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「伊藤健太郎と、コロナ鬱からの僕の復帰作。現在地がわからない人たちを包み込む映画に」『冬薔薇(ふゆそうび)』阪本順治監督インタビュー

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 『半世界』『一度も撃ってません』の阪本順治監督によるオリジナル脚本の最新作『冬薔薇(ふゆそうび)』が、6月3日(金)より大阪ステーションシティシネマほか全国ロードショーされる。
 主演は、本作が2年ぶりの主演作となる伊藤健太郎。横須賀を舞台に、服飾系専門学校に在籍しながらも、学校にいかず不良グループと行動を共にしていた淳(伊藤)が、喧嘩で大怪我を負い、ガット船業を営む両親のもとに戻るところからはじまる群像劇。小林薫、余貴美子が演じる両親や、不良仲間たち、突然戻ってきた幼馴染、専門学校の同級生など、淳の周りの人たちとのすれ違いや勘違いを描きながら、なんとか自分なりの道を手繰り寄せようと葛藤する淳を伊藤が好演。今までにない佇まいで、見事な復帰を果たしている。父が保有するガット船で働くシニア従業員たちの日常生活がしっかりと描かれているのも注目したい。
 本作の阪本順治監督にお話を伺った。
 

 
――――冒頭にガット船のシーンが登場し、一気に映画の世界に引き込まれました。ロケ地は横須賀ですか?
阪本:横須賀の西浦賀です。淳らの喧嘩のシーンは、元造船所のドッグで観光地としてリニューアルする前に、映画の撮影をさせていただけたのです。そこからすぐの場所にガット船専用の港があります。そこと横須賀駅前のバーなどでも撮影をしました。映像には写っていませんが、横須賀には米海軍基地がありますから米兵が行き来していますし、『亡国のイージス』で撮影した横須賀の自衛隊基地が公園の向こうに見えたりしますね。
 

■ひとりディストピア作品『弟とアンドロイドと僕』、コロナ禍を経て生まれた『冬薔薇』

――――『冬薔薇』というタイトルの生まれた背景は?
阪本:わたしは一人暮らしなので調理もせず外食中心の生活なのですが、コロナ禍になりお店も閉まっていた時期が続き、ずっと悶々としていました。やっと緊急事態宣言からまん延防止等重点措置に変わり、時短営業中の行きつけ店で時間いっぱい飲み、酔っ払った勢いで、鉢植えを買ったのが昨年1月のことでした。それからベランダで水をあげ続け、2月の極寒の日、ついに花が咲いたのです。その薔薇が愛おしくなり、5月に伊藤健太郎で一本映画を撮らないかとオファーがあったとき、この薔薇も登場させたいと思ったのです。たまには文学的なタイトルでもいいかなと。
 
――――2022年は本作と『弟とアンドロイドと僕』の2本が公開と、コロナ禍でもそれをバネに創作を続けておられますね。
阪本:『弟とアンドロイドと僕』は2019年に撮影を終えていたので、コロナに先んじて、ひとりディストピアを終えていたんですよ(笑)。そこから現実のディストピアが訪れ、この2年間は撮影や仕事もたくさんキャンセルされてしまい、鬱々とした沼に自らはまっていた時期もありました。それを経て受けた仕事が『冬薔薇』でしたから、本来ならば観た方が元気になるような、希望で終わるものが良いのだろうと思いつつ、生理的に沼に入っていた頃の残滓みたいなものが拭きれなかった。だから希望というより、むしろギクシャクした人間関係やすれ違い、勘違いを重ねながら、健太郎君の役だけではなく、現在地がわからない人たちを包み込むような映画になってしまいましたね。
 
 
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■伊藤健太郎との面談と、復帰作への覚悟

――――伊藤さんとまずお会いになってじっくり話を聞かれたそうですが、一番印象に残ったことは?
阪本:本来は明るい人なのでしょうが、最初は硬い表情でした。生い立ちや家族関係、友人のこと、どこでどんな遊びをしていたのか、事故のこと、SNS上での噂の真偽について一つ一つ聞いていきましたが、そこで彼が言葉を濁したり、言い換えたりしてごまかしていたら、その日だけで健太郎君と仕事をするかの決断ができなかったと思います。でも彼の返答を聞いてきちんと受け止められたのです。僕は33年間、監督業で多種多様な演出をやらせてもらっていますから、たとえごまかしたとしてもバレますから、僕には。初対面で40歳も上の人間に色々な質問をされて、キツかったでしょうが、僕も彼が素直に話せるように自分の今までの恥の部分や親との関係も話し、最終的にはその日のうちに仲間として一緒にやろうと決めることができました。
 
――――どん底の状態にあるとき、どんな手が差し伸べられるかは、伊藤さんにとって非常に重要だったと思いますが、阪本監督の手が差し伸べられたことで最高のリスタートが切れそうですね。
阪本:そう思ってもらえるように、がんばりました。健太郎君が脚本を読んで驚いたように、今まで彼がやってきた役とも違うし、淳は自らの責任で堕ちていく人間です。彼を追い詰めるつもりではなかったけれど、結果的に彼はこの役柄を通過しなくてはいけないということで、追い詰められたと思います。
 この作品は健太郎君の復帰作でもあるけれど、僕にとってもコロナ鬱からの復帰作です。『弟とアンドロイドと僕』のひとりディストピアのまま、本当のディストピアに突入後、オリジナルの新作を撮れないままだったら、旅に出ていたかもしれません(笑)
 
 
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■小林薫が演じる父とのシーン

――――小林薫さん演じる淳の父で船長の義一は、息子のことを気にかけながらもうまく関係を築けない不器用さが滲み出ていました。
阪本:黙しては何も伝わらないのに言葉が届かないというのは、僕の父や健太郎君の父にも重なる部分です。息子が父性を求めてしまうというのは一つのテーマでもありましたし、それを僕の作品に初めて出ていただく小林薫さんに担っていただくことができたのは良かったと思います。義一がまかないを作るシーンで、「監督、僕、『深夜食堂』というドラマに出演していたんですよ」と小林さんから話しかけられたときは、「知ってます!」とツッコミましたが(笑)
 
――――淳の幼少期に兄が亡くなったことも、父と息子の関係にも影を落としていますね。
阪本:幼少期に長男の兄が亡くなっても、次男の淳はそのことがわかっていないと両親は感じているんです。だから幼い淳の前でも平気で夫婦喧嘩をしていた。でも淳は幼いながらにそれをわかっていて、両親がバレていないと思っているのとズレがあるのです。映画でそこまでは描いていませんが、思春期になって急に反抗しているのではなく、実は幼少期に受けた心の傷がある。そこを理解もされず、両親からは説教されるような状態だったのでしょう。
 
――――そんな淳は、今まで伊藤さんが演じてきたカッコいいキャラクターとは真逆の、しっかりしろよとゲキを飛ばしたくなりました。
阪本:架空の人物ですが、もし僕自身がもし同じ環境に放り込まれたら同じような行動をしたり、口にしてはいけないようなことを口にしていたかもしれないと思う場面がいくつもあります。いろんなことを他人の責任にしてしまうかもしれないし、人間誰しもそういう部分があるけれど、そこで踏みとどまれるかどうか。そこが淳の弱さでもあります。
 
 
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■伊藤健太郎に伝え続けた「何もしない芝居もある」

――――淳がすれ違い続けてきた父と船上ではじめて向き合うシーンは、本作のクライマックスでもあります。
阪本:「何でもいいから俺に言ってくれないかな」というセリフがありますが、これは健太郎君が実際に父親に対して思っていたそうで、彼との面談から一番ヒントとして取り入れた部分でもあります。台本上でも一つのクライマックスにもなりますから、クローズアップを重ねて、大切に撮ろうと思っていましたが、実際にリハーサルの二人を見ると、引いたままでOKだった。その画を見て、興味を持ってもらえれば、観ている観客自身がクローズアップしてくれる。父親の顔を見たければそちらに観客がズームをしてくれると思ったのです。健太郎君にしてみれば、最も自分とすり合わせられる瞬間だったのではないでしょうか。何も言わずに、すっとカメラの前に立ってくれました。
 
――――自然に演じることができたのでしょうか?
阪本:そうですね。普通が、一番難しいんですよ。特に撮影初日のあたりは、それまで健太郎君が演じてきたのがマンガ原作のものも多かったからでしょうか伝わりやすい表現が求められ、過度な動きが垣間見えたのです。そのたびに「今の動きは要らない」とか「今の目の動きは要らない」と指摘し、「何もしないという芝居もあるんだよ」と伝えてきました。その後は、たとえセリフが熱のこもったものであっても、動きそうなものをなんとか抑えてくれましたね。とはいえクライマックスともなれば力が入って、通常は余計な仕草や目の動きが出たりするのです。でも「熱演は要らない」と言い続けてきたので、このシーンはほぼ一発でOKを出しました。
 
――――確かに普通に演じることや、何もしない芝居というのは、難しいですね。
阪本:だからこの映画で一番印象に残ってほしいなと思うクローズアップは、眞木蔵人さん演じる中本と向かい合い、健太郎君演じる淳が何も語っていないときのクローズアップです。逆に熱演のときのクローズアップはあまり撮っていないと思いますね。
 
 
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■ガット船の仕事、現代日本の社会問題を織り交ぜて

――――ガット船での仕事の様子や、そこで住み着いた作業員の生活ぶりなど、非常にリアルに描いていましたが、かなり取材をされたのですか?
阪本:ガット船をお借りした船長のご家族や乗組員の人たちにお話を伺いました。乗組員は50代や70代とシニアばかりですが、そのうちのお一人が本当に船に住んでおられたので、住み込みの船員、沖島のモデルにさせていただきました。
 
――――石橋蓮司さんが演じた沖島が、ともすれば重くなりがちな物語をカラリと盛り上げかつ、ジワリとくる名言を放っていましたね。
阪本:沖島は淳と血縁関係はないけれど、先代から船に乗っているし、淳にとっては伯父のような存在です。唯一、親父以上に彼を理解しようとしてくれる人間でしょう。蓮司さんには「しゃべりにくいセリフを書きやがって、このヤロー」と言われたので、「蓮司さんのお年のことを考えて、脳の活性化ですよ!」と。やはり、重たいことは軽妙に語った方が伝わるんです。かと思えば、いい大人がまかないのエビを巡って言い争って(笑)あれも実際にお世話になった船長のエピソードです。単なる世話ばなしにならないように、なんとか着地点を見つけられました。
 
――――毎熊克哉さん、坂東龍汰さん、河合優実さんと若手を起用し、不良グループの犯罪や性犯罪など現代社会で若者たちが加害者、被害者となっている問題を、彼らの背景がわかるような描き方をされているのに、脚本の力を感じました。
阪本:健太郎君が出ずっぱりではありますが、今の日本でそれぞれの世代や、あからさまになってきた問題を入れていこうという狙いがありました。またガット船という職業を知らなかったけれど、彼らがいなければ湾岸の開発やタワマン建設もできず、空港もIR候補地も、しいては辺野古の埋立地もないわけです。日本の高度経済成長を支えてきたガット船に従事する人たちを忘れずに知ってほしいという気持ちもありました。
 
 

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■様々な読書の果てに生まれたオリジナル脚本

――――映画的でもあると同時に、本作はとても文学的な作品ですね。
阪本:僕自身、小説を読むと、その名残のようなものが必ず残るんです。僕が単に経験したことだけで、映画は作れない。小説を読むと自分ではない人の人生が書かれていますが、自分の人生のようにそこへ没入していくわけです。その経験がオリジナル脚本を書くときに生きていますね。様々な読書の果てに生まれている感じが今回、初めてしました。
日頃は桐野夏生さん、髙村薫さん、角田光代さん、湊かなえさん、中上健次さんなどをよく読んでいますが、特に桐野さんの小説を読み続けると、ディストピアになったんです(笑)。東日本大震災や、原発事故などを背景とするフィクションの映画化は難しいけれど、小説『バラカ』を読み、桐野さんの怒りをすごく覚え、共感しました。桐野さんの『魂萌え!』を映画化したときに言われたのが、「映画だから原作を離れてもらっても構わないけれど、一つだけお願いしたいことがあります。男の願望で女を描かないでください」。この言葉が脚本を書くたびに頭をよぎり、女性を描くときにも「これは男の願望か?」と常々、自分に問いただしています。
 

■純度の高い現場を経験したことが俳優として生きていく上での礎になれば

――――犠牲者的な描かれ方ではなく、女性たちの様々な表情が見えました。最後に、ベテラン勢との撮影を通じて、伊藤さんに何か変化はありましたか?
阪本:この作品で表舞台に再び現れたわけで、健太郎君も舞台挨拶で「賛否両論があると思います」と語っていましたが、次のバッシングの波がきっと来ると思います。ただこの映画を一本取り組んだことで培ったもの、その記憶をもって、罵詈雑言を突破してほしい。素晴らしい俳優たちと一緒に共演したこと、純度の高い現場を経験したことが、これから演じていく上でも、俳優として生きていく上でも礎になれば嬉しいなと思います。健太郎君が取材で阪本監督はどんな存在かと聞かれたとき、「あっ、お父さんです」と答えたそうで、保護者的な気分ではありますね(笑)。
(江口由美)
 

<作品情報>
『冬薔薇(ふゆそうび)』(2022年 日本 109分)PG12
脚本・監督:阪本順治
出演:伊藤健太郎 小林薫 余貴美子
眞木蔵人 永山絢斗 毎熊克哉 坂東龍汰 河合優実 佐久本宝 和田光沙 笠松伴助
伊武雅刀 石橋蓮司
6月3日(金)、大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマほか全国ロードショー
公式サイト https://www.fuyusoubi.jp/ 
©2022 「冬薔薇(ふゆそうび)」 FILM PARTNERS
 

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