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「現実を描くと同時に、夢や希望を描いている」 カナダ映画『ぼくらの居場所』監督のシャシャ・ナカイさん、リッチ・ウィリアムソンさんインタビュー

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  多様な文化を持つ人々が多く暮らす、カナダ・トロント東部に位置するスカボローを舞台に、カナダの作家キャサリン・エルナンデスが実体験をもとに執筆したデビュー小説『Scarborough』を映画化した『ぼくらの居場所』が、11月7日(金) より新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺、シアター・イメージフォーラム ほか全国順次ロードショーされる。
精神疾患を抱えた父親の暴力から逃げるようにスカボローにやって来たフィリピン人のビン。家族4人でシェルターに暮らす先住民の血を引くシルヴィー。そしてネグレクトされ両親に翻弄され続けるローラ。そんな彼らがソーシャルワーカーのヒナが責任者を務める教育センターで出会い、きずなを育んでいくのだったが…。
 
   様々な支援を必要とする大人たちと、葛藤を抱える親のもとで生きる子どもたち、そしてその親子をサポートする教育センターの責任者。それぞれの苦しみや成長、そして心の交流が豊かに描かれた、注目のカナダ映画だ。
監督でフィリピン生まれ、ナイジェリア育ちのシャシャ・ナカイさん(写真左)、共同監督で撮影、編集を手がけたリッチ・ウィリアムソンさん(写真右)にオンラインでお話をうかがった。
 

 
③Directors Shasha Nakhai and Rich Williamson (Credit.Kenya-Jade Pinto Courtesy of Compy Films).JPG

 

■フィリピンにルーツを持つ人物の描き方が興味深い(シャシャ)

 自分の子ども時代と結び付けられる部分があった(リッチ)

―――原作者キャサリン・エルナンデスさんが映画化企画を持ち込んだとのことですが、キャサリンさん自身についてや原作を執筆した背景を教えてください。また原作“Scarborough(スカボロー)”を読んだとき、一番心を打たれた点、映画化を引き受ける決め手になった点について、教えてください。
シャシャ:キャサリン・エルナンデスさんは実際にホームデイケアセンターで働いていた経験があり、子どもたちが朝やって来る前に、キャサリンさんは早朝から原作小説を執筆していたそうです。そこでの彼女自身の経験や実在の場所、デイケアセンターで出会った人たちから大きなインスピレーションを得て、書いたものだと聞いています。
 最初にキャサリンさんから映画化の話をいただいたとき、わたしたちはドキュメンタリー作家で劇映画を監督した経験はなかったので、正直悩みました。でも逆にドキュメンタリー作家に映画化してほしいというのが、キャサリンさん自身の希望だったのです。わたしが“Scarborough”を読んだときは、従来のカナダ映画では見たことのないストーリーが描かれていると思いました。特にフィリピンにルーツを持つ人物の描き方は今までのカナダ映画にはなかった登場人物なので、とても興味深いと思いました。
 
リッチ:わたしが原作を読んだとき、作品に登場するキャラクターたちにすごく魅了されたことを覚えています。わたし自身もトロントから2時間ほどの、スカボローととてもよく似た地域で生まれ育ったので、読んでいてすごく懐かしく、細かい部分に共感を覚えることも多かったです。そのように自分の子ども時代と結び付けられる部分があったからこそ、このプロジェクトへの依頼を受ける気持ちになれました。
 
 
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■多様性と困難を抱えやすい街、スカボロー

―――リッチさんの生まれ育った街に似ているとのことですが、スカボローについてどのような街なのか具体的に教えてください。
リッチ:スカボローはトロント大都市圏の中に位置している街ですが、公共交通機関を使って都市部に行くには2時間ぐらいかかる、かなりアクセスが悪い場所です。住民は移民の方や有色人種の方もたくさんいらっしゃるし、白人や黒人、フィリピン人コミュニティー、先住民コミュニティーがあります。またインド系の人たちやタミル人のコミュニティーも存在する地域で、多様性のある街だと言えます。たださまざまなサービスにアクセスしづらいことがあり、人々が住みやすいとは言えず困難を抱えやすい街という一面があります。
 
―――本作を撮るにあたり、どのように準備を重ねたのですか?
シャシャ:企画を進めるにあたり、我々やスタッフはスカボローに共感を覚える点はあったものの実際に住んだことがなかったので、原作者のキャサリンさんとできるだけたくさんの時間を過ごすことを心がけました。彼女と一緒にロケハンをし、スカボローに実際に住んでいる人を紹介してもらったのです。原作だけでは、スカボローについて我々が知り得ない部分がどうしてもありますから、映画で描いたときにリアルに見えるように、リサーチをたくさん積み上げました。
 
 

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■スカボロー出身者や先住民コミュニティーからキャスティング

―――本作はキャスティングが特に重要だったと思いますが、子役のキャスティング方法について教えてください。他の出演者も実際に現地に住んでいる方を起用しているのですか?
シャシャ:予算もリソースも限られ、キャスティング担当がいなかったので、自分たちでキャスティングを行いました。この作品はセリフのある役が40名以上登場します。しかもわたしたちは例えば「4歳で自閉症の症状を持つ先住民族の男の子をキャスティングしたい」など非常に限定された人物や、原作に忠実でキャサリンさんのイメージ通りのキャストを探していたため、とても大変でした。学校内の演劇スクールや、フィリピン人のパフォーマンスアートスクール、コメディーシアターなどを廻り、6ヶ月ぐらいかけてキャスティングを行い、結果的にそれぞれのコミュニティー出身の方や主要な役はほとんどスカボロー出身の方を起用することができました。前日に突然出演をキャンセルされたときは、友達に頼んで急遽キャスティングしたこともありました(笑)。でも実際に先住民やフィリピンなどそのコミュニティーの人たちが出演することで、物語がリアルになったと思っています。特に後半、ローラの儀式で登場する先住民の方も、実際に先住民コミュニティーに所属しておられる方に出演いただくことができ、すごく良かったと思っています。
 
―――日本でも子ども食堂や不登校の人たちが通うスクールはありますが、カナダの教育センターは公立で親子の教育支援やフードサービスまで行っているのに驚きました。
シャシャ:教育センターは様々な教育プログラムがミックスされており、教育と識字の力を高めることを主な目的としています。保護者が子どもをきちんとケアできない家族や、保護者自身もきちんとサポートを受けられないような家族にとっての居場所になっていますし、映画で描いたように食事が提供されるのも重要なポイントです。スカボローは十分に行政サービスが受けられる街ではないので、例えば公園も少なく、人々が無料で集まれる場自体が限られているので、教育センターは地域コミュニティーにとっても大事な居場所になっていると思います。
 
 
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■ムスリム女性のヒナは、異なるバックグラウンドを持つ人の象徴

―――教育センターで親子をケアするヒナの視点で、その苦労も描かれていましたが、ヒナをイスラームのインド系女性に設定した理由は? 
シャシャ:ヒナをムスリム女性に設定したのは原作者、キャサリンの選択です。彼女が知る様々な人を想定して作り上げており、ヒナがムスリム女性かつスカボロー出身者ではないというところも大きなポイントです。ヒナにとって、教育センターで多様な親子とコミュニケーションを取りながらケアをしていくことは、いろいろな困難が伴います。ヒナがヒジャブを被っていることを見せることができたのは映画ならではですし、異なるバックグラウンドを持つ人が差別的になるのと同時に、共通点を見出すことをできることを描けて良かったと思います。
 
―――差別的という点ではヒナの上司、ジェーンから思わぬ指摘を受けるシーンもありますね。
シャシャ:(白人の)ジェーンは、ヒナがヒジャブを着ているという理由だけで彼女がインド系の文化イベントに参加しているとか、そうしたイベントに参加していたヒジャブ着用の女性がヒナかもしれないと一方的に決めつけている節があります。その偏った視点を示すために、ヒナがジェーンに注意されるシーンを描きました。
 
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―――親の精神状態が不安定なため、完全に自分の世界に入ってなんとか生きている子どもは世界中にいると思いますが、ローラと父の描写で心がけたことは?
シャシャ:ローラの父、コリーの描写については、たくさんの方にリサーチを重ねました。ローラの母についても薬物中毒の人がどのような見た目や振る舞いをするのかを調べましたし、コリーは性格的に差別主義者の一面があるので、そういう人がどのような雰囲気なのかも映画で表現しました。原作ではコリーの考えていることが細かく描写されているのですが、映画ではいかに見た目で表すかを考えました。コリーは原作と異なる振る舞いや行動をするところや暴力的なシーンもありましたが、演じたコナー・ケイシーさんを俳優としてすごく信用していたので、現場でいろいろと付け加えながら演技してもらいました。
 

 

■原作者が描きたかった“現実と希望”

―――フィリピン人で自身のジェンダーについて悩むビンと、そんな息子をあたたかく見守る母の姿が印象的でしたが、カナダでこのような子どもが描かれることの意義について教えてください。
シャシャ:やはりフィリピンはカトリックの人が多く、進歩的ではないのでクィアカルチャーに対してオープンであるとは言えません。だからビンと母のエドナの関係性はとても理想的だと思います。ただ、この映画のラストシーンで泣いてくださる観客がたくさんいたので、みなさんには希望のように映っているのではないかと思いますし、この親子のシーンこそ原作者、キャサリンが描きたかったことなのではないでしょうか。
 
 

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リッチ:キャサリンは現実を描く作家ですが、同時に夢や希望を描いていると思います。
(江口由美)
 

『ぼくらの居場所』“Scarborough”
2021年 カナダ 138分 
監督:シャシャ・ナカイ、リッチ・ウィリアムソン
出演:リアム・ディアス、エッセンス・フォックス、アンナ・クレア・ベイテル 他
2025年11月7日(金) より新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺、シアター・イメージフォーラム ほか全国順次ロードショー
© 2021 2647287 Ontario Inc. for Compy Films Inc.
 

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