日本初、刑務所で行われている新しい更生プログラムとその受講生に密着した『プリズン・サークル』坂上香監督インタビュー
『ライファーズ 終身刑を超えて』(04)、『トークバック 沈黙を破る女たち』(13)とアメリカの刑務所内部や、受刑者、元受刑者を取材したドキュメンタリー作品を発表し続けている坂上香監督。その最新作『プリズン・サークル』は、初めて日本の刑務所にカメラを入れ、処罰から回復へと変わろうとしている新しい刑務所の取り組みや、そこで自分の過去や罪と向き合い、新しい価値観を身につけていく受刑者たちを映し出す秀作ドキュメンタリーだ。
舞台となるのは、島根あさひ社会復帰促進センター(以下、島根あさひ)。施設運営の一部を民間事業者に委託し、犯罪傾向の進んでいない男性受刑者を対象にした刑務所だ。この島根あさひでは、セラピューティック・コミュニティ(以下、TC)の中でも世界的に知られるアミティのTCユニット(更正に特化したプログラム)を日本で初導入している。受刑者の中から希望者が面接やアセスメントを経て受講を許可され、30〜40名が半年〜2年にわたって、週12時間程度のTCユニットを受けている。刑務所内では受講者や担当スタッフとの会話すら禁じられる中、4名の受刑者への定期的なインタビューと、TCユニット活動を通じて、受刑者たちが自己と向き合い、コミュニケーションや信頼関係が生まれることで、封じ込めていた過去やトラウマを語り、しいては自分が犯した罪について真摯に省みるようになる。日常の刑務所生活や、出所したTC受講生OBがスタッフと集まり、実社会での体験を語り合う様子も映し出され、実社会に戻ってからも居場所があることの意義が伝わってくる。
2月8日(土)から第七藝術劇場、京都シネマ、3月7日(土)から元町映画館で公開されるのを前に、本作の坂上香監督にお話を伺った。
■『ライファーズ』が新しい更生プログラム導入のきっかけに。
―――坂上監督の『ライファーズ 終身刑を終えて』がきっかけで、島根あさひに日本初となるTCユニットが導入されたそうですが、作品の内容や導入経緯を教えてください。
坂上:アメリカのセラピー的コミュニティーやプログラムがいくつかある中で、刑務所内の更生プログラムとして民間団体「AMITY(アミティ)」が、TC/セラピューティック・コミュニティ(回復共同体)を実施しています。出所した人が一時身を寄せる場もあり、そこから社会復帰をしていくケースもありますし、刑務所にいた人が、今度はスタッフとして刑務所で働き、更生プログラムに携わるという循環もあります。『ライファーズ 終身刑を終えて』はそれらを描き出した、当事者やスタッフが主人公の映画でした。これから新しく作る刑務所プロジェクトに加わっておられた民間企業の方が、偶然この映画をご覧になり、大きな衝撃を受けたそうです。
個人的には、日本の刑務所は規律が行き届きすぎているので、TCユニットで大事な「語る」ことが、本当に心の底をさらけ出すところまで到達しないのではないかと懸念していました。まずは一般社会でTCをスタートさせ、ある程度の結果が出てから、刑務所のプログラムに取り入れた方がいいのではないかと思っていたのです。一方、企業の方は、イギリスやフランスなど他国の刑務所プログラムとアミティのプログラムを比較したり、実際に関係者がアミティのプログラムのトレーニングを受けた結果、日本でもできると判断されたそうです。
―――日本でいきなり刑務所からアミティのプログラム、TCユニットをスタートさせるということは、相当画期的なことだったのですね。
坂上:やはり民間の方が入ってこられたのは大きかったと思います。2009年、島根あさひを3日間見学させていただき、民間スタッフの方がとても頑張っておられ、受刑者と対等に接していますし、こんなことができるのかという驚きが大きかったです。スタッフのミーティングにも参加させてもらう機会があり、驚きが確信に変わり、社会の人にも知ってもらいたい、何があっても頑張るという気持ちが湧き上がりました。
さらに驚いたのが、受刑者が刑務所に入所した時、最初のプログラムが『ライファーズ』を観ることだったのです。TCユニットを見学させてもらった時も、今まで顔も見せてもらえなかったのに、皆、顔を出していて、私が受刑者のグループに入ると「質問があります」と手が上がったのです。映画の主人公が釈放されたかどうかという問いでした。私も本当に驚き、言葉に詰まりながら「釈放・・・されました」と答えると、大きな拍手が起きたのです。受刑者のみなさんが、本当に一生懸命に取り組み、語っている姿にもほだされましたね。
■フリーランスへの高い壁、撮影中も困難続き。それでも諦めなかったのは「この社会に対する違和感の強さ」
―――自分の作品を受刑者の人たちがプログラムで既に観て、質問してくれるというのは、感動的ですね。撮影開始までに、フリーランスであることがハードルになったそうですが。
坂上:テレビ局の仕事であれば、カメラを持って入り、ちょっと映すぐらいのことはすぐにできると思いますが、私はフリーランスで、しかも映画なので「前例がない」と企画書も受け取ってもらえませんでした。民間のスタッフにも協力を仰いだ結果、2010年から5年間、定期的にTCの講師に招いていただき、ワークショップをしに島根あさひへ通っていました。4年ぐらい経った時、理解のある所長が着任され、6年目に企画を通していただきました。撮影が決まると同時に受刑者と話すことは禁じられたのですが、翔君や真人君は当時のワークショップ参加生なので、あらかじめ信頼してくれていたんだと思います。半年後、撮影で訪れると最初は静かだった翔君がTCでリーダー的役割を果たしていて、その成長ぶりにびっくりしました。
―――実際の撮影はどれぐらいかかったのですか?
坂上:2年間で、毎月通っていました。撮影の時も刑務官がぴったりと付き添い、ファインダーを覗いたりするので、カメラマンもかなり大変だったと思います。実際に現場では、受刑者のみなさんだけでなく、スタッフとも話をしてはなりません。話す時は必ず刑務官が立ち会う決まりになっているのですが、元々スタッフとは知り合いなので思わず話しかけて怒られることもよくありました。特に私一人で撮影するときは、服装まで細かく指摘され、質問をかわされることも多かったです。撮影以外は指定の部屋で待機しなければいけならず、本当に大変でした。
―――制限の多い撮影を乗り切ることができた、一番の原動力は?
坂上:今回は、受刑者の人とコミュニケーションを取れない、ドキュメンタリーを撮るのに信頼関係が築けないのは大きなハンデでした。2〜3ヶ月に1回しかインタビューできない状態で、なぜ頑張れたのかと言えば、この社会に対する違和感が強かったからです。島根あさひで撮影していることも公にできなかったので、クラウドファンディングもできず、自分たちだけで資金を賄うしか術がなかった。それでも応援してくださる方がいて、ここまで頑張ってきたのに悔しいじゃないですか。最後の4ヶ月で体制が変わり、新しい所長が着任すると、話すことを禁じられたがためにコミュニケーション不足になってしまったスタッフとの間に入って、調整役をしてくださり、なんとか撮影を終えることができました。
■隔離された場所にいる受刑者たち。「自分たちを見てくれる人が来るのは、誰であってもうれしい」
―――TC参加者は、撮られることをどのように感じていたのでしょうか?
坂上:私たちは現場で妙にかしこまらないようにしていました。アイスブレイクの時間では、参加者が話したことに対し、笑うこともあり、TCのメンバーはそういう私たちの反応を見て安心したという声もありました。また、隔離された場所で、家族ですら面会に来るのが難しいので、誰でもいいから外部の人たちが来てくれる、自分たちを見てくれる人が来るとうれしいとも語ってくれました。なにせ、私たち毎月行っていましたから。他にも、事情があり、映すことがNGだった受刑者がいたのですが、出所の時、建物の出入り口で私を見つけ、事情があって協力はできなかったけれど、映画の完成を楽しみにしています」とわざわざ挨拶に来てくれ、感動して握手したこともありました。
―――TCでは犯罪加害者と被害者になってマンツーマンで議論するロールプレイングや、子どもの頃からの家族や対人関係を書き出して発表するなど、様々なプログラムがあり、参加者自身が進行するなど、自分を振り返り、コミュニケーション能力を高める工夫がされていますね。
坂上:支援員だけが教えるだけでなく、自分たちも教える立場に立ち、事前にしっかり準備をし、余暇時間にチームで集まってディスカッションをしたり、スタッフに助言をもらったりと、大学のゼミ発表をするような感じです。
―――それらの活動を重ねることで、自分の中で封をしていた痛みや過去を自らの言葉で語っています。卓也さんも「親に抱きしめられた記憶がない」と語っていましたが。
坂上:卓也君は家族のルールを話す時に最初は黙っていました。トラウマが重すぎて、記憶をどこかに押しやってしまっていました。ただ、何人かで話していると思い出したり、記憶がつながってくる。一人や二人ではできないことで、何人かで話をするからできることです。彼はわざと、さらっとした口調で話すのですが、逆にそうしなければキツすぎて生きていけなかったのかと思わされました。
■「TCのおかげで息子が変わった」映画を観た元受刑者のご家族の意見に感動。
―――刑務所を出所後の交流についても野外でのバーベキューと、室内での活動を映し出しており、実社会に戻ってからの居場所がどれだけ必要であるかを映し出しています。
坂上:刑務所でアドバイザーもしておられる大阪大学大学院教授の藤岡淳子先生が立ち上げた「くまの会」というクローズドのFacebookぺージに元々参加しており、企画が立ち上がる前から参加し、撮影もさせていただいていました。全員から顔を出していいかどうかの確認書をもらうのですが、半分以上は顔出しNGだったのです。でも関係者向け試写会で映画を観ると、大体はOKしてくれました。実際に、最後まで家族のために顔出しを渋っていた人がいたのですが、結局、腹をくくってくれOKをくれました。試写会で家族が映画をご覧になり、「息子が映画に出て良かった。TCのおかげで息子は変わり、TCの仲間が今でも息子を励ましてくれています」と。そのご意見を聞いて泣きそうになりました。
―――室内でもかつてのTCのように輪になり、出所して仕事に就いたものの、続けることに難しさを感じているメンバーに先輩が厳しく意見するシーンもあり、TCでつながる仲間だからこそのアドバイスだと痛感しました。
坂上:室内のディスカッションで「俺たちは証人だからな」と言いますが、それは刑務所時代にTCで同じように仲間が活動を通じて、今まで思い至らなかったような感情が生まれたことに気づき、周りもその証人になるという体験をしてきたからこそ出た言葉です。映画の中でも象徴的な部分でした。
■刑務所の中だけではなく、実社会と地続きの問題。TCのように本音を語れる場所がもっと必要。
―――刑務所でこのような取り組みが行われているということを、本作を通して多くの方に知っていただきたいですね。
坂上:刑務所の話ですが、実社会と地続きの問題だと思っています。ただ統制を取るべく、厳しくしていくのではなく、TCのように本音を語れる場所をもっと作った方がいいですし、そういう場所があれば、刑務所に入所する人は減るのではないでしょうか。
<作品情報>
『プリズン・サークル』(2019 日本 136分)
監督・制作・編集:坂上香
アニメーション監督:若見ありさ
2020年2月8日(土)から第七藝術劇場、京都シネマ、3月7日(土)から元町映画館他全国順次公開
公式サイト → https://prison-circle.com/
※京都シネマ 2月8日(土) 9:55の回上映後、坂上香監督が登壇予定。
第七藝術劇場 2月8日(土)12:20の回上映後、坂上香監督が登壇予定。
2月9日(日)12:20の回上映後、藤岡淳子さん(大阪大学大学院教授)、坂上香監督、特別ゲストが登壇予定。