
貧困や児童虐待が増加の一途を辿る日本で社会問題となっている闇ビジネスをから抜け出そうとする男たちを描き、2018年に第⼆回⼤藪春彦新⼈賞を受賞した⻄尾潤の原作を、永⽥琴監督(「連続ドラマW 東野圭吾」シリーズ)が映画化した『愚か者の⾝分』が、10月24日よりTOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズ二条、OSシネマズミント神戸ほか全国ロードショーほか全国ロードショーされる。
犯罪組織の⼿先となり⼾籍売買を⾏うタクヤを演じるのは、NHK連続テレビ⼩説「あんぱん」で漫画家やなせたかしの半生を見事に演じ、映画やバンド活動でその才能を発揮している北村匠海。タクヤを心から慕う弟分マモルを、空音央監督の『HAPPYEND』や今年の大阪アジアン映画祭で芳泉短編賞スペシャル・メンションを受賞した『ブルー・アンバー』など話題作への出演が相次ぐ林裕太が、タクヤを犯罪の道に誘った兄貴分で運び屋の梶谷を、日本映画界に欠かせない存在となった綾野剛が演じている。
10月に開催された第30回釜山映画祭(BIFF)のコンペティション部門で、北村匠海、林裕太、綾野剛が3人で最優秀俳優賞を受賞し、魂の演技がアジア一の映画祭と言われるBIFFで高く評価された必見作だ。
本作の永田琴監督とマモル役の林裕太さんに、お話を伺った。
――――釜山国際映画祭で北村匠海さん、綾野剛さんと3人で最優秀俳優賞を受賞されましたね。おめでとうございます。受賞の感想をまずは教えていただけますか?
林:本当に嬉しい気持ちでいっぱいです。3人で受賞できたというのは作品が審査員のみなさんに愛されたからこそだと思いますので、その粋な計らいに感動しました。
永⽥監督:正直びっくりしました。異例の3人同時受賞ということで本当に嬉しくて涙が出ました。現地ではみなさんが「コンペティション部門だね。おめでとう」と声をかけてくださり、映画祭ではコンペティション部門として上映されることがリスペクトに値することなのだと肌で感じたことも嬉しかったですね。

■原作で惹かれたテンポの良いサスペンス性や残虐性と若者の貧困を合わせながら脚本に(永⽥監督)
――――原作で魅力を感じた点や、脚本化にあたりリサーチを加えた点、新たな要素として脚本に加えた点、本作で一番描きたかった点について教えてください。
永⽥監督:原作の魅力は、まずタクヤとマモルの青春感です。そこから繰り広げられるサスペンスや残虐な描写も決して暗くはなく、とても勢いよく描かれています。原作者の⻄尾潤さんが描くテンポの良いサスペンス性や残虐性は、わたしが持っていない部分なので本当に面白いと思いました。
もともと私は若者の貧困や、親が貧困だったら自分もそういう状況に陥らざるをえない貧困の遺伝、そこから抜け出すために犯罪に走るしかない若者たちに光を当てた作品を作りたいと思っていたところ、西尾さんの原作に出会いました。そこで両方を合わせながら脚本作りをしていったのですが、実はタクヤとマモルの出会いも原作とは違うんですよ。
――――タクヤとマモルの出会いというのは、ふたりの背景を知る上で、とても大事な部分ですね。
永⽥監督:映画ではタクヤとマモルがシェアハウスで出会う設定にしました。ただシェアハウスとは名ばかりで6畳間や8畳間に二段ベッドが4台ほど置かれていて、各自の専用スペースはベッドの上しかない状態なのです。だけど実際にそこで住んでいる若者は快適だと言うのです。「快適」の図式が自分とは全く違うことが私にとってはショックでしたが、そこで繰り広げられる小さなオアシスがあるのだろうと思ったし、そういう実態も映画で描いていきたい部分でした。
■人に対する不信感を嫌味なく出せる演技ができるのは強み(永⽥監督)
――――今回、オーディションでマモル役に選ばれた林さんの魅力やマモル役に求めていたことについて教えてください。
永⽥監督:映画をご覧いただければ、歴然とそこに全てが集約できていると思います。実際にオーディションで初めて林さんとお会いしたとき、マモルの生い立ちや彼の置かれている状況を、脚本を通して読み解くレベルが非常に高かった。お芝居でも、マモルが簡単に人を信頼しない目線を林さんから感じることができたのです。そういう繊細な演技は、やろうと思っても簡単に引き出せるものではありません。人に対する不信感みたいなものを嫌味なく表現できるのは彼の強みだと思いました。
――――林さんは脚本でマモルという人物を読み解いた上で、演じるにあたりどんな準備をしたのですか?
林:映画の中でマモルの背景について口で説明するところは少しありますが、きちんと描かれるわけではありません。だからこそマモルのちょっとした動きや話し方に彼の背景が出るし、そういう背景を本当に緻密に考えていかなければ、お芝居には出てこないと思うのです。だから脚本をもう一度読み込み、マモルがタクヤと出会うまではどのような経緯で一人になっていったのか、両親が亡くなった後に兄たちからどんな暴力を受けていたのか、ご飯はどうしていたのかなどを脚本に合うような形で考えていきました。
さらにタクヤと出会ってからどんなことをしたのかを考え、そこから生まれたマモルの性格を徐々に身体に馴染ませ、マモル独特の身体の動きや話し方に落とし込むという作業をやっていきました。あとは現場で実際に演じてみて身体に馴染んでいくものが大きかったですし、特にタクヤとの関係性については(タクヤ役の)匠海くんと一緒にいる時間があってこそできるものがあったので、そこは大切にしていきました。
■綾野さんと匠海くんは僕のお芝居のスタンスをずっと肯定してくれた(林)
――――なるほど、相当緻密な準備を重ねて撮影に挑んだのですね?
林:最初はマモルの背景を考えすぎて身体が硬くなってしまい、なかなか上手くいかないことも多かったのですが、監督と何回も話をしながら、もっと軽やかになることを意識することで徐々に良くなっていきました。また、匠海くんや(梶⾕役の)綾野さんからは、こうした方がいいというアドバイスみたいなものは受けなかったのですが、一緒に楽しもうということをそれぞれが背中で語ってくれていましたし、僕のやろうとしているお芝居のスタンスをずっと肯定してくれていた。それは僕にとってすごく助かりましたし、現場にいやすい環境を作ってくれたのはありがたかったですね。
永⽥監督:林さんと綾野さんは一緒にお芝居をするシーンはなく、本読みの後はポスター用のスチールを撮るときに会うぐらいだったのですが、綾野さんが林さんのことを「自分の若いときみたい。目元が似ている」とすごく気に入ってくれて、「俺ら、絶対また一緒に(芝居を)やろう」と声がけもされていたんですよ。
■阪神淡路大震災で実感した「生き残ったということは、生きるしかない」(永田監督)
――――それは嬉しいですね。永田監督は林さんにどんなアドバイスをされていたのですか?
林:あるシーンがどうしてもうまく演じられず、すごく時間がかかってしまったことがありました。監督と何度も話をしながら最終的にはうまくいったのですが、そのときは僕の感情に寄り添って監督が一緒に話してくれたことに助けられました。橋の上のシーンでは最後までどのように芝居するのかが決まっていなかったので、今まで積み重ねてきたものを含めてどうするかを監督とずっと話し合いました。
永⽥監督:「今までマモルを演じてどういう感じだった?」と切り出し、橋の上でマモルが死を選ぶかどうかの話もしたのですが、死を選ぶという選択をチラリと見せてもいいけれど、結局死ねないということをやりたいねと。私も阪神淡路大震災を経験し、周りで大勢の人が亡くなる中、自分は生き残った人なのだと思った経験があり、「生き残ったということは、生きるしかない」という話をしたら、林さんは「生きるしかない、という意味がわかりました」と掴んでくれました。みんなどこへ行ったかわからない中、マモルが一人だけお金を持たされ、「欲しいものはお金じゃない」と気づく。一方で寂しかろうが生きるしかないというある種のアンハッピーエンドな選択肢にたどり着いてほしかったのです。
――――背景を考えて身体に馴染ませた上で、実際に現場でマモル役を演じてみて、マモルという人物について思うことは?
林:すごく「今を生きている男」だなと思いました。瞬間瞬間を生きている。僕のことを言えば、今この瞬間を楽しむとか、苦しいと思うことは難しいです。人は常に過去や未来のことを考えながら生きてしまうし、今を生きることができていないのではないかと思ってしまう。一方、マモルは今を生きているし、タクヤからもらった愛情をシンプルに受け取れる。タクヤが大好きだからいなくなったときに、ただただ悲しいと思う。そういうシンプルさがあるからこそ、梶⾕とタクヤのふたりから未来を託されるし、そういう力がある人なのだと思います。

■マモル、タクヤ、梶谷が繋がっていることを再確認する食事シーン(林)
――――スリリングな展開が続く本作で2回登場する手作りのアジの煮付けを食べるシーンは、隠していた心情が浮かび上がり、温かくもどこかしんみりしますね。
林:食事をするのは生を繋げることに直結するので、僕は「いっぱい食べろ」とか「飯いくぞ」と言われて食べさせてもらうことは、生きろと言われているような気がするのです。その瞬間はたわいがなくとても日常的な空間である一方、すごく大切な瞬間でもあるという両方兼ね備えた状況だと思うので、タクヤとマモルがふたりで食べるシーンを大事に作りたかったですし、タクヤと梶谷のアジの煮付けを食べるシーンを見ても改めてそう思いました。
また、タクヤと梶谷、マモルとタクヤという2組は、他のシーンでは全然質感が違うのに、食事のシーンだけ同じように見える。映画を観て、そういうふうに3人が繋がっていることを再確認しました。
永⽥監督:ふたりの関係性がそれぞれ深掘りされていくシーンなのですが、実は後ろに野球部や吹奏楽の音が聞こえていて、タクヤとマモルが普通に学校に通っていたら、そちらの世界だったかもしれないという対比を目立たないように入れています。温かく、それでいて寂しいというふたりの境遇が浮かび上がるようなシーンになっています。いずれも小さな家族の美しい時間にしたかったのです。
■マモルを演じることで「誰かの力によって命が成り立っていることを、改めて知ることができた」(林)
――――「梶⾕とタクヤのふたりから託される」というお話がありましたが、託される立場のマモルを演じてみていかがでしたか?
林:最初、マモルは「生きていればそれでいい」というスタンスでしたが、タクヤと出会うことで「こんなに楽しく生きていていいんだ」と思えるようになります。タクヤを失う一方で自分の命を彼が繋いでくれたとわかったとき、これから一人でどうしていくのか突きつけられる。そんなマモルを実際に演じると、命を投げ出すという選択肢はどうしても浮かんでしまうのです。でも近くに支えたり優しくしてくれる人がいるなら、それだけでも生きる意味になると僕は思うし、誰かの力によって命が成り立っているということを改めて知ることができた役でした。
――――ありがとうございました。他に永田監督が特に注目してほしいポイントは?
永⽥監督:こだわりが沢山あるのですが、タクヤとマモルの指示役である佐藤(嶺豪⼀)の指に彫られたタトゥーも、こだわりの一つです。人差し指に“母”、中指に“人生”と彫っています。こんな非道な男でも母には叶わない(笑)。そんな佐藤にもぜひ注目してください。
(江口由美)
<作品情報>
『愚か者の⾝分』(2025年 日本 131分)
監督:永⽥琴
原作:⻄尾潤「愚か者の⾝分」(徳間文庫)
出演:北村匠海/林裕太 ⼭下美⽉ ⽮本悠⾺ ⽊南晴夏 ⽥邊和也 嶺豪⼀ 加治将樹 松浦祐也/綾野剛
2025年10月24日(金)よりTOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、 TOHOシネマズ二条、Tジョイ京都、OSシネマズミント神戸、TOHOシネマズ西宮OSほか全国ロードショー
©2025 映画「愚か者の⾝分」製作委員会