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アニメならではの表現で魅了する新時代の"ジョゼ虎"に込めた希望とは? 『ジョゼと虎と魚たち』タムラコータロー監督インタビュー

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アニメならではの表現で魅了する新時代の“ジョゼ虎”に込めた希望とは?
『ジョゼと虎と魚たち』タムラコータロー監督インタビュー
 
 お聖はんの愛称で親しまれた田辺聖子が大阪を舞台に描いた青春恋愛小説の「ジョゼと虎と魚たち」。2003年に妻夫木聡、池脇千鶴で実写映画化もされた『ジョゼと虎と魚たち』が、初のアニメーション映画として、12月25日(金)より全国ロードショーされる。
 

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 監督は『おおかみこどもの雨と雪』助監督や『ノラガミ』シリーズの監督を務めたタムラコータロー。脚本は桑村さや香(『ストロボ・エッジ』)が手がけた。新進気鋭のスタッフが集結し、“新たなジョゼ”を構築。原作とも実写版とも違う現代版の主人公恒夫は、留学してメキシコの幻の魚を一目見るために、アルバイトを掛け持ちしながら海洋生物学を学ぶ努力家の大学生。ジョゼの声を演じる清原果耶と恒夫を演じる中川大志が、不器用ながらも距離を縮めていく二人を表情豊かに体現している。梅田界隈やあべのハルカス、須磨海浜公園と関西人におなじみのスポットがモデルになって続々登場するのにも注目してほしい。
 本作のタムラコータロー監督にお話を伺った。
 
 

 

■田辺聖子さんの原作から感じた「不安を乗り越えた後の希望」 

―――元々小説をアニメ化したいと考えがあったそうですね。

 

タムラ: KADOKAWAの方から、たくさん映像作品を作っているにも関わらず、文学作品をアニメ化したものは数えるほどしかないので、社内の作品からアニメ化しようという動きが元々ありました。僕もテレビシリーズがちょうど終わり、映画をやってみたいと思っていたところだったので、KADOKAWAのプロデューサーとお会いして、まずは原作を探すところから始めました。たくさん小説を渡された中の一つがこの「ジョゼと虎と魚たち」で、そこで初めてこの作品に出会ったのです。
 
―――実写版ではなく、原作本が初めてのジョゼとの出会いであったということは、純粋に田辺聖子さんが書かれた「ジョゼと虎と魚たち」に強く惹かれたということですね。
タムラ:すごく惹かれるものがありました。短編ですし、ある意味中途半端な感じで終わってしまうのですが、逆にそこが良かった。この後に何か待ち受けているのではないかと思わせる終わり方です。ジョゼはどこかでこんな関係はいつまでも続くはずがない、今が良ければそれでいいと思っているのですが、内心は不安だと思うのです。その要素だけを取り出すと、ネガディブな辛い話に陥りがちですが、大きな物語を考えると、その不安を乗り越えると本当の幸せが待っていたりする。作り手だからかもしれませんが、そこに希望を感じたのです。この作品は前向きな形で終われるのではないかと思った。だから脚本の桑村さや香さんにも、前向きな形で終わりたいとお願いしましたね。
 
―――なるほど、そこは実写版との大きな違いですね。桑村さんと新しい『ジョゼと虎と魚たち』を作るにあたり、現代を反映させたキャラクター造詣や、原作のその後までを描いていくストーリー展開などをどのように作り上げていったのですか?
タムラ:桑原さんとは、恒夫はジョゼほどパンチの強いキャラクターではなく、すぐ身近にいるようなリアルな男の子を象徴しているねと。今の大学生の話を聞くと、割と夢が可視化されていて、結構勉強して真面目。その印象からすれば、今の恒夫はこんな感じではないかというところからスタートしました。特殊な性格をした女の子と身近にいそうな男の子が出会うのがこの話の良さですから。その際に、共通して好きなものがあればお互いに歩み寄りやすいということで、海が好きだという共通事項を作り、それならば恒夫をダイバーにしてみようという感じで話が見えてきました。
 
 
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■追加取材を敢行、都市も下町も身近にある今の大阪の魅力を映し出す。

―――恒夫がイマドキなのに対し、ジョゼが祖母と住んでいた家は、昭和な雰囲気が漂っていましたね。
タムラ:時代に取り残された雰囲気を出したかったので、あえてスマホなどを持たせないようにしています。ジョゼに社会性が身についていく話にしたかったので、祖母と二人だけで暮らしている感じを出そうとして、あのちょっと不思議な家が出来上がりました。大阪の都心部は開発が進んでいる一方、数駅離れると身近なところに下町があったりするんですよね。都会に近いのにこんな下町があるというのが大阪の魅力のひとつで、ジョゼの家は大阪ではあってもおかしくないようなリアルな感覚ですよね。 
 
―――大阪が舞台ということで、梅田やあべのハルカス、海遊館に須磨海岸など関西の人には馴染みのある場所がモデルとして登場していますが、かなりロケハンをされたのですか?

 

タムラ:事前にかなり下調べした上で1泊2日の弾丸ロケハンを何度か行いました。とにかく写真を撮って、あとから使えるところを探していくことの繰り返しでした。大阪にいるスタッフの知り合いに写真を撮ってきてもらったり、カメラマンだけ行ってもらったり、何度も写真を撮ってもらっては吟味を重ねました。大阪は道頓堀を背景に使われることが多いのですが、それでは今の大阪は伝わらない。新しいところも古い町並みも両方描くように心がけました。「梅田イス」なんかは映画を作っている時に出来上がったので、これは使えるかもと追加撮影してもらい、あとから書き足しました。他にも大阪はすごい勢いで変わっていく場所もあるので、どこまで最新のものを反映させればいいのか悩みましたね。須磨海岸も追加取材をすると街灯が設置されていて、あわてて後から足しました(笑)
 
 
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■好きになる過程を追体験できる作品に。

―――ジョゼと、彼女の日常生活の相手をするアルバイトの恒夫が、最初はジョゼの反発を食らいながらも、だんだんとジョゼの内面がわかり、お互いに信頼し合うようになる過程が細やかに描かれています。
タムラ:この作品で大切にしたのは、お互いが好きになる過程をちゃんと丁寧に書いてみることでした。恋愛映画は好きになってからを書くことが多いのですが、どうやって好きになるのかを追体験できる作品になるといいなと思っていました。誰がどの時点で本気で好きになったのか、それを考えるのも物語の醍醐味になっていればうれしいですね。
 
―――初めて海に行くエピソードでは駅で切符を買えずにジョゼが帰ろうとし、家にずっと閉じ込められていたジョゼと社会との壁が浮き彫りになりますが、車椅子ユーザーの方にも事前に取材されたそうですね。
タムラ:生活の仕方に関しては調べてもわからないことが多く、実際ご自宅までお伺いし見たものを取り入れさせていただきました。ジョゼの部屋に素敵なベンチを置き、そこに捕まってベッドに登るといった芝居なんかは取材のおかげですね。ただ実際に車椅子で暮らしている方々というのは当然ながら全員同じ生活スタイルではないわけです。一人一人障碍の度合いも異なりますし、性格や好みによってもちがう。そこで車椅子ユーザーのためのファッションアドバイスをされている方にもヒアリングさせていただきました。幅広い車椅子ユーザーの生活スタイルを教えていただいたことで、ジョゼならばこんな生活を送っているのではないかというのがようやく見えてきた感じです。
 
 
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■大人っぽすぎる清原果耶に課した、ジョゼの精神的な幼さを表現する声の演技。

―――ジョゼの声を演じる清原果耶さんに、「もっと幼く、小学生のように」と演出をされたそうですが。
タムラ:清原さんはまだ10代にも関わらず30代の役まで演じたことがあるんですよね。それくらいとても落ち着いていて大人っぽい。オーディションでの清原さんの演技がすごく良くて、特に後半のジョゼにぴたっと当てはまる感じでした。逆に恒夫と出会う瞬間はもっと精神的に幼い感じを出し、前半と後半のギャップを表現したかったのです。対人関係を学んでいなかったジョゼは子どもっぽい接し方しかできなかったので、そのジョゼの喋り方を大人っぽい清原さんに理解してもらうために敢えて「小学生ぐらい」と伝え、精神的に幼い感じを出してもらいました。それぐらい元気を絞り出してもらった方が前半のジョゼにはまるのではないかと。どれぐらいギャップを出すかを試行錯誤するために、後半を録り終えてから、前半をもう一度録り直したりもしました。そうすることでジョゼの成長が可視化でき、前半と後半の差がジョゼ、しいては清原さんの演技の魅力になったと思います。
 
―――ジョゼ役の難しさがよくわかります。大阪出身の清原さんですが、ジョゼが喋る関西弁は、日常の関西弁より少し癖が強かったですね。
タムラ:ジョゼはおばあちゃん子なので、少し古い関西弁を喋る設定ではあるんですね。「アタイ」なんて一人称、最近の20代はほとんど使わないでしょうから。とはいえ少し癖のある関西弁は田辺聖子さんの魅力の一つなので、そこを削がないように注意を払っています。あと大阪といっても地域によって訛りが大きく異なるんですよ。清原さん自身が大阪出身だということもあり、ジョゼに魂を吹き込むためにも清原さんが納得しやすい関西弁で喋ってもらった方がいいと思い、最終的にはその方向で調整しました。
 
 
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■恒夫のバランスの最後のピースは、中川大志の紳士的な声。

―――一方、中川大志さんが声を演じた恒夫は、優しさが感じられてジョゼといいコンビネーションでした。
タムラ:すごくはまったと思います。先ほどの改札のシーンで少しジョゼの背中を押さなくてはいけない時に、恒夫にはある程度リーダーシップを取りつつ、上から目線にならないというバランスを求めていて、そのバランスの最後のピースが中川君の声の演技でした。彼が本来持っている紳士的な感じが非常にしっくりきましたね。
 
―――二人のターニングポイントになる須磨海岸のシーンについてお聞かせください。
タムラ:まずは大阪の人が海を見に行く時、どこに行くのかで迷いました。知り合いにヒアリングすると須磨のあたりと言われ、大阪の人が海を見に神戸まで行くことが意外に感じたのですが、大阪の話に留まるのではなく、大阪に住んでいる人の話にするとしっくりくる。そう思って須磨海浜公園を選びました。ここは公園に入ってから浜辺が広く、海辺までは距離がある。車椅子では砂に車輪を取られて簡単には近づけませんから、それが脚本のシチュエーションに自然にはまったというのもあります。また、アニメでは海が狭く見えてしまうことがあるため防波堤を省略することが多いのですが、今作ではリアルな話になると思ってあえて描いてもらっています。駅から商店街を通るのも地図上では少し回り道なのですが、道程の景色にアクセントがある方がジョゼが目移りして楽しんでいる様子を伝えられるのではないかと。変なクジラのオブジェに気を取られるジョゼも面白いですしね。
 
―――二人がそれぞれの壁を越えようとする非常に重要なシーンでは劇中画も登場します。淡い、絵本のようなタッチで感動を誘いました。
タムラ:本物の絵本作家の方にお願いしたかったんです。ジョゼの絵を担当してくださった松田奈那子さんはほどよく抽象的な絵を描かれる方で、色彩にとても魅力があり、これならジョゼの描いた絵にしっくりくると思いました。絵本のシーンに関しては発注時は脚本だけしか用意せず、まずは松田さんに構図を作ってもらうところからスタートしました。「松田さんの思うジョゼならどんな絵を描きますか?」と問いかけながら作っていった感じですね。
 
―――今回の『ジョゼと虎と魚たち』は原作や実写版よりも、ジョゼと恒夫の二人が単なる恋愛関係というより、お互いに夢に向かい、そして自立しようとしている。すごく成熟しているなと感じずにはいられませんでした。
タムラ:原作が20代前半の絶妙な時期を描いているので、そこは変えずに今の20代ならどんな恋愛をするのかからスタートしました。アニメだと恋愛物はティーンになりがちなのですが、そうするとどうしても親が出てくる。今作では20歳を超えた恋愛物語なので親は出さずにあくまで当事者が解決する問題として恋愛を描いてみました。そこが大人っぽく見えたのかもしれません。
 
 
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■ジョゼが社会性を身につけるために重要だった友人、花菜の設定

―――ジョゼが自立を目指す姿はこの作品の見せどころですね。
タムラ:ジョゼには社会性を身につけてほしかったんです。恒夫はジョゼにとってはアルバイト上の付き合いだし、異性なので微妙な距離感がある。ともすれば依存にもつながるかもしれませんし、恒夫と一緒に外に出ただけでは自立したとは言えないと思うんです。恒夫以外で友人関係ができると彼女自身の自立につながるはずで、ジョゼに友達を作ることは脚本の桑原さんにもお願いしていました。だからジョゼの自立の象徴として大事にしたのが図書館司書の花菜だったのです。
 
―――ありがとうございました。最後にアニメーションだからこそ表現できたこと、取り組めたことを教えてください。
タムラ:ジョゼの空想シーンで、人魚になって泳いでいるところはアニメらしい表現ではありますね。ただそれはどちらかと言えばわかりやすい表面的なアニメらしさです。むしろジョゼみたいに強烈な人が本当にいるかもと思えるバランスを探るのは、アニメの方が得意なのではないかと思っていました。周りをしっかり書けばジョゼをリアルに感じられますし、車椅子の女性であってもそこに目がいきすぎないバランスになるのではないか。アニメならではの時間を圧縮した表現や、一つ一つの表現のメリハリを使うことでジョゼをすごく魅力的に描けるという期待感を抱いて取り組んでいました。
 
―――アニメならではのユーモアで重くなりがちな題材を魅力的に表現していましたね。
タムラ:車椅子ユーザーの方にインタビューした時、同じ境遇の人が出る映画をご覧になるかとお聞きすると「見ないです」と即答されたんです。逆にディズニーやジブリのような作品はたくさん見るとおっしゃっていたのが印象的でした。それを聞いた時にジョゼは車椅子ユーザーの方にも見てもらいたいという希望が僕の中に生まれたんです。登場人物にご自身を重ねた時に希望を持てる。そのためには軽やかに描くことが重要でした。
(江口由美)
 

<作品情報>
『ジョゼと虎と魚たち』(2020年 日本 98分)
監督:タムラコータロー  脚本:桑村さや香
原作:田辺聖子『ジョゼと虎と魚たち』(角川文庫刊)
声の出演:中川大志、清原果耶、宮本侑芽、興津和幸、Lynn、松寺千恵美、盛山晋太郎(見取り図)、リリー(見取り図)
12月25日(金)より全国ロードショー
公式サイト → https://joseetora.jp/
(C) 2020 Seiko Tanabe / KADOKAWA / Josee Project
 

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