗教や祈ることへ否定的な見方も多くなったのではないかと。
井上:地下鉄サリン事件を引き起こしたオウム真理教はカルトで胡散臭いと捉えられてきましたが、2020年ごろに宗教二世の問題が大きく報じられ、何が正しいのかと考えていくと、陰謀論も含めて何が正しくて、一体どこに向かっていくのかと誰もが思っているでしょう。みんなが聡明で正しければ戦争はないわけで、そうでないから戦争が各地で起こっている今、神と呼ばれる存在は一体何をしているのか。宗教二世の善也を演じた渡辺大知さんが発したセリフは、よくわかる。一方で宗教指導者の田端(渋川清彦)が「それでも祈る」というのは、人間の業が出ている気がします。
 
――――太古の昔から人々は神に祈りを捧げてきた事実があり、確かに祈るだけで戦争は終わらないけれど、そこで武器を手にして良いのかと、いろいろと考えを巡らされますね。
井上:95年から第1章がはじまり、20年近く経った第3章で改めて祈りとは何かを問う。辛い時があったとき、どうすればいいのか。本作では現場でギターの大友良英さんが弾いてくれている中、渡辺さんに善也として踊ってもらいましたが、善也が動きたくなった理由も自分で見つけもらうようにしました。
 
 
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■神戸の地下に潜る撮影で「スタート地点に戻ってきた」

――――2025年の第4章は、片桐を含め、どのように設定を考えていったのですか?
井上:今、もう一度かえるくんが現れて、意識の底に向かっていったとき、95年からの30年を片桐がどのように生き、何に責められたり、何と闘っているのかを想像するところからスタートしました。また村上春樹さんの『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』や『ねじまき鳥クロニクル』などの冒険譚を映像でやってみたいという想いもありましたので、第1章から続いてきた意識下に入ることを実際に地下に潜ってやること、最後は(地上/通常)に戻るという構成で大江さんに脚本を書いていただきました。
 
――――その地下のシーンは、非常にスペクタクルで迫力がありましたね。
井上:あの地下のシーンは神戸で撮影したんですよ。神戸の地下にこんな場所があるなんてと感動しました。15年前の『その街のこども』は神戸の地上の話でしたが、スタッフ・キャストと神戸の地下に潜り、本当に真っ暗で恐怖すら感じる中で撮影できたのは、スタート地点に戻ってきた感覚で良かったです。
 
――――ありがとうございました。95年から30年後の今、この作品を届けるにあたり、メッセージをお願いします。
井上:震災を経験してきた日本が、95年からどのように歩み、また人の心はどうなってきたのかを考えて作りました。あの揺れは時や場所が変わったとしても、今でもどこかで揺れています。大事な地面が揺れると人の人生に当然影響してくると同時に、ただ想像することもできる。想像することで人と人とが繋がっていければと思っています。
(江口由美)
 

<作品情報>
『アフター・ザ・クエイク』
2025年 日本 132分 
監督:井上剛  脚本:大江崇允
原作:村上春樹『神の子どもたちはみな踊る』(新潮文庫刊)
出演:岡田将生、鳴海唯、渡辺大知、佐藤浩市、橋本愛、唐田えりか、吹越満、黒崎煌代、黒川想矢、津田寛治、井川遥、渋川清彦、のん、錦戸亮、堤真一 
10月3日(金)よりテアトル梅田、なんばパークスシネマ、イオンシネマ茨木、MOVIX堺、MOVIX八尾、ユナイテッド・シネマ岸和田、アップリンク京都、イオンシネマ京都桂川、イオンシネマ久御山、シネ・リーブル神戸、MOVIXあまがさき、イオンシネマ草津他全国公開
(C) 2025 Chiaroscuro / NHK / NHK エンタープライズ
 


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1969年、一枚のアルバムに全世界が震えた!伝説的ロックバンドの知られざる起源がここに!メンバー自らが語る奇跡のドキュメンタリー『レッド・ツェッペリン:ビカミング』が、9/26(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開となり、全国のIMAX®劇場でも同時公開となります。


メンバー自身による貴重な証言やアーカイヴ映像満載!

4人のメンバーとともに当時を再体感する没入型映画オデッセイ


RTB-pos.jpg60年代末、イギリスで産声を上げたロックバンド「レッド・ツェッペリン」。ジミー・ペイジ、ジョン・ポール・ジョーンズ、ジョン・ボーナム、ロバート・プラント。およそ12年間の活動の中で、彼らが起こした現象はまさに事件であり、予言であり、そして未来であった。デビューアルバムでいきなり世界を熱狂の渦に巻き込んだバンドの出発点にはいったい何があったのか。未公開のジョン・ボーナムの生前音声のほか、メンバーの家族写真や映像、初期のライブシーンなど貴重なアーカイヴ映像とともに、その知られざる歴史を語る証言者はオリジナルメンバーのみ!


さらに、部分的ではなく1曲まるごと演奏シーンを映し出すことで、私たちはまるでその場に居合わせたかのようにメンバーの声を聞き、当時のライブをリアルタイムで目撃した感覚になるだろう。4人のメンバーとともに当時を再体感する、まさにユニークにして最高の没入型「映画オデッセイ」である。
 


この度、2021年9月4日にベネチア国際映画祭でジミー・ペイジが記者会見で語ったことをお届け致します。

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2017年の冬にプロデューサーのアリソン・マクガーティより、革装丁の書籍のように仕上げられた物語の始まりから終わりまでを一望できる絵コンテを手渡されたジミー・ペイジは「その正確さ、そして非常に深いリサーチの成果が随所に表れていた。ページをめくるたびに、私の記憶に残る重要な出来事が次々と現れ、「彼らは本当に理解している、本質を捉えている」と確信したよ」と語る。これまでもバンドの映画を製作したいというオファーは何度もあったとそうで、「どれも期待には遠く及ばず、中には、音楽そのものではなく、周辺の要素ばかりに焦点を当てたものもあり、距離を置いていたんだ。今回の作品は、まさに音楽そのものに焦点を当てていた。音楽がどのように生まれ、どのように演奏されるのか。その魅力に深く踏み込んでいて、楽曲も断片的にではなく、完全な形で提示されている。よくあるような、楽曲の途中でインタビューに切り替わる形式ではなく、音楽を中心に据えた構成がなされており、これは従来の音楽映画とは一線を画す、まったく新しいジャンルの作品だと感じたんだ」と映画製作を了承した経緯を明かす。


メンバー4人はそれぞれが卓越したミュージシャンで、まさに“星の巡り合わせ”とも言えるような奇跡的な出会いによって、一つのバンドとして結集したんだ。物語を追っていくと、4人それぞれが異なるキャリアやアプローチを持っていたことがわかると思う。しかし、一度集まった瞬間、その融合はまるで止まることのない爆発のようで、その勢いはツアーへ、そしてレコーディングへと繋がっていった。アメリカとイギリスを行き来するツアーの合間に録音や映像撮影を行いながら、その勢いはとどまることを知らなかった。まるで時速100万マイルで駆け抜けているような感覚だった。その熱量こそが、この映画で見事に表現されており、観てもらえれば、きっとその迫力と本質を感じていただけるはずだよ」と本作の出来を絶賛する。
 


監督・脚本:バーナード・マクマホン(「アメリカン・エピック」) 共同脚本:アリソン・マクガーティ 
撮影:バーン・モーエン 
編集:ダン・ギトリン
出演:ジミー・ペイジ ジョン・ポール・ジョーンズ ジョン・ボーナム ロバート・プラント
2025年/イギリス・アメリカ/英語/ビスタ/5.1ch/122分/日本語字幕:川田菜保子/字幕監修:山崎洋一郎/
原題:BECOMING LED ZEPPELIN
配給:ポニーキャニオン 
提供:東北新社/ポニーキャニオン
©2025 PARADISE PICTURES LTD.     
[公式HP]https://ZEP-movie.com 
[公式X]@zepmovie

2025年9月26日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほかIMAX®同時公開


(オフィシャル・レポートより)

 

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  頑固で孤独な初老の男のほろ苦い日常と、思わぬ恋心をメキシコ出身の若手女性監督ロレーナ・パディージャが描く長編デビュー作『マルティネス』が、8月22日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショーされる。
チリ人俳優フランシスコ・レジェス(『ナチュラルウーマン』)が、仕事のため移住したメキシコでキャリアの終盤を迎え、老いや死、孤独に直面しながら愛に迷う曲者の主人公・マルティネスを絶妙のさじ加減で演じている。淡々とした日常に訪れる変化と共に思わぬ方向へ変わっていくマルティネスに、監督はどんなメッセージを込めているのか。パディージャ監督(写真下)にオンラインでお話をうかがった。
 
 
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■どこにも居場所や所属がない感覚を表現

――――ご自身の初長編で、初老の移民男性を主人公にした物語を描いたいきさつを教えてください。
パディージャ監督:わたしはメキシコ人ですが、過去15年間で5カ国10都市に居住経験があります。だから故郷でも、母国ではない国でも属していないという感覚が強くなりました。移民の方も、わたしの感覚と同様に、どこにも居場所や所属がないと感じているでしょうから、共感や興味を覚えるようになったのです。
 
――――なぜ、そんなに多くの場所を訪れながら暮らしておられたのですか?
パディージャ監督:元々どの世界にも所属していないという感覚があったので色々な国で住んでみたのですが、最終的にはメキシコに帰り、とても満足しています。それは国に対する満足ではなく、わたしがこれでいいんだと自分の内面に向き合った上で、満足できるようになったということなのです。
 

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■フランシスコ・レジェスは、マルティネスのイメージそのもの

――――様々な場所を訪れながら、ご自身と向き合う旅をされてきたんですね。
次に、孤独で偏屈な主人公、マルティネスを演じたフランシスコ・レジェスとの出会いについて教えてください。
パディージャ監督:マルティネスというキャラクターのルックスについて、元々かなりしっかりしたイメージがありました。最初はメキシコでキャスティングを行いましたが、なかなかイメージ通りの俳優が現れなかった。ある日、セバスティアン・レリオ監督の『ナチュラルウーマン』の予告編を見る機会があり、そこに登場したフランシスコ・レジェスさんを見た瞬間に「彼こそがマルティネスだ!」と思いました。すぐにレジェスさんにコンタクトを取り、脚本を送ってオンラインミーティングをしたところ、オファーを受けてくれたのです。わたしの頭の中に、会ったこともないレジェスさんが演じるマルティネスの顔が浮かんでいたので、本当に驚きましたね。
 
 
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■即興的に長回しに変えることでできたベストシーンは?

――――レジェスさんとの役作りについて教えてください。
パディージャ監督:レジェスさんとの役作りはとてもやりやすかったです。わたしは大学で映画を教えているので(メキシコのモンテレイ工科大学グアダラハラキャンパスで脚本・監督コースを担当)、その給料を貯めてチリに行き、彼と役作りや撮影を行いました。わたしは撮影現場で脚本にないことを取り入れ、即興的に変えていくことが好きで、レジェスさんがそのやり方を受け入れてくれるか不安でしたが、快く受け入れてくれました。本当に良かったです。しかも彼は本当にハンサムなんですよ(笑)。
 
――――即興の演出がうまく作用したと思うシーンは?
パディージャ監督:マルティネスが同僚のコンチタとパブロ、(孤独死した隣人の)アマリアについての作り話をしていたシーンは、現場で脚本を変更し、かつわたしが最も重要だと思っているシーンです。わたしは長回しも多用するのですが、カットと言わずに回し続けていると、彼らは舞台経験が豊富な俳優たちなのでひたすら演技を続けてくれ、その結果とてもいいシーンになりました。
 
 
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■人はいくつになっても変われると強く信じて

――――本作は年をとることをネガティブに捉えるのではなく、自分次第で変わっていけるとポジティブに捉えているように感じました。今のお話を聞くと、パディージャ監督自身のお父様に対する願望を描いたようにも映りますね。
パディージャ監督:面白いことに、母にこの映画を見せた時は、「この映画は、実家であなたのお父さんを撮ればよかったんじゃないの」と言われたのですが、父に見せたときは「わたしはマルティネスとは違うし、こんな偏屈じゃない」と言われました。それが現実なのです。わたし自身は、人はいくつになっても変われると強く信じていますし、そこにこそ映画の力があると思っています。
 
――――アキ・カウリスマキ作品のような、ミニマムな描写の中に哀愁やユーモア、働く人間の心情が描かれていましたが、影響を受けた監督や、このようなテイストの作品にした狙いについて教えてください。
パディージャ監督:アキ・カウリスマキはとても好きな監督です。わたしは華やかさや特別なことはなくても、シンプルなストーリーや、市井の人々が主人公の作品が好きです。ミランダ・ジュライも素晴らしい監督で、作品で登場するキャラクターもシンプルですが、どこかユニークさがあって好きです。他にはアレクサンダー・ペイン監督の『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』も好きですね。わたし自身も祖父母や叔母といい関係を築いているので、人が好きですし、とにかく人にまつわる話が好きなのだと思います。シンプルなテイストの映画が好きだからこそ、自分で撮るときはシンプルなトーンの映画を目指しているのです。
 

■もっとわたしたち女性監督には映画を作る機会が必要

――――ありがとうございました。最後にメキシコ映画界、しいてはラテンアメリカ映画界における女性監督の状況や今後の展望について教えてください。
パディージャ監督:今は多くの女性監督が台頭しており、すごく興味深い時期に身を置いていると思います。ただ、女性監督と一言でいっても、皆それぞれに個性があり、違う状況にありますので、もっとわたしたちには映画を作る機会が必要だと感じています。わたしはニューヨーク大学の芸術学部(ティッシュ・スクール・オブ・ジ・アーツ)でフルブライト奨学生としてドラマティック・ライティングの修士号を取得しましたが、そこには世界各国から女性監督が集まっていました。彼女たちは脚本や撮影も担当しますし、母親業をこなしながらそれらをやっている人もいます。彼女たちの撮影や物語へのアプローチ、クルーとの関係性づくりなど、本当に様々です。だからこそ、色々な観点から描く女性の作品が観ることができると思っていますし、わたし自身も観たいと思っています。
(江口由美)
 

『マルティネス』“MARTÍNEZ”
2023年 メキシコ 96分 
監督・脚本:ロレーナ・パディージャ 
出演:フランシスコ・レジェス、ウンベルト・ブスト、マルタ・クラウディア・モレノ
8月22日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー
© 2023 Lorena Padilla Bañuelos
 

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