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「マリオン・コティヤールは信じがたいほど複雑な人間をシンプルに演じることができる」『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』アルノー・デプレシャン監督、来阪ティーチインで映画の力を語る

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 『クリスマス・ストーリー』(2008)、『あの頃エッフェル塔の下で』(2016)など監督作が高い評価を得ているフランスのアルノー・デプレシャン監督最新作『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』が、シネ・リーブル梅田、京都シネマで絶賛公開中。シネ・リーブル神戸でも9月22日から上映される。
 舞台女優の姉、アリスを演じるのは、デフレシャン監督初期代表作『そして僕は恋をする』にも出演のフランスを代表する女優、マリオン・コティヤール。詩人の弟、ルイを演じるのは、ジャック・ドワイヨン、エリック・ロメールからフランソワ・オゾン、グザヴィエ・ドラン、ミア・ハンセン=ラヴら名監督からのオファーが絶えず、『クリスマス・ストーリー』にも出演のメルヴィル・プポー。このふたりが演じる姉弟の葛藤ぶりやぶつかり合い、事故に遭い命が危ぶまれる両親たちが若い頃二人にもたらした影響など、他人事とは思えない、デプレシャン流家族物語だ。
 9月18日(月・祝)、シネ・リーブル梅田で、上映後に行われたアルノー・デプレシャン監督ティーチインの模様をご紹介したい。(司会は配給ムヴィオラ代表の武井みゆきさん、通訳はアンスティチュ・フランセ日本映画主任の坂本安美さん)
 

 

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■メルヴィル・プポーとマリオン・コティヤールのキャスティング秘話

本編後にルイ役のメルヴィル・プポーより、日本滞在時に、新宿ゴールデン街のバー、ラ・ジュテでデプレシャン監督と語り合ったことが本作に繋がったと思い出深く語った動画メッセージが上映されたティーチイン。その後登壇したアルノー・デプレシャン監督は来日経験は何度かあるものの、初めて大阪を訪れることができたことを喜び、「今まで東京に閉じ込められていたが、はじめて解き放たれた」と観客に向けて、ユーモアを交えながらご挨拶された。
 
 本作はなんといってもメルヴィル・プポーとマリオン・コティヤールのキャスティングが魅力だが、デプレシャン監督は「メルヴィルは、エリック・ロメールの代表作『夏物語』
で完璧な美青年だったが、年月と共に人間的にも深みが増し、今回は幼い息子を亡くすという役を演じてもらった。ルイはたくさんの弱点を持つ人間で、アル中だし、暴力的で粗野だけれど、全ての弱点が彼を魅了的にしている。ルイを演じるにあたっては、ジャック・ニコルソンの『ファイブ・イージー・ピーセス』を参考にしたそうだ」とメルヴィル起用の狙いを解説。
 
さらにマリオン・コティヤールについては、「アリスは、暗い感情を抱く女性だが、映画で彼女をジャッジするのではなく、解放したいと思った。そういう感情を演じられるフランスの女優を探し、マリオンに脚本を読んでもらったら、『彼女に何が起こったの?』と聞かれたので、『それはこの映画の中で君が探求することだ』と。マリオンはどんな役でも、その役を享受する力を持っているし、信じがたいほど複雑な人間をすごくシンプルに演じることができる女優です」と複雑な内面を持つアリス役オファーの裏側を明かした。
 
 
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■映画の力で故郷、ルーベを再発見

 
 観客とのQ&Aでは、まずデプレシャン監督の出身地であり、本作の舞台にもなっているルーベはどんな意味がある場所なのかという質問が寄せられた。デプレシャン監督いわく、フランス北部のルーベは、もっとも貧しく、朽ちて、荒れた暮らしをしている人が多かったという。若い頃にパリへ出たときは、パリジャンになろうとしてルーベの訛りを捨てようとした時期もあったという。監督デビュー作の『二十歳の死』で自然とその地に戻ったデプレシャン監督。そこには映画の力があったのだそうだ。
「見捨てられたような朽ちている場所でも、魔法のように輝く場所にできる。『クリスマス・ストーリー』では、雪が降り、街が輝いたし、本作でルイが空を飛ぶシーンがあるが、空からルーベを眺めることで、私自身もこの場所を再発見できたのです」
 
 
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■詩人のルイは影のような存在だが、どこかで姉に挑戦を挑んでいる

 
 詩人の観客から、アリスに向けてルイが彼女に宛てた手紙をポエトリーリーディングのように読むシーンもあるが、詩人をどんな存在として描いているのかという質問も寄せられた。デプレシャン監督は「アリスは著名な女優だが、詩人は秘められた、影のような存在。ルイも詩人の生活を続けるため、教師をしながら田舎に住んでいる。最初にルイが姉、アリスへの手紙をカメラ目線で読むシーンがあるが、あのシーンを作るのがとても大事で、どこか姉をからかい、恋い焦がれている、もしくは挑戦を挑んでいるようでもあるメルヴィンの演技は素晴らしかった」とその存在の意味を説明。ちなみに、ルイが最後に学校で生徒たちに読んで聞かせる詩は、監督の友人でもある詩人、ピーター・ギズィのもので、評価はされているものの、彼は他の詩人同様目立つ存在ではないが、ある日、有名画家のジャスパー・ジョーンズから突然、詩に対するお礼として絵が送られてきたという、突然評価されたルイの境遇と重なるエピソードも披露した。
 
 映画のタイトルが示す通り、憎しみ合う姉弟の物語だが、「どうしてあそこまで確執を持つ設定にしたのか」という質問にはデプレシャン監督が、ふたりの関係を表すシーンを示しながら説明。「アリスが楽屋で、自傷行為を行い『弟が(著書で)わたしの名前を盗んだ』と叫ぶシーンがあるが、アリスとルイは強烈な競争関係であるし、あまりにも愛し合っているからこそ憎み合うのか、親を取り合う子どものような姉弟関係と言える。ふたりは大人のふりをしているけれど、不幸な子どものようであり、逆に最後はようやくふたりとも大人になったから、子どものような気持ちになれたのでは」。さらに映画監督には2種類あり、ロベール・ブレッソンのように自分の映画しか興味がない人と、自分のように映画における影響を隠すことなく見せる人がいるとし、「映画は人間をより良いものにすると信じています。舞台に上りたがらない女優を描くとなれば、ジョン・カサヴェテスの『オープニング・ナイト』を想起しないではいられないでしょう。また、ルイが空を飛ぶシーンは、メルヴィルからシャガールのように飛ぶのかと聞かれたので、『マトリックス』のようにと伝えたんです」
 
 
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 家族だからこそ、自分の奥底にある感情をかき乱されてしまう。そんな愛と憎しみの間で苦しんでいるきょうだいは、決してアリスとルイだけではないだろう。両親の事故が、長年会うことも口を聞くこともなかったふたりを引き寄せていく、凝縮された家族の物語。お互いに気持ちがボロボロになり、人間臭さを滲ませるふたりだが、デプレシャン監督は決してそんなふたりを見捨てない優しさがあった。
(江口由美)
 
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<作品情報>
『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』“FRERE ET SOEUR”
(2022年 フランス 110分)
監督・脚本:アルノー・デプレシャン  脚本:ジュリー・ペール
出演:マリオン・コティヤール、メルヴィル・プポー、ゴルシフテ・ファラハニ、パトリック・ティムシット、バンジャマン・シクスー
公開中:シネ・リーブル梅田、京都シネマ、9/22(金)〜シネ・リーブル神戸にて
(C) 2022 Why Not Productions - Arte France Cinema
 
<特集上映>映画批評月間 フランス映画の現在をめぐってvol.5 アルノー・デプレシャンとともに
アルノー・デプレシャン レトロスペクティブ
10/27(金)〜出町座
10/28(土)〜シネ・ヌーヴォ
 
 

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