『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』
マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督インタビュー
~ベテラン歴史教師の情熱、歴史を“体感”することが、生徒たちを変えていく~
近年、移民を含む多人種の子どもたちが在籍する学校現場を題材にした力強い作品がヨーロッパから誕生している。実話を基にしたマリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督のフランス映画『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』も、その流れの作品であるだけでなく、「歴史の継承」という大きなテーマを内在した作品だ。
<ストーリー>
貧困層が多く通うパリ郊外のレオン・ブルム高校に赴任した歴史教師アンヌ・ゲゲン(アリアンヌ・アスカリッド)は、落ちこぼれ学級の担任を任される。「退屈な授業はしない」と生徒たちに真摯に向き合うアンヌに対し、多人種の子どもたちが在籍するクラスでは言い争いが絶えない。歴史の奥にある真実を考えさせようとするアンヌの授業を受け、少しずつ変わってきた生徒たちを前に、アンヌは「アウシュビッツ」のことを発表する全国歴史コンクールへの参加を提案するのだったが……。
寛容と威厳を兼ね備えたベテラン教師が、問題児呼ばわりされている生徒の集まったクラスを、「レジスタンスと強制収容についての全国コンクール」出場へ導き、生徒たちの成長を捉えた本作。ホロコーストという悲劇の歴史を、語り部として活動しているホロコーストの生存者、レオン・ズィゲル氏が証言するシーンもあり、観客も歴史の継承を体感できる。フランスの今を、クラス活動を通して描く部分も、非常に興味深く感じられるだろう。
フランス映画祭2016のゲストとして来日した本作のマリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督の上映後トーク(抜粋)と、インタビューをご紹介したい。
<上映後のトークより>
―――事実を基にした物語ですが、この題材との出会いは?
マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督(以降、シャール監督):今回マリック役で出演しているアハメッド・ドゥラメさんは、高校生時代に映画の題材となっているプレテイユという街に住んでおり、映画の世界に入りたいと思い、シナリオを書いていたそうです。プロのアドバイスをもらうため、インターネットで調べ、色々な監督に連絡する中、私にも「脚本を読んでほしい」とメールが届きました。なぜこの脚本を書いたのか会って話を聞いてみると、アハメッドは「抵抗と習慣」に関するコンクールに出たことで、自分の人生が変わったと話してくれました。これは面白いと思い、一緒にシナリオを書くことになったのです。
―――ゲゲン先生役にアリアンヌ・アスカリッドさんをキャスティングした理由は?
シャール監督:アハメッドさんと脚本を書いている時、実際にコンクールを指導していた先生に会い、アスカリッドさんと重なる部分がすごくありました。人間性豊かで、教師として皆をまとめて管理する一方、色々なことを伝えていかなくてはいけない。本物の先生はそういう立派さをもっており、それとつながる部分がアスカリッドさんにはありました。またお父様がレジスタンスで活動していたとお聞きしたので、是非ゲゲン先生役をやっていただきたいと思ったのです。
<インタビュー>
―――冒頭にスカーフを巻いた学生と先生が衝突するシーンがありますが、その意図は?
マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督(以下、シャール監督): 教育委員会の方や校長先生にお話しを伺うと、毎日一番大変なことはスカーフ着用禁止に関する話し合いだそうです。宗教的なモチーフを学校に持ち込むことは禁止されているにも関わらず、生徒たちは持ち込もうとします。教育の場である学校に、宗教という教育以外のことが入ってしまう現状には、私自身も非常に驚きました。
今は人と人の間に宗教という障害物が介入している時代です。例えば日本では制服があり、貧富の差や宗教上の違い、社会的地位の違いなどは感じられず非常にシンプルです。残念ながらフランスの学校ではそのようなことはありませんので、教育を考える場合に、まずそのことを挿入することから始めたかったのです。
―――知の継承は本作のテーマの一つですが、記憶の継承で最も困難なこととは?
シャール監督:人に何かを伝える、受け継ぐという行為をするためには、まず理解をすることが必要です。遺産の場合は、家やお金を渡すだけで済むかもしれませんが、歴史の場合、そうはいきません。特にフランスの移民3世の人たちは、親もフランス生まれであるのに自分たちがフランス人だと思っていない人が多いのです。それは、彼らがしっかりとフランスの歴史を相続できていないことに問題があります。つまり移民3世の人たちとフランスの遺産を分かち合えていないのです。そういう意味でも「受け継ぐ」という行為は非常に大事です。
―――子どもたちのクラスでの様子やゲゲン先生とのやりとり、大会に向けてワークショップをする様子などを、ドキュメンタリーのようなタッチで描かれていますね。
シャール監督:この映画の中で唯一ドキュメンタリーと言えるのは、(少年時代、アウシュビッツから奇跡的に生き延びた)レオン・ズィゲル氏が証言をしてくれるシーンです。ズィゲルさんに関しては、演技指導も一切しませんでしたし、台詞もつけていません。ズィゲルさん自身の言葉で語っています。それ以外は全て脚本で台詞をつけています。ただ、ドキュメンタリーのように見える手法をとった理由は、観客がクラスの他の生徒と一緒に参加するような気持ちで、映画を観てもらいたかったからです。そのため、カメラを数台使い、接写だけでなく、引いてクラス全体が見えるシーンを組み合わせ、ドキュメンタリーのような手法を使いました。ドキュメンタリーというより、真実を見せるためという意味で、このように撮影しています。
―――真実を見せるという部分では、脚本を練る段階で監督自らが高校に足を運び、教育現場の今を取材されたそうですね。今の高校生は、監督ご自身が高校生だった頃と比べてどのような違いがありましたか?
シャール監督:本当に違いますね。生徒たちの話し方や、友達との関係性、男子生徒と女子生徒の関係性も違いますし、それ以上に先生に対する態度が全く違います。かつて先生は威厳のある存在で、先生の言うことは嫌でも聞かざるを得ない部分がありました。でも、今の先生は生徒が言うことを聞かないと悩んでいる人が多く、先生の発言に対して「それは違います」と生徒の反対意見がすぐに返ってきます。その状況に私は大変ショックを受けましたし、それ以上にどうして今の教育現場は先生の威厳が損なわれた状況になっているのか、どうしたら変わるだろうかという部分に自分の注意が向いていきました。その答えを、映画で表したわけです。
―――多人種の生徒たちが集まったクラスでのやり取りは、時には人種差別を感じさせるものもありましたが、これも教室での真実なのでしょうか?
シャール監督:子どもたちはいつの時代も残酷なもので、私も小さい頃は赤毛だということでからかわれましたが、成長の過程で起こるものと捉えています。育って成長していくうちに変わっていくでしょう。色々な違いを越えて、一つのまとまりのあるクラスになっていく。それを映画で再現することに努めました。問題を語ることは簡単ですが、それがどうすれば良くなるかを語ることは難しい。私はよく「日常のヒーローは先生だ」と話します。何でもないことでも、きちんと答えを用意してくれる。本作では、そんな先生のことを描いています。
―――映画の中でホロコーストの証言をしたレオン・ズィゲル氏は本作をご覧になりましたか?また、語り部として活動されているズィゲル氏は、本作に対しどのような思いを持っておられましたか?
シャール監督:本作を観てくださいました。ズィゲル氏の話をすると、感動しすぎてしまうので、驚かないでくださいね。最初、映画に出演依頼をしたとき、「なぜ録音音源やビデオ映像を使わないのか。なぜ映画に出なくてはいけないのか」と全く理解をしてくださいませんでした。元々映画をご覧にならないそうで、映画に出演する意味を感じられなかったそうです。全く相いれない感じでしたが、時間をかけて説得していきました。映画を通せばもっと多くの人にズィゲル氏が今まで語ってこられた「人生の闘い」を伝えることができる。また若い人に戦争は二度とあってはならないと伝えることもできると、私は説得したのです。
結局ズィゲル氏は映画を二度観てくださいました。ズィゲル氏の奥様をはじめ、息子さんやお孫さんも一緒に観てくださったのですが、その息子さんがこの映画をいかに誇らしく思うか態度で示してくださいました。また観客のリアクションからも、なぜその場面でズィゲル氏自身が登場しなくてはならなかったのかを瞬時に理解してくださいました。レオン・ズィゲル氏の体験を受け継ぐことが、この映画の中でできたのだと思っています。
(江口由美)
<作品情報>
『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』“Les Héritiers”
(2014 フランス 1時間45分)
監督:マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール
出演:アリアンヌ・アスカリッド、アハメッド・ドゥラメ、ノエミ・メルラン、ジュヌヴィエーヴ・ムニシュ、ステファン・バック
2016年8月6日(土)~YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町、角川シネマ新宿、8月13日(土)~テアトル梅田、今秋~京都シネマ、元町映画館他全国順次公開
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