御年100歳の作家・佐藤愛子が90歳の時に書いたエッセイ『九十歳。何がめでたい』の映画化作品に、丁度90歳を迎えた草笛光子が主演。歯に衣着せぬ物言いで世間の矛盾をぶった斬る痛快さに、夢中になって読んでは所構わず笑い出してしまったものだ。その原作通り、この映画も危険な可笑しさにあふれている。そこには偏屈老人の上辺だけの強さではない、長い人生経験に裏打ちされた人間性の深みや慈愛と温もりがあり、人間讃歌の作品として大いに楽しめる。すべての人々の人生にエールを贈る、笑いと感動いっぱいのハッピーオーラ満載の映画を、家族そろって劇場へ観に行って頂きたい。
〈草笛光子の発案〉
草笛光子は意外にも本作が初めての単独主演作となる。原作に惚れ込み、「佐藤愛子さんを演じてみたい」と自ら企画立案し、前田哲監督にオファーして映画化にこぎ着けたという。舞台に映画にドラマにモデルとマルチに活躍する草笛は、お茶目でチャーミングな性格から多くの人々に愛され、本作でも「草笛さんと共演したい!」と豪華な俳優陣が登場している。どこに誰がどんな役で登場するのか、それを発見するのも楽しみのひとつ。
〈前田哲監督について〉
前田哲監督は、大道具のバイトから美術助手を経て助監督となり、伊丹十三、滝田洋二郎、大森一樹、崔洋一、阪本順治、松岡錠司、周防正行らの作品に携わる。エンターテイメントに軸足を置きつつ、独自の視点や社会派題材を入れ込む作家性と、登場人物たちを魅力的に輝かせることで観客に届く作品に仕上げる、職人気質を併せ持つ監督である。
近年は、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』『そして、バトンは渡された』『老後の資金がありません!』『ロストケア』『大名倒産』と次々とヒット作を打ち出している。19歳から映画の世界に身をおく現場叩き上げの前田監督といえど、草笛光子の90歳とは思えぬバイタリティーあふれる“とんでもない言動”に翻弄されながらも、現場は笑いの絶えない和やかな雰囲気だったようだ。
以下にインタビューの詳細を紹介します。
〈俳優さんが演技しやすい環境作りを心掛けている〉
――面白いティーチインでしたが、現場でも関西弁ですか?
自分ではソフィスティケートしているつもりですが…(つい笑ってしまった!)
作品にもよりますが、基本的にリラックスして演じてもらう環境を作るのがスタッフの仕事だと思っています。俳優さんもスタッフもいちいち言われてやるより自分発進の方がモチベーションが違うと思うし、色んな選択肢があった方が面白いものが生まれると思うんです。それが映画を総合芸術として制作する醍醐味だと思っています。
〈草笛光子という女優について〉
――草笛光子さんは意外にも本作が初単独主演というのに驚いたのですが…?
草笛さんは目鼻立ちがくっきりしたお顔立ちで、原節子さんに似ていると思います。実際、原さんに可愛がられていたようです。前作の『老後の資金がありません』の時にも自分でメークするシーンがあって、今回もいくつかのコスプレシーンのメークもブツブツ文句言いながら自分でやってましたよ、「原さんなら絶対こんなことしないわよ!」ってね。(笑)
――佐藤愛子先生に似せるための工夫は?
愛子先生の服や着物の写真を基にデザインしてもらいました。後半、段々と元気になっていくにつれて色を入れるようにリクエストして、人物像を構築していきました。
――佐藤愛子先生や草笛光子さんのような大御所を前にして緊張することは?
僕、緊張しないタイプなんですよ。お互い構えなくていいというか、子供と高齢者とはやりやすいですね。
〈元気の秘訣は旺盛な食欲にあり?〉
――佐藤愛子先生と草笛さんの三人でランチされたそうですが?
お二人ともよく食べる!食べる! 草笛さんは特に肉が大好き、チョコレートも大好きで現場でも差し入れのお菓子をパクパク食べてましたよ。「何いつまで食べてるんですか、もう撮影始めますよ!」と言うと、「食べてない」ってモグモグさせながら言うんですよ。「(口のまわりに)付いてるがな!」…食いしん坊ですが、それがまたチャーミングなんです。
〈宵っ張りの朝寝坊?〉
普通高齢になると、夜早く寝て朝早く起きるもんじゃないですか、それが夜も遅くまで起きてるし、朝起きるのも遅いし、だから撮影開始はいつも13時、14時なんですよ。「早く寝ればいいのに」って言っても、言う事を聞かないんですよ~。周りが大変だったと思いますが、みんな草笛さんのことを愛してますからねぇ、世界一幸せな90歳だと思いますよ。
――現場での草笛さんの体調は?
元気そのものでした。足元が危なそう時は周囲が気を付けてあげてましたが、それ以外はスタスタと歩いてましたよ。
〈三谷幸喜について〉
――役者としての瞬発力が光ったタクシー運転手役の三谷幸喜さんについては?
最後の「もう一周回りましょうか?」というセリフは三谷さんのアドリブですが、他のセリフはちゃんと台本通りに言ってもらってますよ。
――監督としての三谷さんをどう思う?
三谷さんは、宮崎駿さんや是枝裕和さんのようなブランドですね。皆が安心して観に行けるような作品を提供し続けている、スター監督ですよね。自分は職人であるという考え方で、この原作をどんな俳優さんに演じてもらって、どんな風に料理させて頂こうかなと思って制作しているので、違うスタンスで映画に関わっているような気がします。
〈俳優との縁について〉
――キャスティングについては?
作品毎に相談しながら決めています。幸いなことに最近では長澤まさみさんや広瀬すずさんに杉咲花さん、高畑充希さんなどの若手トップ女優さんらとご一緒する機会が持てました。助監督の頃から松田聖子さんや原田知世さんに薬師丸ひろ子さん等の作品に携われたことは大きかったですし、女優さんとは縁があるのかなと思っています。『ロストケア』の松山ケンイチさんとは結実してきたので、これからは男優さんともいい仕事ができればいいなと思っています。
〈映画制作する上でのポリシーは?〉
――映画制作する上で何に一番重点を置いているのですか?
僕は役者が一番大事だと思っています。映画はただ撮ればいいというものではないので、どうしたら観客に届けられるか? それから、『こんな夜更けにバナナかよ~』や『ロストケア』の時もそうですが、実際に障がいを持っておられる方や介護ケアに携わっておられる方などにどう受け止められるか?今回も実在の人物を描いている訳ですから、ご本人やご家族の方々にどう思われるのか、とても気を遣いました。
映画化したい題材やエピソードがあっても、世に出した時に一人でも嫌な思いをするようなことがあれば制作を断念せざるを得ないこともあります。と同時に、役者さんの気持ちは大事にしたいと思っているので、嫌なことは求めないようにしています。
――今は何を発表しても賛否両論が沸き起こる時代だと思いますが?
皆が幸せに思ってもらうのが究極の目標なんですが、今作の『九十歳。~』では多幸感のある作品で、「生きてて良かったんやね」と思ってもらえるような人間讃歌の作品でもあります。いろんな映画があって当然ですが、僕はいい気分になって幸せが伝播するような映画を作っていきたいと思っています。
〈題材選びは?〉
――映画の題材はご自身の希望で取り上げられるのですか?
諸事情により希望通りにならないこともあります。自分の琴線に触れる何かを感じられるものを大事にしています。でも、思い入れがあっても思うようにヒットにつながらない時もあります。『こんな夜更けにバナナかよ』『そして、バトンは渡された』『老後の資金がありません!』とヒットに恵まれ、お陰様で草笛さん発案の今作でも監督をすることができました。
――次回作は佐藤愛子原作のエッセイ『九十八歳。戦いやまず、日は暮れず』の映画化でしょうか?
今作にも『九十八歳。~』のエピソードを組み込んでいますので、どうなるでしょう?草笛さんが、クランクアップで花束渡してハグした時に、僕の耳元で、「次はどうするの?」とささやかれました。もう次のこと考えてる!この人凄いなって思いましたよ(笑)。
――随分と信頼されましたね。
草笛さんは、レジェンドであり、チャーミングであり、キャストもスタッフみんな大好きです。石田ひかりさんなんか、草笛さんとの共演シーンで僕がOK出すと、「なんでOK出すのよ!もっと草笛さんと一緒に芝居したかったのに」ってクレームでしたよ。
〈差別と偏見をなくしたい!〉
――作品の中に垣間見られる社会的問題について?
そうですね、いろんな所に入れているつもりはあります。今の社会はパワハラとかハラスメントを意識する必要があります。ですが、そういう言葉でくくってしまうとそれだけで終わってしまうような気がするんです。そうではなく、相手をどう気遣えるか、相手をリスペクトして相手の状況を考え、ちょっと創造力を働かせれば済む話だと思います。
僕の映画は、「~だから」を払拭したい。障がい者だからとか、90歳だからとか、女だから男だからとか、子供くせにとか言うけれど、そういうものを打破してもっと自由に生きられるように。一番は差別と偏見をなくしたい!それが根底にはあります。
『九十歳。何がめでたい』
【ストーリー】
断筆した作家・佐藤愛子は90 歳を過ぎ、先立つ友人・知人が多くなると人付き合いも減り、鬱々と過ごしていた。そこに、会社でも家庭でも崖っぷちの編集者・吉川がエッセイの依頼にやってくる。「書かない、書けない、書きたくない!」と何度も断るが、手を変え品を変えて執拗に頼み込む吉川。仕方なく引き受けたエッセイに、「いちいちうるせえ!」と世の中への怒りを⾚裸々にぶちまけて、それが中高年の共感を呼び予想外の大ベストセラーとなる。初めてベストセラー作家となった愛子の人生は 90 歳にして大きく変わっていく。
(2024年 日本 1時間39分)
■原 作:佐藤愛子「九十歳。何がめでたい」「九十八歳。戦いやまず日は暮れず」(小学館刊)
■監 督:前田哲 脚本:大島里美 音楽:富貴晴美
■出演:草笛光子、唐沢寿明、藤間爽子、木村多江、真矢ミキ ほか
■製作幹事:TBS
■配 給:松 竹
■原作コピーライト:Ⓒ佐藤愛子/小学館
■映画コピーライト:©2024 映画「九十歳。何がめでたい」製作委員会 Ⓒ佐藤愛子/小学館
■公式サイト: https://movies.shochiku.co.jp/90-medetai/
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(河田 真喜子)