台湾でフォーリーアーティストとして数多くの作品に携わった伝説の音響技師フー・ディンイーの取材を中心に、映画における音の仕事を探求したドキュメンタリー映画『擬音 A FOLEY ARTIST』が、12月10日(土)より第七藝術劇場、12月16日(金)より京都シネマ、今冬元町映画館にて公開される。
監督は、ドキュメンタリー映画『無岸之河』でデビューを果たし、本作で台湾映画史や台湾語映画についても調べ尽くしたというワン・ワンロー。フー・ディンイーの魔法のように鮮やかな映画の音作りの現場を見せる一方で、吹き替えや映画音楽など、映画にまつわる様々な音の現場でプロフェッショナルに働いている人たちにも取材を重ね、複層的かつ、コラージュのような、発見がたくさんあるドキュメンタリーになっている。映画の中で散りばめられている台湾、香港映画のフッテージの数々にも注目したい。
本作のワン・ワンロー監督に、リモートでお話を伺った。
■ポスプロ時に出会った、フー・ディンイーさんの仕事ぶりに惹きつけられて
――――映画でよく登場する中央電影公司ですが、ここは台湾映画にとってどのような場所であるか教えてください。
ワン監督:通称中影と呼んでいますが、台湾における非常に歴史の長い映画会社でスタジオもあり、たくさんの映画が作られていました。中影はもともと国民党政府が管理している国有企業で70年代には抗日映画など、たくさんのプロパガンダ映画が製作されました。80年代に入り、台湾映画全体の製作本数が減少していく中、89年に台湾全土で敷かれていた戒厳令が解かれ、国営企業が民営化したり解体されました。中影も、確か2008年だったと思いますが、民営化のため人員削減が行われ、多くの従業員が解雇されたのです。
――――ワン監督はここで本作の主人公とも言える国宝級音響効果技師(フォーリーアーティスト)のフー・ディンイーさんと出会われたそうですね。
ワン監督:そうです。私は中影でフー・ディンイーさんと出会いました。フーさんは2008年当時、解雇通告があったものの、最終的には会社に残り、フォーリーアーティストの仕事を続けていたのです。中影のスタジオで、わたしのデビュー作のドキュメンタリー映画『無岸之河』のポストプロダクションの作業をしていたときに、たまたまフーさんのスタジオをお邪魔し、こんなに細かい音を出すことができるなんて!と、その仕事ぶりに本当に惹きつけられました。当時は音についてはあまりにも勉強不足で、改善点がたくさんあったので、次の作品を早く撮りたいと思い、ちょうどテーマを探していたときに、フーさんに出会ったわけです。フーさんに焦点を当てて映画を撮ると面白いのではないかというアイデアが、この作品の出発点になりました。
■フーさんの話を時系列に、映画の中の音がどのように作られているのかを肉付け
――――フーさんは既にテレビでもドキュメンタリー番組が放映されていますから、彼に密着するだけではなく他の肉付けが必要だったと思います。コラージュのように、あらゆる映画の「音」にまつわる要素が組み合わされていますが、どのように作品として組み立てていったのですか?
ワン監督:「コラージュのような映画」という表現はとても面白いですね。実は、この映画が台湾で公開されたとき、一部の評論家から批判を受けたのです。映画の中の情報量が多すぎて、雑然としていると。でも私はある意味野心的に、フーさん以外の映画人の歴史や、音のことをたくさん語りたかったので、多くの映画産業に携わった人に出会う旅をし、素材がたくさん溜まりました。フォーリーアーティストが作る効果音、声優たちの吹き替えする音や映画音楽と非常に内容が多岐に渡る中、どうやってこれらを編集し、語っていくのかは私にとっても大きな試練でした。おっしゃる通り、骨格が出来上がってからどのように肉付けしていくのか。そこに血液を送り込むことも必要ですが、フーさんは寡黙な人ですし、彼の人生を見ていても決して波乱万丈ではなく、コツコツ毎日同じリズムで生活をされている。いわゆる物語の起承転結にも当てはまりにくく、困難にぶつかってしまったのです。
最終的には、フーさんにインタビューをし、彼が語ることを時系列に並べて展開していこうと決めました。フーさんがアシスタントの仕事をしていた時代は、現場で声優たちの吹き替えを手伝っていたと発言したなら、そこへ実際に吹き替えをしていた関係者の取材をして取り入れる。次に映画の音楽についてフーさんが話をすると、映画音楽関係者に話を聞きに行くという具合です。私は映画の中の音がどのように作られているのか、どういう役割を果たしているのかを描きたかったので、フーさんの話に合わせて都度インタビューしながら、アーカイヴ映像を織り込む形を取りました。
■若い人にも台湾映画、台湾語映画を探求してほしい
――――本作ではかつて大衆に愛された台湾語映画についても触れられています。本作の中でもとても意義がある点だと感じました。
ワン監督:私自身の台湾映画に対する認識はフーさんのドキュメンタリー映画を作ることによって始まったと言えます。私は元々文学を専攻しており、あくまでも観客として映画を好きで観ていました。初めて映画製作に携わったのは、ドキュメンタリー映画のラインプロデューサーでしたが、そこで現場の動きを理解できたものの、台湾映画の歴史は知らなかったのです。本作を作るにあたっては、たくさんの書物を読みあさり、宿題もやりましたし、インタビューも行いました。そうすると、少しずつ台湾映画がどのように始まり、今日にいたっているのかという脈をある程度理解することができたのです。
台湾映画の発展は、歴史的にも政治と大きな関連性を持っていました。50年間の日本統治時代、日本文化の影響は大きく、台湾で初めてできた映画館は日本人が建てたものだったと思います。また、映画製作に関しても、日本の技術から大きな影響を受けていたでしょう。国民党の時代になると、中国から上海や北京の映画会社で働いていた人がたくさん台湾にやってきました。戒厳令下でのプロパガンダ映画を経て、80年代、侯孝賢監督が活躍する時代になり、やっと台湾らしい映画が作られるようになりました。
台湾語の映画については、台湾語で演じる野外公演をそのまま撮影する台湾語映画も多数ありますし、今後どのように展開していくのか。その議論が今さかんに行われています。台湾映画の歴史を探求することはいいことで、私自身はこの作品を作ることにより、台湾映画界の歴史をある程度知ることができましたし、すごく良い機会になりました。今映画を勉強している人が自国の映画の歴史を知ることはとても大事です。彼らが参考にしているのは、作品数や有名な監督が多く、資金力があるので参照しやすい欧米の映画がメインですから。
■少しでも音を立てると睨まれた、緊迫の撮影現場
――――フーさんがフォーリー(音作り)の作業をしているところは、まさに職人技で映画の中でも大きな見どころです。その撮影や編集について伺えますか?
ワン監督:フーさんは40年間、毎日同じ時間にスタジオへ出勤し、フォーリーアーティストの仕事をするというのが基本的な一日の流れなので、オープニングは彼が出勤する風景、エンディングは彼がスタジオの電気を消し、家に帰るという流れにしました。その間にフォーリーアーティストの仕事や、映画産業の様々な部門の仕事、中国、香港の発展してきた映画産業についても紹介しています。ここが決まれば、撮影に出かけて素材収集にあたるわけですが、実際にフーさんが現場で音を作るということは、映画の現場にいるところを撮影しなくてはならない。実際にいくつもの現場で仕事をされていましたが、我々がアプローチした撮影現場の中で、1本だけ現場の撮影を許可してくれました。フーさんとその作品の映画監督の関係性があったからこそです。とはいえ、フーさんも現場にいたのは5日間だけで、終日その仕事をカメラで追いました。日頃はニコニコしていますが、本番はとてもシリアスで、少しでも音を立てると睨まれてしまうのです。だから私たち撮影隊は直立不動のままカメラを回していました。どこでカメラを止めるかなども、こちらが指示を出すこともできない。ですから、フーさんの動きが変わった時に、アングルを変えたりしていました。
――――想像するだけでも、緊張感に満ちた現場だったんですね。
ワン監督:撮られた映像や集められた素材についてですが、例えばフーさんが20の音を作ったとすれば、私はその音を分類しなければなりませんでした。本棚の本を倒す音だとか、足音だとか、細かく分類した。さらに、場面と場面をどうつなぐのかを考えます。例えばフーさんがフォーリーの足音を作っていると、だんだん画面が前に動いていき、兵隊の歩みにつながっていく。そういう表現も効果的だと思います。音楽の部分に関していえば、映画の中で最も感性豊かで、なかなか言葉では語れません。ここにはフーさんが本を倒す音を入れ、映画音楽ができるまでのイメージとイメージの対話のようなものを生み出せるのではないかと考えました。このように、素材を映像と音とどのように組み合わせるかという、いわば実験のようなことをしていましたね。
――――最後に、フーさんのような専門職はなかなか継ぐ人がいないと若い男性スタッフが語る中、若い女性が弟子入りし、フーさんも一生懸命教えている姿に、少し未来を感じたのですが。
ワン監督:この撮影を終えた時、実はフーさんに弟子入りしていた女性が中影を辞めてしまったのです。撮影時は二人でゴミ捨て場に道具を探しにいくシーンが撮れたのですが、今は完全に映画業界を離れてしまい、本当に残念で仕方がありません。フォーリーアーティストの仕事をフーさんは40年も続けてきましたが、このまま継承者がいないのはとてももったいない。実際にフーさんと弟子のシーンは、時には父と娘のように見えました。なにせ、彼女は一生懸命熱意を訴え、学ぶ姿勢がありましたから。その姿は、映画にしっかりと刻まれているのです。
(江口由美)
<作品情報>
『擬音 A FOLEY ARTIST』” A FOLEY ARTIST”(2017年 台湾 100分)
監督:ワン・ワンロー
出演:フー・ディンイー、台湾映画製作者たち
劇場:12月10日(土)より第七藝術劇場、12月16日(金)より京都シネマ、今冬元町映画館他全国順次公開
配給: 太秦
(C) Wan-Jo Wang