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2024年10月アーカイブ

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 限られた上層階級の人間が延命治療として自分と同じ見た目の「それ」を保有できる近未来を描いた甲斐さやか監督(『赤い雪 Red Snow』)の最新作『徒花 -ADABANA-』が、2024年10月18日(金)よりテアトル梅田、アップリンク京都、シネ・リーブル神戸ほか全国ロードショーされる。
病で死期の迫る男、新次を井浦新が演じる他、彼のカウンセラーまほろを水原希子、新次が忘れられない「海の女」を三浦透子が演じている。格差社会の行き着く果てとも言える命が選別される時代に、持つものと持たざるものの運命や、周りから思われることと、自分が感じていることの違い、そして「それ」という自分のいい記憶だけを学習させたクローンの存在の不気味さなど、ひたひたと迫り来る近未来での命の終わり方について、問いを投げられているような意欲作だ。本作の甲斐さやか監督にお話を伺った。
 
 
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■90年代半ばから構想していた「男がクローンと向き合って対話する」物語

―――本作のアイデアは前作の『赤い雪 Red Snow』(19)以前から持っていらしたそうですね。
甲斐:『赤い雪』も劇場公開まで5年ぐらいかかったのですが、同作のプロデューサーから、さらにその5年前に企画があれば出してほしいと言われたとき、既に『徒花』を出していたんです。プロデューサーの意見として、『徒花』も好きだけど、先に『赤い雪』をやりたいということで、一旦はお蔵入りになりました。それでも、『徒花』というタイトルを最初からつけ、ずっと色々な人に企画を見ていただいていたのです。
 
―――『徒花』というタイトル自身に強い思い入れがあったと?
甲斐:90年代半ば、都市伝説が好きな友人から「中国にはクローン人間がいる」という話を聞いたことに影響を受け、クローンや生命倫理を調べているうちに、日本のソメイヨシノという桜の品種がクローン桜であることがわかりました。そこから、カウンセラーが、ガラス貼りの部屋で男がクローンと向き合って対話をするという大体の骨格が生まれ、コロナ禍を経て改稿を重ねましたが、そのイメージがブレることはありませんでした。
 

■コロナ禍を経験し、「今やるべき作品」になった

―――20年前はSF的だったことも、AIが日常生活にも影響を与える今となっては、むしろ身近にあり得ることのように感じますね。
甲斐:10年前は、「パンデミックが起きて国連がクローン技術を推奨した」というこの物語の前提を話しても、「想像がつかない」と言われましたし、ガラス越しというのはクローンが無菌状態で育つ必要があるからだと説明しなければいけなかった。相手を納得させ、リアリティーのある自分ごとの話とご理解いただくには、時間が必要だったともいえます。当時は話としては面白いけれど、ハードルが高いという反応でしたが、コロナが発生し、わたしたちの現実をさらに追い越していってしまいました。戦争もしかりですが、何か想定もしていなかったことが起きてしまうと、急に現実が脆くも崩れ落ちてしまうし、自分の命が守られているようで、脆いものだと気づかされてしまう。この設定がそのようなリアルなものになったと思うし、同じように感じてくださった音楽プロデューサーのakikoさんをはじめ、多くの関係者の方が「あの脚本は?」と連絡をくださったんです。コロナで上級国民だけ治療ができるという噂もあり、わたしたちの生命倫理感も揺らぎましたが、警鐘やどう思うかという投げかけの意味もあり、今やるべき作品ではないかと思いました。
 
―――上級国民と呼んでもいい、なんでも手に入れている立場だからといって、果たして幸せなのかとか、クローンの「それ」を使ってでも延命したいのかとか、様々な問いが浮かんできます。主人公新次の設定や、前作でも出演されていた井浦さんの起用について教えてください。
甲斐:20年前の構想初期はインディペンデント作品が念頭にあったので、とくにどなたも考えていなかったのですが、あるとき井浦さんのことを認識したときに「「それ」っぽい!」と思ったことがありました。わたしの活動と並行し、実現しないまま引き出しにしまわれた『徒花』がずっと心にありながら、『赤い雪』のときに、ある役にイメージがピッタリだったため、まずは同作で井浦さんとご一緒することになったんです。
 
 
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■『赤い雪』撮影中から『徒花』に興味を示してくれた井浦新

―――少しずつ井浦さんが「それ」になる運命が近づいて来た気がしますね。
甲斐:『赤い雪』公開の2年前(2017年)に撮影を行ったとき、井浦さんは『赤い雪』をすごく気に入ってくださり、「少しずつこういう作品に出たいので、また一緒にやりましょう」と声をかけてくださったんです。そこで『徒花』のことをハッと思い出し、井浦さんに撮影現場でその構想を口頭でお伝えすると、すごく乗り気になってくださった。さらに『赤い雪』初号の後でまた一緒にやりたいと伝えてくださった際、『徒花』のプロットが読みたいと言ってくださいました。だから『赤い雪』の舞台挨拶でロケ地の山形を巡っているころは、すでに『徒花』の新次や「それ」の演技プランの話をしていたんです(笑)
 
―――井浦さんの並々ならぬ意気込みが伝わってきますね。新次のカウンセラー、まほろを演じた水原希子さんのオファーについて教えてください。
甲斐:コロナを経て『徒花』をようやく撮れることになり、改めて脚本を書き直していたので、わたしが20代のころに撮っていたら、後半、まほろに現れる戸惑いや、そこまでのカタルシスを覚えるシーンはなかったでしょう。この話は新次の成長物語と思って見ているけれど、途中からまほろの物語になる。要は一度の生の物語ではなく、新次の命が終わっても、まほろがその命を引き継いでいくかもしれないとか、途中から彼女が成長する話になっていくと考えたとき、彼女が自分の存在を疑うということがこの映画の大切なシーンになるとはっきりしてきました。
 
 
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■清らかなまほろ、自然と溶け込む海の女、弾けなくなったピアニストが示すことは?

―――なるほど、今撮ることでまほろの人物像がくっきり浮かび上がってきたんですね。
甲斐:そのときに、水原さんは多国籍な関係でお育ちになり、そのせいで辛い思いをされることがあっても、それを乗り越えて今があるという記事を新聞か何かで読んだことがあり、彼女は自分の存在を疑うまほろを自然に演じられるかもしれないと思いました。昔、CM撮影で1日だけお会いしたときの佇まいがすごく清らかでまじめな感じだったので、まほろのキャラクターを彼女に演じていただけたらと思い、お手紙を添えて脚本をお送りしました。
 
―――わたしはアニエス・ヴァルダが好きなのですが、三浦透子さんが演じる海の女の登場シーンは、思わず『冬の旅』の主人公モナのようと思って見ていました。
甲斐:アニエス・ヴァルダは好きですし、『冬の旅』は改めて見返したぐらいなので、どこかで影響を受けている部分はきっとあると思います。『赤い雪』でマラケシュ映画祭に参加したときに、ゲストで来場していたヴァルダにも会えたんですよ。
海の女は、新次にとって憧れの人であり、自分がそうなりたかった分身のような存在で、主人公たちの中で一人だけ生に執着のない人物なんです。新次がいろいろなものを手放せたら、彼女のようになれたかもしれないという、野生や自然をまとった存在として、三浦透子さんに演じていただきました。
 
―――治療を受けている患者の一人として登場する女性ピアニスト(甲田益也子)の存在は死と向き合い鬱々としている新次とはまた違う雰囲気を放っていましたね。
甲斐:ピアニストは小さいころから色々なものを詰め込んで来られた方で、彼女のように一流になるほどの特訓を受けていなくても、わたしたちは知らず知らずのうちに、受験が加熱していたり、新次の母(斉藤由貴)のように子育てが失敗できないというプレッシャーを抱えていたり、いろんなことで無理やり詰め込むことを強要されているし、自分にも強いている部分があると思うのです。甲田益也子さんが演じたピアニストはある意味その犠牲者でもあり、何かを突き詰めた人でもある。その彼女のクローンが、無邪気に音楽を楽しんでいるわけで、あれはあれで、彼女の記憶のいいところだけを切り取り、洗脳しているわけです。
 
―――良い面しか見せない洗脳というのは、怖いですね。
甲斐:はい、それは現代社会でコントロールされている情報を受け続けているのと同じであり、現実の違和感にうっすらと気づきながらも、立ち止まって選択する力が弱っている気がするんです。だから甲田さんの役を通して、病んだ現代人を描けるのではないかと思い登場させています。
 

■本作に込められた問いとは?

―――新次は最後に「それ」という自分に向き合うというのは説得力がありますね。
甲斐:失くしてしまったものを一つ一つ拾い集めるようで、残酷ではあるけれど、どこかで希望を託せるようでもある。ただクローンを使って延命することが幸せなのかという命題はありますよね。
 
―――『徒花』というタイトルにも関連しますが、失敗だらけの人生でもやり直すというより、そういう人生を受け入れて生を全うすることが自然ではないかと思ってしまいます。
甲斐:無駄ってあるのかなとか、失敗とは?と考えてしまいます。無駄にこそ美があるし、頑張りすぎなくてもいいんじゃないかというメッセージも込めさせていただきました。
 
 
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■変わらずある自然とそれに調和する音を取り入れて

―――近未来ですが、SFっぽすぎない美術と、寺院にいるかのような神聖な気持ちになる音楽がこの作品の深遠な雰囲気を見事に作り上げていました。美術や音楽設計について教えてください。
甲斐:20年前、そう遠くない未来を想定していましたが、出生率も本当に減っているし、労働力が足りないならクローン人間を使おうという発想は平気で起きるし、あとは倫理の問題だろうと思っていました。そういう中でも自然は変わらずにずっとあり、その強さや恐ろしさがあり、常に人間に跳ね返ってくることがあるだろうと思ったんです。ロケ地でとにかくこだわったのは、近未来SFのようにピカピカな場所ではなく、昔かもしれないが未来かもしれないという、どこか懐かしさのある場所で、窓の外の借景はとにかく緑がパワーを持っているところにしたいということ。探すのは大変だったと思います(笑)でも、廃墟が見つかり、剪定されていない分、野生の魔術的なパワーが出ていたので、そこに決めました。
 
―――なるほど、自然と人間との対比もテーマであることがわかりますね。
甲斐:はい。音楽はジャズシンガーのakikoさんと20代のころから仲が良く、コロナ前に『徒花』を読んでもらっていました。コロナ禍になって一番強く、今だから撮るべき作品だと背中を押してくれたのです。彼女は世界中の音楽に詳しいので、音楽プロデューサーになってもらい、その上で脚本の音楽のトーンをふたりで話し合い、作曲家の長屋和哉さんにたどり着きました。長屋さんもチベット僧と一緒に演奏をされたり、サウンドスケープを手がけられているので、今回の音楽に合うと思いました。それだけではなく、モーリス・ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」のようなクラッシック音楽をakikoさんから推薦していただいたり、静かだけれど音楽がかかってるというこの映画のトーンを決めていきました。シンギングボウルの倍音も取り入れ、いわゆる劇伴ではなく、自然と調和をしている音楽で、飽きないような…と考えていきました。
 
―――ありがとうございました。最後に、非常に美しく、写真の中央に染みのように広がっている形状が脳のようにも桜のようにも見える本作のポスタービジュアルについて、教えていただけますか?
甲斐:写真は永瀬正敏さんに撮っていただきました。新次の「それ」は、実は手先が非常に器用で、現実の絵描きのゴーストライターをやっているという設定なんです。彼は全くエゴがないので、他の人の名前で自分の作品が世に出ることに全く抵抗がない。その彼の部屋にどんな絵があるだろうと思ったときに、このロールシャッハ的なアートを飾っていたのです。失った自分と出会い直すような映画なのですが、このデカルコマニー模様は脳にも見えるし、生命にも、桜にも見えると思うし、みなさんにも色々なものを想像していただけるのではないでしょうか。
(江口由美)
 

<作品情報>
『徒花 -ADABANA-』
(2024年 日本 94分)
監督・脚本:甲斐さやか
出演:井浦新、水原希子、三浦透子、甲田益也子、板谷由夏、原日出子、斉藤由貴、永瀬正敏
2024年10月18日(金)よりテアトル梅田/アップリンク京都/シネ・リーブル神戸ほか全国ロードショー
公式サイト⇒ https://adabana-movie.jp/
Ⓒ2024「徒花-ADABANA-」製作委員会 / DISSIDENZ
 
 
 
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 ありえるかもしれない未来を舞台に、高校生の友情の危うさと管理社会への反抗を描いた唯一無二の青春映画、『HAPPYEND』がテアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、MOVIX京都、MOVIXあまがさき他全国で絶賛上映中だ。
 
 撮影地・神戸にあるシネ・リーブル神戸で上映後に行われた空音央監督の舞台挨拶では、撮影に協力した二つの高校の関係者や生徒も劇場に駆けつけ、撮影時の熱気そのままの感動が押し寄せた。その模様をご紹介したい。
 
―――撮影場所が神戸になった経緯は?
監督:学校がすべてです。神戸工科高等学校、神戸市立科学技術高等学校の二つの高校がなければ撮れなかった作品です。拍手を送りたいです。本当に深いふところで受け入れてくださいました。神戸という街自体も、電車を降りた時から、道で座っていたおじいちゃん、おばあちゃんから手を振られたり、街自体に受け入れられた感覚があります。神戸フィルムオフィスのみなさんも、映画愛や神戸愛がアツく、いろいろな場所を紹介してもらいました。ロケハン中は、神戸の家賃を検索していたぐらい神戸が好きになったので、戻ってこれて本当に嬉しいです。
 
 
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―――昨年夏の撮影していますが、印象的なことは?
監督:本当に暑く、台風が2つぐらい直撃する感じだったのですが、高校の冷房設備を全部取り換えしている時期だったんです。学生のエキストラが多かったので、熱中症だけは気をつけましたが、みなさんのおかげで無事に撮影できました。学校の先生たちもいろいろと動いていただき、ありがとうございました。
 
―――(以降、観客より)表情をクローズアップしている印象をうけたが、心情の変化を撮る上で監督が大事にしていることは?
監督:今回の俳優陣でメインの5人のうち4人が今回初出演で演技未経験でした。キャラクターの似ている人たちが奇跡的にみつかったので、一番気にしていたのは、空想上の設定の中でいかに自分らしくいられるかをワークショップでずっと練習しました。もし映画の設定に自分が置かれたら、どのような反応をするのかをしつこく聞きましたし、一緒に演じている相手にどれだけ集中して自然な反応をえられるかを繰り返しやりました。演技の技術は経験はありませんが、自然体にできていたと思うし、いい表情のときは、本人たちにとっても感情が少し動かされているような状況だったと思います。
 
 
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―――音楽面について、どのようなものにインスピレーションを得て、劇伴を作ったのか?
監督:音楽は本当にこだわりがあり、撮影や音楽を通して重要な核と言えるコンセプトがありました。近未来の設定ですが、ショットの構成の仕方や照明の作り方、音楽の感情を作る際に、彼らが今の僕と同じ33歳ぐらいになったときに、自分の高校時代を思い返すような感覚で撮ろうと決めました。さらに近未来から、近未来を撮りたいと思い、それを踏まえて音楽を作りました。だから楽しいシーンでも必ずしも楽しいものではなく、ちょっと悲しかったり、喧嘩のシーンでも初めて言い合える仲になってよかったねという感じにしたり。物語で実際に彼らが感じているのとちょっと違う視点で考えたので、お客さまから「懐かしい」と言われるのもそこから来ていると思います。僕自身が高校生のころを思い返しながら、脚本を書いているのでそうなっているのかもしれませんが。
 
 
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―――どうして近未来を舞台にしたのか?
監督:発案したきっかけはいくつかあります。大学自体に311(東日本大震災)がきっかけで企業や政府の行動を注意深く追い、様々な本を読んで調べるようになったのです。政治性が芽生えた時期で、当時アメリカでは政治運動がより盛んだったのですが、オキュパイ・ウォールストリート(経済格差の是正などを訴えるウォール街デモ)やブラック・ライヴズ・マター(人種差別抗議運動)があり、その後、トランプが大統領になった激動期にこの作品を発案しました。それと同じ時期に、日本の地震の歴史を調べた結果、衝撃的だったのが1923年に起きた関東大震災と、その際に起きた朝鮮人虐殺という大事件です。その事件を調べていた2014年から15年当時、ヘイトスピーチが大久保で多かったのです。その事象と歴史を見ると、そのときに起きてしまった虐殺の原因となる差別が現代に残っていたのではないかと感じました。東京に戻ったとき、よく言われるのは「30年以内に大地震があるだろう」という話で、差別や植民地主義の歴史に起因する構造的な暴力が反省されないまま、大地震が起きてしまったらどうなるのだろう。そういうことは起こり得るという危機感から未来のことを考え始めたのがこの映画を作りたいと思う衝動の一つです。
 だだ、そのことが書きたいわけではなく、大学時代に体験した友情の決裂の感情や、友人たちと政治性の違いで自分から距離を置いたり、切り離されたりしたのがすごく悲しい出来事として残っており、その感情を描きたかった。歴史的事実を知った危機感と、大学時代の感情が合わさって、この作品ができました。
 
―――タイトルがどんどん変わったそうですが、『HAPPYEND』に落ち着いた理由は?
監督:最初は、この映画を発案するきっかけの自然現象である『地震』と仮につけていたのですが、『地震』はメタファーなので、それが起こすトラウマと本当に向き合っている映画ではないし、本当に地震を体験した人たちに変な印象を与えるのではないかと思っていました。次に『トレモロ』というタイトルにしていた時期もありましたが、映画を観終わったあとにタイトルが出ると、違和感があったのです。50個ぐらいの候補の中でずっと頭の中に『HAPPYEND』ハッピーエンドが残っていました。よく考えてみると、シンプルなフレイズだけど、“HAPPY”が持っている溌剌とした語感と、”END“が持っている終末的な世界観が合わさったとき、映画の一番最後に感じる感情、友情関係は終わってしまうけれど、若者のエネルギーが現れているのではないかと思いました。
 
 
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最後に神戸市立科学技術高等学校の河野彰信校長が、2校を代表して空音央監督に花束を贈呈。河野校長は「物作りをやっている学校なので子どもたちにも刺激になると思い、二つ返事でお受けしました。映画を拝見すると、背景の中でたくさん使っていただき、映画は背景のロケ地が重要な役割を果たしていると感じました」と、今後も撮影協力することを明言。空音央監督も、作品を作る際に参照した資料や、パレスチナ支援窓口が掲載されているスペシャルペーパーを来場者にプレゼントし、「神戸素晴らしかったです」と最後に改めて感謝の言葉で締めくくった。
(江口由美)
 
『HAPPYEND』映画レビューはコチラ
 

 
<作品情報>
『HAPPYEND』
(2024年 日本・アメリカ 114分)
監督・脚本:空音央 
出演:栗原颯人、日高由起刀、林裕太、シナ・ペン、ARAZI、祷キララ、中島歩、矢作マサル、PUSHIM、渡辺真起子、佐野史郎 
テアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、MOVIX京都、MOVIXあまがさき他全国で絶賛上映中
(C) Music Research Club LLC
 

hajimari-bu-550.jpgモントリオール映画祭で最優秀ドキュメンタリーを受賞した「健さん」、故・樹木希林さんが企画・出演した「エリカ38」などで注目を集める日比遊一監督の最新作『はじまりの日』が10月11日に全国公開されました


hajimari-pos.jpg本作は従来のミュージカル映画とは一線を画す、フィルム撮影にこだわった抒情的な映像と魂の歌声で紡ぐ大人のための音楽ファンタジーです。主演を務めるのは、ex JAYWALKのボーカリストとしてミリオンヒットを飛ばし、「何も言えなくて・・・夏」にて日本レコード大賞を受賞したロックスター・中村耕一。中村とともにW主演を演じるのは、2020年5月シングル「Pride」でソニー・ミュージックレーベルズ/アリオラジャパンからメジャーデビューし、その歌唱力、表現力にミュージカルでも注目されている実力派シンガーの遥海


かつて一世を風靡したロックスターと、未来の歌姫という世代を超えたコントラストの中で描かれるのは、再び光を放つことへの優しい視線と自信を小さな一歩へ変える勇気。そして脇を固める実力派の俳優陣が物語をさらに味わい深いものに導いています。


この度、本作の公開を祝して、10月11日にTOHOシネマズ日比谷にて初日舞台挨拶を開催いたしました!

アーティストにして初演技に挑み、W主演を飾った中村耕一さんと遥海さん、そして共演の竹中直人さん、日比遊一監督の4名が登壇し、ついに全国公開となった喜びやお互いの印象、そして中村より満席の観客を前に、赤裸々な衝撃告白が飛び出すなど、イベントは大盛況で終了いたしました。


■日時:10月11日(金) 14:30~15:00 ※上映前舞台挨拶
■場所:TOHOシネマズ日比谷 スクリーン7 (千代田区有楽町1-1-2 東京ミッドタウン日比谷4F)
■登壇者:
 中村(なかむら)耕一(こういち) ( ex JAYWALK/73歳/男役)、(はる)()(28歳/女役)、
     竹中たけなか直人なおと(68歳/矢吹役)、日比ひび遊一ゆういち監督(60歳)
  司会:伊藤さとり  



hajimari-bu-中村耕一(ex JAYWALK).jpg公開を迎え、中村は「映画は何回か観ましたが、まだ正視できないというか、ちょっと照れ臭いですね・・・」と照れ笑い。遥海も「プライベートでも何度か来ている映画館で、まさか自分が舞台挨拶の立つ側になるなんて思ってもみなかったです。自分の歌っていない姿を見られるのって、なんだか内臓を見られている気分で・・・」と照れながら、「赤裸々に演じたので、皆さんにその気持ちが届いたらいいなと思います」と胸を張った。


“男”の同僚で、音楽プロデューサー・矢吹を演じた竹中は、中村・遥海と共演し、「役者の次元ではないところに存在してくださった。お二人とも少年・少女のようで、とても柔らかい空気を出していたんです。なので、とても居心地が良かった。こうやって“恥ずかしい”と仰っていますが、とてもピュアで可愛い!僕も映画に出るなんて、未だに恥ずかしいですから」と笑顔で二人を称えていた。
 

hajimari-bu-竹中直人.jpgそんな竹中との共演に中村は「現場では、普段の竹中さんとカチンコが鳴った時の竹中さんとが、あまりにも違ってギャップが大きすぎて・・・」と、俳優・竹中直人になった時を目の前にして驚いたことを告白した。そして、「昔からファンだった竹中さんと共演させていただいて光栄でした。目の前で“笑いながら怒る人”をやってもらってどうやるのか教えてもらって最高でした」と、楽しそうに裏話も披露した。


その言葉に竹中は「とにかく耕一さんがチャーミング。何も知らないで存在している感じがいい。その空気を感じることができて楽しかったです」とニッコリ。「あと、劇中で耕一さんがギターを弾きながら階段を下りていくシーンがあるのですが、そこは“階段気をつけて”とちょっとドキドキしちゃいました」とおどけて見せ、「遥海さんの歌声も凄い歌唱力で、本当に圧倒されました。お二人を前に、目もくらむような時間を過ごさせてもらいました」と充実感を覗かせた。


hajimari-bu-遥海.jpg一方で遥海は「カメラが回っていないときの竹中さんは、もの凄く楽しい方で、現場の雰囲気が和むんです。今日も隣の控室から口笛が聞こえてきて、(現場を思い出して)懐かしい気持ちになりました」と、竹中の存在感に感謝した。


また、本作にある「まだ、諦めていない」というテーマにちなみ、「まだ諦めていないことは?」という質問が。13年前の不祥事を引き合いに出しつつも、中村が「歌をずっと歌っていくことを諦めないで、頑張っていきたい」と答えると、会場からは温かい拍手が送られた。遥海は「諦めていないというか、まだ目指しているものですが」と前置きをしつつ、「たくさんの人に自分の歌声を聞いてもらいたい。そして、徐々に会場を大きくして、いつか東京ドームの舞台にも・・・なんて夢を見てもいいかな。と思っています!」と目を輝かす。思わず「東京ドームなんて言っちゃった・・・」と恥ずかしがると、中村が「いいんじゃない?」と背中を押し、「コンサートもそうですが、映画の中で歌う遥海さんの歌は、本当に圧倒的なんです。それを残してもらいたいという想いが僕にもあります」と言って、遥海に寄り添って見せた。


hajimari-bu-日比遊一監督.jpg日比監督は「映画を映画館で観てもらいたい。その文化を残していきたと強く思っています。映画の画面力、歌の力を(映画館で)体感してほしいですね」と力強く語った。


さらに、満席の観客を前に、登壇者が“今だから言える”本当のことを告白することに!最初は口ごもっていた3人だが、遥海は「実は今月のライブで映画の中の歌を歌います!」と発表。中村は「ライブの時や、ここぞというときには赤い下着をつけています」と衝撃の告白をし、会場を沸かす。「以前、俳優の方にはそういう方が多いと聞いて。僕もライブで履いてみたら、凄く上手くいったんです。巣鴨のパンツも持っていますよ」と明かすと、竹中も「僕も今舞台をやっているんですが、赤いパンツを履きますよ」と同調し、中村と顔を見合わせて笑った。


竹中は「耕一さんや、舞台でご一緒している野田秀樹さんのように、同年代の男の人が頑張っている姿を見ていると思わず後ろから抱きしめたくなるんです」としみじみ。


hajimari-bu-中村、遥海.jpg最後に遥海が「それぞれの役の方々の心情の変化、男の再生、女の誕生のお話ですが、あの頃の自分にちょっと似ているな。分かるな。と、ご自分と重なる部分を思い浮かべながら、この映画を観てもらえたら嬉しいです」とコメント。中村は「“諦めない”ということが1つのテーマになっていますが、人生の中で諦めなきゃいけないことはあると思うんです。でも、諦めたくないものは諦めないでほしい。僕もこの過去13年くらいの生活でもそうでしたが、諦めないということが大切だと思います。それをこの映画で感じてもらえたら。音楽と同じで、皆さんが感じるままに映画を楽しんでもらえたら嬉しいです」とメッセージを送り、舞台挨拶を締めくくった。
 


【出演】中村耕一 遥海              高岡早紀 山口智充 岡崎紗絵 羽場裕一
              尚玄 鈴木美羽 穴倉秀磨 秋野暢子 麿赤兒/竹中直人
【監督・脚本・プロデュース】日比遊一
【配給】ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
【コピーライト】©︎ジジックス・スタジオ
・公式HP:hajimarinohi.jp
・公式X:@hajimarinohi_jp

2024年10月11日(金)~TOHOシネマズ 日比谷、大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、OSシネマズミント神戸 ほか全国ロードショー!(10月5日(土)ミッドランドスクエア シネマ名古屋 先行)


(オフィシャル・レポートより)

 

 
 
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 岡山県牛窓にある猫神社こと五香宮に集まる猫たちと、猫を世話する町の人たちから地域コミュニティーの今を映し出す想田和弘監督観察映画第10弾『五香宮の猫』が、2024年10月18日(金)より京都シネマ、19日(土)より第七藝術劇場、26日(土)より元町映画館他、全国順次公開される。
 
 前作の『精神0』(20)から4年ぶりとなった本作では、牛窓の神羅万象に目を向けながら、町を駆け抜け、たくましく生きる猫たちに肉薄。五香宮で地域の人が参加してのTNR活動、自治会会合での話し合いなど、猫たちを巡る問題は、半野生の動物と人間がどう共生していくのかを探る手掛かりにもなる。地域活動に参加する元気な高齢者たちの姿にも勇気づけられることだろう。本作の想田和弘監督に、お話を伺った。
 

 

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■避けてきた地域コミュニティー(自治会)で体感したことは?

―――ニューヨーク在住だった想田さんは前作『精神0』のキャンペーンで2020年、日本が海外からの水際対策をしていた時期に東京滞在をし、そこから岡山県牛窓に転居されたことで、この作品の誕生につながる訳ですが、その経緯を教えていただけますか。
想田:柏木の母が牛窓出身なので、97年に(柏木)規与子さんと結婚してから時々遊びに行っていたのですが、本格的に牛窓が好きになったのは2012年に『演劇1』『演劇2』のプロモーションのため帰国したときです。キャンペーンの合間に空いてしまった1ヶ月間、自然豊かな場所でゆっくりしたいなあと思ったときに、柏木の母の同級生が家の離れを貸してくださり、すごく牛窓が好きになってしまった。近隣の漁師さんと仲良くなり、彼らやこの街を撮りたいと思った結果、2013年に『牡蠣工場』『港町』を撮影しました。以降も休暇のたびに牛窓に滞在していたのですが、『精神0』のキャンペーンでコロナ禍に東京で足止めになったときは、相当キツかったですね。民泊に閉じ込められた状態で、映画館はおろか、どこにも行けなかったので、どこかに逃げたいと思ったとき、行く先は当然牛窓でした。ある日牛窓の海が見える2階の部屋で昼寝をしていると、このままここに居たいなと思ってしまった(笑)
 
―――1ヶ月間滞在するのと住むのとでは、随分違ってくると思いますが。
想田:僕は栃木県足利市出身ですが、そこから東京、そしてニューヨークに行ったわけで、地縁や血縁から逃れ、個人として自由気ままに生きることを志向してきたんですね。でも牛窓に住むとなると自治会に入り、自治会費を払い、近所の草刈りや神社の掃除をするわけで、最初は自分が自分じゃないような感じがしました。でもやってみると案外楽しくて、人間は長い歴史を通じておそらくこうしてずっと生きてきたわけで、それを鬱陶しいものとして排除したことで生まれた弊害はものすごく大きいことに気がつきました。
 
 
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■牛窓暮らしで、人生のプライオリティーが変わった

―――この作品は五香宮にいる野良猫を入り口にしながらも、町のコミュニティーやそこにある自然、生き物など森羅万象が描かれ、主役的な人が存在していたこれまでの作品からさらに高みに到達したような、素晴らしい作品だと思います。前作が2020年だったので、観察映画第10作となる本作ができるまで、結構時間がかかったんですね?
想田:これまでは1〜2年に1本公開するペースで作品を作ってきましたが、今回は4年ぶりとなります。というのも、僕のプライオリティーが変わったのです。ニューヨークで暮らしていたときは仕事が最優先で、それ以外は全て邪魔なものだと蹴散らしてきましたが、今やそれが逆転し、蹴散らしてきたものを大事にし、暇ができたときに映画を作ったり、仕事をしていますね。
 
―――それぐらいがちょうどいいと思います。今は多くの人が世の中の早すぎるスピードに飲み込まれ、気持ちが病んでしまいがちですが、スピードを落としてゆっくり目の前を見ると、豊かなものが見えてくるのではと思いますよね。
想田:はい。目標を設定してそのために何かをやるということばかりしていると、やっていることが全て何かの手段になってしまい、早く済めば済むほど良いことになってしまう。僕の場合は、映画を作ることが最大の使命になっていたので、それ以外のこと、例えばご飯を食べるのも単なる「給油」みたいな感覚でしたが、今はひとつひとつのこと、それ自体に意味があると思って楽しんでいます。食事を作ったり、散歩をしたり、瞑想をしたり、猫と遊んだり、友達と時間を過ごすことを一番大事なことと思い、何かのためではなく、それ自体に意味があることとして暮らしています。なぜだかわからないけれど、そのように切り替わっていったんですよ。
 
―――牛窓暮らしでご自身にも大きな変化があったんですね。
想田:そうですね。例えば猫なんて、明日のために努力しないし、昼寝するときは全力でするし。そこに「いる」ということができるわけです。僕も8年ぐらい前から本格的に瞑想をするようになったのですが、いかに人間にとってここに「いる」ことが難しいか。いくら瞑想で自分の呼吸に意識を集中しようとしても、必ず、今日の晩御飯はどうしようとか、昨日のインタビューはもっとこんなことが言えたのにとか、そんなことばかり頭に浮かんで、ただそこにいるということができない。牛窓の家の庭に樹齢100年以上になる木があるのですが、100年間微動だにせず、そこにいるわけです。そういうものをしげしげと見つめていると、凄いなあって心底尊敬するし、自分のお手本に見えてくるんですよ。
 
 
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■人間がどのように半自然と付き合うのかをテーマに、身構えずに撮る

―――今回は、どういう気持ちでカメラを回しておられたのですか?
想田:最初は規与子さんが地域猫活動のTNR(避妊去勢手術)を手伝うことになり、明日五香宮で一斉捕獲があると聞き、どんな感じなのだろうと興味を抱いてカメラを回し始めたんです。そこから2〜3日五香宮に張り付いていると、いろんな人がやってくるんです。それを気の向くままに撮らせてもらううちに、場として面白いと感じ始め、定点観察するといい映画になる予感がしたんです。そこから結局2年近くカメラを回しました。といっても、最初は毎日のように撮影していましたが、それが一段落した後は、祭りや行事、掃除のある日など、何かあるときに撮影をしていました。
 
―――地域の情報は大事ですね。ちなみに猫はカメラで撮ろうとすると逃げられそうな気がしますが、想田さんのカメラは相当肉薄していましたね。
想田:こちらが何かを撮ろうとすると、猫に伝わり、身構えられてしまうんです。ですから撮るという意識を持たずに撮るという…。
 
―――難易度が高いですね(笑)猫に試されているような。
想田:試されますよ。なるべくそこにいるだけという感じに自分の意識を持っていくようにしています。まあ、それは相手が人間でも同じなんですけどね。観察映画の考えは、何かを撮ろうとするのではなく、よく見て、よく聞いて、そこで発見したことを素直に映画にするわけですから、猫の撮影はその訓練になりますね、
 
―――タイトルにもなるぐらい猫をたくさん撮影して、気づいたことはありますか?
想田:猫は完全に野生ではなく、半自然の存在です。人間の関与がなければ生きていけない動物なんです。野良猫であっても、ずっと撮っていると背後に必ず人間の影が見えてくるので、人間がどのように半自然と付き合っているのかが、一つのテーマになったと思います。
 
 
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■タブーの猫問題に切り込み、猫のいない社会の違和感を想像

―――地域猫についての意見を町の人に聞いておられますが、みなさん、非常に慎重な返答をされていたのが印象的でした。
想田:実は猫の問題は地元ではタブーです。だからこの作品を作ること自体、タブーに触れるような行為でもありました。というのも猫が好きな人と糞尿被害で困っている人がくっきりと分かれていて、あなたはどちらなのと探り合っているところがあります。そういう中で映画を撮るのは緊張しましたし、僕の質問に答えてくれる人もとても言葉を選んでおられましたね。
 
―――映画が進むにつれ、野良猫たちが地域の問題になっていることがわかってきますね。
想田:野良猫の避妊去勢手術は、ある意味妥協策です。猫を世話する側からすると、今後新たな猫が生まれることはないので、今いる猫たちに餌をやることを認めていただきやすいんですね。でも、本当にそのやり方がいいのか。避妊去勢手術を進めていくと、ひょっとすると、近い将来一匹も野良猫がいなくなってしまうかもしれない。そういう社会でいいのかと、避妊去勢手術を自分でも実践しながら、違和感も覚えるんですよ。猫がその辺をウロウロしているぐらいの包容力というかおおらかさが社会から失われている証拠なのではとも思いますよね。ホームレスを排除するベンチと似たようなものを感じます。街が管理され、コントロールが可能になればなるほど、野良猫のように制御不能な存在は生きていく余地が狭まり、排除されていく。これは先進国共通の流れではないでしょうか。
 
―――小学生たちが野良猫たちとじゃれ合うシーンもありましたが、地域の動物と触れ合うことは、生き物との共生を体感する上でも大事なのではと思いますが。
想田:みんなで野良猫の面倒を見たり、ケアをすることができれば、地域にとっても一つのプロジェクトになり得るし、そういうことができれば一番いいのにと、僕のように猫の好きな人間は思うわけです。ただ、彼らの糞尿で悩まれている方もいるので、本当に難しい問題です。
 
 
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■老後のロールモデルに囲まれて、歳をとるのが怖くなくなった

―――本作は牛窓を通して昔の日本のコミュニティーのあり方を描いています。町の風情も素敵だし、典型的な地方の高齢化も映し出していますが、みなさんお元気で、その点でもお手本のようですね。
想田:老後のロールモデルがたくさんいらっしゃるので、以前ほど歳をとるのが怖くなくなりましたよ。この映画に登場する「てんころ庵」という女性が運営しているサロンでは、80代から90代が中心です。女性の方が長生きで、夫亡き後ほとんどがひとりで暮らしていらっしゃる。でも全然寂しそうではなくて、毎週集まっては一緒にご飯を作って食べたり、体操をしたり、生協(共同購入)したりしている。そうやって繋がって入れば家族である必要はなく、ご近所さんでも大丈夫なんですね。僕はニューヨークに住んでいるときは、あまり自分の明るい老後を想像できなかったですが、今は年をとったら猫と遊んで、散歩でもしていればいいんだと思えるようになりました。
 
―――都会から離れ、自然に囲まれた場所で、ご近所さんとのんびり暮らす。いいと思います。
想田:本当は生きることって、シンプルなんじゃないかな。お日さまがあり、きれいな空気と水があり、土があり、そして仲間がいればなんとかやっていける。それだけの話なんですよ。
 
―――五香宮でのご神事も映していらっしゃり、日本の各地で行われている伝統行事を記録することの重要さも感じました。
想田:今はかろうじて五香宮を支えるコミュニティーが維持されていますが、超高齢化しているので、近い将来、五香宮の神事もなくなる可能性があります。そして猫もいなくなってしまうかもしれない。だから、僕が今見ている愛おしい光景を、今回タイムカプセルに詰めるような気持ちで映画を撮ったとも言えます。
 

■アフターコロナのミニシアターでの取り組みと、配信が作り手に与える深刻な状況

―――想田さんは地元岡山のシネマ・クレールさんで、シネマ放談の会を定期的に開催され、好評を博しておられますね。
想田:全国のミニシアターでやってほしいぐらいです!映画をみんなで観て、その後そのまま映画館に残って1時間以上、たっぷりと言いたい放題をするという会で、映画の悪口もOKなんです(笑)。規与子さんも毎回参加していますが、歯に衣着せぬとはこういうことかというぐらい毒舌のときもあって。僕はファシリテーターなので焚きつけるだけ。最初に五つ星を満点として、どの星をつけたかみなさんに挙手してもらうんです。するとだいたい五つ星と一つ星の方がいるので、一つ星の人の方から話を聞いていき、次は五つ星の人が反論するのを聞いていると、みなさん自分の意見を言いたくなってくる。それが本当に楽しいし、常連さんも増えて、お客さん同士のつながりも出てくるので、場としての映画館も盛り上がっていくのではないかと期待しています。
 
―――ちなみにアフターコロナのミニシアターの状況は、どのような状況と認識されていますか?
想田:劇場にもよりますが、コロナで減ったお客さんが戻ってきていないというのはよく聞きます。あと今年はDCPの入れ替え時期なので、そこをどう乗り越えるかですね。もう一つ、DVDが本当に売れなくなったのが結構問題になっています。一般の方は、代わりに配信で稼げばいいじゃないかと思われるでしょうが、配信はほとんど儲けがない。配信されていることでDVDも売れなくなり、映画館でも観客が減るというマイナス効果はあっても、プラス効果になることは見出しにくいですね。一部の人気作品を除き、ほとんどの映画は本当に収入にならない状況です。僕も最近は、配信に出さない方がいいんじゃないかと思っています。ソフトへの揺り戻しがあればいいのですが、なければ製作者も配給会社も両方とも厳しくなりますね。
 
 
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■目指してきた観察映画のコンセプトにすごく近くなれた

―――牛窓の自然をさまざまな天候のもとで撮影したものが、随所に挿入されていますが、日頃から意識的に撮影しているのですか?
想田:さまざまな天候の牛窓を撮りたいとは思ってました。毎朝起きるとランニングするのが日課なのですが、本当に毎日海の色や光が違うし、いつも見とれてしまうんですよ。そういう景色を撮っておきたいという気持ちはずっと持っていたので、それをする良い機会になりました。
 
―――その自然な肩の力の抜けた感じや、想田さんの心持ちが映っていた気がします。
想田:もともと僕が目指してきた観察映画のコンセプトには、すごく近くなれたのではないかという気がしています。ドキュメンタリーといえば、すごい大事件だとか、貧困とか、とても惨めな顛末などを観客が欲望し、それにつられて作り手もそういうものを欲望してしまう。ある意味ディザスターツーリズムのような、人の不幸を飯の種にするところが、どうしてもあると思うのです。一方観察映画は、わたしたちの日常にカメラを向け、観る側がよく観て、よく聞いて、センサーの感度を上げながら、日常生活に起きるさざ波のような変化を捉えれば、それが映画になるという考えなのです。今までもそれを心がけていましたが、そこまで徹底できず、事件やすごい展開を期待してしまう気持ちがずっとありました。でも今回、それは本当になかったです。それどころか、たびたびカメラを回すのを忘れてしまって。例えば、野良猫は寿命が短く、本当によく死んでしまうのですが、誰々が死んだと聞いたら思わずカメラを持たずに駆けつけてしまう。お葬式の後に、「今のを撮っておけばよかった」と思う一方で、世話をしてきた人のことを考えると、撮るのは気がひけるという気持ちもありました。ただ、一度はそういう現実をちゃんと描かなければ嘘がある気がして、一度だけ心を鬼にして撮らせてもらいました。結果的には命のサイクルを描く映画にもなったと思います。
 
―――海外生活の長かった想田さんですが、日本の良さに気づく部分もあったのでは?
想田:すごく日本の良さを見直す機会になりました。猫のことで揉めそうになっても、踏み込む一歩手前で止めるみたいな、衝突を避けるための知恵がありますね。僕自身はいつも踏み込んで、白黒ハッキリさせてきた人間なので、問題自体は解決しなくても、そこで顔を合わせて話すだけで、解決に近い平和が訪れる。そういう発想がなかったので、これはすごいと思いました。
(江口由美)
 

<作品情報>
『五香宮の猫』(2024年 日本 119分)
 監督:想田和弘 製作:柏木規与子
2024年10月18日(金)より京都シネマ、19日(土)より第七藝術劇場、26日(土)より元町映画館他、全国順次公開
※10月20日(日)京都シネマ、第七藝術劇場、11月4日(月・祝)元町映画館にて想田和弘監督の舞台挨拶あり
 公式サイト⇒https://gokogu-cats.jp/
(C) 2024 Laboratory X, Inc
 

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■⽇ 程: 10⽉3⽇(⽊)舞台挨拶 19:00〜19:30

■会 場: テアトル新宿(東京都新宿区新宿 3-14-20 新宿テアトルビル B1F)

■登壇者: 井浦新、⽔原希⼦、三浦透⼦、⻫藤由貴、永瀬正敏、甲斐さやか監督 (敬称略)



⻑編映画デビュー作『⾚い雪 Red Snow』(19)が第14 回 JAJFF(Los Angeles Japan Film Festival) 最優秀作品賞を受賞するなど、繊細かつ圧倒的に作りこまれた世界観が国内外問わず⾼く評価されている甲斐さやか監督の最新作、⽇仏合作映画『徒花 -ADABANA-』の公開が 2024 年10 ⽉18⽇(⾦)にテアトル新宿、TOHO シネマズ シャンテ他で全国順次公開いたします。


adabana-pos.jpg映画『徒花-ADABANA-』の完成披露上映会が、10 ⽉ 3 ⽇に東京・テアトル新宿にて開催され、主演の井浦新をはじめ、共演の⽔原希⼦、三浦透⼦、⻫藤由貴、永瀬正敏と、監督を務めた甲斐さやかが舞台挨拶に登壇した。⻑編映画デビュー『⾚い雪 Red Snow』(19)が第 14 回 JAJFF(LOS Angeles Japan Film Festival)で最優秀作品賞を受賞するなど、繊細かつ圧倒的に作りこまれた世界観が国内外問わず⾼く評価されている甲斐さやか監督の最新作となる、⽇仏合作映画『徒花-ADABANA-』は、ウイルスの蔓延で⼈⼝が激減し、病にむしばまれた上層階級の⼈間だけにもう⼀つの⾝体「それ」の保有が許されるという世の中で、⾃分の「それ」と対⾯した男の葛藤を描き出す。死が⾝近に迫る新次を井浦新、臨床⼼理⼠まほろを⽔原希⼦が演じ、他にも三浦透⼦、⻫藤由貴、永瀬正敏ら豪華実⼒派俳優が顔を揃えた。


タイトルの『徒花(あだばな)』とは、「無駄な花」を意味するが、そこにこめられた美学と⽣命の価値、今ここにある「怖さ」を突きつける本作。甲斐監督が 20 年以上かけ構想し、書き上げたオリジナル作品であり、フランスの国⽴映画映像センターが⾏う助成制度「CNC」の対象作品で、第 37 回東京国際映画祭の新設部⾨となるウィメンズエンパワーメント部⾨への出品も決定するなど、多くの注⽬が集まっている。



満席の会場を⾒渡しながら、井浦は「通いなれたテアトル新宿で、この作品で⼀緒に登壇する監督、共演者の皆さんと、こちら(舞台)側からいつもと全然違う景⾊を⾒せていただいてありがたく思います」と感慨深げ。

⽔原も「撮影していたのは 2 年前。まだコロナ禍で、今とは全然違う状況でした。私⾃⾝が観たいと思う作品に出られたことをとても嬉しく思います」と喜びをかみしめる。

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新次の過去の記憶に登場する、海辺で知り合った謎の「海の⼥」を演じた三浦は「撮影⾃体は短かったのですが、もの凄く印象に残っていて、好きな映画です。皆さんに届けられて嬉しいです」と微笑みながらも、撮影は過酷だったようで、「寒かったです(笑)。でも皆さんに『⼤丈夫︖』と⾔っていただいて、あんなにケアをしてもらった現場はほかになかったです。楽しい撮影でした」と述懐していた。

 


adabana-500-3.jpg新次の幼い頃の⺟親役を演じた⻫藤は「最初に出演のお話をいただいたときに、ディレクターズステートメントというものを頂戴し拝読しました。その時にとても印象的だったのが、扱っているテーマは難しい部分があるけれど、甲斐監督が作りあげたこの映画の⾏間にある空気感みたいなものを、皆さんに感じていただきたいと思いました。私はとても毒々しい役を演じておりますが、とてもやりがいのある挑戦でした」と語る。役柄的に⼤⼈の新次と会うことはないが、井浦は⻫藤の撮影現場にも駆けつけていたという。

新次の主治医を演じた永瀬は「この映画の完成作品を観たときに、もうすぐに次回作が観たいと思えた作品でした。甲斐監督の⼼の中に思いを皆さんに届けてほしいと思いました」と、すっかり監督の世界観に魅了された様⼦。


甲斐監督は「この⽅に出ていただきたいと思った⽅々に出ていただけたことは、あらためて⼤それたことをしたもんだなと(笑)。とても素敵なキャストの⽅々が魂を削って、そこに存在してくださったことに本当に感謝しますし、お芝居が本当に素晴らしいです」とキャスト陣に感謝を表した。


adabana-500-5.jpg新次と「それ」の⼆役を繊細に演じた井浦は、感想を聞かれ「もう具合が悪くなりました」と苦笑い。それでも「これまで1⼈2役の経験がなかったので、絶対にやりがいしかないだろうなと思いましたね」と意欲満々。甲斐監督作品の『⾚い雪 Red Snow』(2019年)にも出演しているが、「甲斐監督の作品に没⼊するのは、俳優として凄く幸せを感じるんです。どれだけ苦しくて、具合が悪くなって、痛くても、それが全て喜びへと変わっていく。それを⼀度経験させてもらっているので、またこの『徒花』で無茶苦茶やらせてもらえるんだ︕と嬉しさもありながら、不安しかなかったりもしました」と⼼情を吐露。


井浦の熱量も⼤きかったようで、監督は「井浦さんからも⾊々なヒントをいただきましたので、それを絶対に形にしようと思いました。もう皆さん凄くて、⾒どころがたくさんある。俳優の⼒って本当に凄い。驚くばかりでその感動が多いです」と俳優たちの⼒量に圧倒されていた。


adabana-500-1.jpg⽔原も臨床⼼理⼠を演じるため、実際に臨床⼼理⼠にインタビューをして役作りをしていったそうで、「病院に勤める臨床⼼理⼠の⽅の、(患者との)距離感が絶妙なんです。どこまで受け⽌めて、寄り添って、仕事としてまっとうするか・・・。これはとんでもなく⼤変なお仕事だなと」と感銘を受けながら演じていたと話した。

井浦とは初共演となる⽔原。「新次とまほろの絶妙なもどかしい関係値」と⾔い、難しさもあったようだが、井浦の印象を「天使です︕」とニッコリ。「⾃分が役と葛藤して不安そうにしていると、『⼤丈夫、⼤丈夫だよ』と⾔ってくださって」と井浦に感謝。「私は皆さんに⽀えられて演じることができました」としみじみと振り返っていた。

⼀⽅で、井浦は⽔原を「希⼦さんは本当にまじめです。初めての顔合わせのときも臨床⼼理⼠の話が⽌まらなかったです(笑)。⾃分の出番がないときでも常に現場から離れず、寄り添って、最⼤限に楽しみながら、苦悩しながら臨んでいる姿がとても素晴らしかった。本当にまじめに役にしっかり向き合う⽅だと感動しました」と絶賛する。


adabana-500-4.jpg⼀⽅で、本作のオフィシャルカメラマンも務めた永瀬。「撮影の合間にも⾊々なところをカメラに収められて幸せでした」と充実感を滲ませると、監督が「朝からオ⿊⼦に徹していて、オーラを消して現場にいるので、(永瀬だと)知らないスタッフが普通にスタッフのように永瀬さんに指⽰出していましたよね(笑)三浦さんの海のシーンでもずっといらっしゃって。最後まで待ってくださって凄くいいショットになりました」と感動しきり。

井浦も「永瀬さんが甲斐組の守り神のようにいてくれましたね」と微笑み、「本当に素晴らしい素敵な写真がたくさん⾒られます」と伝える。永瀬は恐縮しながらも「次もカメラマンとして呼んでください(笑)」と監督におねだりも。


“徒花”というタイトルについて、監督は「“無駄な花”と⾔う意味もありますが、⼈間の存在を描いているような作品にしたかった」ですと述べ、「忙しい⽇々の中で⾃分を⾒失ってしまうような現代に⽣きていることもあるかもしれませんが、ちょっと⽴ち⽌まってそこに空虚だけでなく希望のようなものを作品に託したつもりです。役者の皆さんが⽣々しいお芝居で強いメッセージを送っているので、何かを感じ取っていただいて、その思いを抱きとめていただけたら嬉しいです」と思いの丈を⼝にする。


最後に、井浦は「甲斐監督の私たちへの問いかけは、本当に鋭い⽬には⾒えないくらい刃で突き刺してくるような衝撃がありますが、その刃に刺されると痛みもありますし、苦しさもありますが、その痛みを越えた先には作品を観た⼈の数だけ素敵なものが待っていると思います。この作品は観れば観るほど楽しくなっていくと思います」とアピール。

そして、監督が「構想から凄く⻑い年⽉が経って、ようやくこの作品を作ることができましたが、このキャストの皆さんに出ていただかなければ全く違う映画になったと思いますし、いま撮れて本当に良かったなと思います。この⽅々の感性というものを掛け合わせての『徒花』だったと思います。お芝居の凄さにもきっと衝撃を受けていただけるんじゃないかなと。現実が急激に⾃分を追い越していくようなスピードで、じっくり⾊々なことを考える時間が持てない時代だと思いますが、スクリーンで皆さんと対話して思ったことをまた教えていただけたら嬉しいです」とメッセージを送り、舞台挨拶を終了した。
 


【『徒花-ADABANA-』作品情報】

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【STORY】
裕福な家庭で育った新次(井浦新)は、妻との間に⼀⼈娘も⽣まれ、周りから⾒れば誰もが望むような理想的な家族を築いていた。しかし、死の危険も伴うような病気にむしばまれ、とある病院で療養している。⼿術を前にした新次には、臨床⼼理⼠のまほろ(⽔原希⼦)が⼼理状態を常にケアしていた。しかし毎⽇眠れず、⾷欲も湧かず、不安に苛まれている新次。

まほろから「普段、ためこんでいたことを話すと、⼿術に良い結果をもたらす」と⾔われ、過去の記憶を辿る。そこで新次は、海辺で知り合った謎の「海の⼥」(三浦透⼦)の記憶や、幼い頃の⺟親(⻫藤由貴)からの「強くなりなさい、そうすれば守られるから」と⾔われた記憶を呼び起こすのだった。記憶がよみがえったことで、さらに不安がぬぐえなくなった新次は、まほろに「それ」という存在に会わせてほしいと懇願する。

「それ」とは、病気の⼈間に提供される、全く同じ⾒た⽬の“もう⼀⼈の⾃分(それ)”であった……。

「それ」を持つのは、⼀部の恵まれた上層階級の⼈間だけ。選ばれない⼈間たちには、「それ」を持つことすら許されなかった。新次は、「それ」と対⾯し、⾃分とまったく同じ姿をしながらも、今の⾃分とは異なる内⾯を持ち、また純粋で知的な「それ」に関⼼を持ちのめりこんでいく……。


出演:井浦 新 ⽔原希⼦ / 三浦透⼦ 甲⽥益也⼦ 板⾕由夏 原⽇出⼦/ ⻫藤由貴 永瀬正敏
脚本・監督:甲斐さやか
プロデューサー:布川 均 宮⽥公夫 ビックァン・トラン ⾚澤賢司 上野弘之
撮影:⾼⽊⾵太
⾳楽:⻑屋和哉 ⾳楽プロデューサー:akiko
制作プロダクション:ROBOT DISSIDENZ
配給・宣伝:NAKACHIKA PICTURES
Ⓒ2024「徒花-ADABANA-」製作委員会 / DISSIDENZ
映画公式 HP:adabana-movie.jp
映画公式 X・Instagram @adabana_movie

2024年10⽉18⽇(⾦)~テアトル新宿、TOHO シネマズ シャンテ、テアトル梅田、アップリンク京都、シネ・リーブル神戸 他全国順次公開


(オフィシャル・レポートより)

 

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ニューヨーク・ブロードウェイの傑作舞台を、日本語字幕つきで映画館で楽しめる「松竹ブロードウェイシネマ」。シリーズ最新作となる傑作ミュージカル『アーネストに恋して』(原題:Ernest Shackleton Loves Me)が、10月4日(金)より全国順次公開される。


Ernest-pos.jpgミュージカル俳優としてあまたの賞に輝き、近年では演出家としても活躍する城田優にインタビューを実施。本作の魅力や、役者陣のすばらしさ、さらには舞台に欠かせない“想像力”の是非についてまで、演者として、ときに演出家としての視点であますところなく語ってもらった。


【STORY】
ある夜更け、出会い系サイトに自己紹介動画を投稿したビデオゲーム音楽の作曲家・キャット。彼女のもとに、突然20世紀を代表するリーダーと称される南極探検家のサー・アーネスト・シャクルトンから返信が届く。南極で船が難破し流氷の上で身動きが取れなくなったアーネストは、時空を超えてキャットにアプローチし、壮大な冒険の旅へと誘う。思いがけないことに、ふたりは互いの中に自らを照らし導く光を見出すのであった。

 


Ernest-shirota-550-2.jpg――映画『アーネストに恋して』をご覧になり、いかがでしたか?

第一印象は、とにかく斬新!登場人物が二人だけで、タイムスリップのようなSF感があり、ファンタジックで、かつヒューマンドラマもミックスされている。これまで多くの観劇をしてきましたけど、そんな僕からしても設定自体の斬新度数がかなり高い1本でした。


――キャット役のヴァレリー・ヴィゴーダ、アーネスト役のウェイド・マッカラムの演技はどう受け止めましたか?

キャット側は膨大な数の楽器を扱うということ、アーネスト側は一人二役という演じ分けと説得力が必要で、それぞれ本当に大変な役だと思いました。特にキャットはバイオリンにギターにマンダリン、ピアノ…あらゆる楽器を演奏しながら演技もされていますよね。よくあるエンターテインメントですけど、ミュージカルでやっているのを僕は初めて見ました。

キャットの作曲家という設定もおかげで違和感がないですし、説得力があり、観ていても面白い。日本のミュージカル界に、同じようなことをやれる俳優はいるのかな?と思います。本当にレベルが高いことをしていらっしゃると思いました。


Ernest-shirota-500-1.jpg――二人芝居という独特の空気感の中で、特に印象的だったシーンはありますか?

いやあ、ずっとすごいと思っていましたよ…!キャットのド頭の音楽のシーンは、とにかく好きでした。あのシーンで、「この作品は楽しんでいいんだな」とお客様が思える方向に導いていて、トゥーマッチなシリアスにならない感じが、この作品を観るにちょうどいい入り口になっているんですよね。


僕は常々、お芝居には想像力が必要だと思っているんです。特に、本作は100年前の偉人と出会い系サイトで知り合い、その二人が南極という僕らが知らない場所に冒険に行くという突拍子もないストーリーですよね。それを信じる想像力、客席に「いやいや、そんなわけ」と冷静にさせない力があるので、そういう意味でも頭の導入がすごい肝だと思いました。いかにお客さんに想像させられるかというのが僕らの仕事なわけで、いわゆるただの会話劇よりも、よっぽど想像力がないと、役者も観る側も楽しめない作品だと思いました。


――キャットはアーネストに出会い、彼のポジティブさに背中を押され自分の人生を切り拓いていこうとします。その描かれ方については、どう感じましたか?

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観る人たちみんなが共感するような、とても人間らしいキャラクターですよね。キャットは出会い系サイトで年齢を偽り、仕事もピンチで、子の父である彼氏ともうまくいっていない。全然、純風満帆ではないんですよね。でも、世の中に生きている人たち、僕も含めて誰もが「自分だけなんでこういう思いをするんだろう?」と思って生きていると思うんです。そこで感情移入の心が生まれるわけです。

キャットは非常にファンタジックな出会いを経て、アーネストに冒険にいざなわれる。冒険=未知なる世界なので怖いけど、そんな人の心を「せっかく1回の人生なんだから、アーネストみたいに冒険しよう」と思わせてくれる。たとえ危険な旅になろうと、自分が知らない世界を知り、突き進んでいく力みたいなものが、キャットもアーネストと出会い、彼と一緒に冒険の片鱗を見て湧いてきたんだと思うんです。「うまくいかなくてもいい、とにかく諦めてたまるか」というマインドが、時に恋や仕事、友情や趣味などの“愛”というものに変換されてエネルギーになると思うんです。彼女の場合はそれがアーネストという存在だったんだなと思いました。
 


Ernest-shirota-550-3.jpg――最後に、本作は『キンキーブーツ』なども上映した「松竹ブロードウェイシネマ」の最新作です。ブロードウェイの舞台を日本の劇場で観られることについて、城田さんはどう感じますか?またもし本作のアーネスト・シャクルトンと『キンキーブーツ』のローラの共通点があれば教えてください。

ふたりの共通点はチャーミングなところですかね。本取り組みに関してはポジティブなことから言えば、ブロードウェイに行くにはお休みを取り、渡航費、滞在費、観劇の費用など、本当にお金がかかります。どんなに行きたくても、なかなか自由に行けないと思うので、観られないお客様たちにとっては本当に救いでしかないシステムだと思います。現に、僕自身もこの作品を映像で観させていただきましたし、非常に恩恵を受けています(笑)。

その一方で、演者側からすると、生の良さというのがあるんですよね。ミュージカルはその時の役者、お客様との相性で作り出されるものだから、一公演一公演、同じシーンでも違ってくるんです。その瞬間に生まれたエネルギーを生で感じることに価値があるとも思うので、こうした上映サービスも取り入れながら、生でも観ていただければと僕は思います。
 


《松竹ブロードウェイシネマ》『アーネストに恋して』

演出:リサ・ピーターソン 
Ernest-550.jpgのサムネイル画像脚本:ジョー・ディピエトロ 
作曲:ブレンダン・ミルバーン 作詞:ヴァレリー・ヴィゴーダ 
監督(シネマ版):デイヴィッド・ホーン
出演:ヴァレリー・ヴィゴーダ
 (俳優、ミュージシャン、作詞・作曲家、ディズニー楽曲のクリエイター)
   ウェイド・マッカラム
 (俳優、ダンサー、歌手、作曲家、脚本家、映像作家、演出家)
配給:松竹 ©BroadwayHD/松竹
ⒸJeff Carpenter
(原題:Ernest Shackleton Loves Me 2017年 アメリカ 1時間28分)

■公式サイト: https://broadwaycinema.jp/
www.instagram.com/shochikucinema/
www.facebook.com/ShochikuBroadwayCinema
■twitter.com/SBroadwayCinema

★2018年ルシル・ローテル賞ミュージカル部門主演男優賞 ウェイド・マッカラム(ノミネート)
★2017年オフ・ブロードウェイ・アライアンス最優秀ミュージカル賞受賞

2024年10月4日(金)~東劇、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、kino cinema 神戸国際 他全国公開!


(取材、文:赤山恭子、写真:高野広美)

   

 
 
 
 
 
 

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