『A』『A2』『i 新聞記者ドキュメント』と社会派ドキュメンタリーを撮り続けてきた森達也監督による初の長編劇映画『福田村事件』が、関東大震災からちょうど100年となる2023年9 月1日(金)よりシネ・リーブル梅田、第七藝術劇場、MOVIX堺、京都シネマ、京都みなみ会館、9月8 日(金)よりシネ・リーブル神戸、元町映画館、シネ・ピピア、以降出町座で順次公開される。
福田村事件とは、関東大震災発生から6日後の1923年9月6日、千葉県東葛飾郡福田村(現在の千葉県野田市)で、自警団を含む100人以上の村人たちにより香川から訪れた薬売りの行商団15人のうち幼児や妊婦を含む9人が虐殺された事件。歴史の闇に葬り去られていた事件を群像劇として構築。大災害時のフェイクニュースが引き金となった虐殺や、その後戦争に突き進んでいく日本の市井の人々の姿を通して、現在に通じる報道のあり方や集団と個の問題や浮き彫りにする必見作だ。
本作の森達也監督にお話を伺った。
―――関東大震災後、今まであまり一般的に知られていなかった福田村事件を描くにあたり、特に注力した点は?
森:戦争でも普通の事件でも、感情移入がしやすい被害者側を主軸に描く作品が圧倒的に多いです。でも加害者にも一人ひとりにもそれまでの時間があり、その行為に至る経緯がある。事件だけを切り取れば凶悪なモンスターになってしまうので、加害者の日常や喜怒哀楽をきちんと描きたいという気持ちで臨みました。
―――今回、フィクションを監督しましたが、ドキュメンタリーとの違いはありましたか?
森:ドキュメンタリーもフィクションもカットを組み合わせるモンタージュですから、その部分は同じです。ドキュメンタリーは撮影後にラッシュを見ながらモンタージュとストーリーを考えるけれど、フィクションは先にストーリー、つまりモンタージュを考えてから撮影するので、順番が違うだけ。ただドキュメンタリーは現実に規定されてしまうけれど、自分の想像をはるかに上回ることが起きるんです。フィクションは宇宙人を登場させることもできるけれど、自分の想像の範囲内のことしか作れない。それぞれ一長一短がありますね。そこはある程度想像がついていたので驚きはしなかったですが、こんなに大所帯で撮影をしたのは初めてで、それは大変でした。
■20年前に知った福田村事件、映画化までの道のり
―――福田村事件を映画化しようと思ったきっかけは?
森:20年前に新聞で、千葉県野田市に慰霊碑を作る動きが始まったという小さな記事を読んだんです。それだけでは詳細がわからなくて、野田市に行って話を聞いたり郷土資料館で調べたりして、ほぼ資料はなかったのだけど何とか福田村事件のアウトラインを知り、テレビの報道特集枠で取り上げられないかと各局に企画を持っていきましたが、「これは無理でしょう」と検討の余地もなかった。その後に著書「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」(03)で、章をひとつ使って事件のことを書きましたが、映像化については棚上げ状態となっていたんです。『FAKE』(16)を撮った後、次はフィクションで福田村事件なら撮れるのではないかと考えて、簡単なシノプシスを書いて映画会社を回った時期もあります。でもやっぱり駄目でした。
その後に、やはり映画化を考えていた荒井晴彦さんたちに出会う。彼らが事件を知った理由は、「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」を読んで事件を知ったミュージシャンの中川五郎さんが作った曲「1923年福田村の虐殺」を、たまたま聴いたことがきっかけだと後で知りました。偶然なのか必然なのか、ぐるりと廻って繋がったという感覚です。
―――福田村事件で犠牲になった行商団の中には、生き残り、地元に戻った方もおられますが、関係者の方に話を聞くことはできたのでしょうか?
森:シナリオを書くためのリサーチで香川県へ行ったときに、生き残って戻られた行商団の方のご遺族と面会することができました。その方も3年前ぐらいに、はじめてこの事件のことを知ったそうです。僕に話してくれたのは、日ごろ祖父は何も語らなかったけれど、たまに縁側でお酒を飲みながら泣いていることがあり、子ども心ながら「なぜ、じいちゃんは泣いているんだろう」と思っていたそうです。今から思えば、事件のことを思い出していたのだろうと語ってくれました。
―――井浦新さんが演じる澤田と田中麗奈さんが演じる妻の静子は、日本統治下の京城から故郷の福田村に戻ってきたという設定で、オリジナリティーを感じました。
森:加害者と被害者に加え、もう一つの視点が欲しいと考え、触媒となる存在として澤田夫妻を加えました。井浦さんをはじめ、俳優のみなさんは脚本から人物像を深く理解して撮影に臨んでくれたので、僕からは何も言うことがないぐらいの素晴らしい演技でした。
―――排他的な村社会で生きる人たちとは一線を画し、他人と対等な関係を築こうとする静子の立ち振る舞いは、性的な部分も含めてとても新鮮ですね。
森:ちょっと破天荒にしすぎたかな(笑)田中さんにはとにかく無邪気になってとお願いしました。大の字で寝そべったりするところも、日頃の田中さんとは違うかもしれないけれど。オファーをしてからしばらく脚本を読み込み、熟考した上で出演を決めてくれました。
―――行商団が被害に遭うことは史実でわかっていますが、そこにいたるまでの道中で彼らがどのような日々を紡いでいたか、彼らの生きた証がしっかり描かれていました。
森:映画では表立って出していませんが、行商団員の設定をそれぞれ作り、年齢や、どういう場所で育ったかを俳優たちへ事前に伝えていました。昨年8月、コロナの感染者がまだ多かった時期の撮影だったので、撮影中に俳優たちとコミュニケーションを取ることは難しかったけれど、行商団のリーダー、沼部を演じた永山瑛太さんは工夫して団員役の俳優たちとコミュニケーションを取ってくれ、そのおかげでアットホームな雰囲気が作れていたと思います。また部落問題についてもそれぞれが学び、個々人で慰霊碑にも訪れていたそうなので、これも僕から何かあえて教えたりする必要はなかったです。
■女性の優秀さを映画の中でもっと描くべき
―――関東大震災後の朝鮮人虐殺を報道しようと上司に直訴する記者が女性であることも、大正という時代を考えるとあえてそうした意図を感じましたが。
森:記者だけでなく、村や行商団の女性たちの立ち位置も意識しました。基本、戦争や虐殺などは男性の文法であるけれど、子を持つ女性も自衛の意識は強い。また一方で、女性のほうが集団の熱狂に安易に巻き込まれないと感じるときもあるので、そうした複雑さを映画の中で描きたいと思いました。
木竜麻生さんが演じた女性記者、恩田の上司である旧世代の代表のような砂田(ピエール瀧)は、この時代の少し前に実在していたリベラル系反権力主義の平民新聞に在籍経験があるという設定を、僕自身は考えています。平民新聞が政府の弾圧を受けながらどんどん部数を減らしてしまった経緯を知っているので、下手に権力に逆らうとそれと同じことが起きてしまうという恐れを砂田は抱いている。そういう矛盾を抱えた存在に対して、青臭いけど活気のある若い女性記者を対比させたかった。本作の前に、東京新聞社会部記者の望月衣塑子さんの活動にフォーカスした『i 新聞記者ドキュメント』を撮っていたので、望月さんの印象が残っていたのかもしれません。
―――恩田が上司に立ち向かっていく姿は、権力の前でもひるまない望月さんに重なりますね。
森:ドキュメンタリーの世界でも、『教育と愛国』の斉加尚代さんや『ハマのドン』の松原文枝さん、『標的の村』の三上智恵さんに『ちむりぐさ』の平良いずみさんなど、最近は女性監督が優れた作品をたくさん作っています。今のジェンダーの流れというよりも、女性の優秀さをもっと作品の中にも取り入れなくてはいけないという想いがありました。ここは小声で言うけれど、生きものとしては、多分女性の方が男性より優秀だと思っています。
■村の中の異物的存在
―――一方、村の権力闘争とは無縁のところにいる船頭の倉蔵を演じた東出さんも、見事な役作りをされていました。
森:企画が始まってすぐに、「森が監督するなら役は何でもいいから、出させてください」と申し出てくれたのが東出さんでした。日に焼けた体作りだけでなく、和船の漕ぎ方も習いに行き、免許も取ったそうです。この作品の東出さんはものすごくいいと思いますよ。
―――なんでもやると出演を希望した東出さんを船頭役にキャスティングした理由は?
森:船頭は村の異物と捉えています。彼の不倫相手である咲江(コムアイ)も他の村から嫁いでいるので村の異物的な存在で、異物だからこそ最後の虐殺のシーンでは他の村人たちとは違う動きをするわけです。東出さんは背が高すぎることも含めて、存在するだけでその異物感が漂っていますから、彼がいいんじゃないかなと。
―――船頭が仕事をしている舟の上は、村とは少し離れ、どこかファンタジックな空間になっていますね。
森:それはあると思います。村人は百姓だから地に足をつけているけれど、倉蔵は田畑を持っていないから舟の上で自由でいられる。一方で財産がないということも意味するわけです。
■加害者をしっかり描くことで見えてくること
―――関東大震災後の大虐殺は歴史的なことが積み重なり、負のうねりになっていることがよくわかります。
森:100年前のような大虐殺はさすがに起こらないと思いますが、ヘイトクライムやヘイトスピーチは今も日常的に起こっています。今回は加害者の日常や喜怒哀楽をしっかり描きたかったので、それだけの時間設定は必要になるし、加害者の人たちの日常の喜びや悲しみも全て描くことが重要でした。
―――行商団へ処刑を求めた人たちの描写から、当時の大義名分が浮かび上がりますね。
森:自衛や防衛を大義にすることは今も同じです。プーチンはウクライナに侵攻した理由を、ウクライナがNATOに加盟すればロシアの安全保証が脅かされることと、ウクライナ東部にいるロシア系住民を虐殺から保護するという大義名分を掲げました。かつての大日本帝国も、侵略の大義はアジアの解放です。アメリカがベトナム戦争に介入した理由は、共産主義は放置すれば際限なく隣国に感染するというドミノ理論を信じたから。世界中の軍隊の存在理由は自衛や防衛です。本音と建て前はともかくとして、自衛意識の高揚は気をつけなければいけないと思っています。
―――豊原功補さんが演じた村長の葛藤も後半にかけて増していきます。
森:当時は大正デモクラシーの時代ですが、結局国家と世論に負けて、軍国主義に走ってしまうわけで、それはデモクラシーやリベラルの弱さです。人権や平等などへの意識は理論ですから、怖いとか危ないなどの情念に負けてしまう。村長の存在は、時代のメタファーにもなると思います。
―――森さんがドキュメンタリー『A』『A2』で長年とらえ続けてきた問題と重なる部分があるのでしょうか?
森:強く意識してきたわけではないけれど、『i 新聞記者ドキュメント』もしかり、集団と個というのが僕の大きなテーマなので、きっと繋がっているのでしょうね。個が集団となったとき、どうしても同調圧力に負けてしまうし、暴走が始まったら誰も止められない。
■映画の存在意義とは?
―――韓国をはじめ、海外では実在の事件を素早くフィクション映画にして世に問うという実録ものは数も多く力作が多いですね。
森:最近の韓国は、自分たちの負の歴史をしっかりエンターテイメント作品にして世に送り出している。ナチスやホロコーストの映画は、ひとつのジャンルのように毎年量産されています。ハリウッドも先住民虐殺や黒人差別をはじめ、自分たちの負の歴史を映画にしている。そうした視点で見れば、日本だけが取り残されているような印象を持ちます。負の歴史の映画はほぼない。
―――本作公開で、日本からもようやく負の歴史に真正面から切り込むフィクションが現れたと言えるのでは?
森:僕が若いころに観た『ソルジャー・ブルー』はアメリカ先住民の虐殺を彼ら側から描いていて、正義の騎兵隊がいかに残虐な存在だったかを提示した。他にも一連のアメリカン・ニューシネマを観ながら、視点で世界は変わることをとても強く実感したし、今も影響を受けていると思います。映画で多くを学べたと思う。権力と世相に迎合する映画ばかりでは発見がない。負の歴史や新たな視点を教えてくれる映画は、もっと増えてもいいのでは、と思っています。
(江口由美)
<作品情報>
『福田村事件』(2023 日本 136分)
監督:森達也
出演:井浦新、田中麗奈、永山瑛太、東出昌大、コムアイ、松浦祐也、向里祐香、杉田雷麟、カトウシンスケ、木竜麻生、ピエール瀧、水道橋博士、豊原功補、柄本明他
9 月1日(金)よりシネ・リーブル梅田、第七藝術劇場、MOVIX堺、京都シネマ、京都みなみ会館、9月8 日(金)よりシネ・リーブル神戸、元町映画館、シネ・ピピア、以降出町座で順次公開
(C) 「福田村事件」プロジェクト2023