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14歳の少女の"今"を鮮やかに刻印した『あはらまどかの静かな怒り』元町映画館プレミア公開の衣笠監督&川村プロデューサーインタビュー

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全編神戸ロケで撮影され、主役のあはらまどかを演じた映画初出演の中学生、西村花音さんが圧倒的な輝きを見せ、大人になることへの期待と不安を繊細に、ファンタジーを織り交ぜながら描いた『あはらまどかの静かな怒り』がいよいよ11月11日から神戸の元町映画館でプレミア公開されます。

「映画制作の教科書」シリーズの著者でもある衣笠竜屯監督と、監督と共同で脚本を執筆されたプロデューサーの川村正英さんに、映画への思いを存分に語っていただきましたので、ご紹介します。


【企画について】

───この映画の企画は、どんなところから始まったのですか?

川村:『シナモン初めての魔法』の続編を作ろうという話になった時、たまたまアッバス・キアロスタミ監督の『友だちのうちはどこ?』(1987年)を観ていて、監督が、今の日本の少年少女達が置かれている状況と酷似していて、これを日本でやりたいと言い出したんです。

監督:『友だちのうちはどこ?』は、大人達から、ちゃんと宿題しなさい、忘れちゃダメと言われて、子ども達は問答無用でやっていたのに、主人公の少年は、隣の席の友達のノートを間違えて家に持って帰ってしまう。友達は、今度宿題を忘れたら退学と先生から言われたばかりで、主人公は友達にノートを返すため、友達の家を探しにいく。結局見つからず、本当はいけないことだけれど、友達の宿題を代わりにやってしまう。ラスト、先生にわからないように、こっそり友達に、宿題やってあるからねと言ってノートを渡し、事なきを得ます。子ども達は仕付けなければいけないという大人達のモラルに反抗して、子ども達が優しさで戦う“大反抗物語“に見えました。

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    (衣笠竜屯監督)

【思春期の子ども達】

───それで、子どもの映画を作ろうという形になっていったのですか?

監督:人を好きになるってどういうことか、子どもが学んでいく話にしたかったんです。『シナモン初めての魔法』は、結婚して自分の家庭をつくるのに恐怖や迷いがあって、それを乗り越えていく話でした。シナモンのシリーズは自分の世界から一歩踏み出して社会に出て、成長していく話をやっています。

思春期の時に恋愛するのは、家庭から少しはみ出したところへ行かなくちゃいけなくて、両親にも秘密で、最初は怖いものです。私の中でも、小学校高学年ぐらいの時に、女の子を可愛いなと思うこと自体が、自分で怖かった時期があります。成長していいのかという怖さ、モラルから外れて秘め事を自分の中に持つ感覚です。どうやってこの思春期を乗り越えていくのかというのは、この映画で一番やりたかったことです。

 

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【まどかと母親】

───まどかは、母親から、喧嘩するな、人に嫌われるなと押し付けられているようですね?

監督:私が生まれてきた世代は反抗期があって、大人は間違ってる、きたないと思うことをエネルギーにして、親から離れて、自分の恋を見つけて、段々大人になっていけました。でも、今は、大人は優しくなっているから、そういうことができなくなっていて、成長することが大変だと思います。

だから、誰かを好きになったら、親の言うことは聞かなくていい、突き進んでいいと言ってあげたい。親に反抗するのも、実は親が悪いんではなくて、親が悪いと思い込んでいるだけというのも、少し言いたかったことです。まどかの母親も悪気があったわけではなく、毒親ではないですね。

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【謎の存在、ひなたくん】

───ひなたくんは、初めから花という感じだったんですか。どんなキャラクターとして作られたのですか。

監督:『友だちのうちはどこ?』の最後に出てくる、ノートに挟まれた花を喋らせようみたいな話になった覚えがあります。まどかの同級生の男の子、初めての異性みたいなイメージです。だから、声変わり前の男の子の声ということで、初めから女性に声をお願いしようと思っていました。

まどかはそれまで自分が同性にしか興味がないと思い込んでいて、友達になりたいというのと、異性に魅かれるというのとの違いがまだわかっていません。小学生の頃、一緒に遊んでいた同級生が、中学になって、急に異性になるという感じです。

ひなたくんは自分の子孫を残したいという思いで頭がいっぱいで、まどかには、最初理解できません。でも、実は、子どもを残すというのは、すごくいいことだと気付く。そのことに気付けるかどうかが、まどかにとって、モラルからはずれて、いい子でいられなくなるという最初のハードルでした。

映画の後半、まどかとひなたくんが二人で部屋にいるところは、まどかがプランターとかたくさん買い物してきて、一緒に暮らそう、新しい生活が始まるという、実は同棲です。

川村:1970年代、日本映画で同棲ものが流行りましたが、あの感覚です。

監督:子どもの頃、そういうのを観るとドキドキして面白かったんですよね。例えば「ケーキ屋ケンちゃん」というテレビドラマシリーズも、たまにちょっと恋愛ものがあって、ケンちゃんが恋するとかすごくドキドキして楽しかったことを覚えています。まどかが、怪物から逃げて家に戻って、そこからどうして立ち上がれたのか。自分のためには頑張れなくても、ひなたくんのためなら頑張れるんです。

 

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【神戸の街から異世界へ】

───住宅街で、まどかが一歩踏み出すと、カットが変わって、異世界でしたね?

川村:『千と千尋の神隠し』(2001年)でしたら、ドライブに行って、トンネルを抜けたら異世界があるという、現実と異世界に境界がありますが、シナモンの映画シリーズでは、地続きでいくというか、道を歩いていたら異世界があるという。

監督:神戸の特に山の手のほうは、道をちょっと曲がると、変なほうに行ってしまいそうな感じがします。街から山のほうに行ったら、変なところに出ちゃったという感じにしたかったんです。まどかの家は海沿いの平坦なところにあって、山の上のほうに上っていくと、変なところに迷い込むという設定にしました。

川村:坂道を歩いていると、突然シナモンが通り魔のように現れて変な世界に連れて行かれる女の子という発想について、よく思い返してみると、『侠女』とかキン・フー監督の武侠映画の影響だと思い当たりました。まじめに生きていた青年が山に修行に行って、ある日、怪物じみた存在と出会って、異世界にさらわれ、怪物同士の闘いに巻き込まれてしまう感覚だと自覚して、腑に落ちました。

監督:昔からファンタジー小説や児童文学によくある話で、『スター・ウォーズ』も田舎の少年が宇宙戦争のヒーローになってしまう。人里から離れて、変な異世界に迷い込む、まぎれこむという感じ、日常のボタンをちょっと掛け間違えて、おかしなことになるという展開です。

 

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(撮影風景①)

【脚本の工夫】

川村:まどか役で映画初主演の中学生の西村花音さんが演技をしやすくなるよう、脚本で心がけていたことがあります。

出待ちをさせないことです。物の影(カメラのフレームに入ってこないところ)に隠れて待っていて、カメラは舞台を撮り、そこに出てくるとか、あるいは、誰かが喋っているところに、カメラの外側から入ってくるという、いわゆる「出待ち」を俳優にさせることがありますが、この出待ちを絶対させませんでした。

これはヒントがありまして、大島渚監督の『小さな冒険旅行』(1963年)は、幼稚園児ぐらいの男の子が初めてのお使いで町に出るという映画で、大島監督ご本人か映画評論家が言われたか記憶が定かでないですが、子役に出待ちをさせていないから、ちゃんと子どもが演技できている、子どもに出待ちをさせると変に準備してしまって段取り芝居になってしまうと。

監督が用意、スタートと合図をする前から、すでにカメラは西村さんにぴったりフォーカスをあて、そこからいきなりスタートの声がかかる、こういうのは演じる側にとっては苦しいことで、まどかの気持ちがわかるねと西村さんと話していました。
 

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 (撮影風景②)

【テーマをどう伝えるか】

───はじめホラーがあって、ファタンジーもあって、全体としては冒険映画のような気がしました。

川村:クッキーの妖精(シナモン)とか、花(ひなたくん)が喋ったり、ファンタジーの方向にいっているので、監督の熱いメッセージ、社会的なプロテストがどれだけ観客に届くか気になるところではあります。

監督:ストレートに本当のことを言ってしまうと、大人は汚いという、きつい映画になってしまい、それでは、本当に届けたい子ども達には届きませんので、ファンタジーを張りつけています。

『友だちのうちはどこ?』はうまいことやったなあと思います。イスラム教圏でも、ファンタジー映画とか児童映画としてつくる分なら、こんなことができるのだとびっくりしました。イスラム原理主義に対する批判で、杓子定規にコーランとかルールを守ることばかりだと、人間、腐ってしまうというのが言いたかったと思います。大人同士も本当は優しい人なのに、いがみあってしまう。設定はしているけれど、語らなくていいと思います。

 

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 (撮影風景③)
 

───感じてくれる人が感じてくれたらいいということですか?

監督:感じなくても、におうじゃないですか。『友だちのうちはどこ?』を初めて観た時も、私は何に感動してるのか、最後に泣きそうになったのはなぜか、全然わかりませんでした。でも、10年位してから観た時に、ああ、そういうことだと思ったんです。14、15歳の一番感受性が強い時に観た映画は心にいつまでも残っていますが、その時には、なぜ感動したのかはわからない。

本作もそんな感じです。14、15歳の子達には、心が動いたとき、どうして心が動いたかはわからなくていいと思います。わからないほうが効きますよ。映画だって、わかったらすぐ忘れてしまいます。どうして感動したのかわからないほうが、一生ずっと残ります。ずっと考えて、10年、20年経ってやっとわかる。


川村:今の日本には妙な同調圧力があると思います。特に、最近の若者は、目立つことや、人の目を極端に恐れていて、自分は他人からどう見られているか、常に気にして生きているように見えました。個性を排除して、いわゆる量産型な枠の中に収まりきろうとする傾向が見られると監督と話していました。

監督:ネットとかで皆の意見がたくさん聞こえるようになり、子どもの時からそこにさらされていると、 皆によく思われなきゃいけないという意識が強すぎて、今の若い人は喧嘩しません。若い人と話していると、いい人になろうというのではなく、悪い人になりたくないという思いが強すぎて、自分がどう生きたいのかよくわからなくなっているように感じます。恋をしようともあまり思っていない印象を受けます。

川村:若者を励ます映画をつくろうという志でつくった映画ですが、三十代、四十代の、社会に出て苦労している人の心にささる映画ではないかと思います。

監督:十代の問題を抱えたまま大人になった人が多いと思いますので、それはそれでいいのではないかと思います。

 

(インタビューは以上です。)



シナモンという妖精や、妖精学校の校長先生が登場するファンタジーや、女子中学生の姿をした怪物が出てくるホラーも織り交ぜられ、混とんとした世界は、まさに思春期ともいえます。一人の少女が、ひなたくんやシナモン、校長先生との出会いを通して、怪物とどう向き合っていくのか。冒険でもあり、成長の物語です。観客のみなさんも、かつて十代の頃、同じような心の体験があったことを思い出して、あのとき自分が乗り越えてきたものは、何だったんだろうと考えてもらえるような作品です。心のどこかに響くこと間違いありません。ぜひ劇場でご覧ください。


(伊藤 久美子)


<作品情報>

『あはらまどかの静かな怒り』

(2023年 日本 88分)
監督:衣笠竜屯
脚本: 川村正英、衣笠竜屯 
出演:西村花音、片山瑞貴、川久保まり、西出明、栗田ゆうき、泉希衣子、夢香
製作・配給: 
神戸活動写真商会 港館
 (C)衣笠竜屯

公式サイト→https://aharamadoka.minatokan.com/

2023年11月11日(土)~17日(金)~元町映画館プレミア公開


 

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