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「戦争孤児の気持ちが、リアリティをもって自分に迫ってくるのです」『ほかげ』塚本晋也監督インタビュー

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  第80回ヴェネチア国際映画祭オリゾンディ部門でNETPAC賞を受賞した塚本晋也監督最新作『ほかげ』が、11月24日(金)よりユーロスペース、12月1日(金)よりシネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、京都シネマ、今冬豊岡劇場ほか全国順次公開ほか全国順次公開される。
 
『野火』『斬、』に続く戦争三部作の最終章とも言える本作は、終戦直後を舞台に、家族を戦争で亡くした女性や、戦争孤児、復員兵らがもがきながら懸命に生きる様や、戦場体験が精神を蝕み続ける様を痛切に映し出す。『生きてるだけで、愛。』をはじめ、NHK連続テレビ小説「ブギウギ」主演を務めている趣里のほか、『J005311』では監督を務めた河野宏紀、利重剛、大森立嗣、そして国やジャンルを超えて表現者として活躍している森山未來らが出演。新鋭の塚尾桜雅が演じる戦争孤児の目に映る戦後の喧騒と大人たちの葛藤は、今もあまたの場所で戦争が繰り返され、新しい戦前と呼ばれる現在、リアリティをもって胸に迫ってくることだろう。
本作の塚本晋也監督に、お話を伺った。
 

 

■戦場体験によるPTSDは、取り去ることが難しい

――――本作を拝見すると、終戦で出征した家族が戻ってきても、戦地でのトラウマから家族に暴力を振るってしまい、誰も幸せになれない結果を招いてしまうことを痛切に感じます。
塚本:戦地から帰ってきた人が必ずしも全てそのような態度を見せたわけではありませんが、生き残って帰ってきたわけですから、そこに加害行為があったことは少なくないはずでしょうし、その体験がトラウマとなってしまう。そのPTSDは取り去ることが難しく、高度経済成長期は懸命に働くことで一瞬忘れることができても、定年後に再び戦地での記憶が蘇り、夜中にうなされたりする人もいらっしゃるようです。
 
――――元々は戦争大作の企画を進めておられものの、コロナで大きく方向性が変わったとのことですが、どうやって製作へのモチベーションを維持されていたのですか?
塚本:僕は『斬、』(2018)の公開が終わって、新しい企画を完全に立ち上げようとしていた時期にコロナ禍へ突入したので、完全に止まっていた時期が結構ありました。静かに家で映画を見ながら、本当は作りたかった戦争大作の準備を水面下で粛々と進めていました。ただ、それがあまりにも難しい企画で始めるのが難しく、最初「闇市企画」と銘打っていた本作に着手し始めたのです。
 
 
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■闇市企画から『ほかげ』が誕生するまで

――――一方で、ミニシアターを訪問して撮影したミニ動画を無料公開されていますね。
塚本:当時ミニシアターが大変だったので、お邪魔して撮影をしたかったのだけど、当時は東京から地方へ人が行くことも嫌がられる状況だったので、公共の施設を使わず、誰にも合わないようにタイニーハウスを作り、「誰にも触れないで来ました!」とマスク姿ですっと現れ、撮影して去ろうと思ったのです。車の中に、昔から作りたかった小さい家を作ってね。「タイニーハウスで豊岡劇場に行く」動画もあるんですよ。その撮影の間にも、今回の撮影用にカメラを実験しました。
 
――――「闇市企画」から、どのような変遷を経て『ほかげ』になったのですか?
塚本:ヤクザやテキ屋、愚連隊が登場し、それぞれの思惑が渦巻くようなものを最初は考えていましたが、規模が大きすぎて一旦白紙に。当時パンパンと呼ばれていた人と戦争孤児とのエピソードも実際に数多くありましたので、その女の人と戦争孤児を起点に、帰還兵を織り交ぜて描こうと方向性が決まっていきました。手記でご自身の体験を書いている人も多いので、それらを参考にしながら、自分で想像して、キャラクターを作っていきました。
 
 

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■役が憑依するタイプの俳優、趣里は「いつか、ご一緒したかった」

――――女を演じた趣里さんの、戦争孤児と出会うまでと出会ってからの心境の変化も交えた演技が素晴らしかったです。
塚本:いつかはご一緒したかったのですが、先延ばしにしていたら、自分があと何本作れるかわからないなと思い、この機会にオファーさせていただきました。趣里さんは、役が憑依するタイプの俳優で、『生きているだけで、愛』を観た後は、あんな感じの人なのかと思っていましたが、実際にお会いすると、ほがらかすぎてビックリしました。撮影前にお会いしたときに役の内容をお話して大体のコンセンサスを取り、その後に衣装を着て、セットの中でリハーサルを行う形でした。ただ昨年夏が異常な暑さで続けることが困難だったので、途中で「もういいか」とやめました。ただ大体は掴んでいただけたので、残りはポイントだけ説明し、素晴らしい演技をしていただきました。
 
 
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■500人以上応募のオーディションで選ばれた河野宏紀は、「存在感が秀でていた」

――――趣里さんが演じた女の元にやってくる復員兵を演じたのは、初監督作『J005311』でPFFアワード2022グランプリを受賞した河野宏紀さんです。
塚本:河野さんは演技をするときに素直で嘘がない。本当の感情で演じられるまでは、演技ができないタイプだと思います。丁寧に、真摯にその役に向き合ってくれました。オーディションでは500人以上応募があったのですが、僕は自分で撮影もするので、映したくなる人がいいんです。そういう観点でも、河野さんは存在感が秀でていました。
 
――――復員兵は元教師で、教科書だけは自分の拠り所のように大事に持っており、同じく女の家に居ついた戦争孤児に勉強を教えるシーンがとても印象的でした。
塚本:映画では描かれていませんが、孤児の裏設定として、疎開先で親戚にいじめられ、脱走して帰ってきたら、東京の自宅も空襲で焼けて両親共に亡くなったので、全く勉強することができなかった。でも勉強したいという気持ちはあり、復員兵が優しく教えてくれるものだから、彼は勉強する気持ちになれたのです。
 
 

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■戦争孤児の気持ちが、リアリティをもって迫ってきた

――――戦争孤児を演じた塚尾桜雅さんは、ほぼ全編登場し、この眼差しが何を象徴しているのだろうと考えずにはいられませんでした。
塚本:戦争孤児を調べていると、彼らは被害者なのにゴミ扱いされ、憎まれて育たなくてはいけない非常に可哀想な境遇だったことを知りました。僕自身うまく言葉にできないのですが、自分は戦争孤児ではないけれど、そうであっても不思議ではないと思えるような感覚がありました。彼らは両親が亡くなったので、仕方なく上野に集まり、かっぱらいでも何でもして生きてきた。戦争中は上野にたどり着いた人たちが、親戚のためにと思って持ってきたおにぎりを、空襲で焼け死んでしまったから、そこにいた戦争孤児に差し出すということもよくあったそうです。でも、戦争が終わると、人々が急に彼らに冷たくなり、何ももらえなくなった感じとか、闇市がついに現れたとき、お宝のような場所が幻想のように立ち上がり、ここは色々できる場所だと弾んだ気持ちになったことなどが、とてもリアリティをもって自分に迫ってくるのです。
 
――――特に目力がすごいですね。
塚本:監督とカメラが別だと、瞬間的にカメラマンにとりたい画を伝えられず、何回も撮り直すことになると思いますが、僕も撮影しながら彼の目力のすごさに気づいたので、臨機応変に必要な方向へグッと寄ることができました。強い意志を示すときの目力だけでなく、寂しげなときの目の光のキラキラした感じも素晴らしいと思いました。
 
――――映画で登場する闇市もすごくリアリティがありましたが、こだわった点は?
塚本:闇市には以前から思い入れがありましたので、小規模低予算の作品であっても半端なことはしたくなかった。『野火』のときもお世話になった深谷の中嶋建設と、海獣シアターの美術スタッフが汚しや装飾に至るまで緻密に行いました。また中嶋建設には戦後本当にあった闇市の大鍋や、古い建具などがあったので、全部お借りしました。先ほど話に出た教科書も通常ならデザイナーが作り直しますが、戦前の教科書が実際にあったのです!
 

■戦争や戦後の実態を、映画的表現で見せる

――――リアリティといえば、女の部屋の中が一瞬にして焼け野原になるシーンも衝撃的です。
塚本:最初に柱に細かいひだができ、それが焼け跡の廃墟に変わっていくというイメージがあったので、それをなるべく崩さないように、空襲の後の外の世界を部屋の中で表現しました。外をそのまま映してもCGっぽさが出るだけで、あまり効果的に思えなかったので、もう少し違う形で、面白く感じられる方法はないかと考えたのです。後半、女が自分の病気に気づくのですが、梅毒で最初にでき物が現れたとき、そこがグジュグジュし始める感じが映った瞬間、炎の音とともに焼け跡が映る。ただ廃墟を見せるのではなく、女自身のグツグツと炎のイメージを掛け合わせた方が、映画的表現にしています。結局、女が病気になってしまったのも戦争のせいでもありますから、この二つを繋げて、熱さや息苦しさを出しました。
 
――――森山さんの起用は今回が初ですか?
塚本:NHK大河ドラマ『いだてん』で、同じシーンはなかったのですが、打ち上げの席やオープンセットでお会いしたことがあったぐらいでしたが、森山さんもいつかは出演していただきたい俳優だったので、前半が趣里さんメインなら、後半は森山さんメインでとお願いしました。彼の体での演技を、この映画でもぜひやってもらいたいと。軽やかさと重さと、いろいろなことが一度に演じられる俳優です。
 
 
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■闇市の最後の名残の風景と、『野火』のお客様からのエピソードから構想した描写

――――地下道のシーンも、現実を突きつけていました。監督自身の幼い頃の印象から生まれたシーンとお聞きしましたが。
塚本:映画の地下道とは違うのですが、渋谷駅下に大きなガード下があり、そこに傷痍軍人の方々や、今から思えば闇市の最後の名残と言える、敷物の上にガラクタやおもちゃを並べていたおっちゃんとか。僕はそのおもちゃを見るのが楽しみだったのですが、その場所が不思議なことになぜか原風景として、いつまでも自分の中に残っていたので、いつかその風景のことを映画で描きたいと今でも思っているのです。白装束の傷痍軍人でも、生活能力のある方もいれば、完全にそれを失っていた方もいたという話を『野火』の大阪舞台挨拶でお客様から聞いたことがあります。生活能力のない傷痍軍人の吹き溜まりのような場所があり、お酒や小便まみれで、怖いし臭いし、とても近寄れなかったと。その話と、渋谷のガード下で僕が昔見た原風景が繋がって、映画後半の地下道の描写になった。そこから、物語を逆算して作っていきましたね。
 
――――長年タッグを組んでこられた石川忠さんの音楽を本作でも起用されています。そのことで、より一層『野火』『斬、』と戦争三部作のつながりが感じられますね。
塚本:他の音楽家を探すという選択肢もあったのですが、いつの間にか、石川さんの奥さまから使用許可をいただき、ハードディスクにあった曲を探していました。もちろんすでに使用している曲もありますが、未使用の曲もありますので、この作品のテーマになるような曲を選び、そこから展開していきました。
 
――――最後に、タイトルの『ほかげ』について、教えてください。
塚本:『野火』も戦争の火だけでなく、生活の火のイメージがあるように、この作品も戦争の火とその陰に生きる人というイメージがあります。また、女の部屋の中にあったアルコールランプの火や復員兵が持ってきた小さな火の陰で生きる人というふたつの意味を考え、火とその陰に生きる人というイメージでつけています。
(江口由美)
 

 
<作品情報>
『ほかげ』(2023年 日本 95分) 
監督・脚本・撮影・編集:塚本晋也 
出演:趣里、森山未來、塚尾桜雅、河野宏紀、利重剛、大森立嗣他
2023年11月24日(金)~ユーロスペース、12月1日(金)〜シネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、京都シネマ、今冬豊岡劇場ほか全国順次公開
※第80回ヴェネチア国際映画祭オリゾンディ部門NETPAC賞受賞
公式サイト⇒ https://hokage-movie.com/
(C) 2023 SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER
 

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