モニカ・ベルッチ主演の『アレックス』(2002)やシャルロット・ゲンズブール、ベアトリス・ダルを起用した『ルクス・エテルナ 永遠の光』(2019)など、大胆な暴力や性描写で、賛否両a論を巻き起こしてきたギャスパー・ノエ監督の最新作、『VORTEX ヴォルテックス』が、12月8日(金)よりシネ・リーブル梅田、ユナイテッド・シネマ橿原、12月15日(金)よりシネ・リーブル神戸、アップリンク京都ほか全国順次公開される。
片や認知症を患い、片や心臓に持病を持つ80代の老夫婦が老老介護をしながら暮らす日々を、その命が尽きる日まで追い続けるヒューマンドラマ。夫婦それぞれの行動を2画面で追い続け、同じ家の中にいるふたりが、それぞれ孤独に向き合っていることを映し出していく。死の瞬間とその先までを描いた意欲作だ。
念願の来阪を果たしたギャスパー・ノエ監督に、お話を伺った。
■わたしと死の間の関係性がもっと平穏なものになった
――――本作は、今や病院という専門家に委ねられた死の領域を、家庭に取り戻す営みにも見えました。
ノエ監督:まず死についてですが、母が認知症を患い、10年前にわたしの腕の中で亡くなるという体験をしました。その実体験から現実というのは、映画で描かれている死とは全然違い、すごくゆっくり進行していきますし、最終的には明確な解放のような感情を覚えました。ですから、映画で描くときには、ポジティブであったり、ドラマチックなものではなく、自然の一環としての死を描きたいという強い想いがあったのです。
さらに、2022年にはわたしの初めての映画に出演してくれた俳優や、パートナーの父がコロナやガンで亡くなり、死が親しいものであるのと同時に、わたしと死の間の関係性がもっと平穏なものになったと感じています。
もう一つ、病院で亡くなるときには、ヨーロッパでは痛みを軽減するためにモルヒネを注入し、痛みが甘い刺激のようになるのです。亡くなる人にも半分モルヒネ、半分ケタミンを処方するので、死にゆく人も苦しんで死ぬのではなく、ハッピーな気持ちになって亡くなるケースが多いです。ただ家で亡くなる場合は、化学物質の注入ができないため、苦しんで死ぬことになる。個人的には病院で死を迎えた方がよい気がします(笑)
■夫婦それぞれが孤独に向き合うのを感覚的に描く2画面構造
――――自宅で老老介護するふたりを、それぞれ2画面使って映し出した狙いについて教えてください。
ノエ監督:『ルクス・エテルナ 永遠の光』で、すでに2画面を使っているのですが、今回の脚本が10ページぐらいしかなかったので、どのように作るかを考えたとき、2画面を使うことは自然な流れでした。夫婦それぞれが孤独に向き合っていき、同じ空間にいても全然繋がっておらず、どんどん心が離れていく様子を描くのに、適していました。実際にやってみると、知的に理解するというよりは、感覚的に理解することができ、観客が見てわかりやすい仕組みになっていたので、取り入れてよかったです。
――――2画面がほとんどの中で、オープニングのふたりが一緒にベランダで食事を楽しむシーンが印象的ですね。
ノエ監督:この映画はずっと時系列順に、カメラ2台で撮影しているのですが、最初のシーンだけは1台のカメラで撮影しました。実はこのシーンは、すべての撮影が終わったあとで、本当に最後に撮影しています。というのも、妻を演じたフランソワーズ・ルブランさんが、「自分の役が認知症になる前のシーンも撮影したかった」とこぼしたのです。それならばと、夫役のダリオ・アルジェントにもう1日撮影したいと許可を得て、ふたりがまだ同じ世界に住んでいて、一緒にいることを表現するために、オープニングのシーンを撮影したのです。
■映画の成り立ちについて〜もう一つの主役の家
――――話が前後しますが、本作の成り立ちについて教えてください。
ノエ監督:ちょうどコロナでロックダウンしていた時期だったので、プロデューサーより1箇所での撮影で完結し、登場人物も2〜3人のものなら撮影できると言われ、それであればとすでに高齢化や認知症のアイデアはあったので、10ページぐらいの簡単な脚本を書き、ロケーションを探しに行ったのです。空のアパートを見つけ、そこからアートディレクターと相談していったのですが、一方でキャスティングも進めていました。まずはフランソワーズにオファーし、夫のキャラクターに合うと思い、ローマまでダリオを説得しに行き、キャストが決まってから、職業について考えたのです。ダリオを映画評論家という職業にした時点で、部屋にもポスターが必要だと思い、わたしのポスターコレクションから選んで、コピーしたものを使用しています。他にも映画に関する本や精神医学に関する本を借りて使っています。
――――本当に長年人が住んでいたかのような、暮らしぶりが見える家でしたが、一から作り上げていったんですね。
ノエ監督:4週間かけて撮影したのですが、時系列で撮影したので、ものがどんどん増えたり、ゴミが放置され、部屋がどんどん汚くなってしまったのです。最終的には本当に人が住んでいたかのような臭いが充満していました。最後にゴキブリを放とうかと提案したのですが、フランソワーズから絶対にダメと却下されました(笑)
■名優と名監督をキャスティング
――――フランソワーズ・ルブランが演じた認知症の妻の動作や、息子の前でみせる夫への態度など、リアリティがありました。
ノエ監督:この映画は俳優たちのアドリブによるセリフが多いのですが、実際に認知症だったわたしの母のエピソードを取り入れている箇所もあります。実はわたしは、父の若い頃によく似ており、母がわたしのことを父の名前で呼び、父のことを「ずっとわたしの後ろを付いて回る爺さんは誰?」と想定外のことを言ったのです。当時も驚くと同時に面白く感じていたので、そのセリフは映画の中でも使っています。
――――心臓の持病を抱えた夫を演じたダリオ・アルジェントはいかがでしたか?
ノエ監督:わたしは通常何度もリテイクするのですが、ダリオは多くても、2〜3テイクしか撮らないので、いつものやり方は難しいだろうと思っていました。ダリオの演じる夫が心臓発作を起こすシーンでも、2回撮影し、わたしが何かを言う前に、「これで完璧だ」と言って、去ってしまったのです。ただダリオが演じた肺が苦しくなっていく音は、映画でもしっかりと聞こえると思いますが、スペシャルエフェクトではなく、ダリオが本当に自分の体から発した音なんです。
■ダリオ自身から出たエドガー・アラン・ポーの詩の一節、「人生は夢の中の夢」
――――「人生は夢の中の夢」という言葉や、夫が映画と夢に関する本を執筆している設定であるなど、夢が本作の隠れテーマのように思えたのですが。
ノエ監督:「人生は夢の中の夢」という言葉は、エドガー・アラン・ポーの有名な詩の一節です。この言葉は非常に有名で、多くの人が引用していますが、そのオリジナルが誰のものなのかを知らずに使っているのです。また、ダリオが演じた夫が、電話で別の評論家と自分が執筆する本に関してしゃべるシーンでは、事前に「映画の中で『夢』は、言語としてどのように機能するのか」についてしゃべってほしいと指定し、即興で20〜30分話してもらいました。そこで、ダリオ自身から「人生は夢の中の夢」という言葉が出てきたのです。このシーンの編集をした後に、先ほどお話したオープニングのシーンを撮影したのですが、わたしはこの言葉が気に入ったので、ダリオにもう一度言ってほしいとお願いし、最初でもこの言葉が登場しているのです。
わたしが夢についてよく思うのは、実は夢から覚めているようだけれど、これから起きて15時間夢を経験して、眠りにつくだけなのではないかと本気で思っています。
(江口由美)
<作品情報>
『VORTEX ヴォルテックス』” VORTEX”
2021年 フランス 148分
監督・脚本・編集:ギャスパー・ノエ
出演:ダリオ・アルジェント、フランソワーズ・ルブラン、アレックス・ルッツ
劇場:12月8日(金)よりシネ・リーブル梅田、ユナイテッド・シネマ橿原、12月15日(金)よりシネ・リーブル神戸、アップリンク京都ほか全国順次公開
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