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宣伝活動も学生たちの手で!現役京大院生が障害を持つ弟と自らにカメラを向けた 『僕とオトウト』髙木佑透監督インタビュー

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 京都大学大学院で共生人間学を学ぶ髙木佑透さんが、重度な知的障害をもつ弟、壮真君のことを「もっと知りたい!」と家族や自らにカメラを向け、コミュニケーションを重ねるうちに見えてきたものは?
時には自撮りを交え、兄弟が触れ合い、お互いをわかりあおうとする姿をまっすぐに捉えたドキュメンタリー『僕とオトウト』が10月22日(金)より京都みなみ会館、10月30日(土)より元町映画館、11月6日(土)よりシネ・ヌーヴォにて関西先行公開される。
 池谷薫監督が元町映画館を拠点に開催している「池谷薫ドキュメンタリー塾」に参加、髙木さんが池谷監督の指導のもと作り上げた『僕とオトウト』は、同館を拠点にした元町プロダクション作品として第10回「地方の時代」映像祭、市民・学生・自治体部門で見事、優秀賞に輝いた。劇場公開にあたっては、髙木さんは学生たちを中心にした上映委員会を立ち上げ、映画を届けるための宣伝活動に日々尽力している。
 プレイベントを間近に控えた監督の髙木佑透さんにお話を伺った。
 

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■“障害”を強く意識するようになったきっかけ

―――池谷さんのドキュメンタリー塾に参加するまではどんな学生生活を送っていたのですか?
髙木:もともと僕は日本史を学びたくて同志社大学に入学したのですが、大学3年時に津久井やまゆり園の殺傷事件が起きたり、レオナルド・ディカプリオが知的障害のある弟役を演じ、一躍脚光を浴びた『ギルバート・グレイプ』を観たり、石牟礼道子さんの『苦界浄土』いう僕のバイブルとなるような本に出会い、それまであまり意識していなかった“障害”について、そもそも何だろうと強く意識するようになりました。
 
―――映画では将来、弟は自分が面倒を見ることを想定しての言葉もあり、前々から障害について考えておられたのかと想像していました。
髙木:津久井やまゆり園の殺傷事件のときも、もっと憎しみや悲しみというわかりやすい負の感情が湧いてくるかと思ったのですが、不思議なぐらい湧かなくて、むしろ震災など人間がどうしようもできないことに巻き込まれたときにかたまってしまうというか、何もわからないという真空になった感覚でした。そこから障害についての疑問が湧き、同志社大学と早稲田大学の交換留学制度を利用して、1年間早稲田大学で障害に関する勉強や、介護の現場でアルバイトをしたり、いろいろなことをやりました。
 
 
 
 
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■自分が好きでないものは、続けられない

―――東京で勉強だけでなく、社会で様々な経験を積んだんですね。
髙木:ベンチャー企業でインターンをしたとき、自分が好きでないものには本気になれないし、続けられないと気づいたんです。そこで改めて自分が好きな事を考えたときにドキュメンタリーや教養番組などで親しんでいたテレビ局が就活先に浮上しました。ちょうど1年間の早稲田留学を終えて関西に帰るタイミングで、ドキュメンタリーを教えてくれるところはないかと「関西 ドキュメンタリー」で検索したときに、目に留まったのが池谷先生のドキュメンタリー塾。京都から神戸なら通えるなと思い、なんとなく申し込んで、まずは行ってみたら、元町映画館にたどり着いたんです。まさに就活序盤、4年生になる直前の3月が池谷先生との出会いでした。
 
―――ドキュメンタリー塾から立ち上げた映像制作団体、元町プロダクション(以降モトプロ)に所属し、髙木さん自身も本腰を入れて撮ろうと思ったきっかけは?
髙木:夏期休暇中に沖縄に長期滞在したりしつつ自分を見つめてみて、もっと真剣に障害について考えたいと思いました。そこから必死に勉強し、京大大学院に進むことになったのですが、京大に入ると2年間の余裕ができたので、塾だけでなく、モトプロにも関わらせていただくようになりました。研究もインタビューや質的調査をもとに障害を発達心理学や障害学の側面から研究しているのですが、映像はまた違う動きなので、そちらのアプローチでも考えることができればという狙いもありました。先々にマスコミで就活するとき履歴書にも書けるという裏の狙いもあったりしましたが(笑)要するに、なんとなく撮り始めたんです。
 
 
 
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■ホームムービーの枠を出れない。葛藤し続けた撮影と編集

―――まさにタイトルの通り、障害を持つ弟に向き合うことで、自分と向き合うことになっていく“僕”の物語でもありますね。途中で池谷さんに助言を求めるシーンが何度かありましたが、撮影を辞めたいと思うときもあったのですか?
髙木:ずっとしんどかったです(笑)。僕自身は修士課程でがっつり研究をしながら就活し、そして撮影もしていた。2年ぐらいかけてゆっくり撮っていきたいという思いもあり、時間がないのでの先生の期待するクオリティに到達するのは無理だとギブアップしようとしたら、速攻で電話がかかってきました(笑)。お前も自分探しをしている時期だから、その時期に15分でもいいから作品を作っておくのは自分のためにもなると説得され、考え直して撮影を続行することにしたんです。
でも撮り続けても、一つひとつはいいシーンなのに、ホームムービーの枠を出ることができない。何を撮っても先生に怒られ続ける苦しい撮影、編集をずっと繰り返し、先生は一体何考えているんだろうと思っていました。
 
 

■ラッシュを観ての気づきから、「僕自身のことを真剣に壮真に伝えてみる」

―――池谷さんから、髙木さんが壮真君に対し上から目線であることを指摘されたあたりから、映画も大きく変化し、髙木さんも自身とより向き合うことになります。優生思想を持っていないつもりでも、どこか自分の中に存在している。映画をご覧になる皆さんにも突きつけられる問いだと思います。
髙木:基本的に自分を追い込むことで生まれた映画だと思うのですが、池谷先生にラッシュは大事だと教わっていたので、その中で気づいたことがいくつもありました。例えば、壮真が変なことをして僕がフフフと笑う場面や、自分が撮られている場面もたくさんあるのですが、編集でずっと見ていると、僕自身がやたらと笑っているのに気づいたんです。もともと、笑いがあふれている家庭だからこそ、辛く重い感じにならずに済んだし、今まで生き延びてこれたと思っています。一方で、壮真が何か変なことをしても笑って流してしまう。そこで本当に彼が考えていることに目を向けず、笑いで覆い隠してしまう部分があったんです。そんないろいろな気付きを経て、僕自身のことを真剣に壮真に伝えてみることに集約されていきました。
 
 

■人のことをわかりたいという気持ちの表現

―――髙木さんが弟のことをわかろうとして奮闘する様子を捉え、さまざまな手段を試みていますが、そもそも人間は自分以外の人のことはわからない。自分自身のこともわからないというところからスタートすると、もう少し気持ちに余裕が生まれるのでは?何を考えているかわからないけれど、相手を信じるという姿勢が必要なのかもしれませんね。
髙木:映画の最後で僕が言った、ちょっと癖のある一言に集約されている気がしますね。僕の師匠でもある臨床心理学や発達心理学が専門の大倉得史先生は、他人のことなどわかりっこないとおっしゃり、一方大倉先生の師匠である鯨岡峻先生は性善説的で、人はわかりあえるはずだから、そこに食らいつくのだと。真逆なことを言っているようですが、人に対して誠実であるというところに戻ってくる。人のことがわからないからこそ、わかろうと努力し続けるし、人のことは絶対にわかりあえるはずだと信じるからこそ、知り続ける。その辺も映画の中に結果的に入ったのかなという気がします。
 
 
 

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■一緒にお風呂に入るのは僕たちのいつものコミュニケーション

―――壮真君と一緒にお風呂に入ったり、スキンシップもたっぷり取っていたのが印象的でした。私の子育ての経験上、男兄弟でも仲が良くないとできないことですよね。
髙木:感覚的にですが、僕が進学で家を出てからのほうが、壮真と仲良くなった気がします。僕が大学に入ったのが、ちょうど壮真が中一のときでしたが、そのころから壮真の兄ちゃん好きが加速しましたね。もともと風呂は壮真が小さいころから一緒に入って世話をしていたのでその延長で、今も結構喜んでくれるんです。壮真は言葉にするのが難しいので、その分表情やいろいろないたずらや、手言葉や触れることでこちらに気持ちを伝えてくれているんです。壮真が興奮したときは、とにかく手を握るとか、抱きしめてあげれば落ち着いて静かになる。壮真の鼓動が落ち着いてくるのが、手をつないでいるとつながってくるんです。身体的につながる感覚が昔からあったので、20代前半と10代後半の兄弟が一緒に風呂に入るのは一見妙なカットかもしれませんが、僕たちにとってはいつものコミュニケーションの風景であり、二人の会話なんです。
 
 
 
 
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■具体的にきょうだいとしてどんな風に接していけばいいのかが、映画を撮ることで見えた

―――壮真君の将来のことなど、きょうだいならではの今後に対する思いも語っていますが、本作を作ったことで、考えていたものとは違う未来が見えてきましたか?
髙木:作業所選びも親が実際にいくつか見学に行き、子どもに合う場所を自分の足で探すしかないのですが、そういうことや保険のことなども母が手筈を整えてくれたし、母と僕とはいろいろなことをあけっぴろげに話せる関係なので、もともとすごく心配していたわけではありません。
ただ、ひとりの兄として、壮真とどんな風につきあっていけばいいのか、壮真と共に生きていけばいいのか。それが映画を撮ることで変わりましたね。両親と壮真はどこまでいっても上下関係がある程度はあり、それがあるからこそ愛せる部分がありますが、僕は壮真にとってひとりの兄貴でしかなくて、もっと対等な関係であると思うんです。だから親が壮真のことを何か決めつけようとしても、「そんなの壮真に聞いてみないとわからないじゃないか」ということが言えるし、具体的にきょうだいとしてどんな風に接していけばいいのかが見えた。そこが一番変わりました。
 
―――ご家族の映画に対する感想は?
髙木:母は映画の出来うんぬんより、劇中で重大な事件があった日、壮真がせんべい布団に寝ていたところが映ってのをいまだにずっと文句を言われています。普段はもっといい布団に寝てるのに!って(笑)
あと実際に親父が出てくるシーンは、僕が結構真剣な感じで呼び出したので、男と男の直感で、何か仕掛けてくるんじゃないかということが伝わっているんです。ああいう場で出てきてくれる親父は言っている内容は関係なく、いてくれるだけで親父なりの映画を引き受ける覚悟があるし、そこは皆さんにも伝わるのではないかと思っています。3時間ぐらい撮影し、編集でかなり短くしましたが、それでも皆さんの感想を見ていると、伝わっている手ごたえがありますね。
 子どもの頃自宅が火事になる前はホームシアターで一緒に映画を観た記憶があるぐらい親父は映画好きなので、この作品がちゃんと世に出ていけばいいねと応援してくれています。壮真はもともと自分が映っている映像を見るのが好きなので、観てくれたけど特別な反応はなかったそうです。
 
 
 
 

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■学生が中心の上映委員会でプレイベント「僕オトの湯♨️」を企画

―――映画は作るだけでなく、届けるまでがとても大事ですし、その作業は本当に大変ですが、その大変な作業に学生のみなさんが中心になって取り組んでおられるそうですね。
髙木:コロナ禍で人と人とが触れあえないなか、一番原始的なふれあいや、コミュニケーションを描いた作品なので、ぜひ多くの人に届けたい。また、学生というのは自分探しの時期ですが、僕は映画を作ることで自分自身の行き先を決めることができたということもあり、学生のみなさんと一緒に宣伝活動をしたいと思い、活動しています。泥臭くマンツーマンで話をし、僕の思いを伝え、相手といい感じのグルーヴが生まれ、興味を持ってくれたなと思えば上映委員会に誘って仲間を増やしていく。京阪神の色々な大学や、様々なバックグラウンドの方が参加してくれています。
プレイベントとして、「僕オトの湯♨️」というオンライントークイベントを3回にわたり開催します。お風呂のシーンもありますし、一緒に湯に入るほど仲がいいとか、雑多な人がやってきて、今までできなかった話がポロっと出るようなイメージがあり、そこで銭湯という案が出てきました。また、触れていることで伝わるというのも『僕とオトウト』に通底することで、一緒の湯に入ることで相手の熱が伝わるという様々なモチーフがあるんですよ。
 
 

■昔からちょっとひっかかっていた“心のささくれ”をちゃんと見つめてほしい

―――ありがとうございました。最後にこれから御覧になるみなさんにメッセージをお願いします。
髙木:同世代の学生の皆さんの前でよくお話するのは、今回は障害を持つ弟と僕が向き合う映画ですが、障害というのは僕の”心のささくれ”だということ。数年前までは、気にしなくても生きていける程度のちょっと“気になること”だったんです。それをしっかり見つめると、本当にいろいろなものが見えてきたし、自分が本当にやりたかったことも見えてきた。どんどん広がって芯が出てくるのです。
よく卒業論文や卒業制作など、人生でこれが最後と思って取り組む人が多いですが、せっかく20代前半でそういうものと向き合うチャンスがあるのなら、人に言っても理解されないけれど、昔からちょっと引っかかっていたことをちゃんと見つめてみてほしい。そこを見つめて、期限のある中で卒業制作なり、論文にしてみると、これから先何十年生きるであろうなかで大事なものが見えてくる気がします。
僕にとってはそれがたまたま障害だっただけで、その等身大の感じが映画から伝わればいいなと思っています。
(江口由美)
 
 

<作品情報>
 
『僕とオトウト』(2020年 48分 日本)
監督、編集:髙木佑透
プロデューサー:池谷薫(『ルンタ』『蟻の兵隊』)
撮影:髙木佑透、髙木美千子
制作:元町プロダクション
10月22日(金)より京都みなみ会館、10月30日(土)より元町映画館、11月6日(土)よりシネ・ヌーヴォ関西先行公開
公式サイト https://boku-to-otouto.com
オンラインプレイベント「僕オトの湯♨️」詳細 https://boku-to-otouto.com/pre_event
 ©️ Yuto Takagi
 
 
 

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