アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』制作会社ボンズ、南雅彦社長とのホットな語らい
2020年12月4日(金)大阪芸術大学にて
聞き手:武部 好伸(エッセイスト)
アニメは決して嫌いではないんですが、正直、あまり深入りしておらず、映画と言えば、もっぱら実写ばかり。それは俳優の演技が見られないからだと思います。そんなぼくが12月25日公開のアニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』を試写で観て、思いのほか心が動かされ、この作品にどっぷりハマってしまいました。
原作は、昨年亡くなられた芥川賞作家、田辺聖子さんの同名短編小説(1984年)。2003年には妻夫木聡、池脇千鶴の共演、犬童一心監督の手で映画化もされ、今回、新たにアニメ映画として登場。大阪を舞台にした作品です。生まれも育ちも、そして今暮らしているところも大阪市内という生粋の浪花っ子を自負しているぼくにとっては必見の作品。執筆テーマの1つにもなっており、非常に興味深く観ることができました。
車イス生活を送るジョゼと海洋生物学を専攻する大学4年生の恒夫との刺激的な交流が描かれています。原作、実写とは異なり、恒夫が夢を追い求める優等生なんですね。しかも標準語を話す何ともスマートな青年で、きつい大阪弁を放つジョゼとは対照的です。そのジョゼも、絵を描くのが大好きな女性に変わっていました。
そんな2人のラブ・ロマンスだけではなく、むしろ成長する姿に重きが置かれていたのが新鮮に感じられました。そのテーマ性としなやかな、それでいてメリハリのあるストーリー展開、そして美しい筆致の作画が見事に相まってハイレベルなアニメ映画に仕上がっていました。コテコテの白々しい大阪ではなく、ごく日常的な大阪が活写されていたのが何よりもうれしかった。
この作品、実はぼくもほんの少し関わっているんです。スタッフロールの「協力」のところに名前が出ています。2年前の春、本作を手がけたアニメ制作会社ボンズで働いている大学の教え子(大槻真之君)から「先生、ロケ地を探しています。ご協力ください」と連絡があり、その後、設定制作のスタッフとしてぼくの伝えた候補地をロケハンしたそうです。ジョゼの家のモデルがぼく推しの長瀬川(東大阪市)ではなく、もう少し南東部の玉串川(八尾市)に設定されていたのは意外でした。やはり川幅が広い方が見映えがするからでしょうね。
こうした流れから、ボンズの南雅彦社長にインタビューする機会を得ました。12月4日、南さんの母校、大阪芸術大学で学生向けに開催された『ジョゼ~』の上映会とトークショーのあとでお会いしました。学生時代に所属していた軟式テニス部のOB会以来、10年ぶりに芸大を訪れたそうです。
初対面です。挨拶したとき、実に柔らかい、温かみのある声だったので吃驚しました。ええ声~! きっとカラオケがお上手なんやろなぁ。いや、それ以上に古巣新聞社の科学部記者のときに取材した某大学病院の小児科ドクターとそっくりだったんです!(笑)。そのことはご本人には言いませんでしたが……。
まずは教え子のことを伝えたら、「そうでしたか」と笑みを浮かべ、続いて作品の感想を素直に言うと、大きく破顔し、照れてはりました。最初に訊きたかったことは、社長としてこの作品にどう関わったのかということ。そこが気になるところです。
「ぼくは縁の下の力持ち。すべて監督のタムラコータローありきでした。監督とプロデューサーから『ジョゼ~』をやりたいと言われたとき、まぁ、普通なら『ん?何、言ってるのかな!』となるんですが、脚本を読むと、ジョゼと恒夫の2人が求めているものが明確に築かれていて、小説の結末からその先の人生の時間を映像で見たいと素直に思いまして。実は小説と実写映画のことをすっかり忘れていて、あわてて同時に見直したんです」
ボンズ制作の『ノラガミ』(2014年)で監督デビューしたタムラコータロー監督、一体、どんなお人なんでしょう。
「スタイリッシュなフィルム(作品)を手がけ、アニメに対して真面目な人です。恥ずかしがり屋さんでしてね」。ここで、なぜか身をよじらせて大笑い。そして一息つき、「制作していく過程で、自分の作品に恋愛感情を抱き、そのことに照れている、そんな人です。とにかく愛が強い。この作品にはタムラ監督の人生観が詰まっています」
なるほど、登場人物が生き生きしていたのは、タムラ監督の魂がこもっていたからなのか。その演出とリンクした桑村さやかさんの脚本も実によくこなれていました。原作ではジョゼが恒夫のことを「あんた」、アニメでは「おまえ」と呼び捨て。上下(主従?)関係を明確にさせ、2人のコントラストをよりいっそう際立たせていました。そうそう、名脚本家として知られる渡辺あやさんのデビューが実写版でした。
「桑村さんはタムラ監督が推した人で、彼女は実写版の『ジョゼ~』が大好きな方でした。実写だと絵一枚で見せられるんですが、アニメだと説明するところが多くなるので、脚本が大変だったと思います。それにしても、渡辺さんのあとでよくぞやってくれました」
ここで、ふとコロナ禍のことが気になりました。制作に支障が出なかったのでしょうかね。
「本来は3月に完成させる予定だったんですが、コロナ禍で映画館が営業休止されたりして、9月いっぱいまでの完成になりました。その半年間、スタッフが連携し、より監督が求めていたものを実現させてくれましてね。最終的に半分ほど直したんです」
『ジョゼ~』のような「大阪映画」には、やはり大阪弁(関西弁と一括りにせんといて!)がキーポイントになります。そこが大阪人の一番、気になるところ。ジョゼの声を担当した清原果耶さんは大阪生まれとあって、イントネーションはほぼ完璧でした。「ほぼ」としたのは、少し違和感を持ったところが2、3か所あったからです。
「今の大阪の若者は、武部さんのような本来の大阪弁を喋れません。今風の若者ことばです。武部さんはコテコテですね(笑)。大阪弁なら、おばあちゃん役の松寺千恵美さんがよかった。『ふたりっ子』や『ちりとてちん』などのNHK連続テレビ小説で大阪ことばを指導されていますからね」
確かに、関西芸術座に所属している松寺さんの大阪弁は〈昭和〉を感じさせてくれます。恒夫役の中川大志さんの落ち着いたトーンも素敵でした。で、ぼくのお気に入りのシーンは、後半に登場する図書館のシーンです。世間知らずのジョゼが一皮むけた瞬間で、正直、感涙してしまった。社長さんはどうなんでしょう。
「あのシーンも素晴らしいですね。ぼくの一押しのシーンは、ジョゼが舞(恒夫がバイトしているダイビング・ショップの後輩)に対して叫んだところです。1人の人間として、自分の想いをぶちまけて強く言い放った……ライバル関係にあるあの2人をどう見せるか、その山場みたいなシーンですね」
この作品には、大阪人ならたいてい知っている場所がポンポン出てきます。しかし、ダイビング・ショップのある南海電車の高架下「なんばEKIKAN」、天下茶屋駅の改札口、アメリカ村の三角公園、道頓堀川に架かる深里橋から望む湊町リバープレイスなどシブイ場所が多い。それもかなり写実的で、作品にのめり込んだ感情が中断されることがなかったです。こうした大阪ご当地のリアル感が大きな効果を生んでいました。何はともあれ、定番の通天閣が出てこなかった! それがすごくよかったです。
「この作品のセールスポイントは?」。そう訊くと、南さんはしばし考え込み、こう答えてくれました。「ジョゼと恒夫のように自分の横にいる人と感情をぶつけ合ってみるのもいい、そう思わしめるところでしょうか」
おーっ、グッド・アンサー! 2人は本音でぶつかり合っていますからね。「この回答、いいですね」とご自身もご満悦。愉快なお人です。
ところで、南さんお気に入りの映画は?
「実写では、相米慎二監督の『魚影の群れ』(1983年)です。俳優がみな演じさせられている、そんな相米さんの〈えぐり〉がたまりません。夏目雅子がきれかったなぁ。学生時代、『ションベン・ライダー』(83年)とか、『台風クラブ』(85年)とか相米映画の追っかけをしてましたよ。アニメなら、『機動戦士ガンダム』と言いたいところですが、『伝説巨神イデオン』にしときましょ。えっ、ボンズの作品でですか? みんないい子で悪い子……、うーん、どの作品も気に入っているところがたくさんあるので、この作品、とかは言えません(笑)」
最後にぜひ訊きたかったこと。日本のアニメの将来展望はいかに――?
「10年前は厳しかったですよ。しかしマーケットとして年々、海外に進出しており、表現の幅も広がり、制作環境的にはうれしいです。『ジョゼ~』もアニメでは表現しにくい原作ではあるのに、ちゃんとアニメーション作品としてできていますしね。作り手が面白がっているだけではなく、〈映像表現としてのアニメだから〉ときちんと自覚すべき時期に来ていますね」
★右写真(左から、南雅彦社長とエッセイストの武部好伸氏)
こんな具合に和やかな雰囲気で南社長とのインタビューを終えました。どちらかと言えば、対談のような感じ。ぼくとのツーショット撮影で締めたとき、「めちゃめちゃ阪神ファンですねん」と言うと、南さんは「ぼくは中日です」ハハハ、実に楽しいひと時でした。ありがとうございました!
【南雅彦社長(プロフィール)】
三重県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像計画科(現・映像学科)卒。同期にアニメーターの庵野秀明、漫画家の島本和彦らがいる。アニメ制作会社サンライズに入社し、『機動武闘伝Gガンダム』『カウボーイビバップ』などをプロデュース。1998年に独立し、ボンズ(BONES)を設立、代表取締役に就任。『鋼の錬金術師』『交響詩篇エウレカセブン』『僕のヒーローアカデミア』などの話題作を制作、テレビ、映画で発表している。
【STORY】
そんな中で見え隠れするそれぞれの心の内と、縮まっていくふたりの心の距離。その触れ合いの中で、ジョゼは意を決して夢見ていた外の世界へ恒夫と共に飛び出すことを決めるが……。
・監督:タムラコータロー