初の芸人マネージャー監督誕生!りんごと笑いの魅力が詰まった父子物語『実りゆく』八木順一朗監督、主演・竹内一希さんインタビュー
長野県のりんご農家を舞台に20代の青年が芸人の夢を実らせようと奮闘する姿を父との絆を交えて描く『実りゆく』が、10月9日(金)よりTOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、TOHOシネマズ西宮OS他全国ロードショーされる。
監督は芸能事務所タイタンのマネージャー、八木順一朗。自身が担当する長野在住芸人の松尾アトム前派出所をモデルに、第三回MI-CAN 未完成映画予告編大賞を受賞した「実りゆく長野」(”堤幸彦賞””MI-CAN男優賞”受賞作品)を完全映画化した。若手人気漫才コンビ、まんじゅう大帝国の竹内一希が主演の実(みのる)を演じる他、相方の田中永真が上京し芸人を目指す日々を送る幼馴染のエーマを熱演。実(みのる)の父親役には長野県出身の田中要次が扮し、実に味わい深い演技をみせる。本人役で爆笑問題や島田秀平が出演しているのも話題だ。そして、何よりももう一つの主演といえるりんごたちが実る様子や、りんごを丹念に育てるりんご農家の日常にも注目してほしい。
本作の八木順一朗監督、主演・竹内一希さんにお話を伺った。
――――八木監督は芸能プロダクション、タイタンでマネージャーをされていますが、日本大学芸術学部監督コースご出身なので元々監督志望なのでは?
八木:小学生の頃から映画監督になりたいと思っていたので、タイタンに入社してからも夢を諦めきれず、予告編大賞に挑戦し、なんとか映画を撮りたいと思っていました。
■長野県で一面のりんごの木にりんごの実がなっている風景を見たのが衝撃的。一瞬で物語になると閃いた。(八木監督)
――――予告編大賞エントリーの前に取材で長野を訪れたことが、本作を構想するきっかけになったそうですね。
八木:4年ぐらい前ですが地方ロケで、僕が担当のお笑い芸人、松尾アトム前派出所の長野の実家を訪ねたんです。スーパーで売られている状態のりんごしか見たことがなかったので、一面のりんごの木にりんごの実がなっている風景を見たのが衝撃的で、こんなに美しいものかと思いました。その場で木から取って食べさせてもらったりんごの味も格別でしたし、彼の人生やりんご農家を題材にした映画を作りたいという気持ちが芽生えました。芸人を目指す一方、実家の農家を継いでほしいというプレッシャーの間で葛藤する青年を描けば、りんごを実らせることと人生を実らせることを表現でき、物語になると一瞬で閃いたんです。それがはじまりしたね。
――――主人公の実(みのる)は幼い頃から吃音に悩み、漫才をするときだけはスラスラしゃべれるという設定ですね。
八木:人は自分が持っているハンディキャップのようなものを乗り越えてでも、何かを成し遂げようとするときは、よほど強い思いがあるはずです。実(みのる)も漫才師になりたいという気持ちの強さを示すために、このようなキャラクター造詣になりました。
■実(みのる)を演じることで、今芸人の仕事をできていることがどれだけ恵まれているかが身に沁みた。(竹内)
――――竹内さんご自身は東京出身ですが、長野出身で家業を継ぐかどうかの葛藤を抱えながら東京で漫才師を目指す実を演じるにあたり、どのような準備をしたのですか?また実役を演じて感じたことは?
竹内:監督と吃音の方にお会いして、実際に困ったことや日常生活のことを伺い、台本を見ながらその時の実(みのる)の気持ちはどうかと一つ一つ考えながら、丁寧に取り組んでいきました。僕は東京育ちで実家暮らしですし、親は僕が出演する番組は全て録画して親戚中にお知らせするぐらい応援してくれる。だから今芸人の仕事をできていることがどれだけありがたく恵まれているかが、実(みのる)を演じることで本当に身に沁みました。これだけ困難があっても東京で漫才師を目指そうとするのは、本当にすごいやつだと思いましたね。
――――ちなみに竹内さんは大学卒業後は芸人になると決めていたのですか?
竹内:お笑いが好きで、大学の落語研究会で活動をしているうちに、他大学の落語研究会に所属している相方(田中永真)に出会いました。相方からコンビを組まないかと誘ってもらい、活動をしているうちに色々な人と出会う中で「お笑い芸人になれそうだ」という雰囲気が出てきたんです。そのまま大学4年の冬でまだ進路が決まっていなかったのに業を煮やした母が「もう芸人になりなさい。田中さんにお願いしてきなさい」と僕の背中を押してくれて今がある感じです。実の境遇と真逆の人生ですね。しかも映画の主演までやらせていただき本当に恵まれています。
――――担当芸人が数多い八木監督が竹内さんを実役に選んだ理由は?
八木:竹内君は東京生まれ東京育ちでありながら田舎の空気を携えている。かつ主役として光る芝居のうまさや表情の作り方もあると思ったので、もう竹内君しかいなかったですね。
――――竹内さんがコンビを組んでいる田中英真さんも自然とキャスティングされる流れだったのですか?
八木:実(みのる)の相方が良きライバルであり、親友であるという物語の骨格はできていました。過去にお笑い芸人でない人が芸人役をやる映画が多かったのですが、僕はマネージャーとして映画を撮る上で、お笑いのシーンは本物で撮りたかったので、そうなると選択肢は相方の英真君しかない。そして、本物のお笑いをフィルムに収めようと思ったんです。
■映画のモデル、松尾アトム前派出所さんのサポート。
――――ネタも物語が進むにつれて少しずつ出来上がっていき、クライマックスではそれが大きなものに結実していきますが、ネタはどうやって考えたのですか?
八木:松尾アトム前派出所さんのネタなんです。松尾さんが普段一人で“田舎あるある”をフリップで出し、実際にやっているネタを漫才にしたんです。
竹内:芸人のシーンはここが下手だと僕らが出演する意味がない。ただでさえネタのシーンは緊張感があるのに、先輩のネタですべることはできないですから二重のプレッシャーでした。元々面白いネタなので、そこは大丈夫だと信じていましたけれど。
八木:この映画が全国公開されることで、松尾さんが逆に映画のネタをパクったと思われるのではないかと心配し「もう俺はあのネタできないよ」と言われ、申し訳ないことをしたなと思いましたね。
竹内:担当芸人のネタを奪うなんて、そんなマネージャーいないよ(笑)
――――長野ロケでは地元のエキストラの方を前にネタを披露されたわけで、逆に日頃生のお笑いライブを見る機会がないみなさんにとっても、新鮮だったのでは?
竹内:色々なカットを撮ったり、テイクを繰り返したりするので、現地エキストラのみなさんも疲れて笑いが減ってしまうこともあったのですが、セッティング中のわずか数分の間に松尾さんがきてくれ、自分のネタをやってワッと湧かせてくれたところで「じゃあ、いきます!」と僕たちのシーンを撮ることができた。本当の芸人のすごさを見せてくださいましたね。
■もう一つの主役、りんご。「片時もタイミングを逃さないよう撮影も試行錯誤」(八木監督)、「葉摘作業の地道さ、大変さを学んだ」(竹内)
――――松尾さんは本当にこの映画の縁の下の力持ち的存在ですね。もう一つの主役はりんごですが、その撮影について教えてください。
八木:昨年5月ぐらいには映画を撮ると決まったので、松尾さんと松尾さんのご両親が、撮影する10月にきれいなりんごを揃えるため全精力を注いでくれました。日頃の松尾農園とは違う方法も試してくれ、ちゃんと赤くて美しいりんごを用意するために本当に尽力してくださったんです。僕とカメラマンで、そのりんごをどうすればキレイに撮れるか試行錯誤し、片時もタイミングを逃さないように日が昇る前からカメラを回したり、雨が降っていても回したりと色々なりんごを撮影し、少しずつ映画に入れていきましたね。
――――父親ともりんご農園の作業に従事するシーンも多いですが、実際にそれらの作業をした感想は?
竹内:松尾農園で撮影前に3~4泊して研修をさせてもらいました。梨の時期だったので、あらゆる種類の梨を収獲し、黄色い箱に入れて持っていくと、松尾さんのお父さんがその箱から形を見て梨を仕分けていくんです。りんご農園では映画でも登場する高所作業機に乗って、りんごの実にかかっている葉を摘む作業(葉摘)をします。りんごは陽に当たらないと赤くならないので、葉っぱがかかると、そこだけ白くなってしまう。真っ赤なりんごを作るためには葉摘をこまめにしなければいけないんだと思うと、本当に途方もない作業だなと痛感しました。作業の地道さ、大変さをすごく学びましたし、そこから仕入れの場所に持って行ったり、全て見せていただいたので、その体験が映画で出ればと思っています。
――――実(みのる)の父親役の田中要次さんは長野県ご出身ですね。亡くなった実(みのる)の母は「自分の好きなことで(花を)咲かせなさい」と言いますが、父はどうしてもりんご農家を継いでほしいという気持ちが強く出てしまいます。
八木:元々竹内さんの父親役は雰囲気的に田中要次さんがいいなと思っていたら、長野県出身と伺い、それなら要次さんしかいないと確信しました。不器用さに人間味を感じるキャラクターです。
竹内:田中さんは音楽が好きな方なので、控え室では好きなミュージシャンの話をしたり、一緒に映画の主題歌を歌っているGLIM SPANKYの曲を聞いていました。ご飯にもつれていってくださり、距離を縮めて本当に演じやすいようにしていただきましたね。
■「もし助監督になっていたら…」エーマ、ヒデ、朱美は、実(みのる)の分身であり、自分の分身でもある。(八木監督)
――――同郷の若者像として、実(みのる)、漫才師の夢を実現させるために東京で暮らすエーマ、地元で家庭を持ちりんご農家を継ぐヒデ(三浦貴大)とそれぞれの生き方や葛藤がうまく描かれていますね。
八木:僕の中では、日本エレキテル連合の橋本小雪さんが演じた朱美も実(みのる)の分身のような存在です。東京に行くと決めて出て行っていればエーマのようになっているし、残っていたらヒデのように、そして東京での夢が破れたら朱美のようになるのではないか。皆、一人の人間の一面のように思えるのです。僕は今マネージャーとして働いていますが、もし助監督になっていたらあいつのようになっているかなとか、実家に帰ったらあいつのようになっていたなとよく考えるのですが、それをそのまま映画に反映させた感じです。
――――爆笑問題さんのラジオ番組に実(みのる)が出演するシーンで事務所の大先輩との共演を果たしました。
竹内:ちゃんと台本はありましたが、爆笑問題のお二人が台本を一切読まないというスタイルでございまして…。いざ撮影となった時に、二人とも全然台本を読んでいないことが発覚して、そこで監督も「じゃあ、アドリブでお願いします!」と匙を投げられたものだから、こちらが大変でした。いつも通りしゃべっている爆笑問題さんと二人がいうことにアワアワしている青年というあのシーンは3人とも素の状態でしたね。
――――大ベテランに褒められると若手はうれしいし、エーマのように自分の方が上だと思っている人にはメラメラと心の炎が燃えるものなんですね。
八木:僕自身が監督になりたかったので、同い年の同級生が監督デビューするとSNSでアップしているのを見るとキーッという感情になる。それが反映されていますね。
――――相方の田中さんと一緒に芝居をして、新たな面を発見できましたか?
竹内:本当に不思議な体験でしたね。最初は恥ずかしかったですが、撮影の雰囲気を作っていただいているので、僕らはそこに飛び込んで一生懸命やるだけでした。撮影中の宿も同じ部屋だったので、「明日のシーン、胸ぐら掴むんだよな〜」「怒鳴ったことなんてないよ、俺」なんて言いながら、弱音を吐き合いながらやっていきました。お互いに初めて見るような顔を見ることもでき、面白かったですね。
――――最後に、八木監督からメッセージをお願いいたします。
八木:スタッフの皆さん、主演の竹内さん、田中さんをはじめとするキャストの皆さん、僕が大好きな人たちと共に一つのものを作ることができたので、現時点で宝物のような作品になったと思います。本当にたくさんの人に見ていただければうれしいです。
(江口由美)
<作品情報>
『実りゆく』
(2020年 日本 87分)
監督:八木順一朗
出演:竹内一希、田中要次、田中永真、橋本小雪、三浦貴大、鉢嶺杏奈、小野真弓、島田秀平、爆笑問題、山本學
10月9日(金)よりTOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、TOHO
シネマズ西宮OS他全国ロードショー
©「実りゆく」製作委員会