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被災した街にある時間の層は、「写真には映らないけれど、映画にはなる」と思った。 『風の電話』諏訪敦彦監督インタビュー

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被災した街にある時間の層は、「写真には映らないけれど、映画にはなる」と思った。

『風の電話』諏訪敦彦監督インタビュー

 

  東日本大震災後、岩手県大槌町在住のガーデンデザイナー・佐々木格さんが設置した「風の電話」。大事な人を亡くした人たちが、もう一度語りかけたい言葉を伝える場として、3万人を超える人がこの場所を訪れているという。この「風の電話」をモチーフにした諏訪敦彦監督(『ライオンは今夜死ぬ』)の最新作『風の電話』が、2020124日(金)~なんばパークスシネマ、神戸国際松竹、MOVIX京都他全国ロードショーされる。

 

  津波で家族も家も失い、広島の伯母の家で暮らしている高校生ハルが、様々な人との出会いから生きる力を取り戻し、故郷、岩手県大槌町の風の電話を訪れるまでを、ハルの目線で描いた感動作。ハル役には、今最も注目され、出演作が目白押しのモトーラ世理奈。同世代の中でも類を見ない独特の存在感で、生きる目的すら失っていたハルの心の揺れや成長を体現している。脇を固める西島秀俊、西田敏行、三浦友和ら俳優陣に加え、クルド人一家が登場するシーンは、リアルなエピソードを取り入れ、今の日本を映し出すドキュメンタリー的側面も見せている。本作の諏訪敦彦監督に、お話を伺った。

 

 


 

生きろというメッセージは、『ライオンは今夜死ぬ』と通底している。

――――前作の『ライオンは今夜死ぬ』のインタビューで、諏訪監督は「ジャン=ピエール・レオと『生きていることは素晴らしいという映画にしよう』と話した」と語っておられましたが、本作は、「生きていることが素晴らしいと思えるまでの映画」とも言えます。 

諏訪:主人公、ハルの心は瀕死の状態で、なぜ生きているか分からなかった。でも、生きろというメッセージは『ライオンは今夜死ぬ』と通底しています。ずっとハルという少女の目の高さから、ただ見ていくわけですが、言葉で励ましても意味がないとみんな分かっているのです。三浦さんが演じる公平は、泣き疲れたハルを自宅に連れ帰り、ハルが「大槌から・・・」と言った時も、根ほり葉ほり聞かないでただ「食えよ」と言う。それは、生きていればいいんだというメッセージだと思うのです。

 

――――諏訪監督は広島ご出身で、広島でも映画を撮影されていますが(『a letter from hiroshima』)、最初から広島をスタート地点と決めていたのですか?

諏訪:僕がこのプロジェクトに参加した時点にあった原案は、一人の少女が熊本で被災して父を亡くし、風の電話の存在を知り、大槌町まで旅をするというものでした。ただ昨年は西日本豪雨が起き、日本は次々と被災地が生まれているので、当初の予定を変更し、岡山のあたりもロケハンに行きました。その時点では広島である必要はそんなに強くなかったですが、三浦さんが演じる男性の母を演じた別府康子さんは広島県出身で、面接でお会いした時に、偶然自身の原爆体験の話をされたのです。その時の罪悪感が演劇を始めるきっかけになったとおっしゃっていたので、ぜひその話を映画の中で話してほしいとお願いしました。それがある意味、広島から旅をスタートさせるきっかけになったと思います。

 

 

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被災した街にある時間の層は、「写真には映らないけれど、映画にはなる」と思った。

――――東日本大震災から8年経ったからこそ描けたと思うことは?

諏訪:日本で撮るのは久々なのですが、僕が意識していたのは日本という国の風景を撮るということでした。撮影時、西日本豪雨から1年も経っていなかったのですが、報道ではあまり語られなくなっていましたから、そこまで被害が残っているとは思わなかった。でも実際には、ただ道路が通っているだけで、あとは被害を受けた跡が生々しく残っていたのです。逆に、ハルの故郷、大槌町の場合は、震災から8年経ち、すっかり街の様子が変わってしまった。震災の傷跡自体は見えないのです。でも8年前までの体験はハル自身の中に残っているし、色々な時間の層が街にはある。これは写真には映らないけれど、映画にはなると思いました。福島でも撮影しましたが、やはり異様な風景です。繁華街を離れると、倒壊した建物は整備され、新しい建物も建っていますが、空き地が多く、スカスカで、人もいない。フェンスの向こうは帰宅困難地域になっているわけです。そのように、簡単には映らないけれど、いろいろな層があることを映画で表現できるはずだということが、僕にとって重要なポイントでした。

 

――――流された跡がそのままのハルの実家や、出会う友人の母など、大槌町でハルが体験することは、確かに時間の層を感じさせましたね。

諏訪:ハルが大槌町に帰った時、震災で亡くなった友達のお母さんと偶然出会います。8年ぶりなので成長したハルのことが一瞬分からなかったけれど、ハルだと分かった瞬間に8年前と現在が繋がった。「大きくなったね」と言った瞬間にそのお母さんにとっての8年間が押し寄せてくるのです。自分の娘は生きていたらどうなっていたのか、こんなに大きくなっているかもと思うと、見えない悲しみが押し寄せてくる。そういう見えない時間を映画で表現することは意識しました。

 

 

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傷だらけの日本でも、人々は毎日生きている。そのことを讃える視点から見ていきたかった。

――――一方、ハルが大槌町に着くまでに出会う人たちは、それぞれが傷を追っている人たちではあるけれど、ハルの心を少しずつ開く役割を果たしています。

諏訪:ヨーロッパだったらもっと危険な目に遭うと思いますが、日本は少女の旅をみんなで助けてくれる。優しいですよね。少女の旅と言えば、テオ・アンゲロプロスの『霧の中の風景』など、色々な困難を乗り超えて成長していく物語を想像しがちです。でもこの映画は悪い人が立ちはだかるような物語にはしたくなかった。こんなに傷ついている少女が、生きる力を与えていく人たちに出会う。ハルが生きる力を得ていくのに、映画が寄り添うようにしました。ロケハンで日本中を巡りましたが、どこも傷だらけ。今に始まった話ではなく、遥か前から日本は傷だらけなのです。それでも人々は毎日生きていますから、そのことを讃える視点から、日本を見ていきたいと思いました。

 

――――モトーラ世理奈さんはオーディションでのキャスティングだそうですが、その魅力は?

諏訪:モトーラさんは、西田敏行さんや三浦友和さんなどの大ベテランと共演していますが、緊張しているように見えなかった。インタビューでも共演について聞かれるそうですが、西島さんと話をした記憶がないと言うのだそうです。「ハルは話をしたけどね」と。最後の大槌町にある電話ボックスも、「私は入っていません。ハルが入ったんです」と言うのです。西田さんは「あの歳で、受けの芝居ができるのはすごい」とおっしゃっていましたし、三浦さんも「久々に映画女優を見た」と絶賛でした。

 

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西島さんが悩んだクルド人とのシーンも、モトーラさんは自然に馴染み、嘘がなかった。

――――大ベテランを唸らせる演技だったのですね。男たちに絡まれているのを助け、大槌町まで連れていった森尾を演じた西島さんは、一番長く現場で一緒だったと思いますが。

諏訪:西島さんは「彼女は嘘がない」と表現されていました。西島さんが演じた森尾は、背景が難しい役なので、森尾が震災時にボランティアで助けてもらったというクルド人一家と再会するシーンはすごく悩んでいたのです。映画でもメメットさんが入国管理局に突然連行され、1年以上帰れないと家族が話していましたが、あれは本当の話で、その中で、俳優としてどういればいいのかに悩んでいた。でもふとモトーラさんを見ると、ハルとしてそこで自然に馴染み、しかも嘘がなかったのです。

 

――――ハルと森尾がクルド人一家と思わぬ交流となるシーンでは、一家の娘さんとハルが意気投合し、今までずっと無表情気味だったハルに、笑顔が生まれるのが印象的でした。今の日本の現実を映し出すシーンでもあります。

諏訪:メメットさんは、福島にも実際にボランティアに行っていたそうです。みなさん役者ではないですから、ボランティアでお世話になった人が訪ねてくるシーンであることを説明し、一緒に1時間過ごしてもらいました。モトーラさんには、同世代の女の子同士のガールズトークが重要だと思ったので、メスリーナちゃんと事前に二人で会ってもらいました。彼女はどこか、素の自分に戻っている部分があったかもしれません。移民はヨーロッパでは当たり前の問題ですが、日本も見えないだけで隣人として、身近にいるのです。

 

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モトーラさんは、常に周りの環境や、一緒にいる人のことを考え、それが演技を作るというやり方ができる人。

――――ハル役に対し、モトーラさんはどのようなアプローチをしたのですか?

諏訪:ハル役は、モトーラさんにとって最もやりづらいものだったようです。彼女は家族が大好きなので、小さい頃の絵本ですら、家族が別れるような悲しい話は嫌だったみたいです。だからこの台本も読めなかったし、オーディションも実は来たくなかったのだと、後々教えてくれました(笑)ハルは、昔は自分と変わらない女の子だったはずだということを起点として、ハルに近づけていきましたね。モトーラさんは、事前に人物像を構築するのではなく、その場に行き、相手を感じることによって、自分を表現するというリアクションができる俳優です。常に周りの環境や、一緒にいる人のことを考え、それが演技を作るというやり方ができる人なのです。

 

――――確かに、非常に自然な演技で、黙っているシーンが多いにも関わらず、目が離せませんでした。モトーラさんが苦労したシーンはあったのですか?

諏訪:大声で感情を吐き出すシーンは、彼女も悩んでいましたが、声を出すのが大変かと思いきや、そこで何を言うべきか悩んでいたというのです。「ここで、(お父さん)会いたいよと言ってしまったら、最後の風の電話で何を言うのか。そこまで取っておいた方がいいのではないか」と。その時は、「風の電話にたどり着くまであと3週間あるので、その時何を言いたいかは、その時にならなければわからない。だから、今の思いを吐き出して」と伝えて、後はあの本番の通りになりましたね。

 

――――風の電話は、大事な人を亡くした人にとって、誰にも言えない思いを伝えられる場所として、本当に必要で、かけがえのない場所だと思いました。実際に風の電話で撮影をして感じたことは?

諏訪:ラストシーンが成立しなければ、どうにもならなかった。今思えば、本当に無謀だったと思います。でもあのシーンは全てモトーラさんに任せました。最終日の撮影は、天候不良で2日延ばしたのですが、すごい突風で、晴れているのに木が揺れて、風で雲が流れ、光がどんどん変わっていく。モトーラさんに神様がついてくれているような、奇跡が起きている感じがしました。

 

 

言葉に出して話しかけることで、自分が変われる「風の電話」。モトーラ=ハルの中で起きた瞬間を映画で撮ることができた。

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――――モトーラさんに任せたという風の電話のシーンは、ハルの家族に言いたい言葉が溢れると同時に、これからも生きるという強い意思表示が現れ、彼女の旅を通じての成長を強く感じさせました。

諏訪:彼女は本番前まで、風の電話(ボックス)には入りませんでした。一度目のテイクは言っていることが嘘のように思え、うまくいかなかったようです。二度目のテイクの最後にハルは「私も会いに行くよ」と言います。私も会いに行くということは、私は死ぬということ。それを口にした途端、ハルの中に「私は死ぬのかな」という問いが生まれた。今死ぬのかな、今は死ねない、だからそれまでは生きる。だから、「今度会うときは、おばあちゃんになっているかもね」と変わっていくのです。最初は、死んで会えるなら、会いに行きたいと思っていても、自分がそれを口にすることで、自分が変わっていく。モトーラさんは真っ白の状態で風の電話に入っているので、自身の中で、そういう展開が起こるとは思わなかった。それこそが“風の電話”なんです。

 

――――ハルにとって、自分の思いを口にすることで、それを客観的に受け止め、試行錯誤できる空間だったのですね。

諏訪:僕は監督なので、撮影時に「カット」や「もう一度」と言う権利があるのですが、このシーンはモトーラさんがカットかどうかを決めるべきだと思いました。二度目のテイク後に「できた?」と聞き、「できたと思う」と言ってくれたので、撮影終了になりました。言葉に出して話しかけることで、自分が変われる。それが俳優のプロ的な演技の中で起きる瞬間を、この映画では撮ることができたのです。

(江口由美)

 

 


 

『風の電話』(2020年 日本 139分) 

監督:諏訪敦彦

脚本:鵜飼恭子、諏訪敦彦 

出演:モトーラ世理奈、西島秀俊、西田敏行(特別出演)、三浦友和他

2020124日(金)~なんばパークスシネマ、神戸国際松竹、MOVIX京都他全国ロードショー

公式サイト⇒http://kazenodenwa.com/

(C) 2020映画「風の電話」製作委員会

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