レポートインタビュー、記者会見、舞台挨拶、キャンペーンのレポートをお届けします。

「自然と一体化したブータンの伝統的な美しさを見せたい」 『ブータン 山の教室』パオ・チョニン・ドルジ監督インタビュー

ブータン2.jpeg
 
「自然と一体化したブータンの伝統的な美しさを見せたい」
『ブータン 山の教室』パオ・チョニン・ドルジ監督インタビュー
 
 幸せの国として知られるブータンを舞台に、僻地のルナナ村に教師として赴任することになった青年、ウゲンと、村人や子どもたちとの交流を通じて改めて幸せの意味を考えたくなるヒューマンドラマ『ブータン 山の教室』が、4月30日(金)よりシネ・リーブル梅田、京都シネマ、5月7日(土)よりシネ・リーブル神戸、他全国順次公開される。
 
 監督は、本作が初監督作となるブータン王国出身のパオ・チョニン・ドルジ。数人の主役級俳優を除き、ルナナ村の人たちが映画に出演。映画を見たことのない村の子どもたちが、生徒役としてとても自然な表情を見せている。標高4800メートルのルナナ村への徒歩の旅路や、村の四季の情景の美しさ、氷河を抱く山々にこだまする、ヤクに捧げる歌の響きなど、騒々しい日常を忘れさせてくれる風情も大きな魅力の作品だ。オーストラリアで歌手の夢を叶えようと移住を計画しているウゲンがどのような成長を遂げるかにも注目してほしい。本作の脚本、プロデュースも務めたパオ・チョニン・ドルジ監督にリモートインタビューを行った。
 

 
―――大阪アジアン映画祭2017ではプロデュース作品『ヘマヘマ:待っている時に歌を』のゲストとして来阪されましたね。『ヘマヘマ〜』は非常に前衛的な作品だったので、初監督作の『ブータン 山の教室』は全くテイストが違うことに驚きました。本作は幸せについて考えさせられますが、ブータンが「幸せの国」と呼ばれることに対し、監督自身はどのように感じているのですか?
ドルジ監督:幸せとは非常に主観的なものですが、幸せになる理由や条件は変わり続けています。ブータンは多くの国から幸せと思われていますが、何が幸せなのか、私たちもブータンの人たちも分からなくなっている気がします。うつ病にかかる人や自殺率が多いのが実情ですし、おそらく世界で一番都会への流入率が高いのではないでしょうか。またウゲンのように若い人たちは自分が何をしたいのかわからず、答えはブータンの外にあると考えている人が多いです。
 
以前、私たちにとっての幸せはブータンの伝統文化や精神的な支えである仏教に基づいていました。ブータンは、何世紀にもわたって続いた鎖国状態が、まさに一晩にして開国したような変化を経験し、今の若い人たちが抱く幸せはテレビやインターネットに影響されています。モダンで西洋的な生活が幸せだと考えている人が多いのですが、そういう生活はブータンにはない。自国にないものを求めるので、幸せ度は減ってしまうのです。
 
 
ブータン5.jpeg

 

■プロデュース作の上映禁止を糧に、ユニークさと観客を喜ばせる内容を取り入れる

―――監督ご自身は世界中を旅されておられますが、ルナナ村との出会いについて教えてください。また、僻地での撮影は非常にチャレンジングですが、それを貫いた理由は?
ドルジ監督:『ヘマヘマ〜』はとても実験的な映画で、映画祭界隈では非常に評判が良く、有名な映画祭にも招待されましたが、ブータンでは上映禁止になってしまいました。批評家は物議を醸す作品を好むので、上映禁止により評価はさらに高まりましたが、私自身、非常に深く映画に関わっていたので、とても心が挫ける経験になってしまったのです。その時、自分が監督する映画は、海外の映画祭で上映されるユニークさは持ちつつも、観客を喜ばせる内容のもので、少なくともブータン政府から発禁処分を受けない作品を作ろうと心に決めました。そして色々な人々にアートの力、映画の力を見せたいと思った。それが『ブータン 山の教室』を作る最初の動機です。おかげで海外の映画祭をはじめ、上映後の評判も良く、ブータン政府も上映を許可しているのでその思いは遂げたと思います。
 
 
ブータン4.jpeg
 

■西洋的な価値観を持つ者を誘う正反対の僻地を探して

―――なるほど、前作の経験から作品の方向性が決まったのですね。
ドルジ監督:ブータンに限らず、世界のほとんどの人は西洋的な価値観をもとに幸せについて考えていると思うのですが、その反対を見せたいと思いました。ですから西洋的な価値観を持つ主人公をルナナへ旅させようと思ったのです。私自身も反対のものを見せるために僻地を探し歩き、ようやく出会ったのがルナナでした。ここはブータンの中で非常に伝統的な場所であり、ブータン人にとっても一番辺鄙な場所です。そこに行くために14日間歩き続けなければいけません。また、ルナナという名前は「暗い谷」という意味で、西洋的な価値観で幸せを求めている人が、反対の暗闇に行き、幸せの光の意味を知るという意図でこの場所を選びました。
 
―――僻地、ルナナでの撮影は相当大変だったのでは?
ドルジ監督:電気はなく太陽電池のみだったので、その電源は全て撮影と録音のために使い、ラフカットを作るまで自分たちが何を撮ったのか見ることができませんでした。アメリカでも仕事をしている撮影クルーからは、アメリカには組合があり、撮影クルーは徒歩15分圏外から出てはいけない決まりになっているのに、この撮影は14日間歩かなければ通りにも出ないような場所に連れてきて、ベッドもシャワーもないところで仕事をさせると冗談ぽく言われましたね。ブータンには組合がなくて良かったです。実際、クルー達はルナナでの生活をとても楽しみ、帰るときにはノスタルジックな気持ちになっていましたよ。
 
 
ブータン3.jpeg

 

■ブータンの伝統文化や知恵の美しさを思い出させる「ヤクに捧げる歌」

―――原始的な歌の誕生や、今につながる歌の継承も大きなテーマになっていますが、セデュが歌ったヤクに捧げる歌について教えてください。
ドルジ監督:文明や文化は様々な心情や信仰、伝統を持っていますが、だいたいそれは過去の話に基づいていますし、特に歌は過去を語っていると思います。ヤクに捧げる歌を映画の中心に据えたのは、我々のご先祖様たちが今、忘れられていると感じたからです。ヤクに捧げる歌はブータンの文化や伝統を表しています。カルマや輪廻転生というブータンの人にとても大切な考え方や、山、氷河、水とブータンの人が伝統的に抱いている周りの環境への敬意を歌っています。でも、今は過去のものとして忘れられ、多くの若者はウゲンのように自分が人生に求める答えはブータンの向こうにあると思っていますが、そんな彼らにブータンの伝統文化や知恵の美しさを思い出してもらいたいという狙いもありました。どうしても古臭い音楽と思われがちですが、映画に取り入れることで、むしろカッコいいと再発見してもらいたいという気持ちもあったのです。
 
―――セデュがウゲンに歌を教えるシーンや別れのシーンも印象的でしたね。
ドルジ監督:ウゲンはブータンの現代の若者の代表として描いています。彼はオーストラリアで歌手になり周りから認められたい、有名になりたいと幸せを外側に求めていますが、セデュはその真反対の立場をとる人物です。彼女は鳥のために歌うなど、歌は捧げ物だと思っており、それはブータンの伝統的な価値観を表しています。最後にウゲンは一緒に来ないかと誘いますが、セデュはルナナに居続けるということで、正反対のバランスを保ち続けるだけでなく、ウゲンはセデュからも人生に求めていることを学んでいるのです。二人の間にロマンチックな雰囲気をほんの少しだけ出していますが、それが余計にみなさんの想像を掻き立てているかもしれません。
 
 
ブータン1.jpeg

 

■教室にいるヤクのノルブ(宝)が、自然と一体化したブータン

―――ありがとうございました。最後にどうしてもお聞きしたかったのが、長老のヤク、ノルブのことです。教室で飼われているノルブは授業中の生徒たちと必ず一緒の画に収まっていましたが、この映画でノルブが果たした役割について教えてください。
ドルジ監督:学校の先生が、毎日火起こし用にヤクの糞を拾い回ることに疲れてしまい、ヤクを教室の中に入れたという実話を知り、それに基づいてこのシーンを考えました。ヤクが教室にいることで、ブータンの文化のとんでもないぐらいの美しさ、現代的概念がないぐらい自然と一体化しているところを見せたいと思ったのです。
 
ヤクはおとなしい動物ではないので、最初、私が教室にヤクを入れようとした時に、子どもたちはとても怖がっていました。壁を取り払い、2つの教室を1つの大教室にしたのですが、建物自体が大きくないので、もしヤクが暴れたら壊れてしまうのではないかと心配していました。ノルブを演じてくれたのは、白い斑点があるナカという名前のヤクで、ルナナで一番気が優しいヤクだったのです。高山病の人を下山させる仕事で、人の役にも立っている、とても気のいいヤクでした。だから、撮影が終わってナカを教室から出すとき、悲しい気持ちになりましたし、撮影が終わることを実感しました。ナカは、撮影の後老衰で亡くなってしまったので、映画の中でナカが生き続けていると思い、共に撮影ができたことを光栄に思うと同時に、とても感謝しています。
(江口由美)
 

<作品情報>
『ブータン 山の教室』(2019年 ブータン 110分)
監督・脚本・プロデューサー:パオ・チョニン・ドルジ
出演:シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・へンドゥップ、ケルドン・ハモ・グルン
2021年4月30日(金)よりシネ・リーブル梅田、京都シネマ、5月7日(土)よりシネ・リーブル神戸、他全国順次公開
公式サイト→https://bhutanclassroom.com/
(C) 2019 ALL RIGHTS RESERVED

 

月別 アーカイブ