
『ある役者達の風景』の沖正人監督が生まれ故郷を舞台に、もう若いと言えない人生半ばの同級生たちの人間模様を描く『やがて海になる』が、2025年10月24日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、11月14日(金)よりテアトル梅田、アップリンク京都にて公開される。
三浦貴大が父親への負い目から島から出ることができず、好きな女性にも気持ちをストレートに伝えられない不器用な修司を、武田航平が亡くなった母への想いを胸に秘めながら映画を撮るために島に戻った幼馴染で映画監督の和也を、宝塚歌劇団雪組出身の咲妃みゆが二人に愛される幸恵役を好演している。本作の沖正人監督にお話を伺った。
■映画の世界が眩しかった子ども時代とミヤコ蝶々先生から学んだこと
――――故郷の江田島で映画を撮られ、劇中劇では高校時代の思い出のシーンがありましたが、沖監督は高校時代どんな夢を抱いていたのですか?
沖:地元には娯楽がありませんし、両親が共働きでしたから、小さい頃から映画を観て育ちました。映画の世界に行きたいなら、島にいては無理だと当時から思っていましたし、本当は高校すら行かずに、早く映画の世界に行きたいとまで思っていました。とにかくその世界が眩しかったんですね。
――――最初は俳優として活動されていたそうですね。
沖:高校卒業したばかりで、監督業について座学で学んだわけでもありませんから、とにかく1本映画を撮るまでは「監督」という言葉を封印しておこうと思っていました。おかげさまでミヤコ蝶々先生に声をかけていただき、大阪のミヤコ蝶々一座で3年ほどお世話になりました。
――――いきなり舞台出演をすることになったんですね。
沖:初出演は京都南座でしたね。自分の中では東映太秦に行き、映画の世界に入っていくという人生プランを描いていたのですが、気がつけば松竹で喜劇をやっていたんですよ。おかげで演出や台本の書き方のイロハは蝶々先生を見て学んだところがあります。だからわたしのルーツはミヤコ蝶々なんです。18歳から3年間お世話になりました。
――――そこからは映画の方へと舵を切ったのですか?
沖:やはり映画製作は東京に行かないと難しいと思い、当てはありませんでしたが上京し、まずはいろいろな舞台や映像のオーディションを受けながら、落ちながら、さまざまなつながりが生まれました。またシナリオ作家協会にも出入りをするようになり、そこでさまざまな監督とも知り合うようになったのです。監督をする前はプロデューサーをやりました。そのときは、葉山陽一郎監督から低予算映画を作るので、体育教師役で出演依頼をされたのですが、どう考えても僕じゃないと思い、もっとふさわしい俳優を紹介したんですよ。葉山さんは、売れていない俳優が自身よりも売れていない俳優に役を渡すとは、なんて信用できるやつなんだと思って下さって。
――――作品全体のことを考えられるということですね。
沖:作品ファーストと言いますか、自分がこの作品に関わらない方がいいと感じたら引くことができるというのは、そちらの方が信頼関係が築けると思うのです。他の人に任せるということも作品にとっては大事なときがありますね。「やっておけばよかった」と苦しむこともありますが、長くこの世界でやっていると「僕じゃないな」という感覚が合ってくる。面白いものになるという自信があるものでなければ、全部は引き受けないようにしていますね。
――――上京した映画監督が故郷に戻って映画を撮るというストーリーは監督自身の体験を反映していると思いますが、いつからやりたいと思っていたのですか?
沖:18歳から芸能や映像関係の仕事をする中で、この作品を作るまでは一度もそんなことを思ったことがなかったのです。すでに出てしまった者からすれば、故郷は盆や正月に帰るところだという意識がありました。ですから故郷で自分が仕事をしているところを見せることに対して、抵抗や気恥ずかしさがあったのです。でも8年前に母が亡くなり、既に父も亡くなっていましたから、当たり前にあった帰る場所がなくなってしまった。それを考えたとき、自分にとっての故郷が墓参りのためだけに帰るという現実を突きつけられ、急に故郷への心の距離が遠くなってしまったように感じたのです。そこで映画人として故郷に帰るなら、映画で自分の思い出を描いてみよう。そうすることによって、まだ故郷と繋がっていられるんじゃないかと思った。それがきっかけですね。

■脚本に鈴木太一さんが参加し「キャラクターに命やパワーが宿った」
――――本作ではカメオ出演もされている鈴木太一さん(『みんな笑え』)が共同脚本になるのでしょうか?
沖:最初は全て自分で脚本を書くのと並行して、プロデューサーと地元の方々に協賛を募る活動も行なっていました。地元が舞台ということで色々なご意見をいただいたり、これは描かないでというお声もあったりするうちに、200以上の協賛をいただけることになり、まだワンカットも撮っていないのにテレビで取り上げられたり、さらに多くのご意見をいただくうちに、だんだん自分が何をかけばいいのかを見失い、この脚本が面白いのか、綺麗事ばかりではないかと悩んでしまった時期がありました。鈴木さんは昔から飲み友達で、僕が脚本を書いているのを遠くから見ていたので、江田島と何のゆかりもなく、プレッシャーのない状態で物語を読んでくれる彼が自由に一度止まってしまったものを掻き回してくれるのではないかと思い、途中から脚本に入ってもらいました。あらすじは変わっていませんが、キャラクターに命やパワーが宿った気がします。特に修司のキャラクターにはしっかりと鈴木さんのエキスが入っていると思いますよ。
――――一方、武田航平さんが演じた映画監督の和也は悩み多き感じがしますが。
沖:全体的には一緒に書いていますが、僕の要素が色濃く出たのかもしれません。また田舎ですからいいことも悪いことも噂が広がっていくもので、離婚したとか、今誰と付き合っているとか、住んでいないけれど母親の顔だけ見に帰ってくるという人が割と多かったので、咲妃みゆさんが演じた幸恵の物語はリアルではありましたね。
――――どのキャラクターも非常に役とマッチしていましたね。
沖:脚本を書く中で三浦さんのようなイメージを漠然と持っていましたが、制作プロダクションKAZUMO代表で、脚本づくりに寄り添ってくれた齋藤寛朗さんから三浦貴大さんがこの脚本に興味を持ってくれているしどうかと提案をいただき、こちらとしてはぜひと出演をお願いしました。最初に三浦さんのキャスティングが決まった時点で、僕の中でもこれはちょっといけるかもと思いました。
――――修司は三浦さんが演じたからこそ、ダメな中にも愛嬌が見えました。
沖:三浦さんだからこそ、言ってもあざとく聞こえないセリフが結構ありましたし、三浦さんでなければどうなっていたかとゾッとするようなシーンがいくつかありました。きっと「もっとしっかりしろよ」と言いたくなるのでしょう。

■修司、和也、幸恵の3人の海への想いがそれぞれ違う
――――死のうかと思いながら修司が海の上でプカーンと浮かんでいるシーンが好きなのですが、監督ご自身の体験ですか?
沖:海に行くことは日常でしたので、浮かびながら考えごとをしていたことはあるかもしれません。瀬戸内の海は本当に穏やかで波もあまりありませんし、島で暮らしていたころは、家の目の前が海でしたから海は当たり前にあるものでした。映画の中の3人で意識したのは、呉から江田島へ行くのにわざわざ船に乗って行く和也、海辺で暮らしている修司、海に背を向けて生きる幸恵と3人の海への想いがそれぞれ違っているところなんです。
――――監督をモデルにしたキャラクターである和也に武田航平さんを起用した経緯は?
沖:修司役で三浦さんが決まったときにバランスが合う人がいいなと思ったのと、普段からカメラを持っているような、クリエイターの匂いが武田さんには感じられたのです。こういう人が映画を撮ってもいいんじゃないかと感じたし、洗練されているイメージが役に合うと思いました。武田さんは普段からもキラキラしているので。
――――故郷の島で和也が初監督作を撮るシーンでは、渡辺哲さんが演じるベテランの撮影監督が悩める和也にゲキを飛ばしますね。これも監督の経験からですか?
沖:僕はベテランの撮影監督にお願いすることが多いです。まだ映画はわからないことは多いですから、僕のような助監督経験のない監督は、カメラの世界で食べてきた撮影監督に学ばなくてはいけない。ですから最初から、わからないことばかりなので学ばせてほしいとお伝えしています。年齢関係なく、才能ある方とはご一緒したいですね。

■違和感の連続があっていい
――――映画の中でさまざまな思い出が劇中劇と重なる構成になっており、映画に対する監督の想いも感じたのですが。
沖:ここからが回想シーン、ここからが現代の物語というやり方はしたくなかったんです。映画の中でちょっとした違和感の連続があっていいと思いますし、僕はそういう映画が好きで、一つ一つを理解するというより、感じてほしいという気持ちがありました。だからできるだけ、説明を少なくしています。
――――和也の亡き母を占部房子さんが演じています。短いシーンですが印象に残りますね。
沖:あのシーンは撮影していて辛かったですね。僕の母が言った言葉をリアルにセリフとして書いているんですよ。当時を思い出してしまって、陰で泣いていましたね。母が亡くなる3ヶ月前から、毎週見舞いに帰っていました。それはお金も時間もかかることなので、母がそれを気にかけてくれたのだと思います。死後も墓参りのために帰ることを考えたんでしょうね。そのためだけに帰ってこなくていいよという気持ちで言ってくれた言葉だと思っています。
――――監督の演出に対して、助監督が必死に止めようとする姿を見て、助監督って大変だなと思いました。
沖:助監督役も難しいと思います。現場を回すため、監督に言うべきことは言わなくてはいけないし、でもどこかで監督のことを尊敬している部分を忘れないようにしてほしいと、演じた緒形敦さんには伝えていました。
■生活のリズムや雰囲気をリアルに描く
――――広島では先行公開されているとのことですが、反響はいかがですか?
沖:8月29日から先行上映をしていますが、呉ポポロシアターや八丁座などで延長上映が続いています。ご当地映画は地元だけで盛り上がりがちですが、ここまで盛り上がりが続くと、東京でも話題になっているようです。方言も含めてリアルに撮ったつもりですので、地元の方が違和感なく応援できるとおっしゃっていただき、支えられていると感じますし、大きな手応えを感じました。やはり広島が舞台となると、原爆ドームや平和記念公園で撮影したり任侠映画や戦争映画が多く作られてきたという背景があります。その中で特に呉と江田島だけで、海沿いに暮らす静かな物語を、生活のリズムや雰囲気をリアルに描いたという点で、お客さまからは「見たことのない広島映画」と言ってもらえますね。
――――ありがとうございました。最後にメッセージをお願いいたします。
沖:実は最後に咲妃みゆさんが演じる同級生の幸恵が登場するシーンは、大阪の海遊館の近くで撮影しました。僕が以前その近くに住んでいたこともありましたので、どうしても最後に大阪を入れたかったのです。自分の中でどこか大阪に繋がっていたいという思いがありますし、今まで生きてきた中で大阪にいた3年間が一番楽しかった。僕の監督としてのルーツは大阪にあると思っているので、そういう場所である梅田で自分の撮った映画が公開されるのは嬉しいですし、舞台挨拶をしたり、大阪でお世話になった方々への挨拶回りをするのが楽しみで仕方ないです。
(江口由美)
<作品情報>
『やがて海になる』(2024年 日本 90分)
脚本・監督:沖正人
出演:三浦貴大 武田航平 咲妃みゆ
山口智恵 緒形敦 柳憂怜 ドロンズ石本 武田幸三 高山璃子 市村優汰 後藤陽向 川口真奈
占部房子 白川和子 大谷亮介 渡辺哲
2025年10月24日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、11月14日(金)よりテアトル梅田、アップリンク京都にて公開
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