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「佐々部清監督の思いや、監督への思いが込められた、"共に作った作品"」 『歩きはじめる言葉たち 漂流ポスト3・11をたずねて』主演、升毅さんインタビュー

升さん(シネルフレ江口).jpg
 
 東日本大震災後、亡くなった人に宛てて書いた手紙を受け取る漂流ポスト3.11が陸前高田市に置かれ、今では被災者に宛てた手紙のみならず、全国から今はなき大事な人に宛てた手紙が届いているという。2020年3月31日に急逝した佐々部清監督の作品に携わってきた野村展代監督が、佐々部作品常連の俳優、升毅と漂流ポスト3.11や被災地の人々、また佐々部監督ゆかりの人をめぐり、亡き人への思いを抱えて生きる人たちを映し出すドキュメンタリー『歩きはじめる言葉たち 漂流ポスト3・11をたずねて』が、10月22日(金)よりシネ・リーブル梅田で公開、23日(土)より元町映画館で絶賛公開中、29日(金)より京都シネマ他全国順次公開される。
本作の主演、升毅さんに、お話を伺った。
 

メイン:陸前高田市 漂流ポスト 升毅.jpg

 

■僕はただ聞くしかできなかった。

―――升さんが主演のドキュメンタリーということで、佐々部監督のお名前がタイトルについている訳ではありませんが、佐々部監督に向けた気持ちが現れるような作品になっているのかもと思いながら映画を見始めると、多くの関係者やご家族の佐々部監督への気持ちが詰まった作品になっていたので、思わず見入ってしまいました。本作で、升さんはご自身が大事な人を亡くされた当事者でありかつ、ゆかりの人の話を聞くインタビュアーであり、佐々部監督へみなさんが書いた手紙を朗読もしておられますね。それぞれ、どんな気持ちで臨まれましたか?
升:このドキュメンタリーのお話をいただいた時は佐々部監督が3月31日に亡くなってから1ヶ月ほどしか経っていない時期でしたから、僕自身そこへ行って何もできなさそうだし、役に立てないのではないかという気持ちと、本当にやるのであれば僕にやらせてほしいという気持ちの両方が拮抗していました。実際はいろいろな方のお話を聞くということで、この映画をご覧になるみなさんの代表という立場で臨めばいいのではないかと思うと、少し気持ちが楽になり、やらせていただこうと思いました。結局、東日本大震災後、復興に携わった方々、漂流ポスト3.11を守っている赤川勇治さん、佐々部監督にまつわるみなさん、それぞれのお話を僕はただ聞くしかできなかった。意図して何かを質問するのではなく、お話を伺ってる時の僕の気持ちが素直に出て、純粋に共感したり、頷いたり。だから僕がどういう役割を果たしたのかは、ご覧になった観客のみなさんに感じていただきたいと思っています。
 
―――佐々部監督が亡くなって1ヶ月しか経っていない時期に本作の話が動き出したんですね。
升:もともと、佐々部監督が準備していた劇映画で、僕は赤川さんが担っている役を演じる予定でした。その映画が頓挫してしまい、東日本大震災にまつわる劇映画を佐々部監督が撮る予定で話が進んでいた矢先の訃報でした。手紙を受け取る側や出す人の思いを客観的に受け止めようとしていたのが、自分たちが亡き大切な人へ手紙を出す側になってしまった。だから大きな方向転換が行われ、僕にも再度オファーが来たのです。
 
―――1回目の緊急事態宣言発令直前の時期だったので、監督の葬儀に参加することも難しかったのでは?
升:佐々部監督の地元、下関で、限られた親戚の方々だけが集まって葬儀をされたそうです。僕も下関までは行ったのですが、コロナ禍なので参加は叶わず、お別れができていないんです。
 
 
神奈川 佐々部家 升毅.jpg

 

■佐々部監督との出会いで「これから先役者をやっていくきっかけを掴めるのではないか」

―――映画の中で、佐々部監督と初タッグを組んだ『群青色の、とおり道』で、演技指導に衝撃を受けたエピソードを語られていましたね。おいくつの時ですか?
升:僕が58歳、佐々部監督が56歳の時ですね。佐々部監督の演出は、僕の中ではそれまでも40年近くお芝居をやってきたことが全否定されたぐらいのショックではありました。でも、自分がこれから先役者をやっていくきっかけを掴めるのではないか。今までのやり方ではダメなんだということを感じたので、それならば監督の言う通りにやってみようと思えた。それは佐々部監督の人柄であったり、僕自身がそういうことを求めていたのかもしれませんね。
 
―――『群青色の、とおり道』の次は、本作でも撮影シーンが登場する、佐々部監督自身が資金集めに奔走し、地元山口で時間をかけて作り上げた入魂作、『八重子のハミング』で主演を務めました。取材時にも映画化までの長い道のりをたくさんお話いただきましたが、主演としてやはりプレッシャーもあったのでは?
升:企画が実現するまでのお話を全て聞かせていただき、僕もすごく悔しい思いをしましたし、佐々部監督を男にしたいとか、成功させなきゃという気持ちになりました。監督にも「片棒を担がせてもらいます」と宣言しましたから。一方で、主人公を演じる上でのプレッシャーもひしと感じていました。
 
―――認知症の妻、八重子に先立たれた誠吾が、妻亡き後も心にいる妻と共に生きるように、今の升さんと佐々部監督にも当てはまる気がしました。
升:自分の中に佐々部監督はいますし、これから僕が俳優として生きていく中で、監督の思いを形にしたい、伝えていきたいという気持ちは常にありますね。この作品が出来上がり、監督がこれを観てどう思うかわからないけれど、監督の思いや監督への思いが込められているだろうし、その意味で共に作った作品ではないかと思っています。
 
 
岩手県 漂流ポスト 赤川氏 升毅.jpg

 

■漂流ポスト3.11と亡き人への思いを込めた手紙

―――共に作ったといえば、佐々部監督が構想していた企画を通じて、漂流ポストのことも既にご存知だったんですね。
升:その時は、大切な人を亡くしてしまった人の手紙を受け取る人間って、想像もつかないようなすごい人なのだろうなと思い、佐々部組のメンバーとしてしっかりと演じようという気持ちでした。結局演じることは叶わなかったけれど、漂流ポストを続けている赤川さんにお会いすることができた。僕が想像した以上にナチュラルな普通のおじさんだったので、だからこそできるんだなと思いました。強い責任感と決意のもとにはじめたのでは、続けられないでしょうね。
 
―――今回は升さんご自身が、佐々部監督への思いを書いたみなさんの手紙を漂流ポストに届けていますが、そのときはどんなお気持ちでしたか?
升:そうですね。正直に言えば、なぜ僕がこんなことをしなくちゃいけないんだと抗う気持ちが今でもあります。一方でみんなの思いをきちんと届けようという気持ちがあり、常に複雑でした。実際に、本作の野村監督からみんなの手紙を、声を出して読んでと指示されたときは、絶対に泣いちゃうから無理だと思いました。「気持ちを入れずに淡々と読んでほしい」と言われて、なんとかできたのですが。
 
―――升さんの手紙も、最後が「会いたい」ではなく、「じゃあまた」という感じでしたね。
升:スケジュールが合えば会えるなという、今までと同じような気持ちでまだいたかった。後から思うと、ちょっと子どもじみていて恥ずかしい気持ちにもなりますが。
 
漂流ポスト 升毅.JPG

 

■『群青色の、とおり道』同期3人組だからできた撮影と、「亡くなった人と共に生きている人はたくさんいる」

―――突然の訃報だけでなく、コロナ禍で仕事がキャンセルになったりとエンターテイメント業界が大変な時期でしたが、逆に撮影をすることが気持ちを停滞させない原動力になったのでは?
升:僕が関わる仕事の撮影も止まり、本当に大変な世の中になりましたが、俳優として、もしくはひとりの人間としてやるべきことがあったことは、とても良かったと思います。大人数での撮影となると、今は無理とストップが入っていたでしょうが、今回は撮影監督の早坂伸さんと野村展代監督の3人というコンパクトな編成でしたし、3人とも『群青色の、とおり道』で初めて佐々部組に参加した同期だったこともあり、このメンバーだからできるんだろうなと思いながら動いていました。
 
―――佐々部組同期の3人で監督ゆかりの場所や人を訪ねる旅をする中で、当初はきっと心の整理がつかないままだったと思いますが、何か心境の変化はありましたか?
升:3人それぞれが同じような立場で悲しみを抱えたまま動いていたはずなのですが、僕が勝手に自分だけ悲しいと思うところに行ってしまっていた。陸前高田のみなさんや赤川さん、川上住職のお話や、漂流ポストの手紙を読ませていただく中で、もっともっと悲しい別れをし、亡くなった人たちと共に生きる人たちがたくさんいることも知りました。佐々部監督にまつわる人たちとの話を聞いても、僕なんかよりもっと悲しんでいる人たちがたくさんいる。反省ではないけれど、自分ひとりで何やっているんだという境地になりました。
 
―――ありがとうございました。悲しみを抱えて生きるというのは、年をとると自然とそうならざるをえない部分でもあり、それを受け入れていこうと思える作品でした。最後に、これからご覧になるみなさんにメッセージをお願いします。
升:年を重ねていくと悲しいお別れが増えてきて、自分の中でどう消化すればいいかわからない。僕もそうだし、おそらくみなさんもそうだと思います。僕というフィルターを通して、もしくはいろんな方のお話を聞いて、みなさんの気持ちにどのような変化が起きるのか。それぞれの立場の中で感じていただければいいなと思います。悲しいお別れが気持ちの上でまだできていない人たちに何かが届けばと願います。気負わず、空き時間に観ていただければいいような映画です。「ぜひ観てください!これをヒットさせたい!」という映画ではありませんから。佐々部監督は「ヒットした方がいいんだよ」と言うかもしれませんが(笑)。
(江口由美)
 

<作品情報>
『歩きはじめる言葉たち 漂流ポスト3・11をたずねて』(2021年 日本 90分)
監督:野村展代 
出演:升毅、伊嵜充則、三浦貴大、比嘉愛未、中村優一、佐々部清他
シネ・リーブル梅田、元町映画館で公開中、29日(金)〜京都シネマ他全国順次公開
公式サイト⇒https://hyoryu-post.com/ 
(C) 2021 Team漂流ポスト
 

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