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『二つの祖国で 日系陸軍情報部』すずきじゅんいち監督舞台挨拶&取材

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『二つの祖国で 日系陸軍情報部』すずきじゅんいち監督舞台挨拶&取材

(2012年 日本/アメリカ 1時間40分)

企画・脚本・監督:すずきじゅんいち

原題:MIS Human Secret Weapon

12月29日(土)~テアトル梅田、神戸映画資料館

★作品紹介⇒こちら
★公式サイト⇒http://mis-film.com

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 futatunosokoku-3.jpg 日系アメリカ人の第二次大戦前後と戦争中の歴史を描く長編ドキュメンタリー映画三部作の完結編『二つの祖国で 日系陸軍情報部』の公開が関西でも始まり、公開初日、神戸映画資料館と大阪のテアトル梅田で、すずきじゅんいち監督の舞台挨拶が行われました。舞台挨拶の前にわずかですが、監督からお話をうかがうこともできましたので、併せてご紹介します。 本作は、MIS(ミリタリーインテリジェンスサービス。アメリカ陸軍の秘密情報機関)の中心メンバーであった日系二世の元兵士たちの証言をベースに、太平洋戦争の米国側の極秘情報を取り上げて描いた作品です。
 

futatunosokoku-s3.jpg━━━日系アメリカ人をテーマに映画を撮りはじめたきっかけは?
僕はアメリカに丸11年住んで、日系人と出会い、自分自身、彼らの歴史をあまりにも知らないことに呆然としました。もっと多くの日本人に日系アメリカ人のことを知ってもらいたい、日系人の歴史をきちんと残さなければならないと思ったんです。儲からなくてもいい、自腹を切ってでも残したいと思って、日系史三部作(※注1)をつくり始めました。
 

━━━映画づくりはどのように進めていったのですか? 
通常は、まず構成をつくって、それにあわせてインタビューしていくと思うのですが、ぼくは歴史を残すことを重視したいと思っていたので、とにかく、彼らの語りたいことを聞こうと、まず自由にインタビューを行いました。最初からあらすじ、シナリオや構成を準備するのでなく、語りたいことを語ってもらって、歴史に残すべき有意義な話、今まで知られていなかった話、感動的な話だけを残し、それから、どう組み合わせるか、構成を考えました。だから予定調和ではありません。このほか、アメリカのナショナル・アーカイブズから購入した白黒の資料映像が50時間分あり、あわせて1時間半位を目途に編集しました。基本的に2つのカメラで撮っていて、基本的なインタビューはエリカ・ジョ-ンズさんというバイリンガルの人にお願いしました。
 

━━━「帰米」と呼ばれる人たちに興味を持たれたのは?
「帰米」というのは、米国で生まれ、教育などのために日本に数年滞在し、再び米国に戻った日系アメリカ人のことです。日本人の両親が、アメリカでお金を稼ぎ、故郷の日本に錦を飾って戻ることを想定し、子どもたちも日本語が十分でき、日本の文化がわからないと困るということで、子どもたち自身も、実際にすべての日本を身体で体験できるよう、日本に数年、行かされました。なかには、両親の片方が病気などで亡くなり、日本に住む両親に子どもの養育を頼むケースも少なくなかったようです。教育や養育のために日本に行かされた日系アメリカ人の子どもたちは、日本では、アメリカ人として差別され、アメリカに戻っては、英語も不自由なジャップとして差別されていました。
ところが、対日戦争が起きた時、彼らの日本語の技術と日本理解の能力が評価され、MIS(日系陸軍情報部)の中心として、大いに活用されたのです。

帰米の人たちの多くは、兄弟のどちらかが米国に戻り、片方がまだ日本の学校などにいる時に戦争が始まったので、兄弟が日米それぞれの軍隊に入り、日米に分かれて戦った人たちも少なくありませんでした。
 

futatunosokoku-2.jpg━━━MISの人たちが、今まで黙していたのは?
日本人はスパイ的なことを嫌いますよね。一般の日系人の中でも同じで、情報をやりとりすることは、あまり重要じゃなく、武器を持って戦うことのほうが、日系人の地位をあげる名誉ある仕事だと思われていました。MISという秘密情報部員の仕事ぶりに対して評価も高くなく、彼ら自身でもそれほど自信がなかったのだと思います。つい最近になってようやく光が当たってきたんです。1972年に「内密にしておかねばならない」という法令が解除されても、日系アメリカ人にとっては、自慢できることじゃないと思われていて、あまり表に出ていませんでした。だから、日系人の中でも知られていない事実が非常に多かったんです。

太平洋戦争時、日本は、本当に情報を大事にせず、英語教育も禁止してしまいましたが、アメリカは情報を大事にして、大学でも、日本語を教える学科を開設したりしています。情報の大事さについての認識の差は、露骨に違うと思います。


━━━日系人の元兵士の老人と白人の義理の息子との会話が印象深いですね。
日系人はアメリカ人なのに、自分たちが、白人と同じアメリカ人とは思えていませんでした。差別の厳しい時代を生きてきたからだと思います。彼のお父さんはチャップリンの庭師で、チャップリンにも何度か会ったことがあるそうで、映画史的にもおもしろい人でした。この親子の話は、MISとは関係ありませんが、白人から差別され、同じアメリカ人としての感覚を持てなかった、当時の日系人の思いが如実に出ていて、映画の中に入れました。


━━━イタリアやドイツの敵戦国にも同じようなドラマはあったのですか。
ヨーロッパ系の人々に対しては、それほど極端な人種差別はなかったと思います。アメリカでは、新しく入ってきた人たちを差別する傾向があって、日本人が入ったのは比較的新しく、大変な差別を受けていました。その上、真珠湾攻撃で、敵性国民となり、強制収容所に入れられたのです。(※注2)
 

futatunosokoku-s2.jpg━━━日系アメリカ人の二世の人たちについては?
アメリカで生まれ、アメリカ国籍をもつ日系アメリカ人の二世たちは、アメリカ人でありながら、敵国日本の血を引く者、敵性国民として、強制収容所に入れられ、国民の権利をすべて奪われ、非国民となり、当初は、兵役にも参加できなくなりました。このため、アメリカ国家のために頑張るのをみてもらおうと、戦争に行って奮闘する442日系部隊のような人々と、徴兵される前にまず、民主主義を排した収容所から解放してから、戦争に行かせろという二つに分裂しました。僕は、どちらのことも描こうと思いました。


━━━日系人への取材を通じて感じられたことは?
日本が、戦後、戦争という記憶とともに消してしまった、日本人のよさ、明治・大正頃の日本人の美点を、日系アメリカ人は、明治の祖父母たちから教えられて、大事に持っています。日本人は戦争を悔い改めすぎて、日本人のよさまで失ってしまったのではないでしょうか。
靖国神社も映っていますが、これは、兄弟で敵味方に分かれて戦い、生き残った兄が戦死した弟を弔うため靖国神社を訪ねたという実話の中で紹介したもので、事実を残したにすぎません。日系人の方が日本人の原点を持っているということを、右にも左にも偏らず、事実を残すという姿勢で、つくりました。


━━━日系3世、4世の人たちの反応は?
アメリカ各地で上映会をした時に、劇場に立っていると、「つくってくれてありがとう」と言われました。歴史に残り、きちんと評価されることになったことを大変感謝され、嬉しかったです。
 

futatunosokoku-s1.jpg ━━━特に観てほしいところがあれば?
日系四世のジェイク・シマブクロというウクレレで世界ナンバーワンの若い人も出演していますし、96歳のベテラン元兵士もたくさんしゃべっていますので、それぞれの顔をみているだけでも味があります。いろいろな情報がたくさん入っていますので、何度も観られたら、きっと新しい発見があると思いますので、何度も観てほしいし、全部を観てほしいです。私の意見を押し付けるのではなく、知らなかった歴史を伝えたいという思いでつくりましたので、理解してもらいやすいつくりになっていると思います。
 


  戦争映画ということで、重い、暗い、難しいと思われがちですが、観てもらったら、きっと感動するでしょうし、いろんな知識がプラスになると思いますので、ぜひ多くの方に観てほしいです。

(伊藤 久美子)
 


※注1:日系史映画三部作とは、すずき監督による、東洋宮武の500枚以上の写真を中心に、米国政府による差別的な日系人強制収容所を描いた『東洋宮武が覗いた時代』(2008年)、日系人の米国内での地位を戦後大幅に上げるきっかけになった、大和魂で戦い欧州戦線で大活躍した『442日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍』(2010年)と本作のこと。

※注2:真珠湾攻撃から2か月後、1942年2月19日に大統領令9066が発せられ、この法令に従って米軍は、米国本土の太平洋岸に住むすべての日系人約十二万人を、主にアメリカ大陸の半砂漠地帯などの内陸部に急造された鉄条網で囲まれた十か所の収容所に、自主的に太平洋岸から退去する日系人を除いて、強制的に入れることを決定した。

参考文献「1941 日系アメリカ人と大和魂」(すずきじゅんいち著、文藝春秋)