レポートインタビュー、記者会見、舞台挨拶、キャンペーンのレポートをお届けします。

富士山や雪山での過酷な撮影に挑んだ『てっぺんの向こうにあなたがいる』阪本順治監督インタビュー

IMG_6763.jpg
 
 女性初のエベレスト登頂を果たした登山家・田部井淳子の偉業にスポットを当てるだけでなく、家族との関わり、病と死に向き合う姿をオリジナル脚本で描く『てっぺんの向こうにあなたがいる』が、10月31日より全国ロードショーされる。
世界的登山家の多部純子を吉永小百合とのん(青年期)の二人が演じ、どんな時でも諦めず、前に進んでいく純子の力強さを体現している。またそんな純子を支える家族模様も細やかに描かれ、彼女自身が企画した東日本大震災後に被災した高校生との富士登山プロジェクトでは、どんな高い山でも一歩ずつ進めばいつかは頂上にたどり着くという人生にも置き換えられる大事なことを、そのダイナミックなシーンから感じられるだろう。
 本作の阪本順治監督にお話を伺った。
 

てっぺんの向こうにあなたがいる_1ショット_メイン01.jpg

 

■サン・セバスティアンで「純粋に伝わったと思った」

―――サン・セバスティアン国際映画祭(以降サン・セバスティアン)では長男・真太郎を演じた若葉竜也さん、そして真太郎のモデルとなった田部井進也さんと一緒に参加されましたが、現地での反響はいかがでしたか?
阪本監督:サン・セバスティアンは25年前に藤山直美さん主演の『顔』がコンペティション部門に選ばれ、呼んでいただいたのですが、他の映画祭とは違う風景が見えたのです。『顔』のときは、上映が終わって暗くなると観客がみんな出て行ってしまうので「あれ?」と思ったら、映画館を出たところにあるロビーに観客が花道を作って拍手で迎えてくれたのです。
 
今回は外にロビーがない会場だったのですが、また上映後に暗くなったときみんな立ち上がってしまったので出て行ってしまったのかと思ったら、明かりがついたときに360度我々を囲んでくださったんですね。スペインの地元の映画好きのみなさんの変わらない歓迎ぶりで、純粋に伝わったなと思いました。しかもご夫婦で来られている中高年層が多かったので、これは家に帰ったら夫は妻に「ああいう風に(献身的に純子を支えた夫、正明のように)できないの?」とか何か言われるんじゃないかなと(笑)
 
―――確かに、見習ってほしいですね(笑)記者会見では若い観客にも観てもらいたいとおっしゃっていましたが。
阪本監督:上映には中学生ぐらいのグループもおり、上映後に近寄ってきてくれて「よかった」と言ってくれたと思います。この映画には高校生たちも登場しますが、彼らのありようを見て、共感してくれたのではないかと思います。
 

■自分の実体験に置き換えて台本を読み取っていった若葉竜也

―――若葉竜也さんが演じた真太郎は、まさに純子が企画した東北の高校生の富士登山でリーダーを担っていましたね。
阪本監督:若葉さんも映画祭は初めてではないと思いますが、サン・セバスティアンを満喫していましたね。彼が今まで出演した作品では割とナイーブな役が多く、今回のように喜怒哀楽がはっきりとした役は珍しかったそうで、それを喜びとして語ってくれました。また、若葉さんも旅劇団の息子で父親とよく比べられたり、それに反発して劇団を飛び出したりしていたそうで、そういう意味ではモデルとなった田部井進也さんと共通点があるんですよ。だから台本の読み取り方も自分の実体験に置き換えてやったことを、進也さんと現地で語っていましたね。
 

■女性初登頂を果たしたエベレストアタックの撮影秘話

―――青年期の純子が女子登山クラブとどれだけ準備を重ね、現場でトラブルに見舞われながらも、最終的には純子がアタックを託されて女性で世界初のエベレスト登頂を達成するまでを人間模様も含めて綿密に描いている部分で、エベレストへアタックするシーンはどのように撮影したのですか?
阪本監督:富山の室堂という観光客に人気の場所で誰も入ってこないところがあり、そこを延々と登りながら撮影場所を探しました。田部井淳子さんがエベレストの頂上に立った時の写真がありますから、空の抜け方がうまく撮れる場所を探して、純子を演じたのんさんが国旗を持って立った後ろに見える稜線は、田部井さんの写真のとおりにスコップで同じに見えるように形作りましたし、国旗が写真と同じ方向にはためくように送風機で風を送ったりと「実際の写真を使ったのではないか」と間違われるぐらいのクオリティーになるように努力しました。カメラ位置も後ろ側は崖っぷちだったので、簡単に撮れるような場所ではなかったです。
 
CGも若干使いましたが、のんさんにはそれなりに厳しい上りを登っていただきました。4日間のロケのうち4日目が吹雪になったので「これは吹雪の画が撮れるからラッキーだ」と思うしかなかったのですが、撮影サポートで登ってくださっていた田部井進也さんにもアドバイスをいただきながら、青空やどんよりした空、吹雪と一通りの山の風景を撮ることができ、田部井淳子さんが導いてくれたのかなと思いましたね。
 

てっぺんの向こうにあなたがいる_0812解禁用04.jpg

 

■のんは「奔放に生きるさまや自由度が田部井淳子さんに繋がる」

―――雪山の中でのハードなシーンもこなしたのんさんですが、起用の決め手は?
阪本監督:2017年の高崎映画祭で『この世界の片隅に』でホリゾント賞を受賞したのんさんと壇上で初めて顔を合わせ、2回目は2023年にのんさんが『さかなのこ』で日本プロフェッショナル大賞主演女優賞をいただいたときに、僕も賞をいただき壇上でお会いしました。スクリーンの中ではない素の彼女を2回も見たのです。そのときの佇まいや演じていない彼女の記憶が残っていたので、青年期の純子を誰に演じてもらうかと考えたとき、僕の中ではのんさん一択でしたし、吉永さんも「それがいいと思う」と。吉永さんは坂本龍一さんが指導していた東北ユースオーケストラ演奏会に朗読で参加されており、のんさんも参加されたことがあるので僕と同じように素の彼女に触れる機会があったのだそうです。
 
のんさんに対する感触、つまり奔放に生きるさまや自由度が田部井淳子さんに繋がるのではないかと思ったら、純子を演じる吉永さんのデビュー当時と顔も似ているのではないかと段々思い始めて(笑)演じる上では田部井淳子さんの気質を理解することが大事でしたが、それは吉永さんものんさんも理解しておられたので、そこさえ間違えなければ、あとは自分らしく演じてもらえたら青年期からずっと繋がっていくと思っていました。
 

■撮影前の富士登山チャレンジと現場での撮影

―――後半の大きな見せ場は高校生たちを率いての富士登山ですが、撮影はいかがでしたか?
阪本監督:まずは田部井さんが企画し、今も行われている実際の高校生富士登山を頂上から俯瞰した形で撮影しました。あとは撮影用に大学の山岳部などから30人ぐらいのエキストラを募り、毎日2800メートル級の高さまで通ってもらう一方、我々10人ぐらいのスタッフは山小屋に泊まって準備も入れて 5泊しました。僕も監督として、撮影が上手く行っても、全員が安全に山を降りるまではずっと気を揉んでいましたね。
 
―――監督ご自身も富士山は大変だったのでは?
阪本監督:そうですよ。脚本がまだ出来上がる前に、富士山が出てくるということで2年前にガイドを付けてもらって富士登山にチャレンジしたら、8合目で高山病になり常駐しているドクターに頂上アタックはやめた方がいいと言われました。それでも頑張った結果、9合目の途中で引き返すことになり、帰りは何度コケたかわからないぐらいでした。昨年は富士山山頂で撮影しなければいけないという強い意思のもと、すごく時間はかかりましたがやっと頂上まで行けました。
 
テレビでよく富士登山の模様がオンエアされていますが、あれは吉田ルートという距離は長いけれど傾斜は緩やかなルートなんです。僕たちは高校生たちが登るルートである富士宮ルートを登ったのですが、それが一番直線コースで傾斜がキツイんですよ。今まで撮影で崖っぷちとか険しい場所にロケで行ったことは何度もありますが、富士山の上の方は植物限界を超えてがれ場が続く道なので殺風景だし、鳥の鳴き声すら聞こえない。スクワットを1日400回やって臨みましたよ。
 
 
てっぺんの向こうにあなたがいる_0812解禁用03.jpg

 

■夫役を演じた佐藤浩市から届いたメール

―――本当にすごい撮影だったと思います。本作は純子と彼女のチャレンジや闘病を支え続けた夫、正明の夫婦愛も大きな見どころです。
阪本監督:正明は自分がどういう立場で純子を支えてきたのか、そして最後まで支え通すということが(佐藤)浩市さんの中ではっきりしているわけで、あとはお互いの間合いが夫婦の間合いになることですよね。お二人とも大ベテランですから、撮影しながら役を作り上げていくというよりは、役をもらった時点である種の夫婦のイメージは付いていたと思います。正明役が決まったとき、浩市さんから僕にメールで「吉永小百合さんを完璧に僕がサポートするから、大丈夫だ」と。そんなこと今まで言ってきたことがないのに(笑)
ただ、現場ではすごく緊張していたそうです。父の三國連太郎さんと共演経験のある吉永小百合さんと夫婦役で共演するわけですから。
 
―――これで映画がうまくいくと思ったシーンは?
阪本監督:撮影初日に純子が癌を宣告されるシーンを撮ったのですが、診療室から出た純子が正明に「病気になったからといって、病人にならなきゃいけないわけじゃないよね?」と訴えるところですね。正明は病院の先生に渡された癌の容態を記す書類を持ちながら待っており、純子がさきほどの言葉を言った瞬間に演じている浩市さんはさっと後ろにカルテを隠して「ご飯でも行きますか」と言うんです。夫婦のあり方としてうまくいった気がしたし、ああいうことを瞬間に考えてできる浩市さんが素敵だなと思いました。浩市さんは昔から動揺するシーンでの小道具の扱いが上手ですよ。
 

てっぺんの向こうにあなたがいる_0812解禁用02.jpg

 

■吉永小百合と田部井淳子は「おてんば具合や負けず嫌いが似ている」

―――最後に、純子を演じる吉永さんが自然体でとてもエネルギッシュな田部井淳子さんと重なりましたが、この役を演じぬいた吉永さんをどのようにご覧になっていましたか?
阪本監督:田部井淳子さんという方を背負いながら演じているうちに、それが吉永さんの自然体にも見えることがありました。僕は田部井さんにお会いしたことはないけれど、吉永さんのお芝居を見て、もしかしたら田部井さんはこういう方だったのではないかと錯覚を覚えたことが何度もありました。鋼の心臓を持ち、おてんば具合や負けず嫌い、言い訳しない、何者にも染まりたくないというのが一番似ているのではないかと思います。
(江口由美)
 

 
<作品情報>
『てっぺんの向こうにあなたがいる』
(2025年 日本 130分)
出演:吉永小百合、佐藤浩市、天海祐希、のん、木村文乃、若葉竜也、工藤阿須加、茅島みずき
監督:阪本順治
脚本:坂口理子 音楽:安川午朗
原案:田部井淳子「人生、山あり“時々”谷あり」(潮出版社)
2025年10月31日(金)より全国ロードショー
© 2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会
 

月別 アーカイブ