俳優の瑚海みどりが自ら脚本を手がけ、アスペルガー症候群の中年女性とその夫が子どもを巡り、お互いの本心をさらけ出して受け止めるまでの葛藤を描き、田辺・弁慶映画祭でグランプリ・観客賞など5冠を達成した長編デビュー作『99%、いつも曇り』。
本作が、《田辺・弁慶映画祭セレクション2024》として、9月25日(水)にテアトル梅田で1回限定上映、9月27日(金)より佐賀THEATER ENYA(シアターエンヤ)、9月28日(土)より名古屋シネマスコーレにて1週間限定公開される。
瑚海みどりが演じる主人公一葉の他人とうまく歩調を合わせることができない凸凹ぶりと、常に全力で生きるパワーが突き抜けており、「40代〜50代の女性を等身大で描く作品が実に少ない中、こんなキャラクター/映画を観たかった!」と大阪・シアターセブンや神戸・元町映画館での上映で好評を博した作品だ。
本作の瑚海監督にお話を伺った。
■アスペルガーの傾向がある人はすごく真面目、全力で生きている
―――本作では大人の一葉だけでなく、子ども時代の一葉が通常なら内緒にすることをしゃべってしまい、友達にきつく言われるシーンもありましたね。
瑚海:一般的な常識やお約束について、ハッキリと説明してくれないとわからない。額面通り受け取ってしまうので、相手は冗談のつもりでも、こちらは真剣に受け取って怒ってしまうこともあります。わたしの体験だけでなく、アスペルガーの傾向がある人を観察していると、みなさんものすごく真面目なんです。他人から見れば眉をひそめたくなるような言動であっても、本人はすごく真剣に考えて発言している。それが理解できると、すごく愛おしく思えるようになるのです。
―――本当に、一つ一つを理解しようとし、わからないことを適当に流さないというのは、大変労力がいるだろうなと想像します。
瑚海:みんなから見るとそう思えないかもしれませんが、わたし自身も毎日ものすごいパワーで生きている。全力で生きているので、本当に疲れるんですよね。
■映画を通じて同じように悩んでいる人の力になれば
―――アスペルガー症候群の女性を自ら演じた作品を撮ってみて、客観的に自らの状況を見つめることができたのではないかと思うのですが。
瑚海:よく「力を抜けよ」と言われましたが、それができないからこういう生き方をしているんですよね。わたしも10代のときから苦しかったし、一葉のセリフにもありましたが、「自分の子どもにこの遺伝子を受け継がせたくない」というのは、わたしの本音です。自分の子どもを産まないという一葉の選択も、それでよかったと自分を肯定する意味があり、実際にご覧になった方から「自分も同じ気持ちです」と声をかけていただいたこともありました。
これだけたくさんの人間がいる中で、わたしと同じように悩んでいる人の力になればと思って作った映画が、本当にそういう方に届き、支えになれているのなら良かったですし、わたしの悩んでいることを、同じ悩みを持つ方や、そのほかのみなさんと映画を通じて共有し、それがなんとなく伝わって広がっている手応えを感じています。
―――ちなみに瑚海さんは、小さい頃から演じるのが好きだったのですか?
瑚海:幼稚園時代のお遊戯会では木の精みたいな小さな役だったけれど、そこから喜びを感じはじめていたかもしれません。小学2年生の学芸会で役決めをするとき、主役に手を挙げていて、その姿を俯瞰して見ているもう一人の自分が「わっ!」とビックリしたんです(笑)もう一人候補の子がいたけれど、クラスのみんながわたしを推してくれ、みんなが認めてくれたことが嬉しかった。でも当時はすごく恥ずかしがりで、クライマックスで「神様、助けてください」と言う場面でも、緊張してセリフが言えずにただ泣いているだけだったんです。それを周りは「熱演だ!」と思ってくれたんですよ。そこからわたしの中で演じることへのエンジンがかかっていきました。中学時代は演劇部の雰囲気が肌に合わなかったので、家で一人芝居をしていたし、それだけ演じることをやりたかったんでしょうね。
―――女性の場合、年齢が上がれば演じる役が狭まり、ステレオタイプな役ばかりになりがちです。演じるのが好きなのに、やりたい役を演じられないという葛藤はなかったですか?
瑚海:若い頃から、映画において女の人は歳をとるとおばさんか、お母さんの役しかないのでつまらないと思っていました。演劇はまだ役の幅がありますが、映画では、例えば吉永小百合さんが演じるような優しいお母さんか、大竹しのぶさんのような奇天烈なお母さん、さらには八千草薫さんみたいな優しいおばあちゃん、後は近所の悪口を言っているおばちゃんというように、中年以降の女性の役がかなりステレオタイプなものしかなかった。でも世の中にはたくさん色々な人がいるし、高齢化が進行してもっと社会で活躍している女性がたくさんいる。それなのに、日本ではそういう女性たちが物語にならないですよね。
ヨーロッパでは母を大事にする文化があるので、中年女性の生き方やその人なりの悩みを描くことが多いんです。
■当事者意識を持てるリアルなセリフを書く
―――実際に自分の演じたい役を自ら作るために、監督をして映画を作る方も増えていますね。本作では出産ギリギリの年齢を迎えている夫婦が子どもについて激論を交わす場面もありますが、脚本を書く上で大事にしたことは?
瑚海:わたし自身の過去を振り返ってみると、もう離婚しているのですが、当時の結婚相手は再婚で実子はいるけれど、わたしと新たに子どものいる家庭を作りたがっていました。ただ、わたしは自分のために生きたかった。誰かのために生きるとしても、この作品のように自分が作り上げたものを通して誰かの役に立てればという気持ちであり、子どもを産んで子どものために生きるということではなかった。自分が何者になるのかを考え続けている人生ですから、夫との間に子どものいる人生が見えない。そういう自分のリアルな経験を借りて脚本に取り入れている部分はあります。実際、わたしの俳優仲間でも子どもを産み育てている人は数えるぐらいしかいない。そういう姿や会話の中から垣間見える部分から、自分の中で想像を膨らませました。
特に心がけたのは、リアルに書くこと。メルヘンのようにしてしまうと、途端に他人事と捉えられてしまうので、できるだけ当事者意識を持てるリアルなセリフを書いています。実際、自分のことを吐露するのは恥ずかしいですが、映画を作るなら、そこを徹底的にやらなければ作る意味がない。結局半分以上は自分の悩みや思いをもとに書いていきました。
■周りの人をしっかり描かなければ、助け合っているところが見えてこない
―――映画が後半になるにつれ、夫、大地の会社での状況や一葉の言動に苛立つ様子なども夫側の心理描写も実にリアルだなと。
瑚海:アスペルガー症候群の女性を描こうとすると「この人はかわいそうだ」という映画になりがちですが、別にそういうことを描きたいわけではないんです。誰しもが自分の人生の主役ですから、一葉だけを描いたら気持ち悪い映画になってしまう。加えて、発達障害支援センターへ取材に行ったとき、センターの方から「支えている人たちは大変ですから、(現実味のない)きれいな話にしないでください。」と伝えられました。一葉の周りの人を描いていかなければ、お互いに助け合っているところも見えてこないので、その部分は丁寧に描いていきました。夫の大地については、わたしの元夫が自分のことを大事にしてくれたことに感謝を込めて描いています。お互いに思い合っているけれど、それがだんだんズレてきて、自分の思う通りにはいかない。会話をすればすぐに紐解けることが、お互い勝手に想像してしまう。そういうリアルなところもわたしの体験から描いています。
―――一葉の特徴でもあるのが、受け子だと追いかけた子どもが、帰る家がないことがわかり自宅でカレーを食べようと誘うくだりです。他人に対する垣根の低さを感じたし、最初はそのことに不機嫌だった夫の大地も、最後には疑似家族のような状態を受け入れていた気がします。一葉の友人もしかり、周りのキャラクターについて、どういう狙いで作られたのか教えてください。
瑚海:ドラマを描く場合、主人公が個性的なキャラクターだとそれ以外の人が色のないキャラクターになってしまうとか、もしくは何でもできてしまうようなキャラクターが多かったりするけれど、リアルな生活の中で周りの人間はもっと色々な人たちがいて当然じゃないですか。だから主人公だけを目立たせるのではなく、他の登場人物も「おや?」と思わせる部分を見せたかった。またわたし自身が、いろいろな苦悩を正直に抱えて生きている人に親しみを感じ、ホームレスのおじさんに自分から話しかけたり、お弁当をあげたりしたこともありますし、ゲイの友人もたくさんいます。そんな自分の傾向を一葉に当てはめているところがありますね。リアルどころか、個性的な人間大集合になってしまいましたけれど(笑)。
―――なるほど、カラフルな人間たちを描いているわけですね。
瑚海:受け子の子どもについては、一葉は例のごとく一生懸命だから、犯人だと思ったら必死で追いかけるし、その子が帰る場所がないと聞いたら、どうしようかと一生懸命考えて「うち来る?」と声をかけたわけです。ただ、それで我が子にしてしまおうというような安易なことはさすがにしない。一葉のような人間にとって、他人と生きていくのはとても難しいわけですから、その子が可哀想だと思うなら働く場所を探してあげて、たまに遊びに来るぐらいの関係でいるのが現実的ですよね。最後にカレーをみんなで食べている一連のシーンは、ある意味お客さまを、意図的にミスリードしています。
―――夫の大地はとても子ども好きのように映りますが、あえて彼を一葉以外の家族がいない孤独な設定にした理由は?
瑚海:大地を八方塞がりにして、一葉を失えば自分ひとりになってしまう状態にしています。会社には自分を気にかけ、励ましてくれる後輩の樹里がいるけれど、結婚生活15年の大地は家族を大切にする人なので、一葉が突拍子も無いことを言い出したとて、すぐに離婚とはならない。一方、一葉は大地と樹里とのことを誤解したり、自分がいない方が大地のためにいいと思ってしまう。そこも夫婦間でズレているわけです。
■ビジュアルやアートが得意なキャラクターを視覚的にも際立たせて
―――映画全体も色使いがとてもカラフルですね。音楽も最初からガンガン飛ばしてきますし、映画全体のトーンについてお聞かせください。
瑚海:アスペルガーの傾向にある人は、視覚の記憶が残っていることもあり、ビジュアルに関する仕事やアート系の仕事が得意なことが多い。わたしも俳優を辞めてグラフィックデザインをやっていた時代がありましたし、そういう傾向の方のYoutubeを見ても、ファッションがすごくオリジナリティがあってオシャレなんです。一般的な女性雑誌に載るスタイルよりもパンクな感じだったり、髪型や髪色もユニークなので、一葉にもその傾向を当てはめたいと思いました。色はキャラクターごとに分けており、一葉は赤、大地は青という対照的な感じにしています。暖色系と寒色系でうまく凸凹としてはまるようにしました。
―――音楽は34423(みよし ふみ)さんですね。
瑚海:ふみさんはシンセサイザー系の音楽が得意な方で、「ふみさんの面白いと思うものでミックスしてください」と劇伴をオファーしたんです。まずは一度作ってからという話でしたが、最初にふみさんが作ってくれた曲がすごくカッコよくて、一曲目はすぐに決まりました。一葉がサイケな感じでスーパーから出て来るのですが、冒頭は一葉のことを印象付けるシーンなので、ふみさんはそれを分かって音楽を作ってくれたんです。ふみさんも一曲目で感じを掴めたので、その後の曲は作りやすかったのではないでしょうか。
―――「こんな風に女性を描く映画を待っていた」と我々は本当に喜んでいるのですが、次回作の構想はありますか?
瑚海:今回とは全く違う、サスペンスをやりたいと思っています。主人公は中年の姉妹で、仲良くしていても、同性であればすごく意識していると思うのです。特に姉が妹にライバル意識を持っていると、妹は自分の気持ちが弾かれて姉を愛せなくなってしまう。大人になっても拭えない姉妹関係が、周りの話を聞いていても結構多いので、そういうリアルな話にしたい。これからどうやって生きていけばいいのかということに悩んでいる部分もみんなと共有していきたいので、自分が歳をとるのと同じ歩幅で、同世代の女性たちを描いていきたいですね。
(江口由美)
<作品情報>
『99%、いつも曇り』
(2023年 日本 123分)
監督・脚本:瑚海みどり
出演:瑚海みどり、二階堂 智、永楠あゆ美
2024年9月25日(水)20:30よりテアトル梅田で1回限定上映
※上映後、瑚海みどり監督の舞台挨拶あり
2024年9月27日(金)〜10月3日(木)@佐賀THEATER ENYA(シアターエンヤ)
※9月29日(日)瑚海みどり監督、曽我部洋士(出演)による舞台挨拶あり
2024年9月28日(土)〜10月4日(金)@名古屋シネマスコーレ
※9月28日(土)瑚海みどり監督、永楠あゆ美(出演)による舞台挨拶あり
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