人情味たっぷりに描く、阪神・淡路大震災で一人娘を亡くした夫婦が過ごした23年間。
『れいこいるか』いまおかしんじ監督インタビュー
阪神・淡路大震災から25年を迎え、今や再開発された場所の方が多くなってしまったが、今でも震災前の風情や人付き合いが残る、観光地ではない等身大の神戸が映し出され、とても心地よさを覚える。阪神・淡路大震災から現在までの震災の痛みや葛藤を抱えながら生きる人々を描くいまおかしんじ監督(『つぐない』)最新作、『れいこいるか』が、8月8日(土)より新宿K’s cinema、シネ・ヌーヴォ、元町映画館、8月14日(金)より京都みなみ会館、他全国順次公開される。
震災で大事な人を亡くしても、家族にはそれから続く人生がある。そこには、ささやかな喜びもあるが、まだどこかで一緒に生きているような気持ちになったり、ふとその日のことが蘇ったりもする。そんな震災から23年間の夫婦の年月を、愛嬌いっぱいのキャラクターを散りばめ、人情味たっぷりに描いている。実は神戸弁の「だぼ(「あほ」「ばか」の意味)」をはじめ、裏神戸の魅力も存分に感じられる、とても味わい深い作品だ。
本作のいまおかしんじ監督に、お話を伺った。
■神戸とウルトラセブン、そして変わらないものを象徴するヒロシが繋がって。
――――まず、朝日映劇第一回制作作品ということで、朝日映劇について教えてください。
いまおか:この作品に出資してくださった川本じゅんきさんは、自分で好きな映画を上映する活動を長くやっておられ、その上映会の名前が朝日映劇なんです。その川本さんが初めて映画の制作に携わるということで『れいこいるか』が第一回制作作品になっています。
――――川本さんは特撮モノの上映会もされていらっしゃるので、ウルトラセブンに心酔しているヒロシが、セブンが神戸に上陸したエピソードが出た時、つながりがあるのかと思いました。
いまおか:僕はそのエピソードをすっかり忘れてたんです。川本さんはもちろんご存知ですが、脚本の佐藤稔がシナリオに書いていたので、そういえば神戸のポートタワーをキングジョーが壊していたなと思って。
――――ヒロシは、20年以上の月日を描く物語の中で度々登場する、とても印象的なキャラクターですね。
いまおか:20年ぐらいに渡る話なので、いろんなことが変わっていくじゃないですか。そこにはあんなことも、こんなこともある訳ですが、何か変わらないものも入れたいと思って、シナリオに反映してもらいました。
■震災当時から構想。20年以上経ち「その後どうしているかを描いたら、今撮る意味があるんじゃないか」
――――ちなみに阪神・淡路大震災時は、どのような状況だったのですか?
いまおか:ちょうど助監督をやっている時期でした。東京という離れた場所にいましたが、実家が大阪なので、震災発生時もすごく気になり、電話をしていたんです。何かすごいこと起こってるとショックを受けました。その当時、僕らの先輩の監督はピンク映画を撮っていましたが、その中に当時起きた事件や、その時あったことを映画の中に入れていたんです。当時は阪神・淡路大震災やオウム真理教事件などが相次いで起こり、世紀末的雰囲気が漂い、すごく不安な感じでしたから、そういうことを映画に取り込んでみたいという気持ちは当時から持っていたのです。
――――阪神・淡路大震災を描く映画を早い段階から考えていらっしゃったのですね。実際に実現するまで時間が経っていますが、この作品を見るとそれは必然だった気がします。
いまおか:折に触れてやりたいとは思っていました。ただ震災や事件が発生したすぐ後だと撮る意味がありますが、少し時間が経ってしまうと撮る意味を見つけづらくなってしまった。20年以上経ち、なんとかできないかなと思って、脚本の佐藤に相談したところ、震災が起き、あの時描いた夫婦はその後どうしているのかという時間を描ければ、今撮る意味があるんじゃないか。そういう思いで作った映画です。
■震災の被害を逃れたところを選んだロケ地。長田区は、大体の酒屋で立ち飲みができるのに感動。
――――今まで阪神・淡路大震災を描いた作品は、みなさんが思う神戸のイメージを感じる場所(三ノ宮、元町、六甲など風光明媚なところ)が多かったのですが、本作は地元の人間の生活が息づく、裏神戸とも言えるような場所(新長田、鷹取、須磨)かつ、被害が甚大だった地域が舞台になっているのに、地元民として非常に好感が持てました。
いまおか:神戸のことは詳しくないので、最初は異人館とか有名な場所をシナリオに入れていたのですが、やはり観光地的場所ではなく、もう少し的を絞った方がいいのではないかと思ったんです。ロケハンで何回も廻り、舞台を長田区に設定しました。本当にいい街で、大体の酒屋で立ち飲みができるんですよ。こんなに飲める街、ないよ!みたいな(笑)
――――主人公、伊智子の実家の立ち飲み酒屋は、時間が経過する中の定点観測的な位置付けで、一番映画で登場する場所ですね。
いまおか:周りは火災に遭ったり、被害が甚大だったのですが、あの酒屋は震災の被害を免れた場所なんです。商店街や路地もそうですが、なるべく震災の被害を逃れたところを選んで、ロケをしています。
■脚本担当、佐藤さんの優しさが、作品のカラーに。
――――震災当日を含め、誰かを責めるような人がいないことが、とても救いに感じられる作品ですね。
いまおか:震災からの20数年を描くということは決まっていたのですが、僕だったら、もっと乱暴に残酷なことを考えてしまうところを、脚本の佐藤は妙に優しくて、飲み屋で呑んだくれているようなおっさんに目がいくんですね。
――――悲しみを泣くことで表現するのは簡単ですが、泣くのではない悲しみの表現があり、そちらの方がリアルですね。
いまおか:亡き娘を思って涙する時間もあるでしょうが、普通にご飯を食べたり、笑ったり、生活の中で実際にはずっと泣いている訳ではないはずです。ただ、その中でもふっと悲しい気持ちが蘇ることがあると思うので、そこをどういう風に切り取るかですよね。なるべく深刻な暗い話にはしない方がいいと思って作っています。
■キャスティングのため関西でオーディション。劇団で活躍する俳優が集結。
――――伊智子を演じた武田暁さんは、主に舞台で活躍してこられたそうですが、どのような経緯でオファーしたのですか?
いまおか:関西で撮影するなら、地元の俳優を起用する必要があったのでオーディションを行いました。武田さんは本作で出演している西山真来さんからいい人がいると紹介してもらいました。僕は関西を離れて長いので、同じ関西でも神戸の言葉がどうなのかあまりよく分からなかったのですが、イントネーションや「だぼ」などの地元言葉を含め、みなさん頑張って練習してくれましたね。他にも劇団テンアンツ主宰、上西雄大さん(映画『ひとくず』企画・監督・脚本・主演)がオーディションに来てくれ、「劇団員がたくさんいるから、使ってもらっていいよ」と言ってくれたので、キャスティング面では色々協力してもらい、本当に助かりました。
――――タイトルの『れいこいるか』もそうですが、伊智子と太助がじゃれあうように言葉遊びをしたりするのも、映画の中の遊び的な要素になっています。
いまおか:『れいこいるか』は、当初いくつかあったタイトル案の中の一つでしたが、仮で『れいこいるか』になったとき、「いるか」を使って言葉遊びができるとシナリオに書き込んでくれたのは佐藤のアイデアですね。「いるか、いらないか」とか、どちらの意味にもとれる感じも出て、タイトルとしてもいいかなと思っています。
■実際のエピソードを盛り込みながら、自然と生まれてきた設定。
――――回想シーンを使わず、震災で亡くなった幼い娘、れいこに買い与えた「いるかのぬいぐるみ」を、娘のように大事にし続ける太助の姿が印象的でした。シナリオを書く段階で、須磨水族館(スマスイ)をエピソードに入れるつもりだったのですか?
いまおか:震災の前日、須磨水族館(スマスイ)のいるかショーでいるかがジャンプしなかったというエピソードが、今や都市伝説のように残っているそうで、そこから触発され、いるかショーを娘の誕生日に見るという設定を考えていきました。映画で使っているぬいぐるみは、実際にスマスイで売っているものです。
――――芥川賞を目指していた太助にはじまり、伊智子が付き合う男性は書くことがライフワークという共通点があります。他にもシナリオ教室や、そこで伊智子が詠む短歌など、文学的な香りがそこここに感じられますね。
いまおか:シナリオを書く前に、佐藤と手分けしていくつもの資料を読み込んでいくうちに、自然と生まれてきた設定です。映画で登場する「圧死せし…」という短歌も、実在するものなんです。
■長い時間の中でしか表現できないものもある。
――――全体的にはそれからの日常が人情喜劇風に描かれながらも、ディテールに阪神・淡路大震災の記憶を挿入しているんですね。25年を描く中で、あの世へと見送っていった人たちとどこかで繋がっているような気持ちが込められているのでしょうか?
いまおか:時間を描きたいというのがあったんですよね。大切な人が死んだら、残された人はこの先どう生きていけばいいのか。長い時間の中でしか表現できないものもあるという感じでしょうか。
――――ちなみに監督の中で、一番印象深いシーンは?
いまおか:終盤、スマスイから帰ってきた伊智子と太助が初めて本音を出すシーンがあります。それまで二人は震災での出来事を含め、向き合えていなかった。シナリオにはそこまで詳しく書いていなかったのですが、あそこで初めて本音で向き合うシーンを作り上げることができて、良かったと思います。このシーンの武田暁さん、河屋秀俊さんの演技はぜひ観てもらいたいですね。
――――私も、この映画を観て、本音を語るようになれるには、やはり時間が必要だなとしみじみ思いました。『東京の恋人』の監督、下社敦郎さんが音楽を手がけておられます。エンディング曲もまだお若いのに、昭和の雰囲気がわかっていらっしゃるなと驚きました。
いまおか:下社さんとは何本か仕事をしていますが、こちらが何か言わなくても、大体勝手に作ってくる。何も言ってないのに「主題歌、できました!」と自信満々で持ってきたりするんですよ。
――――阪神淡路大震災1.17のつどいの様子も映し出されますが、実際に足を運ばれて、どんな思いを抱かれましたか?
いまおか:映画に登場するのは2018年に撮影したものですが、それ以前にも2016年にロケハンで行き、それから毎年行っているんです。僕の恒例行事にしようと思っています。やはり初めて行った時はとても寒くて、この時期に地震で家を追い出されてしまったら、どれだけ大変なんだという思いが強く残りました。
――――1.17のつどいでも祈りを捧げたヒロシは、震災後、長田シンボルとなった鉄人28号共々、長田を見守り続けるような存在ですね。
いまおか:この先、伊智子や太助がこの地を離れても、ヒロシだけは変わらずにそこにいる。この先に続くイメージですね。ヒロシに限らず、変な人を描くのが好きだし、僕の映画にはそういう人しか出てこない。僕も変な人になりたいんです。
■自分の意図しなかったものがたくさん映っている映画、それがうれしい。
――――長い構想を経て完成した本作を、実際にご覧になった時の感想は?
いまおか:こういう風に作ろうと最初構想したものが、その時は作れず、20数年後にそれが実現し、自分が予想していなかったものがどんどん入ってきた。今回はそういう、自分の意図しなかったものがたくさん映っている映画だと思いますし、それがうれしいですね。俳優やスタッフの力、場所の力など色々な力が働かないと、そうはならない。1.17のつどいも、たまたま雨が降り、雨の音がすごく良かった。自分で観ても、そういうものが「いいな」と感じられたんです。
――――本作は8月8日公開ですが、コロナ禍で公開予定の変更はあったのですか?
いまおか:元々8月8日公開と決めていました。ソーシャルディスタンスを保った状況での公開ですが、今やる方が意味はあると思うんです。やはり、コロナ禍でも映画を観ることができる環境はあるべきですし、お客さんの数や、収益など考慮すべき点はあったとしても、上映できる機会があればやった方がいいと考えています。
■自分も世の中との関わり合いも変わっていく先で、一番ヒリヒリするものをやっていきたい。
――――これからは映画を撮る状況も、観る状況も変わらざるを得ませんが、これから映画でどんなことを撮っていきたいですか?
いまおか:今まで自分が考えていなかったもの、やったことがないようなものをやりたいですね。いい映画、下手な映画とか、予算が高い、低いとかは何でもよくて、何か変なことをやりたいなと思っています。やはり、30代とは体力も違うし、僕も老人になっていく。その中で、世の中との関わり合いは良くも変わるし、悪くも変わるでしょう。その変わった先で、一番ヒリヒリするものをやっていきたいですね。
(江口由美)
※第15回大阪アジアン映画祭でワールドプレミア上映後のいまおか監督、キャストらが集合!映画祭用ポスターは、いまおか監督がご自宅で本作ではれいこ役で出演のお嬢さんと手作りしたそう。
<作品情報>
『れいこいるか』(2019年 日本 100分)
監督:いまおかしんじ
出演:武田暁、河屋秀俊、豊田博臣、美村多栄、時光陸、田辺泰信、上西雄大、上野伸弥、
石垣登、空田浩志他
8月8日(土)〜新宿K’s cinema、シネ・ヌーヴォ、元町映画館、8月14日(金)〜京都みなみ会館他全国順次公開
(C) 国映株式会社