「世界で痛みを共有する今、傷ついたもの同士をつなぐ橋になる作品」
『アジアの天使』石井裕也監督インタビュー
池松壮亮(『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』)、チェ・ヒソ(『金子文子と朴烈』)、オダギリジョー(『茜色に焼かれる』)の共演で描く石井裕也監督最新作『アジアの天使』が7月2日(金)からテアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、Tジョイ京都他にて公開される。
2020年2月から3月にかけてオール韓国ロケを敢行。コロナによる懸念事項が次々生まれるなか、スタッフたちの努力により奇跡的に無事クランクアップを果たしたという本作は、観光地ではないソウルの一面や、海辺の町、江原道の風情を楽しむことができる。妻を亡くし、一人息子と韓国在住の兄のもとを訪ねる剛を演じた池松は初めての韓国ロケにどこかリアルな異邦人ぶりを漂わせる一方、日本語でなんとかコミュニケーションを取ろうとする不器用さが逆に滑稽さを醸し出す。風来坊の雰囲気をまとった兄を演じるオダギリジョーとの絶妙なやり取りは、うまくいかない異国での日々の重い空気を吹き飛ばす。スーパーで営業をしていたソルとの思わぬ再会、ソルの兄妹を巻き込んでの旅路と、思わぬことが起きても、それが人生と言わんばかりに転がり、そしていつの間にか膝を突き合わせて飯を食い、酒を呑むようになっている姿は、今は避けざるをえない「会って話す」コミュニケーションがいかに豊かなものであるかを痛感させる。それぞれが旅の果てに見たものは何なのか。人生に行き詰まった韓国人家族と、人生を探して韓国にたどり着いた日本人家族がみせる、全く新しい「家族のような」物語だ。
本作の石井裕也監督にお話を伺った。
■互いの心の傷や哀しみが手に取るように分かる関係
――――世界初上映となった大阪アジアン映画祭のクロージング上映では笑いも多数起こり、大盛況でした。舞台挨拶で、プロデューサーのパク・ジョンボムさんとはとてもウマが合うとおっしゃっていましたね。
石井:パクさんとは、日本であまり友達に話すことのないような、自分が心に抱えている傷や痛みについてよく話をしました。お互い拙い英語なので言葉自体は不完全で、言語的に理解できているかどうかはわからないけれど、少なくとも彼の哀しみや心の傷は手に取るようにわかった。彼も僕に対して同じような思いだったでしょう。30歳を過ぎて、そんな特別な友達ができるとは思ってもいませんでした。パクさんもなぜそんなに二人は仲がいいのかと聞かれたとき「前世で深い関係だったとしか言いようがない」と答えたそうです。
――――それだけ深いところで分かり合える友人で映画監督であるジョンボムさんと一緒に映画を作るのは自然な流れだったと?
石井:一緒に作ろうという話はありましたが、本作に関して言えば、プロジェクトが窮地に陥って頓挫しかけた時にパク・ジョンボムが「絶対に諦めるな、俺がプロデューサーをやるから」と手をあげてくれたんです。
■韓国で遊んでいた頃からはじまっていた、池松壮亮への言葉にしない演出
――――まさに「アジアの天使」ならぬ「映画の天使」ですね。今回は『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』主演をはじめ石井監督作品に多数出演している池松壮亮さんが、妻を亡くし、一人息子がいる作家、剛を演じています。ちょっとトリッキーさも感じる役ですが、二人でどのように剛のキャラクターを作り上げていったのですか?
石井:池松君とは、パク・ジョンボムと出会った翌年ぐらいから、普通に遊びに行く感覚で韓国に行き、パクさんとも遊んでいたんです。お揃いのグローブを買って、キャッチボールをして、という子どものようなことをやっていたのですが、口には出さずとも、韓国で映画を撮るんだろうなということが互いに分かっていた。だから、言葉にしない演出はその頃からはじまっていたんですね。
――――ずっとタッグを組んできた池松さんと、今回は全編韓国ロケでタッグを組み、また新たな一面が見えたという感じですか?
石井:今までとは全部違いましたね。馴染みのない土地を子どもと一緒に歩くということ自体が彼にとっては迷子ですから、異邦人のような感覚があったはず。どこまでその土地に入り込めるか、もしくは入り込まないかということをよく考えたのだと思います。
――――入り込む/入り込まないのバランスは、監督とディスカッションで決めたのですか?それとも池松さん自身の判断に委ねたのですか?
石井:その辺は池松君とかなり話をしました。プライベートで一緒に韓国に行っただけではなく、役を掴むきっかけが少しでも多い方がいいと思ったのでロケハンも一緒に行きました。僕が韓国人スタッフとあーでもない、こーでもないと話している姿を見ているだけでも、何かの参考になったのではないでしょうか。撮影を終えて、「これまでとは全く別の景色が見られた」というようなことを言ってくれましたね。
■日韓関係が最悪な中、強い志で、全存在をかけてタッグを組んでくれたチェ・ヒソ
――――相手役となるかつてのアイドル歌手、チェ・ソルを演じたチェ・ヒソさんは、大阪アジアン映画祭とも馴染みが深く、小学校時代に日本で暮らした経験もある俳優ですが、ヒソさんをキャスティングしたいきさつは?
石井:役の年齢層に合う俳優を何名かピックアップし、打診していくオーソドックスなスタイルをとったのですが、2019年ごろは日韓関係が最悪で、それを理由に断られることが多かった。このプロジェクトに参加することで、日本に加担しているという見方をされかねない状況の中、ヒソさんは「そんなの知るか、面白いことをやりたい」というとても意志の強い方で、日本語もしゃべれるし、色眼鏡が全くない方でした。それなら一緒にチャレンジしましょうかと声をかけさせていただいたのです。実際にすごく聡明で志の高い方で、共に力を合わせて戦えた。思いの強い方でしたね。
――――ソルは自国語で話す一方、剛も日本語で話しかけ続け、コミュニケーションが取れていないように見えながらも、だんだん距離感を縮めていきます。映画の中で、コミュニケーションについてどのように捉えて演出したのですか?
石井:いろいろな言葉が飛び交うけれど、結局言葉だけでは本心にたどり着けない。言葉でたどり着けないところにある本当の感情を表現できれば面白いなと思ったのです。だから、今回はディスコミュニケーション(誤解)を生むものとして、言葉を使っていますね。ソルと剛がなんとか思いを伝えあうのは本当に拙い英語で、それは僕とパクさんの関係と似ています。
■池松壮亮とオダギリジョー、天才ふたりが韓国でみせた演技
――――剛の兄を演じたオダギリジョーさんの軽やかな演技が魅力的でした。池松さんとオダギリさんの共演は初めてなのではないかと思いますが、現場ではいかがでしたか?
石井:韓国で池松君とオダギリさんが、バカみたいなことを言っているシーンを撮るのはすごく楽しかったですね。韓国のスタッフも芝居を見ながらクスクス笑っていましたし。池松君とオダギリさんが一緒に芝居をしているのを日本で見たことはないですが、この天才ふたりが韓国で愚かな会話をしているのは、素晴らしい光景でしたね。キャストも家族のようなものになっていくということを意識していたかどうかは分かりませんが、皆さん本当に仲が良くて、頻繁にビールを飲みに行っていましたね。特に江原道に行ってからはみんなで合宿して撮影したので、浜辺でもよく一緒に遊んでいました。
■扱いきれないもの、言葉にならないものを映画にしたかった
――――『アジアの天使』というタイトルは意外性もありながら、しっくりとくるタイトルのように思えます。映画でも重要なモチーフですね。
石井:天使というものに対し、人それぞれのイメージがあるでしょうし、捉え方も違う。いるかもしれないし、いないかもしれない。信じているかもしれないし、信じていないかもしれない。そんな扱いきれないもの、言葉にならないものを映画にしたかったので、ちょうどいいと思ったのです。加えて、アジアの隣国であり、別々の国である韓国と日本をつなぐものが、西洋のシンボリックなものだと意味があるのではないかと。あるかないか分からない可能性が偶発的、もしくは奇跡的に二者を結びつけると面白いのではないかという気持ちがありましたね。
――――決して主人公たちの置かれた境遇が改善するわけではないけれど、逆にそのままでも大丈夫と包み込んでくれる作品で、コロナ時代で疲れ切っている今の私たちにすごく心地よい余韻を与えるのではないでしょうか。
石井:期せずしてではありますが、コロナ禍になり、痛みを共有せざるを得なくなりました。世界平和という言葉を使うのは恥ずかしいのですが、どこの国の人も皆、同じように辛い状況を強いられているんだと想像することは、新しい関係を生む小さなきっかけになるような気がします。この映画は小さな橋になるかもしれません。みんなで集まってご飯を食べ、ビールを飲むこと以上に重要なことは、実はないんじゃないかと思います。
(江口由美)
『アジアの天使』“The Asian Angel”(2021年 日本 128分)
監督・脚本:石井裕也
出演:池松壮亮、チェ・ヒソ、オダギリジョー、キム・ミンジェ、キム・イェウン他
7月2日(金)からテアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、Tジョイ京都にて公開。
公式サイト⇒https://asia-tenshi.jp/
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