『夏時間』は、30歳のユン・ダンビ監督の長編デビュー作である。
【STORY】
父が仕事に失敗し、母がいなくなって、インチョンの祖父の家に行くことになったオクジュとドンジュの姉弟。弟は新しい暮らしにすぐ馴染むが、十代のオクジュにはなんだか居心地がわるい。やがて父の妹であるミジョンおばさんもやってきた。おばさんはどうやら夫とうまく行っていないようだ。オクジュにはボーイフレンドがいて会いに来るがこの二人もうまくいかない。そんなある日、おじいちゃんが倒れた…。
韓国女性監督作品『はちどり』と『わたしたち』の間の年齢の少女が主人公で、彼女の気持ちがヴィヴィッドに映し出され、韓国映画界にまたひとり逸材が誕生したと思う佳作。今後の活躍が期待できるユン・ダンビ監督にインタビューした。
Q:この作品は、ユン監督の自伝的なものではないとのことですが、姉と弟と父、祖父、おばさん(コモ)の関係性は、どのような想像から生まれましたか?
A: 母親の不在が子どもたちにとって一番怖いことだと思います。そのことによって子どもたちが結束するのではないかと思いまして、この映画では母親がいないという設定にしています。そして、この姉弟と対照的な存在として、おじいさんを設定しました。
この映画では、まず少女オクジュが中心的な存在です。お父さんは、保守的で家父長的な存在ではない人として描きたいと思いました。おばさんのミジョンは、母親の代わりとしてではなく、一人の人間として、女性として描きたいと思いました。弟のドンジュはかわいらしくて純粋な世代の存在として描きたかったので、このような構成を考えました。
Q:監督は1990年生まれですが、インチョンで撮影されたということで、同じくインチョンを舞台にしたチョン・ジェウン監督作品『子猫をお願い』を思い出しました。2001年作品なので当時は見ていないと思いますが、どこかで見ておられますか?多くの女性監督がこの映画に影響を受けたと言っています。
A:『子猫をお願い』はもちろん見ています。あの作品からは当時(2000年ごろ)のインチョンの雰囲気がよく伝わりますし、20歳ごろの女性たちが誰しも迷う時期をうまく捉えており、シネフィルとして、映画を学ぶものとしては当然見るべき作品です。
『子猫』もインチョンの町をよく捉えていましたが、私もおじいさんの家がインチョンにあることを示すような場所が欲しいと思ってチャイナタウンでも撮影しました。
Q:ユン監督は小津安二郎作品がお好きということですが、『チャンシルさんには福が多いね』のキム・チョヒ監督も小津監督が好きなようですね。ユン監督はどこで彼の作品を見ましたか?檀国大学院で?
A:キム・チョヒ監督に直接お会いした時に聞いたのですが、彼女は「小津安二郎監督のお墓にお参りした」そうです!(うらやましい)
私自身は、はじめて高等学校で小津監督の『お早よう』を見ました。大学で『東京物語』などを見て、小津監督の視角というか演出の方法、どのように映画を撮るべきかという手法について大いに影響を受けたと思います。
Q:あの印象的な祖父の家の二階に上がる途中に扉がある造りは、よくある家屋なのでしょうか?独特なものでしょうか?螺鈿の家具があったり、そうとう裕福なおうちに見えます。
A: 私自身は、おじいさんの家がかつてとても裕福な家だったらいいなと思い、そんな環境を探しました。そして螺鈿の箪笥などもそのまま使いました。
あの階段の扉は実際にあるもので非常に珍しいのです。とても気に入って活用したいなと思いました。扉というものはいろんな感情の境界を指すものとして存在します。玄関の扉とか、ベランダに出る時の扉とか、登場人物の気持ちの変化を表すものとして使いました。
Q:オクジュが整形手術のお金がほしいという話に関して、人権委員会の作ったオムニバス映画『もし、あなたなら〜6つの視線』の中のイム・スルレ監督作品『彼女の重さ』や、チャン・ヒソン監督の『和気あいあい?』でのエピソードなどを思い出しました。どちらも女性に外見の美しさを強制する韓国社会への批判がありました。ユン監督もそうでしょうか?
A: オクジュが二重瞼の手術をしたいというエピソードについて、私は特に韓国社会を批判するために作ったわけではではありません。オクジュは思春期なので、その年頃の少女によくある悩みですね。自分のルックスに対するコンプレックスとか、たとえば彼女はボーイフレンドとうまくいってないのはそのせいだと考えるとか。
ドンジュは末っ子なので、みんなにかわいがられるけど、それに比べると、自分はかわいがってもらえない、もっと愛されたいという欲求がそういった発言をしたと思われます。
実際にオクジュを演じたチェ・ジョンウンさんに、私たちスタッフは「そのままでかわいいから絶対整形しないで」と言いました。
Q: 弟のドンジュの名前は尹東柱から取られましたか?
A:大学の後輩オクジュという名前の子がいて、今ではあまりつけられないちょっとダサい名前なのですが、私はそれが好きで、常々、ご両親はどうしてこの名前を付けたのかなと思っていたのです。それで今回、主人公の名前をオクジュにしました。弟は深く考えず姉のオクジュに合う名前としてドンジュにしただけで、尹東柱から取ったわけではありません。
Qお父さんが偽物の靴を売っている話はちょっとせつないですね。かつて、リーボックは韓国の工場で作られているから同じ製品でブランドマークなしを売っていると聞いたことがあります。その話は少し前の時代かと思うのですが、この映画の設定はいつ頃でしょうか?
A:時代設定については観客からもよく質問されます。たとえばこの映画ではケータイ(スマホ)はあまり使わないのです。オクジュがケータイをかけるシーンまで全然画面に出てこないので、ちょっと前の時代なのかと聞かれました。それに関して、私はケータイを見ているとかテレビを見ているという状態は家族の団らんにふさわしくないと考えるからです。それで個々人がバラバラな感じになる場面は意識的に避けました。家族の連帯感を描きたかったんです。
また夢がひとつのテーマにもなっているので、それもいつの時代かはっきりしないと言われましたが、そのへんは意図的にはっきりさせていません。
リーボック事件は私も知らなかったのですが、偽物の靴のエピソードは、私も個人的にすごく気にいっています。お父さんのビョンギが「工場はおなじだよ」と正当化するような言い訳します。またオクジュがボーイフレンドに偽物の靴をプレゼントしたことで恥ずかしい想いをするとか、自分でも好きなシーンです。
ビョンギが親(オクジュのおじいさん)の家を売ろうとしているのでオクジュが批判した時「おまえも靴を売ろうとしたじゃないか、同じことをしただろ」と自分を正当化するのはとてもビョンギらしいと思います。完成した映画を見て自分でも笑ってしまいました。
とある建築家の方がこの映画を見て「この映画は、いずれとてもいい記録映画になるのではないか」と言ってくれました。私自身も、ある時代の雰囲気を残したつもりなのでそうだといいなと思いました。
Q 言いにくいかも知れませんが、特に好きな監督とか作品は?
A:あえてひとりあげるならイム・スルレ監督です。彼女の短編『雨の中の散歩』と長編では『ワイキキ・ブラザース』が好きです。
女性監督ではもちろんチョン・ジェウン監督も好きです。
Q ダンビさんの名前は漢字でどう書くのですか?
A:漢字はありません。〈久しぶりに降る雨〉という意味です。父がつけました。
現在、韓国映画界では、派手なアクションや、激しくドラマティックな事件が起こらない〈静かな〉映画が作られ、観客にも受け入れられている。女性監督たちの活躍はそういう状況と無縁ではない。ユン監督は東京で1週間、是枝裕和監督のワークショップに参加したことがあるそうだ。韓国の女性監督が好きな監督として小津安二郎監督や是枝裕和監督の名前がよくあがるのは、喜怒哀楽を大きく表す韓国映画にないものを、日本の監督作品に見出すからではないだろうか。
【キャスト】
姉オクジュ:チェ・ジョンウン
弟ドンジュ:パク・スンジュン(『愛の不時着』)
父ビョンギ:ヤン・フンジュ(『ファッションキング』)
叔母ミジョン:パク・ヒョニョン(『私と猫のサランヘヨ』『カンウォンドの恋』)
祖父ヨンムク:キム・サンドン
【スタッフ】
監督・脚本:ユン・ダンビ
制作:ユン・ダンビ/キム・ギヒョン(『わたしたち』)
撮影:キム・ギヒョン(『私たち』) 照明:カン・ギョングン
整音:ハン・ドンフン 編集:ウォン・チャンジェ
原題:남매의 여름밤 英題:Moving ON
韓国/2019年/105分/DCP (C)2019 ONU FILM, ALL RIGHTS RESERVED
日本版字幕:三重野聖愛
協力:あいち国際女性映画祭
配給:パンドラ (C)2019 ONU FILM, ALL RIGHTS RESERVED
公式サイト:http://www.pan-dora.co.jp/natsujikan/
2021年2月27日(土)〜ユーロスペース、3月19日(金)~テアトル梅田、アップリンク京都、4月10日(金)~神戸・元町映画館 ほか全国順次公開
第24回 釜山国際映画祭韓国映画監督協会賞/市民評論家賞
NETPAC(アジア映画振興機構)賞/KTH賞
第49回ロッテルダム国際映画祭Bright Future長編部門グランプリ
第45回ソウル独立映画祭新しい選択賞
第8回ムジュ山里映画祭 大賞(ニュービジョン賞)
(夏目 こしゅか)